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遠山金四郎~強引な上司とイエスマンのはざまで活躍し、名を成した中間管理職

2019年01月11日 公開
2019年01月11日 更新

童門冬ニ(作家)

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同僚の密告をものともせず

しかし、そんな遠山の配慮は水野にはわからない。ともすれば、自分の出す法令の市民生活への浸透が遅れがちな遠山を、

(わたしが出す法令を故意に自分の手元に留めているのではないか?)

と疑いだした。

つまり、水野の政策への婉曲な反対策として法令を手元に留め、サボタージュ作戦に出ているのではないかということだ。

そういう密告をしたのは、同僚の南町奉行・鳥居耀蔵である。鳥居耀蔵はその官名の甲斐守と、名前の耀蔵からとって、市中では「ようかい(耀甲斐・妖怪)」と呼ばれていた。

鳥居は、水野の出す触れをさらに拡大解釈して部下を追いたて、市民生活に必要以上の制限を加えた。そして、この触れに反した者をビシビシ摘発することを、自分の点数があがる唯一のモノサシにしていた。

役人根性というのがある。特に下のほうになると、鳥居のこういうやり方を喜ぶ者もいた。

つまり、普通なら見逃すところを、お触れを拡大解釈して、

「こういうことをやってはならないのに、なぜおまえはやるのだ?」

といいがかりをつけるようなかたちで罪人を増やし、牢屋にぶちこむ。

そして、これらの実績をこまめに水野に報告する。水野は喜ぶ。

「鳥居はなかなかよくやる。わたしの改革の理念を正確に理解しているからだ」

と褒める。

鳥居は戻ってきて、自分の部下たちにこれこれと話す。部下たちも喜ぶ。そして、いよいよ張りきって市民イジメに奔走する。鳥居は遠山金四郎を意識していた。というのは、江戸の市民たちが毎月の奉行の交代を心待ちにするような空気を生んでいたからである。鳥居が当番になると嫌がる。遠山が当番になると喜ぶ。

鳥居にすれば、

(遠山の奴は何もしないからだ。水野様のいいつけに背き、自分だけいい子になろうとして市民の気受けばかり狙っている)

と思っていた。

だから、いよいよ遠山を憎むようになる。

遠山の管理する北町奉行所の中にも、遠山のこういう姿勢を危ぶむ者がいた。

「お奉行のように、緩やかなやり方をしていると、水野様のご改革の趣旨にも反します。また南町のほうばかり成績をあげて、こっちのほうはいっこうに実績があがりません。お役に対する責任からいっても、いかがかと思われます」

と諫める。

しかし、遠山金四郎は首を横に振る。

「おまえのいうこともよくわかるが、おれは必ずしもそうは考えてはいない。人間には生きていく上で生きがいや楽しみが必要だ。あまりピンピン張りつめるようなことばかり求めていたら人間の命の綱も切れてしまう。やはり人間の命にも湿り気を持たせ、緩みを持たせなければダメだ。いまのように江戸から歓楽街を全部追放したり、言論を弾圧したり、あるいは商人の経営を妨げるようなことをしていては、いまに江戸は火の消えたような町になってしまう。決して正しいことではない」

遠山はさらに、こんなたとえ話をする。

「おれは自分の立場を梅干だと思っている。梅干というのは、皮と肉と種で成り立っている。たとえば、皮と肉の部分は人に食われてもいい。つまり、他人と妥協してもいい。しかし固い殻でくるんだ中の種は、絶対に譲ってはならない。種は土に撒けばまた梅の木を育て、たくさんの梅の実をならせる。しかし、種まで食わせてしまってはその梅の木も絶えてしまう。おれのような立場の者は、譲れるところは譲っても、譲れないところは絶対に譲ってはならないのだ」

いまでいえば、理不尽な上司と自分の足を引っ張る同僚のやり口にじっと耐え、ギリギリのところをどう守るかという姿勢を語ったものである。

しかし、なかには、

「うちのお奉行は優柔不断だ。市民の気受けを狙っているという鳥居様の言葉は正しい。むしろ、お奉行に背いても、われわれは鳥居様のやり方に協力すべきだ」

などと考える短絡派の部下もたくさんいた。

つまり、遠山金四郎は、

●何が何でも自分の理念を実行しろと押しつける老中・水野忠邦
●水野の方針をさらに拡大解釈して、これ見よがしに市民イジメに狂奔する鳥居耀蔵
●遠山金四郎の市民愛を理解せず、鳥居のやり方に同調する部下

こういう3面の敵を相手にしていたのである。

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