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畑正憲 たばこと生きる力

2017年03月08日 公開
2018年12月12日 更新

畑正憲(作家)


取材・構成=清水 泰(フリーライター)
 

極端な喫煙者バッシングは民主主義を風化させる

――たばことの出合いについて教えてください。

(畑)医師だった父が、吸っていないときはたばこの煙を吐いている、というくらいのチェーンスモーカーでした。わが家でいちばん困ったのは終戦前後の配給制ですね。1人当たりの配給本数が1日に5、6本しかないんです。父は本当に困っていましたね。

そこで少年時代の僕は「モク拾い」が日課でした。棒の先に針を付けて、道端にポイ捨てされたたばこの吸い殻を片っ端から突っついて拾い上げる。本格的なモク拾いでしたよ。

――大分県の日田市に住んでいたころの話ですね。

(畑)そうです。父は満洲の医師免許しかもっていなかったので、日本の医師免許を取るために勉強しなきゃいけない。愛煙家の方はわかると思いますけど、勉強するにはたばこがいるんです。父がたばこがない、ないというものですから「じゃあ僕が拾ってきてやるよ」と。拾ってきた吸い殻の一つひとつからちょっとずつ葉を取り出してはまとめて干します。乾燥させた葉をほぐして、紙で巻くと自家製たばこの出来上がりです。

――畑先生ご自身がたばこを嗜むようになったのはいつのことですか。

(畑)東京大学に入ってからですね。当時は渋谷によく遊びに出かけていたんですが、駅前に「らんぶる」という老舗の名曲喫茶がありまして、そこにはよく行きましたね。

あとは道玄坂を上って右手に入ったところにあった「ライオン」というクラシック喫茶。夜中に入ってコーヒーを頼んで、BGMをバックにたばこを吹かす。いまはすっかり変わって子供の街になっていますけど、当時の渋谷は大人の町でしたから。たばこはそのころからおいしいと思って吸っていましたが、まだヘビースモーカーではなかったですね。

 

日本でこそ味わえる贅沢な時間

――今日は両切りのピースとダンヒルを吸われながらのインタビューですが、たばこが手放せなくなったのはいつからでしょうか。

(畑)作家になった30代からですね。たばこって不思議なもので、吸い始めたときは「もういいか」と思うんですよ。ところが一本吸い終わって消そうと思うころになると、もう一本欲しくなるんですね。そういう不思議なところがあります。

「たばこは生活の句読点」っていうキャッチフレーズは、本当にそのとおりだと思いますね。たばこを口に咥えて何服かすると、何かしたくなる。たとえばお茶を沸かして自分で注ぎたくなるとか、そんなことしなくていいのに、やりたくなるんですね(笑)。

そういう不思議な作用がある。だから原稿を書く前には必ず吸いますね。吸って消して、また吸って消す。そのうち「よし、やるか」と書き始めるんですよ。

――原稿を書く前のアイドリングのような感じですね。発想力が増したりもするのでしょうか。

(畑)原稿を書く際のリズムのようなものになっていましたね。ただ、1980年に『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』のテレビ番組を始めて、世界中を飛び回るロケに出るようになってからは、そんな贅沢はいっていられなくなりましたね。

それまでは「俺は作家だ」って気取っていました。昼間からカーテンを全部閉めた暗い部屋のなかで、机の前に座ってきちんとした姿勢で書いていたんです。

それがロケに出るようになってからの執筆環境はひどいものです。車とか飛行機の中だと、気分が悪くなってしまって文章が書けないんですよ。だから移動中じゃなく移動前の待ち時間やロケ地での休み時間が仕事の時間なんです。

たとえば東京からインドのニューデリーに飛んで、次の飛行機がなかなか飛ばなくて5時間待たされたりする。これは「しめた」ってんで待合室のいちばん空いているところの片隅に原稿用紙を広げて、前のめりになって書いていましたから。たばこを気にする余裕なんてないですよ。

また、たとえば人里離れたところへ行くと、電気も通っていない。もちろん机もなし。それでも仕事はしなきゃいけない。しょうがないから懐中電灯を4本、ガムテープで巻いて電灯代わりに吊るして、その灯りで原稿を書いていましたね。

そういう生活に慣れると不思議なもんでね、僕はこの50年、風邪をひいたことがないんです。おそらくつねに緊張を自分に強いていると、免疫力が高まるんだと思います。

僕はテレビ番組で40日間の予定で海外ロケに出かけます。日程にある程度余裕をもたせてあるんで、実際は35日くらいで終わるんですよ。じゃあ「5日は休もう」ではなく「しめた」と、次のロケの日程を前倒しするんです。ロケから帰国したらすぐまた次のロケに出る。そうすると緊張状態がずっと続くでしょ。だから風邪もひかないですね。

――50年間ほぼ休みなし、ということですね。

(畑)1年の約半分が海外ロケ。そういう生活が30年続きました。今日は病気で休むとか体調が悪いから中止、といったことは一度もありません。

――そういう過酷なロケ中でも、たばこを吸われるときがあるわけですね。

(畑)われながらバカだと思いますが、どんなに厳しい環境でもたばこが吸いたくなるんです。たとえばチベットの標高5000m級の山岳地にロケで行く。ただでさえ空気が薄くて息苦しい自然環境でも、僕は吸いましたね。たばこを手に持って、「よし、いまから吸うぞ。おまえを吸うからな。ほんとに吸うよ」といって火を付けるんです。でも息苦しいし、うまくない。本当にバカですね(笑)。

たばこがおいしいというのは贅沢な時間で、心に余裕がないとそうは感じられないんです。追い詰められた状況で吸うたばこは、やっぱりおいしくない。それから僻地で吸うたばこはおいしくないですね。

――それは意外ですね。大自然のなかで吸うたばこはおいしいのか、と思っていました。

(畑)真夏の砂漠で吸ってもちっともおいしくないし、真冬のアラスカで吸ったたばこもまずかったですよ。空気が乾燥しすぎている地域はダメですね。ある程度の湿度がないと。

だから大自然のキレイな空気のなかで吸うたばこがおいしいなんてことはありませんね。その点、適度な湿り気のある日本で吸うたばこはおいしい。そう感じる時間は、僕にとってとても贅沢な時間です。

――「たばこは生活の句読点」以外にも「今日も元気だ、タバコがうまい」というキャッチコピーもあります。

(畑)朝起きてカーテンを開け、一本のたばこに火を付けたときの快感といったら! 俺は今日も元気だって実感しますね。うまいキャッチコピーだと思います。

 

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著者紹介

畑 正憲(はた・まさのり)

作家

1935年、福岡市生まれ。東京大学大学院で生物を研究。会社員を経て著作活動を始め、「ムツゴロウさん」の愛称で親しまれる。77年に菊池寛賞、2011年に日本動物学会動物教育賞を受賞。

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