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なぜ小林製薬は「同族企業」にして「全社員参加経営」ができるのか?

2022年02月04日 公開

小林一雅(小林製薬会長)

小林一雅,
写真撮影:小西国広(スタジオ コニシ)

「ブルーレット」「消臭元」「熱さまシート」「メガネクリーナふきふき」など、愛され続ける長寿ブランドを絶えず創造し、衛生日用品のニッチマーケットで勝ち続ける小林製薬。明治期に創業したこの老舗の同族企業を率いてきたのが、現会長の小林一雅氏である。

同族経営のよさを残しつつも、全社員参加型の経営を標榜し、持続的成長を実現した中興の祖である。その成長を遂げる過程で直面した「危機」に、小林会長はどう向き合ったのだろうか。

※本稿は、小林一雅著『小林製薬 アイデアをヒットさせる経営』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

 

将来の不安を払拭するためのプロジェクトに対する社員の反応

小林製薬は、1999年に大阪証券取引所二部に上場し、翌2000年に東京証券取引所一部と大証一部に上場しました。

多くの経営的試練と対峙してきたなかで、その時々には、さほど重要と思われなかったことが、後々に振り返ると、大きな分岐点になっていたりすることがあります。その1つは、1992年の年頭に起きました。

日本は当時、バブル景気がはじけた後で、不安感が急速に高まっていた時代です。成長拡大期にあった当社の業績にも少なからず影響はありました。その先行きの不透明さは、多くの日本人に不安をもたらすことになりました。

当社はそれまで、いわゆる典型的な同族経営でしたから、家族主義的なよき風土もあったとはいえ、その経営の将来性を不安視する声もあったようです。

本社部門では、そのような空気を払拭し、新たな成長軌道に乗せていくうえで、組織風土や企業文化の改革に着手すべきという雰囲気が湧いてきていました。

そこで、経営理念の見直し、21世紀のビジョンの再構築をはかる「新経営理念作成プロジェクト」が立ち上がりました。

しかし、全社員参加型のそのプロジェクトで、自ら進んで応募してきたのはほんの数名でした。同族会社に見られがちな「自分たちの意見で何かを変えられるはずもない」という一種のあきらめの気持ちが、会社を覆っていたのかもしれません。

自分ではワンマン経営者だとは思っていませんでしたが、社員には、経営に対する当事者意識の欠如をもたらす雰囲気がいつのまにか入り込んでいたようです。ただ、その頃、私自身も、小林製薬という会社の将来性を見つめ直す時期にきていました。

 

社員の不満が爆発寸前。変化への「機」は熟した!

衛生日用品の新製品開発を次々に成功させてきたとはいえ、それはもちろん自分と社員の懸命な努力によるものだが、時代の流れにも乗っていた。運を引き寄せていた。だから小林製薬は本当に運のいい会社だと思うけれども、それが果たして未来永劫続くだろうか。自分はやはり凡人である。自分ひとりの力には限界がある――。

そう思うほどに、早く経営のスタイルを変えて、小林家の会社ではなく、社員の総意としての経営方針や長期経営計画が立案され、推進される、そんな社員の会社にしていかなければならない。「こういう会社にするんだ」という強い願いを社員一人ひとりが考え、それを私が代表者として束ね、成功に導いていくようにしないといけない。そうしてこそ、この会社の未来が拓ける。

そのような考えをめぐらし、確信するようになっていました。「上場企業にしよう」という私の胸の内に秘めた思いは次第に醸成されていたのです。

新経営理念を作成するという、それまでになかった全社的なプロジェクトでしたが、社員が抑えていた不安や不満が、第1回目の会合で一挙に噴き出すことになりました。

「理念やビジョンなんてカッコいい話をする前に、現実を見て、まずは職場環境や社員の待遇を改善してもらいたい」「物流センターにはエアコンがなく、冬は寒く夏は暑い」「社員は朝から晩まで走り回る仕事をしている。でも給与が安い」

「同族という鉄のカーテンがある。会社が何を考えているのか、これからのことがまったくわからない」「現場の状況を本当に経営トップは知っているのか」「提案をしても、会社が言うことを聞くとは思えない」

そのような辛辣な声もあったようです。爆発寸前という状況のなかで、1992年1月15日に、第2回会合が開催され、このとき(当時、社長だった)私も出席することになりました。

最初は無難な意見ばかりを聞かされましたが、当時の労働組合幹部が使命感と責任感で勇気を振り絞り、現場の不満、そして経営陣に対する不信感を述べました。

すると、他の参加者たちも次々と私に不満をぶつけてきたのです。当時の秘書は「社長が怒り出し、席を立つかもしれない」とまで思っていたそうです。

通常の会議などでは、厳しいコメント、強い指示をしてきた私でしたが、このとき、私は一言も発せず、黙って話を聞くことができました。

なぜなら、前述のように、同族経営から、社員のためのガラス張り経営、全社員経営へと変化を遂げる機が熟してきたようにも思えたからです。

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