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大河ドラマ「青天を衝け」の主人公・渋沢栄一…農民から大実業家へと導いた“5つの転機”



2021年02月13日 公開

河合敦(歴史研究家)

 

一橋慶喜への出仕

攘夷計画の露見を恐れた栄一は、渋沢喜作と故郷から逃亡することにした。このとき頼ったのが平岡円四郎だった。円四郎は一橋慶喜の用人だったが、若者を招いて話を聞くのが好きで、栄一もたびたびその屋敷を訪問していた。

当時、円四郎は慶喜とともに京都にあったが、栄一はその妻に平岡家の家来と名乗る許可をもらい、関所をうまく通過して京都にたどりついた。だが、為すことなく日を送り、金も尽きはじめた。

その折も折、江戸で長七郎が幕吏に捕まり、悪いことに捕縛時、「幕府はもう潰れる」と記した栄一らの手紙を所持していた。それが円四郎の知るところとなり、栄一と喜作は一橋家に呼び出された。このとき栄一は、正直に全てを円四郎に告白した。

すると意外にも円四郎は、「ならば一橋家の臣になれ」と勧めてきたのだ。当時、一橋家は逸材を集めており、栄一も才能を見込まれたのだろう。栄一としても、仕官すれば幕府のお咎めを逃れられるだろうと考えた。

そこで反対する喜作を、「卑屈といわれても糊口のために節を枉げたといわれても、それから先は自身の行為を以て赤心を表白」(『雨夜譚』)すればいいと説き伏せ、円四郎の申し出を受けたのである。これが第三の転機だ。

まもなく、円四郎の尽力で慶喜へのお目見がかなうが、このとき栄一は臆することなく、「幕府の命脈は尽き、近いうちに瓦解します。そうなれば一橋家も潰れます。徳川宗家を守るのであれば、遠く離れて助けるほかはありません。それには、天下の志士を集めることです。

他日、彼らは天下を乱すでしょうから、あらかじめ配下にしてしまえばよい。もし幕府がその行動に嫌疑をかけたなら、幕府を潰して徳川を再興するまでです」と進言した。この大胆不敵な提言により、以後、慶喜は栄一に一目置くようになった。

残念ながら、恩人の円四郎は尊攘派に暗殺されてしまうが、その後も栄一は、用人の黒川嘉兵衛や原市之進に重用された。なぜなら一橋家に多大な貢献をし続けたからである。

禁裏御守衛総 督として朝廷で力を発揮しはじめた慶喜だが、一橋家はほとんど兵力を持たなかった。当時、軍事力の多寡は、政治的発言力を左右し、欠かせぬものであった。

そこで栄一は、西国に散在する一橋領から農民を集めて、軍隊をつくることを慶喜に直言。その承諾を得ると、自ら各地へ出向いて代官や庄屋を巧みに動かし、短期間に450名を超える農兵隊を組織したのである。

また栄一は、一橋領を巡るうちに、年貢米の換金を委託された兵庫の商人が、安価で米を売却している現状を知る。そこで年貢米を、灘などの酒造家に高く売って儲けを出した。播州の白木綿も、大坂で高値で販売して利益をあげた。

さらに備中に硝石製造所を建設したり、領内に藩札を流通させるなど、大いに経済的手腕を発揮して、一橋家の財政を潤したのだ。

逃亡者から武士に転身した栄一だったが、一橋家での経済官僚としての経験は、後の企業経営に生かされ、このときの人脈も、実業家時代の強力なネットワークになった。

 

パリ万博のための渡欧

将軍家茂が死去すると、慶応2年(1866)8月に慶喜が徳川宗家を継いだ。

幕臣の多くは慶喜を次期将軍に推していたが、栄一は断固反対だった。将軍には徳川一族の幼児を擁立し、あくまで慶喜はこれを補佐する立場に徹するべきだと考えた。もう幕府の命脈は長くないと判断したからだ。

ところが栄一が諫言する前に、慶喜は将軍職を受諾してしまう。これに伴い栄一も幕臣に取り立てられたが、陪臣出身なので慶喜にお目見できない立場となった。

失望した栄一は、幕臣を辞する決意をするが、驚くべき話が舞い込んできた。慶喜の弟・徳川昭武が幕府を代表してパリ万博に出席し、その後、フランスで留学生活を送ることになったことを受け、栄一は「庶務・経理係としての随行」を打診されたのだ。慶喜の意志だったといわれる。

栄一には外国人を皆殺しにしようとした過去があったが、すでに「列強にはかなわない。むしろ良い所を学ぶべきだ」という考え方に変わっており、当時、閉塞感に苛まれていたこともあって、ただちに依頼を引き受けた。

こうして28歳の栄一は慶応3年(1867)正月、昭武ら二十数名と、横浜港から船でフランスへ向かった。これが第四の転機である。

パリに入ると思い切って髷を切り落とし、万博終了後も昭武の後見として現地に留まり、スイス、オランダ、ベルギー、イタリア、イギリスなど各国を歴訪して、製鉄所、軍艦建造所、鉄道施設、ガラス工場、博物館、紙幣製造所などの施設を見学。

フランスに戻ると語学教師を雇ってフランス語の勉強を始め、わずか1カ月で簡単な日常会話程度を習得したのだった。

そしてフランスの病院、競馬場、水族館、動物園、オペラ劇場、水道・下水道施設、刑場など、数ヶ月の間にあらゆる場所を見て回り、さらにフロリ・ヘラルドという銀行家から銀行や株式、会社の仕組みなどを学んだ。

ヨーロッパでの滞在はたった1年であったが、旺盛な好奇心を持った栄一は、その明晰な頭脳に膨大な情報を詰め込んだのである。

特に栄一が感心したのは、フランスにおける商人の地位の高さであった。日本とは異なり、実業家は軍人(日本でいえば武士)と対等に接し、国民からも尊敬を集めていた。またベルギーでは、国王自らが昭武に鉄を売り込むなど、トップ・セールスをしたことも衝撃だった。

わずか一年半であったが、ヨーロッパの最新の知識を多く吸収できたことは、栄一にとってかけがえのない大きな財産となった。

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