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キリンビール高知支店は、なぜシェアを奪還できたのか

2018年12月26日 公開

田村潤 × 田口佳史  

田村潤 × 田口佳史
 

5年後に会社は消滅?――急激なシェア下落

田村 私は、1973年に入社して、キリンビールの岡山工場の労務のセクションで働きました。私が入社したころは、キリンビールのシェアは6割を超えていました。工場の生産能力さえあればシェアが85%になるという数字も出て、このままいくと独占禁止法に抵触するから大変なことになるといわれたこともありました。

高いシェアが当たり前になってしまって、キリンはだんだん内向きの会社になっていきました。お客様を見る必要がなくなって、社内でエネルギーを使うようになった。そうなると、当然のことながら会社の体質は弱くなっていきます。

状況が一変したのは1987年。アサヒビールが『アサヒスーパードライ』を出したときのことです。これが大ヒットして、キリンはどうしていいかわからず、右往左往するばかりでした。3年後にキリン『一番搾り生ビール』の発売が成功し、シェアは50%で下げ止まりましたが、キリンの内向きの社風はそれほど変わりませんでした。

私は、そのころ東京の本社で営業の企画立案をしていましたが、1995年に、「高知支店に行ってくれ」という内示を受けました。簡単にいえば左遷です。社内では「もうこれで田村は終わりだ」といっている人もいたそうです。

田口 左遷ということは、それだけ高知の市場が厳しかったということですね。そのとき高知支店はどのような陣容だったのですか。

田村 支店長として高知支店に赴任しましたが、メンバーはわずか12人。支店長を含めて営業が10人。営業をサポートする内勤の女性が2人でした。

しかも、ちょうどそのタイミングで、キリンは自社をさらに苦境に陥れるようなことをしてしまいます。私が高知支店に赴任した翌年の1996年に、キリンは、長年トップブランドだった『キリンラガービール』の味を変えたのです。若い人に人気の『スーパードライ』に追い抜かれそうだったので、若者向けの“苦みを抑えたビール”をつくらなければいけないと考えたのですが、これが大失敗。お客様は、雪崩を打ったようにキリンから離れて、アサヒビールに移っていきました。

キリンのシェアは、50%から一気に40%をめがけて落ちていきました。このままいけば、5年後には会社がなくなってしまってもおかしくない状況だと思いました。
 

自分の会社に「存在意義」があるのか?

田村 高知では、「ラガーのあの苦い味がいい」とおっしゃるお客様が多くて、その分、ラガービールが変わってしまった打撃が大きく、対前年比で高知が全国最下位になってしまった。多くのお客様は人気のあるアサヒを飲みたいと思っていますから、問屋さんや酒屋さんを回っても、キリンを相手にしてくれない。何とかお願いして置いてもらっても、次に行ったときには、もうアサヒに変わっている。そんな状況でした。

営業の人たちは、ものすごいストレスで、10人のうち3人が病気になってしまいました。追い詰められて途方に暮れる状態ばかりです。「キリンは、この世の中に必要のない会社じゃないか」とまで考えました。

田口 自分の会社が世間から必要とされていないのではないか、というところまで思い詰めなければいけないのは、何とも厳しい状況ですね。

田村 毎日「なぜ味を変えた」とお客様に怒られていましたから、何カ月も「キリンに存在意義があるのかどうか」と考えつづけました。

そのときに思い浮かんだのが、入社したときの岡山工場でお世話になった仲間たちでした。工場の人たちは一生懸命にビールをつくり、キリンを支えてきた。みんなが「キリンの品質」に誇りを持ち、「美味しいビールをつくろう」と一生懸命になっていた。それを思い起こしたとき、ふっと心が軽くなったのです。「やはり百年の歴史と品質本位、お客様本位の理念を持つキリンは残すべき会社だ。日本人に愛されてきたキリンは守るべきブランドだ」という結論に至りました。会社の存在意義と自分の存在意義をようやく確認できたのです。

それからは、自分の行動が変わりました。売ることよりも、「とにかく、お客様に喜んでもらうこと」を考えました。

田口 そこはとても興味深いですね。会社の存在意義をどう自分の肚に落とすか、別の言葉でいえば会社の経営理念をいかに自分のなかで確立するかは、本当に大事な部分です。この本はPHP研究所からの発刊ですが、PHP研究所を創設された松下幸之助さんも、経営理念の大切さをつとに強調されていました。

松下幸之助さんでいえば、「命知」という言葉が有名です。昭和7年の春、ある宗教団体の本部に赴いた折に、信徒の人たちが喜びに満ちて働いているのを見て、幸之助さんは考え込んでしまうわけです。自分の会社では社員に給料を払って働いてもらっているが、あんなに喜びに満ちて働いてくれているだろうか。経営とは何だろうか、自分の事業の真の使命とは何か――。そのことを考えつづけた幸之助さんは、ハッと気づきます。

「水道の水は加工され価があるにもかかわらず、道ばたの水道水を通行人が飲んでも咎められることはない。量が豊富で安価だからだ。松下電器の真の使命は、物資を水道の水のごとく安価無尽蔵に供給し、この世から貧をなくし、楽土を建設することではないか」

この使命に気づいたとき、幸之助さんは感激に打ち震えたといいます。そして昭和7年5月5日、当時の全店員170名弱を一堂に集めて、この産業人の使命を発表するわけです。

すると、店員もみな大いに感激しました。若い店員から幹部店員まで、次々に壇上に上って興奮しながら所感を発表します。あまりの熱気で、午前10時に始まった会が午後6時まで続いたほどでした。パナソニック(松下電器)は、以来、この昭和7年5月5日を、使命を知った日ということで「命知元年」とし、創業記念日としたのでした。

田村さんが「やはり、百年の歴史と品質本位、お客様本位の理念を持つキリンは残すべき会社だ」と心の底から納得された話は、この松下幸之助さんのエピソードに通じるものがありますね。しかも興味深かったのは、田村さんが得心されたきっかけが、キリンの工場などで一生懸命働いている仲間のことを思い浮かべたことだという点です。「とにかく、お客様に喜んでもらうこと」という気づきを得たのが、「仲間の社員たちが、誇りを持って頑張っている姿」からだったというのは、とても大切なことだと感じました。

もちろん、それはキリンが素晴らしい伝統を重ねてきた会社だったからです。実は、どんな会社であっても、必ずそういういい面があるのです。それに気づけるかどうかは、自分自身が、会社や仲間や仕事に対して、どれだけ真剣に向きあっているかによるのです。

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