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佐々成政~信長の黒母衣衆筆頭、悲劇の最期

2018年05月14日 公開

歴史街道編集部

末森城跡
佐々成政が猛攻を加えた末森城の跡(石川県)
 

今日は何の日
天正16年閏5月14日、佐々成政が切腹

天正16年閏5月14日(1588年7月7日)、佐々成政が切腹しました。信長配下の有力武将で、織田家への忠義心から秀吉と不仲であったことで知られます。
 

佐々成政、前田利家とともに先陣を駆ける

尾張比良城主・佐々成宗の五男に生まれた成政ですが、生年は永正13年(1516)、天文5年(1536)、天文8年(1539)の諸説があって判然としません。一説に15歳で織田信長の小姓となって以来、40歳で越前府中の小丸城主になるまで、常に信長の傍らにあり、先陣を駆けたといわれます。

桶狭間合戦後に家督を次いで比良城主となった成政は、信長の親衛隊というべき馬廻衆の中でも精鋭の母衣衆となり、美濃斎藤氏攻めの最中に、赤・黒ある母衣衆の黒母衣衆の筆頭に選ばれました。その勇猛ぶりが窺えます。ちなみに赤母衣衆の筆頭が前田利家でした。
 

佐々成政の逸話

しかし成政は一方で中国の古典に通じ、また信長にも臆せず諫言したといわれます。信長は浅井久政・長政父子と朝倉義景を討ち取った翌年の正月、3人の髑髏の薄濃を家臣に披露しますが、『信長記』によるとこの時、成政は

「天下を治める者は、すべて人を家の子と思えば、人は皆君を父母の如く慕い、仰ぐといいます。しかし、いまだ属さぬ国々があれば、君は徳の至らざることと思い、不善なることを省みて、お改め願いたく思います」

と中国の『後漢書』をひいて諫言しました。信長はこれに腹を立てず、成政と居室で政道について語り合ったといわれます。
 

柴田勝家の与力として活躍

成政は長篠の合戦では鉄砲奉行に任じられ、その後、柴田勝家の与力として前田利家、不破光治とともに「府中三人衆」の一人となり、小丸城3万3000石余を預かりました。さらに織田方の勢力が加賀から越中に延びると、信長は成政に越中新川・砺波16万石を与えて、越後の上杉景勝に備えさせています。それだけ信長は成政の実力を評価していたのです。

天正10年(1582)、上杉方の越中魚津城を成政らが攻略した直後に、本能寺の報せが届きました。成政は上杉方の反攻を前に富山城の防備に追われ、その間に柴田勝家と羽柴秀吉の賤ヶ岳の戦いが起こりますが、柴田に若干の援兵を出すに留まります。

柴田が秀吉に討たれると成政は秀吉に帰服しますが、この時、「信長公の遺児、次男の信雄公を主君に立てること」を条件にしました。成政はあくまで織田家へ忠誠を誓っていたのです。
 

秀吉との対立。厳冬の「さらさら越え」

しかし秀吉はそれを破って天正12年(1584)に織田信雄と対立、徳川家康と組んだ信雄と秀吉が戦う小牧・長久手の合戦が起こりました。成政は所信を通して信雄・家康連合軍に味方し、秀吉方の前田利家勢が守る加賀末森城を猛攻、僅か半日で本丸に迫りますが、前田利家の援軍が現われると整然と撤退して、前田勢に付け入る隙を与えません。

以後も越中・加賀国境で前田勢と対峙する一方、同年11月には厳冬の立山連峰を越える「さらさら越え」を敢行。浜松で家康に会い、吉良で信雄に会って秀吉との再戦を説きますが、すでに時期を逸していました。

天正13年(1585)、関白となった秀吉は10万の軍で越中を攻め、勝算のない成政は降伏しました。しかし、「人みな信長の旧恩を忘れざるを賛美せり」と最後まで秀吉に抵抗した成政の姿勢を、多くの人が称賛したことを『名将言行録』は記しています。
 

佐々成政、悲劇の最期

その後、秀吉の九州征伐に従った成政は、肥後45万石が与えられます。ところが成政の検地に反発して国人衆が一揆を起こし、秀吉は成政に切腹をもってその責任をとらせました。一説に成政を憎む秀吉が、わざと一揆の起こりやすい肥後を与えたとも、また一本気な成政が、愚直に秀吉の政策を実行したところに問題があったともいわれます。

成政は摂津尼崎の法園寺に送られ、切腹しました。一説に享年53。後年、秀吉は「何の落ち度もない成政に死を与えしは、我が一代の不覚なり」と悔やんだといいます。



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