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禅も武士道も「やせ我慢」である

2018年12月10日 公開

横田南嶺×執行草舟

現世で報われない生き方こそ真実の人生

横田南嶺×執行草舟否定の中から生まれる生命力。自己の完全燃焼を望む死生観――。禅と武士道の精神を体現し、共鳴する両者は、いかなる影響を受け、その深遠に至ったのか。横田管長が若き日に自己研鑽に励んだ思い出深い道場に執行氏を招き、先達から学んだ精神の真髄を語り合った。

取材・構成:辻 由美子
写真撮影:永井 浩
 

執行草舟 実業家、著述家、歌人
しぎょう・そうしゅう*1950年東京都生まれ。立教大学法学部卒業。株式会社日本生物科学・株式会社日本菌学研究所社長。独自の生命論に基づく事業を展開。戸嶋靖昌記念館 館長、執行草舟コレクション主宰。蒐集する美術品には、安田靫彦、白隠、東郷平八郎、南天棒、山口長男、平野遼等がある。洋画家・戸嶋靖昌と深い親交を結び、全作品を譲り受けて記念館を設立。画業を保存・顕彰し、千代田区麹町の展示フロアで公開。著書に『「憧れ」の思想』(PHP研究所刊)など多数。

横田南嶺 臨済宗円覚寺派管長
よこた・なんれい*1964年和歌山県新宮市生まれ。筑波大学卒業。京都・建仁寺の湊素堂老師のもとで参禅。1991年鎌倉・円覚寺の足立大進老師のもとで参禅。’98年円覚寺僧堂師家代行および塔頭黄梅院住職となり、翌年に円覚寺僧堂師家就任。2005年龍雲院住職。2010年臨済宗円覚寺派管長就任。’12年から’14年まで全日本仏教会副会長を務める。’17年花園大学総長就任。著書に『二度とない人生だから、今日一日は笑顔でいよう』(PHP研究所刊)など多数。

 

やせ我慢の精神を武士道にもたらした趙州

執行 禅も武士道も本質的に反骨精神であり、絶対否定。肯定したらダメなのです。その精神を体現した人物としては、唐の禅僧だった趙州が代表的だと思います。彼は禅の公案(禅の精神を探究するための問題)の元をつくったことで有名ですが、私は彼が書いた『趙州録』に出てくる「十二時歌」がものすごく好きです。まさに反骨精神の塊で、その中から非常に豊かなものが溢れ出てきます。

横田 一日の間の十二の時に託して、自分の境遇を語った詩ですね。『趙州録』そのものがそうですが、愚痴や悪口がたくさん書かれています。公案をつくった高僧といわれる人が、どうしてこんな愚痴ばかり言っているのだろうかと、普通に読むとびっくりします。

執行 書かれている恨みつらみが面白いのですよ。寺の前にロバを放して草を食べさせているくせにお布施を全然持ってこないとか、托鉢に行ってもろくなものを施さないとか。趙州の言葉には、ペーソス(哀愁)があります。そこが武士道と共通するのです。崇高を志向しているが、泥臭い(笑)。

横田 本音を語って、自分を繕わないところが人間的ですね。

執行 私は武士道の中心にある思想が「やせ我慢の哲学」だと思っていますが、その考え方を支えている思想が趙州の禅思想から来ているのではないかと考えています。

「武士は食わねど高楊枝」で、お腹が空いても空いていないと言う。そういうやせ我慢がなければ、武士道はただの戦いの思想になってしまいます。やせ我慢の哲学が入ることによって、いろいろな人間が持っている人生のペーソスが加わった。だから、武士道は世界に冠たる文化になったと思うのです。

横田 円覚寺の先代の管長の足立大進老師がよくおっしゃっていました。「禅はやせ我慢だ」と。

執行 その通りです。やせ我慢があって、そのウソが真になっていくのが武士道であり、人生だと思います。だって鉄砲の弾が飛んできたら、誰だって怖いに決まっているじゃないですか。それを我慢して突撃すれば、結果として勇気ある人になることができる。

考えたら、本当は怖いはずですよ。勇気なんてウソから始まる。でもやせ我慢を通したら、それが真実に変わると私は思っています。その「やせ我慢の哲学」の始まりが趙州なのです。
 

山本玄峰にみる柔らかな強さ

横田 私が住職を兼務するこの龍雲院(白山道場)にゆかりのある方でいいますと、山本玄峰老師はここで坐禅会を持たれていました。玄峰老師は和歌山生まれで、私とは同郷のよしみでございます。

執行 私は玄峰老師の思想を知る前に、その「書」から入りました。玄峰老師の書には日本の「歌」があります。つまり日本人の深い精神が込められている。それが書から感じられるのですね。

玄峰老師について調べてみますと、彼の愛国心がうわべのものではないとわかります。例えば太平洋戦争の末期、終戦工作に奔走をした人は何人もいるのですが、みなおっかなびっくりでした。終戦直前の陸軍は狂気に満ちていましたから、もう命がけですよ。

ところが玄峰老師は、総理大臣の鈴木貫太郎に会うにも、宮中に参内するにも、堂々と逃げも隠れもしないのです。それでいて、殺されもせず、無事という。そこに、言葉は大げさかもしれませんが、宇宙の真理に通じている人間のすごさを感じましたね。

横田 私の好きな玄峰老師の逸話なのですが、ある時、住職を務めているお寺で反社会的な組織と対立したことがあったのですね。

玄峰老師は一命を狙われ、襲われてしまいます。その時に老師が放った言葉が秀逸なのです。

「一命はいつでもあげる。しかし、せっかく死ぬのならどうやって死ぬか味わってみたいから、ぶすっと一発でやるのではなく、竹ののこぎりでゆっくり挽いてくれ」。そう言って、ころりと横になったそうです。そういう捨て身の姿勢だから、鈴木貫太郎とも平気で話ができたのでしょうね。

執行 玄峰老師が持っている勇気というか男らしさに禅の根源を感じますね。それが書にも表れています。仏教的なものと日本的な心が、一番きれいなかたちで融合している方ではないかと思います。

横田 有名なのが、鈴木貫太郎が総理大臣になった時に、玄峰老師が書いた手紙です。「これよりは耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、任務にあたってくれ」と。それが詔勅に影響したのではないかという説があります。玄峰老師の言葉が象徴天皇制のヒントになったともいわれていますしね。

執行 日本の天皇制は、武器を持たないところに類稀な強さがあります。玄峰老師の書が柔らかく温かくて、特別な魅力があるのは、彼自身が内包する強さの表れです。それが日本の精神ひいては天皇制とも通じるのではないでしょうか。

本稿は、マネジメント誌「衆知」連載《禅と武士道》(2018年7・8月号)より、その一部を抜粋編集したものです。



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2019年5-6月号 特集「喜びを生み出すマネジメント」

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