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俺の株式会社社長・坂本孝の「アイデアを実現する力」



2014年02月10日 公開

俺の株式会社 代表取締役社長 坂本孝

 

自分よりも優秀な2人の仲間を探せ

 どんなに素晴らしいアイデアでも、自分ひとりの力では限界があります。力を貸してくれる仲間をどれだけ集められるかが、アイデアを実現するためのカギだと言えます。

 重要なことは、自分よりも優秀な人を少なくとも2人集めること。できれば自分とは性格や能力、得意分野が異なる人と組むのがいいでしょう。特性の違う3人ががっちりスクラムを組

んでシナジーを発揮すれば、ピジネスはうまくいきます。新興市場への上場も夢ではないと信じています。反対に、大学や出身地が同じ3人が集まると、慣れた間柄だけに意思疎通はうまくいっても、刺激がないばかりか、閥を作って排他的になりがちなのでよくないですね。

 自分と違う特性や能力をもつ人を見つけるには、まずは自分のことをわかっていなければならないのは言うまでもありません。自分は何が得意なのか、また何が苦手なのか。それらを理解したうえで、自分に足りない部分を補ってくれる相手とチームを組むのが理想です。自分の得意分野や苦手分野については、これまでの成功や失敗の経験を振り返ればおのずとわかってきます。

 私の心強い右腕は、元証券マンの安田道男さんと、飲食業20年の経験をもつ森野忠則さんです。私たち3人は、過去の経験や人生観、物事に対する感性がまったく違います。違うからこそ、面白い。お互いの意見を交換し合い、知恵を統合することで、新しい価値を生み出すことができるのです。

 安田さんは、証券業界での経験から、戦略や競争優位性を数字で示すことができます。これが私たちのビジネスの強みになっています。私と同じく飲食に関してはまったくの素人ですから、飲食の常識に反する仮説を平気で打ち立てます。料理人である森野さんは、「そんなことがほんとうにできるのか」と最初のうちは抵抗を感じたに違いありません。しかし、議論や試行錯誤の末に「よし、やろう」と決めたときには、3人の気持ちが一致して長強のチームになっていました。原価率は30%以内が常識だった飲食業界において、原価にお金をじゃぶじゃぶ使うことで差別化を図る戦略を、現場のシェフやスタッフにわかりやすく伝えてくれたのも、森野さんでした。

 高級食材を使った料理を、回転数を上げることで、一般の人にも食べられるような価格で提供する。料理を十分に味わえるように、ボリュームも増やす。そうすれば、お客様は行列を作ってでも食べに来てくださいます。俺のイタリアンと俺のフレンチで成功したこのビジネスモデルを、すでに「俺の割烹」で展開し、さらには「俺の中華」へと広げていく予定です。失敗するとは誰も思っていません。どうやってお客様の行列を作るかだけを考えています。楽天家が多いでしょう、ウチの会社って(笑)。

 

みんなが幸せになる物語を示しているか

 安田さんや森野さんなど自分の右腕になってくれる人はもちろんですが、飲食業を始めるなら、優秀なシェフをどれだけ集められるかが勝負です。そのためには、緻密な事業計画を立ててプレゼンすることも大切ですが、それよりも私が実践して効果的だと感じているのは、ストーリーを語ることです。

 計画を実行することで、参画した人がどのように幸せになるのか、また世の中がどう変わるのか。「この指止まれ」と仲間を集めるなら、このビジネスを実現させた先にはみんなの幸せがあるというサクセスストーリーを示し、それを共有することが大切です。時々、ゴルフ場でなんとなく知り合った仲間と会社を創ろうと言い出す人がいますが、ストーリーを語らずして、自分より優秀な仲間を集めることは難しいでしょうね。

 ストーリーに必要なのは、具体性です。イタリアンを立ち飲みで始めるなら、どんなお客様に喜んでもらうのか、そのお客様は現に存在するのか、それとも創造するのかは明確に示す必要があります。もっとも、競争優位性を確立するなら、新たに創り出したほうが、新規性があっていいでしょうね。そして何より、自信をもって「いつからやります」「○カ月後にはこうなります」と断言することが大事です。

 私は、面接に訪れる料理人には次のように話しました。「2カ月後に『俺のイタリアン』の第一号店を新橋に16坪で出します。星付きのシェフを招いて、これだけの料理を出しますから、3カ月後にはお客様の行列ができているはずです。月商1000万円を目指します」。新橋は飲食の激戦区だから月商は350万円が限界だろう、と忠告してくれる人もいましたが、実際にはオープンして1年半で月商2000万円に到達しました。

 相手を説得するためには、もう1つ、まずは自分が心を開き、自分のことをさらけ出さなければなりません。自分がどんな人間で、どんな失敗をしてきたのかを相手に知ってもらうことが大切です。とくに失敗談は相手との距離をぐんと縮めます。講演会などで私が借金で苦労した話をすると、3000人の聴衆がうなずきながらじっと聴いてくれます。同じ体験をした人が大勢いるから響くのでしょう。

 失敗した経験も含めて自分をさらけ出せる性格からか、私は昔から、ゼロから人脈を作り事業を立ち上げることには自信がありました。ブックオフを創業したときも、親族の人脈はいっさい使わず、第一号店が入居する建物の大家さんに近所の主婦の方を紹介してもらい、さらにその主婦から学生を紹介してもらって、パートやアルバイトを集めました。

 「こうなります」と宣言したことがそのとおりにいかなくても、軌道修正すればいいだけの話です。ビジネスをやり始めたら、別の方向に芽が出ることもあるでしょう。私たちのビジネスだって、試行錯誤するうちに優れた冷凍技術に出合い、「アイスクリーム専門店をやろう」となった可能性もあります。それでもいいと思います。

 ビジネスで大切なことは、人を集めて、とにかく走り出すことです。誰もやったことのないことに挑戦するのですから、走りながら考えて、それをまた実践して、進むべき方向を見つけていくしかありません。それにみんなの知恵を集めて考えれば、道は必ず開けます。

「坂本孝・仕事は40歳からが面白い」は『THE21』で好評連載中!
 次回〔3月号〕のテーマは「40歳から伸びる人材になるには」

<掲載誌2014年3月号紹介>

2014年3月号

<読みどころ>ビジネスマンにとっての働き盛りである「40代」は、キャリアの集大成に向かう時期です。仕事の経験が蓄積され、ベテランと呼ばれる域に入り、プレイヤーからマネジャーにシフトする人もいます。では、40代から評価されたり、頭角を現わす人と、失速してしまう人は、どこが違うのでしょうか? 今月号では、各界で活躍する方々に、40代をどう過ごすべきか、アドバイスをいただきました。

 

THE21

 

BN

 



著者紹介

坂本 孝(さかもと・たかし)

俺の株式会社 代表取締役社長

1940年、山梨県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、父親が経営する精麦会社に入社。32歳でオーディオショップの経営に乗り出すも失敗。その後、中古ピアノ販売、化粧品販売などを経て、1990年に50歳でブックオフコーポレーションを設立。2007年に会長を辞任後、2009年に俺の株式会社の前身となる会社を設立。2011年に『俺のイタリアン』1号店を、2012年にF俺のフレンチ』1号店を開店し、行列ができる大人気店となる。

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