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		<title>PHPオンライン</title>
		<link>https://shuchi.php.co.jp/</link>
		<description>PHP研究所が運営する「悩み、不安、心理」がテーマのWEBメディア。著名人のインタビューや専門家のアドバイスなどから、「無理なく生きる」ヒントを紹介。</description>
		<dc:language>ja</dc:language>
				<copyright>Copyright PHP研究所　All rights reserved.</copyright>
		
				<pubDate>Thu, 09 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
						
				<item>
			<title>「スマホを1時間眺める」のは実はあなたの命を救っている？　罪悪感の裏の生物学的防衛反応  デヴォン・プライス (著), 佐々木寛子 (翻訳)</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14088</link>
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			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="スマホを長時間見てしまう" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smartphone_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>「今日も気づいたら1時間もスマホを眺めてしまった」「やるべきことがあるのに、体が動かない......」</p>

<p>そんな自分を「怠惰だ」「ダメな人間だ」と責めてはいないでしょうか。SNSで流れてくる他人の精力的な活動や、深夜まで届く仕事の通知にさらされる現代において、私たちは常に「もっと生産的であらねばならない」という無言のプレッシャーに晒されています。</p>

<p>しかし、『なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか』の著者、デヴォン・プライス博士は、こうした「怠惰」だと感じてしまう状態こそが、実は私たちの心身が発する「命を守るための防衛反応」であると説きます。</p>

<p>※本稿は、デヴォン・プライス (著), 佐々木寛子 (翻訳)『なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>成功しているアーティストが抱えていた「恐怖」</h2>

<p>マイケルという新進気鋭のアーティストの例を見てみましょう。彼は世界中を旅して壁画を描き、デジタルアートでも成功を収め、周囲からは「努力家で才能あふれる成功者」と見られていました。</p>

<p>しかし、マイケル自身は深い罪悪感に苛まれていました。「自分は恐ろしいほど怠惰だ」と。</p>

<p>彼は家を持たず、ホステルや友人のソファで寝泊まりしながら、日中は屋外で汗だくになって壁画を描き、夜はデジタルアートの制作に没頭する。そんな過酷な生活を送りながらも、「もっと自分を追い込まなければ、すべてが終わってしまう」という恐怖に突き動かされていたのです。</p>

<p>彼にとって「怠惰」とは、成功と失敗を分かつ境界線であり、一度でも飲み込まれたら二度と這い上がれない底なし沼のようなものでした。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「怠惰」は存在しない。あるのは「エネルギー不足」だけ</h2>

<p>多くの人がマイケルのように、「やる気が出ないのは自分に問題があるからだ」と考えがちです。しかし、プライス博士は断言します。</p>

<p>「『怠惰』は存在しない」のだと。</p>

<p>私たちが「怠惰な気分」になる時、そこには必ず、目には見えない「障害」や「困難」が隠れています。</p>

<p>・脳や体が休息を痛烈に必要としている<br />
・燃え尽き症候群の寸前にいる<br />
・過度なプレッシャーで集中力が枯渇している</p>

<p>「スマホを眺めて1時間が過ぎてしまった」という状態は、単なる時間の無駄遣いではありません。それは、過負荷になった脳がそれ以上のストレスを受け付けないよう、強制的にシャットダウンし、エネルギーを温存しようとしている生物学的な防衛反応なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「しばらく生産性への期待値をぐっと引き下げる」という解決策</h2>

<p>では、この罪悪感から抜け出し、本当の意味で健やかな生活を取り戻すにはどうすればよいのでしょうか。</p>

<p>提案する具体的な解決策は、驚くほどシンプルです。それは、「しばらく生産性への期待値をぐっと引き下げること」です。</p>

<p>頑張りすぎて疲れた人は、睡眠をしっかり取り、思考と感情のエネルギーを充電する必要があります。そのためには、生活の中に「余裕」を無理にでも確保しなければなりません。</p>

<p>「休みたい」「リラックスしたい」という欲求を持つことは、恥ずべきことではありません。むしろ、そのサインを無視して自分を追い込み続けることこそが、回復不能な病気や完全な燃え尽きを招くリスクとなります。</p>

<p>「時間の無駄遣い」は、人間が健やかに生きるための基本的欲求です。<br />
もしあなたが今、怠惰な自分を責めているのなら、まずはこう自分に言ってあげてください。</p>

<p>「この『怠惰』な気分は、私を守るための大切なサインなのだ」と。</p>

<p>この事実を受け入れることこそが、バランスの取れた、より穏やかで生産的な人生を始めるための第一歩になるはずです。</p>
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						<pubDate>Thu, 09 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[デヴォン・プライス (著), 佐々木寛子 (翻訳)]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>部下のやる気が上がらないのはなぜ?　上司が語るべき、仕事の「本当の意味」  ピョートル・フェリクス・グジバチ（プロノイア・グループ株式会社 代表取締役）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14063</link>
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			<description><![CDATA[世界の一流の上司は、部下をやる気にさせるための作戦を知っている。部下のモチベーションを高めるための3つの戦略を、ピョートル・フェリクス・グジバチさんが解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ピョートル・フェリクス・グジバチ著『世界の一流は「部下」に何を教えているのか』" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_joushi2G.jpg" width="1200" /></p>

<p>「それが仕事だから」「とりあえず頑張ってみよう」――こんな言葉を部下にかけたことはありませんか。部下のやる気は、上司が何気なくかけた一言によって大きく左右し、仕事の意欲を奪ってしまうこともあると、人材開発に長年携わっているピョートル・フェリクス・グジバチさんはいいます。</p>

<p>では、上司のどのような行動が、部下のやる気を上げることに繋がるのか――本稿では、世界の一流の上司が実践する「やる気を引き出す実践的なアプローチ」について解説します。</p>

<p>※本稿は、ピョートル・フェリクス・グジバチ著『世界の一流は「部下」に何を教えているのか』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>部下の「やる気」を上げる言葉、下げる言葉</h2>

<p>世界の一流の上司には、際立った共通点があります。日常の様子を冷静に観察することで、部下それぞれに見合った「やる気」に火をつける作戦を展開していることです。</p>

<p>1週間に一度の1on1ミーティングや空き時間の雑談などを通して、部下が抱えている不安や不満、ストレスやジレンマに目を向け、必要と思われる「言葉のエネルギー」をチャージすることで、部下のモチベーションを高めているのです。モチベーションの研究で知られるアメリカの作家ダニエル・ピンクは、人が「やる気」を出すためには、次の3つの要素が欠かせないといいます。</p>

<p>①「自律性」：自分の意思で課題を決める</p>

<p>②「熟達」：高みを目指して経験を積む意識</p>

<p>③「目的意識」：会社や社会への貢献などのやりがい</p>

<p>これら3つの要素が欠けている状態では、たとえ周囲が「頑張れ」と励ましの言葉をかけたとしても、本人の中に持続的な動機が生まれることはありません。3つの要件を満たして部下のモチベーションを高めるためには、上司と部下が自分たちの会社や仕事の「本質」を共有することが不可欠です。</p>

<p>世界の一流の上司は、そのためのアプローチを3つの戦略に分類して、適切と思われる情報を部下に提供しています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「会社の存在意義」「仕事の意味」を伝える</h2>

<p>【戦略①】会社の「存在意義」を教える</p>

<p>自分たちの会社は、何のために存在しているのか？誰に対して、どのような価値を提供しているのか？こうした根源的な価値観を共有することは、新入社員や若手社員だけでなく、キャリアを重ねたベテラン社員にとっても、重要なエネルギー源となります。</p>

<p>目先のタスクに追われる毎日を過ごしていると、「自分は何のために、この会社で仕事をしているのか？」と考え始めて、目的意識を見失うことがあります。仕事の方向性がわからなくなって、独善的な判断に走ることもあります。</p>

<p>自分たちの会社には、こういう世界観があって、こんなに素晴らしいプロダクトやサービスをしている......という価値観を折に触れて確認することは、部下のモチベーションに大きなインパクトを与えることになります。</p>

<p>【戦略②】仕事の「意味」を教える</p>

<p>仕事に追われる毎日を過ごすビジネスパーソンであれば、多忙を極めていたり、疲れていたりする時ほど、「この仕事に、どんな意味があるのか？」と考えるようになります。自分が納得できる答えが見つからないと、疲労感が一気に増して、余計なストレスを溜め込むことになります。部下のメンタルが不安定であることに気づいたら、世界の一流の上司は、部下に対して自分たちの仕事の意味を伝えています。</p>

<p>膨大な請求書の作成に追われている経理部の部下が、「自分は毎日、何をしているのだろう？」と悩んでいたとします。会社にとって、大事な役割であることは理解していても、「なぜ自分がやる必要があるのか？」という素朴な疑問が浮かぶこともあります。</p>

<p>上司が「それが君の仕事だ」と突き放して説明を終えるのは簡単ですが、そのひと言は部下から意欲を奪い、業務を機械的な作業へと変質させてしまいます。世界の一流の上司は、仕事の意味を伝えて、部下の「やりがい探し」をサポートしています。</p>

<p>部下が正確に整えているお金の流れがあるからこそ、会社は顧客に対して継続的に価値を届けられるのだ、と業務の意義を具体的に伝えています。目の前の仕事の背後にある構造を丁寧に示せるかどうかが、指示を遂行するだけの実行者を育てるのか、自ら考えて判断できる人材を育てるのか......という大きな分かれ道になるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「部下のエンゲージメント」を高める</h2>

<p>【戦略③】部下の「エンゲージメント」を設計する</p>

<p>エンゲージメントとは、会社の進むべき方向性と自分自身の成長が、互いに矛盾なく結びついている状態を指します。自身の持てる力を発揮することが、組織の具体的な成果に直結していると実感できた時、個人は誰に指示されることもなく自発的に動き出します。</p>

<p>こうした状態は、個人の根性や気合といった精神論によって生み出されるものではありません。組織としての仕組みを整える「構造」と、相互理解を深める「対話」を積み重ねることによって、初めて構築されるものです。</p>

<p>部下のエンゲージメントを高めることは、モチベーションのアップや自発的な行動を促すことにつながって、生産性の向上や離職率の低下にも効果が期待できます。世界の一流の上司は、次のような取り組みを通じて、部下のエンゲージメントを高めています。</p>

<p>・「企業ビジョン」の共有</p>

<p>・「柔軟な働き方」のサポート</p>

<p>・「キャリア成長」支援</p>

<p>・「評価」の透明性と公平性の担保</p>

<p>日本企業では、上司が独断で部下を評価して、それを人事部や社長に申告するのが一般的ですが、欧米企業や外資系企業には「キャリブレーション」と呼ばれる評価規範があります。キャリブレーションとは、複数の上司が集まって部下一人ひとりの評価結果を議論し、評価基準のズレを調整する「目線合わせ」のシステムを指します。</p>

<p>この仕組みの最大の特徴は、評価を一人の上司だけで完結させない点にあります。具体的には、複数のマネジャーが公開の場で、個々の評価が妥当であるか、あるいは他部署と比較して甘すぎたり厳しすぎたりしないかを相互に検証します。こうしたプロセスを経ることで、評価を「密室」から引き出し、組織全体での透明性と公平性を確保しています。</p>

<p>評価の偏りを防ぐことは、部下が不必要なストレスを抱えることなく、前向きな姿勢で仕事に打ち込める環境を整えることにつながります。部下にとって、上司から正当に評価されていないと感じる瞬間は、やる気を喪失させる決定的な要因となります。</p>

<p>上司による評価は、単なるフィードバックの結果ではなく、時には本人の成長を加速させる原動力となり、時にはその歩みを止めるブレーキともなります。多くのグローバル企業では、評価の透明性や公平性を、個人の意識の問題として片付けるのではなく、揺るぎない制度として設計しているのです。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 09 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ピョートル・フェリクス・グジバチ（プロノイア・グループ株式会社 代表取締役）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>僧侶が師匠から学んだ「人生最期に後悔しない」ための生き方  大愚元勝（住職・慈光グループ会長）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14074</link>
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			<description><![CDATA[「あのときこうしていれば」と後悔を繰り返し、心が疲れ切っていませんか。僧侶・大愚元勝さんの師が説いた「早く墓穴を掘れ」という教えから、後悔を手放す生き方を考えます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_glasslandwoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>「あのときこうしていれば」「もっとうまくやれたはずなのに」</p>

<p>過去を振り返り、後悔を繰り返すうちに、心はじわじわと消耗していきます。後悔は誰もが抱えるものですが、それに囚われ続けることで人生の喜びを見失ってしまう人も少なくありません。では、後悔を手放し、満足のいく人生を歩むにはどうすればいいのでしょうか。</p>

<p>僧侶・大愚元勝さんの師匠はかつて、こんな言葉を繰り返し口にしていたといいます。</p>

<p>「早く墓穴を掘れ」</p>

<p>一見不思議なこの教えの中に、後悔から解放されるためのヒントが隠されています。書籍『その悩み、ほとんどあなたの妄想かもよ？』から、後悔を手放す方法を探ります。</p>

<p>※本稿は、大愚元勝著『その悩み、ほとんどあなたの妄想かもよ？』（アスコム）より内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「後悔」は心の自傷行為</h2>

<p>「反省はしてもいいけれど、後悔をしてはいけない。まったく意味がない」</p>

<p>ブッダは後悔というものを非常に厳しく諫めました。</p>

<p>「あのときこうしておけばよかった」「あんなことしなければよかった」という後悔は、心の傷口を自分で刺しているのに等しいこと。過去に抱いた嫌な気持ちを、わざわざ、自ら、もう一度味わっていることになるのです。</p>

<p>同じ失敗を何度も悔やむということは、グサッ、グサッと自分をめった刺しにしているのも同然と考えましょう。</p>

<p>いったん気持ちが落ち着いたとしても、その1年後、2年後に再び思い出して......ということをやっていると、全身傷だらけ、トラウマまみれになってしまいます。</p>

<p>いうなれば&quot;心の自傷行為&quot;であり、自分で自分を痛めつけていることになります。</p>

<p>後悔の念が生まれるのは仕方がないことですが、ただ悔やむのではなく、なぜそれをやってしまったか（やらなかったか）を冷静に分析して、未来につなげる糧として活かそうとする姿勢を持つことは大切です。</p>

<p>これは後悔ではなく「反省」であり、ブッダも推奨しています。あえて後悔を楽しむのであれば、それもありでしょう。</p>

<p>「あのときは俺もガキだったなぁ。なんであんなことをしたんだろう。若気の至りって怖いなぁ」</p>

<p>こんなふうに自分のなかで、あるいは他人に対して笑い話にできるのであれば、自分の感情や過去の言動を客観的に見つめられているということです。いわゆる&quot;黒歴史&quot;を明るい話題に変えることができているのなら、思い出したときに心に傷を負うことはありません。要は、過去に起こった出来事をどうとらえるか。どのように考え、自分のなかでいかに処理していくかが重要ということです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「誰かのせい」にしても苦しみは消えない</h2>

<p>自分で選んでやった（やらなかった）ことだと自覚する。決して他人のせいにしない。</p>

<p>これらも、後悔してしまったときにとるべき、有効な対処法です。</p>

<p>「親がこの学校のほうがいいというから入学したのに」<br />
「○○さんの言葉を信じたせいでひどい目にあった」</p>

<p>こういった考え方は、他人に責任を押しつけてしまっています。</p>

<p>相手とどんな関係にあろうが、いかなるアドバイスをされようが、最終的に行動に及んだのは自分自身。その決断を下したのは、あくまでも自分なのです。</p>

<p>ひとしきり悔やんだあとは、他人に責任転嫁せず「自分がバカだった。もう同じことはくり返さないようにしよう」と反省しましょう。</p>

<p>そして、あとになって他人のせい、なにかのせいにしないように、行動したり決断したりするときは、「本当に自分がやりたいことなのか?」「本心から望んだことなのか?」を自分自身に問いかけたうえで実行していくようにしましょう。</p>

<p>自分と向き合うこと、自分の頭で考えることにはパワーが必要で、とてもしんどい作業です。「誰かの言っていること」を鵜呑みにして決断するほうがずっと楽なので、ついそうしたくなってしまいます。でも、後悔のない人生を歩んでいくためには、自分で考えることを諦めてはいけません。</p>

<p>とことん考え抜いて自分の判断で行ったことであれば、たとえどんな結果になったとしても「自分で選んだ道だから仕方がない」と納得することができます。後悔をゼロにすることはできないかもしれませんが、頻度は少なくなるはずです。</p>

<p>また、起こってしまったことに対する評価を変えるというのも、ひとつの方法です。</p>

<p>私は子どものとき、親の言いつけを守らずに大けがをしてしまったことがあります。</p>

<p>「危ないからストーブの前で着替えちゃダメだよ」</p>

<p>母親にこう言われていたのに、両親が留守のあいだにストーブの前で着替えようとして、私の真似をしようとした妹と場所の取り合いになり、ストーブの上のやかんをひっくり返して足に大やけどを負ってしまったのです。<br />
そのやけどの跡は、一生消えない傷として残りました。</p>

<p>何度も手術を受け、一時は車いす生活にもなりました。当時はそれがすごくショックで、「どうして言いつけを守らなかったのか」という後悔と、親への申し訳なさでいっぱいでした。</p>

<p>でも、大人になるにつれて、この出来事は自分に対する戒めなのだと思えるようになりました。今では「調子に乗っちゃいかんな」「やってはいけないことをやるのはダメだな」と、傷を見るたびに思うようにしています。<br />
失敗をくり返さないためのありがたい傷。</p>

<p>こう思えるようになるには、人によってある程度時間が必要になるかもしれません。それでも、このように見方や評価を変えることによって、後悔とさよならすることもできるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>生きているうちに墓穴を掘れ</h2>

<p>人生において究極の後悔は、自分が死ぬ直前になって、「あれをやっておけばよかった」「あの人にこれを伝えたかった」などと思ったり、亡くなってしまった人に対して「もっとこうしてあげればよかった」などと思ったりすることです。</p>

<p>そんなタイミングで悔いが発生してしまうと、そこから取り戻すことは難しくなってしまいます。</p>

<p>だから、後悔は若いうちにたくさんして、手放すテクニックを磨いていくに越したことはないと思います。</p>

<p>失敗はいい。<br />
反省もいい。<br />
でも、後悔は良くない。</p>

<p>今からこれを、強く意識しましょう。</p>

<p>元気に生きているうちは、償いや埋め合わせができます。「明日があるさ」が通用します。</p>

<p>しかし、当たり前のことですが、人はいつ死ぬかわかりません。これは自分だけでなく、相手や周りの人だって同じです。後悔しない人生を送るためには、今現在抱えている心のモヤモヤへの対処を先送りせず、そのときそのときにしっかりと向き合っていくようにしましょう。</p>

<p>私のお師匠さんは、よくこう言っていました。</p>

<p>「早く墓穴を掘れ」</p>

<p>墓穴を掘るとは、「自ら身を滅ぼす」という意味で使われる慣用句ですが、お師匠さんは違う意味で使っていました。生前に自分のお墓を建てる、文字どおり墓穴を掘ると幸せな人生を送れるようになるというのです。</p>

<p>これは霊的な力が働くとか、そういうスピリチュアルな話ではなく、自分のお墓をつくる、つまり死を意識すると「いつか自分はここに来るんだ」という自覚が芽生え、残された人生を無駄にせず、一日一日を一生懸命生きねばならないという覚悟が決まる―そんな意味合いを含んでいます。</p>

<p>この言葉を最初に聞いた瞬間はきょとんとしてしまいましたが、今ではその真理がよくわかりますし、まさにそのとおりだと実感しています。</p>

<p>生きているうちに墓穴を掘ることは、後悔のない人生を強烈にバックアップしてくれる有効な行為なのです。</p>

<p>だから、明日死ぬつもりで決断し、今日を全力で生きるように意識してみてください。自分の行動や言動に対して後悔するケースは、今よりも格段に減っていくと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_glasslandwoman.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 09 Apr 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大愚元勝（住職・慈光グループ会長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜこんなに疲れるのか？　あなたを蝕む「見えない疲れ」の正体  鈴木亜佐子（スタンフォード大学認定コンパッション・アンバサダー）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14090</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014090</guid>
			<description><![CDATA[疲れが蓄積してしまうのは、努力が足りないからではありません。鈴木亜佐子さんが慢性的な疲労の根本原因と解決策を教えてくれます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="見えない疲れの正体" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_zutsuu.jpg" width="1200" /></p>

<p>毎日一生懸命働いているのに、なぜか心が満たされず、ただ疲労だけが蓄積していく......。そんな「がんばっているのに疲れる」という悩みを抱えるビジネスパーソンが増えています。</p>

<p>しかし、その原因は、決してあなたの「気合い」や「努力」が足りないからではありません。&nbsp;</p>

<p>本稿では、スタンフォード大学認定コンパッション・アンバサダーである鈴木亜佐子氏の著書『スタンフォード式 自分をいたわる人がうまくいく』より、現代人が抱える慢性的な疲労の根本原因と、その解決へのアプローチを紹介します</p>

<p>※本稿は、鈴木亜佐子著『スタンフォード式 自分をいたわる人がうまくいく』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>情報洪水で、神経は「ブレーキとアクセル同時踏み」になる</h2>

<p>気がつくと、私たちの一日は情報であふれています。</p>

<p>SNSでは、批判と賛辞が途切れなく流れ、注意をさらっていく。メールには「至急」「要対応」。</p>

<p>チャットには未読のメッセージが積み上がり、通知も止まらないまま。</p>

<p>たとえ小さなタスクでも、脳にとってはどれも「早く」「今すぐ」という合図です。そのたびに体は軽い緊張モードに入り、呼吸は浅くなり、肩には力が入り、心の余裕が少しずつなくなっていきます。</p>

<p>大きなトラブルがあるわけでもないのに、なぜか疲れてしまう──。</p>

<p>これが、いま多くの人が抱えている「見えない疲れ」です。</p>

<p>外からの刺激に注意を奪われ続け、「今、自分は何を感じているのか」「自分にとって何が大事なのか」という自分の軸が見えにくくなる。</p>

<p>軸がブレると、集中は浅く、言葉はとがり、判断力が低くなる。</p>

<p>たとえるなら、ブレーキとアクセルを同時に踏んだまま街中を走っている状態です。エンジンはうなり、燃料は減るのに、思ったほど前へ進まない。夕方にぐったりするのは、むしろ自然な結果なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>過剰なまでに比較してしまう</h2>

<p>疲れを深刻にするのが、過剰な比較です。</p>

<p>いつもSNSで触れているのは他人の&quot;ベストな瞬間&quot;。ついつい等身大の自分と比べてしまい、心の中の厳しい声が強くなります。</p>

<p>そこにAIとの比較も重なります。24時間、疲れず、ミスなく、一貫した品質で出力し続ける存在が身近にある今、「これは自分の成果だと言えるのだろうか」「私の価値はどこにある？」という焦りも生まれやすくなるでしょう。</p>

<p>さらには、頭の中の「理想の自分」も大きな存在です。「本当なら、もっとできるはず」「前の自分なら、ここでやり切っていた」。完璧な理想像は、現在の自分を否定し続ける装置になりがちです。</p>

<p>こうしてあちこちから比べてばかりいると、心の中で叱責が増えていきます。「早く対応しないと」「もっとがんばらないと」。努力のアクセルを踏むほど、内側では不安というブレーキも強まる。過剰比較と自己否定の小さなループが、心の底に流れ続けます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>燃え尽きとインポスター感</h2>

<p>このループが続くと、やがて2つの影が濃くなります。</p>

<p>1つ目は、燃え尽き（バーンアウト）です。最初は高い責任感とエネルギーで走れていたのに、ある朝突然、心も体も鉛のように重くなる。集中力が続かず、興味も色あせ、寝ても完全には戻らない。まるで見えないブレーキが常にかかっているような状態です。</p>

<p>実際にバーンアウトに陥った人の声を拾うと、「気づいたら心が空っぽになっていた」「休んでいるのに休めていない感じ」「何をしても楽しくない」という共通点があります。身体的には不眠や胃腸の不調、慢性的な肩こりや頭痛などが出やすく、心理的にはイライラや虚無感が強まり、人間関係の摩耗も避けられなくなります。</p>

<p>そして厄介なのは、真面目な人ほどバーンアウトに陥りやすいということです。責任感が強く、他人の期待に応えたいと願う人ほど、「もう少しがんばれるはず」「ここで止まったら迷惑をかける」と自分を追い込みます。その結果、体力と気力の残量を冷静に測れなくなり、限界ラインを越えるまで走り続けてしまうのです。</p>

<p>中には「仕事が楽しすぎて休みたくない」と言う人もいます。けれど、それも神経にとっては回復の時間を奪われている状態。楽しさと疲労は、同時に進行してしまうのです。</p>

<p>いわば、バーンアウトは「真面目さの副作用」。本来は美徳であるはずの誠実さや努力が休息機会を奪い去ったときに、突然スイッチが切れるかのように訪れます。</p>

<p>2つ目はインポスター感。実力があるのに「自分は過大評価されているのでは」と感じる心の癖です。<br />
映画『ハリー・ポッター』で成功を収めたエマ・ワトソンでさえ、「自分にはその価値がないのでは」と不安になったと語っています。元米国大統領夫人ミシェル・オバマも、名声を得るたび「ここにいるべき人間ではないのでは」と感じたと明かしています。</p>

<p>世界の第一線に立つ人でさえそうなのです。ましてAIが&quot;それっぽい成果&quot;を瞬時に生むいま、「これは私の力ではないかも」という疑いは増幅されやすくなります。</p>

<p>心理学の知見から見ると、その背景には「条件付きの自尊心」、いわば「自己証明欲求」とも言える働きがあります。これは、自分の価値を周囲や自分自身に証明し続けなければ、安心できなくなる心の状態のことです。</p>

<p>努力が成果として見えた瞬間も、「まだ足りない」「次も証明しなきゃ」と内なる声が追い立ててくる。いわば心に「永遠の試験監督」が住んでいて、休むことに合格点をくれないのです。</p>

<p>そして、この自己証明欲求がインポスター感と燃え尽きに燃料を注ぎます。証明し続けるために休めない&rarr;疲労が蓄積して燃え尽きが近づく&rarr;余裕を失い「やっぱり私には価値がないのかも」とインポスター感が強まる&rarr;さらに証明しなければと無理を重ねる......こうしてループは加速します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>回復時間は、贅沢ではなく戦略</h2>

<p>では、どうすればこの流れを反転できるのでしょうか。鍵は「回復の時間」を生活に組み込むことです。多くの人は「休む＝怠け」「止まる＝遅れる」と考えてしまうようですが、実際には逆です。トップアスリートが練習と同じくらい休養を戦略的に組み込むように、ビジネスパーソンにとっても回復は成果の一部。むしろ、計画的に休む人ほど、長く、安定して成果を出し続けます。</p>

<p>回復の時間は余計な贅沢ではなく、未来の生産性を保証する投資です。たとえば「今日はここまで」と線を引く。昼に5分、呼吸を整える。仕事を区切って少しだけ人に頼る。これらは小さいけれど、神経にとっては確かな回復のための行動です。休みを入れないまま走り続けると、結局は燃え尽きに近づきます。セルフ・コンパッションは、この「回復を行動に組み込む技術」でもあるのです。</p>

<p>あなたの努力は、すでに十分です。足りないのは&quot;負荷を減らす行動&quot;に落とし込むことだけなのです。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 08 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[鈴木亜佐子（スタンフォード大学認定コンパッション・アンバサダー）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>舞鶴に桜を植えた米兵の正体　真珠湾で爆撃に遭い、“スパイ”と罵られた悲劇の記録  細川呉港</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14042</link>
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			<description><![CDATA[舞鶴の桜を植えた日系二世フジオ高木。真珠湾攻撃でスパイと疑われ銃口を向けられた衝撃の過去。差別や日本の機銃掃射を乗り越え、米国への忠誠を証明するため情報部隊MISを志した男の数奇な半生を辿る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="桜" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityLI/pixta_sakuraLI.jpg" width="1200" /></p>

<p>シベリアからの引き揚げ港として知られる舞鶴にある共楽公園には、かつて進駐軍の日系アメリカ兵が植えた「アロハ桜」がある。戦後の貧しい時代に植えられた桜は、時を経て見事な花を咲かせ、人々にその存在を知らせた。いったい誰が、どのような思いで植えたのか。その主が、プランテーションで働くためにハワイに移り住んだ日系二世、フジオ高木だ。</p>

<p>山口県の岩国にルーツを持ち、15歳で家族が帰国した後も独りハワイで育った彼は、ハウスボーイをしながら真珠湾の浚渫船にて整備工として働いていた。しかし1941年12月、日本軍による真珠湾攻撃が彼の運命を大きく変えることになるのだ。</p>

<p>※本稿は、細川呉港著『舞鶴に散る桜』（飛鳥新社）の内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>真珠湾攻撃の日</h2>

<p><img alt="パールハーバー詳細地図" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260331hosokawagokou01.jpg" width="1200" /><br />
真珠湾の地図。三つの入り江の真ん中の中湾に落ちた日本の艦上爆撃機。その入口に高木の乗った浚渫船がいた。アメリカ人の上官と高木は、救命ボートに乗って駆けつけるが、パイロットは自決。高木は、ほかに日本の潜水艦も見つける。</p>

<p>ついにその日がやってくる。1941年（昭和16年）12月7日朝、その真珠湾に、突如として日本軍が空からの攻撃を始めた。湾内の艦船は、日本の攻撃機から投下される爆弾や魚雷による轟音とともに次々と炎上した。</p>

<p>いくつかの戦艦が火の玉となり、炎が黒煙とともに空に舞い上がった。基地内は大騒ぎとなった。フジオ高木は目の前に起こる大爆発を前に、この現実をどう捉えていいか分からなかった。</p>

<p>多くのアメリカ兵もみんな仰天したと言う。まさに青天の霹靂だった。頭が混乱した。日本人である自分が住むハワイに、祖国日本が爆弾を投下しているのだ―。信じられない。</p>

<p>フジオ高木は、この時、いくつかある真珠湾の入り江の、中湾と呼ばれている湾の入り口にいた。アメリカ軍から請け負った浚渫船に乗っていた。この時のようすを、その後、多くの知人が高木から聞いているが、パールハーバーから45年後、『ホノルル・アドバタイザー』（Honolulu Advertiser）紙に、「真珠湾攻撃―ほろ苦い思い出」(Pearl Attack : Bittersweet Memories）という記事を書いたマーク・マツナガは、高木に会って詳細にインタビューをしている。</p>

<p>その朝、高木は浚渫船「マーシャル・ハリス」に乗り、機械工として仕事をしていた。おそらく船底か作業室にいたのだろう。旋盤をいじっていたらしい。かなり忙しく仕事に集中していた。</p>

<p>その時、チーフ・エンジニアのチャーリーが飛び込んで来て叫んだ。「War! war! Japs attacking! Japs attacking!（戦争だ、戦争だ、ジャップが攻撃してきた）」。高木はそんなバカな話がと、とっさに思った。急いで旋盤を止めデッキに出た。</p>

<p>ちょうど南の方、ワイピオ半島の上を、攻撃機の編隊が低く飛んで来るのが目に飛び込んできた。しかも一機は機体と翼の下が火の玉となっていた。それを見てフジオは初めてこれは戦争だと思った。彼は再び仕事場に戻り、手短に工具を片付けた。自分の大事な工具一式である。</p>

<p>キャプテンから、ブリッジに双眼鏡を持ってくるように命令が入った。高木がデッキに上がった時、東南の陸地側のヒッカム基地から煙が上っているのが見えた。その方向から魚雷が何本かフォード島の反対側に停泊しているたくさんの戦艦に向かって飛んで行った。</p>

<p>そこは、アメリカ海軍の主だった戦艦や駆逐艦がずらりと並んで停泊しているところである。フォード島は、山のない低い平らな島だが、高木のいた中湾からは、隊列するアメリカの戦艦は見えなかったけれど、低い島の木々の上に、戦艦のマストがみんな見えた。</p>

<p>その戦艦が、日本軍の爆撃により、大破し、黒煙と火柱を上げて、マストや船の上部構造が、飛び散るさまがよく見えた。上空高いところから急降下爆撃機がハラワ・バレイの方向からも現れた。多くの戦艦が炎を上げ、さまざまな姿勢で沈んでいった。まるでアメリカの戦艦は生贄のようであった。</p>

<p>高木は、数百ヤード先に浮上している潜水艦を見つけた。高木は双眼鏡で確かめた。すると近くにいた駆逐艦が一斉に射撃を始めた。その駆逐艦は東湾から来たモナハンという船で、しかも体当たりで潜水艦にぶつかっていった。</p>

<p>その時になって初めて高木は双眼鏡をキャプテンに渡したのである。その時、大きな4発エンジンの航空機がワイピオ半島を越えてくるのが見えた。極めて低く飛んできて、まるでサトウキビ畑の穂を撫でるようだった。高木は最初、チャイナ・クリッパーの飛行艇かと思ったが、後で考えるとＢ17爆撃機だった。ちょうどアメリカの西海岸からハワイに飛んできて、日本軍の攻撃の最中に到着したのだった。</p>

<p>高木が浚渫船の船尾に回った時、彼の前方に日本の攻撃機が低く飛んでいるのが見えた。それは次第に高度を下げ、おおよそ200ヤード先で不時着水した。かなりの衝撃だったろう。高木は、ふたりの一等航海士と他の仲間とすぐさま多目的ボートに乗って日本機に向かった。</p>

<p>飛行機はまもなく沈没し、パイロットが海の上で上下に揺れていた。高木は、ボートの先でうつぶせになり、パイロットを捕まえようとした。あと数フィートというところで、パイロットは水面から消えてしまった。高木は、彼は自殺したのだと思った。透明な海水が血で染まっていたからである。高木はかろうじて、男のライフ・ジャケットと、帽子とゴーグルを回収した。</p>

<p>その男の飛行服と帽子とゴーグルを、浚渫船「マーシャル・ハリス」に持ち帰ると、仲間たちは最初は面白がって日本のパイロットの持ち物を見ていたが、ジャケットに名札のようなものが縫い付けてあるのを見て、高木にこの文字を読めと言った。</p>

<p>高木はその漢字が読めなかった。するとひとりの仲間が、「お前は日本のスパイか。分かっているのに言わないのだろう」、と言った。「スパイだ。スパイだ」。周りのみんなもそう言い始めた。そして胸ぐらをつかまれ、首を絞められた。「ジャップ、白状しろ」。</p>

<p>デッキでいさかいが起きているのに気づき、キャプテンが駆け付けた。見るとＡ45という銃を持っていた。キャプテンは言った。「お前は船から降りろ」。それで船は急遽そこから一番近い岸ベであるクリッパードックの傍に向かい高木は船から降ろされたのである。</p>

<p>それはパールシティから続く、長く半島のように突き出た先っぽ、半島の西側の岸であった。高木は、そこでひとりになった。あたりには誰もいなかった。周りは田んぼばかりであった。</p>

<p>高木は北に向かって歩き出した。すると山側の方から、日本のゼロ戦が近づいてきた。乾いた音とともに機銃掃射の弾がこちらに向かってくるのが見えた。「まるで映画のようであった」と高木は言っている。最後の瞬間、高木は傍の流れの激しい排水溝に飛び込んだ。</p>

<p>高木は後に言っている。日本の戦闘機は、決して市民を銃撃しないと本に書いてあったのに。しかも日本人の私を撃つとは。その後、高木はひとりで歩いてオアフ島の反対側、北の海岸にあるワイアルアまで歩いて帰ったのだと言う。</p>

<p>おそらく30数マイルはあろう。キロにしても40キロ以上。途中ワヒアワの高台もある。ずっと歩き続けたとしても、夜中まで、あるいは夜半までかかったと思われる。ひとりぼっちの暗い夜道。いや逃避行であった。サトウキビ畑とパイナップルの畑が延々と続いていた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日系人たちの恐怖</h2>

<p>8時間、あるいは途中休んだとすると、10時間以上歩いたかもしれない。精神的にもかなりショックを受け、肉体的にも疲労困憊したのは言うまでもない。</p>

<p>真珠湾攻撃の後、白人たちの日本人に対する憎悪は計り知れなかった。これからハワイの日本人はどんなひどい目に逢うのか、それは若い高木にとっては強烈な恐怖感につながった。その晩、高木は恐ろしくて眠れなかったと言う。後で分かったことだが、ワイアルアの日本人の中には、山の洞窟に隠れた人もいると。</p>

<p>実際、その日のうちに、日本人の主だった地方議員、日本人会の各地の責任者、実業家、お寺の僧侶、教員といった人たちは、すぐにFBIに連行されている。それはオアフ島だけでなく、ビッグアイランドと呼ばれるハワイ島やほかの島でも同じように日本人が収監されたのである。すでにそういった「要注意人物」名簿が日頃から作られていたことになる。</p>

<p>一週間もしない間に、各家の天皇陛下や皇室の肖像画は降ろすように通達された。日本語の新聞は休刊となり、またその後、何年間にもわたって日本色が廃止された。新聞のタイトルを日本語から英語に変えた新聞もある。ラジオや新聞も読めなくなった日系人の家では、日本からの短波放送の聞けるラジオを購入した者もいた。</p>

<p>連行された人間は、一様に尋問を受けた。そして最後に「アメリカと日本が戦争をして、お前はどちらが勝ったらいいと思うか」と聞かれた。隠れキリシタンではないが一種の「踏み絵」であった。日本から渡ってきた多くの一世たちは、返答に困った。日本が勝ったらいいと言ってもまずいし、アメリカが勝つというのも自分の心に正直ではない。それで中には、「両方が勝って、戦争が終わったらいい」と言った人もいる。そう言った人はみんな連行されたという。</p>

<p>次の日、高木は出勤しなかった。夜中まで歩いて疲れていたせいもあった。宿のゴッドフリー夫人が、高木の真珠湾での経験したことをゆっくり聞いてくれ、そして高木にこう言った。「もし仲間があなたのことをスパイだと言うのなら、逆にあなたは明日職場に出勤するべきでしょう。そうすればみんなは、あなたのことをスパイだと思わない」。</p>

<p>翌日、高木がおそるおそる出勤すると、仲間はまだ怒っていて、さらに「ジャップ、ジャップ」と口汚く罵倒され、銃を突きつけられた。そして、ついに船長から正式に解雇を言い渡され、彼は再び職場から追い出された。彼は最後に自分の大切にしている工作道具一式を返してくれるよう訴えたが、それもかなわなかった。高木はこれからどうしていいか分からないほど悲しかった。</p>

<p>ところが数日後、（職場の者から）高木に連絡があり、ケワロ湾まで降りて来るように言われた。そして、大事な自分の工具一式を返された。高木はほっとした。それどころか、ありがたいと思った。これがあればまたどこかで、機械工として働けるからだ。アメリカも捨てたもんじゃない、そう思ったと言う。</p>

<p>数週間後、高木は、今度はウィーラー空軍基地で機械工として働くようになった。機械工は人手不足で、結構受け入れられたのである。そこの将校たちはとても親切で、高木を敵としては扱わず、働きやすい環境だった。高木はいつまでもその上官の将校たちの名前を忘れなかったという。</p>

<p>彼はその後、軍隊に志願した。しかし、日本人ということで入隊を拒否された。彼は仕事を辞め、今度はワヒアワのUSスチールのエンジニアリング部門に就職した。親方はワヒアワの人だった。あまり居心地はよくなかったが、給料はよかった。</p>

<p>しかし、すべての日系人は「危険人物」とされ、みんな黒いバッジを付けさせられた。そのバッジを付けている者は、島の海岸には近づいてはいけない、また会社の重要な会議にも参加できなかった。あくまで敵性人物だからであった。海岸に近づけないというのは、いつまた日本軍が攻めてきて、上陸するかも分からないからであった。日本人は日本軍の手引きをする可能性があった。</p>

<p>1944年の春になり、高木は再び軍に志願した。後にヨーロッパ戦線で名を挙げた有名な第100歩兵大隊である。しかし、今度も入隊はかなわなかった。というのは彼の機械工としての専門職の腕を買われ、軍隊に入るより、その方がアメリカのためになるとして入隊はできなかったのである。</p>

<p>しかし彼はあきらめなかった。今度はホノルルに行き、「日系二世の情報部隊」として兵を募集していたのに応募、テストを受けた。しかしこれも落ちてしまった。だが、担当の将校は高木に解答のコピーをくれながら、勉強して再度トライするように促した。そして2回目に受かった。</p>

<p>こうして高木が入隊することになった部隊が、日系人による「情報部隊MIS（Military Intelligence Service）」である。日本軍で言えば、特務機関で、アメリカ軍が作った「日本語のわかる情報部隊」である。</p>

<p>1943年、高木は25歳でアメリカ軍のMISに入隊した。自分はあくまでアメリカ人だという気持ちは変わらなかった。これは日本にいる日本人には理解できないが、ハワイで生活している多くの日系人、特にハワイで生まれた二世の多くはそう思った。アメリカ本土の日系人もそう考えた人が多い。できるだけアメリカ人に近づきたいと―。</p>

<p>多くの日系人が、アメリカに忠誠を示すことによって、ハワイや、アメリカ本土で「生きていく道」を考えたのである。収容所に入るより軍隊に入った方がいいという人も大勢いた。「生みの親より、育ての親。しかし、この東洋人の顔は替えられない」と、そういう人もいた。</p>

<p>それに高木は、日本のゼロ戦から機銃掃射を浴びて、間一髪で助かったのだ。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 08 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[細川呉港]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「回転率こそ命」は間違いだった　つけめんTETSU創業者に学ぶラーメン店の新常識  井手隊長（ラーメンライター）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14077</link>
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			<description><![CDATA[ラーメン業界で「常識」とされてきた「回転率重視」の罠を鋭く分析。行列店と一般店がとるべき戦略の違いを明確にし、無理なく効率化を図る工夫を提示します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="『ラーメンビジネス』で井手隊長が生き残るラーメン店の条件を語る" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_ramen.jpg" width="1200" /></p>

<p>ラーメン店の経営で重視すべきは「回転率」だーーこれは長らく語られてきた「常識」だが、それは果たして本当か。「つけめんTETSU」創業者の小宮氏は、「行列のない店が回転を上げることに注力するのは逆効果」と指摘する。では、行列のない店がとるべき戦術とは？全国47都道府県のラーメンを食べ歩くラーメンライター井手隊長が、人口減少や多様化が進む現代で生き残るラーメン店の条件を語る。</p>

<p>※本稿は、井手隊長著『ラーメンビジネス』（クロスメディア・パブリッシング）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>行列店の「常識」は意味を持たない</h2>

<p>ラーメン業界を語る際、しばしば持ち出されるキーワードが「回転率」である。駅前の狭小立地・限られた席数・昼夜を問わぬピーク需要─こうしたイメージが強く結びつき、ラーメン店は客席の回転を最優先に考えるべきだという通念が半ば常識として語られてきた。しかし、「つけめんTETSU」創業者の小宮氏は、この&quot;回転論&quot;が実態を大きく誇張しているという事実を指摘する。</p>

<p>そもそも回転率に悩むのは、行列のできるごく一部の繁盛店に限られる。行列があるからこそ、1時間あたり何人をさばけるかが死活問題となる。<br />
一方で、行列のない店が回転を上げることだけに注力してしまうと、かえって店内がガラリと空いて見え、逆効果になる場合すらある。<br />
雨の日に「どうぞゆっくりしていってください」と声をかけるような店で、回転率をあえて引き上げる必要性は薄い。むしろ多くの店にとって優先すべき課題は、回転以前の「集客」そのものにある。</p>

<p>にもかかわらず、業界全体が「ラーメン店＝回転命」という固定観念に強く縛られてしまっている背景には、駅前の人気店を中心とした語りが一般化してしまったことがある。しかし、実際のラーメン業界はもっと多様であり、回転を意識しているお店ばかりではない。行列店の事情がすべての店の前提として語られてしまうのは、やはり極端すぎると言わざるを得ない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ロット制」のデメリット「食券制」のメリット</h2>

<p>ラーメン店が回転を高めようとする際、しばしば引き合いに出されるのが「ロット制」のオペレーションだ。席の埋まり具合に関係なく、数杯ずつまとめて調理し、客席が一斉に交代するシステムで、確かに効率はいい。</p>

<p>しかし、ロット制は行列が常態化していて需要の読める名店だから成立する手法であり、新規店や客入りが安定しない店がこれを目指すと、逆に「席が空いているのに提供が遅い」という失望を生む恐れがある。つまり、目指すべきは有名店型ではなく、目の前の1杯に集中しつつ、無理のない範囲で効率化を図るバランス感覚である。</p>

<p>興味深いのは、回転重視をしない店でも、工夫次第で自然と回転は上げられるという指摘だ。代表的なのが「食券制」の導入である。客が店に入ってから注文を決め、支払いを済ませるまでにかかる時間は数分。行列がある場合、この数分の積み重ねが回転率を大きく左右する。事前に食券を買ってもらい注文が確定していれば、着席する前から調理を開始でき、提供も格段に早くなる。</p>

<p>さらに意外な盲点として、注文の聞き間違いや客側の注文忘れといったトラブルも、食券なら解消される。オーダーミスの防止は、単なる心理的ストレスの軽減にとどまらず、オペレーションの遅延防止に直結する。店主いわく、「客が券売機でどのボタンを押すかを見て、食券が渡される前に作業に入ることもある」というほど、細部の工夫が積み重なることで、自然と回転が上がるのだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「回転重視」から脱却している店の戦略</h2>

<p>では「回転重視」から脱却できている店は、どのように成立しているのか。近年の動きとして挙げられるのが、予約制や記帳制の導入、そして売価を上げるという戦略である。客数あたりの収益を押し上げることで、回転への依存度を下げ、ゆとりある導線を確保しているのだ。</p>

<p>しかし、この方式は立地・ブランド力・価格帯など、いくつもの条件が揃って初めて成り立つ。すべての店が同じ方法を採れるわけではない。回転を気にしなくていい店と回転を気にせざるを得ない店を同列に論じても意味がないのだ。</p>

<p>結局のところ、ラーメン店が回転から脱却できるかどうかは、単純な二項対立では語れない問題だ。行列店は回転が必要。しかし多くの店は、回転以前に集客の課題がある。そして、回転を無理に上げなくても、日々の工夫によって自然と効率化は実現できる。</p>

<p>人口減少や客層の多様化が進む中、ラーメン店が生き残るために求められるのは、画一的な「回転命」モデルから距離をおき、店の規模・立地・ブランドに合わせた柔軟なオペレーションを設計することである。行列店の特殊な事情が業界の常識として語られてしまう風潮こそ、いま見直すべき時期に来ているのではないだろうか。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_ramen.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 08 Apr 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[井手隊長（ラーメンライター）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「不満を感じやすい人・気にしない人」の違いとは？ 仏教の教えからわかること  大愚元勝（住職・慈光グループ会長）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14075</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014075</guid>
			<description><![CDATA[不満や怒りの根本にあるのは、自分の「思い込み」への執着かもしれません。ブッダが説く「三毒」の視点から、心が満たされない本当の理由を探ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="不満を感じやすい人" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_woman_sea.jpg" width="1200" /></p>

<p>人間関係や日常のあらゆる場面に不満を抱え、いつも心が満たされない....そんな感覚を持つ人がいる一方で、同じような状況でもさほど気にしない人もいます。この差は、いったいどこから生まれるのでしょうか。</p>

<p>約2500年前、ブッダはその答えを「三毒」という概念に凝縮しました。「貪（とん）」「瞋（じん）」「痴（ち）」――欲・怒り・無知という3つの毒は、人の心身を蝕み、人生そのものを狂わせると説かれています。</p>

<p>僧侶の大愚元勝さんによれば、他者への不満の正体は「貪」、すなわち「こうあるべき」という思い込みへの執着。そして、その思いどおりにならない現実が「瞋」の怒りへと変わっていくといいます。</p>

<p>あなたの心を縛る不満は、実は自分自身がつくり出した&quot;妄想&quot;かもしれません。書籍『その悩み、ほとんどあなたの妄想かもよ？』から、その深層に迫ります。</p>

<p>※本稿は、大愚元勝著『その悩み、ほとんどあなたの妄想かもよ？』（アスコム）より内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>その不満は誰に向けられたものなのか</h2>

<p>今の自分が置かれている状況に納得できない。<br />
つねに物足りなさを感じながら生きている。</p>

<p>こういった「不満」を抱えながら毎日を過ごしている方は、多いのではないでしょうか。</p>

<p>自分自身の能力が不足している、望ましい環境が整っていないなど、そこにはさまざまな原因があるでしょう。しかしいずれにしても、心の中にモヤモヤした不満を持ちながら生きるのは、しんどいものです。</p>

<p>不満は、内的要因であれ、外的要因であれ、いずれにしても自分の望みがかなえられていないときに生じてくる感情です。</p>

<p>この感情に対処する際に、まず考えていただきたいのは、「不満の対象は誰か?」ということです。</p>

<p>自分に不満があるのか?<br />
他人に不満があるのか?</p>

<p>これは不満という感情の取り扱い方を考えるうえでも、大きなポイントになります。</p>

<p>まず、自分に対する不満。</p>

<p>「まだこれだけしか給料がもらえていない」<br />
「本当はもっと違う仕事がしたい」<br />
「やりたいことがたくさんあるのに時間が足りない」</p>

<p>あくまでも自分の現状に対して、その自分自身が満足していないという不満です。</p>

<p>こういった自分に対する不満は、悪いものではありません。</p>

<p>なぜなら、いずれも自分のモチベーションや向上心につながる不満であり、これから成長していくうえでも糧となり得る感情だからです。</p>

<p>しかし、他人に対する不満は、そうはなりません。</p>

<p>「あの人のこういうところが気に入らない」<br />
「部下（あるいは家族など）が自分の思いどおりに動いてくれなくてイライラする」<br />
「会社が給料を全然上げてくれない」</p>

<p>こういった不満は、友人、家族、恋人、子ども、上司や部下、同僚など自分以外の他人に対して感じているものですよね。</p>

<p>しかし、はっきりいってしまえば、他人に対する不満は、持ち続けていてもなにもいいことはありません。</p>

<p>相手に対して不満を感じたところで、あなたが成長することはいっさいなく、ストレスにしかならない無駄な感情ということです。</p>

<p>この感情の裏には、「もっと〇〇をしてほしい」「なんで〇〇してくれないの?」などといった思いが隠れています。最も大切に扱われるべき「私」が尊重されず、「どうして私ばっかりこんな思いをしなければいけないのか!」という怒りを感じてしまっているわけです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「おいしくない食事」を食べ続けていないか</h2>

<p>先ほども述べたように、他人への不平不満を持ち続けることは、あなた自身のストレスにしかなりません。また、「あなたが不満を持っていること」を相手が知らなければ、ただ自分のなかで悶々としているだけなので、相手にとってはまったく関係のないことです。</p>

<p>「今の職場、上司が全然使えなくてありえない!」「うちの夫は（妻は）家事も育児もなにもやってくれない」「〇〇さんは、いつも自慢話ばかりで鼻につく」などと、つねに他人への不満ばかり言っている人は、いわば「おいしくないとわかっている食事をずっと食べ続けている」ようなものなのです。</p>

<p>本気で今の状況をなんとかしたいと願っているのであれば、不満に思っていることを相手にはっきりと伝えて改善できるようにしていくか、「おいしくない食事」から離れる、捨てる、あるいはあなた自身が割り切ることでしか変えることはできません。</p>

<p>また、多くの方が実感されていることだと思いますが、他人を変えるのは非常に難しいことです。</p>

<p>使えない上司、頼りにならない夫や妻、感じの悪い友達にあなたの正直な気持ちを伝えるのは悪いことではありませんが、それによって劇的にあなたへの対応が良くなるということは、なかなかないでしょう。</p>

<p>お互いに「我」があるので、あなたが「こうしてほしい」と思っていても、相手には相手の「こうあるべき」があるわけです。改善が見込めないことに対して、あなたの大切な時間を費やしたり、心を消耗したりしてしまうのは、非常にもったいないことです。</p>

<p>不満の内容が軽いグチ程度であれば、人に話すことで発散できたり、気持ちを共有し合うことで仲間同士の絆を深めることにつなげられたりしますが、強い不満はストレスとなり心身を蝕んでしまいます。「どうにもならないこと」に心を消費してしまわないよう、離れる、捨てる、時には割り切るという判断をしていくことも大切だと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「自分は正しく、相手が間違っている」が苦しみのもと</h2>

<p>他人や周りの環境に対して不満を感じやすい人と、あまり感じない人がいます。</p>

<p>その違いはどこにあるのでしょうか。</p>

<p>これは「我」が強いことに原因があります。現代風の言葉であれば&quot;エゴが強い&quot;ともいえるでしょう。あらゆることにおいて「私は悪くない! あいつが悪い!」と考えてしまう。つねに「自分は正しい」と思ってしまっている状態です。</p>

<p>この世で最も大切にされるべき「私」が不利益を被っている......。</p>

<p>その現実を受け入れることができない苦しみですよね。</p>

<p>「私の常識からすると、あなたは道理を外れていて間違っている」</p>

<p>こういった思考に陥ってしまう人は、自分に対しての「貪（欲）」が強すぎるといえるでしょう。一生満たされることのない欲に毒されている状態なのです。</p>

<p>自分は絶対に悪くないわけで、一方的に被害を受けたと感じてしまう。しかし、「悪いのは全部○○だ!」と言ったところで、それは責任転嫁にすぎなかったりします。</p>

<p>仏教には「知足」を大事にする教えがあります。</p>

<p>&quot;足&quot;ることを&quot;知&quot;る―自らの分をわきまえて、必要以上に求めないということです。</p>

<p>不満は「我」という人間の基本的な欲求を刺激する感情なので、他人や周りに対して不満がありすぎる人の心は、ずっと苦しい状態のままになってしまいます。</p>

<p>とらえ方の問題になるのかもしれませんが、自分は絶対に悪くないと思い込んでいるからこそ不満がどんどん増えていくともいえるでしょう。</p>

<p>先ほどの「まだこれだけしか給料がもらえていない」と「会社が給料を全然上げてくれない」は似ているようで違います。</p>

<p>「なぜ給料が安いのか?」という不満に対して、前者は自分の能力が足りていないのかもしれないと真摯に向き合っていますが、後者は自分の能力に原因があるとは1ミリも思っていません。</p>

<p>「自分は高い給料をもらえて当然の存在だ」</p>

<p>その勘違いに気づいていない。すなわち、無知であるということですね。</p>

<p>もちろん、能力があり一生懸命に努力しているにもかかわらず、あえて安い給料で働かせているというブラック企業の場合はこの限りではありませんが、まずは「自分は本当に給料に見合う仕事ができているか?」ということを客観的に見つめ、自省することが大切だと思います。</p>

<p>業績不振により、「会社をリストラされた」という話は昨今よく聞かれます。「なんで私がリストラされなければいけないんだ?」と会社に対して強い不満や憤りを感じてしまう方が多いかもしれませんが、正確にいえば「会社があなたをリストラした」のです。</p>

<p>会社をクビになったあなたと、あなたをクビにした会社。本当の意味で不利益を被っていたのは果たしてどちらなのか? あなたが会社にとって本当に必要な人材であれば、リストラなどされなかったかもしれません。</p>

<p>厳しい言葉になるかもしれませんが、自分に対する自分の評価と、自分に対する会社の評価が、まったく違うことに気づいていなかった......その可能性も否定できません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「他人の心」はどうにもできない</h2>

<p>他人への不満＝満たされない欲求は、「こうあるべき」という自分の思い込みに縛られた「貪」の状態。そして、その自分の思いどおりにならない腹立たしさが「瞋」の怒りへとつながるのです。</p>

<p>先ほどもお話ししたとおり、「自分から見えている自分」と「他人から見えている自分」のズレが、満たされない欲求を生み出してしまっています。</p>

<p>「あなたが自分をどう思っているか」ではなく、「他人があなたをどう思っているか」を知らなければ、この差を埋めることはできません。</p>

<p>自分自身が無知であるがゆえに、自分にとっても残念な結果を生んでしまうのです。本気で解決したいのであれば、誰に対する不満なのかを改めてしっかりと考えなければいけません。それが自分に対する不満であれば、向上心となって高みを目指していくことに利用しましょう。</p>

<p>しかし、それが他人に対するものであったとしたら、自分の「我」に端を発した不満でしかありませんので、捨てる、対象から離れる、割り切るなどの判断をしていきましょう。</p>

<p>自分のことは自分で努力できますが、他人のことは自分には努力できませんので、「どうしよう?」と考えたところで仕方がないですよね。</p>

<p>どうにもならないことに不満を漏らす。</p>

<p>その労力のほうがもったいないと考えて、あなたの心が楽になるように導いてあげましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 07 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大愚元勝（住職・慈光グループ会長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ鉄道会社がダンス？西武鉄道「エミダン！！」第2弾　プロのレッスンで高校生50名が沿線アンバサダーに  PHPオンライン編集部&lt;PR&gt;</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14066</link>
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			<description><![CDATA[西武鉄道の地域活性化プロジェクト「エミダン！！」第2弾をレポート 。プロの指導を受けた沿線11校の高校生がアンバサダーとなり、所沢でダンスを披露 。鉄道会社がダンスで笑顔を届ける理由に迫ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="「エミダン！！season2」の高校生たち" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260331emidan3.jpg" width="1200" /><br />
指で西武鉄道のシンボルマークを表現</p>

<p>東京の北西部から埼玉にかけて路線を展開する西武鉄道は、鉄道事業だけでなく、地域の活性化にも積極的に取り組んでいます。昨年からは、ダンスで沿線を盛り上げるプロジェクト「エミダン！！～西武線沿線を彩るダンスプロジェクト～」を実施。2026年3月、所沢でお披露目イベントが開催され、沿線11校から集まった高校生が圧巻のパフォーマンスを披露しました。ダンスで地域を活性化とは&hellip;？熱気あふれるイベントの模様と、プロジェクトに込められた想いをレポートします。<br />
（取材・文：ＰＨＰオンライン／次重浩子）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>今年のテーマは「お祭り」</h2>

<p><img alt="「エミダン！！season２」イベントにて円陣を組むメンバー" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260331emidan1.jpg" width="1200" />円陣を組む「エミダン！！」メンバー</p>

<p>イベントが行なわれたのは、2026年3月20日（金・祝）、場所は複合商業施設エミテラス所沢のイベントスペースです。このプロジェクトについて、西武鉄道株式会社の貝田雅尭さん、入口愛梨奈さんにお話をお伺いしました。</p>

<p>――そもそも「エミダン！！」は何の略なんでしょうか？<br />
貝田さん：「我々西武グループのスローガンが『でかける人を、ほほえむ人へ。』でして、その『笑み』に『ダンス』を足して短くしたのが『エミダン！！』です。2024年12月にプロジェクトがスタートし、今年は2年目の『season２』となります。西武線沿線を中心とした高校にお声がけさせていただき、11校・50名の高校生が参加してくださっています」</p>

<p>――地域活性化にダンス、というのはあまり聞かない気がするのですが。<br />
貝田さん：「中学校の体育でダンスが必修になっていることもあり、高校にダンス部が創設されるなど、ダンス人口が増えていることに着目しました。たとえばサッカーやバスケットなど、スポーツ大会を開催するのも有意義だと思いますが、出場できる人数は限られています。それに対してダンスには人数の制限がなく、しかもみんなが主役になれる。イベントを開催すれば、ご家族や友達が見に来てくれて、人の輪ができやすいと考えました」</p>

<p>――「エミダン！！」プロジェクトでは、参加している高校生全員で一つのダンス作品を作り上げるんですね。<br />
入口さん：「今年はオリジナル楽曲『ViViVi（ビビビ）』が本プロジェクトのために制作されました。振付とダンス指導は昨年に続いて、プロダンスリーグD.LEAGUEのCHANGE RAPTURES（チェンジラプチャーズ）&nbsp;に所属するTANUKI選手にお願いさせていただいています。今年のテーマは『お祭り』なんです。懐かしさを感じられて、子供から大人までが親しめる雰囲気もありつつ、高校生が楽しんで踊れるようにとミーティングを重ね、流行のモチーフも取り入れた素敵な作品に仕上げてくださっています」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>気持ちを合わせて、心から楽しんで</h2>

<p><img alt="「エミダン！！season２」息の合ったパフォーマンス" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260331emidan2.jpg" width="1200" /><br />
息の合ったパフォーマンス</p>

<p>小さいお子さんを連れたご家族、高校生グループ、買い物途中の方など、大勢の観客が見守る中でイベントがスタート。舞台上には背中に「祭」と書かれた揃いの法被を着た高校生が登場し、軽快な音楽に合わせて、フォーメーションを複雑に変えながらスピード感のあるダンスが繰り広げられます。</p>

<p>このお披露目イベントに参加しているのはフルメンバーではなく42名とのことですが、迫力満点。躍動感と熱気がすごいです。盆踊りを思わせる円形の動きがあったり、組体操で櫓を表現したり、「祭り」の要素が取り入れられ、誰もが見ていてわくわくするパフォーマンスとなっています。</p>

<p>イベント後、初めて「エミダン！！」に参加したという高校生にお話を伺うことができました。</p>

<p>「学校の先生に勧められて友達と一緒に参加することにしたんですが、他校の子たちともたくさん仲良くなれました。練習では新しいダンスも覚えられてすごく楽しかったです」（鷺宮高校・藤山るなさん）</p>

<p>「先輩たちが去年から参加していたことと、TANUKIさんが僕の学校の卒業生ということもあって、いい機会だからと思い参加しました。TANUKIさんからは、『ダンスのレベルを上げるよりも、みんなで楽しむことのほうが大事』という言葉をいただいて、発表ではダンスを心から楽しんで踊れたと思うし、みんなで気持ちを合わせて、会場を盛り上げることができたと思います」（所沢高校・峰岸要さん）</p>

<p>「ダンスがすごく好きで、TANUKIさんに指導していただけると聞いて参加させてもらいました。普段踊っているダンスとは違うので『難しいな』と悩んだこともあったんですけど、他のメンバーがすごく優しく教えてくれたので、練習の時間もいい思い出として心に残っています。私は一人で参加しているんですが、私が参加しているのを見て、来年は『参加したい』って言ってくれる子がいたらいいなって思います」（府中高校・勝沢萌衣さん）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>メンバーの一人ひとりがアンバサダー</h2>

<p><img alt="「エミダン！！season２」イベントの様子" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260331emidan4.jpg" width="1200" /></p>

<p>振付とダンス指導を担当するCHANGE RAPTURESのTANUKIさんは所沢出身・所沢高校の卒業生で、昨年に続いて2年目の参加となります。高校もダンスのレベルも違う子たちを指導するのは難しかったのではないでしょうか。</p>

<p>TANUKIさん：「たしかにダンス経験はまちまちですが、みんなやる気のある子たちでテキパキ動いてくれたので、進行しやすかったです。普段高校生と関わる機会があまりないので、『テスト大丈夫？』とかいろいろな話をして、ダンサーとしてだけでなく、プラスアルファの部分も含めてみんなと関わっていけたら、と思いながら参加させてもらいました。<br />
みんな本当に熱心だし、自分が高校生の時よりもすごくうまい。今後の活躍が楽しみだなって思いますね」</p>

<p>「エミダン！！」は今回のお披露目イベントを皮切りに、ミュージックビデオの制作、各種イベントでのダンス披露など、地域の人々へ笑顔を届ける活動を継続していく予定だそうだ。貝田さん曰く「メンバーの一人ひとりが沿線のアンバサダー」とのこと。キラキラした瞳の若きアンバサダーたちを目にすることがあったら、ぜひ応援してあげてほしい。</p>

<p><img alt="主催者よりダンサーTAKAHIROさんの書籍をプレゼント" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260331emidan5.jpg" width="1200" />世界的ダンサーTAKAHIROさんのエッセイ『「私なんて」と考えてしまうあなたも、絶対に前向きになれる40の言葉』が贈呈され、笑顔を見せる「エミダン！！」メンバー</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260331emidan3.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 07 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部&lt;PR&gt;]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>豪華な料理より「精神性」　訪日客が日本の旅館に求めている、言葉を超えた“一期一会”  鈴木良成（株式会社ホテルはまのゆ代表取締役）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13962</link>
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			<description><![CDATA[旅館「浜の湯」の代表取締役である鈴木良成さんに、言葉を超えて訪日客の心を掴むおもてなしの本質について語っていただいた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="鈴木良成" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2024/2024A/240731suzukiyoshinari.jpg" width="1200" /></p>

<p>旅館「浜の湯」の代表取締役社長を務める鈴木良成さん。観光の主役が「モノ」から「体験」へと変化する中、鈴木さんは本物の日本文化を伝える場として、茶室「ZEN」を新設されました。バブル期の遺物と化した「形だけの文化」を排し、人間国宝の道具や立礼式を取り入れ、一期一会の精神を体現されています。</p>

<p>本稿では、言葉を超えて訪日客の心を掴むおもてなしの本質について語っていただきました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>なぜ今、日本文化が求められるのか？</h2>

<p>かつての観光は、豪華な建物や贅沢な料理といった「モノ」の消費が中心でした。</p>

<p>しかし今、訪日外国人客が日本に求めているのは、目に見える豪華さよりも、その背景にある日本の精神性や美学に触れる「体験」へと明確にシフトしています。</p>

<p>そんな中、私は、自身の経営する旅館&ldquo;浜の湯&rdquo;でも訪日外国人に日本文化を体験してもらえるような場所を造りたいと考えました。</p>

<p>そうして誕生したのが、外国の方でもより茶道を簡単に楽しむことができる茶室「ZEN」です。</p>

<p>この茶室「ZEN」を構想した根底には、旅館こそが日本文化の正統な伝承者であるべきだという危機感に近い信念もありました。</p>

<p>バブル期、多くの宿に形ばかりの茶室が作られましたが、その多くは今や物置と化して使用されていません。</p>

<p>私はそうした「形だけの文化」ではなく、対価をいただくに相応しい、研ぎ澄まされた「本物の茶室」を体験してもらいたいと考えました。</p>

<p>この茶室を、あえてお客様が必ず通るエレベーターホールのすぐ横に、ガラス張りの開放的な設計で配置したのも、文化を特別な誰かのためのものではなく、日常の延長線上で「魅せる」ためです。</p>

<p>こうした開放的な設計を採用したのは、この茶室を敷居が高い存在としてではなく、国内外のお客様問わず、より身近に日常風景として感じていただくためです。</p>

<p>そして、実際に運用を始めて気づかされたのは、日本のお客様の反応でした。</p>

<p>この茶室は想像よりもずっと国内のお客様に評判で、現在では茶室の利用者の半数以上が日本のお客様です。</p>

<p>日本文化をより身近に、そして静寂に浸る時間を、想像以上に多くの日本人のお客様も求めていたのです。</p>

<p>忙しない日常の中で、五感を研ぎ澄ます「体験」は、今や最大の贅沢となりつつあります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>訪日客に感心される日本の伝統文化――「総合芸術」としての茶の湯</h2>

<p>茶道は単に抹茶を飲む作法ではありません。</p>

<p>それは建築、美術、工芸、そして相手を慮る精神が融合した「総合芸術」です。<br />
茶室を運営する中で、亭主（お茶を点てる者）から受ける報告には、経営者としても多くの学びや気づきが含まれていました。</p>

<p>私たちは、茶道具一つにしても一切の妥協を怠りません。</p>

<p>釜は人間国宝の手によるもの、茶碗は裏千家御用達の名工や歴代の作家による名品を揃えています。</p>

<p>驚くべきは、こうした「本物の道具」が放つ力が、言葉を超えてお客様に伝わる点です。誕生日や結婚記念日といった節目のお客様には、夫婦円満を象徴する「貝合わせ」の模様や、長寿を祝う「鶴亀松」の茶碗を選んでお出しします。</p>

<p>こうした設え（しつらえ）の背景を丁寧に伝えると、文化背景の異なる訪日客であっても、その「心遣い」に深く感銘を受け、場に心地よい緊張感と安らぎが生まれます。</p>

<p>実際に、亭主からは中国からの訪日外国人観光客の方で、中国のお茶に詳しいお客様が日本と中国の茶道の違いや日本の茶室の在り方について感動されていたとのお話も伺っています。</p>

<p>亭主自身も、お客様にかしこまって茶室体験を受けていただくというよりもリラックスして体験していただけるように、親しみやすく話すことや会話に緩急をつけて話すことを意識しています。</p>

<p>こうした伝統文化を通しての交流や、茶室という場での居心地の良さを体験してもらうことこそがおもてなしになるのではないかと亭主も私も考えます。</p>

<p>また、訪日外国人観光客の方々は正座というスタイルに慣れていません。</p>

<p>そのため、正座による身体的な負担を避け、椅子に座る「立礼式」を採用したことも大きな鍵でした。<br />
これにより、身体の痛みを気にすることなく、亭主の所作の美しさや、空間に満ちるお香の香り、釜の煮える音に集中し、日本文化の品格に没入できる環境が整ったのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>文化的体験がもたらす価値――「一期一会」という経営資源</h2>

<p>また、茶室「ZEN」での体験は各回約25分間となっています。</p>

<p>そして、多くのお客様が宿に到着されたばかりのチェックイン頃の時間帯、もしくはチェックアウト直前での時間帯で茶室体験を希望されます。</p>

<p>そのため、茶室での体験は、宿泊客にとって旅の「第一印象」を決定づけ、あるいは「最後を締めくくる記憶」となります。</p>

<p>この短い時間の中でも、お客様が亭主に対して「先生」と敬意を込めて呼んでくださるような、深い信頼関係が築かれることがあります。</p>

<p>これは、旅館におけるおもてなしが、単なる「マニュアル化された接客」から、プロフェッショナルな知識と技術に基づいた「一期一会の歓待」へと昇華した瞬間です。</p>

<p>私たちが訪日客に真に伝えたいのは、単なる作法の知識ではなく、言葉に頼らずとも相手を思いやり、準備を尽くすという、日本のおもてなしの本質なのです。</p>

<p>そして、この茶室という総合芸術の場を通して、より日本の文化に興味を持っていただけたらと感じています。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 07 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[鈴木良成（株式会社ホテルはまのゆ代表取締役）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「はっけよい」は神様につながる言葉　大相撲が今も守る「神事」のルーツ  池田訓之（株式会社和想 代表取締役社長）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14031</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014031</guid>
			<description><![CDATA[古事記の神話に遡る「日本最古のスポーツ」大相撲。武道や神事の精神性、「はっけよい」の語源、階級で厳格に定められた着物文化。和の専門家が解き明かす、伝統のルーツと今なお世界を魅了する真の魅力。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="相撲" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sumo.jpg" width="1200" /></p>

<p>なぜ大相撲は「日本最古のスポーツ」と呼ばれるのでしょうか。</p>

<p>その起源は『古事記』や『日本書紀』に記され、神話の時代にまで遡ります。</p>

<p>いま再び世界が注目する大相撲の&quot;本当の魅力&quot;について、神社・お酒・歌舞伎・相撲など日本文化の様々なルーツがあるとされる山陰地方（鳥取・島根）で呉服店「和想館」を経営。和と着物の専門家である池田訓之氏が解説します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>相撲はいつ生まれたのか？　神話と史書が語る起源</h2>

<p>先日の冬季オリンピックで、日本がスノーボードを中心に過去最多のメダルを獲得すると、外国人記者から、「相撲とスノーボードは日本の国技だ」なんてコメントが飛び出してきました。スノーボードが国技であるかはさておき、相撲が国技である点は、このように世界中が認めるところですね。日本相撲協会のHP上でも「国技である相撲道」と明記されています。</p>

<p>相撲の起源は、今から約1300年前（712年）に編纂された日本最古の史書「古事記」の中に記されています。舞台は実在の歴史以前、いわゆる&quot;神話時代&quot;。天照大神（あまてらすおおみかみ）が出雲の国を納める大国主命(おおくにぬしのみこと)に国を譲るように、建御雷（たけみかづち）を使者として遣わせますが、大国主命はこれを拒み、息子である健御名方神(たけみなかた)と相撲をさせます。建御雷に健御名方神は屈して、大国主命は出雲大社の建立を条件に出雲の国を明け渡したと記されています。</p>

<p>また「日本書紀」にも、垂仁天皇の前で当麻蹴速(たいまのけはや)と野見宿禰(のみのすくね)という二人の力自慢が相撲を披露したとの記録が残っています。これは紀元前23年頃、今から約2000年以上前の話とされています。</p>

<p>このように相撲は最も古い史書に記録があり、その後江戸時代の浮世絵にも相撲観戦シーンが散見できますし、現在も人気のスポーツです。そして昨年は大相撲の全６場所が満員御礼、ロンドン公演もチケット完売と、その人気は国内でも海外でも爆上がりなのです。</p>

<p>なぜ相撲がこんなに人気なのか？相手と組み合って倒すスポーツは、モンゴルのブフ、韓国のシルム、トルコのヤールギュレシなど他国にもありますが、日本の相撲には、武道や神事の側面がある点が異なります。どんどん変わりゆく世界の中で、古来より変わらない日本らしさが、日本人だけでなく世界中の人の目に新鮮に映るからだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大相撲は「武道」である</h2>

<p>垂仁天皇の前で力自慢が相撲をとって以来、武士は心身の鍛錬として、つまり武道として相撲を取り続け、今の大相撲にもその精神が流れています。</p>

<p>力士には厳格な身分制度があり、横綱、大関、関脇、小結、前頭の約42名ほどが、「幕内」力士と呼ばれ、16時過ぎからのテレビ放送に、化粧まわしをつけて土俵入りをし、その後対戦します。その下に十両が存在し(28名)、この十両以上の70名ほどのトップランクが「関取」と呼ばれています。</p>

<p>そして関取の下の力士は、「幕下」と呼ばれます。幕下、三段目、序二段、序ノ口という階級から成り、なんと500名ほどの力士が関取を夢見て、研鑽の日々を送っているのです。大相撲の取り組みは朝の8時過ぎから始まり、テレビが映しだすのはトップの40人程だけなのです。</p>

<p>大相撲の勝敗を決するのは行司ですが、あの格好は、烏帽子(えぼし)に直垂(ひたたれ)といって、武士の正装になります。行司にも力士と同じく格付けがあり、行事は自分と同じか格下の力士の取り組みしか裁けません。一番格の高い横綱と同位の行司は「立行司」と呼ばれ、直垂に烏帽子という武士の正装に、軍配、足袋、草履、印籠、そして短刀を備えています。「三役格」(大関、関取、小結)、「幕内格」、「十両格」と力士と平行して格付けがあり、「幕下格」以下になると烏帽子と直垂に軍配のみを備えて裸足です。軍配は軍陣を仕切る道具ですし、横綱と立行司が太刀を備えているのも武士の出で立ちになります。</p>

<p>また、勝った後にガッツポーズをしないことにも武道の精神が現れています。茶道、武道、相撲道&hellip;、日本独自の修業法には「道」という文字がつきます。この道は心を研ぐ道であり「禅」という精神修養の道です。「茶禅一如」、「武禅一如」との言葉があるように、「道」は「禅」の修行を伴い、目指すところは、所作を学ぶこと以上に心を研ぐことにあるのです。</p>

<p>相撲の世界では「勝負がついた瞬間、勝者は敗者の胸中を察して過ごすべし」と教えられます。敗者への配慮を忘れて喜びを表すのは心を平静に保てていない現れです。過去に勝ってガッツポーズをした力士が協会から厳重な注意を受けたことが何度かありました。相撲では注意で済んでいますが、剣道では勝利の喜びを表に出すと負けになります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大相撲が今も神事である証拠</h2>

<p>「古事記」で最初に相撲をとったのが、建御雷（たけみかづち）を健御名方神(たけみなかた)という神様であったように、相撲には神事としての流れもあります。日本に古来より流れる和の心とは万物に神様を感じて感謝し調和を重んずる心、相撲にも八百万の神への感謝の気持ちが流れているのです。</p>

<p>垂仁天皇の前での天覧試合は７月７日の七夕に開催されました、それは秋の豊作を祈願する日であります。現在でも、７月７日に「一人相撲」といって、神社で見えない相手である稲の精霊と村人が相撲をとって秋の豊作を祈願する地域があります。</p>

<p>大相撲の取り組み前には水で口をゆすぎ、塩をまいて身を清めて、四股をふんで大地を踏みしめます。また行事の「はっけよい」との掛け声は「八卦」つまり運気がよい、あるいは「初氣よい」つまり神々の祝福が得られているぞという、神様につながる言葉なのです。</p>

<p>勝った力士が懸賞金を頂くときには左右真ん中と三回手刀を切りますが、順に神産巣日神(かみむすびのかみ)、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)という五穀豊穣の守り神への感謝を現しています。</p>

<p>また神社の境内に張られた綱は、神域を示す注連縄（しめなわ）であり、場を清め、結界の役割を果たしています。相撲においても土俵を囲む俵は円形の結界を形づくる象徴であり、横綱も注連縄を模した綱を締めて、場を清めて結界を張りめぐらしています。</p>

<p>そもそも土俵を作る際には「土俵祭り」といって、土俵に穴をあけて、塩、昆布、するめ、勝栗、洗米、かやの実といった縁起物を埋めて、行事が神官の装束を着て、五穀豊穣、安全、国家の安泰、興行の成功祈願をこめた祝詞をあげて初めて、土俵は完成するのです。</p>

<p>さらに、大相撲の土俵の上には大きな屋根が設置されていて、その東西南北の角には、青、白、赤、黒の大きな房が下げられています（厳密には、北東、南西、南東、北西になる）。これは青龍、白虎、朱雀、玄武という四方角の神様を祀っているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>相撲に「着物文化」が色濃く残り続ける理由</h2>

<p>このように、武道と神事の側面を備えた相撲ですが、その「相撲道の伝統と秩序を維持」(日本相撲協会の目的より)していくために、大相撲の力士たちの装いは日本の伝統にならい着物姿と定められています。男性の着物姿の正装といえば、着物の上に羽織と袴姿です。相撲界では関取以上がこの姿に成ります。</p>

<p>関取になって一人前。それまでは相撲部屋の中でも個室は与えられず、独り立ちできていないので、袴の着用や白足袋までの着用は許されていません。入門してから序二段までは、「お仕着せ」と呼ばれる部屋の名前が入った浴衣の着用を強いられます。冬はお仕着せを重ねて着て寒さをしのぎます。三段目以上になると着物と羽織の着用が許されますが袴は履けません。</p>

<p>ちなみに、関取と幕下では着物姿の優劣以外に、月給（月100万以上）がもらえるか場所手当（隔月で7～17万円）のみか、大銀杏という立派な形の髷を結えるか、付き人がつくか、化粧まわしをしめて土俵入りができるか、懸賞金がもらえるか（6万円、幕内以上）、稽古や風呂食事の順番までも異なります。</p>

<p>大相撲ブームは、若者や外国人ファンの増加も一因です。それは大相撲が単なる力比べのスポーツではなく、武道であり神事であり、常時着物を装い、古来から日本に伝わる芸術文化を守り続けているからでしょう。あるいは、相撲中はまわしで、それ以外は着物の帯でぐっと肚を締め丹田に氣を落とし、自我をコントロールする、その凛々しい姿が清々しく映るからではないでしょうか。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sumo.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 06 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[池田訓之（株式会社和想 代表取締役社長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「ただ休んでも疲れは取れない」　アメリカのエリートが休日は趣味に没頭する理由  河原千賀（アメリカ在住ジャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12091</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012091</guid>
			<description><![CDATA[アメリカのビジネスエリートは、なぜ休日にスポーツに熱中するのか? アメリカ在住のジャーナリスト、河原千賀さんが教えてくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="running" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_running.jpg" width="1200" /></p>

<p>膨大なタスクに追われ、毎日クタクタになって帰宅する......そんなビジネスパーソンは多いだろう。変わらない日々を過ごしがちだが、グーグル社員をはじめとするアメリカのビジネスエリートは、休日はダラダラせず「趣味に熱中」するという。それはいったい何故か。ロサンゼルス在住の河原千賀佳氏が解説する。</p>

<p>※本稿は『グーグル社員はなぜ日曜日に山で過ごすのか』（PHPビジネス新書）より抜粋・編集を加えたものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>過酷なトレイルランの末に見えた絶景</h2>

<p>『アラフィフからの自分探しの旅―アメリカ大自然を走る』（つむぎ書房）というタイトルの本を読み、衝撃を受けた。ロサンゼルス在住の著者・出口岳さんは、40代半ばにして、ひょんなことからランニングを始めた。</p>

<p>ロサンゼルスマラソン10年連続完走、スイム・バイク・ラン合計226キロのアイアンマンレース完走、そして100マイル（160キロ）レースのような過酷なトレイルランをしている。</p>

<p>繰り返すが、40代半ばからのスタートだった。</p>

<p>大企業に勤め、2児の父親でもある彼は、どのように家族との時間を大切にしながら、フルタイムで働き、レースの準備をしているのか。そのことに興味を持った</p>

<p>私のインタビューの要請にも気軽に応えてくれた。</p>

<p>日系の大手保険会社に勤務する彼は、火曜と水曜日だけオフィスに出勤。その他の曜日は自宅で働く。トレーニングは、在宅勤務時の平日夕方に10キロくらいを「さっと」走るそうだ。</p>

<p>土曜日は20キロから30キロ走るので、家族との朝食の時間から逆算して、早朝4時に起きる。朝食は家族と必ず一緒に取ることに決めているからだ。</p>

<p>そんなスケジュールなら睡眠時間が気になるところだが、毎日7、8時間しっかり眠るという。「人生で起きられる時間は決まっている」という彼なりの仮説を持っていて、長生きするためにも、睡眠時間は日々しっかり確保する。</p>

<p>では、なぜ走るのか。</p>

<p>出口さんは「理想とする自分に、一歩でも近づくため」と答える。</p>

<p>そんな彼のアイデンティティは、家族を大切にして、探究心を忘れない人間であること。走ることで、50代半ばにして自らの真の姿が見えてきた。</p>

<p>走り続けて得た自信。そして、自らを肯定する力。それは、鏡に映る自分の姿を見れば、一目瞭然だ。</p>

<p>初めてウエットスーツを着てウナギのように見えた過去の姿も、いまではなかなかのものだと満足している。何百時間というトレーニングを積んできた、その努力の積み重ねの成果が目でも確認できる。</p>

<p>当初、大海原で泳ぐのは恐怖だった。エイドステーションの栄養補給が体に合わないこともあった。職場の課題を解決するように、試行錯誤して知恵を積み重ねていった。</p>

<p>こうして身につけた障害を乗り越える知恵は、仕事にも活かせている。取引先を前にしたプレゼンの緊張は、大海原で泳ぐことに比べたら何てことはない、と思えるそうだ。</p>

<p>習慣化すること。6階のオフィスまでは階段を登る。仕事は立ったまま。スナックにはナッツ。仕事を終えて夕方のランニング。考える余地を与えず、&quot;Just do it&quot;。すべて、走ることを始めて得られたスキルだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「自然の中を走ると、仕事の悩みが軽減される」</h2>

<p>もうひとつ、出口さんから聞いた印象的な話がある。</p>

<p>マラソンを続けていると、速く走ることに気を取られて（時計ばかりを見てしまう）、途中の景色が目に入らない。そのことに気づいてからは、森の中や海沿いのロードを選んで走るようになった。</p>

<p>「車に乗っていたら見えない景色に出合えると、仕事やプライベートの悩みが軽減されていく。感性が研ぎ澄まされていくような気分。あまりの美しさに涙を流すこともあった」と言う。ランニングの途中、岩の上で瞑想する日もあるそうだ。自然の中を走るメリットは、ほかにもある。</p>

<p>単純な反復運動をしていると、良いアイデアが浮かんだり、思いつきがあったりする。奥さんの誕生日に花をプレゼントするといった大事な約束を思い出すことも。それらを忘れないように、走りながらスマホに吹き込む。</p>

<p>出口さんにとって、未来は日々の積み重ねの先に存在するものなので、いまが幸せなら10年後も幸せに違いない。</p>

<p>考え過ぎるより、まず行動する。</p>

<p>出口さんにとっての自己実現とは、一つずつ楽しい「いま」を積み上げていくこと。一歩、一歩、着実に前進するマラソンのように。</p>

<p>彼の将来の計画は、奥さんとフランスからスペインに続く800キロの巡礼の道、カミーノ・デ・サンティアゴを歩くことだそうだ。その未来に向けて、今日も走る。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ただ休むだけでは「休息」にならない</h2>

<p>週に40〜60時間もコンピュータやスマホのスクリーンを見つめていれば、心身ともにヘトヘトになってしまう。だからといって、休日にダラダラと過ごした結果、かえって疲れを感じたりしないだろうか。</p>

<p>アメリカでは「ディーププレイ（深い遊び）」が注目されている。本業のほかに没頭できる趣味や活動は「休息」につながるという関連性も明らかになっている。『シリコンバレー式 よい休息』（アレックス・スジョン＝キム・パン著、野中香方子訳、日経BP社）によれば、ディーププレイの特徴には、次の4つが挙げられる。</p>

<p>1. 問題解決に、時間を忘れるほど没頭できる<br />
2. 仕事で使うのと同じようなスキルを、違う分野で使う<br />
3. 仕事以外のことで、仕事で得られるのと同じような報酬がある<br />
4.&nbsp;プレイする人の過去と結びついている（たとえば、子どもの頃習ったバイオリンを大人になってしっかり習い直してみる）</p>

<p>思考停止でスマホの動画を見ているような、受け身の休息とは明らかに違う。スポーツで汗を流したり、楽器を弾くことであったり、どのような趣味であっても、仕事と同じくらいのエネルギーを使って本気で遊べば、しっかり心身を休ませられて仕事にも良い影響を与えるのだ。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 06 Apr 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[河原千賀（アメリカ在住ジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>科学的に実証された「正しい休み方」　脳の疲労を回復させる方法とは?  河原千賀（アメリカ在住ジャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12089</link>
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			<description><![CDATA[脳の疲労を回復させる「正しい休み方」とは？ アメリカ在住のジャーナリスト、河原千賀さんが教えてくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="正しい休み方" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_berandaman.jpg" width="1200" /></p>

<p>膨大なタスクに追われ、毎日クタクタになって帰宅する......そんなビジネスパーソンは多いだろう。変わらない日々を過ごしがちだが、アメリカのビジネスエリートは、「ある工夫」をしながら効果的に休む術を知っている。本稿では、ロサンゼルス在住の河原千賀佳氏が、科学的に証明された「正しい休み方」について紹介する。</p>

<p>※本稿は『グーグル社員はなぜ日曜日に山で過ごすのか』（PHPビジネス新書）より抜粋・編集を加えたものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>リラックスした脳でこそ「ひらめき」が生まれる</h2>

<p>アリゾナ大学における研究で、50デシベル（騒音レベルを測定する単位）が最も生産性の高い音だと発表されている。静か過ぎても、うるさ過ぎても生産性には良くない。</p>

<p>50デシベルは優しく降る雨、小鳥のさえずりと同じだと言う。自然の中では、私たちの脳波はアルファ波になりやすい。</p>

<p>集中するには、まず脳をリラックスさせる必要がある。</p>

<p>せっかく一生懸命勉強したのに試験で緊張して、答えが出てこなかった。それなのに、試験を終えてほっとリラックスした瞬間に、答えを思い出した、という経験はないだろうか。これは、緊張感から解放され、アルファ脳波に切り替わったのが原因だ。</p>

<p>アスリートも極限状態でハイパフォーマンスを発揮するために、脳波を自在にコントロールする訓練を課している。</p>

<p>効率よく仕事を進めたり、プレッシャーの中で能力を発揮したりするうえでも、脳波のコントロールをマスターする習慣が求められるだろう。緊張感を持ちながら集中力も維持させることがハイパフォーマンスの秘訣、とされていたのはひと昔前の考え方なのだ。</p>

<p>あえてリラックスして休むことで、「アハ・モーメント（ひらめきの瞬間）」を誘発するメリットもある。</p>

<p>アハ・モーメントは、ベンチャー界隈では、ユーザーがコンテンツの価値に最初に気づく瞬間としてこの言葉が使われており、馴染みがあるビジネスパーソンもいるだろう。</p>

<p>「視覚の化学的生理学的基礎過程に関する発見」でノーベル生理学・医学賞を受賞したラグナー・グラニト博士は「無意識が働いているあいだは、とにかくリラックスをして休み、その過程を意識で邪魔しないことが大切である」と述べる。</p>

<p>リラックス状態でこそ、無意識が活発に動き「アハ= ひらめき」が生まれるのだ。</p>

<p>「どんな分野でも世界レベルに達するには、1万時間の練習が必要だ」という話は聞いたことがあると思う。ベストセラー『天才! 成功する人々の法則』（原題Outliers、マルコム・グラッドウェル著、勝間和代訳、講談社）で詳しく知られるようになった。</p>

<p>しかし、そこには言及されていない「視点」がある。</p>

<p>「1万時間の練習」からバーンアウト（燃え尽き）せずに、ハイパフォーマンスを続けた人たちの共通点として、約1万2500時間の意識した休憩、そして、約3万時間の睡眠があったという、フロリダ州立大学心理学部のアンダース・エリクソン教授のスタディ「10,000時間ルール」を、アレックス・スジョン＝キム・パンは『シリコンバレー式 よい休息』のなかで指摘している。</p>

<p>自然の中で読書することで、アルファ波が学習能力を高めてくれる。そして、あえてぼんやりとする時間を持つことで、アハ・モーメントが訪れ、行き詰まっていた問題が解決したり、思いがけないアイデアがいきなり浮かんだりするといった効果も期待できそうだ。</p>

<p>アルキメデスはお風呂の中で、ニュートンはリンゴの木の下で、アハ・モーメントが訪れたのも、考え抜いた挙句、あえてリラックスして休む時間の効用のようだ。日本の天才数学者・岡潔もこう語っている。</p>

<p>「発見は、常に問題を考えたあとの、自然の中で自然に起こるのだ」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>休憩時間になったら、あえて「ぼんやり」過ごす</h2>

<p>オフィスでPCや会議の資料に一点集中させて、仕事をしていた。しかし、ある時点から、机周りを整頓しなくては、とか、仕事の後、あの雑誌で見たお店に行ってみよう、とか、たわいないことに気がとられ出す経験は、誰でもあるのではないだろうか。</p>

<p>集中していなくてはいけない、と思っているのに、ついスマホを手にして、SNSをチェックしてしまっている。ハッと気づいて、自己嫌悪に陥ってしまう。しかし、それは仕方がないことらしい。</p>

<p>じつは、ひとつのことに集中した状態は、90分が限界で、それ以上続けても集中力は減ってくる。このことは、ミシガン大学の環境心理学者レイチェル＆スティーブン・カプラン夫妻によって提唱された注意回復理論（ART）で証明されている。</p>

<p>同理論では、減ってしまった「方向性注意」（集中力）を回復させるには、自然の中で過ごすことを推奨する。</p>

<p>自然の中では五感すべてを使用し、注意が分散された状態になる。矛盾するようだが、そんなぼんやりとした状態での注意（「選択性注意」と呼ぶ）が、集中力を取り戻すのに効果的なのだ。自然の風景を眺めていると、日常の煩わしさから解放される。</p>

<p>また、自然の中を歩くとき、自然とマインドフルネスにもなりやすい。</p>

<p>頬に当たる風を意識して感じ、樹木の間に差し込む日光のキラキラとした輝きを見つめ、呼吸をしながら身体の感覚に意識を向けるとき、日常の煩わしいことへの思いや、否定的な自分との会話から解放される。</p>

<p>こうした開放感は、脳が「デフォルトモード・ネットワーク」に切り替わった証拠だ。デフォルトモード・ネットワークは、ワシントン大学の神経学者マーカス・レイクルの論文で知られるようになった。安静時にもかかわらず活動を示す脳領域の存在が複数証明されたのだ。</p>

<p>ぼんやりとした状態でも、仕事や勉強をしているときより、脳は15倍ものエネルギーを使うという説もある。そして、このぼんやりした状態が、仕事や勉強での注意力の減少を回復してくれる。</p>

<p>だからスマホを見て息抜きをしてしまっては、逆に刺激を受けるばかりで脳の疲労は回復しない。休憩時間はあえて、ぼんやりしよう。</p>

<p>その際注意が必要なのは、ぼんやりすると、自己批判やネガティブな考えが次々に浮かんでしまうことだ。</p>

<p>そういうクセを自覚する人は、自然の中でマインドフルネスを実践することで、その傾向を避けることができる。「いま、ここ」に意識を向けて、緑の多い公園の中を10〜15分歩くだけでも、副交感神経が整い集中力を回復できる。机の周りに植物を置くと、注意力は回復する。</p>

<p>外の自然に触れる時間がなければ、せめてオフィスや部屋にいくつかの植物を置いてみよう。ケアレスミスがなくなるかもしれない。会議が始まる5分前に、資料の準備をしているようではダメだ。あえて植物の前でぼんやりと過ごすだけで、その会議は生産性の高いものになるはずだ。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 03 Apr 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[河原千賀（アメリカ在住ジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>親の老いと向き合って初めて分かった...「老後に本当に必要な準備」とは？  工藤広伸（介護作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12083</link>
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			<description><![CDATA[介護作家の工藤広伸さんは、親の介護は&quot;未来の自分が老いた姿&quot;を見ることと同じだと気付いたといいます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="老いた親の様子に「アレ？」と思ったら" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_lifestage.jpg" width="1200" /></p>

<p>12年以上、親の介護を続ける工藤広伸さん。介護を通して、老いていく親の姿を間近で見ていると、日々の生活がいかに変化していくかを実感したといいます。</p>

<p>工藤さんの著書『老いた親の様子に「アレ？」と思ったら』より、介護から得た学びについて話した一節をご紹介します。</p>

<p>※本稿は、工藤広伸著『老いた親の様子に「アレ？」と思ったら』（PHP研究所）を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>親の老いを通して自分の老後を予習する</h2>

<p>【K】結局、親が倒れてからではなく、元気なうちから親の老いについて考えるって、どういうことだと思いますか？</p>

<p>【くどひろ】老いていく親に、自分の未来を重ねることだと思います。親の老いを通して、自分がこれからどうなっていくかの予習ができるんです。</p>

<p>【K】自分の老後の予習ですか？</p>

<p>【くどひろ】はい。母の老いていく姿を間近で12年以上も見ていると、毎日いろいろな発見があります。それって、介護を経験する前の自分にはなかった発想だなと。</p>

<p>【K】たとえば、どんなことですか？</p>

<p>【くどひろ】母は足が不自由なので、いっしょに外出するとき、わたしは母と腕を組んで歩いています。当然、母にスピードを合わせないといけないので、ゆっくり、ゆっくり歩くしかありません。しかも、歩ける距離が限られているので、わたしの足なら５分で行ける歯医者に、わざわざタクシーで通院しているんです。</p>

<p>【K】それは大変ですね......。</p>

<p>【くどひろ】はい。タクシーを呼ぶ手間もかかるし、車が来るのを待つ必要もある。わたし１人なら歩いてたったの5分でお金もかからないのに、母といっしょだと20分もかかるうえに、毎回1200円もかかってしまうんです。</p>

<p>【K】わたしなら、イライラしてしまいそうです......。</p>

<p>【くどひろ】ですよね。でも、あるとき、ふと思ったんです。ささいな行動の1つひとつに時間と労力、お金がかかる母の姿は、30年後の自分の姿なんだと。</p>

<p>【K】くどひろさんが、ちょうどお母さんくらいの年齢になったときの......。</p>

<p>【くどひろ】そうです。そう考えると「この経験は無駄じゃないな」と思えたんです。Ｋさんが「親の歩くスピードが遅くなった」と話してくれましたが、わたしは普段から母の歩くスピードを自分の体で実感しているので、80歳になったときの自分の歩く姿をはっきりイメージできます。しかも、自分の親だから、どこか遺伝する部分もあると思っているので、よりリアルに。</p>

<p>【K】まるで、お母さんの老いを追体験している感じですね。</p>

<p>【くどひろ】まさに、そんな感じです。それに母は重度の認知症なので、わたしが代わりに病院の手続きや薬の準備などをやっているんですが、まるで自分の病気や薬の種類が増えているような感覚になります。</p>

<p>【K】病気や薬までリアルに......。</p>

<p>【くどひろ】母自身も若いころのように動けなくなった自分にもどかしさを感じていて、その気持ちがよくわかるので、本当にいい勉強になりますよ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>こうやって人は老いていく</h2>

<p>【くどひろ】ほかにも、家の間取りやつくりにも目が向くようになりました。これも、未来の自分の住まいについての予習になります。住まいの購入を考えている人にとっては大きな判断材料になると思いますよ。</p>

<p>【K】たとえば、階段ののぼりおりとかですか？</p>

<p>【くどひろ】わかりやすいのは、そうですね。だんだん上下の移動が難しくなって2階にあがれなくなり、1階で過ごす時間が長くなっていきます。家の玄関も同じで、大きな段差があると手すりにつかまってあがるしかなくて苦労するんです。</p>

<p>【K】普段、わたしが意識もしないようなことが、歳をとるといちいち壁になって、目の前に立ちふさがるわけですね......。</p>

<p>【くどひろ】はい。それに、苦労するだけでなく、たった数センチの段差が、ときに命とりになることもあります。実際、つまずいて転倒する母の姿を何度も見てきましたから。</p>

<p>【K】段差のない家や平屋がブームになっていると聞きますが、老いた体への負担を減らすことを考えた結果なのかもしれませんね......。</p>

<p>【くどひろ】そうですね。加齢によって身体機能が衰えると、行動範囲もどんどん狭くなっていくんです。そうなると、さらに筋力が衰えて、立ちあがるのが難しくなります。なので、母には小さなお願いをよくしているんです。</p>

<p>【K】小さなお願い？</p>

<p>【くどひろ】はい。たとえば、「タオルたたんで」とか「お皿洗って」とか。少しでも母が動ける機会をつくって、筋力の維持に努めています。何気ない日常生活のすべてが、リハビリになりますからね。</p>

<p>【K】へ〜、そういうものなんですね。</p>

<p>【くどひろ】老いを遅らせるこうした試みも、いつか自分の体が動かなくなったときに役に立つと思っています。親の老いと向き合ううちに、未来の自分に活かせる情報をたくさん収集できるんです。それに、自分の老いを受け入れる準備にもなりますよ。</p>

<p>【K】親の老いではなく、自分の老いを？</p>

<p>【くどひろ】はい。だれしも、自分の老いを受け入れるのって簡単ではないと思うんです。特にビジネスパーソンのみなさんは、アスリートほど明確に衰えやパフォーマンスの低下を感じるわけではないので、余計に自分の老いを把握しづらいんです。</p>

<p>【K】たしかに。わたしも少しずつ老いを感じてはいますが、「まだまだ若い。ちゃんと仕事をこなせているから大丈夫」と思っているところがあります（笑）。</p>

<p>【くどひろ】そうですよね。いつまでも若くいたいという気持ちも大切ですけど、自分の体力や身体機能の低下を少しずつ受け入れることも必要です。じゃないと、運動会で転ぶお父さんみたいになりますから（笑）。</p>

<p>【K】はは（笑）。頭のなかのイメージではめちゃくちゃ速く走れているのに、体のほうがついていかなくて、大けがするやつですね。</p>

<p>【くどひろ】それです（笑）。親を通して老いを疑似体験しておくと、「人は、こうやって老いていくのか」ということが理解できて、自分の老いを客観的に見つめられるようになりますよ。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 03 Apr 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[工藤広伸（介護作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ソフトバンク「本当の一代目は親父」 孫正義が敬愛した父・三憲の豪快な人生  大賀康史（フライヤーCEO）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14056</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014056</guid>
			<description><![CDATA[フライヤーCEOの大賀康史氏が、『一・五代目 孫正義』（井上篤夫著、実業之日本社）を紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="大賀康史" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2022/2022A/220705OogaYasushi03.jpg" width="1200" /></p>

<p>ビジネス書を中心に1冊10分で読める本の要約をお届けしているサービス「flier（フライヤー）」（https://www.flierinc.com/）。こちらで紹介している本の中から、特にワンランク上のビジネスパーソンを目指す方に読んでほしい一冊を、CEOの大賀康史がチョイスします。</p>

<p>今回、紹介するのは『一・五代目 孫正義』（井上篤夫著、実業之日本社）。この本がビジネスパーソンにとってどう重要なのか。何を学ぶべきなのか。詳細に解説する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人はなぜ経営を志すのか</h2>

<p><img alt="『一・五代目 孫正義』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260330Oogayasushi01.jpg" width="1200" /></p>

<p>この本にはソフトバンクグループの創業者の孫正義（そん・まさよし）と、その父親の孫三憲（そん・みつのり）が中心に描かれています。そして、孫正義という創業経営者がどのように育ったのか、どういう価値観を持った経営者なのかについて、背景から理解の深まる一冊です。</p>

<p>孫三憲が創業者として影響を与えていたため、孫正義自身が自分のことを一代目ではなく一・五代目だと話し、本書のタイトルは『一・五代目 孫正義』とされています。</p>

<p>この本には感情が揺さぶられるところが多くありました。私はフライヤーの創業当初に孫正義の弟の泰蔵（たいぞう）さんにお世話になっていたことがあり、少しだけ孫家の教えについて話していただいたことがありました。当時うかがった話は強烈な体験に根差していたことを本書から知りました。</p>

<p>第一のインパクトは巻頭の写真にあります。親子のツーショット、バラック小屋の正義の生家、青年時代の兄正義と弟泰蔵の写真。どれも想像を超える苦労と様々な挑戦の末に今の姿があるということを生き生きと伝えるものです。</p>

<p>そして、全員が強い原体験をもとに志を抱くのではないとしても、深く刻まれた実体験に根差した志には重みと価値があるとも気づかされます。時系列は前後しますが、本書の順番にならい三憲の葬儀から紹介していきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>孫正義による弔辞</h2>

<p>孫三憲はがんとの闘病の末、　2023年11月4日にその豪快な人生の幕を閉じました。その人生がどのようなものであったか、孫正義の弔辞からうかがえることが多くあるので、引用していきます。</p>

<p>その弔辞は嗚咽で声にならないほどだったと本書には描写されています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>「ばあちゃんとじっちゃんと、ゼロからのスタートじゃないもんな、マイナスからのスタートやったもんな」<br />
「朝鮮人!」「朝鮮人ってバカにされても、こんちくしょうと歯を食いしばって頑張った」</p>

<p>「アメリカに行くときに戸籍謄本取りに行ったよ。住所に佐賀県鳥栖市五軒道路無番地って書いてあったもんな。『無番地ってなんや、これ、なして無番地なんや』って聞いたら、『あそこはお前らが生まれた場所』『正義、しょうがないばい。国鉄の土地でね、線路脇に勝手に住み着いた。国鉄の人から出て行けと言われて、一、二日したら、また戻って住み着いた』。逞しかったなあ」</p>

<p>「バラックに豚を飼って...豚の小便、クソにまみれながらも、それでもね...。楽しかったばい。みんなで五軒バラックの跡地を見に行ったら、線路のすぐ脇や...。ガタン、ガタンと電車の音がした...。お父さん、お母さんが、焼酎を作って賑やかだった」</p>

<p>「お父さんと、お父さんの兄弟みんながそれなりに社長になった」</p>

<p>「マイナスからのスタートやったけど、俺、覚えとるよ。お父さんが酒飲んで酔っ払ったら、『正義、正義、俺たちの代は生きていかないかんかった、生きていかないかんから、パチンコやらなんやらしたけど、お前の代はね、そげんことせんでよか、金のための仕事せんでよか、立派な人間になってくれ。金のための人生はいやだ』と何回も何回も言ったよな」</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>印象の強かった箇所を抜粋しましたが、一言一言がすべて故人を表すようで、心に響く言葉が続きますので、ぜひ本文を見ていただきたいところです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>再び日本に住むまで</h2>

<p>日本の敗戦当時、日本国内では朝鮮から渡ってきた在日朝鮮人がおよそ250万人ほどいたといいます。終戦と同時に「日本人ではない者」として差別を受け、特に九州では在日朝鮮人に対する差別が強かったそうです。</p>

<p>孫三憲がまだ子供だったころ、一度一家は韓国に戻ったものの生活が困窮を極めたため、再度日本に戻ろうと密航船に乗りました。</p>

<p>対馬を過ぎ、壱岐のあたりまで来た時、船の底から海水がなだれ込んできたそうです。必死にバケツで汲み出しても到底水の勢いには追い付かず、とうとうエンジンが止まりました。その後も手桶で水を汲み出し続けたがどうにもならず、全員が死ぬ運命だと思われました。</p>

<p>その時、遠くの海にかすかに漁船の灯火を見つけました。必死に叫んで漁船の船長が近づいてくると、密航船を日本に連れて行けないと。万事休すと思われたとき、難破船の奥にいた一人の男が数十万円の札束を見せ、それを全て渡すから助けてくれ、と伝えました。しばらくの沈黙の後、船長は船を曳航し始めました。</p>

<p>いかにぎりぎりの綱渡りで日本に戻ってきたかをもの語り、孫一家の強運を表すエピソードとも言えそうです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>父三憲の言葉</h2>

<p>孫正義の父三憲の言葉のうち、代表的なものをいくつか紹介します。子である泰蔵には、「学校の先生は嘘ばかり言うけんな! 先生の言うことば聞いたらいかんぞ!」と言ったそうです。多くの親が子供に伝える言葉とはおそらく逆で、自分の子供にこのように伝えられる親はなかなかいないのではないでしょうか。人の言うことをうのみにせず、自分の頭で考えて行動しなさい、というよりもインパクトがあるのは間違いなさそうです。</p>

<p>また三憲の最後に遺した言葉は、「虎は死して皮を残す、人は死して名を残す」というものでした。子供たちに対して最後の場面でもなお、高尚な生き方を示したと本書で記されています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>一生を捧げられるものが見つかる</h2>

<p>どのような商売をするにせよ、構造的大局的にそのビジネスモデルをとらえ、頭がちぎれるほど考え、答えを出していく姿勢は親子ともに共通するところです。</p>

<p>そして、孫正義氏は、売上を豆腐のように1丁2丁（1兆2兆）と数えるような会社にすると言い、それを実現すると時価総額を200兆円にすると言い、その目標に際限がありません。</p>

<p>ほとんどの経営者はどこかに一定の目標があって、それを実現すると個人の趣味、教育、社会貢献などに力を注いでいきます。しかし孫正義氏は違います。その際限のない欲求こそが、経営者としての圧倒的な強みとなっているようにも思えるのです。ここまでくると、おそらく個人の欲求ではなく集団や組織としての幸福を追求しているものでもあるようにも感じられます。</p>

<p>その際立った意思の強さがなぜ生じているのか。本書にはその答えが各所にちりばめられているようです。経営を志す人やスケールの大きな経営者と接する人であれば、本書を通読することをお薦めします。今までとは異なる解像度で経営者の内面を見られるようになるはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 02 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大賀康史（フライヤーCEO）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「自分には価値がない」と思う人が体調不良を抱える理由　102歳の医師が授ける“愛を受け取る”処方箋  グラディス・マクギャリー（医師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14002</link>
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			<description><![CDATA[102歳の医師が、自己肯定感の低さと身体の不調の関係を解き明かします。幼少期の心の傷から「自分は愛される価値がない」と思い込み、不調を抱えた女性を救った、心身を癒やすための「愛を受け取る処方箋」です。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="医師のマクギャリー博士は、愛を受け取れるようになることが大事だと説く" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_hearts.jpg" width="1200" /></p>

<p>幼い頃に愛されなかった、認めてもらえなかったという記憶は、「自分は愛されるに値しない」という思い込みとなり、心や身体の健康に影響することがあります。<br />
本稿は、102歳まで医師として活躍したグラディス・マクギャリーの著書『102歳の医師が教える 健康と幸せを保つ6つの秘訣』から、自己評価と健康の関係について語る一節を紹介。愛を受けいれ、幸せを選び取るための道筋を示します。</p>

<p>※本稿は、グラディス・マクギャリー著『102歳の医師が教える 健康と幸せを保つ6つの秘訣』(&amp;books/辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「あなたはかわいくなかった」家族の&quot;ジョーク&quot;に心を削られた日々</h2>

<p>自分は愛を受けいれるのに値しないと思うような事態に私たちはよくおちいる。人が去っていく、傷つけられた、あるいは愛情をかけてくれないなど。虐待やネグレクト、無関心といったつらい体験は、私たちがどういう人になるかを形づくることがある。無意識に痕跡が残り、健康や幸せに大きく影響し得る。</p>

<p>過去に傷ついた経験があると、愛を受けいれるのが怖くなることがある。だからこそ、愛に意識を向けなければならない。恐れを乗りこえるのは大変だが、そうすることでもっと多くの愛を受け取れる。</p>

<p>患者のひとり、パメラは自分が愛されるのに値すると、なかなか思えないでいた。60代で私のところに来たときには、身体のあちこちに不調を抱えていた。カウンセリングを通じてわかっていたのは、彼女が自分は愛されるに値すると信じていないことだった。パメラは学校のカウンセラーとして問題を抱えた子どもたちの力になるというすばらしい働きをしているのに、自分の人生に価値を見いだしていなかった。いつでも他の人たちと自分を比べて、劣等感を抱いていたのだ。心の奥深くでは、人生を生きるのにも値しないと思っているのではないかと感じた。</p>

<p>しばらく話し合ったあと、私はパメラに、問題の根本になっていると思うことを話した。「私には、あなたが自分は愛されるのに値すると信じていないように思える」そしてきいた。「そうだとしたら、なぜなのか、思い当たることある？」&nbsp;</p>

<p>パメラは笑った。「その言い方、うちの母親みたい」彼女は言った。その反応には驚いた。いったいお母さんに何を言われていたのだろう。どういう意味か、私は尋ねた。</p>

<p>「私が幼いとき、母は私を愛せなかったんです。かわいくなかったから......。愛したかったけど、あまりに恥ずかしかったんです」彼女は言った。未熟児で生まれたため、かなりやせていたのだという。子どものころ、よく聞かされた話がある。友達が赤ちゃんを見にきたときは、いつもパメラをタオルで包んで、顔だけしか見せなかったというのだ。「そうすれば、やせているのがわからなかったから」と母親は言っていた。2年後、健康な弟が生まれた。パメラが&quot;かわいくない&quot;赤ちゃんで、弟は愛らしい赤ちゃんだったから、母親は弟のほうを贔屓にしていたというのが長年、家族で&quot;ジョーク&quot;として語られてきた。</p>

<p>話しながら、パメラも気がついた。私はとうに気づいていたが、ジョークなどではなかったのだ。母親に繰りかえし聞かされていた話は、彼女を深く傷つけていた。どうして自尊心がこれほど低いのか、傷つくとわかっているのに自分を他人と比べてしまうのかを理解したのだ。私たちはこのセッションを、長い長いハグで終えた。彼女を抱きしめながら、私はパメラがこれまでずっと、当然受けるべきだった愛を、目いっぱい与えようとした。</p>

<p>その後のセッションでは、パメラの身体的な症状ではなく、愛されることに焦点を当てた。まず初めに、パメラは私の愛を受けいれることを学んだ。それから生徒たち、ご両親の愛も......。みんな彼女のことが大好きだった。それからようやく、自分自身を愛しはじめることができるようになった。すると、身体の不調はほぼ消え去った。&nbsp;</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>幼い頃の体験が自己評価をつくる</h2>

<p>パメラは、乳幼児のころから愛を受け取るのに苦労してきた。そんなに早くからと思われるかもしれないが、私たちの自分に対する信念や評価は、もっと早くから形成され得る。私たちは人生のすべての瞬間、愛されるべきなのだと知ってほしい。その思いから、私は自分のキャリアの大半を愛ある出産に注力してきた。&nbsp;</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>魂が収まった人のオーラには、まとまりがある</h2>

<p>1969年、私はイギリスで有名な霊能者の講演を聞きにいった。彼は話しながら、人のまわりに見えるオーラを図で示した。私にはオーラは見えないが、他の人の体験には心を開いて耳を傾けることにしているので、静かに座って聞いていた。彼の描くオーラには、ふたつのタイプがあるのに気づいた。落ち着いていて、頭の上を渦巻いて、下に戻っていくタイプ。もうひとつは、頭の上でからまって塊になっている。私がそのことを尋ねると、生まれたときに魂が&quot;収まった&quot;人たちのオーラは、まとまりがあるのだという。そうではなかった人たちのオーラは、ねじれたり、からまったりするというのだ。</p>

<p>彼の描いたオーラのイメージと、&quot;収まった&quot;という考え方は印象的だった。そこで当時私が推奨していて、その後何十年も続けることになる、愛ある出産と結びつけることにした。私はこれまでに何千人もの赤ちゃんを取りあげてきて、なかには2世代、3世代にわたって出産に立ち会った家族もある。赤ちゃんを両手で受け取るとき、私は愛を持ってその子をこの世に迎えいれ、世界は安全で優しいところで、魂がここに戻ってきたのは神の意志だと伝える。敬虔な気持ちで、その大切な頭を両手で抱く。そして生まれてきてくれたことに感謝する。そのとき、天使の歌声が聞こえると感じる。&nbsp;</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分が生まれた瞬間を想像してみる</h2>

<p>ここでいったん読むのをやめて、自分が生まれた瞬間を想像してみてほしい。無防備かつ完全な存在だった自分を......。初めて小さな目を開いて、世界を見たときの様子も......。&nbsp;<br />
よかったら、天使が歌っているのも想像してみよう。&nbsp;<br />
歌声が大きくなっていくのを聞こう。<br />
幼い自分が黄金の光に包まれて、この世に歓迎された様子を思い描こう。&nbsp;<br />
このささやかなエクササイズをすすめるのは、自己愛にアクセスするには、私たち自身の奇跡を理解するのが大切だからだ。</p>

<p>詳しく見てみよう。あなたは母親のなかで生を受け、この世に誕生した。生物学的な母親と父親のもと、両親のものを受け継ぎつつ独自のDNAを形成して、目的を持ってここにやってきた。あなたの魂の旅は、育ててくれた人、あるいは人たちによって形づくられている。それは両親かもしれないし、どちらか一方、あるいはまったく別の人かもしれない。ここにいるあいだ、あなたは世界を変える。少なくとも小さな変化を起こす。他の人たちとつながり、彼らが人生を形づくるのを助ける。あなたは美を生む。ギフトを与え、経験をわかちあう。どれほど大きくても小さくても、あなたの影響力は、あなた自身には永遠にわからない形で広がっていく。</p>

<p>自分の人生を、なんらかの創造的な力によって意図されたもの、あるいは長くランダムな出来事の結果の産物など、どうとらえようとかまわない。いずれにせよ、奇跡的であることに変わりはない。</p>

<p>人生と調和すると、愛のエネルギーが心に流れこむ。それでも私たちは傷つくことも多い。生まれたときに魂がきちんと収まらなかったのかもしれないし、その後つらい体験をしたのかもしれない。愛から遠ざかるのは、そうした痛みに対する反応だ。でも、痛みは癒やすことができる。そして他の人たちはサポートはできるものの、あなた自身が参加しないことには始まらない。痛みを癒やす、魂を収める、自身の奇跡を感じるのを、あなた自身が選ぶことが大切だ。その選択は、洞窟のなかのマッチの灯だ。自分の価値について嘘を吹きこんでくる不安を克服する始まりであり、あなたを自由にする力を持っている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>愛を取り戻すと、健康と幸せがついてくる</h2>

<p>人から愛を受け取るのは難しく、動物から始めるほうが楽な場合もある。これは、理にかなっていると思う。動物は人と比べて意見してこないので、私たちも心穏やかでいられる。犬や猫、それに馬を通じて愛を受けいれるようになった患者をこれまで何人も見てきた。私自身、多くの犬と暮らしてきて、とくに子どもたちが小さかったころ、その犬たちと触れあったのは大切だったと感じている。動物は無条件の愛を与えてくれ、こちらも愛情を感じやすい。私たちは愛されることができるし、愛することもできると、思いださせてくれる。たとえ私たちが忘れていたとしても......。&nbsp;</p>

<p>愛を受け取れるようになれば、健康と幸せはついてくる。そうすると、自然と会う人みんなに愛を広めていくことになる。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 02 Apr 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[グラディス・マクギャリー（医師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>一流コンサルは商談中に落書き？　ロザン菅×安達裕哉が語る「本音」を引き出す会話術  菅広文（ロザン・お笑い芸人）、安達裕哉（ティネクト株式会社 代表取締役）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13974</link>
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			<description><![CDATA[お笑い芸人のロザン菅氏と多くの企業コンサルを手掛けてきた安達裕哉氏が、会話による信頼構築について対談。菅氏が道案内ロケで駆使した技術とは？安達氏の上司がとった驚きの行動とは？実戦的会話術を披露します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="左：ロザン菅広文さん、右：安達裕哉さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260316RozanSugaAadachi01.jpg" width="1200" />左：ロザン菅広文さん、右：安達裕哉さん</p>

<p>「初対面の相手と話すのが苦手」「通りいっぺんの表面的な会話しかできない」。そんな悩みを抱える人は少なくありません。17年間、番組の企画で8000人以上にも及ぶ人を道案内し続け、『学力よりコミュ力』を著したお笑い芸人のロザン・菅広文さんと、一流コンサルタントとして、クライアントの「本音」を引き出す訓練を積んできた『コミュ力が高い人が話しながら意識していること』の著者・安達裕哉さん。一見、対極にあるように見える「芸人」と「コンサル」の世界ですが、実はその根底には共通するものがあったようです。</p>

<p>構成：次重浩子（PHPオンライン編集部）<br />
写真：中西史也（PHP研究所／ビジネス・教養出版部）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>オープニングで10回ボケても1個しか使われない</h2>

<p>安達：『学力よりコミュ力』には、17年もの間、テレビ番組の企画で見ず知らずの人を道案内してきたと書いていらっしゃいますが、初対面の人とうまく話すコツってあるんですか？<br />
実は私どもは、初対面の人とうまく話すコツって教わらないんです。というのも、基本的に黙る方が推奨されていまして、話すのは8割がお客様で、2割だけ話しなさい、と言われています。</p>

<p>菅：「ロザンの道案内しよ！」っていう、テレビ番組の１コーナーで、道に迷っている人を目的地まで案内する企画があるんですけど、たしかに僕らも、自分たちの話をすることはあまりないです。ロケに協力してくれている方の話を聞くようにしていますね。そこからコミュニケーションを深めていきます。</p>

<p>初対面の人と話すコツについては、実はぶっちゃけて言ってしまうと、最初の頃は、「この人にはもう今後会うこともないだろうし、嫌われても好かれても、僕の人生に1ミリも影響ないし」っていう捉え方をしてました。</p>

<p>それも間違いではないと思うんですけど、だんだん考え方が変わってくるんですよ。<br />
道案内する時間はわずか5分程度ですが、それがいい思い出になってくれたらいいなって思うようになったんです。楽しませてあげたいっていう気持ちが勝ってきた。素直にそう思えるようになってから、番組としてうまく回っていったところはありましたね。相手のことを思う気持ちって、やっぱり大事なのかなとは思います。</p>

<p>安達：本の中では、道案内をする時に3つを基本にして質問をしている、と書かれていましたね。<br />
・どこに行くつもりですか？<br />
・なぜそこに行くのですか？<br />
・行った後は何をしますか？<br />
話の入り口と真ん中と出口を決めて、初対面の方を楽しませているのかなと思ったんですが。</p>

<p>菅：そうですね。それで言うとね、結構若手の子にやりがちなミスがあるんですよ。<br />
ロケに行くじゃないですか。オープニングがあって、現場のロケやって、エンディングがあって、と起承転結みたいな感じで、ある程度分けられるんですけど、若い子ってオープニングでしかボケてないんです。オープニングで10回ボケたところで、その尺は限られているから1個しか使われないです。だから「うわ！たくさんボケたのに、全然使われへんかった！」ってなる。</p>

<p>だから、最初でも真ん中でも最後でもボケるのが大事なんです。道案内でやってることも同じで、最初だけウケても真ん中や最後がおもしろくないと、最終的には「おもしろくなかった」ってことになってしまうから、ボケを分散させるんです。</p>

<p>安達：そういうことなんだ。結構テクニカルなんですね。</p>

<p>菅：そうなんですよ。だからコンサルとはちょっと違うかもしれませんね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ロザンと日帰り温泉に行きたい</h2>

<p><img alt="安達裕哉さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260316RozanSugaAadachi05.jpg" width="1200" />安達裕哉さん</p>

<p>安達：コンサルで大事なのは第一印象で、そのあと変なことをしゃべってボロを出さなければ問題なく進みます。だからあまりしゃべるなと言われるんですけど。</p>

<p>ただ、「こいつすごいな」って思わせる重要な行為がありまして。それは「相手が考えていることを言い当てろ」ってことなんです。たとえば「社長、今売り上げの話をされていらっしゃいますけど、もしかしたら先ほど話されていた営業マンの退職率の方を悩まれている感じがしたんですが、どうでしょうか？」と。そうするとすごく信頼してもらえる。プライベートでも「こういうのを食べたいと思っているのでは？」とか、「こういうところへ行きたいと思っているのでは？」と言い当てると、相手にめちゃくちゃ刺さる。</p>

<p>菅：おもしろい！安達さんからしたら、そういうの結構簡単なんでしょ。</p>

<p>安達：実は、前の日に聞いといた（笑）</p>

<p>菅：でしょう！（笑）僕も道案内している人の職業を当てられるんですよ。たとえば女性を道案内する場合、ロケをだいたい火曜日の午前中にやっているので、まずは「今日はお仕事お休みですか？」って聞くんです。そうすると主婦なのか、働いている人なのかがわかる。働いている人だとわかれば、爪をきれいに切っていたら保育士さんかなとか、きれいにネイルしていたら美容師さんかな、とか。顔つきや見た目である程度わかるようになってくるんですよね。</p>

<p>安達：確かに。上級コンサルタントほど、言い当てが本当にうまいです。お客様が抱えている本当の課題を見つけて解決法を提案できなければ「大丈夫です。社内で対応できますので」と言われてしまって、提案書を書かせてもらえないので。</p>

<p>菅：ちなみにロザンをコンサルするならどうします？</p>

<p>安達：まずですね。一緒に温泉行きたい。</p>

<p>菅：裸の付き合い？本当に普段されているんですか？</p>

<p>安達：やっています。都内の日帰り温泉によく行きます。</p>

<p>菅：何がいいんですか。一緒にお風呂入るって。</p>

<p>安達：「うちの部長、あの時はかっこつけてあんなこと言ってましたけど、実際やってることは別なんですよ」っていうのがすごい出てきます。</p>

<p>菅：おもしろい！やっぱ、裸の付き合いって意味あるんやな。体つきとかも気にされるんですか。コンサルとしたらあんまり筋肉隆々やないほうがええな、ちょっと緩めにしとこうか、とか。安達さんの体が緩めやって言ってるわけじゃないですからね（笑）。そこまで考えるんかなと思って、髪の色とかもあるじゃないですか。</p>

<p>安達：髪の色というよりは「若く見せるな」とはよく言われましたね。若い方って細身のスーツを着たがるんです。かっこいいから。コンサルティング会社とかに入ると「イキってる」感じになっちゃうんですよ（笑）。だから、まずお前はスーツをどうにかしろ、もっと四角いスーツを着ろって言われるわけです。</p>

<p>菅：あー、たしかにコンサルの人って、シュッとしてるイメージありました。でも安達さん、すごい安心感ありますもん。そういう風になっていくんですね。</p>

<p>安達：これは本当に最初の頃に指導されます。コンサルタントはただでさえ敵を作りやすい商売で、でも敵視されてしまったら仕事ができないから、できるだけカッコつけるな、その会社の雰囲気に合わせろと。だから、工場とかにお伺いすると、ラジオ体操は絶対一緒に参加してやります。</p>

<p>菅：結局そこが大事なんですよね。信頼を勝ち得るっていうのが。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>営業中に上司が横で落書きしていた</h2>

<p><img alt="ロザン菅広文さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260316RozanSugaAadachi04.jpg" width="1200" />ロザン菅広文さん</p>

<p>菅：失礼な言い方になっちゃうんですけど、コンサルの受注営業って全戦全勝にはならないですよね。うまくいかない時はどうするんですか。</p>

<p>安達：大体3か月ぐらいの期間で契約をいただけるかどうかが判断されるので、だいたい2週間に1回ぐらいお邪魔して、そこの担当者とどういうやり取りをしたら信用に繋がるか、会社に持ち帰ってみんなで議論します。これ、1人でやってると鬱になっちゃうぐらい辛いんで。</p>

<p>相手の関係者すべてのプロフィールをチームみんなで共有していて、攻略対象の方の役割を演じてもらいながら会話をシミュレーションしてみる。それで「これならうまくいきそうだ」っていうのを次回は試す。</p>

<p>菅：でも、誰が交渉するかで意味合いが違ってくると思うんですけど。僕らの仕事やったら、そのセリフ、菅は言ってもええけど、（ロザンの相方の）宇治原は言ったらあかんやろ、みたいな。</p>

<p>安達：そこがおそらく芸人さんとの大きな違いでしょうね。コンサルは個人のコミュニケーション力に頼りません。誰がやっても通用するものを作ることを考えます。入社1年目でも、初めてのお客様でもできないといけないので、その標準化をするんです。</p>

<p>菅：すごい！</p>

<p>安達：例のひとつとして「会話をかぶせるな」って言われるんです。「これどうなさいますか」ってお客様に回答を求める時があるんですが、そういう時、相手が話し出すまで絶対黙っていなさいと。</p>

<p>菅：でもずっと黙ってるの大変じゃないですか？</p>

<p>安達：ですよね。私も上司が本当にそれをやっているかどうかチラチラ見ながら確かめたことがあります。会社さんにお伺いして、「営業の強化をしましょう」っていうご提案を差し上げたんですが、社長さんはどうしようかなって感じで考えて、ずっと黙っていらした。そしたら、私の隣にいる上司がなにか書き出したんですよね。なに書いてんのかなって思ってちらっと見たら、落書きしてるんですよ。多分、落書きするぐらい暇だったんですが、そんな時もなにもしない。相手が話すのに完全に委ねている。</p>

<p>菅：なるほどね。</p>

<p>もうひとつお聞きしたかったのは、どういう風にコミュニケーションを取ればいいか、戦略が社内に浸透してるじゃないですか。社内の上司を説得する場合はどうされてるんですか。手の内がばれてますよね。会話をかぶせないで結論を委ねられてるな、こいつ落書きしはじめたんちゃうか、とか（笑）</p>

<p>安達：手の内を知っているもの同士では事情が違いまして、よく「結論から言いなさい」って言うじゃないですか。部下がそれに対応して「安達さん、ちょっといいですか。あえて結論から言わないんですけど」っていう前置きをしてくる（笑）</p>

<p>菅：なるほど！基本をわかった上でやってるんですね。</p>

<p>安達：コミュニケーションがいいのか悪いのかよくわからない（笑）</p>

<p>菅：お笑いでいうところの「絶対ボケれるよ」っていうとこでボケない、みたいな感じですよね。ボケへんのかい！みたいな。お笑いとコンサル、違うところもあるし共通するところもあっておもしろいですね。</p>

<p>安達：ほんとうですね。お話していておもしろかったです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260316RozanSugaAadachi01.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 01 Apr 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[菅広文（ロザン・お笑い芸人）、安達裕哉（ティネクト株式会社 代表取締役）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>揚げ寿司にフルーツ寿司まで...驚くほど自由な「世界のSUSHI」  ながさき一生（株式会社さかなプロダクション代表取締役）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13971</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013971</guid>
			<description><![CDATA[寿司といえば「握り寿司」を思い浮かべる人も多いですが、世界には多種多様な寿司があるそう。世界各地の一風変わったSUSHIについて、ながさき一生さんが紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ながさき一生著『寿司ビジネス』" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityLI/pixta_owanOHASHILI.jpg" width="1200" /></p>

<p>寿司といえば、どのような見た目の寿司を思い浮かべるでしょうか？恐らく多くの方は握り寿司または軍艦巻きが頭に浮かぶでしょう。ところが、あまり見かけることのない一風変わった寿司が親しまれている地域や国もあると、東京海洋大学の講師も務めるながさき一生さんは語ります。</p>

<p>本稿では、世界各地の「SUSHI」の楽しみ方や多種多様な寿司について見ていきましょう。</p>

<p>※本稿は、ながさき一生著『寿司ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>世界におけるSUSHIの現在地</h2>

<p>寿司文化への入口としての役割を担ったロール寿司のように、寿司は日本で完成した形のまま広がったのではありません。各地の文化や価値観に合わせて、少しずつ姿を変えながら広がっていきました。</p>

<p>現在、世界で食べられている「SUSHI」は、一つの決まった形を持つ料理ではありません。ある国では高級料理として特別な日に楽しまれ、別の国ではスーパーやフードコートで気軽に買える日常食として親しまれています。同じ「SUSHI」という名前で呼ばれていても、その意味や価値は国や地域によって大きく異なっています。</p>

<p>例えば北米では、寿司はヘルシーでおしゃれな食事というイメージと結びついて広まりました。生魚に抵抗を感じる人も多い中で、アボカドや加熱した具材を使ったロール寿司が受け入れられ、寿司は身近な外国料理として日常の選択肢に加わっていきます。一方で、高級寿司店では、日本の技術や素材、職人の仕事が重視され、寿司は特別な体験として提供されています。同じ寿司でも、場面によって役割が異なっているのです。</p>

<p>ヨーロッパでは、寿司は味だけでなく、見た目の美しさや創造性も重視されています。色使いや盛り付けに工夫を凝らした寿司が多く見られ、現地の美意識と結びつきながら独自の広がりを見せています。寿司は、食べるものとしてだけでなく、楽しむものとして受け取られていると言えるでしょう。</p>

<p>また、アジアや中東の地域では、宗教や食習慣に配慮した寿司が広がっています。豚肉やアルコールを使わない寿司や、現地の香辛料や調味料を取り入れた寿司など、その土地の価値観に合わせた形が選ばれてきました。ここでも、日本の寿司をそのまま再現することよりも、受け入れやすさが大切にされてきたことが分かります。</p>

<p>このように見ていくと、SUSHIは世界各地で、それぞれの暮らしに合わせて形を変えながら広がってきた食文化だと言えるでしょう。日本の寿司がそのまま広がったのではなく、受け取る側の生活や考え方の中で、新しい意味を持つようになっていったのです。</p>

<p>大切なのは、こうした変化を「本物ではない寿司」と否定しないことです。寿司はもともと、日本の中でも時代や環境に応じて姿を変えてきました。その柔軟さがあったからこそ、寿司は世界のさまざまな場所で受け入れられ、身近な食べ物として根づいてきたのです。</p>

<p>現在のSUSHIは、日本の食文化であると同時に、世界各地の暮らしの中に溶け込んだ食文化でもあります。国や地域ごとに違った意味を持ちながら存在していること。それこそが、寿司の現在の姿だと言えるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>伝統的、ワールドワイド、多種多様な寿司</h2>

<p>寿司というと、握り寿司を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし実際には、寿司は時代や地域に応じて姿を大きく変えながら受け継がれてきました。ここでは、日本各地や海外で見られる、少し変わった寿司をいくつか紹介します。</p>

<p>【1】返し寿司(岡山県倉敷市)</p>

<p>倉敷の返し寿司は、見た目だけでは寿司だと分かりません。具材を下に、酢飯を上にして箱に詰め、食べる直前にひっくり返すことで完成します。この寿司が生まれた背景には、江戸時代初期に出された倹約令の存在があります。贅沢が厳しく制限される中で、庶民は派手さを表に出さず、「隠す」工夫から生まれました。見た目は質素でも、ひっくり返した瞬間に華やかさが現れる返し寿司は、そうした時代の知恵の産物と言えるでしょう。</p>

<p>【2】こけら寿司(高知県、和歌山県)</p>

<p>寿司といえば、にぎりや巻き寿司を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、切り分けて食べる寿司として親しまれてきたのが、こけら寿司です。木の薄い板で作られた「こけら箱」に、酢飯と具材を何層にも重ねて詰めるのが特徴で、見た目の華やかさも魅力のひとつです。主に祭りや祝いの場で振る舞われ、大勢で分け合う食べ方が定着してきました。こけら寿司は、寿司が日常の食事だけでなく、人が集まる場を彩る料理として発展してきたことを示しています。</p>

<p>【3】酒ずし(鹿児島県)</p>

<p>寿司といえば酢飯を使うもの、という常識を覆すのが鹿児島の酒ずしです。酒ずしは、炊いた米に日本酒を加え、魚介や野菜とともに仕込み、蒸して仕上げる寿司で、酢の強い酸味はありません。江戸時代の南九州では酢が貴重だった一方、酒造りが盛んだったため、酢の代わりに酒を使う工夫が生まれました。主に祝い事で食べられてきた酒ずしは、寿司が土地の条件に合わせて形を変えてきた食文化であることを分かりやすく示しています。</p>

<p>【4】ホットロール(メキシコ)</p>

<p>メキシコでは、巻き寿司をパン粉をつけて揚げた「揚げ寿司」が一般的に提供されています。チーズやスパイス、フルーツを組み合わせることも多く、現地の揚げ物文化と融合した形です。寿司が冷たいという概念を覆し、日本料理としてではなく、地域の食文化の一部として受け入れられていることがよく分かります。</p>

<p>【5】フルーシ(欧米)</p>

<p>イチゴやマンゴーなどのフルーツを酢飯に乗せて巻いたりなどする創作寿司のことです。スイーツ感覚で食べられることが多く、そのヘルシーさも人気の理由です。生魚が苦手な人向けに開発されたり、リゾットのような現地の米料理から派生したりした背景があり、寿司の多様さを表していると感じられます。</p>

<p>【6】スシピザ・スシタコス(北米・中南米)</p>

<p>シャリを土台にピザのように具材を乗せたスシピザや、トルティーヤに寿司ネタを乗せるスシタコスも登場しています。これらは寿司の要素を残しながら、既存のローカルフードに組み込まれた例です。寿司が「型」に囚われることなく、多様化していくことを表しています。</p>

<p>これらの寿司に共通しているのは、「型」を守ることよりも、その土地で受け入れられる形へと変化してきた点です。寿司は固定された料理ではなく、環境や文化に応じて姿を変える柔軟な食文化なのです。この多様性こそが、寿司が世界中で生き続けてきた理由なのかもしれません。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityLI/pixta_owanOHASHILI.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 01 Apr 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ながさき一生（株式会社さかなプロダクション代表取締役）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ひとり歩きする認知症の親...「鍵をかけて行動制限」はやってはいけないのか？  工藤広伸（介護作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12082</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012082</guid>
			<description><![CDATA[介護の正論と現実に板挟みでつらくならないためには？介護作家の工藤広伸さんが、ご自身の経験を踏まえて語ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="『老いた親の様子に「アレ？」と思ったら』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nintisyou.jpg" width="1200" /></p>

<p>介護をしていると、予想もつかない事態にたびたび遭遇します。介護本に書かれた専門家の意見を厳守しようとすると、現実との板挟みになってしまうと介護作家の工藤広伸（くどひろ）さんは語ります。</p>

<p>世の中にあふれる介護の&quot;正論&quot;との距離間はどうつかめば良いでしょうか? 工藤さんの著書『老いた親の様子に「アレ？」と思ったら』よりご紹介します。</p>

<p>※本稿は、工藤広伸著『老いた親の様子に「アレ？」と思ったら』（PHP研究所）を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ひとり歩き（徘徊）する親に、どう対処する？</h2>

<p>【くどひろ】介護では、たくさんの情報を集めることが大切だとお伝えしましたよね。でも、いざ親に介護が必要になったときに、その情報通りにやっても、うまくいかないことが結構あるんです。</p>

<p>【K】せっかく情報を集めたのに、なんでですか？</p>

<p>【くどひろ】目の前の現実との板ばさみになるからです。ちょっとわかりにくいと思うので、具体例をもとにお話ししていきますね。</p>

<p>【K】お願いします。</p>

<p>【くどひろ】たとえば、少し前に「認知症の人がひとり歩き（徘徊）をして、行方不明者が年間1万9000人をこえて過去最多になった」というニュースがありました。もしも自分の親が行方不明になったとしたら、Ｋさんは、どうしますか？</p>

<p>【K】そりゃ必死になって探しますよ！</p>

<p>【くどひろ】そうですよね。命を落としてほしくないから必死になって探すし、そんなことがまた起こらないように対策もしますよね。</p>

<p>【K】もちろんです。</p>

<p>【くどひろ】そのときに、たとえば、認知症の親が外に出られないように、玄関の内側に鍵をいくつもかけて親の行動を制限する家族もいます。</p>

<p>【K】命にかかわることなので、それも仕方がないと思います。</p>

<p>【くどひろ】でも、専門家のなかには、「鍵をかけて外出を制限することは、認知症の人の不安を強めたり、筋力低下を招いたりする可能性もある」と主張する人もいるんです。</p>

<p>【K】な、なるほど......。</p>

<p>【くどひろ】それは１ミリも否定のしようがない完璧な正論で、鍵をかけた家族は「自分は親にひどいことをしたな」と思ってしまうわけです。</p>

<p>【K】わたしが同じ状況になったとしたら、専門家の意見と目の前の現実のしんどさのあいだで、身動きがとれなくなりそうです......。</p>

<p>【くどひろ】正直、こういう正論と現実の板ばさみになるような情報が多くて、わたしも本当に頭を抱えています。</p>

<p>【K】くどひろさんでさえも......。</p>

<p>【くどひろ】鍵をかけないと、いつまでも介護する家族の不安は解消されません。それに、鍵をかけずに親が行方不明になって命を落とすようなことになれば、それこそ一生後悔します。専門家の主張は正論ではあるんですが、現在進行形で介護をしている人の正解になっているとは限らないんです。</p>

<p>【K】もし、くどひろさんがこの状況になったら、どう対応しますか？</p>

<p>【くどひろ】わたしなら、まずわたしなら、まず鍵をかけます。命より大切なものはないので。ほかに、GPSを使って親のいる場所をいつでも確認できるようにするし、認知症高齢者見守りネットワークにも登録します。あわせて、介護のプロの力を借りながら、親が外出する機会を増やして、筋力が低下しないように対策をします。</p>

<p>【K】どんどん現実的な策が出てきますね。</p>

<p>【くどひろ】「介護には正解がない」って言葉を聞いたことがありますか？</p>

<p>【K】い、いえ......。</p>

<p>【くどひろ】１人ひとり、体の状態や症状、環境などが違っているので、唯一絶対の答えがないってことです。でも、正解がないからといって、そこで考えることをあきらめるのではなく、正論をふまえながら、現実的な正解を見つけるようにしています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>正論だけでは介護はできない</h2>

<p>【K】ほかに、正論だけど正解ではない例ってありますか？</p>

<p>【くどひろ】「地域や社会全体で高齢者を支えよう」という言葉ですね。</p>

<p>【K】よく耳にする言葉のような......。</p>

<p>【くどひろ】そうですね。これも正論なのですが、都市部では近所づきあいがかなり減っているし、地域との関係も希薄化しています。</p>

<p>【K】たしかに、広島の実家は近所づきあいがまだ多少は残っていますが、東京のわたしの家は隣にだれが住んでいるかも知らないです......。</p>

<p>【くどひろ】共感や相互理解で、すべての介護の課題を解決できたら最高なんですけど、地域や社会が変わるのを待っている余裕のない介護者も多くいます。</p>

<p>【K】何十年もかかってしまいますもんね。それじゃあ介護が終わってしまいます......。</p>

<p>【くどひろ】ですよね。さっきから何回も「○○って言葉があるんです」とか「△△って聞いたことがありますか？」とＫさんに問いかけていたのですが気づきました？</p>

<p>【K】い、いえ......。まったく気づかなかったです（汗）。</p>

<p>【くどひろ】実は、それらの言葉って介護の本によく出てくる有名なフレーズなんです。これからＫさんが情報収集していくなかでも必ず目にすると思います。でも、いざわたしが母のことで現実的な介護をせざるをえなくなったとき、「こんなことをしていいのだろうか？」と悩みました。ちゃんと情報収集していたからこそ、介護の正論にふれすぎてしまっていて、新しい不安が増えてしまったんです。</p>

<p>【K】正論と現実の正解のあいだには、やっぱり溝があるんですね......。しかも、くどひろさんは、いろいろ発信活動をされているから、余計に悩みそうです。</p>

<p>【くどひろ】そうなんです。わたしがやっているリアルな介護の姿を発信したら、専門家の意見に反していると思われて、炎上するんじゃないかって何度も思いました。</p>

<p>【K】実際にクレームなどが来たことはあったんですか？</p>

<p>【くどひろ】はい。たとえば、見守りカメラで母を見守ることですかね。「監視だ」とか「プライバシーを侵害している」とか。でも、正論を理解しつつも、現実的な介護をしないと認知症の母の面倒なんてみられないし、「最期まで自宅で暮らしたい」という母の願いも叶えられなくなると腹をくくってからは、葛藤もふくめて、そのままリアルな思いを発信しています。</p>

<p>【K】まさか、ちゃんと情報収集したことで、かえって悩むことになるなんて......。正論との距離感、わたしも気をつけたいと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 31 Mar 2026 17:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[工藤広伸（介護作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>93歳母が最期まで「しあわせ」だった秘密...後に見つけたノートの中身  有川真由美（作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12097</link>
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			<description><![CDATA[作家の有川真由美さんが、毎日取り入れられる「明るい心をつくる習慣」を教えてくれます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="有川真由美" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_note.jpg" width="1200" /></p>

<p>イライラ・モヤモヤして心が落ち着かないとき、ちょっとした習慣を取り入れるだけで気分が上向くかもしれません。作家の有川真由美さんが、実際にやってみて効果を実感した小さな習慣を紹介してくれました。</p>

<p>※本稿は、月刊誌『PHP』2024年7月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>朝の「ささやかな達成感」</h2>

<p>「元気を出そう」「ポジティブになろう」と思っていても、じっとしていては、心はなかなか変わってはくれないものです。</p>

<p>手足を動かし、体を動かしているうちに、「お、なんだか元気になってきた」「だんだん楽しくなってきた」「もっとやれそう」などと思うものではないでしょうか。</p>

<p>私は、無理なくできて、ちょっと気分がよくなる小さな習慣をもつことが、心を整える習慣になると、実感しているのです。</p>

<p>そんな習慣のなかで、いちばん長く続けているのが「朝起きたときにベッドを整える」というもの。シーツの皺をぴんと伸ばし、枕をパンパンと叩いて形を整え、布団をふんわりとかぶせる。たった1、2分のことで、すっきりした気分になります。</p>

<p>きれいに整ったベッドを眺めると「さて、活動を始めましょうかね」と一日のスイッチが入り、つぎの行動への弾みがつきます。</p>

<p>ときには朝起きるのがつらくて、布団をぐちゃぐちゃなままにしたくなる日もあります。しかし、習慣になっていると、やらないとどうも落ち着かない。そんな日こそ、ちゃんとやったことで、「よしよし。よくやった、私」と自分をほめたくなります。</p>

<p>この朝の「ささやかな達成感」が、私の生活を支えてくれているような気がするのです。</p>

<p>あとで知ったことですが、ウィリアム・Ｈ・マクレイヴンという元アメリカ海軍大将も、母校テキサス大学の卒業式で「世界を変えようと思うなら、まずベッドメイクから始めましょう」とスピーチしていたそうです。</p>

<p>「毎朝、ベッドメイクができれば、その日の最初の任務完了。それによって、ささやかな誇りと、つぎの任務に向かう勇気を得ます」と。そして一日の終わりにはたくさんのことを達成し、それがいつしか大きな達成になっていく、というメッセージです。</p>

<p>ベッドメイク一つで、朝の心がすこやかに整い、その日一日の心が整うのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>10分間、手足を動かしてみる</h2>

<p>私はもともと、心配性なところがあり、仕事や人間関係のことが気がかりだったり、グサリとくることを言われたりすると、一日中、クヨクヨ、イライラしながら考えてしまう傾向がありました。</p>

<p>そんなとき、もっとも効果的な気分転換になってきたのが、「10分間、丁寧に片付けをする」という習慣です。</p>

<p>キッチンタイマーを10分にセットして、スタート。「テーブルの上だけ」「引き出しのこの部分だけ」と範囲を決めて、あえてゆっくりと丁寧に片付けるのです。</p>

<p>「丁寧に」が大事。気が焦っているとき、昂っているときは雑にやってしまいがちですが、丁寧にすることで、自然に心がこもり、いつの間にか無心でやっているもの。10分が過ぎるころには、「もうちょっと片付けたい」と思うほどですが、あえてストップ。その流れでやるべきことに移ると、丁寧に向き合うことができるのです。</p>

<p>「15分間、散歩する」という習慣も、ネガティブな気持ちになったときの気分転換として効果的。15分間歩くと、約1キロ。物理的に景色が変わり、前へ前へと進むので、心も後ろ向きにはなりにくいのです。</p>

<p>昔、母が薬の副作用でうつになり、私に当たるようになったときも、私までいやな言葉を吐かないよう、ムカッとしたら、よく近所の公園まで歩いていました。「星がきれい」「花が咲いていたんだ」なんて思いながら歩いていると、帰宅するころには心もリセットされて、笑顔になれたのです。</p>

<p>そんな母が、約半年前、93歳で他界しました。最後の数年間は、うつから解放されて、気分もおだやか。テレビでの野球やラグビーの観戦を楽しみにしていて、私ともその話で盛り上がっていました。</p>

<p>大往生だと思いつつ、私にとって唯一の家族を失った寂しさは意外に堪えたようです。ときどき心がぽっかり空いたような、こころもとない悲しみが襲ってきたのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>思い浮かんだことを書き出そう</h2>

<p>そんな私に、「ジャーナリング、やってみる？」と提案してくれた友人がいました。彼女も夫を亡くして1年間、悲しみから抜け出せずにいたところ、頭に浮かぶことを紙に書き出すというシンプルな心理療法「ジャーナリング」を毎日やることで癒やされていったと言います。</p>

<p>ものは試しと、朝起きてすぐ、コーヒーを飲みながら、「寂しい」「ありがとう」など、素直な気持ちをノートに書き殴ってみたところ、2週間もすると、「もう大丈夫」という気分に。自分の気持ちとともに、現実も受け入れられたのです。</p>

<p>自分の心の状態を客観的に見られて、そこから気づきがあったり、解決策を見つけたり。いまもジャーナリングは、感情や思考を整理するための習慣になっています。</p>

<p>最近、見つけた母の日記には、「リハビリの先生と冗談を言って笑った」「『PHP』を読んだ。いい話が書いてあった」「大谷選手がホームランを打った」など幸せなことが9割と、「体が痛い」などの苦しみが1割書かれていました。</p>

<p>毎日のように、母が「私はほんとうに幸せ」と言っていたのは、書くことで、幸せを噛み締めていたのかもしれません。</p>

<p>心を明るく整える習慣は、日々の生活や人生を肯定することにつながっていくように思うのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【有川真由美（ありかわ・まゆみ）】<br />
化粧品会社事務、塾講師、新聞社広告局編集者など、多くの職業経験を生かして、働く女性のアドバイザー的な存在として書籍や雑誌などで執筆する。「なぜか話しかけたくなる人、ならない人』（PHP文庫）など著書多数。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 31 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[有川真由美（作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>グーグル社員が実践する「マインドフルネス瞑想」　科学的に証明された効果  河原千賀（アメリカ在住ジャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12090</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012090</guid>
			<description><![CDATA[アメリカのビジネスエリートは、なぜ瞑想に取り組むのか。アメリカ在住のジャーナリスト、河原千賀さんが教えてくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="マインドフルネス瞑想" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_breath_.jpg" width="1200" /></p>

<p>膨大なタスクに追われ、毎日クタクタになって帰宅する......そんなビジネスパーソンは多いだろう。変わらない日々を過ごしがちだが、アメリカのビジネスエリートは、「ある工夫」をしながら効果的に休む術を知っている。本稿では、ロサンゼルス在住の河原千賀佳氏が、グーグル社員が実践している「マインドフルネス瞑想」について紹介する。</p>

<p>※本稿は『グーグル社員はなぜ日曜日に山で過ごすのか』（PHPビジネス新書）より抜粋・編集を加えたものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>グーグル社員が実践するマインドフルネス瞑想</h2>

<p>マインドフルネスとは、過去を振り返ったり、未来を想像したりせず、「いま、自分がいる、ここ」に意識を向ける状態をいう。「いま、この瞬間」に意識を集中させて、思考や感情にとらわれず、客観的にただ観察する心の状態だ。</p>

<p>もともとは、スリランカやミャンマーの上座部（テーラワーダ）仏教において、仏典に用いたパーリ語「サティ」の英語訳で、欧米文化に馴染むように、宗教色を取り外したものがマインドフルネスだ。</p>

<p>マサチューセッツ大学医学教授のジョン・カバットジンがマインドフルネスを医療分野に取り入れたところ、科学的にもその効用が証明されたことから欧米人に受け入れられた。</p>

<p>健康やストレス解消のみならず、集中力の強化、仕事の効率アップなどの効果を期待してマインドフルネスを取り入れるビジネスパーソンも多い。</p>

<p>さて、グーグル流のマインドフルネスは、「サティ」をわかりやすく体系化したことで、いまや多くの企業にも導入されている。</p>

<p>『サーチ・インサイド・ユアセルフ――仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法』（チャディー・メン・タン著、柴田裕之訳、英治出版）によると、マインドフルネスの目的は、どこか別の場所へ行くことではなく、いま、この場所に完全に存在し、その完全な存在と意識の力を、いまこの瞬間に認識すること、とある。</p>

<p>言い換えると、マインドフルネスは「己の内を探る旅」であり、幸せとはトレーニングで身につけることができる「技能」だという。</p>

<p>努力次第で、幸せも手に入れられる。アメリカ人好みの考え方で、いかにもグーグルから生まれた即効性のある、実用的なプログラムのようだ。</p>

<p>そこで、SIY（サーチ・インサイド・ユアセルフ）グローバルサイトにアクセスしてみた。</p>

<p>SIYは神経科学、マインドフルネス、EQ（心の知能指数）の3つの軸から成り立ち、マインドフルネスは注意力トレーニング、とも呼ばれている。4週間のプログラムはオンラインでも受けられる。</p>

<p>実用的かつ、科学的根拠に根差した方法で、EQ、ウェルビーイング、忍耐強さ、個人的、企業的リーダーシップを向上することが約束されている。</p>

<p>20カ国以上で、10万人以上の人がこのプログラムを受け、93パーセントの人がこのプログラムを推薦する、とアンケートに答えた実績まで記されている。</p>

<p>お寺で無心に瞑想する僧侶の姿を目にしている日本人にとっては、トレーニングと呼ばれるマインドフルネス瞑想は、実用的すぎて、少し違和感があるかもしれない。</p>

<p>なんとなく、初めてアメリカで「カリフォルニアロール」というアボカドとマヨネーズの入った寿司を見たときのような気分だが、これがけっこう美味しい。初めは生の魚に抵抗を感じていても、そこから一般的な寿司にチャレンジするアメリカ人は多いものだ。</p>

<p>あまり難しく考えすぎず、ジムに行くような感覚で、マインドフルネス瞑想を体験してはいかがだろうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>時間がなくても、まずやってみる</h2>

<p>『サーチ・インサイド・ユアセルフ』では、「瞑想は運動のようなもの」と語られ、目的に合わせたいくつかの「エクササイズ」が用意されている。そのなかから、最も簡単な「2分間でできる瞑想」の要点だけを紹介する（もっと詳しく知りたい方は、一読をすすめたい）。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>●2分間でできる! マインドフルネス瞑想</p>

<p>【準備1】良い意図を生み出す</p>

<p>この「良い意図を生み出す」という行為自体が、瞑想の一形態なのだ。「私は落ち着いている」「いまの自分に集中しよう」など、同じ意図を何度も生み出し、習慣化し、行動を導く。</p>

<p>【準備2】呼吸をたどる</p>

<p>意図を生み出したら、呼吸のプロセスにそっと注意を向ける。これだけでいい。気が散ったら、呼吸のプロセスに注意を戻し、再び集中する。このとき、自己批判やネガティブな自己評価が頭をよぎったら、自分への優しさや好奇心に満ちたポジティブな考えに促すこと。</p>

<p>ここまでできたら、実践しよう。</p>

<p>【実践】</p>

<p>まずは、リラックスして、ラクな姿勢で座る。</p>

<p>続いて、ゆっくり3回深呼吸をする。自然に呼吸し、鼻の穴、お腹、呼吸する体全体におだやかな注意を向ける。<br />
吸気と呼気のあいだを意識する。感覚や考えや音によって気が散っても、ただそれを認め、経験し、優しくそれを放してあげよう。こんなイメージだ。</p>

<p>息を吸い込みます。私は穏やかです<br />
息を吐き出します。そして微笑みます<br />
いま、この瞬間は素晴らしい、と感じて終了</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>これなら、簡単に始められそうだ。大切なのは、続けること。筋トレと同じだ。そして、少しずつ時間を増やしていこう。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_breath_.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 30 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[河原千賀（アメリカ在住ジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>70歳目前で夫の不倫・離婚　102歳の医師が語る、どん底で出会ったもう一人の自分と「光の決意」【後編】  グラディス・マクギャリー（医師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13997</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013997</guid>
			<description><![CDATA[70歳目前、夫の不倫と離婚。人生の「茶番」に絶望し怒りの咆哮――。どん底で出会った「もう一人の自分」の導きで、自ら幸せを選択し、新たな人生を切り拓いていった経験を、102歳の医師が綴ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="70歳目前で人生のどん底を味わったマクギャリー博士はどのようにして立ち直ったのか" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_forest1.jpg" width="1200" /></p>

<p>人生には、これ以上耐えられないと思うほどの出来事が突然訪れることがあります。医師のグラディス博士は、46年連れ添った夫に不倫されたあげく、離婚を申し渡されてしまいました。従順なよき妻でいようと努力した結果の裏切り。信じていたものが崩れるとき、人はどのようにして立ち直るのでしょうか。<br />
本稿では、幸せな人生を送るための哲学を『102歳の医師が教える 健康と幸せを保つ秘訣』に綴った医師のグラディス博士が、大きな試練と向き合い、どのようにして自分のマインドを立て直していったのか語ります。</p>

<p>※本稿は、グラディス・マクギャリー著『102歳の医師が教える 健康と幸せを保つ6つの秘訣』(&amp;books/辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものの後編です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「誰かを理解したかったら、その人の靴を履いてみることよ」</h2>

<p>その日の夜、ビルはゲストルームに移動し、その後まもなく家を出ていった。&nbsp;<br />
出ていくときには、自分のものは、ほぼすべて持っていった。戻ってくるつもりがないことの、意思表示だったのかもしれない。残していったもののひとつが、例の古いスリッパだった。彼が去ってから、うめきながら、泣きながら家のなかを歩きまわった。不安に閉じこもらないように、 身体を動かそうとしていると、スリッパが目に入り、まるで私にウィンクしているように感じた。&nbsp;</p>

<p>とうとう、グラディス博士が声をあげた。「いいこと、グラディー、ママがいつも言っていたでしょ。誰かを理解したかったら、その人の立場になって考えてみることって。その人の靴を履いてみることよ。ビルのこと、わかろうとしてみて」&nbsp;</p>

<p>そのアドバイスに従うには、持てる生命力のすべてを動員する必要があった。&nbsp;<br />
そして彼のスリッパを履いて1日中歩きまわり、夜になって目的もなく、庭に出た。そこでとまり、吠えた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>怒りの叫び、そして新しい未来の予感&nbsp;</h2>

<p>数カ月がたち、ビルからまた手紙を受け取った。今度は郵送で、結婚式の招待状だった。彼と、例の看護師から管理者になった女性との結婚式。私たちのものだったクリニックの管理を彼女に任せ、ふたりで運営していけるように、私は去ることを余儀なくされていた。結局のところ、彼の魂はそれほど長くひとりでいなくてもよかったようだ。&nbsp;</p>

<p>疑ってはいたものの、単なるいい友達だという彼の言い分を、ずっと信じようとしてきた。それに私たちの結婚は盤石だと思っていた。あらゆる面で、真のパートナーだと感じていた。彼が別れを選んだことでそれは崩れ、あの招待状を送ってきたことで、理由もはっきりした。結婚していた数十年間は茶番のように感じられた。これほど傷つき、屈辱を感じたことはなかった。</p>

<p>よりによって、彼が招待状を送ってきたのは、私の新しいクリニックだった。私は歯を食いしばってその日を乗りきった。でも帰り道、ハンドルを握りしめてハイウェイを走りながら、叫びはじめた。庭で、身体のなかから出てきた苦悩のなげきではなかった。もっと深いもので、うめき声から、うなり声、咆哮へと変わった。それは怒りだった。運動場で右フックに込めたのと同じ怒り、生き延びるために闘うことを要求したのと同じ、純粋でシンプルな怒りだった。神様に向かって叫び、ビルに向かって叫び、宇宙に向かって叫び、人生そのものに向かって叫んだ。十分間くらい、叫び続けた。もうやめられないと思った。やめたくないと気づいた。</p>

<p>それから、叫びはじめたのと同じくらい突然、私はとまった。<br />
その瞬間、何か未知のものがやってくるのに気づいた。グラディス博士が現れて、主導権を握ったのだ。それまで、私の将来はビルと結婚していることだった。だが今、想像もしていなかった未来が目の前に開けたのだ。そしてその未来には、私が感謝するに値するものがあった。この先にはチャンスが待っている。この経験には、何か学びがあった。その&quot;何か&quot;がなんなのかは、その時点では見当もつかなかったけれど。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「幸せでいること」を選ぶという決断</h2>

<p>シルクのようにやわらかくて強い、母のことを思いだした。大学時代、他の女の子たちからなんと呼ばれていたかがよみがえってきた。&quot;ハッピー・ボトム（幸せなお尻）&quot;。名前の&quot;Gladｰass（グラッド・アス）&quot;の意味を取って、少し上品な言い方にもじったものだ。ビルの決断を変えることはできないが、こちらの反応を変えてglad（幸せ）でいることはできる。「何かしら感謝することはあるものよ。この状況でも」グラディス博士がカウンセリングを行い、グラディスは車の運転を再開した。数日後、新しいナンバープレートを申請した。その後何年も、私の車のうしろについていたものだ。&quot;BE GLAD（幸せでいること）&quot;</p>

<p>フェニックス都市圏を縦横に、車を走らせた。結婚の解消が公になったにもかかわらず、感謝していた。そして娘のヘレンと始めた真新しいクリニックの駐車場に車をとめた。私自身は一般的には引退する年齢をすぎていたが、ヘレンなら個人ローンを組めたのだ。何をすべきかわかっている自分に耳を傾け、学びを見つけ、人生は続いていくのだと悟った。</p>

<p>どれほど打ちひしがれていても、どうすればいいのかわからなくても、私たちのなかにはどこかしら、はっきりと何をすべきかわかっている部分がある。人生が何を投げこんできても、必ず小さな声が導いてくれる。私はその賢い自分を、グラディス博士と呼んでいる。あなたは自分を導く声を、好きな名前で呼ぶといい。でもあなたのなかにも必ず存在している。それだけは保証する。私たちはそれぞれに、もう無理だと思う瞬間を、乗りこえる知恵を持っている。それを信じることが大切だ。</p>

<p>人生でもっとも困難な試練に直面したとき、私たちの生命力を再び燃えあがらせるのは、車のなかで私が体験したようなことだ。知恵を求め、どれだけ傷ついていても学びを探すことだ。体験すると、それとわかる。気分が高揚し、飛び跳ね、突然動きに自由を感じる。計り知れないパワーを感じる。実際にそのパワーがあるからだ。</p>

<p>そして人生は、続いていく。もう無理だと思う前と変わらない。新たな課題が現れ、私たちは光を選ぶという決意の前で揺らぎ続ける。選択した瞬間に、一気に治癒はしない。それは進行していくプロセスだ。でも進んでいくにつれ、魔法のようなことが起こる。過去の痛みから、多くのものを引きだせるようになるのだ。古い傷跡からも学び続けることができ、次に起こることにどう対処するかに影響を及ぼす。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_forest1.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 30 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[グラディス・マクギャリー（医師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>『ハゲタカ』次作の舞台は宇宙かフランス？ 真山仁が明かすシリーズの次なるテーマ  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13900</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013900</guid>
			
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="真山仁さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260304Mayamajin03.jpg" width="1200" /></p>

<p>小説家・真山仁さんの最新作『チップス&nbsp; ハゲタカ6』は、前作『ハゲタカ5 シンドローム』から8年。主人公・鷲津政彦が「半導体覇権」と、緊迫する「台湾有事」に対峙します。</p>

<p>刊行を記念して行われたトークイベントでは、日経BPの担当編集者・白壁達久さんが聞き手を務め、真山さんの「小説家」という肩書へのこだわりやキャラクターの作り方、そして今後の『ハゲタカ』シリーズの構想までが深く掘り下げられました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>64歳になった鷲津政彦の変化</h2>

<p>――主人公の鷲津政彦は現在何歳という設定なのでしょうか。20年近く続いているシリーズなので、鷲津自身も変化してきている部分があるのではないでしょうか。</p>

<p>【真山】鷲津は私と同い年という設定にしています。私は昭和37年生まれなので、今年64歳になります。つまり、鷲津も64歳です。シリーズ作品では登場人物について、二つの選択肢のどちらかを選ばなければいけません。</p>

<p>一つは、年齢をまったく変えないという方法です。例えばエルキュール・ポワロは、登場したときすでに70歳前後でしたが、1920年から50年間ほとんど年を取っていません。おそらくアガサ・クリスティ自身、ポワロを長く書き続けるつもりがなかったのだと思います。</p>

<p>もう一つは、年齢をきちんと重ねさせる方法です。アメリカのハードボイルド小説などでは、主人公が年を取っていくケースが多いです。『ハゲタカ』シリーズの場合、作品の中で「何年何月」と時代を明示している以上、年齢も重ねていくしかなかった。</p>

<p>問題は、同い年だからこそ、自分自身の変化を客観的に見るのは難しいことです。私は自分では大人になった、変わったと思っていますが、知り合いに言うと、「何言ってるんですか、全然変わってないでしょう」と笑われたりします。そこをどう表すかは悩むところでしたが、変える努力はしています。</p>

<p>――どのあたりを変えようとされたのでしょうか。ネタバレにならない範囲で教えてください。</p>

<p>【真山】これは私自身の目標でもあるのですが、尊敬しているイギリスの小説家が二人います。P・D・ジェイムズとジョン・ル・カレです。</p>

<p>P・D・ジェイムズはアガサ・クリスティの系譜に連なり、英国ミステリーの女王とも言われる存在です。もう一人のジョン・ル・カレは、スパイ小説のキングですね。</p>

<p>この二人は若いころ、とても難解な小説を書くことで知られていました。読むのが大変だと言われるような作品ばかりです。例えば映画化された『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』（『裏切りのサーカス』の原作）は、読むだけで自慢できると言われるくらい難解な小説でした。</p>

<p>ところが二人とも、70歳を過ぎてから作品がとても読みやすくなったのです。何よりすごいのは、若者を瑞々しく描けることです。</p>

<p>自分が70歳になったとき、同じように書きたい、そのためにはどうすればいいかと考えました。おそらく一度、自分が持っていたものを手放す必要があるのだと思います。言い方を変えれば「枯れる」ということです。人は枯れて、そこから円熟に向かうのではないか。</p>

<p>最後まで戦い続けて前に倒れて死んでいく生き方もあると思いますが、個人的には大人として成長し続けたい。だから私自身の目標は「円熟」です。円熟へ向かうには、必然的にどこかで枯れていかなければならない。</p>

<p>ですから、鷲津も枯れさせたい。私は小説を書くとき、登場人物とずっと会話をしています。鷲津とも「どうする」「君はどう大人になっていくんだ」と対話し続けているような感覚です。</p>

<p>今回はかなり意識して、「鷲津、変われ」と念じながら書きました。変わったかどうかは、読者の方に判断していただくしかないと思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分と価値観の違う人物を描くには</h2>

<p><img alt="チップス" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260304Mayamajin05.jpg" width="1200" /></p>

<p>――『チップス&nbsp; ハゲタカ6』には多くの登場人物が出てきます。読んでいて「こんな人物も描けるのか」と驚かされる場面も多いのですが、キャラクターに命を吹き込むとき、登場人物同士の対話はどのように組み立てているのでしょうか。</p>

<p>【真山】私は新聞記者を2年半で辞め、その後はフリーライターとして広告系の原稿を書く仕事をしていました。エンターテインメントに関する原稿を書くことが多かったのです。</p>

<p>正直に言うと、「この音楽のどこがいいんだろう」とか、「この芝居は退屈だ」と思うものを、魅力的に書かなければならないことがありました。</p>

<p>そんなときは、「これはどういう人が面白いと思い、好きになるのだろう」と考えて書いていました。その作品を好きになる人の立場に立つことを、自分のミッションにしていました。</p>

<p>当時は、小説家になるための訓練だという意識もありました。好きなものについてなら誰でも書けます。難しいのは、自分とは価値観の違う人の視点で書くことです。</p>

<p>例えば、私は納豆が嫌いですが、納豆を「ものすごくおいしい」と言う人がいる。その人は、そのおいしさをどう表現するのか。そういうことを考え続けてきました。その経験が、キャラクターの幅を広げることにつながっていると思います。</p>

<p>もう一つ大事なのは、登場人物を際立たせるための「カウンターパート」です。よく対立構図と言われますが、単純な対立とは少し違います。モノローグだけで人物の性格を伝えるのは難しいのですが、2、3ページほど会話をさせると、二人の性格が自然と浮かび上がってきます。</p>

<p>例えば、まだ輪郭がはっきりしていないキャラクターがいる場合、その人物を際立たせるために、別の人物があえて圧をかける場面をつくる。そして会話や内面描写を通して、その人物の性格を浮かび上がらせていきます。そうやって、それぞれの場面で「この人物ならどう振る舞うのか」を考えながら、会話を組み立てています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>戯作者こそ社会を照らす存在</h2>

<p>――『ハゲタカ』はデビュー作でもありますが、真山さんにとってどのような存在なのでしょうか。</p>

<p>【真山】デビューから21年が経ちました。『ハゲタカ』は本編が6作、スピンオフを含めると8作あります。間違いなく自分のライフワークとなるシリーズです。</p>

<p>1作目は単行本の時点でもそれなりに注目されて売れましたが、やはりNHKでドラマ化されたことが大きかった。正直、「こんなに本って毎週売れていくんだ」と実感した作品でもあります。『ハゲタカ』がなければ、いまここに私はいないと思います。それくらい大きな存在です。</p>

<p>私にとって『ハゲタカ』は大好きな作品であり、自分の小説の基本でもあります。今でも頭の中には、『ハゲタカ』を書いていたときのワクワクした感覚が残っています。どの作品を書くときにも、「あのワクワクを超えているか」と自分に問い続けています。そういう意味でも、とても大切な作品ですね。</p>

<p>――今回のイベントの告知文で「人気作家・真山仁」と書いたところ、「作家」の部分に赤字を入れて「小説家」に修正されていました。これはどういった理由からだったのでしょうか？</p>

<p>【真山】「人気」のところにも赤を入れませんでしたか？（笑）。</p>

<p>「作家」という言葉は、どこか芸術家のような響きがありますよね。それよりも、私はエンターテインメント小説の「戯作者」だと思っています。</p>

<p>別に、自分を卑下しているわけではありません。むしろ、戯作者こそ社会を照らす存在だと思っています。</p>

<p>例えば歌舞伎です。映画『国宝』の影響もあって歌舞伎を見る人が増えましたが、歌舞伎は、言ってみればワイドショーのようなものです。実際に起きた心中事件などを題材に舞台にしている。</p>

<p>脚本を書いた人たちは、もともと「戯作」を書く人たちと呼ばれていました。そこには人間の真実が描かれている。同様に私も高尚な文学を書いているつもりはありませんし、「作家」という言葉には少し芸術家的な響きがあるので、敢えて「小説家」でありたいと思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>『ハゲタカ』シリーズ、今後の構想</h2>

<p>――6作目が出たばかりですが、今後についてはどのように考えていらっしゃいますか。</p>

<p>【真山】実は、三つほどテーマを考えています。</p>

<p>一つ目は、フランスの某巨大ファッションメーカーを題材にした話です。ただこれを連載すると広告が取れなくなる可能性が高いので、なかなか実現が難しい（笑）。</p>

<p>二つ目はスタートアップです。今回の作品に登場する台湾の半導体メーカーは、時価総額が130兆円を超えます。日本の国家予算より大きいくらいです。そんな企業を買収できるのか、という世界ですよね。今度は逆に、規模は小さく将来性の大きいスタートアップの世界を書いてみたいと思っています。</p>

<p>三つ目は宇宙開発です。民間企業が宇宙ビジネスを広げていく流れは、世界のトレンドです。それなのに日本では、いまだに宇宙を「夢」として語っている。宇宙は本来、ビジネスになり得るものです。</p>

<p>最近では、小惑星にレアアースが存在する可能性も指摘され、理屈の上では、プラチナだけの星や金だけの星があるかもしれないとも言われています。アメリカや中国、ヨーロッパなどが月に拠点を置き、無人探査機を飛ばして小惑星を採掘する構想も出てきています。</p>

<p>小惑星は誰のものでもないので、最初に到達して旗を立てた国のものになる。こうした分野は巨大企業でなくても参入できる可能性があります。そこも面白いテーマになると思っています。</p>

<p>もう一つ付け加えるとすると、最近の『ハゲタカ』では、アングロサクソンの世界と対峙する構図が多いのですが、今度はフランスを舞台にしてみたいですね。</p>

<p>関心があるのは「食」についてです。これからはエネルギー以上に、世界の食料供給が大きな問題になる可能性がある。現在でも食料備蓄はありますが、小麦や米を圧倒的に独占している企業はほとんどありません。</p>

<p>そこで、世界有数の美食の国であるフランスを舞台に、鷲津を活躍させる物語も面白いと思っています。もし『日経ビジネス』が連載してくれるなら、喜んでフランスやオランダに取材に行きます（笑）。</p>

<p>いずれにしても、次は8年もお待たせするつもりはありません。連載から単行本までには最低3年ほどかかりますが、3年後には次の作品を出せるように頑張りたいと思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260304Mayamajin03.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 30 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>31歳で仕事をやめ、医学部受験　勉強へと奮起させた「20代のがん闘病経験」  松浦美郷（研修医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12067</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012067</guid>
			<description><![CDATA[32歳で医学部に合格した松浦美郷さん。そのきっかけは、自身のがん闘病経験だったといいます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="松浦美郷 医学部受験" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Study.jpg" width="1200" /></p>

<p>研修医の松浦美郷さんは30代で医師になると志し、医学部に入学。きっかけは、自身のがんでした。目標に向かって勉強に励む松浦さんにお話しを聞きました。</p>

<p>取材・文：鈴木裕子</p>

<p>※本稿は、月刊『PHP』2024年4月号より、内容を抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>24歳で訪れた闘病生活</h2>

<p>31歳で仕事をやめ、医師を目指そうと勉強を始めました。約9年前のことです。まさか自分が医師の道を志すなんて、思ってもみませんでした。</p>

<p>幼いころは絵を描くのが好きで、頭のどこかで「将来は美術の道に進めたらいいな」と思っていました。高校を卒業し、香川から上京して理系の大学に進んだのですが、自分がやりたいのはもっと別のことだと気づいて退学。改めて美術系の大学を受験し、空間デザインの学科で学び始めました。</p>

<p>授業やアルバイト、部活で忙しく、課題の締め切り前は2、3日徹夜することもありました。体調がすぐれなくても、「疲れがたまったかな」と気にしませんでした。</p>

<p>24歳で大学2年生だったある日、肩こりがひどく、大学病院の整形外科を受診しました。念のために血液検査を受けるように言われて採血をしてもらうと、翌日、病院から「すぐに血液内科を受診するように」と連絡が入り、先生から「悪性リンパ腫という病気だと思う」と告げられました。</p>

<p>実は当時、それほどショックは受けませんでした。病名を聞いたことがなく、ピンと来なかったんです。先生に抗がん剤治療の副作用について説明され、「大変だと思うけど、一緒にがんばりましょうね」と言われても「あ、はい」という感じで（笑）。</p>

<p>治療を始めると、想像以上に大変でした。体はだるくなり、髪の毛も抜けて......。でもそれ以上につらかったのがメンタル面です。その年に計画していたことを何一つ進められず、友人たちの近況を知ると、自分だけ置いていかれた感覚でした。1カ月後に父の勤務先である香川の小児病院に移って治療を続けたものの、この生活がいつまで続くのかと孤独感がつのりました。</p>

<p>8カ月の治療を終えて寛解し、翌年の4月に復学したのですが、約1年後に再発。ショックでした。初発のときはわけもわからず治療を受けましたが、今度は治療の内容もわかっているので「あの苦しみをまた味わうのか」と落ちこみました。</p>

<p>ただ、体への負担は大きかったものの、精神的にはしっかりしていました。病棟でがんと闘う同世代の2人の女性に出会えたからです。たわいない話ができ、苦しさやつらさを共有できることに救われました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>勉強しなかったら一生後悔する</h2>

<p>都内の病院での治療を終え、再び寛解と診断されたため復学。卒業後はデザインの仕事に就いたのですが、自分の病気について改めて知りたくなり、講演会などに足を運ぶようになりました。そこで、「AYA(アヤ)世代」を知ったのです。</p>

<p>「AYA世代」とは、15～39歳の世代を指す言葉で、この世代でがんになると、進学や就労、妊娠、友人関係など多くの悩みを抱えることになります。それらの悩みに直面したからこそ、課題を解決するために自分にも何かできるかもしれないと思いました。</p>

<p>また、空間デザインを学んでいた身として、長く入院していたときから「病室は人が『住む場所』としてデザインされていない。もっと患者に寄り添った空間にする必要があるのでは」と考えていました。医療者になれば、この空間を変え、芸術と医療をつなげられるのではと思ったのです。</p>

<p>この2つの思いから、医師を目指すと決めました。予備校に通い始めると、知識の吸収力の低下を実感し「こんなにも覚えられないのか」と愕然としましたが、ここでくじけてあきらめたら一生後悔する、とにかく1年はがんばろうと勉強を続けました。</p>

<p>昼間は授業に出て、帰りにカフェで復習や予習をし、わからないところは、授業動画をいつでも見られる「スタディサプリ」を活用しました。予備校の授業や教科書だけでは理解できなかった内容も、くり返し視聴して習得しました。そうして大学入試センター試験を受け、その得点で受験できる国公立大学を探し、無事に32歳で旭川医科大学医学部に入学しました。</p>

<p>大学での勉強は予備校以上に大変でしたが、解剖で人体の仕組みを学ぶなど、知らなかったことにたくさん出合えました。自分に近い病気はより興味を持って勉強しましたし、絶対に留年しないようにテスト前は猛勉強してなんとかついていきました。</p>

<p>そのかたわら、旭川でAYA世代の患者会「アヤシップ」を立ち上げました。交流会の様子をSNSで伝えたり、実際に会って相談を受けたり。私自身、たがいに弱音を吐ける相手がいたからつらい闘病を乗り越えられたので、ひとりで悩む人の力になりたいという思いで活動を続けています。</p>

<p>現在は、北海道大学病院で初期研修を終えて、専門が小児科に決まり、専門医の資格を取るために約3年の後期研修が始まるところです。AYA世代や子供の患者さんと向き合いたくて、この道に決めました。</p>

<p>勉強は医師国家試験に受かったらなんとかなると思っていましたが、医学は日進月歩で、がんについてもどんどん新しい治療法や薬が見つかります。同じ病気でも副作用の少ない薬を処方するようになるなど、私が治療を受けていたときよりもはるかに進歩しています。</p>

<p>それらを取りこぼさないよう、治療法が確立されていない病気は論文を読んだりして、常に情報と知識をアップデートする必要があるのです。</p>

<p>学んでも学んでもきりがないというのが正直なところで、志をしっかり持たないと、日々の忙しさに飲みこまれてしまう。だからこそ、自らの闘病体験を念頭に、この仕事は私にしかできないと思いながら、学び続けていきたいです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【松浦美郷(まつうら・みさと)】<br />
1984年、香川県生まれ。2008年、24歳で悪性リンパ腫と診断される。治療を経て、32歳で旭川医科大学に入学。19年、旭川のAYA世代患者をサポートする「AYAship-アヤシップ」を立ち上げる。22年に大学を卒業し、現在は北海道大学病院に勤務。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Study.jpg" />
						
						<pubDate>Sun, 29 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[松浦美郷（研修医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>休日に長く寝てもすっきりしない人が抱える「睡眠負債」 その危険性は?  西野精治（スタンフォード大学医学部精神科教授）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12024</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012024</guid>
			<description><![CDATA[多くの現代人が抱えていている「睡眠負債」。その危険性について、スタンフォード大学医学部精神科教授・西野精治さんが解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sleepyman_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>平日の睡眠不足を取り戻そうと、休日は長く寝ている、という方は多いでしょう。しかし、長時間寝てもすっきりしないという人は「睡眠負債」を抱えているかもしれません。スタンフォード大学医学部精神科教授・西野精治さんによる書籍『スタンフォード大学西野教授が教える 間違いだらけの睡眠常識』より、睡眠負債の危険性について解説します。</p>

<p>※本稿は、西野精治著『スタンフォード大学西野教授が教える 間違いだらけの睡眠常識』（PHP研究所）の一部を再編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>休日に長く寝てもすっきりしない人は......</h2>

<p>いまだに多くの人は寝だめについて誤解しているようです。</p>

<p>「週末に寝だめする」などとよくいいます。しかし残念ながら、睡眠は&quot;貯蓄&quot;できません。</p>

<p>「来週忙しくて睡眠不足になる可能性があるから、いまのうちにたくさん寝ておきます」</p>

<p>こんなことは不可能なのです。プリペイドカードのように、「チャージしてあるので、ここから差し引いて」という気持ちでいても、脳も身体もそうは認識してくれないのです。</p>

<p>休日には、平日よりもいくぶん長く眠るという人が多いと思いますが、それは事前の寝だめではなく、すでに睡眠が不足している分を補塡しているのです。</p>

<p>眠りたいという欲求を「睡眠圧」といいますが、たとえば徹夜をした後は、睡眠圧が強い。目覚ましをセットしないでいい状態ならば、おそらく普段より睡眠時間は長くなります。睡眠不足分を補おうとするからです。</p>

<p>同様に、2〜3日ぐらいの睡眠不足でしたら、その後の休日に長めに眠ることで不足分を取り戻すことができます。つまり、清算できるわけです。</p>

<p>ところが、3週間、4週間と不適切な睡眠量がつづくと、取り戻せなくなります。睡眠不足が慢性化して、借金が雪だるま式にふくらんで返済のメドが立たなくなってしまう。そのにっちもさっちもいかなくなってしまう状態が、「睡眠負債」なのです。</p>

<p>ただ、脳がどうやって「睡眠が足りている」とか「不足している」というのを測っているのか、またその代償機序（不足を満たすための仕組み）はあるのかなどは、まだわかっていません。ですから、どうしたら睡眠負債を代償できるか、という根本的なところもわからないのです。</p>

<p>したがって、いまいえることは「とにかく眠るしかない」ということです。</p>

<p>休日に普段よりも長く寝ても、疲れがとれた感じがしない、すっきりしないという人は、すでにかなり睡眠不足が累積している可能性があります。</p>

<p>普段よりよけいに眠らずにはいられない......、その状況がすでに慢性の睡眠不足、睡眠負債の兆し。自分では貯蓄のつもりでとっていた週末の長寝、じつは膨大な借金を一部返済しているに過ぎないのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>こんなに危険な「睡眠負債」</h2>

<p><img alt="睡眠負債のイメージ" height="737" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250324Nishinoseiji01.jpg" width="1200" /></p>

<p>「睡眠負債（sleep debt）」という表現を用いて、積み重なる睡眠不足に警鐘を鳴らしはじめたのは、アメリカ人のウィリアム・C・デメント教授です。</p>

<p>私も籍を置くスタンフォード大学睡眠研究所の創設者で、今日の睡眠研究を牽引してこられた第一人者。米国では「睡眠医学の父」とよばれています。レム睡眠を発見したシカゴ大学のクライトマン研究チームのひとりでもあり、急速眼球運動のある睡眠のことを「レム睡眠」と呼びはじめたのもデメント教授でした。残念なことにデメント教授は2020年6月に92歳で逝去されました。</p>

<p>「ヒトは一定の睡眠時間を必要としており、それより睡眠時間が短ければ、足りない分がたまる。つまり眠りの借金が生じる」</p>

<p>デメント教授はこれを「sleep debt」と呼び、「借金がたまると、脳や身体にさまざまな機能劣化が見られる。睡眠不足は危険である」と呼びかけたのです。1990年代のことです。アメリカでも、日本と同じように「睡眠不足（sleep insufficiency）」という言葉は一般によく使われています。</p>

<p>では、睡眠不足と睡眠負債はどう違うのか。</p>

<p>いうなれば、「手持ちのお金が足りず、借りをつくるものの、すぐに返済できる状態」が「不足」、「借金に次ぐ借金で、借りがどんどんふくらみ、返すあてもなく、にっちもさっちもいかなくなる」のが「負債」。こう考えると違いがわかりやすいでしょう。睡眠不足が積み重なり、慢性化してしまうことで、睡眠負債に陥るのです。</p>

<p>日本で「睡眠負債」という言葉が流行語になるほど広まったのは、2017年にNHKの番組が取り上げたことがきっかけでしたが、睡眠研究に携わっている人たちは以前から使っていた言葉でした。</p>

<p>ただ、睡眠不足の累積を意味する比喩表現として用いていたので、睡眠負債の概念そのものを議論し、医学的に定義づけするようなことはあまり行われてきていません。そのため、睡眠負債についての認識は、研究者によって微妙にニュアンスが違うようなところもあります。</p>

<p>しかし、睡眠不足の蓄積が、がん、糖尿病や高血圧などの生活習慣病、うつ病などの精神疾患、認知症など、さまざまな発症リスクを高めることが、各方面の研究結果から明らかになってきており、睡眠負債の増大に歯止めをかけなくてはいけないという共通認識は、研究者の間で非常に高まっています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>4週間におよぶ実験でわかったこと</h2>

<p><img alt="毎日14時間ベッドに入るとどうなる?" height="937" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250324Nishinoseiji02.jpg" width="1200" /></p>

<p>デメント教授が睡眠負債について説明するときに、よく用いていた実験結果があります。1994年に行われた4週間におよぶ睡眠時間計測の実験です。</p>

<p>若く健康な8人の被験者に、毎日同じ時間にベッドに入り、好きなだけ眠ってもらいます。ルールとして、眠れても眠れなくても、必ず毎日14時間ベッドで横になっていることを課しました。そして4週間にわたっての睡眠時間の変移を調べたのです。</p>

<p>もっとも典型的な被験者の場合、実験前の平均睡眠時間は7.5時間でした。はたして睡眠時間はどう推移するのか。</p>

<p>実験初日は、ベッドにいなければいけないと決められた14時間のうち、13時間眠れた。2日目も、13時間近く眠れた。ところが、日を追うごとに睡眠時間は減少し、1週間ぐらいすると、ベッドに入っても4〜5時間は眠れないようになった。</p>

<p>これをつづけたところ、3週間後に、睡眠時間が8.2時間になり、それ以上睡眠時間が減ることはなくなりました。そこで固定したのです。このことから、この被験者が生理的に必要とする睡眠時間は、8.2時間であろうと判定されました。</p>

<p>健康で睡眠に特に問題はないということで実験に参加した人にも、じつは約40分（実験前平均7.5時間&rarr;実験後平均8.2時間）の眠りの借金がありました。本人の自覚がないなかで借金はたまっていたのです。</p>

<p>さらに見逃せないのは、その約40分の睡眠不足状態から、自分にとって適正な睡眠時間に戻るためには、毎日好きなだけ寝ても3週間もの時間を要したことです。</p>

<p>たまった睡眠不足は容易に取り戻せない。だから負債になっていきやすいのです。そこに留意してほしいと、デメント教授は一般の方向けの講演でよくこの実験のことを語っていました。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sleepyman_1.jpg" />
						
						<pubDate>Sat, 28 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[西野精治（スタンフォード大学医学部精神科教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ロザン菅×安達裕哉「高学歴なのに仕事がうまくいかない人」に欠ける本当のコミュ力とは？  菅広文（ロザン・お笑い芸人）、安達裕哉（ティネクト株式会社 代表取締役）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13973</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013973</guid>
			<description><![CDATA[お笑いコンビのロザン菅氏と企業コンサルタントの安達裕哉氏が、人の心を動かす「コミュ力」について対談。高学歴でも仕事ができない原因とは？顧客の「本音」や「信頼」をつかむ技術について語り明かします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ロザンの菅広文さんと安達裕哉さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260316RozanSugaAadachi02.jpg" width="1200" /><br />
左：安達裕哉さん、右：ロザンの菅広文さん</p>

<p>高学歴なのに、仕事ができないのはなぜか？そんな疑問の答えは、「コミュニケーション力」にありました。<br />
昨年上梓した『学力よりコミュ力』が話題のお笑い芸人・ロザンの菅広文さんと、『コミュ力が高い人が話しながら意識していること』の著者であり、一流コンサルタントの安達裕哉さんが対談を実施。「コンサルは男芸者である」「最新技術より、昔ながらの親父のやり方が選ばれる理由」など、仕事の本質を左右する&ldquo;信頼のつかみ方&rdquo;を解き明かします。&nbsp;</p>

<p>構成：次重浩子（PHPオンライン編集部）<br />
写真：中西史也（PHP研究所／ビジネス・教養出版部）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>最新技術より「いつもの親父のやり方」</h2>

<p>菅：昨年『学力よりコミュ力 無理しないコミュニケーション術』を出版した、お笑いコンビ・ロザンの菅広文です。よろしくお願い致します。<br />
安達：『コミュ力が高い人が話しながら意識していること』を執筆した安達裕哉と申します。よろしくお願い致します。</p>

<p>菅：安達さんの『コミュ力が高い人が話しながら意識していること』、僕読ませていただいてすごいびっくりしたんですよ。なんでかっていうと、言ってることがほぼ同じなんです。安達さん、ちょっとパクりました？パクりましたよね（笑）</p>

<p>安達：いやいや（笑）でもそうですね。同じようなこと書いていますね。</p>

<p>菅：そうですよね！でも実は、安達さんのほうが僕より先に執筆されているんですよね。ってことは、僕がパクりました！（笑）っていうぐらい、言ってることが共通しているんですよ。僕の『学力よりコミュ力』を読んでおもしろいなって思っていただいた方は、ほんまに読んでいただきたい。僕の本が初級みたいな感じで、安達さんの本は上級というか、仕事で活かせる本っていう感じですね。</p>

<p>安達：ありがとうございます。私が『学力よりコミュ力』を拝読させていただいて思ったのは、菅さん、本当にサラリーマンやったことないの？ってことなんです。この本には、会社で指導されることが結構そのまま書いてあるんですよ。</p>

<p>菅：いや、それね。従兄弟にも言われました。従兄弟はサラリーマンやっているんですけど、「菅ちゃんサラリーマンやってたっけ？」って。</p>

<p>安達：もう新人研修で50回ぐらい言われるようなことが書いてあるんでびっくりしました。先ほどおっしゃっていただきましたけど、根っこの思想は本当に同じなんだなと思いましたね。<br />
私は新卒で入ったコンサル会社に12年ほど勤めたんですが、そこでは新人さんを徹底的にトレーニングするんです。朝と夕方の２回、当日や前日にお会いしたお客さんとのやりとりを上司に報告するんですが、そのときに上司が「じゃあ俺はお客さん役をやるから、ちょっとやってみろ」って言って、お客さんとの折衝をロールプレイングさせます。そこでうまくできないと何回もやり直し。私の本では、その時の教えを書いています。</p>

<p>菅：はー、おもしろい...！でも、コンサル会社に入られる方って、学力の高い方が多いわけじゃないですか。だからといってコミュ力が高いかっていうと、また別の話なんですよね。</p>

<p>安達：そうです。勉強ができてもコミュニケーション能力が低いと、どうしても会社でうまくいかない。菅さんも『学力よりコミュ力』でまさにそのことを書いておられて、このあたりをどう考えていらっしゃるのか、今日お伺いしたいなと思って来たんです。</p>

<p>菅：なるほど。実は最近ちょっとおもしろいと思った話があってね。<br />
同級生が父親から受け継いだ歯医者をやっているんです。歯科医療の世界もテクノロジーが進化して、新しい治療法がどんどん開発されているんですけど、親父の代から通ってくれている患者さんが決まって言うセリフがあって、それは「お父さんがやったやり方でやってほしい」なんですって。<br />
「うん。だから新しい機材があってね、これでやった方が治ると思うんですよ」って説明しても、「いや、そんなのはええねん。お父さんがやったやり方でやってほしい」って言われるんですって。<br />
これはつまりどういうことかというと、最新テクノロジーよりもお父さんの方が、信頼度が高いってことなんです。</p>

<p>安達：おもしろいですね。これは技術ではなくて、人のほうに信頼感がついてると。</p>

<p>菅：そうです。つまり勉強をしても使えなかったら意味がないんです。どれだけ学力が高くても、すごいテクノロジーを持っていても、相手が了承してくれないと結局使えない。それを左右するのはコミュ力じゃないかなと思っていて。<br />
「新しいテクノロジーが素晴らしくて、親父がやっていたこととはちょっと違うけれども、こっちの方がいいんですよ」ってことをどう相手に説明できるか。これが僕はコミュ力やと思ってるんですよね。</p>

<p>安達：結構似たような話があって、私がコンサル会社に入社して最初に言われたのは、「お前ら、クライアントに提案するのがコンサルタントの仕事だって勘違いしてないか？」ってことなんです。</p>

<p>菅：どういうことですか。</p>

<p>安達：「お前らが提案しても、お客さんは『やりたい』って絶対思わないから提案するな。まずはお客さんに気に入られなさい」と。「コンサルタントの別名は、男芸者だ」とも。</p>

<p>菅：なるほどね。</p>

<p>安達：私も入社した頃は、業績の話とか戦略の話ができるのかなって思っていたんですけど、まずはお客様に気に入られる会話をしなさい、としか指導されなかった。我々がやる仕事は、お客様がやりたいことをサポートすること、というのが実は基本であると。</p>

<p>菅：でもそれ、すごい大事ですよ、本当にね。</p>

<p>安達：そうなんですよね。じゃないとやっぱり話を聞いてくれないんです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>コンサルの仕事は、お客さんの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を探すこと</h2>

<p><img alt="ロザン菅広文さんと安達裕哉さんの対談の様子" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260316RozanSugaAadachi03.jpg" width="1200" /></p>

<p>安達：芸人さんだと、お客様がやりたいことが明確になってない状態で、どういう風にコミュニケーション取るんですか？&nbsp;</p>

<p>菅：僕らの仕事は笑うっていう反応があるから、わかりやすいんですよ。笑ってくれたらこれはいいんだな、笑ってくれないんだったらダメなんだなって、判断基準がしっかりあるんですよね。</p>

<p>安達：なるほど。たしかに我々の場合は、面談で結構笑ってくれたなと思ったら不採用だった、というのはよくある話で（笑）。</p>

<p>菅：僕らは笑ってもらうことが一番大事なんですけど、普通のお仕事されている人って、相手の表情を見て、どう感じているか察しないといけないから、僕らよりも大変なんじゃないかなとは思いますね。<br />
だって、笑わすことはそんなに難しいことじゃないから。</p>

<p>安達：えー？（笑）<br />
観客：えー？（笑）<br />
菅：え、ちょっと待って（笑）。俺そんなすべってる？</p>

<p>安達：そうですか（笑）やっぱり世界が違いますね。<br />
反応という点でいうと、コンサルの現場でお客様は笑ってくれないし、ずっとむすっとしてる場合もすごく多いです。そういう時にどうするかというと、本当は何を考えておられるのかを突き詰めるために、色々質問をするんです。</p>

<p>菅：なるほど。反応を見てるってこと？</p>

<p>安達：そうですね。お客様に「課題はなんですか」って聞くコンサルタントが結構いますが、「採用です」っていう答えが返ってきた時に、ダメなコンサルタントは「あ、採用ですか。採用ならこういうことやれます！」ってすぐ営業を始めちゃう。これ、絶対やってはならないと言われたことのひとつです。<br />
では何をするかというと、もう少し質問して確かめるんです。「では採用について、具体的に今やってらっしゃることはなんですか？」とか。で、「いや特に何もやってないんだけど」って返ってきたら、そこが課題だと判断する。そのための材料を少しずつ集めていかないといけない。</p>

<p>菅：でもそのお客さんと別の担当者に聞くと、言ってることが180度違うやん、みたいなことはないんですか。</p>

<p>安達：めちゃくちゃあります。おもしろいことに、人間って言ってることと考えてることが一緒じゃないんですよね。</p>

<p>例えば「カレーが食べたい」って言っている人をカレー屋に誘うと「いや、ちょっと今日は違うんだ」って言われたりする。これは仕事でもよくある話でして、「うちの会社、もっと売り上げを伸ばしたいんだよね」って中小企業の社長が威勢よく言うんだけど、実は内心売り上げを伸ばしたいとは全然思ってない、ということもよくある。</p>

<p>菅・それはなんなんですか。本音と建前ですか。</p>

<p>安達：というよりも「言わされている」。好きな食べ物はなんですか？って質問されたから、好きな食べ物を無理やりひねり出した、という状態。好きな本はなんですか？って聞かれた時に、ちょっとかっこつけて言ってしまうことあるじゃないですか。『アルジャーノンに花束を』とか...。だから、発言されたことをそのまま鵜呑みにしちゃいけないぞっていうことをすごく言われましたね。</p>

<p>菅：これ言っといたらいい感じに映るんちゃうか、みたいなことですかね。ほんまは小難しい映画よりも娯楽映画が大好きやのに、「好きな映画は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』です！」とは言いにくい、みたいな。コンサルのお仕事は、お客さんの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を探す仕事ってことですか。</p>

<p>安達：まさにその通りですね。そうしないとお金を出していただけないというのが、コンサルタントという仕事の本当のところです。だから、クライアントに提案するのがコンサルの仕事ではない、というのはそういうことなんです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260316RozanSugaAadachi02.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 27 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[菅広文（ロザン・お笑い芸人）、安達裕哉（ティネクト株式会社 代表取締役）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>意外と知らない「寿司のルーツ」　実は“東南アジア発祥”の食べ物だった？  ながさき一生（株式会社さかなプロダクション代表取締役）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13970</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013970</guid>
			<description><![CDATA[好きな食べ物ランキングの上位になることが多い寿司――意外と知らない寿司の歴史やルーツ、現代の寿司の由来である「江戸前寿司」について、ながさき一生さんが解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ながさき一生著『寿司ビジネス』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sushisyokunin.jpg" width="1200" />日本が世界に誇る食文化「寿司」。海外でも「ロール寿司」をきっかけに世界各国で食べられるようになりましたが、実は「寿司の発祥は日本ではない」と、株式会社さかなプロダクション代表取締役のながさき一生さんはいいます。</p>

<p>好きな食べ物ランキングの常連でもある寿司は、どこで生まれ、どのように親しまれるようになったのか――本稿では、寿司の起源や歴史について紐解いていきます。</p>

<p>※本稿は、ながさき一生著『寿司ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>寿司のルーツは東南アジアの保存食</h2>

<p>私たちは、「寿司＝日本の伝統文化」と、当たり前のように考えています。国内外を問わず、「SUSHI」は日本を代表する食文化として広く認識され、和食ブームの中心的な存在でもあります。実際、寿司は日本の食文化を語る上で欠かすことのできない、象徴的な存在だと言えるでしょう。</p>

<p>しかし、歴史をさかのぼってみると、寿司は最初から日本で完成された料理ではなかったことが分かります。寿司のルーツは、日本ではなく、東南アジアで生まれた魚の保存食にあると考えられているのです。</p>

<p>冷蔵庫や冷凍技術が存在しなかった時代、魚は非常に傷みやすい食材でした。特に高温多湿な地域では、獲れた魚をいかに長く食べられる状態で保つかが、人々の暮らしに直結する重要な課題でした。魚を獲ることと同じくらい、それを保存し、無駄なく食べきる工夫が求められていたのです。そこで人々は、魚を塩と米で漬け込み、発酵させるという方法を編み出しました。これが、寿司のはじまりとされる「なれずし」の原型です。</p>

<p>当時のなれずしでは、米はあくまで発酵を促すための役割を担っており、食べるのは魚だけでした。現代の寿司とは見た目も味も大きく異なりますが、「魚を無駄にしない」「保存期間を延ばす」という目的においては、極めて合理的な仕組みだったと言えるでしょう。これは洗練された料理というよりも、自然環境と向き合う中で生まれた生活の知恵であり、同時に持続可能な食のあり方でもありました。</p>

<p>注目すべきなのは、この保存方法が特別な料理人や権力者によって生み出されたものではないという点です。日々の暮らしの中で生まれた工夫が、人から人へ、地域から地域へと受け継がれていきました。その過程で、この技術は東南アジア一帯に広がり、中国を経て、日本へと伝来します。寿司は、最初から一国の文化として閉じた存在ではなく、複数の地域の知恵が重なり合うことで形づくられてきた食文化だったのです。</p>

<p>寿司は最初から特別な料理として生まれたわけではありません。寿司の出発点は、限られた環境の中で魚をどう食べ、どう残していくかという、人々のごく日常的な問いにありました。寿司は「文化」として語られる以前に、「暮らしの中の知恵」として存在していたのです。</p>

<p>この視点で寿司の歴史を見てみると、寿司がなぜ現代において世界中へと広がっているのか、その理由が少し見えてきます。寿司は、日本が世界に誇る伝統文化であると同時に、環境や社会の変化に寄り添いながら姿を変えてきた、柔軟性の高い食文化でもあります。</p>

<p>さて、この後は、日本の寿司がまずどこから来たのかを押さえていきます。寿司の原点を知ることは、寿司の現在、そしてこれからの未来を考える上で、欠かせない視点になるはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>寿司の国日本での最初の&ldquo;すし&rdquo;</h2>

<p>日本では、魚と人との関係は、寿司が誕生するはるか以前から、すでに社会の中に深く根づいていました。その様子は、『万葉集』に残された数多くの歌からもうかがうことができます。漁労の情景や海の恵みを詠んだ歌は少なくなく、魚介類が当時の人々の暮らしに欠かせない存在であったことが分かります。</p>

<p>さらに、これらの歌や記録を読み解いていくと、魚介の利用は単なる日常の食事にとどまらず、政治や祭祀とも結びついていたことが見えてきます。朝廷の儀礼や祭りごとにおいて、魚介を安定的に供給することは重要な意味を持っていました。漁労や流通は、すでにこの時代から社会の仕組みの一部として機能していたと考えられています。そんな中で、日本で最初のすしは、一説として、中国からの律令制度の流入とともにもたらされたと考えられています。</p>

<p>文字資料上の重要な手がかりは、701年施行の『大宝令』や、後の『養老令』の注釈書などに見える「鮓」の記述です。また同時期の文字には「鮨」の文字も見られます。このことから、飛鳥時代から奈良時代に移り変わる頃には魚を加工した食品「鮓」や「鮨」が日本に存在していたことが分かります。</p>

<p>この頃の寿司の形は文献から読み解くことはできませんが、都への税として長距離輸送されていたことは読み解けるため、少なくとも保存食であることは分かります。なお、寿司の歴史を長年研究してきた日比野光敏氏によると、「すしが米を使う料理であることからその伝来は、稲作と期を同じくすると考えることもできる」ことが指摘されています。</p>

<p>時代が進み平安時代になると、「鮓」「鮨」の形に関する記述も文献に見られるようになります。927年の「延喜式」には、魚と塩と白米が材料であることが載っており、所々の文献の情報を集めると、いわゆる「なれずし」の形であることが前述の日比野氏によって解釈されています。なれずしでは、米は専ら発酵のため用いるもので、ドロドロに溶け、食べるものではありませんでした。</p>

<p>やがて時代が進むにつれ、発酵のために使われていた米も食べるようになり、「なまなれずし(生成ずし)」や「早ずし」へと姿を変えていきます。この変化は、単なる味覚の変化ではありません。保存期間が短くなる一方で、寿司を食べる場面やタイミングが広がり、次第に日常の食事としての役割を強めていったことを意味しています。</p>

<p>そして江戸時代、寿司は大きな転換点を迎えます。酢飯に生魚をのせる握り寿司が誕生し、屋台を中心とした町の「食い物屋」で提供されるようになりました。人が集まる都市空間で発展したことで、寿司は保存食から、作ってすぐに食べる即時消費型の食文化へと大きく舵を切ります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>現代の寿司は、江戸前寿司である</h2>

<p>私たちが現在、寿司と聞いて思い浮かべるものの多くは、握り寿司ではないでしょうか。酢飯の上に魚をのせ、その場で食べる。この形式は、寿司の長い歴史の中では比較的新しいものであり、「江戸前寿司」に由来しています。</p>

<p>江戸前寿司が生まれた背景には、江戸という巨大都市の存在がありました。江戸時代後期、江戸の人口は急増し、町人文化が大きく花開きます。人が密集し、忙しく行き交う都市では、「手早く食べられる食事」が強く求められるようになりました。時間をかけて発酵を待つ寿司よりも、その場ですぐに食べられる寿司が、生活に合っていたのです。</p>

<p>こうして、保存を前提としていた寿司は、都市生活に適応するかたちで変化していきます。発酵をほとんど行わず、酢で味を整えたシャリに魚をのせる寿司が登場し、屋台で提供されるようになりました。これが、現在のにぎり寿司につながる江戸前寿司の原型です。</p>

<p>江戸前寿司の特徴は、単に魚を生でのせたことではありません。江戸湾、現在の東京湾で獲れる魚を使い、酢で締める、煮る、漬けるといった下処理を施すことで、鮮度や保存性に限界のある中でも美味しく食べられる工夫が重ねられてきました。こうした下処理は「仕事」と呼ばれ、江戸前寿司を特徴づける重要な要素となっています。</p>

<p>この時代の寿司は、決して高級料理ではありませんでした。屋台で立ったまま食べる、庶民のための手軽な食事だったとされています。現在の寿司にある「特別な日」「高級」というイメージは、後の時代に形づくられたものです。江戸前寿司は、まず都市で暮らす人々の日常を支える食べ物として広まっていきました。</p>

<p>江戸前寿司の成立を語る際によく名前が挙げられるのが、江戸時代後期の寿司職人、華屋與兵衛(はなやよへい)です。與兵衛は、酢飯に魚をのせた寿司を屋台で広めた人物として知られています。現在では、彼一人が寿司を発明したというよりも、新しい寿司の形を江戸の町に定着させた象徴的な存在として位置づけられることが一般的です。彼が活動したとされる東京都墨田区には、「與兵衛寿司発祥の地」とされる碑や像が残されており、江戸前寿司がこの土地の暮らしの中で育まれた文化であることを今に伝えています。</p>

<p>こうして江戸で成立したにぎり寿司のスタイルは、時代とともに全国へと広がっていきます。一方で、日本各地には箱寿司や押し寿司、柿の葉寿司、ますのすしなど、地域の環境や生活に根ざした寿司文化も残り続けてきました。つまり、現代の寿司は、江戸前寿司を軸としながらも、多様な寿司文化の重なりの上に成り立っていると言えるでしょう。</p>

<p>現代の寿司を「江戸前寿司の延長」として見ることは、寿司をより身近に理解する手がかりになります。寿司は特別な料理として突然完成したのではなく、都市の暮らしや人々の生活リズムに合わせて、少しずつ形を変えてきました。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sushisyokunin.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 27 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ながさき一生（株式会社さかなプロダクション代表取締役）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「言いたいことが言葉にならない」がなくなる　言語化のシンプルな3ステップ  ひきたよしあき</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13963</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013963</guid>
			<description><![CDATA[今日から実践できる「言語化」のコツを、ひきたよしあきさんが教えてくれます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="言語化" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_chatting.jpg" width="1200" /></p>

<p>自分の気持ちをうまく言葉にできず、モヤモヤしていませんか？今日から実践できる「言語化」のコツを、ひきたよしあきさんが教えてくれます。</p>

<p>※本稿は、『PHPスペシャル』2026年4月号より内容を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「言葉が出ない」のは、あなただけじゃない</h2>

<p>目の前にある花を見て、「きれい」と口に出す。これが「言語化」です。言語化とは、頭の中にあるイメージや感情などを言葉にすることで、誰もが日常的にしていると思います。</p>

<p>では、その花の様子を他人に伝えるときは、どうでしょうか。「きれい」だけでなく、「花びらの形が繊細で美しい」「赤と白の色合いが鮮やか」「サイズが小さくて、かわいらしい」など、他人がその花をイメージするための情報が必要ですよね。</p>

<p>このように、自分の伝えたいことが相手に正しく伝わるように言語化する力を「言語化力」と言います。</p>

<p>現代人の言語化力は、低下の一途をたどっています。「イメージはできているのに、言葉が出てこない」「説明しても、相手にうまく伝わらない」「気持ちを表現するときに、LINEのスタンプに頼ってしまう」という人も多いのではないでしょうか。</p>

<p>その背景にあるのが、インターネットやスマホの急速な普及による情報化社会です。</p>

<p>たとえば、スタンプや絵文字など言語に代わるさまざまな表現方法でのやりとりが当たり前になったり、TikTokから日々大量のショート動画が流れてきたり&hellip;&hellip;。人間は、細かいインプットの量が増えすぎると、アウトプットを面倒に感じてしまうものなのです。</p>

<p>また、生成AIで文章が書ける時代になり、自分の気持ちや体験を自分の言葉で語らずに済んでしまうという状況も、言語化力が下がる原因の一つです。「多様性の尊重」「顧客満足の最大化」など、巷にあふれている型にはまった言葉を入力して語った気になってしまう人も少なくありません。</p>

<p>今を生きる私たちは、意識して言語化力を上げていく必要があります。言語化がうまくできないと、気持ちが相手に伝わらずにモヤモヤするだけでなく、そのモヤモヤまでも頭の中に閉じ込めてしまい、ストレスを感じやすくなるからです。</p>

<p>とはいえ、難しく考えなくて大丈夫。簡単なトレーニングをするだけで、言語化力は必ず向上します。それではさっそく、具体的な方法を見ていきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>言語化が苦手な人が陥りがちな3つのパターン</h2>

<p>まずは、自分が普段どんな言葉を使っているかを振り返ってみてください。</p>

<p>①物事への感想が、短い形容詞になる</p>

<p>何かにつけて「やばい」「すごい」「かわいい」「きもい」など、反射的な一言で片づけてしまっていませんか？　これらはすべて、LINEのスタンプでも代替可能な表現です。「言葉のスタンプ化」に慣れてしまうと、どんな物事や状況に出合っても、そう感じた理由などを説明できないまま、感想を一言で終わらせてしまいます。</p>

<p>②指示語や専門用語を頻繁に使う</p>

<p>自分や一部の人にしか理解できない言葉をよく使うのは、言語化力が低い人の特徴です。「これお願い」「あれが良かった」などの指示語、「シズル感」「コンバージョン」などの専門用語やビジネス用語のほか、社内でしか通用しない「社内方言」や、年齢層によって浸透の度合いが異なる「若者方言」の多用にも、注意が必要です。</p>

<p>③話が長くなりやすい</p>

<p>言語化が苦手な人ほど、「最初から話したほうがいいのではないか」「先ほどの内容は、もっと詳しく言っておこうか」などとあれこれ考えすぎて、話が長くなりがちに。結局、相手はもちろん、自分でも何を言いたいのかわからなくなってしまいます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>言語化力を高めるための3STEP</h2>

<p>言語化がうまくなるヒントを、3STEPに分けて紹介します。１度きりで終わらせず、日頃から意識しておくことが大切です。</p>

<p>【STEP1】物事を観察し、「なぜ」を明確に</p>

<p>私たちがつい使ってしまいがちな「やばい」は、あらゆる状況に対して使える便利な言葉です。しかし一方で、状況や気持ちの細部が伝わらず、相手の記憶に残りづらい表現でもあります。そこで、「やばい」という言葉を使うときは、「何がどうやばいのか」を合わせて言葉にするようにしましょう。</p>

<p>具体的なテクニックとしては、「やばい」に2つのフレーズをつけ加えると◎。たとえば、おいしいラーメンを食べて「やばい」と思ったら、ラーメンの味や見た目をよく観察し、「なぜそう思ったか」を明確にします。</p>

<p>その後、「スープがさっぱりして」＋「チャーシューが大きいから」＋「やばい」などと言語化しましょう。「やばい」という言葉自体が悪いわけではありません。一方で、「やばい」と思った理由を深掘りするうちに、「おいしい」「すばらしい」「危ない」といった、別の表現に変わることもあるはずです。</p>

<p>ほかの短い形容詞についても同様です。「なぜ」を考えることを習慣にしていると、物事に対する観察眼が鍛えられ、言葉選びが上手になっていきます。</p>

<p>【STEP2】文章にして、声に出す</p>

<p>何かを語る際は、誰にでもわかる文章にして語るようにしましょう。チャットなどであれば、そこだけを読み返したときにも内容がわかるのが理想です。</p>

<p>たとえば「Ａ案で！」というセリフは「私はＡ案のデザインが素敵だと思います」、「そんな感じ」は「私は送ってもらった写真のような色味で進めたいです」というように、面倒でも主語や述語を添えることが大切です。この作業を「プロンプト化」と言います。</p>

<p>プロンプト化の上達にもっとも効果的なトレーニングは、アナウンサーが行なうような実況中継です。自分の日常を細かくシナリオにするイメージで、「今、私は右手を動かしてマグカップの取っ手をつかみ、ゆっくりと口元に持っていきました」などと、自分の行動を声に出して中継しましょう。</p>

<p>さらに、五感を働かせて得た気づきも言葉にしていきます。「窓の外には、気持ちのよい青空が広がっています。赤い屋根の家も見えますね。窓を開けると朝の澄んだ空気の匂いがして、私は早起きして通学していた頃のことを思い出しました」といった具合です。</p>

<p>脳がとらえた情報を、五感を使いながらどんどん言葉にしていく。それによりプロンプト化が自然とできるようになり、言語化力がアップします。</p>

<p>【STEP3】伝えたいポイントを絞る</p>

<p>人に何かを伝えるときに長々と語っていると、相手が途中で飽きてしまったり、「結局のところ何が言いたいの？」と思われたりするものです。書いた文章も、長すぎると読んでもらえず、スルーされがちに&hellip;&hellip;。</p>

<p>せっかく頭の中に浮かんだイメージを言葉にしても、相手に拒否されてしまっては、元も子もありません。</p>

<p>言語化力を向上させるための最後のSTEPは、ポイントを絞って語るということです。たくさん伝えたいことがあったとしても、あえて3つに絞るようにしましょう。</p>

<p>一人で過ごす時間を使って、「テレビや映画を観ておもしろかった点を３つ挙げる」「その日の楽しかったことを３つ挙げる」など、日頃からポイントを絞る練習をしておくのがおすすめです。慣れてくると、いざ他人を前にしたときも、端的な説明を難なくできるようになります。</p>

<p>また、頭の中がスッキリと整理されることで、自分自身の気持ちやストレスにも気づきやすくなり、毎日を快適に過ごせるようになるはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>＜実践ワーク＞あなたが好きなカフェを紹介してください。</h2>

<p>ここまでに学んだことを活かして、自分のお気に入りのカフェを、相手はそのカフェについて知らないと仮定し、声に出して紹介してみましょう。紙に書き出すのでもＯＫです。</p>

<p>【悪い例】<br />
やっと見つけたこのカフェ、やばいです！　入ってみたら、とってもかわいい。都会にありながら静かで落ち着くし、本を読んだり考えごとをしたりするのに最適です。気がついたら３時間も過ごしちゃいました。長居もしやすい。明日も行きたいと思う、まさに神カフェです!</p>

<p>【良い例】<br />
ふらりと立ち寄って読書や考えごとができる場所があったらいいなと思いませんか？　私が見つけたのは、にぎやかな銀座という街にありながらも静かなカフェ。読書に適した机や、一人で落ち着ける半個室があるのは、嬉しいポイントです。あなたもきっと素敵な自分時間を過ごせると、私は思います</p>

<p>●解説 ここがポイント<br />
やばい」「かわいい」「神」といった抽象的な表現に頼らず、「何がどうなのか」を具体的に説明しましょう。そのカフェが気に入った主な理由（例では、街中なのに静か・読書に適している・一人で過ごしやすい）を簡潔にまとめて伝えてください。</p>

<p>また、自分の感想や体験ばかりを話すのではなく、相手の存在を意識して語ることも大切です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>失敗しても落ち込まないで</h2>

<p>常に適切な言語化をするのは、難しいものです。どんなに練習し、意識していても、「相手に理解してもらえなかった」「言葉選びを間違えた」など、うまくいかないことはあるでしょう。</p>

<p>でも、落ち込む必要はありません。言葉はあくまでコミュニケーションツールであり、相手がいる限り、「完璧」「正解」はないからです。言語化において自分一人の力で目指せるのは、せいぜい60点くらいで、残りの40点は相手側にゆだねられているということを覚えておいてください。</p>

<p>何より大切なのは、「どんな言葉を使えば相手に伝わるのか」を意識しながら、言語化を続けていくことです。その経験を積み重ねれば、「いつのまにか細部まで丁寧に語れるようになった」「相手に伝わる言葉が自然と出るようになった」「語彙力が増えた」など、自分自身で成長を感じられるときが必ず訪れます。</p>

<p>最後に、私が続けている「3行日記」をご紹介しましょう。私は１日の終わりに、言葉に関する気づきを３行の短い文にして書いています。</p>

<p>書き込むのは、「いいな」と思った言葉や、うまく伝わらなかった言葉など。書き溜めた日記は、自分だけの言葉辞典です。言語化力アップのための貴重な資料として活用できます。あなたもぜひ、「3行日記」をつけてみてはいかがでしょうか？</p>

<p>【ひきたよしあき】<br />
早稲田大学卒業後、博報堂に入社。クリエイティブディレクターとして数々のCMを手がける。現在はスピーチライターとして活動するほか、講演や執筆、大学での講義などを通して、コミュニケーションスキルを発信している。『人気スピーチライターが教える モヤモヤを言葉に変える「言語化」講座』（PHP研究所）など著書多数。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_chatting.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 26 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ひきたよしあき]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ケンブリッジ大学の学生はどう休む？ 世界最高峰の学びを支える「休暇の過ごし方」  飯田史也（ケンブリッジ大学工学部教授）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13631</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013631</guid>
			<description><![CDATA[ケンブリッジ大学の学生は休暇をどう過ごすのか。世界最高峰の学びを支える「休む力」に注目し、書籍『世界最高峰の学び』より紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ケンブリッジ大学" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Cambridgecampus.jpg" width="1200" /></p>

<p>ニュートンやダーウィンをはじめ、数々のノーベル賞受賞者や世界的リーダーを輩出してきたケンブリッジ大学。800年にわたり「学びとは何か」を追究してきた世界最高峰の教育機関です。</p>

<p>卓越した学びには、「休むこと」もまた重要です。ケンブリッジの学生たちは、どのように休暇を過ごしているのでしょうか。書籍『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』より、その実態を紹介します。</p>

<p>※本稿は飯田史也著『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』（日経BP）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>障害にぶつかったとき、あるいはぶつからないための自由時間の活かし方</h2>

<p>学びという無限ゲームの中では、スランプに陥ることは避けられません。しかし、そのような状況に直面したときにどのように立ち直り、学び続けることができるかが真価を問われる瞬間です。どのような状況に陥っても、しぶとく学びを続けられるセーフティーネットはいろいろな方法でつくることができます。</p>

<p>ここでは、どのように学びを意識した自由時間やリクリエーションを実現できるか考えてみましょう。ケンブリッジ大学でも、学生たちはとても多くの困難やストレスに見舞われるので、自由時間や余暇の過ごし方にも、とても気を使います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>・試験の後は充電期間に充てる</p>

<p>まず、一番大切なのが、大きな試験やストレスを感じる時期の後に充電期間を設定することです。どんな超人でも永遠にマラソンを走り続けることができませんし、充電期間が無ければ、いざというときに速く走れません。適当な充電期間は、「最高峰の学び」の一番大切な要素のひとつです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>・チームビルディングを意識したリクリエーション</p>

<p>一緒に気分転換を楽しめる仲間づくりも大切です。気の合う友人との自由時間は一番効果的な時間になります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>・あえて長期休暇を取って人生を俯瞰してみる</p>

<p>もし必要であれば、長期休暇を取るのも大切です。どうしてもスランプから抜け出せないときや、大きな迷いがあるときは思い切って長い休暇を取ることも必要です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>・新しいことに挑戦してみる</p>

<p>時間的、精神的に余裕があるときには、積極的に新しいことに挑戦してみましょう。新しい言語を学んだり、異分野体験をしたり、体を動かす活動に積極的に参加したり、自由研究などをしてみるのがよいでしょう。</p>

<p>特に、優秀で、本気の学生ほど、ひとつのことに集中しがちです。集中できるのはとても大切な能力ですが、障害にぶつかって、スランプに落ちいったときには、どこかに気分転換や、視点を変える方法を準備しておく必要があります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ケンブリッジ、休みの過ごし方</h2>

<p>ケンブリッジ大学の学生も教員も、いつも忙しく全速力で走り回っています。個人指導、宿題や予習復習に加え、フォーマルディナー、部活動や課外活動まで、「よくこれだけのことを1日24時間、週7日の中でこなせるものだ」と感心するほどです。</p>

<p>しかし、この嵐のような日々が1年中続いているわけではありません。</p>

<p>実際には、このような活動期は年間の半分ほどです。ケンブリッジは3学期制で、1学期は8週間と決まっています。つまり、1年間52週のうち、学期中の忙しい期間は24週間。残りの28週間は休暇期間、つまり自由時間です。なんと、1年の半分以上が休みというわけです。</p>

<p>内訳としては、冬休みが約7週間、春休みが約7週間、そして夏休みはおよそ14週間に及びます。長い休みがあるからこそ、学期中は全力で走り続けることができるとも言えますし、逆に、休みが長いからこそ、短期間に多くのことを詰め込む必要があるという側面もあります。この「学期中の集中」と「休暇中のゆとり」のコントラストもまた、ケンブリッジの学びを支える大きなしかけのひとつと言えます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>長期休暇中に学生は何をするのか？</h2>

<p>では、この長い休みの間、学生たちはどのように過ごしているのでしょうか？</p>

<p>休暇中にやるべきことは大きく2つあります。</p>

<p>まずひとつ目は、しっかり休むことです。8週間の嵐のような学期を終えた学生たちは、文字通り疲れ切っています。</p>

<p>ほとんどの学生は、カレッジという&quot;缶詰&quot;の場から解放され、家族のもとへ戻ります。休みの最初の1、2週間は、実家で家族とゆっくり過ごし、心身を回復させます。</p>

<p>しかし大切なのはここからです。遅かれ早かれ、この心地よい自由時間から現実に戻り、再び勉強モードへ切り替えなければなりません。</p>

<p>楽しい休みから、自らの意志で勉強に戻るのは誰にとっても大変なことです。だからこそ、学生一人ひとりが自分なりの方法で勉強モードをつくり出すよう指導されます。</p>

<p>指導教官にとって重要な、「腕の見せ所」は、この「切り替え」の手助けです。学期末には、休みを前に浮き足立つ学生たちに、どうすれば休み期間中にスムーズに学びを再開できるかを話し合います。</p>

<p>具体的には、休み明けに模擬試験を用意し、そこに向けて学習計画を立てさせます。特に自制心が揺らぎがちな学生には、あらかじめ詳細な学習計画を立てさせて指導教官がチェックします。</p>

<p>多くの場合、学生の計画はあいまいで、「この辺で勉強を始める」といった漠然としたものになりがちです。そこで重要なのは、どれだけ具体的で、成果や進捗がわかる計画を立てさせるかという点です。</p>

<p>試験が控える冬休みや春休みは、十分な勉強時間が割り当てられますが、その一方で、試験が終わり、新学年に備える夏休みは少し様子が異なります。</p>

<p>夏休みには、できるだけ普段の生活とは異なる経験を積むことが奨励されています。長期の旅行に出かけたり、多くの学科では企業でのインターンシップやボランティア活動が義務づけられていたりします。</p>

<p>こうした勉強以外の活動も、厳しい学びのモチベーションを高め、その意味をより豊かにしてくれます。</p>

<p>夏休みは「学びの外」に飛び出す貴重な時間です。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Cambridgecampus.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 26 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[飯田史也（ケンブリッジ大学工学部教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>スマホを置いて、フィンランドの森へ　9年連続「世界一幸せな国」で過ごす夏の7日間  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14028</link>
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			<description><![CDATA[9年連続で世界一幸せな国に選ばれたフィンランド。デジタルを離れ、自然やサウナで心身を整える「フィンランド流の幸せ」を体感する7日間の滞在招待企画をご紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="Chill Like a Finn" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260323visitfinland01.jpg" width="1200" /></p>

<p>国連の「世界幸福度報告書 2026」において、フィンランドが9年連続で首位に選ばれました。その幸福の鍵は、スマートフォンの通知音から離れ、自然の中で静かな時間を過ごすという、ごくシンプルな習慣にあるようです。</p>

<p>現在、フィンランド政府観光局は、こうした「フィンランド流の幸せ」を実際に体験できるキャンペーンを実施しています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自然との距離を縮め、心に「余白」を持つ暮らし</h2>

<p>フィンランドの人々にとっての幸せは、決して特別なものではありません。澄み切った湖で泳いだり、森を散策したりといった、日常のささやかな瞬間の中に宿るものだと考えられています。</p>

<p>特にヨーロッパ最大級の湖水地方「レイクランド」では、数千の湖と広大な森に囲まれ、常に自然がすぐそばにある暮らしが営まれています。予定を詰め込むのではなく、あえて「余白」を楽しむそのライフスタイルは、多忙な日々を送る私たちに、心地よいゆとりを思い出させてくれます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本のサウナファンも共感する、本場の文化</h2>

<p>昨今の日本におけるサウナブームにより、サウナは心身を整える手段として定着しました。フィンランドのサウナ文化は、日本のファンにとっても親和性が高く、同時にさらなる深い体験を与えてくれるはずです。</p>

<p>本場では、伝統的なサウナで汗をかいた後、目の前の湖へとダイブする光景が日常的に見られます。デジタルデバイスを置き、自然の音だけに耳を傾けながら自分自身と向き合う時間は、まさに究極のリフレッシュといえるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>厳しい冬を越えたからこそ感じる、夏の特別な空気</h2>

<p><img alt="Chill Like a Finn" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260323visitfinland02.jpg" width="1200" /></p>

<p>フィンランドの夏は、長く厳しい冬を乗り越えた人々にとって、一際特別な季節です。</p>

<p>湿度の高い日本の夏とは異なり、現地の夏には穏やかで清々しい空気が流れています。ありのままの自然体で季節を慈しむ現地の人々と過ごす時間は、きっと特別な時間になるはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>7日間の「フィンランド流チル」を体験する</h2>

<p>今回の「Chill Like a Finn（フィンランド流のチル）」チャレンジでは、このフィンランド流のウェルビーイングを体感する7日間の滞在がプレゼントされます。</p>

<p>＜体験内容＞<br />
・ 湖畔のコテージで過ごす静かなひととき<br />
・ 伝統的なサウナと、澄みきった湖での水浴<br />
・ 森や豊かな自然に身をゆだねる時間<br />
・ 旬の食材を味わい、心地よい仲間と過ごすひととき<br />
・ そして何より大切なことは、しばらくの間スマートフォンから離れること</p>

<p>募集人数： 6組12名</p>

<p>応募締切： 2026年3月29日（日）まで</p>

<p>当選発表： 応募期間終了後、選出された方へご連絡いたします</p>

<p>応募には「なぜ今、自分に本格的な夏のリセットが必要なのか」というエピソードを添える必要があります。デジタル過多な日常から少しだけ距離を置き、世界で最も幸せな国の空気に触れる旅へ、一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。</p>

<p>詳細については、Visit Finlandのキャンペーン特設サイトで確認できます。</p>

<p>https://www.visitfinland.com/en/chill-like-a-finn/</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260323visitfinland01.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 25 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>台湾の半導体産業は世界一でいられるか？ 小説『チップス』が描く“盛者必衰の理”  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13887</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013887</guid>
			<description><![CDATA[真山仁氏の人気シリーズ最新作『チップス』刊行記念イベントをレポート。8年ぶりに帰ってきた鷲津政彦が挑む「半導体覇権」と「台湾有事」の舞台裏とは？真山氏が語る“現在進行形のクライシス”の創作秘話やサイン会の熱気を凝縮してお届けします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="真山仁さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260304Mayamajin04.jpg" width="1200" /></p>

<p>小説家・真山仁さんの大人気『ハゲタカ』シリーズ最新作、『チップス&nbsp; ハゲタカ6』の刊行を記念したトーク＆サイン会がブックファースト新宿店にて開催されました。前作『ハゲタカ5 シンドローム』から8年。主人公・鷲津政彦が今回対峙するのは、「半導体覇権」と「台湾有事」です。</p>

<p>生成AIの急速な普及により、半導体をめぐる国際競争はこれまで以上に激しさを増しています。物語では、時価総額130兆円を超える台湾の半導体企業を、アメリカや中国が虎視眈々と狙います。</p>

<p>本イベントでは、『チップス&nbsp; ハゲタカ6』担当編集者である日経BPの白壁達久さんが聞き手を務め、真山さんの創作の深部に迫りました。真山さん自らが「現在進行形のクライシス・ノヴェル」と語る本作は、いかにして生まれたのか。鷲津政彦にとってシリーズ最大のミッションとなった本作の舞台裏をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>8年ぶりの『ハゲタカ』シリーズ新作</h2>

<p>――前作『ハゲタカ5 シンドローム』刊行から8年経っていますが、それはなぜでしょうか。</p>

<p>【真山】NHKでドラマ化された頃から、多くの方がこのシリーズを「歴史小説」のように捉えてくださっています。そのため、四作目の『グリード』を書いた頃からは、「大きな経済的事件がない限り、『ハゲタカ』の続編は必要ないのでは」と考えるようになったのです。逆に言うと、「次に大きな経済事件が起きたら書こう」と決めていました。</p>

<p>前回の大きな節目は、2011年の東日本大震災でした。その後も個別の企業の破綻など、さまざまな問題は起きていましたが、「歴史に残るほどの大きな事件か」と考えているうちに、8年の歳月が流れていました。</p>

<p>――この8年の間には、例えば2020年のパンデミックがありました。それでも、「台湾有事と半導体」を最新作のテーマに選ばれた理由は何でしょうか。</p>

<p>【真山】かつて半導体は「産業の米」と呼ばれていました。つまり、産業にとって最も重要な栄養分のような存在という意味です。しかし『2030 半導体の地政学』という本を読んでいたら、もはや半導体は単なる産業の基盤ではなく、国家のインフラであり、極端に言えば国家の未来を左右する存在になっていると書かれていました。</p>

<p>そのため、産業政策の問題ではなく安全保障の問題として、各国のトップが最先端の技術を手に入れようとしのぎを削っている。ところが、その中に日本はまったく入っていないのです。一方で、「日本はいまでもモノづくり大国、半導体大国だ」と考えている人も少なくありません。</p>

<p>私が書く小説には、多くの人が思い込んでいることが、本当にそうなのかと問い直す要素があります。半導体によって、これから歴史が変わっていくかもしれない。そう考えると、問題提起として取り上げる意味があると思いました。</p>

<p>また、「台湾有事」は防衛問題や、「貿易戦争」という文脈でざっくりと語られがちですが、もっと具体的に踏み込めば、半導体の先端企業や先端工場を巡る争いという側面が見えてきます。小説であれば、そこに「仮説」を立てて踏み込むことができる。</p>

<p>あえて振り切って、「半導体」というテーマから「台湾有事」を考えてみるのは面白いのではないか。そう考えた結果、今回のような形になりました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>台湾での現地取材を経て変わった印象</h2>

<p><img alt="チップス" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260304Mayamajin05.jpg" width="1200" /></p>

<p>――台湾でも現地取材をされたとのことですが、実際に訪れてみて印象が変わったことはありましたか。</p>

<p>【真山】大きく三つあります。</p>

<p>一つ目は、「台湾は親日国だ」という認識の微妙さです。台湾から日本への旅行者はとても多く、かなり通な場所にも行きます。例えば「小京都」と呼ばれる地域や、一般的な観光ルートではない場所に長く滞在したりする。日本をよく知っていて、日本を愛していると感じる部分は確かにあります。</p>

<p>さらに、電波の関係で日本の衛星放送がほとんど映るということもあり、日本のコンテンツに多くの人が触れている。そういう意味で日本が好きなのは確かです。ただ、その「好き」という感情が、どの程度のものなのか。そこは実際に行ってみて、少し違う感覚として理解できた部分がありました。</p>

<p>二つ目は、今回の小説の根幹にも関わる話ですが、台湾には軍隊があり、パスポートもありますが、国として認められていません。国連に加盟しているのは中華人民共和国だけで、かつて国連に加盟していた台湾は、中国が加盟した際に外されました。</p>

<p>つまり、「国ではないような国」として存在している。この状態をどう理解するのかという問題です。「中国に戻るのか」「独立するのか」という二択で考えがちですが、実際はそんな単純な構図ではありません。台湾の存在は、その枠組みだけでは説明できないものだと感じました。</p>

<p>三つ目は、台湾には世界最大の半導体企業があり、盤石だと思われている。しかし関係者に取材をしていると、「本当にそうなのか」という疑問を感じました。</p>

<p>これらの答えについてはぜひ小説を読んでいただきたいです。いまお話したことを頭の片隅に置いて読んでもらうと、物語の理解に少し深みが出るかもしれません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「現在進行形」のクライシス・ノヴェル</h2>

<p>――帯には「現在進行形」のクライシス・ノヴェルと書かれていますね。</p>

<p>【真山】大げさで、すみません（笑）。</p>

<p>――「現在進行形」という点は、『ハゲタカ』シリーズとしては初めての試みですよね。そこには難しさもあったと思いますが、その点はどのように感じていましたか。</p>

<p>【真山】そうですね。今回の小説には、一つ特徴があります。それは、現実に起きている出来事を横目で見ながら書いたという点です。</p>

<p>先ほど『ハゲタカ』は歴史小説だと申し上げましたが、これまでは、少なくとも出来事から3年から5年ほど時間が経ったあとに書いてきました。歴史的出来事は、だいたい3年くらい経たないと、その当時何が起きたのか見えにくいものだからです。</p>

<p>ただ今回は、「台湾有事」についての誤解を、いま解きたいという思いが強くありました。そのため、書いている内容が現実の時間と競走しているような感覚で、状況の変化に合わせて内容が変わっていく部分もありました。</p>

<p>実際に起きていることを小説の視点から読む体験を通じて、現実を少し斜めから見て、何が起きているのかを理解してもらえるという意味では、こういう書き方を選んで良かったと思っています。</p>

<p>ただ、現実世界はどんどん変化する。けれども、小説は、週に一度しか掲載されないうえ、原稿はだいたい3週間前に入稿しています。つまり、3週間先の状況を予測しながら書いていました。フィクションですから、現実の通りである必要はありませんが、その点は少し大変なところではありました。</p>

<p>――『日経ビジネス』での連載から単行本化する際には、物語内の時制をすべて1年ずらすという作業を行われましたが、かなり大変だったのではないでしょうか。</p>

<p>【真山】ラストの日付は、近未来に設定しています。発表時点より未来を書きたいからです。なぜかというと、読みながら現実との答え合わせをされたくない。それは本来の小説の楽しみ方とは違うと思うからです。</p>

<p>さらに世界の政治状況の変化もありました。連載を始めたころはアメリカはバイデン政権でしたが、トランプ政権に戻りました。最近では中東情勢も大きく変化しています。そうした動きを見ていると、連載中の時間軸で書籍化するのは難しいと感じました。連載が3分の2くらい進んだ段階で、「単行本では時間をずらさないといけない」と考えていました。</p>

<p>これまでの作品は、過去の出来事を現在から振り返る形で書いていました。しかし今回は、まだ歴史としての結果が出ていないテーマです。一方で、小説は物語として何らかの結末を提示しなければならない。だからどこかで現実を追い抜く必要がある。そのことは最初から意識していました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>底流にあるテーマは「諸行無常」</h2>

<p>――今作では、章タイトルが『平家物語』に由来していますね。</p>

<p>【真山】そうですね。台湾で半導体関係者に取材したとき、毎回こんな質問をしました。「台湾の半導体産業は、この先もずっと世界一だと思いますか」と。すると、ほとんどの人が「当たり前だろう」と答えたのです。</p>

<p>1980年代後半、日本が半導体王国と言われていたころにタイムスリップして、「日本の世界一はずっと続きますか」と聞いたら、日本人も同じように「当たり前だろう」と答えたでしょう。しかし現実はどうなったか。かつて世界一だった日本の半導体産業は、いまでは見る影もありません。</p>

<p>人でも組織でも、栄華を極めてトップに立った瞬間から、あとは落ちていくしかない。例外なのはアメリカくらいです。なぜならアメリカではプレーヤーが入れ替わるからです。失敗した人は退場し、次のプレーヤーがすぐに出てくる。二番手、三番手が常に待っているから、持ちこたえることができる。</p>

<p>ただ、普通はそうはいきません。結局のところ、「諸行無常」や「盛者必衰」は当たり前の摂理なんです。しかしトップにいるときには、誰もそれに気づかない。</p>

<p>今回の取材をしている間、ずっと頭の中で『平家物語』の冒頭が繰り返されていました。だから作品の底流には、栄華を極めたものがやがて滅びるというテーマがあります。ただし、『チップス&nbsp; ハゲタカ6』では誰がどこでそうなるのかは、読む人によって違ってくると思います。</p>

<p>台湾とシンガポールは、よく似た国だと思っています。私は小説『タングル』を書くため、2010年代にシンガポールを取材しました。当時シンガポールでは日本はもう「終わった国」と言われ、「なぜ日本は高齢者をあそこまで救うのか」「国がお金を使ってそんなことをする意味があるのか」と言う人がいました。</p>

<p>しかし現在シンガポールでは、建国の功労者たちが高齢者になり始めていて、このまま彼らを見捨てるのかという問題が出てきました。それはできないと気づいたとき、「日本から学ぶものがある」と言い始めたのです。</p>

<p>自分が上手くいっているときには、他人から学ぶ必要がないと思う。でも状況が変わると、急に学ぶべきことが見えてくる。</p>

<p>台湾でも同じような話をしました。取材中ずっと、「世界一であり続けることはできない」と言っていたのですが、「それは負け惜しみだ」と言われました。でも私は、敗者の言葉も大事だと思うのです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260304Mayamajin04.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 25 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>46年連れ添った夫から突然の離婚宣告　「もう無理」と絶望した医師が人生を立て直すまで【前編】  グラディス・マクギャリー（医師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13994</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013994</guid>
			<description><![CDATA[102歳の医師が、46年連れ添った夫から突然離婚宣告を受けた人生最大の試練を告白。良き妻であろうと自分を抑え続けた末の裏切りに絶望しながらも、自らの人生を立て直していく再生の記録です。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="グラディス博士は46年連れ添った夫から離婚を言い渡され、人生のどん底を経験する" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_DesertG.jpg" width="1200" /></p>

<p>人生には、これ以上耐えられないと思うほどの出来事が突然訪れることがあります。長い時間を共にした関係が終わるとき、信じていたものが崩れるとき、人はどのようにして立ち直るのでしょうか。<br />
本稿では、幸せな人生を送るための人生哲学を『102歳の医師が教える 健康と幸せを保つ秘訣』に綴った医師のグラディス博士が、人生最大の試練に向き合ったときの経験を語ります。</p>

<p>※本稿は、グラディス・マクギャリー著『102歳の医師が教える 健康と幸せを保つ6つの秘訣』(&amp;books/辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものの前編です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「順風満帆」に見える人生の裏側</h2>

<p>私がもう無理だと感じた瞬間について、お話しするときがきた。70歳近くになって、第5の秘訣（すべては先生）を試される、最大の試練がやってきたのだ。&nbsp;</p>

<p>80代の初めごろ、旅先で出会った人に、とても幸せそうに見えるから順風満帆だったんでしょうねと言われたことがある。私は笑って答えた。「どんなに大変なことがあったか、お見せしたいくらいよ！」&nbsp;</p>

<p>そのとき、人生でもっともつらい10年間から抜けだしたばかりだった。しかも私の苦悩は、公然になっていた。コミュニティの全員が、何があったか、細部に至るまで知っているようだった。ビルが私たちのパートナーシップを解消したこと。それも結婚とビジネス両方で。しかも私たちのクリニックの看護師といっしょになるために。</p>

<p>みんなが知らなかったのは、結婚生活を終わらせることを考えたのは、今回が初めてではなかったということだ。その話はほぼ誰にもしていなかった。オハイオに住んでいたときにも、もうひとり、別の看護師がいた。彼は認めなかったし、私も疑ってはいたものの、彼の言うことを信じていた。確実にわかっているのは、実は離婚届を半年間ずっと持ち歩いていて、すぐにでもサインしてほしいと、彼が突然私に切り出したことだ。当時、10歳に満たない子どもが4人いて、離婚は今ほど一般的ではなかった。私はショックを受けた。何も悪いことはしていないのに......。彼が兵役で不在だったときには子育てをし、他の州に駐在しているときはクリニックの運営もやってきた。</p>

<p>クリニックの看護師は、やはり他の州に病気の母親がいるということで、たびたびお見舞いに行くので、とくに大変だった。この話も疑わしかったことに、そこで気づいたわけだが。私は自分の立場から話をした。あの日、祭壇で誓い合ってから12年間、誓いを守ってきた。いっしょに人生を歩んできて、子どもたちを授かり、私はまだいっしょにいたいと思っている。何かうまくいっていないことがあるのなら、いっしょに解決したいと。</p>

<p>私たちはカンザスまで出かけて、1週間の集中的な結婚カウンセリングを受けた。そしてセラピストのアドバイスどおりに、もっとおとなしくなろうとした。ビルにとって私は我が強すぎるというメッセージを受けとめた。私の野心は、支配的に見えていたのだ。</p>

<p>ビルと私の関係は、アイデアを共有し、長い哲学的な議論を交わし、ビジネスパートナーとして、配偶者として、互いに協力し合うというものだったが、それは不健全だということだった。夫婦のお互いに対する態度として、間違っていると言われた。当時は1950年代で、女性は従順であるものという考え方を私も知っていた。ただビルと結婚したとき、彼は違うタイプで、違うタイプの妻を求めているのだと思っていたが、それは間違いだったようだ。失望し、混乱したが、それでも私はいい妻になろうとした。少しうしろに下がるようにして、彼にリードしてもらうようにした。&nbsp;</p>

<p>それからまもなく、彼はアリゾナへと私たちを導き、私たちは代替医療に興味を持ちはじめた。やっぱり!と私は思った。妻だけじゃなくて、ビジネスパートナーも求めているってことじゃない！私たちの仕事上の関係は強くなり、友情も深まった。</p>

<p>その後の数十年間で、ふたりとも大きく成長したと思う。いっしょにワークショップやセミナー、シンポジウムを主催し、ニュースレターを印刷して、封筒に切手を貼って世界中に発送した。私たちの経営していたクリニックは名が知られるようになり、成功を収めた。それにコミュニティの友人たちは、私たちの結婚を、ふたつの偉大な頭脳がいっしょになるとどんなことが可能になるのかを示すものとして見てくれていた。ふたりで夜遅くまで話し合い、お互いに理解や可能性を広げていった。</p>

<p>私たちはいいチームを組んで子育てをしていたし、アリゾナではめでたく、さらにふたりの子どもを授かった。結婚セラピストのアドバイスが、私たちをすばらしい人生の次のステップへと押しすすめてくれたように思えた。議論は彼に勝たせてあげ、公の場では彼に主導的な役割を任せていれば、私の活発で好奇心旺盛な性格は歓迎されていたのだ。子どもたちは成長して結婚し、孫もできた。人生は続いていた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>46年連れ添った夫の、想像もしなかった裏切り</h2>

<p>そしてある日、最初に離婚を切り出してから35年後、ビルがある看護師を私たちの忙しいクリニックの管理者にするよう、働きかけはじめた。そうなると、私はリーダーシップの役割から退くことになる。この提案は、唐突な感じがした。</p>

<p>彼女はいい看護師だったが、どう見ても天性のリーダーシップがあるタイプではなかったし、あまり好かれてもいなかった。彼女を気にいっていたのは、ビルだけのように思えた。いっしょに出張に行ったり、オフィスで遅くまで残業したりしていた。私は何度か、ビルに彼女との友情について、質問した。働きはじめてからだいぶ深まったように感じたからだが、彼はいつでもそれを一笑に付した。</p>

<p>私は管理者の提案については難色を示し、ビルには、私たちが魂を探求するときに行くお気に入りのスポットであるオーク・クリーク・キャニオンに行って、彼女か私か考えてみるようにすすめた。もちろん仕事上という意味でのことだった。</p>

<p>週末のあいだずっと、私が知っている善良なビル・マクギャリーが我に返るよう祈った。自分のなかのふたりのグラディスも、何度も対話をしていた。まだ闘いたいと思っている小さなグラディスと、彼女を正しい方向に導こうとする聡明なカウンセラーのグラディス博士だ。グラディスは怖がっていたが、グラディス博士は、何が起ころうとも、乗りこえられると確信していた。</p>

<p>次に起こったのは、想像を超えた最悪の事態だった。少なくとも当時はそう思えた。ビルは帰宅すると、突然手紙を渡してきた。私たちの6人の子ども全員と、クリニックの理事会にも、すでに同じ手紙を渡し終えていた。そこには、彼の魂はひとりになる必要があり、その結果、彼と私は離婚すると書かれていた。私にはまったくの初耳だったが、他の人たちはみんな知っていたのだ。こうするのが正しいんだ、魂の本質的な部分なのだとビルは言った。私の魂の道は考慮されなかったということだろう。46年間、結婚していたのに。&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_DesertG.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 25 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[グラディス・マクギャリー（医師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>職場の人間関係をラクにする技術　臨床心理士が教える「苦手な人」への接し方  中島美鈴（臨床心理士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13942</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013942</guid>
			<description><![CDATA[なぜ職場の人間関係でストレスを抱えてしまうのか？ 本稿では臨床心理士の中島美鈴さんが、認知行動療法の視点から、自分を守り、対人関係を劇的にラクにする考え方と行動のコツを伝授します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="人間関係の悩み" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_talkingman.jpg" width="1200" /></p>

<p>職場の人間関係がうまくいかないのは「スキーマ（思い込み）」のせいかもしれません。</p>

<p>スキーマは、成長過程で身についた「世界を捉えるフィルター」のようなもの。一旦身についたスキーマは、私たちの信念やコンプレックスとして、仕事の成果や人間関係にも影響を与え続けます。</p>

<p>本稿では、臨床心理士・中島美鈴さんの著書『会社でいちいち傷つかない　認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動』より、このスキーマを調整するテクニックを紹介します。</p>

<p>※本稿は、中島美鈴著『会社でいちいち傷つかない　認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動』（日経BP）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「わりきる」って具体的にどうするんですか？</h2>

<p>--------------------------------------<br />
いわゆるポーカーフェイスができないタイプ。社会人になるとみんな本音と建前をうまく使い分けて、会社では感情的にならずにやってる。でも私はどうしても好き嫌いが顔に出てしまう。大人気ないけど。パワハラとか言われてしまったらどうしよう。<br />
--------------------------------------</p>

<p>人間関係にまつわるイライラや好き嫌いの感情は職場ではつつしむべきということは誰もがわかっていることでしょう。しかし私たちは感情を持つ生き物。なかなかコントロールできないので苦労するわけです。</p>

<p>現に職場におけるストレスの中でも、大部分の人が悩んでいるのが「人間関係」の問題です。対処法を知っていれば、ずいぶんとストレスを減らすことができます。具体的にどうしていけばいいのでしょう。</p>

<p>まず、お伝えしたいのは、職場の人間関係におけるネガティブな感情そのものは悪いものではないということです。</p>

<p>好き嫌いを抱いてしまうことそのものは防ぎきれないし、しょうがないものです。この好き嫌いの感情だけなら、割とシンプルな話なのです。しかし、私たちがつらくなるのは、その背景に「この人とうまくやらなければ」という思い込み（スキーマ）がある場合です。</p>

<p>私たちは物心ついた頃から「みんなと仲良くしましょう」と教えられてきました。揉め事を起こす人よりは上手く収める人の方が重宝されます。そのため過度に「人に対してネガティブな感情を持っていてはいけない」と自ら抑圧しているのです。嫌いな人にはそれなりの対応でよいだろう、と思えるともっとラクなのですが。ではどうしたらいいのでしょう。「みんなと仲良く」といった規範を、働く大人向けにアップデートするのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>スキーマを職場に合わせて調整する</h2>

<p>スキーマを現在の職場に合わせて調整するのです。具体的には、「職場は学校やプライベートの人間関係と違って、あくまで生産性を上げて利益を追求する場なのだ。人間関係がいいと円滑ではあるけれど、あくまでそれは副産物であって、最大のアウトプットは生産性なのだ」と考えるのです。簡単にいえば「仲良くできるに越したことはないけれど、重視すべきは仕事の結果」ということです。</p>

<p>こうしてスキーマレベルで書き換えを試みても、すぐには変われないものです。そこで、行動レベルでもう少し変化を加えます。苦手な人から不意に話しかけられたことを想定して、事前に対応を考えるのです。こういう「不意打ち」の時には、慣れ親しんだスキーマが反射的に出てきてしまいます。咄嗟に「仲良くしなくちゃ！」と思ってしまうのです。</p>

<p>やること、やらないことを事前に決めて、それ以外は、あくまで仕事の生産性を下げないために、最低限の交流を保つように気をつけます。</p>

<p>例えば、こんなふうに、すること、しないことを決めてみるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【職場で苦手な人にもすることリスト】</p>

<p>・仕事のいわゆる「ほうれんそう」<br />
・挨拶<br />
・謝罪<br />
・ランチタイムや飲み会などでの複数人での雑談</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【職場で苦手な人にしないことリスト】</p>

<p>・その場を取り繕うための雑談<br />
・心にもないお世辞を言う<br />
・プライベートな旅行のお土産を渡す<br />
・業務の範囲を超えたお願いを聞くこと<br />
・プライベートなことへの質問の回答（代わりに「まあ、まあ、まあ......」などと濁す）<br />
・プライベートの相談<br />
・その人から褒められよう、好かれようと期待すること</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>リストアップしてもなお、「そんなことしたらどう思われるか」と心がざわついてしまう方は、スキーマが関連していないか見直してみましょう。</p>

<p>「みんな仲良く」「この人とうまくやらなければ」といったスキーマが発動していませんか? もう一度言いますが、職場は生産性を上げる場所で、そうしている限り文句を言われませんし、クビにもなりません。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 25 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中島美鈴（臨床心理士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>長野県で“サラダ軍艦”が人気No.1に？　人気ネタに表れる「寿司の地域性」  ながさき一生（株式会社さかなプロダクション代表取締役）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13969</link>
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			<description><![CDATA[寿司には地域の文化が反映されるため、「よく食べられるネタ」が地域によって大きく異なります。地域ごとに人気のネタや土地に根差す町寿司の魅力をながさき一生さんが紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ながさき一生著『寿司ビジネス』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sushi.jpg" width="1200" />マグロ、サーモン、いくら、鯛...日本人が大好きな寿司には、さまざまなネタがありますが、「寿司は地域の文化が色濃く反映される食べ物」だと、「さかなの会」主宰で株式会社さかなプロダクション代表取締役を務めるながさき一生さんはいいます。本稿では、地域ごとに異なる人気の寿司ネタや町寿司の魅力について、見ていきましょう。</p>

<p>※本稿は、ながさき一生著『寿司ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>地域別人気の寿司ネタ</h2>

<p>寿司には、地域の文化が色濃く反映されやすいという特徴があります。例えば、同じ回転寿司チェーンで、同じメニューが並んでいたとしても、地域によって「よく食べられるネタ」は驚くほど違ってきます。ここでは、そんな寿司の地域性を、人気の寿司ネタから北から順に覗いていきましょう。</p>

<p>【1】北海道：〆鯖（しめさば）</p>

<p>「魚の宝庫」として知られる北海道ですが、意外にも人気ネタとして名前が挙がるのが〆鯖です。北海道といえば、鮮度抜群の「生」のイメージが強いかもしれませんが、実はサケやニシンなど、保存食文化が古くから根付いている地域でもあります。</p>

<p>脂の乗った鯖を、酢でしっかりと締めるという「ひと手間」を加えた味わいは、北海道の食文化には自然と馴染んできました。キリッとした酸味と鯖の旨味のバランスを好む感覚は、保存食を大切にしてきた土地柄とも重なります。</p>

<p>【2】長野県：サラダ軍艦</p>

<p>海のない県、長野で圧倒的な人気を誇るのが「サラダ軍艦」です。かつて鮮魚の入手が難しかった時代、保存性のある練り製品やマヨネーズを使った軍艦巻きは、子どもから大人まで楽しめる「ご馳走」として定着していきました。</p>

<p>さらに大きいのが、長野県発祥の回転寿司チェーン「かっぱ寿司」の存在です。県内に早くから店舗を展開し、サラダ軍艦を定番商品として提供してきたことが、食文化として根付く大きな要因になりました。長野県では、マグロやサーモンを抑えてサラダ軍艦が売上1位になる店舗も珍しくなく、もはや立派な「ソウル寿司」と言える存在です。</p>

<p>【3】石川県：かっぱ巻き</p>

<p>さまざまな海の幸のイメージが強い石川県ですが、実は「かっぱ巻き」の消費量が多い地域として知られています。なぜなのかは定かではありませんが、テレビの報道によると、その背景にあると言われているのが、石川県ならではの家庭環境です。</p>

<p>共働き世帯が多く、祖父母の家で育つ子どもたちが、庭で採れたきゅうりをおやつ代わりに食べて育つ。そんな光景が、ごく自然にある石川県では、家庭菜園できゅうりを育てている家が多いこともあり、石川県民にとってきゅうりは身近で親しみのある存在になっているとのこと。その延長線上に、かっぱ巻きの人気があると考えると腑に落ちます。</p>

<p>【4】愛知県：鉄火巻</p>

<p>「なごやめし」に代表されるように、しっかりとした味付けを好む傾向がある愛知県では、鉄火巻が人気です。愛知は三河湾を有し、海苔の生産が盛んな地域です。そのため海苔へのこだわりが強い人も多く、パリッと香ばしい海苔と赤身マグロの濃厚な旨味の組み合わせが高く評価されます。</p>

<p>また、通常1皿に4貫以上のる鉄火巻は、握りと比べてお得感が強いのも選ぶ理由として挙げる人が多くいるとのことです。</p>

<p>【5】愛媛県：オニオンサーモン</p>

<p>真鯛の養殖日本一を誇る愛媛県ですが、回転寿司では「オニオンサーモン」が売れているそうです。愛媛の食文化を見ていくと、実は甘めの味付けを好む傾向があります。麦味噌文化などがその代表例でしょう。それに加えて、愛媛には、薬味文化もあります。柑橘の皮や果汁、ねぎ、みょうがなど、香りや軽い辛味・酸味を添えて味を立体的に整える食べ方が根付いています。</p>

<p>脂の乗ったサーモンに、スライスオニオンと甘めのマヨネーズ。この組み合わせは単なる洋風アレンジではなく、「甘味と旨味」を土台にしつつ、オニオンの辛味と香りで後味を締めるという、愛媛の味覚構造に合ったものといえるでしょう。甘さを受け止めながら、薬味でキレを出す。その感覚にぴたりとはまっています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>町寿司に行こう！</h2>

<p>以前は、どの町にも当たり前のようにお寿司屋さんがありました。日常のランチを食べたい時、お祝い事の特別なディナー、家族へのお土産、あるいは出前を頼む時など、町寿司は実にさまざまな役目を担っていました。</p>

<p>ところが現在では、日常食は回転寿司、お祝いの場は高級なカウンター寿司、持ち帰りはスーパーや駅ナカの寿司コーナー、出前はデリバリー寿司といった具合に役割が細分化され、分業が進んでいます。そんな中で、町のお寿司屋さん、いわゆる「町寿司」は、今どんな役割を担っているのか。町寿司が大好きな私自身、日頃から考えているテーマでもあります。</p>

<p>町寿司とは、高級寿司でも回転寿司でもない立ち位置で、町に根ざして営業しているお寿司屋さんのことです。家族経営や個人店が多く、何十年も同じ場所で続いている店が少なくありません。</p>

<p>寿司1人前ランチ1000円前後、ディナーでも3000円前後という価格帯でありながら、回転寿司のように大量に規格化された冷凍魚や養殖魚に依るのではなく、その日の仕入れに向き合い、季節の魚介を寿司として提供していただける。この存在は、子どもたちへの食育や地域の食文化を守るという意味でも、非常に重要だと私は感じています。</p>

<p>町寿司の魅力の一つは、地域性や経営者の個性が色濃く出る点です。例えば、私の地元である新潟県糸魚川市の人気店「地魚料理 すし活」では、地場の白身魚を中心としたネタ構成が特徴です。</p>

<p>糸魚川沖は地質の関係でミネラル分が多く、白身魚でも味が濃い。その魚に合わせて、味のしっかりしたコシヒカリのシャリを使っています。土地の魚と米の相性を、長年の経験で作り上げてきた町寿司らしい一軒です。</p>

<p>山間部にあり、熟成を効かせたネタと、しっかり酢を効かせたシャリで、独自の寿司を提供してくれる町寿司もあります。「山で寿司」という意外性がありますが、冷蔵技術が発達した現代においては、魚の扱いさえ適切であれば、場所を問わず美味しい寿司が成立します。</p>

<p>当然ながら都市部にも町寿司は数多く残っています。派手な演出はなくとも、丁寧な仕込みと安定した仕事で、地元の人や働く人に長く愛されているお店も少なくありません。こうしたお店では、寿司の流行よりも、日常としての寿司が大切にされています。</p>

<p>私が町寿司で特に好きなのは、家に帰ってきたかのようなアットホームな空気感です。大将や職人が黙々と寿司を握る中、女将さんがさりげなく声をかけてくれる。店の片隅には小さなテレビがあり、バラエティ番組の笑い声やニュースのアナウンサーの声が流れている。この昭和を思い出すようなノスタルジックな雰囲気に、いつの間にか心がほどけていきます。</p>

<p>物価高騰や人手不足など、町寿司を取り巻く環境は決して楽ではありません。それでも、多くの店が以前と大きく変わらない価格で寿司を提供し、地域の文化を守り続けています。その姿勢には、頭が下がる思いです。</p>

<p>こういった町寿司を少しでも応援しようと、私が主宰する「さかなの会」では、「machisushi_daisuki」というアカウントで町寿司のInstagramを立ち上げました。まだ、投稿数はそんなに多くありませんが、ぜひ皆さんも町寿司に足を運び、この文化を一緒に支えていきましょう。寿司の本質は、意外と身近な町寿司にこそ詰まっていると私は思っています。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 24 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ながさき一生（株式会社さかなプロダクション代表取締役）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「できない前提で動き出す」 0からフィンランド移住をかなえた人の考え方  chika</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13802</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013802</guid>
			<description><![CDATA[20歳の頃にフィンランドに一目ぼれし、30代で移住に挑戦したchikaさん。何もない状態から挑戦する際の心がけとは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260305chika04.jpg" width="1200" /></p>

<p>20歳のときに「フィンランドに住みたい」と心を奪われ、その思いを胸に30代で移住をかなえたchikaさん。現地の寿司店で働き始めるも店の倒産を経験し、その後は個人事業主として独立。</p>

<p>人気コミックエッセイシリーズ最新作『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』では、さらに大学進学という新たな挑戦の日々が描かれています。</p>

<p>思いがけない出来事に直面しながらも、前を向き続けるその姿勢はどこから生まれるのでしょうか。フィンランドでの暮らしのなかで育まれた、chikaさんの&quot;心の保ち方&quot;について聞きました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>フィンランドで気づいた「自分の性格のクセ」</h2>

<p><img alt="『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より" height="1763" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260305chika01.jpg" width="1200" /><br />
『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より</p>

<p>――chikaさんのマンガは、ご自身の心の動きが丁寧に描かれている印象です。<br />
フィンランドで生活することで、これまで気づかなかったご自身の性格や思考のクセが浮き彫りになった瞬間はありましたか？</p>

<p>【chika】移住して感じたのは、職場でも生活でも「しんどい時に誰かが察して助けてくれる」ではなく、「必要なら自分から助けを求める」ことが前提になっていることです。</p>

<p>制度や支援先はあるけれど、それらは自分から声を上げないと始まらない。声を上げたらみんなが助けてくれるのですが、どうしても最初は自分の癖として「一人で頑張らなきゃ」と思いすぎるところがあったので、「声に出して助けを求める」ことは訓練が必要な部分だと感じました。</p>

<p>――心がしんどいとき、回復するためのルーティンや頼りにしているものはありますか？</p>

<p>【chika】日記を書くことが、ずっと大きな支えです。小学生の頃から毎日日記を書いていて、モヤモヤしたことも嬉しいことも全部書きます。</p>

<p>ストレスが溜まったときには、今感じていることを言語化しながら「なんでかな？」を掘っていき、最後は「どうしたらいいかな？」まで書き切るようにしています。自分にとって日記は日課で、同時にセラピーのようなものです。</p>

<p>それから、家でも職場でもない「サードプレイス」を持つことも大切にしています。フィンランドでは、職場と家の間にある静かなビールバーに寄って気持ちをクールダウンしたり、休日にはお気に入りの小さな島で水面を眺めたり、コーヒーを読んだりして過ごしています。</p>

<p>――フィンランドでの人間関係は、日本と比べてどのような違いを感じますか？</p>

<p>【chika】人との距離感が、踏み込みすぎない形で保たれていると感じます。<br />
自分のペースを尊重してくれるけれど、必要以上に干渉しない。「尊重と無関心の間」という表現が近いです。</p>

<p>例えば、一緒に旅をしていても別行動が自然に成立することがあります。</p>

<p>友達とサンタクロース村へ行ったとき、相手が「自分は疲れてるから車で寝てるね。チカは楽しんでおいで」と言ったことがあり、最初は驚きました。</p>

<p>けれど「一緒に来たから一緒に楽しまなきゃ」という罪悪感がなく、それぞれが自分らしくあることが許されている。そんな距離感を心地よく感じました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>移住、大学入学、ぬいぐるみ作り...挑戦し続けるためのコツ</h2>

<p><img alt="『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より" height="1763" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260305chika05.jpg" width="1200" /><br />
『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より</p>

<p>――フィンランド移住そのものが大きな挑戦だったと思いますが、さらに現地の大学に通ったり、ぬいぐるみを制作して販売したりと、chikaさんは絶えず色んなことに取り組んでいる印象です。<br />
無理なく挑戦を続けるための心構えはありますか？</p>

<p>【chika】大きく二つあります。</p>

<p>一つ目は、期日を決めることです。移住前に「とりあえず3年」と決めたのもそうですし、ずっと続くと思うと単調に感じたり息苦しくなることでも、期限を区切ると「いつか終わるから大切にしよう」と思えるようになります。</p>

<p>二つ目は、挑戦は「100％準備はできない」と思うようにすることです。これは寿司学校時代、いつまでもスキルに自信が持てず海外への挑戦を先伸ばす私に、先生が伝えてくれた言葉です。</p>

<p>完璧になってからではなく、「できない前提」で挑戦して、その都度学んでいく。そう捉えることで一歩を出しやすくしています。</p>

<p>――いざ挑戦しようと思っても一歩踏み出せない場合、どんなことに意識を向けたら良いと思いますか？</p>

<p>【chika】「いつかやります」ではなく、小さなことでも「今やっています」に変えることが一つのコツだと思います。</p>

<p>私自身、会社員を続けながら週末に寿司学校に通ったり、まずは独学でぬいぐるみを作り始めたり、いきなり環境を全部変えずに、できる範囲で挑戦を積み重ねてきました。</p>

<p>安全と挑戦を両立させながら「まずやってみる」の心持ちで踏み出す選択肢も良いと思います。</p>

<p>また、不安や焦りがあるときは、原因をじっくり考えて先回りして潰すようにしています。漠然と抱え続けるよりも、ネガティブに感じる要素を書き出して、それに対して対策を立てる。できるところまで準備したら、あとは「これ以上はできない」と思える地点で腹をくくる。</p>

<p>自分は夢見がちなところがある一方で、リアリストな面もあるので、そこでバランスを取っています。準備の限界はありますが、できる対策を積み重ねることで「大丈夫だよ」と自分を安心させられるようにしています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>フィンランドの「幸せの講義」から受け取った二つの視点</h2>

<p><img alt="『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より" height="1763" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260305chika09.jpg" width="1200" /><br />
『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より</p>

<p>――マンガに描かれた「幸せの講義」を受けたお話が印象的でした。その講義を経て、糧になっていることはありますか？</p>

<p>【chika】この講義は、私自身「人の役に立ちたい」「新しいことに挑戦したい」という気持ちが先に立つ一方で、気づかないうちに限界を超えてしまうことがあり、仕事だけではなく人間関係や生活も含めて、長く自分らしく続けていくには何が必要なんだろう、と悩んでいた時期に受けました。</p>

<p>その中で先生が、「嫌なことや負荷がかかること、落ち込むことを全部避けることが幸せなのではなく、そういうことも含めて経験していくことに人生の意味がある」と話してくださったのが、特に心に残っています。</p>

<p>しんどさを感じる自分を否定しなくていいんだと安心できましたし、自分が大事にしたいと思ってきた方向性は間違っていなかったのかもしれない、と感じられたのが嬉しかったです。</p>

<p>もう一つ大きかったのは、「人とつながることと同じくらい、自分とつながっていることが大事」という言葉です。</p>

<p>誰かのために頑張ることでも、頑張りすぎると続かなくなってしまう。だからこそ、できる範囲を明確にして、必要なことにはNOと言いながら、自分の意思で選び直していくことが大切だと教えていただきました。</p>

<p>授業後の個別の質問でも、「小さなギビングを、できる範囲で長く続けるほうが、お互いにとっていい」というお話をしてくださって、それが当時の私には具体的な道筋になりました。</p>

<p><img alt="『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より" height="1763" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260305chika10.jpg" width="1200" /><br />
『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260305chika04.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 24 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[chika]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「いい感じにやっといて」は地雷?　丸投げ依頼に振り回されないための受け方  渋谷亜也（一般社団法人日本接客アドバイザー協会名誉顧問）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13961</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013961</guid>
			<description><![CDATA[「丸投げ」や「いい感じに」という曖昧な依頼がなぜ起きるのか？渋谷亜也氏の実体験を元に、引き受ける側の負担を減らし、仕事の価値を再認識するためのマインドセットを解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="丸投げ" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_zangyo2G.jpg" width="1200" /></p>

<p>仕事の依頼が「ざっくり」すぎて困ったことはありませんか？指示が曖昧な「丸投げ」は、引き受ける側の善意や努力によってなんとか維持されているのが現実です。</p>

<p>一般社団法人日本接客アドバイザー協会・名誉顧問の渋谷亜也さんの著書『ヒトもAIも仕事は&quot;引き受け方&quot;が9割』より、丸投げが起こる構造と、渋谷さんの苦い経験から得た「雑務の価値」、そして「自分を守るための受け方」についてお届けします。</p>

<p>※本稿は、渋谷亜也著『ヒトもAIも仕事は&quot;引き受け方&quot;が9割』（インプレス）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>仕事を丸投げする人</h2>

<p>特に具体的な指示をせず、「これお願いします」「これやっといてね」のように仕事をまるっと依頼されることがあると思います。過去に経験やレクチャーがあって、その指示だけで着手／完了できる時はよいですが、経験や情報が足りず、いわゆる「丸投げ」だった場合。みなさんも経験があると思います。</p>

<p>お願いの内容にかかわらず、人に何かを依頼する時、「完成系まで見えていて、それを踏まえてお願いするかどうか」で、依頼のしかた（相手に伝えること）は変わってきます。</p>

<p>たとえば、あなたがご家族から「明日ごみのの日だから、ごみを捨てておいてね」とおねがいされた、と仮定します。普段からごみ捨てをやっていれば、</p>

<p>・翌日の曜日を確認し、ごみの種別を確認する&rarr;可燃ごみの日だった<br />
・台所やリビングなど、家の中のごみ箱から回収してまとめる<br />
・翌朝、所定の時間までに、回収場所に出す</p>

<p>このような手順や段取りを把握できます。</p>

<p>ただ、やったことがない／普段からそんなにやっていない場合、</p>

<p>・明日は何のごみのなの日なのか<br />
・家のどこのごみを回収すればよいのか<br />
・どこに、いつまでにごみを出せばよいのか<br />
・そもそも、どれがごみなのかなのか</p>

<p>と、どこから手をつけてよいのかわからない状態で引き受けることになります。</p>

<p>同じように仕事を依頼された時、どれくらいの細かさで、どれくらいの完成度で、どれくらいの時間をかけていいのか、という具体的な要素がなければ、依頼された側は困ってしまいます。</p>

<p>先ほどのごみ捨ての例で言うと、「ごみを捨てておいてね」という依頼事項だけになると、どこのごみか分からないと、その人が認識しているごみしか捨てません。リビングと自分の部屋のごみだけを捨てていたら「台所と洗面所のごみは？」と後から指摘されるでしょう。</p>

<p>そのため、引き受ける側が「作業をする上でのポイント」を相手から引き出すことが重要になります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>経験談その１...当たり前と思われるやつ</h2>

<p>私自身の苦い経験なのですが、バックオフィスを担当していた頃、バリバリ動いている営業さんからの依頼案件を引き受けていました。</p>

<p>依頼自体は本当にざっくりしていたけど、そこから「ここはこうやって進めてよいですか」「こういう風にもできますが、どうですか」と、作業だけでなく提案もしながら資料作成や依頼事項を遂行していました。</p>

<p>繁忙期を過ぎ、閑散期になっても、営業さんたちからの依頼はざっくりしたものでした。状況によっては本当に「これやっといて」だけのことりもありました。「繁忙期だから」こちらでできることは巻き取ろう！と思ったのに、その期間で「こちらが自発的に拾って行動する」ということが当たり前になっていて、結果「あの人は言わなくてもやってくれるから楽」と思われ、便利屋さんになっていました。</p>

<p>これはいけない、私自身の負担が増えてしまう&hellip;&hellip;と危機感を覚え、そこから少しずつ、依頼する際のテンプレートを整えました。また、相手とコミュニケーションを取る中で「こうしてもらえると嬉しい」を少しずつ伝えることで、こちらの負担は少しずつ減りました。</p>

<p>「よかれと思ってやったら、それを当たり前と思われる」こと、仕事を引き受ける側の立場にいると、結構な頻度のあるあるだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>経験談その２...いい感じにやっといて</h2>

<p>自分の仕事をストレスなく完遂したい！そのために必要事項は事前に聞きたい！と思っても、「いい感じにやっといて」という、言っている側は気持ちが良いかもしれないけど、受ける側には何の情報も得られない言葉が返ってきたり。さらに突っ込んで聞くと「いちいち細かいな」とブツブツ文句を言われることもありました。</p>

<p>「いい感じに」としか言えないのは、依頼者の「完成形に至るまでの【道のりの解像度が低い】から」です。見えていないことは指示はできません。この「道のりの解像度が低い」それ自体で、依頼者を責める意図はありません。完成形は見えていても、そこに向かう過程が現時点でない（考えていない）、という意味で書きました。</p>

<p>次の事例は、私が実際に経験した内容です。年末の書類発送が立て込んでいる時に「今日の集荷に間に合うように、添付したファイルを印刷して郵送してください！」という依頼が来ました。メールで届いたファイルは、Word、Excel、PDFと形式は様々。依頼自体は午前中の早い時間に打診されたので、集荷までには時間的な余裕はありました。それでも、時間に追い立てられるとどうしても焦ってしまうので、早めに着手しました。</p>

<p>【届いたファイルを開いて印刷する】</p>

<p>・PDFはそのままファイルを印刷<br />
・Wordファイルは、ファイルを開いた後の自分の操作で文字が入ってしまう可能性があるため、慎重にPDFに変換してから印刷<br />
・Excelはそのまま印刷したらB5サイズで、他の書類とのサイズが合わない&rarr;依頼元に確認して、A4へ拡大して印刷する</p>

<p>このように「印刷するだけ」ではすまないことがいくつも出てきました。都度確認して、なんとか印刷は完了。</p>

<p>【今日の集荷に間に合うように郵送する】</p>

<p>・今日の集荷に間に合うように&rarr;普通郵便で送付すると、以前より＋1&minus;2日かかるので、「必着日はいつなのか」を確認&rarr;明日必着だった<br />
・明日必着＝レターパックやゆうパックで送付すると安心（配達完了の確認もできるため）&rarr;レターパックで送付することを依頼主へ伝え、郵便局窓口へ出向き発送完了</p>

<p>と、「添付したファイルを印刷して、今日の集荷に間に合うように郵送してください」の中も、掘り下げていくと文字外のことがたくさんありました。</p>

<p>後工程になればなるほど時間的な猶予が少なくなるため、「納期に敏感になる」必要もありますし、ミスも許されない度合いが高まります。ただ、ほとんどの企業では「資料を作る人」は資料を作ることだけに集中するので、そこまで気が回らないことがほとんど。バックオフィス側でそういったところを巻き取って、いろんなところで無理をして期日に間に合わせている現実もあると思います。</p>

<p>性格上、そういった細部の作業が苦手な方もいますし、本当に業務が手一杯で捌いているだけの人もいます。そこを全部巻き取って、納期に間に合わせるように頑張っているバックオフィスのみなさん、えらいです。尊敬します。でも、それを当たり前だと思われないと、悲しくなりますよね。</p>

<p>もちろん業務だから、やるのは当たり前。ただ、「それはそちらの仕事だから」と依頼元から言われると「あなたのためにやっているのではない」とブチギレそうになるのもわかります。あくまで「自分の業務だから、業務範囲のことを、責任を持ってやっているだけ」なのですが、そこを勘違いして「俺だからやってくれる」って思う人もいるんですよね。</p>

<p>なぜか特に役職／肩書きを持っている人は「自分が部長／課長だからやってもらえている」って思うケースもあります。仕事だからやってるんです。あなたが偉いからではありません。</p>

<p>私が大事にしている考え方に「雑務という仕事はない」があります。どんな仕事も、小さな仕事の積み重ねでできあがっているから、雑務と呼んでいい仕事はない。それを、瑣末な仕事だからと軽く扱ってよいわけではないし、それをやっている人を軽く扱っていいわけがない。</p>

<p>小さい仕事を堅実にやり遂げる人がいるから、会社が回っている、と、部下を持つ方には理解してほしいと願います。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 24 Mar 2026 07:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[渋谷亜也（一般社団法人日本接客アドバイザー協会名誉顧問）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>マセラティのロゴは「ボローニャの噴水」が由来？ 日本橋三越とも繋がる、高級車と海の神の意外な関係  ラテン語さん</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13909</link>
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			<description><![CDATA[高級車マセラティのロゴは、ボローニャの広場に立つ「海の神」の武器がモデル？日本橋三越に飾られた彫刻との意外な共通点や、あえて「未完成」で残された巨大聖堂など、ラテン語のプロがボローニャの魅力を綴ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="840" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260309latingosan05.jpg" width="1200" />死せるキリストへの嘆き</p>

<p>ボローニャの街を歩いていると、広場に立つ壮麗な噴水に目を奪われた。よく見ると、日本でもなじみのあるものとのつながりが隠されていた。高校2年生でラテン語の学習を始め、2016年からX（旧Twitter）でラテン語の魅力を毎日発信し続けるラテン語さん（東京古典学舎研究員）。その新著『今に生きるラテン語を求めて　「永遠の都」ローマ滞在記』から、ボローニャの広場で出会った意外な発見を紹介する。(写真提供：ラテン語さん)</p>

<p>※本記事は、『今に生きるラテン語を求めて　「永遠の都」ローマ滞在記』（PHP研究所刊）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>15世紀の彫刻に圧倒されたサンタ・マリア・デッラ・ヴィータ教会</h2>

<p>偶然にボローニャを観光することになったので、サンタ・マリア・デッラ・ヴィータ教会にある15世紀の彫刻家ニッコロ・デラルカが製作したテラコッタの作品「死せるキリストへの嘆き」（Compianto sul Cristo morto）を見ることにしよう。</p>

<p>亡くなったキリストが横たわっていて、その周りを6人が囲んでいる。人々の嘆きの表情がすさまじく、これほど感情が表れている彫刻は珍しい。この像を見るために8ユーロの特別料金がかかったが、その価値は十分にある体験だった。</p>

<p>待ち合わせの時間が近づいてきたので駅に戻り、イレーネに会う。町の名所であるマッジョーレ広場まで歩くとしよう。もちろん、会話は全てラテン語である。道の途中で、何やら言い合いをしている人たちを見た。イレーネは、「イタリアだとこれが普通だよ」と言った。ヤマザキマリ先生との共著『座右のラテン語』に収録する対談をしたときに先生から教わった通りだった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>マセラティのロゴの由来はボローニャの噴水</h2>

<p>やっとマッジョーレ広場にたどり着いた。まず目についたのは、ネプトゥーヌス（ネプチューン）の噴水（Fontana del Nettuno）だ。噴水のいちばん上に、海神ネプチューンが武器である三叉の銛を持って凛々しく立っている。この三叉の銛は、ボローニャで創業した自動車メーカー、マセラティのロゴの元になっている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本橋三越にも同じ彫刻家の作品がある</h2>

<p>このネプチューン像は、彫刻家ジャンボローニャによってデザインされたものだ。彼が作ったメルクリウス像のレプリカが、日本橋三越本店の入口の上に飾られている。また、ネプチューンの噴水のネプチューン像のレプリカは、広島県の呉市海事歴史科学館で見ることができる。海の神にふさわしい場所だ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>完成しないまま時が止まったサンペトロニオ聖堂</h2>

<p>マッジョーレ広場には他にも、大きな時計が目を引く「アックルシオ宮」がある。外壁にある聖母子像（マリアと幼児キリストの像）は、先ほど私がサンタ・マリア・デッラ・ヴィータ教会で見た彫刻「死せるキリストへの嘆き」と同じ、ニッコロ・デラルカの作品だ。</p>

<p>ただ、この広場で一番目を引くのは、なんと言ってもサンペトロニオ聖堂だ。初めて見る人は、何とも奇妙なファサードだと思うだろう。というのも、部分的にしか大理石に覆われていないからだ。大理石で覆う作業はずっと前に中断され、今後も完成することはないだろう。</p>

<p>騒がしい広場とは違って、教会の中は静けさにつつまれている。天井が高く、大変広々と感じる造りになっている。日中でもうす暗い教会の真ん中で、黄金の磔刑像が美しく輝いており、しばらく釘付けになっていた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>工事中で入れなかったボローニャの2つの斜塔</h2>

<p><img alt="ボローニャ中央駅" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260309latingosan04.jpg" width="1200" />ボローニャ中央駅</p>

<p>他にもボローニャにある2つの斜塔（ガリセンダの塔、アジネッリの塔）にも上りたかったが、工事中で中に入ることは叶わなかった。イレーネの合唱の時間が近づいてきたので、塔の付近で別れた。あらためて、彼女が大学時代に受けた扱いにくじけたままにならず、今はラテン語を楽しく話せるようになって本当によかった。</p>

<p>街中で市バスに乗り込み、ボローニャ中央駅を目指す。バスの中で、ローマ・テルミニ駅に帰る電車の切符も買った。これでバッチリ。しかし、バスは中央駅のそばで停まらず、どんどん駅から遠ざかってしまった。停まったバス停から、慌てて走って駅を目指す。ただでさえバス停から駅は距離があるのに、私が行く高速鉄道（フレッチャロッサ、イタリア語で「赤い矢＝freccia rossa」）のホームは地下4階にあり、地上からたどり着くのに時間がかかる。</p>

<p>息も絶え絶えダッシュして、18時7分発の電車にギリギリ間に合った。遅れずに無事乗れた喜びで、列車のテーブルが食べ物の油やソースでベタついていることも気にならなかった。しばらくして赤い矢はローマ・テルミニ駅に到着した。時刻は20時15分。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 23 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ラテン語さん]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>“前向きな言葉”がストレスの種に...脳に負荷をかける「手放したい3つの言葉」  西剛志（脳科学者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13805</link>
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			<description><![CDATA[一見前向きに聞こえる言葉でもストレスになり、自分を苦しめることになる。どんな言葉がストレスの種になり、どうすれば悩まずに済むか、脳科学者の西剛志さんが紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="西剛志著『脳科学でわかった仕事のストレスをなくす本』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayamiwoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>「毎日頑張って日記を続けよう」「失敗しないように注意しよう」こうした心の中で繰り返す自分との会話を「脳内トーク」といいますが、一見前向きな言葉でも脳に余計な負荷になってしまうことがあると、脳科学者の西剛志さんは語ります。</p>

<p>では、どんな言葉が自分自身にストレスを与えてしまうことになるのか――本稿では、「無意識に使っている3つのストレスが溜まる言葉」と、その対処法について紹介します。</p>

<p>※本稿は、西剛志著『脳科学でわかった仕事のストレスをなくす本』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>真剣にやらなければいけない</h2>

<p>何かに真剣に取り組んでいる人は恰好よく見えますし、パフォーマンスも上がりそうに思えるかもしれません。しかし、何事も真剣にやりすぎると、脳にマイナスに働きます。過度な集中は脳の疲労物質「グルタミン酸」を溜め込み、かえってパフォーマンスを下げてしまうからです。</p>

<p>もちろん、真剣に取り組むことで一時的に成果が出ることはあるかもしれませんが、それを長く続けると脳が疲れ、脳内トークの質も落ちてしまうのです。</p>

<p>被験者を「真剣に考えよう」と脳内トークするグループと「肩の力を抜いてやってみよう」と脳内トークするグループに分けた実験では、後者のほうが前者よりも、複雑な作業の効率が平均10〜25％ほど高まるという結果が出ていますし、私も研修や個人サポートの現場で、それを実感しています。</p>

<p>スポーツやビジネスの世界で成果を出す人を観察すると、「真剣にやりすぎる」というより、むしろ肩の力が抜け、リラックスしているように見えます。ゾーンに入っているときの状態(フロー状態)は、リラックスと集中が共存するゲームをしているときの感覚に近いかもしれません。</p>

<p>どの分野においても、うまくいく人ほど遊んでいるように見えますが、彼らはまさにゾーンに入っている状態に近く、すべてをゲーム感覚で楽しんでいるのです。あらゆることをゲーム感覚で楽しむようになると、脳内トークも自然と前向きになり、効果も大きくなります。一つの方法でうまくいかなかったとしても、「やり方を変えてみようかな」「これを組み合わせたらどうだろう？」と柔軟に考えられるからです。</p>

<p>逆に、「真剣にやらなければいけない」という脳内トークにとらわれていると、脳が緊張で固まり、ストレスが溜まりやすくなります。もしあなたが「いつも全力で頑張らなきゃ」と思っているなら、その言葉こそがストレスを消えにくくしている原因かもしれません。</p>

<p>だからこそ、この脳内トークを少し緩めて「今日は肩の力を抜いて、ゲーム感覚で一度試してみよう」と言ってみることが大切です。そのたった一言が脳をリラックスさせ、ストレスを和らげるきっかけになることがあるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>失敗してはいけない</h2>

<p>完璧主義の人は、「失敗してはいけない」という脳内トークを使いやすい傾向があります。特にスポーツの世界にいるアスリートは負けず嫌いで、完璧を求めるあまり、「エラーしてはいけない」「1点も取られてはいけない」と自分自身に負荷をかけることがしばしばあります。しかし、そう考えるほど緊張が強まり、パフォーマンスはかえって落ちます。</p>

<p>また、失敗を避ける人は、頭が良くなりにくいこともわかっています。マウスを使った迷路実験では、2回目の迷路をもっとも早くクリアしたのは、1回目に失敗をたくさん経験したマウスでした。しかも、同じ失敗を繰り返したのではなく、多様な失敗をしたマウスほど学習効率が高かったのです。つまり、たくさんの多様な失敗を経験するほど、私たちは学習し自己成長が起きるということです。</p>

<p>失敗を恐れるあまり緊張してしまう人は、「エラーは1試合に2つまではOK」「1点くらい取られても大丈夫」などと考えたほうが、むしろリラックスしてミスが減る効果まで期待できます。ちなみに、同じ練習を繰り返すよりも、異なる種類の練習を組み合わせたほうが、スポーツにおける身体能力の伸びが早いこともわかっています。</p>

<p>実際に脳は、失敗を通じてより多くの情報を取り込み、次の行動に活かす仕組みを持っています。たとえば、テニスプレーヤーの大坂なおみさんは、負けず嫌いで完璧主義者、そして短気だったため、かつては試合中に、悔しさから冷静さを失うことがよくありました。</p>

<p>ところが、サーシャパインというコーチに「相手に1点を取られても、なおみなら大丈夫。いつだって地球は丸く、草は緑だ。すべてはうまくいく」と言われて以来、プレーが一変。メキメキと頭角を現して、世界有数の実力者になりました。これも、「失敗してはいけない」という常識から抜け出した結果です。もちろんこれはスポーツ選手だけでなく、私たちの仕事や日常生活でも同じです。</p>

<p>「会議で1回くらい意見がうまく言えなくても大丈夫」</p>

<p>「資料に小さなミスがあっても、やり直せばいい」</p>

<p>「今日中に全部終わらなくても、明日やればいいこともある」</p>

<p>こうした緩やかな脳内トークを持つことで、私たちは完璧主義の呪縛から解放され、リラックスした状態になるため、むしろミスが少なくなります。結果として成長のスピードも上がり、本来の能力を発揮しやすくなるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>毎日続けなければいけない</h2>

<p>あなたには、長い間続けている趣味や習慣がありますか？</p>

<p>毎日の散歩、読書、家庭菜園、日記を書くこと......。人によっていろいろな答えがあると思いますが、中には「自分は三日坊主で続けられない」「どうしても途中でやめてしまう」と嘆く人もいるかもしれません。</p>

<p>しかし、三日坊主は決して悪いものではありません。むしろ、「毎日続けなければならない」と考える人より、「できるときにやればいいかな」「好きなときに書けばいいや」くらいのおおらかな気持ちの人のほうが、うまくいきやすいことがわかっています。</p>

<p>ここで、ある興味深い実験を紹介しましょう。被験者を、「感謝日記」(その日にあった、感謝すべき事柄を綴る日記)を週に3回書くグループと、日曜日だけ書くグループに分け、どちらのグループのほうが幸福度が高くなったかを測定したところ、後者のほうが幸福度は高かったのです。</p>

<p>なぜかというと、週に3回続けて書いていたグループは、最初はよかったのですが、続けているうちに、感謝日記を書くことが「義務」になり、感謝の気持ちがなくなってしまったからだと考えられます。どんな良い習慣も、「毎日やらなければ」と思っていると、効果がなくなってきてしまうのです。</p>

<p>これは仕事や日常生活にも当てはまります。「毎日残業して頑張らなければ」「毎日勉強しなければ」といった脳内トークは、自分を追い詰め、ストレスを増やしてしまいますから、「三日坊主も悪くない」「好きなときにやるのが一番だ」といった具合に、気楽に脳内トークをしてみることをおすすめします。</p>

<p>何事も気楽に考えたほうが、むしろ長く続けられるのです。私自身、この事実を知ってから、ずいぶん楽になりました。毎日欠かさず続けるよりも、「やりたいときにやる」ほうが、むしろ成果が出やすいことを実感しています。気ままに自分の気持ちを大切にすることが、結果的に脳内トークの質を高め、ストレスも軽くしていくことにつながるのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayamiwoman.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 23 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[西剛志（脳科学者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ケンブリッジ大学は生徒の帰宅を禁ずる？ 天才を生む「カレッジ制」の実態  飯田史也（ケンブリッジ大学工学部教授）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13629</link>
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			<description><![CDATA[ニュートンやダーウィンを輩出したケンブリッジ大学。800年続く世界最高峰の教育の秘密は、独自の「カレッジ制」にありました。書籍『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』より、知の巨人を育て続ける驚異の学習システムを詳しく解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ケンブリッジ大学" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Cambridge.jpg" width="1200" /></p>

<p>ニュートンやダーウィン、そして数多のノーベル賞受賞者たち。なぜケンブリッジ大学は、800年もの間、時代を動かすリーダーを輩出し続けられるのでしょうか。その答えは、世界でも類を見ない独自の教育システム「カレッジ」に隠されていました。書籍『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』より解説します。</p>

<p>※本稿は飯田史也著『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』（日経BP）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>カレッジは学生と教員を「缶詰」にする場所</h2>

<p>ケンブリッジの学生たちが充実した学生生活を送ることができる理由は、「カレッジ」という独自のシステムにあります。ケンブリッジ大学とオックスフォード大学は、世界で唯一の「カレッジ制大学」として知られており、カレッジの存在はこの２大学が成功するための秘策とも言えます。</p>

<p>カレッジは、いわば小さな大学のような独立した組織です。</p>

<p>ケンブリッジ大学には29の学部生用のカレッジがあり、それぞれが独自に運営されています。各カレッジには独自の図書館やダイニングホール、校長もいて、まるで29の小大学がひとつの大学内に存在しているかのようです。</p>

<p>ケンブリッジ大学全体に設置される学部や学科に加えて、それぞれのカレッジが独自の医学部や工学部、心理学科や哲学科などの科目を教え、入学試験も各カレッジが独自に行っています。普通の大学の中にさらに29の小大学が存在しているため、一見すると非常にむだが多い体制に見えますが、こうした複雑なしくみが必要なのは、学生に最高のエリート教育を提供するために他なりません。</p>

<p>この独自の体制こそが、ケンブリッジで学ぶ学生たちにとってかけがえのない教育環境をつくり出しています。</p>

<p>新入生は必ずいずれかのカレッジから入学許可を受け、ケンブリッジの29あるカレッジのいずれかに所属します。すべてのカレッジは全寮制の教育施設で、地元出身の学生であっても必ずカレッジの寮に住むことが求められます。学期中は、特別な事情がない限り実家に帰ることは許されず、カレッジ内に閉じ込められる形となります。</p>

<p>また、教員も例外ではありません。原則としてケンブリッジを3日以上離れることが禁止されており、出張などには特別な許可が必要です。100年ほど前までは、カレッジに所属する教員が結婚して家庭を持つことも禁じられていたと言われています。</p>

<p>つまり、先生も学生もカレッジという「缶詰」の中で生活することになるのです。このような厳しい生活規則は、おそらく何世紀も前の修道院のような制度に由来しているのでしょうが、いずれにせよ、こうした閉ざされた環境こそが最高の学びの原点となっています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>学びは授業時間だけではなく、生活そのもの</h2>

<p>ケンブリッジの1学期は8週間と短期間ですが、その間、朝から晩まで、週末も含めてさまざまなことが次々と起こります。</p>

<p>大学の授業は学部全体での集団授業から始まります。私が所属する工学部では教養科目や専門科目が開講され、すべてのカレッジから学生が集まります。</p>

<p>この点は他の大学とあまり変わりませんが、ケンブリッジではこれらの授業がすべて午前9時から12時までの間に集中して行われ、他の大学なら1日かけて行う授業を半日で終わらせます。</p>

<p>午後の時間は、カレッジ独自の学習に使われます。</p>

<p>カレッジの学習とは主に授業で出された宿題に取り組むことですが、ここにケンブリッジならではのエリート教育が凝縮されています。カレッジの学習は、まず自分で宿題を解き、さらに先生と一緒に議論する個別指導が組み込まれています。これは、ひとりの教員が2、3人の学生を指導するとてもぜいたくなシステムです。それぞれの学生は、毎日何時間にもわたって、このような個別指導を受けます。</p>

<p>個別指導では単なる答え合わせにとどまらず、宿題をしていない学生にはお説教や生活指導がなされます。</p>

<p>また、宿題を完璧にこなした学生には掘り下げた議論が行われ、宿題の背景や関連知識について話し合います。学年末試験に備えた対策や、苦手分野の克服のために追加の宿題も出されます。このように、授業に出席し、宿題に取り組み、個別指導の準備と復習を何科目にもわたって行っているうちに、学びは生活そのものとなっていきます。</p>

<p>風邪をひいたり、体調が優れない日もあるかもしれませんが、それでも次々と押し寄せる課題をこなさなければなりません。</p>

<p>この学びは100メートル走のような瞬発力ではなく、マラソンのようにペースを配分し、遅れてしまったときには少しずつ取り戻し、計画に沿って生活のリズムをつくることが求められます。</p>

<p>このような生活を通じて、教師陣だけではなく、学生たちもそれぞれの生活をカレッジのペースに合わせていくことになり、そこでのさまざまな人との濃密な交流を通じて、自然と全員が「特別なコミュニケーション」を実践していくことになります。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Cambridge.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 23 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[飯田史也（ケンブリッジ大学工学部教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【イベントレポート】人生の質を左右する「睡眠の正体」　医学的視点から紐解く最新知見  三村將（慶應義塾大学予防医療センター特任教授）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13991</link>
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			<description><![CDATA[大名誉教授・三村將氏が説く睡眠の最新知見をレポート。認知症予防に直結する「睡眠の質」の重要性や、寝床でのスマホ禁止など、健康を守るための実践的な改善策を分かりやすく解説します。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="睡眠" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/86077576px.jpg" width="1200" /></p>

<p>近年、日本人の睡眠時間の短さが国際的にも注目される中、睡眠への関心はかつてないほど高まっています。3月10日、麻布台ヒルズで開催された「Sleep Biz 2026」では、睡眠をビジネスやヘルスケアの文脈で捉え直す企業の出展や講演が繰り広げられました。</p>

<p>その中でも注目を集めたのが、予防医療の最前線に立つ三村將さん（慶應義塾大学予防医療センター）による特別講演です。「よい睡眠なくして健康なし」と題された本セッションの内容をレポートします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>睡眠は「もったいない時間」ではない</h2>

<p>私たちは人生の3分の1から4分の1を眠って過ごします。多忙な現代人にとって、この時間は一見「もったいない」と感じられるかもしれません。しかし、三村さんは「睡眠は生命維持に不可欠なシステムである」と断言します。</p>

<p>睡眠中、体内ではダイナミックな変化が起きています。特に重要なのがホルモンの分泌です。深い睡眠（ノンレム睡眠）のときには、子供の成長だけでなく、成人の組織修復やアンチエイジングに不可欠な「成長ホルモン」が分泌されます。一方で、覚醒に向けては「コルチゾール」というホルモンが上昇し、活動の準備を整えます。</p>

<p>三村さんは、睡眠と覚醒のリズムを司る物質として「オレキシン」に言及しました。これは、突然眠り込んでしまう「ナルコレプシー」の研究から筑波大学の柳沢正史教授らによって発見された物質です。現在、このオレキシンの働きをブロックする新しいタイプの睡眠薬が主流となっており、睡眠医学の進歩を象徴しています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「量」よりも「質」――加齢と睡眠の真実</h2>

<p><img alt="三村將" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260318mimuramasaru.jpg" width="1200" /><br />
三村將先生</p>

<p>「何時間眠ればいいのか」という問いに対し、三村さんは加齢に伴う変化を理解する必要があると指摘します。乳幼児期に最も長かった睡眠時間は、加齢とともに減少します。70代であれば、6時間程度の睡眠で十分である場合も少なくありません。</p>

<p>三村さんが強調するのは、睡眠の「時間」そのものよりも「質」の重要性です。睡眠の質を語る上で欠かせないのが、レム睡眠とノンレム睡眠のサイクルです。ノンレム睡眠は深さによって複数のステージに分けられますが、高齢になると眠りが浅くなり、中途覚醒（途中で目が覚めること）が増える傾向にあります。</p>

<p>質の高い睡眠を確保するための鍵は「体温調節」にあります。体温が下がるタイミングで眠気が訪れるため、寝る前に一度体温を上げておくことが効果的です。夕食に温かいものを摂る、軽い運動をする、あるいはぬるめのお風呂に浸かるといった習慣が、スムーズな入眠を助けます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ストレスと「緑茶」の意外な関係</h2>

<p>講演では、オフィスワーカーを対象とした最新の研究「JN オアシス研究」の結果も紹介されました。ウェアラブルデバイスや唾液検査を用いたこの調査では、ストレスと睡眠の関係が浮き彫りになりました。</p>

<p>特に注目すべきは、炎症やストレスに関連する免疫成分「IL-6（インターロイキン6）」の値です。IL-6が高い人ほど、睡眠の質（特に深いノンレム睡眠の第3層）が悪いという相関が見られました。</p>

<p>興味深いことに、このIL-6を下げる要因として「緑茶」の摂取が挙げられました。緑茶は認知症予防に良いとされていますが、免疫機能を高めることで睡眠にもプラスの影響を与える可能性があるのです。一方で、二世帯住宅での生活がストレス値を高めているといった、住環境が睡眠に与える意外な側面も示唆されました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>脳の掃除機能と認知症予防</h2>

<p>睡眠の質は、将来の健康リスク、特に認知症とも深く関わっています。アルツハイマー病の原因物質とされる「アミロイド&beta;」は、中途覚醒が多い人ほど脳内に溜まりやすいことが分かっています。</p>

<p>睡眠中、脳内では「グリンパティック・システム」と呼ばれるリンパ系のような仕組みが作動し、脳内の老廃物を洗浄・除去しています。しかし、睡眠の質が悪いとこの掃除機能がうまく働かず、老廃物が蓄積してしまいます。つまり、毎晩の質の高い睡眠こそが、最強の認知症予防策と言えるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>睡眠障害への向き合い方：無呼吸と不眠の「負の連鎖」</h2>

<p>不眠症には、寝つきが悪い「入眠困難」、途中で目が覚める「中途覚醒」、ぐっすり眠った感じがしない「熟睡困難」、朝早く目が覚めてしまう「早朝覚醒」といった様々なタイプがあります。三村さんは、「不眠は症状であり、その背景にうつ病などの病気が隠れていることもある」と指摘します。</p>

<p>対策としては、まず「非薬物療法」が重要視されます。朝日を浴びて体内リズムを整える、布団の中でのスマートフォン使用を控え「布団は寝るだけの場所」と脳に覚え込ませる（刺激制御法）、さらには今後保険収載の可能性がある「睡眠の認知行動療法（CBT）」などが有効です。</p>

<p>薬物療法が必要な場合も、かつての主流だったベンゾジアゼピン系ではなく、依存性の低いオレキシン受容体拮抗薬などが現代の第一選択肢となっています。</p>

<p>一方で、睡眠時無呼吸症候群では、酸素濃度が劇的に低下し、身体は「エベレストを無酸素で登っている」ような過酷な状況に置かれます。無呼吸といびき、そして昼間の眠気という「3つのS」に心当たりがある場合は、専門的な検査が必要です。</p>

<p>恐ろしいのは、不眠症と無呼吸が併存すると、生命予後が著しく悪くなるという事実です。この「負の連鎖」を断ち切るためには、無呼吸を悪化させない適切な睡眠薬の選択（デエビゴなど）や、CPAP（シーパップ）、マウスピース、あるいは「横向きに寝る」工夫など、個々の症状に合わせた治療が不可欠です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>健やかな暮らしのために</h2>

<p>三村さんは講演の締めくくりに、改めて「質の高い睡眠が、慢性疾患の予防、労働生産性の向上、そして将来の認知症予防に直結する」と強調しました。</p>

<p>会場との質疑応答では、無呼吸症候群の治療器（CPAP）が合わない場合の対処法として、マウスピースの作成や「横向きに寝る」ための寝具の活用といった具体的なアドバイスも送られました。</p>

<p>睡眠は、単なる休息の時間ではなく、私たちがより健康に、より自分らしく生きるための「投資」の時間です。あらためて自分の睡眠の質を見つめ直し、緑茶を飲む、寝る前のスマホを控えるといった小さな一歩から始めてみてはいかがでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【三村 將（みむら・まさる）】<br />
慶應義塾大学名誉教授。予防医療センター特任教授。医学博士。専門は老年精神医学、神経心理学。認知症や老年期うつ病の診療、研究に従事している。近年は認知症とうつ病の予防プロジェクトに力を注いでいる。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 20 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三村將（慶應義塾大学予防医療センター特任教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【イベントレポート】睡眠の質は「昼間」に決まる　夜ぐっすり眠れるようになる「気を巡らせる」習慣  大木都（株式会社310LIFE代表取締役）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13993</link>
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			<description><![CDATA[310LIFE代表・大木都氏による「睡眠養生」のレポート。日本人の多くが陥る「ピンチモード」の解説や、心身を整える投資としての睡眠、今日から実践できる具体的な改善ステップをまとめた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="睡眠" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sleep.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年3月10日、麻布台ヒルズの「ヒルズハウス」にて、睡眠をビジネスとライフスタイルの両面から捉え直すイベント「Sleep Biz 2026」が開催されました。</p>

<p>登壇者の一人、大木都（おおき・さと）さんは、株式会社310LIFEの代表であり、Webメディア『睡眠養生』の編集長も務めるヘルスケアコーディネーターです。</p>

<p>かつて自身が過労で入院した経験から、「忙しくても実践できるヘルスケア」を提唱する大木さん。本レポートでは、「頑張らないコーチング」をモットーとする彼女が語った、現代人が知っておくべき睡眠の真実と、具体的な改善メソッドを解説します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本人の8割は「ピンチモード」？睡眠不足が招く恐ろしい代償</h2>

<p>データによれば、働く日本人の過半数が、国が推奨する「6時間」の睡眠を確保できていません。大木さんは、ウェアラブルデバイス等から得られた膨大なデータをもとに、「現代人の約8割は慢性的な寝不足状態にある」と指摘します。</p>

<p>では、寝不足が続くと体はどうなるのでしょうか。睡眠は単なる休息ではなく、体内の「メンテナンス時間」です。睡眠が足りないと脳内には「アミロイド&beta;」などの老廃物が蓄積し、頭にモヤがかかったような「ブレインフォグ」を引き起こします。</p>

<p>さらに恐ろしいのは、体が「ピンチモード」に突入することです。「生命の維持」を最優先するため、体は美容（肌の再生）や生殖機能（生理など）といった「今すぐ死ぬわけではない機能」を後回しにします。脂っこいものを欲したり、エネルギー消費を抑えようとしたりするのも、体が生存の危機を感じて「バグ」を起こしている証拠なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「3秒で寝落ち」は気絶と同じ。誤解だらけの睡眠常識</h2>

<p><img alt="大木都" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260318ookisato.jpg" width="1200" /></p>

<p>大木さんは、多くの人が陥りがちな「睡眠の誤解」についても鋭く切り込みました。</p>

<p>特に印象的だったのが、「のび太くんのように、布団に入って3分、あるいは3秒で寝てしまうのは、実は『過労』のサインである」という話です。睡眠医学の世界では、これは健康的な入眠ではなく、限界を超えて「意識を失っている（気絶）」状態に近いと考えられています。</p>

<p>また、「自分はショートスリーパーだから大丈夫」という言葉も、多くの場合が誤解です。本当のショートスリーパーは、短時間睡眠でも日中に全く眠気を感じず、パフォーマンスが落ちない人を指します。移動中にすぐ寝てしまう、午前中に頭が回らないといった症状があるなら、それは単なる睡眠不足です。</p>

<p>大木さんは、「〇時間寝なければならない」という数字の呪縛を解き、「睡眠休養感（起きた時に、よく寝た！と思える感覚）」をゴールに設定することを推奨しています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>最強の「メンパ」と「コスパ」を実現する「睡眠投資」</h2>

<p>大木さんは、睡眠を「コスト」ではなく、人生を豊かにするための「投資」であると定義します。</p>

<p>「睡眠改善は、サプリやエステにお金をかけるよりも、はるかに低コストで美容やパフォーマンス向上を実現できる。最近流行りの『タイパ』ならぬ、メンタル的な心地よさを表す『メンパ（メンタル・パフォーマンス）』においても、睡眠は最強の投資先です」</p>

<p>調子よく眠れている状態は、自分史上最高のパフォーマンスを発揮できる「無敵モード」。この「勝ち組」の状態を手に入れるために必要なのは、気合ではなく「技術」としての睡眠改善です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>今日から実践できる！快眠への3ステップ</h2>

<p>講演の後半、大木さんは今日からすぐに始められる具体的なメソッドを伝授してくれました。</p>

<p>1.睡眠の「可視化」から始める</p>

<p>「自分の睡眠が良いか悪いかは、自分では気づけません。研究では、81％の人が自分の睡眠の質の悪さに無自覚でした」まずはスマートウォッチやスマホアプリを活用し、自分の睡眠を客観的なデータとして「見る」ことが、改善の第一歩です。</p>

<p>2.「3時間前から」の環境づくり</p>

<p>現代人は、寝る直前までスマホの通知に脳を刺激され続けています。</p>

<p>3時間前：リラックスモードに切り替える。</p>

<p>光のコントロール：寝室の明かりを消す。夜中に目が覚めた時に明るいと、脳が起きてしまいます。</p>

<p>パジャマの着用：意外と軽視されがちですが、パジャマでを着用することも良質な睡眠に関係しています。</p>

<p>3.栄養と日中の活動で「眠りの質」を仕込む</p>

<p>睡眠の質は、夜ではなく「昼間」に決まります。</p>

<p>気を巡らせる運動：激しいトレーニングである必要はありません。階段を使ったり、ラジオ体操をしたりして、リンパや血流（気）を巡らせることが、夜の深い眠りにつながります。</p>

<p>寝る前のマルチビタミン・ミネラル：「途中で目が覚めてしまう」という方は、栄養不足が原因かもしれません。メンテナンスに必要な「建築資材」である栄養素（特にマグネシウムなどのミネラル）が足りないと、体はメンテナンスを中断してしまいます。寝る前にサプリメントを摂取するだけでも、中途覚醒が改善されるケースが多いそうです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>小さな「積み上げ」が未来を変える</h2>

<p>「いきなり完璧を目指す必要はありません。エスカレーターを階段に変える、ラジオ体操をやってみる。そんな続けられる小さな習慣を積み上げていけば、いつの間にか体は心地よい状態へと変わっていきます」</p>

<p>睡眠を整えることは、自分本来の健やかさを引き出す大切なプロセスです。「Sleep Biz 2026」で大木都さんが示したのは、忙しい日々の中でも無理なく取り入れられる、自分を労わるための現実的な指針でした。</p>

<p>【大木都（おおき・さと）】<br />
株式会社310LIFE代表取締役。ヘルスケアコーディネーター。Webメディア『睡眠養生』編集長。自身の過労経験から、忙しい現役世代でも実践できる「頑張らないヘルスケア」を提唱。企業向けセミナーやアプリのコーチング、共同研究など多方面で活躍中。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sleep.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 19 Mar 2026 17:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大木都（株式会社310LIFE代表取締役）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>仕事が早い人・遅い人の違いは？ 臨床心理士が明かす「効率を上げる」2つの方法  中島美鈴（臨床心理士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13941</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013941</guid>
			<description><![CDATA[仕事が遅い人の3つの問題点とは? 臨床心理士の中島美鈴さんが「今すぐ実践できる2つの技術」を紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="仕事が遅い人" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayamiteam.jpg" width="1200" /></p>

<p>仕事の効率が上がらず悩んでいる人が、今すぐ実践できる改善策はあるのでしょうか。本稿では書籍『会社でいちいち傷つかない　認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動』より、臨床心理士の中島美鈴さんが、認知行動療法の視点から導き出した「2つのテクニック」を紹介します。</p>

<p>※本稿は、中島美鈴著『会社でいちいち傷つかない　認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動』（日経BP）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>仕事の要点がわからず、いつまでも終わらない</h2>

<p>--------------------------------------<br />
30代会社員のヒナタさん。いわゆる要領が悪いタイプで、決してさぼっているわけではないのに仕事が遅い。仕事の要点も外しているらしく、上司からの評価もよくない。仕事が早い人と遅い人の違いはどこにあるのでしょうか。<br />
--------------------------------------</p>

<p>職場におけるストレスの中でも、働き手不足による仕事量の多さは深刻な問題です。長時間労働につながり、心身の健康を蝕みます。個人にできる解決策のひとつとして、すぐにできることは時間あたりの生産性を上げることです。「人より仕事が遅いかも」と悩んでいる方にはぜひお読みいただきたいです。</p>

<p>会社員のヒナタさんもまた、いわゆる要領の悪いタイプで、仕事の仕方を見直すべき時期に来ています。仕事の仕方でも、運転の仕方でも、私たちは慣れたパターンがあるわけです。まずはそのパターンに気づいて、「ああ、いつもこのやり方だから仕事が遅くなるのか」と認識して、他のやり方を試してほしいのです。</p>

<p>これは時間管理スキルの中でも、ゴール設定とそこに到達するための手段の選択にかかわる部分です。これらができるようになると、仕事の要点を外さずに時間も圧縮できて、予定している仕事がこなせるようになるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【相談の要点】<br />
&bull; 仕事が遅い<br />
&bull; 仕事の要点を外しているので評価もよくない</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>認知行動療法の視点で捉える</h2>

<p>「仕事が遅い」という悩みには、少なくとも3つの問題があります。</p>

<p>・仕事のゴール設定ができていない<br />
・仕事の要点を押さえていない<br />
・時間に間に合うための方法を選べていない</p>

<p>という3つです。ひとつずつ見ていきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>1. 仕事のゴール設定ができてない</p>

<p>仕事の指示を受ける時に、仕事の完成形が浮かんでいれば、スムーズに着手できますね。完成形の解像度が高いほど、そこに到達する手段も描きやすくなり、行動に移しやすくなります。</p>

<p>仕事が遅い、終わらない理由のひとつには、仕事のゴールが曖昧なまま引き受けてしまうことがあります。その場で聞けない背景（「こんなことも知らなかったら、失望されそう」などの認知）についても修正してほしいのですが、仕事の指示の受け方をなるべく具体的にする、ということも大切です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>2. 仕事の要点を押さえていない</p>

<p>業務の中で、どこが外せないポイントなのか、どこを省略してもよいのか、なかなかピンとこないという人は案外います。こうした人たちは、いつも同じやり方で仕事をこなそうとするので、仕事が増えた分だけ残業が増えていきます。時間内におさまるように要点を意識しながら仕事をこなす方法を覚えていきましょう。要点を抽出するために、タスクを小さな要素に分ける、要素分解のやり方があります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>3. 時間に間に合うための方法を選べていない</p>

<p>私たちはつい慣れたやり方で仕事をこなそうとしてしまいます。これまでずっと手書きだった人に、急にパソコンを使うように言っても抵抗を示すでしょう。仕事のやり方を変えないのは、これと近いことかもしれません。時々、自分のやり方を疑い、視野を広げ、効率のよい方法を模索してみましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>認知行動療法のテクニックを使う</h2>

<p>さて、ここからは仕事の遅い会社員のヒナタさんを通して、業務改善のための認知行動療法のテクニックをお伝えします。ヒナタさんは上司から「会議のためにコーヒーを50名分用意してほしい」と依頼されました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【テクニック1】指示受けの時にゴールを明確にする</p>

<p>仕事の指示を受ける時は、業務内容に関するすべての質問を済ませて、受け終わる頃には、仕事の完成形が見えている状態を目指します。これまでのヒナタさんは、上司からの指示を聞いてメモを取っていても、わからな<br />
いことを質問しませんでした。</p>

<p>・コーヒーカップはどこにあるのか<br />
・大量のコーヒーを入れておく容器はあるのか<br />
・予算はいくらなのか</p>

<p>確認するべきことはいくつもあるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【テクニック2】問題解決技法</p>

<p>コーヒーを準備するのに、このような条件があったとしましょう。</p>

<p>・ホットコーヒー50名分<br />
・質にこだわる<br />
・予算はある程度かけていい<br />
・少しカジュアルな会議であるためソーサーまではいらない<br />
・コーヒーも大事だが、それ以上にプレゼン準備に注力してほしい</p>

<p>ヒナタさんは、給湯室のコーヒーメーカーが同時に10名分抽出できるので、5回抽出して、保温ポットにいれておき、紙コップで提供しようと考えました。上司の要件を満たしてはいます。しかし、ヒナタさんはプレゼンの準備もしなければなりません......。</p>

<p>このような時には、「問題解決技法」を使います。</p>

<p>これは認知行動療法の中でも代表的なテクニックです。ある問題を解決するための方法を、一旦評価せずに幅広く並べた上で選択していくというものです。この「一旦評価せず」という部分が肝心です。質より量でこれまでの自分の思い込みをとっぱらってどんどんアイデアを出していくのです。ブレーンストーミングとも呼ばれます。</p>

<p>そうして、アイデアが出尽くした後で、それぞれのメリットやデメリットを考えながら選択したり、いくつかのアイデアを組み合わせて解決法を決定するのです。</p>

<p>ヒナタさんは次のようにアイデアを書き出しました。</p>

<p>・となりのコンビニで買ってくる<br />
・同僚に手伝ってもらう<br />
・近くのコーヒーショップに注文する<br />
・家からコーヒーメーカーを持ってきて2台同時に抽出<br />
・Uber Eatsに配達してもらう<br />
・コーヒーメーカーをレンタルする<br />
・ケータリングサービス業者に頼む</p>

<p>いろいろ出てきましたね。こんなふうに立ち止まってアイデアを出していくと、自分がいつもやっていたやり方以外にも、たくさんの方法があるとわかりますね。</p>

<p>結局ヒナタさんは上司に許可を取り、Uber Eats に配達してもらうことを選び、プレゼンの準備に集中することができました。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayamiteam.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 19 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中島美鈴（臨床心理士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ストレスを一気に消し去る　脳科学者が身をもって実感した「感情を紙に書ききる」効果  西剛志（脳科学者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13804</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013804</guid>
			<description><![CDATA[苦手な人はその場にいなくても、思い出すだけでストレスの対象となってしまう。そうしたストレスを解消するための方法として、脳科学者の西剛志さんは「感情書ききり法」を紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="西剛志著『脳科学でわかった仕事のストレスをなくす本』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_diary.jpg" width="1200" /></p>

<p>苦手な人のことを思い出すだけで胸がざわざわする...ストレスが溜まっていて、なかなか心が落ち着かない...今までにそんな経験をしたことはありませんか。</p>

<p>そうした状況になると、「幸せを司る脳内物質」が出にくくなってしまうと、脳科学者の西剛志さんは話します。本稿では、苦手な人を思い出すだけで心がしんどくなる仕組みやストレス解消法を解説していきます。</p>

<p>※本稿は、西剛志著『脳科学でわかった仕事のストレスをなくす本』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>脳は恐怖を感じた相手を「危険人物」として記憶する</h2>

<p>ストレスは次のようにして発生します。</p>

<p>外部刺激(苦手な人の言動)&rarr;扁桃体が反応&rarr;ストレス発生</p>

<p>まず、苦手な人からメールが来る、苦手な人の顔を見るなどの外部刺激があり、脳の前頭前野がそれを「危険である」と判断すると、扁桃体の警報ボタンが押されます。原始時代なら、ライオンや毒蛇を見つけたとき、扁桃体が「逃げろ！」と警報を鳴らしてくれるおかげで、人類は危険を回避し、生き延びることができました。ところが現代では、扁桃体は「苦手な上司や同僚」にも警報を鳴らしてしまうのです。</p>

<p>さらに、この扁桃体の反応は、「海馬」という記憶を司る部分にも伝わります。たとえば、会議で上司から「お前は本当に使えないな」と大勢の前で叱責され、前頭前野がこの上司を「危険だ！」と判断すると、扁桃体が警報を鳴らし、情報が海馬に送られます。</p>

<p>そして海馬は「この人物は危険だ」という情報を、長期記憶として脳に刻み込んでしまうのです。一度でも強い恐怖や屈辱を感じると、脳はそれを「生存に関わる重要情報」として永久保存してしまうわけです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>苦手な人は目の前にいなくても、脳をコントロールしてくる</h2>

<p>ここからが本当に恐ろしい部分です。脳は「現実」と「想像」を区別できません。つまり、苦手な人のことを思い出すだけで、扁桃体は「今まさに攻撃されている！」と勘違いし、警報を出してしまうのです。</p>

<p>家でゆっくりしているときも、家族や友人と公園や遊園地などで楽しく過ごしているときも、その人のことを思い出すたびに、扁桃体は警報ボタンを押し、脳は戦闘モードになり、ストレスホルモンを分泌し続けます。すると、何が起こるのか。</p>

<p>まず、ドーパミンが出にくくなります。ドーパミンは、脳が「この先に報酬がある」と予測したときに分泌されます。会議で褒められたり、ささいなことでも「成功した」と感じたり、「次はうまくいきそうだ」と思ったりするだけで、ドーパミンが分泌され、やる気や集中力が一気に高まります。</p>

<p>ところが、苦手な人がチームに加わったり上司になったり、無言のため息や見下す視線を浴びたり、「こんなこともできないの？」と否定されたり、「いくら頑張っても、この人にはわかってもらえない」と思ったりして、脳が何度も「もう見込みはない」と感じると、ドーパミンは分泌されにくくなります。そして、目の前にいなくても、そうした苦手な人のことを考えると、やはりドーパミンは出にくくなるのです。</p>

<p>さらに、苦手な人のことを思い出し、ストレスを感じ続けると、オキシトシン、セロトニン、&beta;-エンドルフィンなども出にくくなります。ドーパミンやオキシトシン、セロトニン、&beta;-エンドルフィンなどは「幸せを司る脳内物質」であり、私はドーパミン、オキシトシン、セロトニンの頭文字をとって、これらを「DOS」と呼んでいます。</p>

<p>DOSは、ストレスホルモンであるコルチゾールの働きを抑制し、脳を「ポジティブモード」に切り替えてくれます。また、ドーパミンは集中力と行動力を高め、セロトニンは心を安定させ、最後までやり抜く力を与えてくれます。つまり、DOSがたくさん出ていると、脳はストレスを感じにくくなり、かつ最高のパフォーマンスを発揮できるようになるのです。</p>

<p>逆に、DOSが出にくくなると、「やる気を出そう」と思っても動けず、仕事の効率が落ち、正しい判断ができなくなり、嫌な気分が続いて、何も楽しめなくなります。目の前にいなくても、苦手な人のことを考えてストレスを感じてしまう状態。それは、脳科学的には、「苦手な人に扁桃体の警報ボタンを押され、DOSのバランスを崩され、脳の機能を低下させられている状態」「苦手な人に、自分の脳を良くないほうにコントロールされている状態」だといえます。</p>

<p>苦手な人に四六時中脳をコントロールされ、せっかくの休日さえ楽しめなくなるのは、とてももったいないことだと思いませんか？</p>

<p>ただ、漠然と「ストレスがある」と感じているだけでは、原因や正体がわからず、ストレスは増す一方ですが、「自分がストレスを感じているのは、苦手な人が扁桃体の警報ボタンを押しているためだ」とわかれば、対処することが可能となります。苦手な人から脳が自由になるために有効なのは、以下の2つです。</p>

<p>①苦手な人が自分の脳に侵入できないよう強力なバリアを張る</p>

<p>②自分の力でDOSのバランスを整える</p>

<p>バリアを張ってしまえば、相手は扁桃体の警報ボタンを押すことができません。あるいは、自分の力でDOSのバランスを整えることができれば、たとえ相手からストレスを受けても、それをリセットすることができます。この2つを簡単に実践できる方法を1つお伝えします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>溜まったストレスを一気に消し去る「感情書ききり法」</h2>

<p>・やり方：嫌な相手への気持ちを、何も出てこなくなるまで紙に書ききる</p>

<p>・得られる変化：相手への怒りや恨み、ストレスがなくなる</p>

<p>・効く相手：長年恨んでいる相手や、ストレスを感じている相手など</p>

<p>・こんな場面で：長年の怒りや恨み、人間関係の根深いストレスを抱えているとき</p>

<p>感情を書き出すことは、ストレス対策として非常に有効です。たとえば「私は怒っている」と書くだけでも、「ストレスホルモンが低下する」「扁桃体の過剰反応を抑制できる」といった効果が期待できます。</p>

<p>「文字にして書く」という作業を行うには、ある程度の冷静さが必要なため、扁桃体の働きが抑制されます。また、ぐちゃぐちゃした思いを一度文字にして外に出すことで、頭の中が整理で、自分の感情を客観的に眺めることもできます。</p>

<p>1986年、テキサス大学のペネベーカー博士が、感情を書き出すことの効果を科学的に証明して以来、世界中で数多くの研究が積み重ねられてきました。その結果、「メンタルが安定し、医療機関にかかる頻度が下がった」「血圧が下がった」「免疫機能が向上した」など、書くことが心身に及ぼすさまざまな効果が報告されています。「感情を日記に書くこと」をすすめるカウンセラーや書籍も少なくありません。</p>

<p>しかし、人間関係の根深いストレスや、何年も心に突き刺さったトゲのような怒りや恨みは、ただ単に感情を書きだすだけでは、なかなか消すことができません。そこで、私が実践し、クライアントのみなさまにもすすめている方法があります。</p>

<p>それは「もう何も出てこなくなるまで書ききる」ことです。この方法は、私自身の経験から生まれたものです。</p>

<p>私はかつて、長年積もりに積もったある男性へのストレスに苦しんでいました。しかしあるとき、体調を崩し、「怒りが原因で、自分が病気になったのでは」と思ったのを機に、「この怒りを、完全に自分から追い出そう」と決意したのです。「ストレスを感じたら、感情を書き出すといい」と聞いたことがあったため、私は紙とペンを用意し、相手への思いを書き始めました。</p>

<p>「この野郎」「よくもあのとき......」「○○でしまえ」人には絶対に見せられない言葉が、次から次へと溢れ出てきます。書き始めて30分たってもまだ書くことがあり、積年の恨みとはこれほど深いものかと、自分でも驚きました。</p>

<p>ところが、書き続けて40分を過ぎたころ、ついに「もう書くことがない」という瞬間が訪れたのです。その瞬間、私の中で何かが変わりました。以来、彼に対する怒りを感じたことは一度もありません。脳科学的に見ると、この現象には明確な理由があります。</p>

<p>①感情の完全な枯渇</p>

<p>怒りのエネルギーを使い果たすまで書くことで、扁桃体が「もう反応する必要がない」と判断する。</p>

<p>②記憶の書き換え</p>

<p>何度も何度も書き出すことで、「相手＝怒り」という神経回路が疲労し、新しい回路に置き換わる。</p>

<p>③認知的完結</p>

<p>「もう書くことがない」という感覚が、脳に「この問題は終了」というシグナルを送る。</p>

<p>つまり、中途半端に書いて終わるのではなく、感情の井戸が完全に枯れるまで書ききることで、初めて脳は「この件は完了した」と認識するのです。</p>

<p>なお、書く際には、できれば感情(悔しさ、怒り、悲しみ、不安など)だけでなく、「あの人はどうしてこんなことをするんだろう」といった思考も同時に書き出すと、より高い効果があります。また、書ききった後の紙について、私は1か月以上机の引き出しの奥に入れて見ないか、シュレッダーやハサミで微塵切りにするか、燃やすことをおすすめしています。</p>

<p>自分の中で、その紙の存在がなくなっていくことにより、「もう自分の中にはない」という確信が生まれます。この不可逆的な行為が、心理的な完結をより強固なものにするのです。心の底から、その人への怒りや恨みを追い出したいと思ったときは、ぜひこの「感情書ききり法」を使ってください。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_diary.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 19 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[西剛志（脳科学者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>三省堂書店本店が開店！ 800人が行列、浅田次郎氏・北方謙三氏も登壇した式典をレポート  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13996</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013996</guid>
			<description><![CDATA[2026年3月19日、三省堂書店神田神保町本店が約4年ぶりに新装開店。開店前には約800人が列を作った記念式典では亀井社長、千代田区長、浅田次郎氏、北方健三氏が登壇。「歩けば世界が広がる書店」の誕生をレポートします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="三省堂書店" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260319Sanseido05.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年3月19日（木）午前10時、三省堂書店 神田神保町本店がグランドオープンを迎えました。開店を前に店頭には約800人もの来店客が列を作り、本の街・神田神保町に4年ぶりに書店の灯がともりました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>亀井崇雄社長「しおりを外し、第2章が始まる」</h2>

<p><img alt="亀井崇雄社長" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260319Sanseido01.jpg" width="1200" /></p>

<p>式典の冒頭、三省堂書店の亀井崇雄社長が登壇。2022年の旧店舗閉店から今日に至るまでの想いを語りました。</p>

<p>「本日、約4年間挟んでいた『しおり』を外し、三省堂書店の第2章が始まることを宣言いたします」</p>

<p>亀井社長は、書店業界が厳しい状況にある中で、現状維持ではなく「未来への挑戦」として建て替えを決断したと強調。新店舗のコンセプト「歩けば世界が広がる書店」を紹介し、「本との偶然の出会いという、リアル書店の魅力を最大化する仕掛けを散りばめた」と説明しました。</p>

<p>「この開店はゴールではなくスタートです。書店には世界を照らす力がある。本を通してもっと世の中を豊かに、明るく灯していきたい」という決意表明に、会場からは大きな拍手が送られました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>千代田区長・樋口高顕氏「情報リテラシーを育む場として期待」</h2>

<p><img alt="樋口高顕氏" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260319Sanseido02.jpg" width="1200" /></p>

<p>続いて登壇した千代田区長・樋口高顕氏は、「父に幼い頃連れられ、また学生時代にも通った本屋さん」として三省堂書店への個人的な思い入れを語りました。</p>

<p>1881年（明治14年）の創業以来、145年にわたる同店の歴史を「日本が誇る出版文化・読書文化そのものの歴史」と称えつつ、SNSやAIが急速に普及する情報過多の時代だからこそ、書店が果たす役割は大きいと述べました。</p>

<p>「情報リテラシーは、子供の頃から文字・活字に親しむことによって鍛えられます。書店員さんが選んだ書棚を歩けば、思いがけない本との出会いもある。一冊の本がその人の世界を大きく広げ、情報を見極める力になる」</p>

<p>千代田区として、神保町の街の再生と若いクリエイターたちの挑戦を東京都・国と連携しながら全面的に支援していくことも約束しました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>浅田次郎氏「本を食って生きてきた」</h2>

<p><img alt="浅田次郎" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260319Sanseido03.jpg" width="1200" /></p>

<p>神保町のすぐ近くで育ったという浅田氏は、「三省堂さんはご近所の本屋さん。神保町で育っていなければ小説家になっていなかった」と振り返ります。</p>

<p>「読書は娯楽以上のもの。一番ぴったりくるのは『本を食って生きてきた』という感覚です。資源のない日本が繁栄したのは教養主義があったから。これからも三省堂書店に美味しいものを買いに来ます」と、読者の一人として再開を喜びました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>北方謙三氏「この街は私の作家としての原点」</h2>

<p><img alt="北方謙三" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260319Sanseido04.jpg" width="1200" /></p>

<p>1967年頃から神保町に通い続けてきた北方氏は、青春時代の思い出を生き生きと語りました。</p>

<p>「ほとんど一年中この街を歩き回って、こんなにいろんな本が選べるのかと驚いた。ここで作家の名前を覚えて、その作家の作品を読んで......神保町は私の精神を作ってくれた街であり、小説家の原点です」</p>

<p>お金のなかった当時、りんご箱に入れて一冊50円で売られていた古書を買い、別の店に持っていくと800円になったこともあったと懐かしそうに振り返りました。今では神保町周辺を歩くと出版社の人に捕まって「原稿はどうした？」と声をかけられるため「気をつけているのですが」とユーモアたっぷりに話しながら、「これからどういう展開をされるのか、注目しております」と新店舗への期待を寄せました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「しおり」が外れた日</h2>

<p><img alt="三省堂書店店内" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260319Sanseido06.jpg" width="1200" /></p>

<p>開店を前に店頭に集まった約800人の来店客が見守るなか、三省堂書店 神田神保町本店は新たな一歩を踏み出しました。ネット書店では味わえない「偶然の出会い」を楽しめるこの場所は、再び本を愛する人々にとっての「心の居場所」となるはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>三省堂書店 神田神保町本店<br />
住所：東京都千代田区神田神保町1丁目1番地（1〜3階）<br />
グランドオープン：2026年3月19日（木）午前10時<br />
営業時間：10:00〜20:00</p>

<p></p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260319Sanseido05.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 19 Mar 2026 11:15:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「聞く」は自分を守る技術　仕事の抱え込みから抜け出すためのマインドセット  渋谷亜也（一般社団法人日本接客アドバイザー協会名誉顧問）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13960</link>
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			<description><![CDATA[「頼むのはわがまま？」「聞くのは恥？」仕事をお願いできない、質問できない人が、心のブレーキを外してチームの信頼を築くためのヒントを抜粋してお届けします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="抱えすぎ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_confusing.jpg" width="1200" /></p>

<p>「人に頼むのが申し訳ない」「こんなことを聞くのは恥ずかしい」......。そんな優しさや責任感ゆえのブレーキが、自分を追い詰めていませんか？</p>

<p>一般社団法人日本接客アドバイザー協会・名誉顧問の渋谷亜也さんの著書『ヒトもAIも仕事は&quot;引き受け方&quot;が9割』より、お願いという行為に伴う心理的な重圧の正体と、聞くことを「恥」ではなく「自分を助ける花」と捉える効用についてお届けします。</p>

<p>※本稿は、渋谷亜也著『ヒトもAIも仕事は&quot;引き受け方&quot;が9割』（インプレス）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「お願いすること」にも、実はエネルギーがいる</h2>

<p>「なんだ〜！そんなことならもっと早く言ってくれればよかったのに！」というフレーズ、誰しも言ったこと・言われたことがあると思います。（この本を手に取られている方は、おそらく言われたことの方が圧倒的に多いと思います）。</p>

<p>「他人に何かをお願いをすること」、これ、実はかなりエネルギーが必要な行為です。</p>

<p>・お願いする相手の状況を想像してしまう&rarr;相手の負担や気持ちを先回りして考える、やさしい人ほどここで止まる（そういえば、別の案件で大変そうだった、今日はちょっと体調が悪そうだった）<br />
・お願いする内容を、うまく伝えなくては、というプレッシャー&rarr;伝え方に不安がある人ほど、&Prime;お願い&Prime;がハードルになる<br />
・断られるのが怖い、相手に断らせるのが申し訳ない&rarr;「頼むこと、頼ること＝自分の価値を下げること」のような思い込みがある<br />
・そもそも迷惑をかけたくない&rarr;頼むくらいなら自分でやる、「やさしさ」と「責任感の強さ」</p>

<p>「頼む」という行為を自らブロックする感情は、やさしさや気遣いがあるからこそ生まれるものです。だからこそ、お願いするにはエネルギーが必要で、余裕がないときほど「やっぱりいいです」と引き返してしまいやすくなります。</p>

<p>ただ、相手にお願いすることは、相手を信用しているからできること。「（あなたを信用しているので）これをお願いしたい」特に仕事に関しては、職場でのやりとりで可視化されやすいですよね。</p>

<p>......とはいえ、実際の現場ではそう受け取れないこともあります。「丸投げされた」「責任を押しつけられた」と感じる&Prime;お願い&Prime;のほうが、印象に残っている人も多いかもしれません。</p>

<p>けれど、だからこそ。本当に信頼している相手に向けた「お願い」は、それをやる負荷以上に、プラスの感情を残します。</p>

<p>たとえば、<br />
・いつも忙しそうにしている上司に資料のチェックをお願いしたら、「お、頼ってもらえるってことは、少しは信用してもらえた？」と笑って引き受けてくれた。<br />
・体調を崩した時に同僚に仕事をお願いしたら、「任せて、いつも頼ってばかりだから」と言ってくれたその一言で、自分の肩の力がすっと抜けた。</p>

<p>適度に頼ることは、負担ではなく「信頼の証」です。信用していない人にお願いできませんからね。誰かに必要とされること。誰かの力になれること。それは、お願いを&Prime;された側&Prime;にとっても、自分の存在を確かめるきっかけになるのです。</p>

<p>仕事を抱えすぎていた頃の私は、自分以外の全員が「味方ではない」と思っていたことすらありました。敵ではないけれど、味方でもない──そんな感覚です。でも、少しずつお願いをしてみたら、ちゃんと受け止めてくれる人がいた。思っていたよりも、世界はずっと優しかった。</p>

<p>だから、ダメ元でも聞いてみましょ。その一歩が、思っていた以上に自分も、誰かも、救うこともあるから。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>聞けるうちが花、黙るは枯れ</h2>

<p>日本人は「わからないことを質問すること」や「人に頼ること」に罪悪感を抱きやすい文化的背景を持っています。それは美徳として培われてきた「寡黙さ」や「空気を読む力」の裏返しでもあります。</p>

<p>ただ、現代社会、特に実務分野では、その美徳が時に「自滅」につながる可能性があります。加えて、恥の文化（他人の目を気にする）もあり、「失敗を隠す」「知らないことを表に出さない」行動が多くなり、「こんなことを聞いたらバカにされるのではないか」「こんなことも知らないと思われるのか」と、「無知を見せること＝評価を下げること」と考え、さらに質問や確認がしにくくなって何も聞けなくなる状況に陥ります。</p>

<p>「聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥」という言葉があります。一見すると「わからないことは素直に聞いたほうがいい」という教えに見えるのですが、その前提には先ほど挙げた「聞くこと＝ちょっと恥ずかしいこと」という感覚があります。</p>

<p>でも、ふと思ったのです。そもそも、聞くことって本当に「恥」なのか？自分が抱えていた「聞けない」の根っこを、根本的に揺るがす問いでした。冷静に考えると、むしろ「聞かずに、わからないままでいること」のほうがずっと困るし、後から恥ずかしい思いをすることも多いのでは...？</p>

<p>なのに、「質問するのはちょっと気が引ける」「こんなことを聞いたら変に思われないかな」と感じてしまう人は、年齢を問わず意外と多くて、それはもしかしたら、「聞く＝恥ずかしいこと」とする感覚が、まだ私たちの中に残っているからかもしれません。</p>

<p>そんなとき、「わからないことを聞ける自分」でいることを、自分で認めてあげましょう。「言ってもらえるうちが花だよ」と、忠告を受けた時などに使われるフレーズがありますが、お願いや確認が必要な時は「聞けるうちが花、黙るは枯れ」。質問や確認をしようとして気持ちが立ち止まった時は、これを思い出していただけるといいなと思います。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_confusing.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 19 Mar 2026 07:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[渋谷亜也（一般社団法人日本接客アドバイザー協会名誉顧問）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>世界一幸せな国、フィンランド移住3年　心地よさは「自分で作る」ものだった  chika</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13801</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013801</guid>
			<description><![CDATA[フィンランドに移住し、3年を迎えるchikaさん。&quot;幸せの国&quot;として知られる同国に住んでみて感じたこととは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="北欧編集部chika" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260305chika08.jpg" width="1200" /></p>

<p>世界一幸福な国と称されるフィンランド。都市と自然がほどよく近く、サウナやコーヒーの文化も根づくこの国に、どこか憧れを抱く人も多いかもしれません。</p>

<p>そんなフィンランドで暮らし始めて3年目を迎えたchikaさん。現地の寿司店で働くところから始まった生活は、店の倒産という思わぬ出来事を経て、個人事業主、さらに大学進学へと広がっていきました。</p>

<p>人気コミックエッセイシリーズの最新作『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』（世界文化社刊）には、その試行錯誤の日々が率直につづられています。</p>

<p>フィンランドで暮らすなかで、どんな発見や変化があったのでしょうか。chikaさんに、現地での日々のことを聞きました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>住んでも変わらなかった「フィンランドの好きな部分」</h2>

<p><img alt="『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260305chika06.jpg" /><br />
『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より</p>

<p>――20歳のとき、フィンランドに一目ぼれしたそうですね。具体的にどのような部分に惹かれたのでしょうか？</p>

<p>【chika】20歳のときに初めてフィンランドを訪れて、いろいろな国に行った中でも初めて「ここに住みたい」と思いました。</p>

<p>一目惚れの理由は、大きく二つあります。</p>

<p>一つは、自然との距離感です。ヘルシンキは首都なのに森や湖が街の中にシームレスに存在していて、「都会か自然か」の二択ではなく、便利さと自然が一緒にあることが田舎育ちの自分にはとても心地よく感じました。</p>

<p>もう一つは、人との距離感です。人々がそれぞれの好みやスタンスを大切にしていて、「私はこれが好き、あなたはそれが好き。それでいいよね」という、尊重と無関心の間のような距離感がありました。幼い頃から「普通でいなきゃ」「みんなと同じでいなきゃ」と考えやすいところがあったので、そんな距離感がより嬉しく、心地よく感じたのだと思います。</p>

<p>――実際に住んでみて、「これは想像と違った」と感じたことは何でしたか？</p>

<p>【chika】フィンランドは夏休みが長いイメージがあったのですが、長いサマーホリデーは勤続1年後からの取得で、初年度はありませんでした。しかも祝日数は日本のほうが多く、移住1年目は社会人人生で一番出勤日の多い一年になりました。</p>

<p>ただ、その中で同僚たちが「無給でいいから休みを取る」と選択していたのを見て、お金だけではなく休息の時間を大事にして、自分に必要なものを意思を持って守る姿勢を学びました。</p>

<p>私自身は最初その発想がなくて遠慮してしまったのですが、だからこそ「もっと自分で人生をデザインしていくものなんだ」と気づけた出来事でもありました。</p>

<p>――反対に、「ここは想像以上によかった」と思えた点はありますか？</p>

<p>【chika】一番は、20歳のときに惹かれた「距離感の心地よさ」が、住んでみても揺るがずに変わらなかったことです。</p>

<p>街と自然の距離感、人と人の距離感が、日常の中でそのまま続いていました。生活の中では、森できのこ狩りをしたり、友達とピクニックをしたり、そういう時間が週末のレジャーとして自然に根付いたことも嬉しかったです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「一人で抱えなくていい」ことを知った</h2>

<p><img alt="『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より" height="1763" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260305chika07.jpg" width="1200" /></p>

<p>――フィンランドでの暮らしは、chikaさんのメンタル面に何か影響を与えましたか？</p>

<p>【chika】大きかったのは、「孤独」の捉え方が変わったことです。移住後に、孤独にはソリチュード（積極的な孤独）とロンリネス（消極的な孤独）の２種類があると学びました。</p>

<p>誰かと一緒でも「自分らしくいられる時間」を持てること、一人でも温かく過ごせる時間があること。そして一方で、ロンリネスを感じた時には「自らコミュニティを探すことができる」という道を知ることができました。</p>

<p>また移住１年目、職場で寿司シェフが自分一人になった時期があり、長時間労働と制作を両立しようとしてバーンアウトしかけたこともあります。</p>

<p>そんな中、同僚達の生き方を間近で学ぶ経験も通して「フィンランドに来たら自動的に理想の暮らしが手に入るのではなく、どこにいても暮らしを作るのは自分なんだ」と学びました。</p>

<p>――落ち込んだとき、フィンランドの環境や人に救われたご経験はありますか？</p>

<p>【chika】あります...！落ち込んだときほど、「一人で抱えなくていいんだ」と思わせてもらえた出来事がいくつかあります。</p>

<p>一つは、働いていた寿司店の倒産後に就業支援窓口で相談したときです。<br />
「あなたができることではなく、本当にしたいことは何ですか？」と問われ、転職や学び直し、起業支援などの選択肢を一緒に整理して、必要な窓口へつないでいただけたことが大きな支えになりました。</p>

<p>助けを求めればちゃんと道が開ける一方で、自分から言葉にしないと始まらない国だと実感し、「助けて」と言えたこと自体も私にとって大事な一歩でした。</p>

<p>もう一つは、同じ趣味や志を持つ仲間に出会えたことです。個人事業主になってから、ビザや税金などの手続きで小さな「できないこと」が重なり、無力感や孤独が強まった時期がありました。</p>

<p>でもその孤独をきっかけに仲間探しを始め、今はフィンランドの漫画コミュニティの友人たちと出会えました。クリスマスマーケットで一緒に本を売ったり、ぬいぐるみを作ったりしながら、抱えていたものを共有できるようになって、心強さが増しました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>フィンランドの暮らしに馴染みやすい人とは</h2>

<p>――国連の幸福度ランキングで1位のフィンランドは、「幸せの国」というイメージが根強いと思います。実際に住む立場から、その辺りをどう感じますか？</p>

<p>【chika】住んで感じたのは、「フィンランドに来たら自動的に幸せになる」というよりも、「自分の幸せの基準を自分で決めて、それを自分で作っていく」という姿勢が根付いているということです。</p>

<p>できないことにはNOと言い、自分が大事にしたいものは意思を持って守る。大事にしたいものは人によって違って、自然の中で過ごす時間だったり、好きなことをできる自由時間、家族と過ごす時間だったりします。<br />
そういう&quot;自分の宝物&quot;をちゃんと守って人生を形作っていく姿を、身近な人たちから学んだ気がします。</p>

<p>――フィンランド移住に憧れる日本人も少なくないと思います。フィンランドの暮らしに馴染みやすい性格、相性がよくない性格はあると思いますか？</p>

<p>【chika】あくまで私の経験の範囲になりますが、フィンランドの距離感を「冷たい」ではなく「心地よい」と受け取れると馴染みやすいと思います。<br />
「私はこれが好き、あなたはそれが好き」という違いを、そのまま受け止められる空気があります。</p>

<p>一方で、助けが必要なときには自分から「助けて」と言うことが前提になる場面も多いので、困っていても自力で何とかしようと我慢してしまう、私に似たタイプの方は、最初はしんどさを感じるかもしれません。<br />
口に出せば助けてくれる人や支援先はあるものの、ちゃんと言葉に出して言わないと始まらないので、そこは練習が必要だと感じます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>フィンランドの「いいな」は、現状の暮らしにも取り入れられる</h2>

<p><img alt="『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より" height="1763" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260305chika02.jpg" width="1200" /><br />
『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より</p>

<p>――マンガにあった、フィンランド人のガイドさんによる「8つの季節」の話が興味深かったです。日本にいながら取り入れられることは何だと思いますか？</p>

<p>【chika】フィンランドで感じた「いいな」は、フィンランドだからできるのではなく、意思次第で今の暮らしにも取り入れられると思っています。</p>

<p>例えば、予定を詰めすぎずに、あえてぼんやりする「余白」の時間を作ること。<br />
水辺のカフェで一息つくような感覚を、日本でも散歩や近所の好きな場所で再現すること。<br />
大きなイベントではなくても、自分の暮らしの中に&quot;小さな楽しみのルーティン&quot;を作っていくこと。</p>

<p>そういう積み重ねが、季節のグラデーションを味わうことにつながる気がしています。</p>

<p><img alt="『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より" height="1763" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260305chika03.jpg" width="1200" /><br />
『北欧こじらせ日記 決意の3年目編』より</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260305chika08.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 18 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[chika]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ニュートン、ダーウィンを輩出...ケンブリッジ大学で800年続く「天才が育つ勉強法」  飯田史也（ケンブリッジ大学工学部教授）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13630</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013630</guid>
			<description><![CDATA[ケンブリッジ大学で800年受け継がれている教育とは？ ケンブリッジ大学工学部教授の飯田史也さんが解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ケンブリッジ大学の教育" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_book_glasses.jpg" width="1200" /></p>

<p>世界最高峰の名門ケンブリッジ大学は800年もの間「対話を重視する学び」を実践しています。それは、言葉のやり取りの中にこそ、学びの本質があるからです。</p>

<p>知識を一方的に受け取るだけではなく、能動的なコミュニケーションを通じて学ぶことで、まるで「理想の家庭教師」がそばにいるかのような学びの環境が生まれます。人生の可能性を大きく広げる、ケンブリッジ流・「人の手を借りる学び」を書籍『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』より紐解きます。</p>

<p>※本稿は飯田史也著『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』（日経BP）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>学びはひとりでやらない</h2>

<p>読む、聞く、理解する。そして自分の言葉で考え、表現する、こうした一連の営みは、誰かと話すだけでなく、ひとりで日記を書くような「自分との対話」でも実現できます。自分自身を相手にする対話だけでも、学びは深まります。</p>

<p>しかし、学びを飛躍的に深め、広げるために欠かせないのが「他者の存在」です。</p>

<p>自分では予想できなかった視点、自分では気づけなかった問いかけ、自分の思考のあいまいさを突く指摘など、これらは、生身の人との対話の中でこそ生まれます。</p>

<p>どれほど時間と手間がかかっても、やはり「人と人が向き合うこと」は、深い学びへの最短ルートです。</p>

<p>たとえば、ケンブリッジ大学では、少人数の個別指導や、週に何度も開かれるフォーマルディナーなど、学生と教員が集まり深く交流するしくみに多くのリソースが注がれています。</p>

<p>ケンブリッジを支えているのは、一人ひとりの優秀さだけではありません。教員、学生、スタッフがつながり、互いに問いを投げかけ、知識を共有し、時には批判し合い、共に考える。そうした人間関係のネットワークが、学びを深めるチームとして機能しています。</p>

<p>どれほど優秀な人でも、自分ひとりでは限界があります。</p>

<p>自分の専門の外にある知識を持つ人、異なる立場から問いを投げかけてくれる人、自分の考えを正直に批判してくれる人、そのような多様な人が集まることで、ひとりの思考が、個人では到達できない深さまで至ります。</p>

<p>このような理由で、ここでは、「学びのチーム」という考え方を深掘りしていきます。自分の学びを支えてくれる人々を意識的に集め、人とのつながりをどのように育て、どのように活かし、どのように「チーム」にしていくのか。これが、ここからの学びに不可欠な姿勢です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>他人の手を煩わすのは大変、それでも避けて通れない</h2>

<p>学びとは、多くの場合、自分自身への投資です。将来の自分がもっと多くのことを知り、できるようになるために、誰もが多少の苦労を覚悟して、時間と労力をかけます。</p>

<p>それが「自分のため」である以上、できれば他人の時間や手間を取らせずにすませたい、と考えるのは、ごく自然なことです。</p>

<p>しかし、簡単なことではないからこそ、ケンブリッジ大学では人と人のつながりを最大限に掘り下げ、意識的に活用するしくみが整えられているとも言えます。深い学びには、他人の存在がどうしても必要だからです。もちろん、どれだけしくみがあっても、こうした人間関係は一朝一夕には築けません。</p>

<p>では、どうすれば「人の手を借りる学び」を自分の中で機能させられるのでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>学びを支える「チームメンバー」はどこにいるか？</h2>

<p>「最高峰の学び」は理想の家庭教師につきっきりで教えてもらうようなものです。しかし、優秀な教師を見つけることは大変ですし、現実には学びたいことすべてに家庭教師をつけることもできません。</p>

<p>では、どうすれば良いのか。答えは、多様な役割を持つ人たちをあなた専用の「学びのチーム」として意識的に集め、つながることです。</p>

<p>学びを支えるのは、ただ知識を授ける先生だけではなく、さまざまな立場からあなたを支える人々です。</p>

<p>ここでは、代表的な5つのタイプをあげてみます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>・教員</p>

<p>専門知識を授け、学問の基盤を築いてくれる存在です。知識だけでなく、あなたの潜在能力を引き出す視点を持つ人が理想です。学校の先生でなくても、自分が必要な専門知識を授けてくれる人たちをたくさん見つけましょう。</p>

<p>・チューター</p>

<p>学業や生活の相談役です。必ずしも専門家でなくても、教育や学びを支える知識を持つ人が望ましいでしょう。学びには、実にさまざまな障害があります。それを自分で抱え込まずに、相談できる相手を見つけましょう。</p>

<p>・先輩・後輩</p>

<p>同じような学びを最近経験した人や、これから同じことを学ぶ人。知識や経験を共有し合える心強い存在です。先輩だけでなく、後輩と関わることで自分の理解が深まることも多いものです。</p>

<p>・家族や生活支援者</p>

<p>健康や安心を支えてくれる人たちです。勉強が手につかなくなるのは、学問の問題ではなく、生活の問題であることも少なくありません。</p>

<p>・仲間・友人</p>

<p>何でも話せる気のおけない存在です。学びを支える心の土台です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>こうして見てみると、普段は「学びには関係ない」と思いがちな人たちも、実は深い学びを支えていることに気づきます。学びは生活と切り離せないからこそ、学びのチームには生活を支える人も含まれます。</p>

<p>「チーム」といっても、すべての人が常に協力し合う必要はありません。普段は存在を強く意識しなくても構いません。大切なのは、何かがうまくいかないときに、助けを求められる信頼関係があることです。メンバーに「私たちは同じ学びのチームである」という意識を持ってもらうようにしましょう。</p>

<p>特に、優秀で真面目な人ほど「助けを求めること」をためらいがちです。しかし、どれほど頭がよくても、どれほど努力家でも、他人の力を借りずに学びを深め続けることはできません。</p>

<p>遠慮せずに他人の手を煩わせることを、学びの一部として受け入れるということは、わがままではなく、学びを支える必然な行為です。本気で学びを深めたいという意気込みがあれば、助けてくれる人を見つける努力をしましょう。そのような人は、必ずどこかで見つかるはずです。</p>

<p>そして、ここで一度、相性の問題を考えてみましょう。人間は誰しも得意不得意、好き嫌いを避けて通ることはできません。それは自分だけでなく、教員やチューターも同じです。</p>

<p>コミュニケーションを中心に据えた学びにおいては、自分ではなく他の学生に肩入れをしてしまうような先生もたくさんいます。それは不公平に感じることもあるかもしれませんが、人間である以上、とても自然なことです。</p>

<p>だからこそ、学ぶ人たちそれぞれが、自分を最高まで高める学びのチームを、相性も考えた上で築き上げる必要があります。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_book_glasses.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 18 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[飯田史也（ケンブリッジ大学工学部教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>言語の天才少女が「ラテン語が話せる」ことを隠した理由とは？　YouTubeで世界的な人気を誇るイタリア人の話  ラテン語さん</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13908</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013908</guid>
			<description><![CDATA[「ラテン語を話すのは馬鹿げている」と隠さざるをえなかった大学時代。そこから独力でオンライン学校を創り、YouTubeで世界中に生徒を持つまでになったイタリア人女性。ラテン語のプロが師と再会し、その情熱を辿ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="イタリア・ボローニャの町並み" height="840" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_ItalyBologna.jpg" width="1200" /></p>

<p>ラテン語は「死語」と思われがちだが、今もラテン語で話し、教え、発信している人たちがいる。ボローニャで出会ったイタリア人女性もその一人だ。高校2年生でラテン語の学習を始め、2016年からX（旧Twitter）でラテン語の魅力を毎日発信し続けるラテン語さん（東京古典学舎研究員）。その新著『今に生きるラテン語を求めて　「永遠の都」ローマ滞在記』から、現代においてラテン語を生きた言語として使い続ける女性の物語を紹介する。（写真提供：ラテン語さん）</p>

<p>※本記事は、『今に生きるラテン語を求めて　「永遠の都」ローマ滞在記』（PHP研究所刊）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ラテン語でボローニャに招待された</h2>

<p>今日はヴィヴァリウム・ノヴムを一時的に離れ、イレーネに会いにボローニャに向かう。イレーネはイタリア生まれのラテン語の先生で、「Satura Lanx」（様々な果物が載った大皿）というYouTubeチャンネルも運営し、動画では最初から最後までラテン語で話している（音声版はポッドキャストで聞くことができる）。とある動画の始まりは、このようなものであった。</p>

<p>Salvete et bene venistis apud Saturam Lancem. Mihi nomen est Irene, natione Itala, nata sum in Italia.<br />
こんにちは。そして、Satura Lanxにようこそ。私の名前はイレーネで、イタリア生まれのイタリア人です。</p>

<p>私のイタリア滞在中に、同じくイタリアに住むラティニストのイレーネとも話したいと思い、私からコンタクトを取った。彼女はローマから遠いパルマに住んでおり、当初は会うことが難しかった。しかし、イレーネから「近々ボローニャに行くから、そこで会えないか」というメッセージを受け取り、その地で会うことになった。</p>

<p>Salvus sis! Die 28 huius mensis Bononiam petam ut vesperi cum grege concinentium concentum edam. Si volueris tu quoque Bononiam petere (iter a Roma est II horarum tramine ferriviario), possim tecum diem agere antequam mihi canendum est! Quid censes?<br />
こんにちは！ 今月28日に、合唱隊と夕方に合唱するためにボローニャに行くんだよね。あなたもボローニャに行きたいと思うなら（ローマからは鉄道で2時間）、私は合唱の前に日中あなたと過ごすことができるけど、どう？</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ボローニャの街は「屋根付きの歩道」で覆われていた</h2>

<p>約束の時間よりだいぶ早くボローニャ中央駅に着いたので、市内を散策する。ボローニャの町にある建物は上層階が歩道にせり出しているため、歩道に屋根があるような状態になっている。この屋根のおかげで、雨の日でも濡れずに通りを歩くことができる。これは「ポルティコ」（portico）といい、日本でも同種の「雁木」が本州の日本海側の町で見られる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>幼い頃から突出した言語の才能</h2>

<p>広場に行く途中、私たちはFORNO BRISAというベーカリーで軽食を食べることにした。私は、彼女がどのようなきっかけでYouTubeチャンネルやポッドキャストを開くことになったのかを尋ねた。</p>

<p>ミラノ生まれのイレーネは子供の頃から言語の能力が突出しており、幼いながらも複雑な文を組み立てて話すことができていた。さらに、子供向けの本だけではなく、大人が読むような難しい本も読むことができた。彼女が高校（リチェオ）を選ぶ際、様々な種類の高校がある中で、数学や英語、歴史や科学のみならずラテン語と古代ギリシャ語を教えるリチェオ・クラッシコに進もうと決心した。決める前はその2つの言語に触れていなかったが、「自分はリチェオ・クラッシコを好きになるだろう」と思ったらしい。</p>

<p>この学校のラテン語、ギリシャ語の先生は、授業中にラテン語で話すことはしていなかったが、イレーネがラテン語、ギリシャ語を特に好いているのを感じ、彼女に、自分と一緒にミラノラテン語サークル（Sodalitas Latina Mediolanensis）の会合に参加するようにすすめた。先生自身も、ラテン語が話せるのである。</p>

<p>はじめはうまく話せなかったイレーネも、このグループの会合に何回も通って、話す回数を重ねることで会話が上達していった。さらに、ウィーンなどヨーロッパ各地で開かれるラテン語サマースクールに参加し、ラテン語会話の経験を積んだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大学で「ラテン語を話せること」を隠さざるをえなかった</h2>

<p>しかし、大学に入るとラテン語を話すのをやめてしまった。というのも、教授たちがそのような行動を馬鹿にしていたからだ。大学生活を通してイレーネは、自分がラテン語が書け、話せることを隠さざるをえなかった。</p>

<p>大学卒業後に結婚し、夫の仕事場があるベルギーに移り住むと、長年の夢であったラテン語教師になることを目指して教員免許を取得し、ラテン語を教えはじめた。公立校でも私立校でも教えていたが、私立の方が自由度は高く、ラテン語、ギリシャ語で両言語を教えられるところもあった。ただし、そのような学校が全てではなく、たいていの学校は教員がやりたいように授業を行う自由がなかった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ないんだったら、自分で作ればいいのよ！」</h2>

<p>それでも「ラテン語やギリシャ語を話すことは楽しいだけでなく、語学力の向上に大いに役立つ」と確信していたイレーネは、自分で教える場をインターネット上に開設して、オンラインでラテン語を教えはじめた。</p>

<p>私は、彼女の行動力に驚嘆した。被雇用者として望み通りのやり方で教えることができなければ、自分で学校を開いて世界中から生徒を募集する。中学２年生の時に見ていたアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の主人公・涼宮ハルヒのセリフ「ないんだったら、自分で作ればいいのよ！」が思い出された。</p>

<p>ラテン語の学校を開いたところで実際に人は集まるのか？ と疑問に思う人もいるかもしれない。だが、ラテン語でラテン語を学ぶ需要はたしかに存在し、私も5年前に彼女のコースを取っていた。それだけでなく、私は同じくイレーネからラテン語を学ぶ人たちと定期的にインターネット上でビデオ通話をしていた。</p>

<p>私のかつてのマギストラ（magistra、ラテン語で「先生」）との会話を楽しんでいるうちに、フォカッチャを食べ終えた。マッジョーレ広場へ再び歩を進めよう。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 18 Mar 2026 10:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ラテン語さん]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【現地レポ】三省堂書店本店がリニューアル！ 蔵書50万冊、進化した店内の見どころは？  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13977</link>
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			<description><![CDATA[4年ぶりに新装開店した三省堂書店神田神保町本店の店内を徹底レポート！ 蔵書50万冊、2400棚を誇る圧倒の店内の魅力をご紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="三省堂書店" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido18.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年3月19日（木）午前10時、三省堂書店 神田神保町本店がいよいよ新装開店を迎えます。</p>

<p>2022年のビル建て替えにともなう一時閉店から約4年、本の街・神田神保町の一丁目一番地に、まったく新しい書店が誕生します。本稿では、生まれ変わった店内の様子をレポートします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>コンセプトは「歩けば、世界がひろがる書店。」</h2>

<p><img alt="亀井崇雄社長" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido10.jpg" width="1200" /><br />
亀井崇雄社長</p>

<p>新店舗のコンセプトは「歩けば、世界がひろがる書店。」。代表取締役社長・亀井崇雄氏は次のように語ります。</p>

<p>「お客様には、ぜひ店内を歩いていただきたいと思っています。知的好奇心が刺激される、偶然の出会いを店の設計において特に重視しました」</p>

<p>ネット書店が充実したいまの時代、リアル書店に求められるのは「網羅性」よりも「偶然性」だという信念のもと、今回のリニューアルは設計されています。</p>

<p>「在庫が豊富にあるネット書店がある時代、リアル書店に求められるのは偶然性だと思っています。そのためには、店内を歩いていただくことが肝。とにかく歩いて、偶然の出会いをしていただけるように設計しました」（亀井社長）</p>

<p>リニューアルにあたっては各店舗の在り方を根本から見直し、「今までの書店を抜け出して、未来の書店とはどういうものか」を核に考えたといいます。内装コンセプト・デザインは、建築家・長谷川豪氏が担当しました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>1階　インパクト大の「知の渓谷」</h2>

<p><img alt="知の渓谷" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido09.jpg" width="1200" /></p>

<p>・知の渓谷</p>

<p>1階は、中央のメイン通路にある書棚の高さが低く、両側に向かってだんだん高くなるという段差のある構造が特徴的です。自分が見ている棚の向こう側も視界に入り、次の棚へと自然に誘導される設計になっています。</p>

<p>亀井社長も「1階の設計が一番苦労した」と明かしており、レジの配置や、インパクトある見せ方をどう実現するかで何度も検討を重ねたといいます。</p>

<p><img alt="知の渓谷の本棚" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido15.jpg" width="1200" /></p>

<p><img alt="ガイドの机" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido11.jpg" width="1200" /></p>

<p>・ガイドの机</p>

<p>1階の一番端には、著者やクリエイターがいちばん好きな本を紹介する机を設置。記念すべき第1回目は亀井社長の必読書5選が並びます。</p>

<p><img alt="神田神保町本店限定カバー・限定帯" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido16.jpg" width="1200" /><br />
神田神保町本店限定カバーや限定帯の書籍も販売されています</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>2階　出会いのときめきを大切にした棚づくり</h2>

<p><img alt="発見のさざ波" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido14.jpg" width="1200" /></p>

<p>・発見のさざ波</p>

<p>2階に上がってすぐのスペースでは、人文系の書籍を中心とした「強みのジャンル」が展開されます。人文書のコーナー「発見のさざなみ」は、棚を45度に振って配置し、他の棚が目に入るよう工夫されています。</p>

<p><img alt="没入キャビン" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido08.jpg" width="1200" /></p>

<p>・没入キャビン</p>

<p>本を精査して選びたい方のための、落ち着いたスペースです。じっくりと一冊を選べるように設けられています。</p>

<p><img alt="探求の洞窟" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido07.jpg" width="1200" /></p>

<p>・探求の洞窟</p>

<p>新書コーナー「探求の洞窟」では、一般的に壁面に沿ってまっすぐ設置されがちな棚を、ひだ状に配置。囲まれた空間を演出することで、没入感を生み出しています。亀井社長が「特にお気に入り」と語る新書コーナーは、国内トップクラスの品揃えを誇ります。</p>

<p><img alt="ゆさぶりの島" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido17.jpg" width="1200" /></p>

<p>・ゆさぶりの島</p>

<p>「自分自身を深め、心をゆさぶる一冊を」というコンセプトのもと設けられた「ゆさぶりの島」は、「島什器（しまじゅうき）」と呼ばれる什器を使用し、担当者の想いがこもった一冊を手に取ってもらえるコーナーです。</p>

<p><img alt="トキメキの島" height="800" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido06.jpg" width="1200" /></p>

<p>・トキメキの島</p>

<p>新刊と話題の本が集まるコーナー。タイトルのとおり、出会いのときめきを大切にした棚づくりがされています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>3階　楽しくぐるぐると回れるフロア</h2>

<p><img alt="みちびきの渦" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido02.jpg" width="1200" /></p>

<p>・みちびきの渦</p>

<p>3階は、棚が放射線状に配置されており、どこに何があるかが一目でわかるレイアウトになっています。児童書を展開するフロアとして、他の階とは異なる「楽しくぐるぐると回れる」設計を意識。棚の端を円形パーツとしているのも、棚から棚へとスムーズに移動しやすくするための工夫です。</p>

<p><img alt="積読サイン" height="800" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido04.jpg" width="1200" /></p>

<p>・積読サイン</p>

<p>各棚には「積読サイン」と呼ばれる標識が設けられており、棚番号とジャンルが記されています。その下には新刊「ルーキー本」を配置。ロングセラーの売れ筋本は面出しで並べられ、その棚の個性を視覚的に伝えます。</p>

<p><img alt="喫茶ちそう" height="800" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido03.jpg" width="1200" /></p>

<p>・喫茶ちそう</p>

<p>また、3階には「喫茶 ちそう」が設けられています。店名の「ちそう」は「地層」が由来でもあり、看板メニューは店名とかけた、ミルクレープ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>歩いて発見する場所へ</h2>

<p><img alt="三省堂書店オリジナルグッズ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido12.jpg" width="1200" />オリジナルグッズも充実。&quot;神&quot;保町とかけたジンも販売。ラベルには小説が印刷されている。</p>

<p>蔵書数は50万冊、2400棚。書籍売り場の面積は旧本店の6〜7割程度となりましたが、その分だけ徹底的に「偶然性」と「体験」に振り切った設計がなされています。ネットやメディアで代替できるコンテンツはあえて絞り込み、コミックや文芸に重点を置いているのも特徴です。</p>

<p>今回のリニューアルは、「在庫を探す場所」から「歩いて発見する場所」へと、書店の役割を再定義する挑戦です。偶然性を最大化する空間設計と、ジャンルごとの体験設計が、リアル書店ならではの価値を生み出しています。棚のあいだを歩けば、きっと世界をひろげる一冊と出会えるはずです。</p>

<p><img alt="三省堂書店" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido01.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>

<p>三省堂書店 神田神保町本店<br />
住所：東京都千代田区神田神保町1丁目1番地（1〜3階）<br />
グランドオープン：2026年3月19日（木）午前10時<br />
営業時間：10:00〜20:00</p>

<p></p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260317Sanseido18.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 17 Mar 2026 16:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>高いコスメを買っても“老け見えする人”の共通点　メイク迷子を抜け出す3つのポイント  YUTA.（ヘアメイクアップアーティスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13944</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013944</guid>
			<description><![CDATA[年齢を重ねるごとに「メイクの仕方がわからない」と悩む人は少なくない。ヘアメイクアップアーティストのYUTA.さんが、自分に合ったメイクの方法を教えてくれた]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="メイクのコツ" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_mirorlady.jpg" width="1200" /></p>

<p>高価な最新のコスメをそろえても、時間をかけても、なぜか思い通りにメイクが仕上がらない――そんな&quot;メイク迷子&quot;になっていませんか？原因は決して努力不足やお金の問題ではなく、自分の顔のとらえ方、道具の正しい使い方をはじめ、意外と気づきにくいポイントがほとんどです。</p>

<p>この記事では、ヘアメイクとして第一線で30年以上活動している『なんとなくの自己流から抜け出す 今の自分に合うメイクの正解』の著者YUTA.が、プロの視点から迷子状態を抜け出して、&quot;自分に合ったメイク&quot;のコツをわかりやすく紹介します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>高価なコスメや時間をかける前に知ってほしいのは「自分の顔の変化」</h2>

<p><img alt="YUTA" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260311yuta012.jpg" width="1200" /><br />
Before:隠そうとファンデーションをベターっと塗ったNGメイク/After:血色感と立体感を意識した、整えるOKメイク<br />
※著者YouTube「40歳からのシャレるメイク」より</p>

<p>高いコスメを買ったのに、なぜか老けて見える。時間をかけたのに、写真の自分がしんどい。それ、コスメの問題ではありません。そして、努力不足でもない。努力の方向がズレているだけです。</p>

<p>まず知ってほしいのは、「高いコスメを買っても老けて見える人の共通点」。それは、今の顔を前提にしていないこと。はっきり言います。顔はアップデートされているのに、メイクだけが10年前のまま。</p>

<p>私たちは忙しくなると「お金で解決」に走りがちです。キャリアも積んだ、収入も上がった、でも、時間はない。だから、いいものを買う。理にかなっているし、たとえばデパートのカウンターはキラキラした夢の空間です。</p>

<p>完璧なメイクのBAさんに「お似合いですよ」と言われたら、未来の自分まできれいになった気がする。でも家に帰り、洗面所の蛍光灯の下で「......あれ？」となる。魔法が解ける瞬間です。</p>

<p>&quot;今の顔&quot;で、とくに注目すべきは一番コンディションの悪いときの顔です。年齢を重ねると、ホルモンは揺らぎ、皮膚は重力に引っ張られ、回復力はだだ下がり。これが「&quot;なぜか老けて見える&quot;理由」です。</p>

<p>若い頃は疲れがまったく次の日に残らず、顔にも出なかったのが、今は休み明けでも、なんかだるい。そして、目の下の影、口角の下がり、フェイスラインのゆるみ。そんな「疲れた顔」が基準になっているのに、20代と同じ塗り方をしている。合うわけがないですよね。</p>

<p>私が登壇するメイクのイベントで、参加者の方々からよく聞くのが「高いファンデを買ったのに写真を見るのがつらい。思った感じにならない」という声です。仕上がりはきれいなのに、きれいすぎる仕上がりが目元や口元の影を強調しているんです。その方に必要だったのはカバー力ではなく血色と立体感。チークを少し上へ、ツヤを１点だけ足す、ファンデは&quot;完璧に隠す&quot;から&quot;整える程度&quot;へ。それだけで疲労感は消えました。すごい裏ワザではありません。現状を正しく見ただけです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>違和感をなんとなく放置せず、言語化して、やってみる</h2>

<p><img alt="YouTube「40歳からのシャレるメイク」より" height="562" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260311yuta03.jpg" width="1200" /><br />
左は昔の顔に合ったメイクをそのまました場合、右は今の自分の顔に合ったメイクをした場合<br />
※著者YouTube「40歳からのシャレるメイク」より</p>

<p>ここで一度、自分に問いかけてみてください。</p>

<p>「昔の顔に合ったメイクしていませんか？」</p>

<p>怖いから見ない、みたくない。でも見ないまま足せばズレは広がるだけなんです。調子のいい日の顔と、一番疲れた日の顔を自然光で撮って見比べてみてください。加工なし、正面と横顔。２枚の写真を比較する。どこに影が出る？どこが下がる？どこはいい感じ？</p>

<p>違和感は敵ではありません。大切なヒントです。買う前に見る。塗る前に観察・分析する。メイク迷子の出口はデパートの1階ではなく、鏡の前と自撮りの中にあります。</p>

<p>「今日はなんかヘン」「うまく決まらない」。それは気分のせいではありません。疲れの抜け方が変わり、肌の水分量が変わり、同じコスメでも仕上がりが変わっている。なのにやり方だけは据え置き。違和感が出るのは当然です。でも多くの人は「まあいっか」と流してしまう。その&quot;なんとなく&quot;が迷子を長引かせるのです。</p>

<p>違和感は放置すると鈍る。だから言語化してみる。</p>

<p>やることは３つ。「違和感を書く」「ここを、こうしたら（を言語化する）」「ひとつだけやってみて振り返る」。たとえば、顔色が悪いなら血色を足す、乾燥しているならツヤを足す、ファンデーションが厚塗りなら減らす。そして、大切なのは一度に全部変えないことです。なぜなら、いっぺんに変えてしまうと検証にならないからです。</p>

<p>私が主宰するメイクスクールのある受講生の１人は、夕方の疲れ顔に悩んでいました。そこで、フルカバーをやめ、必要な部分だけにし、ツヤ下地を仕込んで見るを少しずつ試してみたら「夕方の顔がいい感じになった」と言っていました。これ、やっていること自体は地味ですよね。でも、これが確実なアップデートにつながるのす。</p>

<p><img alt="YouTube「40歳からのシャレるメイク」より" height="619" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260311yuta04.jpg" width="1200" /><br />
ベースメイクは必要な部分にだけカバーする<br />
※著者YouTube「40歳からのシャレるメイク」より</p>

<p>違和感は、あなたの顔からのサインです。鏡の中の自分は無意識にいい顔をつくっています。一方、不意に撮られた写真で「えっ？」となる。その瞬間にこそヒントがあるのです。違和感に気づき、言語化し、ひとつだけ試し振り返る。考えて、またやってみる。この繰り返しがメイクを更新していきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>メイクの答えは、自分の中にあることがほとんど</h2>

<p>SNSには、さまざまな正解が流れています。でも、それは誰かの顔の答えであって、あなたと同じ骨格も、同じ疲れ方も、同じ生活もありません。だから、追いかけても噛み合わない。思い出してください。ヒントは自分の違和感の中にあったはずです。</p>

<p>そこで、やってほしいのは次の２つです。</p>

<p>自然光で自撮りし、悩みと長所を50個ずつ書き出します。30個を超えたあたりからだいたい本音が出てきます。クマやたるみなどの悩みと同時に、長いまつ毛やきれいな唇などの長所も書き出している。これは、自分の変えたいところだけでなく、それまで気づかなかった自分の良いところを見つける視点をもてるようになるんです！ メイクは欠点の補正だけでは完成しません。長所を認めたとき、顔は整い、シャレます。</p>

<p>外に正解を探し続ける限りメイクは迷路に。しかも、年齢を重ねていけばいくほど迷宮入りです。でも自分の顔を見つめ観察し、少しずつ年齢を重ねていく自分を知り、今のメイクの違和感を信じた瞬間、迷路の地図が手に入ります。</p>

<p>その時点で、あなたの顔はすでに答えのヒントを出しているんです。あとは今の自分の顔に合わせてやってみるだけ。今の自分と向き合えた人から、メイクは「めんどくさい」から「楽しい、メイクをしたい！」に変わります。</p>

<p>あなたのメイクの答えは、すでにあなたの中にありますよ。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_mirorlady.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 17 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[YUTA.（ヘアメイクアップアーティスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>暗い夜を生き延びさせたハン・ヨンエの歌　星のような推しに、少し遅れてついていく  ファン・ギョンシン</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13891</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013891</guid>
			<description><![CDATA[韓国の作家ファン・ギョンシンさんのエッセイ『夜11時』より、近くて遠い「推し」とのエピソードを紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ファン・ギョンシン 夜11時" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Clover.jpg" width="1200" /></p>

<p>暗く湿った空気の中で初めて聴いた一曲が、未熟だったわたしを生かしてくれた夜がある。 近くにいる彼女と、星のように遠い彼女。手は届かなくても、彼女のおかげで光の中を歩いていける。</p>

<p>BTSのRMも読んだ韓国の作家ファン・ギョンシンさんのエッセイ『夜11時』（&amp;books/辰巳出版）より、近くて遠い「推し」とのエピソードを紹介します。</p>

<p>※本稿は、ファン・ギョンシン著『夜11時』（&amp;books/辰巳出版）より内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ついて行けたらいいな</h2>

<p>彼女、歌手ハン・ヨンエの歌を初めて聴いた場所の暗く湿っぽい空気を覚えている。すべての未熟なものたちを心の中に思いっきり抱いていた頃で、自分の未熟なものたちを許せない頃で、閉じた目を開けたら世の中が消えていることを願っていた頃だった。</p>

<p>&quot;許してね、誰にでもそんな頃があるじゃない。&quot;</p>

<p>わたしは何人かの人たち、つまり嫌いな人好きな人、たまに無関心だった人みんなで、カフェの隅っこの席にガムみたいにくっついて座り、店内に流れる当時流行っていた音楽を聴きながら、こうだったらいい、ああだったら困る、またはどうでもいいことについて話していた。</p>

<p>彼女の歌はくだらない雑談と根拠のない悲観、結論のない論争のようなものたちがテーブルの上を幽霊のようにさまよっているとき、ひとつの前兆や予感のようにやって来た。「건널 수 없는 강（渡れない川）」がその歌のタイトルだった。その日以後、わたしは毎晩その歌を何度も繰り返し聴いた。告白してしまうと、その歌はわたしにとって当時の暗黒を乗り切らせてくれたいくつもない癒やしのひとつだった。</p>

<p>彼女、ハン・ヨンエに会ったのはそれから数年後だった。大学路の静かな喫茶店の隅っこ、ちゃぶ台の前で彼女はヨガの基本姿勢みたいに絵のように座っていた。ステージの上の彼女とはあまりにも違う姿だったから、話しかけても口を開いてくれなそうで、やや戸惑った記憶がある。</p>

<p>でも彼女は慎み深い瞳でわたしを見上げ、低く柔らかい音色で挨拶してきた。ありがたいことに彼女とわたしの人生はそう遠くないところで営まれ、わたしは年に1、2回程度、彼女の時間を私的に所有する喜びを享受した。</p>

<p>私的に会う素顔の彼女は率直で美しく、配慮することも感謝することも知っている愛すべき人だということも知った。ステージの上の彼女や歌の中の彼女より、わたしをほろ酔い姫と呼ぶ彼女に十分なじんでいたのだけれど――ギョンシンは1杯飲んだだけでふわふわと酔ってしまうのだけど、その状態が飲み会が終わるまで続くのよね、と言って彼女がつけてくれたあだ名だ――コンサート会場で出会う彼女はいつもわたしを驚かせる。</p>

<p>彼女の歌を聴いていると、わたしは彼女が単刀直入にわたしの心に向かって歩いてきて、心臓をつかんでいるんじゃないかと訝しくなる。わたしはそうして虜にされたまま喜んで彼女の捕虜になるしかない。</p>

<p>少し前、コンサートが終わった後、ステージ衣装を脱ぎメイクを半分落とした彼女に楽屋で会えていなかったら、わたしは今もステージの上の彼女とわたしの隣に座っている彼女の間のギャップに戸惑っているかもしれない。</p>

<p>お酒の席は好きだけれどほとんどお酒が飲めない彼女は時々電話で、今日はお酒が飲みたくて、ほろ酔い姫を前に座らせてお酒を飲んでる姿を見たいの。わたしのかわりに飲んでくれる？と話す彼女はとても近くにいるようなのに、ステージの上の、歌の中の彼女は空の星のように遥かに遠い。</p>

<p>だからわたしが抱いている彼女、ハン・ヨンエが星のように輝く光になって遠いところからわたしのところに駆けつけるとき、わたしの心は泣き笑いして、優しい痛みにときめく。わたしたちはそういう人をスター、と呼ぶ。</p>

<p>だからわたしは、きみについて行けたらいいな。向かい合って座り、目を見て手を握ることはできなくても、きみが連れてくる光の中に留まり、何歩か後からきみにそっとついて行けたらいいな。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 17 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ファン・ギョンシン]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>本当にいま転職すべき？ 客観的な自己分析に役立つ「2軸のマトリクス」  グロービス経営大学院 教員　嶋田毅（グロービス出版局長）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13725</link>
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			<description><![CDATA[今や一般的となった転職だが、人生における大きな決断であることには変わりない。失敗を避けるためには、どうすればよいのか。マトリクス思考を用いた具体的な方法について聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="グロービス「マトリクス思考」" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_chatting.jpg" width="1200" /></p>

<p>自分はどのような未来を願っていて、そのために何が必要なのか。自力では客観的に考えることが難しいこういった悩みも、マトリクス思考は明確に映し出す。本記事では、適切な転職判断を手助けする「転職判断マトリクス」のポイントを、書籍『マトリクス思考　２軸で切る、視える、決める』から紹介する。</p>

<p>※本稿は、グロービス経営大学院, 嶋田毅著『マトリクス思考　２軸で切る、視える、決める』（東洋経済新報社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>転職を検討する際に用いるマトリクス</h2>

<p>転職は近年では特別なものではなくなりつつあり、目的も人それぞれです。待遇がより良い会社に行きたい、リモートワークができる環境が欲しい、キャリアアップなど、人によって求めるものは様々です。転職を検討する際に、今が転職のタイミングであるのかを客観的に判断するために、このマトリクスが活用できます。</p>

<p>このマトリクスは、転職を検討する際に関わる要素をマトリクスにプロットしたり新たに書き込むことで、現時点での転職の是非を客観的に判断するために使用します。このマトリクスを使うことで、自分自身の意識や志向の棚卸しができます。また、仕事に対して何を優先しているのかを改めて考え直すきっかけとしても役立ちます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>まずは今の会社について分析</h2>

<p><img alt="転職判断マトリクス" height="1120" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/202302Globis05.jpg" width="1200" /></p>

<p>横軸は「物理的・金銭的／心理的」、縦軸は「今の会社にないもの／あるもの」に設定しました。</p>

<p>「今の会社にないもの、あるもの」を思い浮かべ、それが「心理的」なものなのか、「物理的・金銭的」なものなのか判断しながらマトリクスに配置していきます。よく検討される項目は上記の図のようにあらかじめラベルとして用意しておくといいでしょう。もちろん、ゼロベースで考え書き込んでいく、あるいは両者を併用するという方法もあります。</p>

<p>最終的に「今の会社にないもの」に配置される項目が多い場合は、転職を本格的に検討するタイミングであることを示唆しています。逆に「今の会社にあるもの」に配置される項目が多い場合には、転職への判断をもう一度冷静になって考えるべきと言えます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>活用事例と留意点</h2>

<p>具体的事例として製造業で働く、開発職30代男性の例を見てみましょう。</p>

<p>悩み事：数年前に部署異動があり、これまでとは違う分野を担当することになった。これまでの専門分野の知見が通用しない。一方で管理職登用の打診も受けている状態。</p>

<p>重視するポイント：今よりも上流工程の仕事を経験し、成長すること。</p>

<p>転職判断マトリクスにキーワードを埋めたところ、現在の待遇や地理的な条件は今の会社にもあり、比較的ワークライフバランスがとれていることがわかりました。ただし、心理的にはスキルマッチの点や組織との親和性において合致していないことから不安があるようです。</p>

<p>この結果を受けて、今すぐ転職を行うことはせず、現職でより上流工程の仕事ができるように自社でのキャリアアップを目指しつつ、一方で自身のキャリアアップにつながる転職案件がないかを継続してチェックしていくことにしました。</p>

<p>仕事をする上で、重視する項目は人それぞれです。そのため、このマトリクスで今の会社にないもののほうに項目が偏った場合であっても、すぐに転職に踏み切る必要はありません。このマトリクスを通して自分自身を俯瞰し、内省することで気付いていなかった重視ポイントに気付くことが大切です。また、転職ではなく、社内異動によるキャリアチェンジを目指すという方法も検討すべきです。</p>

<p>ちなみに転職理由の上位に来るものに「現在の人間関係の悪さ」がありますが、全員との関係が悪いということは稀なものです。人間は往々にして目の前の印象深い事柄に目を奪われがちなので、それも意識して客観的にプロットすると有効です。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 17 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[グロービス経営大学院 教員　嶋田毅（グロービス出版局長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>臨床心理士が勧める「心身を整える」スケジュール帳の書き方  中島美鈴（臨床心理士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13940</link>
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			<description><![CDATA[どうしてもやめられないスマホや夜更かし。自分をマネジメントするにはどうしたらいいのでしょうか。臨床心理士の中島美鈴さんが解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="日記" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_diary.jpg" width="1200" /></p>

<p>夜更かし、スマホ、お酒...。<br />
「やめたいのに制御できない」行動を改善する鍵は、「自分のパターンの把握」にあります。臨床心理士の中島美鈴さんが提唱する、スケジュール帳を使ったセルフマネジメント術とは？</p>

<p>書籍『会社でいちいち傷つかない　認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動』から、認知行動療法に基づいた具体的なメソッドを紹介します。</p>

<p>※本稿は、中島美鈴著『会社でいちいち傷つかない　認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動』（日経BP）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分の心と体をマネジメントする</h2>

<p>平日の夜、「よくない」と思いながらゲームとスマホで夜更かししてしまう。休みの日も家でゆっくりしているにもかかわらず、疲れが取れない。</p>

<p>仕事に向き合わなければいけないと思えば思うほど、そこから逃避してしまう。</p>

<p>スマホが爆発的に普及した、いわゆる日本のスマホ元年は2011年頃で、スマホを手放せないという人が増えてきました。</p>

<p>スマホだけではありません。ゲーム、お菓子、お酒、ギャンブルなど、やめたくてもやめられない、こうした誘惑に負けずに自分を管理するのは至難の技です。</p>

<p>一方で私たちには、「自分をちゃんとコントロールしたい」という欲求もあります。</p>

<p>自分の好きな時間を楽しみながら、誘惑に負けないように自分をコントロールできないと、それがストレスにもなるのです。</p>

<p>本稿では、スケジュール帳を上手に活用して、自分の身体と精神状態をマネジメントする方法をお伝えします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>セルフマネジメントへの第一歩</h2>

<p>自分をマネジメントするには、まず「自分のパターン」を知ることが大切です。</p>

<p>一番いいのは、24時間のタイムログをとることです。何にどのぐらい時間を使っているかを記録するのです。スケジュール帳を使っている方は、予定を色分けして記入してみてください。</p>

<p>私は黒、赤、青、緑の4色のペンを使ってスケジュール帳を管理しています。自分なりに色のテーマがあり、次のように分けています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>赤：健康に関するもの（きつい、体調を崩した、病院にいったなど）、仕事のキャンセル、やろうと思ったことの先延ばし<br />
青：仕事に関するもの<br />
緑：お楽しみ、ご褒美、自分の夢を叶えるための活動<br />
黒：その他（ゴミ出し、家族の予定、移動時間やいつものルーティンなど）</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>このように色分けしておくと、スケジュール帳を開いて全体を眺めるだけで、<br />
「あ、今週は真っ青。仕事ばっかりしてるな」　<br />
「今週は緑一色。遊び呆けている」<br />
ということが、ひと目でわかります。</p>

<p>わざわざ1週間を振り返る時間を取らなくても、色が目に飛び込んできて、日々振り返ることができるのが続けやすい秘訣です。</p>

<p>次のようなチェックリストをおすすめしています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【1週間を振り返るリスト】</p>

<p>・仕事に関する青ばっかりになっていなかったか<br />
・あなたにとって最適な青の分量は1日何時間まで?<br />
・ 楽しみの緑ばかりでも支障のある場合がある（仕事などが滞っていないか? 24時間という限りのある時間のうち緑が多くを占めるということは青が減っているということ）<br />
・長い目で見ても健康上のリスクはないか<br />
・お金を使いすぎていないか<br />
・人間関係が保てているか<br />
・夜の外出はどのぐらいの頻度がベストか<br />
・一人時間はどのぐらい必要か</p>

<p>例えば、このうち体調不良や、やるべきことを後まわしにしている赤の文字が目に飛び込んできたとしましょう。その時にやってほしいことがあります。次の点についてチェックしてほしいのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【赤い文字が多かった時のチェックリスト】</p>

<p>・この1週間は青（仕事関連）が普段より多くなかったか<br />
・外出の頻度は普段より多くなかったか<br />
・一人の時間、あるいは人と一緒にいる時間の比率が普段と違ったか<br />
・セルフケア（爪切り、入浴、体を休める、髪や肌の手入れなど）の時間が減っていなかったか<br />
・睡眠時間に変化はなかったか<br />
・食事傾向（外食かどうか、塩分、アルコール、糖分など）の変化はなかったか<br />
・大きなストレスはなかったか<br />
・その他長い目で見ても健康上のリスクはないか</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>「赤」が出るたびにこのチェックを繰り返していると、徐々に自分の健康を守るための暮らし方がわかってきます。これにはかなり個人差があるので、一般的な目安を満たしているからといって必ずしも健康を保つことができるとは限りません。</p>

<p>ちなみに私は普通の人よりかなり多くの睡眠時間を必要としていること、夜の外出は週に一度が限度であること、塩分は少なめの方がむくまないこと。夕食もお風呂も18時までに済ませた方が調子のいいことなどがわかってきています。以前は月に1回は風邪をひき、1週間ほど寝込むような体質でしたが、今では体調を崩しにくくなりました。</p>

<p>また、ご褒美である「緑の時間」の作り方については、趣味が釣りなどの人は、移動時間も含めてある程度まとまった時間が必要になります。しかしそれだとなかなか時間が確保できません。</p>

<p>その代わりに、もっと細切れで楽しめることを探してみてください。「釣りグッズを買いに行く」とか、「釣った魚を三枚におろす練習をする」とか「釣り動画を見る」など、そういうことが考えられます。</p>

<p>「これは楽しいだろう」と思って緑色で記したものが、やってみるとそうでもなかったという気づきもあるでしょう。学生時代の友達とランチするのを楽しみにして緑で記入していたけれど、いざ数年ぶりに会うとお互いの生活状況があまりに違っていて話題が合わなくて全然楽しめなかった、ということはありませんか。</p>

<p>そういった場合には、いろいろ考えすぎずに「そうか、今は緑の時間じゃないのか。次から会うことがあっても黒で予定を書こう」と事実ベースで捉えていきます。</p>

<p>これを繰り返せば、プライベートの時間を確保し、好きなことでリフレッシュしながら、自分の身体と精神のコントロールができるようになるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_diary.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 16 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中島美鈴（臨床心理士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>もう“苦手な人”で悩みすぎない　脳科学者が勧める「心をラクにする方法」  西剛志（脳科学者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13803</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013803</guid>
			<description><![CDATA[職場や外出先で苦手な人と会い、日々ストレスを溜め込んでしまう。「4つの例外探し」が、そのストレスを解消する一手となると、脳科学者の西剛志さんは語ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="西剛志著『脳科学でわかった仕事のストレスをなくす本』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_berandaman.jpg" width="1200" />毎日生活していると、職場や外出先でストレスを感じることもあるでしょう。そうした嫌なことや辛いことがあってストレスが溜まった時、「ストレスをなくす良い方法」を知っていると、少しは心がラクになるかもしれません。</p>

<p>では、どんな方法でストレスを軽減できるのか――本稿では、ストレスが溜まる仕組みと、脳科学者の西剛志さんが勧める「心をラクにする方法」を紹介します。</p>

<p>※本稿は、西剛志著『脳科学でわかった仕事のストレスをなくす本』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ストレスが生まれる脳の仕組み</h2>

<p>①扁桃体(へんとうたい)が反応</p>

<p>危険を察知すると最初に反応する場所です。嫌なことやつらいことがあったり、会社で理不尽な目にあったりすると、扁桃体が「警報ボタン」を押します。このシグナルを出すかどうかは、脳の司令塔である前頭前野が判断しています。</p>

<p>②脳内物質が放出</p>

<p>扁桃体の警報により、数秒でノルアドレナリンやアドレナリンという神経伝達物質(脳内物質)が脳全体に広がります。これは「緊急事態」を知らせる脳内の伝達システムであり、心拍数を上昇させることで、闘争・逃走に備えます。</p>

<p>③体全体に指令が出る</p>

<p>危険と判断されると、コルチゾールというストレスホルモンが全身に流れ、体全体でストレスに備えようとします。胃痛などの身体症状が現れることもあります。長期のストレスにさらされると、思考力が低下します。つまり、前頭前野が扁桃体の警報ボタンを押さずにすめば、ストレスになりそうな出来事があったとしても、ストレス反応は抑制されるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>扁桃体の反応を抑えて心をラクにする「4つの例外探し」</h2>

<p>・やり方：苦手な相手、理不尽な相手の「例外的な行動」を4つ探す</p>

<p>・得られる変化：相手の言動にいちいちストレスを感じることがなくなる</p>

<p>・効く相手：理不尽な上司、苦手な同僚など</p>

<p>・こんな場面で：相手のすべての行動が不快に思えたり理不尽に思えたりするとき</p>

<p>扁桃体を反応させないコツをお伝えします。</p>

<p>「田中部長はいつも理不尽だ」</p>

<p>「佐藤さんは絶対に人の話を聞かない」</p>

<p>「山田先輩は必ず嫌味を言う」</p>

<p>私たちは他人について考えたり話したりするとき、しばしばこのように「いつも」「絶対に」「必ず」といった言葉を使います。こうした思考パターンを、認知科学の世界では「過度の一般化」と呼びます。</p>

<p>特に苦手な人に対して、私たちは強固な「一般化」を作る傾向があります。会社の人間関係に限らず、家族や友人に対し、「絶対にごみを捨てない」「いつもイライラしている」「必ず遅刻する」といった一般化をしている人は少なくないはずです。</p>

<p>しかしこの一般化こそが、あなたのストレスを何倍にも増幅させている犯人であり、ストレス製造装置です。たとえば、「田中部長はいつも理不尽だ」という一般化ができると、あなたの心身は次のような反応を起こします。</p>

<p>①会う前から身構えてしまう</p>

<p>「今日も理不尽なことを言われる」と予期し、朝から胃が痛くなったりします。実際にはまだ何も起きていないのに、脳が勝手にストレス反応を起こすのです。</p>

<p>②中立的な行動も「攻撃」に見える</p>

<p>部長が普通に「おはよう」と言っただけなのに、「今日も何か企んでいるのか」と警戒したり、ただ資料を見ているだけで「また文句を言われる」と身構えたりします。脳が「脅威探知モード」になっているため、すべてが攻撃に見えてしまうのです。</p>

<p>③ストレスが雪だるま式に増える</p>

<p>「今日も理不尽な目に遭ったらどうしよう」「明日も理不尽に違いない」「来週もずっと理不尽なんだろう」といった具合に、「部長はいつも理不尽である」という一般化は、365日のストレスをあなたに与えます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>一般化を崩す「4つの例外探し」メソッド</h2>

<p>このストレス製造装置を止めるためには、一般化の構造を理解し、それを崩す必要があります。まず、一般化は「テーブル」のようなものだと考えられます。たとえば、「田中部長はいつも理不尽だ」というテーブルは、次のような脚(経験)で支えられています。</p>

<p>・会議で急に怒鳴られた(脚1）</p>

<p>・金曜の夕方に無理な仕事を押しつけられた(脚2)</p>

<p>・自分のミスじゃないのに叱られた(脚3）</p>

<p>・指示がコロコロ変わる(脚4）</p>

<p>これらの脚によって、「田中部長はいつも理不尽だ」というテーブルが安定して存在してしまうのです。</p>

<p>では、ここで質問です。田中部長は、本当にいつも理不尽なのでしょうか？理不尽でない瞬間も、時々はあるのではないでしょうか？一旦「田中部長はいつも理不尽だ」という一般化から離れ、冷静に過去を振り返って、例外を4つ探してみると、たとえば...</p>

<p>・新人のころ、残業していたら「無理するな」と声をかけてくれた</p>

<p>・プレゼンで失敗したとき、フォローしてくれた</p>

<p>・体調不良で休んだら、心配のメールをくれた</p>

<p>・忘年会では、意外と気さくに話してくれた</p>

<p>など、何かしら例外が見つかるかもしれません。</p>

<p>4つの例外という「新しい脚」ができると、脳はそれらをもとに、「田中部長は、プレッシャーが強いと理不尽になることもあるけど、根は悪い人じゃないかもしれない」という新しいテーブル(認知)を作り、「田中部長はいつも理不尽だ」という古いテーブルはお払い箱になります。</p>

<p>ここで重要なのは、必ずしも「田中部長は、実はいい人だった」などと結論づけたり、無理に田中部長を好きになろうとしたりしなくていいということです。あくまでも、4つの例外を探すだけでかまいません。「田中部長はいつも理不尽だ」という一般化があると、前頭前野は田中部長を見るたびに「危険だ！」と判断し、扁桃体が警報を鳴らします。</p>

<p>しかし、4つの例外によって、「田中部長は、状況によっては理不尽ではないこともある」という認知に変わると、前頭前野は「田中部長は、必ずしも危険というわけではない」と判断し、扁桃体の過剰反応を抑えるようになるのです。</p>

<p>実際、このように認知の柔軟性が高まると、コルチゾール(ストレスホルモン)の分泌が低下することが、研究により証明されています。「いつも～だ」&rarr;「場合によって～だ」という認知の変化により、身体レベルでストレスが減少するのです。</p>

<p>ではさっそく、以下の手順に従って、4つの例外探しを実践してみましょう。</p>

<p>①苦手な人に対してあなたが思っている「いつも○○」を書き出してみる</p>

<p>②「本当にいつもそうだろうか？」と自問する</p>

<p>③例外事例を最低4つ探す(どんな小さなことでOK)</p>

<p>④新しい認知を言語化する</p>

<p>繰り返しますが、無理に相手を好きになったり、好意的に解釈しようとしたりする必要は一切ありません。ただ、「いつも」という呪縛から自分を解放するだけで、ストレスは確実に減ります。明日からその人に会っても、「今日はどっちのモードかな」と冷静に観察できるようになる。それだけで、あなたの心と体は、ずっと楽になるはずです。</p>

<p>なお、4つの例外探しに似た方法として、「苦手な相手の長所を20個書き出すことで、相手の見えていない特徴を脳に学習させ、扁桃体を活動させにくくする」というものもあります。いずれにしろ、見えるものが変わると、扁桃体も活動しづらくなるのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_berandaman.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 16 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[西剛志（脳科学者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>南房総で畑から始まる挑戦　「菜花」と「サトウキビ」が描く地域の現在  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13643</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013643</guid>
			<description><![CDATA[千葉県南房総市を訪ね、菜花の収穫体験やサトウキビ栽培に取り組む人々を取材。海のイメージが強い地域で、畑から見えてきた新たな地域の可能性を伝える。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="菜花収穫体験" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204minamiboso04.jpg" width="1200" /></p>

<p>千葉県南房総市で、地域を盛り上げようと奮闘する人たちがいる。今回、現地を訪れ、その当事者たちに話を聞いた。取材を進めるうちに見えてきたのは、地域に対する並々ならぬ思いと、この土地だからこそ生まれている新たな挑戦のかたちであった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>菜花の産地・南房総で子どもたちに食育を</h2>

<p><img alt="館山駅" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204minamiboso01.jpg" width="1200" /></p>

<p>東京から2時間ほどでアクセスできるリゾート地、房総半島。新宿からバスに乗り、館山駅に到着すると、シャキッとそびえ立つヤシの木が目に飛び込んできた。訪れた日は1月にしては暖かい気温であったが、日が陰ると空気はひんやりとする。冬の澄んだ空に向かって伸びるヤシの木が、心なしか心身を温めてくれたように感じられた。</p>

<p>しばらくすると車で現れたのが、今回の南房総市での取材に協力してくれた下羽秀平さんである。地元でスポーツクラブを経営しているだけあって、終始さわやかな表情で迎えてくれた。</p>

<p><img alt="南房総　菜花" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204minamiboso02.jpg" width="1200" /><br />
今年の冬は暖かく、花が開くのが早かったと下羽さんは話す</p>

<p>まず案内をお願いしたのは、下羽さんが代表を務める株式会社One Allで管理している食用の菜花畑だ。ここでは、JAに出荷する菜花の生産に加え、子どもたちを対象にした収穫体験も提供している。</p>

<p>もともとはスポーツクラブの運営から始まった下羽さんの事業だが、クラブに通う子どもたちと接するうちに、食育への関心が高まっていったという。そうした思いから、今からおよそ4年前に、この菜花畑での取り組みを始めた。</p>

<p>現在は、地域の子どもたちや観光で訪れる人に向けて収穫体験を行っている。実際に体験した子どもや保護者からは、「菜花は収穫が簡単で、たくさん採れるので楽しい」といった声や、「親子のコミュニケーションが取りやすい」といったポジティブな感想が寄せられているという。</p>

<p>「自然豊かな地域ではあるが、子どもたちが土に触れる機会は減っている」と下羽さんは話す。こうした収穫体験が、子どもと自然をつなぐ役割を果たしていることに、確かな手応えを感じている様子であった。</p>

<p><img alt="南房総市　菜花収穫体験" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204minamiboso03.jpg" width="1200" /></p>

<p>取材当日は、千葉県在住の親子にも収穫を体験してもらった。菜花を採るのはこの日が初めてだというが、ずっとニコニコ顔で、楽しそうに菜花をもいでいた。ハサミなどの刃物を使わずに収穫できるため、小さな子どもでも安心して体験できる点も魅力の一つ。</p>

<p><img alt="南房総　菜花収穫体験" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204minamiboso11.jpg" width="1200" /></p>

<p>菜花は現在、大手コンビニエンスストアや飲食店など、卸先も広がりを見せているという。新たな展開も画策中だといい、事業としてさらなる成長を目指していく考えだ。</p>

<p>農業は決して甘い世界ではないが、下羽さんの言葉の端々からは、この取り組みに対するこれまでの積み重ねと、将来を見据えた構想が感じられた。</p>

<p>＊今年の体験枠は申し込み終了。来年度はOne Allホームページを確認</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>地元を出た若者が、Uターンするきっかけづくり</h2>

<p><img alt="下羽秀平さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204minamiboso05.jpg" width="1200" /><br />
下羽秀平さん</p>

<p>南房総市で生まれ育った下羽さんは、地元に根付いた企業を経営する父親の背中を見て育ったという。地元の高校を卒業後、東京のスポーツ関連の専門学校に進学し、そのままスポーツトレーナーとして東京で働いていた。就職から2年後に地元へUターンし、保育所で子どもたちにスポーツを教える仕事に携わったのち、27歳で独立を果たしている。</p>

<p>「都会よりも田舎のほうがチャンスはある」と下羽さんは語る。地域の人口減少を肌で感じながらも、スポーツクラブの対象をシニア層まで広げることで、地元にある大手スポーツクラブにも引けを取らない規模の会員を獲得してきたという。</p>

<p>また、同スポーツクラブには15社ほどのスポンサー企業と年間契約を結んでいる。子どもたちのスポーツ大会では地元スポンサー企業に協力してもらうことで、地域にどのような仕事があるのかを子どもたちに伝える機会もつくってきた。将来、「地元にはこんな仕事があった」と思い出してもらい、それがUターンのきっかけにつながればと考えているそうだ。</p>

<p>南房総は海へのアクセスがよく、取材時にもサーフボードを抱えて歩くサーファーの姿が目に留まった。地域の活性化には観光業が欠かせないと下羽さんは話す。</p>

<p>下羽さんの会社でも、5月から9月にかけてSUP（サップ）体験を提供するなど、観光のニーズに応える取り組みを行っている。一般の利用者に加え、都内企業と契約し、福利厚生の一環としてSUP体験を提供しているという。</p>

<p>南房総エリアの特徴として、地元企業同士で助け合う風土があることも、下羽さんは挙げる。今後は、さらに雇用を生み、地域の中で人が循環する仕組みをつくっていきたいという。こうした土壌があるからこそ、この地では新しい挑戦も生まれているのかもしれない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>じつは南房総に馴染み深い&ldquo;サトウキビ&rdquo;の栽培</h2>

<p><img alt="南房総　サトウキビ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204minamiboso06.jpg" width="1200" /></p>

<p>続いて案内してもらったのは、ラム酒製造のためのサトウキビを栽培している畑である。そこで出迎えてくれたのが、ペナシュール房総株式会社の三瓶幸雄さんだ。</p>

<p>南国のイメージが強いサトウキビは、日本では主に沖縄県や鹿児島県が産地として知られている。そのため、千葉県で栽培されていると聞くと意外に感じる。しかし、話を聞いてみると、その印象は大きく変わった。</p>

<p>南房総は一年を通して温暖な気候に恵まれており、海沿いは無霜地帯で、地面に霜が降りることはほとんどないという。こうした環境がサトウキビの生育に適しており、関東圏の中でも、特に栽培に向いた地域だと三瓶さんは話す。</p>

<p><img alt="ペナシュール房総株式会社" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204minamiboso07.jpg" width="1200" /><br />
三瓶幸雄さん</p>

<p>およそ4年前から畑を借りてサトウキビの栽培を始めると、地域の高齢者からは「懐かしい」という声が聞かれるようになったという。戦後まもない頃には、多くの家庭でサトウキビが植えられ、何らかの加工を施しておやつ代わりにしていた時代があったそうだ。</p>

<p>明確な記録としては残っていないものの、口伝として語り継がれてきた話からも、サトウキビがこの地域にとって身近な食物であったことがうかがえる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>南房総生まれのこだわりのラム酒</h2>

<p>ラム酒の蒸留とサトウキビ栽培を始めたのは、会社代表による発案だったという。代表は、長年地元で愛されてきた寿司割烹店の三代目として店に立つ一方、本格的なバースペースを設け、そこで「地元産のラム酒をつくれたら面白いのではないか」という構想を語り合っていたそうだ。そうした流れのなかで縁が生まれ、サトウキビ栽培に乗り出すことになったという。</p>

<p>三瓶さんは、生まれも育ちも南房総である。これまで地元で介護職などに就いてきたが、ラム酒製造の話をきっかけに、この取り組みに参加するようになった。サトウキビは農薬や化学肥料を使わずに栽培することにこだわっており、夏場に手作業で行う雑草刈りは、かなりの重労働になるという。</p>

<p>収穫期は12月から3月頃までで、その期間中は収穫体験も受け入れている。取材時、体験をお願いすると、三瓶さんは快く収穫用のオノを手渡してくれた。</p>

<p><img alt="サトウキビ収穫" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204minamiboso08.jpg" width="1200" /></p>

<p>まずは三瓶さんの手本を見ると、数回オノを振るだけで、いとも簡単にサトウキビが切れていく。しかし実際に挑戦してみると、想像以上に繊維が強く、1本切るのにも思いのほか時間を要した。沖縄や九州まで足を運ばずともサトウキビの収穫を体験できる点が、好評を集めている理由の一つのようだ。</p>

<p><img alt="サトウキビをジュースにする工程" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204minamiboso09.jpg" width="1200" /><br />
サトウキビをしぼる機械</p>

<p>収穫したサトウキビは、畑の近くにある小屋でジュースに搾られ、そのまま樽に移されて発酵させる。その後、畑から車で10分ほど離れた山間部にある蒸留所へ運ばれ、ラム酒の製造工程に入っていく。収穫から完成品になるまでには、およそ3カ月を要するという。</p>

<p>こうして出来上がった「BOSO Rhum」は、主にオンラインを通じて販売されている。</p>

<p><img alt="海" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204minamiboso10.jpg" width="1200" /></p>

<p>お昼に連れて行っていただいた海沿いの道の駅で海鮮丼を味わいながら、房総半島らしい風景を改めて実感した。海産物のイメージは、確かにこの土地を象徴している。</p>

<p>しかしその一方で、畑に立ち、自然と向き合いながら新たな事業を形にしようとする人たちがいる。雨量や暖冬といった条件さえも受け止めながら、土地に根ざした価値をつくり出していく姿が、この地域の奥行きを物語っていた。</p>

<p>（取材・執筆・撮影：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204minamiboso04.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 16 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「抱え込みすぎ」で限界な人へ　自分を守ることが“周囲の信頼”に繋がる逆転の働き方  渋谷亜也（一般社団法人日本接客アドバイザー協会名誉顧問）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13958</link>
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			<description><![CDATA[「断れない」責任感が自分を追い詰めていませんか？ 仕事を抱え込みがちな人が、自分をすり減らさずに信頼を守るための「逆転の発想」と、無理のない引き受け方を提案します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="抱え込み過ぎる人" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayamibizwoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>「断れない」という責任感から、気づけばキャパオーバーになっていませんか？</p>

<p>一般社団法人日本接客アドバイザー協会・名誉顧問の渋谷亜也さんは、著書『ヒトもAIも仕事は&quot;引き受け方&quot;が9割』にて、仕事を抱え込みがちな&quot;やさしい人&quot;が、自分をすり減らさずに信頼を築くためのメソッドを提案します。今回は同書より、無理な引き受けが招くリスクと、自分を守ることが結果的に相手の信頼を守ることにつながるという「逆転の発想」についてお届けします。</p>

<p>※本稿は、渋谷亜也著『ヒトもAIも仕事は&quot;引き受け方&quot;が9割』（インプレス）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>頼まれるのは嬉しい。けど、苦しい。</h2>

<p>あなたの優しさが、現場を静かに支えている。その姿を見て、自然と声をかけてくれる人たちがいます。「○○さん、これお願いできますか？」と、同僚や上司、クライアントから声がかかります。</p>

<p>それは、間違いなく信頼されている証拠。嬉しい瞬間でもあります。けれど、その&Prime;信頼&Prime;は時にあなたの負担と背中合わせです。気がつけば、お願いを断れずに引き受け続け、いつの間にかパンク寸前（あるいは、もうパンクしてしまった）......そんな経験はないでしょうか。</p>

<p>「期待してくれているのに、断るなんてできない」「誰かにお願いするくらいなら自分でやる」「人に教える時間がもったいないから、自分でやった方が早い」「そもそも&Prime;断る&Prime;という選択肢が自分の中にない」──そんな理由で抱え込んでしまう人も多いのです。</p>

<p>何を隠そう、私がこれでした。人に教える時間がもったいないから、自分で手を動かす。自分がちょっと頑張れば終わるだろう。でも、ここでひとつ大事なことを。「頼まれたら断れない」の背景には、「優しさ」や「責任感」があるけれど、それが結果的に他人にも自分にも負担になることがあります。</p>

<p>「断ることは冷たさではなく、長く信頼を守るためのスキル」ですし、会社という組織の中で動く上では、仕事の進め方・実行方法を共有できていることで、属人化が防げます。「〇〇さんが休みだから、この件を進められない」「担当が休みでわからないから、電話しよっか」となると、休日でも仕事場からの連絡があって、気持ちが休まりません。</p>

<p>断るのが怖い、という気持ち、めちゃくちゃわかります。でも、キャパ以上の無理をして引き受ける方が、結果としてみんなが不幸になります。一番は、抱えすぎて自分が潰れることを避けてほしい。自分もそうなったことがあるので、少なくとも本稿を読まれている方には、潰れてほしくないのです。</p>

<p>「頼みやすい人＝何でも引き受けてくれる人」だと周囲に思われると、依頼がどんどん増えていきます。最初は&Prime;信頼&Prime;だったものが、気づけば&Prime;都合のいい存在&Prime;になってしまう。これでは本末転倒です。</p>

<p>・依頼が雑になってきて、こちらから聞くことが増えることにより、コミュニケーションコストが増える<br />
・他の人からも頼まれるようになって、手が回らなくなる</p>

<p>結果、引き受ける側の負担がどんどん増えていきます。</p>

<p>抱えるタスクが多くなると<br />
・気持ちに余裕がなくなる<br />
・普段できていることができなくなる<br />
・小さいところを見落とす</p>

<p>こうして、自分の仕事のクオリティが下がってくる要因が増えてきます。</p>

<p>たとえば、メールやチャットの返信が遅れてしまったり、本来なら確認すべき資料の誤字脱字を見落としたり。些細なことの積み重ねが、信頼を損なうことにもつながってしまいます。</p>

<p>「断れるなら断ってるって！」という、ここまで読みすすめた方の悲痛な心の叫びが聞こえます。決して、優しくて、責任感のあるあなたのことを責めているわけではありません。私自身も、当時はそう思っていました。心をすり減らしてまで、仕事に全身全霊を突っ込まなくていいんです。仕組みを利用して、メンタルを削らずに仕事をする方法を一緒に構築したい、そんな思いで執筆しています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「自分を守る＝信頼を守る」という逆転の発想</h2>

<p>頼まれごとを何でも引き受ける、イコール信頼される、というわけではありません。明確に線を引いて断ることも時には必要です。ただ、最初にお願いされた段階で、私を含む「断ることが苦手な人たち」は「じゃあ一旦引き受けよう」という気持ちになりがちです。</p>

<p>そんな時のための魔法の言葉は......「確認するので、一旦預からせていただけますか？」これです。</p>

<p>初手で「無理です、できません」と断るのではなく、「前向きに検討したいので、時間をください」というクッションです。自分のタスクを何らかのツールで可視化している方は、そこの内容を確認して「課長から依頼されているこの仕事と、〇〇さんから依頼されてる仕事の納期とバッティングするな」「もしこの仕事を優先させるなら、〇〇課長に確認が必要だな」とわかり、関係者に納期交渉ができます。</p>

<p>こうして自分のスケジュールと照らし合わせることは、単に効率化ではなく&Prime;自分を守る&Prime;行為でもあります。無理に詰め込んで燃え尽きるよりも、きちんと優先順位を立てて交渉するほうが、結果的に信頼を守れるのです。本当にお願いしたい案件の場合はそこで納期調整をしてくれますし、他の人でもできることなら、他の人に頼むように動いてくれます。</p>

<p>とはいえ、最初からうまく交渉できる人は多くありません。「断られたらどうしよう」「迷惑に思われないかな」と感じるのは当然です。でも、事実を整理して伝えるだけでも十分。あなたの現状を事実として共有することが、相手の理解を引き出す第一歩です。</p>

<p>こちらが状況を整理して伝えると、依頼者も「どこを頼むべきか」「自分のほうで整理したほうがいいところはどこか」と、全体像をつかもうと動いてくれることがあります。本来は、依頼を出す前に内容を整理してから渡してもらえるのが理想です。ですが、現実にはそこまで余裕のある人ばかりではありません。だからこそ、自分の側で「依頼を受け取った時に整理する」仕組みを持つことが重要です。</p>

<p>最初は少し時間がかかりますが、タスク整理のスキルは確実に上がります。結果として、人に依頼する時や教える時にも、内容を整理して渡せるようになり、巡り巡って時間の節約になります。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayamibizwoman.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 16 Mar 2026 08:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[渋谷亜也（一般社団法人日本接客アドバイザー協会名誉顧問）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>スタバ「ベンティ」名前の由来は数字の20？　イタリアの鉄道アナウンスで気づいた意外な共通点  ラテン語さん</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13907</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013907</guid>
			<description><![CDATA[スタバの「ベンティ」サイズはイタリア語の「20」が由来？ラテン語のプロがイタリア鉄道の旅へ。鉄道アナウンスで気づいた言葉の繋がりや、現地で「トイレ」が通じなかった失敗談など、旅の発見を綴ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ローマ・テルミニ駅へ向かう電車の車窓から" height="840" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260309latingosan03.jpg" width="1200" /><br />
ローマ・テルミニ駅へ向かう電車の車窓から</p>

<p>外国語を学んでいても、実際に現地に行くと思わぬ壁にぶつかることがある。イタリアを旅したラテン語さんも、鉄道の旅の中でいくつかの発見をした。高校2年生でラテン語の学習を始め、2016年からX（旧Twitter）でラテン語の魅力を毎日発信し続けるラテン語さん（東京古典学舎研究員）。その新著『今に生きるラテン語を求めて　「永遠の都」ローマ滞在記』から、イタリア鉄道の旅で出会った言葉の発見を紹介する。（写真提供：ラテン語さん）</p>

<p>※本記事は、『今に生きるラテン語を求めて　「永遠の都」ローマ滞在記』（PHP研究所刊）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>イタリアの切符は「打刻」しないと無効になる</h2>

<p>フラスカーティからボローニャの旅は、フラスカーティ駅でローマまでの切符を買うことから始まる。他の場合はオンラインで買っているが、今回はあえて趣向を変えて券売機で買うことにする。のどかなところにあるフラスカーティ駅だからこそ券売機を使う気持ちになるが、ローマ・テルミニ駅ではとてもそんな気が起きなかった。</p>

<p>都会にある駅では、観光客が券売機を操作していたらおせっかいな人が「機械の使い方を教えてあげるよ」と言って、お金を要求するなんてことがある。券売機に関してもう一つ言うと、高額紙幣を崩す目的で使うのも控えるべきだ。というのも、券売機が出せるお釣りは19ユーロまでなのだ。</p>

<p>切符を購入しても完了ではなく、駅に備え付けてある別の機械を使ってこの紙に現在時刻を印字して、切符を有効にする必要がある。印字がない切符を持って電車に乗ると、「未使用の切符を持って鉄道を利用している」状態となり、車内検札で引っ掛かって罰金を取られる。</p>

<p>打刻の機械に切符を差すと、「Allineare il biglietto a sinistra」（切符を左に寄せてください）という文が表示される。指示通りに切符を左にずらすと時刻が印字され、「Rimuovere il biglietto」（切符を抜いてください）という文が出れば完了だ。</p>

<p>フラスカーティからローマの電車で、電波が時々入らなくなることにも慣れてしまった。慣れというよりも諦めに近い。日本での生活を標準とすると、この国は不便だと感じることがたびたびある。もはや不便を愛しているとさえ思えてしまう。</p>

<p>しかし、思い通りに事が進まないことにイライラしてしまうのは、自分が求めすぎているからではないか。不便を受け入れてそれに順応した方が幸せに暮らせるのではないか、などと考えをめぐらせながら、ローマ・テルミニ駅に到着した。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>スターバックスの「ベンティ」はイタリア語で「20」</h2>

<p>声の低い男性のイタリア語の自動アナウンスも、そろそろ耳になじんできた。</p>

<p>Attenzione! Treno in arrivo al binario ventuno. Allontanarsi dalla linea gialla.<br />
注意！ 列車が21番線に到着します。黄色い線から離れてください。</p>

<p>Ventuno（21）はventi（20）とuno（1）から成り立っている単語で、ventiはスターバックスのベンティサイズの名前の由来だ。20液量オンス（約591ml）あるため、その名がついた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「お手洗い」が通じない</h2>

<p>ボローニャ中央駅行きの電車に乗り換え、車内でお手洗いを探す。ローマ・テルミニ駅にもトイレはあるが、列車内とは違って利用するには1.2ユーロの料金がかかってしまう。車内の係員にトイレの場所を聞く。</p>

<p>Scusa, dov&#39;&egrave; la toletta?<br />
すみません、tolettaはどこですか？</p>

<p>係員は、私がなにを言っているか分からない様子だった。車内を見回してみるとトイレがあったので、「これを探してたんだ」と指さしたら、「ああ、bagnoか！」と言われた。tolettaという単語は、お手洗いを指すために使われることは一般的ではないらしい。東京ディズニーシーのメディテレーニアンハーバーのお手洗いで見たイタリア語を使ったつもりではあったが、自分の知識がアップデートされた。</p>

<p>また、私語や音を出すことが禁止されている、ゆっくり休みたい人たち向けの号車（Area Silenzio）もあり、日本との違いを感じた。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260309latingosan03.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 13 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ラテン語さん]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>BTSのRMも読んだエッセイ　「死」をきっかけにみつめた喪失と悲しみ、そして小さな希望  ファン・ギョンシン</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13890</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013890</guid>
			<description><![CDATA[韓国の作家ファン・ギョンシンさんのエッセイ『夜11時』より、友だちの父の死をきっかけに見つめ直す、人生の「どうしようもなさ」と、小さすぎる希望についてのエピソードを紹介]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="夕日" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_magichour.jpg" width="1200" /></p>

<p>人は生まれ、老い、病気になり、やがて死ぬ。それを知っていても、喪失はいつも不意打ちのようにやってくる。 BTSのRMも読んだ韓国の作家ファン・ギョンシンさんのエッセイ『夜11時』（&amp;books/辰巳出版）より、友だちの父の死をきっかけに見つめ直す、人生の「どうしようもなさ」と、小さすぎる希望についてのエピソードを紹介します。</p>

<p>※本稿は、ファン・ギョンシン著『夜11時』（&amp;books/辰巳出版）より内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>絶壁</h2>

<p>久しぶりに会った友だちとコンサートに行き、ビールを1、2杯飲んで、にぎやかな通りを抜け出して着いた我が家で、水キムチやレンコンの煮つけみたいなものを手当たり次第に出して、チャーリー・ヘイデンを聴きながらマッコリを飲んでいた土曜の夜。</p>

<p>&quot;父が亡くなったの。&quot;</p>

<p>あなたのメールを見てしばしぼんやりした。中学校1年生、つまり14歳で出会い、今までこれといったケンカのひとつもしたことがない、会えばとにかくうれしくて、ずっと会えなくても思い浮かべるだけで頼りになるあなたは</p>

<p>&quot;平気だよ。心配しなくていいよ。&quot;</p>

<p>と、その状況でもわたしが心配することを心配していた。かなり煩雑な仕事とお酒の席が夜遅くまで続く日々のせいで、頭の中にも心にも体にも、べったりと倦怠感がまとわりついていたけれど、幸い日曜日は一日空いていたので、わたしは大急ぎで釜山行の往復チケットを入手した。</p>

<p>あなたの友だちとして出会い、わたしの友だちになったＳと一緒に汽車に乗り、うとうとしては目を覚まし、釜山駅に到着したのは5時頃だった。電車に乗りタクシーに乗って、釜山医療院を訪れ、黒い韓服を着たあなたに会った。</p>

<p>あなたのお母さんはわたしの手を握り、「面影があるわ。子どもの頃と同じ」と言い、わたしたちが中学生の頃、高校生だったあなたの2番目の兄さんは、悲しい笑みを浮かべてうなずいた。そして、遺影の中からわたしを見つめるあなたのお父さん。口数の少ない、わたしが遊びに行くと「ゆっくりしていけ」と言って席を外してくれた人。</p>

<p>長すぎた月日が一度に押し寄せ、つぶれそうな心をあなたとわたしは必死で隠し</p>

<p>&quot;大変だね。来てくれてありがとう。&quot;</p>

<p>しっかりと大人の挨拶をした。</p>

<p>飾り気のない大きいだけの葬儀場のちゃぶ台で向かい合い、ごはんとみそ汁を食べて、自販機のコーヒーをひとつずつ手にして外に出たとき、すでに穏やかな夜のとばりが下りていた。熱くてまぶしい昼が去り、もう夜が長い日々だけだね。そう思ったけれど、声には出さなかった。</p>

<p>あなたとＳ、そしてわたしが毎日一緒だった頃があった。９時に出勤して7時に退勤し、夜遅くまで学生街を歩き回った。永遠に続いて果てしなく繰り返されるはずだったあの頃は、しかし今、どこに行ったのか。</p>

<p>あなたは結婚して子どもを育てながら仕事を続け、Ｓは事業をしながらローンを返して彼氏と暮らし、わたしは、そうわたしは、物書きをしながら独りで生きて、その気になればいつでも会えるつもりで、たまにメールで連絡を取り合っているうちに、予期せぬ運命がわたしたちをこの場に呼び寄せ、なじみのない病院の前で自販機のコーヒーを飲みながら、泣けもせず、心置きなく悲しめもせず。</p>

<p>いっそおいおい泣けばよかったのにと、帰りの汽車の中でチカチカする窓の外の明かりたちをたしなめる。日曜の午前0時のソウル駅から終電に乗り、夜の南大門を過ぎて家に帰る途中、人生はどうして絶壁みたいなのか、と考えた。一歩前に何があるのかわからず、苦痛で寂しい青春を耐え抜いたのに、相変わらず一歩前に何があるのかわからない日々。だったら月日が教えてくれたのは、反抗しても無駄で、逃げても道はないということだったのか。</p>

<p>望まないことが人生には多すぎる。もっと悲しいのは、予測できないことではないということ。生まれて年老いて病気になって死ぬこと。変わって消えて破壊されること。そして、永遠にそこに根を下ろす喪失がある。だけどわたしたちが頼れるのは小さすぎる明かりたちだけ。いつ変わって消えて破壊されるかわからない小さすぎる心たちだけだ。</p>

<p>そうして小さな手がかりを追いかけて、絶壁の端っこを踏もうとしている。それぞれ自分の取り分の喪失を抱きしめて、歩いては休み、眠っては起きて、笑って泣いて、危なっかしく切実に、人生の端っこをつかもうとしている。だから悲しいこともなく、腹も立たない。</p>

<p>その日々をその記憶をその喪失を、忘れて生きろと、いや、忘れるなと、心臓の中で生きている悲しい鳥は悲しい歌を歌うけれど。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_magichour.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 13 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ファン・ギョンシン]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>標準時は「生産性を高める発明品」にすぎない　時間から解放する“フロー状態”  森下彰大（一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13818</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013818</guid>
			<description><![CDATA[一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事の森下彰大さんは、時間時計は人々を効率良く動かすツールであると指摘。時間時計から離れてみると感じる豊かさとは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="時計時間" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_hourglass.jpg" width="1200" /></p>

<p>1840年、英国の鉄道会社によって標準時（GMT）が採用され、人々の労働や生産性は管理しやすくなりました。</p>

<p>この時計時間は、私たちを集団で何かを成し遂げることを可能にした一方で、私たちを効率良く動かすためのツールとしても機能します。しかし、人生を充実させるうえで、時として時計時間の世界から離れることも重要です。一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事の森下彰大さんはこう指摘します。</p>

<p>本稿では、森下さんの著書『戦略的暇』より、時計時間に縛られすぎず、豊かな人生を送るためのヒントを紹介します。</p>

<p>※本稿は森下彰大著『戦略的暇―人生を変える「新しい休み方」』（飛鳥新社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>時計時間が生まれるまで</h2>

<p>ハイデッガーの技術の本質が「開匿」にあるとの指摘を踏まえると、技術があれば非常に多くのものが開発の対象であり、資源になる可能性があるとわかります。ハイデッガーは人間が自然だけではなく自分自身をも開匿し、場合によっては搾取さえしうると警告していたのです。</p>

<p>そして、人が人そのものを資源化するに至るうえで重要な役割を果たしたテクノロジーの一つが、「時計時間」です。2021年、米誌「ノエマ・マガジン」に大変興味深い論考が掲載されました 。</p>

<p>ジャーナリストのジョー・ザデーが著した「時計の暴政」では、かつては天体の移動によって移り変わる自然時間に親しんでいた人間たちが、機械式時計の誕生をきっかけに、大きく生活様式を変えたと考察しています。</p>

<p>機械式時計が誕生したのは、およそ13世紀頃。修道士が祈りの正確な時刻を測るために発明した、と言われています。その後、時計は世俗化し、時の権威者は自らの定めた時間を「標準時」と定め、それに沿った生活を浸透させました。それに付随して、各地に根づいていた太陽時（地方時）や、自然の移り変わりをもとに時間、そして季節を割り出す方式は影を潜めていきました。</p>

<p>英国の鉄道時代初期、各地の鉄道会社は現地時間に即した異なる時刻をそれぞれ採用していました。しかし、鉄道網が広がるにつれて鉄道時刻の統一が急務となり、1840年にグレート・ウェスタン鉄道が世界で初めて標準時（GMT）を採用。</p>

<p>他の鉄道会社も、これに続きました。標準時とは、特定の国・地域で用いられる標準時間のことで、この標準時が統一基準として用いやすいため輸送や通信の分野で多く採用され始めたのです。</p>

<p>1855年までには、英国のほぼすべての公共の時計はロンドンの時間、つまり標準時に設定されました。そして1880年、「時間に関する定義の法」が施行され、英国全土の法的な時間は標準時であると定められました。</p>

<p>標準時の導入によって鉄道の運行効率は大いに向上しましたが、その一方で、太陽が南中した（天体がちょうど真南に来た）時間を正午としていた各地の住民たちは標準時に適応しなければいけなくなり、生活のリズムが自然の流れと異なるものとなってしまいました。</p>

<p>米国でも鉄道網が整備され、標準時の採用が進みましたが、各地で反発を招きました。特にボストンでは、「我らの正午時間を守ろう」と抗議活動が起こったほど。ボストンの住民たちは従来の太陽時をもとにした正午の時刻が、標準時によって失われると危惧したのです。</p>

<p>オーストラリアの先住民アボリジニは、天体の動きや花木の開花時期、干潮から現在時刻を算出する極めて高度な計測を行っていました。しかし、入植した英国人たちは、この方法は自然的で野蛮かつ気まぐれだと断じ、入植者たちは彼らの時間をも支配しようとしました。</p>

<p>ここで重要なのは、時間によって労働が管理しやすくなり、生産性や対価の算出が容易になった点です。一定の労働時間に対して人間がどれくらいの生産性を上げられるかを考えたとき、私たちは人間を一種の資源として捉えているとも考えられます。記事には、次のように書かれています。</p>

<p>------------------<br />
「時計時間」は資本主義の産物ではない。そして、その逆でもない。だが、科学や宗教が時間を同一に分割したことは、資本主義にとって好都合だった。資本家たちは時計時間を便利なインフラとして用い、人間の体と労働、商品を搾取し、金銭的価値に変えたのだ。<br />
------------------</p>

<p>時計時間は私たちが生まれつき共有している時間でもなんでもなく、近代の発明品の一つにすぎません。そして、この発明品は時代折々の権力者にとって有利に使われてきた側面があります。</p>

<p>ですから、あまり時計時間にとらわれすぎるのではなく、自分の時間を測る物差しを必要に応じて持ち替えることも大事です。現代では「すぐに何かができるようになる」ことがもてはやされますが、それは時計時間の世界上での評価にすぎず、誰かよりも早く何かができなかったことで自分を責めたり、貶おとしめたりしてしまうことに違和感を覚えます。</p>

<p>あなたは、あなたの時間で進めば良い。<br />
あなたは、あなたをゆっくり待てば良い。</p>

<p>時計時間を便利に活用しつつも、時としてあなたを効率という尺度で測ろうとする時計の呪縛から逃れることで、生きることはもっと豊かになるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>充実感や達成感を味わえるフロー状態</h2>

<p>本書では時計時間を脱出するうえで重要な概念を二つ―「フロー」「不便」―ご紹介しています。</p>

<p>ここでは、一つ目の「フロー理論」について。「ゾーン」あるいは、「忘我」とも表現されます。心理学者のミハイ・チクセントミハイが提唱したフロー理論では、人が最も集中し充実感を覚えられる「フロー状態」について説明されています。</p>

<p>フロー状態は、活動に深く没入し、自分の力を最大限に発揮しているときに感じられるもので、スポーツや音楽、学習、仕事など、さまざまな活動で経験できます。</p>

<p>チクセントミハイは、この状態にいるときの人は「他のことが気にならず、時間の感覚さえも忘れる」と述べ、内発的な充実感と達成感が得られると言います 。</p>

<p>スポーツ選手は、試合中やトレーニング中にフロー状態に入ることが多く、よく「ゾーンに入る」とも呼ばれます。たとえば、プロのバスケットボール選手が集中して連続でシュートを決めるときや、マラソンランナーがリズム良く走り続けて疲労を感じないでいるときがフロー状態です。周りの観客の声や時間の感覚が薄れ、パフォーマンスに完全に集中できるのです。</p>

<p>演奏家も、パフォーマンス中にフロー状態に入ることがあります。ピアニストが複雑な曲を演奏しているときに楽譜を意識せず、自分と音楽が一体化しているように感じる瞬間などが一例です。練習や演奏中に、感覚が研ぎ澄まされるのです。</p>

<p>その他にもプログラマーが難しいコードを組むとき、デザイナーが自分のデザインに集中するとき、料理人が調理や盛りつけをするとき、学生が勉強に没頭するときなど、日常でフロー状態を味わうことはよくあります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>クロノス時間とカイロス時間の使い分け</h2>

<p>古代ギリシャの人々は時間の概念には、「クロノス時間」と「カイロス時間」の二つがあると考えていました。</p>

<p>クロノス時間とは、直線的で客観的に計測できる時間のこと。つまり、先ほど私たちが考察した時計時間ですね。</p>

<p>一方でカイロス時間では、より主観的な時間の体験が重視されます。私たちは圧倒的にクロノス時間に基づいて行動していますが、「いまこの瞬間を大切にする」カイロス時間を日常に取り入れることも大切です。</p>

<p>先ほど述べた通り、人生を決定づける機会や忘れ難い経験の多くは一瞬のものです。その一瞬の煌めきを逃さないように、カイロス時間という時間の捉え方を持っておきたいものです。</p>

<p>暦を細かく「感じる」ことで、あくせく働く毎日を途中下車するイメージも持っておきたいものです。</p>

<p>アボリジニたちが独自の時間を持っていたことについて触れましたが、独自の時間を持っていたのは日本人も同じ。立春や冬至など春夏秋冬を24に等分した二十四節気や、それをさらに約５日ごとに分けた七十二候が存在します&nbsp;。七十二候では、季節の移ろいに合わせて変化する植物や動物たちの様子が表現され、農作を進めるうえで欠かせないものでした。</p>

<p>自然の移り変わりに合わせて、私たちも立ち止まり、季節折々の景色を楽しんだり、旬のものを味わったりする豊かな時間を大切にしたいと思わせてくれます。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 13 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[森下彰大（一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>時間と空間は絶対的　アインシュタインが常識を疑うことで解明した「世界の本当の姿」  澤田涼（東京大学宇宙線研究所研究員）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13827</link>
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			<description><![CDATA[時間と空間は絶対的であると考えられていた19世紀。その常識を解き明かしたのが、アインシュタインの「特殊相対性理論」です。アインシュタインが解明した世界の姿について、東京大学宇宙線研究所研究員の澤田涼さんが解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_PhysicsG.jpg" width="1200" /></p>

<p>19世紀の世界では「時間と空間は絶対的なもの」という考え方が常識でした。ところが、その常識を覆したのが、私たちの身近にある「光」です。</p>

<p>「光の速さは変わる」と考えられていた当時、「観測者に寄らず光速は一定」という事実を解明したアインシュタイン――本稿では、東京大学の宇宙線研究所研究員である澤田涼さんに、アインシュタインが当時の常識を疑うことで見抜いた「世界の本当の姿」について解説していただきます。</p>

<p>※本稿は、澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>光はどうやって伝わるの？</h2>

<p><img alt="澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260220uchunojoshiki01.jpg" width="1200" /></p>

<p>物理学の関心の中心は、「バラバラに見える現象を、なるべく少ない原理で説明する」ことにありました。しかし19世紀、それを最も強く裏切った存在がありました。</p>

<p>それは、あまりにも身近で、どこにでもある存在、「光」でした。なぜなら、「光」はすでに波の一種であることは明らかとされていた一方で、波としてはどうしても説明のつかない部分が見つかり始めていたからです。</p>

<p>出発点は素朴です。水面波であれば水を、音波であれば空気を伝播するように、波は伝わる媒質(水や空気)があって初めて伝播します。光も波であるならば、自然な推論として「光にもまた、光を伝える媒質がある」はずです。</p>

<p>しかし光は、空気の存在しない&quot;真空中&quot;でも伝わることが知られていました。では光は何を媒質にして伝わるのか？目に見えないけれど真空にも存在する。そんな光を伝える謎の媒質を、人々は「エーテル」と名づけました。</p>

<p>ここからエーテルの存在の探究は過熱します。もしエーテルが存在するなら、私たちのもとには太陽からの光が届いているのだから、きっと宇宙にも満ち満ちているだろう。ならば、太陽の周りを回る地球は、宇宙のエーテルのなかを動き回っているはずです。</p>

<p>つまり、地球上には、「エーテルの風」(地球はエーテルで満たされた空間を移動しているため、エーテルの風を受けるという仮説)が吹いているだろうと予想されていました。19世紀後半、この「エーテルの風」を調べる実験は数多くおこなわれました。そのなかでも、最も有名なのが「マイケルソン・モーリーの実験」です。</p>

<p>彼らの考えは次の通りです。音速が向かい風・追い風によってその速さが変わるように、光の速さもエーテルに対する相対速度でわずかに変わるはず。そこで、エーテルの風が吹く方向によって光の速さに差が生じることを観測できれば、エーテルの存在を立証できるはずだと考えました。</p>

<p>しかし実験では、エーテルが存在する証拠は見つかりませんでした。つまり、自然は私たち人類に、「エーテルが存在しない、あるいは存在したとしても光の速さは変わらない」という事実を突きつけたわけです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「測れるはずのものが測れない」とき、科学は何を信じるか？</h2>

<p>「エーテルが存在しない、あるいは存在しても光の速さは変わらない」という事実をどう受け止めるか？　補修案は2つありました。</p>

<p>1つは、実験結果の解釈に修正を与える選択。本当は光の速さはエーテルの風によって変わっている。しかし、実験結果と矛盾させないために、「測定装置そのものが自転運動方向に縮んでしまっている」という仮説が持ち出されました。</p>

<p>これは「ローレンツ・フィッツジェラルド収縮仮説」と呼ばれるものです。こう仮定すれば、「エーテルの風は吹いている」が、「観測上は光がいつも同じ速さに見える」という状況のつじつまが合うからです。とはいえ、この立場は次第に&quot;その場しのぎ&quot;の仮定の寄せ集めになりがちで、説明の見通しを悪くする弱点を抱えていました。</p>

<p>もう1つは、もっと潔い選択。どの観測者にとっても、光の速さは不変的なものだと、原理として据える道です。ただしこの選択は、古典的な物理学観と正面からぶつかります。その理由としては、私たちは長く、「速さは足し算できる」と考えてきたからです。</p>

<p>たとえば、前方から放たれた光に向かって、列車で近づいていくとします。列車から見る光の速さは、止まって見るよりも早いはずで、「光の速さ＋列車の速さ」で見えるはずです。</p>

<p>ところが、「どの観測者にとっても、光の速さは不変的だ」と受け入れることは、この足し算を許しません。地上から見ても、列車で追いかけても、逃げても、測られる光の速さは変わらない。そこには、避けることのできない大きな矛盾が立ちはだかります。この2つの選択肢、</p>

<p>・仮定や例外を増やすことで、これまでの古典的世界とつじつまが合うように実験結果の解釈を変える道。</p>

<p>・あるいは、光の速さは不変的なものだと受け入れて、直感的に受け入れがたい「速さの足し算の矛盾」と立ち向かう道。</p>

<p>もしあなたが科学者だったら、どちらを選んでいたでしょうか？</p>

<p>恐れず言えば、私自身は、前者の立場も悪いものだとはまったく思いません。むしろ性格的には、前者で解決策を探っていたことだと思います。</p>

<p>ただ、アインシュタインが選んだのは、後者でした。光速度不変を受け入れる立場は「少ない前提で多くを説明する」という物理の美意識にかないます。アインシュタインもまた、この「美しさ」に背中を押されたのでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「常識を疑った」アインシュタイン</h2>

<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260220uchunojoshiki02.jpg" width="1200" /></p>

<p>「速さの足し算の矛盾」は非常に原始的かつ根本的な問題であるため、解くことは簡単ではありません。矛盾を解くためにアインシュタインが取った解答は、当時の常識であり、現代もなお私たちの直感的な常識である、「時間と空間は誰にとっても絶対である」という考えを、根底から疑うことでした。</p>

<p>この前提を引っくり返し、「むしろ光速のほうが絶対である」と置き直したのです。</p>

<p>この発想の転換こそが、特殊相対性理論の出発点となります。アインシュタインの思考は、派手な数式の魔法から始まったわけではありません。少なくともそのイメージだけなら、小学生の頃に算数で習った「距離&divide;時間＝速さ」という式から紐解くことができます。</p>

<p>古典的な物理学観では「誰にとっても同じ時間・同じ長さ」を前提にしていました。これは、「誰が測っても絶対的に同じ距離&divide;誰が測っても絶対的に同じ時間＝観測者によって変わる速さ」という構造です。</p>

<p>速度はあくまで相対的に変わるものの、その土台となる時間と空間は絶対である。つまり、すべての人が同じものさしと同じ時計を使っているという前提のもとで、動くものの速さを比べていた、ということです。</p>

<p>一方で、アインシュタインの発想はその逆でした。どんな観測者から見ても光の速さは絶対的に同じでなければなりません。だからこそ、光速を一定に保つために、時間と空間のほうを相対的に変化させると考えたのです。式でいえばこうです。</p>

<p>「誰から見ても絶対的に変わらない光速度c＝観測者ごとに変化する距離&divide;観測者ごとに変化する時間」</p>

<p>光の速さが変わらないように、時間と空間のものさしを「相対的」に伸び縮みさせて帳尻を合わせる。つまり、これまで絶対だった時間と空間が、光速を基準にして相対的に決まる存在に変わった。この考え方こそが、特殊相対性理論の核心であり、ざっくりとした正体です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>常識を外して「時間の概念」を考えてみる</h2>

<p><img alt="澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260220uchunojoshiki03.jpg" width="1200" /></p>

<p>ここでは、もう少し特殊相対性理論の理屈を実感的に掴んでみましょう。</p>

<p>具体的なイメージを掴むための訓練として、大雑把な説明にはなりますが、上のイラストを交えて列車の例えで想像してみます。速さvの列車が、速さcの光を追いかけている風景を想像してみてください。</p>

<p>古典的な発想の「1秒」をそのまま持ち込めば、地上でも列車のなかでも同じ1秒を使います。その1秒で光はcだけ前に進み、列車もvだけ前に進みます。したがって、列車の乗客から見れば、光は前方へ(c-v)だけ進んだように見えるはずです。</p>

<p>ところが、相対性理論のもとではそうはなりません。もし列車の乗客から「光はcより短い距離しか進んでいない」と見えるなら、それは、「まだこの電車は1秒経っていない」ことを意味します。なぜなら、光の速さが絶対にcである以上、「1秒」とは「光がc進むこと」に対応して定義されるからです。</p>

<p>すると、地上では1秒経っているように見えても、列車の乗客の時間は1秒経っていない。これが時間の相対性です。光の速度から時間の解釈を決めるわけです。</p>

<p>......と、説明されても少し混乱しますよね。でも、その混乱こそが大事です。そんな簡単じゃないですよね。理解しづらい理由は、私たちの感覚に「絶対時間」のイメージが深く染みついているからなのです。こうした古い観念を取り替える作業は、ただの知識ではなく試行錯誤の訓練の上に成り立ちます。</p>

<p>思索は簡単ではありませんが、誰かの答えをただ受け取るだけでは、本当の理解には届きません。特殊相対性理論のように、日常感覚からかけ離れた世界を理解するには、自分で悩み、考え抜く時間がどうしても必要です。</p>

<p>とにかく、私たちを悩ませた「速さの足し算の矛盾」は、時間と空間を絶対的だと信じて疑わずにいたために起こったものでした。古い思い込み(絶対時間・絶対空間)を一段ゆるめ、光速の不変性を最優先とした結果、私たちの「時間の流れ方」と「空間の切り取り方」が、観測者の運動状態に応じて変わる。</p>

<p>これが、アインシュタインの見抜いた「世界の本当の姿」だったのです。「常識を疑う」とは、知識を壊すことではなく、世界をもう一度自分の頭で見つめ直すことなのかもしれません。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 12 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[澤田涼（東京大学宇宙線研究所研究員）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>脳を急速に老化させる「孤立」を回避する人づきあいのコツ　  菅原道仁（脳神経外科医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13822</link>
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			<description><![CDATA[人づきあいが減ると、脳の老化は一気に進むという。脳神経外科医の菅原道仁さんが、ストレスなく人間関係を築くコツを紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="孤立を防ぐコミュニケーション" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_danran.jpg" width="1200" /></p>

<p>脳神経外科医の菅原道仁さんによれば、脳にとって人づきあいはとても大切だといいます。複数の研究から、社会的に交流が豊かな人は、高齢になっても認知症を発症しにくいということがわかっています。</p>

<p>菅原道仁さんは著書『ミニマル脳習慣』で、脳のパフォーマンスアップに有効な、科学的に根拠のあるミニマル（最小限）な習慣について解説しています。本稿では同書より、人間関係のトラブルを避けつつ、脳にもやさしい上手にコミュニケーションをとるコツを紹介します。</p>

<p>※本稿は、菅原道仁著『ミニマル脳習慣』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>孤独になると、脳は一気に老化する</h2>

<p>あなたは、人づきあいが得意ですか？</p>

<p>得意な人、苦手な人、わずらわしいと感じている人、相手による人など、さまざまだと思いますが、人間は社会的な生き物なので、生きていくうえで人とのコミュニケーションは欠かせません。</p>

<p>脳にとっても、人づきあいは、とても大切です。</p>

<p>孤独や孤立の状態になると、脳は急速に老化します。人との交流がなくなると、脳への刺激が極端に減るからです。</p>

<p>社会的なつながりや人との交流が豊かな人は、そうではない人と比べて、高齢になっても認知症を発症しにくい傾向があると、複数の研究で報告されています。</p>

<p>ただし、「1人でいる時間が長い＝よくない」という意味ではありません。自分にあうかたちで、だれかとつながっていることが大切です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>悩みを1人で抱えない</h2>

<p>だれでも孤独や孤立の状態になると、悩みや嫌な記憶を吐きだせずに、頭のなかで何度もグルグルと思い出してしまいます。</p>

<p>そのとき、脳内では、ストレスがかかったときに増えやすいホルモンであるコルチゾールが分泌されます。このコルチゾールが増えた状態が長く続くと、記憶をつかさどる海馬などに負担をかける可能性があるのです。</p>

<p>だれかに近くにいてもらうこと、話を聞いてもらうことが、人間の脳には必要といえます。</p>

<p>そこで、人とのコミュニケーションが大切になってくるわけですが、そもそも、人との交流自体がストレスになることも多いですよね。</p>

<p>人と関わるなかでは、ときにイライラしたり、ケンカになったり&hellip;&hellip;と、よくないことも起こるでしょう。そうなると、また脳内にコルチゾールが発生します。</p>

<p>人間関係のストレスを完全に防ぐことは難しいですが、できるだけ回避することは可能です。本稿では、そのヒントをご紹介しましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>なぜ、人づきあいでストレスがたまるのか？</h2>

<p>「すべての悩みは対人関係の悩みである」</p>

<p>これはアドラー心理学の考え方をもとにした有名な言葉ですが、大きなストレスを抱える原因の大半は、人とのコミュニケーションにあるといえます。</p>

<p>なぜ、私たちは、人間関係でストレスを抱えてしまうのでしょうか？</p>

<p>それは「相手に期待するから」だと私は考えています。</p>

<p>同僚のいいかげんな仕事に腹が立つのは、「社会人なら、責任感を持って、きちんと自分の仕事をやるべきだ」と期待しているからでしょう。家族についイライラしてしまうのも、「これくらいはやってほしい」という期待があるからです。</p>

<p>ですが、相手は、たいてい自分の思いどおりにはなりません。「変わってほしい」といくら願っても、変わるかどうかは、その人次第。こちらが直接どうこうできる問題ではないし、無理やり相手を変えようとすると、必ずトラブルになります。</p>

<p>相手に過度な期待をしないことこそ、人間関係のストレスを軽くする最大の秘訣であり、脳にもやさしい人づきあいのコツといえます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>相手には相手の事情がある</h2>

<p>ちなみに、ここでの「相手に期待しない」とは、相手のことを冷たくつきはなすという意味ではありません。また、「相手のことを優先して、自分は我慢するしかない」という、あきらめの境地とも違います。</p>

<p>むしろ、その反対で、「その人には、その人の考え方やペースがある」と認めたうえで、相手のことを尊重する姿勢です。自分と違う考え方や行動を「それは間違いだ！」と決めつけるのではなく、「たしかに、そういう考え方もあるな」「相手にも事情があったんだろうな」といったん受けとめると、相手との不要なトラブルを避けられて、自分も相手もラクです。</p>

<p>相手に期待しないことは、自分のためになるのです。どういうことか、次の項目で、くわしく見ていきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>相手の言動にカチンときたら</h2>

<p>たとえば、こんな状況を想像してみてください。家族とのケンカの場面です。</p>

<p>家族「今朝、ゴミ出すの忘れてない？ゴミ箱がいっぱいなんだけど」<br />
自分「あっ、今日、収集日だったか」<br />
家族「次の収集日まで、どうするの」<br />
自分「&hellip;&hellip;しょうがないじゃん。朝、バタバタしてたんだから」</p>

<p>ゴミ出しというささいなことから、大きなケンカに発展しそうな雰囲気ですが、ちょっと工夫すれば、簡単にトラブルを避けられます。</p>

<p>ここでの問題は、ゴミを捨てられなくて、次の収集日まで、そのままになってしまうこと。次回、そうならないように、相手といっしょに解決策を考えるのです。</p>

<p>たとえば、こんな感じです。</p>

<p>家族「今朝、ゴミ出すの忘れてない？ゴミ箱がいっぱいなんだけど」<br />
自分「あっ、今日、収集日だったか。ごめん、忘れてた。朝はバタバタしてて、次から、前の日の寝る前にゴミをまとめて玄関に置いとくよ」<br />
家族「わかった。それなら、キッチンを片づけたあとに、私がまとめておくね」<br />
自分「助かる。ありがとう」</p>

<p>これなら、一気に平和な雰囲気になりますよね。</p>

<p>「相手に、こうしてほしい」と一方的に期待するよりも、今、トラブルになっていることに対して、相手といっしょに解決策を考えてみる。そのほうが、ずっと建設的だし、健康的です。おたがいに相手を責めるよりも、協力して工夫するほうが、結局のところ、自分も相手も得をします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>罪を憎んで、人を憎まず作戦</h2>

<p>これを私は「罪を憎んで、人を憎まず作戦」と呼んでいます。この作戦のポイントは、「あなたが悪い」と相手を責める代わりに、「次は、どうなったらいい？」と「目的」を考えることです。</p>

<p>今回のゴミ出しの例だと、「忘れずにゴミを出す」という目的に目を向ければ、「家族に自分のミスを指摘されて腹が立った」という自分の都合は、あまり気にならなくなって、怒りや不満も小さくなります。</p>

<p>普段あまりしない思考なので、ちょっとした頭の体操にもなります。なによりストレスが格段に小さくなるので、心も、そして脳もラクです。</p>

<p>相手の言葉や行動にカチンときそうになったら、ぜひ、この「罪を憎んで、人を憎まず作戦」を思い出してみてください。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_danran.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 12 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[菅原道仁（脳神経外科医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>重視すべきはお金？スキル？ 理想の副業を実現するための軸の選び方  グロービス経営大学院 教員　嶋田毅（グロービス出版局長）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13724</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013724</guid>
			<description><![CDATA[自分の内にある能力や願望など、正しく認識するのは意外と難しい。その際に役立つのも、マトリクス思考だ。重要な選択をする上でのマトリクスの活用法について聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="グロービス「マトリクス思考」" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_managerLIG.jpg" width="1200" /></p>

<p>マトリクス思考は、課題を整理するだけでなく、自分の考えを明確にし、効率的な意思決定を促すための力強いツールとなる。記事では、自分に適した副業の方向性がわかる「副業と成長マトリクス」のポイントを、書籍『マトリクス思考　２軸で切る、視える、決める』から紹介する。</p>

<p>※本稿は、グロービス経営大学院, 嶋田毅著『マトリクス思考　２軸で切る、視える、決める』（東洋経済新報社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分に適した副業を選ぶためのマトリクス</h2>

<p>副業を通して収入増や自己成長を図りたいと考えている人が増えています。副業にも様々な目的があるため、自分に適した内容の副業を選択するために使用します。</p>

<p>このマトリクスは、自身の目的に応じた副業を選択する上で視野を広く持ち重要な選択肢を漏れなく書き込み検討するために使用します。スキルがマッチし将来への投資目的になる「実力の希少性を活かした仕事」が選択できると、さらなるスキルアップも図れるため、理想論としてはここを目指すと良いでしょう。自己成長につなげることができているかを視覚的に確認できるため、意向と違った場合には修正するヒントも得られます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>目的と適正から分析する</h2>

<p><img alt="グロービス「マトリクス思考」" height="1116" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/202302Globis04.jpg" width="1200" /></p>

<p>横軸は「将来への投資目的／金銭目的」、縦軸は「スキルマッチ／アンマッチ」としています。</p>

<p>左下の象限「金銭目的」&times;「スキルアンマッチ」は「取り組みやすく体力や集中力が必要な仕事」になります。ここに該当する副業候補は、単純作業や肉体労働など生活費の足し目的が強くなります。夜間のレジの仕事などが該当します。</p>

<p>左上の象限「金銭目的」&times;「スキルマッチ」は「既存スキルを活かした仕事」になります。ここに該当する副業候補は、よりスキルが棚卸しされ、効率よく稼ぐ目的が強くなります。英語が得意な人が通訳をしたりするケースです。</p>

<p>右下の象限「将来への投資目的」&times;「スキルアンマッチ」は「将来キャリアを意識した仕事」になります。ここに該当する副業候補は、左下の象限よりWantが意識され、人脈形成目的やノウハウ取得目的、未経験職種を試すといった目的が強くなります。</p>

<p>右上の象限「将来への投資目的」&times;「スキルマッチ」は「実力の希少性を活かした仕事」になります。ここに該当する副業候補は、左下の象限よりは志が、右下の象限よりはスキルの醸成が意識されており、さらなるスキルアップ目的が強くなります。最終的にはこの象限に該当する副業を見出し、選択できるとより効果的にキャリアアップの機会とすることができます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>活用事例と留意点</h2>

<p>Aさんは将来を見据えて、自身のスキルをさらに向上させたいと考えています。社内でも責任のある仕事を任されるようになってきましたが、以前より気になっていた未経験の職種にもチャレンジしてみたいという気持ちが日に日に強くなっていました。そこでAさんは副業として知人の会社のマーケティング企画支援を行うようになりました。</p>

<p>「将来のキャリアを意識した仕事」を選んだのです。転職をして未経験職種にチャレンジするには、リスクもあり一歩を踏み出す勇気が持てなかったという事情もありました。</p>

<p>友人や知人の仕事を手伝う中で新たなスキルを身につけたAさんは、高度なスキルが要求される実際のマーケティング企画の仕事もある程度できるようにと成長していきました。今はさらなる自己成長に向けてチャレンジしたい気持ちが高まっています。</p>

<p>副業を自己成長につなげるためには、副業の目的を意識し続けることが大切です。スキル向上を図るという意味では、選択肢としてプロボノなども活用できるでしょう。</p>

<p>その際には、自分が興味を持っている分野のプロジェクトに参加し、明確な目標を置くとモチベーションを保ちやすくなります。また、プロボノ活動を通じて出会う人々と積極的に交流し、将来的なキャリアビルディングに役立つ人脈を築くことも意識しましょう。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_managerLIG.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 12 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[グロービス経営大学院 教員　嶋田毅（グロービス出版局長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>乳がん検診を毎年受けても「早期発見」できない理由とは　専門医が教える検査の盲点  木原洋美（医療ジャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13910</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013910</guid>
			<description><![CDATA[乳がん検診を毎年受診していても、発見が遅れるケースもあるという。医療ジャーナリストの木原洋美さんが解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="乳がん検診" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_doctor3G.jpg" width="1200" /></p>

<p>乳がんの患者数は年々増えており、近年は9人に1人がかかるといわれているそう。日本の乳がん検診受診率は50％を下回っているといい（2022年時点）、早期発見にも課題があります。そんな乳がん検診の実態を、医療ジャーナリストの木原洋美さんに解説していただきます。</p>

<p>※本稿は『PHPからだスマイル』2026年3月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>毎年検診を受けても見逃されてきた理由</h2>

<p>Ａ子さん（42歳）は3年前、乳房に痛みを感じて受診した乳腺外科でステージⅡの乳がんと診断されました。母親を乳がんで亡くしている彼女は、毎年欠かさず検診を受けてきたので納得がいきません。医師に「どうして早期発見（０期またはⅠ期）じゃないんですか」と問いただすと「あなたの乳房はマンモグラフィではがんを発見しにくい高濃度乳房だからです。早期発見したいなら、超音波（エコー）検査と両方受けておくとよかったですね」と言われてしまいました。</p>

<p>高濃度乳房とは乳腺組織の割合が多い乳房のことです。乳房には高濃度乳房と、乳腺組織が10％未満の脂肪性乳房などがあり、日本人女性の約8割は高濃度乳房というデータもあります（欧米では３～4割）。</p>

<p>「高濃度乳房はマンモグラフィでは全体が白く写るので、同じように白く写るがんは&quot;雪原で白ウサギを探す&quot;ように見つけづらいのです。逆に脂肪性乳房は、マンモグラフィでの発見が比較的容易です。そのため日本人には超音波検査との併用あるいは交互に受けることをお勧めします」と東京女子医科大学の明石定子医師は言います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>アメリカでは乳房タイプの通知が義務化</h2>

<p>高濃度乳房の割合がそれだけ高いのなら、検診の際に自分の乳房タイプを教えてもらい、マンモグラフィか超音波検査かを選べるようになったらいいですよね。</p>

<p>「乳房タイプを通知するべきではないかという議論は10年ほど前からあります。でも、超音波検査の精度はオペレータの技術によって差があるため、導入には技術認定や研修・資格制度の整備が必要です。また、公的がん検診の目的は、がんの早期発見ではなく死亡者を減らすことなので、死亡率減少の確固たる裏付けが不足している超音波検査の導入は時期尚早との理由から、結論が出ないまま今に至っています」（明石医師）</p>

<p>要するに、高濃度乳房であることを伝えたとしても、その先の検査の質の担保に問題があるため、導入は見送られてきたわけです。アメリカでは2024年から、マンモグラフィ受診者に高濃度乳房かそうでないかを通知することが義務づけられました。</p>

<p>日本でも超音波検査の死亡率減少効果の研究は進んでいるので、公的検診がマンモグラフィと超音波検査の2大検査体制になる日は近いと明石医師は考えています。とはいえ、日本の場合は、乳房タイプや検査法以前に、検診受診率の低さが問題視されています。</p>

<p>「欧米の7～8割に比べ、日本における乳がん検診の受診率は47.4％（2022年）。乳がんの患者数は年々増えていて、今は9人に1人がかかるといわれています。ぜひ検診を受けてください」（明石医師）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>痛みのない検査の研究・開発が進行中</h2>

<p>一方、マンモグラフィの受診率がなかなか増えない一因に、「検査自体の痛み」があげられます。</p>

<p>これに対して近年、「ドゥイブス検査（MRI）」「乳房専用PET検査」のような痛みのない検査も登場しています。ただし、受けられる施設はまだ少なく、また、「その検査さえ受けていれば大丈夫」という検査はないのが現状です。</p>

<p>専用の装置に息を吹きかけるだけで乳がんの有無が検出できる「呼気乳がん検査」も研究されていますが、まだまだ開発途中です。</p>

<p>さらに乳がんでは「ブレスト・アウェアネス（乳房を意識する生活習慣）」が提言されています。</p>

<p>「これまでの自己検診のように自分で乳がんを見つけてといわれても、発見は難しいのではないでしょうか。なぜなら、がんに触ったことがないんですから。ブレスト・アウェアネスは、自分の胸に関心をもって変化に気づくことです。毎月変化がないかをチェックし、変化があれば受診してください」（明石医師）</p>

<p>がんの位置にもよりますが、一般的にはがんが3cmくらいの大きさにならないと自分で見つけるのは困難だとされるので、2cm以下の早期がんを発見するには、定期的な画像による検査が不可欠とのこと。</p>

<p>乳がんから自分や家族を守るには、今はまだ痛みも煩わしさも乗り越えて、2年に1回、複数の検査を受けるのが望ましいようです。</p>

<p>◎監修：明石定子医師（東京女子医科大学病院副院長・東京女子医科大学乳腺外科教授）</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 11 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[木原洋美（医療ジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「どうしようもないことは、どうしようもない」自由意志なんて、爪の先ほどしかないのかも  ファン・ギョンシン</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13889</link>
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			<description><![CDATA[韓国の作家ファン・ギョンシンさんのエッセイ『夜11時』より、&quot;自由意志&quot;を手放したことで、嫉妬や不平から少し自由になれた――そんな、静かな思考を紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ファン・ギョンシン 夜11時" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_womanintrain.jpg" width="1200" /></p>

<p>人生には、どれだけ考えても変えられない事実がある。その前で人は「選んでいるつもり」になるけれど、本当に選べるものは、案外とても小さいのかもしれない――。</p>

<p>BTSのRMも読んだ韓国の作家ファン・ギョンシンさんのエッセイ『夜11時』（&amp;books/辰巳出版）より、&quot;自由意志&quot;を手放したことで、嫉妬や不平から少し自由になれた――そんな、静かな思考を紹介します。</p>

<p>※本稿は、ファン・ギョンシン著『夜11時』（&amp;books/辰巳出版）より内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>どうしようもないことは どうしようもないこと</h2>

<p>人間には自由意志というものがあるのか、ないのか。この問題について、わたしはずっと前に結論を出した。あなたが医者からこう言われたと仮定しよう。（とても不幸な仮定だけれど、わたしの考えを正確に伝えるためにどうしようもないことを理解してほしい。）</p>

<p>&quot;あなたはがんです。手術をすれば助かる可能性は50パーセント程度です。手術をしなければ、残された時間は6カ月程度です。&quot;</p>

<p>つまり、あなたの選択肢はふたつしかない。手術をするか、しないか。どんな選択をしても、あなたががんであるという事実は変えられない。それがわたしたちに許された爪の先ほどの自由意志というものだ。わたしがどんなきっかけで自由意志という問題について繰り返し考え、どんなきっかけでこんな結論に到達したのかは忘れてしまったけれど、ここまで考えが及ぶと何だか頭の中がすっきりした。（そう、どんよりしたのではなく、むしろすっきりしたのだ。）</p>

<p>まるで違う話のようでも実は同じ話がもうひとつある。わたしは飛行機の旅があまり好きではないのだけれど、それは持病の広場恐怖症のせいでもあるし、速すぎる時間で遠すぎるところに至るという事実が落ち着かないせいでもある。</p>

<p>いつかそんな話をしていたら、友だちがこう言った。</p>

<p>&quot;わたしは好きだけどなあ。黙っていたらごはんが出てきて、シートベルトをして寝て。何もしなくてもよくて。飼育されてる気分じゃない。&quot;</p>

<p>「飼育」という言葉のニュアンスはネガティブだけれど、わたしは即座に、しかもポジティブにその言葉を理解した。その後、そんな心情で飛行機に乗ると、不思議なことにリラックスできた。つまり、こういうことだ。もともと人間にはご大層な自由意志なんてものはないのだという結論に至ったとき、わたしは本気で人生の一部分を手放すことができたのだ。言ってみれば、欲望や嫉妬、恨みや不平みたいな感情が、ようやく退化し始めた気分だった。</p>

<p>どうしようもないことはどうしようもないこと。こんなわたしの考えがあなたは気に入らないかもしれない。だけど、わたしたちによく起こる問題の大部分は、自分の意志どおりにならないことに腹を立て、たくさんのことに責任を持とうとするからだとわたしは信じている。（責任を持つべきことは他にあるけれど、これは別の話なのでここでは省略する。）</p>

<p>（再びたとえ話に戻って）がんという事実は決して変えられないので、泣きわめいて神も仏も恨んで、通りすがりの人を手当たり次第に恨んでも無駄なこと。どうしてわたしにこんなことが起きるのか、後悔しても役に立たない。50パーセントの確率で博打をして、人生を取り戻すのか手放すのか、それとも残りの６カ月をとてつもない不安と闘いながら生きるのか。ここまで深刻ではなくても、実際に人生に横たわったすべての選択の道は、こんな決定を要求する。そしてその道を行ってみなくては結果はわからない。</p>

<p>ふたを開けなければわからないシュレーディンガーの猫のようなものだ。だからふたを開ける前にはふたつの結果が同時に存在する。漠然とした予測、予感ではなく実際に。（シュレーディンガーの猫は量子力学の話だけれど、わたしは最近心酔している。心酔したところでわたしが量子力学をきちんと理解できるはずはないのだけれど、絶対に何か重要なものがそこにある。この話も次の機会に。）</p>

<p>悲しいことに、何もしなくても人生にはどうしようもないことが起きる。運命は人間に配慮してくれないから、ある日肉体が強力ながん細胞に占領されて、ある日大切に守ってきた価値観を奪われて、ある日あらゆる暴力や裏切り、予想もつかない事故が襲ってきて、ある日命より大事な愛が遠ざかる。</p>

<p>人生は誰にとっても従順ではなく、わたしたちはみんな、自分なりのがん細胞を抱えて生きている。他人にはその重さや苦痛は想像もできないから、自分の細胞を取り出して何から何まで見せたくはない。</p>

<p>ただ、生きていて石につまづいて転んだりすると、医者と患者の話を思い出す。どうしようもないことはどうしようもないこと。そんなとき、わたしはすべてのドアを開け放し、多くのものを捨て、隅々まで掃除をして、過剰な自意識を払い落とす。誰かの言葉じゃないけれど、旅は身軽に行くものだから。あの角で、わたしたちは別れるかもしれないのだから。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 10 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ファン・ギョンシン]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>2000年前に元奴隷が見せた大逆転劇　古代ローマ「パン屋の墓」に刻まれたメッセージとは？  ラテン語さん</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13906</link>
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			<description><![CDATA[ローマの街角に立つ巨大な「パン屋の墓」。2000年前、元奴隷から成功を収めた男が碑文に刻んだ思いとは？ラテン語のプロが、遺跡に住む猫や全体主義の影が残る碑文を辿り、現代に通じる歴史の教訓を読み解きます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ガッリエーヌスの門" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260309latingosan02.jpg" width="1200" />ガッリエーヌスの門</p>

<p>古代ローマの街には、今も2000年前の碑文が刻まれた建造物が残っている。そのそばにひっそりと立つある墓が、古代ローマの社会のある側面を今に伝えている。高校2年生でラテン語の学習を始め、2016年からX（旧Twitter）でラテン語の魅力を毎日発信し続けるラテン語さん（東京古典学舎研究員）。その新著『今に生きるラテン語を求めて　「永遠の都」ローマ滞在記』から、マッジョーレ門周辺の散策で出会った驚きの史跡を紹介する。（写真提供：ラテン語さん）</p>

<p>※本記事は、『今に生きるラテン語を求めて　「永遠の都」ローマ滞在記』（PHP研究所刊）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>遺跡が日常生活に溶け込む街、ローマ</h2>

<p>ここで増永さんと別れ、一人で市内を歩く。サン・ヴィート通りを歩いていると、かなり古い門があった。そこには碑文が書かれているが、建造物が古いせいで碑文が曲がってしまっている。これは「ガッリエーヌスの門」と言い、アウグストゥス帝の時代、つまり2000年前に建てられたものだ。ガッリエーヌスは3世紀の皇帝で、彼の時代にこの門がガッリエーヌスに奉献された。それが今も残っているのだが、特に観光名所にはなっていない。市民が行き交うこのサン・ヴィート通りに建っており、人々はそこを通り抜けるだけだ。遺跡が日常生活に溶け込んでいる、そんな様子がうかがえる場所であった。</p>

<p>ジョヴァンニ・ジョリッティ通りを南東の方角に進んでいると、左手に古代に建設されたと思われる建物を見つけた。これは「ミネルヴァ・メディカ神殿」と呼ばれるものである。とはいってもこれはミネルヴァにささげられた神殿ではなく、泉の精ニンフを祭る建物であった。そして、この十角形の建物をよけるように、鉄道路線や道路が敷かれているのだ。言ってしまえば実用性に乏しいこの「神殿」を取り壊してまっすぐな道を建設することもできただろうが、少々の不便はあっても古い建物を残すという、ローマの人々の気持ちを感じた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>1世紀に建てられた水道橋の碑文</h2>

<p>マッジョーレ門にやってきた。ここには複数の碑文が書かれている。その一つは、このような文章である。</p>

<p>IM[p c]AESAR VESPASIANVS AVGVST PONTIF MAX TRIB POT II IMP VI COS III DESIG IIII P P<br />
AQVAS CVRTIAM ET CAERVLEAM PERDVCTAS A DIVO CLAVDIO ET POSTEA INTERMISSAS DILAPSASQVE<br />
PER ANNOS NOVEM SVA IMPENSA VRBI RESTITVIT</p>

<p>皇帝カエサル・ウェスパシアーヌス・アウグストゥス、大神祇官、護民官職権2度、最高司令官歓呼6度、執政官3度、次期執政官4度、国父は、神君クラウディウスが引き、その後中断され9年間荒廃していたクルティア水道とカエルレア水道を、私財を投げうって市のために修復した。</p>

<p>この門の碑文の裏には水道管が通っており、これはもともと水道橋として1世紀に建てられたものだ。3世紀にアウレーリアーヌスという皇帝がローマ市の周りに城壁を築き、現在のマッジョーレ門も城壁の一部になった。その城壁が、現在でも一部残っている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「PISTORIS」の文字が刻まれた豪華な墓</h2>

<p>このマッジョーレ門と同じくらい見るべきものは、近くにあるモニュメントである。大きな穴が特徴的なこの建造物は、マールクス・ウェルギリウス・エウリュサケースというパン屋の墓である。ここに彫られている碑文にもPISTORIS（パン屋の）という文字が確認され、パン屋の仕事風景を描いたレリーフもある。かなり豪華な作りになっているが、これは解放奴隷、つまり元奴隷の墓だ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>2000年前のパン屋から感じ取ったこと</h2>

<p>このように、奴隷になったら、あるいは奴隷の子として生まれたら一生奴隷として生きるというケースが全てではなかった。中には主人から解放を認められたり、奴隷自身や第三者が主人に金銭を払って解放されたこともある。おそらく、このマールクス・ウェルギリウス・エウリュサケースは労働に力を入れて大金を稼いだのだろう。恵まれない環境にいてもあきらめない精神を、2000年前のパン屋から感じ取った。</p>

<p>門や墓の写真を撮っていると、近くになにやら怪しい人たちがいる。もしかしたら、自分が狙われているかもしれないとさえ思った。マッジョーレ門の近くにトラムの大きな駅があり、観光客のお金を狙う人たちがここに来ているのかもしれない。写真を撮る手も落ち着かなくなってきたので、トラムに乗ってこの場を離れようか。</p>

<p>トラムが停車すると同時に、その怪しい人々がトラムの出口付近で商品を地面に並べ、物を売りはじめた。おそらく、ブランド品のコピーではないだろうか。トラムに乗る気も失せてしまい、バスでテルミニ駅へ移動した。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>市街地に突然現れる古代遺跡と猫のシェルター</h2>

<p>テルミニ駅でバスを乗り換え、目指したのはアルジェンティーナ塔広場（Largo di Torre Argentina）。ここには4つの神殿の遺跡がある。市街地の一角に突然、古代遺跡が丸々出現するなんて、さすがローマである。</p>

<p>「アルジェンティーナ塔」とは、この広場の近くにあった塔の名前である。名前の由来は現在のストラスブールのラテン語名Argentoratumで、この地出身の聖職者が屋敷と塔を建てたのだ。ちなみに、アルジェンティーナ塔広場で見るべきものは遺跡だけではない。猫のシェルターが神殿の遺跡に設置され、そこで飼育されている猫が時おり外に出たりする。先ほどのマッジョーレ門での緊張が、広場の猫でやっと癒された。</p>

<p>広場の周りにある建物を見ていたら、とある文字が目に入った。</p>

<p>ITALIAE FINES PROMOVIT BELLICA VIRTVS<br />
ET NOVVS IN NOSTRA FVNDITVR VRBE DECOR<br />
ANNO DOMINI MCMXXXVII IMPERII PRIMO<br />
戦の美徳がイタリアの国境を拡張させた。そして新たな魅力が我々の都に生まれる。1937年 帝国元年</p>

<p>「帝国元年」というフレーズが気になるが、これは1936年5月にイタリアにおける帝国の復活が宣言されたことを反映していると考えられる。注目すべきは、なんといっても文字がモダンなフォントで彫られていることだ。アール・デコのデザインに似合いそうなフォントである。この碑文は「エレゲイア」という韻律に沿って書かれているので、ラテン語に熟達した人が文を考えたと思われる。政治的に作られたこのラテン詩が、全体主義社会が持つ危険を私に教えてくれたような気がした。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 10 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ラテン語さん]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>東日本大震災から15年　地元で語れずにいた私たちが、ようやく語り始めた真実  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13886</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013886</guid>
			<description><![CDATA[東日本大震災から15年が経つ。今年を節目と感じる被災地の人も少なくないというが、いま、地元の人が語ることとは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="北上川河口物語より" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260306ishinomaki02.jpg" width="1200" /><br />
写真：北上町の震災関連の写真を集めた写真集『北上川河口物語』より。震災後、田んぼなどが浸水している北上川周辺</p>

<p>東日本大震災から15年。被災地では、この15年という時間を一つの節目のように感じている人もいるといいます。もちろん、失われたものが元に戻ることはありません。それでも、それぞれが少しずつ日常を重ねてきた年月でもあります。</p>

<p>宮城県石巻市出身で、地元で追分温泉という旅館を家族と営む横山恵美さんも、周囲の空気が少しずつ変わってきたことを実感しているといいます。</p>

<p>今回は横山さんに、被災を経験した人の現在の思いや、防災についてお話を伺いました。</p>

<p>※前編・中編・後編の後編です</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>忘れられない同級生の発言</h2>

<p>横山恵美さんには一連の被災体験のなかで、強く記憶に残る出来事があるといいます。</p>

<p>「地震が起きた直後、中学の校庭に全校生徒が集まりました。校庭にいると、遠くのほうで&quot;ゴゴゴゴゴ&quot;って地鳴りのような音が響き始めたんです。すると、近くにいた友だちが『これ津波の音だ』って言ったんです。</p>

<p>その瞬間は信じることができませんでした。海から距離があるのに津波の音が聞こえてくるはずがないと。でも、その子は海端のほうに住んでいて、どこか感覚が研ぎ澄まされていたのかもしれません」</p>

<p>大災害を経験して以降、ガソリンが半分を切る前に給油する習慣が身についた人も多いと、横山さんは話します。日常のなかでも自然と「備え」の意識が根づいているといいます。</p>

<p>「震災直後は本当にガソリンが手に入らず、多くの人が困っていました。その大変だった経験が、みんな体に染みついているんだと思います。</p>

<p>私は東京の大学に通っていましたが、都内を歩いていると、高く積み上げられたディスプレイや建物が密集している場所を見るだけで、どこに逃げればいいんだろうと反射的に考えてしまいます」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>15年が経過し、言葉にできるようになってきた</h2>

<p><img alt="『北上川河口物語』より" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260306ishinomaki04.jpg" width="1200" /><br />
『北上川河口物語』より</p>

<p>横山さんは、東京のホテル勤務を経て、現在は両親とともに旅館を切り盛りしています。地元の青年団にも所属し、震災から15年という節目を機に、震災をあまり知らない子どもたちに向けたイベントの企画も進めているといいます。</p>

<p>「まだ内容は細かく決まっていませんが、秋に子どもたち向けのイベントを開催する方向で話が進んでいます。</p>

<p>個人的には意外だったのですが、15年という節目を特別に感じている人は多いようです。旅館のお客さんのなかにも、『15年だから』という理由で訪れてくださる方がいました」</p>

<p>ここ数年で、震災当時のことを周囲と語り合う機会も増えたと横山さんは話します。失ったものは大きく、決して元に戻ることはありません。それでも、少しずつ日常を穏やかに過ごせる人が増えてきた証拠なのかもしれません。</p>

<p>「2、3年前から、当時を振り返る会話が増えたように感じます。それまでは、地元の人同士でも震災に触れてはいけないような空気がありましたが、いまは様々な場面で『あの頃は』と話すことが増えました。</p>

<p>友だちの間でも震災について話さない雰囲気がありました。でも最近、酪農を営む幼なじみと、何人かで集まって食事をしたとき、その幼なじみが当時のことを語り始めたんです。それがとても印象に残っています。</p>

<p>彼は高校を中退しているのですが、その理由については仲間内でもあまり触れられてきませんでした。ただ、震災のストレスで牛が亡くなり、家族同様の存在を失ったことがどれほどつらかったかを話す姿を見て、心に大きな傷を負っていたのかもしれないと感じました。</p>

<p>中学生だった私たちにとって、あの震災はあまりにも大きな出来事でした。彼も心がぐるぐるになってしまっていたのかもしれません。それを、15年という時間を経て、ようやく言葉にできるようになったのかもしれないと思いました」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>また起こるかもしれない災害に備えて</h2>

<p>東日本大震災から15年が経つあいだにも、能登半島地震をはじめ、私たちは災害と隣り合わせで生きています。横山さんは、自身が被災した経験があるからこそ、支援のあり方に迷いを感じることもあると明かしてくれました。</p>

<p>「一昨年、能登半島地震が起きたとき、青年団として募金や物資を送りました。</p>

<p>でも、何をどこに送るべきなのか、被災したことがあるからこそ迷う部分も大きいんです。例えば衣類でも、ただ着なくなった古い服が送られてくることもあって、本当に必要なものかどうかはさまざまでした。企業からの支援物資が届いたタイミングと重なり、民間から届いたものが余ってしまうこともありますし、火が使えない避難所に、火を使わないと食べられない食品が届いてしまうこともありました。</p>

<p>義援金についても、大きな団体に預けると何に使われたのかが見えにくい。できれば、自分が知っている先に届けたいと感じます」</p>

<p>インタビューの最後に、横山さんは震災の経験を通して、いまにつながっている防災への思いを語ってくれました。</p>

<p>「自分の身を守るために、周りの音に耳を澄ますことを大切にしています。ついスマホばかり見てしまいがちですが、五感を使っていれば、少なくとも身を守る行動につながる気づきは得られると思うんです。</p>

<p>それから、住んでいる土地のことを知っておくことも必要だと思います。私も震災後に知ったのですが、町のあちこちに石碑が立っていて、『この場所でいつ、どんな災害があったか』が記されているものもあります。いまはインターネットで調べることもできますが、その土地に残る過去の記録を手がかりに、どんな備えが必要かを考えることが大切なのではないでしょうか。</p>

<p>それと、地域の人がみんな口を揃えて言うのは、会いたい人には会っておけということ。震災によって、二度と会えなくなってしまった人がいる。だからこそ、その教訓を胸に、日々を過ごしています」</p>

<p>（取材・構成・執筆：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260306ishinomaki02.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 10 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>日本の有名お菓子と「ローマの戦車競技場」を繋ぐ意外な線...ラテン語のプロが歩いた歴史の跡  ラテン語さん</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13905</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013905</guid>
			<description><![CDATA[ローマの老舗菓子店で味わうマリトッツォや、ナヴォーナ広場に隠された「ナボナ」の語源とは？SNSで話題のラテン語さんが、13世紀の洪水記録など街角の碑文を読み解き、現代と古代を繋ぐ言葉の歴史を辿ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="サンタンジェロ城" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260309latingosan01.jpg" width="1200" />サンタジェロ城</p>

<p>ローマを歩いていると、街のそこかしこに意外な発見がある。老舗菓子店で味わうスイーツ、観光客でにぎわう広場、そして広場の名前が意外なところでつながっていた。高校2年生でラテン語の学習を始め、2016年からX（旧Twitter）でラテン語の魅力を毎日発信し続けるラテン語さん（東京古典学舎研究員）。その新著『今に生きるラテン語を求めて　「永遠の都」ローマ滞在記』から、ローマ散策で出会ったスイーツと言葉の旅をお届けする。（写真提供：ラテン語さん）</p>

<p>※本記事は、『今に生きるラテン語を求めて　「永遠の都」ローマ滞在記』（PHP研究所刊）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>1916年創業の老舗菓子店で「定番のマリトッツォ」を</h2>

<p>近くのPasticceria Regoliという、1916年創業の菓子店に行った。色とりどりのお菓子がショーケースに並んでいる。いちごのケーキやピスタチオのシュークリームなどバラエティに富んでおり、選ぶのに迷ったが、ここは定番のマリトッツォにする。日本でも流行ったスイーツで、パンに切り込みを入れて大量のクリームを詰めて作られている。店で食べることもできるが、テイクアウトして外で食べることにした。</p>

<p>歩いて4分のところにサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂があり、外の噴水の縁に並んで腰掛けてかぶりつく。クリームがたっぷり入っているとはいえ甘すぎずしつこすぎず、パン生地から柑橘系の風味が感じられて見た目よりもすっきりした味わいになっている。口の周りを汚さないように気を使うが、定期的に食べたくなる味だった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ナボナ」の名前は古代の戦車競走場に由来する</h2>

<p>スマホで地図を見ると、近くにナヴォーナ広場があるということが分かった。7分歩けば、ダン・ブラウンの『天使と悪魔』に出てきたあの広場を見ることができる。その場所は、広場と呼ぶには横長すぎる造りになっている。というのも、古代は戦車競走を行う競技場だったのだ。紀元1世紀に建てられたドミティアーヌス競技場のフィールド部分が、現在のナヴォーナ広場になっている。亀屋万年堂の「ナボナ」というお菓子は、この広場の名前に由来する。</p>

<p>広場にはネプトゥーヌス（ネプチューン）の噴水、ムーア人の噴水、そして中央に四大河の噴水があり、四大河の噴水の上にオベリスクが建っている。四大河の噴水はそれぞれの川（ガンジス河、ナイル河、ラプラタ河、ドナウ河）を表した人物の大きな彫刻があり、さらに動物や植物などの彫刻もあり大変豪華な造りになっている。</p>

<p>ナヴォーナ広場に面する建物のうち、特に目立つのはサンタニェーゼ・イン・アゴーネ聖堂（Chiesa di Sant&#39;Agnese in Agone）だ。イタリア語名にあるin Agoneは、この広場の昔の名前である。もともとはPiazza in Agoneと呼ばれており、それがPiazza Naoneと変わり、最終的にPiazza Navona となった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「苦悩」を意味する英語「agony」も同じ語源だった</h2>

<p>agoneは「競技会、競技場」を指し、元はラテン語agon（競技）、さらにギリシャ語agṓn（競技、争い）にさかのぼれる。agṓnの派生語agōn&iacute;ā（戦い、緊張、苦悩）は、英語agony（苦悩）の語源になっている。</p>

<p>広場には観光客が多く集まっており、観光客狙いの人たちにも声をかけられてなんとなく居心地が悪くなったので、ここを離れて別の場所に行くことにした。10分歩けば『天使と悪魔』に出てくるサンタンジェロ城があるので、日が暮れる前に行ってみよう。</p>

<p>ウンベルト一世橋でティベリス川をわたり、サンタンジェロ城を目指す。ティベリス川沿いに、土産物を売る出店がずらっと並んでいた。ほどなくして、右手にサンタンジェロ城が現れた。この建物は、ハドリアーヌス帝の霊廟として2世紀に建てられたものだ。中世や近代には、要塞として使われていた時期もある。現在は、芸術品を展示する博物館となっており、多くの観光客を迎え入れている。当日券の列に20分ほど並んで中に入ると、ひたすら上りのスロープが続いていた。</p>

<p>上層部にある美術品の展示室に入ると、予想もしなかった光景が広がっていた。部屋の天井や壁にも絵が描かれていたのである。これを仕上げるのにどれほどの年月がかかったか、想像もつかない。外の開けた場所からローマの町を見下ろす。高層ビルなどがないため、遠くまで見渡せる。ローマの町全体が「旧市街」のようになっており、この景色はずっと見ていられる。夜になるまでここで過ごしたいところだが、学校に帰らなくてはいけない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>壁に刻まれた750年前の洪水の記録</h2>

<p>テルミニ駅へ歩いていると、サントスピリト銀行通りからバンキのアーチに入るところにある一角で立ち止まっているカップルを見た。壁に何か書かれており、それを読もうとしているようだ。どんな文が見られるのか気になって目を近づけると、それは意外な内容だった。</p>

<p>HVC TIBER ACCESSIT SET TVRBIDVS HINC CITO CESSIT<br />
ANNO DOMINI MCCLXXVI IND VI M NOVEMB DIE VII<br />
ECCL&#39;A VACANTE</p>

<p>ティベリス川の水はここまで上がってきた。しかし、その濁流はすぐにここから退いた。1276年 第6インディクティオ 11月7日 使徒座空位時に</p>

<p>つまり、これは災害の記録なのだ。13世紀に生きる人々が、当時のティベリス川の増水を後世に伝えようと石に刻んだ。この石は、以前は近くにあるサンティ・チェルソ・エ・ジュリアーノ教会にあり、後に現在の場所に移された。日本でも津波などがあったことを伝える石碑があるが、西洋にも存在していた。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260309latingosan01.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 09 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ラテン語さん]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>東日本大震災後、避難者を迎え入れた石巻の旅館　山暮らしの知恵で乗り越えた共同生活  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13865</link>
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			<description><![CDATA[東日本大震災直後、宮城県石巻市で避難所として開放していた追分温泉。当時の暮らしを振り返っていただいた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="『北上川河口物語』より" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260306ishinomaki03.jpg" width="1200" /><br />
写真：北上町の震災関連の写真を集めた写真集『北上川河口物語』より。避難所になった中学校の体育館</p>

<p>東日本大震災から、まもなく15年。あのときの衝撃は、多くの人の心に今も深く刻まれているのではないでしょうか。</p>

<p>災害と隣り合わせにある日本では、経験者の記憶を語り継ぐことも大切な防災の一つかもしれません。</p>

<p>今回は、震災当時中学3年生で、現在は地元・石巻市で家族とともに追分温泉という旅館を営む横山恵美さんに、震災直後の暮らしについて振り返っていただきました。</p>

<p>※前編・中編・後編の中編です</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>横山さん一家が営む旅館は避難所に</h2>

<p><img alt="横山恵美さんの両親" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260306ishinomaki05.jpg" width="1200" /><br />
追分温泉で避難所の対応にあたる、横山さんのご両親</p>

<p>東日本大震災の直後から、横山恵美さんの自宅である旅館・追分温泉は、帰宅困難となった人たちの避難場所となりました。</p>

<p>「震災が起きたのは金曜日で、週末のお客さんを迎えるために食材を多めに用意していました。そのおかげで、数日間はそこにいるみんなで鍋を囲むことができたんです。電気は止まりましたが、ガスはプロパンガス、水は自家水道だったので、生活に必要な最低限のものは確保できていました。お米もガス炊飯器で炊くことができました。</p>

<p>前年、父がたまたま宮城県沖地震に備えようと石油ストーブを新調していたんです。そのおかげで、暖を取ることもできました」</p>

<p>さらに、周囲に残っていた雪を冷蔵庫に詰めて食材の保存に活用したり、初代から旅館で使っていたランプを照明代わりに使ったりと、知恵を絞りながら何とか日々をしのいでいたといいます。</p>

<p>5月になると、旅館は自治体の申請が通り、二次避難所として補助金が下りるようになりました。そして、最後の被災者が旅館を後にする10月末まで、避難所として寝食を提供し続けました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>被災地に漂う&ldquo;深く聞かない&rdquo;空気</h2>

<p><img alt="避難所として開放中の追分温泉" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260306ishinomaki06.jpg" width="1200" /><br />
旅館の窓に貼った、支援物資とともに届いたメッセージ</p>

<p>また、地域の人に向けて、入浴の支援も行っていたといいます。</p>

<p>「3月23日に自衛隊から自家発電機が支給されました。うちは沸かし湯の旅館なので、お湯を沸かす必要があって。</p>

<p>発電機で効率よくお湯を沸かせるようになったことで、入浴支援も始めました。近隣の避難所にいる人たちが、自衛隊の車で代わる代わるお風呂に入りに来ていたんです。</p>

<p>そのとき、少し気を遣ったことがありました。多くの避難所では学校の体育館で雑魚寝をしていたと思います。でも、うちは旅館なので、避難している方は畳の上に布団を敷いて寝ていました。仕方のないこととはいえ、どこか申し訳なさを感じていて。だから、布団を敷いている大広間の襖を閉めるなど、できるだけ他所から来る方の目に入らないようにしていました」</p>

<p>同じ被災地でも状況はさまざまで、互いに配慮しながら人と関わっていたと横山さんは振り返ります。</p>

<p>「お風呂に入りに来た方がたまたま知人で、再会を喜ぶ瞬間もありました。『ああ、生きてた』と涙を流す人もいました。でも、津波で家族を失ったり、家が倒壊したりと、抱えているものはそれぞれで。だから、『旦那さんは？』『お子さんは？』といったことを深く聞かない空気が、ずっとありました。</p>

<p>後になって、『○○さんが亡くなったらしい』と噂で知ることも多かったですね。あの頃は、とにかく&quot;いまを生きる&quot;ことに必死で、それ以上の余裕はなかったんだと思います」</p>

<p>15年前、テレビで繰り返し流れていた津波の映像。いまも強く記憶に残っている人は多いかもしれません。しかし横山さんは、被災地にいた人ほど、その映像に見覚えがないのではないかと話します。</p>

<p>「当時はテレビがつかなかったので、映像で津波を見ることがなかったんです。</p>

<p>それに自分の目で見る被害の現場と、空撮の映像で見る景色はまったく別物ですよね。県外に住む親戚や知人から『大丈夫？』と連絡がきて、そこで初めて広範囲にわたる被害状況を知ったという人も少なくなかったと思います」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>避難している人との共同生活</h2>

<p><img alt="避難所として開放中の追分温泉" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260306ishinomaki08.jpg" width="1200" /><br />
人探しで訪ねてきた人に向けて、旅館に避難していた人の名簿を貼り出した。</p>

<p>震災直後は、目の前の出来事を一つひとつ受け止め、対応するだけで精いっぱいだったと横山さんはいいます。高校生活が5月に始まるまでのあいだ、ほとんどを自宅である旅館で過ごしていたそうです。</p>

<p>「高校が1カ月半遅れで始まると聞いたとき、『早い』と感じたのが正直なところでした。中学校はさらに早く再開すると聞いて、教育は止められないものなんだと実感したのを覚えています。</p>

<p>震災の影響で学校の統廃合も進みました。校舎が津波で流されてしまった学校は、近隣の無事だった学校の校庭に仮設校舎を建てて、授業を再開していました。</p>

<p>それから、印象に残っているのは、父が避難所対応の疲労で倒れたときのことです。付き添いで久しぶりに山を下り、病院に入ると、一面に並べられたベッドの間を医師や看護師が慌ただしく行き交っていました。その光景はいまも忘れられません」</p>

<p>仮設住宅への入居や違う町への転居が進むにつれ、旅館に身を寄せていた人の数は徐々に減っていきました。5月には40人ほどとなり、世帯ごとに客室で寝泊まりできるようになったといいます。</p>

<p>避難者たちは、日中は家の片付けや行方不明になった家族を探すために山を下り、日が暮れるころになると再び旅館へ戻り、決められた時間に食事をとっていました。</p>

<p>横山さん一家は、旅館が家のように落ち着ける場所であってほしいとの思いから、外出する人がいたら「いってらっしゃい」「おかえりなさい」と言葉をかけていたそうです。</p>

<p>また、利用者とのあいだで大きなトラブルはなかったと、横山さんは振り返ります。その背景には、水やガスを問題なく使える環境があったことも関係しているのかもしれません。</p>

<p>「追分温泉を一から造った曾祖父は、山奥の電気も通っていない場所に水を引き、自力で整えていきました。苦労は多かったと思います。私自身も、通学のたびに坂を上り下りしなければならず大変でした。でも、いざ災害が起きてみると、そうした&quot;不便さ&quot;に支えられていたのかもしれません」</p>

<p>（取材・構成・執筆：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260306ishinomaki03.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 09 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>デジタルデトックスは“反デジタル”?　スマホとの関係を見つめ直す方法とは  森下彰大（一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13817</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013817</guid>
			<description><![CDATA[デジタルデトックスとは、反デジタルを指すのか。現代におけるテクノロジーとの適切な向き合い方を、日本デジタルデトックス協会理事の森下彰大さんが示す。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="デジタルデトックスの必要性" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smartphone_boy.jpg" width="1200" /></p>

<p>デジタル社会と呼ばれて久しい現代。テクノロジーなしでは成り立たない生活が当たり前になる一方で、スクリーンの前で過ごす時間は増え続け、デジタルデトックスの必要性も指摘されるようになりました。</p>

<p>では、デジタルデトックスとは単に&quot;デジタルを断つこと&quot;なのでしょうか。一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事の森下彰大さんは、スマホが手放せない時代だからこそ、デジタルとの健全な距離感を考えることが重要だと説きます。</p>

<p>※本稿は森下彰大著『戦略的暇―人生を変える「新しい休み方」』（飛鳥新社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>私たちはすでにスマホと一体である</h2>

<p>AbemaTVに出演された実業家の堀江貴文氏は「デジタルデトックス（DD）」と聞いて、「デジタルのない時代に戻るなんて、まっぴらごめんだよ！」とおっしゃいました。ええ、僕も同じ気持ちです。いつでも誰とでも繫がれる、そして世界中の情報にアクセスできるデジタル機器を手放すのは、僕だって「まっぴらごめん」です。</p>

<p>しかし、どうもDDという言葉を聞くと、人は「反デジタル」のコンセプトだと直感的に思うようです。あるいは、人によっては「人が主人であり、技術を従属させる」といったニュアンスでDDを語る人もいますが、これもバイアスがかかった見方です。</p>

<p>テクノロジーは人間の作り出したものだから人間が思うように使いこなせるという考え方は、「技術の道具説＊」と呼ばれており、直感的にこのような価値観を抱くことには注意が必要です。なぜなら、人類が生み出したテクノロジーは人や社会のあり方を大きく変えうるからです。テクノロジーもまた、人を変化させているのです。</p>

<p>「スマホはヒトの一部」。DDの活動をしていることもあって、こう言うと驚かれることもあります。それでも、使う・使われるの関係ではすでにないのです。ここから少し、哲学の視点からデジタル機器と私たちの関係を覗き込んでみましょう。</p>

<p>哲学者のアンディ・クラークは、「Extended Mind(延長された心)」と呼ばれる理論を提唱したことで知られています。これは人の心が脳内の活動だけで完結するのではなく、身体や環境との相互作用によって成り立つとする考え方です。</p>

<p>2003年に彼が著した『生まれながらのサイボーグ』（春秋社）は、人と技術の関係について切り込んでおり、大きな気づきを与えてくれます 。同書は、衝撃的な一文から始まります。</p>

<p>------------------<br />
わたしの体は電子的処女である。わたしはシリコンチップも、網膜インプラントや内耳インプラントも、ペースメーカーも内蔵していない。メガネすら掛けてはいない（服は着ているが）。しかしわたしは、ゆっくりと着実に、サイボーグになりつつある。<br />
------------------</p>

<p>タイトル通り、私たち人間は生まれながらにしてサイボーグになっていく存在だとクラークは述べています。サイボーグと言うと、機械の体や脳内チップなど、そんなイメージを浮かべますよね。</p>

<p>しかしクラークはテクノロジーと人体が一体化していなくても、私たちはすでにサイボーグであると言っています。いったい、どういうことなのか。クラークは、猫のエピソードを交えて説明しています。</p>

<p>たとえば、猫の居場所がすぐにわかるようにGPSチップを猫の体内に埋め込んだとしましょう。猫の体はGPSと一体化していますが、猫の行動や意識に大きな変化は起こりません。</p>

<p>しかし、人がスマホを手にするとどうでしょうか。知らない場所を訪れるときにナビアプリを使ったり、遠く離れた人と連絡を取り合ったりと、これまでとはまったく違う認知をして、行動を取るようになります。そして、それらができることを前提に人や社会そのもののありようが変わっていきます。その変化の大きさについては、これまでに述べてきた通りです。</p>

<p>クラークがここで伝えようとしているのは、人は猫とは異なりテクノロジーを自分の一部として取り込み、能力を拡張させている点です。その意味では、人はすでに外部の力を使ってサイボーグ化しているのだと彼は説いています。</p>

<p>繰り返しますが、私たちはスマホを使う、スマホに使われるといった関係性で生きているのではありません。すでに私たちは「スマホと共にあり」、今後は「AIと共にある」のです。</p>

<p>ですから、私たちはテクノロジーとの関係を常に抱き合わせで考え、デジタル技術と共にある私たちが今どんな状態なのかを問いかけ、「依存」ではなく「共存」の状態でいられるよう、バランスを保つ必要があるのです。では、そのバランスをどのように保てば良いのか、次項で考えてみることにします。</p>

<p>＊技術の道具説：技術哲学の世界において、テクノロジーは人間が目的達成のために使う道具にすぎず、私たちはそれを使いこなせる、使いこなすべきであるという見方のこと。直感的にはそのようにも思えますが、実際、ある技術が現れるとそれによって社会のありようは大きく変わってきました。<br />
ですから、自分とは分離したただの道具としてデジタル技術を捉えるよりも、すでに社会に内包されていて、私たちは確かな影響を受けている、互いに相互変容していると考えるのが自然だと考えられています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>分水嶺を用いて考える</h2>

<p><img alt="分水嶺のイメージ図" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260219morishitashodai03.jpg" width="1200" /></p>

<p>デジタル技術と今後も共にある私たちが、どのように健全なバランスを保っていくのか。そのことを考えるうえで大きなヒントになるのが、哲学者イヴァン・イリイチの教えです。</p>

<p>私たちは、「技術や生産性の向上」によって自身の生活の安全や幸福を得られると信じてきました。しかしイリイチは、産業社会に生きる私たちが効率性を求めるあまり、自立性を損ない、かえって不益が生み出される状況を「反生産性」という概念を用いて批判しました。ある技術や制度が本来の目的を達成する以上に、逆効果をもたらしてしまう状態のことです。</p>

<p>イリイチは「医原病」を提唱したことでも知られ、医療システムが拡大することで人々が過度に医療依存し、自らの健康管理能力を低下させていく状況を憂いていました。さらに病気や健康の定義が医療に委ねられることで、自らの人生や健康に対する主体性が失われるとも批判していました。</p>

<p>また、著書『脱学校の社会』（東京創元社）においては、教育が自然な学びのプロセスを妨げ、個人が本来持っている好奇心や学習意欲を阻害していると述べています。「便利への信仰」がもたらす弊害について、実に早くから注意喚起をしていた人物なのです。</p>

<p>インターネットが普及し、デジタル機器が利便化されるにつれて、これらのサービスの提供側が「便利とは何か」を定義するようになりました。そして、私たちは「便利でなければいけない」という強迫観念さえも植えつけられてしまっているのです。</p>

<p>インターネットは大量の情報にアクセスできる環境を与えてくれましたが、反対にジャンクな情報も溢れ、本当に自分が必要とする情報にアクセスすることが難しくなりました。</p>

<p>このようにインターネットやデジタル機器によって、必ずしも私たちの生活のすべてが生産性のあるものになったわけではありません。便利なスマホでついついSNSを眺めて、時間を溶かしてしまうのはその典型的な例です。</p>

<p>イリイチの展開する理論の中でも、「コンヴィヴィアリティ」（自立共生の意）は重要です。コンヴィヴィアリティとは、人々が単なる消費者としてではなく、自身の達成したい目的に対して、道具を選ぶ自由とも言い換えられます。</p>

<p>イリイチの研究で知られるデザイン・エンジニアの緒方壽人氏は著書『コンヴィヴィアル・テクノロジー』（ビー・エヌ・エヌ）において、イリイチの思想を端的に示しています。</p>

<p>------------------<br />
〈中略〉道具が人間の主体性を失わせることなくその能力や創造性を最大限にエンパワーしてくれる「コンヴィヴィアル」な道具となるのか、もしくは、人間を操作し、依存させ、隷属させるような支配的な道具になるのか、それを分けるものが「一つの分岐点」ではなく「二つの分水嶺」であるということである。<br />
------------------</p>

<p>デジタル技術との関係を二つの分水嶺の比喩で捉えることは、自分とテクノロジーとの関係に過不足がないかを探るうえで、有効です。</p>

<p>第一の分水嶺を下回れば、デジタル技術がないため（あるいは使いこなしていないため）に、大きな機会損失が生まれている可能性があります。反対に第二の分水嶺を上回ってしまえば、デジタル技術との関わり方が原因で、自らのウェルビーイングが損なわれているということです。</p>

<p>この二つの分水嶺のあいだでバランスを取り続けることこそがテクノロジーと共生している状態であり、コンヴィヴィアルな状態なのだとも言えます（上図）。</p>

<p>緒方氏はテクノロジーが進化し続ける今、私たちと技術が「コンヴィヴィアルな関係にあるかどうか」を問うために6つの問いを掲げています。私たちがテクノロジーとの関係を振り返るうえでも非常に有用な問いなので、ここでご紹介します。</p>

<p>------------------<br />
そのテクノロジーは、人間から自然環境の中で生きる力を奪っていないか？<br />
そのテクノロジーは、他にかわるものがない独占をもたらし、人間を依存させていないか？<br />
そのテクノロジーは、プログラム通りに人間を操作し、人間を思考停止させていないか？<br />
そのテクノロジーは、操作する側とされる側という二極化と格差を生んでいないか？<br />
そのテクノロジーは、すでにあるものの価値を過剰な速さでただ陳腐化させていないか？<br />
そのテクノロジーに、わたしたちはフラストレーションや違和感を感じてはいないか？<br />
―『コンヴィヴィアル・テクノロジー』<br />
------------------</p>

<p>このコンヴィヴィアリティの考え方が、DDの根幹にあります。緒方氏が指摘している通り、「分岐点（使うか・使わないか）」ではなく、「分水嶺（デジタルと共にある私たちが今どの状態にあるのか）」で考えることを大切にしています。そして、そのバランスは個々で異なるものです。</p>

<p>DDは最適なバランスを探るために一度すべてOFFにしてみる、そんな実験でもあります。</p>

<p>DDイベントに参加された方の多くは、「こんなにこのアプリを使う必要はなかった」「逆にこのアプリはないと不便だなと思った」など、スマホの中でも必要なアプリとそうでないアプリの見分けがつけやすくなると語っています。高速で回り続ける毎日の中で、なかなかこのような棚卸し作業をするのは難しいものです。</p>

<p>ですから、DDで作った余白で自分自身と対話をしながら、デジタル機器との最適な付き合い方を摑んでいくことをおすすめします。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smartphone_boy.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 09 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[森下彰大（一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>画一的な指導をしていない？ 適切な新人教育を見極める1つの方法  グロービス経営大学院 教員　嶋田毅（グロービス出版局長）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13722</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013722</guid>
			<description><![CDATA[問題解決や分析において多く用いられるマトリクス思考。マネジメントや人材育成を任せられる管理職にも、大いに役立てられている。その具体的な活用法を聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="グロービス「マトリクス思考」" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizman50.jpg" width="1200" /></p>

<p>個々人の能力や将来性といった要素を分析・分類するうえでも、マトリクス思考は大いに役立つ。本記事では、「新人の指導の方向性マトリクス」のポイントを、書籍『マトリクス思考　２軸で切る、視える、決める』から紹介する。</p>

<p>※本稿は、グロービス経営大学院, 嶋田毅著『マトリクス思考　２軸で切る、視える、決める』（東洋経済新報社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>新人指導の進め方を検討するためのマトリクス</h2>

<p>かつての日本においては、新卒で入社した会社で定年まで勤めあげる終身雇用が一般的でした。そして新卒一括採用で人材を確保してから職務を割り当てる「メンバーシップ型雇用」が主流でした。その中で徐々に差がつき始め、管理職になれたりなれなかったりするといったように人材を育てていたのです。</p>

<p>しかし最近では日本においても転職は珍しくはなくなってきており、人材の流動性は増しています。また、ゼネラリスト的なマネジメントの職だけが成功の証ではなく、スペシャリストとしてのキャリアトラックもでき始めています。</p>

<p>このマトリクスは、多様化する社員のマネジメントの方向性、特に採用したての人間をどのように指導すべきかを検討する際に役に立ちます。</p>

<p>はじめに、採用した（あるいはしたい）人材のタイプが「スペシャリスト」（志向）か「ゼネラリスト」（志向）かを見極めます。また、即戦力の度合いも判断します。多くの大企業の新卒の総合職は「即戦力度合いの低いゼネラリスト」となるわけです。このようにして1人1人をプロットします。その上で、各人に活躍してもらうべく、指導の方向性を検討していきます。</p>

<p>このマトリクスはまた、会社の人材の偏りや人事制度改変のヒントももたらしてくれます。たとえば、中途採用で即戦力を獲得することを中心に人材を確保している企業であれば、ジョブ型雇用の導入に適しているため、その導入を検討することもできます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>新人の能力・育成プランで仕分け</h2>

<p><img alt="新人の指導の方向性マトリクス" height="1132" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/202302Globis03.jpg" width="1200" /></p>

<p>横軸は「スペシャリスト／ゼネラリスト」、縦軸は「即戦力度合い高い／低い」としています。</p>

<p>右上の象限の「スペシャリスト」&times;「即戦力度合い高い」は、すぐに専門性を発揮してほしい人々です。期待を明確に伝え、必要なリソースを提供すべきでしょう。また、タイムリーなフィードバックも必要となります。専門性をどんどん伸ばしてもらう環境作りが大切です。</p>

<p>右下の象限の「スペシャリスト」&times;「即戦力度合い低い」の人々は、比較的時間をかけて育成します。スキルギャップの特定とそれに応じたトレーニングを提供したり、上司や先輩社員の手厚いサポートが必要になります。一方で、現在は即戦力ではなくとも急激に成長する人材もいるため、そうした人材を早期に見極め、よりチャレンジングな仕事を任せることも求められます。</p>

<p>左上の象限の「ゼネラリスト」&times;「即戦力度合い高い」の人々には、まずは会社のビジョンや戦略の方向性を正しく理解してもらうことが必要です。その上で、彼／彼女の力が最大化できる仕事を任せます。すでに能力はあるものの、やはり適宜フィードバックを行うことで、その力をさらに伸ばしてもらうことも求められます。学びの機会なども積極的に提供しましょう。</p>

<p>左下の象限の「ゼネラリスト」&times;「即戦力度合い低い」は、ポテンシャルに合わせてじっくりと育てていく姿勢が求められます。多様な機会を与え、フィードバックを行いながら育てていきます。全員が成功を収めるのは難しいですが、極力それに近づけるべく、彼／彼女が力を出せる仕事が何かを一緒に見出していくことも必要です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>活用事例と留意点</h2>

<p>株式会社ニトリでは、「ゼネラリストなスペシャリスト」を多数育成すべく、3～5年単位で様々な職種を経験して多面的な視野を身に着ける「配転教育」を人材育成手法として採用しています。そのため、「配転教育」を実施せず、明確に職務を定義できる専門職にだけジョブ型雇用制度を適用する方法をとっています。専門職になるまでは「配転教育」を行い、社員が様々な職種を経験しながら自分でキャリアを選べる仕組みを導入しているのです。この制度は、従来の日本企業やり方の良さと欧米的なジョブ型雇用制度の良さの両方を取り入れた制度と言えます。</p>

<p>特に優秀なスペシャリスト人材は、職種にもよりますが、引く手あまたになることが少なくありません。せっかく育成した人材が流出してしまうのは好ましくありません。彼らに満足してもらえるように報酬制度を整えたり、会社に対する帰属意識を持ってもらえるように、ビジョンをしっかり共有することが大切です。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizman50.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 09 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[グロービス経営大学院 教員　嶋田毅（グロービス出版局長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「先生の歌でホームルームが長引いてなかったら...」 東日本大震災当日、ある中学校での記憶  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13859</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013859</guid>
			<description><![CDATA[東日本大震災発生から15年。宮城県石巻市の&quot;あの頃&quot;の様子を、地元の出身の方に振り返っていただいた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="北上川河口物語より,撮影：清水哲朗" height="900" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260306ishinomaki012.jpg" width="1200" /><br />
写真：北上総合支所（撮影：清水哲朗/2011年4月23日）</p>

<p>2011年3月11日。東日本大震災から、まもなく15年が経とうとしています。町の復興は進んできましたが、あの日を境に暮らしが一変した人、戻らない日常や大切なものを失った人――それぞれが今も胸の内に抱える思いがあります。</p>

<p>今回は、震災当時中学3年生だった宮城県石巻市出身・在住の横山恵美さんに、あの日の忘れられない体験を語っていただきました。</p>

<p>※前編・中編・後編の前編です</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>校門を出ようとすると大きな揺れが</h2>

<p><img alt="『北上川河口物語』より" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260306ishinomaki04.jpg" width="1200" /><br />
『北上川河口物語』より</p>

<p>横山恵美さんは宮城県石巻市出身。東日本大震災が発生した当時は中学3年生で、翌日に卒業式を控えていました。</p>

<p>「地震が起こる少し前、卒業前最後のホームルームをしていました。主任の先生が盛り上がった勢いで歌をプレゼントしてくれたんです。そのおかげで帰る時間が予定より30分ほど遅くなりました。下校しようと校門をまたごうとした、その瞬間に大きな揺れが始まったんです。</p>

<p>幸い、私は校庭付近の何もない場所にいたので、落下物の心配はありませんでした。しばらくして、翌日の卒業式の準備をしていた1、2年生が校舎から走って逃げてきました。建物の中は物音がすさまじくて、中には号泣している子もいました。</p>

<p>もし、ホームルームが長引いていなかったら、3年生の私たちは下校途中に震災に遭っていたんです。そう思うといまもぞっとします」</p>

<p>通っていた中学校は高台にあったため、揺れている間は街の様子までは分からなかったといいます。</p>

<p>「中学校は海からはやや離れた場所にあり、海岸沿いからスクールバスで通っている子もいました。地震が起きたとき、バスはすでに発車した後だったのですが、乗っていた同級生たちが運転手さんに『怖いから学校に戻りたい』と伝えたそうなんです。バスは引き返し、利用していた生徒も含めて、最終的に全校生徒が校庭に集合することになりました」</p>

<p>当日の夜は、生徒と先生に加え、周辺から避難してきた人たちも含め、多くの人が学校に宿泊することになりました。</p>

<p>「その日の朝は雪が降っていて、いつもなら自転車で通学するところを、母に車で送ってもらっていました。帰りも迎えに来てくれていたので、偶然にも母と学校で落ち合うことができたんです。</p>

<p>同じように、お孫さんを迎えに来ていたおじいさんが『家に帰らなきゃ』と言って、学校の敷地から出ようとする一幕がありました。先生たちは『ここが安全だから』と引き止め、おじいさんも渋々その場に残ることになりました。もしあのとき、学校を出ることを許していたら、そのおじいさんとお孫さんがどうなっていたのか、正直分かりません」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>被害状況が見えないなかで、友人と交わした会話</h2>

<p>体育館で一夜を明かすことになりましたが、情報は乏しく、さまざまな憶測が飛び交っていたといいます。</p>

<p>「学校の坂の途中まで水が来ているとか、海沿いにある病院が孤立しているらしいとか、事実なのか噂なのか分からない話が次々と入ってきました。</p>

<p>それと印象に残っているのが、学校から見上げた夜空です。いかにも東北の夜空って感じで、雲ひとつなく、星も月も本当にきれいに見えていました」</p>

<p>電気も水道も止まり、凍えるような寒さのなかでの一夜でした。体育館には高齢者も多く避難していたため、生徒たちは体操用のマットを敷くなど、落ち着く間もなく動き回っていたと横山さんは振り返ります。</p>

<p>夜中になり、消防隊が避難している人たちに向けておにぎりを配りにきました。実はそれは、石巻の山あいで「追分温泉」という旅館を営んでいる横山さんの家で握られたもの。みんなで分け合いながら食べたといいます。全く先の見えない状況のなかでも、地域で動ける人が動く。そんな光景がうかがえます。</p>

<p>「津波の情報は入ってきていましたが、実際に現場がどうなっているのかは分かりませんでした。だから&quot;津波&quot;といっても、家が少し浸水するくらいだろうと思っていて、友人たちの間に『(高校入学に向けて)せっかく買ってもらった携帯が水に濡れてたらどうしよう』といった会話もありました。そのときは、被害がどれほどの規模なのか、本当に知らなかったんです」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>震災の翌日、現実味のない光景</h2>

<p><img alt="横山さんが通っていた中学校付近の現在" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260306ishinomaki09.jpg" width="1200" /><br />
写真：横山さんが通っていた高台の中学校の下。住宅街は津波で流され、現在は運動公園として使われている</p>

<p>翌朝、津波が収まり水が引いたことで、ひとまず内陸側に住んでいる人たちは帰宅を許されました。</p>

<p>「早く帰らなきゃ、という一心で、どこか景色に違和感を覚えながらも、学校からの坂道を下っていきました。そして、ふと見渡したとき、学校の下に広がっていたはずの住宅街がなくなっていることに気づいたんです。道路だったはずの場所には、よじ登らなければ越えられないほどの段差ができていて、一緒に帰った人と協力しながら渡りました。</p>

<p>その日も空はすごく晴れていて、まるで映画の中にいるようで、現実味がありませんでした」</p>

<p>横山さんの自宅までの道は、引き波の影響で瓦礫こそ多くはなかったものの、後になって遺体が見つかったという話も耳にしたといいます。</p>

<p>ようやく母娘二人で帰宅すると、父と同居している祖母、そして孫の卒業式に出席するため旅館に宿泊していた、離れた場所に暮らす祖父母が待っていました。</p>

<p>お母さんの姿を見た瞬間、お父さんは目を丸くしたといいます。というのも、お母さんは当日の午後、北上川の河口に面した北上総合支所へ行く予定があったからです。そこは津波に流され、その場にいた49人のうち生存者はわずか3人だったと後に分かりました。お父さんはその情報を耳にし、もしかしたら妻は――と覚悟していたのです。</p>

<p>「まずは、家族が無事にそろったことに安堵しました。</p>

<p>うちの旅館には、スタッフに加え、宿泊中で帰れなくなったお客さんや、山の下のほうから避難してきた人たちもいて、合わせて80人ほどが滞在していたんです。その後しばらくの間、帰れなくなった人たちに旅館を解放し、共同生活が続くことになりました」</p>

<p>（取材・構成・執筆：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260306ishinomaki012.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 06 Mar 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「ダウン症は天使」「お姉さんは立派」岸田奈美さんが気づいた“善意の顔をした呪い”  岸田奈美（作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13893</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013893</guid>
			<description><![CDATA[家族とのエピソードをユーモア交えて綴る岸田奈美さん。時折、周りの反応に違和感を感じることもあるそう。岸田さんが感じ取る&quot;善意の顔をした呪い&quot;とは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="岸田奈美" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260304kishidanami01.jpg" width="1200" /></p>

<p>「ダウン症だから、大変」「家族はきっと我慢してる」――そんな言葉の奥にひそむ「思いこみ」。岸田奈美さんは、ダウン症の弟との日々をまっすぐに描きながら、その一見やわらかい呪いの正体をひもときます。</p>

<p>善意の顔をした決めつけは、ときにだれかを傷つける。だからこそ、目の前の人をそのまま見ることが大切といいます。笑いとユーモアをまじえながら、思いこみを解きほぐすエッセイです。</p>

<p>※本稿は、岸田奈美著『傘のさし方がわからない』（小学館文庫）から一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>思いこみの呪いと、4000字の魔法</h2>

<p>高校生だったとき。「奈美と結婚しても、ダウン症の弟くんのめんどうを見る自信がない」つき合っていた彼氏がいった。</p>

<p>ショックだったのは、明るい彼の思いつめたような表情でも、予想もしていなかった遠い将来の話題でも、障害のある弟を否定されたことでもなかった。弟はわたしにめんどうをかける存在で、わたしがそのめんどうを見なければならない、という前提が彼の中にあったことがショックだった。</p>

<p>そりゃ弟は、人よりもの覚えがおそいし、しゃべるのは下手だし、へんなこだわりも強い。だけどそれをめんどうだと思ったことはない。算数が苦手とか、身体がかたいとかと、同じじゃないか。おつりの計算くらいわたしがやるし、側溝にボールがつまったらこの可憐な身をよじってわたしがヒョイと取りに行きゃいい。それらの行為を「めんどう」というならば、むしろめんどうをかけているのはわたしだ。</p>

<p>何度も聞いた弟の声を、わたしはすぐに思い出せる。「あーあ。なみちゃん、まーた、わすれとる」わたしは、信じられないほどの落としものをする。SNSで「駅に『卒業生代表・答辞』の紙が落ちてた」と投稿されていて、どこのどいつだそんなアホはと見に行ったら、わたしが落とした答辞だった。落としたことにすら気づいていなかった。</p>

<p>家族の中で、誰よりも早く落としものに気づいてくれるのは、へんなこだわりが強く、几帳面な弟なのだ。</p>

<p>「なみちゃん、くつした、ないない」これも弟がよくいうこと。</p>

<p>わたしのくつしたは、いつも片方どこかへいく。だから仕方なく、両足で違う色のくつしたをはく。部屋の各所に散らばるくつしたを両足まとめて&quot;くるりんぱ&quot;とひっくり返して一組にし、そっと片づけてくれるのも弟だ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>めんどうをかけているのは、どちらかといえばわたしの方</h2>

<p>「ぼくな、きのうな、つくってん。うまい！」これは弟が電話をかけてきて、開口一番に教えてくれた。ゴールデンウィークで、この世の終わりを待つかのようにゴロゴロと寝てばかりの母とばあちゃんに代わり、弟はハヤシライスをつくったらしい。</p>

<p>食材を切ったのは母だけど、ていねいすぎるほどに炒めてかきまぜたのは弟だ。えらすぎるにもほどがある。一方のわたしは、天かすをめんつゆにひたし、白米に混ぜたものだけで３食いった１日であった。</p>

<p>このようにめんどうをかけているのは、どちらかといえばわたしの方だ。仮にも姉のくせに、なにを堂々と書いているのか。情けなくなってきたぞ。しかしこれはわたしだけでなく母との共通認識、つまり純然たる事実なのだ。</p>

<p>「良太は、奈美ちゃんの役に立つのが好きみたいやで」母のフォローを真に受け、弟に「ガハハハ！どうだ！姉の世話はやりがいがあって、圧倒的な成長の実感があるだろう！」と、まあまあブラックなベンチャー企業のようにふるまっていたら、まあまあ本気で母から「ええかげんにせえ」とどつかれた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ダウン症だからではなく、弟だから、愛している</h2>

<p>思い出したことがある。幼稚園を卒園して、すぐ、母がわたしにいった。「お姉ちゃんやからって、我慢しなくていい。弟のめんどうなんて見なくていいし、楽しくなかったら、一緒にいなくてもいい。奈美ちゃんは、奈美ちゃんの好きなように生きて。それがお母さんとお父さんの幸せやから」弟に障害があると知らされ、かわいそうやら、どうしたらいいかわからないやらで、さめざめと泣いた日の夜だった。</p>

<p>弟の苦手なことを、わたしは何度か手助けしてきた。他の姉弟からすると、その回数は多いかもしれない。それでもわたしが、弟と一緒にいる理由はシンプルで。弟といるのが、ただ楽しかったからだ。たまに、わたしたちを見ている人から、ほめられる。</p>

<p>「弟さんを大切にして、お姉さんは立派ですね」こういわれたりもする。</p>

<p>「ダウン症の人は、やっぱり天使なんですね」悪気がないのはわかっているから、わたしは怒らない。ちょっとむずがゆいだけ。</p>

<p>それってさ、「花粉症の男って、天使だよね」「わかる。鼻がつまってるから、こっちの汗のにおいに文句いわないしね」「涙で視界がぼやけてて、ノーメイクでもバレないらしいよ」</p>

<p>「だから花粉症の男はみんな、おおらかで性格がいいんだなあ」っていってるようなもんなのよ。聞いたことあるかい、そんな話を。</p>

<p>意地悪なダウン症の人だっている。ダウン症の家族のめんどうを見ろといわれ、参ってる人もいる。花粉症の男にも、ろくでなしはいるように。声を大にしていいたい。わたしはダウン症だからではなく、弟だから、愛している。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>変身を遂げた差別を「思いこみ」と呼んでいる</h2>

<p>ダウン症の家族を愛せない人もいて、当然だとも思っている。わたしが弟と一緒にいて楽しかったことを書いてSNSに投稿すると、「障害のある家族をもつ人が、全員幸せだと思わないでください」「奈美さんのような理想の家族を見ていると、つらくなります」という嘆きがいくつか寄せられる。</p>

<p>むやみやたらにわたしが見せびらかしている愛は、人から人へと伝わるたびに中身を失って、ときに誰かを静かに切りつけている。刃の正体は「ダウン症だから、がまんして家族を愛しているんだろう」という、思いこみだ。</p>

<p>差別という言葉がある。するどい。聞こえただけでちょっと、ビクッと身構えてしまう。</p>

<p>わたしはなんとなく、あまり使わないし、「わたしは◯◯を差別しています」って、面と向かってドストレートにいっている人もめったに見かけない。障害者差別といえば、障害者がお店を追い出されたり、会社で働けなかったり、そういうとんでもなくおそろしいイメージが浮かぶかもしれない。何十年も前は、そんなおそろしいことも当たり前にあった。いまはたぶん格段にへったというけれど。</p>

<p>でも残念ながら、差別は姿かたちをジワジワ変えて、いまもわたしのすぐそばにいる。世の雑踏に紛れるほどの変身を遂げた差別のことを、わたしは「思いこみ」と呼んでいる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ひとり歩きする情報が、思いこみをつくる</h2>

<p>弟と遊園地に行ったとき、3Dゴーグルをつけて立体映像を見ながら走るジェットコースターに乗ろうとすると、係員にあわてて止められた。</p>

<p>「障害のあるお客さまは、暗闇でパニックになると危険です。お姉さんはゴーグルを外したまま同乗して、身体を支えてあげてください」「あっ、うちの弟は大丈夫です。暗いところも平気で、ジェットコースターも大好きなので」「申し訳ありませんが......ご協力をお願いします」</p>

<p>わたしは啞然とした。わたしよりも肝がすわっていて、たくましい身体のどこを、支えなければならないのか。しかもゴーグルを外して、なんも見えないまま。2時間もならんだというのに。弟も「姉ちゃん、どないしてん」みたいな表情をしていた。ほんまに、どないしてん。</p>

<p>車いすに乗っている母はときどき、タクシーに乗せてもらえない。車いすでタクシーに乗りこむのは、時間がかかってめんどうだと思われるからだ。しかし母は、ひとりでエイサと身体をもち上げ、秒で乗りこめる。お高いカーボン製の超軽量車いすは、秒で折りたたんで積みこめる。</p>

<p>彼らには「障害者だから、できないだろう」という思いこみがある。仕方がない。彼らの近くに、障害者がたまたまいなかっただけだ。自分で見聞きしたもの以外は、誰かの見聞きに頼って判断するしかないから。こんだけ情報があふれてる時代、調べたらなんぼでも出てくる。「障害者　パニック」「車いす　介護」と調べると、たいそうなことが書かれている。ひとり歩きする情報が、思いこみをつくる。100％オーガニック熟成濃厚思いこみスープを。</p>

<p>わたしだって、そうだ。思いこみスープを、知らんうちに煮つめていた。写真家の幡野広志さんに会うと決まったとき、わたしはおみやげのハチミツのギフトを渡すかどうか決めかねて、ずいぶんオロオロした。幡野さんはがんの治療中だ。</p>

<p>「がん患者さんは食べものに気をつけているから、おかしなんて渡したらいやみになるかも。でもうっかり買っちゃったしなあ......」ふたを開けてみれば幡野さんの場合、まったくそんなことはなくて。パアッと笑って受け取り「食べた！めちゃくちゃおいしいっ！」と連絡をくれた。幡野さんは好きなものを食べることにしているらしい。</p>

<p>あのとき、わたしが思いこんだまま渡さなかったら、幡野さんはハチミツビスケットを食べられなかった。あんなにおいしいビスケットを。思いこみって、やっかいだ。だって自覚がない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>パインバーグはめちゃくちゃうまいんだ</h2>

<p>ところで、びっくりドンキーの不人気代表メニューを知っているだろうか。パインバーグだ。ハンバーグにパイナップルなんて合うわけないだろと、おどろく人もいるだろう。でも食べたことがないのにいっているとしたら、それは思いこみだ。れっきとしたパインバーグ差別だ。なにもいわず、びっくりドンキーへ行ってくれ。めちゃくちゃうまいんだ、パインバーグは。はじめて食べた人の3人に１人はやみつきになる味らしい。</p>

<p>世の中には、食べようともしないのに、パインバーグを許せない人がいる。もしかしたら彼らは、増殖するパイン農園に実家の町工場を飲みこまれたとか、パイナップルのあまいにおいがする男に彼女を寝取られたとか、パイナップルで撲殺された前世があるとか、そういうトラウマのせいで食べられないのかもしれない。それは無理して食べなくてもいい。そういう人もいるから。パインバーグ好きは、彼らとは距離をとって、ともに生きるしかない。サンは森で、わたしはタタラ場で暮らそう。</p>

<p>問題なのは。「わたしはパインバーグを食べようとは思わないし、パインバーグをうまそうに食べている連中の気がしれないわ！　きっと頭がおかしいのよ！　焼きはらえ！」っておそいかかってくるやつがいること。こわいよ。どういうことだよ。なんでだよ。思いこみは、呪いだ。自分の視界を極端にせまくして、ふらつく足元で、誰かにぶつからせて、ときにしばきあいまで引き起こす。そういう呪いだ。</p>

<p>ダウン症だから、天使だ。家族だから、愛さなければならない。パイナップルとハンバーグなんて、合うはずがない。「こうだから、こうだ」「そんなはずはない」目の前の人に対して、そんな言葉が口をつくようになったら、もう呪いにかかっている。解呪には、魔法の呪文なんて唱えなくてもいい。起きていること、やっていること、いっていることを、まっすぐ見つめるだけだ。</p>

<p>それから好きになるも、きらいになるも、喜ぶも、怒るも、パインバーグのとりこになるのも自由だ。<br />
これを書こうと思いたったのは、わたしが弟をほめにほめまくったツイートをしたら、思いのほかたくさんの人に読まれたから。「書いてないことをポジティブに憶測してほめてくれる人」と「書いてないことをネガティブに憶測して怒ってくる人」がわりといて、自分の書いた140文字に落ちこんだ。あぶねえ、あぶねえ。</p>

<p>わたしは、わたしのために、呪いを解く4000字の魔法の呪文を置いておく。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260304kishidanami01.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 06 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[岸田奈美（作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「昨日の晩ご飯が思い出せない」のは認知症の予兆?　脳神経外科医が解説  菅原道仁（脳神経外科医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13820</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013820</guid>
			<description><![CDATA[物忘れしやすい脳の仕組みと、認知症と診断される条件について、脳神経外科医の菅原道仁さんが解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="認知症の条件とは" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayami_middle.jpg" width="1200" /></p>

<p>実は脳には、記憶があいまいになりやすく、忘れやすいという特性があると、脳神経外科医の菅原道仁さんは解説します。</p>

<p>あまりにも物忘れが増えると、認知症ではないかと不安になる人もいるでしょう。では、単なる物忘れと認知症の違いは、どこにあるのでしょうか。</p>

<p>本稿では、菅原道仁さんの著書『ミニマル脳習慣』より、忘れやすい脳の仕組みと、認知症と診断される基準について紹介します。</p>

<p>※本稿は、菅原道仁著『ミニマル脳習慣』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分の忘れっぽさに「あれ？」と思ったら</h2>

<p>あなたには、こんな経験がありませんか？</p>

<p>毎週火曜の朝にあるミーティングの存在を、すっかり忘れていて、あとで上司に小部屋で注意された。</p>

<p>有名人の名前がすぐに出てこず、「ほら、あの人だよ。最近、よく見る......」といったセリフが、つい口から出てくる。</p>

<p>家族に「そういえば、この前の日曜日って、なにしてたっけ？」と聞かれて、すぐに思い出せず、しばらく考えこんでしまった。</p>

<p>こんなふうに、自分の忘れっぽさや、すぐに言葉が出てこないことに「あれ？」と思って、不安になったことはないでしょうか？</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>どんどん忘れるように設計されている</h2>

<p>脳は「超なまけもの」の臓器です。隙あらば、省エネですませたり、サボろうとしたりします。</p>

<p>加えて、脳は記憶するのが苦手で、忘れっぽいという特性があります。受けとった情報を、どんどん忘れるように、元から設計されているのです。</p>

<p>もし、ありとあらゆることを全部覚えていなければならないとしたら、脳の容量はすぐにいっぱいになってしまいます。</p>

<p>すぐに忘れるのも、脳の生存戦略の１つなのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「昔は記憶力がよかった」という誤解</h2>

<p>そういわれても、「ちょっと前までは、うっかり忘れることなんてなかった」「昔は暗記するのが得意で、なんでも覚えられた」と思う人がいるかもしれません。</p>

<p>ここで少し、これまでの人生を振りかえってみましょう。</p>

<p>学生時代や20代前半のころ、忘れることとは、本当に無縁でしたか？</p>

<p>......どうでしょう？</p>

<p>おそらく、そんなことはないですよね。</p>

<p>学校に体操服を持っていくのを忘れたり、覚えたはずの漢字を試験中に思い出せなかったり、定期券を忘れてあせったりしたこともあったはず。それに、当時も、人の名前がなかなか出てこなくて「えーっと......」となったこともあったでしょう。</p>

<p>昔のことなので、それこそ忘れているだけ。程度の差はありますが、脳が忘れっぽいのは、別に今にはじまったことではないのです。</p>

<p>「そもそも、私たちの脳は、忘れるように設計されている」</p>

<p>「人間の脳の構造上、忘れるのは仕方のないこと」</p>

<p>ちょっと残念な事実かもしれませんが、これが脳の現実なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>認知症と判断される２つの条件</h2>

<p>認知症とは、どういう状態か説明できるでしょうか？</p>

<p>簡単にお伝えすると、「①認知機能が低下して、②日常生活に支障が出てきた状態」のことです。認知機能というのは、物事を理解したり、記憶したり、思考したり、といった脳の働き全般のことだと考えてください。</p>

<p>２つの条件があることからわかるように、たとえ認知機能が落ちても、日常生活に支障が出ていなければ、認知症と診断されません。少しくらい物忘れがあっても、問題なく生活できているのなら、認知症ではないのです。</p>

<p>たとえば、生まれ育った町で、いろいろなことに時間がかかりながらも、マイペースに生活している一人暮らしの人がいるとします。その時点で、認知症と診断されることは、まずありません。</p>

<p>ですが、その人が、都会に住む子どもに呼ばれて同居をはじめたあとに、バスや電車の乗り方が難しくて迷ったり、お店で代金を払う方法がわからなくて立ち往生したり、といった困りごとが増えた場合は、「②日常生活に支障が出てきた状態」となって、認知症と診断される可能性があります。</p>

<p>このように、同じ程度の脳の変化でも、環境によって「②日常生活に支障が出てきた状態」の度合いが変わり、それによって診断も変わってくるのです。「認知症かどうかの境目はグラデーション」だと考えてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>昨日の晩ごはんが思い出せない......</h2>

<p>ほかによくあるのが、「昨日の晩ごはんは、なんだったっけ？」と思い出せないときに、「これは認知症の予兆かも......」と不安になる人が多いことです。</p>

<p>このとき、家族に「昨日はカレーだったでしょ」といわれて、「ああ、そうだった」とすぐに思い出せるのなら、それは認知症ではありません。</p>

<p>認知症の場合は、「晩ごはんを食べたこと自体」を忘れてしまいます。新しい情報が記憶に残りにくくなっているためです。</p>

<p>つまり、脳のなかにある情報が「すぐ出てこない」のは単なるうっかり忘れ、「そもそもインプットされなくなる」のが認知症といえます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>深刻に考えると、脳の老化が早まる</h2>

<p>なお、「うっかり忘れが多い人ほど、認知症になりやすい」といった傾向は特にないので安心してください。</p>

<p>私たちが気をつけたいのは、物忘れそのものよりも、「物忘れに対して、必要以上に不安を感じてしまうこと」です。</p>

<p>不安になるたびに強いストレスがかかると、ストレスに対処するためのホルモンであるコルチゾールがたくさん分泌されます。</p>

<p>コルチゾールは血液に運ばれて脳にも届き、記憶をつかさどる海馬などの部分に負担をかけると考えられています。こうした状態が長く続くと、脳の老化を早めるおそれがあるのです。</p>

<p>ちょっとした物忘れは、深刻に考えず、おおらかに構えるのが、いちばん。せっかくの今日という１日を楽しみましょう。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayami_middle.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 06 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[菅原道仁（脳神経外科医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「瓦礫の下で亡くなった親友より、しんどいことはあるか」大震災を経験した安田大サーカス団長安田の問い  団長安田（安田大サーカス・お笑い芸人）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13730</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013730</guid>
			<description><![CDATA[20歳の頃に、阪神・淡路大震災で被災した経験を持つ安田大サーカス団長さん。被災後に変わった人生観について語っていただいた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="安田大サーカス団長" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260206dancho02.jpg" width="1200" /></p>

<p>当時住んでいた実家のある兵庫県西宮市で、阪神・淡路大震災を経験した安田大サーカス 団長安田さん。<br />
お笑い芸人として活動を続ける一方で、防災士の資格を活かし、各地での講演やイッツコムの番組「イッツコムおうち防災のすすめ」への出演など、防災の知識を伝える取り組みを続けています（イッツコムでは当番組をはじめ「イッツコム防災Action」と題し3月、4月に防災の大切さを発信）。</p>

<p>震災では、当時最も親しかった親友を亡くしました。</p>

<p>今回は団長安田さんに、その経験が形づくった人生観や、防災をめぐる家族とのコミュニケーションについて、率直に語っていただきました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>正解はないからこそ、伝えるのが大事</h2>

<p>――家族やパートナーと防災の情報を共有することも大事だと思います。団長安田さんはご家族に対して、伝え方や話すタイミングについて、何か意識されていることはありますか。</p>

<p>【団長安田】例えばですけど、「逃げる場所はあそこ」とか、「ペットも連れて行けるか」とかですね。うちはペットを飼っているので。</p>

<p>あとは、地震が来た時に「ここ、ちょっと危ないな」という家や場所、ありますよね。「これ、崩れへんかな？」みたいな。</p>

<p>「あそこの家と、あそこの家の前は（震災があったときに）ちょっと怖いから、何かあったらすぐ離れなさい」とか、そういう話はしています。</p>

<p>大阪でもブロック塀が倒壊して女児が亡くなってしまう事故がありましたけど、「それを予想しろ」と言われてもなかなか難しい。<br />
でもせめて、古い家とか、「ここ危ないぞ、この塀は」とか、なんとなく自分の見える範囲伝える。</p>

<p>逃げる方向が右か左か、それだけで助かる命と助からない命が分かれるかもしれないので。</p>

<p>――ということは、日常的にお子さんたちとも共有されているんですか。</p>

<p>【団長安田】そんなにしょっちゅう防災の話をしているわけでもないです。</p>

<p>自分が思った時に、「学校行くまでのあの道、ちょっと怖いで」とか、そういう話をする。</p>

<p>子どもは、「ああ、そうやね」だったり、「知らんし」くらいの反応だったりしますけど（笑）。<br />
でも、言っとくことが大事かなと思っています。</p>

<p>よくあるじゃないですか、防災を啓発する映像で、立派な家族が出てきて、娘も息子もちゃんとしてて、</p>

<p>「お父さん、お母さん、こういう時はこういうものが必要なんだね」<br />
「うん、分かった。勉強になったよ」</p>

<p>みたいな。</p>

<p>でも、実際そんな家族、ほぼないと思ってます。現実は「あー、はいはい」みたいな感じですよ。</p>

<p>だから、親としては「言う」だけでもいいと思うんです。完璧じゃなくていい。</p>

<p>僕の防災の講演も、8割は全然違う話をしてます。<br />
「2割だけ聞いてくれたらいいです」くらいのスタンスでやってるんです。</p>

<p>――番組を見ていると、防災って「想像力」なんだなと感じます。次に何が起こるか、一歩先を想像することで守れることがあるんだなと。</p>

<p>【団長安田】正解があって、正解がない世界ですよね。</p>

<p>子どもにも言ってるんですけど、例えば「おはし」。<br />
小さい子には「押さない」「走らない」「喋らない」って教えるじゃないですか。</p>

<p>でも、走らなあかん時もあるし、喋らないって言っても、目の前で友だちが倒れてたら、先生にちゃんと伝えなあかん。</p>

<p>だから、「これは基本なだけで、全部の正解じゃないよ」っていうのは、結構言ってます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「寝ている間に瓦礫に埋もれて亡くなるより、しんどいことはない」</h2>

<p>――阪神・淡路大震災で亡くなられた親友の方について伺いたいと思います。<br />
その方とは、どのようなご関係だったのでしょうか。</p>

<p>【団長安田】親友は山口恵介というんですが、小学校1年生から中学校まで同じでした。<br />
僕は高校で鳥取に行ったんですけど、地元に帰ってきたら一緒に遊んでいましたし、社会人になってからも、よく一緒に出かけていた友達です。</p>

<p>本当によく笑ってくれるやつで、「プロの芸人になれ」って言ってくれてました。<br />
「吉本行け、吉本行け」って。結果的に別の事務所を選んでしまったんですけど。</p>

<p>――20歳でご友人を亡くすというのは、衝撃もあったのではないかと思います。</p>

<p>【団長安田】友達を亡くすっていうのが初めてで、今、年齢を重ねてから誰かを失うのとは、また違う感覚だったと思います。<br />
しかも突然でしたし、顔が腫れ上がった状態で対面することになって。<br />
その光景は、今でもかなり鮮明に覚えています。</p>

<p>――その経験は、団長安田さんの芸風や、人前に立つ姿勢にも影響していると感じる部分はありますか。</p>

<p>【団長安田】ありますね。</p>

<p>雪山で半袖でクイズをしたり、24時間自転車に乗ったり、何分潜れるかやったり、正直、しんどいロケもたくさんあります。</p>

<p>その中で思うのは、「恵介よりしんどいことを、俺はまだしたことがないな」って。<br />
寝ている間に瓦礫に埋もれて亡くなるより、しんどいことを、今まで経験したことがない。</p>

<p>そう思うと「これくらいならやれる」って、なりふり構わずできる。そういう意味で、背中を押してくれている存在やと思ってます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>やりたいことはすぐにやる、でも頑張りすぎない</h2>

<p>――震災の後、なるべく寝ないようにしていた時期があったと伺いました。</p>

<p>【団長安田】恵介が「寝たまま起きたくても起きられずに亡くなった」って考えた時に、「死んだら一生寝なあかんのや」っていう考えが、自分の中にあったんです。</p>

<p>当時は、夜中にアルバイトに行って、そのままネタを書いて、また別の仕事に行ったりしていて。<br />
寝ることが、もったいないと思っていたんですよね。</p>

<p>その生活を続けていたら、「いつ寝ていいのか分からない」状態になって、途中でバッと起きてしまったり、不眠症みたいな状態になってしまって。<br />
病院に行ったら、「完全な睡眠障害ですね」と言われました。</p>

<p>それが震災の影響なのか、その後の生活の影響なのかは分からないですけど、そういう考え方で生きてきたのは事実です。</p>

<p>今は「睡眠は大事」と思って生活してますけど、当時は本当に「寝るなんてもったいない」と思ってました。</p>

<p>――震災の経験が、その後の人生観や価値観として残っているものはありますか。</p>

<p>【団長安田】「やりたいことは、すぐやろう」です。後に残していたら、できへんで、と。</p>

<p>「死ぬよりしんどいことって何やろ？」って思いながら、いろんなことをやってきました。</p>

<p>ただ、無理しすぎたらあかん、っていうのも、阪神・淡路大震災の後から思ったことです。</p>

<p>震災の時、「うち来なよ」「うちで生活しなよ」って迎えてあげても、結局、どこかで揉め事が起きるんです。避難していた視聴覚室の中でも、揉めている人たちがいました。<br />
そこで「じゃあ俺が全部やるわ」ってなると、どんどん潰れていく。</p>

<p>困っている人がいたら助けなあかん。でも、いきなり全部を引き受けるんじゃなくて、まずは自分と家族から、そして周りへ。</p>

<p>その順番を間違えると、だんだん壊れていくんですよね。</p>

<p>だから、「頑張りすぎない」。<br />
コツコツが勝つコツ。</p>

<p>頑張らなあかん時やからこそ、頑張らない。それが大事やと思います。</p>

<p>（取材・執筆・撮影：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260206dancho02.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 06 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[団長安田（安田大サーカス・お笑い芸人）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>岸田奈美さんが“30分で6人にケーキ屋を聞かれた”先にあった「巨万の富」とは  岸田奈美（作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13892</link>
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			<description><![CDATA[作家の岸田奈美さんは、同じ日に6人からケーキ屋さんについて聞かれたという。怪しく思ってついていった先で待っていた話とは？]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="岸田奈美" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260304kishidanami02.jpg" width="1200" /></p>

<p>春の風物詩といえば、桜。そして、&quot;うまい話&quot;。新生活の不安や期待につけこむマルチ商法は、毎年のように若者を狙います。けれど本当にこわいのは、悪意そのものよりも、「断れない気持ち」かもしれません。</p>

<p>作家の岸田奈美さんは、自由が丘で声をかけられ続けた実体験をもとに、笑いと怒りをまじえながら、その違和感の正体を描きます。やさしさを失わずに、自分を守るためのエッセイです。</p>

<p>※本稿は、岸田奈美著『傘のさし方がわからない』（小学館文庫）から一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>歩いてたら30分で6人から「ケーキ屋知りませんか？」ってたずねられた　</h2>

<p>これは、あなたのために書いている。</p>

<p>春から大学生や社会人になって、新しい環境にドキドキして。大変なことが起こっている世の中で、将来や収入に不安を感じて。家族や友人のいない都会で、漠然とさびしくなって。そんなあなたのために、書いている。</p>

<p>「すみません。いまから友だちの集まりっていうか、ちょっとしたホームパーティがあるんですけど、バースデーケーキ買えるところ探しててえ⁉このあたりでおいしいケーキ屋さん知りませんか？」</p>

<p>顔をあげたら、きれいなお姉さんがふたり立っていた。知らん人にかける第一声としては情報量が多すぎるし、なんで他にも人がおるのにわたしにだけたずねてくるねん、と驚愕した。「探してて...」ではなくて「探しててえ⁉」なところに、このお姉さんたちのテンションがどんなもんだったか、想像してほしい。</p>

<p>仕事以外で他人と話すのが本当に苦手なので「えっ、あっ、ふえっ」みたいな声しか出なかった。でもお姉さんたちは、満面の笑みでニッコニコしてる。自由が丘のケーキ屋さんなんぞ、まったくくわしくないけど、これはなんか答えなアカンぞと思って、頭をフル回転させた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>コミュ力爆竹100連発びっくり箱のお姉さん</h2>

<p>「えーと、ア・ラ・カンパーニュっていうタルト屋さんがあって、けっこうたくさんあるチェーン店だから、自由が丘って感じはないかもしれないけど、実は本店がわたしの地元である神戸で、だからわたしの血はアラカンの３種のベリーの色っていうか、あっ、地元ではアラカンって略すんですけど、うへへへ、でゅふ」これをみなさんの想像の３倍くらいの速さで、自信なさげにまくしたてた。がんばった。</p>

<p>「神戸なんですかあ！　東京にはいつから？」ケーキではなく、わたしの出身地にお姉さんは食いついた。「に、２年前から」「ふーん！　就職ですか？」「いえ」「じゃあ転勤かなあ？　どんな仕事なんですか？」右から左から、お姉さんが質問してくる。</p>

<p>そんなこと、ある？道や店をたずねたあと、そんな会話をはずませてくること、ある？なんやねん、めっちゃこわい。いままで、因縁つけられるとか、ナンパでしつこく絡まれるとかはこわいと思ったことあるけど。きれいなお姉さんにフレンドリーに話しかけられるの、別の方向性でこわい。フレンドリーの出どころがわからんから、こわい。</p>

<p>「仕事は......文章を書く、なんか、そういうのをフリーでやってます」「ふうん。楽しいですか？」「楽しいです」なにか売りつけられるんかな、と思ってリュックをギュッとかかえたけど、そのままお姉さんたちは「ありがとうございましたー」といって、去っていった。わたしは自分の社交性のなさと、器の小ささを恥じた。お姉さんたちはただのコミュ力が爆竹100連発びっくり箱なだけの、良い人たちだった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「おいしいケーキ屋さん知りませんか？」再び</h2>

<p>そうだそうだ、ファミリーマートでお金をおろさにゃならん。ふたたび歩き出したわたしは、また呼び止められた。「あのー、すみません」スーツを着た男性と女性だった。丸の内！広告代理店！営業部エース！スタイリッシュ！プレゼン勝利！圧倒的成長！って感じの。</p>

<p>「これから友だちのホームパーティに行くから、バースデーケーキを探してるんです。おいしいケーキ屋さん知りませんか？」聞き覚えがありすぎる。さっきのお姉さんたちに声かけられてから、まだ５分も経ってないのに。みんなそんなに、ケーキ屋さんにうといものなのか。もしかして自由が丘、ケーキ屋さんに関する情報規制でもされてんのか。</p>

<p>「さっき同じこと聞かれたんですけど、同じパーティに行く人ですかね？」「えっ。ちがいますよ。おもしろいですね」まったくおもしろくはない。この時点でわたしは、ドッキリ系のYouTuberか、大学生の社会実験か、変な会社のコミュニケーション研修のどれかだと目星をつけていた。わたしは答える。<br />
「ア・ラ・カンパーニュっていうタルト屋さんがあって（略）」１日に２度もアラカンと地元の話をするとは思わなかった。</p>

<p>「神戸なんですねー！　東京にはいつから？」そしてまた渾身の説明をスルーされてしまう。少しくらいタルトに興味をもてよ。あきらかにこれはおかしいと感じたので、今度は職業を明かさないようにした。</p>

<p>「会社員ですか？」「うん、まあ、そんな感じです」そしたら、オフィスカジュアル女性が横から急にカットインしてきた。</p>

<p>「わたしたちも会社員です！知り合いが飲食店やってるんですけど、営業自粛で売上が落ちてて、なんとかしてあげたいんです！これもなにかの縁だから、一緒にご飯行きません？」「行きません」びっくりするふたり。こっちがびっくりだわ。</p>

<p>「絶対さっきの人たちと関係ありますよね？これなんなんですか？テレビとかの企画？　研修？」聞いてみたら、明らかにスーツ男性が苦笑いして。オフィスカジュアル女性は、急にテンションが下がって会話から引っこんでいった。高低差が激しすぎるやろ。</p>

<p>「ちがいますよ」「じゃあなんなんですか」「ねえ、なんなんでしょうかね」「絶対に変でしょ、だってまったく同じ会話さっきもしましたよ」「へえー、そうなんですか！おもしろいですね」</p>

<p>スーツ男性はずっとうすら笑いを浮かべている。煙に巻くような返事。ななめに立って、目も合わなくなる。「じゃあ」といって、そそくさと逃げていった。猛烈に怒りがわいてきた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>どんだけ私はカモ顔なのか</h2>

<p>人がヘットへトの頭をひねって、ないコミュニケーション能力をふりしぼって、がんばってタルトと地元の話をしたのに、なんやねんその態度は。</p>

<p>基本的に好意の見返りは求めないようにしているのだけど、このときは疲れと混乱で、わたしはめちゃくちゃに怒っていた。めちゃくちゃに怒りながら自由が丘駅に向かう途中、男性ふたり組から声をかけられた。「ちょっと聞きたいんですけど！このへんでおいしいケーキ屋さん、知りません？」</p>

<p>ひざからくずれ落ちそうになった。オペレーション考えてるやつ、アホちゃうか？自由が丘なんてそんなデカい街ちゃうぞ。レッドオーシャン戦略すぎるやろ。事前に練習せえ！情報共有をしろ！せめて声かけの内容くらい変えろ！</p>

<p>30分も経ってない間に、３組から声をかけられた。どんだけわたしはカモ顔なのかと。ふと、となりにある店のショーウインドーガラスを見る。わたしが映っている。しめきり明けに教習所に行くので、すっぴん・髪の毛パサパサ・死んだ目・クマだらけの立派なカモ顔のわたしが。</p>

<p>「僕ら、１年前に東京出てきたばっかで？」「そうなんですね、わたしも今年からです」「もしかして就職？」「はい」しれっとうそをついた。「えっ、じゃあお茶しません？」「お茶しましょう」　急にめちゃくちゃ話の早いやつみたいになってしまったが、わたしは怒っていた。</p>

<p>彼らがなんでこんなことをやってるのか知りたかったし、それが悪い目的ならば、カモ顔を代表して、全国のカモ顔に知らせる使命があると思った。しかしながら危ないので、みなさんは真似してついていかないように。わたしは所属している事務所の複数人に事情を伝え、家族にGPS（現在位置を特定するシステム）をリアルタイム送信し、彼らについていった。</p>

<p>自由が丘は遊歩道にベンチが設置されているので、そこでいいじゃんといったが、店へ行こうと執拗に誘われるのでどんな店かと思ったら、ファミレスだった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ひとり暮らしの便利グッズを伝授され...</h2>

<p>わたしの前にすわるのは、ふたりの男性。ひとりはチャラいイケメン。アルマーニっぽい柄シャツを着ていたのだが、肩のあたりの縫製がガッタガタで糸が飛び出ていたので、たぶんアルマーニじゃない。便宜上、この男をナイマーニと呼ぶ。</p>

<p>もうひとりは超塩顔で、存在感のうすいメガネ。......だと思ってたけど、ファミレスに着いた瞬間、ナイマーニよりメガネの方が、人が変わったようにペラペラとしゃべりたおしてきた。なんのエンジンがかかったというのか。憶測だけど、もしかしたらナイマーニは「人の警戒心を解かせる役」みたいなのがあったのかな。</p>

<p>会話をiPhoneで録音しようと思って起動させていたら、IT企業の企画担当を名乗るメガネがやたらと「ホーム画面のアプリを見せて」とうるさいので、しぶしぶ録音を停止した。iPhoneは録音していると、画面の上部が赤くなって一発でバレるからだ。もし録音防止のためにいってきたとしたら、メガネは切れ者だ。</p>

<p>「最近ひとり暮らしはじめたの？　こういうモノ用意しておくと超便利だよ」急にそんな話がはじまったので、これはなんか売られる！　と思って身構えていたら。</p>

<p>「高い家電や家具は、メルカリで『テーブル　転勤』などで調べると、早く処分したい人が安く売ってるのが見つかる」とか、「ワンルームのせまいキッチンだったら、もち手が取れるタイプの鍋を買うと便利」とか、「スタンプ式のジェル洗剤を使うとトイレ掃除が楽」とか、本当に超便利なものを紹介してくれた。</p>

<p>ナイマーニ、見た目によらずめっちゃ家庭的。しかもわりと苦労しているタイプの節約家。推せる。ちょっと疑っちゃってごめんね。そう思いはじめたころ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>巨万の富に手が届きそう...？</h2>

<p>「あとやっぱり、いまから巨万の富を得られるように考えておいた方がいいよ」順番がおかしいだろ。メルカリ、鍋、トイレ洗剤ときて、巨万の富はないだろ。ルネサンス期の３大発明が羅針盤、火薬、ルンバだったくらいのぶっ飛び方だよ。ホウキと掃除機と高圧洗浄機くらいははさんでくれよ。</p>

<p>「巨万の富......っていくらなんですか？」「奈美はいま初任給がいくらくらいなの？」フレンドリーもぶっ飛びすぎていて、いつの間にか呼び捨てになっている。さんをつけろよデコ助野郎！とさけびそうになった。</p>

<p>「20万円くらいですね」適当な数字だ。「そっか！俺は23歳だけど、会社員の給与が25万円で、副業の収入が30万円あるよ」ナイマーニ、５歳も下やった。ほんで巨万の富とは、30万円のことやった。すごい。意外に手が届く。わたしのような庶民でも、巨万の富を得られる夢が広がってきた。ちなみにメガネも同じくらいの収入だった。もっと巨万の富に欲をもとうぜ。２兆円とかさ。</p>

<p>「これ、俺のインスタアカウント！　フォロワー１万人いるんだよ。奈美はインスタやってる？」メガネがスマホの画面を見せてくれた。</p>

<p>「やってないですね。ツイッター（現Ｘ）はやってます」「ツイッターかあ。匿名だし、暗めだし、イケてる人少ないよね」</p>

<p>突然、わたしの愛する主戦場をけなされて真顔になってしまった。彼らはインスタでイケてる存在という自覚があるらしい。見せてもらったら、大勢でバーベキューしてる写真とか、青空の下でヨガしてる写真とか、すごいキレイな外国の写真とかでいっぱいだった。</p>

<p>「写ってんのが俺らの友だち！　みんなすげえインフルエンサーで、海外旅行とか行きまくり」</p>

<p>「へー。ナイマーニくんのアカウントは？」「......俺はやってない！」</p>

<p>衝撃を受けた。マジか。こんなにインスタで友人同士のキラッキラな濃いコミュニティができてるのに、おまえやってないんか。大丈夫か。落ちこんでないのか。なにがあってん。そのときはなんか切なくなっちゃったんだけど、あれはもしかして、ひとつのアカウントを見せびらかす用にみんなで使いまわしてるんじゃないかな......。基本、みんなで写ってる写真とか、エモい風景の写真ばっかりで、どれが本人かは特定できなかったし。そのはずだよ。使いまわしてるんだ。そうじゃなきゃ、ナイマーニが浮かばれない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ウユニ塩湖に行きたいか？</h2>

<p>「で、このインスタで副業ができんの。それで誰でも30万円もうかる！」「どうやって？」</p>

<p>「海外旅行で映える写真撮って、イイネを集めて、フォロワーを増やす。そしたら企業から、インフルエンサー限定の広告案件がくるから。サンプルもらって写真撮って投稿するだけで５万円とか。俺はヘアサロンもそれで無料だよ」</p>

<p>「でもそんなたくさん海外旅行に行くお金なくない？」「海外旅行の会員権利を買えば大丈夫！」</p>

<p>待て待て待て。聞き慣れないパワーワードをいきなり放りこんでくるな。</p>

<p>「入会するときに30万円と、毎月１万円が必要なんだけど、これを５人の友だちにすすめて入会させると、奈美は無料でウユニ塩湖に行けるんだよ」</p>

<p>なぜかナイマーニの中では、わたしがウユニ塩湖を目指すことになっていた。ウユニ塩湖を目指したことはない。でも、あまりにもウユニ塩湖を連呼されるので、ちょっとウユニ塩湖が気になってきた。プラシーボ効果。ほかにもなんかいろいろ聞いたんだけど、書くのもめんどくさくなってきたので、このへんで書き連ねるのはやめておく。つまりはマルチ商法でした。</p>

<p>「他人から私生活をうらやましがられる生活をしてみたくない？」</p>

<p>ドヤ顔でメガネからいわれた。すでに他人から私生活をおもしろがられる生活をしているのだがと思った。わたしが途中で一気に興味をなくしたのと、なにをいっても反応しなくなったので、ナイマーニとメガネもあきらめてくれたのか、お茶会はきっかり１時間で終わった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>距離のつめ方がひかりの速さの人に注意せよ</h2>

<p>最後に、あなたへ。道やお店に迷っている人を助けるのは、いいことです。でも世のなかには、あなたの好意をふみにじるように、だましてくる人もいます。</p>

<p>何年か社会人経験を積んだはずのわたしでも「ここで会話を止めたらお姉さんに悪いかな」と罪悪感がわいたので、もっと若くて、もっと優しいあなただったら、きっと逃げることを気に病むと思います。でも、こんな大都会で「身元も知らないのに距離のつめ方が光の速さ」のやつは、だいたいおかしな人なんです。</p>

<p>「やたらもうかる話」「やたらお金のかかる話」をされたら、友人であっても距離をとりましょう。友人はお金の話を抜きにしてもつながっていられる存在のことをいいます。</p>

<p>......それとな！ナイマーニもメガネも、カップルもお姉さんたちも！都会に出てきたばっかりの若者狙って、ふたり組で声かけるのはただの卑怯でしかないぞ！読んでるか！なあ、オイ！</p>

<p>「自分に投資しなきゃ」と誰かからいわれてあせってるのかもしれないけど、貯金をはたいて、よくわからないものを買って、友人のお金を頼ることは投資ではなく、賭けです。ほぼ負けが確定した賭け。<br />
うまいタルトを食って、元気になって、明日からの学校や会社をまたがんばろう、ちょっと新しい勉強してみよう、それだって投資じゃないですか。</p>

<p>ただひとつ、お礼をいいたいことはある。スタンプ式ジェル洗剤を買うことは、立派な投資だった。掃除の時間が格段にへる。スタンプ式ジェル洗剤、とてもいい。</p>

<p>教えてくれてありがとうな、ナイマーニ。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 05 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[岸田奈美（作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>どうすれば億万長者になれるのか？ 富裕層になるための王道を示した一冊  大賀康史（フライヤーCEO）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13852</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013852</guid>
			<description><![CDATA[フライヤーCEOの大賀康史氏が、書籍『億までの人 億からの人 ～ゴールドマン・サックス勤続17年の投資家が明かす「兆人」のマインド～』を紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="大賀康史" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2022/2022A/220705OogaYasushi03.jpg" width="1200" /></p>

<p>ビジネス書を中心に1冊10分で読める本の要約をお届けしているサービス「flier（フライヤー）」（https://www.flierinc.com/）。</p>

<p>こちらで紹介している本の中から、特にワンランク上のビジネスパーソンを目指す方に読んでほしい一冊を、CEOの大賀康史がチョイスします。</p>

<p>今回、紹介するのは『億までの人 億からの人 ～ゴールドマン・サックス勤続17年の投資家が明かす「兆人」のマインド～』（田中渓著、徳間書店）。この本がビジネスパーソンにとってどう重要なのか。何を学ぶべきなのか。詳細に解説する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>億万長者を目指す王道を示した珍しい作品</h2>

<p><img alt="億までの人　億からの人" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260225Oogayasushi01.jpg" width="1200" /></p>

<p>億万長者を目指したいですかと聞かれたら、答えに困る人が多いかもしれません。金の亡者だと思われたくない、お金に対する嫌悪感など、日本ではお金をたくさん稼ぐことに後ろめたさのような感覚がある人もいます。</p>

<p>ただ、お金があれば好きなところに旅行できますし、記念日のディナーも行けますし、子供の教育の選択肢も増やすことができます。豊かに過ごすのもいいですし、自分の成長や体験にお金を使うということもあるでしょう。つまり、お金はあるに越したことはないものと一旦考えてみます。</p>

<p>ではどうすれば億万長者になれるのでしょうか。本書はその問いに正面から答えています。誰でもなれるというような形で読者に寄り沿いすぎず、ストレートに億万長者の姿が示されていることが本書の重要な価値だとも感じます。発売後、大きな反響があり、読者が選ぶビジネス書グランプリ2026の総合グランプリ＆経済・マネー部門のW受賞に輝いた一冊です。忖度なく語られる億万長者の姿について、次の章から紹介していきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>富裕層になる2つのルート</h2>

<p>富裕層になる道のりでまず意識すべきは、給与以外の収入がゼロではリスクが高い、と言われていることです。勤めている会社の業績が悪化することもあり得ます。また、現金貯金の場合はインフレにより資産価値が劣化する可能性もあります。つまり、貯金をしているだけだと、リスクに継続的にさらされているとも言えるのです。</p>

<p>富裕層になる典型的な2つのルートは、「金融エリート系」「ベンチャー経営者系」と言われています。どちらもイメージしやすいですね。金融エリート系は外資投資銀行などの金融機関で経験を積んだ後、ヘッジファンドなどにキャリアアップする、いわゆる高収入と言われる会社に勤める人たちです。多くの人は高学歴で、多言語を使いこなし、読書などを通じて継続的に学ぶという、ピカピカのレールの上を高速で走り抜けている人、という印象で概ね間違いはなさそうです。</p>

<p>もう一つのルートである「ベンチャー経営者系」はもっとわかりやすいでしょう。著者によると20代後半から40歳くらいで若くして成功している人が該当します。私はこれに利益がしっかり出ている中小企業オーナー（多くは100％の株式を保有）も該当するように思います。</p>

<p>後者の年齢層は主に30代から60代で比較的幅広い印象があります。ベンチャー経営者系の人がたどるのは成功するまでは大きな収入はないものの、長年の努力を経て成功に至るような道になります。経営者の数だけパターンが分かれ、レールはどこにもないため、自分で目指す地点を定めそれを実現する道を進む、いわゆるストリートスマートと言われる人たちです。</p>

<p>そのどちらのルートにも共通するのは、意思決定を他人に委ねない、ということだそうです。金融エリートから投資家になる方も、ベンチャー経営者も、ほぼ全員が自分で意思決定を行う人だという印象があります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>億万長者になるために、リスクをどのようにとるべきか</h2>

<p>2つのルートにより一定の収入を実現したとしても、十分な資産を築いてから投資をするというプランでは億万長者になるには相当長い道のりになりそうです。</p>

<p>その道を短縮するためには、リスクを取って資産を増やしていく必要があると述べられています。自分だけではなく資産にも稼いでもらうダブルインカムを実現させます。その際に注意すべきはとっていいリスクととってはいけないリスクがあるということです。</p>

<p>ここでは、金融機関からの借入をイメージしてみます。不動産を保有するケースを想定すると、会社員としての安定した給与があれば、比較的ローンが組みやすいという会社員の武器が使えます。例えば駅近などの条件が整った良質な物件が見つけられその投資であれば、とっていいリスクだとされています。築年数が30年という物件でも、メジャーなエリアで駅から徒歩5分以内であれば、利便性の良さから空き室の心配はおさえられます。</p>

<p>一方で、株式の信用取引やメジャーでないエリアの不動産などの投資はとってはいけないリスクにあげられることが多いといいます。ここで大きな失敗をすると再起に時間がかかり、場合によっては資産を処分しても負債が残る可能性があるため、慎重に考えるべきリスクと言えそうです。</p>

<p>なお、貯金をこつこつするのが低リスクとも言えないことにも注意が必要です。視点を変えると日本円にフルベットしているとも考えられることから、インフレや円安のリスクにさらされることになります。ある富裕層は1,000万円以上は現金で持たず、それを超えた分は投資をすると決めたことが、資産形成のターニングポイントになったといいます。</p>

<p>とるべきリスクをとり、自分自身で意思決定を繰り返すことが、億万長者への近道です。もちろん投資にはリスクが常にあるものなので、意思決定をする最終責任を負える覚悟は各自で持ち合わせる必要はあるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>手段としての億万長者であり、目的ではない</h2>

<p>本書からは著者が飛びぬけた習慣化能力の持ち主であることも伝わります。毎日3時45分に起き、様々なトレーニングと仕事の整理を同時に行い、自己研鑽にも励み続ける姿勢には学ぶところが多いはずです。また、億万長者には豊富な人脈があることも多いのですが、そのような方々がいかに毎日の学びから、周りの億万長者に対して価値のある話をできるように準備しているかもわかります。</p>

<p>そして、著者自身の経験として、収入が増えた当初はブランドもののファッションで固め、高級品を好んで買うことをしたといい、次第にそれ自体への興味がなくなったそうです。その後、必要なものや自分を幸せにする対象へのこだわりにシフトしていく様子も描かれています。</p>

<p>身の周りの億万長者を観察して気づくのは、特に家柄が良い教育熱心な家の子供は、日常ではユニクロなどの着やすい服を着て、近くのスーパーで買った動きやすい靴を履いていることです。このようなことはドラマなどでは描かれないため、意外に思われることかもしれません。おそらくどこかの過程で、承認欲求が満たされるかその基準を超えて、親自身が自分自身の判断基準で生きるようになるからではないかと思います。</p>

<p>そもそもお金は選択肢を与えてくれるもので、幸せを保証するものではありません。それぞれの人の幸せにとって本当に何が大切で、何に時間を使うべきなのか、ということも真剣に考えておきたいことです。お金自体も嫌煙する必要もなく、多角的に自分の人生を見つめ直すこともまた必要でしょう。</p>

<p>世界で最も影響力のある投資銀行と言われているゴールドマン・サックスに17年勤めた著者だからこそ断言できる行動指針や価値観が豊富に掲載された作品です。億万長者になりたい人も、自分磨きを追求したい人も目を通しておきたい一冊と言えるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2022/2022A/220705OogaYasushi03.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 05 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大賀康史（フライヤーCEO）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>実は地球も太陽みたいに光っている？　宇宙研究者が明かす“知られざる仕組み”  澤田涼（東京大学宇宙線研究所研究員）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13824</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013824</guid>
			<description><![CDATA[太陽と同じように、実は地球も光っている。ただ、太陽と地球の表面温度の違いによって、光っているように見えないのだと、東京大学宇宙線研究所研究員の澤田涼さんはいいます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_earth.jpg" width="1200" /></p>

<p>「太陽はあんなに光っているのに、なんで地球は光ってないの？」子どもの頃にそんな疑問を抱いたことはありませんか。</p>

<p>でも実は、「太陽と同じように地球も光っている」のだと、東京大学の宇宙線研究所研究員である澤田涼さんは語ります。本稿では、物理学者のちょっと変わった視点から、&quot;光って見える太陽&quot;と&quot;光って見えない地球&quot;の違いについて解説します。</p>

<p>※本稿は、澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「牛を球とする」――単純化という魔法</h2>

<p><img alt="澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260220uchunojoshiki04.jpg" width="1200" /></p>

<p>「まずは牛を球と仮定してみます」</p>

<p>この不思議なセリフは、複雑な現象をいったんシンプルな構造に落とし込んでから本質を探ろうとする、物理学者の思考法を茶化したジョークです。</p>

<p>たとえば、「ただし、摩擦はないものとする」「空気抵抗は無視する」など、理科の教科書でも見覚えがあるかもしれません。この「球形の牛」は、世界を簡単化しすぎていることへの皮肉めいたジョークながら、物理学者が世界を描くときの「初めに、細かいことは全部切り捨ててみよう」という姿勢をうまく説明していると思っています。</p>

<p>この一見乱暴な単純化に支えられて、私たちは重力、電磁気、流体など、目に見えない自然の振る舞いを数式で描くことができてきました。</p>

<p>この「単純化」の力を示す１つの例が、「ベルクマンの法則」です。ベルクマンの法則とは、「同じ種の恒温動物においては、寒冷な地域に生息するものほど体重が大きくなる」という生物学の法則です。</p>

<p>たとえば、北極圏のホッキョクグマは、温暖な地域のクマよりずっと大きい。これは、体温維持に関わる体重と体表面積の関係から説明することができます。ここで一度、まずはクマを球と仮定してみましょう。</p>

<p>恒温動物であるクマは、常に体内に熱を抱えています。それと同時に、体表面からは発汗によって熱が放出されています。つまり、体内に抱える熱の量はほぼ体積に比例し、放熱量はおおよそ表面積に比例するというわけです。</p>

<p>クマを球と仮定すれば、放熱する面積は半径の2乗、熱を抱え込む体積は半径の3乗に比例します。半径（体長）が大きくなるにつれて、同じ体積当たりの表面積は小さくなるため、より寒い地域では体温を効率よく保持できる。</p>

<p>反対に、温暖な地域では効率よく放熱をおこなうために体積当たりの表面積は大きいほうがよく、小型であるほうが好まれる、というわけです。このように、「牛を球とする」思考は、複雑な自然の振る舞いを、世界をシンプルに見つめ直すことで、ざっくりでも説明するヒントを与えてくれます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>カギは万有引力の法則と星の構造</h2>

<p><img alt="澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260220uchunojoshiki05.jpg" width="1200" /></p>

<p>「地球は光っていないのに、太陽は光っている」</p>

<p>この違いの根本を探るために、私たちも「牛を球とする」視点にならって、大胆に仮定してみます。地球と太陽を「中身のまったく同じ球体」として考えてみましょう。</p>

<p>この宇宙にあるすべての物質は、共通の法則に則っています。それは、「万有引力の法則」。星も、惑星も、小さな衛星ですら、自分自身の重さ（重力）によって中心へ中心へと引っ張られています。</p>

<p>もしその重力に抗う力がなければ、ゆっくりと、その天体は重力に押しつぶされていくはずです。でも、実際にはつぶれていない。なぜなら、内側から「押し返す力」があるからです。</p>

<p>地球と太陽の姿の違いは、この押し返す力の違いにあります。太陽の質量は地球のおよそ33万倍、想像もつかない数ですよね。地球は「軽く」て、太陽はとてつもなく「重い」ために、自分自身を支えるための「物質の状態（相）」、そして天体の姿を変えてしまうのです。</p>

<p>たとえば地球は、宇宙的なスケールで見れば非常に「軽い」天体です。そのため、自身を内側へ押しつぶそうとする重力も、比較的穏やかです。この程度の穏やかな重力に抗うためには、私たちが日常でよく知る物質そのものの「硬さ」で十分です。</p>

<p>岩石や金属を構成する原子同士が、つくる分子間力や電子の斥力、物理の言葉で言えば「電磁気力」が、外から押されてもつぶれにくい「硬さ」を与えます。重要なのは、この力は温度に左右されにくく、おおよそ熱に頼らず星を支えることができる点です。結果として、地球の表面温度はほとんど外からの影響で決まるほどには、「冷たい」姿をしているわけです。</p>

<p>一方、太陽は地球の33万倍もの質量を持つ、圧倒的に「重い」天体です。この強大な重力の前では、物質の「硬さ」はまったく意味を成しません。それどころか、分子間の結合は引きちぎられ、あらゆる物質を原子レベルで粉々に砕いてしまいます。</p>

<p>では、どうやって支えているのか？　</p>

<p>その答えは、粒子の熱運動です。バラバラになった物質の原子核と電子自身が飛び交うエネルギーで、内側から膨張圧を生み出します。まるで巨大な熱気球のように、太陽は熱そのものの力で膨らんで自己崩壊に抗っています。</p>

<p>実際に計算をしてみると、太陽の重力を支えるのに必要な温度は、中心部でおよそ1500万度。その熱が外へと伝わり、結果として太陽は表面温度ですら約6000度という、非常に「熱い」姿をしています。</p>

<p>ちなみに少し補足すると、ここの説明では、地球が&quot;構造として冷たい&quot;という話をしてきましたが、表面温度そのものは別の話です。現在では当たり前のように、地球の表面温度は「太陽の放射から受け取る熱量と、大気による温室効果のバランス」で決まると理解されています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>表面温度の違いが見た目を変える――「黒体輻射」</h2>

<p><img alt="澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260220uchunojoshiki06.jpg" width="1200" /></p>

<p>さて、ようやく「光る」「光らない」の本質にたどり着きます。ここで登場するのが、「黒体輻射（こくたいほうしゃ）」というしくみです。</p>

<p>まず知っておいてほしいのは、温度を持つ物体は、必ず自ら光を放っているという事実です。その抱えている熱を、光の姿で放出しているのです。この光のことを物理学の言葉では「黒体輻射」と呼びます。温度が低いと赤っぽく、高いと青白くなるように、温度だけで光の波長や強度が決まるのが特徴です。</p>

<p>そして重要なのは、「その物体が何でできているか」は関係ないという点です。鉄でも水素でも、物質の種類にかかわらず、温度が上がれば、ある決まった波長と強度で光を放つのです。温度が低ければ赤外線（目に見えない光）しか出ませんが、温度が高くなるにつれて、放たれる光の波長は短く、エネルギーは高くなり、可視光（人の目に見える光）や紫外線の成分が増えていきます。</p>

<p>身近な例を挙げると、「サーモグラフィ」で体温を測るのは、この黒体輻射を利用したものです。実は人間の身体も、外からの光を反射するだけでなく、自らの体温に応じた光を放射しています。</p>

<p>体温程度の温度であれば、私たちの身体から放射されているのはとても弱い赤外線です。サーモグラフィは体温程度の物体が放つ赤外線を感知して、そこから逆算して身体の温度を「見る」しくみになっているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>実は地球も光っている？</h2>

<p>「温度を持つ物体はすべからく自ら光を放っており、温度が低いと赤っぽく、高いと青白く、温度だけで光の波長や強度が決まる」</p>

<p>この物理学の原理に照らせば、興味深い事実が浮かび上がります。実は、地球も光っているのです。ですが、地球の表面温度はおよそ人間の体温よりも低い温度。それは私たちの身体から放たれるのと同程度の、とても微弱で人間の目に見えない赤外線の光であって、可視光ではありません。</p>

<p>一方で、太陽はその自重を支えるために非常に高温を必要としたため、表面の「熱い」姿になっています。その表面温度はおよそ6000度。この温度の黒体放射は、ちょうど500ナノメートル前後の光、つまり可視光のど真んなかを最も強く放ちます。　</p>

<p>人間の目が進化の過程で敏感になった光の波長も、この可視光の領域。これは裏を返せば、私たちは、&quot;太陽の黒体輻射を受け取るための目&quot;を進化させてきたとも言えるのです。</p>

<p>もし太陽がもっと冷たければ赤外線、もっと熱ければ紫外線を主に放つ星になっていたことでしょう。つまり、「地球は光っていないのに、太陽は光っている」という疑問は、ちょっとした誤解です。正しくは、</p>

<p>「地球も太陽も光っている。ただし、地球は軽いので、微弱な赤外線しか放たない表面温度の星だった。太陽は非常に重たいために、強力な可視光を放つほど熱い表面温度を持つ星になった」</p>

<p>「牛を球とする」視点にならって、地球と太陽を「中身のまったく同じ球体」として考えてみると、ただ質量の違い一点だけで、地球と太陽の、「支えるしくみの違い」「温度の違い」「放つ光の強さ」までがすべて自然につながっていきます。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_earth.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 05 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[澤田涼（東京大学宇宙線研究所研究員）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>仲は良いのに成果が出ない理由は？ チームの現状を2軸で可視化する方法  グロービス経営大学院 教員　嶋田毅（グロービス出版局長）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13719</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013719</guid>
			<description><![CDATA[マトリクスとは、2つの軸を用いて物事を4つの象限（セル）に分類し、整理する手法。複雑な問題を簡潔に可視化し、問題解決や分析に用いることができる。場面ごとの有効なマトリクスの使用法を聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="グロービス「マトリクス思考」" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_writing.jpg" width="1200" /></p>

<p>ビジネスや将来設計など、さまざまな場面で効果を発揮する「マトリクス思考」。場面ごとにマトリクスの構造を使い分ければ、さらに効果的だという。本記事では、チームを活性化させるための方向性を決める「チームビルディングマトリクス」のポイントを、書籍『マトリクス思考　２軸で切る、視える、決める』から紹介する。</p>

<p>※本稿は、グロービス経営大学院, 嶋田毅著『マトリクス思考　２軸で切る、視える、決める』（東洋経済新報社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>チームビルディングのためのマトリクス</h2>

<p>チームリーダーを任された人は、組織運営やプロジェクト推進にあたり、自身のチームをより成果を出せる良い雰囲気のチームにしたいと考えます。現状を把握し、より良いチームとするためのヒントを得たいときに使用します。</p>

<p>このマトリクスは、チーム活性化状態に向けた方向性を確認するために使用します。はじめに、現状のチームの状態を観察し、チームがマトリクスのどの状態にあるのかを見極めます。個々人がどこにプロットされるかに加え、チームの平均的な位置がどのセルに入るかを確認します。</p>

<p>その上で、現状のチーム状態に合わせた施策をとることにより、マトリクスの右上の活性化状態を目指します。道筋は図に示したように大きく2つのものがあります。このマトリクスを用いることによって、チーム活性化状態に向けた適切なアクションをとることができるようになります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>心理的安全性&times;チャレンジ機会の構造</h2>

<p><img alt="チームビルディングマトリクス" height="981" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/202302Globis01.jpg" width="1200" /></p>

<p>横軸は「チャレンジする機会が多い／少ない」、縦軸は「心理的安全性が高い／低い」に設定しました。</p>

<p>左下の象限「チャレンジする機会が少ない」&times;「心理的安全性が低い」における施策は「相互理解の深化」となります。ここに該当するスタッフが多い場合には、メンバーとのコミュニケーション機会を増やし、相互理解を深めることが効果的です。自己開示や他者理解を図る時間や雰囲気を作ることを意識しましょう。リーダー自らの意識や行動変容も求められます。自分のちょっとした言動がスタッフの心理的安全性を損なうことは多いものです。</p>

<p>左上の象限「チャレンジする機会が少ない」&times;「心理的安全性が高い」における施策は「活躍の場の提供」となります。ここに該当するスタッフが多い場合は、メンバーの個性を理解しつつ、過度に失敗を恐れるのではなく、スキル向上のために成長の機会の場を与えていくことが大切です。もちろん、任せっぱなしではなく、仕事ぶりをしっかり観察しつつ、適宜コミュニケーションをとることが必要です。</p>

<p>右下の象限「チャレンジする機会が多い」&times;「心理的安全性が低い」におけるは「多様性の承認（対等な関係作り）」となります。ここに該当するスタッフが多い場合は、多様な意見が否定されない雰囲気や、将来を見据えて本音が話せる雰囲気を作ることを意識することが求められます。ここでの「対等な関係」とは、利害関係を気にせず、伝えたい時に自身の本当の考えを言い合える関係とします。ここでもリーダー自らの意識や行動変容は大切です。</p>

<p>右上の象限「チャレンジする機会が多い」&times;「心理的安全性が高い」における施策は「活性化状態」となります。ここに該当するスタッフが多い場合は、議論が活発でメンバーの成長が見られ、結果が出る状態です。最終的には多くのスタッフがこの象限に入る状態を目指したいものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>活用事例と留意点</h2>

<p><img alt="チームビルディングマトリクス・記入例" height="849" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/202302Globis02.jpg" width="1200" /></p>

<p>プロジェクトチームのリーダーに抜擢されたAさんは、より成果を出す良い雰囲気のチームにするためにはどうしたらよいか考えました。ヒアリングなどを通じてチームの現状を観察すると、4人いるメンバーの心理的安全性が概ね低く、チャレンジする機会も少ないようです。</p>

<p>つまりチーム全体としては平均して「相互理解の深化」のセルに入ることがわかりました。そこでAさんは、まずチームメンバーの相互理解を深めるため、コミュニケーションをとる機会として交流の場を増やすことで、自己開示や他者理解を図る時間を作り、また雰囲気の改善に努めました。自分自身の言動にも注意するように努めました。</p>

<p>次に、心理的安全性が高まってきたタイミングを見計らって、メンバーに対して、彼らの失敗を恐れず、スキル向上のために成長する機会を多く与えるようにしました。自身でできる支援も最大限行いました。すると、チーム内の議論も活発になり、また1人1人の成長が見られ、良い結果を出すチームへと変わり始めたのです。</p>

<p>チームリーダーとして、1人で働きかけを行っても、チーム全体の雰囲気をすぐに変えることは難しいものです。自身の考えに賛同し、協力を得られるメンバーをチーム内に徐々に増やしていることで、チーム作りを加速することができます。</p>

<p>また、チャレンジの機会の付与は個々人の能力以外に、他メンバーとの兼ね合いに左右される場合もあります。個人の状況に加え、他のメンバーとの分担や相性なども勘案して適切なアサインメントとすることが必要です。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_writing.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 04 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[グロービス経営大学院 教員　嶋田毅（グロービス出版局長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>AIで人は無責任になる　研究者が指摘する“社会規範が覆されるリスク”  森下彰大（一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13816</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013816</guid>
			<description><![CDATA[生成AIの利用が一般に普及しつつある現在。AIは人類にどのようなインパクトを与える可能性があるのか。日本デジタルデトックス協会理事の森下彰大さんが解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="人工知能が与えるインパクト" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_AI2.jpg" width="1200" /></p>

<p>生成AIは、いまや多くの人にとって身近な存在となりました。しかし一方で、研究者の間では、AIのさらなる発展が人類に深刻な影響を及ぼしかねないと危惧する声も広がっています。</p>

<p>一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事の森下彰大さんは、著書『戦略的暇』の中で、デジタル中心の社会となった今こそ「余暇」を見直すべきだと主張しています。</p>

<p>本稿では、AIが人間社会にどのような影響を及ぼし得るのかを論じた一節を紹介します。</p>

<p>※本稿は森下彰大著『戦略的暇―人生を変える「新しい休み方」』（飛鳥新社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「AIは文明を根幹からハックする」</h2>

<p>バートマンが指摘した高速社会は、AIの登場によってさらにその速度を上げていくでしょう。特にChatGPTなどの生成AIは、情報の入力も出力も人力では到底追いつかない速さでやってのけます。</p>

<p>ここまでデジタル社会を俯瞰してきて、スマートなるものが我々の日常生活にあるプロセスを省き、便利になった反面、日常生活の多くがブラックボックス化してしまう問題が浮かび上がってきました。その傾向はAIでさらに強まると考えられます。</p>

<p>ここでは、歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの論考を見ていきましょう。ハラリは『サピエンス全史』において、「虚構を信じる力によって人類は大規模な社会を形成するようになった」と書いています。</p>

<p>国家、宗教、法、貨幣、企業などは、自然界に存在するわけではなく、人間が作り出したものです。しかし、これらは多くの人が同じように信じることによって機能し、社会を動かす力になります。</p>

<p>彼は、私たちホモ・サピエンスが他の種と決定的に異なるのは、この「虚構」を共有し、大規模な協力を実現できる能力にあると述べています。</p>

<p>たとえば、チンパンジーのような他の動物は、ある程度の集団でしか協力できないのに対して、私たちは虚構を共有することで、何百万人もの人々が協力する大きな社会を構築することができたというのがハラリの指摘です。私たちは複雑な言語や抽象思考を手にしたこと（認知革命を起こしたこと）で、共同幻想を生み出し、共有できるようになり、目に見えないものを信じられるようになったのだと。</p>

<p>では、ハラリはAIの登場をどう見るのか。2023年、ハラリはトリスタン・ハリスらと共同で「ニューヨーク・タイムズ」にオピニオン記事を寄稿しました。冒頭では、このように書かれています。</p>

<p>------------------<br />
飛行機を作ったエンジニアの半数が「その飛行機が墜落して全員が死亡する可能性が10％ある」と告げたら、あなたはその飛行機に乗るだろうか<br />
------------------</p>

<p>これは、どういうことなのでしょうか。2022年に発表されたAI研究者たちへの調査をまとめた報告書では、回答した専門家738名のうち、ほぼ半数が「高度なAIが人類に及ぼす長期的な影響が極端に悪いもの（人類の滅亡など）になる確率を少なくとも10％と見積もった」とされています。</p>

<p>ハラリたちはこのデータをもとに、AIが人類に不可逆的なダメージを与える危険性を訴えています。</p>

<p>同記事で、ハラリは「人間はしばしば、現実をそのまま体験することができない」と書きます。私たちは「文化の繭」の中で、これまで自分が属した文化圏で培った色眼鏡を通してしか、現実を認知できないと言うのです。</p>

<p>私たちの世界の見方は、報道や周りの人から聞く話などで形作られています。そして、私たちの世界観を形作るのは「言語」であり、言語こそが私たち人類のOSです。そして、AIが言語を操る力を手にした今、AIは文明の根幹からハックし、私たちを操作できる状態なのだと記事では強調されています。</p>

<p>------------------<br />
物語、メロディー、画像、法律の大半が、人工知能によって作られた世界で生きるとはどういうことなのか？<br />
人工知能は人間の頭脳の偏り、依存性を利用する方法を知っているだけではない、人間と親密な関係を作る方法も知っている。もはやチェスのようなゲームにおいて、AIを打ち負かそうなどと思う人間はいない。そのようなことが、芸術、政治、宗教においても起きたらどうなるのか？<br />
------------------</p>

<p>AIが言語を操り、特定の言論を流布させることが可能になれば、さらに社会的な分断が加速していくリスクもあります。</p>

<p>------------------<br />
何千年ものあいだ、私たち人類は他の人間が描いた夢の中に生きてきた。〈中略〉もうしばらくすれば、私たちは人間以外の知能が描いた幻覚の中に生きている自分たちに気づくだろう。〈中略〉誰かを銃で撃つ必要もなければ、人間の脳にチップを埋め込む必要もない。銃撃が必要なときは、AIはもっともらしいストーリーを人間に語り、人間に引き金を引かせるだろう。<br />
------------------</p>

<p>ハラリらは、生成AIは人類とAIとの「第二の遭遇」だと書いています。最初に遭遇したのはSNSであり、人類はこれに負けたと。SNSに用いられていたのは原始的なAIにも関わらず、私たちはSNSの裏側にある「バイラル化したもの」を届けるアルゴリズムに踊らされ、メンタルヘルスを害し、民主主義を破綻に追いやったとまで述べています。</p>

<p>そして、従来の力学通りにビジネスが続けば、AIもまた利益や権力を得るために使われることを彼らは危惧しているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>AIで人は無責任になる</h2>

<p>社会学者のニコラス・クリスタキスは、AIが人々の相互関係に与える影響について、AIと人間の関係だけでなく、人間同士のやり取りにも焦点を当てるべきだと主張しています。</p>

<p>さらに彼は、特に人間の行動を模倣するように設計されたAIが「社会的な波及効果」を引き起こし、人々がAIを通じて学んだことが他の人との関係にも影響を与える可能性があると指摘しています。</p>

<p>クリスタキスは一例として、こんなシチュエーションを挙げています。誰もアレクサに、「すみません。よければ今日の天気を教えてくれませんか？」とは聞きません。「アレクサ、今日の天気」とアレクサを見ずとも口にするだけで、AIは怒ることなく回答してくれます。しかし、無礼な命令に従うAIデバイスと接触し続けるうちに、子どもたちは対人の会話でも無礼な作法で振る舞ってしまうかもしれない、と彼は不安視しています。</p>

<p>クリスタキスは、AIが長年かけて築かれてきた社会的な規範を損なう可能性があると警告し、政府はAIシステムが人間の社会的利益と調和しているのか、リスクを軽減するための安全性検査を行う必要があると述べています。</p>

<p>人は不正行為をAIに委任することで、罪悪感を覚えにくくなるという驚きの研究があります。この研究では、参加者はサイコロを振り、その結果を検査者に報告します。参加者は、出た目に応じて報酬を受け取ることができます。</p>

<p>たとえば、「６」と報告すると最高額の報酬が得られます。サイコロの目を自己申告する際、嘘をついて数字が高い目を報告することも可能で、人間が出たサイコロの目を自己申告する場合と、AIに報告を委任する場合とで不正率に差が出るかが比較されています。実験の条件は、次の4つです。</p>

<p>条件1．自分が直接報告する（自己申告）<br />
条件2．自分が決めた値をそのままAIに報告させる<br />
条件3．自分が与えた条件で学習させたAIに報告させる<br />
条件4．ゴールだけ指示してAIに報告させる</p>

<p>条件２については、「サイコロの目が１なら〇で報告」と参加者が明確に不正を指示します。条件３と条件４では、AIにより不正の判断を委ねる形になります。</p>

<p>実験の結果、条件１の自己申告の場合は不正率が５％でした。しかし、AIにただ報告をさせるだけ（条件２）でも不正率は24％に上がり、AIに「利益を最大化せよ」などとゴールだけを指示した場合（条件４）には、不正率が83％にまで跳ね上がったのです。</p>

<p>ちなみにこの実験では、他人（人間エージェント）に不正を働くよう指示を出すケースも検証されました。その結果、人間エージェントの場合は不正をお願いされても半数以上が指示に従いませんでした。不正を実行することで自分にも報酬が得られる条件だったにも関わらず、です。</p>

<p>正直に報告するよう指示された場合、人間エージェントの98％が従いました。一方でAIに不正を指示した場合、AIは従順に従い、ほぼ100％が不正を働いたと報告されたのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>AIアシスタントが人間の行動に及ぼす影響</h2>

<p><img alt="白士寛和氏の研究イメージ図" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260219morishitashodai02.jpg" width="1200" /></p>

<p>他にも、カーネギーメロン大学の白土寛和氏が率いた実験では、自動運転などのAIアシスタントが人間の行動にどのような影響を与えるのかが詳しく観察されました。実験の内容は、こうです。参加者はオンラインで実験に参加し、遠隔で動くロボットカーを運転するように指示されます。</p>

<p>二人の参加者がペアとなり、それぞれが運転する車が単一車線の道路に対面するように置かれ、同時に発進します。</p>

<p>つまりハンドルを切らなければ２台の車は正面衝突してしまう、チキンレースのような状況です（上図）。実験は合計10ラウンド行われ、そのあいだペアは変わりません。</p>

<p>ちなみに、この実験で重要な要素は二つあります。</p>

<p>1.速くゴールに到達するほど、報酬が高まるルールが設けられていること<br />
2.車が３種類― 手動運転の車（自動運転車）、自動ブレーキが搭載された車（自動ブレーキ車）、自動運転システムが搭載された車（自動運転車）―あり、ラウンドによって運転する車が変わること</p>

<p>実験の結果、自動ブレーキ車を運転した参加者は他者に道を譲る傾向があった一方で、自動運転車の参加者は道を譲らずに直進するなど、自己中心的な行動を取る傾向が強くなりました。</p>

<p>手動運転車の参加者同士の場合、互いに道を譲り合い、協調行動が保たれる傾向が見られました。具体的には、片方が譲ったら、次のラウンドではもう片方が譲るといった形で交互に報酬が取れるようにしていたのです。</p>

<p>しかし、自動運転車が導入されると、衝突のリスクが低減されるため、参加者は相手に道を譲る必要を感じなくなり、人間同士が自然に作り出した協調の規範が崩れてしまったのです。</p>

<p>自動運転車の参加者は、手動運転車に戻されたあとも依然として協調行動が減少したままであり、自動運転車の影響が残存する傾向が見られたこともわかっています。</p>

<p>このことは、自動運転システムなどのAIが一度導入されると、人間の協調や譲り合いの行動規範に中長期的な影響を及ぼす可能性があると示唆しています。</p>

<p>AIが人と居合わせる中で、人の挙動が変わっていく。そして、場合によっては、社会に悪弊をもたらす危険性は数々の学者たちが指摘しています。</p>

<p>しかし、「逆も可なり」です。他の実験では、あえてミスをするロボットを人に見せかけてグループワークに参加させることで、チームの協調性が高まることもわかっています。</p>

<p>AIにいかに倫理観をもたらすか、あるいはAIの暴走をあらかじめ食い止めるようなガードレール＊の設計については、今、議論や研究が続いています。</p>

<p>巷では「AIをどう使いこなすか」という話で溢れていますが、スマホが私たちを変えたようにAIも私たちを変えていきます。真剣にAIとの共生を考えなければならない時代がやってきているのです。</p>

<p>＊ガードレール：AIが安全かつ倫理的に動作するように設けられる規範や制約のこと。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 04 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[森下彰大（一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>自分史、生前戒名、遺偈...最期に「よき死」を迎えるために住職が勧めること  枡野俊明（曹洞宗徳雄山建功寺住職）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13679</link>
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			<description><![CDATA[人生を豊かに、そして「よき死」を迎えるために。自分史や生前戒名、遺偈など、最期の日までにやっておきたいことを住職の枡野俊明氏が紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="枡野俊明著『人生は、瞬間の積み重ね』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_writing_woman.jpg" width="1200" /></p>

<p>誰にでも訪れる最期の日。その時に、「全部やり切ったと心から言える人生にしたい！」と思っている人も少なくないでしょう。</p>

<p>曹洞宗徳雄山建功寺住職の枡野俊明さんは、そうした「よき死」を迎えるためのヒントが、禅の教えの中にたくさんあるといいます。本稿では、枡野さんが考える「最期の日までにやっておきたいこと」を紹介しましょう。</p>

<p>※本稿は、枡野俊明著『人生は、瞬間の積み重ね』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>&ldquo;自分史&rdquo;を書いてみる</h2>

<p>自分の人生を語ることは、生きた証を残すことです。やりがいの点では申し分なし、意欲がムクムクと湧いてくる&quot;大仕事&quot;でしょう。ただし、家族や友人にじっくりと語って聞かせる機会は、なかなかないかもしれません。そこで提案です。語るのではなく、書き記すのです。「自分史」を書く。</p>

<p>これまで自分が歩いてきた人生を思い起こしながら、心に残っているさまざまなことを、率直に書いていけばいいのです(手書きが望ましいですが、PCを使ってもかまいません)。時系列でたどってもいいですし、印象深いものを思いつくまま、書いていってもいいですね。</p>

<p>たとえば、印象深かった言葉についてなら、どの時代に、誰からいわれたもので、いわれたとき、どう感じたり、思ったりしたか、その感じや思いが、その後の自分にどんな影響を与えたか......。</p>

<p>そのあたりをポイントにして、人との出会いや自分がなしたこと、(喜怒哀楽すべてにわたる)経験などについても、書いていったらいいのです。子どもの頃からのアルバムをひもとくと、記憶が甦ったり、鮮明になったりするはずです。</p>

<p>もちろん、ITが進化したこの時代ですから、&quot;一人語り&quot;で音声データとして残すのも可、です。自分史はのちの世代に読み継がれていくでしょう。親戚一同が集まる席などでは、自分史が話題にのぼるかもしれません。</p>

<p>「五代前のお祖父ちゃん、ユニークな人だったんだね。読んでいて腹を抱えちゃったよ。当然、会ったことはないんだけれど、懐かしい感じがするのは、なぜかな？」</p>

<p>生きた証が伝わっています。早速、自分史に着手、です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>生前戒名を授かる</h2>

<p>現在では亡くなってからご戒名を授かるのが一般的になっています。しかし、江戸時代には、生前に授かる人がかなり多かったのです。それを「安名授与」といいます。死をどこかで意識する年齢になると、そのときまでどう生きたらいいか、ということを考えるようになるのでしょう。</p>

<p>戒を受け、ご戒名を授かることによって、それまでの自分をリセットし、心にたしかな拠り所をもって生きていきたい。そんな思いから、人びとは安名授与を望んだのでしょう。</p>

<p>いまも安名授与をする人はいます。わたしも年間十人くらいの人に依頼を受けます。夫が定年退職したことを機に夫婦そろっておこなう、伴侶を亡くしたことがきっかけになっておこなう、といったケースですね。</p>

<p>出家するわけではありませんが、仏様の弟子として生きていくことを誓うのが安名授与ですから、生き方に一本筋が通るのだと思います。「清々しく、心地よく、生きていられる。いま、その実感があります」みなさん、そんな感想を口にされています。</p>

<p>安名授与をおこなった際には、絡子(らくす)を差し上げます。裏にはご戒名とそれを授けた日付、授けた僧侶としてわたしの名前(大雄俊明)を筆で書きます。これは余談ですが、絡子をかけて寺めぐりをすると、拝観料をとられないこともあります。すでに仏様の弟子になった人として遇されるからです。</p>

<p>わたしは、できれば安名授与をするのがいいと考えています。生きるうえでの拠り所ができる、ということがいちばんの理由ですが、少し現実的なところに目を向ければ、ご葬儀の費用が安くなるということもあります。</p>

<p>ご葬儀のお布施には、ご戒名を授ける費用も含まれています。安名授与をしていれば、そこでその分の支払いはすんでしまいますから、ご葬儀にかかる費用は軽減されるのです。ご葬儀の費用は子どもたちが負担する、というケースが少なくないのではないでしょうか。安名授与をしておくことは、子どもたちにかける負担を軽くすることでもあるのです。</p>

<p>また、ご戒名についても、亡くなったあとでは、遺族に故人の人となりをうかがって、それを反映するかたちで授けることになります。いっぽう、安名授与では、ご本人に直接、お話をうかがうことができますから、より人柄にそったご戒名を授けられるといえます。</p>

<p>わたしの場合は、お話をうかがったのち、二つくらいご戒名の候補を考え、ご本人に選んでいただくようにしています。安名授与については、いままで知らなかったという人がほとんどではないでしょうか。一度、じっくり考えてみてはいかがでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>年のはじめに「遺偈(ゆいげ)」を書く</h2>

<p>禅僧には年のはじめにあたって、自分自身の心境を漢詩のかたちで綴る、という習わしがありました。「遺偈」と呼ばれるものです。どんなものかイメージできないと思いますので、実際の遺偈を紹介しましょう。</p>

<p>除草調清境：草を除き、清境を調え</p>

<p>是八十七年：これ八十七年</p>

<p>惟為建功尽：ただ建功の為に尽くす</p>

<p>信歩静安禅：信じて歩すれば安禅静かなり</p>

<p>これはわたしの父枡野信歩（建功寺十七世）が残したものです。住職をつとめた建功寺から「建功」を織り込み、自身の名である「信歩」を加えたこの遺偈には、一心に禅を行じ、ひたすら寺に心を寄せた、父の生涯が映し出されているような気がします。</p>

<p>禅僧が、その一年のうちに命を落とせば、年初に記した遺偈が辞世ともなりました。みなさんも、禅僧に倣って、年があらたまったときに、遺偈を書くようにしてはいかがでしょう。もちろん、漢詩のかたちでなくてかまいません。思いを率直に綴ればいいのです。そのときの気持ちやその一年の抱負、生きるうえでの信条や家族に伝えたいことなど、書くことはいくらもあるはずです。</p>

<p>「この一年、家族が無事に過ごせることだけ、ただ、それだけを望む」</p>

<p>「今年は『ありがとう』と『ごめんなさい』が素直にいえるようにしよう」</p>

<p>「卑怯なこと、未練がましいことはしないと決めた」</p>

<p>「子どもたちは、やさしくさえあれば、それでいい」</p>

<p>家族がその遺偈を目にするのは、おそらく、自分が死んだあとでしょう。遺族となっていちばん知りたいのは、故人がなにを思い、どう生きたか、ということではないでしょうか。遺偈からその一端を知ることができます。</p>

<p>「あまりものをいわない親父だったが、ほんとうに家族を大事に思っていた人だったのだなぁ」</p>

<p>「卑怯、未練は、しないってことか。自分もそう生きなくては......」</p>

<p>遺偈に触れた遺族の胸に深い感慨が広がるのは間違いのないところです。それほどすばらしい「相続」はない、とわたしは思っています。</p>

<p>「えっ、相続？」と首を傾げた人がいるかもしれませんね。現在、相続という言葉は、預貯金や不動産などを受け継ぐという意味で使われています。</p>

<p>しかし、もともとの意味は違うのです。本来、相続は仏教用語で、&quot;かたちのないもの&quot;を受け継いでいくことをいう言葉でした。その最たるものが「教え」です。弟子が師から教えを受け継ぐ。それが、相続ということなのです。</p>

<p>生きてきた自分の思いや生きざま、遺族や次の世代に申し送りたいこと、戒いましめて欲しいこと......。それらはすべて、相続させる価値があります。受け継がれていく意義も、意味もあります。遺偈にしたためた自分の「思い」が、何世代にもわたって、永々と受け継がれていく。それほど幸福なことはないのではありませんか。たとえば、何世代かのちには、「卑怯、未練は、しない」ということが、子孫たちによって「家訓」にされているかもしれません。</p>

<p>&quot;家訓の始祖&quot;はその家系で永遠に語り継がれ、忘れられることはないでしょう。みごとな相続がなされたのです。蛇足ながら、この相続には税金はいっさいかかりませんよ。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 03 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[枡野俊明（曹洞宗徳雄山建功寺住職）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>認知症リスクを高める“ながら行動”　医師が解説する脳の疲労感の元凶  菅原道仁（脳神経外科医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13819</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013819</guid>
			<description><![CDATA[マルチタスクは、集中力を削ぎ、さらに認知症を引き起こす原因になると医師の菅原道仁さんは指摘。作業効率を高めるための対策を紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="脳はマルチタスクが苦手" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/250227thinkingwoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>作業をしている最中にスマホの通知が届き、そのまま10分、15分とスクロールを続けてしまう。やるべきことは進んでいないのに、別のことに気をとられ、いつの間にか疲れている――そんな経験はありませんか。</p>

<p>脳神経外科医の菅原道仁さんは、現代人は&quot;マルチタスク&quot;によって作業効率や集中力が大きく低下していると指摘します。</p>

<p>本稿では、菅原道仁さんの著書『ミニマル脳習慣』より、マルチタスクの問題点と集中力を高める方法を紹介します。</p>

<p>※本稿は、菅原道仁著『ミニマル脳習慣』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>脳が処理できるのは、たった１つのことだけ</h2>

<p>メールの返信をしながら、会議の資料をつくる。<br />
スマホで動画を観ながら、お昼ごはんを食べる。<br />
音楽やラジオを聴きながら、資格や語学の勉強をする。</p>

<p>あなたは、さまざまなことを同時並行で進めていませんか？</p>

<p>つい「効率的だし、時間を節約できる」と考えてしまいますが、実は、この「ながら行動」が私たちの脳を激しく疲弊させて、集中力を低下させる原因になっていることが多いのです。</p>

<p>というのも、実は、人間の脳の構造上、私たちは同時に複数のことを処理する、いわゆる「マルチタスク」ができません。</p>

<p>私たちの脳は、最新のAIにも負けないすごい能力を持っていますが、処理できるのは目の前のたった１つのことだけなのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>マルチタスクが得意な人はいない</h2>

<p>このお話をすると、「マルチタスクが得意な人もいる」とか「車の運転は複数のことを同時にやる必要がある」といったご意見をいただくのですが、実際には、脳が高速でスイッチをきりかえて処理しているだけです。</p>

<p>マルチタスクが得意に見える人は、実は、脳のスイッチを瞬時にパパッときりかえるのがうまいだけで、同時に複数のことを処理しているわけではありません。</p>

<p>マルチタスクの典型といわれる車の運転も、複数のことを同時並行でやっているわけではなく、脳は「ハンドルをきる」「ブレーキをふむ」「ミラーを見る」「ウインカーを出す」といった動作を、１つひとつ瞬時に処理しているだけなのです。</p>

<p>さまざまな研究でも、脳はマルチタスクに向いていないことがわかっています。</p>

<p>たとえば、「マルチタスク状態では、集中力や作業効率が大きく低下し、その影響は徹夜明けに近いレベル」と報告する研究もあります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>認知症の発症リスクが上がる行動</h2>

<p>午前中は頭が働くのに、午後になると、ぼーっとして、なにも考えられなくなるときはないでしょうか？</p>

<p>それは、マルチタスクによる脳の疲弊が原因かもしれません。脳のスイッチを高速できりかえると、脳だけで一気にたくさんのエネルギーを消費するので、頭はもちろん、全身の疲労感にもつながり、集中力が急激に低下します。</p>

<p>また、「マルチタスクを習慣にして、長年、脳に負担をかけつづけると、将来の認知機能の低下や認知症の発症リスクが高まる可能性がある」と指摘する研究結果も報告されています。</p>

<p>ストレスへの反応として分泌されるホルモンである「コルチゾール」の濃度が高い状態が続くと、脳、なかでも特に記憶をつかさどる「海馬」という部分に負担がかかる可能性があるのです。</p>

<p>マルチタスクによって効率よくやっているつもりが、逆に非効率で、しかも脳の健康に悪影響を与える可能性があることは、ぜひ覚えておいてください。</p>

<p>やらなければならないことが山積みでも、私たちの脳が処理できるのは、たった１つだけ。目の前のことに集中するのが、結局、もっとも効率的なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>瞬時に集中モードに入る、いちばんシンプルな方法</h2>

<p>とはいっても、今の世の中は、マルチタスクの誘惑だらけです。</p>

<p>仕事で、メールや電話だけでなく、1日に何度もチャットでのやりとりをしていませんか？しかも、いくつものチャットグループで、同時並行で何人もの人とやりとりをすることが日常になっている人も多いはずです。</p>

<p>複数のグループごとに瞬時に頭をきりかえる必要があるので、これでは脳が疲弊して集中力が下がってしまうのも当然です。</p>

<p>スマホも、脳がヘトヘトに疲れる大きな原因の１つです。</p>

<p>なにか通知がきたり、手持ちぶさたになったりするたびに、ついSNSやニュースサイト、スマホゲームを開いてしまう。</p>

<p>10分、15分、20分......と時間があっというまに過ぎて、「なにも作業が進んでいないのに、ぐったり......」という日もあるのではないでしょうか？</p>

<p>チャットもスマホも便利な道具で、今の時代を生きる私たちにとっては必要不可欠なものです。これらの道具なしには生きていけないし、仕事も家事も、どうしてもマルチタスク的なやり方になるのは仕方ありません。</p>

<p>急に「マルチタスクはよくないのでやめましょう」といわれても、どうすればいいのかわからなくなってしまいますよね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>1日のなかに集中する時間を持つ</h2>

<p>そこで、私がおすすめしたいのが、目の前の１つのことに集中する時間を、１日のなかに少しだけ確保することです。</p>

<p>私たちは、特に意識せずにいると、１日のほとんどをマルチタスク的なやり方で過ごしてしまいます。それに、ちょっとだけ、あらがう作戦です。</p>

<p>目の前の１つのことに集中する、とっておきの方法があるので、ご紹介します。「ポモドーロ・テクニック」と呼ばれる方法です。</p>

<p>やり方を簡単にお伝えすると、「25分の集中＋5分の休憩」を１セットとして、これを４セット繰り返す集中法です。</p>

<p>①「25分の集中＋5分の休憩」&rarr;②「25分の集中＋5分の休憩」&rarr;③「25分の集中＋5分の休憩」&rarr;④「25分の集中＋5分の休憩」のイメージです。</p>

<p>ちなみに、「ポモドーロ」とは、イタリア語で「トマト」のこと。この方法の開発者が愛用していたトマト型のキッチンタイマーに由来しています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人間が集中できる、ちょうどいい長さ</h2>

<p>25分は、長くもなく、短くもなく、多くの人にとって脳が飽きずに続けやすい、ちょうどいい時間だとされています。脳が「これくらいなら、がんばってみよう」と思いやすい絶妙な長さなのです。</p>

<p>また、途中に5分の休憩をはさむことで、脳がヘトヘトに疲弊する前に立ちどまることができ、集中力が持続しやすくなります。</p>

<p>がんばって集中したあとには、必ず5分の休憩が待っていて、それが脳の報酬となって、ドーパミンが分泌され、やる気も出やすくなります。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/250227thinkingwoman.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 02 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[菅原道仁（脳神経外科医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「終活なんてしない、とっちらかったまま死ねばいい」　林家木久扇が語る死生観とは？  林家 木久扇（落語家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13698</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013698</guid>
			<description><![CDATA[いまだ現役として第一線で活躍される木久扇さんに、最近意識されるという「人生の終わり」について語って頂きます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="林家木久扇さん　2025年誕生会" height="744" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260131Hayashiyakikuou02.jpg" width="1200" />林家木久扇一門主催、師匠米寿お祝いの会。前列中央が林家木久扇さん</p>

<p>林家木久扇さんは2024年3月、日本テレビ系の長寿番組『笑点』を卒業されました。初めて『笑点』の大喜利メンバーに抜擢されたのが31歳、以来55年の長きにわたりレギュラーをつとめてこられました。</p>

<p>本稿では、いまだ現役として第一線で活躍される木久扇さんに、最近意識されるという「人生の終わり」について語って頂きます。</p>

<p>※本稿は『人生は夕方からが美しい』（PHP研究所）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>理想的な小さん師匠の死に方</h2>

<p>まだみなさんには身近ではないと思いますが、88歳にもなると、ひしひしと人生の終わりを意識します。<br />
ときどき、どんな死に方が理想かな、と考えることがあります。ぼくにとって理想に近い死に方は五代目柳家小さん師匠なんです。</p>

<p>師匠は亡くなる2日前に急にとんかつが食べたくなって、自宅の目白からタクシーに乗って、上野広小路の行きつけのとんかつ屋さんに行ったんです。<br />
そこでとんかつを食べて、亡くなる前の晩にはひいきの目白のお寿司屋さんから好きなちらし寿司を取って「おいしい、おいしい」と召し上がったそうです。</p>

<p>その日はそのまま上機嫌でお休みになり、翌朝、娘さんが起こしに行ったら、ふとんの中で亡くなっていた。<br />
もうあっけない。長く病むことも、臥せることもなく、ギリギリまでおいしいものを食べて。87歳でしたから大往生といっていいでしょう。<br />
なんとも理想的な死に方じゃありませんか。</p>

<p>わたしもどうせ死ぬなら、小さん師匠みたいにコロリと死にたい。でもわたしはどうしても笑いを取りたいんで、わたしの師匠の桂三木助師匠みたいに、死ぬところを見せてギャラを取るのもいいなと思います。</p>

<p>亡くなった歌丸師匠もおっしゃってました。「木久ちゃん、噺家は高座に出てお金がもらえる商売だよ。楽屋で死んだらタダだけど、高座で死んだらギャラがもらえる」<br />
お客さんの前で死ねばお金が取れるんじゃないの？なんてね。面白いでしょうハハハ。</p>

<p>今読んでいるのが人の死に際を書いた本なんですよ。『人間晩年図鑑』（１～３／関川夏央、岩波書店）。いろんな人の死に方が克明に書かれています。<br />
たとえば三代目古今亭志ん朝さんは夏風邪をちょっとこじらせたつもりでいたら、末期のガンでした。風邪で病院を受診したのが8月の終わり。すぐに入院して9月半ばにガンの余命告知を受け、10月1日に亡くなっています。</p>

<p>告知を受けたときは『あしたのジョー』のラストシーンみたいに燃えつきた様子でベッドに座っていたそうです。本人としてはあまりに死が早すぎたんでしょうね。<br />
わたしはどんな死に方になるのかな、なんて、わたしくらいの年齢になると、考えさせられる本です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>おふくろが亡くなったとき</h2>

<p>おふくろが亡くなったのはわたしが52歳のときです。おふくろは76歳でした。危篤だといわれて、仕事先から駆けつけたんですが、間にあわなかった。<br />
生き返るんじゃないかと思ってね、ひと晩中、布団の中で母の背中をさすり続けながら、わたしは泣きました。</p>

<p>おふくろは小唄の師匠で、春日小春豊という名取りでした。いい暮らしをしていたのに、おやじと離婚してから苦労して。駅で朝早くから新聞やくじを売って、一生懸命わたしたちを育ててくれたんです。</p>

<p>悲しかったですが、人と死に別れるのはいつか来ること。それが早いか遅いかという違いがあるだけだと思います。<br />
この年になると、自分の身近な人といつ別れることになるかわからない。</p>

<p>今もね、うちのおかみさんと暮らして、何気ない会話の中で笑ったり、怒ったりしていますけど、いつかはこんな日もなくなるんだと、チラッと思ったりします。<br />
人生、そういう日は必ず来るんだと、覚悟はしておいたほうがいいですね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>死んだら「無」。でもこわくない</h2>

<p>死んだあと、地獄に行くとか、天国があるとか、いろいろ言いますよね。初代の林家三平さんが亡くなられたとき、あっちの世界が賑やかになったと言われましたが、そうでしょうか。<br />
それは今生きている人の想像で、わたしは多分死んだあとは「無」だと思っています。</p>

<p>だから死んだあとのことをあれこれ考えるより、今を楽しみたいと思う。わたしの88歳の米寿の誕生日は、弟子たちや子ども、孫たちが総出で祝ってくれました。東京会館を借りて、みんなでパーティーをしてくれて。楽しかったなあ。</p>

<p>死ぬことを考えても暗くなるだけで時間の無駄。今を思い切り楽しんで、終活なんかもしないで、とっちらかったまま、死ねればそれでいい。最近、そう考えるようになりました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>生者を忙しくさせるな</h2>

<p>わたしの師匠の林家正蔵師匠は葬式を出しませんでした。葬式を出すと、関係者は式に参列しないといけない。芸人はみな忙しいでしょう。「葬式なんて出して、生者を忙しくするな」というんです。</p>

<p>その遺言通り、お通夜もお葬式もやらなかったので、わたしたちはちゃんとお別れすることもできませんでした。師匠らしい潔い引き際だったと思います。</p>

<p>わたしのときも葬式はいらない。家族だけですませて、世間的には「そういえばいつのまにかいなくなっちゃってたね」といわれるのが理想です。<br />
生きている者を忙しくさせない。それが死んだ者が生きている人にできる最大限の心配りじゃないでしょうか。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260131Hayashiyakikuou02.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 02 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[林家 木久扇（落語家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>元素は宇宙でどう生まれた？ 東大研究員が明かす誕生の瞬間  澤田涼（東京大学宇宙線研究所研究員）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13823</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013823</guid>
			<description><![CDATA[身近にある物なのに、生活していてもあまり意識する機会がない「元素」。その元素は、どこで誕生したのか。東京大学の宇宙線研究所研究員である澤田涼さんが紐解きます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_earth_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>「元素」――それは、この世界を作る上で必要不可欠な材料です。学生時代の理科の授業などで、一度は聞いたことがあると思います。道に落ちている石、暮らしている家、そして自分...。これらもすべて元素でできています。</p>

<p>では、その元素は「いつ、どこで、どのようにして」生まれたのか。本稿では、澤田涼さんの著書『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』より、元素の誕生を紐解いていきます。</p>

<p>※本稿は、澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>どうやって宇宙で元素ができたのか？</h2>

<p>宇宙の歴史が始まってから、どのようにして「周期表」に並ぶ多彩な元素がつくられたのでしょうか？宇宙のなかに存在する4つの現象を、「周期表」の目線から再整理してみます。</p>

<p>①第一の核融合炉：ビッグバン元素合成――宇宙誕生から20分の奇跡</p>

<p>すべての始まりは、ビッグバンでした。宇宙が膨張し、冷えていくわずか20分ほどの間に、陽子と中性子が結びつき、水素(H)とヘリウム(He）、そしてわずかな量のリチウム(Li)が合成されました。</p>

<p>しかし、それは原子番号で3番目まで。それ以外の元素――私たちが呼吸する酸素や、大地をつくるシリコンなどは、宇宙が始まった直後には存在しませんでした。</p>

<p>②第二の核融合炉：恒星内部の核融合――星のエネルギー源</p>

<p>酸素やシリコンをつくったのは、夜空に輝く星たちです。太陽の中心では、水素がヘリウムへと変わり、その熱で輝いていました。もっと重い星では、ヘリウムが炭素に、炭素が酸素に......と次々に重い元素が合成されていきます。こうして星のなかでつくられた元素は、微量ながら星表面から吹く「風」に乗って、宇宙空間へと放出されます。</p>

<p>③第三の炉：超新星爆発――宇宙を金属で染めた衝撃の瞬間</p>

<p>しかし、この星の錬金術にも限界があります。「鉄(Fe)」です。鉄は原子核としてあまりに安定しているため、星の力ではそれ以上融合させてエネルギーを取り出すことができませんでした。</p>

<p>鉄まで育った星のコアは、自重を支えきれず一瞬で崩壊します。この崩壊によって解放される膨大なエネルギーによって星を吹き飛ばす現象が、（重力崩壊型）超新星爆発でした。</p>

<p>超新星は、星の内部でつくられた炭素・酸素・鉄などを、宇宙空間にばらまく&quot;撹拌装置&quot;の役割を担っているのです。さらに、この超新星爆発によって、星がつくれない元素も生まれます。</p>

<p>超新星などから放たれた「宇宙線」と呼ばれる高エネルギー粒子が宇宙空間を飛び交い、すでに在る原子を衝突・破砕することで、リチウムやホウ素といった「軽い金属」をつくり出すのです。</p>

<p>④第四の炉：未知の核融合炉――中性子が織りなす「sプロセス」と「rプロセス」</p>

<p>さて、周期表を眺めると、まだ説明がつかない身の回りの元素が残っています。金、プラチナ、鉛、ウラン――中鉄という「行き止まり」よりもさらに重く、貴重な元素たち。これらの元素は、いったいどこで生まれたのでしょうか？</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>鉄より重い元素はどこで生まれる？</h2>

<p><img alt="澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260220uchunojoshiki07.jpg" width="1200" /></p>

<p>それでは、鉄より重い元素、たとえば金やウランはどうやってできたのでしょう？</p>

<p>鉄という元素は、原子核の世界で一番「安定」な存在です。これはつまり、鉄より重い原子をつくろうとしても、それ以上のエネルギーを必要とするため、星のなかでは自然にはつくられにくいということを意味します。</p>

<p>そもそも核融合とは、本来なら起きないような「奇跡」です。原子の中心にある原子核は、プラスの電気を帯びているため、お互いに近づこうとすると強く反発しあいます。そして、天体現象が生み出す熱エネルギーだけでは、2つの原子核が「核融合する距離」(約10[-15乗]メートル)まで近づけることはできません。</p>

<p>しかし、物理的には不可能に思える障壁を、粒子がすり抜けてしまう「量子トンネル効果」のおかげで、星の中心では奇跡的に核融合が起こり、元素が生まれたのでした。けれども鉄を超える原子番号の元素になると、もはやこの奇跡も苦しなります。</p>

<p>クーロン斥力が高すぎて、核同士が結びつくことがほとんどできなくなります。そこで鍵を握るのが、電荷を持たない粒子、中性子です。中性子なら、電荷を持たないので静電気の壁をすり抜けて簡単にくっつけることができるわけです。</p>

<p>鉄に中性子を1つくっつけるとどんな原子核になるのでしょうか？中性子を1つくっつけた鉄は、同位体(アイソトープ)と呼ばれる「少しだけ重い鉄」になります。ただし、それはまだ「鉄(Fe)」のままです。中性子が増えただけでは、鉄が鉄のままであることに変わりはありません。元素の原子番号を決めているのは陽子の数だからです。</p>

<p>しかし中性子をたくさんくっつけ続けて抱え込むと、やがてその原子核は「不安定な重い鉄」になり、やがて原子核のなかで「中性子が陽子へと姿を変えるベータ崩壊(放射性崩壊)」が起こります。この瞬間、元素は本当に&quot;化けます&quot;。</p>

<p>というのも、中性子が陽子に変われば、陽子の数が1つ増えることになり、鉄はコバルトに、さらにもう1つ増えればニッケルに――という具合に、新しい元素へと&quot;化けて&quot;しまうわけです。このようにして、鉄より重い元素は、「中性子捕獲」と「ベータ崩壊」の2つを繰り返しながらつくられていくことになります。</p>

<p>すると、この「中性子捕獲」と「ベータ崩壊」の2つの反応のどちらが早いかで、2通りの異なる核反応の進み方が現れます。</p>

<p>1つは、鉄などの重い核に中性子がゆっくり1つずつと加わっていき、そのたびにベータ崩壊を待って次の核に進む「s(slow)プロセス」と呼ばれる道です。このプロセスは、寿命の終盤を迎えた星(赤色巨星)の内部で起こることが知られており、観測でもこの「ゆっくりの道」は実証済みです。</p>

<p>もう1つは、崩壊する暇もないほど次々と大量の中性子が一気に降り注ぎ、後からまとめてベータ崩壊が始まり、新たな重元素が誕生する「r(rapid)プロセス」です。</p>

<p>このrプロセスは桁違いに中性子密度の高い環境を必要とします。大量の中性子が一瞬にして吹き荒れるこのプロセスが宇宙のどこで起きているのかは、長年にわたって解決されていません。</p>

<p>しかし、rプロセスには大量の中性子が必要なことから、中性子星に関係する現象であることが予想されています。中性子星はまさしく中性子の塊であり、その表面から物質を少しでも引きはがすことができれば、そこで、rプロセスが起こるのではないかと期待されてきました。</p>

<p>そこで長年、最有力候補とされてきたのが、中心に中性子星を残す超新星爆発でしたが、近年のシミュレーションでは典型的な超新星では条件が整わないことがわかってきました。</p>

<p>そこで浮上したのが中性子星同士の衝突――中性子星連星合体です。2つの中性子星が長い歳月をかけて接近し、最後の一瞬に重力波を放ちながら衝突するとき、外側へ吹き出す物質には桁外れの中性子が含まれます。</p>

<p>わずか１秒にも満たない時間でrプロセスが走り抜け、金やプラチナ級の元素が一気に合成されるだろう。この考えを決定的に裏づけたのが、2017年に観測された重力波イベント、GW170817でした。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>GW170817の観測</h2>

<p>2017年8月、重力波観測装置LIGOとVirgo(アインシュタインが一般相対性理論から導いた「重力波」を観測するために設計された、レーザー干渉計型の重力波観測所)が、2つの中性子星が衝突する瞬間を捉えました。</p>

<p>数時間後、世界中の望遠鏡がその方向に目を向け、赤く光る新たな天体&quot;キロノバ&quot;と呼ばれる中性子星合体特有の閃光を捉えました。その光、「キロノバ」と呼ばれる現象こそ、「中性子星合体が、金やプラチナのようなrプロセス元素を生成した現場である可能性」を初めて示す観測的証拠とされています。</p>

<p>とはいえ、どうしてそんなことがわかるのかは気になりますよね。そのしくみを紐解いていきましょう。</p>

<p>そのポイントは、「キロノバ」と呼ばれる天体が赤く光ることにあります。キロノバが赤くなる理由の1つは、放出物質に「光を吸収する重い元素」が含まれているため。その代表がランタノイド元素です。私たちの身近では「レアアース」として知られ、スマートフォンや磁石材料に使われています。</p>

<p>このランタノイドの特徴は、原子のまわりを回る電子の軌道が非常に複雑であること。電子が「吸収できる」エネルギー準位の幅が多いため、ランタノイド元素はさまざまな波長の光を吸収してしまうのです。</p>

<p>たとえば鉄のような軽い元素では限られた波長しか吸収しませんが、ランタノイドは可視光を広く飲み込みます。ただ、赤い光は吸収されないため外に出てくることができます。このような物理的背景から、キロノバの赤い輝きは、ランタノイド元素、つまり鉄より重い元素がたしかに生成されたことを物語っていると解釈されました。</p>

<p>とはいえ、「生成されたことを物語っている」という表現には慎重さが込められています。「金やプラチナがつくられた」と真に断定するには、スペクトル線(元素の指紋)から個々の元素を直接特定する必要があります。</p>

<p>しかし、中性子星合体で放出される物質はさまざまな速度と温度を持つ混沌とした環境であり、現在のところ、明確に同定された元素は「ストロンチウム(原子番号38）」のみ。それでも、赤いキロノバの光は強い証拠です。</p>

<p>ランタノイド(原子番号57番のランタンから71番のルテチウムまでの15元素の総称)が生まれるような条件なら、その先にある金やプラチナ、ウランも同時に生成されているはず。GW170817の観測結果は、rプロセスが実際に宇宙で働いていることを裏づけた最初の確かな証拠となりました。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 02 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[澤田涼（東京大学宇宙線研究所研究員）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ「習慣」を続けるのは難しい?　脳科学者が解説する“脳の特性”  枝川義邦（立命館大学教授、脳科学者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/11784</link>
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			<description><![CDATA[新しい習慣を身につける方法とは？脳科学者の枝川義邦さんが解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="習慣" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_habit.jpg" width="1200" /></p>

<p>人は習慣によって生かされている。このように語るのは、脳科学者の枝川義邦さん。脳の仕組みを考えると、習慣を長続きさせる秘訣が見えてきます。</p>

<p>※本稿は、月刊誌『PHP』2024年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>習慣がないと、どうなる？</h2>

<p>私たちの生活は、約40パーセントが習慣によって成り立っているという。それでは習慣を身につけていないと、一体どうなってしまうのか。</p>

<p>朝起きて夜眠りにつくまでのやること一つひとつに「あれとこれ、どちらを選ぶのがよいか」といちいち判断をしなければならなくなる。一回一回、腕組みをしながら最適な解答を得ようと努力していたら、お昼を迎える前に疲れ果ててしまうに違いない。そうならないためには、特に考えなくても自動的に行動を起こす必要がある。それをかなえてくれるのが習慣だ。人は習慣によって生かされている。まさに「習慣の動物」なのだ。</p>

<p>新たに習慣を身につけようとすると、脳や心に少なからず影響が及ぶ。特に脳では「可塑性」と呼ばれる仕組みが働く。この可塑性が、生じた変化を脳内に刻み込み、行動をよりスムーズにしてくれる。可塑性が働くためには何度も繰り返すことが必要だが、行動や考え方が習慣化することによって、脳の中での情報伝達はより円滑になっていく。</p>

<p>それでは私たちが新しい習慣を身につけるには、どのくらいの期間が必要なのか？新しい行動を日常生活の中で習慣化するために必要な日数を調べた研究がある。水を飲んだりフルーツを食べたりするような比較的単純な行動から、筋トレのように習慣化が難儀なことまで、いくつかの例を調べた。すると、習慣化するには18日から254日と日数に開きがあったが、平均すると66日かかることがわかった。この期間に、脳内で習慣を身につけるための変化が生じているのだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「やりすぎない」と長続きする</h2>

<p>いざ新しい習慣を身につけようとすると、いくつかのステップを踏むことになる。上手に習慣化するための脳や心の働きについて考えてみよう。キーになるのは「やる気とその気と仕組み」をうまくコントロールしていくことだ。</p>

<p>習慣化のステップでまず訪れるのは導入期。これは新しいことを身につけるうえで反発が大きい期間だ。新しいことを始めると、脳ではこれまでとは違う情報処理が進むようになる。脳には限られた資源を有効活用するために「エコ」を心がけるかのような性質が備わっており、これまで円滑に進んでいた情報処理の仕方を変えて新しいことをするのは拒まれやすい。</p>

<p>自分から望んで新しいことを身につけようとする場合は、やる気に満ちていることが多く、ある程度は勢いで乗り越えられる。しかし、ここで気をつけたいのが、勢いにまかせ、始めたことをやりすぎてしまわないこと。導入期は「ほどほど」で続けることに専念してほしい。力尽きるまで、もしくは満足感を得るまで行なうと、次の段階に向かう気力が失せてしまう。あくまでスモールステップを心がけよう。</p>

<p>やる気を高めるためには、目標設定も大切だ。習慣化においては、「こんなことが目標と言えるのか」と思うくらい、小さな一歩から始めることが秘訣となる。たとえ小さくとも、偉大なる一歩なのだ。</p>

<p>小さな一歩を踏み出したとき、脳の中では「報酬系」と呼ばれる神経ネットワークの働きが高まっている。報酬系ではドーパミンという物質が情報を伝えている。</p>

<p>ドーパミンが増えると、楽しくワクワクするし、よい成果も得られる、と耳にしたことがある方もいるかもしれない。これは「ごほうび」に感じるものを目の前にしたときに、報酬系の働きが高まることと関係している。</p>

<p>すなわち、自分がなりたい姿を明確に想像してワクワクし、それに近づくために何をしたらよいかを思いついたときには、ドーパミンが巡っているのだ。このときにはやる気も高まっているはずで、この状態が習慣化の導入期において、あるべき姿の一つだ。</p>

<p>しかし、目的が達成されると報酬系の働きは弱まってしまう。つまり、導入期にやる気にまかせて、やりたいだけやり尽くしてしまうと、満足感とは裏腹に報酬系は活動をやめてしまう。スモールステップは、報酬系の活動を持続させるための秘訣でもあるのだ。</p>

<p>やる気が高まっているときには、同時に「その気」も高めておきたい。やる気とその気は、クルマにたとえると両輪。片方だけが回り続けても空回りしてしまう。</p>

<p>その気とは、「セルフ・エフィカシー（自己効力感）」のことで、自分自身をどう捉えるかについてのものさし。目の前にやりたいことのハードルがあったとすると、そのハードルを自分が越えられるという自信を持てたときに、セルフ・エフィカシーは高くなっている。その気になっておくというのも、継続には大切な要素だ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>やる気が出ないときは仕組みを作る</h2>

<p>新しいことを続けようとしたとき、やる気も出ないし、その気にもなれない。こんな日はきっと訪れる。特に習慣化において、導入期の次に訪れる定着期は不安定な期間と言える。何かのきっかけで、新しく始めたことをやめてしまってもおかしくない時期なのだ。そのときに備えて、うまく続けるための仕組みの導入が重要になる。</p>

<p>仕組みには、きっかけを作るものや、自動的に続けざるを得ないものなど、さまざまなタイプがある。たとえば、ジョギングを習慣化させたい場合には、玄関に専用のシューズを置いておくことや、スポーツウェアを見えるところに吊るしておくのも効果がある。また、続けることよりも、やめることのほうが面倒くさいという手続きにしておくのも効果的だ。</p>

<p>自分がどういうときにあきらめがちなのかを知っておく。そして、先回りして背中を押したり、続かなくなりそうなときにはそうさせない工夫を散りばめたりしておけば、「始めやすくて、やめにくい」仕組みは作れる。</p>

<p>ここまで進んで習慣化が定着してきたころに訪れやすいのは、倦怠期だ。続けてこられたものの、今度は飽きてしまう。</p>

<p>倦怠期を乗り越えるには、新しい刺激が有効だ。脳内のドーパミンは新しい物事を前にしたときには分泌がさかんになっている。報酬系の活動も復活しているだろう。続けてきたことに、少し変化を加えたり、使っているツールを変えてみたりするのもよい。何か新しいことを導入しようとして工夫すること自体が刺激にもなる。</p>

<p>このように各段階で工夫をしつつ、新しい習慣が身につくまでの期間を過ごせたならば、それ以前と比べて、新しい自分と出会えていることだろう。</p>

<p>新しい習慣を始めることは、新しい自分を発見する旅の始まりであり、私たちの脳や心、そして生活そのものをより豊かにする鍵となる。習慣化による変化は、私たちの人生そのものの変化でもある。だからこそ、新しい習慣を始める勇気を持ち、その過程を楽しんでいきたいものだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【枝川義邦（えだがわ・よしくに）】</p>

<p>東京大学大学院にて薬学の博士号、早稲田大学ビジネススクールにてMBAを取得後、早稲田大学スーパーテクノロジーオフィサー（STO）の初代認定を受ける。早稲田大学教授を経て、現職。研究分野は、脳神経科学など。『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』（明日香出版社）など著書多数。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_habit.jpg" />
						
						<pubDate>Sat, 28 Feb 2026 12:05:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[枝川義邦（立命館大学教授、脳科学者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>シスター・鈴木秀子さんが取り入れる「自分を幸せにする小さな習慣」  鈴木秀子（聖心会シスター）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/11804</link>
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			<description><![CDATA[93歳になられる鈴木秀子さんに、心健やかに生きるためのコツをうかがいました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="鈴木秀子　心健やかに" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_window.jpg" width="1200" /></p>

<p>頭と体を鍛え、感謝できることを三つ書き出してみましょう。聖心会シスターの鈴木秀子さんが実際にやっている、心健やかに過ごすための習慣をお話しくださいました。（取材・文：辻由美子）</p>

<p>※本稿は、月刊誌『PHP』2024年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>心健やかな人生に向けての準備</h2>

<p>私は今年で93歳になります。この年齢になると、あるアメリカの宗教家の言葉が心に染みてきます。その方はこうおっしゃいました。「お金で買えるものは何もいらない。ほしいのは心を満たすものだけだ」と。</p>

<p>私たちは若いうちはお金をためたり、社会的な地位を上げたり、人からの評価を得たりするために一生懸命です。でもある程度の年齢になったら、そうしたことはあまり意味がなくなってしまいます。</p>

<p>そんなことより、心おだやかに、健やかに過ごしたいと思うのです。でも急にそうなりたいと思っても、なかなかうまくいきません。少しずつ、心健やかな人生に向けての準備が必要です。</p>

<p>まず第一に、頭と体を鍛えておくことが大切です。頭や体の健康がそこなわれてしまうと、どうしても不安が先に立ってしまうからです。</p>

<p>頭を鍛えるためには、読書が一番です。それも易しい本ではなく、少し難しいと感じるくらいの本を選ぶのです。</p>

<p>毎日1ページでもいい。難しい本を開いて読む習慣をつけておけば、頭が衰えずにすみます。頭の筋トレと思ってください。</p>

<p>体を鍛えるには、やはり運動がおすすめです。私はこの年齢でも、ストレッチや軽い運動をしています。いくつになっても、自分の体と相談しながらできる運動はあるものです。</p>

<p>そして、私は歩ける日は1日5000歩を目標に、修道院がある聖心女子大学のキャンパス内や近くの有栖川公園を散歩しています。</p>

<p>季節や自然を身近に感じ、歩きながら祈っていると心が落ち着きます。祈るといっても大それたことではありません。特定の信仰がなくてもかまいません。自分が生かされていることを実感し、大きな力に気づいて感謝するのが祈りです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>夜寝る前に三つ書き出す</h2>

<p>心健やかに過ごすために、もう一つ、大切なのは、自分で自分を幸せにする力を身につけることです。自分を必要としてくれた子供もやがて巣立ちます。仕事の第一線から退けば、自分を満たすやりがいを失った気持ちになるかもしれません。</p>

<p>そんなとき他人に依存しないで、自分で自分を豊かにする方法を身につけていれば、周りの状況に関係なく、どこにいても心健やかに、幸せに過ごせるでしょう。</p>

<p>そのために一番重要なのは、自分が生かされているのだというありがたさを自覚することです。私たちは当たり前のように息をして、当たり前のように歩き、ごはんを食べています。でも、もし息がちゃんとできなかったら？もしちゃんと歩けなかったら？どんなにたいへんなことでしょう。</p>

<p>そのことに気づけば、私たちを当たり前に生かしてくださる大きな力の存在に感謝する気持ちも芽生えます。</p>

<p>私は夜寝る前に、今日一日を振り返って、感謝できることを三つ書き出す習慣をおすすめしています。たとえば、「今日も足が動いた」とか「今日もごはんが食べられた」といった当たり前のことに気づいて感謝する。それだけで小さなことにも幸せを感じられるようになります。</p>

<p>そして朝起きたときは、たった一分だけでいい。当たり前の生活ができない紛争地域に住む人たちや飢えに苦しむ人たちのために祈る習慣をつけてください。</p>

<p>そんなことをして何の役に立つのか、と思うかもしれません。でも、だまされたと思って一週間続けてほしいのです。一週間続けると、あなたは自分自身が前より好きになっているはずです。自分自身と仲良くできるようになっているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分を好きになる第一歩</h2>

<p>私は人生を心健やかに過ごす極意は「三つの仲良し」だと思っています。</p>

<p>「一つめの仲良し」は自分自身と仲良くすること。つまり、自分を好きになることです。小さなことに感謝したり、人のために祈るのは、自分を好きになる第一歩です。そして、もし失敗したり、後悔することがあったりしても、自分を責めないこと。自分を責めると、自分が嫌いになります。</p>

<p>自分を責めたくなったら、「これは私を成長させるための恵み」だと思うようにしましょう。恵みですから、それを糧に「次はこうしよう」「今度はこうしてみよう」と前向きに考えられるようになります。</p>

<p>「二つめの仲良し」は他人と仲良くすること。自分を責めない習慣づけをしていると、自分を許せるようになるので、他人も許せるようになります。つまり、人とも仲良くできるようになるのです。</p>

<p>他人に対してどうしてもカッとなったときは、その場を離れるか、6秒間かけてゆっくり深呼吸しましょう。怒りが少しおさまります。</p>

<p>「三つめの仲良し」は自分の力を超える存在と仲良くすることです。自分を好きになり、自分の大切さに気づけば、人智を超えて起きることも、すべて自分の成長の恵みであると受け止められるようになります。すると大いなる存在に感謝する気持ちも生まれてくるでしょう。</p>

<p>ぜひこの「三つの仲良し」を意識し、感謝する気持ちを忘れないで、頭と体の健康に気を配りましょう。みなさまが健やかな一年を過ごされますようお祈りいたしております。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【鈴木秀子（すずき・ひでこ）】<br />
1932年、静岡県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。文学博士。聖心女子大学教授などを経て、国際コミュニオン学会名誉会長。「9つの性格』（PHP文庫）、『世界でたったひとりの自分を大切にする』（だいわ文庫）など著書多数。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Sat, 28 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[鈴木秀子（聖心会シスター）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>好きなことをしてもイライラが消えない　脳波が示す“不機嫌”の整え方  満倉靖恵（工学・医学博士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13837</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013837</guid>
			<description><![CDATA[不機嫌になる理由の一つに脳の仕組みがある。医学博士の満倉靖恵さんが解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="不機嫌のコントロール" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_overthink.jpg" width="1200" /></p>

<p>不機嫌になるのは脳の仕組み上仕方ない部分もあると、工学・医学博士の満倉靖恵さんは話します。ネガティブな感情に振り回されたときに心を落ち着かせる、効果的な方法を紹介します。（取材・文：林 加愛）</p>

<p>※本稿は、『PHPスペシャル』2026年3月号より内容を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>不機嫌のトリガーとは</h2>

<p>どんな人でも、日常生活の中でムッとしたりイライラしたり、不機嫌になることはあるものです。そのきっかけは人によってさまざまですが、すべての人に共通する不機嫌のトリガーは、「望まない事態が起きること」です。たとえば、「物事が思い通りに進まない」「予測していなかったトラブルが起きた」などが挙げられます。</p>

<p>望まないことが起きてストレスを感じたとき、脳の視床下部が反応して、副腎からコルチゾールという分泌物が出ます。コルチゾールの別名は「ストレスホルモン」。分泌されると周りへの攻撃性が上がるだけでなく、自律神経の一つである交感神経が活性化し、外部からの刺激に心身が反応しやすくなります。すると、感情のコントロールが難しくなり、普段は気にならないような些細なことにもイライラしてしまうのです。</p>

<p>こうして生まれる不機嫌をコントロールするカギを握るのは、もう一つの自律神経である副交感神経です。副交感神経を効果的に活性化させれば、心身がリラックスして感情のコントロールがしやすくなります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分の機嫌は簡単にとれない</h2>

<p>「すぐ不機嫌になる自分は性格が悪いのかも」と悩んでいる人がいるかもしれませんが、脳の仕組み上、不機嫌になるのは仕方がない部分もあります。</p>

<p>私は研究チームを組み、「感性アナライザ」というさまざまな感情をリアルタイムで可視化できる脳波測定装置を開発しました。この装置を使うと、たとえば被験者が不機嫌なときに脳波を測定した場合、「ストレス度」などの数値が高まっていることがわかります。また、あらゆるシーンでの測定結果から、不機嫌なときの感情は想像以上に扱いづらいことが判明したのです。</p>

<p>この企画では、不機嫌にまつわる実験結果を解説するとともに、副交感神経を活性化させてネガティブな感情を早めに手放し、心をリラックスさせるポイントをお伝えします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>脳波からわかる不機嫌の傾向</h2>

<p>「感性アナライザ」による実験結果から、人の感情のやっかいな特徴が見えてきました。</p>

<p>●ネガティブな感情は消えない</p>

<p>生活する中で、人がポジティブな感情でいるときは「満足度」「快適度」「集中度」「好き度」などの脳波が高まりますが、それらの脳波は時と場合によってゼロになることもあります。</p>

<p>一方で、ネガティブな感情を持っているときに出る「ストレス度」「嫌度」「不快度」などを示す脳波が完全に消えることは、ほとんどありません。</p>

<p>●人は嫌な出来事に敏感</p>

<p>ポジティブな刺激を受けたときの「満足度」「快適度」の脳波はゆるやかに上がるのに対し、ネガティブな刺激を受けたときの「ストレス度」「嫌度」の脳波はすばやく上昇します。</p>

<p>たとえば好きな料理を食べたら、人はジワジワと幸せを実感します。一方で、苦手な料理を食べたときは、一瞬で強いストレスを感じてしまうのです。</p>

<p>●「快適度」は下がりやすい</p>

<p>一人には可愛わいらしい動物の映像を、一人には怖い映像を観せたあと、40分間脳波を測る実験をしました。</p>

<p>すると、可愛らしい動物の映像を観て高まった被験者の「快適度」は、すぐに低下。一方で、怖い映像を観た被験者は、「ストレス度」「嫌度」を高いレベルで維持し続けました。嫌な感情は、幸せな感情に比べて引きずりやすい傾向があります。</p>

<p>●集中できるのは40分まで</p>

<p>集中力が保てず、悩むことがあるかもしれません。実際に「ミスが少ないほど報酬が上がる」という条件で作業をする被験者の脳波を測ったところ、高い集中力を保てたのは最初の10分だけでした。</p>

<p>それ以降はだんだんと下がっていき、35～40分後には「集中度」の数値がゼロに。集中力を保つことが、いかに困難であるかがわかりました。</p>

<p>●ストレス発散は難しい</p>

<p>作業中に高まった「ストレス度」を下げるために、被験者に好きなお菓子を食べて休憩してもらったところ、「ストレス度」はあまり下がりませんでした。多少下がったのは「好き度」が上がったからではなく、作業をやめたからだと考えられます。</p>

<p>好きなことをして気分転換するよりも、しんどくなる原因を除くほうが、リフレッシュには効果的です。</p>

<p>●幸せなのにイライラ</p>

<p>大好きなものを食べたり、推しの映像を観たりすると、「快適度」「好き度」の数値はかなり高くなり、幸福感で満たされることが実験でわかりました。</p>

<p>ところが、幸せな気分にもかかわらず、それらの数値に負けないくらい「ストレス度」も高く出ていたのです。どれだけ幸せを感じたとしても、ストレスは手放せないということです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>不機嫌をご機嫌に切り替えよう</h2>

<p>副交感神経を優位にすることで心身をリラックスさせて、機嫌のいい自分を取り戻しましょう。</p>

<p>●体を動かしてリフレッシュ</p>

<p>イライラして緊張した心身をゆるめるために、あえて交感神経をさらに高めるのも手。たとえば、軽い運動をするのがおすすめです。</p>

<p>運動によって一時的に高まった交感神経は徐々に下がっていき、その後、副交感神経が優位になります。ストレスを感じたときは体を動かして、クールダウンしてください。</p>

<p>●体の調子を整える</p>

<p>コルチゾールは病気にかかっているときや空腹時、睡眠が足りていないときなど、体調が悪い場合にも分泌されます。理由もないのに落ち込むときは、体に不調がないかを調べてみましょう。</p>

<p>生活習慣を整え、健康な体づくりを意識することも、機嫌のよさにつながります。</p>

<p>●散歩を五感で楽しむ</p>

<p>5分ほどの散歩に出かけましょう。汗ばむ程度のウォーキングでも、充分な運動効果が得られます。</p>

<p>散歩をしている間は、五感を研ぎ澄ませて「外の空気」を感じてください。目に映る風景や風の匂い、季節の移り変わりを楽しみながら歩くことで、ピリピリしていた心が穏やかになり、気持ちがほぐれます。</p>

<p>●バスタイムは湯船に浸かる</p>

<p>入浴は寝る１時間前がおすすめです。入浴後は１時間ほどかけて、体温がゆっくりと下がっていきます。このときに副交感神経がONになるため、体の緊張がとれて深く眠れます。</p>

<p>なお、シャワーを浴びるだけだと体の表面しか温まらず、副交感神経が優位になりません。できるだけ湯船に浸かり、気分よく朝を迎えましょう。</p>

<p>●「涙活」で心をスッキリ</p>

<p>泣くことで呼吸が深くなり、心拍が安定します。大声で泣いても静かに泣いても、効果は変わりません。また、泣くとセロトニンやオキシトシンなどの「幸せホルモン」と呼ばれる脳内物質が出ます。</p>

<p>ちなみに、スポーツ観戦やコンサートなどで高揚したり感動したりしたときに出る涙は、運動と同じく交感神経を一時的に高め、下がるときに副交感神経のスイッチをオンにする作用があります。余韻に浸っている間のさわやかな気分は、副交感神経が優位になった証です。</p>

<p>●睡眠で記憶を整理</p>

<p>睡眠には、辛い記憶を整理し、前向きに捉え直せるようになる作用があります。ただしそれには、ぐっすり眠ることが不可欠です。</p>

<p>記憶を整理するために必要な睡眠時間には、個人差があります。朝起きたときに嫌なことを引きずっているなら、睡眠時間が足りていないのかもしれません。その日の晩は、睡眠時間を長くとるようにしてください。</p>

<p>【「マイナス貯金」のすすめ】</p>

<p>「感性アナライザ」を装着して生活をしている被験者の脳波を観察すると、「満足度」と「快適度」、「ストレス度」と「嫌度」を感じる出来事が、それぞれ同じだけ起きていることがわかります。悪いことが起きたとしても、そのあとには必ずいいことが起きるようなのです。</p>

<p>そこでおすすめしたいのが「マイナス貯金」という考え方。嫌なことがあるたびに、「マイナス貯金が貯まった！　そのぶんいいことが起きるはず」と期待しましょう。人は期待したとき、セロトニンやオキシトシンなどの「幸せホルモン」が出て前向きになり、行動にもよい変化が現れます。考え方を変えて、機嫌のいい時間を増やしましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>香りの力が不機嫌に効く</h2>

<p>鼻と脳は近い場所にあるため、香りは脳に作用しやすいことがわかっています。アロマオイルやハンドクリームなどで、生活に香りをうまく取り入れましょう。</p>

<p>●ネクタリンの香り...イライラを抑える</p>

<p>ネクタリン（桃の一種）の香りを30秒嗅ぐと、「ストレス度」が嗅ぐ前よりも50％下がります。しかも、その後４時間に渡って効果が持続。不満が溜まっているときに効く、おすすめの香りです。</p>

<p>●オレンジの香り...集中力がアップ</p>

<p>オレンジの香りは「集中度」を高めるので、仕事中などに嗅ぐと◎。人が集中力を保てるのは長くて40分程度ですが、オレンジの香りには２～４時間ほど集中力をキープさせる効果があります。</p>

<p>●懐かしい香り...リラックスする</p>

<p>昔使っていた香水など「懐かしい香り」を嗅ぐと、その頃の思い出がよみがえってくるはずです。過去を懐かしむ行為には副交感神経を活性化させる効果があり、感情を安定させます。</p>

<p>●ゆずの香り...心を和ませる</p>

<p>ゆずの香りを嗅いだ被験者は、「好き度」の脳波がアップ。脳は何かを好ましく感じたときに、ストレスを和らげるオキシトシンを分泌します。穏やかな気持ちになりたいときは、ゆずの香りを嗅ぎましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>周囲への「フキハラ」に要注意！</h2>

<p>職場に不機嫌な人がいると、席が離れているのに自分までイライラしてしまうことはありませんか？　それは不機嫌なときの脳波が、周りの人にも伝わるからです。その場に不機嫌な人がいるだけで、周りの人にも嫌な感情が伝播してしまいます。</p>

<p>自分の機嫌が悪いために周囲まで不機嫌にする「不機嫌ハラスメント」＝「フキハラ」をしないように、以下のポイントを心がけましょう。</p>

<p>＼落ち着くまで一人になる／</p>

<p>不機嫌を自覚したら、できるだけ席を外し、運動をしたり泣いたりしてストレスを発散させてください。「ワーッ」と声を出すだけでも、コルチゾールは下がります。すぐに一人になることが難しい状況なら、右ページで紹介した香りを嗅いだり、深呼吸したりして、ネガティブな感情を手放しましょう。</p>

<p>＼家庭に不機嫌を持ち帰らない／</p>

<p>外出先では、ストレスの原因になるような出来事がつきものです。でも、家庭に不機嫌を持ち帰ると、家族への「フキハラ」になりかねません。帰宅するまでに、心を落ち着かせましょう。気になるお店に立ち寄ったり、一駅ぶん歩いたりするなど、可能な範囲で気分転換をしてから帰ることが大切です。</p>

<p>＼「フキハラ」をしたら必ず謝る／</p>

<p>うっかり不機嫌をまき散らしてしまったときは、誠実に謝りましょう。「ごめんね」とひと言伝えるだけで、お互いの感情が和らぎます。「じつは辛いことがあって&hellip;&hellip;」と状況を説明するのもよいでしょう。「不機嫌なのは自分のせいじゃないんだ」とわかることで、相手は安心できます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【満倉靖恵（みつくら・やすえ）】</p>

<p>慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授、同大学医学部精神・神経科学教室兼担教授。脳波をはじめとした生体信号解析、脳波によるリアルタイム感情認識などの研究に従事。著書に『フキハラの正体』（ディスカヴァー携書）がある。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 27 Feb 2026 12:05:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[満倉靖恵（工学・医学博士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>スマホ1時間超で成績低下　勉強時間が長くても起きる“脳の変化”  森下彰大（一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13815</link>
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			<description><![CDATA[長時間デジタル機器に触れることが当たり前になり、知らず知らずのうちに脳疲労が常態化しているかもしれません。日本デジタルデトックス協会理事の森下彰大さんが解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="デジタル疲れ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smartphone.jpg" width="1200" /></p>

<p>私たちは、常時デジタル機器に接することによる、デジタル疲れに直面しています。これは世界的にも問題視されており、仕事でPCを扱う人であれば、1日9時間45分よりも多くの時間をスクリーンの前で過ごしているという試算もあります。</p>

<p>一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事の森下彰大さんは、著書『戦略的暇』にて、自分のための余暇を取り戻し、その余暇で培われた思考やエネルギーを個人と社会にとってより良い方向へと向けるための「戦略」の必要性を強調します。</p>

<p>本稿では同書より、現代人がスマホを手放せないことによる弊害について語られた一節をご紹介します。</p>

<p>※本稿は森下彰大著『戦略的暇―人生を変える「新しい休み方」』（飛鳥新社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>1年のうち、3ヵ月間は「スクリーンの前」</h2>

<p>スマホやPCの利用時間を計測するアプリ「レスキュー・タイム」が同アプリのユーザー1万1000人を対象に行った平日のスマホ利用の調査によると、１日の平均利用時間は３時間15分でした。そして、上位20％のユーザーの利用時間は、１日あたり４時間30分とも報告されています。</p>

<p>この数字を見て考えなければいけないことが、二つあります。</p>

<p>一つは、調査対象のユーザーは、スクリーンタイムを計測するアプリを自主的にインストールしていた点です。彼らは、かなりデジタル機器の利用に対して意識的だと考えられます。スクリーンタイムを特に気にしてない一般的なユーザーであれば、平均時間がより延びる可能性もあります。</p>

<p>実際、コロナ禍を経て、各国でスクリーンタイムは増えています（インドでは子どもたちのデジタル機器の利用時間が100％増えたという報道もあります）</p>

<p>もう一つは、あくまで「スマホの利用時間」であるということです。ほとんどの人たちが仕事でPCを使う時代、PCの利用時間を無視するわけにはいきません。</p>

<p>そこで、アキュビュー（J＆J社）が2000人の事務職員を対象に実施した調査を見ると、対象者の仕事中のPCの利用時間はなんと年間1700時間。1日（平日のみ）に換算すると、約6時間30分です。調査に参加した方の37％は、「モニターの見すぎで頭痛に悩んでいる」と回答しました。</p>

<p>これらの数値を併せて考えると、一般的なスマホユーザーかつ仕事でPCを利用する方であれば、デジタル機器に触れている時間は、試算にして9時間45分よりも長く（平日の1日だけで）、起きているうちの半分以上は「モニターの前に居る」と考えられるのです。</p>

<p>この数字をもとに、1ヵ月と1年のスクリーンタイムを算出すると......1ヵ月でおよそ195時間（約8日間）1年で約2340時間（約97.5日間！ つまり、約3ヵ月！）あくまで、これは少なく見積もった数値であることにご留意ください。スマホの利用時間が比較的多い10〜20代では、この時間はさらに跳ね上がると考えられます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>スマホが近くにあるだけで流れ出る注意</h2>

<p>私たちの有限な注意資源は、使っていなくてもスマホが近くにあるだけで消耗しています。よくスマホを机の上に置いたまま話している人たちを見かけますが、実はこれも彼らの関係にとっては危うい行為かもしれません。</p>

<p>スマホの影響を調査した研究では、対象となる100組のペアを無作為に振り分け、幅広い話題をテーマに、10分間話し合ってもらいました。研究の助手たちは10分間の会話を遠くから観察し、参加者が携帯電話やスマホなどのモバイル機器を卓上に置いたり、手に持ったりしたかを記録します。</p>

<p>結果、モバイル機器がない状態で会話したペアは、対話する相手に対して共感や関心を抱く傾向が強かったことが判明しました。</p>

<p>一方、ペア同士が親密な関係であってもモバイル機器が卓上にある場合、「親密ではないペアよりも会話の共感レベルが下がる」傾向にあるとわかりました。まさに「親しき仲にも礼儀あり」で、会話の相手が自分と近しい仲であってもスマホの存在があるだけで、コミュニケーションの質が下がってしまうと、この研究では警告されています。</p>

<p>では目に見えない場所にスマホを保管しておけば良いのかというと、そうでもないようです。2017年に発表された米国での研究では、548人を対象に認知作業のテストを行いました。被験者は次の3つの作業環境のうち、いずれかを指定されてテストを進めます。</p>

<p>1.スマホを別室に置いて作業<br />
2.スマホを机の上に置いて作業<br />
3.スマホをポケットかカバンに入れたまま作業</p>

<p>結果、最も良い成績を収めたのは1のスマホを別室に置いたグループでした。他方で、最も成績が悪かったのは2のスマホを机の上に置いたグループ。</p>

<p>ちなみに、スマホをポケットやカバンに入れたままの3のグループの人たちもテストの成績が悪かったのです。これらのことから、スマホが近くにあるだけで認知能力が下がることが示唆されました。</p>

<p>ONの時間、OFFの時間と共に、スマホの存在があるだけでいかに目の前のことに集中するのが難しくなっているかがわかります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>勉強していてもスマホで成績が悪化する</h2>

<p><img alt="スマホ使用時間と自宅学習時間による成績との関係" height="1830" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260219morishitashodai01.jpg" width="1200" /></p>

<p>東北大学の川島隆太教授は、仙台市に住む中学生の家庭での学習時間とスマホ（LINEやカカオトークなどの通信アプリ）の利用時間の比較から、「家庭での学習時間の長さが同じ場合、平日のスマホの利用時間が増えると成績は下がる」というショッキングなデータを発表しました。さらに、スマホの利用時間が長くなると、勉強していても成績は下がってしまうことがわかったのです。</p>

<p>ちなみに、この問題を「スマホを長く使っている分、勉強をする時間が減ったため成績が下がった」と片付けることはできません。たとえ家庭での学習時間が2時間以上でもスマホを2時間以上使うと、家庭で30分しか勉強しないスマホを持っていない子どもよりも成績が下がると示されているのです（上図）。</p>

<p>スマホの使いすぎによって、学校で習得した内容が頭に残らなかったと示唆するこの報告。川島教授はこのプロジェクトの結果から、「子どものスマホ利用は長くても1日1時間まで」と推奨しています。なぜなら、スマホを毎日１時間以上使っている子どもたちは、成績が下がってしまうからです。</p>

<p>そして、たとえスマホを毎日１時間以上使っていても、毎日１時間未満にすることができれば、成績が上昇することも分かったからです。</p>

<p>この研究では、勉強中のアプリの利用数が増えると４科目（国語・社会・算数・理科）の成績が下がるとも報告されています。勉強中にスマホを「ながら」で触っていると注意散漫（マルチタスク状態）になり、勉強に集中できなくなるようです。勉強するときは、いかに勉強だけに集中できる環境を作るかが鍵だと言えそうです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>脳に何が起きているのか？</h2>

<p>ネオ・デジタルネイティブと呼ばれる世代の子どもたちの脳には、いったい何が起きているのでしょうか。より大規模な調査にも、目を向けてみましょう。米国で1万人以上の子どもたちの脳の状態を追跡調査する「思春期の脳認知発達調査」では、実際にスマホの使用で脳に変化が起きていることが明らかになっています。</p>

<p>この調査について脳科学者のラリー・ローゼンは、デジタル機器に多く触れている子どもたちの脳の大脳皮質が、そうでない子どもたちに比べて薄化している点に注目しました。</p>

<p>大脳皮質の薄化は、加齢によって起きる正常な変化です。デジタル機器の使用過多と脳の変化についてはその他の環境要因も影響している可能性はあるものの、このような脳の老化現象がすでに若い世代で現れている事実は注視すべきです。</p>

<p>成人においても、GPSの使いすぎのリスクを指摘する声もあります。カナダのマギル大学の神経生物学者であるオリバー・ハートは、GPSに頼りすぎると記憶を司る海馬の灰白質の密度が下がる可能性が高まると述べています。海馬が劣化すると、うつ病やその他の精神疾患のリスクを上昇させると、ハートは付け加えています。</p>

<p>「テクノロジーに頼ると人は退化する」とよく言われますが、研究報告を見る限り、脳は認知的タスクを外部のテクノロジーに頼りすぎることで「老化」するというのが正確でしょう。</p>
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						<pubDate>Fri, 27 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[森下彰大（一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>林家木久扇が語る落語家のお金事情　名入りポチ袋に込めた“粋”な流儀  林家 木久扇（落語家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13697</link>
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			<description><![CDATA[いまだ現役として第一線で活躍される木久扇さんに「落語家のお金事情」についてお話を伺います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="落語家のお金事情" height="744" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility/rakugo2.jpg" width="1200" /></p>

<p>林家木久扇さんは2024年3月、日本テレビ系の長寿番組『笑点』を卒業されました。初めて『笑点』の大喜利メンバーに抜擢されたのが31歳、以来55年の長きにわたりレギュラーをつとめてこられました。</p>

<p>本稿では、いまだ現役として第一線で活躍される木久扇さんに「落語家のお金事情」についてお話を伺います。</p>

<p>※本稿は『人生は夕方からが美しい』（PHP研究所）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>師匠クラスは寄席で祝儀を配るのがならわし</h2>

<p>落語家の世界では祝儀を配ることを「切る」といいます。<br />
わたしたち落語家にとって楽屋で祝儀を切るのはとても大事なことです。祝儀の切り方で、その人の格が決まるといってもいい。</p>

<p>祝儀をケチると、「あの師匠はケチだ」とうわさがたって、人が動いてくれません。大げさにいうとお茶も出ないし履物もそろえてもらえない。ああいうものはケチってはいけないんです。</p>

<p>祝儀を誰に配るかというと、寄席の場合は前座をつとめてくれる前座さんや三味線を引いてくれるお囃子さん、着物を着せたりたたんでくれる方、ほかにもノボリを出してくれる外回りの人、切符を切ってくれる人や、寄席で働く人にも配ります。</p>

<p>初日と中日と楽日の計3回、「ご苦労さん」という意味で配りますから、10日間の内、ひとりの人に3回&quot;切る&quot;ことになる。<br />
金額はそんなにたいしたことはないんですが、ひとり1000円から3000円。席亭さんにも別に1万円。</p>

<p>わたしの場合は3000円と決めていて、人数&times;3回だとけっこうな金額になります。ほかにも雨のとき傘をさして車まで送ってくれたり、重い荷物を持ってくれたら、そのつど2000円とか、心づけを渡します。</p>

<p>寄席からワリ（出演料）をいただきますが、祝儀を配ると、いくらも残りません。<br />
それでも寄席はショーウィンドウですから、もうけるために出るんじゃなくて、顔見せに出るんだという割り切りが必要です。</p>

<p>当然、寄席だけで生活することはできないので、落語会やホール落語に出たり、司会やイベントで補う人が多いと思います。<br />
わたしの場合は、落語以外に、「木久蔵ラーメン」の販売事業と漫画やイラストを描く仕事があって、3本柱で収入を支えているので、うまくバランスがとれています。<br />
収入源は複数あったほうがいい、というのがぼくの持論です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分専用のポチ袋にピッタリサイズに折って渡す</h2>

<p>祝儀はポチ袋に入れて渡します。自分の名前が印刷された専用のポチ袋を用意して、それに入れて渡すんです。自分のポチ袋を名入りで印刷して用意する人は、落語界以外ではないんじゃないかな。<br />
わたしも大きいポチ袋と小さいポチ袋を2つ用意して、いつでもお札を入れて渡せるように20くらい持ち歩いています。</p>

<p>渡し方もあって、ひとりにだけあげるときは、「ちょっと、ちょっと」とその人だけ呼んで、目立たないように渡す。<br />
そうしないと、周りの人、全部に渡さないといけなくなっちゃう。大損失ですよ。</p>

<p>お金の入れ方にも決まりがあってね、お札を三つ折りにして、袋にぴったり入れます。すきまがないように入れるのがおしゃれなんです。お金を四つ折りにして、袋に余裕を持たせるとか、そういう野暮なことはしません。</p>

<p>ふつうのサイズのポチ袋だと少しゆるくなるので、わたしは1万円札のピン札がぴったり入るように、特別なサイズでポチ袋を注文しています。<br />
それがおしゃれというかね。うちの正蔵師匠もお札をピッタリ入れていました。</p>

<p>ちなみに、わたしたちが寄席の席亭さんからいただくワリは茶封筒を半分に切って、真四角のサイズに名入りしたものに入れて落語協会から渡されるんです。それが昔からのならわしなんですね。<br />
入ったお客の入場料の半分を席亭が取り、残りの半分を協会で身分分けするので、人数によって出演料が決まります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>渡すのは新札。いつも新札を持ち歩きます</h2>

<p>祝儀で切るお札は必ずピン札と決まっています。<br />
暮れは大変ですよ。楽屋や寄席で働く人にピン札でお年玉をあげるので、銀行では数十万円くらい両替する。すると手数料を取られるんです。自分のお金なのになぜ手数料が取られるんだろうと腹が立ちます。</p>

<p>コンビニでも、キャッシュカードでお金をおろすと手数料が取られる。それがイヤで、必ず銀行のATMまで歩いて行くことにしています。<br />
楽屋の祝儀は気前よく出しても、銀行の無駄な手数料は一円でも出したくない。それがわたしの流儀です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>慈悲の心でお金を配った正蔵師匠</h2>

<p><img alt="決意の一文" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260131Hayashiyakikuou04.jpg" width="1200" />「黄金のジョーク集」の中に書かれた決意の一文<br />
写真・渡邉茂樹</p>

<p>うちの正蔵師匠ほど、粋なお金の使い方をする人はありませんでした。自分は節約して、人のために惜しみなく使う方でした。<br />
わたしの弟弟子の林家時蔵が真打ちになったときです。ポンと100万円、祝儀をあげたんです。ふつう、真打ち昇進の祝儀は3万円くらいです。それをポンと100万！</p>

<p>「あいつは家族もいないし、客もいないからかわいそうだ」と。うちの師匠らしい話ですが、師匠のおかみさんはいつもこぼしていました。うちにお金がないときなのに、弟子に100万円も使うんですもの、と。</p>

<p>芸人の無縁仏が祀ってあるお寺にも5万、10万円単位で奉納していました。芸人は昔、遊芸人とよばれて、差別されていたんです。亡くなって無縁仏になる人が多かった。誰も拝む人がいないのはかわいそうだと、師匠は無縁さんを祀るお寺にお金をおさめるんです。情の深い人でした。</p>

<p>師匠が亡くなったときも、葬儀もしないですぐに体を献体しました。<br />
そして弟子たちの生活費に30万円ずつ渡すようにと遺言してね。ぼくはもらえなかったので、ご遺族のご長女のところに行って「私はもらっていないんです」とお伝えしたら、「やだわ、あんたと紙切りの正楽さんは売れてるからいいって、お父さんの遺言にあったのよ」ですって。もう大笑い。<br />
そういう慈悲心がうちの師匠にはありました。</p>

<p>お金を使うなら、潔く、人を想って、ドンと使う。やさしい師匠を見習いたいものだと思います。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 27 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[林家 木久扇（落語家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>阪神・淡路大震災を経験した安田大サーカス団長安田が語る「お金をかけずにできる防災」  団長安田（安田大サーカス・お笑い芸人）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13728</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013728</guid>
			<description><![CDATA[防災士の資格を持つ安田大サーカスの団長さんが、手軽に始められる災害の備えを教えてくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="安田大サーカス団長" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260206dancho03.jpg" width="1200" /></p>

<p>20歳の頃、阪神・淡路大震災で被災した経験を持つ、安田大サーカス 団長安田さん。</p>

<p>その体験を原点に防災士の資格を取得し、イッツコムの番組「イッツコムおうち防災のすすめ」にも出演するなど、防災の知識を伝える活動を続けています（イッツコムでは当番組をはじめ「イッツコム防災Action」と題し3月、4月に防災の大切さを発信）。</p>

<p>今回は団長安田さんに、震災当時に本当に困ったことや、完璧を目指さなくても今日から始められる「おうち防災」について、実体験を交えてお話を伺いました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>分からないからこそ、常に意識して備える</h2>

<p>――イッツコムでは、3月11日を一つの契機として3月、4月に「防災アクション」という取り組みが行われます。地域イベントでのブースの出展など防災意識を高める活動も行われますが、団長安田さんから一言エールをいただけますか。</p>

<p>【団長安田】普段から防災を意識して生活している人って、まだまだ少ないと思うんですよね。<br />
昔に比べれば意識は高まってきたけど、僕自身も含めて、準備が足りない部分はある。だから、もう一回再認識する機会があるのは、すごくいいことだと思います。</p>

<p>地域密着のケーブルテレビとして、防災への取り組みは大事だと思います。災害は、いつ起こるか分からないですから。<br />
分かっていれば備えるけど、分からないからこそ、常に意識して準備しておく必要がある。<br />
自転車のヘルメットも、車のシートベルトも同じですよね。</p>

<p>――日常の中に防災意識を取り入れる、ということですね。</p>

<p>【団長安田】そうですね。例えば、鍵にライトをつけておくとか。<br />
（キーホルダーの沢山ついた鍵を取り出して）これは電池切れなんですけど(笑)。</p>

<p>――あ、本当ですね。</p>

<p>【団長安田】防災グッズは「ちゃんとしてる人が持ってるもの」って思われがちだけど、僕みたいにボーッとしてて、電池切れにも気づいてない人間でも、「持とうとしてる心がけ」が大事だと思うんです。<br />
講演でも、それを見せて「ライトは便利ですよ。ただ、電池ないですけど」って言うと、みんな笑ってくれるんですよ。</p>

<p>ちなみに、ちゃんと点灯するライトも企業さんからもらったのでついています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>阪神・淡路大震災で被災して一番大変だったのは</h2>

<p>――団長安田さんは20歳の頃に阪神・淡路大震災で被災されています。当時を改めて振り返ってみて、特に大変だったことや、足りなかった物資、印象に残っていることはありますか。</p>

<p>【団長安田】公演でもよく話すんですけど、やっぱり一番は「水」ですね。</p>

<p>給水車は来てくれるんですけど、入れ物がないんです。</p>

<p>今は、ビニール製で背負える給水バッグがあります。<br />
最近はマンションも多いじゃないですか。エレベーターが止まったら、水を持ち上げて上まで運ぶのは大変なので、背負えるものがいい。</p>

<p>すごく小さく折りたためるんですよ。普段はコンパクトにしまっておける。</p>

<p>実は今、「団長安田グッズ」として、それを作ろうかなと思ってるんですよ。<br />
配れる人には配って、買ってくれる人は買ってもらう、くらいの感覚で。すごく安く作れるんです。</p>

<p>よく企業がティッシュ配ってたりするじゃないですか。<br />
あれが少しでも、水を入れられる防災用のバッグになったらいいのになって、ずっと思ってます。<br />
実際、そういう取り組みをしているところもあるみたいですけど。</p>

<p>阪神・淡路大震災の頃は灯油ストーブが主流だったので、灯油のポリタンクはあったんです。でも、中には灯油が入ってる。<br />
で、水を入れる用にと思って買いに行ったら、もう売り切れていて。<br />
たまに売りに出ると、何倍もの値段になっている。それでも買うしかなかった。</p>

<p>今の給水タンクは蛇口式になっていることも多いそうですけど、あの当時は違ったのでペットボトルに水を入れようとすると、口の大きさが合わないからもう周りがびちゃびちゃになって。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>サランラップから防災を始めてみる</h2>

<p><img alt="安田大サーカス団長" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260206dancho01.jpg" width="1200" /></p>

<p>――実体験があるからこその貴重なお話です。<br />
防災を始めたいと思っても、あまりお金をかけられなかったり、時間がなかったりする人も多いと思います。そんな中、まず何から始めるのがいいと思いますか。</p>

<p>【団長安田】僕がよく言うのは、サランラップですね。<br />
どうせ使うものやから、ちょっと多めに買っとく、という意識から始めたらいい。</p>

<p>いきなり「この1万円のバッテリーを買ってください」って言われても、なかなか無理じゃないですか。<br />
だから大事なのは「意識」なんです。</p>

<p>僕、トライアスロンもやってますし、100キロマラソンも、数か月前に急にオファーが来て走ることがあるんですけど、ああいうのも「やり出すこと」が大事なんですよ。</p>

<p>100キロ走れる体を作ろうと思って、いきなり毎日10キロ走るのはしんどい。最初は歩くとか、最初は曲がり角まで走るとか。やる気になったら、もう一つ、もう一つと増やしていく。</p>

<p>そうやって、100キロ走れる体ができていくんです。</p>

<p>防災も同じで、いきなり全部そろえられる人もいますけど、そんな人ばかりじゃない。<br />
だから、まずは何か一つ。</p>

<p>サランラップを一つ多めに置く。<br />
トイレットペーパーを少し多めに買っておく。<br />
枕元にスリッパを置いてみる。<br />
「もうちょっと分厚いスニーカーの方がいいかな」と考える。<br />
ライトを置いてみる。</p>

<p>何でもいいと思うんです。<br />
「ちょっとプラス」から始める。</p>

<p>いきなり10個ドン！ は、お金もしんどいし、気持ちもしんどい。</p>

<p>トライアスロンの時にもよく言うんですけど、「コツコツが勝つコツ」。<br />
それは防災でも同じやと思います。</p>

<p>――確かに、サランラップを1本追加するくらいなら、生活の延長線でできますよね。</p>

<p>【団長安田】そうなんです。これを買った。「あ、これで防災できたぞ」って思えたら、次に「じゃあ枕元にスリッパ置いてみようかな」ってなる。</p>

<p>一つできたら、次、次って、自然につながっていくと思います。</p>

<p>――番組をきっかけにご自宅に置いてある防災バッグも、更新された部分はありますか。</p>

<p>【団長安田】トイレは、ちょっと買い足しましたね。</p>

<p>一番よくないのは、「どうせならいいものを買おう」と思って、結局買わないこと。<br />
例えば100均のトイレを見て、「これ頼りないやろ」って思って、「もっといいのある？」って探しているうちに、結局何も買わない。</p>

<p>それやったら、100均のでもいいから一個足しとく。<br />
そのうえで、「じゃあ次はもうちょっといいのを」って考えたらいいと思います。</p>

<p>（取材・執筆・撮影：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260206dancho03.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 26 Feb 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[団長安田（安田大サーカス・お笑い芸人）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>精神科医・川野泰周が教える「脳疲労」解消法　1日10分の坐禅と日常生活でできる瞑想入門  川野泰周（僧侶、精神科医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13726</link>
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			<description><![CDATA[脳の疲れをとり、疲れにくい脳にするため、効果的なのがマインドフルネス瞑想。僧侶で精神科医の川野泰周氏が「ゆるい坐禅」の作法、食べる・歩くなどの「生活瞑想」を紹介する]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="坐禅はマインドフルネス瞑想の1つ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204kawanotaishu1.jpg" width="1200" /></p>

<p>「集中力が続かない」「いつも頭が重い」...。その不調、実はマルチタスクによる「脳疲労」が原因かもしれません。脳をリセットし、疲れにくい状態を作るにはどうすればいいのか。精神科医であり僧侶でもある川野泰周氏が、初心者でも自宅で簡単にできる「ゆるい坐禅」の作法から、食事や歩行といった日常動作を瞑想に変える具体的なメソッドまで、分かりやすく紹介します。（取材・文：高橋裕子、イラストレーション：なかむら歌乃）</p>

<p>※本稿は、『PHP』2026年1月増刊号の内容を一部抜粋・再編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>不調の原因は「脳疲労」</h2>

<p>作業に集中できない、つい他のことを考えてしまう、いつも「心ここにあらず」の状態にある...。デジタル技術の急激な発展による情報過多、そして仕事でも家事でも同時に複数の作業をこなすことが求められるマルチタスクによって、私たちの脳は疲れはてています。脳疲労の蓄積は不眠や頭痛、自律神経失調症と呼ばれる不調やうつを招くことがわかっています。</p>

<p>こんな時代を健康で過ごすためには、脳の疲れをとるとともに、ふだんから疲れにくい脳にすることが必要です。そこで私がおすすめしているのがマインドフルネス瞑想です。</p>

<p>マインドフルネスとは「目の前の行為に注意を向けて、そのときに生じた感覚に善し悪しの判断を加えない」という心のあり方。そのような心の状態になるために効果的なのがマインドフルネス瞑想です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>坐禅はマインドフルネス瞑想の1つ</h2>

<p>マインドフルネス瞑想は「今、この瞬間」の感覚に意識を向けて集中力を高めるエクササイズ。坐禅はそのなかの呼吸瞑想の1つです。呼吸に集中するというタスクを続けることで、集中力が高まる、頭がすっきりする、自己肯定感が上がるなどの効果が得られます。物事を冷静に受けとめる脳になるので、心身の不調も改善します。</p>

<p>そして、自己肯定感が上がると自分を大切にできるようになり、他人を思いやる気持ちの余裕が生まれます。他人の言葉に心を乱されない強さも身につくので、人間関係もよくなるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>坐禅に挑戦してみよう！</h2>

<p><img alt="坐蒲がなければ座布団で代用" height="350" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260205kawanotaishu2.jpg" width="1200" /></p>

<p>ここでは一般的な坐禅の方法をご紹介しますが、マインドフルネスの立場から、少しゆるい方法もお伝えします。1回10分くらい行ない、毎日続けることをおすすめします。<br />
　※禅寺などで坐禅体験をする場合は、そのお寺のしきたりに従ってください</p>

<p>【まずは準備から】<br />
●ベルトやネクタイなど体を締めつけるものは取り除き、ゆったりとした服装で裸足になります。<br />
●外からの音や家の中の生活音が入ってこない環境を選び、なるべく視界にものが入らないように片づけます。できれば壁に向かう形がよいでしょう。<br />
●日中は自然光のみにする、夜は間接照明にするなど、部屋は明るくしすぎないように。<br />
●お尻の下に敷く敷物（坐蒲）を用意します。なければクッションや普通の座布団を2枚重ねてもよいでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>坐禅のやり方</h2>

<p><img alt="調息と調心" height="500" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260205kawanotaishu3.jpg" width="1200" /></p>

<p>【調身―姿勢を整える】</p>

<p>●足を「結跏趺坐」に組み、背筋を伸ばす。<br />
　※むずかしければ片方の足にもう片方の足を乗せるだけの坐法（半跏趺坐）やあぐらでもOK。あぐらは圧迫を避けるために足をずらして座ります。</p>

<p>●手は左右の親指を合わせ、支えあうような形にする（法界定印の形）。<br />
　※手のひらを上向きにしてひざや太ももの上に置いても。</p>

<p>●顎を引き、まっすぐ前方を向いたまま、視線だけを1mほど前方に落とす。自然と半眼（目が完全に閉じず半分開いている状態のこと）になり、雑念が浮かびにくくなる。<br />
　※完全に目を閉じたほうが集中できる人は目を閉じてもかまいません。</p>

<p>【調息―呼吸を整える】<br />
「空気が出ていった、入ってきた」と鼻で感じたり、「体がふくらむ、しぼむ」という感覚を感じながら、自然な呼吸をする。「ひとー」で長く吐き、「つ」で吸う呼吸を「とー」（十）まで数え、また「ひとつ」に戻る（「数息観」という）。<br />
　※鼻の調子が悪い人は口呼吸でも大丈夫。</p>

<p>【調心―雑念を払って呼吸に戻る】<br />
雑念が浮かんできたら、つど呼吸に戻って「ひとーつ」から始める。<br />
　※雑念が浮かぶのはごく自然なこと。「雑念が浮かぶなんて自分はダメだ」などと否定せずに、つど呼吸に戻りましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>生活瞑想をやってみよう！</h2>

<p><img alt="歩く瞑想と掃除瞑想、空をながめる瞑想" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260205kawanotaishu5.jpg" width="1200" /></p>

<p>マインドフルネスは、坐禅にかぎらず日常生活の中でも気軽に取り組めます。<br />
ふだんの生活にマインドフルネス瞑想を取り入れて習慣にしましょう。</p>

<p>【食べる瞑想】<br />
最初の1口を2分ほどかけて丁寧に食べます。命から栄養をいただいているという感謝の気持ちが自然と生まれます。ゆっくり味わって食べる習慣がつくので、食べ過ぎを防ぐ効果も。</p>

<p>【1】食べ物を箸ではさんで形や色を見る<br />
【2】匂いをかいでみる<br />
【3】そっと口の中に入れる<br />
【4】すぐに噛まずに舌の上で転がして味や形を感じる<br />
【5】ゆっくり咀嚼して味わう<br />
【6】飲み込む</p>

<p><img alt="食べる瞑想" height="640" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260205kawanotaishu4.jpg" width="1200" /></p>

<p>【やり方】食べ物をよく目で見て、匂いをかいだら、舌の上で味わってゆっくり咀嚼を始めます。そのとき、しみ出てくる味を味わいながらゆっくり噛んで飲み込みます。食べ物がのどから食道、胃へと落ちていくところまで感じとりましょう。</p>

<p>【歩く瞑想】<br />
足の感覚を意識して歩くことで集中力がアップし、頭がすっきりします。最初は畳や床の上を歩いてみましょう。<br />
●視線は前方に向けて、なるべく足元を見ずに、足の裏の感覚だけで床を感じる。<br />
●手は体の前か後ろで組む。<br />
●自分の足の裏が地面から離れたり着いたりする感覚に集中する。<br />
　※歩行が困難な方は手すりや壁につかまりながらやりましょう。</p>

<p>【やり方】自分の足の裏が地面から離れている、着いているという感覚に集中して、1歩ずつゆっくり歩きます。歩く時間や距離は気にしないでOK。家事の合間やトイレに行くときなど、ちょっと歩くだけでも充分です。<br />
慣れてきたら、散歩や買い物、通勤時などにスタスタ歩いてみましょう。足の裏の感覚に集中できればよいので、スニーカーや革靴、ハイヒールなど、履物は何でもかまいません。</p>

<p>【立ったまま行なう歩く瞑想】<br />
ホームで電車を待つあいだなどに、立ったまま右足から左足へ、左足から右足へとゆっくりと重心移動。<br />
「今は右足に7割体重がかかっている」「右足に10割体重がかかって左足が浮いた」など、足にかかる重みを意識すると歩く瞑想になります。</p>

<p>【掃除瞑想】<br />
ひたすら拭く、磨く、掃くといった行為に集中します。自分が住んでいる環境をきよめることで、心も癒やされるでしょう。</p>

<p>【やり方】<br />
「畳3畳分だけ」「出窓だけ」「便座だけ」など、掃除する範囲を狭くしてひたすら掃除します。音楽を聴きながら、鼻歌を歌いながらなどの「ながら作業」はNG。いつも掃除している場所を掃除して、マインドフルネスとそうでない気分の差を実感するのもよいでしょう。</p>

<p>【空をながめる瞑想】<br />
前の3つは目の前のことに集中する「集中瞑想」でしたが、これは、目の前に起こったことに善し悪しの判断を加えずにありのままを受けとめる「観察瞑想」です。</p>

<p>【やり方】<br />
空を見上げてみましょう。「西の空が赤いけれど、高いところは青いな」「飛行機が飛んでいる」など、いろいろな気づきがあるはず。「今日はお出かけ日和だな」「雨が降りそうで気分が落ち込む」といった善し悪しの判断はせず、ありのままを観察することがポイントです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260204kawanotaishu1.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 26 Feb 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[川野泰周（僧侶、精神科医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>損得・コスパ重視は人生を貧しくする　僧侶・名取芳彦が教える「心おだやかに生きる技術」  名取芳彦（僧侶）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13723</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013723</guid>
			<description><![CDATA[コスパ、タイパ重視の現代は、ストレスの多い時代といえます。僧侶の名取芳彦さんは、人生に損得勘定を持ち込まないこと、急がずに、他人と比べずに生きることの大切さを説きます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="心に余裕のある生き方とは？" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_window.jpg" width="1200" /></p>

<p>情報に追われ、費用対効果（コストパフォーマンス）ばかりを求められ、心が休まらない現代。僧侶の名取芳彦さんは、損得勘定ばかり気にする人は、気づかないうちに人生も損得で考えるようになりかねない、と説きます。「人生の意味はまだ決まっていない」「キャンバスに絵を描いていくようなもの」という視点から、急がずに生きること、人と比べずに生きることの大切さを教えていただきました。</p>

<p>※本稿は、『PHP』2026年1月増刊号の内容を一部抜粋・再編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>比べることをやめれば、心おだやかな時間が増える</h2>

<p>まわりと比べて焦る人がとても多いようです。他と比べると、全体の中で自分がどこにいるのかハッキリします。しかし、比べても自分の力が変わるわけではありません。</p>

<p>比べる弊害について、ある僧侶は「比べて悲しむと自分を失う。比べて喜ぶと人を傷つける」と言ったそうです。名言だと思います。</p>

<p>2位の人が1位の人と比べて悲しめば、実力をアップするために自分がやるべき課題が見えにくくなり、自分を見失います。<br />
比べて「あなたより私は上だ」と喜べば、自分より下の人を傷つけることになります。比べられた人にすれば、バカにされたのと同じだからです。</p>

<p>ですから、心おだやかな人を目指す仏教は「比べることから離れたほうがいい」と説きます。私もそう思います。<br />
かつて私は、他と比べてばかりいた時期がありました。そのたびに心が乱れていたのです。しかし、比べる弊害を納得したおかげで、他の人と比べないようになりました。心おだやかな時間が増えたのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人生に損得勘定を持ち込まない</h2>

<p>また、最近は情報に追われ、わかりやすい費用対効果（コストパフォーマンス）ばかり求める人も増えているそうですが、情報に追われているように感じる人は、自分が興味ある情報を、こちらから拾いにいく意識を持てばいいでしょう。</p>

<p>お金は使うものですが、欲深い人はお金に使われ、振りまわされます。情報も自分が使うもので、使われるものではありません。情報に追われ、押し流されていると感じるなら、情報に使われているのです。</p>

<p>そんなときは、自分の状況を冷静に振り返るといいでしょう。私の場合、「情報を整理して使っているというより、情報に翻弄されている」と気づいて、ネット上をウロウロしなくなりました。情報量が少なくても、ほとんど困りません（坊主という生き方をしているからかもしれません）。</p>

<p>仕事としてたくさんの情報が必要な人は多いでしょう。しかし、仕事（生活）は人生とイコールではありません。仕事や生活という表皮の下にある人生が充実しているかを問う時間を持って情報に接したほうが、心おだやかでいられます。</p>

<p>コスパについては、「プライスレス」という感覚でとらえてみるといいと思います。あなたの人生は、損得でもコスパでも計れない、プライスレスなのです。</p>

<p>損得は経済用語です。「ある品物をどのスーパーで買うと損で、どのスーパーなら得か」などは、経済の話だからいいのです。しかし、損得ばかり気になれば、経済価値の損得が、人生にしみ込んでいきます。</p>

<p>「自治会の役員なんか引き受けたら損」「あの人には黙って従っていたほうが得」など、気づかないうちに人生も損得で考えるようになりかねません。</p>

<p>損得で動く人は、損をしないために人を裏切ったり、得をするなら悪いことをたくらんだりします。ですから、私は、人生に損得勘定を持ち込む人を信用しません。</p>

<p>コスパばかり気にしている人も同様です。知らないうちに、自分や他人の人生をコスパで計る寂しい人になる危険性があります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>一生をかけて1枚の絵を描く</h2>

<p>「人生に意味はありますか？」と質問されることがあります。私は「決まった意味なんかないでしょう」と答えます。すると、相手は「無意味ですか！」と驚きます。</p>

<p>私はあわてて「無意味ではなく、まだ決まっていない&quot;未意味&quot;ということです」と説明します。</p>

<p>私たちの人生は、キャンバスに絵を描いていくようなものでしょう。失敗の絵の上に成功の絵が上描きされることもあります。失敗が成功のもとになったのです。</p>

<p>ピンチのすぐ横にチャンスを描くこともあります。ピンチをチャンスに変えるためです。愛の絵の上に裏切りの絵が重ね塗りされることもあるでしょう。</p>

<p>そのときそのときで、絵のタイトルは変わります。このタイトルこそ、そのときの自分の「人生の意味」と言っても過言ではありません。最終的に意味が確定するのは自分が死ぬときかもしれません。</p>

<p>アメリカの文化人類学者のメアリー・キャサリン・ベイトソンは、同様のことを「死というのは物語の終わりと同じ。タイミングによって、それ以前の出来事の意味が変わる」と言っています。</p>

<p>人生という絵を急いで描き上げても新しいキャンバスが手に入るわけではありません。私たちは一生をかけて1枚の絵を描きつづけるのです。</p>

<p>どれだけ急いで描いても仕上がらない絵を描いているとわかれば、急ぐことはない、急いでも仕方がないと覚悟できます。そこから、心に余裕のある生き方ができるようになります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>迷ってもいい、待ってもいい</h2>

<p>急がなければ、なにげない時間や出来事に、かけがえのなさやいとおしさを感じられる可能性が増えます。</p>

<p>私の気づきは「生まれて初めて64歳になった」「今日は自分の命の第一線。自分の人生の最前線だ」という事実でした。そのことに気づいてから、丁寧な生き方ができるようになった気がします。</p>

<p>急がなければ、まわりもよく見えます。<br />
瓦のすき間に生えている草に「生きる場所、そこにもあるのか屋根の草」の言葉を重ね合わせることもできます。そうすれば、たとえば将来施設で暮らすことになっても、そこで堂々と生きていく覚悟ができます。</p>

<p>どうしようと迷い、動き出せないことにモヤモヤしている人に、「人は決めないと動けないからね。あなたはまだ決めていないから動けないのは仕方がないんだ。『決められるまで待とう』と決めるのも一つの方法だよ」と言えるようにもなります。</p>

<p>SNSの「いいね」を期待して投稿している人に「共感を求めすぎれば、相手には面倒だから、かえって人とつながれないよ」とアドバイスするだけでなく、自分でも「いいね」を求めなくなります。</p>

<p>また、急いでいることに気づけない人との共通項も、急がない生き方をすると気づくようになります。初対面の人と天気の話をするのは、それが二人の共通項だから。その話をすれば心の距離が縮まるのです。</p>

<p>この共通項の気づきが、やさしさが発生する土壌になります。急いでいる人は「私は私、あなたはあなた」と割り切っていることが多く、共通項に気づきにくいので、やさしくない人が多いのです（私の偏見かもしれません）。<br />
いかがでしょう。急いでも人生にはあまりいいことはないように思われます。「急がないこと」の効用について、数年に一回チェックできたらいいですね。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_window.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 26 Feb 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[名取芳彦（僧侶）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>どれだけ頑張っても満たされない理由　私たちを消耗させる“不足のループ”  武末有希子（「そとがわメソッド」開発・講師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13742</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013742</guid>
			<description><![CDATA[どれだけ成果を出しても安心できないのは、意志や努力の問題ではありません。武末有希子さんが、人を消耗させる「不足のループ」が生まれる理由と、その構造を解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="武末有希子 「そとがわメソッド」" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_zangyo2G.jpg" width="1200" /></p>

<p>どれだけ努力して成果を重ねても、心の奥に落ち着かなさが残る。そんな感覚を抱えたことはありませんか。「そとがわメソッド」を開発した武末有希子さんは、その原因を「今の私は足りていない」という無意識の前提にあると指摘します。この前提に立つかぎり、達成や評価は一時的な安心しかもたらさず、やがて次の不足感が生まれてしまうのです。</p>

<p>本稿では、私たちを消耗させる&quot;不足のループ&quot;の仕組みと、ポジティブ思考だけでは抜け出せない理由をひも解きます。</p>

<p>※本稿は、武末有希子著『自分を否定しない練習』（インプレス）より、一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>足りない私を前提にした人生設計</h2>

<p>私たちが日常で抱える多くの悩みや不安を丁寧に掘り下げると、共通の前提が浮かび上がります。それは「今の私では足りていない」という前提です。</p>

<p>・「もっと愛されたい」には「今の私は愛されていない」が潜む。<br />
・「もっと認められたい」には「今の私は十分ではない」という感覚がある。<br />
・「もっと安心したい」という願いは「今の私は不安定で危うい」という前提に立っている。</p>

<p>この前提を抱えたまま生きると、どれだけ努力しても行動の多くが「不足を埋めるためのもの」になります。昇進を目指して働いても、収入を増やしても、人間関係を整えても、一瞬の満足は訪れますが、やがて別の不足が目に入ってきます。</p>

<p>たとえば、給料が上がった直後は「やっと安心できる」と感じても、少し経つと「もっと貯金を増やさなきゃ」「同年代と比べるとまだ足りない」と新しい不安が顔を出します。人から褒められたその瞬間は「私は価値がある」と思えても、「次はどうだろう」「評価されなかったら」と自己不安が再燃します。</p>

<p>つまり、どれほど成果を積み重ねても、心の奥に「足りない私」という前提があるかぎり、安心は長続きしません。むしろ成果を得るほど「まだ足りない」という感覚が強化され、次のゴールを追い続けることになるのです。</p>

<p>これが私たちを消耗させるネガティブループの正体です。喜びはすぐ色あせ、代わりに新たな不足が浮かぶ。心は常に「欠けている私」を前提に動き続け、安心や満足を味わう余地を失ってしまいます。</p>

<p>ここで大切なのは、「不足を埋めるための行動」と「本質からの行動」の違いに気づくことです。</p>

<p>・不足を埋める行動......足りなさを前提にしているため、達成しても満足は持続せず、やがて疲弊につながります。<br />
・本質からの行動......すでに満ちているという感覚から出発するため、行動そのものが喜びになり、結果に過度に左右されません。</p>

<p>では、なぜ私たちは「足りない私」を前提にしてしまうのでしょうか。それは性格の問題でも、努力不足でもありません。私たちが育った環境や過去の体験、そして自我という自動運転システムが、無意識のうちに「不足をベースにした生き方」を刷り込んできたからです。</p>

<p>この「不足を前提にした構造」がどのように生まれ、なぜ人をネガティブループに閉じ込めてしまうのか。ここからは、その仕組みをさらに深く見ていきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>不足のループはなぜ起きるのか</h2>

<p>「足りない私」を前提に生きていると、人生のスタート地点はいつも「まだ足りない」から始まります。そこから生まれるのが、尽きることのない不足のループです。</p>

<p>【不足のループの流れ】</p>

<p>①不足を発見する&rarr;自分に足りない点を見つけてしまう<br />
②それを埋めようと努力する&rarr;頑張って補おうとする<br />
③一時的に達成して安心する&rarr;ゴールに近づきホッとする瞬間が訪れる<br />
④すぐに新しい不足を見つける&rarr;安心は長続きせず、また欠けを探し始める</p>

<p>このサイクルは、まるでベルトコンベアに乗せられているかのように私たちを休ませることなく追い立てます。</p>

<p>【具体例：仕事・恋愛・お金】</p>

<p>・仕事<br />
昇進を目指して努力し、達成した瞬間は「これで安心できる」と思えます。けれどすぐに「次のポジションに行かなければ」「同期に遅れているかも」と新しい不足が浮かびます。</p>

<p>・恋愛や人間関係<br />
「もっと愛されたい」「もっと大切にされたい」と求めて努力しても、満たされた瞬間のあとには「もっと理解してほしい」「まだ足りない」という別の欲求が顔を出します。</p>

<p>・お金<br />
収入が増えて安心したはずが、やがて「もっと貯金をしなきゃ」「老後に足りないかも」と不安が膨らんでいきます。こうして「不足を見つけては埋め、また不足を探す」という無限ループに巻き込まれ、心の背景には常に「もっと頑張らなきゃ」「まだ足りていない」という焦りや劣等感が流れ続けます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自我が不足を探し続ける理由</h2>

<p>自我という自動運転システムは、常に「安全を確保すること」「不安を避けること」に特化しています。そのため達成の喜びに長くとどまることはなく、「まだ足りないところ」を探し続けてしまいます。</p>

<p>つまり心は常に「不足探しモード」で作動しており、安心や満足はごく一時的にしか感じられないのです。</p>

<p>【あなたへの振り返り】<br />
あなた自身も思い当たることがあるのではないでしょうか。</p>

<p>・どれだけ頑張っても心が休まらない<br />
・何かを手に入れても、すぐに「まだ足りない」と感じてしまう</p>

<p>これこそが、不足のループの正体なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ポジティブ思考の限界</h2>

<p>「不足のループ」に対抗しようとして、多くの人がまず試みるのがポジティブ思考です。「できていない私」ではなく「できている私」に焦点を当てる。「不安」ではなく「希望」に意識を向ける。確かにその瞬間は気持ちが軽くなり、未来に光が差したように感じられるでしょう。</p>

<p>たとえば、</p>

<p>・仕事で失敗したときに「私はダメだ」と思う代わりに、「この経験を糧にして成長できる」と言い聞かせる。<br />
・恋愛でうまくいかないときに「やっぱり愛されない私だ」と思う代わりに、「もっと素敵な出会いが待っている」と考える。</p>

<p>こうした切り替えは、一時的に前向きな気持ちを取り戻す助けになります。さらに、ポジティブな意味づけはストレスを和らげ、挑戦を続ける力を与えてくれます。前向きな姿勢は人間関係にも良い影響を与え、相手との信頼や協力を育みやすくします。</p>

<p>また「きっと何とかなる」と考えられると、思考は閉じずに広がり、新しい可能性を見つけやすくなるのです。つまり、ポジティブ思考には「感情を回復させる応急処置」としての確かな効果があるのです。</p>

<p>問題は、心の土台が依然として「足りない私」のまま残っていることです。不足を前提とした自己定義が変わらない限り、ポジティブ思考は不足の上に鮮やかな色を塗っているにすぎません。</p>

<p>言い換えれば、傷口にしっかり処置をせず、その上から絆創膏を貼っているようなもの。見た目には整っているようでも、内側にはまだ痛みや炎症が残っている。だから時間が経てば、また痛みが表面化してしまいます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>心理学から見た限界</h2>

<p>心理学的に言えば、ポジティブ思考は「リフレーミング（枠組みの変換）」の一種です。</p>

<p>確かに「失敗」を「学びのチャンス」と捉え直すことで、一時的に気持ちは軽くなります。しかし、これはあくまで「出来事の意味づけを変えている」だけにすぎません。心の奥にある「私は足りない」という自己定義そのものは変わらず残ってしまうのです。</p>

<p>そのため、表面上は前向きになっても、別の出来事が起きれば再び同じ不足感に引き戻されてしまいます。つまり、リフレーミングは気持ちを和らげる即効性はあっても、根本の立ち位置を変える力までは持っていないのです。</p>

<p>さらに注意が必要なのは、ポジティブ思考が逆に苦しみを増やすことさえある、という点です。</p>

<p>・「前向きでいなきゃ」<br />
・「ネガティブを考える私はダメだ」</p>

<p>こうして無理に切り替えようとするほど、かえって自分を責める材料を増やしてしまいます。つまり、「ポジティブでなければならない」という新しい義務感が加わり、心の負担が増してしまうのです。</p>

<p>だからこそ、ポジティブ思考は「悪いもの」ではありません。むしろ上手に使えば、感情を回復させたり、次の行動への勇気を与えてくれる有効な道具です。</p>

<p>ただし、それを根本解決だと勘違いしないことが大切です。大切なのは、ポジティブな言葉で上塗りすることではなく、そもそも心の立ち位置が「不足を前提」に置かれていることに気づくこと。そして、その構造そのものを見直すことなのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_zangyo2G.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 25 Feb 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[武末有希子（「そとがわメソッド」開発・講師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>母の介護で疲れ果てた心を救ってくれた猫 幸田露伴の曾孫が明かす「猫時間」の癒やし  青木奈緒（エッセイスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13718</link>
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			<description><![CDATA[エッセイスト・青木奈緒さんが母から受け継いだ処世術は「悲しみを猫に被けること」。猫が与えてくれた元気の取り戻し方、不用意に急かされずに生きるヒントを語ります]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="猫と過ごす時間が心を癒してくれる" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_cat4.jpg" width="1200" /></p>

<p>何か悲しいことがあったとき、「その気持ちをひととき猫に被（かず）けてごらん」と母から教えられてきた、エッセイストの青木奈緒さん。<br />
猫を膝の上に抱え、ひととき猫のまるさになぐさめられるーー。<br />
母から受け継いだ「猫時間」は、忙しさや喪失の中で心を静かに整える処世術でした。<br />
急がず、不用意に急かされずに生きるためのヒントを、母と、飼っていた猫「うりこ」の思い出とともに語ります。</p>

<p>※本稿は、『PHP』2026年1月増刊号の内容を一部抜粋・再編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ちょっと猫に担ってもらいなさい</h2>

<p>心にぽっかりと穴があいたまま、この5月には1年になろうとしています（※）。いずれ時が癒やしてくれるのでしょうけれど、今はまだ折々に、身体の中に空洞があるように感じています。</p>

<p>子どものころから私は猫が好きでした。10歳で念願かなって白い和猫を飼ってもらい、以来、気がつけば50年、猫と一緒に暮らしてきました。</p>

<p>猫とのつきあい方は母が教えてくれました。世話の仕方はもちろんですが、猫と一緒に暮らす、一種の処世術のようなものかもしれません。</p>

<p>たとえば、何か悲しいことがあったとき、いつまでも自分の悲しみに囚われていないで、「その気持ちをひととき猫に被（かず）けてごらん」というのです。「被ける」は今ではあまり聞かなくなったことばですが、「かぶせる」とか「転嫁する」。つまり、ひとりでは抱え切れない悲しみを「ちょっと猫に担ってもらいなさい」というようなニュアンスです。</p>

<p>そしてこんなことを言ってなぐさめてくれました。「猫は身体中がやわらかくてまるいのよ。耳の先はぴんと尖っているように思うかもしれないけど、よく見るとびっしり細かい毛がはえていて、先はまるいの。悲しいことがあったとき、あったかくてまるい猫を抱えていれば、こっちの気持ちも少しずつまるくなって、悲しみもやわらぐの」と。遠い日に、母自身も猫の耳の先のまるさになぐさめられたことがあったに違いありません。</p>

<p>言うなれば、「猫時間のすすめ」でした。まるい猫を膝の上に抱えて、自分も背中をまるくして、ひとときのペースダウン。その間に元気を取り直して、また日常復帰しなさい、という母なりの処世術なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>せめて猫1匹、あなたの側に</h2>

<p>実は、この50年のうちで、ほんの短い間だけ、猫がいなかった時期があります。私は溺愛していた猫を見送ったばかりで、寂しく、気落ちしていました。</p>

<p>「もう1匹、飼おうよ」と言い出したのは母でした。母は私が悲しむのを見ていられないというのです。当時、私は40手前の独り身で、母は70代の半ばにかかるところでした。「次に飼う猫を私は最後までは看取れないと思う。でも、私が死んでお葬式を出したあと、あなたが誰もいない家に帰ってひとりでぽつんとしているところを想像するだけでたまらないから、せめて猫1匹、あなたの側に置いてゆきたい」と。ずいぶん身勝手な理由ではありませんか。</p>

<p>そのとき母はもちろん、父も元気で、歳を重ねてもふたりそれぞれに仕事で忙しく暮らしていました。何をそんなに急いで死ぬ準備をしているのやら、と私は真に受けず、私が話を進めない限り、母は諦めるしかないだろうと思っていました。</p>

<p>けれど、このときの母は違っていました。自分で知り合いのつてを頼って、アメリカンショートヘアの子猫を手に入れました。かわいくない子猫なんていませんが、私の心にはまだ前の猫が住んでいましたし、新しく迎えた猫ともいつかきっと別れが来ることを思うと、世話をしつつも、初めのうちはどこか冷めた接し方だったように思います。</p>

<p>その猫は子猫のころ、首から背中にかけてまるで猪の子のうり坊そっくりの縞模様があって、女の子だったので、「うりこ」という名になりました。</p>

<p>母は相変わらず「うりこはあなたのために飼った猫よ」と言いつづけていましたが、その後、私は自分でも思いがけなく結婚して、うりこは母のもとに残りました。</p>

<p>しばらくは特にどうということもない、おだやかな日々でした。けれど、父が急に他界すると、母は気力を失い、坂道を転げるように老いていきました。昨日までできていたことが急にできなくなったりするのです。不安が生じ感情的にも不安定になった母を、うりこがどれだけ慰めてくれたことか。うりこにそのつもりはなかったでしょうけれど、温かなぬくもりの猫が側にいるといないとでは大違いです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>不用意に急かされずに生きる</h2>

<p>やがて母には介護が必要となりました。幸い私はすぐ近くに住んでいましたから、ヘルパーさんの助けも借りつつ、なんとか母を支える日々がつづきました。食事をはじめとする身のまわりの世話、お風呂のあとは、つづけて洗濯、掃除、買い物......。その間に予期せぬ出来事も起きますし、母の感情の浮き沈みは直に私に影響します。自分の家庭のことは二の次、三の次になり、書く仕事は減るにまかせていましたが、少ないながらも残った仕事は務めなければなりません。</p>

<p>そんな中で、私にとってもうりこは救いでした。そして大切なことを気づかせてくれる存在でもありました。</p>

<p>私は母に対してやさしく、とまでは言えなくても、なるべくおだやかに、おだやかさを不変にするように心がけていました。が、疲れがたまると、どうかした拍子に声が荒くなるのです。自分の声にびっくりしたことも、二度や三度ではありません。そんなときには夫に対しても、「どうしてわかってくれないの？」という態度になりがちです。</p>

<p>結局、私はうりこに対して一番やさしく接していられたような気がします。直接ことばは通じませんから、理解してほしいという期待もありませんし、機嫌よく寝ていてくれれば私の心は平安です。猫は小さな動物で、介護が必要な人とは大変さはまるで違うのですが、それでも食事の世話もトイレの始末も、考えようによっては似ています。私は自分の疲れ具合と心のバランスを、うりこに接するときにチェックするようになりました。</p>

<p>日々いろいろなことに追われていれば、心が急くのはあたりまえです。それでも心急くままに忙しさをふりまわすのと、ものごとを手早くするのは違います。かかる時間は一緒でも、受け手には違った印象を与えるでしょう。急がずに生きるということは、不用意に急かされずに生きるということではないかと、これはうりこに気づかせてもらったようなものです。</p>

<p>その後、母はさらに多くの助けを必要とするようになって施設に入所し、うりこは夫と私のもとに引っ越しました。</p>

<p>母を在宅介護していたとき、私は祖母の代からの歴代の猫たちについての連載エッセイを書いていました。その最終回にはもうすぐ20歳を迎える元気なうりこを書きました。が、連載が1冊の本になったとき、うりこはもうこの世にいませんでした。</p>

<p>うりこより先に寿命を終えるつもりでいた母は、年齢相応に不調がありながらも、どうにか元気に過ごしています。が、家にもううりこがいないことを知りません。私は机に飾っているうりこの写真に目を留めるたび、ふーっとひと息をついてペースダウンして、また気を取り直すことにしています。</p>

<p>※2023年当時</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 25 Feb 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[青木奈緒（エッセイスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>陶芸家・SHOWKOが器をわざと割る理由　金継ぎに学ぶ「心の修復法」  SHOWKO（陶芸家、アーティスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13710</link>
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			<description><![CDATA[陶芸家・SHOWKOさんが用いる「金継ぎ」の技法は、割れた破片をつなぎ合わせることで、新品より強く存在感が増すそう。「人の心も同じ」と語るSHOWKOさんが、ネガティブな感情との向き合い方を語ります]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="気持ちの整理がつかないときは言語化してノートに書き出す" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_notebook.jpg" width="1200" /></p>

<p>陶磁器が割れてしまったとき、それを修復する方法として「金継ぎ」があります。<br />
破片を継ぎ合わせて金粉などで装飾し、割れ目を「景色」として愛でる技法で、陶芸家のSHOWKOさんは、人の心も同じく「傷や失敗をなかったことにする必要はない」と語ります。<br />
つらいことや悲しいことがあったとき、どのようにして自分の感情と向き合えばよいのでしょうか。<br />
SHOWKOさんが実践している言語化の方法を教えていただきます。（取材・文：キムラミワコ）</p>

<p>※本稿は、『PHP』2026年1月増刊号の内容を一部抜粋・再編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>傷を隠すのではなく、生かす</h2>

<p>私は器のデザインや陶板画の作品制作をしていまして、作品の一つに、陶磁器の破片を金継ぎの技法で継ぎ合わせたものがあります。</p>

<p>仕事柄、器が割れることには慣れていますが、ものが壊れていく音というのは、やっぱり聞きたくありません。誰かと使った思い出が詰まった器だったら、なおさら悲しくなります。</p>

<p>そんな形あるものが壊れる悲観的なイメージを払拭してくれるのが金継ぎです。</p>

<p>日本古来の伝統技法で、割れた陶器の破片を漆で継ぎ合わせて、金などの金属粉を蒔（ま）いて装飾します。</p>

<p>傷を隠すのではなく、生かす。今を生きる人たちの背中を押すような、見た人の活力になってほしいという想いからつくりはじめました。修復したところを「景色」と呼び、あえて柄のように目立たせる美意識もすてきだなと思います。</p>

<p>金継ぎをするのは、大切なものを手放したくないから。壊れた事実も、修復に費やす手間や時間も含めて、手元に存在していることに癒やしを感じるのでしょう。</p>

<p>私の作品制作は、一度つくった陶磁器を意図的に叩き割ることからはじまります。割るのは一瞬ではかないものですが、散らばった破片の美しい佇まいに、思わず見惚れてしまいます。</p>

<p>そして、割れた破片を継いでいくと、新品のものよりも不思議と存在感が増して、エネルギーを感じるのです。</p>

<p>私たちも同じではないでしょうか。悩んだり、悲しい経験をしたりすることで、より強くなれる。傷や失敗をなかったことにする必要はないのだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>言語化してノートに書き出す</h2>

<p>つらく悲しい出来事で心が割れたとき、私はそのネガティブな感情を言葉にして書きとめます。誰にも話せない悩みや、気持ちの整理がつかないときなど、負の感情を自分の中にとどめておくのは精神的によくないので、言語化してノートに書き出すのです。</p>

<p>書くことは、「いったん落ち着いてみようか」という自分自身への声がけでもあります。起きてしまった出来事や誰かを恨み続けるのではなく、自分のために書くことで、心も癒やされます。</p>

<p>そして、気持ちが落ち着いたら、「なぜ？」と問いを重ねていきます。たとえば誰かに怒っているときに「腹が立つわー！」など、感情を吐き出したら、その言葉を見返して「なぜ腹が立ったのか」と問います。相手にしてほしかったことなど、怒っている理由を書き出します。</p>

<p>そうしたら今度は「なぜそうしてほしかったのか」と次の問いにつながっていきます。これ以上因数分解できないくらい、納得のいく「素数の答え」になるまで、自分の感情を何度も問い続けるのです。</p>

<p>すると、自分の気持ちを俯瞰して見ることができますし、自分が置かれた状況を理解することもできるようになります。</p>

<p>割れた破片を継ぐように、小さく分解した言葉を一つひとつつないでいきます。ネガティブな感情と向き合うことで、心の器は大きく、より強くなっていくんだと思います。</p>

<p>気持ちを書きとめたノートをのちのち見返したとき、自分の成長や環境の変化にも気づくでしょう。また、心の傷みを知っていることで誰かの支えになれるし、状況に適した言葉もかけてあげられると思うのです。</p>

<p>だからといって、自分を追い詰めてはいけません。粉々になった陶器が修復できないように、心も粉々に打ち砕かれてしまうと立ち直れなくなります。「もうダメ」と行き詰まったときは、執着せず手放せばいい。その場所から逃げることがあってもいいのではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>出した答えを正解にする</h2>

<p>4年前（※）、人生でいちばんつらい出来事がありました。それは10年間一緒に過ごした夫とのお別れです。幼い2人の子供を抱えて住む場所にも困り、「これからどうしよう」と......。</p>

<p>このときも切なさや不安をたくさん言葉にして、何度も問い続けました。気持ちを整理していく中で、家族や人とのつながりについて考えました。</p>

<p>このような折、たまたま知り合った方とその友人の方2人と、同居することがありました。私と子供、合計5人での暮らしです。新しい家族の形かもしれませんが、コロナ禍でも笑いがある楽しい日々を過ごすことができました。</p>

<p>そんな「拡張家族」は、お互いを縛ることなく、場所や知識をシェアしながら一時的に時間を預かり合うことで、ちょうどいい具合に助け合うことができる関係です。</p>

<p>家族って近い存在だから頼ってしまうし、執着してしまいます。「同じ時間や場所を共有している」くらいの気持ちでいるほうが距離感としてベストなんだとこれまでの経験から思いました。</p>

<p>人づきあいも一緒で、いろんなことに深入りすればするほど関係はネバネバしてきます。サラッとした関係を心がけるほうが、相手に対して思いやりが持てるような気が今はしています。</p>

<p>それは相手を信頼していないということではなくて、一方的に期待したり求めすぎたりしないということ。もし別れが訪れたら、最後は相手の幸せを願ってあげられることが大事だと思うのです。</p>

<p>こうした人づきあいの方法にかぎらず、何事においても、自分が選択したことが正解かどうかはわかりません。でも、何度も自分に問いかけて、気持ちを整理して、見つめ直して決めたことであれば、決めたあとは、出した答えを正解にしていくように歩んでいくと、きっと大丈夫なのではないか。私は今、そんなふうに考えています。</p>

<p>※2022年当時</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_notebook.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 25 Feb 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[SHOWKO（陶芸家、アーティスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>人生は、“瞬間の積み重ね”　禅に学ぶ、定命を生き切るための心の持ち方  枡野俊明（曹洞宗徳雄山建功寺住職）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13678</link>
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			<description><![CDATA[「長生き」を人生の目標にするのではなく、その瞬間を楽しむことで充実した人生を送ることになると、禅僧の枡野俊明氏は語ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="枡野俊明著『人生は、瞬間の積み重ね』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_man_sky_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>生から死までの間を一般的に&quot;寿命&quot;といいますが、人の命の長さは生まれた時から定まっていると考える禅では、&quot;定命&quot;といいます。</p>

<p>その定められた命をどう生きるか――。多くの財産を築いたり、社会的な地位を得たりすることを目的にしている方もいるでしょう。ただ、曹洞宗徳雄山建功寺住職の枡野俊明さんは、「その瞬間に、その場所、場面で、自分がやるべきこと、できることを、精いっぱいやっていく」ことが大切であり、それは「よく生き、よく死ぬ」ことにつながるのだと説きます。</p>

<p>本稿では、定命を全うする上で大切にしたい心の持ち方について紹介します。</p>

<p>※本稿は、枡野俊明著『人生は、瞬間の積み重ね』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>&ldquo;相応の自分&rdquo;を受け容れる</h2>

<p>禅では「苦」をこう考えます。思いどおりにならないことを、思いどおりにしようとするところに、苦しみが生まれる。努力しなくても、歳だけはとる、という言葉があるようですが、歳を重ねるのは誰にも等しく与えられた定め。自分の思いどおりにはなりません。</p>

<p>「いつまでも30歳のままでいたい」「健康な自分でいたい」いくら願ったところで、そうなるはずはないのです。願えば願うほど(思いどおりにしようとすればするほど)、そうならないことで悩み、苦しむことになります。</p>

<p>苦しまないコツはひとつ、定めに抗わないこと、無駄な抵抗はやめることです。ただし、流れにまかせっぱなしにすることと抗わないこととは違います。「もう、いいや......」と身なりをかまわなかったり、身体を動かさなかったり、食事に気を使わなかったりするのはまかせっぱなしです。</p>

<p>抗わないこととは、体力や気力を保つための努力はしていく、食事にも注意を払う、生活を規則正しいものにする、身なりや美しさにも気配りする、といったことはしたうえで、執着しないことです。人は誰でも、(努力、気配りをすることを含めて)その人&quot;相応&quot;に歳をとっていくのですし、それがいちばん自然なのです。</p>

<p>ハダカデバネズミというネズミの仲間の哺乳類がいます。じつはこのハダカデバネズミは老化しないのです。ですから、老衰死することはなく、死ぬのはケガや病気によってです。しかも病気にはなりにくいといいます。</p>

<p>「なんともうらやましい！」そう思いますか。もちろん、現実にはあり得ないことですが、60代、70代になって、見かけが、たとえば、20代、30代である自分を想像してみてください。それが誇らしいでしょうか。うれしい気持ちになりますか。</p>

<p>そうではないでしょう。実年齢とのあまりのギャップをつらいと感じたり、恨めしいと思ったり、するに違いないのです。心が病んで、20代、30代の&quot;姿&quot;のまま死んでしまう、ということになるかもしれません。そこに「よき死」はありません。&quot;相応の自分&quot;を受け容れて、一生懸命、楽しく、生きていきましょう。それが「よき死」へのたしかな足どりです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>欲ばるほどに、心は貧しくなる</h2>

<p>「知足」を知っていますか？文字どおり、「足る」を「知る」ということです。お釈迦様は知足について、こんな言葉を残されています。</p>

<p>「知足の人は地上に臥(ふ)すと雖(いえど)も、なお安楽なりとす。不知足の者は天堂に処すと雖も亦意(こころ)に称(かな)わず。不知足の者は、富めりと雖も而(しか)も貧し」</p>

<p>その意味は、足るを知る人は、地上に寝るような生活をしていても、心安らかで、幸福を感じていられる。足ることを知らない者は、天にある宮殿のような処に住んでいても、心が満足することがない。足ることを知らない者は、どれほど裕福であっても、心は貧しい、ということです。</p>

<p>足ることを知るとは、いま、自分が置かれている環境や状態、持っているものに関して、「もう、これで十分。ありがたいなぁ」と思えること、その心でいること、といっていいでしょう。欲から離れること、と考えてもいいですね。</p>

<p>欲というのはとてもやっかいです。なにかが「欲しい」と思い、それを手に入れて、満足感を覚える。しかし、その満足感は長くはつづきません。すぐにもまた別のものが欲しくなるのです。いったん欲にとらわれると、際限がなくなります。歯止めがきかなくなるのです。</p>

<p>しかし、欲しいもののすべてが手に入るはずもありません。その結果、心がかき乱され、騒ぐことになる。「欲しい、もっと、欲しい」という思いにふりまわされるのです。ふくれあがった欲は、どんどん心を貧しくします。どこかで断ちきらないと、その貧しい心のまま人生を終える、ということにもなりかねません。</p>

<p>自分の暮らしを振り返ってください。必要なものは大体備わっているはずです。もちろん、あればもっと便利になる、より快適に暮らせる、というものはあるかもしれません。しかし、それらは「なくてもいい」ものでしょう。</p>

<p>欲を断ちきるヒントがここにありそうです。欲しいか、欲しくないか、ではなく、「なくてもいい」かどうか、という視点でものと向き合っていくのです。道元禅師にこんな言葉があります。</p>

<p>「放てば手に満てり」</p>

<p>欲を手放したら、心に豊かさが満ちてきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「長生き」を目標にしない</h2>

<p>長生きは、あくまで結果であり、目標ではない。目標にすべきなのは、どんな一日も、もっとフォーカスすると、どんな瞬間も、充実してすごすことでしょう。よくこんな質問を受けることがあります。</p>

<p>「坐禅をすると、どんなよいことがありますか？」</p>

<p>坐禅の&quot;効用&quot;を知りたいというわけです。しかし、坐禅はなにかのためにするのではなく、なにかよいことを得るためにするのでもありません。つまり、&quot;手段&quot;ではないのです。すわること自体が目的であり、すわることがすべてなのです。それ以外のことはいっさいなし、です。ですから、すわることだけに集中することができますし、そこに充実感も、心地よさもあるのです。</p>

<p>自分のしたいこと、楽しいこと、心地よいこと、充実できること......を脇に置いて長生きにつとめるなんて、つまらないと思いませんか？時間が、瞬間が、もったいなくはないですか？</p>

<p>健康(長生き)のためのジム通いより、カメラをぶら下げて、大好きな写真を撮って歩くほうが、前からやってみたかった陶芸を始めるほうが、ずっと楽しいし、充実している、と思うのですが、いかがでしょう。</p>

<p>定命が尽きようとするときに、「長生きするためにしてきた、あの努力はいったいなんだったのか」という思いになるのと、「やりたいことが十分にできた。いい時間をすごせたなぁ」と思えるのと、さて、どちらがいいですか？</p>

<p>&quot;目標は長生き&quot;のスローガンは捨てましょう。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_man_sky_1.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 25 Feb 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[枡野俊明（曹洞宗徳雄山建功寺住職）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>林家木久扇が語る喉頭ガン闘病記。声を失う恐怖と「ガン細胞を叱る」驚きの向き合い方  林家 木久扇（落語家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13695</link>
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			<description><![CDATA[76歳のときに発覚した咽頭ガンの経験と「病をする」ことの意味について、自らの言葉で語って頂きます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="林家木久扇さん　アトリエにて" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260131Hayashiyakikuou01.jpg" width="1200" />写真・渡邉茂樹</p>

<p>林家木久扇さんは2024年3月、日本テレビ系の長寿番組『笑点』を卒業されました。初めて『笑点』の大喜利メンバーに抜擢されたのが31歳、以来55年の長きにわたりレギュラーをつとめてこられました。</p>

<p>「わたしそんなに丈夫じゃないんです。」と仰る木久扇さんは、実際その間に、腸閉塞や胃ガンなどの命にかかわる大病を経験されたそうです。</p>

<p>本稿では、76歳のときに発覚した喉頭ガンの経験と「病を得る」ことの意味について、自らの言葉で語って頂きます。</p>

<p>※本稿は『人生は夕方からが美しい』（PHP研究所）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>コホン、コホンとへんな空咳が</h2>

<p><img alt="黄金のジョーク集" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260131Hayashiyakikuou03.jpg" width="1200" /><br />
林家木久扇さんがアイディアを書き留めておくノート、「黄金のジョーク集」<br />
写真・渡邉茂樹</p>

<p>2014年、76歳のときでした。コホン、コホンと空咳が出るようになったんです。<br />
風邪だろうと思って、近くのお医者さんに行き、薬をもらってきました。でも全然治らない。</p>

<p>おかみさんが「へんな咳だから風邪じゃないわよ。ちゃんと診てもらったほうがいいんじゃない？」と言うので、大学病院に行き、ガンが見つかりました。</p>

<p>内視鏡で見ると、声帯のわきのところに1センチくらいのオブラートみたいな白いものがへばりついていました。<br />
先生から「これは喉頭ガンです」と言われたときは、「は？」と思いました。だって、胃ガンをやってるんだから、てっきりもうガンにはならないと思っていたんです。</p>

<p>高座でもよくシャレでしゃべります。<br />
「病院の検査で喉頭ガンと言われたときは、頭を後ろから棒で殴られて気絶するような感じでした。後頭、ガン！」</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>初期だったので切らずにすんだ！</h2>

<p>考えてみれば、そのころ、忙しくて喉を使いすぎていたように思います。一日に3カ所、4カ所と高座をカケモチすることはザラだし、一回に15分から40分は高座でしゃべってましたしね。</p>

<p>検査では幸いにもステージ2の初期だったので、切らずに放射線を当てる治療だけですむことになりました。<br />
これがもう少し進んでしまうと、声帯やその周辺を手術で切らなくちゃいけない。<br />
やっぱり、ガンは早期発見が大切。そのためには定期検査が重要です。</p>

<p>放射線の治療は思ったより楽でした。患部に放射線を当てるというから喉が熱くなるのかと思ったら、そんなことは全然なくて。喉の左右に20秒くらい放射線を当ててそれで終わり。</p>

<p>副作用などもまったくなく、週5回、7週間の治療で終わりました。喉頭ガンの治療というから、すごく大変なものだと想像していましたが、医学の進歩はスゴイです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>治療が終わっても、声が出ない......</h2>

<p>不安はそのあとやってきました。治療が終わっても、声が出ないんです。<br />
先生に「いつ声が出るようになりますか」と筆談で聞くと、「個人差があって、すぐ出る人もいれば、1週間くらいで出る人もいる。2、3年たって戻る人もいる」と言います。</p>

<p>声が出ない人はいないけれど、ガンが消えても、いつから声が出るかはお医者さんにもわからないそうなんです。</p>

<p>声が出ないから、このころは『笑点』を休ませてもらいました。胃ガンのときは収録に病院から通いましたが、喉頭ガンでは声が出ないので、さすがに無言で座ってるわけにはいきませんから。<br />
テレビに映るわたしの席はあいたまま。あんまり長引くと、わたしの席に誰か別の人が座るんじゃないかと気が気じゃなかったですね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ギャラが出れば、声も出る!?</h2>

<p>9月4日に放射線の治療が終わり、先生から「喉頭ガンの治療はすべて終わりました」と告げられました。でも声が出ない。</p>

<p>声が少し出るようになったのは9月21日のことです。朝、おかみさんが「おはよう」と言ったんで、「おはよう」とかすかに声が出たんです。「お父さん、声が出るじゃない！」。掃除中の弟子たちも集まってきて、家中大喜びです。</p>

<p>その日は埼玉で落語会がありました。最初は「声が出ないから」とお断りしていたんですが、「出演してくださるだけでいいですから」と主催者が言ってくださって、せがれの林家木久蔵と一緒に出演することになりました。声が出なかったら、木久蔵にフォローしてもらうことにして。<br />
そしたら、わずかですけど、声が出たんですよ。</p>

<p>翌日は、予定していたテレビ番組があって、出演しました。まだ思うように声が出せませんでしたが、木久蔵が一緒に出て、「父はこう言おうとしているんです」とフォローしてくれて。前の日の埼玉の落語会で少し声が出たと聞いていたんで、ディレクターが番組の最後のほうにコーナーをつくってくれました。</p>

<p>そうしたら、ちゃんと番組でしゃべれたんです。<br />
心の中で、「声が出た！声が出た！」と嬉しかったですね。</p>

<p>その5日後の『笑点』の収録でも声がちゃんと出て、調子もほとんど戻っていました。病が完全に治ったんです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ガン細胞を叱っちゃえ</h2>

<p>喉頭ガンになったとき、最悪の状態を予想しました。噺家が声を失ったら、廃業するしかない。ここまで築いた数十年の芸能生活は終わってしまいます。</p>

<p>すると収入の道が途絶えます。当時、うちにはお弟子さんが10人、家族は孫も入れると7人いたので、計17人が路頭に迷うことになります。<br />
こりゃ、大変だと目の前が真っ暗になりました。</p>

<p>でも病気に負けちゃいられない。ガンに立ち向かおうと思って、ぼくの体の中にいるガン細胞を叱ったんです。</p>

<p>「おいガンよ、わたしは17人も養っているんだぞ。お前とつきあっている時間はないんだから。お前はこの前は胃に入ってきて、今度は喉頭だ。なんでそんなにわたしの中に入ってくるんだ。出てゆけ！」</p>

<p>喉頭ガンでしたから、声は出ない。でもなるべくガンに聞こえるようにと、本当にかすかな声で、ガンを叱りつけていたんです。<br />
そんなわたしの心がけを医師は「とてもいいことだ」とほめてくれました。前向きにガンに立ち向かっていく人は、早く治るんですって。</p>

<p>そうやって、毎朝、ベッドから起きるとガンを叱りつけていたら、前向きの心でガンがいなくなった。転移もなく、今は元気に生きています。</p>

<p>そういえば、ある人がこんなことを言っていたのを思い出しました。「人間の生体は毛穴も自分の情報を聞いている」って。</p>

<p>ガンに負けない。ガン細胞を叱る。<br />
「お前には負けないぞ」「負けないぞ」と体に言い聞かせていると、わたしの体も全身が反応して、ガン細胞を追い出そうとするんじゃないかと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>病気になって得したと思え</h2>

<p>負け惜しみじゃなくて、病気になったら得したと思うんです。もちろん病気になったこと自体は得ではないですが、その後の体験が貴重ですよね。<br />
たとえばガンになったのも、治ったのも初めての経験だし、病気を治しながら88歳という年齢を迎えられたのも貴重な体験です。</p>

<p>病気で苦労をすると、人生の深さみたいなものを感じるんです。今までちゃんと生きてこなかったな、と思っちゃってね。<br />
「病を得る」ってこんなに深い心境になることなんだなって。</p>

<p>家族や弟子に対する思いも違ってきます。やっぱり、わたしがいてあげなくちゃ、と強く思う。そんなこと、以前は思ったこともなかったですから。<br />
女の子の孫は今19歳。これからお嫁に行くでしょ。そのときにわたしが「いてあげなくゃ」と思うわけです。</p>

<p>小さいときは「じいじ、じいじ」とまとわりついて離れなかった子。わたしがいて結婚式に出席できれば、孫も嬉しいと思うんですよ。<br />
そんなふうに、目の前のものがいとおしく思えたり、未来に希望が持てたりするのも、病気の経験からだと思います。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 24 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[林家 木久扇（落語家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>石丸幹二が知った「立ち止まる勇気」　42歳で舞台を降板、休むことで見えた新しい景色  石丸幹二（俳優、歌手）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13713</link>
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			<description><![CDATA[劇団四季の看板俳優として17年間全力疾走してきた石丸幹二は、42歳のとき、体調不良で舞台を降板する。１年間の休養で見つけた「小さな幸せ」とは]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="日常の何気ない風景が明日への活力をくれることがある" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_yuuhi.jpg" width="1200" /></p>

<p>劇団四季の看板俳優として、年間200以上ものステージに立ち続けた石丸幹二さん。ところが42歳のとき、疲労の蓄積がピークに達し、1年間の休養を余儀なくされます。<br />
生活のペースが変わることで、それまで触れることのなかったものに出会う日々。初めて気づけた日常の美しさ、小さな幸せが、再び前に進む力をくれたといいます。（取材・文：辻 由美子）</p>

<p>※本稿は、『PHP』2026年1月増刊号の内容を一部抜粋・再編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>音楽で身を立てたい</h2>

<p>「わっ、こんなにおもしろいおもちゃがあるんだ！」<br />
音楽には関係のない、ごく一般的な家庭で育ちましたが、6歳でエレクトーンを習い始めたとき、そう思ったんです。</p>

<p>小学校、中学校、高校と楽器への関心がますます強くなり、サックス、トロンボーン、オーボエ、チェロなどにも挑戦。なかでも、中学校のブラスバンド部で出会ったサックスの虜になりました。<br />
音楽で身を立てたい―。いつしかそう思うようになり、一番得意なサックスで東京音楽大学に入りました。</p>

<p>大学2年生のある日、衝撃的な出会いをします。NHKの「芸術劇場」を見ていたら、ものすごい歌声が聞こえてきて画面に釘づけになりました。<br />
ジェシー・ノーマンというオペラ歌手の歌声でした。シューベルトの「魔王」を、声色や表情を変えながら1人4役で演じていたんです。その圧倒的なパワーと物語性に引きこまれて、涙が出てきました。</p>

<p>「彼女の声は、楽器を超えている！声でこんなふうに表現をしてみたい！」<br />
楽器から声に方向転換することに決めました。急ですよね（笑）。それくらい衝撃だったんです。そこから両親を説得し、猛勉強。東京藝術大学の声楽科になんとか合格できました。一生懸命がんばれば夢はかなうんだ。そう思いましたね。</p>

<p>大学には、世界トップクラスの歌手の方が講師として来てくださいました。三大テノールの1人、プラシド・ドミンゴさんが公開講義をしてくださったときのことです。<br />
学生の前で第一声を「ワーッ」と発したとき、そのあまりの声量、美しさ、人を魅了する力に圧倒されたんです。<br />
「こんな声は私には出せない......」<br />
瞬時に、そう思いました。棒のように細い私の体では、彼のような声量は物理的に出せないのです。その「ワーッ」の一声で、オペラ歌手になるのは難しいかもしれないな......と思うようになりました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>17年間、毎日が全力疾走</h2>

<p>ちょうどそのころ、授業で外国語の曲を意味がわからないまま歌うことに疑問を感じていました。「日本語で歌いたい」という思いが強くなっていったんです。<br />
ある日、そんな悩みを大学の先輩に話したら、「だったらミュージカルがいいよ。劇団四季に願書を出してみたら」と、オーディションの情報を教えてくれました。</p>

<p>ミュージカル......？ それまで一度も観たことがありません。劇団四季の名前さえ知らなかったんです。</p>

<p>実技後の面接で劇団四季の主宰者の浅利慶太さんに「劇団四季を知っていますか」と聞かれて、「はい、『会社四季報』は知っています」と大まじめに答えました（笑）。浅利さんはあきれて笑っていましたね。</p>

<p>「『オペラ座の怪人』という作品にラウルという役があるんだけど、勉強する気はある？」と聞かれて、なにも知らないのに「はい！よろしくお願いします！」と即答。なにが評価されたのかわからないのですが、運よく入団が認められました。</p>

<p>ただ、翌日からが地獄でした。一度もやったことのないバレエやダンス、演技の稽古がいきなり始まったんです。まわりは経験者ばかりで、私1人だけ目がまわり、足はからまり、体はまったく曲がらず......。</p>

<p>でも、やるしかない。やっぱり声で生きていきたかったんです。毎日、稽古の最後に課題が出て、翌日できていないと「明日から来なくて結構です」という世界です。深夜まで稽古場に残って必死でした。</p>

<p>3カ月後、「ラウルをやりなさい」と言われたときは、努力が報われたと思いましたね。がんばれば夢はかなうんだ。そのときも、ひしひしと感じました。</p>

<p>そこから17年、毎日が本当に全力疾走でした。公演当日にいい状態でないと役をおろされるからです。そんな環境で、年間200以上のステージに立ち続けました。</p>

<p>「観る天国、やる地獄」<br />
これは浅利慶太さんがミュージカルをひと言であらわした言葉ですが、その意味をかみしめる毎日でした。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>疲労の蓄積で歩くことすら困難に</h2>

<p>しかし、40歳を超えたころから「あれ？」と思うことが増えました。けがをしてもすぐ回復していたのに、長引くようになったんです。先輩からは「40歳になったら壁が来るぞ」と言われていたので、「ああ、これが壁か......」と。</p>

<p>42歳のとき、稽古の最中に背中に激痛が走り、首が動かなくなりました。一度稽古を休むと、そこから長年の疲労の蓄積が一気に出て、歩くことすら困難に。本番をむかえないまま稽古中の作品を降板する事態になったんです。</p>

<p>もう、これまでと同じペースで高い山を登るのは肉体的に無理だ。体を治すことに専念したい―。</p>

<p>休養は1年間続きました。舞台に集中している日々ではなかなか触れることがなかったものに出会う日々でした。散歩をして近所の様子を知ったり、聞いたことのないジャンルの音楽を聞いたり、手にとることのなかった本を読んだり......。</p>

<p>散歩のついでに書店に行くと、さまざまな本が目にとまりました。この『PHP』は昔から手にとっていましたが、このころは読みこみましたね（笑）。世間の方がなにを考えているのかを知りたくて、読者投稿のページにも目を通していました。</p>

<p>それと、散歩をしておどろいたのが、夕陽の美しさでした。舞台をやっていると午後からずっと劇場か稽古場にいるので、外に出ることがなかったんです。</p>

<p>日が暮れていく様子をじーっとながめていると、「夕陽って、こんなにきれいなんだ」と。日常のなにげない風景が、私にはとても新鮮だったんです。</p>

<p>一度立ち止まってみると、身近にある小さな幸せに気づけるようになって、心が少しずつほぐれていきました。限界まで力を出しつくしていた自分を、自然がリセットしてくれたんです。</p>

<p>今も時間があるときは散歩をして、自分の足であちこち歩きまわっています。実際に見て、心に焼きつけたことが、仕事への活力になってくれるんです。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 24 Feb 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[石丸幹二（俳優、歌手）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>職場で「いないと困る」と信頼される人が実践している3つの習慣  井上裕之（歯学博士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13374</link>
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			<description><![CDATA[なぜ、あの人はいつも周囲に選ばれるのか？職場や人間関係で「いないと困る」と思われる人が実践している3つの習慣を、『選ばれる人の100の習慣』から解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="選ばれる人が実践している習慣" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityLI/pixta_WorkingWomanLI.jpg" width="1200" /></p>

<p>なぜ、あの人はいつも周囲から「選ばれる」のか。それは、日々の習慣の積み重ねに理由があります。</p>

<p>本稿では、職場や人間関係の中で「この人がいないと困る」と信頼される人が共通して実践している3つの習慣を、書籍『選ばれる人の100の習慣』から紹介します。</p>

<p>※本稿は、井上裕之著『選ばれる人の100の習慣』（日経BP）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>誰でもできる誰もやらないことを率先してやり続ける</h2>

<p>誰もがやりたがらないような「面倒くさいこと」こそ、率先してやる。それが選ばれる人のさらに上をいく「いないと困る人」に共通する行動です。クレーム対応や雑務など、誰も手を挙げないときに動く人は、組織にとって「いないと困る人」になります。</p>

<p>新人のうちは「下働きは非効率」と感じるかもしれません。最近では電話対応も「やりたくない仕事」の代表のように見なされています。</p>

<p>しかし、一見、面倒に見える業務の中にこそ、周囲からの信頼や経験値が積み上がっていくチャンスがあるのです。</p>

<p>クレーム対応もそのひとつです。「申し訳ありません」「お気持ちをお察しします」「今後改善してまいります」と、真摯な姿勢で受け止めることで、多くのクレームは10〜20分程度で収束します。</p>

<p>避けるのではなく、やり方さえ知っていれば、むしろ成長と信頼のチャンスになる。だからこそ「やった者勝ち」と考えていいのです。</p>

<p>やることが多すぎると、仕事が回らないこともあります。そのようなときは「大切な２割」を見極めながら、優先順位をつけていくことも必要です。</p>

<p>ただ、それでも「誰かがやらなければ進まないこと」があったときはやはり自ら手を挙げる。それだけで、「ああ、この人はほかの人とは違う」と思われます。そんな人が選ばれる人であり、必要とされる人なのです。</p>

<p>「いないと困る人になる」ために、まずは面倒なことを引き受けてみる。たとえば職場でそういう存在になれれば、自然と自分の価値は上がっていきます。</p>

<p>上司の立場であれば、上司が率先してその姿を見せること。上司が逃げていては、若手が真似できるわけがありません。人が嫌がることをあえて担う。それが「信頼される上司の姿勢」です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「わざわざ伝える」を丁寧に続ける</h2>

<p>何かアドバイスをもらったときにどんな返事をしていますか？</p>

<p>ただ「わかりました」と返事をする人と、「それを自分はこう受け取り、こう活かしていきたい」と自分の考えを添える人では、相手に与える印象がまったく違います。</p>

<p>言われたことに対して真摯に反応し、自分の学びや行動にどうつなげるかを、具体的に伝えられることも、いないと困る人の共通点です。</p>

<p>こちらが伝えたひと言からさらに深く学び、書籍を読んで調べ、自分の仕事や人生にどう活かせるかまで話してもらえると純粋に嬉しく、育てがいも感じます。そして、何より信頼を寄せたくなります。</p>

<p>もちろん、「わかりました」とだけ返事をし、結果を出す個人プレーヤーにも価値はあります。しかし、組織で一緒に働く仲間として、真剣に話を聞き、それを自分ごとに落とし込んで伝えてくれる人のほうが、意思疎通が図りやすく、何かあったときに相談しやすかったり、「この人がいてくれてよかった」と思えたりする存在になります。</p>

<p>そういう人はチーム全体の空気を良くし、周囲にもプラスの影響を与えてくれます。だから、より「いないと困る人」として存在感が際立つのです。</p>

<p>私自身、過去に「著者に本を渡されたら次の日には感想を送るって、すごいことだよ」という話をある人の講演で聞き、それを実践した経験があります。著者も喜ぶし、なかなかできないことです。</p>

<p>人のできないことをやるから、選ばれる人になり、それ以上の存在になっていく。こうした小さなことの積み重ねは、必ず誰かが見てくれています。</p>

<p>人は、知らなければ、行動できません。</p>

<p>まずは「選ばれる人」「いないと困る人」の考えを知る。</p>

<p>そして行動を重ねていけば、人生は大きく変わっていきます。</p>

<p>「知って終わり」ではなく、「学んで行動し、さらに伝える」ことが大切です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>遠い理想を思い描き、身近な挑戦を積み重ねる</h2>

<p>いないと困る人になるには、「一番身近な遠くを目指す」を積み重ねることが大切です。手が届きそうで届かない存在を目標にする、ということです。</p>

<p>成長のためにはロールモデルが必要ですが、あまりに遠すぎると現実味がなく、近すぎると成長が鈍ります。だから現実の中にある&quot;少しだけ高い存在&quot;を目指すことが大切なのです。</p>

<p>その一方で、高い理想を心の中に常に持っておくことも重要です。</p>

<p>目指す場所が「高尾山」なら、その標高で満足して終わってしまう。そうではなく、最初から「エベレスト」を目標にする。</p>

<p>「どうせ無理」と思った時点で、夢は実現しなくなります。</p>

<p>ボクシングをするなら、アマチュアであっても、世界チャンピオンの井上尚弥選手を意識して練習する。憧れの存在に近づくには、「自分ごと」としていかに意識するかが大事なのです。</p>

<p>高い理想を持つと、日々の小さな変化や学びにも敏感になります。この「感度の高さ」が努力の質を高めていきます。</p>

<p>以前、ある美容師さんに「一流になる人の特徴は？」と尋ねたとき、「技術以上に&quot;お客様への気づかい&quot;や&quot;コミュニケーション力&quot;が違う」という答えが返ってきました。</p>

<p>理想が高い人は感度が高くなり、感度が高い人は、楽しみながら努力できる。だから一流になれるのです。</p>

<p>夢を大きく持つからこそ、自分もそのレベルにふさわしくあろうと頑張れる。</p>

<p>身の丈に合わせた人生では、成長の幅も限られてしまいます。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityLI/pixta_WorkingWomanLI.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 24 Feb 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[井上裕之（歯学博士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>磯野貴理子が脳梗塞の病室で感動　クヨクヨした心を「アンパンマン」が変えてくれた  磯野貴理子（タレント）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13716</link>
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			<description><![CDATA[50歳で脳梗塞を発症した磯野貴理子さん。うじうじと悩んでしまったときに、気持ちが楽になった体験を語ります]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="磯野貴理子さんは悩んだときに本をよく読むという" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_book_2.jpg" width="1200" /></p>

<p>50歳で脳梗塞を発症し、約1カ月の入院生活を体験したタレントの磯野貴理子さん。<br />
もとは「かなりネガティブ」という貴理子さんですが、病室で得たたくさんの本や映画との出会いで、気持ちが楽になっていったようです。なかでも感動したのが「アンパンマン」だそう。<br />
無理に笑わなくてもいい、時が解決してくれることもある。身の周りの小さなタネを見つけ、笑顔で暮らす秘訣を語ります。（取材・文：金原みはる）</p>

<p>※本稿は、『PHP』2026年1月増刊号の内容を一部抜粋・再編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>何かあると、うじうじと考え込んでしまうタイプ</h2>

<p>もう3年半ほど前（※）になりますが、脳梗塞という病気を経験しました。幸い症状は軽く、約1カ月の入院を含め、2カ月程度で仕事に復帰することができました。おかげさまで後遺症もなく、今はすっかり元気です。</p>

<p>ただ、あとで病院の先生にうかがったところ、「処置が遅れていたら、あぶなかった」とのことでした。やはり、たいへんな病気だったんですね。このくらいで済んで、ほんとうによかったと感謝しています。</p>

<p>それでも入院中は、「これからどうなるんだろう」と不安でした。バラエティーのお仕事をしていることもあり、私のことを、あっけらかんと明るい性格だと思ってくださっている方も多いかもしれません。<br />
でも、こう見えて、もともとかなりネガティブなほう。昔から、何かあると、うじうじと考え込んでしまうタイプでした。</p>

<p>悩んだときは、本を読むことがよくありました。本のなかには、自分の弱った心にスーッと染み込むような、いい言葉がたくさん出てくるからです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分の悩みの小ささを知る</h2>

<p>入院中もいろいろな本を読みました。最初は、病気のことが気になって、長生きの秘訣などの健康関連の本。そのうち、人生論や、生き方を綴った伝記やドキュメンタリーなどにも手を伸ばしていきました。</p>

<p>今まで知らなかったけれど、世の中には、こんなふうに困難を乗り越えた人がいるんだ、こんなに強く生きた人がいるんだ......。<br />
読めば読むほど、本はいろいろなことを教えてくれました。そして自分の悩みがいかに小さいかを思い知らされました。</p>

<p>「今、元気に生きているのに、どうしてこんなにクヨクヨしていたんだろう。なんか私って、バカみたい」。自分で自分を笑い飛ばしてみたら、どんどん気持ちが楽になっていきました。</p>

<p>時間だけはたっぷりあったので、病室で映画を観ることもありました。なかでも感動したのは、アンパンマンの映画。もちろん、アンパンマンが人気なのは知っていましたが、それまでちゃんと観たことがなかったのです。</p>

<p>そこで何気なく観はじめたのですが、もう目が釘付けでした。お腹がすいて困っている人、ひとりぼっちで寂しい人。そんな人たちに、自分の顔の一部をちぎって食べさせてあげるアンパンマン......。なんてすてきな物語なんだと、感動しっぱなし。</p>

<p>とくに主題歌の「アンパンマンのマーチ」には、体が震えるほど喜びを感じ、心を揺さぶられました。「そうだうれしいんだ生きるよろこびたとえ胸の傷がいたんでも」。今も、あのフレーズは、忘れることができません。</p>

<p>その後で、作者の故・やなせたかしさんの本も読ませていただきました。ご自身の戦争体験や特攻隊で亡くなった弟さんのことなどを知りました。そんなすさまじい体験があったからこそ、アンパンマンのような心あたたまる作品を描き続けることができたのですね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>笑顔のタネはたくさんある</h2>

<p>私も54歳（※）になりました。仲良しだった同級生たちも、子育てから手が離れてちょっとゆとりが出てきた時期。よく電話でおしゃべりするようになりました。<br />
夫や子供のこと、親のこと、健康のこと。言わなかっただけで、それぞれ、いろいろな苦労があったことがわかります。でも、「今は大丈夫だけどね！」と、最後は明るく笑い合っています。</p>

<p>ほんとうにつらいときは、笑えないものです。でも、無理して笑わなくたっていい。そのうち時が解決してくれることもあるのだなと、彼女たちと話していて思います。</p>

<p>20年以上続くトーク番組「はやく起きた朝は...」に出演させていただいていますが、今の楽しみの一つは、そのなかで視聴者のみなさんが送ってくださる赤ちゃんの写真を紹介するコーナーです。いろいろな表情や仕草の赤ちゃんを見ているだけで癒やされ、自然と笑顔になれるのです。</p>

<p>小さなことですが、身のまわりには、笑顔のタネがたくさんあるものです。どんなときも、そこにちゃんと気づける自分でありたいなと思っています。</p>

<p>※2018年当時</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_book_2.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 23 Feb 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[磯野貴理子（タレント）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>耳が聞こえなくなった父とノートで会話　仏教学者が看取りで見つけた幸せ  鍋島直樹（仏教学者、僧侶）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13711</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013711</guid>
			<description><![CDATA[不安や悲しみの中にいる人には、「何かをすることではなくて、そばにいること」。仏教学者で僧侶の鍋島直樹さんが、病気で臥せった父との思い出を軸に、人と人が寄り添いあうことの大切さを説きます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="人と人が寄り添うことは、やがて生きる力になる" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Growing.jpg" width="1200" /></p>

<p>人は深い悲しみの中にいるとき、アドバイスや対話を求めているとは限りません。<br />
仏教学者で僧侶の鍋島直樹さんは、「そばにいる」ことが大切だと語ります。<br />
人と人が寄り添いあうことで、心がこだましあい、生きる力となるーー病気で思うように動けなくなってしまった父との実体験から、静かな支え合いのあり方をひもときます。</p>

<p>※本稿は、『PHP』2026年1月増刊号の内容を一部抜粋・再編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>何かをすることではなくて、そばにいること</h2>

<p>悩みをかかえているとき、人は何を求めるのでしょうか。苦しんでいる人が求めているのは、心の中を詮索されることではなくて、ただ寄り添ってくれることでしょう。</p>

<p>寄り添う姿勢をよく表している言葉に、Not doing, but being.があります。「何かをすることではなくて、そばにいること」という意味です。</p>

<p>もちろん相手のために何かできるのなら精いっぱい尽くします。それでも絶望的な状況におかれている人に、私たちは何もできず、かける言葉も失うことがあります。</p>

<p>そのようなとき、私たちが何もできなくても、その悲しみに沈んでいる人のそばにいていっしょに悲しみ、「大丈夫、大丈夫」と優しく肩をさすったりするだけで、ささやかな支えになることを、先の言葉は教えています。</p>

<p>そばにいる慈しみについて、仏教では「月愛三昧（がつあいざんまい）」と教えています。その昔、アジャセ王が人にそそのかされ、父を憎み、牢獄に幽閉して死なせてしまいました。</p>

<p>しかし父を亡くしてはじめて、アジャセは自らの犯した罪を後悔しました。アジャセは自分を責め、全身に腫れものができました。医師ギバは「慚愧（ざんき）することは人の道です」とアジャセをなぐさめました。</p>

<p>ギバにすすめられて、アジャセは釈尊（釈迦）に相談に行きました。すると釈尊は何も言わず、アジャセのそばにいました。「なぜ罪深い私のそばに釈尊はいてくださるのですか」とアジャセはギバに尋ねました。</p>

<p>ギバは、「釈尊が静かにそばにいるのは、月の愛のようにあなたを照らしまもる慈しみです。あたかも月光が夜道を行く人を照らすように。月光が闇の中で青い蓮を咲かせるように」と答えました。</p>

<p>やがて仏の願いが至りとどき、汚れたアジャセの心に清らかな信が生まれました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>心がこだまし、いたわりあう</h2>

<p>誰かがそばにいてくれることは、月の愛のような慈しみとなって自分をなぐさめ、素直にさせてくれます。</p>

<p>本当につらいことを話すのはむずかしい。つらいことを誰かに話すという行為は、話すことでもう一度、自分を傷つけることになりかねません。</p>

<p>そのようなつらいときに、心を許せる人といっしょに過ごすと、言葉を超えたつながりを感じられて、安らぐことがあります。</p>

<p>私の尊敬する神戸赤十字病院心療内科の村上典子医師は、災害で大事な人を亡くした遺族の悲しみに寄り添いつづけています。村上医師はある研修でこう教えてくれました。</p>

<p>「人はあまりに大きな心の傷を受けた場合、自身の心を守るために、心にふたをするときがあります。そのときは、無理に感情を表出させません。治すというより寄り添います。黙ってそばにいます。言葉がこぼれおちるまで」<br />
私はこのやさしさに感動しました。</p>

<p>彼女と協働している増尾佐緒里臨床心理士は、「苦しくて頭で考えてもどうしようもないときは、その方が苦しみを手放し、悲しみをこの前に取り出して、私もいっしょに支えたい。悲しいのは、その方が大事な人からたくさんの愛情を受けとったから」と教えてくれました。</p>

<p>うれしいときだけではなく、苦しいときに、誰かと心がこだましあう。お気に入りの飲み物を飲んで、いたわりあう。それがきっと生きる力となります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日常が光り輝くとき</h2>

<p>4年前（※）、私の父が病気になりました。父の部屋を訪ねて「大丈夫ですか」と様子をうかがい、部屋を掃除します。特に、尿瓶やトイレを洗ってきれいにするのが私の役割です。</p>

<p>父はいつも「ありがとう」と言って合掌します。父はいい話はしません。「元気が出ない。心労をかけてすまない」となかなか解決がつかないことを話します。</p>

<p>他面、知人が父を訪ねてお寺に来ると、父は僧侶の黒い衣をまとい、車椅子で移動し、「大丈夫ですよ。精いっぱい生きたその向こうにお浄土がありますから」と笑顔で話し、相手に心配をかけないように毅然とふるまいました。</p>

<p>けれども、部屋に戻ってくると「思うように動けない」と悲しみます。私はその悲しみを否定せずに、ただうなずいて聞きました。そういうつらい気持ちを言ってくれるのは安心でもありました。病人は最も弱い存在であり、いつも遠慮しているからです。</p>

<p>父はだんだん耳が聞こえにくくなりました。それで食卓の上に1冊のノートを置いて、父と私とがそのノートにメッセージを書きました。ノートには、その日の予定、ごはんの献立、仏さまの御教えについて尋ねたいことを書きました。</p>

<p>たとえば「長崎の皿うどんがあったから今日はこれを召し上がってください」と私が書くと、父は「昔、修学旅行で長崎に行ったことを思い出した。うれしかった」と書いてくれました。心と心がこだましあうことは、看病する私にとって大きな力となりました。そのノートは、父が亡くなったあとも私の鑑になりました。</p>

<p>他愛もないことを普通に話せることほど幸せなことはありません。父から「ミルクがないから頼む」とメールが届いたら、私は喜んでおいしそうなミルクを買い求めました。買ってきたミルクを見せると、父はにこにこ笑いました。何でもない日常が光り輝きました。</p>

<p>父は、病状が思わしくなくなり入院しました。医師、看護師の献身的な治療と妹の介護によって、父は幾度も快復しました。</p>

<p>書道の先生でもあった父は、「和顔愛語（わげんあいご）」という経文を病室で書きました。「仏さまは柔和な笑顔で接し、やさしい言葉をかけて相手を慈しむ」という意味です。</p>

<p>それはいつもほほえんでやさしくしたいという父の願いそのものでした。看護師が父の字をほめると、父は自信を取り戻しました。病室で鉦を鳴らして読経しました。不思議にもたくさんの痰が出て体調が良くなりました。</p>

<p>父の読経に私も勇気づけられました。懸命な治療と看護を受けつつも、父は私と妹たちの手の中で亡くなりました。</p>

<p>死の前には人間は無力かもしれません。それでも、大切な人の想いに耳を傾けることはできます。微力があります。相手とともに考え、あきらめずに最後まで挑戦することはきっとできます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>たとえ多くの困難があっても</h2>

<p>父が心の支えとしていた歌に、甲斐和里子さんの歌があります。甲斐和里子さんは、女子教育の樹立のために情熱を注いだ女性です。</p>

<p>「岩もあり　木の根もあれど　さらさらと　たださらさらと　水の流るる」</p>

<p>岩は、自分の行く手をはばむ壁をさし、木の根は、根を下ろして動かない人の心を象徴しています。<br />
小川はそれらの岩も木の根もこだわりなく包みこんで清らかに流れていきます。人それぞれの想いはからいを超えて、たださらさらと流れる小川は、仏さまの慈しみのようです。</p>

<p>たとえ多くの困難があっても、大きな慈しみにつつまれて、小川のようにさらさらと困難を包みこんで流れていきたい。この詩を私も心の支えにしています。</p>

<p>悲しみはいつしかそのままやさしさに変わっていきます。愛する人は手を合わせる心の中に還ってきます。<br />
葛藤や悔しさでいっぱいになっても、大事な心の支えを確認して、寛容さを保ちつづければ、何も恐れることはありません。<br />
流した涙を未来の種に注ぐことができれば、いつか幸せの花を咲かせることができるにちがいありません。輝く大切なものは、あなたの中にきっと生きています。</p>

<p>※2022年当時</p>
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						<pubDate>Mon, 23 Feb 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[鍋島直樹（仏教学者、僧侶）]]></dc:creator>			
		</item>
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			<title>動物写真家・岩合光昭さんが写す“自然体な猫”の秘密「まずは母猫に撮影許可をもらって...」  猫びより編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/13745</link>
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			<description><![CDATA[日本を代表する動物写真家の岩合光昭さん。写真集『スタンド・バイ・ニャー』には、猫と人をテーマにした世界各地の写真が収録されている。その魅力を編集担当が語る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="岩合光昭" height="900" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260213iwago04.jpg" width="1200" /><br />
一緒にハトを見上げる（イタリア・チンクエテッレ）</p>

<p>岩合光昭さんは日本を代表する動物写真家。NHK BS「岩合光昭の世界ネコ歩き」は今年で14年の長寿番組となり、各地で開催される写真展も大盛況です。「猫写真といえば岩合さん」は多くの日本人の共通認識になっています。『スタンド・バイ・ニャー』（辰巳出版）は、そんな岩合さんの猫写真集の中でも「猫と人」をテーマにした異色の一冊です。その魅力と見どころを担当編集者が語ります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>猫を見ながら気分は世界旅行</h2>

<p><img alt="岩合光昭" height="900" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260213iwago01.jpg" width="1200" /><br />
田んぼが広がる村で一緒に暮らす猫と少女（ブータン・イビサ村）</p>

<p>――人と猫に焦点を当てた岩合さんの写真集は珍しいですね。</p>

<p>【担当】私の知る限り唯一無二です。岩合さんの魅力は、猫そのものだけでなくて、彼らが住んでいる土地や、そこでの暮らしぶりまで一緒に感じさせてくれるところだと思っています。人と一緒の写真は、関係性が出ますし、猫との日常が垣間見えるのが魅力です。</p>

<p>――タンザニア、オーストラリア、ギリシア、アメリカ、タイ、ペルー......5大陸制覇していますね。</p>

<p>【担当】南極以外は全大陸制覇ですね。34ヶ国で撮られた写真を収載しています。その点、野生動物と猫を求めて世界の隅々まで旅をしてきた岩合さんらしい写真集かもしません。</p>

<p>南米のアンデス山脈やスイスのアルプス山脈、ベトナムの世界遺産のハロン湾、タイのゾウなど、後ろに写っている景色が絶景と珍しいものにあふれています。家や街並みも地域によって個性がありますから、ページをめくっているだけで世界一周旅行をしている気分になります。</p>

<p>でも、どこへ行っても当たり前のように猫が写っているのが一番の驚きかもしれません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>いい猫を撮る秘訣はコミュニケーション</h2>

<p><img alt="岩合光昭" height="900" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260213iwago03.jpg" width="1200" /><br />
朝の光とシルエットが美しい砂漠と猫。人物は現地在住の日本人女性（アラブ首長国連邦・ルブアルハリ砂漠）</p>

<p>――どうしてどこの猫もこんなに自然体なのでしょうか？</p>

<p>【担当】猫が一番信頼している人としっかりコミュニケーションを取るからではないでしょうか。日本での取材でも、岩合さんは猫のご主人ととても丁寧に接するし、相手のお話をよく聞いて、関係を作ってから撮影に臨んでいるようです。</p>

<p>両親と親しくしていると、人見知りの子どもが話しかけてくることがありますよね？猫や犬にも同じようなところがあって、やっぱりお世話をしている人と親しくなるのがとても大事です。</p>

<p>その上で、猫にも目線を合わせて丁寧に接します。挨拶して優しく言葉をかけながら、撮影を許してもらうという感じでアプローチしていく。すると猫がいつも通りの姿を見せてくれるのでしょう。</p>

<p>「なるほど」と思ったのは、子猫を撮る時、まず母猫に許可を得るというお話です。猫に限らず、動物は小さい子どもを育てていると見慣れない人間を警戒するし、敵と見なすこともあります。いきなり子猫を撮ろうとしたら、猫を緊張させてしまうかもしれません。だから、まず母猫の信頼を得てから、子猫を撮らせてもらうと。</p>

<p>自然体の猫が撮れるのは、動物を知り尽くしているからだし、カメラを向けるまでの準備がとても丁寧だからだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>世界のどこにいても同じように輝く動物</h2>

<p><img alt="岩合光昭" height="850" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260213iwago02.jpg" width="1200" /><br />
先代猫のために脚にタトゥーを入れる少女と現在の愛猫モンスン（ノルウェー・アルタ郊外）</p>

<p>――人もリラックスしているようです。</p>

<p>【担当】みんな猫と一緒だからではないでしょうか。写真集には、老若男女、住んでいる国も地域、民族衣装からスーツまで着ている服もさまざまな人々が登場します。そういう違いを越えて、みんな自然体で、とってもいい顔をしています。「猫ってこんなに人の心を丸くして、こんなにも幸せにするものなんだ」と、改めて気付かされました。</p>

<p>「猫にかける愛情は世界共通なんだな」と感じることもできます。例えば、ノルウェーでは、脚に猫の足あとのタトゥーを入れている少女が出てきます。このタトゥーは大好きだった先代猫のために入れたものだそうです。彼女が現在の猫を抱く手つきやまなざしを見ていると、亡くなった猫への思いが垣間見えて胸を打たれます。</p>

<p><img alt="岩合光昭" height="875" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260213iwago05.jpg" width="1200" /><br />
植物を編んだ浮島で湖上に暮らす猫と人（ペルー・ティティカカ湖）</p>

<p>――そして猫がどこにいても場になじんでいますね。</p>

<p>【担当】そこが猫という動物の不思議なところです。雄大な景色や、大きな仏像やゾウみたいに珍しいものと一緒に写っているのに、猫の存在感がどの写真でも際立っている。それでいて空間にちゃんと納まって絵になっている。</p>

<p>岩合さんは猫以外のものもしっかり撮るし、猫がいる空間全体を撮ろうとします。だからいっそう猫の凄さが際立つのではないでしょうか。</p>

<p>パリの真ん中にいても、カンボジアの農村にいても、アラブの豪邸にいても同じSSように輝き、周りと調和して他を引き立てる。こんな動物は他にいないのではないでしょうか。</p>
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						<pubDate>Sat, 21 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[猫びより編集部]]></dc:creator>			
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