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『鬼滅の刃』の鬼、『呪術廻戦』の両面宿儺…古代日本の"異形"のルーツに迫る

2021年03月02日 公開
2022年10月17日 更新

古川順弘(宗教・歴史研究家)

鬼滅の刃

二つの顔をもつ「両面宿儺」伝承

『日本書紀』には、ローマ神話のヤヌスのように二つの顔をもった謎の怪人も登場する。現在放送中のアニメ『呪術廻戦』にも登場する「両面宿儺」だ。

仁徳天皇65年条によると、飛騨国に宿儺という人がいた。胴体は一つだが顔が二つあり、互いに反対を向いていた。頭の頂は一つになり、うなじがなかった。それぞれに手足があり、膝はあるが、ひかがみ(膝裏のくぼみ)や踵がなかった。

力は強く敏捷で、左右に剣を佩き、四本の手で弓矢を使った。そうして皇命に従わず、人民を略奪して楽しんでいた。そこで、朝廷から派遣された武将・武振熊によって誅殺された。

この記事の主人公である「飛騨国の宿儺」は、顔が二つあったというので、両面宿儺と通称される。『日本書紀』の記述はわずかにこれだけだが、彼は、ひとことでいえば、飛騨を蹂躙したために天皇の将によって討伐された悪党ということになろう。

ところが、飛騨やその隣の美濃各地には数多くの両面宿儺伝承が伝えられていて、そこでの宿儺は、『日本書紀』とは対照的に、悪神や怪物を退治して領民を救うヒーローになっている。

たとえば、岐阜県高山市にある古刹千光寺は両面宿儺を開山とし、江戸時代初期に編纂された寺伝『袈裟山千光寺記』には、つぎのような宿儺伝承が記されている。

「仁徳天皇の御世、飛騨の岩窟から両面宿儺という異形の人が出現した。救世観音の化身であるという。人々はこれを見て恐れおののき、逃げ散ったが、宿儺が『私は仏法守護、王法の契約により出現した』と告げたので人々は仕え、千光寺が草創された。

だが、飛騨に鬼神が出たとの報せが都の天皇のもとに届いたので、天皇は将を遣わして鬼神を退治させようとした。しかし、宿儺は『私は過去世で、釈迦から仁徳天皇に天皇即位の大事を伝授しなさいと告げられた』と天皇軍に手紙を書き送った。さらに飛騨の位山(高山市一之宮町)に将を招き、天皇即位の大事を伝授し、笏木を作って進上した」

この伝承は仏教色が濃く、造作された部分が多いと思われるが、朝廷側では鬼神と同一視された両面宿儺が、天皇に逆らうのではなく、天皇に秘伝を授ける賢者として描かれている点が興味深い。

両面宿儺もまた土蜘蛛と同じように、政治的な意図によって異形の怪物にさせられた、抹殺された英雄なのだろうか。あるいは、敗者に対する地元民の憐憫がローカルな英雄譚を育んだのだろうか。

 

斉明天皇の葬儀に出現した「鬼」の存在

ここまでに紹介した記紀の記述は、いずれも神話や伝説の域を出ず、そのまま史実として受け止めることは難しい。仮に核となる事実はあったとしても、とくにその異形性をめぐる表象は、人間の想像・妄想の産物によるところが大であろう。

ところが、必ずしもそうとは言い切れない「鬼」も『日本書紀』には登場している。最後に紹介するのは、史実性の高い『日本書紀』の飛鳥時代の記事からである。

斉明天皇7年(661)正月、女帝の斉明天皇は中大兄皇子(のちの天智天皇)とともに難波を発って九州へ向かった。前年、日本の友好国だった朝鮮半島の百済が唐・新羅の連合軍に攻められて滅亡していたが、百済再興をめざす遺民たちの要請を受け、九州を本営にして救援軍の指揮をとろうとしたのである。

そして5月、筑紫の朝倉橘広庭宮 (福岡県朝倉市)に入るのだが、まもなく宮殿が壊れてしまう。宮殿の造営にあたって近くにあった神社の木を伐り払っていたのだが、そのために神の怒りを受けたのだとされた。

おまけに宮殿内には「鬼火」があらわれ(「宮中に鬼火を見る」)、それによって多くの者が病にかかり、そして死んでいった。さらに7月には、斉明天皇が崩御してしまう。

『日本書紀』は死因をとくに記していないが、御神木を伐ったことの祟りか、それとも鬼火に苦しめられた末のことだったのか。翌月、葬儀が執り行われるのだが、このとき不意に上空に出現したのが、"鬼"であった。

中大兄皇子は柩を那大津(福岡市博多港)の磐瀬宮に移すのだが、夕方になると、朝倉山の上に大笠をかぶった鬼があらわれてその様子をうかがっていた(「是の夕に、朝倉山の上に、鬼有りて大笠を著て、喪の儀を臨み視る」)─と『日本書紀』は明記しているのだ。

おそらく、その場にいた多くの人間がこの不思議な様を目撃したのだろう。じつは、『日本書紀』によると、斉明天皇が即位してまもない時期にも怪しいものが姿をみせていた。

斉明天皇元年(655)5月、飛鳥の天空に竜に乗って空を飛ぶ者の姿があらわれた。容貌は唐人に似ていて、油を塗った青い笠をかぶっており、葛城山から生駒山の方へと翔けぬけて行った。昼ごろには住吉の岡の上にあらわれ、西に馳せ去ったという。

『日本書紀』はこの怪物については「鬼」という表現を用いないが、現代であれば、「UFOか!」と騒がれそうな事件であろう。天皇の葬儀を見守った鬼の正体とはいったい何だったのか。斉明元年に上空に出現した青い笠をかぶった怪物と何らかの関係があるのか。

『日本書紀』はただ情報を叙述するのみで、なんら説明をしない。史実性をそなえたこの鬼にかぎっては、王権や征服・被征服、異民族といった術語を用いて説明を尽くすことが難しく、ただ謎ばかりが残る。

正体不明・説明不能の異形者をめぐる斉明天皇紀のさりげない記録の背後には、日本人が"鬼"に対して抱いてきた恐怖や好奇の源泉が潜んでいるのではないか。

 

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