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小千谷談判が決裂。河井継之助と北越戦争

2017年05月02日 公開

歴史街道編集部

河井継之助

今日は何の日 慶応4年5月2日

河井継之助と岩村精一郎の小千谷会談が決裂。

慶応4年5月2日、越後長岡藩家老・河井継之助と新政府軍軍監・岩村精一郎が小千谷の慈眼寺で会談するも決裂。継之助は軍事総督として長岡軍を指揮し、戊辰戦争最大の激戦、北越戦争がはじまります。

奥羽越列藩同盟に対し、圧倒的な兵力と火器を備えていたはずの新政府軍は、越後長岡城攻防戦では3ヵ月以上の時間を費やし、1100人以上もの戦死者を出す苦戦を強いられました。その苦戦の理由はただ一つ、長岡藩に河井継之助という鬼才がいたからに他なりません。

すべては、小千谷会談の僅か30分での決裂から始まります。 表高7万4000石の小藩とはいえ、越後長岡藩牧野家は、徳川譜代の家柄でした。 最後の将軍・徳川慶喜の大政奉還で幕府が瓦解し始めた時、藩主・牧野忠訓は家老の継之助らを連れて上洛、継之助は薩摩・長州らの新政府に対し、「君が臣を伐つ非道はすべきでない」と建言しています。しかし、新政府は建言を黙殺して鳥羽・伏見の戦いを引き起こし、徳川家や会津藩に朝敵のレッテルを貼りました。継之助はそれを確認した上で江戸に戻り、藩の財宝を売却して代わりに1門5000両もするガトリング砲2門をはじめ、多数の武器を購入します。

長岡に帰った継之助は、藩主同席の場で全藩士に告げました。

「今、薩長の姦臣が天子を推戴し、幕府を陥れ、政権を奪い取った。我が長岡藩は小藩ではあるが、大義のためには孤立してでも、徳川家より受けた三百年の御恩に報いたい。それが義藩というものだ」

とはいえ継之助は、最初から新政府軍と戦うつもりではありません。薩摩・長州の野望は見抜きながらも、最新兵器を装備した近代的な軍隊を持つ長岡藩は中立の立場で、新政府軍と会津藩や旧幕府軍の調停役を務めたいと考えていたのです。

そして慶応4年5月2日、継之助は小千谷の新政府軍陣屋に、軍目付一人を連れて談判に赴きました。談判の場となったのは、慈眼寺。応対したのは新政府軍軍監・岩村精一郎らです。

継之助はまず長岡藩への新政府軍への侵攻の猶予を願い、「あなた方が真の官軍であるならば、恭順してもよい」とその志を問います。しかし岩村らはたかが小藩の家老と見くびり、のっけから敵か味方かと迫りました。 継之助は、それならば何のための討幕かと問います。

「お前たちは官軍の名のもとに会津藩や旧幕府軍を討つというが、その内実は私的な制裁と権力への野望ではないか」

継之助の理路整然とした追及に岩村は詰まり、激昂しました。

「我等は勅を奉じ長岡を討つ。論を争うのならば、兵馬の間に決すべし」

談判決裂でした。 この決裂は、継之助にしてもできれば避けたいものでした。彼我の戦力差は歴然です。しかし予想通り新政府軍は驕り高ぶり、王師とは程遠いものでした。

「ついにやむを得ざる。我が藩領を侵し、我が民を駆り、我が農事を妨げし者は奸賊なり」

継之助は起ちます。 実戦における継之助の戦法は、際立っていたといわれます。 両翼を牽制しつつ、敵の正面を衝き、あるいは戦線を少数の拠点で守る一方、兵力を集中して敵の戦線を突破し、分散した敵を包囲殲滅。まさに合理的な近代戦の戦法を駆使していました。 一度、新政府軍に落とされた長岡城の奪還に挑んだ「八町沖渡渉戦」は、まさに戦線突破の好例です。新政府軍の防衛ラインに攻撃を仕掛けて注意を引き付けておき、その隙に渡渉困難と思われていた沼沢地を別働隊が夜陰に紛れて突破、長岡城を見事奪還しました。

さらに継之助は、城を奪い城下に入った長岡藩兵と城外の列藩同盟軍で新政府軍の挟撃殲滅を企図していましたが、列藩同盟軍の呼応が遅く、視察に出向いたところを足に銃創を負ってしまいます。長岡藩を率いていた継之助の負傷・戦線離脱は、北越戦争の均衡を崩すことになりました。

長岡城は再び陥落、継之助は会津に向けて落ち、八十里峠を越える際、「八十里 腰抜け武士の 越す峠」と自嘲の句を詠んでいます。 そして会津藩領に入り、塩沢村の医師宅で、破傷風のために命を落としました。享年42。 継之助が負傷せず、もう少し時間を与えられていたら、どれだけの活躍をしただろう。そう思いたくなる、惜しまれる死です。



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