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<連載>「パラアスリートの肖像」第1回 11歳の右腕へ <芦田創(陸上選手)>前編

2017年09月07日 公開

山田清機(ノンフィクション作家)、人物撮影=尾関裕士

 

「切断」という二文字の衝撃


 関西労災病院で多田の後を継いで芦田の主治医となった田野確郎が、阪急電鉄武庫之荘駅の近くで開業していた。田野はよく陽に焼けた、温厚そうな医師である。

「半年に一回ぐらいのペースでMRIを撮りに来ていましたが、病院に来ると腫瘍と向き合わなくてはならないので、いつもしゅんとして下を向いていましたね」

 田野が芦田の治療方針を大きく変えたのは、小学校5年生、11歳の時だった。

「デズモイド腫瘍は関西の手外科学会でも2、3の報告例しかないとても珍しい病気で、われわれも手探りで治療をしていました。10歳までは手術で腫瘍を取っていたのですが、手を出せば出すほど腫瘍が大きくなるので、放射線治療を試すことを提案したのです」

 肘に放射線を当てれば腫瘍の成長を止められる可能性はあるが、骨端線(こつ・たん・せん)の成長も止めてしまう。骨端線の成長が止まれば、骨は成長しなくなる。智恵が言う。

「たとえ骨は成長しなくなっても、それで腫瘍の成長が止められるならと思いました」

 芦田は2回の放射線治療で、限度量いっぱいの照射を受けた。腫瘍の成長はとりあえず止まった。そして、芦田の右上肢も11歳の長さのまま、成長することをやめた。

 小4から猛勉強をした甲斐あって、芦田は中高一貫校で早稲田大学の系属校である早稲田摂陵に合格する(当時は「摂陵」)。これは智恵が強く望んだ結果でもあった。

 小学校時代、芦田の学科の成績は抜群だったが、右手が短いためにリコーダーを持てなかった。おそらく柔道の組み手もできないだろう。公立中学に進学すれば、音楽と体育の成績が内申を引き下げてしまう虞(おそれ)があった。

「右腕のせいで彼の可能性が狭くなってしまうことは、どうしても避けたかったんです」

 芦田は早稲田摂陵に入学すると卓球部に所属して、「ゆるい」中学生生活を送っていた。だが、三年生になったとき、活動を休止していた腫瘍が再び増殖を始めてしまう。腫瘍は神経を巻き込むように成長していて、神経を傷つけずに切除するのは不可能だった。

 田野医師は大阪成人病センターにいる腫瘍の専門医に、芦田の再発について相談した。成人病センターの医師は、芦田と両親の三人を前にして、こう言った。

「治療方法がもうないから、これは厳しいなぁ。このままいったら……」

 腫瘍は芦田自身の成長のピークと重なったこともあり、すでに卵の大きさにまでなっていた。智恵が先を促した。

「このままいったら、どうなるんでしょうか」

「腕、切断したほうがいいかもしれませんね」

「切断……」

 三人は、絶句した。それは、いちばん聞きたくない単語だった。智恵が食い下がった。

「先生、もしも先生のお子さんがこの子の立場だったら、どうされますか」

「そう……切断という選択もあるかな」

 息子の体の一部がなくなる。それは、母親にとって想像以上の衝撃だった。

「私の腕を切って移植できるなら、そうしてあげたいって本気で思いました。切断する時期は腫瘍の成長度合いによって決めようというお話だったので、それまでに腕のある息子の姿を映像に残しておきたいと思って、私、あらゆる試合とあらゆる学校行事に付いていきました」

 一方芦田は、まったく別のことを考えていた。

「オトンとオカンは、とうとう切断かという感じでしたけど、僕は十年も好きな運動を我慢してきたのに、結局切るしかないんか、どうせ切るんだったら、それまで好きなことを思い切りやったるわ、という気分でした」

「運動するな」と言われ続けたことへの反発もあった。再発への苛立ちもあった。芦田は中学生最後の春休みから陸上部の練習に参加し、走って走って走りまくった。やり場のない思いを、走ることにぶつけた。

「もやもやが走力に直結したパターンでしたね」

 100m走で、いきなり11秒台半ばのタイムが出た。部活でトップの記録である。

「俺、早えーぞ。これまで我慢ばっかりしてきたけど、俺、自分の好きな運動で輝けるかもしれないぞ」

 数カ月後、芦田は定期検診で田野の元を訪れた。田野はいつも下ばかり向いていた芦田が、顔を上げて真っすぐに自分を見詰めてくるのに驚いた。

 MRIの画像を見ながら、田野が怪訝な顔で言った。

「君、何かやったん?」

「思い切り走りました」

「運動したらダメやろ」

 田野が苦笑した。腫瘍の成長が止まっていた。奇跡が起こった。

〈後編は『Voice』10月号に掲載。10月にWEBでも更新予定〉

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著者紹介

山田 清機(やまだせいき)

ノンフィクション作家

1963年、富山県生まれ。1987年、早稲田大学政治経済学部卒業。鉄鋼メーカー、出版社 勤務を経て独立。著書に『卵でピカソを買った男』(実業之日本社)、『青春支援企業』(プレジデント社)、『東京タクシードライバー』『東京湾岸畸人伝』(ともに朝日新聞出版)など。

芦田創(あしだはじむ)

陸上選手

1993年、兵庫県生まれ。2016年、早稲田大学政経学部卒業。高校から本格的に陸上競技を始め、高校3年生のとき、「日本パラ陸上日本選手権」の400m走で日本新記録をマーク。16年、「リオパラリンピック」に出場。男子4×100mリレーで銅メダルを獲得。東京パラリンピックでもメダルを期待されている。トヨタ自動車所属。   

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