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丸谷元人 イラン戦争勃発の危機

2017年01月30日 公開
2022年12月19日 更新

丸谷元人(ジャーナリスト/危機管理コンサルタント)

「対イラン核攻撃」を望むトランプの資金源

 一方、シオニストの財界人もトランプ氏を支援している。それが、16年5月に突然トランプ氏への支持を表明した、カジノ王で大富豪のシェルドン・アデルソン氏だ。

 アデルソン氏は、ウクライナとリトアニア出身の両親の下に生まれたユダヤ人であり、貧しいながらも苦学をして一代で巨万の富をつくり上げた人物で、シンガポールの観光名所「マリーナベイサンズ」の経営者でもある。米大統領選の直後、ロシア外務省の報道官マリア・ザハロバ女史は、トランプ氏の勝利をして「ユダヤ人の資金によるものだ」と発言したが、正確には「イスラエル右派と親しいシオニストの資金」というべきだろう。

 ちなみにアデルソン氏は13年、ニューヨーク州にある大学において、「イランを核攻撃すべき」と発言しており、これまで何度もイラン攻撃を画策してきたネタニヤフ首相ともきわめて親しい(16年9月30日『テレグラフ』によると、このイラン攻撃計画を止めたのが、16年9月に死去したシモン・ペレス元大統領であったという)。

 若いころにイスラエル国防軍参謀本部諜報局の特殊部隊「サイェレット・マトカル」に所属していたネタニヤフ首相は、諜報機関の運用と武力攻撃には自信をもっているようで、09年に2度目に首相に選出された途端に対イラン攻撃計画を策定したのみならず、イランに対するサイバー攻撃を実施、同国内の何千ものウラン濃縮用遠心分離機を破壊してみせた。

 トランプ氏自身は、こんなネタニヤフ首相とも長らく個人的な関係を有しているが、その付き合いはいまから30年以上前に遡る。1980年代にイスラエル代表国連大使としてニューヨークに赴任していたネタニヤフ氏は、そこでトランプ氏の父、フレッド・トランプ氏と出会い、以来トランプ一家はずっと交流を続けてきたのである。事実、ネタニヤフ氏が再選を懸けた13年の選挙戦の際には、トランプ氏は「私はイスラエルの大ファンだ。ネタニヤフ氏はじつに偉大な首相である」とする応援メッセージを送っている。

 

米国中東政策の再構築を図るイスラエル

 在米ユダヤ人シオニスト実業家らの強力な資金源と人脈を駆使し、米国の外交政策に隠然たる影響力を行使してきたイスラエル右派が、突然トランプを支持し始めた理由は、共和党あるいは民主党政権を問わず、ここ10数年に及ぶ失敗続きの米国の中東政策への苛立ちだろう。

 湾岸戦争において、イスラエルにミサイルを何10発も撃ち込んだイラクのフセイン大統領は、一方でイランという国をして「アラブ諸国にとってはイスラエルよりも危険」と認識していたというが、ブッシュ・ジュニア大統領は、良くも悪くもイラクという多部族国家をまとめつつ、対イランの防波堤になっていたそのフセイン大統領を殺害したものの、その後の新政権と治安の安定化に失敗し、そのまま政権を民主党に明け渡してしまった。

 一方、後任のオバマ大統領は、ヒラリー・クリントン国務長官(当時)と共に、イスラエルに歯向かう「ハマス」の母体であるムスリム同胞団の影響を受けており(ヒラリー氏の秘書もムスリム同胞団の関係者である)、またイスラエルの不倶戴天の敵であるイランに核問題で「譲歩」した。

 その結果、いまやイラクの首都バグダッドから南はほとんどイラン革命防衛隊が管理する地域になりつつあり、またシリア国内でも革命防衛隊とヒズボラが、アサド政権を支援するために積極的な対IS軍事作戦活動を行なうようになった。

 イスラエルにしてみれば、ゴラン高原にあるシリア・イスラエルの国境線のすぐ反対側にまでイラン革命防衛隊特殊部隊の准将クラスが率いる司令部が進出し、対IS攻撃の作戦指揮を執るような状況に至ることは、絶対に受け入れられない事態である。

 この現状について、表ではイランと一緒になってISと戦っていることになっているオバマ政権は、イスラエルの思惑どおりにはまったく動いてくれないため、イスラエルは国境線の向こう側に進出してきた革命防衛隊司令官をミサイルで狙い撃ちにして殺害し、あるいは負傷したアルカイダ系「ヌスラ戦線」の将兵らをゴラン高原に展開した軍施設で手当てするといった「秘密作戦」を展開してきた。

 しかしこれらはたんなる応急措置にすぎず、イスラエルの安全を確保するためには、やはり米国の政治外交力と軍事力を利用する形でのパワーバランスの再構築が必要だ。そしてその最良の戦略とは、米国を操ってイランを徹底的に封じ込め、核開発を絶対に認めないというものである。その願ってもない道具として現れたのが、ブッシュ政権によるイラク戦争からオバマ政権の「イラン核合意」に至る近年の米国の中東政策のすべてを厳しく非難し、シオニズムに理解のあるトランプ氏であったのだろう。

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