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鰻 駒形 前川~池波正太郎の江戸を食べ歩く

2018年08月06日 公開

山口恵以子(作家)

鰻の蒲焼き

今なお、多くの人に親しまれ続けている池波作品。『鬼平犯科帳』や『剣客商売』は、小説で広く読まれるだけでなく、CS放送ホームドラマチャンネルで放送されて人気を博してもいる。ここでは、その池波さんの作品を敬愛する作家が、池波さんが好んだ江戸の味を訪ね、思いを馳せる。

第1回の今回は、エッセイにもたびたび登場する浅草の「前川」へ。江戸っ子もこよなく愛した鰻の蒲焼きのお味は?

鰻 駒形 前川
かば焼きにつけるタレは先祖伝来の味
 

江戸と地続きの風情

池波正太郎の『むかしの味』は、その情感溢れる筆致から食べ物や店のみならず、幼年時代から少年、青年時代の池波さんの面影が偲ばれる、とても楽しい読み物だ。

「前川」は、そこに鰻の章で登場する。創業は文化文政年間(1804〜30)。店は大川(隅田川)に面していて、川の前にあるから「前川」。なるほどのネーミング。

戦前、幼い池波さんが祖父に連れられてきた頃や、株屋の店員時代に主人の吉野さんにご馳走してもらった頃の前川も、離れ座敷が大川端にあり、そこには舟着きも設けられていて、舟から座敷に上がることができた。夕闇迫れば小舟に乗って大川を流す新内語りを、酒を飲みながら聴けたという。

その頃の前川は、江戸と地続きの風情が漂っていたことだろう。

戦前の店は戦災で焼け、戦後は大川を二階から見渡せる地に移転した。しかし、奥の離れ座敷には、むかしの風情を感じさせる庭園が造られていたそうだ。

昭和の終わりに、店舗は再び大川に近い場所に移った。座敷からはスカイツリーを背景に、隅田川を一望できる。この絶景に、花火大会の日は三年前から予約で埋まるほどの大人気。

直系7代目のご主人大橋一仁さんは小泉孝太郎似の超イケメンだが、一昨年、6代目(昭和17年生まれ)の死去により、38歳で社長の座に就任した。

池波さんを直接ご存じなのは先代と先々代、とのことで「何かお聞きになっていませんか?」と尋ねると、「お客様に干渉するなというのが代々の信条なので」とあっさりかわされた。

「それに鰻屋の場合、職人はお客様の見えない所で働いていますから、普通はお客様の前に出る機会もないですし」

でも、言われてみればもっともだ。店が提供すべきは店の味であって、主人が必要以上に馴れ馴れしくするのは筋が違う。
 

鬼平の時代に大流行

『鬼平犯科帳』には鰻屋が何回か登場する。しかし『剣客商売』には屋台売りの鰻だけで、所謂鰻屋は出てこない。

これは『剣客商売』の一篇「悪い虫」に詳しいが、鰻は作品の舞台となった安永年間(1772〜81)の少し前まで、丸焼きにして山椒味噌やたまり醬油を付けて食すのが主で、中流以上の人は口にしなかった。それが、腹から割いて食べやすい大きさに切って焼くという調理法が上方から伝わり、江戸でも次第に人気が出た。

その約20年後、つまり鬼平こと長谷川平蔵の活躍した時代になって、背開きにして蒸して強い脂を抜いてからタレを付けて焼くという、現在の江戸風調理法が始まり、鰻料理は大流行した……。

そんなわけで『剣客商売』の頃は、まだ鰻屋がなかったのだ。

さて、先人たちの言葉に尽くせぬ探求と工夫の結果生まれた、鰻の白焼きと蒲焼きを試食させていただいた。

不味いわけないでしょ。口の中でとろけそうでした。そして、最近レトルトの蒲焼きしか食べていないので、白焼きも蒲焼きも、焼きたての香ばしさが身に沁みて美味しかった。

添えられた山椒は抹茶のような色で、香りが強く立ち、ピリリと舌を刺激する。「やげん堀」の特別品らしい。この山椒を掛けた蒲焼きはワインにも合うという。考えてみれば鰻は脂が濃厚なので、赤ワインとの相性は良いはずだ。一度、お試し下さい。
 

ゆるやかな時間を求めて大川端へ

大川を眺めながら鰻をご馳走になって、池波正太郎が前川を愛した理由の一端が分かる気がした。

前川で池波さんが味わったのは、料理だけではなく、ゆったりと流れる時間だったのではないだろうか。

今のお客さんは時間に余裕がないので、来店される前に下ごしらえをして、長時間待たせずに蒲焼きを提供しているという。しかし、池波さんが通っていた頃は、お客さんの顔を見てから鰻を割き、蒸して、蒲焼きにしていた。鰻は割きたてが一番美味しいのだ。

お客さんもそれを良く分かっていたから、焼けるのを待つ時間を楽しんでいた。

吉野さんは池波さんを連れて前川に来ると「鰻が不味くなるから、他の物を食べちゃいけない」と、漬け物さえ注文しなかったという。そして、お腹が空ききった頃に運ばれてくる蒲焼きを、三人前も平らげたそうな。

そうやって、ゆったりと時間を使って美味しい物を食べるのは、何とも贅沢に感じられる。現代人に一番不足しているのは、おそらく時間、つまり余裕だ。待つことが、どんどん苦手になってきている。

池波さんが前川で過ごす時間は、きっとどこかで江戸と繫がっていたのだろう。江戸の人たちもまた、お腹をぐうぐう鳴らしながら、鰻の焼き上がりを待っていたはずだから。
 

前川七代目の心意気

大橋さんに店として一番大切にしていることは何かと訊くと、即座に「鰻の品質です」と答えた。質の悪い鰻を使うと、蒲焼きそのものの味が落ちるだけでなく、タレまで不味くなるそうだ。

「蒸した鰻をタレに漬けると、鰻の成分が溶け出すんです」

だから鰻は3代にわたって取引のある問屋からしか仕入れない。

大橋さんは7代目を継ぐべく調理学校に行き、調理場に立って修業した。今は新社長として営業に忙しいが、いずれは調理場に戻りたいそうだ。それは鰻が大好きだから。

「一番最初に鰻を食べたのって、何歳頃ですか?」

「それはちょっと覚えてないんですが、小学校の遠足の弁当はいつもうな重でした」

えええッ!? う、うらやまし〜!

しかし大橋少年は同級生の持ってきた普通のおにぎりが食べたくて、うな重と交換してしまった。クラス会に行くと、未だに「あの時はうな重、サンキュー」と感謝されるそうだ。
 

◆SHOP DATA

鰻 駒形 前川
●台東区駒形2-1-29
●03-3841-6314
●年中無休
●営業時間 11:30〜21:00 (L.O.20:30)

 

池波正太郎原作時代劇が放送中

CS放送「ホームドラマチャンネル韓流・時代劇・国内ドラマ」では、池波正太郎原作時代劇「鬼平犯科帳」「剣客商売」レギュラー放送中。「鬼平犯科帳第1シリーズ」毎週(金)前9:45~他。8/31(金)からは「鬼平犯科帳第2シリーズ」がスタート。「剣客商売2」毎週(水)前10:45~他。 8/29(水)からは「剣客商売3」がスタート。

ホームドラマチャンネル
http://www.homedrama-ch.com/


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歴史街道編集部


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