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<連載>「パラアスリートの肖像」第2回 11歳の右腕へ <芦田創(陸上選手)>後編

2017年10月11日 公開

山田清機(ノンフィクション作家)、人物撮影=尾関裕士

 

障害を武器として受け入れる

 早稲田大学に入学した芦田は、学生生活を思い切りエンジョイすることに決めた。陸上同好会に入ったが、ラーメン食べ歩きサークルと旅行サークルにも入った。体育会の競走部はなんとなく敬遠した。陸上以外の何かを探したい気持ちが強かったのだ。

「高2で肉離れをしたとき、模試を受けたら偏差値38だったんです(笑)。これはやばいと思って、練習を休んでるあいだにむちゃくちゃ勉強したら、高3の模試で偏差値72まで上がりました。やる気スイッチが入るとすごいんですけど、なかなかスイッチが見つからないんですよ」

 転機は9月にやってきた。ロンドンパラリンピックのハイライトをテレビで見たのだ。イギリスはパラリンピック発祥の地である。日本のパラスポーツの大会とはまったく異なる大観衆を目にして、思わず芦田は叫んだ。

「しまったー、こら、かっこええぞ」

 怪我続きでも50秒88を出せたのだから、オーストラリアに行く前に少しでも練習しておけば、ロンドンに行けたはずだ。この大観衆の前に立てたはずなのだ。

 現金なことに、芦田は2012年の秋から陸上の練習を再開する。だが、 時すでに遅しで54秒台までタイムが落ちていた。翌2013年にはIPC陸上競技世界選手権大会(リヨン)に参加したが、結果は53秒08。「世界で段トツのドベ」だった。この大会に参加できたのは、オカンと行ったオーストラリアの記録(52秒08)が公認記録として生きていたからだった。

「3秒遅いというのは、(短距離走では)もう別世界なんです。体ができてくるにしたがって左右のアンバランスが顕著になってきて、これは自分じゃないって思うレベルの大スランプが、3年間続きました」

 ロンドンパラの大観衆を目撃して以降、陸上同好会一本に絞ってやってきたにもかかわらず、2014年にはアジア大会の代表選考にも漏れて、芦田は失意のどん底にあった。

「パラの世界なら勝てると思って、手を抜き過ぎたんです。ロンドンパラを見て火は点きましたけれど、点き方が甘かった」

 その一方で芦田は、2014年から遠征や合宿の資金を得るために、自力でスポンサーを集める活動を始めている。「ワセダ」の名前をフルに活用して、何人もの経営者に会いに行った。講演活動を始めたのもこの時期だ。

「2013年に東京オリンピック・パラリンピックが決まって、パラリンピックの所管が厚労省から文科省に移りましたが、2014年はまだお金が回っていない状態でした。だから、主体的に動いて自分でお金を集める必要があったのです。その活動のなかでいろいろな人に出会って、自分を見つめ直すきっかけを掴みました」

 2015年、就職活動が始まった。芦田にはそれなりの記録があったから、実業団の選手になろうと思えばなれなくはなかった。しかし、なあなあで進路を決めるのは嫌だった。知り合った経営者や起業家に相談してみると、返ってくる答えはみな同じだった。

「自分にしかできないことを追いかけろ」

 合同会社説明会に参加したとき、芦田の人生で最大級の「おもんない」が炸裂した。

「20何年も違う人生を歩いてきたのに、なんで同じリクルート服着てるんやろ。なんで同じ髪型して、なんで同じことしゃべってるんやろ。自分にしかないもん見つけないと、みんなと一緒になってまう。おもんない!」

 芦田はこのとき初めて、短くて細い右腕が神からの贈り物であることに気づいた。自分の際立った個性に覚醒したのだ。名刺とプロフィールを印刷すると、再び合同会社説明会に出かけていき、暇そうな社員を見つけてはプレゼンテーションを仕掛けた。

「僕、2020年の東京パラリンピックめざしているんです。僕に興味ありませんか」

「君、会社の説明聞く場所で自分の説明してどうすんの」

 何度かたしなめられたが、芦田は意に介さなかった。生まれて初めて、自分が障害者であることを完全に受け入れることができたのだ。障害は隠すものでもなく、健常者と張り合うための原動力でもない。自分の思いを世の中に伝えるための、武器だった。

 芦田は自ら、障害者になった。

 

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iyashi

著者紹介

山田 清機(やまだせいき)

ノンフィクション作家

1963年、富山県生まれ。1987年、早稲田大学政治経済学部卒業。鉄鋼メーカー、出版社 勤務を経て独立。著書に『卵でピカソを買った男』(実業之日本社)、『青春支援企業』(プレジデント社)、『東京タクシードライバー』『東京湾岸畸人伝』(ともに朝日新聞出版)など。

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