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村田晃嗣 トランプ対ハリウッド

2017年03月01日 公開
2022年07月08日 更新

村田晃嗣(同志社大学法学部教授)

政治に「介入」するハリウッド

 ただ、本稿の関心からすると、レーガンとトランプには顕著な共通点がある。それは、ハリウッドの主流派を敵に回している点である。レーガンの大統領選挙では、フランク・シナトラやディーン・マーティン、ボブ・ドール、チャールトン・ヘストン、そして、ジェームズ・スチュアートら錚々たるセレブたちが応援に駆けつけた。

 だが、ハリウッドの主流派、とくに若手たちははるかにリベラルであり、かつて「赤狩り」に協力したレーガンを嫌っていた。だからこそ、彼の元に馳せ参じたセレブたちは皆、旧世代に属する大物たちだったのである。レーガンの政敵たちは彼を「元俳優」と揶揄したが、この「元俳優」に最も冷淡な産業界は、ほかならぬハリウッドであった。

 トランプは不動産で財を成し、テレビで知名度を上げたが、映画とも縁が深い。たとえば、ロバート・ゼメキス監督『バック・トゥ・ザ・フューチャー PARTⅡ』(1989年)で、タイムスリップのために歴史が歪み、荒廃した街を、ビフ・タネンという強欲な大富豪が支配している。これはトランプがモデルである。さらに、この映画では、ビフの支援を受けて、リチャード・ニクソンが1985年にも5期目の大統領を務めている。ベトナム戦争も続いている。80年代のトランプやニクソンへの否定的なイメージがうかがえよう。クリス・コロンバス監督『ホーム・アローン2』(1992年)に、トランプがカメオ出演していることも、いまではよく知られている。こちらはニューヨークの経済的成功のアイコンであろう。

 2016年の大統領選挙でも、トランプを支持するハリウッドのセレブはいた。たとえば、ジョン・ヴォイトやスティーブン・ボールドウィンがそうである。だが、より多くの、そして、より著名なハリウッド・セレブたちは、トランプに批判的であり続けた。ウォルフガング・ペーターゼン監督『エアフォース・ワン』(1997年)に登場する大統領を好きだと、トランプが語ると、主演したハリソン・フォードは「彼が大統領(プレジデント)? 見習い(レジデント)かと思った」と皮肉った。バラク・オバマを支持してきたリベラル派のジョージ・クルーニーも、トランプを「外国人嫌いのファシスト」と痛罵した。ロバート・デニーロに至っては、「あいつの顔を殴ってやりたい」とすら公言した。トランプの大統領当選後も、ゴールデングローブ賞の授賞式で、メリル・ストリープが彼を暗に批判し、トランプは得意のツイッターで「ハリウッドで最も過大評価されている一人」と、彼女に反撃した。

 ハリウッドが政治に「介入」しようとするのは、いまに始まったことではない。古くは、多くの映画人がフランクリン・ローズヴェルト大統領に期待し、ローズヴェルトを美化する映画を製作した。また、1964年には、スタンリー・キューブリック監督『博士の異常な愛情』とシドニー・ルメット監督『未知への飛行』が、共に偶発核戦争の危険を描いている。共和党の大統領候補だったバリー・ゴールドウォーターが、米ソ核戦争も辞さないほどのタカ派と目されたからである(ちなみに、当時高校生だったヒラリー・クリントンは、熱心にゴールドウォーターを応援していた)。2004年にも、マイケル・ムーアが『華氏911』を監督して、ジョージ・W・ブッシュ大統領の再選を阻止しようとした。

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著者紹介

村田晃嗣(むらた・こうじ)

同志社大学法学部教授

1964年、兵庫県生まれ。同志社大学法学部卒業。98年、神戸大学博士(政治学)。99年、『大統領の挫折』(有斐閣、1998年)でサントリー学芸賞、2000年、『戦後日本外交史』(共著、有斐閣、1999年)で吉田茂賞を受賞。13年4月から16年3月まで同志社大学学長を歴任し、現職。著書に『レーガン』(中公新書、2011年)など。


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