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がんの転移が止まる? 研究が進む「ウイルスとの不思議な関係」

2021年10月25日 公開

仲野徹(大阪大学大学院医学系研究科教授)、 宮沢孝幸(京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授)

仲野徹, 宮沢孝幸

古代のレトロウイルス(内在性レトロウイルス)の存在があったからこそ、哺乳類の胎盤は形成された。しかし、そのレトロウイルス由来のタンパク質が、がんの転移にも使われてしまった…!?

ウイルスとがん、さらにウイルスと筋肉の不思議な関係について、病理学者とウイルス学者がざっくばらんに語り合った。

※本稿は、Voice編集部編『転形期の世界 パンデミック後のビジョン』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。

 

レトロウイルスが哺乳類の胎盤を生み出した

【仲野】宮沢先生の研究対象の一つに、レトロウイルスがありますね。

【宮沢】RNA型ウイルスの一種ですが、最大の特徴は宿主の細胞の核にまで入り込み、DNAを書き換えてしまう点です。たとえば、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)はレトロウイルスの一種です。

今年4月に出した僕のはじめての単著『京大 おどろきのウイルス学講義』(PHP新書)にも書いたのですが、じつはわれわれの遠い祖先である古代の哺乳類の生殖細胞が、レトロウイルスに感染したか、あるいは進化のためにみずから積極的にレトロウイルスを取り込んだことにより、それが連綿と受け継がれて、現在に至っていると考えられています。

そのために、人間のすべての細胞のDNAの9%以上に、レトロウイルス由来の情報(塩基配列)が入っています。

人間の細胞に内在しているレトロウイルスは、逆転写酵素というものを使ってどんどんDNAを「コピー&ペースト」して増やしていきます。こうして増えていく塩基配列のことを「レトロトランスポゾン(逆転写可動遺伝因子)」と呼ぶのですが、僕はむしろレトロウイルスの由来がこのレトロトランスポゾンであると考えています。

レトロトランスポゾンによりDNA配列の移動が起こり、細胞のゲノム構造は複雑化し、新しい形質(細胞の性質)が生まれます。細胞内で飛び交っていたレトロトランスポゾンが、細胞外に出て、個体間、あるいは種間で遺伝子をやりとりするようになったのが、レトロウイルスだと考えています。

【仲野】さすが! 本当かどうかは別として、じつに興味深い仮説やね。一般的にレトロウイルスというと、がんの遺伝子研究が有名ですね。がんはいまでは遺伝子の変異による病であるということがわかっているけど、そういったことがわかったのは、レトロウイルスの研究が非常に大きな役割を果たした。

【宮沢】哺乳類のネコやマウス、あるいはニワトリの研究でがんを起こすレトロウイルスが1960年代から70年代にかけて多数みつかり、そのなかから原因となる遺伝子が発見された。さらに調べていくと、もともと宿主の細胞のなかにある遺伝子(主に細胞増殖因子)だったという話ですね。

【仲野】レトロウイルスの研究から、がんの本質が解明されたともいえる画期的な事例やね。

【宮沢】僕もいまレトロウイルスとがんの関係を研究しているのですが、別の角度から研究しています。がんの悪性化と古代レトロウイルスとの関係、さらには、がんの転移に関係する古代レトロウイルスです。

【仲野】宮沢先生の新著にあった、「がんの転移に関係する内在性レトロウイルスを壊せば、転移が止まるのではないか」という仮説やね。あれは正直「噓やろ」と思ってるんやけど(笑)。

【宮沢】いやいや(笑)。そういわれてしまうと、がんの転移について説明する必要がありますが、その前に「内在性レトロウイルスが、哺乳類の胎盤(たいばん)を生んだ」という話からします。

というのも、「哺乳類がレトロウイルス由来のタンパク質を利用して、まったく新しい臓器である胎盤をつくり出した。しかし胎盤をつくるために利用した古代のレトロウイルス(内在性レトロウイルス)由来のタンパク質が、がんの転移にも使われてしまった」という仮説を、僕が立てているためです。

哺乳類は卵生の動物とは違い、母親の胎内に胎子を宿します。母親の子宮のなかで胎児を包み込んでいるのが胎盤ですが、母親にとって胎児は異物ですから、本来であれば免疫機能によって排除しなければなりません。ところがいうまでもなく、胎児は排除されず育っていきますよね。

そこで僕は学生時代に、レトロウイルスが局所的な免疫抑制状態を生み出す役割を担うことで、胎児を維持しているのではないかという仮説を立てたんです。その後2000年に発表された『ネイチャー』誌に、シンシチン(syncytin)というレトロウイルス由来のタンパク質がヒトの胎盤形成の際に使われている、という論文が発表されたこともあります。

ヒトが生まれるときには、卵巣から卵子が出て、卵管で受精して受精卵になります。受精卵は卵管をコロコロと転がりながら通って成長し、そのあいだに細胞分裂して胚盤胞になります。これが子宮に流れていき、子宮壁にくっついて着床するわけです。着床という言葉には「くっつく」というイメージがありますが、ヒトやマウスの場合は、実際には母親の子宮壁にめり込んでいくんですね。

母親の子宮壁を壊し、母親の血管も壊して、なかに入り込んでいく。胚盤胞の外側の細胞層を栄養膜といいますが、その栄養膜の細胞がお互いに融合し、胎盤の素となります。前置きが長くなりましたが、この融合細胞をつくるときに使われているタンパク質が、古代レトロウイルス由来のシンシチンだったんです。

【仲野】なるほど。それと、がんの転移とどういう関係が?

【宮沢】がんに罹るのは爬虫類や鳥も同じですが、がんの転移に苦しむのは哺乳類です。哺乳類は先に述べたように、胎盤をもつ段階で母親の免疫から逃れる仕組みを発達させました。ヒトが長生きする過程において、免疫から逃れる仕組みが暴走することがあり、それががんの発生と転移につながっているのではないか、というのが僕の仮説です。

実際にマウスで実験すると、転移性がんの一種であるメラノーマを発現する内在性レトロウイルスをノックアウト(除去)したら、がんの転移が止まったという論文も出ています。僕はメチレーション(化合物がメチル化、すなわちメチル基という原子団が導入されること)が低下して、そこに内在性レトロウイルスが発現するのではないかと思っているんですが。

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