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藤堂高虎、立花宗茂、小坂雄翟、小早川秀秋…あの武将はどんな初陣だったのか



2020年06月22日 公開

楠戸義昭(歴史作家)

藤堂高虎
今治城と藤堂高虎像

「早く戦に出て、華々しい手柄を……!」。逸る気持ちで出陣する者もいれば、敵におびえ、前に進めない者も──。後に名を残す武将たち、それぞれの初陣。

※本稿は歴史街道2020年6月号特集2《戦国の名将たちの「デビュー戦」》より一部を転載したものです。
 

楠戸義昭(作家)
昭和15年(1940)、和歌山県生まれ。立教大学社会学部を卒業後、毎日新聞社に入社。学芸部編集委員などを歴任後、作家活動に入る。『戦国武将名言録』『城と姫』『戦国武将「お墓」でわかる意外な真実』『激闘! 賤ヶ岳』など、著書多数。
 

藤堂高虎~満身創痍、苦闘の青春時代

藤堂高虎は、生涯で八度も主君を変えた。その転身と出世があまりに鮮やかだったため、「裏切り者」「寝業師」との汚名もうけた。

だが豪強士気壮武の苦労人で、徳川家康の絶大な信頼のもと、外様ながら親藩と同じ待遇を受け、伊勢の津を居城として、32万余石の大名となった。

先祖は小領主だったが没落し、農民となっていたため、高虎は足軽から身を起こした。

幼名を与吉といい、8、9歳の頃、顔・体が人並み以上に大きく、すでに大人のようだったという。結局、身長1.9メートルの大男に成長した。

与吉が13歳の時、北近江で一揆が起きた。与吉は浅井長政のもとに参陣しようとする父兄に、同行を願った。だが父虎高は与吉がまだ幼いとして許さなかった。

我慢ならない与吉は、母を説得して父の副刀をもらい、密かに父兄を追い掛けた。その途上、不審な空気を感じ、道脇に潜んで様子を窺うと、敵が現われ、垣を越えて走り去ろうとする。与吉はすかさず躍り出て、一揆衆の兵・田部熊蔵を討ち取ったという。

父の虎高は大いに感じ入り、自分の名前の上下を入れ替えて、高虎の名を与えた。

これが事実上の初陣だが、正式な初陣は、2年後の元亀元年(1570)6月、姉川の戦いとされている。

高虎は15歳で浅井軍に属し、織田信長軍を相手に、足軽として戦った。そこで敵首を取る武功を立て、浅井長政から感状をもらい、低い身分から成り上がっていった。

しかしその後の高虎はついていなかった。

浅井家は信長に滅ぼされて、流浪生活を余儀なくされた。無一文になったため、餅を無銭飲食したという逸話まで残っている。

阿閉貞征、磯野員昌、織田信澄と主を転々とし、天正4年(1576)に羽柴秀長の家臣となって300石をもらい、やっと出世の糸口をつかんだのである。

高虎の苦闘を表わすのは75歳で死んだ、納棺の時の記録である。体は弾傷、槍傷で隙間なく、右手の薬指と小指はちぎれ、左手の中指も短く、爪はなくなっていた。左足の親指も爪がなく、満身創痍の体だったという。
 

立花宗茂~自分は未熟であるとして、初陣を延期

立花宗茂の養父・立花道雪と実父・高橋紹運は、斜陽化する主家の大友氏を他の武将が次々に裏切る中で踏みとどまり、その忠義をまっとうして死んだ。

この両父の血を宗茂は引き継ぎ、太閤秀吉をして「東に本多忠勝、西に立花宗茂あり」といわしめた。その宗茂は戦い上手なだけでなく、気概抜群の武将であった。

その片鱗は早くも6、7歳で表われていた。武を好み、喧嘩相手の少年をいとも身軽に、瞬時に倒した。長ずるに従い、明敏で才知に長け、己自身を見極める若者に成長する。

宗茂が10歳の時、実父紹運の家中に重科の者がいて、これを萩尾某に成敗させた。時に萩尾は背後から一太刀を浴びせ斬った。

見ていた者たちは、背後から斬るのは卑怯で、手柄にはならぬと言い合った。

宗茂はそれを聞いて「それは違う。逃がさず、易く仕留めることこそ手柄だ。敵の討ちやすいところを差し置き、討ち悪しきところを攻めて仕損じる者は、吾が成長した後、軍利のさわりになるので用いぬ」といったので、皆は大いに感じ入った。

12歳の時の逸話も秀逸である。鷹を手に据えて野外に遊んでいると、猛犬が突如、吠えながら勢いよく突進してきた。

宗茂は刀を抜くとともに、飛び上がり、犬を峰打ちにした。紹運がなぜ斬らなかったかと尋ねると、「太刀は敵を斬るものです」と答えたので、その器量雄才に涙を流し喜んだという。

そして13歳、紹運が宗茂に初陣させようとすると、宗茂は「出陣したいが、まだ強健ではありませぬ。敵に遭えば甲斐なき死を招くでしょう。一両年待っていただきたい」と断り、周囲はその思慮の深さに感心させられた。

果たして15歳の天正9年(1581)、秋月勢との石坂合戦に、父紹運とは別の軍勢を率いて初陣し、自ら敵将・堀江備前を射殺す武功を立てた。

道雪はこの時の宗茂の奮戦に心を動かされ、紹運に懇願して養子とした。そして宗茂は、大友家公認の女城主であった一人娘・誾千代の婿になったのだった。

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