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角倉了以・京都繁栄の礎を築いたアイデアマン~この偉人、知っている?

2018年05月01日 公開

河合敦(歴史作家)・太田奈緒(AKB48チーム8京都府代表)

太田奈緒写真撮影:永井浩
 

この歴史、知らなくてすみません。

日本各地には、教科書には載らなくても語り継ぐべき素晴らしい「歴史」があります。月刊誌「歴史街道」では、2016年8月号から2017年10月号まで「47都道府県 この偉人、知ってる?」を連載。地元に根ざした活動を展開するAKB48 Team8京都府代表の太田奈緒さんを生徒役に、歴史作家の河合敦氏に、15回にわたる誌上講義をしていただきました。

この度、その連載記事をまとめた『この歴史、知らなくてすみません。―47都道府県・感動の日本史』が文庫オリジナルとして刊行されます。今回はその一部、京都府の偉人・角倉了以をご紹介します。
 

太田奈緒(おおた・なお)
1994年生まれ、京都府出身。人気アイドルグループAKB48のメンバー。2014年より、AKB48 Team8の京都府代表メンバーとして活動。2017年の第9回AKB48選抜総選挙で65位に初のランクイン。同年6月からは、KBS京都で冠番組「京都トヨタPRESENTS AKB48チーム8太田奈緒のEverybody⁇ チャレンジ!」(毎月第3日曜日)が放送開始。また、光文社から写真集の発売が決定するなど、注目を集めている。

河合 敦(かわい・あつし)
1965年生まれ、東京都出身。歴史作家。多摩大学客員教授。早稲田大学非常勤講師。青山学院大学卒。早稲田大学大学院博士課程単位取得満期退学(日本史専攻)。高等学校教諭などの豊富な経験をもとに、執筆や講演活動のほか、「世界一受けたい授業」などテレビ出演も多数。第17回郷土史研究賞優秀賞、第6回NTTトーク大賞優秀賞を受賞。近著に『大久保利通 西郷どんを屠った男』、『異説で読み解く明治維新』、初の歴史小説『窮鼠の一矢』などがある。

 

保津川の川下りは、この人のおかげ!

河合 太田さんは日本史は得意でしたか?
太田 ……どちらかといえば苦手でした。
河合 おや(笑)。大丈夫ですよ、一緒に学びましょう。京都のご出身と伺いましたが、ゆかりの偉人が数えきれないほどいますよね。
太田 坂上田村麻呂とか?
河合 さすが地元ですね(笑)。今回は、京都の角倉了以(すみのくら・りょうい)という人を取り上げましょう。戦国から江戸時代にかけての人物です。
太田 はじめて聞いた方です。
河合 でも、京都の嵯峨の保津川はご存知ですよね?
太田 行ったこともあります。舟の川下りが有名で、水しぶきがかかるくらい、流れが急なんです。
河合 実は、その川下りができるのは、この人のお蔭なんですよ。
太田 えっ、そうなんですか?
河合 京都市って海に面していませんよね。だから昔は周辺からモノを運ぶとき、陸から馬などを使っていたんです。でも、馬だと少ししか荷を積めず運賃も高い。ある方法で、そんな不便さを解決してしまったのが了以なんです!
太田 もしかして、川ですか?
河合 正解!
太田 舟ならば大量にモノを運べますし、時間も短縮できますね。
河合 そうです。そこで了以は保津川に舟が通れるようにしたのです。この川はとても急で、普通なら舟は通れません。なので、了以は私財を投じて工事をしました。
太田 自分のお金で、ってことですか?
河合 もちろん! 川の通行料はもらったりしてお金を回収しましたが、それでもなかなかできない立派なことですよね。
 

京都を繁栄させたアイデアとは?

河合 しかも、了以は他にもすごいことをやっています。ここでひとつ質問、京都で最も有名な川はどこですか?
太田 鴨川。
河合 ですね。了以は同じようにその鴨川にも舟を通したんです。
太田 すごいですね…。
河合 でも、すぐに泥が入り込んで川が浅くなり、舟が通れなくなってしまったのです。人々もがっかりしました。このとき了以はあることを閃きます。何だと思いますか?
太田 ええーっ? 泥がいっぱいってことは…うーん…。
河合 鴨川と並行して高瀬川ってありますよね? あれ、了以がつくったんです。
太田 え、人工の川ということですか? どうやってつくるんだろう……。
河合 私も詳しいことは分かりません(笑)。ただ、鴨川が泥で駄目ならば、自分で川をつくってしまえと、了以は発想を上手に転換したのです。ちょうど家康が江戸に幕府をつくり、京都は「このまま廃れるかも」と人々は不安に思っていましたが、了以の事業もあって経済的発展を遂げたのです。太田さんの故郷の礎を築いた方といえますね。
太田 娯楽でなく、舟が川を通ることで町が栄えるなんて、想像したこともありませんでした。でも、私たちの町が、了以さんのような昔の方のお蔭でできていると思うと、感謝のきもちがわいてきます!        

高瀬川、角倉了以邸宅跡 高瀬川には、今も角倉了以が住んだ邸宅跡に碑が建つ
 

角倉了以(1554 -1614)
戦国時代から江戸時代初期にかけての京都の豪商。外国との貿易を行なう傍ら、大堰川や高瀬川を私財を投じて開削。徳川家康の命令で富士川や天竜川の開削も行なっている。地元・京都では、琵琶湖疏水の設計者・田辺朔郎と共に「水運の父」として有名。
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