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「海軍の全兵力を使用いたします」で決してしまった“戦艦大和の命運”

2021年08月11日 公開

半藤一利(作家)

半藤一利

『昭和史』や『日本のいちばん長い日』など、数々のベストセラーを遺した昭和史研究の第一人者・半藤一利氏が、最後に日本人に伝え残したかったこととは――。太平洋戦争下での軍人たちの発言や、流行したスローガンなど、あの戦争を理解する上で欠かせない言葉の意味やその背景を、同氏ならではの平易な文体で解説する。

中学校で武士道を学び、死を強く覚悟した矢先に硫黄島守備隊玉砕の一報を受け、強く感動したと語る半藤氏。しかし米軍の勢いは止まらず、沖縄上陸へ。戦場に残された者たちに指示されたのは、一億総特攻のさきがけとして戦艦大和を用いた特攻作戦だった。果たして武士道とは何なのだろうか。本稿では、戦時中に学校で学んだ武士道について解釈を深めた一説を紹介する。

※本稿は、半藤一利著『戦争というもの』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。

 

中学生に叩き込まれた「武士道」

それは、マリアナ諸島(サイパン、テニアン、グァム)から飛来した爆撃機B29(超空の要塞といいました)の東京空襲が、いよいよ本格化した昭和19年(1944)11月下旬からであったように記憶しています。

年が明けて2月から本土決戦が大きな活字で新聞紙上に書きだされたときには、もう身のまわりにはそうした言葉が、充満していたといってよかった。

わたくしは当時、旧制中学二年生、4月から三年生へと進級するのですが、いまどきの中学三年生よりいくらか大人びていたと思います。が、じつはいわれていることがわかっていたのか、まったく珍紛漢紛であったのか、さてさて、どうであったのでしょうか。

それは「武士道」というものでした。あるいは「死は鴻毛よりも軽し」、あるいは「不惜身命」などという言葉とともに、「武士道というは死ぬ事と見付けたり」というおごそかな言葉を徹底的に教えこまれました。すなわち死して悠久の大義に生きる、という武士道の窮極の極意なのです。

武士道における生命とは、単なる個人の生命ではなく、悠久の国家の生命をつなぐ長い鎖のなかの一環として、おのれの生命を位置づけねばならぬのである、とコンコンと教え諭されたわけなのです。中学生には、いささか理解不可能と思ったのでしょうか。

教師は、わからんなら、もういっぺんいう。いいか、日本人の死というのは、光輝ある民族精神(大和魂)の継承という尊いものがふくまれておる。先祖から受けついだ高貴な遺産の上に、さらになにがしかの意義あるものを加え、それを子孫に譲り渡す、その崇高な任務を果たすための死と思えば、何事かある、死は恐るるに足らずだ。死して悠久の大義に生きるとは、ざっとそういうことなのである……。

いま思いだしながら書いているのですが、当時はムニャムニャの理解であったのではないか。そう考えられますが、それでもそんなきびしい指導をびしびしと叩きこまれていたのですから、硫黄島守備隊の果敢な奮戦のあとの玉砕の報には、はげしいショックとともに、悠久の大義に生きるとはこのことなんだと、強い感動をうけたことを覚えています。

 

武士道とは「戦争で死ぬ事」

この「武士道というは……」という言葉は、山本常朝という学者的武士が書いた『葉隠』という古典にあることは、ご存じの方が多いことでしょう。わが中学生時代には、わからないままに、とにかく読まされたように思うのですが、この言葉のほかに何が書かれていたか、さっぱり記憶にありません。

長じてあらたに読む機会があったりしまして、この書物が300年ほど前の18世紀前半に書かれたものであることを学び直しました。『葉隠』は、いまはほとんど話題にものぼりませんが、戦時下においては必読書のひとつとして、さかんに読まれ論じられたりしていたと思います。

一言でいって、死を武士道の極致とする表現の鋭さにおいて、おそらく他の追随を許さない空前絶後の書ではないか、と思います。

「武士道は死に狂いなり」「武士たるものは武勇に大高慢をなし、死狂の覚悟なり」「武辺は敵を討ち取りたるよりは、主君の為に死にたるが手柄なり」などと、死ぬことを絶讃する凄絶な言葉がちりばめられていて、その総括として「武士道というは死ぬ事と見付けたり」があるのです。

戦時中は、たしか引用の三番目の「主君」を「天皇」として教えられたように思われるのですが、多分間違ってはいないと考えています。

中学三年生にして、死を大和魂の極致と胸奥に本気になって刻みこんだわけですから、いよいよ本土決戦となり、敵米兵が本土に上陸してきたら……そうです、もっと戦争末期になって手渡されたパンフレット「国民抗戦必携」が、突然、思いだされてきました。

「銃、剣はもちろん刀、槍、竹槍から鎌、ナタ、玄能、出刃庖丁、鳶口に至るまで、これを白兵戦闘兵器として用いる。刀、槍を用いる場合は斬撃や横払いよりも、背の高い敵兵の腹部目がけてぐさりと突き刺した方が効果がある」

「鎌、ナタ、玄能、出刃庖丁、鳶口などを用いるときは、後ろから奇襲すると最も効果がある。背後からの急襲は卑怯ではない。敵はわが神土へ土足で入りこんだ無礼者である。正面から立ち向った場合は半身に構えて、敵の突きだす剣を払い、瞬間胸元に飛びこんで刺殺する」

こうやって当時の資料を書き写していると、何ともいえぬ心持になってきます。「武士道というは死ぬ事と見付けたり」で、本気で陸軍中央は、かりに夢であってもあり得ない、こんな阿呆なことが、国民に、とくに三年生以上の中学生に"できる"と考えていたのか。

もし本土決戦が行なわれたなら、たしかに「一億総特攻」の地獄図が実現し、国民の屍が累々としてこの国の美しい山河を埋めたことはたしかです。そこにあるのは民族絶滅・祖国喪失のみではなかったでしょうか。

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