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仕事のやりがいを何よりも重視した松下幸之助

2018年03月18日 公開

川上恒雄(PHP研究所 松下理念研究部長)

松下幸之助

昨今、顧客満足の向上には社員満足が必要だという声がよく聞かれる。確かに、商品やサービスが人気を博している会社の社員は仕事にやりがいを感じていることが多い。松下幸之助も、社員が熱意や喜びをもって働ける会社づくりを目指した。
 

社員の熱意や喜びが顧客の心をつかむ

ビジネスを進める上で、顧客に感動を与え、喜んでもらえるような創意工夫を心がけることは大切だ。むろん松下幸之助もそのように考えていたが、一方でそもそも顧客に喜ばれるのは、従業員や社員が日頃から熱意や喜びをもって仕事に打ち込んでいるからだという。

「日々の仕事に喜びをもってあたれることは何にもまして代えがたいものがあるように思う。またそのようにして仕事に励んでゆくならば、それによってほかの多くの人びとのために大いに役立つことができ、それらの人びとから喜ばれ、感謝されることになろう」

実際、顧客満足の高い会社では、従業員や社員が生き生きと働いていることが多い。そこで最近は、顧客よりもまずは従業員や社員の満足度を重視した経営を心がける会社がみられるようになった。

ただ、その実践は必ずしも容易でない。特に人件費の負担が重くのしかかる不況期には、本当に人を大切にする会社なのか、その姿勢が問われてくる。

幸之助は、そういう苦しい時でも人を大事にし、人に希望を与えることで、組織が一致団結して経営に力強さが生まれると訴えた。幸之助のこうした信念は、戦前の昭和恐慌期に経営危機を乗り越えたことに由来する。以下、このエピソードを通して、従業員や社員に熱意や喜びをもたらす経営が、顧客の心を引き寄せ成果を上げる力につながることをみてみよう。
 

「解雇せず」に歓喜の声

昭和4(1929)年、日本経済が大不況に陥る中、多くの企業が大規模な人員削減を進め、失業者が街にあふれた。東京の中央職業紹介所には、それまであまり見かけることのなかったスーツ姿の紳士が多数押し寄せ、雇用不安がエリート層にまで及んでいることが話題になったという。

松下電器も苦しい経営を強いられる。同年4月に中等学校以上の学卒者の定期採用を始め、五月には新たな本店やランプ工場を竣工するなど、不況をものともせず力強い経営を続けてきたが、政府によるデフレ下の緊縮政策に加え、10月のニューヨーク株式市場大暴落に端を発する世界的金融不安という事業環境の急激な悪化には抗し切れず、11月と12月の売上は半減するほど落ち込んだ。

その頃、松下幸之助は病の床に伏していた。しかも病状は思わしくなく、12月20日から出養生(転地療養)することが決まっていた。代わりに経営の指揮を番頭格の井植歳男と武久逸郎が執っていたとはいえ、トップである幸之助の不在は従業員にとって不安なものである。いつ解雇されてもおかしくない経営状況だからだ。

実際、当時第三工場長の後藤清一は、ひそかに解雇者リストを作成していた。商品が売れずに在庫がどんどん積み上がるのを目にすると、人減らしのシナリオも頭に入れておかねばならない。

案の定、井植と武久は生産の半減、ひいては人員の半減以外にこの苦境を乗り越える道はないと判断し、幸之助のもとを訪れる。幸之助は2人の報告を聞いた上で、こう指示した。

「生産は即日半減。しかし、一人も解雇してはいかん。工員は半日勤務とするが、給料の全額を支給する。その代わり、店員は休日を返上し、在庫品の販売に全力を挙げてもらいたい」

2人はただちに社に戻り、興奮した様子で幸之助の意向を従業員に伝えた。「うぉーっ!」という歓喜の声が一斉に上がったという。
 

単なる温情ではなかった

作家の堺屋太一氏によると、人員削減をしないという幸之助の決断は、当時としては実に驚くべきことだった。よく知られているように、戦前の日本企業はかなり自由に労働者を整理解雇できた。昭和10(1935)年頃までの労働者の平均勤続年数は3年に満たなかったという。井植らによる人員半減の提案も、後藤が事前に解雇者リストをつくっていたように、珍しいことではなかった。

同じ昭和4年に半数の従業員を解雇したある経営者が、その一人ひとりに故郷に帰る汽車賃を手渡し、「こんな(思いやりのある)ことをした経営者は、日本といえども私以外にいなかったのではないか」と自慢げに述べていたことに堺屋氏はふれ、経営危機でも解雇しないという当時の幸之助の決断が、従業員にとっていかに意外なものであったのかを指摘している。だから従業員は思わず歓呼するほど感激したのだ。

幸之助は単なる温情で人を切らなかったのではない。同年3月に制定した「綱領」で、「営利と社会正義の調和に念慮し、国家産業の発達を図り、社会生活の改善と向上を期す」と松下電器の使命を打ち出したばかりなのに、「一時とはいえせっかく採用した人を解雇することは、経営信念の上にみずから動揺をきたすことになる」と考えたからだ。

また、雇用を維持して会社の経営が傾いては話にならない。幸之助はナイーブな理想主義者ではなかった。経営破綻を回避できるか、きちんと計算もしていたのである。半年ぐらいだったら、工員の賃金を減額せずとも資金はもつ。

しかし従業員には、そんな理屈をこねるより、ストレートに「解雇しない」と伝えたほうが心に訴えかける力は強い。従業員、なかでも店員は幸之助の期待に応え、半年どころか2カ月で在庫品を売り切り、松下電器は再びフル生産体制に戻った。幸之助が見込んだ以上の成果を上げたのである。

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