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明石掃部~主・宇喜多秀家を守るために。キリシタン武将の覚悟

2018年10月31日 公開
2022年08月08日 更新

鈴木英治(作家)

関ケ原開戦の地
 

小早川の寝返り

慶長5年(1600)9月15日の辰の刻、ついに天下分け目の合戦ははじまった。

1万7千の兵力の宇喜多勢に向かって、正面に位置する福島正則勢から激しく鉄砲が放たれ、同時に福島勢の先鋒が突っ込んできたのだ。さすがに猛将の福島正則の麾下だけのことはあり、恐れ気など毛ほども見えない。

「放てっ」

福島勢との距離を見極めて、掃部は味方の鉄砲隊に命じた。轟然たる大音響とともに多数の銃砲が火を噴き、もうもうとした煙が掃部の視界を遮ったが、福島勢の先鋒がばたばたと倒れていくのが見えた。

しかし剽悍さを謳われる福島勢は足を止めず、ひたすら突進を続けている。鉄砲だけでは福島勢を防ぎ止めることはできそうにない。

「かかれっ」

采を振り、掃部は麾下の兵を福島勢に向かって押し出させた。

──福島正則の軍勢は、ただの6千に過ぎぬ。両翼から包み込むようにしていけば、いずれ総崩れにできよう。

福島勢を潰走させる自信が掃部にはあり、実際に、麾下の軍勢に福島勢の包囲を試みさせた。

だが、福島正則が率いているだけあって福島勢の戦いぶりはすさまじいの一言で、宇喜多勢は包囲の網を何カ所かで食い破られ、逆に包み込まれて全滅に追い込まれそうな隊が続出した。

──これは。

麾下の軍勢の戦いぶりをじっと眺めていた掃部は、ぎゅっと拳を握り締めた。

──我が軍は弱くなっておる……。

天を仰いで嘆息したくなった。

去年から今年にかけて宇喜多家内では御家騒動が出来し、浮田左京亮、戸川達安、岡越前守、花房秀成など名だたる重臣たちが主君の秀家と対立した。それらの歴戦の武将がすべて退去したことで、宇喜多勢の戦力はかなり落ちたのだ。半減どころではないと掃部は思っている。戦の経験のほとんどない武士や兵を招集して、ここ関ケ原までやってきたのだ。戦の場数を多く踏んでいる福島勢に、各所で散々にやられるのも無理はない。

それでも、宇喜多勢は、やがて疲れの見えてきた福島勢を押す場面も見られはじめた。3倍近い兵力が徐々に威力を発揮しはじめたのだ。しかし、福島正則の叱咤が効いているのか、福島勢が崩れるようなことはない。

そのまま一刻にわたって、宇喜多勢は一進一退の攻防を続けた。

3倍近い兵力をもって攻めかかっているにもかかわらず、福島勢を殲滅することができず、さすがに掃部は焦りを覚えはじめた。

──これでは、金吾どのに裏切りをためらわせることなどできぬ……。

今にも小早川勢が松尾山を駆け下りてくるのではないか。その思いが心に重くのしかかり、掃部は何度も松尾山を仰ぎ見た。

そして、午の刻になった頃、掃部の恐れはうつつのものになった。鬨の声を上げて、小早川勢の旌旗が一気に動きはじめたのだ。

──ついに来たか。

間髪を容れずに大谷吉継勢と平塚為広勢が小早川勢の対処に当たるのが見えた。だが小早川勢が寝返るのとほぼ同時に、脇坂安治、朽木元綱、小川祐忠、赤座直保の四将までが裏切って大谷勢と平塚勢に攻めかかっていくのを掃部は目の当たりにした。

──あの四将にも、黒田どのの息がかかっておったか……。

事ここに至っては、もはやどうすることもできない。いずれ大谷勢と平塚勢は全滅し、小早川勢と脇坂勢などは宇喜多勢に襲いかかってくるだろう。当然、正面の福島勢も勢いを増して寄せてくるにちがいない

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