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黒田官兵衛の人生の転機とは

2014年01月27日 公開

小和田哲男(静岡大学名誉教授)

『歴史街道』2014年2月号[総力特集]黒田官兵衛<総論>より一部を抜粋

人生の転機となった出会いと幽囚体験

 「運命の出会い」という言葉がありますが、織田家の部将・羽柴秀吉との出会いは、官兵衛にとってまさにそれでした。小寺家中を織田家支持にまとめた官兵衛は、自ら岐阜に赴いて信長の傘下に入り、天正5年(1577)、播磨に進軍してきた秀吉を迎えます。秀吉の才覚と人柄に触れた官兵衛は、率先して播磨の先導役を務め、また居城の姫路城本丸を秀吉に譲りました。一方の秀吉も、交渉の巧みな官兵衛が自分と似ていることを認め、喜んだはずです。「こいつは使えるぞ」と。実際、播磨に土地鑑も人脈もない秀吉にとって、官兵衛は貴重な存在で、両者の歯車はうまく噛み合います。もしこの時、2人が出会っていなかったら、官兵衛は田舎の一武将で終わっていたかもしれません。

 そしてもう1人、官兵衛に大きな影響を与えた人物がいました。秀吉の軍師役を務める竹中半兵衛です。半兵衛は美濃の斎藤氏から織田家に移り、近江平定戦で活躍した人物。官兵衛は秀吉の参謀役として、半兵衛と似た立場になりますが、ともに播磨経略に尽力する中で、2歳年上の半兵衛から学ぶものが多かったでしょう。天下布武を目指す織田軍団を支える、軍師としての心構えやノウハウを吸収したはずです。ほどなく半兵衛は急逝するため、一緒に働いた期間は長くありませんが、官兵衛にとって彼は、尊敬できる師のような存在だったと思います。

 しかし天正6年(1578)2月、東播磨の三木城主・別所長治が突如離反、毛利方に寝返ると、他の播磨の諸豪族も一斉に続きます。毛利家の巻き返しでした。順調だった播磨経略は様相が一変し、諸豪族を織田支持に導いた官兵衛の努力は、徒労となったのです。さらに同年、追い討ちをかけるように摂津有岡城主の荒木村重が織田家に謀叛。秀吉は背後を脅かされ、苦しい状況に陥りました。そして官兵衛の主君・小寺政職までもが、毛利方に寝返ります。説得に赴いた官兵衛に政職は、荒木村重を翻意させることができれば考え直すと告げ、官兵衛を有岡城に向かわせました。

 おそらく官兵衛は、村重と意を尽くして話し合えば、説得できると考えていたでしょう。ところが村重は官兵衛を捕らえて土牢に幽閉しました。『黒田家譜』には政職が村重に密使を送り、官兵衛殺害を要請したとあります。主君に裏切られ、捨てられたのです。

 土牢は暗く、湿気の多い不衛生な場所であったのでしょう。官兵衛は1年近い幽閉によって、足の関節が曲がらなくなり、全身に皮膚病が広がりました。この時、官兵衛が何を思っていたかは想像するしかありません。ただ1つ確実なのは、官兵衛は織田方から寝返らなかったという事実です。どんな苦境にあっても、他人を裏切らない、信義を守り抜く官兵衛という人間の本質を、そこに見出すことができると考えます。

 天正7年(1579)、織田軍が有岡城を攻略し、官兵衛は家臣たちに救出されました。そして秀吉らに迎えらますが、竹中半兵衛の姿はありませんでした。

 官兵衛は幽囚中に起きていたことを聞かされます。実は有岡城から戻らない官兵衛を信長は裏切ったと疑い、人質であった官兵衛の息子・松寿丸(のちの長政)を殺すよう、秀吉に命じていました。秀吉は病身の半兵衛と相談し、信長の命令に従わず、密かに松寿丸を匿ったのです。官兵衛を信じての決断でした。ほどなく半兵衛は没しますが、官兵衛が自分を信じてくれた秀吉と半兵衛に、強い感動を覚えたことは想像できます。「裏切る人間がいる一方で、信頼できる人間もいる。そして自分が信義を守り抜けば、相手もそれに応えてくれる」。官兵衛は幽囚体験や、秀吉と亡き半兵衛が身をもって示してくれた信義を通じて、そんな確信を得たのかもしれません。



著者紹介

小和田哲男(おわだ てつお)

静岡大学名誉教授

1944年、静岡市に生まれる。1972年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。現在、静岡大学名誉教授、文学博士。日本中世史、特に戦国時代が専門で、研究書『後北条氏研究』『近江浅井氏の研究』『小和田哲男著作集』(全7巻)などの刊行で戦国時代史研究の第一人者として知られている。また、NHK大河ドラマ「秀吉」、「功名が辻」、「天地人」、「江~姫たちの戦国~」の時代考証を務める。
著書に『戦国の合戦』(学研新書)『名城と合戦の日本史』(新潮選書)『戦国軍師の合戦術』(新潮文庫)などがある

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