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東洋一の規模を誇った大刀洗飛行場跡…少年飛行兵の一冊のノートが語りかけるもの

2021年08月01日 公開

安部龍太郎(作家)

九七式戦闘機
博多湾から引き揚げられた97式戦闘機(写真提供:筑前町立大刀洗平和記念館)

かつて「東洋一」と謳われた陸軍の飛行場が、福岡県にあった。大正8年(1919)に建設され、多くの若者が戦場へと飛び立った大刀洗飛行場である。この地を訪れた直木賞作家は、何を想ったのか──。

※本稿は『歴史街道』2021年7月号の特集「太平洋戦争 空の決戦」から抜粋したものです

 

東洋一の規模「陸軍大刀洗飛行場」

大刀洗陸軍飛行場
大刀洗飛行場(写真提供:筑前町立大刀洗平和記念館)

昭和15年(1940)、紀元2600年を機に行なう予定だった東京オリンピックは、中国との戦争が激化したことや、欧米諸国による日本への圧力が強まったことで、中止のやむなきに至った。

このことが、日本人の欧米に対する不満と反感を醸成したのだろう。中国との戦争が泥沼化しているのは、欧米諸国、中でもアメリカとイギリスが中国を支援しているからだ。これを倒さなければ現状を打開できない、という世論が巻き起こった。

日本はこの年、日独伊三国軍事同盟を結び、翌年の12月8日にはハワイの真珠湾攻撃に打って出るのである。

中国との戦争だけで手一杯なのに、米英までも敵にしたなら勝てるはずがない。そう考えている識者も多かったが、日本人はこの前後から奇妙な夢にとりつかれるようになる。それは航空兵力さえ整えたなら、アメリカに負けないというものだ。その戦略のアウトラインは次の通りである。

まず優秀な戦闘機を大量に生産し、太平洋の諸島に飛行場を作って配備する。そしてアメリカの艦隊が攻めてきたなら、島々から出撃して痛撃を加える。こうした迎撃戦をつづけていれば、長距離を移動して疲弊している敵を打ち破るのはたやすいし、こちらの被害は少なくてすむ。

このようにして戦争を長引かせれば、アメリカの方が早く消耗するし、ヨーロッパでは同盟国のドイツとイタリアが脅威を与えるので、アメリカは戦争を継続することができなくなる、というのである。

こうした戦略にもとづき、大々的に戦闘機の生産にかかった。それは対米戦争が始まるとさらに拍車がかかり、一ノ瀬俊也氏の『飛行機の戦争 1914-1945』によれば、昭和16年(1941)12月から同20年(1945)8月までの生産総数は6万5,971機だったという。

同時に飛行機の出撃基地とするために、各地に陸海軍の飛行場を建設した。その中でも東洋一の規模を誇ったのが、陸軍大刀洗飛行場(福岡県朝倉郡筑前町)だった。

 

ある少年飛行兵のノートに誘われて

遺影
大刀洗平和記念館内に掲げられた遺影(写真提供:筑前町立大刀洗平和記念館)

飛行場の跡地に設立された大刀洗平和記念館を初めてたずねたのは、もう7年も前のことである。記念館の展示室の中央には、400人ちかくの遺影がかかげてあった。戦闘や空襲で亡くなった方々で、写真の下には経歴や年齢が記してあった。

みんな若い。あどけなさの残る実直そうな遺影をながめ、この年で命を断たれた無念を思うと、足を止めて亡くなったいきさつを確かめずにはいられなかった。

照明を落とした展示室の一角には、陸軍の九七式戦闘機(九七戦)が置かれていた。さらに先に進むと、緑色の機体に日の丸を描いた海軍の零戦が展示してあり、操縦席を間近で見ることができた。

零戦の横には、変わった形の戦闘機の模型があった。アメリカのB29に対抗するために、敗戦直前まで開発が進められた局地戦闘機震電である。

展示室の頭上には、B29の実際の大きさを示すためのフレームがあり、「空の要塞」と言われたこの爆撃機がいかに圧倒的な力を持っていたかが、視覚的に分かるようにしてあった。

館内には「語りの部屋」もあり、映画が上映されていた。「大刀洗1945・3・27」と題し、大刀洗飛行場の歴史と、B29の空襲によって頓田の森で犠牲になった、31人の子供たちの悲劇を紹介したものだ。

15分ほどの映画を見て再び展示室に足を運び、ガラスのケースの中に置いてある小さなノートに気付いた。B6サイズのノートに、万年筆の几帳面な筆致で、飛行機の空気抵抗に関する図面が描かれている。

その中の「ベルヌイノ定理」という一行に目を引かれた。ベルヌイの定理とは、流体(空気や水など)の速さと圧力と作用に関する運動方程式で、エネルギー保存の法則にもとづいたものだ。

確かに飛行機を操縦するには流体力学の知識が不可欠で、ノートにはベルヌイの定理の公式を用いて解く演習問題も記してあった。

実は私も久留米高専の学生だった頃、似たような問題に頭を悩ましたことがある。そのせいか、ノートをつづった少年飛行兵に同級生のような親しみを覚え、彼らのことを小説に書きたいと思うようになった。

若くして逝った友人から「俺たちがいたことを、みんなに伝えてくれないか」そう頼まれている気がした。

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