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<連載>「パラアスリートの肖像」第1回 11歳の右腕へ <芦田創(陸上選手)>前編

2017年09月07日 公開

山田清機(ノンフィクション作家)、人物撮影=尾関裕士

 

閑散とした駒沢陸上競技場

 彼ははたして障害者なのだろうか――。

 今年6月11日、日本パラリンピック陸上日本選手権の第二日。会場の駒沢オリンピック公園陸上競技場に足を運ぶと、メインスタンドの目の前で三段跳びに挑む芦田創(あしだ・はじむ、トヨタ自動車)の姿があった。

 179㎝の長身、すらりと伸びた長い脚、見事な逆三角形をした上体、サングラスをかけ、俯き加減にゆったりとフィールドを歩きながら集中を高めていく姿は、紛れもなくトップアスリートの風格である。

 助走のスタート地点に立ち、左手でスタンドを煽ると手拍子が沸き起こった。ゆっくり二、三歩歩いたあと、軽くスキップをするようにして走り始める。芦田が大きく腕を振り出したとき、初めて黒いプロテクターを着けた右腕が左腕よりも短いことを意識させられた。

 芦田創、兵庫県生まれの二十四歳。昨年のリオパラリンピックでは4×100mリレーに第1走者として出走し、銅メダル獲得と日本新記録の樹立に貢献。今年3月には〝本業〟の走り幅跳びで、日本パラ陸上史上初の大台乗せとなる7m15㎝の日本新記録を出した、東京パラリンピック期待の星である。

 芦田は今大会でも、第1日の走り幅跳びで6m87㎝の好記録を出して優勝しているのだが(T47クラス)、新聞発表によれば、残念なことに第1日の入場者数はわずか1300人余り。しかも、そのうちの250人が報道陣だったという。私が観戦した第2日も、メインスタンド以外に人影はなかった。

 芦田の背後では、男女100m走の決勝が行なわれていた。パラ陸上では競技の公平を期すため、障害の程度に応じて細かなクラス分けが行なわれており、女子の100m走は15クラス、男子の100m走はじつに18クラスからの参加があった。

 レーサーと呼ばれる軽量で高速が出る車椅子のレースもあれば、盲目の人が晴眼のガイドランナーに導かれて走るレースもある。片脚義足、両脚義足のランナーもいる。クラスごとに優勝者が決まりメダルが授与されるが、参加人数の少ないクラスは他のクラスと同時に走ることもあり、いったい誰が勝者なのかわかりにくい。

 日本パラ陸上競技連盟の「クラス分け説明表」は、芦田のクラス・T47を以下のように規定している。

【片前腕切断(片手関節離断含む)または100m走から400m走と跳躍競技に参加可能な上肢の最少の障害基準(MDC)に該当するもの】

「最少の障害基準」という言葉から察しがつくように、芦田の障害の程度は軽い。しかし、パラ陸上の会場には重い障害を抱えた選手も大勢いる。一緒に連れていったまだ幼い息子が、不思議そうな表情で指を差した。

「パパ、あれ何?」

 指が差し示す方向に目をやると、堂々たる体躯の片脚義足の選手がこちらに向かって歩いてくるところである。さて、何と説明すればいいものか、「世の中にはいろいろな人がいて」「片足がなくても同じ人間で」……。

 どのような言辞を弄したところで、どこか偽善的で、上滑りな言葉になってしまう気がする。結局、私の口をついて出てきたのは、

「指を差すんじゃない」

 というひと言だった。これは幼いころに親からよくいわれた言葉だ。障害者を差別するつもりはないが、障害にあからさまな視線を向けることはいけない。黙って目をそらすことこそ思いやりだ……。

 私が自然に抱いてしまうこうした感情は、おそらく多くの日本人に共通のものだろう。だから、パラスポーツはたくさんの観衆を集めるのが難しいのかもしれない。

 芦田は右腕に障害を抱えながら7m15㎝を飛ぶ、超人だ。そんな芦田を「すごい」とは思っても「かわいそうだ」と思う人は少ないだろう。一方で、7m15㎝は、パラの世界では日本記録かもしれないが、健常者の世界ならインターハイ(高校総体)でやっと決勝に残れる程度の記録でしかない。

 障害者ならば超人、健常者ならば平凡。T47の芦田創は、障害者と健常者の境界線上を歩きながら、何を悩み、何を選択してきたのだろうか。

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著者紹介

山田 清機(やまだせいき)

ノンフィクション作家

1963年、富山県生まれ。1987年、早稲田大学政治経済学部卒業。鉄鋼メーカー、出版社 勤務を経て独立。著書に『卵でピカソを買った男』(実業之日本社)、『青春支援企業』(プレジデント社)、『東京タクシードライバー』『東京湾岸畸人伝』(ともに朝日新聞出版)など。

芦田創(あしだはじむ)

陸上選手

1993年、兵庫県生まれ。2016年、早稲田大学政経学部卒業。高校から本格的に陸上競技を始め、高校3年生のとき、「日本パラ陸上日本選手権」の400m走で日本新記録をマーク。16年、「リオパラリンピック」に出場。男子4×100mリレーで銅メダルを獲得。東京パラリンピックでもメダルを期待されている。トヨタ自動車所属。   

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