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「令和」の典拠「梅花の宴」の謎~「万葉集」には大伴氏の悲運と執念が隠されている?

2019年09月02日 公開

関裕二(歴史作家)

大宰府政庁跡
大宰府政庁跡
(福岡県太宰府市)

※本稿は、関裕二著『万葉集に隠された古代史の真実』(PHP文庫)より、一部を抜粋編集したものです。
 

「令和」の典拠「梅花の宴」とはいかなる場面だったのか

『万葉集』が編まれた時代、藤原氏がほぼ権力を掌握し、独裁体制を固めつつあった。そのうえで藤原氏は『日本書紀』を編纂し、藤原氏の正当性を主張した。当然、真実の歴史は隠匿、改竄、抹殺され、敗れた者たちは極悪人のレッテルを貼られ、泣き寝入りをしていた時代だった。

そんな中、最後に残った名門豪族・大伴氏は、藤原氏に抵抗し、孤立していたが、歴史の真相を後の世に残そうともがいた。その結果誕生したのが、『万葉集』だ。この歌集は歴史書であって、「文学」のジャンルで括ってしまっては、大伴氏たちの「執念」を見落とすことになる。

その点、21世紀に至り、新元号「令和」の二文字が、『万葉集』から引用されたことは、じつに画期的な「事件」だと思う。しかも、「令和」は、『万葉集』編纂者の一人と目されている大伴家持の父・大伴旅人と関わりが深い。

平成31年(2019)4月1日、菅義偉官房長官は新元号「令和」を発表し、安倍首相は記者会見で、元号に託した意味は「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ」ことだと述べている。

ちなみに、外国メディアは、「令」を「order」と訳していて、命令や秩序の意味に捉えている。日本のメディアも、「令」を悪いイメージで語っていることがある。そのため外務省は、「令和」を「Beautiful Harmony」と紹介した。

その「令」「和」の二文字は、『万葉集』巻五の「梅花の歌三十二首」(巻五―八一五~八四六)の序文に残された言葉だ。

序文の大意を掲げておこう。原文は、漢文だ。

天平2年(730)正月13日に帥老(大伴旅人)の宅に集まって宴会をくり広げた。初春正月の令月(良い月)で気は良く、風は穏やかだ(風和ぐ)。梅は白く咲き、蘭は匂い袋のように芳しい(中略)。言葉も忘れるほど楽しく和やかだ。この愉快な気持ちは、文筆がなければどうして述べることができるだろう。庭の梅を題材にして、歌を作りなさい。

このあと、筑紫歌壇の面々の歌が続くのだが、序文に残された「令月」と「風和」の中の「令」と「和」の文字を重ねて、元号は生まれたわけだ。

日本の元号は7世紀半ばの「大化」からあと「平成」に至るまで、漢籍から元号の二文字を選んできた。ところがはじめて、日本の歌集(『万葉集』)から、元号が生まれたのだ。

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「梅花の歌」序文に隠された大きな謎 >



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