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「ライトノベルから歴史小説まで」多ジャンルを横断する不世出の作家・冲方丁の軌跡

2021年09月23日 公開

友清哲(フリーライター)

 

『天地明察』で歴史小説の分野に進出

天地明察
『天地明察』

2009年、発表されるやいなや大きな話題を呼んだ『天地明察』は、冲方丁という作家の底知れないポテンシャルを、まざまざと世に知らしめる記念碑的な一作と言えるだろう。

高校時代から関心を寄せていたという、江戸時代の天文歴学者・渋川春海に題材を求め、日本独自の暦を作ることに生涯を賭した男の20年を、熱く描いたこの物語。渋川春海の道程は挫折と失敗に溢れているが、冲方丁もまた、この渋川春海を描くために何度も失敗を重ねたという。

いわば、ライトノベルやアニメシナリオの世界で着々と腕を磨きながら、ついに到達した高み。果たして、膨大な情報量と時代考証をストーリーとして巧みに表現するばかりか、チャンバラのない時代小説にここまで惹きつけられるものかと、多くの識者を唸らせたものである。

この作品が吉川英治文学新人賞、本屋大賞、舟橋聖一文学賞、北東文芸賞の四冠に輝いていることからも、当時のインパクトが窺えるのではないだろか。2012年には歴史小説第二弾、『光圀伝』が出た。言わずと知れた水戸徳川二代目当主・水戸光圀を主人公とした、冲方版水戸黄門である。

ただし、テレビドラマのような単純な勧善懲悪ではあり得ず、時に猛々しく豊かな感情を顕にする光圀を描きながら、晩年の彼がなぜ家臣である藤井紋太夫を殺したのかという、歴史ミステリーにも触れている。

蛇足ながら付け加えれば、場面ごとの光圀のリアルな心情描写も、著者の想像力が大いに発揮された大切な見どころのひとつだろう。この二作品をもって、すっかり歴史小説家としてのポジションを確立した冲方丁。第三弾『はなとゆめ』では、清少納言に題材を求めた。

帝の妃である中宮定子様に仕えた28歳時点の清少納言が、慣れない宮中で悩みながらも、持ち前の頭脳と感性で少しずつ存在感を増していく様子が、扇情的に描かれているこの作品。清少納言がなぜ『枕草子』を書いたのか、歴史の中に埋没するその理由を、彼女の生涯を通して炙り出していく。

この後、織田信長、上杉謙信、明智光秀、大谷吉継、小早川秀秋、豊臣秀頼という戦国時代に活躍した六人の武将をモチーフにした連作短編集『戦の国』や、大軍を率いる西郷隆盛との和議交渉に臨む勝海舟の姿を描いた『麒麟児』など、独自の視点と解釈で日本の歴史を深堀りしていく冲方丁。

時は前後するが、藤原彰子の生涯を取り上げた最新作『月と日の后』に至る過程には、歴史から離れ、現代を舞台にミステリーやサスペンスを送り出してもいる。

2016年に発表された『十二人の死にたい子どもたち』は、集団自殺を目的に廃病院に集まった12人の少年少女たちを描いたミステリー。集まった廃病院には、いるはずのない“13人目”の少年が横たわっており、子どもたちは自分たちの中に彼を殺した犯人がいるのではないかと疑い始める。

安楽死を決行するべきか、それとも謎の“13人目”の正体を解明するべきか。12人の死にたい少年少女は、あらかじめ定めていた「全員一致」のルールに則って話し合いを進めることになる。登場人物の多さから群像劇的な一面を持つ作品だが、それぞれのリアルな内面描写が緊迫感に拍車をかけている。

今年初頭に発表された『アクティベイター』は、核兵器を積んでいるという中国のステルス爆撃機が、突如、羽田空港に飛来することから幕を開ける、国際テロサスペンスだ。

日本への亡命を求める女性パイロットの事情聴取にあたるのは、警視庁の鶴来警視。ところが、護送中の彼女は何者かに拉致されてしまう。起爆のカギを握る彼女の行方、そして東京の命運をめぐり、中国やアメリカ、ロシアの追手たちが暗躍する、国際色豊かな読み応え十分のエンタテインメントだ。

こうして駆け足ながら冲方丁が歩んだ25年を振り返ってみると、多ジャンルを横断するキャリアは、華々しくダイナミックなものである。見ようによってはその足跡はどこか計算ずくにも感じられ、言うなれば本人の深謀遠慮の下、綿密に設計されたキャリアが体現されているに過ぎないのかもしれない。

実際、別掲のインタビューでは「あらゆるジャンルで書けるようになりたかった」とのコメントもあり、その言葉の通りならば、現在地すらもまだ道半ばということになるのだろう。25年が単なる通過点に過ぎないことは、ベテランの域に差し掛かった今もなお、意欲的に筆を揮う姿を見れば自明。

ならば、冲方丁という作家のキャリアそのものを、ひとつの壮大な作品として見守るのも一興だ。この先、冲方丁という不世出の作家が我々にどのような世界を見せてくれるのか、まだまだ楽しみは尽きないのである。

月と日の后
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