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第43代・元明天皇への皇位継承

2019年10月29日 公開

吉重丈夫

平城京跡
 

知っておきたい皇位継承の歴史

令和改元という節目の年に、歴代天皇の事績をふりかえります。今回は元明天皇をお届けします。

※各天皇の年齢等については数え年で計算して記しています。
※即位年、在位年数などについては、先帝から譲位を受けられた日(受禅日)を基準としています。
※本稿は、吉重丈夫著『皇位継承事典』(PHPエディターズグループ)より、一部を抜粋編集したものです。
 

第43代・元明天皇

世系31、即位47歳、在位9年、宝算61歳

皇紀1321年=斉明7年(661年)、天智天皇の第四皇女として誕生された阿閇皇女で、母は蘇我倉山田石川麻呂(馬子の孫)の娘・姪娘(めいのいらつめ)である。

天武天皇の皇子である草壁皇子(母は持統天皇)の正妃となられた。そして先代・文武天皇の母であり、第41代持統天皇は父方の異母姉妹であると同時に、夫の母であるから姑でもある。

皇紀1349年=持統3年(689年)4月13日、父帝・天武天皇の後を受け即位される予定だった夫・草壁皇子(28歳)が薨去される。草壁皇子には軽皇子(文武天皇)の他には皇子がおられなかった。皇女としては氷高内親王(元正天皇)と吉備内親王(長屋王妃)の2人がおられた。

皇紀1367年=慶雲4年(707年)6月15日、先帝・文武天皇(元明天皇の皇子)が崩御される(25歳)。

文武天皇の皇子・首皇子(後の聖武天皇)はまだ7歳と幼かったし、他に皇子がなく、首皇子が成長されるまでの中継ぎとして、この年7月17日、先帝・文武天皇の母、(首皇子の祖母)が史上初めて、皇后を経ないで47歳で即位される。子(文武天皇)から母への譲位(継承)と、極めて希な例となった。

この時期、天武天皇の皇子には長皇子、舎人親王、新田部皇子、穂積皇子がおられたが、草壁皇子の世代(世系31)であり、皇位を継承されるということにはならなかった。これらの皇子に皇位が行かないようにするために阿閇皇女が、あえて子から母へ(世系32から世系31へ)という異例な形で皇位を継承されたともいえる。

こうして孫の首皇子(聖武天皇)に皇位を継がせることを前提に、母である阿閇皇女が中継ぎとして即位された。

首皇子の異母弟に高円広世がおられたが、母である石川刀子娘の身分が低く、皇位継承候補にはならず、後に臣籍降下され高円朝臣に改姓して、尾張守、周防守など歴任しておられる。

しかし、この時期、別に皇位継承の有力候補として長屋王(世系32、24歳)がおられた。

父は天武天皇の第一皇子の高市皇子、母は天智天皇の皇女の御名部皇女(元明天皇の同母姉)であり、皇孫として天武天皇の嫡流に非常に近い立場にあられ、皇位継承者の筆頭とも考えられた。

父・高市皇子は11年前の皇紀1356年=持統10年に薨去しておられたが、首皇子は天武天皇の曾孫であり、長屋王は同じ天武天皇の孫である。そこでこの長屋王に皇位が移らないようにするために元明天皇が即位されたとも考えられる。文武天皇からその皇子・首皇子(聖武天皇)へ確実に皇位を継承させるために、中継ぎとして元明天皇が即位されたのであった。

この時期は、過去に於いてすでに推古天皇、皇極天皇(斉明天皇)、持統天皇と女性天皇が即位しておられるので、女性天皇の即位に対してそれほど抵抗はなかったのであろう。ただし、男系ということだけは遵守されている。

皇紀1368年= 和銅元年(708年)1月11日、元号が慶雲から和銅に改元され、11月21日、大嘗祭を催行される。大嘗祭は即位されてから最初の新嘗祭であるから、本来であれば前年慶雲4年11月になされるべきであるが、これが1年遅れて催行されている。ご即位に当たっての問題が若干あっての遅れと推察される。

皇紀1370年=和銅3年(710年)3月10日、大和国の藤原京から平城京に遷都される。

皇紀1374年=和銅7年(714年)6月25日、首皇子が14歳で立太子される。

この時、長屋王はすでに31歳になっておられ、皇位を継承する立場にあられた。にもかかわらず、まだ14歳の首皇子を立太子させた。

またこの時、天智天皇の第七皇子に志貴親王もおられた。生年不詳であるが、天智天皇が崩御されて43年経っているので、皇子である志貴親王は少なくとも43歳は超えておられるが、即位の候補になられた形跡はない。もっとも、志貴親王はこの2年後の皇紀1376年に薨去しておられる。そして、後にその王子の白壁王が光仁天皇として即位されることになる。

皇紀1375年=霊亀元年(715年)9月2日、元明天皇は氷高内親王(元正天皇)に譲位される。前年既に首皇子が立太子しておられるにもかかわらず、元明天皇はここで皇女・氷高内親王に譲位しておられる。元明天皇の在位は9年(8年2ヶ月半)で、皇統譜にも9年とある。

皇紀1381年=養老5年(721年)5月、ご不例に倒れられ、娘・吉備内親王(元正天皇の同母妹)の婿の長屋王(高市皇子の王子、天武天皇の嫡孫)と藤原房前(藤原不比等の次男で藤原北家の祖)に後事を託され、12月7日、61歳で崩御される。

皇極天皇の御世から「皇位の譲位」が行われるようになって、皇位継承の歴史の大転換となったが、後に起きる長屋王の変(皇紀1389年=神亀6年2月)で長屋王が滅ぼされた後は、藤原氏の権勢が強まり、藤原氏内部の事情が、譲位制度を通じて、皇位継承に大きく影響するようになっていく。



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