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大前研一 高齢者のマインドを変えれば、日本経済は飛躍的に伸びる

2017年03月24日 公開
2017年04月21日 更新

大前研一(経営コンサルタント/ビジネス・ブレークスルー代表取締役)

次世代に借金を残すヘリコプター・マネー

 ――浜田宏一内閣官房参与ら、安倍首相の経済政策ブレーンにも責任があるということですね。

 大前 そのとおり。彼らはアメリカ経済学の輸入学者だから、自分たちがアメリカで学んだ金融政策や財政出動といった20世紀のマクロ経済学の景気対策が、そのまま通用すると思い込んでいるのだ。

 しかし、現在の日本は、20世紀のアメリカとは明らかに異なる。簡単にいうと、彼らの信じる経済学は、人びとが強い欲望をもって暮らしている社会を前提にしているのである。たとえば、アメリカはいまでもそういうところがあるが、少し金利が下がれば人びとは、車や家を買おうとする。部課長クラスになるとすでに持ち家があっても、リタイア後のことを考えて南の暖かい地域にもう一軒買っておこうかと当たり前のように考える。こういう欲望をギラギラさせているような人たちによって社会が構成されているから、アメリカではマネーサプライを増やし、金利を引き下げれば景気がよくなるという公式が成り立つのだ。

 ところが、日本だと、フラット35(長期固定金利住宅ローン)の金利が1%を切っているというのに、お金を借りて家を建てようという人は少ない。つまり、現在の日本は、所有や消費をしたいという欲望がきわめて低い「低欲望社会」なのである。そこに高欲望社会の処方箋を持ち込んだところで、うまく機能するわけがない。

 安倍首相は参院選の前に、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン教授をわざわざアメリカから呼び寄せて、自分の経済政策の正しさを裏書きさせようとしていたが、私にいわせればまったく無意味だ。いくらノーベル賞経済学者だといっても、欲望社会の研究をしてきたクルーグマンに、低欲望社会の日本がわかるはずがないのである。実際、彼は自分が異次元の金融緩和を提言していながら、「想定している以上に量的緩和の効果が出ない原因は、本質的かつ永続的な日本の需要の弱さに根差している」と、米紙『ニューヨーク・タイムズ』(2015年10月20日付)に敗北宣言ともいえるコラム(「Rethinking Japan」)を寄稿している。

 ――安倍首相は参院選直後、来日中だったベン・バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)前議長とも首相官邸で会談し、金融財政政策について話し合っていますが、やはりこれも意味がないと。

 大前 それこそ彼は、そこに雇用が生まれるならヘリコプターからお金を撒いてもいいという考え方の持ち主で、学者のころから「ロッキー山脈を平らにするだけでも経済効果がある」といった発言をするような人間だ。たしかに、そこに雇用が生まれるという意味では間違っていない。だが、そうした手法が日本経済の活性化につながるかというと話は別だ。

 私は今年の夏、趣味のバイクを駆って北海道を回ったが、すでに至るところにヘリコプター・マネーの痕跡がみられた。稚内からサロマ湖方面に半日走っても信号に一つも引っ掛からない海岸沿いの道路があった。人がいないから信号を設置する必要がないのだ。けれども道路はきれいに舗装されてピカピカ。まさにヘリコプター・マネーのおかげである。それなのに地元の経済はまるで活性化していない。安倍首相がバーナンキの言葉を真に受けてヘリコプター・マネー政策を採れば、こういう結果になるのは目に見えている。

 ヘリコプター・マネーが、余っているお金ならまだいい。しかし、日本でこの手のばらまきをやるとなると、原資はすべて次世代からの借金にならざるをえない。では、15年後、20年後の人がこの借金を、喜んで払ってくれるのか。税金の担い手は勤労世代。だが、日本のデモグラフ(人口動態)をみれば、今後勤労世代の人数は確実に減っていく。払おうにも払いようがない状況が訪れるのは明らかだ。だから、将来に負債を先送りするような政策は、政治家としてもつべき倫理からいっても、絶対にやってはいけない。そういう意味でもヘリコプター・マネーは、まともな経済政策とはいえない。

 

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