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石平 著者に聞く『なぜ中韓はいつまでも日本のようになれないのか』

2017年04月19日 公開

石平(評論家)

『論語』は少しも論理的ではない

 ――本書『なぜ中韓はいつまでも日本のようになれないのか』では、日中韓の文明史に対して詳細な考察を加えながら、なぜ日本だけが近代文明を手にすることができたのかを検証しています。近代化に必要な条件として5つが挙げられており、いちばん重要なのは「科学の精神」とされています。その起源はギリシャ哲学にあったという点から本書は始まりますが、西洋史まで跨る非常に長い時間軸のなかで、東アジアの近代化の歴史を紐解いていくところに知的興奮を覚えました。

 石 ありがとうございます。古代の中国にも東アジアに大きな影響を与えた文明、文化があったのは事実です。ただし、ギリシャ文明やその派生である西洋の文明と中国のそれは性質が大いに異なります。第1に、ギリシャ文明は自然に対する探究心があり、第2に、主知主義、理知主義と呼ばれる知的方法論(論理的思考)があります。しかし、中国の思想や考え方にはこの2つが最初から欠如している。そもそも興味がないんです。

 ――興味がない……?

  『論語』を読めば、私がいっていることがすぐに理解できるはずです。実際、孔子は自然について何も語っていない。さらに、話が少しも論理的ではない。『論語』を通して読んでみても、「孔子がこういっている」と書いてあるだけで、三段論法のような論理的思考に基づく議論の展開はどこにもありません。

 ――ただ、少なくとも日本では、ギリシャ哲学よりも『論語』のほうがよほど親しまれているといえます。

 石 もちろん、『論語』の1つひとつの言葉には、人生に対する深い洞察があると私も思います。ただ、繰り返しますが、論理的な思考の展開はまったくありません。たとえば『論語』で語られる「仁」という概念は、儒教の核心原理といっていいでしょう。ところが『論語』をいくら読んでみても、「仁」の定義は書いていないんです。孔子以降の儒者も「仁」について定義しなかった。だから結局、「仁」とは何かについて、中国では誰も知らない。このように中国では昔から物事の定義や本質を論理的に説明する習慣がなかった。この伝統はいまでも続いています。たとえば『人民日報』の論説は、現実や論理を無視した妄言ばかりで、ちっとも科学的ではない。あれはただの共産党による宣伝ビラです(笑)。

 ――日本でも『論語』は哲学の書というよりも、修養の書として読まれてきたと思います。しかし、だからこそ、『論語』は長く尊ばれてきたともいえそうです。

  日本ではそうだったのでしょう。しかし中国においては違います。『論語』は科挙という難しい試験に合格するための、あくまで暗記用のテキストであり、いわば内容はどうでもよい。さらに科挙に合格するためには、詩を書くのが上手でなければいけなかった。だから、中国の官僚はみんな詩作がうまかった。ところが、情緒豊かな詩を書くことと、論理的に物事を考えることは正反対の営みです。だから中国では、近代化に不可欠な「科学の精神」が育たなかったともいえる。これは中国の科挙の制度を導入した朝鮮でも同じです。

 他方、日本では儒教を学問として輸入したが、科挙の制度は真似しませんでした。そのため、知識人イコール儒学者ではなかった。実際に江戸時代には、数学者もいれば、自然科学者もいるなど、多様な才能が育った。その意味では中国や朝鮮とは異なり、日本では江戸時代後半にはすでに近代化の準備が整っていたともいえます。

なぜ「公」の精神が育たなかったのか >

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著者紹介

石平(せき・へい)

評論家

1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞を受賞。近著に、『なぜ中韓はいつまでも日本のようになれないのか』(KADOKAWA)などがある。



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