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諜報の武官・小野寺信と「ムーミン」の訳者、妻・百合子

2018年04月20日 公開

歴史街道編集部

ムーミン

小野寺百合子という女性をご存じでしょうか。トーベヤンソンの『ムーミンシリーズ』などの児童文学翻訳で知られる人で、陸軍少将・小野寺信の夫人でもあります。第二次大戦中はスウェーデン公使館附武官であった夫とともに、百合子もまたスウェーデンに赴き、和平工作のための情報活動を支援したといわれます。

連合国から「欧州における枢軸側諜報網の機関長」と恐れられたのが、小野寺信でした。彼は昭和20年(1945)2月4日、クリミア半島のヤルタに連合国首脳が一堂に会した「ヤルタ会談」において、日本にとって極めて重要な取り決めが行なわれたことをつかんでいます。すなわち、ドイツ降伏から3ヵ月後に、ソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄して対日参戦を行なうというものでした。まさに日本の命運にかかわる密約情報を小野寺がつかんだのは、会談直後の2月中旬のことです。

この情報を小野寺に報せたのは、ポーランド亡命政府の参謀本部情報部長スタニスロー・ガノでした。 ガノは部下のミハール・リビコフスキーを目の敵にしたナチスのゲシュタポから、小野寺が身をもって庇ってくれたことに感謝していたのです。ナチスに狙われるリビコフスキーを庇ったことで、小野寺は日本国内からの批判にも晒されます。なぜならポーランドは連合国の一員であるからでした。

しかし小野寺は、日米開戦前のストックホルム赴任当初から、強い親日感情を抱くリビコフスキーと友情で結ばれ、敵対する国でありながら、二人は情報を交換し合っています。そしてリビコフスキーをナチスに渡さないために、小野寺はストックホルムの神田公使代理に頼み、日本人名義の日本国パスポートを作って、リビコフスキーに与えました。

しかし、小野寺は、リビコフスキーに見返りを求めたりはしていません。あくまでも一人の友人として誠実に接し、リビコフスキーが連合国の一員として活動することにも干渉しなかったのです。 国を背負う者同士、相身互いという意識で互いを尊重したのでしょう。そうした小野寺だからこそ、名うてのインテリジェンス・オフィサーが信頼し、やがてそれはポーランド参謀本部の信頼感となり、交戦国であるにもかかわらず、ポーランド亡命政府は、日本に危機が迫っていることを小野寺に伝えたのです。

「ソ連の裏切り」という恐るべき情報を、小野寺は機密電報で日本の参謀本部に打電しました。ところが参謀本部内にいた親ソ連派によって、この情報は握りつぶされます。その結果、長崎に原爆が落とされた8月9日、ソ連は日ソ中立条約を破って、満洲・南樺太に侵攻、日本人居留民に対し殺戮、暴行、強制連行など暴虐の限りを尽くし、ポツダム宣言受諾後の8月15日以降に千島列島、北方4島を占領したのです。

小野寺の緊急電が活かされていたら、失われずにすんだ命がどれだけあったかと思うと、残念でなりません。

そんな夫の活動を陰から支えていたのが、妻の百合子でした。駐在武官には専任のスタッフがいないため、その夫人が情報を共有するスタッフの役割を果たしたといいます。小野寺は、重要情報は特別暗号(無限乱数と呼ばれる使い捨て乱数表)で暗号化して東京に打電し、その一方で暗号大国のフィンランドから連合国の暗号を入手、それらを分析してアメリカの暗号解読に成功していました。百合子もさまざまに夫を支援したはずです。

百合子は当時の生活と、戦後、イタリアへ脱出するまでの日々を、『バルト海のほとりにて』という著書にまとめています。

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