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ついに領海侵犯した中国の「灰色の船」

2016年07月20日 公開
2022年11月09日 更新

潮匡人(評論家/拓殖大学客員教授)

 

本当に「無害通航」だったのか

 無害通航権はどうか。たとえばNHKニュースは「軍艦には領海での無害通航権が認められています」と報道した。民放や新聞も例外でない。マスコミ報道を鵜呑みにしたのか、自民党の国防族議員までが「国連海洋法条約で、無害通航権がある」と指摘した。テレビ番組で「無害かそうでないかは航行の態様で決まる、航行の目的は関係ない」と解説した防衛大臣経験者もいるが、いずれも妥当でない。日本を代表する国際海洋法学者の教科書を借りよう。

 そもそも「軍艦に対して無害通航権が認められるかどうかについては、今日も一般条約上の規定がなく、解釈が対立している」「国連海洋法条約でも、軍艦の無害通航権について明文の規定をおくことに合意が成立せず、問題は未解決のままである」(山本草二『国際法』有斐閣)。

 フィンランドやイラン、ルーマニア、スウェーデンなど、事前許可制その他の国内法上の規制措置を適用する旨、(海洋法条約310条による)解釈宣言を行なっている国もあれば、英米はじめ、それに反対する旨の宣言を行なった国もある(山本草二『海洋法』三省堂)。

 以上をどう解釈するかは、通過通航権を含め、津軽海峡を米軍の核搭載原潜が航行するケースで悩ましい問題をもたらす。「事前協議」(日米交換公文)の対象となり、「持ち込ませず」との非核三原則を貫くのか。なら、そうした「船種別規制」を強行する国際法上の根拠は何か。戦後日本は、こうした問題を直視せず、見て見ないふりを続けている。中国側の主張と行動は、そうした日本の隙を突いた格好ともなった。

 論点を喫緊の問題に戻そう。6月15日の領海侵犯は本当に「無害通航」だったのか。

 国連海洋法条約は「通航は、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り、無害とされる」と規定した上で「次の活動のいずれかに従事する場合には、沿岸国の平和、秩序又は安全を害するものとされる」とし、「沿岸国の防衛又は安全を害することとなるような情報の収集を目的とする行為」(や「調査活動」)を挙げた(第19条)。

 6月15日に領海侵入したのは「情報収集艦」である。まさに「情報の収集を目的とする行為」ではないだろうか。ならば国際法上「無害通航」とはいえない。かつて私は中国公船による領海の侵入を、NHK等が「領海侵犯」と報じ、保守派がそうとう騒ぎ立てたことに異議を表明してきた。国連海洋法条約第17条により「すべての国の船舶は(中略)領海において無害通航権を有する」からである。

 だが今回は違う。それこそ領海侵犯と評すべき事態である。数日前まで中国フリゲートの接続水域侵入で大騒ぎしながら軍艦の領海侵入を「無害通航(だから、やむをえない)」と報じ、官民挙げてそう受け止めている。本末転倒ではないか。このままでは中国軍艦の領海侵犯が「常態化」してしまう。

 最大の問題は今後の対応である。国連海洋法条約は「軍艦が領海の通航に係る沿岸国の法令を遵守せず、かつ、その軍艦に対して行われた当該法令の遵守の要請を無視した場合には、当該沿岸国は、その軍艦に対し当該領海から直ちに退去することを要求することができる」(第30条)と明記するが、それ以上の規定がない。このため、沿岸国の退去要求に従わない軍艦に対し、武器の使用や武力の行使を含めた措置を取りうるのか、国際法上の論点となっている。

 しかも、対応する日本の国内法が未整備なため、現状では実効的な対処が難しい。そこで2012年「日本を取り戻す。」と大書した自民党の「重点政策2012」(民主党でいうマニフェスト)で「『領海警備法』の検討を進めます」と明記されたが、法整備は(護憲派が「戦争法案」とバカ騒ぎした)平和安全法制でも見送られた。いまこそ再検討すべきではないだろうか。

 共同通信によると、6月9日未明の接続水域侵入に外務次官が対応した際「もし領海に侵入したら、必要な行動を取る」と中国大使を脅したらしい。事実なら、嘆かわしい。なぜなら、その6日後の15日、実際に領海侵犯されたにもかかわらず、日本政府は海上警備行動を発令しなかったからである。

 政府は一昨年の5月14日「我が国の領海及び内水で国際法上の無害通航に該当しない航行を行う外国軍艦への対処について」閣議決定した。そこでは「海上における警備行動を発令し、自衛隊の部隊により行うことを基本とする」と明記された。併せて「特に緊急な判断を必要とし、かつ、国務大臣全員が参集しての速やかな臨時閣議の開催が困難であるときは、内閣総理大臣の主宰により、電話等により各国務大臣の了解を得て閣議決定を行う。この場合、連絡を取ることができなかった国務大臣に対しては、事後速やかに連絡を行う」とも明記された。要は、電話閣議で自衛隊を出動させるとの閣議決定である。

 だが、海上警備行動は発令されなかった。それどころか、中国に対する「抗議」すら控え「懸念」の表明に留めた。いったい何のための閣議決定だったのか。大きな疑問を禁じえない。安倍内閣にして、この有り様。なんともやりきれない。正直、私は落胆した。

 

日本版「海兵隊」を

 政府が海警行動すら控える以上、もはや何を書いても空しいが、さらなる問題が控えている。海警行動が発令されても、法律上、正当防衛か緊急避難に該当する場合(または重大凶悪犯罪の現行犯や逮捕した被疑者が逃亡する場合)を除いて「人に危害を与えてはならない」。それ以前の問題として「必要であると認める相当な理由のある場合において」「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において」しか「武器を使用することができ」ない。こんな縛りでは現場が困る。

 そこで「船舶の進行の停止を繰り返し命じても乗組員等がこれに応ぜずなお」「抵抗し、又は逃亡しようとする場合」「進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる」よう法改正された。

 だが、それも中国軍艦には適用できない。なぜなら「軍艦(略)を除く」と明記されたからである。いわゆる警察作用でしかない海警行動が法的根拠であるかぎり、撃沈はおろか危害射撃も許されない。

 中国による一連の行動は、国連憲章にも、国連海洋法条約にも、日中共同声明にも違反する。国際法上も許されない。

 だが、仮に日本がそう「抗議」したところで、中国人は聞く耳をもたない。「法」や「言葉」ではなく、「力」だけが中国の行動を抑制できる。

 結果的に、日本は「言うだけ番長」のごとき対応に終始した(6月20日時点)。領海侵犯されたら、遅滞なく海警行動を発令する。実効的な対処を可能とすべく法律を早急に改正する。諸悪の根源たる憲法九条の改正も進める。陸自の「水陸機甲団」を中核とした日本版「海兵隊」を創設する。

 いますぐ、そうした作業に着手すべきだ。そうでなければ、すべてが無に帰す。このままなら、中国の高笑いが続く。

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