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「ラバウル航空隊」が数多くのエースパイロットを生んだ意外な理由

2014年08月05日 公開

戸高一成(大和ミュージアム館長)

数多くのエースパイロットを輩出した理由

――ラバウル基地には、どの位の数の航空隊がいましたか?1航空隊はおよそ何人で構成されていたのですか?

時期によっても異なりますが、戦闘機隊の他に陸攻隊(陸上攻撃機部隊)や偵察機部隊も常時配備されていたので、5,6航空隊は常にいたと思われます。戦闘機隊といっても、構成するのは搭乗員だけではなく、整備員など多くのスタッフを含みます。

特にラバウルは年中火山灰が降るために機体のメンテナンスが大変で、中国戦線で活躍したベテランの整備員の腕が必要でした。50機ほどの戦闘機隊でも、数百人から千人近い人数が部隊に所属しており、中でも所属人数が多い中攻隊(陸上攻撃機隊)は数千人を数えました。

――ラバウル航空隊はエースパイロットを多数輩出しました。これはなぜですか?

「エース」とは海軍の用語ではありませんが、一般に、敵機を5機以上撃墜した搭乗員を指す呼称です。ラバウルにはエースが何人もいましたが、もちろん偶然ではありません。

最前線のラバウルは空戦の機会が頻繁にある上、限られた人数のため、時には連日出撃するような苛酷な搭乗員割りもままありました。そのため必然的に1人あたりの戦闘回数が増え、空戦の腕が磨かれたのです。もちろんベテラン搭乗員にとっては、撃墜数を増やす機会が多かったといえます。

これが空母艦載の戦闘機隊だと、敵と空戦する機会はあまりありません。反面、ラバウルは新人搭乗員の死亡率が高く、「搭乗員の墓場」「死ななければ帰れない」などと言われる厳しい戦場だったのです。

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