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東京裁判で重光葵がA級戦犯にされた理由



2019年07月29日 公開

中西輝政(京都大学名誉教授)

太平洋戦争の新常識 (PHP新書)

「平和の使徒」に下された禁固7年の判決

こうして外相を更迭された重光は、大方の予測を裏切り、「A級戦犯」に指定されます。

しかもそれは、昭和21年4月下旬、開廷直前での逮捕・追加指定でした。そこにはアメリカやソ連、さらに近年では、中国の意向も強く働いた、とも言われています。つまり、連合国こぞっての一致した「日本の正義」への圧殺の試み、と言えるでしょう。

いずれにせよ、重光の訴追には、日本人の間では多くの驚きの声があがったといいます。

「平和を犯した」と断じるだけの事実はなく、むしろ、重光ほど平和を希求し続けた男はいない、というのが一般的な評価だったからです。

紙幅の都合上、ここでは代表的な例のみを挙げますが、まず、昭和6年(1931)4月、満洲事変の5カ月前に、重光は幣原喜重郎外相のもとを訪ねました。

当時はまだ中国公使館の代理公使という立場でしたが、「このままでは日中は武力衝突する」と大変に危惧し、日本の立場の正当性を世界に訴えた上で、外相が先頭に立って軍部の暴発を押さえ、その間に強い立場から中国とも話し合い、排日運動を抑えて満洲問題の解決を図るべきだ――。そう、幣原に迫りました。

昭和天皇も含めた〝オールジャパン〞で満洲問題を平和裏に解決すべき、というのが重光の持論でした。

国際法に則った満洲の権益は保持し、中国側にも現実的な妥協を促して武力衝突を避ける。まさに、日本の良心を代表した、「平和の使徒」と言うべき行動でした。

これは、重光が現実主義を備えていたとともに、日本の国益を真摯に考え、一身を賭してでも、それを守ろうとする覚悟と信念の持ち主であったことを表わしています。実際、日本の近代史上、重光は小村寿太郎などと比肩しうる稀有な外交官であった、と評しても過言ではないと思います。その重光は、昭和7年(1932)に上海で爆弾テロに遭って片足を失いながら、その後もソ連大使、英国大使、外相などの激務に耐え続け、戦後はミズーリ号での調印式、そして東京裁判に臨み堂々と「無罪」の主張を展開します。

しかし東京裁判で重光に下された判決は禁固7年という、全員死刑を含む有罪となった「A級戦犯」の中では最も軽い量刑でしたが、また諸外国のメディアも重光にはこぞって「無罪」を予測していた中では、異例の強硬な判決でした。アメリカの一部やソ連の側に、「何としても、あの憎らしい重光を有罪にせよ」との意向があったことは確かでしょう。

そんな重光の苦闘の歴史を、戦後を生きる日本人が今、これほどまでに閑却していることには、悲しみすら湧いてくるほどです。

それは、ひとえにいわゆる「東京裁判史観」の戦後日本における定着に因るのでしょう。

評論家の江藤淳の名著『閉された言語空間』の題の通り、戦後はGHQの思惑により、日本人の価値観は築かれました。その中心は、「東京裁判は正しかった」とする歴史観です。

そして連合国に敢然と日本国の主権を主張し、戦前には平和とともに、日本の「正義」を世界に訴えた重光は、GHQにとっては、まさに封印すべき存在でした。

その意味では、重光という人物をどう評価するかは、いわゆる「東京裁判史観」に囚われることなく、昭和史をどれだけ透徹した目で見ることができているか、ということを示す試金石と言えるかもしれません。

「東京裁判を否定したら、日本はもう一度、あの侵略戦争を繰り返すことになる」

こうした刷りこみは、歴史の真実に蓋をしてでも、一刻も早く戦争の痛みを忘れたい、そしてアメリカの覇権の下でひたすら豊かさを求めたい、と願った戦後日本人の切ない想いから生まれたのでしょう。その点には、たしかに同情の余地はあります。

しかし、その後も東京裁判史観に埋没し、歴史の真実から目を背け続けては、戦争とは何であり、本当の国際正義とは何か、平和を求めるとはどういうことかという、国として、また人として極めて重要なテーマを考えることを放棄し続けることになります。

昭和はとっくに過ぎ、その昭和を引きずった平成の世も終わり令和の新時代を迎えた今、重光葵という、あの戦争における「日本の大義」を文字通り体現した人物を通じて、アメリカによる、アメリカのための裁判」であった「東京裁判」が、日本と日本人に何を忘れさせてきたのかについて、改めて見つめ直すべき時ではないかと強く思うのです。



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