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		<title>PHPオンライン</title>
		<link>https://shuchi.php.co.jp/</link>
		<description>PHP研究所が運営する「悩み、不安、心理」がテーマのWEBメディア。著名人のインタビューや専門家のアドバイスなどから、「無理なく生きる」ヒントを紹介。</description>
		<dc:language>ja</dc:language>
				<copyright>Copyright PHP研究所　All rights reserved.</copyright>
		
				<pubDate>Wed, 23 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
						
				<item>
			<title>クマが出没する「危険な時間帯」とは？専門家が教える正しい対策【解説】  山﨑晃司（茨城県自然博物館館長　東京農業大学名誉教授）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15000</link>
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			<description><![CDATA[東京農業大学名誉教授の山﨑晃司氏が、クマとの遭遇リスクを下げる行動と、最新の忌避対策を科学的な視点から解説する]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="テントにクマ撃退スプレーを予防的に撒くのはNG" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260829yamazakikouji2.jpg" width="1200" />テントにクマ撃退スプレーを予防的に撒くのはＮＧ（イラスト＝瀬川尚志）</p>

<p>クマとの遭遇を避けるには、鈴や撃退スプレーなどの装備だけに頼るのではなく、クマの行動を知り、出遭いにくい状況をつくることが重要です。<br />
特に注意したいのが、活動が活発になる朝夕の薄暗い時間帯や、ランニングなどでクマに急接近してしまうケースです。一方、ネット上などで紹介される「クマよけ」には、効果が十分に検証されていないものも少なくありません。</p>

<p>東京農業大学名誉教授の山﨑晃司氏が、クマとの遭遇リスクを下げる行動と、最新の忌避対策を科学的な視点から解説します。</p>

<p>※本稿は、山﨑晃司・編著『クマに出遭ってしまったら？&nbsp;』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>薄暗い時間帯を避ける</h2>

<p>クマは通常、朝夕の薄暗い時間帯に活動が活発になる昼行性です。クマの出没が心配される地域や時期には、日の出前後や日没前後のウォーキングやジョギング、イヌの散歩などは控えたほうがよいでしょう。<br />
動画サイトで飼いイヌがクマを撃退するＡＩ生成動画がやたらと増えた時期がありましたが、実際は特殊な訓練を受けたイヌでなければ、クマを追い払うことはできません。むしろ、興奮したクマを飼い主のところに引き連れて戻ってきてしまうこともあるので大変危険です。</p>

<p>【POINT】<br />
▼クマが出没する可能性がある地域では、薄暗い時間帯の外での活動を控える。<br />
▼一般的な飼いイヌがクマを追い払うことはできない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>クマに逃げる時間を与える</h2>

<p>クマは基本的に人を避ける動物ですが、クマが逃げるための時間的な余裕を与えないスピードでの接近は、クマの防御的攻撃を誘発してしまいます。2025年の北海道の羅臼岳登山道ヒグマ人身事故や、本書では詳細を紹介していませんが、2008年8月に東京都の多摩山地で登山トレーニングのためにランニングをしている最中に、親子グマの間に入ってしまい襲われた登山家の人身事故などがこのパターンにあてはまります。</p>

<p>野山を駆けるトレイルランや、マウンテンバイクで急斜面を下るダウンヒルなどでクマに出遭うようなことがあれば、クマには逃げる時間がありません。大人数でのレースであればクマは近づかないとも考えられますが、単独でのトレーニングなどの活動はクマとの遭遇リスクを増大させる危険があります。</p>

<p>【POINT】<br />
▼クマに人から逃げる時間的な余裕がないと、追い詰められて攻撃に転じる危険がある。<br />
▼ランニングや山中でのレースは、クマに逃げる時間を与える間もなく接近してしまう可能性があるので注意が必要。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>クマをよせつけない新たな試み</h2>

<p>個人のアイデアとして、クマの優れた嗅覚を逆手にとって蚊取り線香などのにおいを発するものを身につけたり、空のペットボトルをぺこぺこ鳴らしたりする対策がネット情報などで報告されています。また、携帯用の高周波を発する音響装置なども市販されるようになりました。ただし、一定条件でくり返し効果を検証する、あるいは対照試験を並行して比較するなど、きちんとした実験を行なって統計的に評価した製品はまだないようです。</p>

<p>クマがいやがるにおいや音については、まだ十分には解明されていません。クマは刺激物に興味を示す動物で、スギやヒノキといった針葉樹に含まれるテルペンなどの芳香性物質に引き寄せられたり、シュウ酸カルシウムを多量に含むマムシグサ科の植物の根や茎を好んで食べたりもします。ペンキなどの有機溶剤、クレオソートなどの防腐剤も大好きで、ペンキ缶をかじって体をこすりつけたり、道標や木道をかじり削ったりすることもあるほどです。したがって、刺激性のある物質は逆にクマを呼び寄せる可能性も高いといえるでしょう。</p>

<p>クマ撃退スプレーも、予防的にテントの周りに撒く人がいるようですが、スプレーの効果はクマの粘膜部に直接噴霧した場合の&ldquo;痛み&rdquo;であり、単に撒いてしまうとかえってクマの好奇心を誘うかもしれません。<br />
音についても高い周波数を発するクマよけ製品が販売されていますが、どの程度の効果があるのかは不明です。子グマを除き、クマはほとんど音声を発しないので、音声がどのようにコミュニケーションに影響しているのかもよくわかっていません。</p>

<p>アフリカゾウなどは、人が聞こえる範囲（約20Hz）よりも下の低周波域を使って長距離コミュニケーションをとっていることが知られています。もしも、クマにもそのような音声コミュニケーションがあり、個体同士で危険な存在を伝達するチャンネルが存在するのであれば、そうした音声を人工的に再現することでクマよけが可能になるかもしれません。クマの可聴域に関する研究はこれからの課題となっています。</p>

<p>個人で利用できるクマ情報についても触れておきましょう。近年の深刻なクマ出没にともない、多くの自治体はクマの出没情報をウェブサイトで公開しています。たとえば東京都の「TOKYOくまっぷ」や、秋田県の「クマダス」などがあります。また、自然公園を管理するビジターセンターやインフォメーションセンターなどでは、管轄内のクマの出没情報をマッピングして掲示したりもしています。このような情報を事前に手に入れることにより、クマと出遭う可能性を低減することができるので、ぜひ利用しましょう。</p>

<p>このほかにもクマを遠ざけるためのさまざまな試みがなされています。再現性のある効果が実証されれば、大きな商機にもなります。そのため、さまざまな企業が商品開発に取り組んでいるほか、鉄道各社やNEXCO各社などの交通機関の管理者も忌避剤の開発や、クマの存在を検出するためのシステムづくりに挑戦しています。</p>

<p>【POINT】<br />
▼クマ撃退スプレーを予防的に撒くのは意味がなく、かえってクマを引き寄せてしまう危険もある。<br />
▼自治体や自然公園の管理者などが発信しているクマの出没情報を事前にチェックする。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 23 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[山﨑晃司（茨城県自然博物館館長　東京農業大学名誉教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>藤井聡太に11連敗した伊藤匠はなぜ勝てたのか？ 谷川浩司が語る「1勝」の価値  谷川浩司（棋士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14996</link>
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			<description><![CDATA[谷川浩司十七世名人が、藤井さんの強さの本質とは何か、そして、たった「1勝」が棋士の心理と勝負の景色をどう変えるのかを解説する]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="それでも伊藤匠はなぜ勝てたのか" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility/pixta_Desert.jpg" width="1200" /></p>

<p>八冠独占という前人未到の偉業を成し遂げた藤井聡太さん。<br />
その圧倒的な強さを支えているのは、才能だけではなく、「将棋を究めたい」という飽くなき探究心と日々の積み重ねだと谷川浩司十七世名人は見ます。</p>

<p>しかし、絶対的に思えた藤井時代にも変化が訪れます。その一角を崩したのが、初対局から11連敗を喫しながら叡王を奪取した伊藤匠さんでした。藤井さんの強さの本質とは何か。そして、たった「1勝」が棋士の心理と勝負の景色をどう変えるのか、解説していただきます。</p>

<p>※本稿は、谷川浩司著『名人論 稀代の天才たちはいかに戦ったか&nbsp;』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「将棋を究めたい」という情熱</h2>

<p>藤井聡太さんの八冠独占は、もちろん歴史的偉業である。将棋界の内側にいる者の感覚から言えば、それは「衝撃」でもあった。</p>

<p>タイトルが一人に集中する時代というのは、他の棋士が弱いから起こるとは言い切れないと私は思う。むしろ上位棋士全員が強い。その強い者たちが、順番に挑み、研究し、工夫し、それでもその一人だけには届かない。そういう時代ではないかと思う。戦後にそういう時代を築いたのは大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、羽生善治九段の3人だった。</p>

<p>一つのタイトルを防衛し続けるだけでも難しい。タイトルごとに形式は違い、番勝負の長さも違う。相手も違えば、準備の仕方も変わる。そのすべてを同時に抱え込みながら勝ち続けるというのは、単純な実力比較では語れない。体力、研究、適応力、精神力─そのすべてが最高水準で嚙み合わなければ不可能である。</p>

<p>羽生善治さんが七冠を独占した時代もそうだったが、こういう偉業を成し遂げた第一人者がいる時代には、近い世代のトップ棋士たちの心に独特の重さが生まれる。誰も口にはしなくても、「この人の時代がずっと続くのではないか」という空気が漂うのである。実際、一人にタイトルが集中すると、周囲はただ負けたという以上の感覚を持つ。自分たちがどれほど工夫しても、時代の流れそのものが一方向に傾いていくように感じられるからだ。</p>

<p>藤井さんは、きらびやかな才能だけで勝っている人ではない。むしろ、日々の積み重ねを愚直に続けられるという、もう一つ別の才能を持っている。勝ち負けやタイトルの数だけを追っているようには見えない。もっと深いところで、「将棋の真理」に近づこうとしているように見える。その姿勢が、結果として、周囲の棋士たちに「自分たちはどこまで将棋に向き合えているのか」を突きつけているかのようにも見える。</p>

<p>全冠制覇後の時代というのは、他の棋士が弱い時代ではなく、強い者がひしめき合いながら、今一歩、届かなくなる時代だと私は思う。だが、これも誰かが一角を崩せば時代の空気も変わる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>一角を切り崩した伊藤匠</h2>

<p>藤井さんの八冠独占の時代は、2023年10月11日から始まり、24年6月20日に終わった。伊藤匠さんが、叡王戦において3勝2敗で藤井さんから叡王のタイトルを奪取したのだ。八冠の時期は8カ月余。羽生善治さんの七冠（当時はこれが全冠だった）の時期は5カ月余だったので、全冠保持は藤井さんの方が少し長かった。それでも二人とも1年には達しなかったところに、将棋界のすべてのタイトルを保持し続けることの難しさが現れているように思う。</p>

<p>伊藤さんはさらに2025年10月28日、山梨県甲府市の常磐ホテルで行われた第73期王座戦五番勝負第五局で藤井さんに勝ち、シリーズ成績を3勝2敗として王座を奪取した。これにより、伊藤さんは叡王・王座の二冠となった。</p>

<p>私は、現在の将棋界で藤井さんの終盤力に最も対抗できるのは、伊藤さんだと思っている。もちろん、終盤の正確さ、読みの速さに優れた棋士はほかにもいる。だが、藤井さんを相手にした時、終盤で「何かが起きる」匂いを最も濃く持っているのは伊藤さんのように見える。</p>

<p>藤井さんは、めったなことでは逆転負けしない。勝勢になれば、そのまま押し切るのが常である。ところが伊藤さんとの番勝負では、藤井さんが良い将棋を逆転される場面が実際にあった。番勝負は、すべてを完璧に勝つことが難しい。どこかで一局、「流れを変える勝ち」が必要だ。その一局をつくれるのが、今の伊藤さんのように思える。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>1勝が壁を壊す</h2>

<p>ここで強調しておきたいのは、伊藤さんは、藤井さんに初対局から11連敗をしていたことである。苦手な相手はどの棋士にもいるとは思うが、特定の棋士に11連敗となると、いくら藤井さんが相手とはいえ、伊藤さんは相当こたえたはずだ。<br />
しかし、2024年の叡王戦第二局で伊藤さんは藤井さんに初勝利を上げた。すると、何かがふっきれたように第三局も勝ち、第四局は落としたものの、最終第五局に勝ってタイトルを奪取した。</p>

<p>その後は2025年の王座戦五番勝負で両者がぶつかり、伊藤さんは第一局、第四局を落としたものの残り三局を勝ち、藤井さんから王座を獲得した。その後、二人の対局は2026年の朝日杯将棋オープン戦決勝での対局で、これは藤井さんが勝っているが、伊藤さんが11連敗後の両者の対戦では、ほぼ互角の成績が続いている。</p>

<p>叡王戦第二局の対藤井戦初勝利で、伊藤さんの見ている景色が大きく変わった。植え込まれつつあった「この人には勝てない」という意識が、ようやく消えたのだろうと思う。いったん心理的な壁が崩れると、将棋の指し手も一気に変わることがある。実力の話であると同時に、感覚の話でもある。相手が絶対者に見えているうちは、自分の読みのどこかに遠慮が混ざる。<br />
だが、1度でも勝てば、その遠慮が消える。藤井さん相手にそれが起きたということ自体、伊藤さんの実力の高さを示している。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 23 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[谷川浩司（棋士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>長谷川あかりさん、レシピのアイデアは「怒り」から？ “自由な料理”が生まれる理由  長谷川あかり</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15086</link>
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			<description><![CDATA[料理研究家・長谷川あかりさんにインタビュー。『「あたらしい」きほんの料理』に込めた発想と、レシピづくりの裏側を聞きました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="長谷川あかりさん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910Hasegawaakari01.jpg" width="1200" /></p>

<p>「第13回 料理レシピ本大賞 in Japan」の料理部門に入賞した『長谷川あかりの「あたらしい」きほんの料理』。から揚げや肉じゃが、ハンバーグなど、おなじみの家庭料理を、長谷川あかりさんならではの視点で捉え直した一冊です。</p>

<p>本稿では、「きほんの料理」をどのようにアップデートしたのか、そしてレシピのアイデアはどこから生まれるのか、その発想の裏側を聞きました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>目指す「味のゴール」は変えず、そこへたどり着く道を変える</h2>

<p><img alt="" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910Hasegawaakari02.jpg" width="1200" /></p>

<p>――入賞おめでとうございます！</p>

<p>【長谷川】ありがとうございます！ 連載を書籍化したものなので、この本はじっくり時間をかけて作ることができました。編集さんがすごく細やかに管理してくださって、レシピのかぶりがないか、こういうレシピが足りていないんじゃないか、と全体のバランスを見ながら進めることができたんです。</p>

<p>デザイナーさんやスタイリストさん、カメラマンさんとも、連載を重ねるなかでどんどん仲良くなっていって。チームワークで今回の入賞につながったのかな、と感じています。</p>

<p>――本書には定番の家庭料理が多く掲載されています。そうした「定番」を新しく捉え直すことに、難しさはありませんでしたか？</p>

<p>【長谷川】編集さんがかなり自由にやらせてくださって、アクロバティックなことも受け入れてくださったので、楽しかったですね。</p>

<p>――一般的な作り方からすると、「そんな方法があるんだ」と驚くような工程もあります。こうした作り方は、どのように生まれているのでしょうか？</p>

<p>【長谷川】アクロバティックにするために、アクロバティックにしているわけではないんです。</p>

<p>作り方を変えた結果、想定していた味より下振れしてしまったら、あまり意味がないと思っています。「ただ楽になったけれど、それなりに味も落ちたよね」となってしまったら、わざわざ変える意味がない。</p>

<p>だから、目指している味は変えずに、そこへたどり着くまでの「道を変える」という感覚なんです。</p>

<p>例えば、道に詳しい人が「細い路地やヘンな裏道だけど、大通りを行くより渋滞がなくて早く着くよ」と教えてくれることがあるじゃないですか。それと似ていて、ゴールにたどり着くために合理的に考えた結果、その方法になった。そういう意味でのアクロバティックさはあるかもしれません。</p>

<p>――から揚げなどは「こんなに工程を省いていいんだ」と驚く一方で、肉野菜炒めに入れるもやしのひげは取るなど、一見すると省けそうな手間をあえて残しています。省く工程と残す工程には、どんな基準がありますか？</p>

<p>【長谷川】私の中には、「絶対にこのレベルまではおいしくあってほしい」という基準があります。それに、作り終わったときに「これだったら別に買ってきてもよかったな」とは思いたくないんです。手間をかけるなら、少なくともその手間以上のおいしさになってほしい。</p>

<p>もやしのひげを取るのは時間もかかるし、面倒ですよね。でも、取るだけで味のクオリティが上がるんです。それなら、かけた手間に見合うかな、と。もちろん、これは本当に私の独断と偏見なんですけど（笑）。</p>

<p>「ここまでアップデートしているのに、もやしのひげは取るんかい」と思われるかもしれません。でも私にとっては、「かけた手間に対して、どれだけのパフォーマンスが返ってくるか」がすごく大事なんです。</p>

<p>もやしについては、よく言われます。「もやしのひげは取るんだ」って（笑）。</p>

<p><img alt="「鶏のから揚げ」（長谷川あかりの「あたらしい」きほんの料理より）" height="967" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910Hasegawaakari03.jpg" width="1200" /><br />
「鶏のから揚げ」（『長谷川あかりの「あたらしい」きほんの料理』より　撮影／大森忠明）</p>

<p>――本書に掲載されているレシピの中で、特によく作るお気に入りの料理はありますか？</p>

<p>【長谷川】やっぱり、表紙の2色のから揚げは一番作っているかもしれません。本当に楽なので。</p>

<p>夏は豚肉の冷しゃぶがすごく人気ですし、これからの季節だったら豚汁もめちゃくちゃ作ります。でも、一つ選ぶなら、から揚げかな。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>レシピのアイデアは「疑問と怒り」から生まれる</h2>

<p>――長谷川さんのレシピには、意外な食材の組み合わせや、これまであまり見たことのない工程も多いですよね。</p>

<p>【長谷川】私が理想とするものは、すべての「中庸」にあってほしいんです。何かを全部否定したくもないし、かといって全部を肯定するのもしっくりこない。だから、新しい中庸を作りたい、という気持ちがあります。</p>

<p>中庸にあるものって、見る人の年齢や家族構成、これまで食べてきたものによって、見え方がすごく変わると思うんです。</p>

<p>私の料理も、「意外な組み合わせ」と言われることもあれば、「塩だけで味を決める」ことに注目されることもあるし、「変な味」と捉えられることもある。私の料理に対するイメージって、意外と一つではない気がしています。</p>

<p>――そうしたレシピのインスピレーションは、どこから来ているのでしょうか？</p>

<p>【長谷川】インスピレーションというよりは、「こうあってほしい」という願いに近いかもしれません。「面白くしてやろう」とか、「ここは絶対に簡単にしよう」と思って作ることは、あまりないんです。</p>

<p>むしろ、私の文句みたいなものから始まることが多くて（笑）。「なんでこれをこうしなきゃいけないんだろう」とか、「もっとかわいくできる気がする」とか。「この彩り、別にいらないかも」「この&quot;意思なき具材&quot;はいらないかも」「一回取り出さなくても、よけておけばいけるかも」...とか。</p>

<p>そういう疑問に近いものが、レシピにつながることは多いですね。</p>

<p>――「もっとこうできるのでは？」という疑問が出発点なんですね。</p>

<p>【長谷川】そうですね。疑問とか、怒りとか（笑）。「なんで？」みたいな気持ちは、常にあるかもしれないです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「私はこれを選びます」と言えることが、料理の自由につながる</h2>

<p><img alt="火を使わない「ビビンバ」（長谷川あかりの「あたらしい」きほんの料理より）" height="903" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910Hasegawaakari04.jpg" width="1200" />「ビビンバ」（『長谷川あかりの「あたらしい」きほんの料理』より　撮影／大森忠明）</p>

<p>――長谷川さんの料理には、「料理はこうでなければいけない」という固定観念に縛られない自由さを感じます。どうしてそのようなスタンスで料理を作れるのでしょうか？</p>

<p>【長谷川】「自分と他人は違う」と、はっきり認識できるようになったことが大きいかもしれません。</p>

<p>私の料理って、万人受けするものではないと思っているんです。だから、こんなにいろいろな人に作ってもらえていることが、自分ではちょっと不思議なくらいで。</p>

<p>もちろん、できるだけ多くの人においしいと思ってもらえるようには考えています。でも、私自身が好きだと思う味をかなり頑固に曲げていないので、合わない方は絶対にいると思うんです。</p>

<p>でも、私の料理が口に合わないからといって、その人が悪いわけでは絶対にないですよね。逆に、すごく好きだからどうということでもない。味覚や食の好みって、人によって相当違いますから。</p>

<p>それはご飯だけではなくて、すべてのことに対してそう思えるようになりました。</p>

<p>「私はこれが好き」と「あの人はセンスがいい／悪い」は、本来まったく別の話なんですよね。自分の『好き』を正しさに変えて誰かをジャッジしてしまうと、誰かの好みも、そしていつか好みが変わるかもしれない自分自身も、許せなくなってしまうような気がします。それぞれ違っていいと思えるほうが、きっと心地いいはず...。</p>

<p>私自身にもそういう経験があったので、自己と他者が分けられていないと、少し苦しくなることもあるんじゃないかなと。</p>

<p>そこが分かれてからは、「私はこれがすごく好き。でも、合わない人もいると思う。ごめん」という気持ちで作れるようになりました。自分と他人は違うんだと理解してから、自由になったのかもしれないですね。</p>

<p>この本も「きほんの料理」という名前がついていますけど、どこまでいっても「私が思う、私のきほんの料理」なんです。編集さんから「このメニューは入れた方がいいんじゃないですか」と言われても、私としては「私はそれを&quot;きほんの料理&quot;とは認めない」「これはきほんから外したい」というものも結構ありました。</p>

<p>すごく自由だけど、同時に「私はこれを選択します」と大きな声で言っている本なんです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>他人のレシピだから出会える「知らなかったおいしさ」</h2>

<p><img alt="" height="910" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910Hasegawaakari05.jpg" width="1200" />「豚しゃぶ鍋」（『長谷川あかりの「あたらしい」きほんの料理』より　撮影／大森忠明）</p>

<p>――自分では普段作らないような味でも、長谷川さんのレシピを作ってみて初めて、「こういうおいしさもあるんだ」と気づくことがあります。</p>

<p>【長谷川】海外で初めて食べる料理って、食べたことがないから最初は理解が追いつかなくて、「まずくはないけど、おいしいのかもまだよく分からない」みたいなことがあるじゃないですか。でも、それが意外とだんだん癖になっていったりしますよね。</p>

<p>私の料理にも、そういう立ち位置のものは結構あると思っています。この本に載っているものは、比較的丸いというか、万人受けするほうだとは思いますけど。</p>

<p>でも、今おっしゃってくださったように、海外で新しい料理を食べて新しい味を知るように、誰かのレシピを通して、それまで知らなかった味に出会うことってあると思うんです。</p>

<p>そうなると、「他者のレシピを借りる」意味って、すごくあるじゃないですか。私のレシピも、そんなふうになれたらいいなと思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>(取材・執筆：PHPオンライン編集部 小林実央)</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910Hasegawaakari01.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 22 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[長谷川あかり]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「おひとりさまは大往生できる」約3000人を看取った医師がそう語る理由  小笠原文雄（医学博士／浄土真宗大谷派聖徳山伝法寺住職）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15057</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015057</guid>
			<description><![CDATA[一人暮らしで孤独死を恐れる人は少なくありません。しかし、医師の小笠原文雄さんは「おひとりさまのほうが大往生できる」と語ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_hearts.jpg" width="1200" /></p>

<p>一人暮らしをする人が増えるなか、「最期をひとりで迎えること」に不安を感じる人も少なくありません。しかし、医師であり僧侶でもある小笠原文雄さんは、「おひとりさまのほうが大往生できる！」と語ります。なぜ、ひとりで暮らす人のほうが穏やかな最期を迎えやすいのでしょうか。書籍『笑って大往生できる人できない人』より、その理由を紹介します。</p>

<p>※本稿は、小笠原文雄著『笑って大往生できる人できない人』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>これからの人生で「今」が一番若い</h2>

<p>人生は一度きりです。そして、これからの人生の中で、今が一番若いのです。ですから、やりたいことを思う存分やりましょう。好きなものを食べて、好きなことをして、好きなことを言って、朗らかに笑って毎日を過ごせば、免疫細胞が活性化して免疫力が上がります。</p>

<p>世間体や家族の都合よりも自分の本心を優先させるほうが、心も体も元気になり、結果としてみんなが「よかった」と思うことが多いのです。</p>

<p>それなのに、多くの人が古くさい家族観や医療観に縛られたままではないでしょうか。</p>

<p>「子どもに迷惑をかけてはいけない」<br />
「介護は家族がするものだ」<br />
「高齢になってからでも、病気であれば入院して徹底的に治療すべきだ」<br />
「孤独死だと、変なうわさが立ちそう」</p>

<p>こうした世間体や思い込みのために我慢をして、知らず知らずのうちにご高齢の方が免疫力を下げていることも少なくありません。</p>

<p>まず、介護保険制度のおかげで、介護ヘルパーや訪問入浴、デイサービスなど、プロの人たちに少ない負担で、身体的なケアを頼めるようになりました。寝たきりになって介護が必要になったとしても、家族に迷惑はかかりません。</p>

<p>そして、老後のお金については、家賃の高いマンションに住んでいたり、高級食材を買い続けたりしない限り、病気で在宅医療になったとしても、たいていの場合は国民年金でまかなえます。</p>

<p>一人暮らしの患者さんでも、本人が希望すれば最期まで家にいられます。同居の場合も同じように、家族は何もしなくていいのです。介護離職が社会問題になっていますが、家族の介護のために仕事を辞めたり、若い人が勉強や友だちづき合いを制限したりする必要はありません。</p>

<p>このことが患者さんの家族になかなか理解してもらえなくて、私は2時間以上かけて説明するときもありました。</p>

<p>家族の負担を軽減し、介護を社会全体で支えることを目的に作られたのが、介護保険制度です。「救いの神」ともいえるこの制度を使って、しっかりと介護サービスを受けることが大事です。</p>

<p>患者さんの中には、「病気の私は家族にとって邪魔な存在」「病人は家にいるよりも病院にいたほうがいい」と思い込んでいる方がいます。</p>

<p>本人が病院にいたいのならば別ですが、多くの場合、本心では家で過ごすことを望んでいます。家族についても、帰りたがって苦しんでいる様子を見ると、安心できないのではないでしょうか。</p>

<p>繰り返しますが、たとえ寝たきりになっても介護のプロに任せれば、身体的なケアはほとんど行ってくれます。ですから、笑顔で、安心して家で過ごしてください。</p>

<p>また、病院で在宅医療を勧められると、「医師に見捨てられた」「治療を放棄した」とショックを受ける方もいますが、これは間違いです。在宅医療を勧めるのは、とてもよい医師なのです。病院でも取れなかった苦しみが、家に帰ったら消えて、患者さんが笑顔に変わることを知っている医師だから、家に帰ることを提案しているのです。</p>

<p>病院は、病気と闘う場所です。つまり、救命救急医療・高度医療・感染隔離医療を行う場所です。当然、医師や看護師には緊張感があり、患者さんはストレスがたまります。このような空間にいることに疲れたのならば、病院から離れて、自分の家で過ごしましょう。むしろ、退院を許可しない医師のほうがよくないのです。</p>

<p>孤独死については、一人でいるときに死ぬことではありません。医師や看護師のいる病院で死んでも、心が孤独であれば孤独死。それがわからない人がいるのが残念です。たとえ一人でいるときに亡くなったとしても、自分らしく暮らせていたのならば大往生なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「おひとりさま」のほうが大往生できる！</h2>

<p>私は日本在宅ホスピス協会の会長として、日本各地や海外で講演を行ってきました。この活動の中で、社会学者の上野千鶴子さんとの共著『上野千鶴子が聞く　小笠原先生、ひとりで家で死ねますか？』（朝日新聞出版）を2013年に刊行しました。</p>

<p>あれから約13年がたち、一人暮らしの人口はさらに増えました。</p>

<p>65歳以上だと男性の7人に1人、女性の5人に1人が一人暮らしです。</p>

<p>「高齢者の一人暮らしは不安だ」<br />
「病気になると一人では暮らせない」<br />
「家で、たった一人で亡くなるのは寂しい」</p>

<p>世間一般ではこのように思われているようですが、本当のところはどうなのでしょうか。</p>

<p>小笠原内科では、これまでに一人暮らしの患者さん、いわゆる「おひとりさま」を156人、家で看取ることにより多くのことを教えてもらいました。</p>

<p>その経験でいうと、住み慣れた自分の家ならば、何がどこにあるかをすでに知っているので、一人でも最期まで生活ができます。勝手のわからない病院よりも、安心です。</p>

<p>それに、ヘルパーに来てもらえば、食事やトイレにも困りません。寝たきりになれば、ベッドの脇にタッチパネル式テレビ電話を取りつけるといいでしょう。</p>

<p>ですから、離れて暮らす家族の手を借りなくても、困らずに一人で暮らしていけるのです。</p>

<p>また、最期は家族に看取ってほしい人もいれば、「誰もいないときに死にたい」と一人で静かにあの世へと旅立つことを望む人もいます。決して一人が寂しいとは限りません。</p>

<p>なにより、家だと誰にも邪魔をされず、気ままに過ごせます。朝からビールを飲めるし、タバコを吸えます。仕事も旅行もできるし、ペットと暮らすこともできます。</p>

<p>好きなところで、好きなことだけをやって朗らかに過ごす一人暮らしだから、大往生を迎えられるのでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 22 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[小笠原文雄（医学博士／浄土真宗大谷派聖徳山伝法寺住職）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜクマは人を怖がらなくなった？「アーバンベア」急増の背景【専門家が解説】  山﨑晃司、山中正実</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14998</link>
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			<description><![CDATA[クマの生態に詳しい山﨑晃司氏と山中正実氏が、知床で現れた「新世代ベアーズ」から近年の市街地出没までをたどり、人慣れグマが生まれるメカニズムと、その危険性を解説します]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="体重300kg を超える知床のヒグマ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260914Bear03.jpg" width="1200" /><br />
体重300kgを超える知床のヒグマのオス成獣 時に400kgに達するものも見られる（写真:山中正実）</p>

<p>近年、住宅地や市街地にまで姿を現すクマが相次ぎ、「アーバンベア」が深刻な社会問題となっています。なぜ本来、人を避けるはずの野生のクマが、人間を怖がらなくなったのでしょうか。その背景には、クマの保護政策や人間活動の変化、さらには人間の食物を覚えた「餌付けグマ」の存在など、複数の要因が考えられます。</p>

<p>北海道大学大学院客員研究員の山中正実氏が、知床で現れた「新世代ベアーズ」から近年の市街地出没までをたどり、人慣れグマが生まれるメカニズムと、その危険性を解説します。</p>

<p>※本稿は、山﨑晃司・編著『クマに出遭ってしまったら？&nbsp;』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人を怖がらないクマ</h2>

<p><img alt="人目を気にしない新世代型のヒグマと近づきすぎるカメラマンたち" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260914Bear02.jpg" width="1200" />人目を気にしない新世代型のヒグマと近づきすぎるカメラマンたち</p>

<p>人や人の活動、人家や自動車などに慣れてしまったクマはしばしば「人慣れグマ」と呼ばれます。かつてそのようなクマは日本ではめずらしかったのですが、1990年代後半から北海道斜里町内の知床国立公園の西側で、道路沿いや遊歩道など公園利用者が多い場所でも人目を気にせずに歩き回るヒグマが目立つようになり、社会的に知られるようになりました。</p>

<p>知床国立公園では1982年に国指定鳥獣保護区がほぼ園内全域に拡大したことをきっかけに、国立公園の西半分を占める斜里町の猟友会が「春グマ駆除」を自粛しはじめました。春グマ駆除とは、1966年に北海道庁が始めた制度で、被害発生の有無にかかわらず、もっともクマを捕獲しやすい残雪期に山に入って無制限にヒグマを捕獲するものでした。当時は国立公園内や鳥獣保護区でも普通に行なわれていたもので、効果は大きく、北海道各地でヒグマは数を減らしていきました。</p>

<p>春グマ駆除は東北や北陸の雪の多い地域でも行なわれていました。春季以外でも、国立公園や保護区でさえ、クマがいればすぐに捕殺するというのが当時は全国的に普通だったのです。しかし、1980年代に入ると環境保護の考え方がしだいに世間に広まり、国立公園などの保護区では「目撃したら駆除」という風潮は衰えていきました。知床では、知床財団の前身の組織である「自然トピアしれとこ管理財団」が1988年に発足し、追い払いなど殺さない対策を中心にすえるようになりました。そして、1990年には北海道全体でも春グマ駆除制度が廃止されました。</p>

<p>こうして知床では1980年代から特に国立公園内でヒグマを積極的に捕獲することが少なくなっていきました。それから十数年を経て、国立公園内で人目を気にしないヒグマが見られはじめたのです。十数年は野生のヒグマのほぼ1世代にあたる期間であり、人に追い回されていたクマたちから新しい世代へと入れ替わったと考えられます。これらのクマは「新世代ベアーズ」（写真）と呼ばれ、マスコミなどでも報道されるようになりました。</p>

<p>1990年代後半には同じような現象が、本州の尾瀬国立公園の尾瀬ヶ原、上信越高原国立公園の軽井沢、北海道の大雪山国立公園などでも見られるようになりました。いずれも無差別にクマを捕殺していた時代が終わって十数年を経て現れたできごとでした。</p>

<p>実は、このような現象は、北米などクマ類が生息する海外の国立公園では古くから知られていたことでした。保護されれば、人を怖がったり避けたりしなくなるのはクマに限らず野生動物に共通することです。豊富に生息する野生動物を観察できるのが海外の著名な国立公園では大きな魅力の一つです。保護制度が充実していくにつれ、国内の保護区でも同様の現象が見られはじめたのです。</p>

<p>典型的な新世代ベアーズは人の存在自体に慣れてしまったクマですが、人慣れグマにはもう一つの典型があります。人間の食物に味をしめて人や人里に近づく「餌付けグマ」とも呼ばれるクマです。このタイプの人慣れグマは、積極的に人に近づき、あるいは攻撃して食物を得ようとするので極めて危険です。北米の国立公園ではかつてクマへの餌付けが公然と行なわれていましたが、1970年代以降は餌付けや食物・生ゴミの不適切な管理が厳格に規制されるようになりました。</p>

<p>知床国立公園で見られはじめた新世代ベアーズは、人間の食物に関係なく単に人の存在に慣れたものでしたが、人間の食物に餌付いたクマの問題は国内でも各地で古くから知られていました。</p>

<p>【POINT】<br />
▼人や人の活動に慣れてしまった人慣れグマが存在する。<br />
▼餌付けグマは、攻撃して人間の食物を奪おうとするのでとても危険。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>アーバンベアが社会問題に</h2>

<p>2000年代に入ると本州でのツキノワグマの大量出没が報じられるようになり、集落やその周辺にたびたび出没することが問題になりはじめました。2010年の長野県松本市市街地や2012年の長野市のJR長野駅付近へのクマの侵入事件など、2010年代以降は人口の多い都市の市街地内でもクマが目撃されるようになります。</p>

<p>北海道では2010年代中頃から、札幌市街地近郊でのヒグマ出没が目立ちはじめ、2010年代末から2020年代初頭には札幌市、旭川市、帯広市などの市街地への侵入が見られるようになりました。中でも2021年6月の札幌市東区市街地への侵入と4人の負傷事故は全国的に大きな話題となりました。</p>

<p>ちょうどその頃、酪農学園大学教授の佐藤喜和氏が『アーバン・ベア　となりのヒグマと向き合う』（東京大学出版会、2021）を出版しました。そして、2023年、2025年には東北・北海道を中心にクマの出没が激増し、全国規模で社会問題化したのです。人里に侵入するクマへの社会的な注目はますます高まり、「アーバンベア」という言葉は2023年の第40回「『現代用語の基礎知識』選ユーキャン新語・流行語大賞」にて、トップ10入りするに至りました。</p>

<p>2000年代以降のクマの人里への出没は、集落や都市周辺も含む個体数の増加や、里山での人間活動の減少、積極的な捕獲をあまりしなくなったことによる新世代型のクマの増加に加え、人間の食物を覚えて執着する「餌付けグマ」の問題が複雑に絡み合って作用したものと推察されます。</p>

<p>【POINT】<br />
▼人の生活圏に出没するクマが増えている。<br />
▼長野市や札幌市など人口の多い市街地でもクマが目撃されている。</p>

<p>［執筆者］<br />
山中正実（やまなか・まさみ）<br />
北海道大学大学院獣医学研究院野生動物学教室 客員研究員<br />
1959年生まれ。山口県周南市出身。北海道大学でヒグマ研究グループに所属し、知床をはじめ北海道内各地でヒグマや海獣類の生態調査を行なう。1987年以来、知床の自然環境の保全管理にあたる知床財団の設立から関わり、統括研究員・事務局長として同財団の中枢を担った。また、知床世界自然遺産の登録にいたる活動を主導した。2012年から2018年には、知床博物館館長としても勤務。博士（人間科学）。</p>

<p>［編者］<br />
山﨑晃司（やまざき・こうじ）<br />
茨城県自然博物館館長　東京農業大学名誉教授<br />
1961年東京都調布市出身。 森林動物生態学が専門。東京農工大学連合大学院博士（農学）。ザンビア国立公園局野生動物調査官、東京都高尾自然科学博物館学芸員、茨城県自然博物館首席学芸員、東京農業大学地域環境科学部教授を経て、茨城県自然博物館館長。元日本クマネットワーク代表、元International Association for Bear Research and Management 理事、IUCNクマ専門家委員会委員、東京都自然環境保全審議会鳥獣部会長、千葉県環境審議会鳥獣部会長、環境省鳥獣保護管理プランナーなどを務める。著書に『日本のクマ』（東京大学出版会・共編著）、『ツキノワグマ　すぐそこにいる野生動物』（東京大学出版会）、『ムーン・ベアも月を見ている』（フライの雑誌社）、『クマとともに』（東京大学出版会・共著）など。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 21 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[山﨑晃司、山中正実]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>信頼される人は何が違う？ 人との距離が縮まる“たった1つの口癖”  ⻆谷建耀知（株式会社わかさ生活　創業者 代表取締役社長）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14977</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014977</guid>
			<description><![CDATA[人と会社を成長させる信頼構築と対話の共通点は｢言葉の渡し方｣である。名前を呼び合い距離を縮める信頼術と、否定で終わらせず最後に＋0.1の希望を残すフィードバック術で、挑戦できる関係を作ると解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="会議室で資料を見ながら笑顔で話し合う5人の社員" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizmtg4.jpg" width="1200" /></p>

<p>｢なぜかあの人の前では本音が言える｣人や組織が伸びる秘密は、卓越したスキルではなく｢言葉の渡し方｣にありました。距離を爆速で縮める信頼術と、挑戦意欲を引き出すフィードバック術。明日からの対話が劇的に変わる、2つの極意を明かします。</p>

<p>※本稿は、⻆谷建耀知著『｢変わりたい｣けど、｢変われない自分｣から抜け出すための行動の仕組み化』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>すぐにわかる信頼のバロメーターとは</h2>

<p>人との関係が深まるきっかけはなんだと思いますか？</p>

<p>仕事ができることかもしれません。話が上手なことかもしれません。もちろん、それらも大切です。ですが、私は長年たくさんの人と接してきて、人との距離を縮める一番簡単で、一番効果のある方法は別にあると思っています。</p>

<p>それは、相手の名前を呼ぶことです。私は、人の名前と顔を覚えることには少し自信があります。特別な訓練をしたわけではありません。</p>

<p>ただ、人とのつながりを大切にしたいと思っていたので、できるだけ相手の名前を覚えるためにも、意識的に相手の名前を呼ぶようにしただけです。</p>

<p>｢〇〇さん、おはようございます｣<br />
｢〇〇さん、この前のあれはどうでしたか｣<br />
｢〇〇さん、また来てくれたんですね｣</p>

<p>こんなふうに、会話の最初に、相手の名前を呼ぶことを仕組み化しました。すると、ある時から変化が起きました。お客さんが私のことを｢ケンちゃん｣と呼ぶようになったのです。最初は何気ない変化でした。ですが今振り返ると、あれが大きな転機だったと思います。</p>

<p>｢ケンちゃん、ちょっと聞いて｣<br />
｢ケンちゃん、この前ね｣</p>

<p>そうやって気軽に声をかけてもらえるようになり、お客さんとの距離が一気に近くなりました。食事に呼ばれることもありましたし、商品とは関係のない相談を受けることも増えました。</p>

<p>私はその時、人との距離は、相手の名前を覚えた時に縮まるのではない。お互いが名前で呼び合えるようになった時に縮まるのだと気づいたのです。</p>

<p>こちらが一方的に相手の名前を呼ぶだけでは十分ではありません。相手にも自分の名前を覚えてもらい、名前で呼んでもらう。そこまでいってはじめて、本当の意味での関係がはじまるのだと思います。</p>

<p>人は、自分の名前を呼ばれると嬉しいものです。自分を認識してくれていると感じますし、大切にされているとも感じます。</p>

<p>心理学では｢ネームコーリング効果｣と呼ばれていますが、私は難しい理論を知らなかった頃から、その力を実感していました。逆に、名前を覚えていないと、どこか他人行儀な関係のままです。</p>

<p>顔は知っているし、何度も会っているけど名前が出てこない。そんな相手っていますよね。もちろん、それで関係が悪くなるわけではありません。</p>

<p>しかし、名前で呼び合える関係と比べると、どうしても距離は縮まりにくいのです。私はコミュニケーションが苦手な人ほど、まずは名前を意識するといいと考えています。</p>

<p>話し上手になる必要はないですし、面白い話ができなくても構いません。まずは相手の名前を覚え、そして名前で呼ぶ。そして、自分で話す時に、最初は｢○○さん、⻆谷です｣と自分の名前を入れて声をかける。この2つを意識するだけでも、人との関係は驚くほど変わります。</p>

<p>実は、これは会社も同じです。今の会社｢わかさ生活｣という社名を決める時も、相談をした人たちからは｢⻆谷製薬｣のような名前やかっこいい横文字の社名案をもらいましたが、私が大切にしたのは覚えやすさでした。</p>

<p>どれだけ良い商品があっても、どれだけ良い会社でも、名前を覚えてもらえなければ存在しないのと同じです。だからこそ私は、｢わかさ生活｣という覚えやすい名前を選びました。</p>

<p>そして、社名を覚えてもらうために、ラジオの時報広告を出したり、京都の地下鉄でアナウンスを流したりもしました。目的は、名前を覚えてもらうことただ1つでした。</p>

<p>個人にしろ会社にしろ、信頼を得るためには、名前を知ってもらうという小さなところからはじまると考えています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>部下の声を引き出す｢否定ゼロ｣の対話術</h2>

<p>なぜあの会議では誰も発言しなくなるのか。なぜあの上司の前では意見が出なくなるのか。私は、このような活発な対話が生まれない原因の多くは｢ダメ出しの仕方｣にあると思っています。</p>

<p>もちろん、仕事ですから、相手の意見や提案に対してマイナスのことを言わなければならない場面はあります。｢それは難しい｣｢このままではうまくいかない｣｢ここは直したほうがいい｣。そう伝えること自体は悪いことではありません。</p>

<p>問題は、マイナスだけで終わってしまうことです。人は否定されると黙ります。</p>

<p>特に、一生懸命考えて出した意見や、勇気を出して提案したことを真っ向から否定されると、｢もう言うのはやめよう｣と思ってしまいます。すると、その場は静かなものになります。それでは有意義な対話などできるはずもありません。</p>

<p>私は、マイナスのことを伝える時、プラス0.1を探すようにしています。0.1の良いところを伝える。</p>

<p>10褒める必要はありません。無理に良いところを探して、お世辞を言う必要もありません。</p>

<p>ですが、どんな提案にも、どんな仕事にも、どんな人にも、0.1くらいは良いところがあるものです。｢着眼点は面白いね｣｢最初の部分はよく考えられているね｣｢その発想はなかったな｣といった、本当に小さなことでいいのです。</p>

<p>そして私が大事だと思っているのは、その0.1を最後に伝えることです。人は最後に聞いた言葉の印象が残りやすいからです。</p>

<p>｢ここはダメだね。でも、この視点は面白い｣<br />
｢今回は難しい。でも、挑戦したことは良かったと思う｣</p>

<p>同じ内容でも、最後に何を残すかで相手の受け取り方は大きく変わります。相手に気を遣っているわけでも、相手を甘やかしているわけでもありません。私は、人に成長してほしいからこそ、そうしています。仕事でも人生でも、挑戦しなければ前に進めません。</p>

<p>しかし、人は何度も否定されると挑戦しなくなり、意見を言わなくなり、考えることをやめてしまいます。ですから私は、改善点を伝える時ほど、その人が次も挑戦したくなる言葉を残したいと考えています。人を動かすのは、強い言葉だけではありません。</p>

<p>｢またやってみよう｣と思える小さなプラス0.1の希望なのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizmtg4.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 21 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[⻆谷建耀知（株式会社わかさ生活　創業者 代表取締役社長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「歩く趣味」を始めたら、日常が豊かになった　足元に咲く小さな花、鳥の声...  大島清（京都大学名誉教授,医学博士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14945</link>
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			<description><![CDATA[「歩くこと」を趣味にすると日常はどう変わる？医学博士・大島清氏の著書より、足元の草花や鳥の声に気づき、新しい趣味や学びが広がっていく魅力を解説。心と人生を豊かにする「歩く趣味」の効能を紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ウォーキング" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityLI/pixta_greenLI.jpg" width="1200" /></p>

<p>「歩くことが健康にいい」のはよく知られた事実です。全身の筋肉の約7割が集まる足腰を動かす習慣は、代謝の維持だけでなく、血管年齢の若返りや病気予防にも直結します。</p>

<p>しかし、歩く魅力は健康効果だけではありません。「歩くこと」自体を趣味にすると、いつもの風景や日常が驚くほど豊かに変わるかもしれません。本記事では、医学博士・大島清さんの著書『歩くとなぜいいか』より、歩くことが心や人生にもたらす変化について解説します。</p>

<p>※本稿は、大島清著『歩くとなぜいいか』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「歩く趣味」から、ほかの趣味がどんどん生まれる</h2>

<p>歩くことが好きになると、それを基本にいろいろな趣味が増えてくる。だから無趣味でつまらないという人には、とりあえず歩くことを勧めている。</p>

<p>趣味で歩いているうちに、いろいろな趣味が自然に増えてくるのだ。わたしのことを言えば、趣味で歩いているうちにまず植物が好きになった。</p>

<p>歩いていると、道ばたに咲く小さな花を見つける。この花は何だろうと気になる。すると植物図鑑がほしくなる。図鑑を買うと今度はそこに載っている花を探したくなる。こうして、少しずつ花の名前を覚えていった。</p>

<p>花の名前が少しずつわかるようになると、今度は季節の移ろいに敏感になる。フキノトウを見つけると、少しくらい寒くても「春が来た」と嬉しくなるし、3月も終わりのころになると、タチツボスミレが薄紫の群落をつくるのを楽しみに待つようになる。</p>

<p>日本はスミレ王国と言われるほどその種類は多く、50種を超えているという。花の形が大工道具の&quot;墨入れ&quot;に似ているのでスミレとなったという由来も何やら楽しい。</p>

<p>タチツボスミレは群生するのでよく目立つが、似た名前のツボスミレは花も小さく、半日陰になったような場所でひっそり咲くので目立たない。この花を偶然見つけると、それだけでとてもいいことがあったように思える。</p>

<p>名前を知らなければ野草と見過ごしてしまう小さな草花も、名前を知るといとおしくなる。</p>

<p>日本の植物界の父といわれる牧野富太郎博士の言葉に「雑草という名の植物はない」というのがある。たしかにその通りで、一つ一つの小さな花にも名前があり、名前の数だけ命がある。</p>

<p>歩いているとそんなことも実感できるようになる。そして来年もその場所で花をつけられるように自然の環境を守ってあげたくなる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>バードウォッチング、自然環境への問題意識...</h2>

<p>鳥も同じだ。鳴き声は聞こえても、わざわざその鳥を見にいこうとは思わなかった。ところが歩く趣味を続けているうちに、バードウォッチングが趣味という人たちと友だちになった。</p>

<p>言ってみればこれも必然で、遅かれ早かれこういう人たちと友だちになる機会があるとは思っていた。「鳥は見ようと思えば見える」という極意のような心構えを教わり、ついでにもっと実用的な双眼鏡の使い方なども教わって、今ではバードウォッチングも趣味の一つになっている。</p>

<p>バードウォッチングが趣味に加わると、鳥の棲む森のことが気になる。木や鳥を知って森を見ないわけにはいかない。</p>

<p>しかしわたしの住む古都・鎌倉もたびたび開発ラッシュに襲われていて、自然が破壊されている。歩いているとこんなことにも無関心ではいられなくなる。無関心ではいられなくなると、いろいろな人に話を聞きに出かける。図書館で資料を調べる。</p>

<p>すると、鎌倉市の樹林地帯はもっとも多かったときの半分にまで減少しているなどということがわかってしまう。鎌倉の市民たちがさまざまな形で自然環境を守る運動を展開していることも知る。</p>

<p>わたしもその仲間に入れてもらい、森や野鳥や草花の&quot;代弁者&quot;となって、無用な開発に一石を投じる活動をするようになる。</p>

<p>ここまでくると、もう趣味とは言えない。だが、楽しく歩く趣味を続けるためにはこういうところもおろそかにはできない。</p>

<p>歩きながら考えると趣味は広がり、その向こう側にある社会問題も見えてくるのである。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityLI/pixta_greenLI.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 21 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大島清（京都大学名誉教授,医学博士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>毎日500円でやり繰りしていた中学生　フライドポテトだけの食生活が招いた「想定外の死」  飯野守男（鳥取大学医学部法医学分野教授）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15116</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015116</guid>
			<description><![CDATA[長年、司法解剖の現場に立つ飯野守男教授が、日常に潜む危険が死を招いた事例を紹介してくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="中学生" height="840" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/115603163px.jpg" width="1200" /></p>

<p>夜間の救急病院を受診し「便秘」と診断された少女は、なぜ翌朝に命を落としたのか。最新の死後CTでも見抜けない「エアコン部品」の誤飲や、貧困ゆえにフライドポテトを食べ続けた少年の孤独な死。日常に潜む危険が死を招いた3つの事例を紹介する。</p>

<p>※本稿は飯野守男著『法医学教授が教えている死体の授業』（飛鳥新社）より一部を抜粋・編集したものです。<br />
※写真はイメージです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>Case.1「便秘で死ぬ」</h2>

<p>「お腹が痛い」「吐きたい」と訴えて、深夜に救急病院を受診した小学校低学年の女の子。すぐにCT撮影し、直腸にたくさん便が詰まっていたことから医師は「原因は便秘」と診断します。緊急性が高いケースではないため、そのまま痛み止めだけ行って入院させ、翌日に処置をしましょうという話で落ち着いたのですが、翌朝早くに女児は死亡。医療ミスが疑われて解剖にもち込まれました。</p>

<p>まだ小学生だった女児の痛ましい事例です。</p>

<p>解剖で小腸と大腸を切り開いたところ、大量の硬い便が出てきました。便秘という診断自体は正しかったといえます。</p>

<p>ただ、CT写真をみると、大量の便詰まりによる腸閉塞が起きていたであろうことがわかりました。</p>

<p>肛門の出口付近には相当に硬い便が大量にあり、それが排便を妨げていたのでしょう。死体検案書に記した死因は「便秘による宿便性腸閉塞」、つまり便が腸内に長期滞留したため、腸管が塞がって消化物やガスが腸を通過できない腸閉塞の一種です。</p>

<p>突然の愛娘の死を前に、ご両親が深い悲しみに暮れるのは当然です。死の直後にご遺族は、「病院側が適切な医療行為をしていれば娘は助かったはずだ」と主張して、民事裁判を起こすと話されていましたが、その後の続報が聞こえてこなかったことを考えると示談になったのかもしれません。</p>

<p>では、少女を救える分岐点はどこだったのか。</p>

<p>便秘に対する適切な医療行為、この場合は摘便していれば防げた死だったはずです。摘便とは、医療従事者が指を使って、肛門付近に詰まっている便を直接取り除くケアのこと。指を入れて、硬い便をビュッと取るだけの簡単な処置ですから、便秘と診断した時点で医師が指示すればすぐにできたはずです。</p>

<p>それをしなかった理由は、おそらく深夜の受診だったからではないでしょうか。</p>

<p>深夜の救急医療の基本は、「よほど重症でない限りは朝までもたせる」です。翌朝になれば専門医が出勤する。それならば、積極的な治療はせずに安静にさせてしのごう。</p>

<p>深夜の当直医師がそう考えてしまうのも無理はありません。</p>

<p>しかし、「よくある便秘だから」と甘くみた判断ミスが、悲劇を招くこともあることを医療従事者は心しておくべきでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>Case.2「誤飲で死ぬ」</h2>

<p>知的障害をもつ40代男性の事例です。</p>

<p>男性はショートステイでいつもの施設に出かけ、帰宅したその日の夜に突然発熱します。嘔吐の症状もあり、便も黒くなっていることから、ただごとではないと判断した父親が救急車を呼びますが、わずか１時間半後に男性は病院で亡くなりました。</p>

<p>知的障害をもつ中年男性が急死。死にいたるまでの時間が非常に短かったこと、また男性には知的障害があったため、死因の背景が一切不明だったことから、解剖となりました。</p>

<p>解剖前に男性の死体をCT撮影したところ、胃の中に層状のなにかが重なっているのがみえました。CT検査では、あまりみない内容物です。さらに小腸をみると、なんらかのゴロゴロと大きな内容物がある。消化途中の食べ物にしては、通常よりもかなり大きいようだ。ただし、ほかにCTでわかる異常は発見されませんでした。</p>

<p>そこで実際に胃を開くと、ぎっしりと層状に重なるように詰まっていたものの正体は通常の食べ物（主に野菜や果物）だったことが判明します。普通でなかったのは、どの食べ物もほとんど噛まれた跡がなかったこと。つまり男性はそしゃくせず、食卓に出されたままの状態で飲み込むクセがあったことがここでわかりました。</p>

<p>とはいえ、胃と小腸の内容物はすべて「噛まれなかった食べ物」であり、「食べてはいけない物」はやはり見当たりません。</p>

<p>さらに解剖を続行していくと、小腸の一部が赤く腫れ上がっている異常がみつかりました。その部分を切り開いたところ、数センチほどのプラスチック製の物体を発見。</p>

<p>その時点ではそれが何かはわかりませんでしたが、おそらく死の原因を引き起こしたものです。しかし、その物体はCTには写っていませんでした。</p>

<p>結局は切り開かなければわからないことがある</p>

<p>では、死亡した男性は、その小さなプラスチック製品をどこで、なぜ飲み込んだのか。警察が調べた結果、小腸から発見されたプラスチック製品は、その形状からエアコンのルーバーらしきことがわかりました。</p>

<p>ルーバーはエアコンの吹出口についている、風向きを調整する部品です。とはいえ、誤飲してしまう小さなサイズのルーバーですから、室内用のエアコンではなく、車のエアコンのルーバーだろうと推測。<br />
死亡した男性が死の直前に車に乗る機会があったのかを調べたところ、ショートステイの送迎に使われているマイクロバスに乗っていたことがわかりました。</p>

<p>そして、男性が座った席の真上にある天井のエアコンのルーバーがなくなっていた。おそらくは重度知的障害をもつ男性が移動中に外し、飲み込んでしまったのだと考えられます。</p>

<p>最終的に男性の死因は、「異物誤飲に基づく腸閉塞に起因する吐物誤嚥による窒息死」と判断しました。</p>

<p>誤飲した異物（ルーバー）が小腸を塞ぎ、そのあとに食べた物が通過できない状態になった。その結果、胃に食べ物がパンパンに詰まり、出口を求めて嘔吐しようとするも吐物が気管に詰まり、窒息死となってしまったのでしょう。</p>

<p>CTでルーバーの存在が検出できなかったのは、プラスチック製品はそもそも写りにくい性質があるからです。入れ歯と同じく、プラスチック製品はＸ線をとおしやすいため、CTでスキャンしてもそもそもほとんど写りません。</p>

<p>とくに、食べ物と混ざった状態だとほぼ境目が区別できない。</p>

<p>昨今日本では、死後CTスキャン（Ai）が有用なツールとして知られていますが、「死後CTスキャンさえできれば、解剖はしなくていい」と考えてしまうのは短絡的です。</p>

<p>Aiは非常に有用なツールですが、CTに写らない材質も少なくありません。法的に十分な証拠を探し出すためには、やはり解剖は必要不可欠な作業です。このことは大学で解剖医を目指す学生たちにも、普段から注意喚起しています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>Case.3「３食フライドポテトで死ぬ」</h2>

<p>「嘔吐が止まらない」と訴える中学生の男子が病院へかけ込みました。お腹の調子が悪いのだろうとの判断から整腸剤を処方され、帰宅しましたがその直後に少年は死亡。解剖によって判明した死因は、「ハンバーガーチェーン店のフライドポテト」によるものでした。</p>

<p>子どもの死は原因がなにであっても痛ましいものですが、とりわけ個人的に印象に残っているのが「ハンバーガーチェーン店のポテトが原因で死にいたった少年」のケースです。</p>

<p>嘔吐で病院にかけ込み、整腸剤を処方されたけれども、死亡してしまった中学生男子。若く既往歴もない少年の突然死の原因を明らかにするため、解剖を行ったところ、衝撃的な事実が明らかになりました。</p>

<p>少年の死体を解剖して胃を切り開いたところ、まず胃全体が異常に大きくなっていました。さらに拡大した胃が腸を圧迫し、骨盤の狭い空間に小腸の一部がググッと入り込んだ結果、小腸が壊死して黒く変色していたのです。</p>

<p>小腸は通常、食べ物を消化して通過させるトンネルのような役割を果たす器官ですが、この腸が穴にはまり込んだ結果、トンネルが狭くなり、食べたものが通過できなくなります。食欲低下、お腹の張り、吐き気、嘔吐などの症状を引き起こすこの状態は医学的に「腸閉塞」と呼ばれています。</p>

<p>では、なぜ少年は腸閉塞を起こしてしまったのか？</p>

<p>原因は生前の彼の家庭環境にありました。</p>

<p>少年は父子家庭の一人っ子であり、毎日の食事は父親から渡される500円で、すべて賄っていたことが死後明らかになりました。</p>

<p>「500円で調理の必要がなく、たくさん食べられてお腹が膨らむものを」と考えて思い浮かんだのが、子どもでも気軽に立ち寄れるハンバーガーチェーン店のフライドポテトだったのでしょう。</p>

<p>毎食フライドポテトだけの食生活、そして少年の腰椎は人より１個多かった</p>

<p>少年は、ほぼ毎日、油の多いフライドポテトだけを食べ続け、腸閉塞を起こして苦しみながら死にいたりました。栄養バランスが極端に偏った生活が原因だったことは間違いありませんが、もうひとつ不確定ながらも、この少年固有の事情もありました。</p>

<p>人間の腰椎（腰あたりにある背骨）は通常、５個あります。ところが、CTで腹部を撮影したところ、少年には６個の腰椎がありました。</p>

<p>まれに腰椎が６個ある人はいますが、骨が１本多いということは、腹部のスペースが標準より広い可能性があったと考えられます。</p>

<p>要するに、普通の人よりもお腹がちょっと広い。けれども、小腸の長さは標準だったため、消化の悪いフライドポテトの過剰摂取で胃にガスがたまって膨らみ、余っている腹部の空間に小腸の端が入り込んで壊死した可能性もあります。</p>

<p>CTと解剖だけでは、食生活と腰椎の因果関係を明言することまではできませんでしたが、私はおそらく無関係ではなかっただろうと考えています。</p>

<p>死亡診断書に病名の「腸閉塞」としか書くことはできませんでしたが、背景には１人親家庭の貧困や、福祉制度の取りこぼしが関係していることは明らかです。</p>

<p>少年に手を差し伸べられる大人が１人でも身近にいれば、と心から残念に思わずにはいられない解剖でした。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Sun, 20 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[飯野守男（鳥取大学医学部法医学分野教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>会社を辞めた恐怖で描いた「異質な絵」　あてもなく行った北海道で作家が取り戻したもの（連載「描き屑の瞬き」第4話）  いのうえまりこ（画家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15048</link>
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			<description><![CDATA[画家・いのうえまりこさんの連載「描き屑の瞬き」では、その時々に抱いたあれこれをアルコールインクアートとエッセイで綴ります。今回は、いのうえさんが会社を辞めて北海道へ向かったときのお話。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="描き屑の瞬き" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260908inouemariko01.jpg" width="1200" /></p>

<p>会社を辞めると決断したあの日、押し寄せてきたのは恐怖だった――。アルコールインクアートで抽象画を描く画家のいのうえまりこさんは、2年前まで会社員として働いていました。迷いながらも退職願を出し、その後向かった先は北海道。<br />
「描き屑の瞬き（かきくずのまたたき）」は、いのうえさんが日常のなかで心に留まった景色や感情を、絵とエッセイで綴る連載です。第4話となる今回は、夏真っ盛りの8月に見舞われたまさかのトラブルをきっかけに、会社を辞めたあの頃を振り返っていただきました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>立ち止まった夏の日</h2>

<p><img alt="いのうえまりこ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260908inouemariko02.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年の夏。<br />
朝起きて自転車に乗ろうとしたら、タイヤがパンクしていた日があった。<br />
ひとまず自転車を使わずに出かけて、家に帰ってきたその夜。今度は冷蔵庫がまったく冷えなくなっていた。<br />
ネットで調べて、自分でできそうなことを一通り試してみた。朝になって冷凍庫を開けると、ドロドロに溶けたアイスが、そのまま残っていた。</p>

<p>家から少し足を延ばしたところに電気屋やリサイクルショップが何軒かある。新しい冷蔵庫を探しに行きたい。でも、自転車は使えない。この暑さの中を徒歩で動き回る気にもなれない。</p>

<p>脳みそもパンクしてフリーズした。<br />
すべてが嫌になってとりあえず寝た。<br />
一日中、布団の中で過ごした。<br />
そんな8月の夜中にこの記事を書いている。</p>

<p>ちょうど2年前、これ以上にフリーズしていた時期があった。<br />
2024年8月末、会社を辞めた。<br />
ずっと迷い続けていたけれど、いよいよ今がその時だと思える瞬間が来て、決断した。</p>

<p>次に何をするかも決めず、転職先も探さないまま辞めた。本当はひとまず転職でもよかったかもしれない。でも、ずっと会社員をやってきた自分の生き方に、少しずつ疑問を持ち始めていた。</p>

<p>仕事が好きで、頑張れていた時期も何年もあった。任されることも増えていった。管理職にもなった。経済的にも、大きな不満はなかった。</p>

<p>外から見れば、きっと順調だったのだと思う。けれどその分、心がどこか別のところに持っていかれるような感覚が、少しずつ増えていった。</p>

<p>管理職になってからは、自分の仕事だけでなく、周りの人を育てることも求められるようになった。人を評価する必要も出てきた。仕事が終わってからも、会社のことを考える時間が増えていった。</p>

<p>みんな頑張っているから。<br />
休日も関係なく、会社のために動いてほしい。<br />
もっと会社への思いを持ってほしい。</p>

<p>そんな話が役員や他の管理職の人との会議で出るたびに、私は少しずつ言葉をなくしていった。そこまで会社に気持ちを預けることが、どうしてもできなかった。ここにいても、もうこれ以上どう進めばいいのかわからなくなっていた。</p>

<p>そんな日々の中、関わっていたプロジェクトが唐突に終わりを迎えた。仕事を抱えている最中だと、途中で投げ出す罪悪感が勝って、辞めることはできないと思う。だから、今しかないと思った。</p>

<p>ほとんど突然の決断だった。<br />
とても怖かった。</p>

<p>会社を辞めて、いったん立ち止まって考えよう。そう思っていたのに、いざその時が来ると、未知のものへの恐怖でいっぱいだった。<br />
それでも、ひとつだけ心に決めていたことがあった。<br />
北海道に行くことだった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「何もしないための場所」へと向かった</h2>

<p>会社を辞める数年前、近所に住んでいた友人が、転職を機に職場の近くへ引っ越していった。会う機会が減って、元気にしているかなと思いSNSを覗いてみたら、そこには、広大な大地や牛の写真があった。</p>

<p>仕事はどうしたんだろうという疑問より先に、その景色たちに心を持ってかれていた。<br />
後から聞くと、新しい仕事はどうやら合わなかったらしい。すぐに辞めて、次の仕事を決めないまま、同じく仕事を辞めた人の紹介で北海道の農園に身を寄せることになったという。</p>

<p>稚内から車で一時間ほどの、天塩という町にある農園。北海道の中でも北の方にある、初めて聞く名前の場所だった。<br />
その日々が、淡々とSNSに載っていた。<br />
とても美しい景色と時間が流れていた。</p>

<p>私もいつか、ここへ行こう。<br />
その時から、密かにそう決めていた。</p>

<p><img alt="いのうえまりこ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260908inouemariko03.jpg" width="1200" /></p>

<p>2023年の年末から、私はまったく絵が描けなくなっていた。SNSへの絵の投稿も止まったまま。仕事への悩みが私生活にまで影響して、身動きが取れなくなっていた。<br />
辞めると決めて、実際に動き始めたそのあと、少しだけ息ができるようになった。</p>

<p>やっと、ぽろっと絵を描いた。<br />
今までの私は、アルコールインクの鮮やかさを生かした、力強い絵を描くことが多かった。<br />
そのとき描いた絵は、どこかおぼろげで、頼りなくもみえた。それでも、そのときの私にできる精一杯で、前に進むための一歩のような絵だった。</p>

<p><img alt="いのうえまりこ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260908inouemariko04.jpg" width="1200" /><br />
タイトル「漂う船に乗る」</p>

<p>そして、北海道へ行った。<br />
その時間を経て、私は展示やワークショップなど、絵の活動を少しずつ再開していくことになる。</p>

<p>あれから私は一度ならず、たびたび北海道を訪れている。北海道で重ねてきた時間については、これから少しずつ書いていけたらと思う。<br />
山と海と、牛たちと暮らす日々。<br />
東京での暮らしと比べれば、不便で何もない。<br />
その「何もなさ」が、必要だった。<br />
何もしない。何も決めない。ただそこにいる。</p>

<p><img alt="いのうえまりこ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260908inouemariko05.jpg" width="1200" /></p>

<p>まる一日以上止まっていた冷蔵庫が、今はなぜか動き始めている。</p>

<p>いろいろ調べていたら、中身を詰めすぎると冷えにくくなることがあり、7割くらいに整えるといい、と書いてあった。もともとそんなに詰めているつもりはなかった。</p>

<p>これが原因かはわからないけれど、ほとんど使っていない調味料や冷凍したまま食べていないものを捨てた。ドロドロになっていたアイスは、いつの間にかサクサクになっていた。<br />
<br />
いろんなものを詰め込みすぎている。<br />
そのことにも気づかない。<br />
もしかしたらまた止まってしまって、今度こそ動かなくなるかもしれない。<br />
その時はその時でタイヤを新しくした自転車で、次の冷蔵庫を買いにいけばいい。</p>

<p>あれからまる2年。<br />
止まったり動いたりしながら<br />
この暮らしを続けられるところまで<br />
続けていこうと思う。</p>

<p><img alt="いのうえまりこ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260908inouemariko06.jpg" width="1200" /><br />
今回使用した画材：アルコールインク、オイルパステル</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260908inouemariko01.jpg" />
						
						<pubDate>Sat, 19 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[いのうえまりこ（画家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>連載小説「報復捜査」 第３回　安東能明  安東能明（小説家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14913</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014913</guid>
			<description><![CDATA[連載小説「報復捜査」 第３回。殉職した公安部の刑事が追いかけていた事件に隠された真実とは!? ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="報復捜査" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260824Houfukusousa01.jpg" width="1200" /></p>

<p>殉職した公安部の刑事が追いかけていた事件に隠された真実とは!?</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>第３回</h2>

<p>２</p>

<p>現場から病院まで、どうやって運ばれたのか、伊場は覚えていない。</p>

<p>規制線の外で空を見上げ、目を閉じた。次に像を結んだとき、伊場は車の後部座席にいた。誰かが腕を取り、押し込んだのだろう。記憶のあいだに、抜けた穴がいくつもあった。サイレンが鳴っている。自分の乗る車のものか、前を走る救急車のものか、判然としない。窓の外を景色が滑り、六月の午後の光がまぶしかった。隣に誰かがいて、何か話しかけられた気もするが、声は届かなかった。</p>

<p>右手に、まだ感触が残っていた。引き金を引いたときの固い抵抗も、弾けるような反動も、手のひらに染みついた銃の重さも、まだ消えていない。その拳銃をいつ手放したのかも、覚えていない。屋上で撃った直後、誰かが肩を抱え、手から何かを取り上げた。気づくと、腰のホルスターは空だった。あとで聞けば、現場で規定どおりに押収されたという。証拠品として差押えられたその手続きを、伊場は何ひとつ覚えていなかった。自分の撃った銃がいま、どこにあるのかも。</p>

<p>病院の玄関に着いたとき、伊場は車から転げ出るようにして走り出していた。廊下に入ると消毒液の匂いが鼻を突いた。天井に白い蛍光灯が長く続いている。靴が床を叩く音だけが、やたらと大きく聞こえた。救急隊員たちの背中を追って角を曲がると、ストレッチャーが見えた。首はガーゼに覆われ、点滴のチューブが伸び、酸素マスクが口を覆っている。白いワイシャツが、赤く染まっていた。</p>

<p>「小暮！」</p>

<p>声が、廊下に響いた。女性看護師が伊場の前に立ちふさがった。</p>

<p>「手術前です。お待ちいただかないと」</p>

<p>「一分でいい。三十秒でいい」</p>

<p>看護師は一瞬、伊場の目を見た。それから半歩、脇に退いた。</p>

<p>小暮は目を閉じていた。顔色が蝋（ろう）のように白い。酸素マスクの下で、胸がかすかに動いている。首に当てられたガーゼは、すでに赤く滲んでいた。</p>

<p>「小暮」</p>

<p>伊場は、ストレッチャーの縁に手をあてた。自分の手が震えているのに、そのとき気づいた。</p>

<p>「小暮、聞こえるか」</p>

<p>まつ毛が、ゆっくり動いた。瞼（まぶた）が薄く開いた。焦点が合っていない目がゆっくり動いて、伊場を探した。そして、止まった。</p>

<p>「......おまえのせいじゃない」</p>

<p>声は、ほとんど空気だった。唇が動いて音が漏れるだけのような声だったが、伊場には聞こえた。</p>

<p>「絶対に......警察を辞めるな」</p>

<p>それだけだった。目が、また閉じた。手術室の扉が開き、医師たちがストレッチャーを引き取った。分厚い扉が音もなく閉まり、手術中の表示灯が赤く点った。</p>

<p>伊場は、壁に手をついた。</p>

<p>足が、崩れそうになった。</p>

<p>新井が廊下のベンチに伊場を引き寄せ、隣に腰を下ろした。何も言わなかった。ふたりで、赤い表示灯を見続けた。</p>

<p>それから十分ほど経った頃、廊下の奥から足音が聞こえた。</p>

<p>小暮圭子（けいこ）だった。</p>

<p>制服の女性警官に付き添われて、半ば走るようにして来た。三十代の初め、細面のおとなしそうな女で、小暮とは十年近い付き合いになる。伊場も小暮の自宅に幾度となく上がり込んで、圭子の手料理を馳走になってきた。その女がいま、顔面を蒼白にして、廊下に立っていた。手術室の扉と表示灯を見た瞬間、圭子の顔からすべての表情が抜け落ちた。</p>

<p>「......和（かず）くんは」</p>

<p>声が、震えていた。</p>

<p>「手術中です」と新井が答えた。「ここで待ちましょう」</p>

<p>圭子は頷いたのか頷かなかったのか、わからなかった。ただ、ベンチに腰を下ろした。伊場の隣に、新井を挟んで座った。それから一言も話さなかった。話せる状態ではなかった。視線は手術室の扉に固定されたまま、ときおり、唇だけが小さく動いた。何かを呟いているのか、それとも呼吸を整えようとしているのか、伊場には判別できなかった。</p>

<p>三人で、赤い表示灯を見続けた。</p>

<p>廊下には、いつの間にか人が増えていた。制服の警官や背広の男、署から来た同僚の刑事たちが立っている。誰かが何か話しかけてきたが、内容が届かなかった。耳の奥で、ずっと高い音が鳴り続けている。</p>

<p>おまえのせいじゃない。手術室の前で、小暮はそう言い残した。なぜ、いま、それを言ったのか。撃ったのは自分の弾だ。あいつの首を貫いたのは、ほかの誰でもない。</p>

<p>屋上の場面が、繰り返し蘇る。射線上に現れた小暮は、蒼白の顔で、目を血走らせていた。その銃口が、伊場に向いた。本気で撃つつもりだと思った。だから、撃った。本当に本気だったのか。いまとなっては、確かめる術がない。</p>

<p>午後四時二十二分、手術室の扉が開いた。マスクをずらした外科医が出てきて、伊場の目を見た。何も言わなかった。その目が、すべてを語っていた。外科医は新井に近づき、低い声で短く告げた。新井の背中が、一瞬こわばった。</p>

<p>それだけで、わかった。</p>

<p>圭子も、わかったのだろう。外科医の顔を見た瞬間、両手を膝の上で固く握り合わせた。それから、声もなく俯いた。</p>

<p>新井が振り返った。</p>

<p>「伊場」</p>

<p>名前を呼ばれた。それだけだった。それ以上は、何も要らなかった。</p>

<p>涙は出なかった。悲しみは、まだ形をとっていない。ただ、体の真ん中が、洞のように虚ろだった。</p>

<p>吉祥寺署の霊安室は、地下にあった。エレベーターを降りると空気が変わった。冷たく、湿っている。六月とは別の季節の匂いがした。</p>

<p>小暮は白いシーツに覆われて横たわっていた。顔だけが出ていて、首元には白い包帯が巻かれている。目は閉じていた。表情は、穏やかに見えた。</p>

<p>圭子が小暮の顔を見た瞬間、肩が震えた。膝が折れそうになるのを、伊場は横から支えた。圭子は小暮の頬に指先を触れて、声を上げて泣き出した。か細い、しかし深いところから絞り出されるような声だった。</p>

<p>伊場は圭子の肩に手を添えたまま、小暮の顔を見ていた。</p>

<p>一昨日の電話を思い出した。グラスの氷が鳴った。小暮は酔っぱらって昔話をしていた。馬鹿正直だと思ったよ、と笑っていた。昨夜の様子を圭子に訊きたかった。だが、いまは訊けない。圭子が泣き止む気配はなかった。伊場は黙って、圭子を支え続けた。</p>

<p>ふと、思った。圭子の夫の命を奪った自分が、こうして傍（かたわ）らにいる。圭子が事情を知ったら、どう思うか。その考えを向こうに押しやった。</p>

<p>どれくらい時間が経ったか。やがて新井が霊安室に顔を出して、明日の手配が整ったと告げた。午前中は大塚の監察医務院で司法解剖後、小暮の住んでいる西窪（にしくぼ）住宅近くにある葬儀場で通夜を行うという。圭子は「司法解剖も？」と言いかけて、それ以上は言葉にならなかった。新井は警察として出来る限りのことをしたいと説明した。その言葉に嘘はないのだろう。だが、伊場の胸には引っかかるものがあった。</p>

<p>手際が、よすぎる。</p>

<p>事件が起きたのはきょうの昼過ぎだ。小暮が死んでから、まだ数時間しか経っていない。それなのに、通夜の葬儀場まで押さえてある。司法解剖は仕方ないが遺体の搬送も整っている。どれほど段取りがよい組織でも、ここまで早いのはおかしい。いや、すべてはマニュアルどおりに進んでいるということか。</p>

<p>伊場はその考えを、胸の奥に押し込んだ。いまは、それを口にする状況ではなかった。</p>

<p>圭子は女性警官に付き添われて自宅へ送られていった。扉が閉まる直前、圭子はもう一度小暮の顔を振り返って見た。それから、静かに廊下へ出ていった。</p>

<p>霊安室を出た廊下で、伊場は清川を見つけた。三十歳で、生活安全課の防犯係に所属している。きょうの事件でも現場にいた。宿直当番でいつも顔を合わせる男だ。一階の壁際に立って、そわそわした様子でスマートフォンを見ていた。</p>

<p>「清川（きよかわ）」</p>

<p>声をかけると、清川は顔を上げた。</p>

<p>「小暮が拳銃を持っていた経緯を、知ってるか」</p>

<p>清川の表情が、わずかに変わった。目が、泳いだ。</p>

<p>「それは......」</p>

<p>「誰かが貸与したはずだ。手続きがあるだろ。何か聞いてるか」</p>

<p>「伊場さん、おれには......」</p>

<p>「知ってるのか、知らないのか」</p>

<p>怒鳴り声になった。</p>

<p>「......ほんとに知らないです。おれは」</p>

<p>口調は否定していた。だが、目が違うことを言っていた。伊場がさらに踏み込もうとしたとき、廊下の奥から複数の足音が聞こえた。</p>

<p>振り返ると、ふたりの背広姿の男が歩いてくる。先頭に立つのは五十代、痩せて背が高く、顔の彫りが深い。顔全体には細かい皺が刻まれているが、感情を置いてきたような目をしていた。後ろに半歩引いた男は、四十代の初め、がっちりした体格で、表情がない。伊場の位置と足元を、素早く一度だけ確認した。どちらも、動きに迷いがなかった。先頭の男が伊場の目を見た。</p>

<p>「伊場恵介巡査部長ですね」</p>

<p>「そうです」</p>

<p>「監察の垣内（かきうち）です。こちらは山口（やまぐち）。本部まで同行をお願いします」</p>

<p>「いますぐですか？」</p>

<p>「はい」</p>

<p>声に抑揚がない。感情を乗せない訓練を受けた人間の声だ、と伊場は思った。清川が、背後で息を吞んだのが聞こえた気がした。</p>

<p align="right">〈つづく〉</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 18 Sep 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[安東能明（小説家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「お風呂は道路より危ない」入浴死は交通事故の7倍　一人の女性の溺死が残した謎  飯野守男（鳥取大学医学部法医学分野教授）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15115</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015115</guid>
			<description><![CDATA[風呂での事故死は交通事故の7倍にのぼる。顔が浸からない浴槽でなぜ溺死したのか。法医解剖医の飯野守男さんが80代女性の不可解な死の真相を明かす。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="お風呂での死亡事故" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_furo.jpg" width="1200" /></p>

<p>入浴中の事故死は年間約1万9000人と交通事故の7倍にのぼる。その多くを占める高齢者の死亡のなかには、一見すると説明がつかないケースもある。風呂で発見された80代女性は、顔が浸からない水位の浴槽でなぜ溺死したのか。法医解剖医が死体検案で見抜いた驚きの真相と、日本が抱える解剖制度の歪みを明かす。</p>

<p>※本稿は飯野守男著『法医学教授が教えている死体の授業』（飛鳥新社）より一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「風呂で死ぬ」</h2>

<p>日本の入浴関連の事故死は推定年間1万9000人。</p>

<p>これは交通事故で亡くなる人の約７倍にも上ります。風呂で死ぬ人のほうが多いということ。そして入浴関連の事故死でとくに多いのが65歳以上の高齢者です。</p>

<p>私が死体検案をした80代の独居女性もその１人でした。しかし、入浴関連事故死にしては不可解な点が多すぎたのです。</p>

<p>「１人暮らしの母がお風呂で死んでいた。だが、亡くなった原因が溺死のようで溺死でないかもしれない」</p>

<p>私が解剖を担当する鳥取県では、警察が取り扱う死体は年間約1000体あり、そのうちの実に約100体、つまり10分の１が入浴中の死亡事故によるものです。県内の交通事故による死亡が年間17、18件しかないことを考えると、圧倒的に「道路よりも自宅の風呂のほうが命の危険がある」のが現実です。</p>

<p>自宅の浴室で遺体となって発見された80代女性もその１人でした。発見者は近所に住む女性の娘さんで「病院の日だから迎えに来た」ところ、全裸で湯船に浸かったまま死んでいる母親を発見。当初の死因はよくある溺死かと思われましたが、溺死にしては不思議な点があったため、私のもとへ運び込まれてきたのです。</p>

<p>発見時、女性は浴槽内で湯船に浸かったままの状態でした。お湯の設定温度は43℃が保たれており、状況を整理すると女性は死後２日間、全裸で43℃の湯船に浸かっていたと考えられます。</p>

<p>湯船の設定温度が高いことから、まずは熱中症が疑われました。熱中症になると、尿の色が濃くなります。高体温によって筋肉が壊され、筋肉を構成するミオグロビンというタンパク質が血液中に大量放出されて、その色素が尿を赤くするためです。</p>

<p>この女性の場合、すでに警察が膀胱に溜まった尿を採取しており、熱中症の所見があることが明らかになっていました。尿の採取は具体的には、尿道にカテーテルを入れて直接尿を外に出します。それが難しいときは、CT画像で膀胱の位置を確認し、下腹部の真上から採取用の長い針をスポッと突き刺して尿を採取します。</p>

<p>ちなみに尿の採取は異状死を調べる際の基本であり、どのような死因であろうとも基本的には全例採取します。なぜなら、薬物の影響は必ず尿の状態に現れるため、犯罪事件の証拠につながるケースも多数あるからです。</p>

<p>80代女性の話に戻しましょう。</p>

<p>お風呂で熱中症を起こして意識を失い、溺死するケースは決してめずらしいものではありません。通常であれば、法医学教室への死体検案や解剖に回されることもないでしょう。</p>

<p>しかし、この場合は遺族が「この状況で溺死はおかしい。母の死の原因をきちんと調べてくれ」と警察に訴え、警察側も犯罪の線はほぼ考えられないため、司法解剖まではいたらないが、死後CT撮影でわかることがあるかもしれないと考え、私のもとへ死体検案として運び込まれたのです。</p>

<p>なぜ遺族が不審に思ったのか。</p>

<p>それは、発見時の湯船の水位が、女性の顔よりもずいぶんと下だったからです。熱中症で仮に意識を失ったのだとしても、顔はお湯に浸かりようがないのだから、溺れ死ぬわけがない。だが警察の調べによると、鼻や口から泡が出てきたことから所見は溺死である。</p>

<p>「溺れようがないほど低い水位の風呂で、母はなぜ溺死したのか？」</p>

<p>遺族からのこの疑問に、警察は答えられなかった。だからこそ、本事案は死体検案に回ってきたのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>死亡診断書の死因は&ldquo;4段階で表記する&rdquo;</h2>

<p>そのような前提を踏まえて死体検案を行ったところ、死因はやはり「溺死」で間違いありませんでした。CTをみると肺や気管に水が入っており、肉眼でもそれを確認しました。外傷も一切なし。心臓血の採血もしましたが、異常はありません。であれば、溺死であるとの結論にいたるのが妥当です。</p>

<p>ちなみに、「死因は溺死である」と述べましたが、死因はそもそも１種類とは限りません。死亡診断書には「死因」の欄がア・イ・ウ・エの順に４段階あることは、一般にあまり知られていないのではないでしょうか。</p>

<p>謎の溺死を遂げた80代女性の場合私は下図のように死因欄を記しました。</p>

<p><img alt="死亡診断書" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260916iinomorio.jpg" width="1200" /></p>

<p>死因の欄が４段階あるのは、死にいたるプロセスをわかりやすく共有するため。死亡の原因を、下からエ&rarr;ウ&rarr;イ&rarr;アの順に記します。</p>

<p>この女性の場合は、入浴中に体温が上昇し熱中症となり（エ）、意識障害を引き起こし（ウ）、顔面が水没したあと水を吸い込んで気道が塞がったため（イ）、窒息（ア）によって死にいたった、となります。</p>

<p>死因欄の書き方は診断した医師によって異なるため、ウとエになにも書かず、「ア&nbsp;窒息」「イ&nbsp;溺水」と簡潔にすませる場合や、さらに簡単に「ア&nbsp;溺死」と書く法医解剖医もいるでしょう。</p>

<p>さて、死因は明らかになりましたが、溺死にいたった理由はこの時点では不明です。発見した家族によると「顔はまったく湯船に浸かっていなかった」そうですが、その証言が正しいことはCT診断でも明らかになりました。つまり、死後に体勢を崩して湯船に顔を沈めたわけでもない。</p>

<p>では、なにを疑うべきか？</p>

<p>女性が亡くなった浴室を含まえた自宅の状況、そして発見されるまでに２日間の時間があったことを加味した結果、私としては「溺死したあとに湯船の水位が下がった」との見解に行き着きました。</p>

<p>80代女性が長年暮らしていた自宅は、家屋同様に浴室の設備も古いものだったそうです。発見されるまでの２日間に、お湯の温度は保たれたまま、けれども浴槽の底にある栓から少量ずつお湯が流れ出していたのだと考えられます。お湯ですから、蒸発によっても少しずつ失われていくでしょう。</p>

<p>流れ出る量はごくわずかずつでも、48時間が経てば水位は徐々に下がります。発見時に水面が顔より５cmほど下の位置だったのは、そのためだと推測できます。おそらく、死亡直後に発見されていれば、顔が湯船に浸かった状態のままで死因の特定はたやすかったでしょう。</p>

<p>若者であれば入浴中に熱中症でクラッとした症状が現れても、すぐに「熱い」と判断してお風呂から上がることができます。けれども、高齢者は「熱い」と意識しても体の動きが意識に追いつかないことが多々あります。</p>

<p>以上の見解を私から警察に口頭で伝え、遺族には警察から説明してもらいました。納得してもらえたかどうかまではわかりませんが、筋がとおっていることは理解していただけたのではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本では一般人がどれだけ望んでも、遺体の解剖をしてもらえないのが現実</h2>

<p>今回の一件は80代女性の遺族が警察に訴え、かつ警察も納得できない点があったからこそ死体検案にいたりましたが、日本は望めば誰もが解剖してもらえる国ではありません。海外の人には驚かれるのですが、日本では家族の希望で解剖できる制度が存在しないからです。遺族がどれだけ希望しても、「お金ならいくらでも払う」と訴えても、制度上不可能です。</p>

<p>その死が不審なものであるかどうか、最終的に判断するのは警察です。</p>

<p>警察が医師から話を聞き、不審な点は見当たらないと判断すれば、解剖は行われません。患者さんのCT検査をしてくれる病院はいくらでもありますが、通常の病院で死者のCT撮影は行えません。仮に遺体をもち込んだとしても、十中八九、病院側が拒否するでしょう。</p>

<p>今回の80代女性が解剖にもち込まれたのは、「なぜ低い水位の風呂で溺死するのか？」という遺族の主張に説得力があり、警察もそれに答えられなかったからです。</p>

<p>このような場面でこそ死因の謎を解くプロフェッショナルとして、法医解剖医が必要とされるのです。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 18 Sep 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[飯野守男（鳥取大学医学部法医学分野教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「木漏れ日」は季語？　夏井いつきさんが語る“季語を調べるときに気をつけたいこと”  夏井いつき（俳人）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15068</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015068</guid>
			<description><![CDATA[俳句の先生、夏井いつきさんが俳句を投稿する「投句」について解説。季語を調べるときの注意点を教えてくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="夏井いつき" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2024/2024A/241217natsuiitsuki.jpg" width="1200" /><br />
写真：御厨慎一郎</p>

<p>作った俳句を投稿することを「投句」といいます。投句が習慣になれば、俳句を作ることが日常となり、俳句のある人生をさらに楽しめるようになる――。そう語るのは、テレビ番組「プレバト!!」でおなじみの俳句の先生、夏井いつきさんです。</p>

<p>新著『夏井いつきの世界一わかりやすい投句の授業』では、同シリーズで俳句を学習してきた編集者・秘英知（ぴーえいち）さんが夏井さんから投句の極意を学んでいきます。</p>

<p>本稿では、「苗床」という兼題（お題）に沿って、秘英知さんが投句した句をもとに、季語との向き合い方を考えます。</p>

<p>※本稿は、夏井いつき著『夏井いつきの世界一わかりやすい投句の授業』（PHP研究所）から一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>※夏井いつきさんのラジオ「夏井いつきの一句一遊」（南海放送）では、月曜日&rarr;火曜日&rarr;水曜日&rarr;金曜日の順で、紹介する俳句のレベルが上がっていく仕組みになっています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>歳時記と辞書をひいてみよう</h2>

<p>夏井：それじゃあ、秘英知さんが、はじめて投句してくれた句を振り返ってみようか。</p>

<p>秘：ちょっと恥ずかしいのですが&hellip;次の三句を投句して、最初のロマンスカーの句を火曜日に読んでいただきました。</p>

<p>・苗床やロマンスカーの通過駅（火曜日）<br />
・苗床や赤字だらけのゲラの束<br />
・苗床やインクの切れた赤いペン</p>

<p>夏井：そうそう、この三句だったね。はじめて兼題と向きあってみて、どうだった？正直、今回の兼題「苗床」、かなりのクセモノだったでしょ。</p>

<p>秘：苦戦しました（汗）。そもそも、苗床がなんなのか、まったくわからないところからはじまりまして&hellip;。「苗」とあるので、植物に関係する季語かなと予想して、とりあえず歳時記で調べたんですが、私の歳時記に苗床はのっていなかったんです。それで、一応、辞書でも調べてみたら、そこには「植物の種をまいて、苗を育てるために作られた場所《季春》」とありました。《季春》とあるあたりから、「多分、春の季語なんじゃないかな」と考えたのですが&hellip;。</p>

<p>夏井：知らない言葉に出合ったら、とりあえず歳時記や辞書をひいてみる。その姿勢、すばらしい！秘英知さんの予想通り、今回の兼題「苗床」は春の季語でした。</p>

<p>秘：やっぱり（ホッ）！なんで私の歳時記にはのっていなかったんですか？</p>

<p>夏井：実は、「苗床」は、ちょっとマイナーな季語なんです。だから、秘英知さんが使っているコンパクトな歳時記にはのっていなかったんだね。歳時記の種類や大きさによって、収録されている季語は変わってくるからね。今日は、私の大きい歳時記を貸してあげよう。よいしょ。ドスン！</p>

<p>秘：ありがとうございます。&hellip;重っ！（歳時記をひきながら）あっ、春の季語として、ちゃんと「苗床」のっていますね。</p>

<p>夏井：あったでしょ。今回の兼題「苗床」みたいに、もし季語らしきものが兼題になっていて、でも自分の持っている歳時記にのっていないときは、図書館で大きな歳時記をひいてみるといいよ。</p>

<p>秘：図書館ですか&hellip;。たしかに、そうするのがいいのはわかるんですが、バタバタしていて、なかなかいけないタイミングもあるじゃないですか。忙しいときは、スマホやパソコンで検索するのもありですか？</p>

<p>夏井：スマホやパソコンは手軽に調べられて便利なんだけどね。でも、インターネットで季語を調べるのには注意が必要なんです。</p>

<p>秘：えっ！そうなんですか&hellip;。実は今回、辞書に書いてある説明だけじゃ不安だったので、ネットでも調べてみたんです。「苗床　季語」って検索したら、「苗床は春の季語です」と出てきたので、ホッとしたんですが&hellip;。</p>

<p>夏井：その情報は正しかったけど、インターネットの季語の情報には、堂々と間違いが書かれていることがあるんです。たとえば、「長靴」は季語じゃないんだけど、「長靴　季語」と検索すると、「梅雨の時期にはくので夏の季語」と出てきたり、そうかと思えば「雪国の必需品なので冬の季語」なんて情報も出てきたりする。</p>

<p>秘：夏と冬じゃ真逆ですね&hellip;。そもそも季語でもないのに。</p>

<p>夏井：ほかには、「ランドセル」も季語じゃないんだけど、「新しいランドセルを背負って歩く子どもの姿は、春の象徴的な光景」なんて、あたかも春の季語であるかのように紹介されていることがある。これじゃあ、初心者の人はわからないよね。</p>

<p>秘：だまされる自信があります&hellip;（汗）。</p>

<p>夏井：それから、「『卵』は春の季語」とか「『木漏れ日』は夏の季語」なんていう情報も検索すると出てくるんだけど、これらも間違い！</p>

<p>秘：「木漏れ日」は季語っぽいですが、違うんですね。</p>

<p>夏井：季語じゃないんだよね。言葉や季語を正しく理解するために、まずは、信頼できる歳時記や辞書で調べる癖をつけるようにしよう。そうやって、ちゃんと調べたうえで、インターネットを使って確認したり、さらに深掘りしたりするのはOK。</p>

<p>秘：ネットを使うのがNGなわけではないんですね。</p>

<p>夏井：もちろん！使い方次第です。だから、兼題がある場合、特に、それが季語の場合は、今回、秘英知さんがやってくれたように、</p>

<p>①歳時記で調べる<br />
②辞書で調べる<br />
③インターネットなどで調べる</p>

<p>の順番で調べるのをおすすめするよ。</p>

<p>秘：まず基本をおさえたうえで、それから応用ですね。</p>

<p>夏井：その通り。「一句一遊」で25年間ずっと「兼題や季語について、ちゃんと調べてから投句してね」っていいつづけているんだけど、まったく調べていないと思われる人が必ず一定数いるんです。なかには、兼題を完全に無視して自由に投句してくる人もいるんだよね。</p>

<p>秘：完全無視！そういう句は、どうなるんですか？</p>

<p>夏井：どんなにいい句だったとしても、ルールを無視しているわけだから、月曜日、つまり才能ナシへ直行！兼題をちゃんとおさえること、それが知らない言葉だったら調べること、その二つができてはじめてスタートラインに立てるんです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>インターネットをうまく使おう</h2>

<p>秘：でも、夏井先生、私、植物を育てた経験がほとんどないので、歳時記や辞書の説明を読んでも苗床のことをうまくイメージできなかったんです&hellip;。</p>

<p>夏井：そうか、秘英知さんは、植物にはくわしくないんだ。それじゃあ、歳時記や辞書の文字情報を読んだだけでは、なかなかイメージしにくかったよね。</p>

<p>秘：はい&hellip;。歳時記や辞書の説明は、一応、理解はできるんですけど、苗床がどんなかたちで、どう使うのか、どこにあるのか、といったことが、まったく&hellip;。</p>

<p>夏井：そんなふうに、なかなかイメージしにくい季語の場合は、インターネットで画像を調べたり、YouTubeで動画を検索したりするといいよ。俳句の題材を求めて出かけることを「吟行」というので、私は勝手に「インターネット吟行」とか「YouTube吟行」なんて呼んでいます。</p>

<p>秘：そういう方法もあるんですね！</p>

<p>夏井：もちろん、実際に季語の現場にいって、生身のからだで五感を使って体験するのがベストだよ。それに勝るものはないので、大前提として季語の現場に立つことは大切にしてね。ただ、現実問題、難しいときもあるはず。たとえば、地方のお祭りや行事に関する季語が兼題として出されるときがあるんだけど、それを現地まで見にいくのは、なかなか難しいことが多いと思うんだよね。</p>

<p>秘：たしかに、いけるならいってみたいですけど、気軽には&hellip;。</p>

<p>夏井：そんなときこそYouTubeが役に立つんです。歳時記や辞書の文字情報だけより、現地の雰囲気や参加者の表情、使われている道具、お祭りの独特のかけ声なんかがわかって、ぐっとイメージしやすくなるはず。試しに、今回の兼題「苗床」も検索してみたら、いろいろ出てくるんじゃない？</p>

<p>秘：調べてみます。「苗床」で検索っと&hellip;いろいろ出てきました！苗床って、こんな感じなんですね。そういえば、私の母方の祖父母は専業農家だったんですが、こんなふうにポットやトレイに土を入れて、そこに野菜の種をまいて、ある程度の大きさになるまで苗を育てていた記憶があります。</p>

<p>夏井：なんと！知らないと思っていた苗床を、実は意識せずに見ていたんだ。</p>

<p>秘：どうやら、そうみたいです。</p>

<p>夏井：季語を調べるなかで、忘れていた過去の記憶が急によみがえったり、今まで認識すらしていなかったものが突然「あのことか！」とわかったりすることが結構あるんだよね。これも季語の力なんです。</p>

<p>秘：へぇ〜。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2024/2024A/241217natsuiitsuki.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 18 Sep 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[夏井いつき（俳人）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「失敗が怖い」を解消！ わかさ生活創業者が語る“上司を共犯にする”仕事術  ⻆谷建耀知（株式会社わかさ生活　創業者 代表取締役社長）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14975</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014975</guid>
			<description><![CDATA[失敗を恐れて行動できない人へ。仕事は｢コンティニューし放題｣のゲームです。AI時代だからこそ、完璧な正解を探すより未完成で動くことが重要。上司を共犯にし、お笑い芸人のネタ磨きのように企画を育てる思考法を解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="オフィスで上司に相談する部下" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_talking.jpg" width="1200" /></p>

<p>｢失敗が怖くて動けない｣｢否定されるのが嫌で企画を抱え込んでしまう｣という人へ。 仕事は一度のミスでゲームオーバーにはなりません。本気で成果を出したいなら、1人で悩む時間を捨てて｢未完成のまま｣外に出すのが一番の近道です。上司を共犯にし、周りの反応を見ながらアイデアを磨き上げていく実践マインドをお届けします。</p>

<p>※本稿は、⻆谷建耀知著『｢変わりたい｣けど、｢変われない自分｣から抜け出すための行動の仕組み化』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>AIが教えてくれない｢あなたのつまずきどころ｣の探し方</h2>

<p>失敗するのが怖い。誰しもがそう思うでしょう。新しい仕事を任された時。はじめての営業に行く時。企画を提案する時。転職を考える時。</p>

<p>私たちは挑戦の前で、ついネガティブな結果を想像してしまいます。</p>

<p>失敗したらどうしよう。恥をかいたらどうしよう。評価が下がったらどうしよう。そのような気持ちが働くため、行動する前に、できるだけ失敗しない方法を探します。</p>

<p>今はAIがあります。聞けばそれなりの答えが返ってきます。営業のコツも教えてくれますし、プレゼンの方法も教えてくれます。成功事例も簡単に調べられます。そのため多くの人は、｢なるべく失敗しない方法」を探そうとします。</p>

<p>しかし私は、それが一番コスパが悪いと思っています。なぜなら、AIにもわからないことがあるからです。それは、あなたが実際に行動を起こした時に、どういったところであなたがつまずくのかということです。</p>

<p>例えばAIに営業のコツを尋ねると、｢営業では顧客視点が大切です｣といったことを教えてくれます。確かに間違いではありません。しかし実際にお客さんの前に立つと、別の問題が出てきます。売り込みたくなってしまう。断られると焦る。沈黙が怖い。相手の話を聞くより、自分の話をしてしまう。どんなにAIや本で勉強しても、実際にはこうしたことが起きるのです。</p>

<p>そして、その時はじめて気づきます。｢ああ、自分にはこんなクセがあったのか｣と。そのため私は、挑戦する前に完璧な正解を探そうとすることに、あまり意味を感じません。どれだけ本を読んでも、どれだけ成功事例を調べても、最後は自分でやってみるしかないからです。</p>

<p>もちろん、失敗は気持ちのいいものではありません。できれば避けたい。私だってそうです。ですが、多くの人は失敗の大きさを実際以上に大きく考えています。</p>

<p>冷静に考えてみてください。仕事で失敗したからといって、明日から露頭に迷うでしょうか。懐が空になるでしょうか。人生が終わるでしょうか。ほとんどの場合、そんなことはありません。</p>

<p>経営者の財布が痛むだけです。もちろん反省は必要ですし、改善も必要です。しかし、それはゲームオーバーではありません。</p>

<p>私はよく、｢失敗する勇気を持ったほうがいい｣と言います。失敗しない人になれと言いたいのではありません。失敗を歓迎しろと言いたいわけでもありません。</p>

<p>ただ、失敗を恐れるあまり動けなくなるのは、あまりにももったいないと思うのです。</p>

<p>子どもの頃に遊んだゲームを思い出してみてください。敵にやられても、また最初からやり直せました。前回より少しうまくなっていました。失敗した場所がわかっているので、次は違うやり方を試せました。</p>

<p>仕事も同じです。一度の失敗で終わることは、ほとんどありません。やり直すことができます。相談することもできます。周りの力を借りることもできます。会社に大きな損害を与えるかもしれないという場合は、胃が痛いかもしれません。</p>

<p>そんな時は、｢上司を共犯｣にしましょう。もちろん、本当に責任を押し付けろという意味ではありません。やってみた結果、「こういう問題が出たのですが、どう思いますか」と相談してみる。</p>

<p>すると、自分では思いつかなかった視点をもらえることがあります。解決策が見つかることもあります。責任も一緒に被ってくれるはずです。挑戦とは、1人で戦うことではありません。</p>

<p>前の項目で、｢まず小さく動こう｣とお話ししました。しかし、小さく動くことさえ、足がすくむ思いをすることがあるでしょう。だからこそ、この項目でお伝えしたいことは1つです。仕事は、コンティニューし放題のゲームです。</p>

<p>思っているほど失敗は怖くありません。失敗したらやり直せばいい。うまくいかなければ別の方法を試し、困ったら周りに相談すればいい。そう考えると、仕事というのは実はとても面白いものです。新しいことに挑戦できる。今まで知らなかった自分の可能性を見つけられる。いろいろな人と出会える。できなかったことができるようになる。</p>

<p>しかも、一度失敗したからといってゲームオーバーにはならない。コンティニューしながら何度でも前に進めるのです。こんなに楽しいゲームは、なかなかありません。挑戦する勇気とは、失敗しない自信を持つことではありません。｢失敗しても、またやればいい｣そう思えることです。</p>

<p>そして、その一歩先には、思っている以上に面白い景色が広がっています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>否定されるのが怖くて話せないあなたへ</h2>

<p>｢もう少しまとまってから話そう｣企画でも、アイデアでも、やってみたいことでも、そう考える人は少なくないのではないでしょうか。</p>

<p>まだ完成していない。もう少し考えたい。もっと良い形にしてから見せたい。中途半端な状態で話すのは格好悪いし、否定されるのも嫌。そんな気持ちはよくわかります。</p>

<p>しかし、その考えはとてももったいないことです。なぜなら、アイデアは頭の中では育たないからです。</p>

<p>私は、何か思いついたらできるだけ早く人に話すようにしています。社内でも社外でも関係ありません。｢こんなことをやってみたい｣｢こんな企画はどうだろう｣と口に出してみるのです。すると、必ず反応が返ってきます。</p>

<p>｢それは面白いですね｣という反応もあれば、｢それは難しいんじゃないですか｣という反応もあります。時には、自分では思いつかなかった視点を教えてもらうこともあります。そうすると、企画が一段階進化するのです。</p>

<p>1人で考えていると、自分の知識や経験の範囲からなかなか抜け出すことができません。しかし、人に話すと、自分とは違う経験や知識が加わります。また、反応からこの企画の現状での評価もわかります。ですから、人に話せば話すほど、企画がレベルアップしていくのです。</p>

<p>私はこの感覚を、お笑い芸人さんのネタづくりに近いと思っています。テレビで見る漫才やコントは、最初から完成していたわけではありません。ライブハウスや劇場で何度も披露し、お客さんの反応を見ながら少しずつ磨かれていきます。</p>

<p>笑いが起きたところは残し、反応が悪かったところは変える。その作業を何度も繰り返した結果として、私たちがＴＶなどで知る完成形があります。</p>

<p>仕事も同じ。企画書の前で腕を組みながら考え続けるより、一度人前に出してみたほうが早いことがあります。もちろん、最初から完成度を高くする必要はありません。</p>

<p>むしろ未完成だからこそ、人に見せる価値があるのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_talking.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 18 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[⻆谷建耀知（株式会社わかさ生活　創業者 代表取締役社長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜか生きづらい...その正体とは？　心を縛る「18の悪法」の見つけ方  鈴木祐（サイエンスジャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15014</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015014</guid>
			<description><![CDATA[過去の経験によって無意識に自分を苦しめてしまう――そんな状況から抜け出す方法をサイエンスジャーナリストの鈴木祐さんが解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="鈴木祐著『最高の状態 無』" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayamibedW.jpg" width="1200" /></p>

<p>幼少期のトラウマからだれも信用できなくなったり、友人に笑われた記憶から塞ぎこんでしまったり...そうした経験が無意識に自分を縛る「悪法」となり、不必要な苦しみに悩まされることがあると、サイエンスジャーナリストの鈴木祐さんはいいます。</p>

<p>本稿では、「スキーマセラピー」で分類されている「18の悪法」の内容や、自分を苦しめる思考や行動の見つけ方について見ていきましょう。</p>

<p>※本稿は、鈴木祐著『最高の状態 無』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>苦しみを左右する18の悪法</h2>

<p><img alt="鈴木祐著『最高の状態 無』" height="865" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260901saikonojotai05.jpg" width="1200" /></p>

<p>コロンビア大学の心理学者ジェフリー・ヤング博士は、人間が精神を病んでしまうのは、私たちが人生で脳に溜め込んだ思考・感情・行動のパターンが機能不全を起こすからだと主張し、この発想をもとに「スキーマセラピー」という心理療法を作り上げました。「スキーマセラピー」では、&quot;悪法&quot;のパターンを18種類に分類します。普段のあなたに当てはまりそうなものがないか考えてください。</p>

<p>①放棄：家族・友人・恋人など親密な人たちに、どうしても全幅の信頼をおけず、「どうせ私は、最後はひとりになるのだ」といった感覚につきまとわれる悪法。</p>

<p>②不信：「他人はこちらを騙すはずだ」「人は私に嘘をついたり、利用したりしてくるはずだ」といったように、他者への不信を常に抱き続ける悪法。</p>

<p>③剥奪：「自分が求める感情的なサポートを得られない」という感覚をもたらす悪法。</p>

<p>④欠陥：「自分には何か根本的な問題がある」「私は劣っている」という信念をもたらす悪法。</p>

<p>⑤孤立：「自分は周囲に溶け込めない」「みんな私のことを変だと思っている」という感覚を与える悪法。</p>

<p>⑥無能：「私は日常の問題に対処できない」「自分が生きていくには他人が必要だ」といった感覚を生み出す悪法。</p>

<p>⑦脆弱：「何か悪いことが起こるのではないか」という恐怖を生み出す悪法。</p>

<p>⑧未分：他者のニーズや感情にばかり目が行き、自らのことがおろそかになってしまう悪法。</p>

<p>⑨失敗：自分の中に、「私は仲間よりも失敗している」「自分の能力にまったく自信が持てない」といった感覚を生む悪法。</p>

<p>⑩尊大：自分は他の人よりも優秀だと信じ、特別な権利を得る資格があると感じる悪法。</p>

<p>⑪放縦：「集中力を維持するのが難しく、すぐ別のことに意識が向いてしまう」人に多く、飲酒や過食などの自滅的な行為がやめられないといった悪法。</p>

<p>⑫服従：自分の意見を言うのが苦手で、怒りや悲しみを抱いても表に出さない悪法。</p>

<p>⑬犠牲：「頼まれたことは断れない」「他人より自分を優先するのは利己的だ」といった感覚を生む悪法。</p>

<p>⑭承認：他人からの注目を過度に重んじる悪法。</p>

<p>⑮悲観：人生の否定的な側面にばかり目を向け、ポジティブな側面を無視する悪法。</p>

<p>⑯抑制：「感情を表現するのは恥ずかしい」といった感情や行動を抑えつけてしまう悪法。</p>

<p>⑰完璧：「批判を避けるために高い基準を設定し、それを満たす努力をしなければならない」という感覚をもたらす悪法。</p>

<p>⑱懲罰：「過ちを犯した人は厳しく罰せられるべきだ」という信念を生み出す悪法。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>まずは「悪法スコア」で仮説を立てる</h2>

<p><img alt="鈴木祐著『最高の状態 無』" height="2081" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260901saikonojotai06.jpg" width="1200" /></p>

<p>どの悪法に苦しめられるかは、幼少期の環境や現在までに味わってきた体験の数で決まります。その多くは運に左右されるため、あなたの意思ではどうにもできません。私たちにできるのは、自分の思考と感情がどの悪法に左右されているのかを見極め、対処することだけです。</p>

<p>いったい、あなたはどんな悪法に悩まされているのか？それをあぶり出すため、いくつか実験をしてみましょう。</p>

<p>まず取り組むべきは「悪法スコア」です。あなたを悩ます悪法を大ざっぱに推測し、仮説を立てましょう。悪法1～18と照らし合わせ、いつもの自分の行動や心理に当てはまりそうなものはどれかを考え、採点してください。「完全に当てはまる」なら100点、「まったく当てはまらない」なら0点です。この時点では仮説を立てるのが目的なので、主観で採点してかまいません。</p>

<p>右の列の「トリガー」には、それぞれの悪法があなたの中で発動しそうな状況や場面を考えて書き込みます。「ネットで批判されたとき」や「大勢の中で発言しなければならないとき」など、過去にネガティブな感情を抱いた体験を書いてください。すべてを書き終えると、あなたを悩ませる思考や感情の傾向がわかり、なんとなく重苦しさから解放されたような気分になるはずです。</p>

<p>ただし、「トリガー」を考える際、暴力、離婚、いじめなど、耐えられないレベルの体験をお持ちの場合は、専門医の指導を受けつつ、事前に「セーフプレイスワーク」と「ソーシャルサポートワーク」で心理的な結界を張っておきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「悪法日誌」で推測する</h2>

<p><img alt="鈴木祐著『最高の状態 無』" height="2086" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260901saikonojotai07.jpg" width="1200" /></p>

<p>・トリガー</p>

<p>あなたがネガティブな感情を抱いたときの原因や状況を書き込みます。「給料が減った」のような大きなストレスはもちろん、「カフェで店員が怒られていた」といったささいなことでも、嫌だと思った出来事なら何を書き込んでもかまいません。</p>

<p>・感情</p>

<p>「トリガー」に対して抱いた感情を記入します。」「不快」「不安」など、その出来事によって味わった感情をすべてリストアップしてください。</p>

<p>・思考／イメージ</p>

<p>「トリガー」に対して頭に浮かんだ思考やイメージを記入します。「なぜ自分ばかり辛い目に遭うのか」といった思考や、「病気にかかった自分」のようなイメージなど、頭に浮かんだものを自由に記録しましょう。</p>

<p>最初のうちは「思考とイメージ」をうまく捉えられず、何も考えずに反射的に行動したようにしか思えないかもしれません。そんなときは、とりあえず次の「身体の反応」と「対処行動」だけを記録しつつ、「トリガーのあとで頭の中に特定の思考かイメージが浮かばなかっただろうか？」と考えてください。</p>

<p>・身体反応</p>

<p>「トリガー」に対して発生した生理的な変化を記入します。「腹が縮むような緊張感」といったように、肉体の変化を思い出して書き込んでください。</p>

<p>・対処行動</p>

<p>「トリガー」に対してあなたがとった対処行動を記入します。「その場はあやまってやり過ごした」など、具体的な行動を書いてください。</p>

<p>・想定される悪法</p>

<p>「トリガー」から「身体反応」までの書き込みを振り返り、「このような感情・思考・行動をもたらした悪法は何だろう？」と考えて、思いついた答えを記入します。最初のうちは自信がなくてもかまいません。当てはまりそうな悪法をいくつかピックアップしてみてください。</p>

<p>・悪法の起源</p>

<p>先に想定した悪法が、あなたの頭にインストールされた理由を記入します。「子どものころに弟の世話ばかりさせられたから」といったように、思い当たる理由を自由に書き出しましょう。</p>

<p>・悪法の機能</p>

<p>上記の「悪法の期限」で想定した悪法が、過去の自分にどのように役立っていたのかを考えて記入します。「親戚が喧嘩ばかりしていたので、徹底的に良い人になって身を守ろうとしたのかもしれない」といったように、過去の人生で悪法が果たした機能を考えてみましょう。</p>

<p>・現実思考</p>

<p>先ほど記入した「思考／イメージ」に対して、「より現実的な思考とイメージはどのようなものか？」を考えて記入します。あなたの思考やイメージを、推測に基づかない正しい内容に書き換えてください。</p>

<p>【例：会話で失言をして友人に嫌われた】</p>

<p>「実際に友人がどこまで嫌がったかはわからないし、少なくとも完全に嫌われたとは考えにくい」</p>

<p>ここでありがちな間違いが、悪法を強引にポジティブに変換してしまうパターンです。友人への失言を「彼は何も気にしていないはずだ」とねじ曲げるのは逃避です。必ず現実にあり得るレベルの思考にとどめてください。</p>

<p>・代理行動</p>

<p>ここまでの作業をもとに、「より現実にもとづいた効果的な行動は何だろう？」と考え、「代理行動」を記入します。たとえば、あなたが「上司に仕事のミスを罵倒されて耐えた」という状況では、次の行動が考えられるでしょう。</p>

<p>「ミスをしっかり謝って再発を防ぐ解決策を提示する。もし上司が人格まで否定してきたら、その場を立ち去っても良いし、相手の非礼に抗議をしても良い」</p>

<p>「そんな理想の行動を取れるだろうか？」と思う人もいるでしょうが、代理行動を実行できるかどうかは問題になりません。このステップの真価は、あなたの脳に「別の現実もあり得るのだ」という事実を教え込むところにあります。頭の奥から「これが唯一の真実だ」とささやく悪法に、他にも無数の可能性が存在することを教え込むのです。</p>

<p>悪法日誌の書き方は以上です。記録を取るタイミングは「ネガティブな感情を抱いた直後」でも「ネガティブな感情を抱いた日の夜」でもかまいません。これといって書くことがなければ、「1年前に起きた忘れられない嫌な体験」を対象にするのも有効です。</p>

<p>今後、何かネガティブな感情に襲われたり、周囲を不幸にする行動を取ったりしたときは、「私はいま悪法に動かされていないか？」「悪法に従う以外の反応はできないか？」と考えてみてください。その繰り返しにより、あなたは少しずつ自己について学んでいきます。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayamibedW.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 18 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[鈴木祐（サイエンスジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>聴覚障害を持つ探偵を描いた『名探偵の君へ』　九能式尚さんが新潮ミステリー大賞優秀賞  Moguru編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15111</link>
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			<description><![CDATA[新潮ミステリー大賞優秀賞『名探偵の君へ』。九能式尚さんが語った執筆への思いと、湊かなえさんによる選評を紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="『名探偵の君へ』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260914Shinchomystery03.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年9月14日、第12回新潮ミステリー大賞の授賞式が行われました。優秀賞を受賞したのは、九能式尚さんの『名探偵の君へ』です。</p>

<p>本作は、応募時には『彼女の終幕』の題でしたが、数回にわたる改稿を経て、『名探偵の君へ』と改題されました。</p>

<p>物語の中心となるのは、名探偵・斑猫雪羽の遺児で、聴覚障害を抱える斑猫キリカ。ミステリ作家志望の岩崎理人とともに、怪しげな実験に参加するため孤島へ渡ったことから惨劇に巻き込まれていきます。エラリー・クイーンが生んだ聾の名探偵ドルリー・レーンへのオマージュを織り込んだ、本格ミステリです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>湊かなえさん「作者の放つ熱いエネルギー」に引き込まれた</h2>

<p><img alt="新潮ミステリー大賞" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260914Shinchomystery01.jpg" width="1200" /></p>

<p>選考委員を代表して登壇した湊かなえさんは、まず新潮ミステリー大賞には応募枚数の上限が設けられていないことに触れました。</p>

<p>これまで長大な応募作を読むことには不安があったという湊さん。その体験を、「薄められすぎたカルピスを大量に飲み干さなければならないようなもの」とユーモアを交えて表現しました。</p>

<p>そんななか、最終候補作として届いた『彼女の終幕』は、400字詰め原稿用紙換算で1300枚弱。湊さんの著書『告白』のおよそ3倍にあたる分量だったといいます。</p>

<p>「当然、読むのも一番後にしました」と振り返った湊さんですが、いざ読み始めると、わずか3日で読了したそうです。</p>

<p>舞台は、絶海の孤島にある研究施設。ある音楽を聴くと眠りに落ちる催眠術が仕掛けられるなか、聴覚障害を抱える探偵だけがその影響を受けない――。クローズド・サークルという舞台設定や、こうしたミステリならではの仕掛けに加え、湊さんを物語へと引き込んだのが、「作者の放つ熱いエネルギー」でした。</p>

<p>湊さんは、そのエネルギーを「九能式さんの愛と怒り」だと表現します。</p>

<p>「愛」とは、エラリー・クイーンが生んだ名探偵ドルリー・レーンに捧げられた、本格ミステリへの深い愛。そして「怒り」とは、聴覚障害を持つ人々に対する社会の不理解への怒りではないかと語りました。</p>

<p>『彼女の終幕』はその後、改稿を重ね、原稿用紙約900枚まで削られました。</p>

<p>湊さん自身も、推敲で最も重視しているのは「削ること」だといいます。一文一文が本当に物語に必要なのかを考えながら手を入れる一方で、「それでも、一度書いた文章を削ることを惜しく思います」と、作家としての思いも明かしました。</p>

<p>だからこそ、大幅な改稿をやり遂げた九能式さんを称え、「まずは2作目、そして5年、10年とパワフルなご活躍を期待しております」と今後への期待を寄せ、選評を締めくくりました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>九能式尚さん「一つの壁を越えられたような気がしています」</h2>

<p>続いて登壇した九能式さんは、『名探偵の君へ』は「私にとっても非常に思い入れの深い作品」と語ります。</p>

<p>主人公の斑猫キリカは、九能式さん自身と同じく聴覚に障害を抱えています。自身の障害について文章にすることは決して簡単なことではなく、執筆中には「何度も壁にぶつかって傷を負った」と振り返りました。</p>

<p>「それでも書かずにいられなかったのは、当事者の立場から障害を持つ者の現実を描くことで、できることがあると信じていたからです」</p>

<p>そして、作品が刊行されたことについて「一つの壁を越えられたような気がしています」と語りました。</p>

<p>最後には、受賞を一つの到達点ではなく作家としての出発点と捉え、「これからはプロの作家として面白い物語を書き続けていくことで、皆様にお返しをしたい」と今後への決意を示しました。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260914Shinchomystery03.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 17 Sep 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[Moguru編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「彩りなんか知らんし、茶色くてよくない？」メイプル超合金・安藤なつさんの料理を楽しむ掟  安藤なつ（メイプル超合金）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14994</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014994</guid>
			<description><![CDATA[初のレシピ本『安藤なつの奔放ごはん』を出版した安藤なつさんに、自炊の楽しみ方をうかがった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="安藤なつ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260904andonatsu01.jpg" width="1200" /></p>

<p>お笑いコンビ・メイプル超合金のツッコミ担当として活躍し、介護に関する著書でも話題を集める安藤なつさん。芸人仲間にも手料理を振る舞うほどの料理好きとしても知られる安藤さんが、斬新で型破りなアイデアを詰め込んだ初のレシピ本『安藤なつの奔放ごはん』を刊行します。<br />
そんな自由な発想の料理たちは、どうやって生まれているのでしょうか。料理の時間が本当に楽しいと語る安藤さんにお話をうかがいました。<br />
※全3回の前編です</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>夜中、急に料理がしたくなる</h2>

<p>――『安藤なつの奔放ごはん』では自由な発想でありながら、一目見ただけでおいしそうって思えるような料理がいくつも掲載されていますね。安藤さんは、レシピを考えるときに香りや食感など、何を一番大切にしていますか？</p>

<p>【安藤】自分の中で料理って、夜中、急に作りたくなるものなんですよ。「あ、あれが冷蔵庫に入っていたから、これができるんじゃ」みたいな。科学実験に近い感じです。</p>

<p>「こういうものを作ろう」というより、「結果的にこんな料理ができあがった」の方が多いですね。もちろん完成形のイメージが先にあって、そこから逆算して食材は何が必要で、こんな工程があって、家にある調味料でどこまでいけるのか、どんだけデカいのができるのかって考えながら作ります。ワクワクする実験の感覚を大切にしていますかね。その時間が、本当に楽しいんです。</p>

<p>――では、家にある食材は常に潤っているのでしょうか。</p>

<p>【安藤】そうですね。母が畑をやっていて、季節ごとの野菜がもらえるので。ナスが今何本あるな、そろそろ痛むな、じゃあ何か作ろうかなって。</p>

<p>それに、買いだめしがちな方だとも思います。袋麺も好きで常備しているので、ラーメンのスープの粉を使って焼きそばにしてみよう、とか。</p>

<p>――日頃お忙しいかと思うのですが、自炊は続けられているのでしょうか？</p>

<p>【安藤】自炊していますね。冬場だと、野菜を入れたいろんな味付けの鍋とか。野菜いっぱい摂りたいじゃないですか。手軽ですし、なんでも入れられる。</p>

<p>――忙しい時でもお鍋を作ったり、何かしら料理をされてるのですね。</p>

<p>【安藤】料理がストレス解消法なのかもしれないです。</p>

<p>「暇だな、作ろう」じゃなくて、「忙しくてもう疲れた。でもなんか作ろう」みたいな。それが気持ちの切り替えにもなっている気がします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>料理も「自分が楽しければいい」</h2>

<p><img alt="安藤なつ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260904andonatsu02.jpg" width="1200" /></p>

<p>――安藤さんのように自炊がストレス発散になったり、楽しく作れることってすごくいいなと思うんですが、一方で自炊のハードルが高い方や、苦手意識が強い方もいると思います。そのような方々が楽しんで料理するために何かアドバイスはありませんか？</p>

<p>【安藤】食に興味あるかないかでだいぶ変わるとは思うんですけど、かっこつけなくていいし、別に失敗してもいいじゃないですか。</p>

<p>私も、全然失敗しますよ。失敗して、例えば「あれが固まらなかったのなんでだろう」って考えて、これねって分かった時にめっちゃ気持ちがいいんですよね。</p>

<p>きっと自炊することに抵抗がある方は、Instagramとかでキラキラした綺麗な料理を見すぎているんじゃないでしょうか。</p>

<p>――綺麗なレシピ動画、たくさんありますよね。</p>

<p>【安藤】キラキラご飯を見て、このレベルは到底無理だって二の足踏んでるんだったら、いや別に、あそこまでたどり着く必要なくない？ていうか、自分が楽しければ良くない？って思います。</p>

<p>私はそんな感じですね。彩りなんか知らんし、茶色くてよくない？っていう。自分がいいと思えばそれでいいんだから、料理が少しでも楽しいって思えそうだったらやってみるといいかもしれないですね。</p>

<p>――まずはやってみて、楽しさを感じてみる。</p>

<p>【安藤】実験、楽しいですよ。料理は娯楽や趣味に近いんです。</p>

<p>ご家族がいたり、働いていて時間がない方もいらっしゃると思うんですけど、もし自分時間を作れるのなら料理をおすすめします。料理に時間を使うということは、贅沢なことな気がしていて。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>実験的な料理も無理は禁物</h2>

<p>――超実験的にやってみたらうまくいった、もしくは失敗した料理で、何か覚えてるものはありますか？</p>

<p>【安藤】挑戦してみて、違ったなと思った料理はありますね。</p>

<p>先日、家でホームパーティーをしたんですよ。友人がタコスパーティーしたいと言うので、プルドポークやチリコンカンなんかも作って、みんなでトルティーヤに挟みながら食べたんです。で、その友人も料理する人で、桃がお家にあったから桃カレーを作ってきてくれたんです。それがめちゃくちゃ美味しくて。本人にレシピを聞いても、もうわかんないって言われて。</p>

<p>それなら、余ったチリコンカンでカレーを作ってみようと思い立ちました。で、後日作ったんですけど、めちゃくちゃまずくて(笑)。完成したものは完成したものとして食べればいいんだなって思いました。無理しちゃダメ。チリコンカンはチリコンカンで美味しかったのに。</p>

<p>――深追いして失敗した。</p>

<p>【安藤】深追いですね。もうチリコンカンだけで良かったです。</p>

<p>なんだか寂しかったです。悔しかったのもあります。あの桃カレーがうますぎて。</p>

<p>――今お話しされてたように、安藤さんはお仲間とホームパーティーすることも多いのでしょうか。</p>

<p>【安藤】はい、けっこうホームパーティーはしますね。</p>

<p>――その時のレシピは、メンバーの好みに合わせて考えたりもするのでしょうか。</p>

<p>【安藤】食べられないものは誘う時に聞くことが多いですね。仲のいい人だったら、食べられないもの、苦手なものが何かというのはある程度把握しています。辛いものが苦手だから、じゃあ辛くないメニューにしようとか。で、実家からの野菜がいっぱいあるから、それで何かしようとか。最近は、野菜パーティーしましたよ。</p>

<p>――野菜パーティー、楽しそうですね。</p>

<p>【安藤】空心菜がいっぱいあったんで、空心菜の炒め物とか、ナスと鶏肉とオクラのオイスターソース炒めを作って、みんなで食べました。美味しかったです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260904andonatsu01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 17 Sep 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[安藤なつ（メイプル超合金）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>平子雄一展『HUMAN AND NATURE』レポ「自分だけの物語」ワークショップを体験してみた  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15119</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015119</guid>
			<description><![CDATA[東京ミッドタウン日比谷で開催されている平子雄一展『HUMAN AND NATURE』。イベントとして開催された「ものがたりをつくる」ワークショップの様子をレポートします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="平子雄一『HUMAN AND NATURE』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260914HirakoYuuichi01.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年9月5日（土）より、東京ミッドタウン日比谷ホールで、平子雄一氏の展覧会『HUMAN AND NATURE』が開催されています。平子雄一氏は「植物や自然と人間の共存」をテーマに絵画や彫刻などを制作されている現代美術作家で、韓国や台湾、イギリス、アメリカなど世界中で活躍されています。<br />
9月12日（土）、イベントの一環としてワークショップが行なわれました。PHPオンライン編集部がワークショップを体験、その様子をリポートします。</p>

<p>（取材・撮影／PHPオンライン編集部・次重浩子）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>テーマは「ものがたりをつくる」</h2>

<p><img alt="平子雄一『HUMAN AND NATURE』を開催中の東京ミッドタウン日比谷" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260914HirakoYuuichi02.jpg" width="1200" /></p>

<p>この展覧会は、東京ミッドタウン日比谷の「BASEQ」が「東京ミッドタウン日比谷 ホール」にリニューアルされ、こけら落としとして開催されている記念イベントです。</p>

<p>東京ミッドタウン日比谷に向かってみると、あります、あります！正面入口前に平子さんの作品によく登場する「人のような身体に植物の頭部を持つモチーフ」のオブジェが！どーんと設置されています。顔が描かれていないので表情はわかりませんが、なんともいえずかわいいです。</p>

<p><img alt="生ドーナツ専門店「I’m donut？」とコラボ。平子雄一氏が描き下ろしたオリジナルデザインの限定ボックス" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260914HirakoYuuichi09.jpg" width="1200" />生ドーナツ専門店「I&rsquo;m donut？」とコラボ。平子雄一氏が描き下ろしたオリジナルデザインの限定ボックスで数量限定にてドーナツも販売</p>

<p>作品が展示される「ホール」は6階ですが、ワークショップは9階で開催されるとのこと。さっそく会場へ向かいます。</p>

<p>今回のワークショップのテーマは「ものがたりをつくる」。まずは参加者に厚紙でつくられた白紙の絵本のようなものが手渡されます。ページ数は、表紙・裏表紙を除けば8ページ。制限時間は2時間です。絵にはまったく自信がない私ですが、大丈夫かな...？</p>

<p>「まずは展覧会を一緒に観に行っていただきます。いろいろなモチーフがありますので、&ldquo;これは&rdquo;と思うものを選んでいただいて、それを使って自分なりにお話を拡げていってください」と平子さん。参加者のみなさんと6階の展覧会場へ移動します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人間は自然とどう付き合っていくのか</h2>

<p><img alt="平子雄一『HUMAN AND NATURE』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260914HirakoYuuichi03.jpg" width="1199" /><br />
会場の中央に置かれた集合作品</p>

<p>平子さんの作品は、本や車、木や花、犬、猫、野菜、果物、花瓶、カバンなど、生物・無生物を問わず、さまざまなアイテムがいっしょくたになってひとつの作品を形成しています。色合いが鮮やかで、フォルムがころんとしていて一つひとつがかわいらしいです。気になったものをスマートフォンで写真に収めていくのですが、どのアイテムを絵本に採用するか、めちゃくちゃ迷いますね...。</p>

<p>そこへ本展の企画・監修をされた美術評論家の秋元雄史さんが登場。「平子さんの作品は、あらかじめストーリーを設定してあるわけではないので、自由に物語を組み立てられると思います。悪夢でもいいし、ハッピーな夢でもいい。できるだけ妄想をふくらませてください」とのこと。</p>

<p><img alt="平子雄一『HUMAN AND NATURE』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260914HirakoYuuichi05.jpg" width="1200" /></p>

<p>参加者たちは平子さんや秋元さんにお話を伺いながら、展示会場を見て回ります。会場の中央に置かれた、ひときわ目をひく集合作品は、木材として加工された厚さ2cmの桐の板を貼り合わせ、チェーンソーで彫刻したのだそうです。</p>

<p>展覧会のタイトル『HUMAN AND NATURE』に込めた意味を平子さんに伺ってみると、「自然に対して、人はまず人間ありきでしか考えられないですよね。人間は自然とどう付き合っていくのか。利用するのか、守っていくのか。そういうことに思いを馳せられるような展覧会にしたかったのです」とおっしゃっていました。<br />
木をそのまま彫刻するのではなく、人間が利用するために加工された木材をあえて使用されているところに、テーマが内包されているのを感じますね。</p>

<p><img alt="平子雄一さん（左）と秋元雄史さん（右）" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260914HirakoYuuichi04.jpg" width="1200" />平子雄一さん（左）と秋元雄史さん（右）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>無理にストーリーを作ろうとしなくてもいい</h2>

<p><img alt="平子雄一『HUMAN AND NATURE』ワークショップ参加者の方の作品" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260914HirakoYuuichi06.jpg" width="1200" /><br />
ワークショップ参加者の方の作品</p>

<p>20分ほど観覧したあと、いよいよ9階のワークショップ会場へ戻り、絵本制作をスタート。しかし作品鑑賞に心を奪われてしまったので、ストーリーがなにも浮かびません！！</p>

<p>「無理にストーリーを作ろうとしなくてもいいんですよ。たとえば1ページ目に本を3冊書く。次のページは4冊、次は5冊と増やす。色も変えていく。3ページ目はモノトーンにする。次のページで本は消えている...そんな構成でも、見た人はなんとなくストーリーを想像するでしょ？」と平子さんにアドバイスをいただきました。ストーリーはまったく浮かばないけど、撮った写真を見ながら、かぼちゃや猫を無心で白いページに描いていきます。</p>

<p>作品の画像を見ながらスケッチしていると「この木の表面、けっこうぼこぼこしてたんだ」など、初見では気づかなかった細かい部分に目が行くようになってきました。また「この猫はどうしてこんな表情なんだ？」「この人に違うポーズをさせてみたい」とストーリー的な発想も湧き出てきました。</p>

<p>制作に与えられた時間は1時間30分ほど。みなさん黙々と絵本作成を進めています。「そういえば、大人になってから絵を描く機会ってほとんどないな」などと思いながら、ひたすら白い紙に向かって色を重ねていくと「無」になって心が洗われるようです。こういうひとときもいいですね。</p>

<p>イベント終了の時間が近づき、席が近い人同士で作品を披露し合います。「これを題材にしたんですか。おもしろいです」「ちゃんとストーリーになってますね。お上手！」と感想が行き交っていました。<br />
あらかじめストーリーを作ってから作業を始めた方、「とにかく思いつきで描きました」という方、モチーフを色鮮やかにページいっぱいに描いている方、ほとんどモノトーンでマンガのように構成されている方などいろんな方がいて、作品もそれぞれです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>思考してもらう「装置」としての作品</h2>

<p><img alt="会場内に置かれたオリジナルピンボール" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260914HirakoYuuichi08.jpg" width="1200" />会場内に置かれたピンボール。ボールとしてはじくカプセルにはオリジナルフィギュアが入っている。秋元さんが挑戦！</p>

<p>平子さんは、どうしてこのようなワークショップを開催しようと思われたのでしょうか？</p>

<p>平子：「みなさんと作品との距離を近づけたかったんです。観るだけじゃなくて踏み込んでほしかった。『ものがたりをつくる』を課題にした理由は、ストーリーを自分で作り出すと『自分のもの』になるから。</p>

<p>実際にやってみておもしろかったですね。今後の私自身の制作を考えるうえでも『伝えて終わり』じゃだめなんだなと感じました。作品に触れていただいて、みなさんが何を心に秘めて持って帰るのかも大事だと思ったんです。単純な感動だけじゃなく、感情をゆさぶられたり、思考してもらう『装置』としての作品を作っていきたいと思いました」</p>

<p>和気あいあいとした雰囲気のなか、ワークショップは終了。<br />
現代アートというと「何を表現しているのだろう」と受け身になりがちですが、作品を自分の物語に登場するアイテムとして取り込むのは新鮮な体験でした。『HUMAN AND NATURE』展は10月18日（日）まで。「自分なら物語をどう作るかな？」と考えながら鑑賞してみるのもおもしろいかもしれません。</p>

<p><img alt="平子雄一『HUMAN AND NATURE』ワークショップの様子" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260914HirakoYuuichi07.jpg" width="1200" /></p>

<p>『HUMAN AND NATURE』<br />
【会期】2026年9月5日(土)～10月18日(日)※会期中、休館日なし<br />
【開催時間】11:00~20:00(最終入館 19:30)<br />
【会場】東京ミッドタウン日比谷 6階 ホール<br />
【住所】東京都千代田区有楽町1-1-2 東京ミッドタウン日比谷<br />
【入場料】<br />
オンライン券:一般 2,000円/大学生・専門学生1,500円/中高生1,000円/小学生以下無料<br />
当日券:一般2,200円/大学生・専門学生1,600円/中高生1,100円/小学生以下無料<br />
※障がい者手帳をお持ちの方は、一般 1,500円/大学生・専門学生1,200円/中高生800円/小学生以下無料<br />
その介助者（1名まで）は無料。（当日券のみ）<br />
【公式サイト】https://www.hibiya.tokyo-midtown.com/humanandnature.yuichihirako/</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260914HirakoYuuichi01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 17 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>頑張りすぎな人へ。無理せず「ラク」を追求する自分ファーストのすすめ  和田秀樹（精神科医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15037</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015037</guid>
			<description><![CDATA[他人や自分への無理強いをやめ、得意なことから取り組む｢自分ファースト｣な生き方を提案。苦労を美徳とせず家事代行や上手な手抜きを活用し、ラクを追求することが、心と家庭の余裕を生む近道だと解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="家事と育児に疲れた母" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility2/pixta_kosodate.jpg" width="1200" /></p>

<p>好きなものを後回しにする食育も、頑張りすぎて自分を追い込む毎日も、根っこは同じ｢無理強い｣かもしれません。精神科医・和田秀樹氏は、他人にも自分にも無理をさせない｢自分ファースト｣の姿勢こそが、ごきげんに過ごすコツだと語ります。本記事では、真面目な人ほど知ってほしい｢ラクを追求する｣考え方を紹介します。</p>

<p>※本稿は、和田秀樹著『落ち込まない　考えすぎない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>他人にも自分にも無理強いをしない</h2>

<p>｢好きなものから食べる｣人と｢好きなものは最後に食べる｣人がいます。</p>

<p>近年、盛んに行われている食育では、子どもの偏食をなくす方法として｢嫌いなものから食べさせる｣という手法が推奨されることがあるようですが、私は疑問を感じています。</p>

<p>この手法の意図は｢嫌いなものを我慢して食べれば、好きなものがご褒美になる｣というところにあるようです。</p>

<p>最後にご褒美があるとしても、食事が少なからず苦痛を伴うものになっていますし、最初の段階に苦痛があれば、食欲も減退するのではないでしょうか。こんなことを繰り返しても、嫌いなものはいつまでたっても嫌いなままです。</p>

<p>無理やり偏食させていないだけで、食事自体が苦痛になり、食への関心がなくなってしまったら本末転倒です。</p>

<p>私は、むしろ好きなものから食べさせたほうが食育効果は上がると考えています。</p>

<p>家庭で、自家製お子様ランチを作って食べさせるとします。</p>

<p>ほとんどの子どもは、好きなものから手をつけていくでしょう。好きなもの、美味しいものを食べれば、食欲も増し、ごきげんになります。ごきげんで食べるから、次に食べるものも美味しく感じられ、食がどんどん進みます。</p>

<p>そうしてどんどん食べ進めるうちに、あまり好きではないものがお皿に残ります。お皿に盛られた料理を全部食べてようやくお腹がいっぱいになるくらいの量にしておけば、食欲旺盛な子どもなら食べるほかはありません。</p>

<p>それでも子どもの手が止まってしまうなら、親がするべきは無理に食べさせることではなく、子どもが自分から食べられるように仕向けることです。</p>

<p>調理法の工夫もその一つでしょう。あるいは、子どもの好きなキャラクターが描かれているお皿を使って｢全部食べたらキティちゃんに会えるよ｣といった具合に子どもをその気にさせる、という手もあります。そして全部食べたら褒めてあげます。これも大事です。</p>

<p>工夫しても、子どもが食べたがらないなら、無理強いせず、次の機会に持ち越します。うまくいかないときは、一度退却して、別の手を考えてみるのです。</p>

<p>私のお勧めとして、こんな手法もあります。</p>

<p>食べ初めに、｢好きなものはどれ？｣と尋ねて、いちばん好きなものを食べさせます。食べ終わったら｢次に好きなのは？｣と尋ねてそれを食べさせる。これを繰り返していくと、最後の一つ以外はみんな好きなもの。美味しく食べられるというわけです。そして、最後の一つくらいは食べなくていい、押しつけないほうがいいと割り切るのです。</p>

<p>苦手なことを無理に克服しようとすると、かえって苦痛が増してしまうことがあります。大切なのは、｢苦手なことをなくす｣ではなく、それとの向き合い方を変えることです。</p>

<p>好きなものから食べることで食欲が増し、結果として苦手なものも口にするようになるように、大人も好きなことや得意なことから始め、小さな成功体験を積み重ねることで、苦手なことへの抵抗感を減らすことができます。</p>

<p>無理強いせず、自分に合ったペースで向き合うことで、｢少しずつできることが増えていく｣という実感が生まれ、自信につながります。そうして、気づけば以前よりも前に進めているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>好きなこと、得意なことから始める</h2>

<p>好きなことや得意なことに磨きをかけ、さらにレベルアップすれば、ごきげんになれるし、自分自身の財産にもなります。</p>

<p>｢好きなこと・得意なことを優先する｣のは甘えでもわがままでもありません。仕事が立て込んで山積みになっているとき、｢どこから手をつけたらいいのかわからない｣と迷うなら、好きなことや得意なことから着手しましょう。好きなことや得意なことをやるときは、ワクワクした気分になり、スムーズで効率的にものごとを運ぶことができます。力まずにやれるので、実力以上の力を発揮できることもあります。</p>

<p>滑り出しがうまくいけば、その勢いで、後回しにしたことにも手をつけやすくなります。こうすることで結果的に仕事全体を早く、正確に終わらせられるのです。仮に残ったことがあったとしても、それは嫌いなものなので、そんなにクオリティが期待できないものだったのだと自分にいい聞かせられます。</p>

<p>人が何かを行っているとき、楽しくやるほうが、脳の前頭前野の血流が増えることが、解明されています。また、その後の思考力や単純記憶力がアップすることもわかっています。楽しくやれれば、その先に控えていることにも、モチベーションアップや効率アップが期待でき、高い成果を上げられるというシナジー効果も期待できるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢ラク｣は買ってでもする</h2>

<p>｢若いときの苦労は買ってでもせよ｣ということわざがあります。海外にも｢若い時の重労働は老いての平穏｣という意味の言葉があるようです。</p>

<p>この言葉のように、若い頃の苦労が将来役に立つことは多々あります。若い頃のほうが吸収力があるので、経験から学びやすいともいえます。</p>

<p>しかし、このことわざを｢苦労は美徳｣ととらえるのは拡大解釈にすぎると私は思います。</p>

<p>同じ目標に向かうのに、難しい方法とラクな方法があったら、どちらを選ぶのが近道でしょうか？どちらの方法をとったほうが能率が上がるでしょうか？</p>

<p>答えは明白です。｢ラク｣をしたほうが近道で、能率アップにつながります。</p>

<p>｢苦労は美徳｣という考え方が、自分に我慢を強いて、追い詰めていることに、人はなかなか気づけません。さらに自分だけではなく、他人も追い詰めてしまうのです。</p>

<p>｢自分に厳しく、他人に優しく｣という人がいます。立派な心がけです。</p>

<p>ところが、そういう人であっても、夫婦や家族などの身近な人に対しては｢自分が我慢したのだから、あなたも我慢しなさいよ｣と思いがちです。そして、それが夫婦や親子のもめごとのタネになってしまいます。</p>

<p>この手のもめごとでよくあるのが、家事育児分担を巡る夫婦間の争いです。</p>

<p>昨今、共働きはごく普通のこと。家事も育児も夫婦で協力しなければ、とてもこなせるものではありません。しかし、まだまだ多くの家庭で、妻側の負担のほうがかなり大きいという現実があります。</p>

<p>妻と夫それぞれの家事育児に従事する時間割合を、他国と比べるとわかりますが、欧米諸国からは「日本は夫が家事育児をしない国」と見られています。</p>

<p>少々古いデータにはなりますが、2012年に33カ国を対象に実施された｢家族と性役割に関する意識調査｣によれば、18歳未満の子どもがいる家庭における男女の週間平均の家事育児の時間は、男性が12時間、女性が57時間となっています。男性の平均時間は調査を実施した33カ国の中では、最低の数字です。</p>

<p>これには、男性の労働時間が長いことも関係していると思われますが、女性もフルタイムで働いているなら条件は同じです。かくして共働き家庭では女性は夫に｢もう少し家事や育児に参加してよ｣となるし、男性は｢仕事で精一杯なのに&hellip;｣となるのでしょう。</p>

<p>私は、家事育児分担でもめるくらいなら、ハウスキーパーを頼んでもいいのではないかと思います。確かに高額かもしれませんが、夫婦で働いているのなら、検討してみてもよいと思います。</p>

<p>欧米諸国では、中流家庭でも、ハウスキーパーを雇う家庭は珍しくありません。仕事が忙しい時期に限って依頼する。掃除だけなど一部の家事についてのみ依頼する。ベビーシッターやお年寄りの話し相手などに特化したヘルパーを依頼するなどさまざまなケースがあります。</p>

<p>近年、ハウスキーパーの派遣会社や家事代行業者も増えていますが、まだそうした業者を利用するのは、贅沢のように思われがちです。そのお金はマイホーム資金に回したいと考える人もいるでしょう。しかし、そうして節約して手に入れたマイホームに住みながら、夫婦間がギスギスしてしまうのでは、本末転倒という気がしないでもありません。</p>

<p>ものは考えようです。ハウスキーパーを雇うのは、夫婦が働きながら家庭生活を成り立たせていくための必要経費。家庭円満という配当を得る投資と考えてみてはどうでしょうか。</p>

<p>家事育児が体力的・精神的にラクになれば、気持ちに余裕ができ、家事育児も楽しく感じられます。親がごきげんになれば、子どもだってごきげんになれます。</p>

<p>ハウスキーパーを雇う余裕がないなら手抜きすればよいのです。手抜きという言葉には、よくないことというイメージがありますが、手抜きは創造的な行為です。</p>

<p>手抜きには、上手なやり方を考える必要があります。ここまでなら手を抜いてOKという目標に到達しなければなりません。手抜きしつつ、目標を達成するにはどうしたらよいか。そうしたことを考えるのは建設的で創造的な行為です。</p>

<p>手抜きをして、円満な家庭生活を成り立たせる。夫婦が家事育児と仕事を両立させるという目標が達成されればよいのです。</p>

<p>｢手抜きをOKにすると、その分、配偶者がズボラになるだけ。結局、自分の負担は減らないのでは&hellip;｣と心配になるなら、まずは、お試しで実行してみればいいと思います。</p>

<p>それで、心配が現実になったら、そのときは、夫婦関係についてあらためて見つめ直し、話し合うときなのだと考えてはどうでしょうか。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility2/pixta_kosodate.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 17 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[和田秀樹（精神科医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>藤井聡太はデビュー直後から何が違ったか？ 谷川浩司が語る「29連勝」異次元の衝撃  谷川浩司（棋士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14995</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014995</guid>
			<description><![CDATA[谷川浩司十七世名人が、藤井聡太さんがいかにして将棋界の空気を変え、「時代の中心」となる存在へ駆け上がっていったのかを解説する]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="名人「戦国時代」の後で" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_forest1.jpg" width="1200" /></p>

<p>14歳2カ月でプロ入りし、デビューから前人未到の29連勝――。<br />
藤井聡太さんの登場は、「有望な若手が現れた」という言葉だけでは捉えきれない衝撃を将棋界にもたらしました。</p>

<p>本稿では、谷川浩司十七世名人が、羽生善治三冠らを破った「炎の七番勝負」や、驚異的な連勝を重ねたデビュー当時を回想。終盤力や形勢判断、勝ち方の多彩さなど、早くから際立っていた強さをひも解きながら、藤井さんがいかにして将棋界の空気を変え、「時代の中心」となる存在へ駆け上がっていったのかを振り返ります。</p>

<p>※本稿は、谷川浩司著『名人論 稀代の天才たちはいかに戦ったか&nbsp;』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>名人「戦国時代」の後で</h2>

<p>藤井聡太さんが現れた時、最初に抱いたのは「とてつもなく強い若手が出てきた」という驚きだった。だが、その認識はほどなく消えた。これは単に有望な新星の登場ではない。将棋界の空気そのものを書き換えてしまう出来事なのではないか。そう感じるようになったのだ。</p>

<p>将棋の世界には、時代ごとに「この人が中心だ」と誰もが認める棋士がいる。しかし通常、その位置に至るまでにはいくつかの段階がある。若手の有望株として注目され、タイトル戦の挑戦者になり、タイトルを取り、そこから第一人者へと近づいていく。ところが藤井さんの場合、その階段の上り方があまりに急だった。いや、急だったというより、階段そのものをいくつも飛ばしてしまったと言った方が近い。</p>

<p>藤井さんが四段としてデビューしたのは、2016年10月1日である。14歳2カ月でのプロ入りは史上最年少だった。この時点ですでに特別な存在ではあったが、それでも普通なら、ここから数年をかけてタイトル戦線へ入っていくはずだった。ところが藤井さんは、こちらが時代の変化をゆっくり受け止める暇を与えなかった。</p>

<p>まずは加藤一二三九段との公式戦第1戦に勝ち、そのまま連勝街道を走り出した。連勝は5連勝、7連勝と積み重なり、やがて松本佳介七段と近藤正和七段が持っていたデビュー以来10連勝という記録を超えるに至った。</p>

<p>しかも、その凄さは単なる連勝記録の更新だけではなかった。私が最も衝撃を受けたのは「勝ち方」の多彩さだった。終盤での精度、形勢判断の冷静さ、苦しい局面でも相手に決め手を与えず、わずかな逆転の芽を逃さないその鮮やかさ、華やかな戦績の背後に、きわめて実務的で、冷徹な強さがあった。</p>

<p>藤井さんがデビューして半年後の2017年春、将棋界は藤井さんが「ただの強い新四段ではない」ことを知った。というのもABEMAテレビが「藤井聡太四段　炎の七番勝負」という企画で、3月12日の増田康宏四段を皮切りに、3月19日永瀬拓矢六段、3月26日齋藤慎太郎六段、4月2日中村太地六段、4月9日深浦康市九段、4月16日佐藤康光九段、4月23日羽生善治三冠を相手に計七番勝負を組んだのだ。若手強豪が相手に選ばれたのはわかるが、佐藤康光、羽生善治の名人経験者二人がこの七番勝負の依頼を引き受けたというところが凄い。二人とも、デビュー後間もない藤井さんの抜きん出た才能を見抜いていたからだろう。</p>

<p>将棋界、そしてファンが大いに注目したこの七番勝負の結果は、藤井聡太四段の6勝1敗で終わった。</p>

<p>藤井四段が敗れたのは、後に数多くタイトル戦を戦うことになる永瀬拓矢六段だけで、佐藤康光さん、羽生善治さんの二人にも勝ってしまった。この七番勝負は持ち時間1~2時間の非公式戦だが、将棋界に激震が走ったことは間違いない。<br />
私も、藤井さんが勝ち越すこともあるかもしれないとは思っていたが、羽生さん、佐藤さんに勝ってこの結果になるとは正直に言って驚いた。</p>

<p>しかも、この「炎の七番勝負」が終わった時点でも、藤井四段のデビュー以来の連勝は続いていた。平藤眞吾七段に勝ち14連勝となり、連勝は止まる気配がないまま澤田真吾六段に勝って20連勝に達した。この頃からはもう将棋界のニュースを超えて、新聞、テレビ、ネットともに1勝を重ねるごとに社会的ニュースとして報じるようになった。</p>

<p>2017年6月26日には増田康宏四段から29連勝目を上げて、神谷広志八段の持つ連勝記録を更新した。この神谷八段の28連勝自体がとんでもない記録であり、破る者など現れないだろうと言われていた記録だった。<br />
藤井四段の快進撃を阻止したのは、佐々木勇気五段（現八段）だ。佐々木勇気五段が序盤から主導権を取り、藤井さんの反撃を許しながらも最後は攻め切った相掛かりの熱戦だった。</p>

<p>将棋界では、新しいプロ棋士として新四段がデビューし、いきなり際立った好成績を収めると、「有望な若手」とみなして棋士たちはその情報を共有する。だが、藤井さんの場合、共有するまでの時間が異様に短かった。2017年春の時点で、将棋界においては「いずれトップに来る才能」どころか「もうすぐ将棋界の中心になる才能」と感じる存在になっていたように思う。藤井さんは、まさに突然、将棋界の空気を変えたのだ。</p>

<p>アマもプロも参加する詰将棋解答選手権大会に藤井さんが12歳にして優勝、3連覇を続けていたことも大きく取り上げられた。これは棋士の中でも最終盤の力が桁違いに強いことを示していた。<br />
詰将棋作家でもある私は、彼がつくる詰将棋の魅力も知っており、いずれは私のように詰将棋作品集を世に出すはずだと思っている。</p>

<p>強い若手が出てきた、というだけなら、将棋界はこれまでに何度も経験してきた。しかし藤井さんの場合は違った。「この人がどこまで行くのか」を見守るのではなく、「この人がいることで、自分たちの立ち位置、未来そのものが変わってしまう」と周囲に感じさせたのだ。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_forest1.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 17 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[谷川浩司（棋士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>1日4時間以上集中すると翌日に疲れが残る?　午前中3時間に勝負をかけるスウェーデンの働き方  久山葉子（翻訳家、エッセイスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14901</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014901</guid>
			<description><![CDATA[労働生産性で世界5位を誇るスウェーデン。現地在住の久山葉子さんが、スウェーデンのビジネスマンは&quot;どのようなスケジュールで仕事を進めるのか&quot;を教えてくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ミーティング" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizmtg2.jpg" width="1200" /></p>

<p>幸福度の高いスウェーデンでは、どのように時間をつかい、仕事とプライベートのバランスを保っているのでしょうか。大半のビジネスパーソンが17時に退勤できるのは、午前中の時間の使い方に秘密があるといいます。</p>

<p>スウェーデン在住の久山葉子さんは、著書『スウェーデン人はなぜ朝の３時間で仕事が片づくのか』の中で、現地でのインタビューをもとにスウェーデンの働き方・生き方を語っています。本稿では同書より、午前中の時間の使い方と、残業が非効率的である理由についてご紹介します。</p>

<p>※本稿は、久山葉子著『スウェーデン人はなぜ朝の3時間で仕事が片づくのか』（PHPビジネス新書）より一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>〈単調な作業〉を午後に取っておく&hellip;ランチを食べなくても、昼過ぎは脳が働かない</h2>

<p>ストローニ博士の説明では、人間の脳は12時間に１度眠くなるというリズムになっている。夜遅くに眠気をもよおすのはもちろんだが、昼にも脳が休憩を求めてくるというのだ。</p>

<p>私もランチ後に睡魔に襲われるというのにはおおいに覚えがあるが、それは血糖値スパイクのせいだと思っていた。しかしランチを食べなくても、昼過ぎに脳の活動が下がることが判明している。つまり、ランチ直後に頭を使う作業は非効率なのだ。</p>

<p>自宅で働く人なら、脳が休憩を求めるその時間帯に昼寝をしたり、夕食の下準備といった家事をすませることもできる。オフィスで働いている人はそうはいかないが、形式的なメールの返信、単純な事務作業など、頭を使わなくてもできる作業をするという手がある。</p>

<p>ポイントは、クリエイティブで集中できる朝の貴重な時間をそういう簡単な作業に使ってしまわずに、あえて午後まで取っておくことだ。</p>

<p>ランチ後は散歩に時間を使うのも理にかなっている。身体を動かすことで認知機能が上がるし、血糖値が早く下がって眠気も緩和できる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「黄昏時の奇跡」&hellip;夕方に再び戻ってくる集中力</h2>

<p>では、朝を逃すと集中したり、クリエイティブな作業をしたりはできないのか。安心してほしい。集中力は15～16時頃にまた戻ってくる。</p>

<p>そこでやり残した仕事をピンポイントで進めることができる。たいていの職業の人なら、15～17時の２時間が「黄昏時の奇跡」。集中して仕事を進められるだろう。</p>

<p>ただ、残業しがちな人というのは、その集中力のまま定時後も作業を進めたいのかもしれない。</p>

<p>実際私も、翻訳をしていると15時くらいから調子が出てきて、夕食をつくる時間になっても中断したくないのが本音だ。</p>

<p>しかしスウェーデンの夕食は17時、ということは16時にはつくり始めなければいけない。そこで、昼過ぎに脳が休憩している時間帯に夕食の下準備をしておいて、集中力がみなぎる夕方は16時半まで、夫が夕食をつくる日は17時まで仕事をしている。とにかく貴重な15～17時を有効活用できるよう計画しているのだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>だからこそ朝時間が大事</h2>

<p>出社して働くスウェーデン人はいくら集中力がのっていても、16～17時には仕事を切り上げて退社する。それがなぜかというと「人生で一番大事なのは仕事ではない」からだ。</p>

<p>仕事より大事なことが色々あって夕方以降は忙しい。だからこそ、午前中のクリエイティブの波と集中モードをがっつり活用して、できるだけ昼前には大事な仕事をすませておく。</p>

<p>逆に、昼過ぎは仕事がはかどらないもの。私自身もこれまで、「なぜ午前中と同じパフォーマンスを出せないのか」と自分を責めていたが、それが実に正常な脳のあり方なのだと理解し、その事実を受け入れて、計画を立てられるようになった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>４時間以上集中すると、翌日の生産性が低下&hellip;〈残業をしない〉科学的メリット</h2>

<p>肝心なのが、「残業をしないこと」だ。やりすぎると、翌日に響くことが証明されている。</p>

<p>49人のウィーン医科大学の学生に勉強時間や疲労度を報告してもらった2023年の研究で、１日に4時間以上集中した場合、夜ちゃんと寝ても疲れが翌日に残ってしまい、翌日のパフォーマンスに負担がかかるという結果が出ている。</p>

<p>午前中に3時間、夕方に1時間集中的に仕事をしたら、あとは帰るスウェーデン人（おそらくオーストリア人も？）の働き方がいかに理にかなっているか、私もこの研究結果を読んで驚いてしまった。スウェーデン在住日本人の多くも、「残業しても能率が下がるだけ」と言っていたが、それは本当に正しかったのだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>脳をだまして「締め切りの奇跡」を起こせ</h2>

<p>〈パーキンソンの法則〉のことも覚えておくとよいだろう。</p>

<p>1955年にイギリスの歴史学者シリル・ノースコート・パーキンソンが「仕事の量は、完成までに与えられた時間をすべて使おうとするかのように膨張していく」と語ったのが名前の由来だ。</p>

<p>人間の脳は、その作業に与えられた時間をすべて使おうとするものらしい。そこには完璧主義や先延ばし、疲労や退屈といった様々な心理が関わっている。</p>

<p>ある仕事をどうしても１日でやらなければならないとすると、優先順位をしっかりつけて、一番大事なことから手をつけ、時間内にできることをやって提出するだろう。クオリティは100％ではないかもしれないが、わかりやすく20／80の法則にのっとれば、普段の20％の時間で80％の成果を出せた実感がある。</p>

<p>同じ仕事を今週中にやればいいとなると、最初はなかなかエンジンもかからないし、こだわったり丁寧にやったりして、最後には100％のクオリティになるかもしれないが、５倍の時間がかかる。ということは1日あたりの成果は20％ということになる。</p>

<p>私自身も覚えがある。翻訳の締め切りが何カ月も先だと思っているとまったく進まないが、逆に「やばい！ あと４週間しかない！」と焦ると奇跡的に締め切りに間に合う。今までの人生で何度、「締め切りの奇跡」が起きたか知れない。</p>

<p>残業に話を戻すと、「まあ、今日は20時までやってもいいか」と思えば20時までかかる。「17時に絶対に帰る！」と思えば間に合わせることができるかもしれないし、少し残っても翌日早めに来れば間に合うかもしれない。</p>

<p>脳は締め切りに合わせる。だからこそ、仕事を始める前に「今日は絶対に○時に帰る」、そう自分に宣言しよう。そうすれば脳がおのずとその締め切りに合わせてくれるだろう。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizmtg2.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 17 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[久山葉子（翻訳家、エッセイスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>司法解剖の費用は誰が払う？　最も現場が難航するのは交通事故だった  飯野守男（鳥取大学医学部法医学分野教授）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15114</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015114</guid>
			<description><![CDATA[司法解剖の費用は誰が負担し、いくら支払われるのか。長年、最前線に立つ飯野守男教授に解説していただく。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="司法解剖の実態" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_question.jpg" width="1200" /></p>

<p>司法解剖の費用は誰が負担し、いくら支払われるのか。その知られざる仕組みを探りながら、解剖結果が事件の結論を大きく左右する実態に迫る。また、交通事故の解剖は手間がかかることから、通常とは異なる費用の扱いがあるという。事例とともに、法医学の現場から見えるお金と真実の関係を紐解く。</p>

<p>※本稿は飯野守男著『法医学教授が教えている死体の授業』（飛鳥新社）より一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>死体の「解剖料」はどこから、いくら払われるのか？</h2>

<p>司法解剖の費用は誰が負担しているのか知っていますか？</p>

<p>司法解剖の目的は、死因を究明し、犯罪捜査に役立てるためです。そのため費用は公費負担となっており、警察庁の予算から各県警を通じて、解剖を行う大学医学部法医学教室へと支払われています。遺族が解剖費用を負担する必要はありません。</p>

<p>警察庁の取り決めで、司法解剖においては、１体につき１時間あたり、9360円の解剖費（解剖謝金）が法医解剖医個人に支払われます。さらに解剖結果を鑑定書にまとめると、別途、約５万円の鑑定書料が法医解剖医に支払われます。</p>

<p>解剖に要する時間が２時間、３時間と長引けば解剖費も比例して増額しますが、長くかかっても、支払われるのは５時間分、すなわち4万6800円までと上限額が決まっています。ちなみに、公費で負担されるとあって鑑定書の様式も「400字詰め原稿用紙が８枚以上」と定められており、字数もきっちりとカウントされます。</p>

<p>ただし、交通事故の死体の解剖料は例外で時間の上限がありません。なぜなら、交通事故の解剖はとんでもなく労力がかかるため、５、６時間以上かかることもめずらしくないからです。</p>

<p>交通事故の場合、目撃者があり搬送先の病院で死因が診断されることが多いため、解剖が行われることはほとんどありません。しかしひき逃げが疑われる場合は事件として解剖に回ってきます。</p>

<p>ひき逃げされた死体の特徴は、とにかく外傷が多いこと。</p>

<p>皮膚は裂け、骨があちこちで折れ、体のさまざまな部位に打撲傷ができるため、それらをくまなく調べ、最終的にどのような姿勢でどんな車両に轢かれたのか、そして死因となった傷はどれかを検証するのに、どうしても時間を要します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>何度も車にひかれた場合、誰が罪に問われるのか</h2>

<p>ただでさえ解剖に労力がかかるひき逃げ事件ですが、最も大変なのは被害者が複数台の車に時間差でひかれてしまったケースです。</p>

<p>たとえば、深夜にＡさんという人物が道路で車にひかれたとします。Ａさんは道路に倒れ込み、ひいた車はそのまま逃げてしまいました。その後、なにも知らない２台目、３台目の車がさらに時間差で、すでに路上に倒れているＡさんをひいてしまい、翌朝には傷だらけの死体として発見されることになった&hellip;。</p>

<p>この場合、罪に問われるのは１台目のドライバーだけでしょうか？<br />
それとも２台目、３台目のドライバーにも責任はあると思いますか？</p>

<p>このような事件の場合、重要なポイントは「いつまでＡさんが生きていたか」です。</p>

<p>１台目の車にひかれて即死していたのであれば、２台目の車はＡさんの死体をひいたことになります。法律では死体を車でひいてしまっても、罪には問われません。</p>

<p>では、１台目にひかれたあともＡさんは生きていて、２台目の車にひかれたことが原因で亡くなったのであれば？その場合は２台目のドライバーも罪に問われてしまいます。複数台にひかれた被害者の解剖では、外傷部分の出血量からそのあたりを正しく見極めなければなりません。</p>

<p>１台目の車にひかれた時点で心臓が破裂するなどして停止したのであれば、その後２台目、３台目にひかれたとしても、傷口から出血は起きません。心臓のポンプ機能が停止すると、全身に血液が送り出されなくなるからです。この理屈は、元栓が閉められた水道の蛇口を開けても水が出ないのと同じです。</p>

<p>一方で、１台目にひかれたあと全身にまだ血が流れている状態で２台目にひかれた場合は出血が確認できます。これは「まだ生きている証拠」で、法医学的にこれを生活反応と呼びます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>解剖が最も大変なのは「めった刺し」事件</h2>

<p>解剖の大変さでいえば、交通事故よりも場合によっては傷が多いことがある、いわゆる「めった刺し」事件も負けてはいません。</p>

<p>俗に「めった刺し」と呼ばれる状態は、加害者がナイフなどの刃物で何度も執拗（しつよう）に被害者を刺しています。ほとんどが負の感情が暴発しての凶行であるため、傷口も多く、深く、ランダムです。時には、全身に100カ所以上の切り傷がつけられている死体もあります。</p>

<p>めった刺し事件の被害者を解剖する際に、法医解剖医はすべての外傷に番号をつけ、それらの深さと長さを測り、皮膚の下のどんな筋肉が損傷し、さらにその下の臓器や血管が何ミリ切れているかまでひとつひとつ調べます。</p>

<p>100カ所の傷があっても、どの順番で切られていったかはおおよそわかります。</p>

<p>最初につけられた傷は、まだ心臓がきちんと動いているため出血量が多い。けれども、心停止したあとにつけられた傷からは、出血がありません。心臓が止まったあとに刺されても、ただ皮膚が切れて傷ができるだけで出血しないからです。</p>

<p>めった刺し事件の場合、相手が動かなくなってからも執拗に刺し続ける加害者が多いため、出血がない傷も多数みられます。</p>

<p>このような大小の傷をひとつひとつ比較しながら、最終的にどの傷が致命傷だったのかを法医解剖医は鑑定書に記す必要があります。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 16 Sep 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[飯野守男（鳥取大学医学部法医学分野教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ大人がぬいぐるみを持ち歩く？ 10～30代女性に広がる「ぬい活」、セガ フェイブが語る人気の理由  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15007</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015007</guid>
			<description><![CDATA[近年、おもちゃ業界で「キダルト」市場が盛り上がっています。「TOKYOおもちゃショー2026」で編集部が注目したのは、子どもだけでなく大人が持ち歩いて楽しめるぬいぐるみ。セガ フェイブに、その人気の背景を聞きました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="きゃらマロ" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831nuigurumi03.jpg" /></p>

<p>近年のおもちゃのトレンドとして、大人が楽しめるおもちゃ・「キダルト」ジャンルが盛り上がっているのをご存じでしょうか。</p>

<p>先日開催された「TOKYOおもちゃショー」でも、懐かしのキャラクターをモチーフにした商品など、大人も楽しめるおもちゃが数多く並んでいました。会場を歩いていると、「おもちゃはもう、子どもだけのものではないのだ」と実感させられます。</p>

<p>そんななか、編集部が特に印象に残ったのが、セガ フェイブのブースです。</p>

<p>「アンパンマン プリちぃビーンズ」シリーズをはじめ、数多くのぬいぐるみ商品を手掛けるセガ フェイブ。この日のブースには、子ども向けの商品だけでなく、大人が身につけたり、持ち歩いたりしながら楽しめるぬいぐるみも数多く展示されていました。</p>

<p>なぜセガ フェイブは今、「大人に向けたぬいぐるみ」に力を入れているのでしょうか？　その背景やこだわりについて、CPプロモーション部の芦久保健一さんにお話を伺いました。</p>

<h2>メイン層は10代～30代女性</h2>

<p>―今日、ブースを見させていただいて、人気のキャラクターと食べ物モチーフを掛け合わせたしたぬいぐるみが多いなと思いました。これはトレンドを取り入れているのでしょうか？</p>

<p>そうですね。たとえば、この「Kawaii YumYum MART」シリーズは、サンリオの人気キャラクターとアメリカンダイナーを掛け合わせた商品です。ハンバーガーやパンケーキ、ポテト、ドリンクなど、アメリカンダイナーをイメージしたキャラクターたちが楽しめます。</p>

<p><img alt="KAWAII YAMYAM MART" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831nuigurumi02.jpg" /></p>

<p>また、こちらの「きゃらマロ」シリーズは、スイーツのような見た目のディズニーキャラクターと、串に挿さったユニークなフォルムが特徴です。今、原宿系クリエイター・しなこさんの「グミマシュマロ棒」が話題になるなど、串型スイーツが話題になる中、トレンドにマッチした商品になっています。</p>

<p><img alt="きゃらマロ" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831nuigurumi06.jpg" /></p>

<p>ぬいぐるみって、かわいいものを飾りたい、持ち運びたいというニーズがあると思うんですが、その中でも、かわいいキャラクターがかわいい食べ物になりきっている姿は、「かわいい」と「かわいい」の融合ということで、非常に魅力的ですよね。</p>

<p>―どのくらいの年齢層をターゲットにしているのでしょうか？</p>

<p>例えば「きゃらマロ」でしたら、10代から30代くらいの女性がメイン層です。</p>

<p>昔のように、ぬいぐるみで遊ぶ子どもたちというよりは、もう少し上の年代の方をターゲットにしています。</p>

<p>―今、ぬいぐるみは若い方にもよく売れているのでしょうか？</p>

<p>そうですね。ぬいぐるみの販売数や市場規模は、年々増え続けています。</p>

<p>弊社では年間で約1300万体のぬいぐるみを作っています。都民の数に迫る勢いですね。(笑)</p>

<p>その理由のひとつとして、もともとぬいぐるみは「家で遊ぶもの」だったのが、今は「外に持ち運ぶもの」になってきたことがあると思います。</p>

<p>例えばバッグにつけたり、旅行先にぬいぐるみを連れて行って「ぬい撮り」をしたり。そうした市場が拡大したことで、ぬいぐるみ自体の市場も非常に大きくなっています。</p>

<p>―「ぬい活」を応援するというか、ぬいぐるみを持ち運んだり、楽しんだりしやすくするグッズも結構見受けられました。</p>

<p>まさにそうですね。持ち運びやすくするだけでなく、持ち運んだ先で「こんなふうに楽しめますよ」と、さまざまな使い方を提案しています。</p>

<p><img alt="アクぬい" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831nuigurumi05.jpg" /></p>

<p>例えば「アクぬいcollection」は、「アクスタ」と「ぬいぐるみ」を組み合わせた商品です。普段は、マスコット背面の凸パーツをアクリル製の台座に差し込んでディスプレイできます。</p>

<p>さらに、自立用のスティックをそのまま「ぬい撮り棒」として使えるため、家では飾って楽しみ、外出先ではぬい撮りを楽しむなど、シーンに合わせて活用できます。</p>

<p><img alt="アクぬい" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831nuigurumi04.jpg" /></p>

<p>「きゃらマロ」は串から外して指につけられるので、ディズニーリゾートなどに一緒にお出かけする、といった楽しみ方もできます。</p>

<h2>大人たちのぬいぐるみブームの背景は？</h2>

<p><img alt="セガフェイブ担当" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831nuigurumi08.jpg" /></p>

<p>―ちなみに、「ぬい活」はいつ頃から流行していたのでしょうか？</p>

<p>イメージとしては、コロナ禍のあとでしょうか。いつもは家でかわいがっていたぬいぐるみを、外にも持ち運ぼう、という流れが広がっていったように感じます。</p>

<p>本格的に「ぬい活」という言葉が取り上げられて浸透したのは、2025年の「新語・流行語大賞」にノミネートされたことも大きかったと思います。</p>

<p>―大人たちのぬいぐるみブームの背景には、何があると考えていますか？</p>

<p>直接的な答えになるかわかりませんが、やっぱり「推し活」があると思います。</p>

<p>自分の好きなキャラクターを推す。その「推し」とずっと一緒にいたい、という気持ちが形になって、ぬいぐるみを外にも連れて行くという楽しみ方に広がっているのかな、という気はしますね。</p>

<p>―ちなみにですが、セガフェイブさんで今イチオシのぬいぐるみは&hellip;</p>

<p>8月に発売したばかりということもあって、「きゃらマロ」シリーズですね。今日も本当にたくさんの方がこのブースを見て、盛り上がってくださっています。</p>

<p>ボールチェーンがついているので、バッグなどにつけることもできますし、指につけていると、こんなおじさんの手でも「かわいい」と言ってもらえるんですよ（笑）。</p>

<h2>ぬいぐるみは、大人の生活を彩るもの</h2>

<p><img alt="セガフェイブ　ぬいぐるみ" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831nuigurumi01.jpg" /></p>

<p>「子どものもの」というイメージを超えて、大人の日常にもすっかり定着しつつあるぬいぐるみ。お気に入りのキャラクターを「推し」として身近に置くだけでなく、一緒に出かけたり、写真を撮ったり、SNSでシェアしたりと、その楽しみ方はますます広がっています。</p>

<p>今回の取材を通して感じたのは、「ぬいぐるみとどう過ごすか」という楽しみ方が大きく広がっているということ。飾る、持ち歩く、撮影するといった、大人ならではの楽しみ方に寄り添う商品が次々と生まれています。</p>

<p>子どもが遊ぶものだった「おもちゃ」は、いまや大人の「好き」を楽しむためのアイテムにもなっています。これからおもちゃメーカーがどんな新しい遊び方を提案してくれるのか、ますます目が離せません。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 16 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>女性は50代から要注意！ 加齢による「腰曲がり」を防ぐ方法  大島清（京都大学名誉教授,医学博士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14944</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014944</guid>
			<description><![CDATA[カルシウムを摂るだけでは骨は太くならない？医学博士・大島清氏の著書より、骨粗鬆症を防ぎ骨密度を高めるメカニズムを解説。1日1万歩のウォーキングで大地を踏みしめ、一生歩ける強い骨をつくるヒントを紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ウォーキング" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_hizawalkingkoshi.jpg" width="1200" /></p>

<p>40代以降は筋肉の衰えとともに基礎代謝が低下し、太りやすくなります。健康と代謝を保つには、全身の筋肉の約7割が集まる足腰を鍛えるため、「1日1万歩」を目安に歩くことが大切です。</p>

<p>実は歩くことの効果は、筋肉や代謝の維持だけではありません。丈夫な「骨」をつくり、骨粗鬆症を防ぐためにも歩行運動が不可欠なのです。</p>

<p>本記事では、医学博士・大島清さんによる書籍『歩くとなぜいいか』より、一生歩ける強い骨をつくるヒントをご紹介します。</p>

<p>※本稿は、大島清著『歩くとなぜいいか』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>歩くと「骨」がじょうぶになる</h2>

<p>腰が曲がったおじいさんはあまり見かけないが、腰が曲がったおばあさんはよく見かける。腰が曲がるのは骨粗鬆症が原因なのだが、これは主に2つの要因によると考えられている。</p>

<p>第一は女性の方が骨粗鬆症になりやすいという点、第二は女性の方が男性より若い年齢で骨粗鬆症になりやすいという点だ。男性が骨粗鬆症を心配しなければならないのは70代後半といわれている。平均寿命が尽きるころだ。一方女性はすでに50代前半で腰が曲がる心配をしなくてはならなくなる。</p>

<p>いずれも女性ホルモンが影響しているのだが、とりわけ女性は意識して骨をじょうぶに保つようにする必要がある。</p>

<p>こんなふうに書くと、それなら男性は骨のことは心配しなくていいのかと思われるかもしれない。しかしそんなことはない。</p>

<p>骨をもろくするのは骨粗鬆症ばかりではない。運動不足、タバコの吸いすぎ、過度の飲酒なども骨を細くする原因と考えられている。</p>

<p>筋肉と同じように、骨も鍛えなくては強くならないのだ。無重力の宇宙空間に長くいると、宇宙飛行士の骨密度が減少してしまうということもよく知られるようになった。</p>

<p>歩かないと、骨も弱くなる。</p>

<p>骨密度を高め、骨粗鬆症を防ぐためには骨の成分であるカルシウムを摂る必要がある。女性も男性もホルモン分泌が少なくなると、骨からカルシウムが溶け出してしまう。これが骨を弱くする原因なのだが、カルシウムを摂るだけではうまく骨に吸収されない。</p>

<p>カルシウムの吸収を助けるビタミンＤと、ビタミンＤの働きを強める太陽の光が必要になる。それともう一つ、運動が欠かせないのだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>アメリカで行われた調査からわかったこと</h2>

<p>更年期を過ぎた女性を対象にしたアメリカの調査がある。</p>

<p>この女性たちにカルシウムとビタミンＤを十分に摂ってもらいながら週3回、1日あたり1時間程度のウォーキングなどの運動をしてもらう。これを1年から2年かけて行い、その前後で骨密度を測定するという調査だ。</p>

<p>調査終了後の骨密度は明らかに向上したとされているが、その後追跡調査をしたところ、運動をやめてしまった人はカルシウムとビタミンＤを摂り続けていても、わずか1年で元の骨密度に戻ってしまったと報告されている。</p>

<p>このことからも、骨粗鬆症を予防し、骨密度を高めておくためには、カルシウムとビタミンＤの摂取だけではなく、運動が欠かせないということがよくわかる。</p>

<p>今はカルシウム飲料や各種ビタミンが出回っており、清涼飲料水の感覚でカルシウムを補給することができる。</p>

<p>ごくごくっと飲むとそれだけでなんとなくカルシウムが補給されたような気分になる。しかしこれだけではカルシウムが体の中を素通りしていくに過ぎないのだ。</p>

<p>大地を踏みしめて歩くという行為がなければ、カルシウムは吸収されない。寝ころんでテレビを見ながらカルシウムを補給しても、骨は太くならないということを肝に銘じておきたい。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_hizawalkingkoshi.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 16 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大島清（京都大学名誉教授,医学博士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>『プレバト!!』水彩画の野村重存さんが教える「立体的に描くための明暗のつけ方」  野村重存（画家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12872</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012872</guid>
			<description><![CDATA[画家の野村重存さんが教える「立体的に描くための明暗のつけ方」とは？]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="野村重存" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250423Nomurashigeari0.jpg" width="1200" /><br />
写真：小池彩子</p>

<p>テレビ番組「プレバト!!」（MBS/TBS系）の水彩画コーナーで大人気の絵の先生・野村重存さんは、「絵のセンスや才能がない」と思っている超初心者、さらにその前段階の初心者未満の人でも、「必ず上手な絵を描くことができる!」と語ります。</p>

<p>本稿では絵の超初心者・Iさんが、&quot;立体的な絵を描くための明暗のつけ方&quot;について教えてもらいました。</p>

<p>※本稿は、野村重存著『野村重存の世界一わかりやすい絵の授業』（PHP研究所）から一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>明暗のいちばんのポイント</h2>

<p>野村：それでは、突然ですが、テーブルの上に1個の「卵」が横向きに置かれている様子を想像してみてください。</p>

<p>I：横向きの卵......ですか?</p>

<p>野村：明暗の描き方を説明するのに、いちばんわかりやすい題材なんです。もし、その卵に真上から光があたるとしたら、Iさんなら、どこを暗くしますか?</p>

<p>I：うーん......。まるいものに真上から光があたるので、卵の下半分を濃く描くといいんじゃないですか......（チラッ）。</p>

<p>野村：今、自信がなさそうな目で私の顔を見ましたね（笑）。たしかに卵の下半分を濃く描くんですが、それだけじゃ立体感は出ないんです。卵を描くので、ちょっと待ってくださいね。サラサラサラ。</p>

<p><img alt="" height="1190" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250822Nomurashigeari01.jpg" width="1200" /></p>

<p>I：うわっ、すごい!</p>

<p>野村：こんなふうに、正しい明暗の表現ができると、立体感が出て本物の卵みたいに見えるんです。さて、この卵、下半分は、すべて同じ暗さでしょうか?</p>

<p>I：違いますね。真ん中よりも少し下が暗くなっていて、それより下は逆に少しだけ明るくなっているように見えるのですが。</p>

<p>野村：その通り。</p>

<p>I：でも、なんで真ん中よりも下のほうが明るいんですか?</p>

<p>野村：明暗の仕組みがわかると納得できると思いますよ。卵の上半分は光があたっているから明るい。これは、わかりますよね。大切なのは、下半分です。実は、下半分には、卵を置いているテーブルにあたった光が反射するんです。これを「反射光」といいます。</p>

<p>I：なるほど、光が反射するのか! だから、下半分にも薄く明るいところができるんですね。</p>

<p>野村：一方、テーブルに反射した光が届かない真ん中のすぐ下あたりは暗くなる。これを「明暗の黄金法則」として丸暗記してください。</p>

<p>I：黄金法則!　でも、野村先生、今、私の目の前にある実物のりんごの明暗は、その法則通りになっていない気がするんですが......。</p>

<p>野村：実物が法則通りに見えないことはよくあるんです。明暗の表現は、「こうやって描けばリアルに見える」という代表的なテクニック。丸暗記がいちばんです!</p>

<p>I：見たそのままを描こうとせず、法則を覚えて、それを使って描くことがリアルな絵につながるのかぁ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>リアルさが半減する斜線</h2>

<p><img alt="" height="810" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250822Nomurashigeari02.jpg" width="1200" /></p>

<p>野村：それでは、黄金法則を知ったところで、実際に明暗を描いてみましょう。法則通りに斜線を入れていってください。よーい、スタート!</p>

<p>I：まずは、真ん中より少し下のところを濃くして......と。サッサッサッ。</p>

<p>野村：えんぴつをねかせ気味にして、もっと弱い筆圧で斜線を重ねていきましょう。</p>

<p>I：野村先生、斜線は全部同じ方向でいいですか?&nbsp;</p>

<p>野村：ときどき傾きを変えたり、横向きに線を入れたりして、パターン化しないことが大切です。そのとき注意したいのは、斜線と斜線が「ひとつながり」にならないようにすることです。</p>

<p>I：ひとつながり?</p>

<p>野村：たとえば、今、Iさんが斜線を入れたところを見てください。上の図の右のように、下から上に向かって隣の斜線、隣の斜線へと進んでいくときに「返し」のあとが見えるでしょう? そうなると、いかにもあわてて描いた雑な感じが出て、リアルさが半減します。図の左のように斜線を重ねて、あいまいな「面」にするイメージで描いてみてください。</p>

<p>I：面にするイメージですね! サッサッサッ。</p>

<p>野村：そう、うまいですね。明暗の表現のもう1つのポイントは、下の図の左のように真ん中から上半分にも少し斜線をのばすことです。</p>

<p><img alt="" height="812" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250822Nomurashigeari03.jpg" width="1200" /></p>

<p>I：そういえば、さっきの卵のお手本も、そうなっていましたね。光があたっている上半分にも少し斜線をのばすのは、なんでですか?</p>

<p>野村：りんごの「まるみ」を表現できるからです。斜線が下半分だけに集中すると、図の右のように明暗の境目がくっきりできてしまい、不自然になるんですね。</p>

<p>I：なるほど。それじゃあ、上半分にも少しだけ斜線をのばして......と。</p>

<p>野村：ほら、まるみが出ましたね。</p>

<p>I：本当だ! どんどん立体感が出てきて、こりゃ楽しい!</p>

<p>野村：ちなみに、まるみのないカクカクしたものの場合は、下の図のように、りんごとは反対に、あえて明暗の境目をつくります。こんなふうに、角の境目のところで明暗をくっきりさせることでカクカク感が出るんですね。</p>

<p>I：明暗の表現って、奥が深いんですね。</p>

<p><img alt="" height="1190" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250822Nomurashigeari04.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250423Nomurashigeari0.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 16 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[野村重存（画家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>AIで作業を減らしても「多忙感」が消えない理由　7つ当てはまったら危険信号  菅原洋平（作業療法士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15072</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015072</guid>
			<description><![CDATA[脳の仕組みを活かして、「多忙感」から抜け出す方法を菅原洋平さんが解説してくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="多忙感" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_tiredwoman_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>仕事や家事などをこなす中で、「忙しい」と感じている人は多いはず。でもその「多忙感」は、もしかしたら自らが作り出しているのかもしれません。作業療法士の菅原洋平さんが、多忙感から抜け出す方法を教えてくれました。</p>

<p>※本稿は、『PHPスペシャル』2026年10月号より内容を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>脳に必要なのは「余白」</h2>

<p>近年、急速にAIが進化して生活に浸透したこともあり、仕事も家事も劇的に効率化されたと言われています。それにもかかわらず、「忙しいという感覚」から、なかなか解放されない――。あなたは、そんなふうに感じていませんか？</p>

<p>じつは今、多くの人が同じ違和感を抱えています。前より「多忙」ではない、もしくはやることがそんなに変わっていないはずなのに忙しいと感じる状態＝「多忙感」に陥ってしまっているのです。</p>

<p>その原因は、脳という臓器の仕組みにあります。「メールが届けば確認する」「通知が鳴ればスマホを見る」「誰かに呼ばれたら対応する」といったことから、「脳とは刺激に反応する臓器」だと、私たちは思いがちです。</p>

<p>しかし、脳は本来、「予測する臓器」です。脳は過去の経験をもとに、「次はこうなるだろう」と先の展開を予測し、それに必要な準備を整えていきます。つまり、脳が本来の力を発揮するには、「予測する間」が必要なのです。</p>

<p>ところが現代人は、「効率化」の名のもとに、その時間を削り続けています。たとえば料理をするときも、食材を眺めながら「どんなふうに作ろうか」と考えるより前に、AIにレシピを提案させ、その指示に従いながら作ったりすることが増えたのではないでしょうか。こうなると脳は、予測する間もなく目の前の情報に反応するだけになってしまいます。</p>

<p>そもそも反応というのは、予想外の出来事への緊急対応。いきなり敵に襲われるのと同じですから、無意識のうちに心拍や血圧が上がって、余計なエネルギーを使うことになってしまうのです。</p>

<p>時間を節約しているはずなのに、なぜか疲れる、焦りを感じる。その背景には、効率化のせいで脳が予測する余白を失い、ひたすら反応ばかりしているという実態があります。</p>

<p>これこそが、やることが多いという物理的な「多忙」とは別の忙しいという感覚――すなわち「多忙感」の正体なのです。</p>

<p>【「忙しさ」には２種類ある！】<br />
・多忙&hellip;実際にやることが多い状態<br />
・多忙感&hellip;実際の業務量や時間の制約以上に、「忙しい」「疲れる」「時間に追われている」と感じてしまう状態</p>

<p>&rarr;「多忙感」に陥っていると、やることを減らしたり、効率的に作業をこなしたりしても、「頭の中の忙しさ」は残り続けます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分の状態をチェック！</h2>

<p>まずは、あなたの「多忙感」のレベルを確認してみましょう。以下の中で、当てはまると思う項目にチェックを入れ、数えてみてください。</p>

<p>□「いつも時間に追われている」と思う<br />
□メールに返事を出して数秒後に、メールをチェックすることがある<br />
□メッセージやメールの通知が来たら、即反応する<br />
□やるべきことがわかっているのに、ついボーッとしてしまうことがある<br />
□タスクを片づけても「やりきった感」がない<br />
□休んでいると罪悪感にとらわれる<br />
□仕事の用語や相手の名前を思い出せないことがある<br />
□予定を詰め込みすぎて、１日の終わりにぐったりしている<br />
□会議や打ち合わせのあと、頭をうまく切り替えられない<br />
□休んでいたわけではないのに、「今日は何もしていなかった」と感じることがある</p>

<p>・0もしくは１つ～２つ<br />
今のところ、「多忙感」の症状は出ていないようです。少し気をつければ、今後もこの状態をキープできるでしょう。</p>

<p>・３つ～４つ<br />
「多忙感」の兆候が出始めています。このレベルならリセットもしやすいので、早めに対処することが大切です。</p>

<p>・５つ～６つ<br />
脳にかなりの負荷がかかり、「多忙感」が定着し始めています。ここで立て直さないと、心身に悪影響を及ぼす危険性があります。</p>

<p>・７つ以上<br />
すでに深刻な「多忙感」に陥っている可能性大。最後で紹介している「多忙感」から抜け出す方法を、すぐに実践してください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>多忙感の３大症状</h2>

<p>「多忙感」は段階を経て強まり、最終段階まで進むと、記憶力や集中力、時間感覚などを司る脳の機能が低下し、次のような症状が現れます。</p>

<p>多忙感がもたらす症状①　物忘れ<br />
一時的に記憶を保持してすぐに取り出す「ワーキングメモリ」の働きが低下し、さっきまで考えていたことや、やろうとしていたことを思い出せなくなります。「何をしようとしていたんだっけ？」という場面が増えたら要注意です。</p>

<p>多忙感がもたらす症状②　ボーッとする<br />
会議や会話の最中なのに話が頭に入らない、資料を読んでいても内容がなかなか理解できないなど、集中力が阻害された状態です。集中しているつもりが、気づくと別のことを考えている場合も。</p>

<p>多忙感がもたらす症状③　あっという間に時間が過ぎる<br />
時間を管理する脳内の時間細胞がうまく働かなくなり、時間感覚が狂ってしまいます。少し作業したつもりが、気づけば数時間経っていることも。それが、「いくら時間があっても足りない」という焦りにつながります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【予兆に気づこう】<br />
無自覚のうちに生まれ、気づけば上に挙げたような症状が現れるのが「多忙感」の怖いところ。次のことを無意識にしていたら、「多忙感」の初期段階です。体からのサインに敏感になって、最終段階に進まないように早めの対処を心がけましょう。</p>

<p>・会話中にアクセサリーや髪を触る<br />
・指を鳴らす<br />
・机を指で叩く<br />
・座っているときに靴をコツコツ鳴らす<br />
・貧乏ゆすりをする<br />
・スマホなどの操作中に息を止める<br />
・食事以外で上下の歯が噛み合う<br />
・口が開いて口呼吸になる<br />
・瞬きが減り、目が疲れる</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>多忙感を生む2大要因</h2>

<p>「多忙感」が生まれるのは、脳の予測が邪魔されて、ひたすら反応に追われてしまうから。その大きな要因となっているのが、「脳疲労」と「外乱」です。</p>

<p>①脳疲労：エネルギーの消耗</p>

<p>脳が使えるエネルギーは限られています。そのため、大量の情報に触れ続け、複数のことを同時にこなし、判断作業を何度も続けて行なっていれば、すぐにキャパオーバーに。こうして「脳疲労」に陥った脳は、同じ量のタスクでも重たく感じ、うまく処理できなくなります。本来行なうべき予測もうまくできず、「多忙感」へとつながります。</p>

<p>②外乱：注意力を奪う刺激</p>

<p>メールやチャット、SNSの通知など、こちらが意図しないタイミングで脳の注意を奪いにくるのが「外乱」です。こうした刺激が入るたびに脳は反応しなければならず、やっていた作業に対する予測の流れも途切れてしまいます。もともと脳疲労が起きているところにこうした外乱が押し寄せれば、脳はさらにエネルギーを消耗し、予測する余裕をますます失うことになるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>多忙感から抜け出す方法</h2>

<p>脳の仕組みを活かして忙しさから解放されるための方法を覚えておきましょう。</p>

<p>ここまでお話ししてきたように、私たち現代人は、表面的な効率化を優先するあまり、「予測する臓器」である脳の働きを無意識のうちに邪魔しています。そして、次々と押し寄せる刺激に反応し続けることで、強い「多忙感」に悩まされているのです。</p>

<p>「多忙感」から抜け出すために大切なのは、「反応モード」から本来の「予測モード」へと脳を戻していくことです。脳に予測する余裕を与え、脳の予測を邪魔するものを減らし、脳の予測をうまくあと押しする工夫をしましょう。</p>

<p>そうして脳が本来の働きを取り戻せば、「多忙感」は自然と解消されていくはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>●通知設定をオフにする</p>

<p>メールやチャットの受信を知らせる通知機能は、脳にとっては予測していない刺激以外の何物でもなく、そのたびに反応を強いられることになります。</p>

<p>通知設定の中でも、とくに通知音はオフにして、必要なときに自分の意思でチェックする癖をつけましょう。たったこれだけでも脳が刺激に振り回されにくくなり、「多忙感」の軽減につながります。</p>

<p>●「どうやってやろうかな」とつぶやく</p>

<p>脳が予測するのは、「何をやるか」ではなく、「どうやってやるか」です。そのため、何かをやろうとするときは、「どうやってやろうかな」と口にしてみてください。その言葉があと押しとなり、脳は、どのように行動するかを勝手にイメージし始めます。さっきまで漠然としていたタスクが、実行可能な小さなタスクへと変わるでしょう。</p>

<p>予定を書く場合も簡単でいいので、「買うものをリストアップする」「参加者名簿をエクセルにまとめる」など、「どんなふうにやるか」までを書いておくのがおすすめです。</p>

<p>●やるべきことに少しだけ手をつける</p>

<p>脳は、4つ以上のタスクは覚えられないと言われています。「やらなきゃ」と思っているだけでも、脳はそれをやるべきタスクの１つとしてカウントしてしまうため、すぐに容量がいっぱいに。</p>

<p>脳の容量を空けるために、ほんの少しでいいので「やらなきゃ」と思っている作業に手をつけてみましょう。たとえば「企画書を書く」という仕事なら、資料を開く、タイトルだけ決めるなどしてみてください。それだけで脳がスッキリして脳内で予測が進みます。すぐにできない場合は、いつするか決めればタスクを脳から外せます。</p>

<p>●脳の予測タイムを挟む</p>

<p>一気にまとめてやってしまおうと思って同じ作業をやり続けることも、脳の予測する間を奪ってしまいます。15分ごとを目安に「ちょっと疲れたな」「飽きてきたな」と感じたら、一度作業から離れ、少し歩いたり、ファイリングなどの単純作業をしたりしてみましょう。</p>

<p>脳はその間に予測を進めてくれるので、戻ったあとの作業がぐっとラクになるはずです。</p>

<p>●15分間、1つの作業に没頭する</p>

<p>「今日はこれをやる」と決めたら、15分でいいのでテレビやスマホ、ゲーム機など注意が向くものを一切排除した環境で、決めた１つの作業だけを行なうようにしてみてください。難しければ、10分、5分だけでもいいです。</p>

<p>そうすることで、脳が慣れきってしまった「反応モード」から解放され、本来の「予測モード」に戻りやすくなります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【多忙感だけでなく充足感を手に入れよう】</p>

<p>時間やタスクに振り回される「多忙感」の対極にあるのは、「自分がやりたいことを思うようにやれている」という「充足感」です。次々と反応するだけの毎日では「多忙感」が積み重なるだけですが、やることが多くて物理的には忙しくても、自分で考え、自分で選び、自分の意思で行動できているとき、人はそれほど疲れません。だからこそ大事なのは、脳を本来の使い方に戻し、自分はこうすると決めて動くこと。</p>

<p>「朝起きたらカーテンを開けて、気持ちよく伸びをする」など、やろうと決めたことから１日を始めるだけでも、「充足感」を感じやすくなりますよ。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_tiredwoman_1.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 15 Sep 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[菅原洋平（作業療法士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>異動が多いとキャリア構築は難しい? 自信をつけるためには（働く女性のための相談室）  藤井雅子</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12839</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012839</guid>
			<description><![CDATA[月刊誌『PHPスペシャル』の連載「働く女性のための相談室」より。キャリア構築に悩むという女性に公認心理師の藤井雅子さんがアドバイスします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_thinkingwoman_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>月刊誌『PHPスペシャル』での連載「働く女性のための相談室」に寄せられた、仕事で自信が持てずモヤモヤを抱える方からのお悩み。公認心理師の藤井雅子さんがアドバイスします。</p>

<p>※本記事は月刊誌『PHPスペシャル』2024年8月号より抜粋・編集したものです<br />
※記事内の写真はすべてイメージです</p>

<p>【回答者・藤井雅子（ふじい・まさこ）】<br />
公認心理師。女性のためのカウンセリングルーム「メンタルエステココロの部屋」主宰。感情のコントロール、コミュニケーション、アダルトチルドレンのサポートがライフワーク。著書に「ココロを軽くする考え方のレシピ」(清流出版)などがある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>Ｑ　【相談】自信がもてないのは、異動のせい？</h2>

<p>新卒で入社してから10年で、すでに4つの部署を経験しています。同じ部署に3年以上在籍したことがありません。「やっと慣れてきた」と思ったら異動辞令が出て、次の場所へ移るというサイクルを繰り返しているせいか、何事にもプロとしての自信がもてない状況で、毎日モヤモヤ。異動経験が少なく、特定のスキルを深めている他の同僚たちが羨ましいです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>A　【回答】自信をつけるために、専門性よりも必要なこと</h2>

<p>入社して10年となれば、たしかにそろそろ何かしらのスキルを身につけていてもいい頃合いではあるので、現状に対して焦りを感じるのも無理はないかと思います。</p>

<p>組織によっては、定期的な異動で組織内のさまざまな業務を体験させることもありますが、それでも10年で4回の異動はやや多い印象ですね。</p>

<p>ここで質問です。</p>

<p>あなたは、仕事に何を求めていますか。専門性を磨いてキャリアアップしていきたいのか、安定性を求めているのか、まずは自問自答しましょう。</p>

<p>次に、異動に関するモヤモヤを上司や人事に相談されたことはありますか。</p>

<p>また、深めたいと思っているスキルやキャリアが今、具体的にありますか。</p>

<p>最後に、自信がもてないのは、本当に異動のせいでしょうか。</p>

<p>もしまだ上司や人事に相談されたことがないなら、ぜひ勇気を出して相談してみましょう。定期面談のときでもかまいません。その際、あなたの希望を聞かれるでしょうから、そのためにも自分が何を望んでいるかを掘り下げておきましょう。</p>

<p>今回私がいちばん気になったのは、自信がもてない原因が異動や職場環境など、自分の外にあるかのようにおっしゃっていることです。</p>

<p>自信をもつために必要なのは、専門性よりも、「自分の傾向をよく知り、やりたいことや適性に合った納得のいく働き方をすること」だと私は考えています。</p>

<p>今まで4つの部署を経験されたのですから、自分の得意不得意、好き嫌いはだいぶわかったことでしょう。また、業務の幅が広がったことで適応力は磨かれたはずで、今後の自己アピールに大いに活用できるのではと思います。</p>

<p>これは、自分にとっての幸せを考えるいい機会です。安定第一ならオフの時間の充実、キャリアアップしたいなら勉強など、自分のために自ら動いていきましょう。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_thinkingwoman_1.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 15 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[藤井雅子]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ネガティブな感情を長引かせない　「脳に安心感を与える」今日からのセルフケア5選  鈴木祐（サイエンスジャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15013</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015013</guid>
			<description><![CDATA[仕事のプレッシャーや人間関係のトラブルといった日々のストレスを軽減させる方法を、サイエンスジャーナリストの鈴木祐さんが紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="鈴木祐著『最高の状態 無』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_memo.jpg" width="1200" /></p>

<p>仕事のプレッシャーや人間関係のトラブル、環境の変化――日常生活の中で感じるストレスは人それぞれですが、少しでも苦しみを軽減させる方法を知っていると気持ちが楽になるでしょう。本稿では、鈴木祐さんの著書『最高の状態 無』より、心理療法や認知行動療法などで使われている「簡単に実践可能なセルフケア」を紹介します。</p>

<p>※本稿は、鈴木祐著『最高の状態 無』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>セッティングを整える</h2>

<p>セッティング(物理的、社会的、文化的な環境の状態＝周囲の環境)を整える具体的な手法は、「避難所を作る」「グラウンディング」の2つです。まずは「避難所を作る」から見ていきましょう。</p>

<p>【避難所を作る】</p>

<p>セッティングの調整に取り組むに当たっては、自分の部屋の改善が第一歩です。室内の整頓、観葉植物の導入、好きな家具の導入など、あなたが快適に思えるような部屋作りは、いずれも脳に安心感を与える働きを持ちます。</p>

<p>ただし、どんなに自分の部屋を整えても、自分のコントロールが及ばない職場や学校などはどうにもなりません。そんなケースに備えて、ここでは脳内に自分だけの「避難所」を作る手法を紹介します。</p>

<p>あなたが心から安心感を抱ける環境を頭の中に用意し、必要に応じて逃げ込めるようにしておくのです。</p>

<p>・セーフプレイスワーク</p>

<p>セーフプレイスワークは心理療法で使われる技法で、不安や神経症に悩む人によく使われます。具体的なやり方を見てみましょう。</p>

<p>①落ち着ける環境でゆったりと座って目を閉じる。</p>

<p>②「私にとって心から安心できる場所や状況はどのようなものだろう？」と考え、何らかのイメージが頭に浮かぶのを待つ。そのイメージは、あなたが以前に行ったことのある場所かもしれない。いつか訪れたいと夢見る場所かもしれない。映画で見かけた場所かもしれない。</p>

<p>③思い浮かべた場所を観察し、さらに細かい部分を意識する。もし建物があるなら、どのような形でどのような素材が使われているのか？もし花畑のようなイメージを浮かべたなら、どのような色彩が広がっているのか？他に何か気づくことはあるか？できるだけ細かく想像するほど、安心感は上がりやすくなる。</p>

<p>④あなたのイメージの中に発生している音、または静寂に意識を向ける。遠くでどんな音が聞こえるか？近くの音は？耳をすますと聞こえてくる音は？こちらもできるだけ細かくイメージする。</p>

<p>⑤肌の感覚に焦点を当てる。足裏に感じる地面の硬さ。周囲の温度・湿度。空気の動き。あなたが触れることができるすべてをクリアに思い描いていく。</p>

<p>⑥最後に、思い描いたイメージに点数をつける。「全く安心感がない」なら0点で、「心からの安心感がある」なら100点。最終的に80点以上のイメージが生まれるまで、何度か同じワークを続ける。</p>

<p>この技法で重要なのは、イメージを積極的に思い描いてはいけない点です。「これは南国のイメージだから、こんな植物が生えているだろう」などと理屈で想像を広げるのではなく、「自分にとって安全な場所とは？」という疑問に対して、「セーフプレイス」の情景が自然と内側にわき上がるのを待ちましょう。</p>

<p>もしここで良いイメージが出てこなくても問題ありません。何度も繰り返すたびに、少しずつ適切な「セーフプレイス」が浮かぶようになります。完成した「セーフプレイス」は、ぜひ日常のストレスに対して使ってください。職場や学校で嫌な感情が昂ったとき、寝る前に急な不安に襲われたときなどは、静かに目を閉じて脳内に「セーフプレイス」を立ち上げ、しばらくイメージの中に留まりましょう。</p>

<p>私たちが体験する世界は、そもそも大半が脳内イメージで作られています。そのため、私たちの脳は現実のデータと想像のデータをうまく区別できず、頭の中で組み立てた映像もリアルなものとして取り扱います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>脳を安心させる「ソーシャルサポートワーク」</h2>

<p><img alt="鈴木祐著『最高の状態 無』" height="1511" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260901saikonojotai03.jpg" width="1200" /></p>

<p>こちらも認知行動療法でおなじみのテクニックです。他者とのつながりの感覚を増やして、脳に安心感を与えるために使います。人類は常にグループの中で生きてきたため、社会からの孤立には慢性的なストレスを感じます。逆に、信頼できる他者さえいれば、大きな安心感を覚えるように進化しました。</p>

<p>ブリガム・ヤング大学など148の先行研究をまとめた調査では、孤独感はタバコや運動不足よりも身体に悪いと報告されています。そこで「ソーシャルサポートワーク」では、改めて社会との関係性を確かめるエクササイズを行います。</p>

<p>①ネットワークリストの作成</p>

<p>まずは自分の社会的ネットワークに存在する人を、思いつくだけリストアップします。次の例を参考にしてください。</p>

<p>・親しい人：親しい友人、家族、同僚など</p>

<p>・顔見知りの人：たまに挨拶する隣人、いつものコンビニの店員、よくすれ違う人など</p>

<p>・あこがれの人：自分が理想とする人、尊敬する過去の偉人、好きな映画や本の架空のキャラなど</p>

<p>・助けになりそうな人：主治医、かつての恩師、法律相談所、ネットのコミュニティなど</p>

<p>リストができたら、各人物について「私はこの人にどれぐらい親密さを感じるだろうか？」と考え、親しみを感じる人やキャラクターを最低でも15人ほど図のようにサークルに書き込みます。親しみが大きい人ほど円の内側にドットを打ちましょう。</p>

<p>②ソーシャルサポート分析</p>

<p>記入を終えたサークルを見ながら、次の質問について考えてみてください。</p>

<p>・この中でどの人物ともっと時間を過ごしたいだろうか？</p>

<p>・親密な人と接触する時間を増やすために、何ができるか？</p>

<p>・いまの悩みや困りごとを相談できる人はいるだろうか？もしいない場合は、専門の組織や機関、自助グループに相談はできないだろうか？</p>

<p>「ソーシャルサポートワーク」は以上です。書いた紙は常に持ち歩き、ネガティブな感情がわいたときに見返してください。</p>

<p>この作業を行うと、たいていの人は「私は社会の中で生きている」「いざというときに頼れる存在がいる」という事実に改めて気づき、直後からストレス反応が低下します。これからの人生で新たなソーシャルサポートが現れたら、随時リストに加えていくと良いでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>苦しみの減少を試みる「グラウンディング」</h2>

<p><img alt="鈴木祐著『最高の状態 無』" height="881" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260901saikonojotai04.jpg" width="1200" /></p>

<p>「グラウンディング」は心理療法の世界で使われるテクニックで、&quot;現在&quot;に心を引き戻すノウハウの総称です。</p>

<p>私たちが苦しみをこじらせるのは、脳が「自己」を起点に未来または過去へとイメージを広げるせいで、ネガティブな感情が増すのが大きな原因。人類の悩みが尽きないのは、あなたの意識が&quot;現在&quot;からそれてしまうからです。</p>

<p>そこで「グラウンディング」では、未来と過去に向かった意識を&quot;現在&quot;に引き戻すことで、苦しみの減少を試みます。&quot;現在&quot;は未来の不安と過去の失敗が存在しない安全地帯であり、目の前の世界から振り落とされなければ、それ以上の災いは起きようがありません。いわば、&quot;現在&quot;を結界に使うのです。</p>

<p>それでは、代表的な「グラウンディング」の手法を紹介しましょう。自分の中にネガティブな感覚がわいてきたら、次のテクニックをいくつか試してください。</p>

<p>・自己解説法</p>

<p>自分の名前、年齢、いまいる場所、いましていること、次に何をするつもりかを口に出して説明する手法です。「私の名前は◯◯、40歳。いまはオフィスにいて、プレゼンの資料を作っている。このあとは、いつものカフェでランチを食べて......」といった具合に、いまの状況を淡々と実況しましょう。すぐに意識が現在に向き、数分もすれば気持ちが楽になるはずです。</p>

<p>・54321法</p>

<p>五感を駆使して行うグラウンディングです。急な不安に襲われたり気持ちがふさいだりしてしまったら、次のステップで&quot;現在&quot;に復帰しましょう。</p>

<p>①いま目に見えるものを5つピックアップする。「カーペットのシミの色」や「壁の傷」など、まわりを見渡して、普段は気づかないものを選ぶ。</p>

<p>②触覚で感じられるものを4つピックアップする。服の肌触り、テーブルの表面の滑らかさなどに意識を向ける。</p>

<p>③耳で聞くことができるものを3つピックアップする。外を走る車のエンジン音、鳥のさえずりなど、普段は気づかないものを選ぶ。</p>

<p>④鼻で嗅ぐことができるものを2つピックアップする。室内の香り、調理中の食べ物の匂いなどを意識的に味わう。</p>

<p>⑤最後に、いま味わうことができるものを1つピックアップする。飲み物を口にしたり、ガムを噛んでみたりと、舌の上に起きる感覚を味わってみる。</p>

<p>途中で意識がそれても、慌てず五感に戻る作業を繰り返しましょう。意識を戻す度に脳は安心感を覚え、ストレス反応が下がります。</p>

<p>・暗算法</p>

<p>頭の中だけで100から7ずつ引き算を行い、0になるまで繰り返します。できるだけスピーディに計算を続けてください。暗算は脳の負荷が高い行為なので、何度も続けるうちに頭の中が計算に占有され、自然と未来や過去から意識をそらしやすくなります。</p>

<p>以上のテクニックは、何か嫌なことがあったときの応急処置としても使えますし、感情コントロールの手法としても効果的です。1日10〜15分を目安に行ってください。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_memo.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 15 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[鈴木祐（サイエンスジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>中国のお弁当文化から見える“気楽な子育て”「手作りせず、買えばいい」  中島恵（フリージャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14987</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014987</guid>
			<description><![CDATA[お弁当は手作りしなくてもいい？祖父母らの力も借りる中国の子育てから、日本とは異なるお弁当事情や子育て観を紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="中国の餃子" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831Nakajimakei03.jpg" width="1200" /><br />
中国の餃子</p>

<p>日本では、子どものお弁当は「手作りするもの」という意識が根強くあります。一方、中国では祖父母や家事代行サービスなど周囲の力を借りながら子育てをする家庭も多く、お弁当も「必要なら買えばいい」と考えるなど、日本とは異なる子育て観が見えてきます。本稿では、ジャーナリスト・中島恵さんの著書『中国の回鍋肉にキャベツは使わない』をもとに、中国のお弁当事情や子育てをめぐる考え方をご紹介します。</p>

<p>※本稿は中島恵著『中国の回鍋肉にキャベツは使わない』（ウェッジ）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>中国に「お母さんの味はとくにない」</h2>

<p>故郷の味は誰にとっても懐かしく、かけがえのないものだ。世界中で移民受け入れに関する問題が発生しているが、海外で暮らしている人の中には、子どもの頃に食べた料理が忘れられないという人は多いだろう。</p>

<p>それをまた食べることができた張さんは幸せだと思うが、中には政治問題などで二度と故郷に帰らない（または帰れない）人もいる。</p>

<p>私は在日中国人にインタビューする際、ときどき「故郷の料理で何を思い出しますか？」という質問をする。たいていその地方の名物料理を教えてくれるが、「お母さんの味は何？」と聞くと、「うーん...」と考え込む人が少なくない。</p>

<p>日本で街頭インタビューしたら、「肉じゃが」「卵焼き」「カレーライス」「ハンバーグ」「みそ汁」などが上位になりそうだが、中国ではどうだろう。</p>

<p>もしあるとすれば「水餃」（水餃子）くらいではないだろうか。しかし、水餃子をあまり食べない地域もあるので、日本人にとっての「みそ汁」のような絶対的な家庭料理は中国には存在しないといってもいい。</p>

<p>「お母さんの味」をすぐに挙げられないのには、ほかにも理由がある。中国では夫婦共働きが多く、とくに都市部では母親が毎晩料理を作らない家庭が多いのだ。統計があるわけではないが、そういう話をよく聞く。</p>

<p>だから、北京や上海などの30～40代の人と話していると、「とくにない」という回答がけっこう多い。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>子育ては祖父母やお手伝いさんが担う</h2>

<p><img alt="中国の家庭のキッチン" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831Nakajimakei01.jpg" width="1200" /><br />
中国の家庭のキッチン</p>

<p>夫婦共働き家庭で、子育ては誰がするのかというと、祖父母やお手伝いさんだ。中国人にとって祖父母の存在はとても大きい。日本では、基本的に子育ては夫婦でするもので、祖父母はあくまでも「たまにサポートする」程度の存在だ。もし近所に住んでいたら「毎日幼稚園のお迎えに行くのは祖母」という人もいるかもしれないが、できるだけ頼らないようにするという日本人が多いのではないだろうか。</p>

<p>だが、中国の場合は祖父母が子どもを育てているといっても言いすぎではないくらい出番が多い。</p>

<p>中国には日本の「保育園」のようなものはなく、行政のサポートも少ない。そのため、祖父母が手伝わなければ子どもを育てられない。少子化が著しくなってからは、</p>

<p>従来以上に子どもを大事にする中国人が増えたので、ますます家族総出で子育てを行うという風潮が広がった。</p>

<p>以前、北京に住む中国人から次のような話を聞いた。その中国人が春節に帰省しようと、故郷の河北省行きの長距離バスに乗ろうとしたところ、バス停に並んでいたのは、北京に住む子どもの家から自宅に帰る祖父母だらけだった、というのだ。春節には子どもや孫も帰ってくるが、一足先に祖父母だけ自宅に戻るところだったのだ。</p>

<p>ふだん、それくらい長期にわたって自宅を離れ、息子や娘の家で孫の世話をしているということだろう。</p>

<p>事情により祖父母が手伝えないという人はお手伝いさんを雇う（祖父母もいるのにお手伝いさんを雇う家庭も珍しくない）。都市部の中間層以上の家庭では当たり前で、住み込みもあるし、通いのお手伝いさんも多い。それを「贅沢だ」という風潮は一切ない。</p>

<p>そのため、もしかしたら、大人になって思い出す故郷の味は「お母さんの味」ではなく「お手伝いさんの味」という可能性もある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>中国式のお弁当作りは無理をしない</h2>

<p>それに、日本人は母親が手作りすることにこだわったり、「手作りしなくちゃ」という強迫観念に捉われたりしがちだが、中国では、そういうところは全然こだわらない。</p>

<p>「無理して作らなくても、別に買ってくればいいんじゃない？ その方がおいしいでしょう？」。そう合理的に考えるので、母親が毎朝5時に起きてお弁当を作る日本人の母親の苦労はなかなか中国人には伝わらない。そういう意味では、中国人のお母さんはとても楽だ。</p>

<p>それに、そもそも、中国ではお弁当を持っていかなければならないというシチュエーション自体あまりない。</p>

<p>幼稚園ではお昼ご飯が出るところが多いし、公立の小中学校は給食が出たり、学食があったりする。高校も学食が設置されているところが多い。中国人は「温かいもの」を好むので、冷めたお弁当は嫌がられる。以前、取材した上海の高校では、午前11時半くらいに、業者が「温かいお弁当」を各教室の前まで運んでいた。</p>

<p>日本でも昔は持参したお弁当を学校のストーブで温めた、なんていう時代があったが、日本人は「冷たいお弁当」にあまり抵抗がない。</p>

<p>だが、中国人はできるだけ温かい食べ物を食べたいので、学校にも食堂が設置されており、企業でも中規模以上の会社なら食堂がある。</p>

<p>私は中国のいくつかの学校の食堂や企業の社員食堂、工場の食堂に行って食べたことがある。たいていは数種類のおかずから2品か3品選び、ご飯、スープがつく。</p>

<p>お弁当を持参するのは、中小企業で、会社に食堂がなく、近所にもレストランがない人や節約したい人などに限られる。だが、中国でも「お弁当派」が増えた時期があった。コロナ禍のときだ。</p>

<p>食堂が閉鎖されたことも関係あるが、健康に注意する人が急に増え、野菜中心のお弁当を作って会社に持参するようになった。</p>

<p>私の友人もお弁当を作って会社に持っていっていたが、その友人によると、中国人は日本人のように彩りとか品数をまったく気にせず、1～2種類の炒め物とご飯だけというシンプルなお弁当が多いそうだ。</p>

<p>お弁当の中が水餃子だけ、ということもある。水餃子は皮（炭水化物）と肉や野菜などの具（タンパク質）の組み合わせなので、それだけで完成度が高い食事なのだ。そんなお弁当を、ランチ前になると会社の電子レンジで温める。そのため、休憩室の電子レンジの前に行列ができる...なんていう日本ではあまり見られない光景もあるそうだ。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 15 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中島恵（フリージャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>早朝に必ず運動、17時には退勤　生産性が世界5位のスウェーデンの朝習慣  久山葉子（翻訳家、エッセイスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14899</link>
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			<description><![CDATA[労働生産性で世界5位を誇るスウェーデン。現地在住の久山葉子さんが、スウェーデンのビジネスマンの朝の過ごし方を教えてくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="運動習慣" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_running_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>労働生産性で世界5位を誇るスウェーデンでは、17時には仕事を終え、家族や趣味の時間を楽しむのが一般的だといいます。なぜ短い労働時間で成果を出せるのでしょうか。スウェーデン在住の久山葉子さんは、著書『スウェーデン人はなぜ朝の３時間で仕事が片づくのか』にて、現地でのインタビューをもとにスウェーデンの働き方・生き方を解説しています。本稿では同書より、ワークライフバランスのカギとなる朝の習慣についての一節をご紹介します。</p>

<p>※本稿は、久山葉子著『スウェーデン人はなぜ朝の3時間で仕事が片づくのか』（PHPビジネス新書）より一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>定時退社は朝が９割</h2>

<p>スウェーデンの一般的なオフィスの出社時間は朝８時。それどころか８時より早く来て、16時～16時半くらいに仕事を終える人もいる。</p>

<p>なぜこんなに朝型なのだろうか。実は、朝型生活の一番の目的は「早く出社すること」ではない。肝心なのは、「早く退社する」ことだ。</p>

<p>17時頃に保育園に迎えに行くと、「迎えに来るのが遅すぎる」と娘に泣かれた。その時間帯には園全体でも3～4人しか子供が残っていない。実際、夕食は17時という家庭が多い。</p>

<p>保育園のお迎えはもちろん、子供が大きくなってくると親は夕方から習い事の送迎係となり、子供が2、3人いたりするとやれ今日はサッカーだ、明日はダンスだと、夫婦で手分けして送迎や夕食づくりをこなすことになる。</p>

<p>じつは、この「予定」こそが、朝型生活に切り替えるキーポイントなのだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>IT系でも、「７時出社、16時退社」</h2>

<p>夜型なイメージのIT系だが、ダニエルさんは普段７時に出社して16時に退社する。子供のペースで自然にそうなったという。</p>

<p>保育園時代は子供が朝早く起きたし、小学校に上がってからはサッカーの練習が17時からなのでそれまでに送っていかなければいけない。そのためには16時には職場を出なければいけない。</p>

<p>会社の定時は８時だが、16時に帰るために7時に出社している。単純明快に、理由はそれだけ。</p>

<p>夕方に予定が入っていると、その時間に退社せざるを得ない。人間は締め切りがあるとそれを目指す。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>子供がいない人も、残業しない理由</h2>

<p>生活の予定が一番融通の利かない「子供のいる人」のペースに合わせて、社会全体が自然と朝型になっているわけだが、では子供がいない人は長く働くのかというとそうではない。</p>

<p>子供がもう大きい人や独り暮らしの人も朝早く来ているし、定には帰っていく。</p>

<p>独り暮らしでも、自分のプライベートを最優先する点は同じだ。あくまで自分の人生があったうえで仕事をして、仕事は仕事と割り切っている。</p>

<p>子供が高校生になった経理の智子さんも、だからといって好きなだけ残業するわけではない。もちろん職種柄、残業のある時期もあるが、後日早く帰ることで清算する。</p>

<p>そして普段は「毎日気分良く働くために、定時まで働かない！」と語る。定時より10分でも早く終わらせられれば、「今日の私、うまくやった！」とハッピーな気分で職場を出られるという。</p>

<p>スウェーデンでは週40時間労働が標準だが、吉澤さんの会社のように週に37.5時間の会社も出てきている。そうすると社員は生真面目に今までより2.5時間早く帰る。これが「仕事が終わるまで帰らない」というスタンスのままだと、せっかく2.5時間短くなっても、実労働時間に変化は生じない。</p>

<p>仕事が終わるまで帰らないというスタンスが当たり前になっていると、「気分良く働くために残業しない」とか「自分の人生があったうえで、仕事は仕事と割り切る」と言われても、ピンとこないかもしれない。</p>

<p>しかし、夕方からは今日の〈第２幕〉が控えていると考えれば、何をしたいだろうか。仕事はあくまで〈第１幕〉だと捉えてみよう。</p>

<p>仕事とプライベートの線引きがしやすくなるのではないだろうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>朝から運動&hellip;１日をベストな自分で過ごすために</h2>

<p>スウェーデンの朝の通勤風景で特徴的なのは、運動している人が多いことだ。</p>

<p>スニーカーを履き速足で歩く人、自転車に乗る人、ジムで汗を流す人など、通勤時間あるいは仕事前の時間を運動に充てている人が目につく。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>集中力と記憶力、クリエイティビティがアップ</h2>

<p>運動は脳の認知機能に良い効果を与え、集中力、記憶力、クリエイティビティを上げる効果がある。さらに、ストレスホルモンのレベルも下げてくれる。</p>

<p>その効果を仕事の生産性につなげたいなら、仕事後に運動するのではなく、仕事前にしなければ意味がない。朝から運動するのは、ベストな自分になり、その日のパフォーマンスと生産性を上げるためだ。</p>

<p>夜に運動しても同じ効果は得られるが、時間的にそのまま寝るだけだとせっかくの効果を活用できないということになる。ただし、運動は定期的に続けることで認知機能やメンタルが強化されていくので、夜でも運動することには意味がある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>時間をかけずに運動を採り入れる方法</h2>

<p>スウェーデン第2の都市ヨーテボリに住むマッティンさんは自転車通勤を8年続けている。</p>

<p>家から会社までは11キロで、自転車でもバスでも通勤時間はそれほど変わらない。そこで、通勤しながらトレーニングを兼ねようと思い、競技用バイクを全速力で漕いで会社に向かう。毎朝25分、毎夕25分でいい運動になる。かなり汗をかくが、会社にシャワーがあるので大丈夫。そのおかげで雨や雪の日にも自転車通勤ができる。</p>

<p>シャワーを浴びてすっきりして、仕事着に着替えて仕事開始。会社には毎朝ランニングして出勤する女性もいたという。通勤時間を運動に充ててしまえば、それ以外の時間から運動時間を捻出する必要がない。</p>

<p>会社に到着したらエレベーターは使わずに、７階のオフィスまで階段で上がる。医療機器の会社なので取締役に医師もいるが、「エレベーターは使っちゃダメ！」と言うそうだ。日常の中にある運動の機会を逃さずに活用する――忙しい大人には特にそれが大切だ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>会社側も「運動は仕事の一部」として支援</h2>

<p>スウェーデンの大人も、自分の運動不足はよく認識している。だからこそ、意識的に運動する時間を確保する。そのおかげで、仕事の生産性も上がる。最近では会社も「運動も仕事の一部」「社員への投資」と位置づけるようになった。</p>

<p>智子さんが働いた会社にはトレーニングマシンやシャワーがあったので、外のジムに行く必要はなかったという。現在はオフィスを建て替え中で、社員へのアンケートで新しいオフィスに望むことを聞いたところ、第1位は「ジム」だった。社長も「何しに会社に来るんだ」と笑っていたそうだ。</p>

<p>また、これまで働いた４社のうち２社に「健康ケア時間」と呼ばれる制度があり、勤務時間中に運動に使っていい時間が設けられている。会社にもよるが、１週間に１～２時間程度だという。その時間を利用して、社内外のジムに通ったり、ジョギングに出ることができる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>運動に会社が実費を出してくれる</h2>

<p>社内に運動できるスペースを設けていない会社も、外部のジムやプールの年会費など、健康促進につながるアクティビティの料金を会社の経費で落とすことができるようになっている。いったん自分で立て替えて、レシートを会社に出せばお金を返してもらえるシステムだ。</p>

<p>この制度は会社に導入義務があるわけではないが、国も奨励していて、会社が税金を控除できるようになっている。その結果、スウェーデンの雇用主の85％が導入している。</p>

<p>社員１人が使える金額の上限は会社によって異なるが、会社側は１人あたり年間5000sek（8万5000円）まで税金を控除できる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>朝から運動するために、早く寝る</h2>

<p>都市圏では朝６時半くらいから走っている人やジムに行く服装の人を見かける。</p>

<p>身体を動かすことで頭がすっきりした状態で仕事を開始、昼間は仕事に集中、夕方以降のんびりして、夜も早く寝る。そんな１日のリズムになっている。仕事前に運動するためには、当然、前日夜ふかしせずに早く寝なければいけない。スウェーデン人が、独り暮らしであっても定時に帰っていく理由がわかってきただろうか&hellip;？</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 14 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[久山葉子（翻訳家、エッセイスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>自分の頭で考えていない人ほど「こうあるべき」に縛られる　心がラクになる思考の切り替え方  和田秀樹（精神科医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15036</link>
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			<description><![CDATA[在宅介護やコレステロール説など｢こうあるべき｣という常識の縛りをほどき、自分なりの問い直しや｢こんなもんだ｣と受け入れる柔軟さを持つことで、不安から解放され主体的に生きる術を説く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="窓を開けて光と風を浴び、笑顔を見せる女性" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_WomanStretch.jpg" width="1200" /></p>

<p>｢親の世話は子が見るべき｣｢コレステロールは下げるべき」&mdash;そんな世間の当たり前に縛られていませんか？常識の盲信は心身を壊す原因に。｢こうあるべき｣を手放し、｢自分はどうしたいか｣で選択する心を軽くする思考法を精神科医・和田秀樹氏が解説します。</p>

<p>※本稿は、和田秀樹著『落ち込まない　考えすぎない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢こうあるべき｣と思うのは、自分の頭で考えていないから</h2>

<p>｢1＋1＝2｣ほとんどの人は、これが当たり前と考えます。しかし、当たり前でない人もいるのです。</p>

<p>発明家として知られるトーマス・エジソンは、｢粘土一つと粘土一つをくっつけたら、大きい粘土一つになるじゃないか｣と教師に食ってかかったそうです。天才的発明家となる人は、目のつけどころが違います。</p>

<p>このように、「当たり前」に疑問を持つことができる人を活かし育てる土壌が、日本には十分にあるでしょうか。</p>

<p>日本の義務教育では、先生のいうことを素直に覚え、素直に行動することが求められます。いわば｢刷り込みの教育｣です。</p>

<p>義務教育の段階では、基礎的な知識を効率よく学ぶためにこの手法が有効なこともあります。しかし、高等教育では、そのあり方を転換すべきではないでしょうか。</p>

<p>つまり、それまで刷り込まれた価値観を疑い、自分なりの仮説を立て、納得できる答えを導き出す力を養うことに重点を置くべきなのです。知識や情報を疑い、新しい発想でものごとを生み出す力を育むことが、個人にとっても社会全体にとっても有益だからです。</p>

<p>実際、多くの欧米諸国では、そのような教育が行われています。ある課題について、教師が｢これはこういうことだ｣と教えるのではなく、生徒一人ひとりに｢どう考えるか？｣を問い、ディベートさせるのです。</p>

<p>こうした環境で育った人たちは、会話の中で次のようなやり取りをよくします。</p>

<p>｢自分の意見はこうだ｣<br />
｢君はそう言うけれど、そうとも限らない｣<br />
｢一般的にはこう考えられているが、例外もある｣</p>

<p>辟易することもありますが、こうしたやり取りを通じて、議論は深まり、建設的な結論が導かれることも事実です。根底にあるのは、既成概念を疑う姿勢であり、常識に縛られず、新しい価値を生み出そうとするスピリットなのです。</p>

<p>一方、日本の高校や大学では、依然として｢刷り込み型の教育｣が主流です。そのため、｢こうあるべき思考｣が根づきやすい土壌ができてしまいます。</p>

<p>その影響は、社会にも広がります。指示待ち人間が増え、自分の頭で思考し判断するよりも、親や上司、組織などの｢権威ある存在｣の意見に依存する傾向が強まります。その結果、｢こうあるべき｣という考え方に固執しがちになるのです。</p>

<p>例えば、男女平等が憲法で定められていても、｢男はこうあるべき｣｢女はこうあるべき｣という価値観をいまだに引きずる人が少なくありません。官庁や企業でも、縦社会の文化が色濃く残り、組織や権力者の言うことを疑わずに受け入れる人が重宝される傾向があります。</p>

<p>こうした社会では、｢こうあるべき｣に従って行動したほうが、摩擦を避けられ、安心して過ごせるというメリットがあります。しかし、その代償として、個人の自由な思考や主体性が損なわれてしまいます。</p>

<p>さらに問題なのは、この｢こうあるべき思考｣が、個人の悩みや不安を生む原因になることです。</p>

<p>人は、自分自身の中にも｢こうあるべき｣という理想を作り、それに縛られることがあります。｢もっと仕事ができるべき｣｢もっと社交的であるべき｣｢もっと完璧であるべき｣といった思い込みが、必要以上に自分を苦しめるのです。｢こうあるべき｣の呪縛から抜け出し、不安や悩みのループを断ち切るために、まず大切なのは、｢本当にそれは正しいのか？｣と自分に問いかける習慣を持つことです。</p>

<p>｢こうあるべき｣という思考が浮かんだとき、それが単なる思い込みなのか、それとも本当に自分にとって必要な考え方なのかを冷静に見極めることが大切です。</p>

<p>次に、｢こうあるべき｣ではなく｢自分はどうしたいのか？｣を意識することです。｢こうあるべき｣とは｢世間ではこうするのが普通｣｢上司がこう言った｣といった外部の基準です。しかし、自分自身が本当に望むことに焦点を当てることで、主体的な選択ができるようになり、不安に振り回されなくなります。</p>

<p>また、｢こうあるべき｣ではなく｢こうしてもいい｣という発想も重要です。ものごとには一つの正解だけがあるわけではなく、複数の選択肢があると考えると、悩みや不安が次に踏み出すエネルギーになります。</p>

<p>｢こうしなければならない｣という思考を少し緩めて｢こうしてみてもいい｣と考えられるようになることが、自由で前向きな生き方につながるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢世間の正解｣に従うと、心も体も壊れていく</h2>

<p>私が長年取り組んでいる老年医療の現場でも、｢親の面倒は子が見るべき｣という考えから、在宅介護を望まれるご家族が多く見受けられます。親の愛情や家族の絆に重きを置き、｢子どもが介護をする｣のが理想とされ、世間的にも求められます。</p>

<p>しかし、自宅での介護では、子どもは自分の時間や生活をある程度、犠牲にする必要がどうしてもあります。仕事を辞める人も少なくありません。心身へのストレス、疲労も並大抵ではありません。</p>

<p>そうしたことから、介護者がうつになったり、親を虐待する事態も起こったりしています。私も、親の介護をしている人から｢親への愛情が持てなくなった｣｢親を憎むようになってしまった｣などの相談を受けることがあります。</p>

<p>介護施設での虐待が報道されることがありますが、実は表に出にくいだけで、在宅介護の場での虐待はより深刻なのです。</p>

<p>そのような現実を知ってもらいたいという動機から、私は2012年、映画監督として『｢わたし｣の人生～我が命のタンゴ』という映画を撮りました。その映画について雑誌のインタビューを受けたとき、私は｢最後まで在宅介護をがんばって、感動して終わる映画ではありません｣と答えました。</p>

<p>医療の世界でも｢当たり前の常識｣とされていることが、健康を損ないかねない｢危険な常識｣であることがままあります。</p>

<p>例えば｢コレステロール値｣についてです。コレステロール、特に肉類などの動物性食品に多く含まれるLDLコレステロールは、日本では｢悪玉コレステロール｣と呼ばれ、生活習慣病を引き起こす元凶と考えられています。</p>

<p>そのため、とりわけ中高年の方たちはとかくLDLコレステロール値を下げることに躍起になるのですが、健康上どれほどの意味があるかは疑問です。下手をすると病気になりやすい体になるリスクがあるのです。</p>

<p>LDLコレステロールは、肝臓で作られる細胞膜やホルモンの材料となるコレステロールを全身に運ぶという重要な役目があります。</p>

<p>LDLコレステロールが不足すると、生命や健康を維持するための体内の機能にさまざまな支障が生じます。特に免疫機能への悪影響は大きく、がんの発症リスクが高まったり、細菌やウイルスによる感染症にかかりやすくなったりします。</p>

<p>実際、コレステロール値が高い人のほうが、がんによる死亡率が低いことが、ハワイでの研究からも明らかにされています。</p>

<p>また、1970年代から1990年頃にかけて｢コレステロール値は高いほうがいい｣という説を唱える故柴田博先生という医学博士が主導して、東京都小金井市で70歳以上の高齢者を対象に行われた追跡調査では｢コレステロール値が高いほうが総死亡率が低い｣ことが実証されました。</p>

<p>しかし、日本の医学界はこれを無視して、アメリカから移入された｢コレステロール値は低いほうがよい｣という説を固持し続けたのです。</p>

<p>2008年以降、健康診断において実質義務化されたメタボ健診で、コレステロール値が高い結果が出た人には、積極的にコレステロール値を下げる指導や、薬剤による治療が行われてきました。</p>

<p>こうした経緯から｢健康のためにはコレステロール値を低くしなければならない｣がいつしか常識として浸透したのです。</p>

<p>もっとも、近年では｢コレステロールは体に悪い｣｢メタボは寿命を縮める｣という従来説を覆す調査・研究結果が次々と公表され、総コレステロールの基準値も、2023年4月に、それまでの150～219か142～248に変更されています。</p>

<p>それでもなお、古い常識にこだわる医師や一般の人々の間で、相変わらずコレステロール値を下げることに執心する人が多いのが実情です。</p>

<p>｢こうあるべき｣という常識によって、疑う力が削がれ、弾力的な考え方ができなくなることは多いのです。こうした常識に縛られたままだと、私たちは現実とのギャップに悩み続け、不安を増大させることになります。</p>

<p>まず大切なのは、｢それは本当に自分にとって必要な考え方なのか？｣と問い直すことです。｢○○すべき｣と感じたとき、その考えが｢自分にとって本当に役に立つのか？｣を見極める習慣を持つことで、不安を減らし、より前向きな選択ができるようになります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢こうあるべき」を手放して「こんなもんだ」思考にシフトする</h2>

<p>また、｢こうあるべき｣ではなく、｢こうしてもいい｣という発想を持つことも重要です。｢こうしなければならない｣と思い込むと、選択肢が狭まり、不安や悩みが増幅します。しかし、｢これも一つの選択肢だ｣と考えれば、プレッシャーから解放され、建設的にものごとを考えられるようになります。</p>

<p>｢こうあるべき｣から生まれる不安や悩みは、視点を変えるだけで軽減することができます。常識にとらわれるのではなく、｢自分にとって何が最適か？｣を考える習慣を持つことが不安を減らし、より自由で前向きな人生を生きるための第一歩になるのです。</p>

<p>｢当たり前｣｢こうあるべき｣という理想と現実とのギャップについてお話ししましたが、このようギャップは、あなたの日常でも感じることがあるのではないでしょうか。</p>

<p>さまざまな｢当たり前｣｢こうあるべき｣をマイ・ルールのように自分に課している方は少なくないと思います。ですが、自分の中にあるマイ・ルールは、実際にその通りに実行されているでしょうか？｢こうあるべき｣は達成されているでしょうか？</p>

<p>おそらく多くの方の場合、現実の自分との間に、ギャップを感じているのではないでしょうか。そして｢自分はこんなこともできないのか｣｢自分はなんてダメなんだろう｣と、劣等感や自己嫌悪を感じる人もいるでしょう。</p>

<p>森田療法では、このように理想と現実とのギャップに悩むことを｢思想の矛盾｣と呼んでいます。</p>

<p>｢当たり前｣｢こうあるべき｣という考えや理想と、現実の自分の間にギャップが生じるのは、むしろそのほうが当たり前です。世の中はすべてが理想通りに成り立っているものではありません。どんな人にも、理想通りにいかないことがあって当然なのです。</p>

<p>問題は、「当たり前」「こうあるべき」に、どこまでもこだわる必要があるのかどうかです。</p>

<p>例えば、以下のような｢当たり前｣｢こうあるべき｣があります。<br />
｢上司は部下の模範だ。仕事は完璧にこなすべきだ｣<br />
｢上司の期待には応えるべきだ｣<br />
｢休日は親子の会話を大切にして、家族サービスに努めるべきだ｣<br />
｢家族の健康のためにも、食事作りは手を抜くべきではない｣<br />
これらを貫き続けることは困難ですし、現実には思い描いた結果にならないことも多々あります。</p>

<p>上司といえども当然ミスもすれば失敗もします。ミスや失敗をごまかそうとすれば、かえって信頼を失うでしょう。失敗したら、失敗を繰り返さないためにどうすべきかを示すことこそ大事です。</p>

<p>また、上司の期待に応えなければと身構えると、かえって力を発揮できないことは少なくありません。力みすぎずに仕事に臨んだほうがうまくいくことは多いのです。</p>

<p>休日は親子の会話といっても、子どもがゲームに夢中になっていたり、友達と遊びに出掛けてしまったりすることもあるでしょう。子どもにもやりたいことがあるのです。自分自身も平日の仕事の疲れを、休日に回復させたいでしょう。そんな状態で家族サービスに努めて、本当に家族のためになるかは疑問です。</p>

<p>また、たまに食事の準備で手抜きをしても、それが家族の健康を損なうことに直結するわけではありません。それに健康作りは家族一人ひとりの仕事でもあるのです。誰か1人だけが、責任を負う必要はありません。</p>

<p>自分を高めるための目標として｢こうあるべき｣を掲げるのは、それはそれで意味のあることです。しかし、理想通りにいかないことで｢自分は情けない｣とか｢自分は未熟だ｣｢ダメな人間だ｣などと悩むのは建設的ではありません。</p>

<p>自分を高めていくには、まずは現実を受け止める。そこから、｢少しずつ理想に近づけるといいな｣という気持ちで、できることをできる範囲でやっていけばよいのです。</p>

<p>そして、うまくいかなかったときは｢こんなもんだ｣｢そういうこともあるさ｣と自分を肯定することです。</p>

<p>｢こうあるべき｣をもっと柔軟に受け止めることで、臨機応変に、自由にものごとを考える余裕ができます。そうした自由な発想こそが、よりよい自分を作る成長のチャンスを与えてくれるものとなるのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_WomanStretch.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 14 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[和田秀樹（精神科医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>がんと戦いながら63歳で名人に挑戦　谷川浩司が語る大山康晴「不屈の強さ」  谷川浩司（棋士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14976</link>
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			<description><![CDATA[十七世名人の谷川浩司氏が、大山康晴十五世名人の驚異的な足跡を振り返るとともに、自らの攻める望みを断ち切った「６七金」に込められた「大山将棋」の真髄を語ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="50～60代でもタイトル戦に登場" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility/yakusugi.jpg" width="1200" /></p>

<p>50代で生涯最多の勝ち星を挙げ、がんとの闘病を経た63歳で名人に挑戦――。</p>

<p>大山康晴十五世名人は、棋士として異例ともいえる長い全盛期を築きました。その強さは晩年になっても衰えず、68歳で谷川浩司十七世名人と戦った最後の対局でも鮮烈な一手を残します。本稿では谷川氏が、60代までトップ棋士であり続けた大山十五世名人の驚異的な足跡を振り返るとともに、自らの攻める望みを断ち切った「6七金」に込められた、相手に何もさせずに勝つ「大山将棋」の真髄を語ります。</p>

<p>※本稿は、谷川浩司著『名人論 稀代の天才たちはいかに戦ったか&nbsp;』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>50～60代でもタイトル戦に登場</h2>

<p>大山康晴先生が晩年の50代、60代でもタイトル戦で活躍したことも特筆に値する。</p>

<p>中原誠十段から十段位を奪取したのは、50歳の時だった。その後も51~54歳にかけて棋聖位を7連覇した。さらに56~59歳まで王将位を奪取、防衛した。60歳の直前までタイトルを持っていたのだ。</p>

<p>なにしろ大山先生の生涯における年代別勝敗数を調べると、20代が141勝71敗、30代が293勝129敗、40代が304勝146敗、50代が404勝234敗、60代が203勝185敗となっており、50代で最多の勝数を上げている。</p>

<p>現在の将棋界における通算タイトル獲得期数は羽生善治九段が99期でトップ、大山先生は80期で2位だが、1962年までは将棋のタイトルは名人、九段、王将、王位の4つであり、現在の半分の数だったことを考えると、大山先生の80期は燦然と輝く記録であることは間違いない。</p>

<p>そして、60代になっても大山先生はトップ棋士であり続けた。1986年の第44期名人戦では誰もが予想しなかったことが起きた。</p>

<p>前年、がんの手術のために大山先生は1年間休場した。A級順位戦に復帰した大山先生に対する将棋界の関心は、引き続きがんとの戦いを続けていた大山先生が、まずはA級に残留できるかどうかだったように思う。</p>

<p>しかし、大方の予想を完全に覆し、大山先生は11人で戦ったA級順位戦を6勝4敗と勝ち越した。この年のA級順位戦は7勝以上がおらず、3人でのプレーオフとなった。そして大山先生は、プレーオフで加藤一二三九段、米長邦雄十段・棋聖に勝ち、63歳にして名人に挑戦している。結果は1勝4敗で中原誠名人に敗れるが、これは将棋界が実力制名人戦になって以来の歴史上最高齢の名人挑戦だった。その後も、南芳一棋王に0勝3敗で敗れるも、66歳11カ月で棋王位の挑戦者になっている。</p>

<p>最近では、2023年、羽生善治九段が52歳3カ月で王将位に挑戦し、藤井聡太王将に2勝4敗で敗退した例はあるが、50代でのタイトル戦出場は稀だ。さらに60代でのタイトル挑戦者は、大山先生以前にも以降にもいない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>真髄を見た最後の対局の「6七金」</h2>

<p>大山将棋の真髄を見たのが、私との最後の対局で指された「6七金」だったと思っている。</p>

<p>1991年3月2日、第50期A級順位戦最終局。場所は東京・将棋会館だった。大山康晴先生は68歳、私は29歳で、当時は竜王、王位、王座、棋聖の4冠を持っていた。</p>

<p>大山先生はこの対局の四カ月ほど前、国立がんセンターに入院して手術を受け、肋骨1本と肝臓の半分を切除していた。2度目の大きな手術だった。体調が万全でないことは誰もが知っていた。それでも順位戦の終盤に復調し、高橋道雄九段、米長邦雄九段を破って、最終局まで名人挑戦の可能性を残していた。</p>

<p>その日の午前中だったと思う。大山先生は観戦記者の方に目をやりながら、独り言のようにつぶやいた。<br />
「手術で肝臓を半分切って隙間が空いているから、横になると肝臓が動いて自分でもそれがわかるんですよ」<br />
それを聞いた私は「すごい状態の人と対局するんだ」と恐ろしくなったことを覚えている。</p>

<p>この一局で大山先生は向かい飛車を採用された。私は居飛車穴熊に組み、固さを主張する展開になった。ところが、中盤から大山先生の指し回しが実に手厚かった。こちらが攻めの糸口を探しても、急所を外される。受けているようでいて、少しずつこちらの手段を消していく。攻め駒を攻めるだけでなく、攻めそのものが成立しにくい形に持っていく。大山将棋の特徴が、盤上にそのまま現れていた。そして終盤に現れたのが、大山先生勝勢の局面でさらに自陣の防御を手厚くする「6七金」だった。</p>

<p>この局面で、私はまだ何か攻めの形をつくりたいという気持ちがあった。私の竜は敵陣深く7九におり、敵玉の近くにも手がかりがある。穴熊側としては、たとえ苦しくても、どこかで駒を補充し、何とか一手違いに持っていけないかどうかを考えていた。攻め合いに持ち込めれば、穴熊の遠さが生きる可能性もある。</p>

<p>ところが、大山先生はそこで攻め合いに出なかった。守りを強化する6七に金を打たれたのである。実に大山先生らしい手だった。</p>

<p>ただ受けるだけなら、ほかにも手はあったかもしれない。しかし「6七金」は、こちらのさまざまな期待を一手で打ち砕く手だった。簡単に言えば、単に1カ所を補強しただけではなく、局面全体を「もう攻めが続かない形」に変えてしまったのである。</p>

<p>将棋には、相手玉に迫る派手な決め手がある。一手で詰み筋を生じさせる手、駒を切って寄せに出る手─そうした手は見た目にもわかりやすい。</p>

<p>しかし大山先生の「6七金」は、それとは違い、こちらの望みを絶つ手であり、相手に何もさせない手だった。大山先生側は、5筋、4筋にと金をつくっていけばよい。攻めを急がなくても勝ちになる。受けた瞬間に、勝ち方まで決まっているような一手だった。</p>

<p>最後の対局で、受けの深さをあらためて教えられた。攻めを受けるとは、単に守ることではない。相手の狙いを読み、その根を断ち、局面の主導権を静かに握ることである。<br />
「6七金」は、そのことを一手で示していた。私はあの一手を、「最晩年に見せていただいた大山将棋の真髄」だと受け止めている。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 14 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[谷川浩司（棋士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>医師が勧める、認知症予防に効果的な「腸内環境を整えるスープ」  長尾和宏（医学博士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12847</link>
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			<description><![CDATA[認知症予防のために食事で意識すべきポイントとは？ 医学博士の長尾和宏さんが解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="認知症予防に効果のある食事" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_vegetable.jpg" width="1200" /></p>

<p>認知症は「脳の糖尿病」とも言われ、脳の細胞がエネルギー源であるブドウ糖をうまく利用できなくなった状態です。これは、ブドウ糖を細胞内に取り込む役割を持つインスリンがうまく働かず、インスリン抵抗性が高まっているということを示しています。</p>

<p>日本人は遺伝的にインスリンを分泌する膵臓の&beta;細胞の機能が弱いことに加え、食生活の欧米化による高脂肪食の増加で、インスリン抵抗性が高まりやすいと、医師の長尾和宏さんは語ります。糖尿病を原因とする認知症予防のために意識すべきこととは? 書籍『歩く人はボケない 町医者30年の結論』よりご紹介します。</p>

<p>※本稿は長尾和宏著『歩く人はボケない 町医者30年の結論』（PHP新書）より一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>欧米食を控えて、腸内環境を整える</h2>

<p>私は、時々、患者さんに便の写真を撮ってきてもらっていました。便の性状で、腸の状態がだいたい想像できるからです。「こんなうんこが出ました」と便そのものを持ってくる患者さんもいましたが、持ってこられても困りますので、「写真でいいですよ」とお願いしていました。</p>

<p>私は、兵庫県の田舎育ちですが、小学校時代には時々草むらで野糞をしている大人を見かけました。動物の便も見ましたが、人間の便も見ました。うんこの模型のような太い立派な便でした。外国旅行に行ったときに外国人の便も見てきました。アメリカでは便を流さない人もいるのか、よく便器に便が残っていました。</p>

<p>アメリカ人は日本人より体は大きいのに、意外にも水に浮く形のはっきりしない細切れの便でした。脂肪を多く摂るので、水に便や脂肪が浮いていました。これは、腸内細菌叢（そう）の状態が悪い証拠です。</p>

<p>東京医科歯科大学（当時。現・東京科学大学）で寄生虫学の教授をされていた藤田紘一郎さんは、『できる男はウンコがデカい』（宝島社新書）という本を書いていますが、本当にその通りだろうと思います。健康で仕事をバリバリやっている人には、おそらく便秘の人は少ないはずです。1日1回は太い便を出しているのではないかと思われます。</p>

<p>健康で元気な人の便は、水に浮かぶような便や、細切れの便ではなく、太くて長くて水にしっかり沈みます。食物繊維の摂取量と便の体積は相関していると言われます。</p>

<p>30年ほど前、私は大阪大学の消化器内科で研究に従事していました。そのとき、世界的に有名な医学誌『Gastroenterology』に、世界の人種別に、便の重さ、体積などを調べた興味深い論文が掲載されていました。その中で、日本人の便の体積は世界最大という内容でした。</p>

<p>ところが今は食生活の欧米化が進んで、良い便を出す日本人は減っているのでしょう。日本人の腸内フローラの乱れはさまざまな現代病につながると考えられています。</p>

<p>慶應義塾大学発のバイオベンチャーは山形県鶴岡市に糞便バンク（腸内細菌叢バンク）を作っています。そこには、健康で良い便を出す人の便が畜便されています。乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌が豊富な腸内フローラがある便がいい便です。そんな人の便を提供してもらい、培養し液体化させて、潰瘍性大腸炎などの腸の難病の人の腸内に噴霧します。便移植で腸内フローラを改善させようとする試みです。</p>

<p>食生活の欧米化によって、日本人の腸内環境は悪化していますが、実はそれが認知症の増加と関連しています。太くて長い便を出す人は認知症になりにくいと考えます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>認知症予防のためには野菜も重要</h2>

<p>便秘の改善のためには食物繊維の多い野菜を摂ることが重要ですが、認知症予防のためにも野菜を摂ることは重要です。ただ、生野菜は嵩が大きくなるので、たくさん食べることはできません。そこで野菜スープがお勧めです。</p>

<p>スープにする場合は、野菜の端のほうの捨てられる部分を活用することもできます。野菜の捨てられてしまう部分にもたくさんのミネラルや微量元素が含まれています。ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、ケイ素、亜鉛など、さまざまな電解質やミネラルです。煮込めば、それらがスープの中に溶け出します。</p>

<p>またボーン、つまり骨付きの肉をスープに入れるのもお勧めです。豚肉でも鶏肉でもいいのですが、肉の骨髄が出るエキスがいいでしょう。最近は魚肉ソーセージを入れたスープも人気です。食物繊維と同時にタンパク質を摂取できます。スープを作る鍋も圧力鍋ないしフッ素（テフロン）加工でない鉄鍋がお勧めです。フッ素の健康障害を懸念しているからです。</p>

<p>さらに日本の伝統食である味噌汁に野菜をタップリ入れてもいいです。味噌などの発酵食品や納豆などのネバネバ食品は腸活に必須です。具だくさんの味噌汁にすれば、それはもはや副食ではなく主食になります。ダイエット食としても最適です。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 14 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[長尾和宏（医学博士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「断れない...」から卒業！無理せずNOと言える自分軸の作り方  和田秀樹（精神科医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15035</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015035</guid>
			<description><![CDATA[他人に合わせすぎて疲れてしまう｢いい人｣を脱する鍵は、自分軸で考えることです。本書では｢私は｣を主語にする｢Iメッセージ｣の活用や、頼まれごとの見極め方など、｢NO｣と言える自分になるヒントを解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="はっきりと断る女性" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility/pixta_NO.jpg" width="1200" /></p>

<p>頼まれると断れない、頼まれてもいないのに引き受けて後悔してしまう―。そんな｢いい人｣をやめられずに疲れていませんか？ 精神科医･和田秀樹氏は、他人軸から｢自分軸｣へと発想を切り替えることが心を軽くする第一歩だと語ります。本記事では、｢Iメッセージ｣を活用して角を立てずに｢NO｣を伝える方法や、自分も相手も尊重する人間関係のコツを解説します。</p>

<p>※本稿は、和田秀樹著『落ち込まない　考えすぎない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢NO｣と言える人になる</h2>

<p>1989年に、『｢NO｣と言える日本』というタイトルの本が出版され大ベストセラーとなりました。作家の石原慎太郎氏と当時ソニー会長の座にあった盛田昭夫氏による共同執筆の著作です。</p>

<p>日米貿易摩擦の真っ只中で、経済、外交、文化に至るさまざまなシーンにおいてアメリカ社会に批判的な目を向け、日本政府の自己主張のなさに言及し、日本人は、自分の意見や権利をより主張し、｢NO｣と言うことも必要だと論じています。</p>

<p>本書が幅広い読者の反響を呼んだのは、このタイトルに帰するところも大きいといえるでしょう。｢NOと言え○○｣が流行語となり、1989年の流行語大賞特別部門・語録賞を受賞したことがそれを物語っています。</p>

<p>ただ、これほどのベストセラーになり、流行語にもなったときから、約40年の歳月を経た今、日本人が｢NO｣と言えるようになったかというと、そうでもないというのが現実です。</p>

<p>日常生活でも、周りに気を配り、｢相手はどう思うか｣｢相手は自分に何を期待しているか｣を考えて悩んでしまう。そんなふうに他人軸で考えて、心がへとへとになってしまっている人がたくさんいます。</p>

<p>例えば、いつも何かと目をかけてくれる職場の先輩に｢この作家のSF小説、すごく面白いから読んでみたら？｣と言われ、その本を借りたDさん。</p>

<p>しかしDさんは、SF小説を読み慣れていないせいか、面白さがよくわからないまま読み終えて本を返しました。感想を求められ｢面白かったです｣と言ってしまったので、先輩はDさんが気に入ってくれたものと思い込み、次々とSF小説を貸してくれるようになりました。</p>

<p>｢今さらSF小説は読まないんですとも言えないし、読みたくもない本を読むのもつらい。あんなこと言わなきゃよかった｣と後悔しても、後の祭りです。</p>

<p>この手の経験をしたことがある人は少なくないと思います。もしも、心あたりがあるなら、私がお勧めしたいのは、｢自分軸で生きる｣ことです。これは｢私はどう思うか｣｢私は何をしたいか｣を軸にして判断する生き方です。</p>

<p>これまでずっと他人の期待を軸にしてきたなら、いきなり自分軸といわれてもあまりよくわからないかもしれません。</p>

<p>もしそうなら、｢私は｣｢私が｣を主語にして、心の中にあることを頭の中で言葉にしてみることから始めてみてください。｢私はこう思う｣｢私はこうしたい｣と｢私｣を主語にして、考えてみるのです。</p>

<p>先の例でいえば、好きでもないSF小説を｢読んでみたら？｣と勧められたら、｢私はSF小説は苦手なんです｣。あるいは、毎日一緒にランチに行く同僚は、行くのはいつも和食の店ばかり。そこで、｢私はイタリアンが好きだな｣。周りが残業していて帰りづらい雰囲気でも｢私は今日は早く帰りたい｣。そう考えてみるのです。</p>

<p>最初のうちは、うまく言葉にならないかもしれません。しかし、自分の本当の気持ちにフォーカスを当てる習慣ができると、自分軸のありかが次第に見えてきます。自分軸が明確になれば、次第に｢NO｣と言えるように変わっていけるのです。</p>

<p>いつも自分の感情や気持ちを抑えてきた人にとって｢NO｣と言うのは勇気がいることです。しかし、素直に｢NO｣と言えることも、大事なコミュニケーション能力です。本当の意味でのよいコミュニケーションをするために｢NO｣と言えることが不可欠といっても過言ではありません。</p>

<p>立場の上下に関係なく、我慢できないこと、納得できないことなど、思っていることを相手に素直に伝えられてこそのグッド･コミュニケーションなのです。もちろん｢NO｣を言うためには、表現にそれなりの配慮や工夫が必要です。つい相手を否定したり、非難したりする言葉が出てくるかもしれませんが、それも相手軸での言葉です。｢あなたは○○だ｣と相手軸で考えている自分に気づいたら｢私は｣と自分軸に戻してみてください。</p>

<p>｢私は｣を主語にして伝える方法を｢Iメッセージ｣と言います。こうすることで、表現はやわらかくなり、お互いを尊重しながら、自分の気持ちを伝えられるようになります。</p>

<p>｢私は、昨日も残業して、あまり眠れていないんです｣<br />
｢私は、イタリアンが好きなので、今日はそっちにしてみない？｣<br />
｢私は、SF小説が苦手なんです。でも、勧めてくれて私は嬉しかったです｣</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢断れない自分｣から抜け出す方法</h2>

<p>こんなふうに自分軸で伝える練習をしてみると、やわらかく自分の気持ちを伝えられます。相手を否定も非難もしていません。こうすることで相手を尊重しつつ、自分も尊重してもらえるようになるのです。</p>

<p>頼まれると、つい引き受けてしまう。でも後で後悔したり、苦しくなったりしてしまう。そんなことが多い人も、先ほどお話しした要領で｢NO｣と言えるようになれば、｢頼まれたら断れない｣悩みから解放されるはず&hellip;なのですが、これが一筋縄ではいかないものです。</p>

<p>やりたくないことでも、忙しくて手が回らなくても、｢つい、助けてあげたくなる｣心理、これが前述した社会間接互恵性というものです。</p>

<p>人から頼まれるということは、自分が信頼されているからだと考えると、悪い気はしません。｢ここはやっぱり期待に応えたほうがいいのかな｣そんなふうに思って引き受けることもあるでしょう。</p>

<p>しかし、ここでも自分軸で考えてみることが大事なことに変わりはありません。自分軸で考えて｢面倒だけれど、私は助けてあげたい｣という気持ちが浮かび上がってきたなら、引き受けます。</p>

<p>自分軸で｢私はその余裕がない｣｢私は助けてあげる必要はないと感じる｣という答えが出てきたなら、やめればよいのです。</p>

<p>さらに考えたいのは｢助けてあげたい｣｢信頼に応えたい｣という気持ちに従うことが、実際に相手のためになっているのかどうかです。</p>

<p>本人がやり遂げてこそ意味のあることなのに｢ちょっとやってできなかった｣｢面倒だから代わりにやってほしい｣くらいの考えで頼ってきたのだとしたら、単に利用されているだけですし、相手のためになるともいえません。</p>

<p>人に頼られると、自尊心が満たされて、嬉しい気持ちになるのは人の自然な心理ですが、冷静に判断しなければなりません。頼まれごとを、無条件に何でも引き受けていると、まるで雑用係のように、どんどん仕事を押しつけられることにもなりかねません。</p>

<p>仕事上の頼まれごとは、慎重に考える必要があります。</p>

<p>まずは、断ることで将来生じる状況を予想して判断することです。</p>

<p>例えば、日頃からお世話になっている人からの頼みを断ると良好な関係にヒビが入るかもしれません。そう感じるなら、すべてを引き受けるのは無理でも、その一部を引き受けることを相談したり、別の形で協力できる方法を検討してみたりするというのも一つの手です。</p>

<p>次に、緊急度・重要度を考慮して優先順位をつけることも大切です。</p>

<p>急ぎの仕事があるときに依頼されたら、その仕事が終わるまで待ってもらえるかどうかをまずは尋ねましょう。それでもOKなら引き受けるとよいでしょう。あるいは現在取り組んでいる仕事をいったん休止しても大丈夫なら、引き受けてもいいでしょう。</p>

<p>いずれの場合も、自分ならいつまでに仕上げられるのかを見積もり、そのうえで相手と交渉するといいのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility/pixta_NO.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 11 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[和田秀樹（精神科医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>私大消滅の危機をどう突破する？ 立命館が明かす「宇宙を目指す」という戦略  西山昭彦（立命館大学客員教授）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14969</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014969</guid>
			<description><![CDATA[立命館大学は2028年、日本初となる宇宙特化型の｢大学院宇宙地球フロンティア研究科(仮称)｣を開設予定。東大の中須賀真一教授を研究科長に迎え、理・工・経営を網羅する人材育成と起業支援を目指す。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="立命館の快進撃" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260825NishiyamaAkihiko04.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年、財務省が公表した｢私立大学250〜400校程度削減資料｣。ただでさえ私立大学の半分弱が定員割れの現状にあって、大学はどうすれば生存できるのか。理系人材確保が社会の課題になる中、立命館大学が発表した｢国内最大級の宇宙系大学院｣の狙いを、責任者へのインタビューから浮き彫りにする。</p>

<p>※本稿は、西山昭彦著『立命館の快進撃』(PHP研究所)を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>国内最大級の宇宙系大学院</h2>

<p>2026年3月23日、立命館大学は、2028年4月開設予定の｢大学院宇宙地球フロンティア研究科(仮称)｣の設置構想を発表した。記者会見には多数の記者が参加し、TVや新聞で報道されるなど、広報担当が驚くほどの反響だった。</p>

<p>世界の宇宙ビジネス市場は、2035年に向けて約3倍規模へと成長が見込まれ、衛星やロケットといった基盤技術に加え、衛星データを活用した新サービス領域が拡大する。宇宙産業は構造変革の真っただ中にある。国内では市場拡大に対応する専門人材の育成が追い付かず、深刻な人材不足が顕在化している。</p>

<p>この状況下、立命館大学は宇宙分野の教育研究基盤を強化すべく、新たな大学院教育の整備に踏み出した。大学では、これまで宇宙地球探査研究センター(ESEC)を中心とした研究推進、宇宙マネジメントに関わる教育プログラムなどを通じて、宇宙探査・衛星データ活用・宇宙ビジネスなど多領域にまたがる次世代研究の基盤整備を進めてきた。</p>

<p>本研究科では、宇宙と地球のフロンティア領域を対象に、理学・工学・マネジメントを横断する教育を実施する。国内最大級の宇宙に関する高度専門人材育成を行う大学院として、未来の宇宙探査・開発を担う高度専門人材の育成を目指す。</p>

<p>新学科の研究科長には、東京大学から｢宇宙ベンチャーの父｣と呼ばれる宇宙工学分野の第一人者である中須賀真一教授が就任する予定である。この大学院の責任者に、就任の思いを聞いてみた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大学にできるスタートアップの環境づくり</h2>

<p>【西山】今度立ち上げる宇宙地球フロンティア研究科のような大学院は、他にもあるのでしょうか。</p>

<p>【中須賀】全体として宇宙に特化した研究科は、日本の中ではありません。他大学の場合、理学系あるいは工学系の学科の中に宇宙という名前のついた専攻があり、東京大学であれば航空宇宙工学専攻。研究科自体が宇宙専門というのは、日本初のケースです。</p>

<p>背景として今、大きな宇宙産業が生まれつつあります。以前は、東大の航空宇宙工学専攻から56人が社会に出ても、実際に宇宙業界に就職できるのは10名ほどでした。しかし現在、宇宙業界はベンチャーも含めて人材が不足している。このコースの修士100名が宇宙分野で活躍する土台ができつつある今だからこそ、宇宙に特化した学科が求められているのです。</p>

<p>【西山】本学科は学問横断型、PBL(Project Based Learning＝課題解決型学習)、シミュレーションなど多くのセールスポイントがあります。1つ挙げるとしたら何でしょうか。</p>

<p>【中須賀】とくに重視するのは、プロジェクトベースの教育・研究ですね。机上の学問はもちろん大事ですが、学習・研究とシミュレーションである程度の成果を出したうえで、自分たちでプロジェクトを立ち上げ、理論や知識を現場に適用して問題解決を図る。これをやっていくと、大きな学びにつながります。この実践を、新研究科の大事な要素として入れていきたいと考えています。</p>

<p>【西山】担当する教員にも、プロジェクト推進の専門性が必要になりますね。</p>

<p>【中須賀】ESECには、すでにプロジェクトの流れを経験した先生方がたくさんおられます。私自身、東京大学で超小型衛星のプロジェクトを民間企業・スタートアップと連携して長年、行ってきました。世界初の1㎏衛星からスタートして16機を打ち上げるという宇宙開発を実践してきたので、現場を踏まえたアドバイスが可能です。</p>

<p>【西山】宇宙のスタートアップについて、研究する能力と起業して会社を経営する能力は違うと思います。そのあたりはどう身につくものでしょうか。</p>

<p>【中須賀】大事なご指摘ですね。大学にできるのはまず環境づくりです。研究ができる人は多く、プロジェクトもだいたいの人は回せるようになる。面白いのは、その中で時々マネジメント、起業に向いた人がポッと出てきます。</p>

<p>そうした人たちに対し、東大ではアントレプレナー道場の先生を紹介して、起業や仕事の進め方を教えてもらうようにしました。</p>

<p>もう1つ重要なのは、企業・スタートアップの人と日常的にプロジェクトに取り組むうちに、就職や起業のハードルやリスクが思ったほど高くはない、という意識が身につくことです。社会人とコミュニケーションを取り、慣れや当たり前の感覚をつくっていくことが大事です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>はったりや大きな話ができる人</h2>

<p>【西山】スタートアップに向いている人材というのはわかりますか。</p>

<p>【中須賀】わかりますね。一言でいえば、はったりというか、大きな話ができる人。真面目なタイプは、技術や製品ができるところまでしか将来の夢を語れない。さらに延長して、実現性は疑わしくても『自分にはこういう世界がつくれます』と罪悪感なしにいえる人(笑)。そういうタイプが向いていますね。</p>

<p>【西山】宇宙関連だけではなく、非宇宙の分野でも活躍する人材を生み出す、とされています。たとえばどういう分野になりますか。</p>

<p>【中須賀】宇宙に関する仕事には、大きなプロジェクトを回す能力が求められます。考えるべきファクターが無数にある状態で人やモノ、予算をマネジメントして問題解決をしなければいけない。コンサルタントが顧客企業の課題を発見し、社員を動かして解決するのと同じで、エンジニアリングや建設の仕事にも当てはまるでしょう。この研究科で得た経験は、多くの業界で生きると思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>立命館は職員がすごい</h2>

<p>【西山】立命館に4月に初めて来られてから、学内の人と接触されていますが、フレッシュな感覚で感じる大学の強みは何でしょうか。</p>

<p>【中須賀】まず、職員の人の動きがすごい。たとえば東大では企業、政府にロビイングを行うのは教員で、事務の人はまったく出てこない。ところが立命館では逆に、職員の仕事として行われている。本当にびっくりしました。事務というより、もう経営ですね。</p>

<p>私はそれが大学本来の姿だと思っていて、獲得した資金を使って運営するのはまさにアドミニストレーション(運営・管理)側の仕事です。立命館は大学本来の役割分担がうまくできているように感じます。</p>

<p>それから私の研究科でいうと皆さん、非常に前向きで明るい。このマインドはすごく大事です。新しいものをつくる気概に満ちた方々が周りにいるのはたいへん気持ちがよく、｢やってやろう」という気持ちになります。</p>

<p>【西山】研究科の10年後のイメージはどんなものでしょうか。</p>

<p>【中須賀】日本が注目するプロジェクトが、立命館で絶えず起こり続けている状態を実現したいと思います。</p>

<p>月とその先の火星をめぐる事業や地球周辺の衛星利用について、立命館がプロジェクトを主導するかたちでも、JAXA(宇宙航空研究開発機構)や企業のプロジェクトに参加するかたちでもよい。とにかく『立命館は日本における本格的な宇宙プロジェクトの場である』というレピュテーションを得ることです。</p>

<p>その状況を見れば、自分もやりたいと思う学生が続々と立命館大学に入ってくる。目立ったプロジェクトが動いていること自体が、大きな原動力になると思います。　</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 11 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[西山昭彦（立命館大学客員教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>市場で魚を買ったら“アワビ”が無料に!? 　釜山で驚いた海鮮市場の気前の良さ  矢巻美穂（カメラマン）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14951</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014951</guid>
			<description><![CDATA[カメラマンの矢巻美穂さんが、釜山に訪れたら食べてほしいオススメグルメを紹介してくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="矢巻美穂" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho14.jpg" width="1200" /><br />
写真：肉厚のテジクッパは必食！（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>国内外の旅行の雑誌やWEB媒体を中心に活動するカメラマン・矢巻美穂さん。7月に出版した『はじめて旅する釜山』(辰巳出版)は、韓国第2の都市・釜山の魅力を、現地取材による豊富な写真とともに紹介した一冊です。</p>

<p>今回はグルメにまつわる話を中心にお聞きしました。魚市場でまさかのアワビが無料でついてきたり、屋台がカラフルでとてもかわいかったり&hellip;現地でしか味わえないリアルな驚きがつまっています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>本場でこそ味わいたい、テジクッパ・ナッコプセ・ミルミョン</h2>

<p><img alt="矢巻美穂" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho13.jpg" width="1200" /></p>

<p>――釜山のグルメで、知っておいてほしいことはありますか?</p>

<p>釜山には、釜山で食べるべきものがたくさんあります。名物は多彩な海鮮料理、そしてテジクッパ、ミルミョンなどの釜山発祥の料理があります。これらはソウルでももちろん食べられますが、やはり発祥の地でぜひ食べてほしいです。なんて言うんでしょう、美味しさが全然違うような気がします。特にテジクッパは、ソウルで食べるのとは全然違う気がします。肉がやわらかく、そして豚肉の量がまず違う。やはりソウルフードなので、作る方も食べる方も思い入れがあるというか。</p>

<p>海鮮料理の中でもナッコプセは本当におすすめ。日本でもちらほらとお目にかかるようになりましたが、これはやっぱり現地で食べないと。ナッコプセは、タコ、ホルモン、エビの甘辛鍋で、具だくさんでしかも安いのでおすすめです。</p>

<p>ミルミョンは一見すると冷麺なのですが、麺が小麦粉なのでどんな人でも食べやすい。スープは薬膳が入ったものも多いので、冷麺とはひと味もふた味も違います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>メイン一品で野菜たっぷりのおかずが&rdquo;全部サービス&rdquo;</h2>

<p>――印象的な韓国の食文化はありますか?</p>

<p><img alt="カンジャンケジャン店のパンチャン" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho15.jpg" width="1200" /><br />
カンジャンケジャン店でのパンチャン（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>韓国の食文化で印象的なのは、やっぱり数多くのおかずのパンチャンですね。メイン食材を頼むと、たくさんのおかずが出てきます。美味しくて気に入ればおかわりも自由です。これは本当に楽しいと思います。日本でもこのシステムを取り入れてほしいと思うこともありますが、そういった文化はないので、韓国に行ったらこのありがたい文化を存分に楽しんでいます。</p>

<p><img alt="パンチャン" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho16_1.jpg" width="1200" /><br />
海鮮店でのパンチャン（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>海外旅行に行くと野菜不足になることもありますが、韓国ではその心配は全くないんです。パンチャンはいろんなおかずが出てきますが、一番多いのが野菜。サンチュやエゴマの葉、ナムル。キムチも白菜だけじゃなくて白キムチ、コッチョリ、カクテキ、ムジョリム、トンチミなど実に多彩です。これが全部サービスなんて！　本当に素晴らしい文化です。</p>

<p>――本の中で紹介されていたヌタウナギが気になりました。実際に食べてみていかがでしたか?</p>

<p><img alt="ヌタウナギ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho17.jpg" width="1200" /><br />
コリっとした食感が楽しいヌタウナギ（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>見た目の怖さからは全く想像できないほど、繊細で美味しい魚です。どこのお店でも味付けは塩味、ヤンニョム味が選べます。ヤンニョムは味が強いので、まずは塩味で素材そのものの味を確認してみてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>魚を買ったらまさかのアワビが無料に</h2>

<p>――釜山ならではの海鮮料理のおすすめは?</p>

<p>刺身とナッコプセです。日本人は海外で生の魚を食べるのはちょっと抵抗があると思うんです。衛生的な部分や鮮度など、大丈夫かなって。でも釜山の大きな魚市場は生きたまま水槽からあげてすぐに目の前で調理してくれるので、鮮度は抜群です。たとえば、日本では昆布締めの鯛などを水分を極限まで抜いて熟成させてねっとりとした旨みを味わうような食べ方がある一方で、元気な魚をすぐ食べるものやっぱり美味しいなと。自分の目で見て「これ！」と、魚を決められるのも楽しいので、まずはお刺身を味わってほしいかなと。</p>

<p><img alt="海鮮料理" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho18.jpg" width="1200" /><br />
予算5000円の海鮮料理（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>それからその骨や頭などを使って、ヘムルタンという辛いスープというか鍋を作ってくれます。日本のあら汁みたいなものですね。辛いけど、これも一緒にぜひ食べてほしいです。あとは価格が安いことも魅力の一つです。</p>

<p>また、すごいのはおまけです。魚市場で魚を買うと、おまけでたくさんの魚介類をサービスしてくれます。その筆頭はなんとアワビ！　日本では高級食材ですが、サービスでアワビを一人１個とかつけてくれます。</p>

<p>ナッコプセは、先ほどお話したとおり、タコ、ホルモン、エビの甘辛鍋です。汁気がほとんどないので、鍋の中にはこの具材だけがどーんとあって、迫力満点です。日本でこれだけのタコを入れたら、倍以上の金額はしそうです。だからとってもお得だなと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>歩いているだけで楽しい、釜山の市場めぐり</h2>

<p>――釜山には数多くの市場がありますが、それぞれにどんな個性がありますか?</p>

<p><img alt="チャガルチ魚市場" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho19.jpg" width="1200" /><br />
広大なチャガルチ魚市場（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>釜山の三大市場と言われるのは、チャガルチ市場、国際市場、富平カントン市場です。それに加えて、釜田市場がメインの市場だと思います。</p>

<p>チャガルチ市場は韓国最大の魚市場です。店舗数300の巨大な屋内ビルと、屋外の露天エリアに分かれています。ここは歩いているだけでもとっても楽しいです。</p>

<p>国際市場は、衣類、雑貨、お土産、ローカルグルメなど約1200もの店舗がひしめき合う伝統市場です。富平カントン市場は食の市場で、市場めしや屋台、食べ歩きなども楽しめます。この３つは近いので、全て歩いて移動できます。</p>

<p>釜田市場は西面にあり、釜山の最大規模の総合伝統市場です。海鮮、野菜や果物、高麗人参などが安く買える場所で、釜山の台所なんて言われています。釜田市場は戦後のイメージをそのまま感じられる場所もあり、ノスタルジーな雰囲気があります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>カラフルな色合いがかわいい釜山の屋台街</h2>

<p>――本の中で「屋台に行きたい!」というコーナーがありましたが、釜山の屋台文化はどんな魅力がありますか?</p>

<p><img alt="西面ロッテ裏屋台" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho20.jpg" width="1200" /><br />
西面ロッテ裏屋台（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>とにかく、かわいい！　日本でも博多などには屋台がありますが、それとは全く異なるあの色合い、小さなテントなどはレゴブロックみたいというか、とってもかわいいんです。西面ロッテ裏はブルーに赤のライン、BIFF広場横はオレンジに黒のストライプで統一されています。</p>

<p>ひと目見たら「かわいい！」「寄っていきたい！」と思うはず。</p>

<p>ただ、夜の屋台はそんなに格別に安いということではないです。だいたい、タコの塩茹でや肉料理などのメイン料理は15000〜20000ウォン（１ウォン＝約0.1円／2026年８月現在）くらいで、それに酒代がかかる感じ。地元の料理店や居酒屋の方が安かったりするんですけど、やっぱりこの雰囲気は一度味わってみたいですよね。</p>

<p>BIFF広場から国際市場へ続く道にも昼間は白の小さなテントの屋台がたくさんでます。これはビビンタンミョンを売る店で、椅子がとっても小さくて低いんです。これもとっても気になります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>コーヒーは麦茶味!? 　韓国カフェ文化のリアル</h2>

<p>――本の中で「釜山はカフェ天国」と紹介されていましたが、日本ではあまり知られていない魅力ではないでしょうか?</p>

<p><img alt="カフェ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho21.jpg" width="1200" /><br />
元病院をリノベしたおしゃれなカフェ（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>カフェはめちゃくちゃあります。田浦カフェ通りという通りが有名ですが、実はこの通りにはカフェと名がついているから、どこのガイドブックも大きく取り上げられているのですが、どの通りにもカフェがたくさんあります。だから散策でちょっと歩き疲れてもすぐ休憩できます。</p>

<p>特徴は、これは釜山に限らず韓国全体的にそうなのですが、コーヒーがすごく薄いこと。基本はアメリカーノなんです。なので、何杯でも飲めそうな感じ。麦茶っぽいというか、これも慣れてくると美味しくて、これこれ！という感じになります。</p>

<p>――釜山のおすすめのお土産はありますか?</p>

<p>韓国海苔はとっても美味しいと思います。釜山の空港がある金海地区などに加工場があり、なんていうのかな、肉厚で鮮度が良い感じがします。韓国海苔ってごま油がついているでしょう。だから古いものだと酸化しているかなって気になることもあるんですけど、どこで食べても美味しかったし、価格もソウルより安いと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>釜山旅行の目的は、ズバリ「食」</h2>

<p>――最後に、釜山に行ったら必食のグルメは？</p>

<p>釜山を訪れる最大の目的は、ズバリ「食」です。これは釜山在住のガイドさんが言っていたので間違いないかと（笑）。お客さんの約9割が美味しいグルメを求めてくるんですって。まず、到着したらすぐにテジクッパを食べてください。そしてその肉のやわらかさとボリュームに驚いてください。そして名物のナッコプセ、ミルミョンのふたつは必食です。まずこの3つを食べたら、ゆっくりとお刺身などの海鮮料理を味わってください。これを食べたら、きっとまたすぐに釜山に戻ってきたくなるはず。多彩な釜山のグルメ旅を思う存分楽しんでください！</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho14.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 11 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[矢巻美穂（カメラマン）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ持ち家は負債なのか？ 『金持ち父さん』が教える“お金持ちになる人”の考え方  大賀康史（フライヤーCEO）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15034</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015034</guid>
			<description><![CDATA[『金持ち父さんのお金の教科書』から学ぶ、&quot;お金持ちになる人”の考え方。フライヤーCEO・大賀康史氏が解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="大賀康史（フライヤーCEO）" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2022/2022A/220705OogaYasushi03.jpg" width="1200" /></p>

<p>ビジネス書を中心に1冊10分で読める本の要約をお届けしているサービス「flier（フライヤー）」（https://www.flierinc.com/）。こちらで紹介している本の中から、特にワンランク上のビジネスパーソンを目指す方に読んでほしい一冊を、CEOの大賀康史がチョイスします。</p>

<p>今回、紹介するのは『金持ち父さんのお金の教科書　――親から子に伝える一生お金に困らない考え方』（ロバート・キヨサキ著、岩下慶一訳、筑摩書房）。この本がビジネスパーソンにとってどう重要なのか。何を学ぶべきなのか。詳細に解説する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>金持ち父さんシリーズはファイナンシャル教育の基盤</h2>

<p><img alt="『金持ち父さんのお金の教科書　――親から子に伝える一生お金に困らない考え方』（ロバート・キヨサキ著、岩下慶一訳、筑摩書房）" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260904Oogayasushi01.jpg" width="1200" /></p>

<p>「金持ち父さん」シリーズは、世界累計6600万部というビジネス書屈指のロングセラーです。本書『金持ち父さんのお金の教科書』はその最新作であり、シリーズの集大成にあたる作品です。</p>

<p>起点にあるのは、代表作『金持ち父さん 貧乏父さん』と『金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント』（ともにロバート・キヨサキ著）。私も学生時代に読み、資産と負債の新たな視点が得られたことで資産形成の見え方が変わったことを今でも覚えています。</p>

<p>シリーズが投資家だけでなく、起業を志す人、収入が増えて資産形成を考え始めた人にまで届いてきたのは、扱っているのが投資テクニックではなく「稼ぎ方の選択肢」そのものだからでしょう。給与所得だけでは資産が積み上がりにくくなった今、そのメッセージはむしろ切実さを増しています。著者は最新作で何を伝えようとしたのでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>キャッシュフロー・クワドラント</h2>

<p>人は主な収入源によって4つの区分（クワドラント）に分かれるといいます。この区分はその人の感情・性格・指針の面でも異なる特性を示しているそうです。一つずつここで紹介します。</p>

<p>Eクワドラント（従業員）：主には会社や政府からの給与で生活をしていて、安全・安定した仕事、福利厚生、昇給などが主な関心事です。堅実でリスクの低い安定した収入の仕事を求める傾向がある人々となります。</p>

<p>Sクワドラント（自営業）：主に自分が持っている中小企業あるいは個人事業の収入で生活しています。時間給やコミッションが収入の中心となります。自分の時間が主な収益源になる人とも言えます。</p>

<p>Bクワドラント（大規模ビジネスのオーナー）：Sクワドラントとの違いは、オーナーが参加しようとしまいと稼働が続くシステム（会社）の所有者であることです。仕事では他の人々の時間とお金を活用しています。</p>

<p>Iクワドラント（投資家）：投資による利益や配当が主な収入源の人を指します。投資収益率にこだわり、自分のお金を最大限に働かせることが、重要な指標となる人々です。</p>

<p>4つのクワドラントを見通してみて、おそらくEクワドラントに所属している人が多いとは思いますが、資産運用をしている人は部分的にでもIクワドラントも兼ねることができています。</p>

<p>著者によるといわゆる富裕層になるためにはBクワドラントかIクワドラントになることが必要で、Iクワドラントの活動は人生のできるだけ早い時期から意識した方が良いといいます。また、BクワドラントとIクワドラントは、勤労所得以上に大きな不労所得が得られることも特徴です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>本当の資産と負債の意味</h2>

<p>著者が定める資産とは「君のポケットにお金を入れてくれるもの」のことを指します。つまり資産を保有することで収入が増えるものになるので、株式・債券・収益不動産などが該当します。なお、収益不動産でもローンの金利・諸経費・税金などを差し引いて利益が出るなら資産と言えますが、運営を誤って赤字となれば負債になるといいます。言い換えれば、「君のポケットからお金が出ていってしまうもの」であれば、それは負債だと考える、ということです。</p>

<p>ここが金持ち父さんシリーズで著者が語る最も強いメッセージであり、一般的な資産と負債という言葉の理解とは異なる部分です。この部分に関しては次の章でも具体的に補足していきます。</p>

<p>今の家計を見ると、給与などで得られる収入が、税金、住宅や車のローンの支払いで差し引かれ、残額を生活費に回してなんとかやりくりをしている状態かもしれません。むしろそれが多数派です。</p>

<p>一方で、富裕層は全く別のお金の流れになります。資産が主な収入を生み、余剰の収入はまた資産に投資をされていくというサイクルがあります。その状態に至ると収入よりも資産の方に意識が向くようになるそうです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>家は資産なのか</h2>

<p>何が資産で何が負債かを深く理解するために、具体的な例として持ち家は資産なのか、というテーマについて深ぼっていきましょう。</p>

<p>貧乏父さんの代表的な言葉として、「家は資産であり、最大の投資でもある」という一文が紹介されます。ただ、金持ち父さんによると持ち家は負債だというのです。意外と思う人も多いはずです。</p>

<p>一般的な会計の知識からは、持ち家は売却すればお金が入るので資産と考えられます。また、住宅ローン残高を上回る売却価値があれば借入を返済してもお金が残るので、ますます資産だとも感じられます。</p>

<p>ただ、著者のいう資産の定義である、「ポケットにお金を入れてくれるもの」かどうかを吟味してみましょう。持ち家はローンの金利支払いや固定資産税や修繕などの維持費がかかるものなので、持っているだけではお金が出ていくものです。</p>

<p>特に米国などでは収入が上がるとさらに良い家に引っ越して、住宅ローンを増やす傾向があって、さらに出ていくお金が増えていきます。車はより負債の色が強く、持っているだけでも売却価値が下がりますし、ローンで買えば金利もかかります。ガソリン代や保守費用などの維持費も高く、著者の定義に従うと「ポケットからお金が出ていく」負債の代表格だと言えるでしょう。</p>

<p>人生の喜びだと思われている持ち家や車の購入が、負債を増やすことだというメッセージは初めて聞くと驚きすらあります。日常の支出が多いと稼いでくれる資産に投資する余力が作れない、という点が金持ち父さんへの道を難しくします。相当な余裕がなければ、豪華な家や車は資産形成の天敵にもなってしまうのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>金持ち父さんをより広くとらえてみる</h2>

<p>ここまでの紹介でも、金持ち父さんになるための道はどのようなものなのかは、少し感触がつかめたのではないでしょうか。</p>

<p>そうは言っても、お金を稼ぐことが人生の目的ではない、という人もたくさんいるでしょう。もう少し視野を広げるならば、『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』（ビル・パーキンス著）も併せて読みたい一冊です。</p>

<p>それによると、人生の目的は思い出作りであって、同じお金だったとしても比較的若い時期に使った方が豊かな思い出につながりやすいので、40代ごろからうまくお金を使っていった方が良い、といいます。特に晩年になると体調面の不調から旅行や食事の楽しみが減り、お金を使っても若い頃よりは充実感が得られにくいものだそうです。</p>

<p>みごとに「金持ち父さんシリーズ」と対比になるような主張ですね。裕福になりたいのであれば金持ち父さんの主張を信じることが近道でしょう。ただ、それ一辺倒だと人生が豊かになったとは言えず、うまくお金を使っていくことも大事なことです。この絶妙なバランス感覚を持つことができれば、人生がより充実するはずです。</p>

<p>世界で代表的なビジネス書と言われる「金持ち父さんシリーズ」を読むと、富裕層の考え方を知ることができますし、資産運用のイメージが膨らむことは間違いなさそうです。生きていくにはお金は必要ですし、資産形成について理解を深めることは決して無駄にはなりません。金持ち父さんシリーズに触れたことがない人も、以前読み内容を忘れている人も、ぜひ本書を読んで人生の豊かさについて理解を深めてみてはいかがでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2022/2022A/220705OogaYasushi03.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 11 Sep 2026 07:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大賀康史（フライヤーCEO）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>同じ出来事でも「苦しむ人」と「苦しまない人」がいるのはなぜ？　脳が作る物語の正体  鈴木祐（サイエンスジャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15012</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015012</guid>
			<description><![CDATA[「苦しむかどうかは、メンタルの強さ・弱さに関係しない」――そう語るサイエンスジャーナリストの鈴木祐さんが、人が苦しみを感じるメカニズムを解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="鈴木祐著『最高の状態 無』" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_NayamiWoman2G.jpg" width="1200" /></p>

<p>嫌なことがあったときに自分だけ落ち込んでいるけれど、友人は全く気にした素振りを見せていない――そうした状況になると、「私はメンタルが弱いのかな...」とさらに落ち込んでしまいがちですが、サイエンスジャーナリストの鈴木祐さんは「メンタルの強さのせいではない」といいます。</p>

<p>では、なぜ同じ出来事が起きても苦しむ人・苦しまない人がいるのか。本稿では、脳の性質について紹介します。</p>

<p>※本稿は、鈴木祐著『最高の状態 無』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ヒトの脳は0.1秒でストーリーを生み出す</h2>

<p>「ヒトの脳は物語の製造機である」</p>

<p>こんな見解を、神経科学の分野でよく耳にするようになりました。旧来の発想とは異なり、私たちの脳は物語を生み出すために生まれた器官だという考え方です。昔ながらの見解では、私たちは3つのステップで&quot;世界&quot;を体験すると考えられてきました。</p>

<p>①周囲の映像や音声を目や耳などの感覚器官が受け取る</p>

<p>②インプットされた情報が脳の高次エリアに届けられる</p>

<p>③すべての情報を脳が処理したあとで、最終的な判断を行う</p>

<p>たとえば、あなたがリンゴを目にする場合、まずその映像を眼球がカメラのように撮影します。この画像が脳の高次機能に送られ、そこで初めて「リンゴ」の映像として処理されると考えられていました。</p>

<p>ところが、後の研究により、この発想では説明できない現象が多いことがわかってきました。代表的なのはテニス選手のケースです。一般的なプロのサーブ速度は平均で時速190キロを超え、トップクラスともなれば時速200キロを記録することもあります。</p>

<p>ここで問題なのが、人間の脳が目で見たものを処理するには思ったよりも長い時間が必要であるという点です。複数の実験によれば、目から入った光が網膜で電気信号に変わり、脳内でイメージに構成されるまでにかかる時間は約0.1秒。どんなに動体視力が良くてもこの数値は変わりません。0.1秒という時間をテニスで考えると、「相手がサーブを打った」とプレーヤーが認識した時点で、ボールはすでに5メートル近く進んだ計算になります。</p>

<p>視覚処理と現実の時間にこれほどズレがあるにもかかわらず、プロプレーヤーが高速サーブを打ち返せるのはなぜでしょうか？この疑問を解くために生まれたのが、「脳＝物語の製造機」というアイデアです。この考え方においては、私たちは次の3ステップで&quot;現実&quot;を体験することになります。</p>

<p>①周囲の状況がどう展開するか、脳が事前に物語を作る</p>

<p>②感覚器官が受け取った情報を脳の物語と比べる</p>

<p>③脳の物語が間違っていたところのみ修正し、&quot;現実&quot;を作る</p>

<p>テニスの例で言えば、相手がボールをトスアップした瞬間から、脳は次々に物語を作り始めます。過去に相手が打ったサーブと同じスピードの球が来る、ボールの上昇スピードがいつもより速いので相手はミスをする、手首が右向きなのでボールはコートの右隅に届く――。こういった物語をもとに、脳は事前に&quot;現実&quot;をシミュレートし、プレーヤーはその予測にもとづいて実際のボールより速く身体を動かすことができます。この能力がなければ、私たちは向かってくるボールや車を避けられず、安心して表を歩くこともできません。</p>

<p>このような思考を&quot;物語&quot;と呼ぶことに、違和感を抱く人もいるでしょう。そもそも&quot;物語&quot;と呼ばれるものには、「特定の物事の因果関係を説明したもの」という共通点があります。その点で、「相手選手のトスアップから生まれた無数の予測」もまた、物語の原初形態と言えます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>私たちは脳が作ったシミュレーション世界を生きている</h2>

<p>人間の脳が物語の製造機になったのは、日常の活動に使うリソースを節約するためです。</p>

<p>たとえば、原始時代の祖先たちが猛獣に襲われるような場面では、本当に必要なのは「猛獣の動き」に関する判断材料のみでした。それ以外の「いつものサバンナの光景」や「遠くに見える鳥の動き」といったデータは無視して、猛獣の挙動だけを処理しなければ、素早く反応できません。</p>

<p>これは現代の私たちも同様です。日々の細かな感覚情報をすべて処理していては、脳のキャパシティがいくらあっても足りません。つまり人類は、高度なストーリーテリング能力のおかげで、多くの危機を乗り越えて現代まで進化できたのです。</p>

<p>さらに、近年の神経科学の進展のおかげで、脳が瞬時に物語を作り上げるメカニズムもわかってきました。</p>

<p>たとえば、あなたが出勤のため玄関のドアノブに手をかけたとしましょう。この瞬間、脳の島皮質という高次領域が「扉の向こうにはいつもの景色があるだろう」「ドアは普段どおりに開き、私は駅に向かうだろう」などの物語を無数に作り出します。</p>

<p>このデータはいったん目と目の間に位置する視床という場所へ転送されます。続いて実際にドアを開くと、目や耳から入った情報が視床に送られ、ここで物語データとの比較が行われます。現実世界から得られた情報と、脳が作った物語を照らし合わせ、間違いがないかをチェックするためです。</p>

<p>もし物語が現実の情報と同じなら、あなたの脳は外界から取り込んだ情報を使わず、最初に高次領域が生んだ物語をそのまま採用します。つまり、目や耳から入ったデータはほとんど使われず、脳が作った「扉を開いても普段どおりの日常が続く」というシミュレーションを、あなたは&quot;現実&quot;として体験するのです。</p>

<p>一方で、「扉を開けたら巨大な犬がいた」というように、脳が作った物語とは異なる現実が広がっていた場合は、間違った情報だけが高次領域に送り返されます。つまり、このケースでは「巨大な犬」のデータのみが高次領域にフィードバックされ、この情報をもとに脳は「この犬は危険だ」「こちらに向かってくるかもしれない」といった新しい物語を展開します。そして、以降も新たな物語が延々と連鎖し続けます。</p>

<p>以上のことをもとに、現代の神経科学者や心理学者は、私たちが知覚する&quot;現実&quot;の大半は、脳が生んだ物語で構成された&quot;世界のシミュレーション&quot;であるとみなしています。あなたがどれだけ世界をリアルに感じたとしても、その&quot;現実&quot;の構築に使われた外界のデータは、ごくわずかなのです。</p>

<p>古代ギリシアの哲学者プラトンは、「人の目に映る現実の世界は真実の影に過ぎない」と述べました。彼が言うように、私たちは決して現実をありのままに体験しているわけではありません。VRゴーグルさながらに、脳が作り出したシミュレーション世界を生き続けているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>苦しむかどうかはメンタルの強さによらない</h2>

<p>脳のストーリーテリング機能がやっかいなのは、私たちの生存を守ると同時に、トラブルを引き起こすことも多いからです。</p>

<p>たとえば、初対面の人と会ったとき、脳はすぐに過去の記憶を引き出し、「母親に似ているから良い人だろう」というような判断を1000分の1秒で下します。判断材料に使われるのは、子どものころから吸収してきたすべての体験です。</p>

<p>「初めて会う人には挨拶をするものだ」「赤信号では止まらなければならない」「お金はレジで払うものだ」......。</p>

<p>過去に得た知識と情報は、脳内に個別の物語として蓄積され、その一部は、あなたの行動を導く&quot;法律&quot;のような働きをします。いわば特定の物語が強制力を持った状態です。周囲の状況が変わるたびに、私たちの脳は複数のストーリーから適した物語を選び、その内容に沿って次の行動を決めます。</p>

<p>もしこの機能がなければ、初対面の人と会うたびに「この人には挨拶をすべきか？」などと考えねばなりませんし、信号を見るたびに「赤信号は渡るべきかどうか？」と迷ってしまいます。</p>

<p>脳内の物語機能を40年にわたって研究してきたハーバード大学のクリス・アージリスも、「人は常に自分が口で言うことに準じて行動するわけではなく、自分が採用した物語の通りに行動する」と述べています。私たちが日常をスムーズに過ごせるのは、脳に備わった物語サーチエンジンのおかげです。</p>

<p>しかし、ここで問題があります。「食べ物を粗末にしない」といった物語なら特に害はありませんが、ときに私たちは「肥満は怠け者の証拠だ」などの歪んだ内容を行動の規範として採用することがあります。これらの物語のままに動けば、トラブルになりかねません。</p>

<p>さらに、歪んだ物語は自分自身にも害を与えます。</p>

<p>たとえば、友人が急にそっけない態度をとってきたとしましょう。このとき、脳はすぐに現状を説明してくれる物語を探し始めます。その結果、「忙しい人は態度が冷たくなりやすいものだ」という無難な物語がピックアップされれば、日を改めて連絡しようと思うだけで済みます。</p>

<p>しかし、ここで脳が「私は愛されない人間だからだ」という歪んだ物語を取り出せば、話は別です。あなたの中には「嫌われたのではないか」「何か悪いことをしたのでは」などの思いが浮かび、いつまでも頭をめぐり続けます。</p>

<p>つまり、同じようなトラブルでも、苦しむ人と苦しまない人がいるのは、メンタルの強さによるものではありません。脳内に作られた独自の&quot;ストーリーライン&quot;の問題なのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_NayamiWoman2G.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 10 Sep 2026 17:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[鈴木祐（サイエンスジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>リュウジ「どんな弁当でも恥ずかしくない世の中に」“簡単でいい”を貫いた本が料理レシピ本大賞  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15083</link>
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			<description><![CDATA[第13回料理レシピ本大賞が発表。大賞を受賞したリュウジさん、小嶋ルミさん、有働由美子さんらが、受賞の喜びや本に込めた思いを語りました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="第13回 料理レシピ本大賞　受賞発表会" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910recipebon06.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年度「第13回料理レシピ本大賞 in Japan」の受賞作品発表会が開催されました。今年は44社から101作品がエントリー。料理部門の大賞にはリュウジさんの『リュウジ式 生きるための弁当』、お菓子部門の大賞には小嶋ルミさんの『せっかく作るなら、一生ものの、おいしいお菓子　決定版』が選ばれました。</p>

<p>会場では受賞者が喜びを語ったほか、同賞のアンバサダーを務める天野ひろゆきさんも登壇。本稿では全受賞作と、会場で語られたコメントを紹介します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>第13回料理レシピ本大賞 in Japan　受賞作品　</h2>

<p>■料理部門：大賞<br />
『リュウジ式 生きるための弁当』リュウジ（ライツ社）<br />
<br />
■料理部門：準大賞<br />
『世界一美味しくて健康的なズボラ飯　えっ、全レシピ塩分2.5g脂質20g以下!?』はらぺこグリズリー（KADOKAWA）<br />
<br />
■料理部門：入賞<br />
『長谷川あかりの「あたらしい」きほんの料理』長谷川あかり（オレンジページ）<br />
<br />
■料理部門：入賞<br />
『ズボラなせいろ蒸し』らむ（ワニブックス）<br />
<br />
■料理部門：入賞<br />
『一汁三菜おぼん献立』Hideka（ワン・パブリッシング）<br />
<br />
■お菓子部門：大賞<br />
『せっかく作るなら、一生ものの、おいしいお菓子　決定版』小嶋ルミ（KADOKAWA）<br />
<br />
■こどもの本賞<br />
『ぜ～んぶひとりでできちゃう！ 小学生のお料理ブック』新谷友里江（家の光協会）<br />
<br />
■コミック賞<br />
『季節が好きなわたしとマダム』にいざかにいこ（KADOKAWA）<br />
<br />
■プロの選んだレシピ賞<br />
『最小限の材料でおいしく作る９のこつ』ウー・ウェン（大和書房）<br />
<br />
■ニュースなレシピ賞<br />
『女将 有働由美子のおつまみレシピ帖』有働由美子（ワニブックス）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>リュウジさん「やっぱり僕の根幹は料理なんだ」</h2>

<p><img alt="リュウジさん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910recipebon01.jpg" width="1200" /></p>

<p>料理部門の大賞を受賞したのは、リュウジさんの『リュウジ式 生きるための弁当』。リュウジさんにとって、料理部門の大賞受賞は今回が3度目です。YouTubeなどで幅広く活動しているリュウジさんですが、自身の本質は「料理研究家」だと語ります。</p>

<p>「このレシピ本大賞をいただくと、本当に僕はレシピで評価していただいているんだなと、改めて実感します。炎上とか、誰々と喧嘩しているとか、そういうことばかりニュースになるんですけど、この大賞をいただいたり、レシピ本を出して皆さんに買っていただいたりすることで、『やっぱり僕の根幹は料理なんだ』と思い出させてもらうというか」</p>

<p>リュウジさんが初めて料理レシピ本大賞で受賞したのは、2018年の第5回。初のレシピ集『お手軽食材で失敗知らず！ やみつきバズレシピ』が料理部門に入賞しました。当時について「僕、家で泣きましたからね」と振り返り、「本当に皆様ありがとうございます」と感謝を伝えました。</p>

<p>今回大賞を受賞したのは、当初は「絶対出さない」と考えていたという弁当のレシピ本です。</p>

<p>「僕、弁当を作るのがめちゃくちゃ嫌いだったんです。当初、弁当本は絶対出さないと言っていたんですけど、僕もサラリーマンをやっていたので、サラリーマンの時にどんな弁当だったら持っていけたかなというのを考えながら作りました」</p>

<p>そうして完成したのが、とても簡単に作れる弁当を提案する一冊でした。</p>

<p>「皆さんにも、あまり気取らず、気張らず、簡単なお弁当を楽しんでいただいて、『こんな弁当でも恥ずかしくない』という世の中にしたいなと思っています」</p>

<p>天野ひろゆきさんも、リュウジさんの本を読み、印象に残ったという「手抜き」「ズボラ」という言葉について触れました。</p>

<p>「リュウジくんの本の中に、『手抜きとかズボラって言葉が僕はあんまり好きじゃない』と書かれていたんです。確かに考えてみると、料理だけが簡単に、効率よくやると『手抜き』と言われてしまう。普通、会社だったら効率を上げることはすごく褒められる。そういう部分もあるなと考えさせられました」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>小嶋ルミさん「こんな日が来るとは思ってもみませんでした」</h2>

<p><img alt="小嶋ルミさん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910recipebon02.jpg" width="1200" /></p>

<p>お菓子部門の大賞には、洋菓子店「オーブン・ミトン」のオーナーパティシエ、小嶋ルミさんの『せっかく作るなら、一生ものの、おいしいお菓子　決定版』が選ばれました。同書は、長年研究してきたお菓子作りのコツを、初心者にもわかりやすく解説した一冊です。</p>

<p>受賞を家族に報告したところ、「ママ、生きててよかったね」と言われたという小嶋さん。</p>

<p>「私は40年ぐらいパティシエをやっているんですけれども、賞とはまったく無縁のものだと思っておりまして、こんな日が来るとは思ってもみませんでした。皆さんのおかげです」</p>

<p>これまで15冊ほどの本を刊行してきたという小嶋さん。本書では、これまで発表してきたレシピを改めて見直し、改善を重ねたといいます。</p>

<p>「初めての方にもおいしくお菓子が作れるように、ポイントをたくさん入れて、わかりやすく作っていくことに専念しました。せっかく作るなら、皆さんもこの『一生もののおいしいお菓子』の本で、お菓子を作っていただきたいと思います」と読者へ呼びかけました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>有働由美子さん「レシピ本から一番ふさわしくない私が出てきましたが」</h2>

<p><img alt="有働由美子さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910recipebon03.jpg" width="1200" /></p>

<p>「ニュースなレシピ賞」を受賞したのは、有働由美子さんの『女将 有働由美子のおつまみレシピ帖』です。</p>

<p>同書は、有働さんが女将となってゲストに手料理を振る舞うMBSの番組『おしゃべり小料理ゆみこ』から生まれた公式レシピ本。番組は2023年7月にスタートし、書籍には番組で紹介された約2年分のレシピなどが収録されています。</p>

<p>有働さんは「レシピ本から一番ふさわしくない私が出てきましたが、こんな賞をいただいてありがとうございます」と切り出しました。</p>

<p>「ちょうど3年前にMBS毎日放送で『おしゃべり小料理ゆみこ』という番組が始まって、芸能界の方やスポーツ界の方に来ていただきながら、その方に合ったお料理を出しているうちに、レシピ本までできてしまいまして。本当にうれしいです」</p>

<p>この日は番組と同じく女将姿で登壇。「なかなかこういう好感度の高い発表会に来させていただくことがないので、今日は女将の衣装の中でも正装で参りました」と会場を沸かせ、「これからも精進して女将を務めていきたいと思います」と語りました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>有働由美子さんの「なすの重ね焼き」を実食</h2>

<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910recipebon04.jpg" width="1200" /></p>

<p>会場では、『女将 有働由美子のおつまみレシピ帖』に掲載されている「なすの重ね焼き」を、天野さんが試食する場面もありました。</p>

<p>有働さんは試食を前に、「この食リポで何を言ってくださるかで、あと何千部売れるかが決まりますので、よろしくお願いします」とプレッシャーをかけます。</p>

<p>これに天野さんは「なんでこっちがプレッシャー感じないといけないんですか！」と返しながら、料理を一口。</p>

<p>「めちゃくちゃうまい！やっぱりナスと油の相性はいいんですけど、豚の脂がナスに入っているんです。すごくおいしいですね。豚バラがパリパリになっているところもおいしい」</p>

<p>そして「さまざまな人生を重ねてきた有働さんの味。『有働の重ね焼き』と名付けさせていただきたい」と命名。有働さんはすかさず「いえいえ、シンプルな人生でございます」と返し、会場の笑いを誘いました。</p>

<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910recipebon05.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260910recipebon06.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 10 Sep 2026 13:35:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>東京は「世界屈指の中華料理都市」？ 中国でもマイナーな地方料理が揃う理由  中島恵（フリージャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14986</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014986</guid>
			<description><![CDATA[世界でも屈指の中華料理都市・東京。中国各地の本格料理から珍しい貴州料理まで、その奥深い中華料理店事情を紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="四川省重慶が発祥といわれる酸菜魚。白身魚と漬物 （酸菜）を唐辛子、花椒などで煮込んだ料理。酸味とコ クのあるスープが特徴。" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260827Nakajimakei05.jpg" width="1200" /><br />
四川省重慶が発祥といわれる酸菜魚。白身魚と漬物（酸菜）を唐辛子、花椒などで煮込んだ料理。酸味とコクのあるスープが特徴。</p>

<p>世界各地に中華料理店はありますが、その中でも東京は、中国各地の料理を味わえる店の豊富さとレベルの高さで際立っているといいます。定番の四川料理や広東料理だけでなく、中国でもマイナーな貴州料理を楽しめる店も。本稿では、ジャーナリスト・中島恵さんの著書『中国の回鍋肉にキャベツは使わない』をもとに、東京の中華料理店事情をご紹介します。</p>

<p>※本稿は中島恵著『中国の回鍋肉にキャベツは使わない』（ウェッジ）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「東京の中華料理のほうがレベルが高く、断然美味しい」</h2>

<p>東京では今、日本人が想像する以上に中国各地の地方料理が食べられる環境が整っている。中国八大料理どころか、各省・自治区すべての料理が食べられるといっても差し支えない。</p>

<p>人口14億人の中国にいると食べる機会があまりないのに、中国の10分の1以下の人口の日本、とくに人口約1400万人の東京都で、中国のさまざまな地方料理を堪能できる。考えてみると、ものすごい時代になったものだ。</p>

<p>なぜそれが可能かというと、東京都には在日中国人が集住しているからだ。日本人の食べ物に対する探究心が強いことも関係していると思う。</p>

<p>法務省の統計によると、東京都には全在日中国人（約93万人、2025年末）の3分の1近くの約30万5000人が住んでいる。埼玉県、神奈川県、千葉県など関東近郊を合わせれば、関東近郊に全体の3分の2が住む。</p>

<p>ここで、中国のさまざまな地方からやってきた人々が「自分の出身地の料理が懐かしいから食べたい」「自分の省の料理店を開きたい」と考える。また、「これまで中国で食べたことがなかった〇〇省の料理を食べてみたい」という気持ちになる。「まだ行ったことがない省の出身の中国人から食事に誘われる」という機会もけっこうある。</p>

<p>あらゆる地方出身の中国人が多いため、東京という狭い土地の中で彼らの需要と供給がマッチしているのだ。</p>

<p>アメリカには日本の3倍以上の中国人が住んでいるが、アメリカ在住の中国人に聞けば、そこまでの需要と供給はないのではないかという。</p>

<p>アメリカの場合、主要都市の一つひとつが離れており、中国人は日本の東京近郊のように集住していない。また、アメリカ人の食べ物に対する関心度が日本ほど高くないという点も背景にあるかもしれないという。以前ニューヨークに住んでいた中国人は「東京の中華料理のほうがレベルが高く、断然美味しい」と話していた。</p>

<p>カナダのバンクーバーは以前「ホンクーバー」という別名で呼ばれるくらい香港人が多く、「本場と同じ広東料理が食べられる」と評判になったが、広東料理以外、中国各地の地方料理も食べられるというほどではないようだ。現地在住の中国人の歴史が浅く、出身地のバラエティがまだ日本ほど豊富ではないともいえるだろう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>中国でもマイナーな貴州料理</h2>

<p>日本で台頭している中華として、思い浮かぶ料理はいくつかある。一つ目は貴州料理だ。</p>

<p>中国の内陸部、西南部に位置する貴州省は中国で比較的影が薄い存在。甘粛省、雲南省などと並んで「中国で最も貧しい省」と言われている。貴州省には「天に三日の晴天なし、地に三里の平地なし」という言い伝えがある。雨が多くて平地が少ない一方で、山地が多く、標高が高い地形だ。</p>

<p>その貴州省で全国的に知名度が高いものといえば、貴州茅台（マオタイ）酒やアジア最大の滝といわれる黄果樹瀑布、ミャオ族、プイ族など少数民族が多いことだろう。人口の4割が少数民族と言われ、私が省都の貴陽に行ったときには、町中で「頭だけ」あるいは「上半身だけ」民族の飾りをつけて歩いている人をかなり見かけた。地方に行けば、全身民族衣装に身を包んだ人もまだ多い。</p>

<p>そんな貴州省の料理は、中国でもめったに食べる機会はない。北京や上海の街を歩いていて、貴州料理店の看板はほとんど見かけない。ただ、近年ではショッピングセンターのレストランフロア（日本の百貨店のレストランフロアのような感じ）に貴州料理店が少しずつ入るようになった。</p>

<p>私も貴州省以外では北京のショッピングセンターで食べたことがあり、店員は少数民族の衣装を着ていた。話さなかったので、本当に少数民族の出身者なのかは不明だが、北京のような全国各地から人が集まっている大都会で少数民族を見かけることは少ないので、店に入っただけでちょっとした旅行気分が味わえる。</p>

<p>日本人が東京で沖縄料理店に行き、沖縄のかりゆしウエアを着ている店員を見たり、沖縄のお酒を飲んだりして、プチ沖縄旅行気分に浸るのと少しだけ似ている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本に存在する貴州料理店</h2>

<p>そんな貴州料理の有名店が東京にある。</p>

<p>店名は「貴州火鍋」。店の前を通ったことがあるが、残念ながら開店時間よりだいぶ早くて入れなかった。</p>

<p>飲食店予約サイトや個人のSNSなどで紹介されている記事を見ると、店名の通り、貴州省名物の火鍋を中心に、珍しい貴州料理を出していて、中国人だけでなく日本人の間でもファンが増えている。貴州料理といえば、ほぼこの店の独壇場といってもいいようだ。</p>

<p>店のサイトによると、店主は貴州省遵義（ズンイー）市の出身。遵義市といえば、貴州名物の酸スワンタンユー湯魚の発祥の地だ。私が貴陽に滞在していたときも、ほとんど毎晩、夕食のときに円卓に出てきたのがこの酸湯魚だった。</p>

<p>酸っぱくて辛いスープに川魚や野菜がたくさん入っている。寒い時期に食べたら身体が温まるし、夏の暑い時期にビール片手に食べるのもいい。これらを東京で手軽に味わえるという。</p>

<p>私は高田馬場にある「成都姑娘」で酸菜魚を食べた。貴州省、雲南省、四川省は似た料理もあるので、成都がある四川省でも食べる習慣がある。</p>

<p>ところで、遵義は中国では有名なところだ。人口は約740万人。ここは1935年、中国共産党が「遵義会議」を開いたという歴史的な場所。この会議で毛沢東が中央政治局常務委員に選出され、軍での指導権が高まったといわれている。</p>

<p>そういう歴史的な場所だからか、上海市や山東省青島市など、あちこちに遵義路という名の道ストリート路がある。中国の住所は、たとえば上海市なら上海市〇〇区〇〇路という表記が一般的で、〇〇区は市の下に該当し、その下の〇〇路は町の名前だ。東京都千代田区大手町、みたいな感じ。そこに使われているので、馴染みがある。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260827Nakajimakei05.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 10 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中島恵（フリージャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>中高年が「1日1万歩」を目指すべき理由　動脈硬化予防につながる仕組み  大島清（京都大学名誉教授,医学博士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14942</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014942</guid>
			<description><![CDATA[ウォーキングで血管年齢が若返る？医学博士・大島清氏の著書より、動脈硬化を防ぐ仕組みや血液がサラサラになるメカニズムを解説。1日1万歩の歩行で体中の脂肪を燃焼し、血管の健康を守るポイントを紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ウォーキングする人" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_WalkingShoes.jpg" width="1200" /></p>

<p>40代を過ぎると筋肉が衰え、基礎代謝の低下から「太りやすい体」へと変化していきます。健康維持には、全身の筋肉の7割が集まる足腰をしっかり動かし、1日1万歩を目安に歩く習慣が欠かせません。</p>

<p>実は、歩くことの効果は脂肪燃焼だけでなく、命に関わる「血管年齢」の若返りにも直結しています。</p>

<p>本記事では、医学博士・大島清さんによる書籍『歩くとなぜいいか』より、動脈硬化を防ぐ仕組みや、ウォーキングが血液をサラサラにするメカニズムについて解説します。</p>

<p>※本稿は、大島清著『歩くとなぜいいか』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>血管年齢が大きな関心を集めている</h2>

<p>「血管年齢」という言葉をよく聞くようになった。「この前計ってもらったら、血管年齢が若いのでほっとした」などという会話を耳にする。</p>

<p>動脈の弾力性を計る計測器があって、これで血管年齢が若いとか、高いとかがわかるようになっている。歳とともに動脈の弾力性は失われるが、これを差し引いて病的な動脈硬化が見られるかどうかが簡単に計測できるのだ。</p>

<p>血圧を計るような感覚で、血管の中の様子をチェックできるのだから、すばらしいアイディアだと思う。高田晴子先生という鈴鹿医療科学大学の教授（医学博士）が提唱し、メーカーと装置を共同開発して定着してきたのが「血管年齢」だが、いかにも現代らしさを表した言葉だと感心する。</p>

<p>血管年齢を問題にしなければならないほど、自分の年齢以上に動脈硬化が進んでいる人が増えてきているということなのだろう。</p>

<p>動脈硬化はそのまま放っておくと高血圧になり、心臓に大きな負担をかけることになる。また、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こしたりする。</p>

<p>日本人の病気による死亡原因のワースト3は「がん」「心臓病」「脳卒中」だが、3つのうち2つまでが動脈硬化が原因となって引き起こす病気となっているのだ。</p>

<p>血管年齢が大きな関心を集めているのはこんな理由があるからだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>歩くと「血管年齢」がグングン若くなる</h2>

<p>では、血管年齢を上げる怖い動脈硬化はどうして起こるのだろう。喫煙、肥満、糖尿病、ストレスなど、いろいろな原因が考えられているが、中でも大きいのは、脂肪や、脂肪の一種であるコレステロールが溜まる高脂血症とされている。</p>

<p>過剰に摂りすぎた脂肪の一部は血液に溶け、これが血管の壁に貼りついて、血管を細くしてしまうのだ。</p>

<p>心臓で動脈硬化が起これば、狭心症や心筋梗塞を引き起こし、脳の血管が詰まれば脳梗塞や脳溢血を引き起こす。</p>

<p>血管年齢が実際の年齢より高いというのは、命に関わるこうした病気を引き起こす可能性が高いということを意味する。</p>

<p>腹の周りに溜まる脂肪はまだ愛嬌があるが、血液に溶け出した脂肪は悪魔のような悪さをする。だからせっせと歩いて脂肪を燃やし、血管年齢を若く保つことが大切だ。歩けば血液中の脂肪が消費され、血液がさらさらになるのだ。</p>

<p>しかし腹の周りの脂肪も一部は血液に溶けて体のあちこちを移動する。蓄えられた脂肪は血液を通して体を循環していると考えてもいい。だから、腹の周りの脂肪を残して、血液だけがさらさらになるということではない。</p>

<p>歩くことにより、体全体に蓄えられている脂肪が血液を通して均一に燃焼するということなのだ。</p>

<p>ウォーキングの成果が表れてベルトの穴が一つ減ったとしても、腹だけがやせたのではない。体中の脂肪が減った結果がベルトの穴一つに表れていると考えていいだろう。</p>

<p>きちんと歩いていれば、血液も含めて目に見えないところで成果が上がっているのである。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_WalkingShoes.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 10 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大島清（京都大学名誉教授,医学博士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>リアルな木を描くには？ 『プレバト!!』水彩画の野村重存さんが教える「2つの極意」  野村重存（画家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12873</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012873</guid>
			<description><![CDATA[画家の野村重存さんが教える「リアルな木を描くための２つの極意」とは？]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="野村重存" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250423Nomurashigeari0.jpg" width="1200" /><br />
写真：小池彩子</p>

<p>テレビ番組「プレバト!!」（MBS/TBS系）の水彩画コーナーで大人気の絵の先生・野村重存さんは、「絵のセンスや才能がない」と思っている超初心者、さらにその前段階の初心者未満の人でも、「必ず上手な絵を描くことができる!」と語ります。</p>

<p>本稿では絵の超初心者・Iさんが、&quot;リアルな木を描く極意&quot;について教えてもらいました。</p>

<p>※本稿は、野村重存著『野村重存の世界一わかりやすい絵の授業』（PHP研究所）から一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>実物を見なくても絵は描ける</h2>

<p>野村：今日からは、「木」に挑戦していきましょう。木が描けたら、さらに絵を描くことが楽しくなりますよ。</p>

<p>I：ちなみに、なんで木なんですか?</p>

<p>野村：なんといっても、身近な存在だからです。観葉植物や庭の木、街路樹、公園の緑など、家のなかにも、外にも、ありとあらゆるところに木はありますからね。</p>

<p>I：たしかに、木を見ない日はないくらい身近ですね。</p>

<p>野村：しかも、木が描けると応用がきくんです。木が描けたら、森が描けます。森が描けたら、山も描けます。すると、風景が描けます。逆に、木の枝と同じ要領で、1枚の葉の葉脈が描けたりもします。</p>

<p>I：なるほど。応用の範囲が、とても広そうです。......外に出かけて観察しなくていいんですか?</p>

<p>野村：いいところに気がつきましたね。今回は、特定のモデルは設けません。モデルに似せることより、描き方を身につけることに集中するためです。</p>

<p>I：えっ!? リアルな絵って、なにも見なくても描けるんですか?</p>

<p>野村：はい。リアルな絵を描くコツは、描き方を知ること。実物を見なくても、「こうやって描けばリアルな木に見える」という描き方を知って、その手順通りに描けば、だれでも描けるんです。</p>

<p>I：なにも見ずに絵を描けたら、かっこいいですね。あこがれます。</p>

<p>野村：特定のモデルを設けずに描く練習は、「対象物をよく見て描かないといけない」という思いこみをリセットするのにも役立ちます。今回は、実物の木ではなく、Iさんのイメージする木を描いてもらいます。</p>

<p>I：私のイメージする木でいいんですね。それじゃあ、遠慮なく描いてみます。サッサッサッ。下のような感じになりました。</p>

<p><img alt="木の絵" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250822Nomurashigeari05.jpg" width="1200" /></p>

<p>野村：あぁ〜、木ですね......（これまで教えてきたことは、なんだったんだろう......）。</p>

<p>I：野村先生、ちょっと顔色が悪いような......?</p>

<p>野村：だ、大丈夫ですよ！　ここからは全部のびしろです（笑）。Iさんのイメージする木って、ひょっとすると、こんな感じですか?　ちょっとお待ちください。サラサラサラ。下の図です。</p>

<p><img alt="野村先生の木の絵" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250822Nomurashigeari06.jpg" width="1200" /></p>

<p>I：うわぁ!! まさに、こんな木です！</p>

<p>野村：それじゃあ、ここに少しずつ近づいていきましょう!</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>リアルな木を描く極意1</h2>

<p>野村：Iさんの描いた木と、私の描いた木、この2つの違いって、なんだと思いますか?</p>

<p>I：なにがって、もう次元が違いすぎて......。</p>

<p>野村：そういうことではなくて、そもそも木をとらえるポイントが違うんです。そこが変わると、木を描くのが一気にうまくなりますよ。</p>

<p>I：木をとらえるポイントですか......。</p>

<p>野村：はい。2つの点で大きく違っているんです。ポイントの1つ目は「葉」のとらえ方です。Iさんの木は、葉の部分が、半円を次々につないだ一筆書きみたいになっていますよね。パターン化すると、絵がリアルに見えなくなるんです。</p>

<p>I：木の絵は、小さいころからもう何十年も、これでずっとしのいできたので、それが出ちゃいましたね......。</p>

<p>野村：そのぐるりとつながった線が、つくりもののような、なにかの記号のような感じに見えてしまうんです。実際には、こんな木は存在しませんよね。</p>

<p>I：はい。実際の木は、たくさんの小さな葉の集まりですね......。</p>

<p>野村：その通り。木は自然のものなので、下の図のように、不規則で、「とぎれ、とぎれ」のランダムな線になるはず。これが木を描くときの1つ目のポイントです。</p>

<p><img alt="葉" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250822Nomurashigeari07.jpg" width="1200" /></p>

<p>I：なるほど。ひとつなぎではなく、「とぎれ、とぎれ」に......。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>リアルな木を描く極意2</h2>

<p>野村：ポイントの2つ目は「枝」のとらえ方です。そもそもIさんの木は幹だけで、枝がまったくないですよね。</p>

<p>I：あっ、本当だ......。</p>

<p>野村：実際の木は、幹だけでなく、もちろん枝もあって、それが縦にも横にも手前にも奥にものびています。このポイントを意識しないと、絵が平面的になって、これまたつくりものみたいに見えてしまうんです。</p>

<p>I：たしかに、実際の木の枝って、四方八方にのびていて、かなり複雑ですよね。</p>

<p>野村：Iさん、少しずつ木の構造に意識が向いてきましたね。今、大きな一歩をふみだしましたよ。</p>

<p>I：えっ、どういうことですか?</p>

<p>野村：リアルな木を描く極意に、ぐっと近づいたということです。木がどんな構造になっているかを理解できると、複雑な葉の部分の描き方がわかるんです。木には、まず幹があって、そこから放射状に枝がのびていますよね。</p>

<p>I：そうですね。</p>

<p>野村：その枝から、さらに細い枝がのびて、その先に葉がこんもり茂っています。</p>

<p>I：はい、わかります。</p>

<p>野村：つまり、「枝＋葉の茂り」という、ひとかたまりの房がたくさん集まって、1本の木の葉の部分になっているわけです。さっき私が描いた木の絵も、そんな描き方になっているので、もう一度、見てみてください。</p>

<p>I：そう言われると、野村先生の木の葉の部分は、もこもこした房がいくつも集まっているような......。</p>

<p>野村：そんなふうに、木の葉の部分は、もこもこした房の集合体だとわかったら、木を描く極意はつかめています。「枝＋葉の茂り」のひとかたまりの房をたくさん描いていけば、木の葉の部分が描けてしまうんです。</p>

<p>I：なるほど！　そうやって構造を分解して考えると、複雑に思える木の葉の部分も描けそうな気がしてきました。</p>

<p><img alt="枝" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250822Nomurashigeari08.jpg" width="1200" /></p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250423Nomurashigeari0.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 10 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[野村重存（画家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>空でお釈迦様が一回転するドローンショー?　雑多な市場もリゾートも楽しめる釜山が面白い  矢巻美穂（カメラマン）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14949</link>
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			<description><![CDATA[カメラマンの矢巻美穂さんが、韓国第二の都市・釜山の観光スポットを紹介してくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ブルーラインパーク スカイカプセル" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho07.jpg" width="1200" /><br />
写真：海を走るブルーラインパークのスカイカプセル（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>国内外の旅行の雑誌やWEB媒体を中心に活動するカメラマン・矢巻美穂さん。7月に出版した『はじめて旅する釜山』(辰巳出版)は、韓国第2の都市・釜山の魅力を、現地取材による豊富な写真とともに紹介した一冊です。今回は観光や街の魅力、そして現地で出会った人々についてお聞きしました。大きな荷物を抱えていると、必ず誰かが手を差し伸べてくれたそうです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>曇り空との闘い、会心の一枚を求めて何日も通った甘川文化村</h2>

<p>――甘川文化村は、本の巻頭に使われるほど象徴的な場所ですね。実際に訪れてみていかがでしたか?</p>

<p><img alt="甘川文化村" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho02.jpg" width="1200" /><br />
上空から見る甘川文化村（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>はじめて写真を見た時に衝撃を受けて、釜山では必ず行きたい場所でした。ここは韓国政府の都市再生プロジェクトで、芸術家と住民が協力して作り上げた街です。カラフルに塗られた家の壁や屋根、階段などが日本にはないのでとても面白かったです。</p>

<p>取材中は天気が悪く、何度もこの街に通いました。曇り空ではなかなかこの色合いを伝えられないので、この色彩をどうしても伝えたいと何日も通い、ようやく会心の一枚が撮影できました。</p>

<p><img alt="矢巻美穂" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho01.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>毎週テーマが変わる無料ドローンショー</h2>

<p>――広安里は、ビル群とビーチが同居する不思議な景色が印象的でした。</p>

<p><img alt="広安里ビーチ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho03.jpg" width="1200" /><br />
ビルと浜辺のコントラストが面白い広安里ビーチ（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>ビーチとビルが立ち並ぶ不思議な写真になっていますが、実際に歩いてみると海・海・海という感じです。確かにビルはたくさんあるのですが、ビーチは1.5kmと広いので圧迫感はなく、とても開放的な街です。</p>

<p><img alt="ドローンショー" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho04.jpg" width="1200" /><br />
桁違いのスケールの驚くドローンショー（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>広安里ビーチでは、毎週土曜日の夜に無料のドローンショーが開催されます。ビーチに座ってくつろぎながらショーを見ることができます。このショーがすごいのは、毎週ショーの内容が変更すること。滞在中２度見ましたが、１度目は韓国の世界遺産がテーマで、その翌週はスパイダーマンでした。空いっぱいに広がるお釈迦様が一回転したりするんですよ。「うわー、すごいなー」と、大きな歓声が上がりました。このドローンショーは曜日があえば、ぜひ見てほしいです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ここは本当に韓国?　まるでハワイのようなビーチリゾート</h2>

<p>――海雲台は、韓国屈指のビーチリゾートとして紹介されていました。実際に訪れてみていかがでしたか?</p>

<p>海雲台も広安里同様に、ビーチを中心とした街です。ビーチには遊歩道もあるので、海を見ながらのんびりしたり、散歩したり。ここが本当に韓国なの？　実はハワイなんじゃない？　なんて思うほどです。</p>

<p><img alt="海雲台ビーチ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho05.jpg" width="1200" /><br />
海雲台ビーチの遊歩道（撮影：矢巻美穂）</p>

<p><img alt="海雲台ビーチ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho06.jpg" width="1200" /><br />
海雲台の開放的なビーチの様子（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>海雲台には今大人気の海岸を走る２つの列車のブルーラインパークがあります。これは本当にかわいいし、ぜひ乗ってほしいのですが、大人気でなかなかチケットが取れないんですよ。本には、もしかしたらチケットがとれるかもという方法を書いてあるので、ぜひ参考にしてみてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ごちゃごちゃした路地の先に海が広がる、釜山の中心地</h2>

<p>――釜山の観光の中心でもある、チャガルチ・南浦エリアの印象はいかがでしたか？</p>

<p>ここがやはり、釜山の中心だと思います。今、釜山は革新的に街が変わってきています。もしかしたら、以前に釜山を旅したことがある人は、甘川文化村や海雲台のかわいらしさや雰囲気に驚くかもしれません。思わず写真を撮りたくなる写真映えするスポットがたくさんあります。一方で、このチャガルチ周辺はかつての面影を色濃く残している地域だと思います。</p>

<p><img alt="チャガルチ市場" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho08.jpg" width="1200" /><br />
チャガルチ市場の場外（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>チャガルチ魚市場周辺には昔ながらの外で魚介を売る屋台があり、ノスタルジーを感じます。また、このエリアにはチャガルチ魚市場、国際市場、富平カントン市場と３つの市場があり、アジアの雑多な雰囲気が満載です。でも他のアジアの国と違うのが、圧迫感や閉塞感を感じないこと。これはアジアのごちゃごちゃとした雑踏のすぐそばに海があるからだと思います。ごちゃごちゃした路地裏を抜けると、海が広がっている。こんな街、他にないと思います。私は釜山の魅力を一番感じるこのエリアが大好きです。</p>

<p><img alt="冷凍施設のない魚屋" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho09.jpg" width="1200" /><br />
冷凍施設のない魚屋（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>世界遺産の古都・慶州、海の神社とカニの街・機張</h2>

<p>――釜山から足を延ばせるおすすめのスポットはありますか?</p>

<p>釜山に旅行に来られる方のほとんどの目当ては多彩なグルメだと思います。美味しいものを食べるという目的ですね。海のリゾートや市場もあるので、2泊3日なら特に外に出かけなくても十分楽しめますが、実は少し足を延ばせば、世界遺産のある古都「慶州」や海の神社とカニの街、「機張」にも行けます。慶州は釜山駅から鉄道で約30分、機張へは海雲台からバスでアクセスできます。</p>

<p><img alt="仏国寺" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho10.jpg" width="1200" /><br />
世界遺産の仏国寺（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大荷物の私を助けてくれる確率、まさかの100%</h2>

<p>――取材の中で、釜山の方々の気質について印象的だった話はありますか?</p>

<p>みんなとても優しかったと思います。なんていうんでしょう、みなさんニコニコしてた。歓迎してくれる雰囲気を感じました。例えば言葉が通じなくても、なんとかコミュニケーションを取るように努めてくれたりとか。</p>

<p><img alt="鮮魚店の店主" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho11.jpg" width="1200" /><br />
広安里ビーチ近くの鮮魚店の店主（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>あと私が機材など大きな荷物を持っているので、いろんな人が手伝ってくれました。長い取材になるので、初日の移動はカメラ機材を15kg背負い、スーツケースは30kgと、とにかく重くデカい荷物に。その重さに苦労していると、どこからともなくやってきてサッと手伝ってくれる。階段に差し掛かると、必ず誰かが助けてくれました。確率でいうと本当に100%。年上の人に敬意を払う文化がある韓国ですから、あのおばさん大きな荷物を持って大変そうだ、と思われたのかも。とにかく、みなさん本当に優しくて、本当にありがたかったです。</p>

<p>そんな優しくてニコニコな雰囲気をこの本でも伝えられたらと、みなさんの笑顔を写真に収めました。</p>

<p><img alt="国際市場の屋台の店主" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho12.jpg" width="1200" /><br />
国際市場の屋台の店主（撮影：矢巻美穂）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>グーグルマップが使えない!　現地アプリとQRコードで乗り切る</h2>

<p>――はじめて釜山を訪れる方に、事前に知っておいてほしい実用的な情報はありますか?</p>

<p>本でも書きましたが、グーグルマップが日本のように使えないことですかね。地図は表記されるのですが、そこに建物の情報がなかったり、アクセスが調べられなかったりします。なので、現地のアプリを入れておくのがおすすめです。</p>

<p>そこで現地の方がよく使用しているのが、ネイバーマップかカカオマップです。ネイバーマップは乗り換え案内が細かくて、乗車する電車の何号車の扉の番号まで教えてくれます。でも少々厄介なことがあって、検索がちょっと調べにくいんです。もちろん日本語対応はしていますが、ちょっと検索にコツがいるんですね。韓国のアプリの調べ方は、正式名称を正しく入れるのではなく、主要の文字をいくつか入れるとプルダウン表示されるので、その中から選ぶという方式なんです。これが結構難しくて、ネイバーの検索の仕方をAIで調べるというのも&quot;あるある&quot;なんです。</p>

<p>この本はそんな私の体験から、施設やお店、エリアに全てQRコードを入れました。これを読み込めば、簡単に目的地を検索できます。これは我ながら、なかなか良いなと（笑）。便利に使っていただけると思います。</p>

<p>――最後に、旅行者へメッセージをお願いします。</p>

<p>釜山はエリアによってたくさんの顔を持っている街だと思います。チャガルチ・南浦には雑多で楽しい市場が広がり、広安里や海雲台は海のリゾートを満喫、甘川文化村では色彩豊かなかわいいフォトジェニックな街並みが楽しめる。少し足を延ばせば、世界遺産もある。行く場所によってその印象がガラリと変わる。そんな街、なかなかないと思います。</p>

<p>一度に色々な雰囲気が楽しめて、そのうえ食べ物が美味しい。日本各地から直行便もあり、東京からは約2時間で到着します。</p>

<p>今、円安が進行していて、なかなか海外旅行に行くにはどうかなと思っている人も多いと思います。これまで両替していた感覚とは違う。例えば、タイでは今1万円を両替すると2100バーツです。え、ちょっと前までは3000バーツくらいだったよねと。台湾も同じような変動です。</p>

<p>でも、韓国は違う。なぜなら日本も円安が進行していますが、韓国も世界的にウォン安なんです。円安、ウォン安なのでそこは相殺というか。10年前とほぼ両替する金額に変動がないんです。これはもう、韓国に行くひとつのきっかけになるのではと。しかも、チップ文化もないし、消費税もない。かなり旅がしやすいと思います。</p>

<p>しかも、料理にはたくさんのパンチャンがついて、ひとつのメインを頼めばたくさんのおかずでテーブルがいっぱいになります。料理単品の価格は日本とそれほど変わりませんが、たくさんのサービスで結果お得な印象を感じます。</p>

<p>こんな観点からも、韓国、さらにソウルよりも物価が安い釜山は、今断然注目の都市だと思います。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260828yamakimiho07.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 09 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[矢巻美穂（カメラマン）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>連載小説「報復捜査」 第２回　安東能明  安東能明（小説家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14914</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014914</guid>
			<description><![CDATA[連載小説「報復捜査」 第2回。殉職した公安部の刑事が追いかけていた事件に隠された真実とは!? ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="報復捜査" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260824Houfukusousa01.jpg" width="1200" /></p>

<p>殉職した公安部の刑事が追いかけていた事件に隠された真実とは!?</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>第２回</h2>

<p>屋上へ出ると、灼けた陽射しが叩きつけてきた。伊場は給水塔の陰に身を寄せ、銃を構えた。グリップが汗で滑り、何度も握り直す。訓練のときより、銃が重い。受令機に、周囲のビルへ展開したＳＡＴの報告が断続的に入る。南側も東側も配置を終えたという。狙撃手からは、照準確保の声が届いた。</p>

<p>視界の先、ビルの端のフェンスを背に、阿久津が立っている。左腕で女児を抱え、右手の包丁を首筋に当てている。女児は泣き疲れたのか、ぐったりと身を預けていた。</p>

<p>ここからなら頭部を狙える。阿久津まで、およそ十五メートル。照準も取れた。伊場は片手で銃を構えた。指の腹が引き金に触れる。手が震えた。汗がグリップを伝う。深呼吸をひとつ。落ち着け。だが鼓動は速いままで、耳の奥に細い鳴りが立っている。訓練の標的は、段ボールの的だった。いま照準の中にいるのは、息をして、汗をかいている人間だ。</p>

<p>「阿久津さん！落ち着いてください！」</p>

<p>拡声器越しの新井の声が、屋上に響く。新井は出入口の近くで、両手を広げていた。</p>

<p>「お子さんを放してください。そうすれば、あなたの話を聞きます」</p>

<p>阿久津が、裏返った声で叫んだ。</p>

<p>「うるせえ！近づくな！近づいたら、このガキをぶっ殺す！」</p>

<p>包丁が首筋に食い込む。女児が、小さく悲鳴を上げた。伊場は引き金に指をかけたまま、動けない。命令は、まだ出ていない。</p>

<p>受令機が淡々と刻む。</p>

<p>『各班、状況報告』</p>

<p>『ＳＡＴ一班、南側ビル屋上、配置完了』</p>

<p>『ＳＡＴ二班、東側ビル六階、配置完了』</p>

<p>『狙撃手、照準確保。いつでも撃てます』</p>

<p>いくつもの銃口が、阿久津の一点へ集まっている。伊場は屋上を見回した。刑事課の面々が、各所に散っている。その中に、小暮の姿はない。取り調べ中に被疑者を逃がしたのなら、まっさきに現場へ呼ばれ、責めを負う立場のはずだ。なのに、どこにもいない。</p>

<p>新井が、もう一度声を投げる。</p>

<p>「阿久津さん、何が不満なんですか。話してください」</p>

<p>「おれは何もしてねえ！なのに、なんで捕まるんだ！」</p>

<p>「不法就労助長罪です。あなたは中国人留学生を――」</p>

<p>「そんなもん、みんなやってる！なんでおれだけなんだ！」</p>

<p>声が、うわずっていく。</p>

<p>「それに、あいつらが――」</p>

<p>言葉が、途中で切れた。阿久津の顔が、何かに追いつかれたように歪む。</p>

<p>あいつら。</p>

<p>この男は、ただの不法就労のブローカーではない。別の何かに追い詰められている。だから公安が動き、小暮が単独でこの男と向き合っていた。</p>

<p>「阿久津さん、誰があなたを追い詰めているんですか」新井が声を和らげる。「話してください。わたしたちが守ります」</p>

<p>「うそだ！」阿久津が叫んだ。「おまえらも、あいつらの仲間だ！おれを殺す気だろ！」</p>

<p>「そんなことはしません。わたしたちは警察です。市民を守るのが仕事です」</p>

<p>「警察？笑わせるな！」</p>

<p>阿久津の目に、底の見えない光が差した。</p>

<p>「警察が、一番信用できねえんだよ！」</p>

<p>声が裏返った。その一言だけ、ほかの叫びと手触りが違った。怒りではなく、怯えの底から押し出された響きだった。伊場は照準の先のその顔を見つめた。額に汗が浮き、目は落ちくぼみ、喉が小刻みに動いている。この男はただの不法就労のブローカーではない。何かに追われている。その何かに、公安が、小暮が触れていた。だが、いま手の中にあるのは銃だけだった。</p>

<p>女児が、また泣き出した。喉の奥から、もう声とも言えない細い音が漏れる。伊場は照準を保った。グリップを握り直す。汗が指の間を滑った。</p>

<p>午後一時四十五分。</p>

<p>膠着（こうちやく）が続いた。新井は声の調子を変えずに、条件を並べていく。</p>

<p>「弁護士を呼びましょう。あなたの話を、ちゃんと聞いてくれる人です」</p>

<p>阿久津は首を振った。</p>

<p>「飲み物を用意します。喉が渇いているでしょう」</p>

<p>阿久津の目が、一瞬だけ揺れた。が、すぐに歪んだ。</p>

<p>「いらねえ！どうせ毒でも入ってるんだろ！」</p>

<p>「そんなことはしません」</p>

<p>「うそつけ！」</p>

<p>言葉が往復するだけで、何も動かない。時間だけが、屋上の熱の中で溶けていく。女児の泣き声は途切れ途切れになり、やがて疲れ果てて掠れた。伊場のワイシャツは、背中まで濡れていた。銃を持つ手の感覚が、汗で遠くなっていく。</p>

<p>無線が入った。</p>

<p>『全隊、強行突入準備』</p>

<p>伊場は受令機を押さえた。聞き違いではない。交渉はまだ途中だ。膠着はしているが、女児は生きている。突入する局面ではない。</p>

<p>『副署長命令。阿久津を制圧する。発砲を許可する』</p>

<p>曽我（そが）。署に残っているはずの男の名が、なぜ現場の指揮系統を飛び越えて流れてくるのか。伊場は新井を見た。新井の顔から、交渉していたときの落ち着きが消えていた。眉の間に皺が寄り、唇が薄く開いて、言いかけた何かが止まる。指揮官が初めて見せた表情だった。</p>

<p>『撃て』</p>

<p>命令が、耳の奥で硬い音を立てた。</p>

<p>伊場の身体が、先に動いた。給水塔の陰から飛び出し、両足を開いて銃を構える。照準を阿久津の頭部へ。息を整えようとして、整わない。引き金に、指の腹が触れる。</p>

<p>照準の先へ、横から人影が割り込んだ。</p>

<p>小暮だった。汗で濡れたワイシャツが胸に張りつき、髪が額に乱れかかっている。右手に拳銃を提げていた。公安の刑事が現場に銃を持ち込むことはない。貸与には署長決裁がいる。誰がこの男に銃を握らせたのか――その問いが像を結ぶより早く、血走った目が伊場をまっすぐにとらえた。</p>

<p>「撃つな！」喉の奥から絞り出す声だった。「伊場、撃つな！」</p>

<p>「小暮、下がれ！」新井が叫ぶ。「射線上だ！」</p>

<p>小暮は動かない。阿久津でも女児でもなく、伊場だけを見ている。一昨日の深夜、受話器の向こうで沈んでいったあの声が、いまの目に重なった。おれみたいに、ならないでくれ。</p>

<p>阿久津が、包丁を女児の喉に押し当てた。皮膚がへこむ。短い悲鳴が裂けて、途切れた。</p>

<p>猶予は、もうなかった。伊場の指が引き金を絞り込む。乾いた銃声がひとつ、屋上の熱気を打った。</p>

<p>撃った。</p>

<p>その手応えが腕に残るより早く、小暮が銃を持ち上げた。銃口が伊場の胸の高さで止まる。</p>

<p>「やめろ！伊場、やめるんだ！」</p>

<p>手が震えていた。それでも指は引き金にかかっている。本気か。本気でおれを撃つのか。問いただす一秒もなかった。考えるより先に、訓練で身体に刻まれた動作が伊場を押し出した。脅威を排除しろ。生き延びろ。これは小暮だ、親友だ――その声を、別の声が踏み潰す。撃たれる。</p>

<p>照準を合わせた覚えはない。気づいたとき、銃声はもう鳴り終えていた。</p>

<p>小暮の首から血が噴いた。白いワイシャツに、赤がほどけるように広がっていく。膝が折れ、上体が斜め後ろへ傾いで、ゆっくりと屋上に沈んだ。ほとんど同時に、周囲のビルから銃声が連なった。阿久津の身体が弾かれて吹き飛び、包丁が陽光を撥ね返して宙を舞う。</p>

<p>女児が、放り出されるように転がり出た。刑事のひとりが駆け寄って抱き上げる。大丈夫だ、もう大丈夫だ――その声だけが、やけに遠くで優しかった。規制線の向こうから、母親が転がるように駆け込んできた。受け取った我が子を、声にならない声で抱きすくめる。女児の泣き声が、その肩のあたりで、ようやくほどけていった。</p>

<p>伊場は動けなかった。銃を握ったまま、倒れた小暮を見ている。流れ出た血が陽射しを受けて、黒く照り返していた。</p>

<p>おれが撃った。</p>

<p>親友を、おれが撃った。</p>

<p>受令機が、事務的に状況を刻んでいく。</p>

<p>『人質、確保』</p>

<p>『容疑者、制圧』</p>

<p>『負傷者あり。小暮刑事。至急、救急車を』</p>

<p>負傷者、という言葉が、小暮の名と結びつくのに間があった。指の力が抜け、銃が手から滑り落ちる。金属が屋上を打つ音が、やけに大きく響いた。膝が屈み、伊場はその場に沈んだ。</p>

<p>誰かが、肩を掴む。</p>

<p>「伊場！しっかりしろ！」</p>

<p>新井の声が、水の底から届くように遠い。伊場は小暮だけを見ていた。倒れたまま、小暮の目がこちらを向いている。唇がかすかに動いた。言葉の形を作ろうとして、声にならない。血だけが流れ続ける。</p>

<p>救急隊が、屋上を走ってきた。オレンジ色が小暮を囲み、担架に乗せ、胸を押し始める。手のひらが規則正しく上下する。それでも、押し当てたガーゼが、見る間に赤を吸っていった。伊場は膝をついたまま、それを見送ることしかできなかった。</p>

<p>現場が動き出す。阿久津の身体に、白い布がかけられた。血痕の縁にチョークの線が引かれ、カメラのシャッターが連続して鳴る。すべてが手順どおりに、淡々と進んでいく。その手順の輪から、伊場ひとりが外れていた。話しかけてくる声があった。意味が、像を結ばない。耳鳴りの向こうで、世界が薄い膜越しに動いていた。</p>

<p>午後二時五分。事件は終わった。誰かが、そう告げた気がした。</p>

<p>屋上の床に、ふたつの血だまりが滲んで、ひとつに溶けかけていた。小暮の血と、阿久津の血が、陽に灼かれて境目を失っていく。</p>

<p>新井が、腕に手をかけた。</p>

<p>「立てるか」</p>

<p>伊場は首を振った。膝に力が戻らない。</p>

<p>「無理するな。救急車を――」</p>

<p>「いえ」声が掠れた。「大丈夫です」</p>

<p>大丈夫なものは、何ひとつなかった。それでも、ほかに言える言葉がなかった。伊場はゆっくりと立ち上がった。膝が笑い、踏み出した一歩が床を探る。それでも、立てた。</p>

<p>出口へ歩く。手すりを頼りに、階段を一段ずつ降りる。背後から足音がついてきたが、振り返らなかった。ビルを出ると、規制線の外で、野次馬の視線が一斉に刺さった。その圧を、皮膚は感じても、心は受け取らない。</p>

<p>親友を撃った。その一行だけが、胸の中で繰り返し書き直されていく。</p>

<p>伊場は空を見上げた。六月の青が、容赦なく晴れ渡っている。まぶしさに目を閉じると、暗がりの奥で、あの夜の声が戻ってきた。</p>

<p>おれみたいに、ならないでくれ。</p>

<p>その言葉が何を指していたのか。閉じた目の裏に、答えの形をなさない暗がりだけが、深く沈んでいた。</p>

<p align="right">〈つづく〉</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260824Houfukusousa01.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 09 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[安東能明（小説家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>約30分間で血圧に影響も？ 医師が勧める「脊椎ストレッチウォーキング」  長尾和宏（医学博士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12846</link>
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			<description><![CDATA[医師の長尾和宏さんが、歩く効果が高まる「脊椎ストレッチウォーキング」の方法を解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="walking" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_walking2.jpg" width="1200" /></p>

<p>認知症や軽度認知障害（MCI）の方でも、継続的な運動によって認知機能の回復が期待でき、特に有酸素運動と食事療法を組み合わせることで、計画性や段取りといった実行機能の改善に効果があることが、デューク大学の研究で示されています。このため、医師の長尾和宏さんは認知症予防のためにウォーキングを勧めています。本稿では、「脊椎ストレッチウォーキング」の方法を書籍『歩く人はボケない 町医者30年の結論』よりご紹介します。</p>

<p>※本稿は長尾和宏著『歩く人はボケない 町医者30年の結論』（PHP新書）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>筋肉は脳にメッセージを送っている</h2>

<p>歩行と脳が深く関係していることはあまり知られていません。</p>

<p>一般的には、歩行と脳は別のものとして捉えられています。医療分野でも、脳は脳外科、神経内科、精神内科と細分化され、歩行を運動と捉えるならば整形外科が担当するといった形で、とにかく細かく分けられてしまっています。歩行と脳機能の両者を一体で診てくれるような診療科はありません。</p>

<p>まず歩行と脳の関係を知ってください。脳が筋肉に命令を出すことによって歩くことができるという一方的な関係だけではなく、歩くことによって筋肉から脳や腎臓などにミオカインと呼ばれる「メッセージ物質」が送られています。脳が筋肉からのメッセージを受け取るという、双方向の関係にあります。</p>

<p>メッセージ物質とは、細胞から分泌されるサイトカインと呼ばれるホルモンと同じような物質です。かつて『NHKスペシャル』で運動について取り上げられたときに、「メッセージ物質」という言葉が使われました。</p>

<p>おそらくNHKによる造語だと思われますが、サイトカインという言葉では視聴者に伝わりにくいので、わかりやすくメッセージ物質と言い換えたのでしょう。メッセージ物質という言葉の通り、細胞や組織や臓器から発せられるさまざまなメッセージを伝える物質です。</p>

<p>歩行で筋肉に負荷がかかると、筋肉からメッセージ物質が出され血流に乗って脳に届きます。脳と筋肉は盛んに会話しています。仮に脳を親分、筋肉を子分にたとえるならば、親分が子分に「こうやって動いてくれ」と命令を出します。子分はその通りに動きますが、子分の側からも親分に対して「親分も頑張ってください」という応援メッセージのようなものを送ります。</p>

<p>そうすると、親分は「よっしゃ、もうちょっと頑張るわ」といった形で、いっそう頑張るというような感じをイメージします。要は適度な歩行により、脳と筋肉が励まし合うような関係性が構築されます。</p>

<p>臓器と臓器の会話を「臓器相関」と呼びますが、筋肉と脳、骨と脳も会話をしながら生体は良好に保持されます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>胸を張って歩くと、歩く効果が高まる</h2>

<p><img alt="脊椎ストレッチwalking" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250820nagaokazuhiro01.jpg" width="1200" /></p>

<p>歩行習慣が身につくまでは、時間も、速度も、気にせずに歩いてください。そして歩行の習慣がついたら、次は姿勢を気にしてください。</p>

<p>背筋を伸ばし、胸を張り、肘を少し曲げて引くのを意識しながら歩いてみましょう。</p>

<p>「脊椎ストレッチウォーキング」をお勧めします。これも胸を張って歩く方法の一つですが、胸を張るというよりも、背筋により意識を置いた歩き方です。パリコレクションのモデルさんになったようなつもりで、背筋を伸ばして歩きます。</p>

<p>この脊髄ストレッチウォーキングのポイント①は、下腹を下から持ち上げるようにして歩くこと。ポイント②は、頭頂部をひもで引き上げられたようなイメージで、背筋をしっかり伸ばし、軽く胸を張ること。</p>

<p>ポイント③は、膝を軽く伸ばし、足先を引き上げ、かかとから着地し、着地したかかとの上に素早く腰を乗せていくことです。</p>

<p>20年前、兵庫県尼崎市医師会が主催して、武庫川の河川敷を市民たちと脊椎ストレッチウォーキングをするというイベントがあり、医師として出務しました。約30分間の自由ウォーキングの前後の血圧を測定してみると、全員が歩行前より10〜20くらい下がっていました。「歩行だけで血圧がこんなに下がるのか」と驚きました。</p>

<p>ウォーキングで副交感神経が優位になり、リラックス状態になったために血圧が低下したと思われます。</p>

<p>人間は年齢とともに少しずつ前屈みになってきます。60代で少し前屈みになり、70代でさらに前に曲がり、80代ではさらに曲がってきます。シルエットクイズのように、立ち姿を見ただけで、その方が何歳くらいか誰でもだいたいわかりますよね。</p>

<p>背筋を伸ばしながらの歩行は、姿勢年齢を若く保つことになります。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 09 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[長尾和宏（医学博士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>谷川浩司が語る「大名人」大山康晴の真髄　全タイトル戦50回連続出場の凄さ  谷川浩司（棋士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14974</link>
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			<description><![CDATA[谷川浩司十七世名人が、「4つの世代に勝つ」強さや独特の終盤術、空前絶後の「全タイトル戦50回連続出場」を振り返りながら、自らが肌で感じた巨星の風格と、勝負師・大山康晴の真髄を解説する]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="巨星・大山康晴十五世名人" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityLI/pixta_shogiLI.jpg" width="1200" /></p>

<p>将棋界に「大名人」と呼ぶにふさわしい棋士がいるとすれば、その一人が大山康晴十五世名人でしょう。<br />
名人通算18期をはじめ数々の記録を残し、世代を超えて第一線に立ち続けた大山十五世名人。その強さの本質は、タイトル数だけでは語れません。公式戦で幾度も盤を挟んだ谷川浩司十七世名人が、「4つの世代に勝つ」強さや独特の終盤術、空前絶後の「全タイトル戦50回連続出場」を振り返りながら、自らが肌で感じた巨星の風格と、勝負師・大山康晴の真髄を解説します。</p>

<p>※本稿は、谷川浩司著『名人論 稀代の天才たちはいかに戦ったか&nbsp;』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>巨星・大山康晴十五世名人</h2>

<p>名人とは何か、と問われた時、私がまず思い浮かべるのは、大山康晴十五世名人の佇まいである。</p>

<p>私より先輩の永世名人で、戦前からプロ棋士であり、かつ私が公式戦で対局を重ねた（22局・不戦局2を含む）棋士は大山十五世名人しかいない。木村義雄十四世名人とは何度かお会いしたが、公式戦での対局はない。中原誠十六世名人とは公式戦で100局近く対局しているが、中原先生は戦後生まれである。</p>

<p>名人たる者の風格について、肌感覚で最も強烈に印象付けられたのが大山先生だった。もちろん、名人のあり方は時代によって少しずつ変わるし、棋士それぞれに名人観の違いもある。それでもなお、私には大山先生こそが、幼少から抱いてきた将棋の名人像と最も重なる人物だった。</p>

<p>名人位だけで通算18期と、実績が抜群であることは言うまでもない。しかし、大山先生の偉大さは単にタイトルの数や在位の長さだけではなかった。その存在には独特の重みがあった。盤上の技術だけでなく、盤を挟んだ空気そのものまで支配してしまうようなところもあった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>4つの世代に勝つ</h2>

<p>私は以前から、「大名人」と呼ばれる人には1つの条件があると考えている。それは、4つの世代に勝つことである。</p>

<p>自分より2つ上と1つ上の世代に勝ち、同世代に勝ち、1つ下の世代にも勝つ。さらにその下の世代とも戦う。名人というのは、だいたい20代前半で第一人者を破って誕生することが多い。そうすると、そこから長く第一人者であり続けるためには、前後4つの世代にまたがって勝たなければならないことになる。</p>

<p>その意味で、大山先生はやはり特別だった。木村義雄名人から名人位を奪って第一人者となり、その後、塚田正夫先生や升田幸三先生らと争い、さらに二上達也先生や加藤一二三先生といった一世代下の棋士たちを退け、最後には20歳以上離れた中原誠先生と勝負を続けた。普通であれば、2つ下の世代に第一人者の座を譲った時点で第一線から少しずつ退いていくものだが、大山先生の場合はそこからもなお長かった。これはちょっと他の棋士と同じようには語れないところがある。</p>

<p>大山先生の将棋の特徴として、まず思い浮かぶのは終盤の強さである。もっとも、終盤が強いというだけなら、他にもそういう棋士はいる。大山先生の場合は、勝負の終わり方そのものが独特だった。普通の棋士の将棋なら、ここで勝負がついたという局面からでも、もうひと山もふた山もあった。こちらが優勢になったと思っても、まだ終わらない。攻めが決まったように見えても、まだ届かない。そういう将棋が非常に多かった。</p>

<p>「大山の終盤は2度ある」といった言い方もされるが、それは単に粘るということではない。受けの技術が豊富であることはもちろんだが、その前提として、相手がどう攻めてくるかをかなり早い段階で見抜いていた。相手の狙い筋を読んで、その1手前に受ける。そうすると、攻めている側は、今まで積み上げてきた読みを最初からやり直さなければならなくなる。</p>

<p>大山先生の将棋の根底には、「人間は必ず間違える」という考え方があったように思う。終盤で複雑な局面になれば、どれほど強い棋士でも間違えることがある。ならば勝負を簡単に終わらせず、長く難しくしていけば、最後には相手の方が先に誤る。そういう確信が大山先生にはあったのか。自分の方が終盤では強い、長くなればなるほど自分に分があるという自負がなければ、なかなか取れない作戦である。</p>

<p>そのことは、振り飛車を多く指されたこととも関係がある。飛車を左側に移動し、玉を右側に囲う振り飛車は、飛車のいる側でまず戦いが起こり、そのあと飛車を打ち込んで横から攻めるという、二段構えの戦いになりやすい。居飛車の将棋に比べて、中終盤のねじり合いが長く続く。そういう展開は、経験と勝負勘のある棋士に向く面がある。</p>

<p>大山先生は若い頃には居飛車も多く指されていたのだが、年齢を重ねる中で、より自分の持ち味が出る戦い方へと重点を移していったのだろう。大山先生の将棋には、「最初のチャンスは見送る」「勝負を一局の中で何度もつくり直す」という特徴があった。その意味で、振り飛車という戦法はよく合っていた。</p>

<p>振り飛車党ながら、お互いが飛車を振る相振り飛車はほとんど指さなかった。大山先生は「振り飛車はよく知っているので、相手が振ったら自分はいつもと逆の居飛車で戦えばいい」という考え方だった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>全タイトル戦50回連続出場</h2>

<p>大山康晴十五世名人の持つ「全タイトル戦50回連続出場」という記録は、羽生善治さんの7冠独占、藤井聡太さんの8冠独占と比べると、一般にはあまり広く知られていないように思う。</p>

<p>羽生さんの7冠、藤井さんの8冠は、将棋界に存在するタイトルを同時にすべて保持したという、誰の目にもわかりやすい偉業である。それに比べると、「50回連続出場」という言葉は、少し地味に聞こえるかもしれない。しかし、プロ棋士の観点からいえば、これはとんでもない、まさに空前絶後の記録なのだ。</p>

<p>この記録は、1957年5月7日に開幕した第16期名人戦七番勝負、大山康晴名人対升田幸三九段戦から始まる。この時、大山先生は34歳であった。番勝負は同年7月11日まで行われ、大山先生は升田先生に2勝4敗で敗れ、名人位を失った。普通なら、これは自分の時代の終わりにもなり得る。ところが、大山先生の場合は違った。</p>

<p>この名人戦敗北が、将棋史上前人未踏の全タイトル戦50回連続出場という偉大な記録の出発点になったのだ。つまり、この名人戦敗北を含めて50回連続で、その当時あったすべてのタイトル戦において、タイトル保持者または挑戦者として出場し続けたのだ。</p>

<p>その記録の出発点が失冠した1957年の名人戦であったところが、いかにも大山先生らしい。大山先生は名人失冠後もタイトル戦の舞台に残り続けたのだ。</p>

<p>まずは1957年12月の九段戦（当時の3大タイトル戦）で升田幸三九段・名人に挑み、2勝4敗で再び升田先生に敗退した。しかし、翌1958（昭和33）年3月の王将戦では4勝3敗で升田王将・名人・九段に勝ち、当時の3大タイトルの一つ、王将を獲得した。</p>

<p>続いて同年7月の名人戦でも升田名人に挑戦するが、これには敗れる。しかし、続く同年12月の九段戦では升田幸三九段・名人に4勝2敗で勝ち、九段位を奪取する。そして1959年6月に升田幸三名人に挑戦し、4勝1敗1千日手で名人を奪回、名人、九段、王将の全冠を制覇、3冠王となった。</p>

<p>ここからは大山先生の破竹のタイトル戦連勝が始まる。タイトル戦に出場し続けるだけでなく、1958年の九段戦から1963年の第1期棋聖戦まで17回連続タイトル戦で防衛、または獲得した。さらに1963年6月の名人戦防衛から1966年6月の名人戦防衛までタイトル戦19回連続で防衛、または獲得している。これも含めて1967年12月の第6期十段戦まで、大山先生はすべてのタイトル戦にタイトル保持者または挑戦者として50回連続で出場を続けたのだ。</p>

<p>50回で途切れたのは1967年で、大山先生が山田道美八段に棋聖位を奪われた後、翌年の棋聖戦の挑戦者にはなれず、棋聖戦は山田道美棋聖と中原誠五段との間で争われたためだ。いずれにせよ、この間に大山先生は当時あった名人、九段、王位、王将、棋聖の5冠王にもなり、約10年にわたって絶対的な将棋界ナンバーワンとして君臨した。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 09 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[谷川浩司（棋士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>怒りや不安を長引かせないコツは「最初の6秒間」にあった  鈴木祐（サイエンスジャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/15011</link>
						<guid isPermaLink="false">0000015011</guid>
			<description><![CDATA[怒りや不安、嫉妬――そうした負の感情を上手くやり過ごすためのコツを、サイエンスジャーナリストの鈴木祐さんが解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="鈴木祐著『最高の状態 無』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_thinkingwoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>「友人や上司に嫌味を言われてイライラした」「返信がなくて不安になった」――こうしたネガティブな感情に襲われ、その後もしばらくモヤモヤした経験が誰しも一度はあるのではないでしょうか？</p>

<p>怒り・不安・嫉妬などの感情を長引かせる「負のスパイラル」に陥らないためには、その感情を6秒間やり過ごすことが大切だと語る、サイエンスジャーナリストの鈴木祐さん。本稿では、怒りを持続させないコツや苦しみが続くメカニズムを紹介します。</p>

<p>※本稿は、鈴木祐著『最高の状態 無』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>苦しみ＝あなたのニーズが満たされない状態</h2>

<p><img alt="鈴木祐著『最高の状態 無』" height="1061" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260901saikonojotai01.jpg" width="1200" /></p>

<p>・他人からの悪口に怒りが消えない</p>

<p>・自分の失敗をいつまでも恥じる</p>

<p>・将来の生活や健康にとめどなく不安を抱く</p>

<p>――そんな生物は、地球上で私たち人間だけです。</p>

<p>同じ哺乳類の中でも、ヒトだけが「苦しみ」をこじらせるのはなぜなのでしょう？</p>

<p>ヒト以外の動物には、老後の暮らしに必要な資金を計算したり、過去の失敗を悔やんだりするような知性はありません。その点で言えば、彼らは複雑な悩みを持てないため、深い苦しみを抱くことがないようにも思えます。</p>

<p>ネガティブな感情に襲われるとき、私たちの内面にはどのような変化が起きているのでしょうか？次の場面を想像してみてください。</p>

<p>・子どもが言うことを聞かないので、つい怒鳴りつけた</p>

<p>・友人にメッセージを送ったが返事がなく、気が気でない</p>

<p>・働いても給料が上がらないせいで、やる気が失せた</p>

<p>・上司や同僚に嘘がバレて、逃げ出したくなった</p>

<p>怒り、不安、悲しみ、恥、虚しさ――。いずれもごく日常的な感情ですが、発生している「苦しみ」の種類はそれぞれ違います。これらの状況に共通するポイントとは、いったい何でしょう？</p>

<p>結論から言えば、すべての状況は「あなたのニーズが満たされない状態」としてまとめることができます。他人に言うことを聞いて欲しい、友人の反応を知りたい、同僚を信頼し続けたい、物知りだと思われたい、頑張ったぶん報われたい......。</p>

<p>表に現れた感情はそれぞれ違うものの、根っこにはどれも、「大事なものが失われた」「必要なものが足りない」といった感覚があります。つまり、私たちの「苦しみ」は、あなたに&quot;不足&quot;を知らせるメッセンジャーとして機能しているのです。</p>

<p>このような機能は、人類進化のプロセスで形作られてきました。個々の感情がどう進化したかについてはまだ議論がありますが、まず初めに、「恐怖」や「喜び」のような、個体の生存に役立つ感情が生まれたと考えられています。「恐怖」は私たちに外敵から身を守る行動をうながし、「喜び」は食料や生殖の機会を逃さない気持ちを駆り立てます。</p>

<p>続いて、私たちの祖先が集団生活を始めると、さらに別の感情が生まれました。他人との生活はひとり暮らしよりも複雑さが増します。できるだけ周囲の援助を勝ち取り、裏切りの可能性を減らさなければなりません。そこで私たちの中には、「恥」「嫉妬」「愛情」といった感情がインストールされました。これらは社会的感情と呼ばれるものです。</p>

<p>もしこれらの感情がなかったら、あなたは身に迫る危険を察知することはできません。大事なものを奪われても、取り戻そうとすらしないでしょう。これを踏まえると、ネガティブな感情は「敵」ではなく、私たちを守ろうとしてくれていると言えます。それなのに、私たち人類だけが「苦しみ」をこじらせてしまうのはなぜなのでしょうか？</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>本当の苦しみは&ldquo;二の矢&rdquo;が刺さるかどうかで決まる</h2>

<p><img alt="鈴木祐著『最高の状態 無』" height="1227" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260901saikonojotai02.jpg" width="1200" /></p>

<p>原始仏教の教典「雑阿含経」に、こんな話があります。いまから2500年前、古代インド・マガダ国の竹林精舎で、ゴータマ・ブッダが弟子たちにこんな問題を出しました。</p>

<p>「一般の人も仏弟子も、同じ人間であることに変わりはない。それゆえに、仏弟子とて喜びを感じるし、ときには不快を感じ、憂いを覚えることもある。それでは、一般の人と仏弟子は何が違うのだろう？」</p>

<p>「悟りを開いた人」といえば、何事にも動じないイメージがあります。しかし実際には、喜怒哀楽の感情を持つ点では普通の人と変わらず、本当に重要な違いは他にある、と言うのです。困惑して黙り込む弟子たちに、ゴータマ・ブッダはこう答えました。</p>

<p>「一般の人と仏弟子の違いとは、&quot;二の矢&quot;が刺さるか否かだ」</p>

<p>生物が生き抜く上では、ある程度の苦しみは避けられません。捕食者の襲撃、天候不順による飢え、予期せぬ病気......さまざまな困難は誰にでも訪れます。この絶対的な事実を、「雑阿含経」は1本目の矢が刺さった状態にたとえました。ランダムに発生する、予測不可能な苦しみ。これが&quot;一の矢&quot;です。</p>

<p>さらに、ここで多くの人は&quot;二の矢&quot;を放ちます。</p>

<p>たとえば、あなたが京都大学の霊長類研究所で暮らしたチンパンジーのレオと同じ状況(半身不随)になったとしましょう。意識ははっきりしているのに身体が動かせず、寝たきりのまま介護を受けるしかありません。</p>

<p>ここでの&quot;一の矢&quot;は、半身不随による苦痛そのものです。身体が満足に動かせないという最初の苦しみだけは、どうしても避けられません。そして次に、あなたはこう思うでしょう。</p>

<p>「なぜ自分だけがこんな目に遭うんだ」</p>

<p>「この先、家族はどうすれば良いのか」</p>

<p>「もう人生は終わりだ」</p>

<p>これが&quot;二の矢&quot;です。最初の矢に反応した脳は、さまざまな思考を生みます。そして、それに伴って現れた新たな怒り、不安、悲しみが次々とあなたを襲い、さらに苦しみは深まっていきます。半身不随ほどの極限状態まではいかなくても、次のような&quot;二の矢&quot;は誰もが経験する心理でしょう。</p>

<p>・上司が理不尽な文句をつけてきた（一の矢）</p>

<p>&rarr;「自分が悪かったのか、それとも上司がリーダー失格なのか」などと思い悩む（二の矢）</p>

<p>・同僚が昇進した（一の矢）</p>

<p>&rarr;「私の能力が低いのか？」などと定期的に自分を責める（二の矢）</p>

<p>現代の環境では、矢の数が2本で済めば良いほうで、3の矢、4の矢と自ら続けざまに矢を刺す人が少なくありません。</p>

<p>このように、最初の悩みがまた別の悩みを呼び込み、同じ悩みが脳内で反復される状態を、心理学では「反芻思考」と呼びます。これは、牛が食物を胃から口に戻して噛み直すように、いったん忘れた過去の失敗や未来の不安を、何度も頭のなかで繰り返す心理のことです。</p>

<p>この反芻思考のダメージは計り知れません。複数のメタ分析で鬱病や不安障害との強い相関が出ているほか、反芻思考が多い人ほど心臓病や脳卒中にかかるリスクが高く、早期の死亡率が高まる傾向も報告されています。いつも頭の中で否定的な思考やイメージが渦巻いている状態では、すぐに心を病んでしまいます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>&ldquo;怒り&rdquo;は6秒しか持続しない</h2>

<p>しかし、もし&quot;一の矢&quot;だけで苦しみを終えることができたらどうでしょうか？</p>

<p>病気が引き起こす最初の苦痛は避けられません。しかし、そこから自分に&quot;二の矢&quot;を放たなければ、苦しみが苦しみを呼ぶ「負のスパイラル」に陥らずに済みます。苦しみはすぐに消え去り、残ったエネルギーをもっと前向きに使えるようになるはずです。幸いなことに、近年の研究では、&quot;一の矢&quot;の脅威が思ったより長く続かないことがわかってきました。「&quot;怒り&quot;は6秒しか持続しない」というのです。</p>

<p>たとえば、あなたが誰かから暴言を言われたとします。このとき、脳内では大脳辺縁系がアドレナリンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質を放出し、心と身体を戦闘状態に変えます。怒りで身体が熱くなり、全身の筋肉が硬くなるのは、これら神経伝達物質の働きによるものです。そのまま何も対策をしなければ、あなたはすぐに相手へ暴言を吐いたり殴りかかったりするかもしれません。</p>

<p>しかし、ここで少しだけ待つと、人間の理性をつかさどる前頭葉が大脳辺縁系を抑えにかかり、少しずつ神経伝達物質の影響を無効化していきます。前頭葉が起動するまでの時間は平均で4〜6秒。そこから10〜15分も経てば、アドレナリンやノルアドレナリンの影響力はほとんど消え、あなたの怒りは鎮まります。</p>

<p>つまり、暴言を受けてから6秒だけやりすごせれば、&quot;一の矢&quot;の痛みは過ぎ去るのです。同じ戦略は、目の前の誘惑に耐えたいときにも使うことができます。</p>

<p>プリマス大学の実験では、まず被験者に「いま最も食べたいものについて考えてください」と指示し、お菓子やコーヒーなど、好きなものを自由に思い浮かべさせて欲望をかき立てました。続いて被験者の半分に「テトリス」を3分間だけプレイさせたところ、おもしろい変化が起きました。ゲームで遊んだグループは、そうでない被験者に比べて渇望のレベルが24％も下がり、欲していたものに対してそれほど魅力を感じなくなったのです。</p>

<p>このような現象が起きた理由は、先ほどのアドレナリンと同じく、神経伝達物質の影響力が下がったことにあります。通常、何か欲しいものを前にした人間の脳内には、ドーパミンというホルモンが分泌され、欲望をかき立てる方向に働きます。ドーパミンは人間のモチベーションを駆動する物質です。いったんその影響下に置かれれば、逃れられる人はほぼいません。</p>

<p>ところが、欲望を抱いた直後に「テトリス」で脳の注意を一時的にそらしてやると、すぐにドーパミンによる支配力は薄れ、前頭葉の自己コントロール能力が戻り始めます。ドーパミンの持続時間は平均10分前後。その時間さえしのげば、あなたは&quot;一の矢&quot;だけで苦しみを終えられるのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_thinkingwoman.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 08 Sep 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[鈴木祐（サイエンスジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ人は行列や「レビューの星の数」に流されるのか？社会的証明の罠  神岡真司（ビジネス心理研究家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14915</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014915</guid>
			<description><![CDATA[他人に流される｢社会的証明｣と、成果を出しても自分を偽物だと感じる｢インポスター症候群｣を解説。多数派に依存せず等身大の成果を受け入れ、納得のいく選択と健やかな自信を得るコツを紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="プレゼンの様子" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_speech01.jpg" width="1200" /></p>

<p>周囲の意見に流されたり、成果を出しても自分に自信が持てなかったりしていませんか？神岡真司氏は著書『科学でわかったすごい心理法則100｢あの人が自然と動く｣コツ、まとめました』にて、多数派に流される｢社会的証明｣と、自分を偽物と感じる｢インポスター症候群｣を解説。他人に振り回されず健全な自信を育むヒントに迫ります。</p>

<p>※本稿は、神岡真司著『科学でわかったすごい心理法則100｢あの人が自然と動く｣コツ、まとめました』(イースト・プレス)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>周囲の振る舞いを「正解」だと信じる心理</h2>

<p>自分の判断に自信が持てないとき、無意識に他人の行動を正解の基準にしてしまう心の動きがあります。これを｢社会的証明｣と呼び、特に知識のない分野や不安な場面で、私たちは周囲の振る舞いを｢信頼できる情報源｣として頼るようになります。この心理は、流行がさらに大きな流行を呼ぶ｢バンドワゴン効果｣の土台にもなっており、私たちの選択に強い影響を与えます。</p>

<p>例えば、旅先で2つの店が並んでおり、一方は静まり返っていて、もう一方は賑わっていたとします。多くの人が賑わっている店に吸い寄せられるのは、他人の選択を｢品質の保証｣として受け取っているからです。たとえ空いている店の方が味が良かったとしても、大勢の支持という目に見える事実が、自分自身の判断を後回しにさせてしまいます。</p>

<p>こうした傾向は、他者と同じ行動を取ることで｢失敗｣のリスクを避け、安心を得ようとする脳の性質によるものです。自分1人の知識で価値を見極めるよりも、周囲の評価を｢正しさの目安｣として頼る方が、手軽に確信を得られるからです。その結果、自分の考えよりも多数派の勢いに身を任せることで、心の安定を保とうとします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>多数派に合わせて安心を得る理由</h2>

<p>｢社会的証明｣の心理は、ネット上での情報収集でも顕著に表れます。買い物の際、性能を細かく調べる前にレビューの星の数や口コミの多さを確認するのは一般的です。｢みんなが高く評価しているなら安心だ｣と考えるのは、｢社会的証明｣の影響を強く受けているからです。SNS で多くの｢いいね｣やフォロワー数を持つアカウントを無意識に信頼してしまうのも、同じ理由によります。</p>

<p>こうした心の動きを自覚していれば、何かを評価する際、単に｢人気があるから｣という理由だけで選んでいないか立ち止まって考える余裕が生まれます。</p>

<p>反対に自分が提案する側なら、過去の成功例や賛同者の声を効果的に示すことで、相手の不安を和らげ、前向きな決断を後押しできるようになります。</p>

<p>情報があふれる現代で自分を保つためには、この心理的な偏りが判断に大きく関わっていることを知っておく必要があります。多数派が常に正しいとは限らないという視点を持つことが、物事の本質を見極める力を養うために欠かせない要素となります。</p>

<p>周囲の熱狂から一歩引いて、自分なりの価値観で選ぶ姿勢を大切にすることが、納得のいく選択を積み重ねるための確実な道筋となるはずです。他人の評価に依存しない決断こそが、真の満足感をもたらすのです。</p>

<p>【POINT】<br />
レビューや多数派の声を見るときは、自分の目的に合うかまで確認する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>評価されるほど不安になる｢インポスター症候群｣</h2>

<p>十分な能力や実績があるにもかかわらず、｢自分は実力以上の評価を受けている詐欺師(インポスター)だ｣と感じてしまう心の状態を｢インポスター症候群｣といいます。周囲から高く評価されるほど、自分の成功を｢たまたま運が良かっただけ｣や｢周りを過信させているだけ｣と思い込み、いつか正体が暴かれるのではないかという恐怖を募らせてしまうのが特徴です。</p>

<p>例えば、大きなプロジェクトを成功させて称賛を浴びる場面でも、この傾向が強い人は｢今回は偶然うまくいっただけだ｣｢能力不足を隠し通せただけだ｣と考えてしまいます。周囲が認める客観的な事実と、自分自身が抱く低い自己認識の間に大きなズレが生じているのです。</p>

<p>皮肉なことに、真面目で責任感が強く、着実に成果を出している人ほど、この心理的な罠に陥りやすいことがわかっています。こうした心の動きが生じる要因には、脳が｢完璧｣を追い求めるあまり、自分の些細なミスや欠点ばかりを過大に捉えてしまう性質が関係しています。</p>

<p>この過度な自己評価の厳しさが精神的な疲弊を生み、本来味わうべき成功の喜びをも奪い去ってしまうのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>評価と自己認識のズレを解消する方法</h2>

<p>SNS などで他人の｢完璧に見える成果｣ばかりが目に入る現代では、｢自分の内面にある不安｣と｢他人の外面の輝き｣を無意識に比べてしまい、自分だけが劣っているように感じてしまう機会が増えています。しかし、実際には多くの人が同じような不安を抱えながら歩んでいるのです。</p>

<p>自分自身の価値を正当に見つめ直すためには、得られた成果を単なる｢偶然｣として片付けない習慣が必要です。具体的には、成功した要因を書き出してみたり、他人からの感謝や称賛の言葉を素直に受け取ることが有効です。</p>

<p>自分の内側にある｢私は偽物(インポスター)だ｣という主観的な声に耳を貸すのではなく、目に見える数字や他者の客観的なフィードバックを証拠として採用する冷静さが求められます。また、周囲の人に自分の不安を打ち明けることも、心の負担を軽くする助けとなります。多くの著名人や成功者も、同様の恐怖と向き合いながら活動していることを知るだけで、自分だけが特別な｢偽物｣ではないと理解できるようになります。</p>

<p>完璧主義という足枷を外し、失敗や迷いを含めた自分自身の等身大の姿を認めることが、健全な自信を築くための有力な手段となるはずです。そのありのままの歩みこそが、他でもない｢本物｣の証明となるのです。</p>

<p>【POINT】<br />
うまくいったことまで｢運がよかっただけ｣で片づけない。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 08 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[神岡真司（ビジネス心理研究家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「私立大学250校削減」の衝撃　生き残りの鍵は“大学間国内留学”にあった  西山昭彦（立命館大学客員教授）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14968</link>
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			<description><![CDATA[少子化による私立大学の淘汰が懸念される中、立命館大学の好調事例を紹介。生き残り策として、学生の視野拡大や地域活性化、学生確保につながる｢大学間国内留学制度｣の普及と国の支援を提唱する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="立命館の快進撃" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260825NishiyamaAkihiko03.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年、財務省が公表した｢私立大学250〜400校程度削減資料｣。ただでさえ私立大学の半分弱が定員割れの現状にあって、大学はどうすれば生存できるのか。大学間の交換留学制度で学生の人的交流と大学および地域の活性化を図るアイデアについて、立命館大学客員教授がそのメリットを説く。</p>

<p>※本稿は、西山昭彦著『立命館の快進撃』(PHP研究所)を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大学法人の経営危機 250〜400大学が減少</h2>

<p>日本私立学校振興・共済事業団(私学事業団)が662の学校法人の24年度決算をもとに調査した結果、26法人が｢自力再生が困難な状態になる恐れがある｣(レッドゾーン)、181法人が｢経営困難な状態が懸念される｣(イエローゾーン)とされた(『朝日新聞』2026年4月21日)。合わせると、約3割になる。</p>

<p>また、総務省｢人口推計｣によると、50代前半の人は約196万人(2025年、平均値)、20代前半は約124万人(同)。2025年の出生数はついに70万人を切り、67万人。これでは、国内向けのビジネスは量的に大幅に縮小せざるをえない。</p>

<p>供給面では、人材不足がより深刻化し、成り立たない事業が増える。他方、需要面では、需要の縮小が収入減をもたらす。その1つが大学だ。これから250〜400大学が減少するという財務省の資料も出された。</p>

<p>そんな中、立命館大学は逆に今後さらに躍進すると見られている。理由は、教育の結果＝卒業生の活躍がめざましい。しかも、公認会計士・国家総合職合格者数で明らかなように、若い層ほどその傾向が一段と高まっている。国家公務員総合職合格者は1998〜2025年で964名、公認会計士は同1040名、司法試験合格者は新司法試験(法科大学院制度)開始から25年で640名である。それ以前の合格者は把握できていないが、この3つの合格者だけで約2600名になる。もちろん民間企業での活躍も増えており、筆者の教え子の多くも有力企業に就職し、東京勤務で活躍中だ。</p>

<p>そして、大学のもう1つの使命である研究力が、中央官庁等の研究関連公募の採択結果で明らかなように、立命館大学では年々かなりの速度で強化されている。採択されることで研究に力が注がれ、組織変革も進み、周辺も含めて成果が上がる。そのプロセスを通じて、さらに大学自身が発展するという好循環が回っている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢大学間国内留学制度｣は学生確保にもプラス</h2>

<p>2026年8月21日『朝日新聞』によると、文部科学省は大学での学びの質を高めるため、留学をカリキュラムで必修とする学部に、学生の留学費用を含む諸経費を支援する事業を始める方針を示した。大きなポイントは、海外留学を基本としつつ、都市部の大学から地方の大学など｢国内の他地域｣への｢留学｣も対象とする点だ。</p>

<p>私はかねてより、日本全体での大学間の国内留学制度の普及を提唱してきた。</p>

<p>東京生まれで、東京の大学に行き東京の企業に勤める。私や友人はほとんどこれだ。1つの地域しか知らないので比較分析ができず、視野が狭い。本来海外留学が視野を広げるのにベストだが、それは一部の人にとどまる。</p>

<p>大学4年のうち1～2年国内の他の地域の大学に行く。それを経験することで、視野も発想も変わる。4年間同じところにいるより、成長できる。私自身が立命館大学に勤務し、関西の生活をしたことで、視野が広がり意識も変わった。関西への親近感が増し、東京を相対視することもできた。</p>

<p>国内留学で、学生が東京から地方へ行く。地方の学生は、都心の大学に入学しなくても今の大学在籍のまま東京や京都等へ行く(地方大学の学生確保にもプラスになる)。異体験をすることで、お互いの学生が学生生活をエンジョイし成長できる。双方の大学、地域の活性化にもなる。行った先で知り合いができ、ネットワークも形成される。それが将来活きて、ビジネスや趣味の世界を広げる。</p>

<p>全国220万人の学生の一割がこれに参加したら、日本全体のことを考える人々が増え、国として政治経済の方向も決めやすくなる。今のままでは｢地方の活性化｣と言っても、東京人にはイメージできない恐れがある。大学がこの制度に一斉に取り組み、国の支援も受け、学生の体験を豊かにして日本の人的基盤を強化できればと思う。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 08 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[西山昭彦（立命館大学客員教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「そこには生きている人がいる」 哲学者・永井玲衣さんが戦争を話し、聞く中でたどり着いた一行  永井玲衣（哲学者,作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14869</link>
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			<description><![CDATA[「せんそうってプロジェクト」を立ち上げ、哲学対話の場をひらいてきた哲学者の永井玲衣さん。プロジェクト立ち上げから現在まで、目まぐるしく変わっていった社会を前に、考えていることを教えてもらった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="撮影：八木咲" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260812nagairei02.jpg" width="1200" /></p>

<p>「せんそうってプロジェクト」を立ち上げてから、一冊の本になるまでの間に、世界の情勢は大きく変わってしまった&mdash;&mdash;そう振り返るのは、哲学者の永井玲衣さんです。写真家の八木咲さんと共に、「せんそう」について語ったり、聞いたり、考えたりする場をひらいてきた永井さんは、この7月、その歩みをまとめた一冊『せんそうって』を刊行しました。</p>

<p>本を作る中でたどり着いた永井さんなりの答えと、目まぐるしく動く社会に不安を抱える読者へのメッセージをうかがいました。（写真：八木咲）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「そこには人間が確かに生きている」</h2>

<p>――戦争にまつわる対話を重ねた上で一冊の本が出来上がりました。『群像』に連載として書き綴っていたと思いますが、このプロジェクトを開始した当初と、それが本になった現在とで戦争への印象や、対話している人、その場所の見え方は変わったりしましたか。</p>

<p>【永井】本当に、私たちを追い抜いていくように国際情勢も社会も急激に悪化しているので、切迫感と焦燥感がより増してしまったと思います。それは市民の間にも広がっていて、「やばいかも」という感覚が、いろいろな場所に表れている。人々の変化はかなり感じるようになりました。</p>

<p>自分自身は、いろんな話を聞いたり書いたりして、最後の一行に「せんそう、わたしはあなたを愛することはできない。」と書いたのですが、あの言葉を実感を持って書くことができたのは、この連載があったからだと思います。</p>

<p>戦争の話を書くことによって発見したのは、最終章の「生きている」の、「生きた。生きてきた。生きている。」という一行を書くために自分はこれをやってきたんだな、ということでした。</p>

<p>そこには人間が確かに生きている、だから殺すな、殺させるな、しょうがないと諦めたくない、と思う。</p>

<p>戦争というと、ついつい死に引きずられて、漠然とした瓦礫のようなものが浮かんで、もうダメかもしれないと思ってしまいます。でも、そこには生きてきた人がいて、今も生きている人がいて、生きようとしている人たちがいて、私たちも今生きている、じゃあ何をするんだろう、と切迫感の中で書きながらその言葉を見つけていけたのだと思います。</p>

<p>――永井さんのご著書や発信をきっかけに、もう少し戦争について話してみたいと思う人も現れるかもしれません。そうした対話を始めたいと思ったときの最初のきっかけ、初めの一言として、どんなことから始めるといいと思いますか。</p>

<p>【永井】「聞きたい」ということですかね、本当に素直に。「あなたの言葉を聞きたいです」と伝える。</p>

<p>場を作るときに、自分のことを「ファシリテーター」と言わなくなって、かなり長い年月が経つのですが、ファシリテーターというと、場を管理する、サービスを提供する側にどうしてもなってしまうことがあって。そうではなく、一緒に考えたいんだと思うんですね。</p>

<p>同時に、語り手は聞き手がいないと語り手になれないので、自分は最初の聞き手になりたいと思うようになりました。だから場を作るときは「聞きたいです」と正直に言うようにしています。</p>

<p>「はい、皆さん喋ってください、どうぞどうぞ」ではなく、「めちゃくちゃ聞きたいと思ってここにいます」と、本心として伝えるようにしています。あなたが考えていることは絶対に大事なことで、でもそれが結論ではないと理解しているし、考え途中のことを一緒に出し合いながら考えていきたいので、どうか引っ込めないで教えてほしい、と。</p>

<p>もちろん無理に話さなくていいけれど、話そうかなと迷っているんだったら絶対教えてほしい、と言って始めています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大きな社会の流れに一人では抗えないから</h2>

<p>――最後に、今回のお話の中でもたくさんのメッセージをいただいたと感じているのですが、国際情勢が大きく変わる中で、焦りや無力感を覚えてしまう人もいるのではないかと思います。それでも対話を諦めないために、永井さんから言葉をいただけますか。</p>

<p>【永井】今起きている現実を認識することは、そのまま肯定することではありません。ですが、混乱しているとそれを分別できなくなってしまうと思うんです。「現実はこう」というのを飲み込んでしまって、「これは変えられないんだ」と思い込んでしまう。本当は同じではないんです。</p>

<p>必要なのは、「私たちはどうしたいか」だと思います。死にたくないし、殺されたくないし、殺したくないし、殺されてほしくない。非人間化がまかり通るような、暴力が当たり前の顔をして跋扈(ばっこ)するような社会に生きたくないのが素朴な「嫌なんですけど」と感じている部分で、じゃあそれをどうするかと考えることはできると思います。</p>

<p>でも、一人でいると「現実は大きすぎて無理かも」と感じてしまうものです。例えば今、「デモは何のためにあるのか」という論争がありますよね。いろいろ意味はあると思うのですが、一つは&quot;思い出させてもらえること&quot;なのではないかなと。「そうだった、そうだった、これは別に諦めなくてよかったんだった」と互いを励まし合うためにある。</p>

<p>誰かの語りの中に自分の言葉を見つけて、「あ、私もそんなふうに言ってよかったんだ」と思い出す。それは対話の場でも起きていて、「自分の気持ちをこうやって言っていいんだ」と確認し合う、励まし合う部分がすごくあると思います。</p>

<p>だから一人ではできないんです。一人で抗うことはできない。私も「ヘナヘナで無理かも」という日も当然あるのですが、それでも「やっぱり大丈夫だったわ」を繰り返している。だからそういう場をたくさん作ることが必要なんじゃないかと思います。</p>

<p>――日常的な悩みと近いのかもしれませんね。戦争という大きな問題に対しても、一人で悩まないことが大事なのかも。</p>

<p>【永井】確かに、悩みと同じと言っていいかもしれません。一人で悩まない、そういうシンプルなことかもしれないですね。</p>

<p>（取材・構成：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 08 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[永井玲衣（哲学者,作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>中年太りに効く「歩く」習慣　1日何分以上歩けばいい？【医学博士が解説】  大島清（京都大学名誉教授,医学博士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14941</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014941</guid>
			<description><![CDATA[体脂肪を減らすには激しい運動が必要だと思っていませんか？実はほんの少し早足で歩く有酸素運動こそが脂肪燃焼のカギです。効果的な歩き方と筋肉を維持するコツを解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ウォーキング" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_walkingseniorman.jpg" width="1200" /></p>

<p>体脂肪を落とすために、日々の食事から無理に脂肪を減らそうとしたり、激しい運動をしていませんか。実は、早足でのウォーキングを取り入れることが、体に蓄積された余分な脂肪を効率よく燃やす近道となるかもしれません。効果的に脂肪を燃焼させるメカニズムについて、大島清氏の書籍『歩くとなぜいいか』より紹介します。</p>

<p>※本稿は、大島清著『歩くとなぜいいか』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>歩くと、脂肪がよく燃えてやせられる</h2>

<p>脂肪が目の敵にされている。中年過ぎの肥満の原因はすべて脂肪の摂りすぎにあるかのような解説書を目にすることもある。</p>

<p>いかにも偏った見方で、脂肪さえ摂らなければ、後は何をしてもいいという誤解を生じかねない。もちろん脂肪の摂りすぎはよくない。だが極端な話、脂肪さえ摂らなければ一日中家でごろごろしていても健康に過ごせるかというと、そんなことはない。</p>

<p>バランスのとれた食事を楽しんで摂ろうとすれば、ある程度の脂肪摂取はやむを得ないことだ。むしろ余分な脂肪は燃やしてしまうという方法を考えた方がいい。</p>

<p>これに歩くことが大きく作用する。ただこの場合、漫然と歩くのではなく、ほんの少しだけ早足で、さっさっさっと歩くようにする。ウォーキングだ。時間もできれば30分以上は歩きたい。</p>

<p>こうして歩くと、歩くことがエアロビクスになる。エアロビクスとは、体に酸素を取り込みながら運動することで、「有酸素運動」と訳されている。</p>

<p>この有酸素運動が、蓄積された余分な脂肪を燃やしてくれる。無理なく体に酸素を取り入れながら歩き続けるとき、そのエネルギー源として筋肉に蓄えられたグリコーゲンと体脂肪として蓄えられている脂肪が使われているのだ。</p>

<p>歩けば歩くほど、体の脂肪は減っていく。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>無酸素運動と有酸素運動をうまく組み合わせる</h2>

<p>ではもっとハードに、100メートルを全力疾走すれば体脂肪はもっと減るかというと、そうはならない。このような運動をアネロビクス（無酸素運動）というが、ここで利用されるエネルギー源は主に筋肉に蓄えられたグリコーゲンだけで、脂肪はほとんど使われない。</p>

<p>全力疾走しても体脂肪は減らないのだ。</p>

<p>ただ、こうした無酸素運動は筋肉を鍛え、筋肉の衰えを防ぐ上では効果がある。基礎代謝の低下を防ぐためには、無酸素運動も取り入れ、筋肉の量を減らさないようにすることも大切だ。</p>

<p>しかし、いくら筋肉を維持するためとはいえ、30歳を過ぎてからの100メートル全力疾走は勧められない。ジムなどで機械を使って筋力トレーニングするとか、スイミングで25メートルを全力で泳ぎ切るとかが効果的かもしれない。</p>

<p>ウォーキングの前に筋肉を曲げ伸ばしする準備運動を十分に行うだけでも、ある程度筋肉維持の効果はある。</p>

<p>無酸素運動と有酸素運動をうまく組み合わせて運動を続けていれば、若々しい筋肉を保つことができるはずだ。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_walkingseniorman.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 07 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大島清（京都大学名誉教授,医学博士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>『プレバト!!』水彩画の野村重存さんが語る「絵がうまい人、へたな人」の違い  野村重存（画家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12875</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012875</guid>
			<description><![CDATA[画家の野村重存さんが教える「絵がうまい人、へたな人の違い」とは？]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="野村重存" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250423Nomurashigeari0.jpg" width="1200" /><br />
写真：小池彩子</p>

<p>テレビ番組「プレバト!!」（MBS/TBS系）の水彩画コーナーで大人気の絵の先生・野村重存さんは、「絵のセンスや才能がない」と思っている超初心者、さらにその前段階の初心者未満の人でも、「必ず上手な絵を描くことができる!」と語ります。</p>

<p>本稿では絵の超初心者・Iさんが、&quot;絵の上達のいちばんの近道&quot;について教えてもらいました。</p>

<p>※本稿は、野村重存著『野村重存の世界一わかりやすい絵の授業』（PHP研究所）から一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>絵がうまい人、へたな人の違い</h2>

<p>I：私、絵についてなにも知らない超初心者ですが......、今日から野村先生に弟子入りさせていただきます。どうぞよろしくお願いします。</p>

<p>野村：こちらこそ、よろしくお願いします。ところでIさん、なんであらためて絵の描き方を学んでみようと思ったんですか?</p>

<p>I：実は、私、びっくりするほど絵を描くのがへたなんです......。私の絵のレベルを知っていただくために、まずは下を見てください。</p>

<p><img alt="Iが描いた絵" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250825Nomurashigeari01.jpg" width="1200" /></p>

<p>野村：あぁ〜、なるほど......。まぁ、あの、味のある猫の絵だと思いますよ。</p>

<p>I：......野村先生!　この絵、犬です! 柴犬なんです!</p>

<p>野村：あっ、柴犬でしたか。ごめんなさい。のびしろに期待ですね!</p>

<p>I：こんなふうに、描いた絵を人に見せると微妙な反応が返ってくることが多くて、絵をうまく描けないことが昔からコンプレックスなんです......。</p>

<p>野村：そうでしたか......。学校の図画工作や美術の授業で絵の描き方を一から教えてくれることってないので、Iさんみたいに感じている方、多いかもしれませんね。</p>

<p>I：自分には絵のセンスはないと、ずっと思ってきました。でも、野村先生が講師をされているテレビ番組を観たとき、お手本で描かれた絵が本当にすばらしくて、心を奪われたんです。「こんな絵を自分も描いてみたい!」という気持ちがむくむくとわいてきて、今回、野村先生に弟子入りさせていただきました。</p>

<p>野村：なるほど。絵を描くことへのコンプレックスを克服するのが目標ですね。</p>

<p>I：はい。それと、私には趣味と呼べるものが特にないので、「絵を趣味にできたらすてきだなぁ」という思いもあります。身近なものや人、心に残った風景などを、サッサッサッと描けたらかっこいいなと。</p>

<p>野村：私は絵の描き方を教える講師をして35年になりますが、私の教室には90代の生徒さんもいるんです。Iさんが今日からはじめて続けていけば、絵は一生ものの趣味になると自信を持ってお伝えできますよ。</p>

<p>I：90代の方も!　私も負けないようにがんばります。</p>

<p>野村：ちなみに、Iさんは「絵がうまくなりたい」と考えていると思いますが、絵を描くのが「うまい」って、そもそもどういうことだと思いますか?</p>

<p>I：うーん......。野村先生の絵みたいに、見た瞬間に「お〜!!」と感動するようなリアルな絵が描けることでしょうか。</p>

<p>野村：でも、世の中には、リアルな絵ではないけれど、すてきな絵を描く人もたくさんいますよね?</p>

<p>I：たしかに......。あらためて聞かれると、うまく言葉にできないです......。</p>

<p>野村：私は「絵にうまい、へたはない」と思っているんです。唯一、基準があるとすれば、描き手が描きたいと思っている絵を描けているかどうか。さっきの柴犬の絵も、もしIさんが「こういう柴犬を描きたい!」と思って描いたなら、それは「うまい」と言っていいんです。</p>

<p>I：でも、私は、野村先生みたいなリアルな絵を描きたいんです......。</p>

<p>野村：そうですよね。Iさんみたいに描きたいイメージがあるのに、手が思うように動かないのは、やっぱり残念です。というわけで、この授業では、そのお悩みを解決します。現実感のあるリアルな絵を描きたいと思っている人が、その意図通りに描けるようになる。この授業での「うまくなる」とは、そういう意味です。</p>

<p>I：目標が明確になりました!</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>絵をなぞることの意外な効果</h2>

<p>野村：絵の上達のいちばんの近道は、とにかくまねてなぞることです。本当に効果がありますよ。私も学生のころ、なぞり描きをたくさんやりました。レオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチなどを何度も何度もなぞって、「こうやって描けば、こう見えるのか！」という感覚を身につけていったんです。なかでも、りんごは古今東西、デッサンの練習に必ず使われる題材で、私自身、今でも繰り返し描きます。そのくらい奥が深い題材なんです。それに、なぞり描きは、頭だけで考えるクセをほぐす、いい訓練になるんです。</p>

<p>I：頭だけで考えるクセをほぐす？</p>

<p>野村：お手本、つまり他人が描いた線って、自分の思考とは違いますよね。それを無心になぞることで、自分の固定観念や思考のクセがほぐれていくんです。Iさんの「りんごは、まんまるで、つるつるしている」という固定観念や、「りんごを曲線で描きたくなる」というクセもリセットされていくでしょう。</p>

<p>I：私、ついつい頭でっかちになるので、絵がうまくなって、しかも思考がやわらかくなるなんて最高ですね！</p>

<p>野村：そうですよね。なにより、絵を描くって本当に楽しいですから！　私のお手本以外にも、練習として、いろいろな絵をなぞるといいですよ。好きな絵をスマホで撮ってプリントアウトすれば、それがそのままなぞり描きのお手本になります。絵だけじゃなく、写真をなぞるのもおすすめです。</p>

<p>I：写真もですか！　ちなみに、お手本をなぞるときのコツはありますか？</p>

<p>野村：「ゆっくり、ゆっくり」「とぎれ、とぎれ」になぞることです。そうすれば、お手本がどんな線で描かれているかを確認できます。</p>

<p>I：わかりました！　意識してみます。</p>

<p>野村：それと、1回だけで終わらず、お手本を何度もコピーして、繰り返し、繰り返しやってみてください。やるたびに必ず発見がありますから。</p>

<p>I：絵を描くって本当に地道なんですね。とにかく、まずは野村先生のお手本のなぞり描きからはじめてみます。</p>

<p><img alt="お手本をなぞってみよう" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250825Nomurashigeari02.jpg" width="1200" /></p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250423Nomurashigeari0.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 07 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[野村重存（画家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>中国では「朝からラーメン」も当たり前？ 日本とは似て非なる麺文化  中島恵（フリージャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14984</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014984</guid>
			<description><![CDATA[中国のラーメンは日本とどう違う？ 朝食にも麺を食べる中国ならではのラーメン文化を、ジャーナリスト・中島恵さんの著書から紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="湖北省武漢の朝食の定番、熱干麺（ラーガンミェン）。 武漢では朝食のことを「過早」（グオザオ）といい、屋 台で手軽に食べられる。 町" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260827Nakajimakei04.jpg" width="1200" /><br />
湖北省武漢の朝食の定番、熱干麺（ラーガンミェン）。武漢では朝食のことを「過早」（グオザオ）といい、屋台で手軽に食べられる。</p>

<p>日本の食文化を代表する存在のひとつ、ラーメン。各地の店が具材に趣向を凝らし、独自の一杯を追求しています。一方、中国にも「ラーメン」と呼ばれる麺料理がありますが、日本のラーメンとは似て非なるもの。地域によっては、朝食として麺を食べることも珍しくありません。本稿では、ジャーナリスト・中島恵さんの著書『中国の回鍋肉にキャベツは使わない』をもとに、日本とはひと味違う中国のラーメン事情をご紹介します。</p>

<p>※本稿は中島恵著『中国の回鍋肉にキャベツは使わない』（ウェッジ）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>中国では「朝からラー活」は珍しくない</h2>

<p>日本の国民食といえるのがラーメンだ。私はそれほどラーメン好きというわけではないのでたまにしか食べないが、好きな人は週に何回も食べている。最近流行りの言葉「ラー活」（ラーメンを食べる活動）をやっている人もいる。</p>

<p>確かに日本のラーメンは一杯のどんぶりの中が芸術品といえるくらい凝ったものが多い。スープ作りに何日も時間をかけるラーメン職人はあちこちにいるし、麺、チャーシュー、煮卵にもこだわっている。どこそこに知る人ぞ知るラーメン店があると聞けば、何時間もかけてわざわざ食べに行く日本人は多い。日本人のラーメン愛は本当にすごい。</p>

<p>昔々、「中国に行ってきた」というと、よく聞かれたのが「本場のラーメンはどうだった？ やっぱり美味しい？」という質問だ。これはかなり多くの人に聞かれた。最近ではさすがにもう聞かれなくなったが、ラーメンの本場といえば中国、と多くの日本人が認識していたからだろう。</p>

<p>だが、SNSの発達などで中国のグルメ情報が日本にも伝わるようになってくると、中国には日本のようなラーメンは存在しないらしい、ということに多くの日本人が気づき始めた。</p>

<p>ラーメンは漢字で書くと「拉麺」。ラーメンの「拉」は引っ張るという意味で、引っ張って延ばした麺のことだ。中国にも「蘭州拉麺」や「河南拉麺」は存在するが、日本のラーメンとは見た目も味も少し違う。だから、日本のラーメンみたいなものを中国に行って食べたいと思うなら、中国の日本式ラーメン店に行かなければならないという、何だか変な話になってしまう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>朝食はガッツリ食べる</h2>

<p>中国では、朝から麺を食べるという習慣がある。日本では朝はご飯かパンか、という二択が圧倒的に多いと思うが、中国では自宅か外食か、という二択もある。</p>

<p>自宅の場合はおかゆ、パン、ご飯などで、外食の場合はおかゆ、麺、油条（ヨウティアオ・中華風揚げパン）、肉まん、野菜まん、卵、豆乳、焼売...など種類がかなり多い。どんな朝食を外で食べるかは地域による差が大きいので一概に言えないが、日本では考えられないくらいガッツリ系の朝食をとる。</p>

<p>私も各地で中国人と一緒に外で朝食を食べた経験があり、その中でも麺料理はけっこう美味しかった記憶がある。食堂で、いくつかの麺のメニューから選ぶ。プラスチックの器に盛られていることもあり、食べたらそれをゴミ箱に捨てて、すぐに席を立つというファストフードスタイルの店もある。</p>

<p>日本のように具がほとんどない「素ラーメン」もあるし、朝から肉や野菜、卵がしっかりのった麺もある。日本でラーメンといえば、昼か夜のイメージだが、中国では「朝からラー活」は珍しくない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>武漢で食べた「熱干麺」</h2>

<p>朝食で思い出すのは武漢の熱干麺（ラーガンミエン）だ。私が食べたのは今から40年以上も前。卒業旅行で中国各地を2か月近く歩いたときに初体験した料理だった。</p>

<p>正直、その味や食べた場所はあまり覚えていないが、それから20年ほど経って、2010年代の前半に北京で再び食べる機会があった。私は友人の紹介で湖北大厦という湖北省政府と関係が深いホテルに宿泊した。このホテルの一階に武漢の料理を出すレストランがあった。</p>

<p>取材で中国にいるときは、ほとんどの食事は誰かと一緒だが、あるとき急に予定がキャンセルになり、お昼に一人でその店に入った。</p>

<p>湖北省の代表的な料理がメニューにあり、店員に勧められるまま熱干麺と豆皮（ドーピー）を注文した。豆皮は大豆で作った薄い皮の中にもち米や具材を入れたものだ。どちらも武漢の有名な料理（主に朝食のときに食べる）だと言われたが、こぎれいなレストランだったので、熱干麺は自分も昔食べたことがある麺料理だということはすっかり忘れていた。しかも、政府系ホテル内にあるレストランで、繁盛してもしなくてもかまわないからか、あまり美味しくなかった。</p>

<p>さらにそれから数年が経ち、18年に在日中国人の友人が東京・銀座に武漢料理のレストラン「珞珈壹号（かっかいちごう）」を出店した。難しい店名は、武漢大学のキャンパスの近くにある珞珈山に由来する。</p>

<p>友人によると、日本ではあまり聞いたことがない武漢料理なので、最初は日本人に受け入れられるか不安だったそうだ。しかし、現在では日本人の顧客の評判もよく、人気中華料理店になっている。</p>

<p>この店の名物が熱干麺。とてもおしゃれで洗練されているので、これもまた、武漢や北京で食べた熱干麺とはちょっと違う。</p>

<p>あるとき、中国人の友人三人（それぞれ武漢出身、上海出身、南京出身）とこの店に行き、武漢出身の友人が「ぜひこれを食べてみて」と言って熱干麺を注文してくれた。</p>

<p>私は知っていたが、上海と南京出身の友人は初めて見たようで「これ、何？」と言っていた。友人が「武漢名物、熱干麺だよ」と言っても「へ～」というだけだったので、同じ中国人といっても聞いたことがない料理名があるのだな、と感心したものだった。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260827Nakajimakei04.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 07 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中島恵（フリージャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>職場の人間関係に興味がない後輩...すれ違ったままで大丈夫?（働く女性のための相談室）  藤井雅子</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12711</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012711</guid>
			<description><![CDATA[月刊誌『PHPスペシャル』の連載「働く女性のための相談室」より。職場での後輩との付き合い方に悩む女性の悩みに、公認心理師の藤井雅子さんがアドバイスします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="悩む女性" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nervouswoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>月刊誌『PHPスペシャル』での連載「働く女性のための相談室」に寄せられた、職場の後輩との付き合い方に迷っている方からのお悩み。公認心理師の藤井雅子さんがアドバイスします。</p>

<p>※本記事は月刊誌『PHPスペシャル』2024年7月号より抜粋・編集したものです<br />
※記事内の写真はすべてイメージです</p>

<p>【回答者・藤井雅子（ふじい・まさこ）】<br />
公認心理師。女性のためのカウンセリングルーム「メンタルエステココロの部屋」主宰。感情のコントロール、コミュニケーション、アダルトチルドレンのサポートがライフワーク。著書に「ココロを軽くする考え方のレシピ」(清流出版)などがある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>Q　【相談】後輩との「雑談」は必要?</h2>

<p>1年前に中途入社した後輩は、昼休みには一人でそそくさと外出し、終業後の歓送迎会などにも参加しないタイプ。いまだに業務に直接かかわる指導以外で、彼女と話をしたことがありません。接客業のため、勤務中の雑談は基本的に不可能です。できれば彼女の状況や考え方を知り、それに合わせた指導をしたいのですが、あきらめたほうがよいのでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>A　【回答】仕事に求めることは人それぞれ。上司に相談してみては?</h2>

<p>最近は上司・部下、先輩・後輩のつきあい方が難しい時代だとつくづく感じます。</p>

<p>私はどの立場の人からも相談を受けていますが、人によって本当に考え方が違ううえに、ハラスメントの理解も人によって大きく違っていて、どうコミュニケーションをとったらいいのかは、誰にとっても悩ましい問題ですよね。</p>

<p>今回のご相談は、後輩指導にあたり、業務外でのコミュニケーションが必要かどうか知りたいとのこと。もしかしたら仕事に関して割り切ったふるまいをしている後輩に衝撃を受け、寂しさや不満を感じていらっしゃるのかもしれません。</p>

<p>この後輩の仕事ぶりに特に問題がないのであれば、あなたの指導は適切だということです。でも、後輩が心を開いてくれず、なんだか拒絶されているように感じていらっしゃるのではないでしょうか。</p>

<p>もっといろいろ話して信頼関係を深めたい、そのお気持ちはわかります。ただ、「仕事は仕事と割り切って、なるべく自己開示したくない」と考えている人がいるのも事実です。そして、仕事でのコミュニケーションに問題がなければ、それ以上は各人の自由です。カウンセリングでも、雑談やおしゃべりが苦手だというご相談は増えています。</p>

<p>おしゃべりが好きな方にとっては寂しい時代になってしまいましたが、これからは、仕事に支障をきたしていなければOK、それ以上のかかわりはプラスアルファであり、「あればラッキー」くらいの感覚が安全なのだろうと思います。</p>

<p>仕事に求めることは人それぞれで、個人的な会話や、仕事での成長を求めていない人もいます。人によって価値観も事情も違います。いい悪いではありません。</p>

<p>仕事ぶりに問題がないならそれでよしと機嫌よく接していれば、いつか心を開いてくれる可能性もあります。どうしても気になるのなら、上司に相談されてはいかがでしょう。部下の悩みを受けとめるのは上司の仕事ですから、上司への遠慮は不要です。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nervouswoman.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 07 Sep 2026 08:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[藤井雅子]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ「どうせ無理」で才能が枯れていくのか？「可能性」を狭める心理の罠  神岡真司（ビジネス心理研究家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14910</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014910</guid>
			<description><![CDATA[周囲の低い評価が才能を奪う｢ゴーレム効果｣と、抑圧された感情を吐き出して心を整える「カタルシス効果」を解説。無意識の負のレッテルを断ち切り、感情を適切に解放して健やかな心を保つコツを紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="部下へ話しかける上司" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_harassment.jpg" width="1200" /></p>

<p>自分の気持ちをグッと押し殺して、心に疲れやモヤモヤを抱え込んでいませんか？神岡真司氏は著書『科学でわかったすごい心理法則100｢あの人が自然と動く｣コツ、まとめました』にて、周囲の評価が能力を奪う｢ゴーレム効果｣と、感情を解放して心を癒やす｢カタルシス効果｣を解説。健やかなメンタルを保つ実践知に迫ります。</p>

<p>※本稿は、神岡真司著『科学でわかったすごい心理法則100｢あの人が自然と動く｣コツ、まとめました』(イースト・プレス)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>期待外れな人を作ってしまうゴーレム効果の罠</h2>

<p>周囲から｢この人は期待できない｣｢何をやってもダメだ｣と低く評価されることで、本人のやる気が削がれ、パフォーマンスが低下してしまう現象のことを、心理学では｢ゴーレム効果｣といいます。</p>

<p>｢ゴーレム｣とは、ユダヤ教の伝承に登場する泥人形で、指示通りに動くものの、次第に制御不能となり周囲を破壊してしまう悲劇的な存在です。本来発揮できるはずの潜在的な力が、周囲のネガティブな言動などによって泥人形のように無機質なものへと変えられてしまうことから、この名がつきました。</p>

<p>｢ピグマリオン効果｣が｢期待によって才能が開花する｣のに対し、ゴーレム効果は｢見下されることで才能が枯れていく｣ことを意味します。例えば、新入社員に対して｢今の若者は根性がないから、どうせ長続きしないだろう｣と上司が決めつけて接していると、その空気は言葉以外の部分でも相手に伝わります。</p>

<p>部下は｢自分は信頼されていない｣と感じ、ミスを恐れて消極的になったり、業務意欲を失ったりして、本当に｢期待外れな人材｣になってしまうのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>冷ややかな視線が引き起こす悪循環のしくみ</h2>

<p>周囲の低い評価が、個人の能力をこれほどまで下げてしまうのには理由があります。人は｢期待されていない｣と感じると、｢頑張っても意味がない｣と判断し、本来持っていたはずの集中力や判断力を濁らせてしまうのです。</p>

<p>この現象は、教育現場やスポーツの指導、家庭内など、あらゆる人間関係で起こり得ます。一度｢この子はダメだ｣というラベルを貼ってしまうと、指導者は無意識にその人へのアドバイスを減らしたり、厳しい言葉ばかりを投げかけたりするようになります。評価される側は、その圧力によって萎縮し、さらにミスを重ねるという負の連鎖から抜け出せなくなります。</p>

<p>この心理的な罠を回避するためには、相手を｢できない人｣として固定して見るのではなく、常に変化し成長する存在として捉え直すことが不可欠です。</p>

<p>誰かを評価する立場にあるとき、表面的な失敗だけを見て｢この人は見込みがない｣と断定してしまうのは、相手の未来を奪う行為になりかねません。相手の可能性をゼロと決めつけず、まずはフラットな視点で接することが、負の連鎖を断ち切る鍵となります。自分自身に対しても｢自分はどうせこの程度だ｣という呪いをかけるのをやめ、小さな成功を認めることから始めると、物事がうまく運んでいきます。</p>

<p>POINT<br />
｢どうせ無理｣という低い期待は力を奪う。<br />
できた行動に目を向ける。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>言葉や涙で溜まったストレスを外に吐き出す</h2>

<p>心の中に溜まったマイナスの感情を言葉にしたり、泣いたりすることで解放し、霧が晴れたような爽快感を得る現象のことを心理学では｢カタルシス効果｣と呼びます。｢カタルシス｣という言葉は、古代ギリシャ語で｢浄化｣や｢排泄｣を意味しており、心の中に澱おりのように溜まったネガティブな感情を、体の外へ洗い流すイメージを指します。怒りや悲しみ、不安といった負の感情を我慢して抑え込み続けると、いつか限界を迎えてしまいます。このあふれそうな感情を外に逃がしてあげるのが｢カタルシス効果｣の役割です。</p>

<p>例えば、感動する映画を見て思い切り涙を流した後、悩んでいたことがどうでもよく感じたり、穏やかな気持ちになったりするのは、｢カタルシス効果｣によるものです。涙を流すという行為そのものが、心の緊張を解きほぐすスイッチとなり、溜まっていたストレスを一緒に流し去ってくれるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>感情を外に出すメンテ術</h2>

<p>親しい友人に仕事の愚痴や悩みを延々と聞いてもらった後、具体的なアドバイスをもらわなくても、｢話しただけで楽になった｣と感じるのも典型的な例です。自分の内側にあるモヤモヤを言葉という形にして外へ吐き出すことで、不安定な感情が解消し、精神的な安定を取り戻すことができるのです。スポーツ観戦で大声を出しながら応援したり、カラオケで全力で歌ったりするのも、日常で抑圧されている感情を爆発させて、心の掃除をする行為だといえるでしょう。</p>

<p>｢カタルシス効果｣は、エンターテインメントの世界でも巧みに活用されています。｢全米が泣いた｣といったキャッチコピーの映画や、悲劇的な結末を迎える小説は、観客の感情を激しく揺さぶり、涙を誘うことで究極の癒やしを提供することにつながります。</p>

<p>感情を動かすことは単なる刺激ではなく、私たちの精神を健康に保つためのメンテナンスとしての側面も持っています。</p>

<p>イライラや悲しみが溜まったときは、それを無理に閉じ込めるのではなく、映画を観たり、趣味に没頭したりすることにより、ストレスや嫌な感情を取り去ることができます。反対に、誰かの相談に乗るときは、解決策を提示する以上に、まずは相手の胸の内にあるものをすべて出し切ってもらう｢聞き役｣に徹することが、相手の心を救う強力な手助けになるでしょう。</p>

<p>自分自身に対しても同様です。ため込んだストレスを放置せず、意図的に心のガス抜きをする習慣が大切です。泣きたいときは思い切り泣き、素直に弱音を吐く。感情を解放する自分を許すことが、明日への活力を生むのです。この浄化作用を上手に取り入れることで、困難にしなやかに向き合える健やかな心が育まれます。</p>

<p>【POINT】<br />
感情をため込まず、言葉･メモ･会話で外に出して整理する。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_harassment.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 04 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[神岡真司（ビジネス心理研究家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ラーメン大国・日本が放つ存在感！ 「世界のおいしい麺料理」ランキングTOP10  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12882</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012882</guid>
			<description><![CDATA[クロアチア発のグルメプラットフォーム「TasteAtlas」が発表した、世界の麺料理ランキングを紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ラーメン" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_ramen.jpg" width="1200" /></p>

<p>世界のどの都市が、食通たちの心を最も惹きつけるグルメタウンなのか――。</p>

<p>クロアチア発のグルメデータベース「TasteAtlas」が、世界中の料理評価をもとにしたランキングを発表しました。実際に現地で味わった人々のレビューを集計したこのランキングは、世界の食文化の現在地を映す指標として毎年注目されています。今回は、その結果とランキングから見える興味深い傾向を紹介します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>TasteAtlasとは？</h2>

<p>クロアチア発のグルメプラットフォームで、数万種類の伝統料理に対する数十万件の評価を収集し、「料理」「都市」「地域」を対象に評価・ランキングするデータベースです。</p>

<p>TasteAtlas Awards 2025/26で発表された「Top 100 Noodle Dishes in the World」（世界の麺料理トップ100）は、データベースに登録されている食品に対する16,370件の評価を分析し、算定されています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>世界の麺料理ランキング</h2>

<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_tableset.jpg" width="1200" /></p>

<p>1位　横浜家系ラーメン（日本・横浜）<br />
<br />
2位　カオソーイ（タイ）<br />
<br />
3位　豚骨ラーメン（日本・福岡）<br />
<br />
4位　蘭州ラーメン（中国）<br />
<br />
5位　フォー・ボー（ベトナム）<br />
<br />
6位　ブンボーナンボー（ベトナム）<br />
<br />
7位　ビャンビャン麺（中国）<br />
<br />
8位　ケーゼシュペッツレ（オーストリア）<br />
<br />
9位　味噌ラーメン（日本・札幌）<br />
&nbsp;<br />
10位　担々麺（中国）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>世界でも不動のラーメン人気</h2>

<p>世界の麺料理ランキングでは、1位に「横浜家系ラーメン（日本）」が選ばれました。さらに豚骨、味噌など、細分化されたスタイルも複数ランクインしています。</p>


	
	<p>1位：横浜家系ラーメン（日本）</p>
	
	
	<p>3位：豚骨ラーメン（日本・福岡）</p>
	
	
	<p>9位：味噌ラーメン（日本・札幌）</p>
	


<p>&nbsp;</p>

<p>●ラーメンの歴史</p>

<p>ラーメンのルーツは、1910年に日本にやってきた中国の料理人が、麺と塩味のスープを組み合わせた料理に遡ります。このときの麺は、中国語で「拉麺（ラーミェン）」と呼ばれる独特の黄色い縮れ麺でした。この麺は、かん水というアルカリ性のミネラルウォーターでこねられており、日本の伝統的な麺にはない独特の弾力がありました。</p>

<p>1958年には、この「ラーミェン」の発音から「ラーメン」という名前が定着し、同年に日清食品が世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を発売。手軽に楽しめるラーメンは瞬く間に世界中に広まり、今日では世界中で愛されるソウルフードとなりました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>●海外レビュアーのコメント</p>

<p>&quot;I have eaten multiple noodles so far, but ramen is next level. I love Tonkotsu the most.&quot;<br />
これまで色々な麺類を食べてきましたが、ラーメンは別格。一番好きなのはとんこつです。<br />
<br />
&quot;When you go to Japan and eat ramen at a good ramen place, there is no coming back from that.&quot;<br />
日本に行って美味しいラーメンを食べたら、もう後戻りできない</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ラーメン以外の注目麺料理</h2>

<p>ランキングを見渡すと、日本ではあまり馴染みのない麺料理も多数ランクインしています。</p>

<p>2位 カオソーイ（タイ）</p>

<p>タイ北部の名物料理であるカオソーイは、様々な地域の料理の影響が融合した、ココナッツを使った絶品スープです。ココナッツミルクとレッドカレーペーストを合わせた、ほんのりスパイシーなスープがベースです。</p>

<p>スープには平打ち卵麺と、鶏肉、牛肉、豚肉などの肉料理が添えられ、その上にパリパリの焼きそばと刻んだパクチーがトッピングされます。この料理は、ライム、酢漬けキャベツ、エシャロット、唐辛子などの様々な薬味と一緒に出されることが多いです。</p>

<p>6位　ブンボーナンボー（ベトナム）</p>

<p>ブンボーナムボーは伝統的なベトナム料理です。ブンは麺、ボーは牛肉、ナムボーはベトナムの南部を意味します。主な材料は牛肉、ビーフン、ニンニク、ハーブ（パクチー、ミント）、野菜（ニンジン、キュウリ、レタス、もやし）。麺、野菜、ハーブを器に盛り付け、牛肉を炒めて上に乗せた料理です。</p>

<p>8位　ケーゼシュペッツレ（オーストリア）</p>

<p>オーストリア、ドイツ、スイスのいくつかの地域で伝統的に食べられているチーズ料理。特にオーストリア西部で人気が高く、風味豊かな地元のチーズが使われます。</p>

<p>作り方は簡単で、柔らかく少しゆるめの生地を専用のおろし金で軽く押して小さな麺状にし、固くなるまで茹でます。茹で上がった麺に炒めた玉ねぎを混ぜ、たっぷりのすりおろしたチーズを加えます。チーズが完全に溶けるまで煮込み、刻んだパセリと揚げたオニオンリングを添えて完成です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>ラーメンはもちろん、担々麺やフォーなどアジアの麺文化は世界中で親しまれています。最近では、グルテンフリー麺や植物性スープなど、健康志向や宗教的背景に対応したメニューも増加中。これからも麺料理は、世界各地で新たな進化を遂げながら、国境を超えて広がっていくでしょう。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_ramen.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 04 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>“アロマを取り入れた生活”は意外に簡単　心と身体が整う香りのすすめ  竹下綾美（セルフブランディング講師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12712</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012712</guid>
			<description><![CDATA[心と身体を整えるために、アロマを取り入れた生活を始めませんか。セルフブランディング講師・竹下綾美さんが紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="リラックスした女性" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_woman_drinking2.jpg" width="1200" /></p>

<p>心をラクにする習慣として、アロマを取り入れるのはいかがでしょう。心が弱っているとき、リラックスしたいとき...など、求めている効果によって選ぶ香りは変わっていきます。セルフブランディング講師の竹下綾美さんに、おすすめのアロマを教えていただきました。</p>

<p>※本稿は、『PHPスペシャル』2025年7月号より、内容を抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>アロマに癒やされる</h2>

<p>いい香りは、私たちの心を癒やしてくれます。香りの力を生活の中にうまく取り入れましょう。「アロマ」と聞くと、ハードルが高く感じる方もいるかもしれませんが、特別な知識や道具は必要ありません。</p>

<p>市販のアロマオイルをハンカチやティッシュペーパーに1～2滴たらして机の上や枕元に置いて過ごしたり、温かいお湯にたらして蒸気を嗅いだりするだけで効果があります。オイルの購入が難しければ、ハンドクリームやルームスプレーを使って香りを感じるのでも大丈夫です。自分にとって取り入れやすい方法を探してみてください。</p>

<p>香り選びの基本は、自分が「好き」「心地いい」と感じるものを選ぶことですが、ここではいくつか、私のおすすめの香りをご紹介します。</p>

<p>心が弱っているときにおすすめなのは、女性のホルモンバランスを整え、心の奥深くにある悲しみや疲れを癒やしてくれるゼラニウムやネロリなどの甘い香り。</p>

<p>とくにネロリは、ビターオレンジの真っ白な花から抽出される精油であることから、浄化作用があると言われています。</p>

<p>また、思考をゆるめてリラックスしたいときにはラベンダー、不安や緊張を緩和させたいときにはべルガモットの香りが◎。寝る前に取り入れることで、安眠効果も期待できます。夜は、鎮静作用のあるウッド系の香りもおすすめです。</p>

<p>一方で、朝など、元気に過ごしたいシーンでは、ローズ系の華やかな香りをまとうといいでしょう。ローズ系の香りは、自己肯定感を高める手助けをしてくれます。</p>

<p>仕事や家事に取りかかる前に、自分の直感を信じられるようになり、集中力もアップするローズマリーの香りで、気分を切り替えるのも一案です。</p>

<p>生活リズムや気分に合わせて香りを使い分け、毎日を楽しめるといいですね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【竹下綾美(たけした・あやみ)】</p>

<p>株式会社BrightMuse代表取締役。「全ての人の才能を開花させ、人生を輝かせる」ことを使命に、コンサルティング事業のほか、色や香りに関する知見を活かした天然石ジュエリーの制作やアロマブレンド、手帳などの商品プロデュースを手掛ける。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_woman_drinking2.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 04 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[竹下綾美（セルフブランディング講師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>祖父の形見グローブをつけ、アクエリを滝のように補充　僕が“中高の部活”を聞かれたくない事情（なかむたの「絶望型平和主義」第3話）  なかむた（お笑い芸人）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14891</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014891</guid>
			<description><![CDATA[芸人・なかむたさんの連載「絶望型平和主義」第3話。なかむたさんが、中高時代の部活動の話題に触れたくない理由とは…？]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="なかむた　絶望型平和主義" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831nakamuta032.jpg" /></p>

<p>学生時代の部活動を聞かれるのが、なぜかしんどい。相手は何気なく振ってくれた話題のはずなのに、苦い記憶が呼び起こされてモヤモヤが止まらない人もいるかもしれません。</p>

<p>YouTubeを中心にコント動画が人気を集めるお笑い芸人のなかむたさんもその一人です。平穏な毎日を望んでいるからこそ、日常のささいなことが気になってしまう。連載「絶望型平和主義」では、なかむたさんがつい考えすぎてしまうことをエッセイとして綴っています。</p>

<p>第3話は、なかむたさんの中学・高校時代の部活動、そのほろ苦い記憶です。</p>

<p>*毎月1回更新予定です</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>できることなら答えたくない質問</h2>

<p>「学生時代の部活、何やってた？」</p>

<p>大人になって、一度はされた事がある質問ではないだろうか。僕はこの質問をされる度に、申し訳なさそうな顔で「まあ一応、中高6年間野球部でしたね」と答えるが、できることなら答えたくない。</p>

<p>何故なら僕は、呆れるぐらい野球が下手くそだからだ。</p>

<p>始めた理由は単純だった。</p>

<p>小学校の頃、仲の良かった友達3人組と公園で野球をやるのが楽しかったこと。そして、プロ野球の中継を見て「なんか俺でも、できそうだな〜」と本物の野球人が聞いたら真っ直ぐにしばかれそうな舐めた理由で、僕は中学生の頃、仲の良かった3人組で野球部に入部届を提出した。</p>

<p>入部初日、さっそく度肝を抜かれる。</p>

<p>先輩も同級生も、ほぼ全員が少年野球や、ソフトボールの経験者だということを知り、僕は、毛筆で力強く描かれた人間が生活する世界に、シャーペンの1番薄い芯で描いた人間がなんか紛れ込んでしまった感覚になった。</p>

<p>ただ、心細くはなかった。入部前は生き生きしていた草野球仲間2人も、僕には「シャーペン人間」に見えた。その他にも仲間はちらほらいた。一人ひとりの線は絶望的に薄いが、「束になれば、2Bくらいの濃さにはなれるはずだ」と、シャーペン同士の絆を深め部活を乗り越えていこうと誓った。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>中学3年間の部活で身につけた&ldquo;小技&rdquo;とは</h2>

<p><img alt="なかむた　絶望型平和主義" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831nakamuta01.jpg" /></p>

<p>ある日、部長が新入部員に向けて「今からノック（守備練習）をするから、自分が希望するポジションに就いて」と言った。普通だったら、野球の花形ポジション、「投手（ピッチャー）」や「遊撃手（ショート）」を選択するだろう。しかし、僕は真っ先に「右翼手（ライト）」へ向かった。</p>

<p>ライトといえば、あの大スター「イチロー選手」が守っていたことでもお馴染みだが、少年野球では、「ライパチ」という言葉があり、「一番守備が苦手な子はライト」「打てない子は8番」という意味合いが込められてそう呼ばれている。だから完全に言い過ぎかもしれないが、僕はライトのことをほぼ掃き溜めみたいなものだと思っていた。</p>

<p>でも、自信が無いし、下手くそなのがバレたくないし、肝心のグローブは亡くなったおじいちゃんから貰った、煎餅ぐらい平べったくなっている形見グローブ。様々な理由が重なり、ライトへ向かうしかなかった。</p>

<p>ライトのポジションに就き、周りを見渡すと、シャーペンの仲間たち。僕は1人じゃない、ノックが始まり、出番が来て声を張る「ノックお願いします！さあこい！！」</p>

<p>カキーン、金属音がグラウンドに鳴り響き、打球が高々と舞い上がった。そして僕は、ボールを見失った。</p>

<p>そこで、重要なことに気づいた。&quot;視力が悪すぎる&quot;</p>

<p>下手くそ云々の前に、ボールが滲んで見えない。僕は次の日、眼科へ行き、人生初のコンタクトを購入した。これでイチローになる準備は完璧に整った、視界が良好になって初めてのノック。「ノックお願いします！さあこい！！！」</p>

<p>カキーン、ボールははっきりと見えるが、自分が思ってる以上に打球が伸びている、いや手前か、そんなことを考えている内に、僕の頭上をボールが通過する。何度やっても打球が捕れない。原因は視力ではなく守備力だった。</p>

<p>「よし、守備は諦めて、バッティングを頑張ろう」と意気込むが、バットを何度振っても当たらない貧弱な僕の姿を見て監督が、「なかむたがバットを振ってるんじゃない、バットがなかむたを振ってるんだ」と、罵倒という名の名言を残した。</p>

<p>入部して1ヶ月で&quot;野球のセンス&quot;がないと思い知らされ、「これはきっと引退するまで補欠だろうな」と悟った。その予想は的中し、毛筆人間は勿論、シャーペン仲間たちも練習を重ねて、球速や打球速度、走力が上がっていった。一方で僕は、ペットボトルを回すと滝のように飲み物が出てきて、ドリンクキーパーにアクエリを補充する速度が速くなるという、使い道がほぼないライフハックを手に入れて、引退した。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「シャーペン人間」でも一筋の光が...</h2>

<p><img alt="なかむた　絶望型平和主義" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831nakamuta02.jpg" /></p>

<p>絶対に野球はやらない、そう強く誓い、高校へ入学。</p>

<p>入学式の日。式が終わりかけた、まさにその時、白髪の先生が話し始めた「え〜野球部の副顧問です。部員が少なくて廃部寸前です。力を貸して欲しいです。野球経験者は手を挙げてください、え〜&hellip;はい、今手を挙げた人は放課後グラウンドに野球部の見学に来て下さい。以上です」</p>

<p>野球部に入部した。痛恨のミス。これだけしかおらんのか！？の質問に、嘘をついてはダメだという謎の正義感で手を挙げて、グラウンドに見学に行き、その流れで入部届を提出してしまった。</p>

<p>「入部してキツかったら辞めればいいじゃん」と親に言われたが、それは自分が許さない。1度始めたことを途中で辞めてしまったら負けた気になるからやり切りたいという無駄な意地。福岡生まれの僕に流れる豚骨の血。柔軟性がない豚。</p>

<p>しかし、そんな僕に一筋の光が差す。</p>

<p>先述した通り、部員が少なく、廃部寸前、夏の大会では、ほとんど1回戦で負ける弱小校なのである。そのおかげもあってか、一緒に入部した9人の同級生は、中学生の頃レギュラーではない人たちがほとんどで、濃さは多少違えど、同じ「シャーペン人間」だった。</p>

<p>正直安心した。中学生の頃、クラブチームでやっていた実力者は1人だけいたが、「シャーペン人間」の気持ちを分かってくれる心優しい毛筆人間だった。本当に安心した。</p>

<p>やっと僕の野球人生が始まった。弱小校なら試合に出れるはず。形見のグローブは倉庫の奥に仕舞って親に新しいグローブを買ってもらった。マネージャーがいるので、ドリンクキーパーにアクエリを滝のように入れる仕事もしなくていい。</p>

<p>これは何かの漫画で見たことある「弱小校が甲子園を目指すやつだ！」そう思ったのも束の間、現実に引き戻される。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>予想だにしなかった、僕の野球人生</h2>

<p>1年生の頃、他校との練習試合があった。</p>

<p>先輩たちが汗を流して、打ったり、守ったりしている姿をベンチから見てこう思った。</p>

<p>「ここは僕が来ていい場所じゃない」</p>

<p>弱小校とはいえ、僕にはバッティングも守備もレベルが物凄く高く見えたし、何より体がデカい。それは他校の生徒を見ても思った。初めて見る、線の太さと濃さ、力強くて迫力がある。毛筆は毛筆でも、&quot;特大筆を使った書道パフォーマンス&quot;の世界に僕の目には映った。</p>

<p>それもそのはず、高校野球に励む大半が本気で、「甲子園」を目指して、死に物狂いで白球を追いかける。僕みたいな、できるだけ白球から逃げたかった、中学3年間アクエリのペットボトルを回し続けただけの、生半可な「シャーペン人間」は、ユニフォームを畳み、バットとグローブをそっと置いて、グラウンドから出ていった方がいいと思った。</p>

<p>しかし僕は、辞めなかった。いや、辞められなかった。</p>

<p>辞める方向に進もうとすると、豚骨の血がそれを塞き止める。</p>

<p>「福岡に生まれなければ」という考えが一瞬過ぎり、土地柄という他責に逃げようとしたが、「いやこれは自分のせいだ」と、時間を無駄にするだけの脳内会議の結果、引退までやり切ることを決めた。</p>

<p>そして、部員が少ないおかげで2年生から少しずつ試合に出場できるようになり、なんと3年生には「9番右翼手」でレギュラーになることができた。</p>

<p>中学生の頃、ボールを見失い続けて右翼手を諦めた僕が、同じポジションに帰って来れた。しかもレギュラー。こんな未来想像していなかった。3年生最後の夏の大会1回戦で、レフトの頭上を超える三塁打を打てた。最後の最後で長打が打てるなんて、こんな未来想像していなかった。</p>

<p>大勝して、迎えた2回戦。相手は何回も甲子園に出場している強豪校だった。相手がどこだろうと関係ない、野球のセンスがないと思いつつも、キツい練習を乗り越えてきた、僕が野球に費やした6年間を全部ぶつけてやる。初回、相手の攻撃が始まり早速、ノーアウト満塁の大ピンチ。</p>

<p>カキーン！！！火を吹くような打球が僕のところへ飛んできた。一瞬で打球を見失った。こんな未来は想像できた。その後も力の差を見せつけられて、コールドでゲームセット。</p>

<p>僕の野球人生はここで幕を閉じた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>申し訳なさそうに「まあ一応、中高6年間野球部でしたね」と言うしかない</h2>

<p><img alt="なかむた　絶望型平和主義" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831nakamuta04.jpg" width="1200" /><br />
高校時代のなかむたさん</p>

<p>ここまでの振り返りを見てもらうと、「学生時代の部活、何やってた？」と質問をされた時に、申し訳なさそうな顔をして、「まあ一応、中高6年間野球部でしたね」と答える意味が少しは分かってくれたんじゃないだろうか。</p>

<p>野球経験者と言うと、草野球に誘われたりする。遊びといえど、自分の野球センスの無さを再確認してしまうのでできるだけ行きたくない。そして、大人になった今、自分は本当に野球部だったのかと思うことがたくさんある。</p>

<p>ハツラツとしてないし、できるだけ群れたくないし、甲子園全く見ないし、日焼け止め塗るし、時間が経ったら塗り直すし、磁気ネックレス付けたことないし、胃が小さいし、短パン履かないし、半袖を必要以上に捲ったこともない。こんなやつは、文化部の方が向いていただろうと思う。</p>

<p>何なら、バッティング練習や守備練習、走り込みに費やしたあの時間を、茶道部に入ってお茶の事を学んだり、美術部に入って絵の事を学んでいたほうが自分の役に立ってたのではないかという、たらればを考えてしまう。</p>

<p>先日、高校の時に使っていたグローブを久しぶりに引っ張り出してみたら、真っ白にカビていた。</p>

<p>「僕の野球部に対する気持ちと一緒だ」そう思い、押し入れの奥にグローブを仕舞った。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831nakamuta032.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 03 Sep 2026 12:02:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[なかむた（お笑い芸人）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>日本人が驚く「中国のスーパー」　油は10リットル買い、野菜は枝つきが当たり前？  中島恵（フリージャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14985</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014985</guid>
			<description><![CDATA[中国のスーパーは日本と何が違う？並ぶ食材や商品の売り方から見えてくる、中国ならではの食文化や暮らしを紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="中国のスーパーは日本より野菜や果物、魚、肉 の種類が多い。野菜は収穫したままの「ワイル ド」な状態で、量り売りされている。" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260827Nakajimakei02.jpg" width="1200" /><br />
中国のスーパーは日本より野菜や果物、魚、肉の種類が多い。野菜は収穫したままの「ワイルド」な状態で、量り売りされている。</p>

<p>海外のスーパーを訪れると、棚に並ぶ食材や商品の売り方から、その国ならではの暮らしや食文化が見えてきます。日本と距離の近い中国も例外ではなく、スーパーをのぞけば意外な違いが随所に。本稿では、ジャーナリスト・中島恵さんの著書『中国の回鍋肉にキャベツは使わない』をもとに、中国のスーパー事情から見えてくる食文化や暮らしの違いをご紹介します。</p>

<p>※本稿は中島恵著『中国の回鍋肉にキャベツは使わない』（ウェッジ）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本との違いに驚く中国のスーパー</h2>

<p>中国には、日本では見かけたことがない食べ物がたくさんある。広大な国だけあって、市場やスーパーに行くたびに「あれ？」とか「何これ！」という発見があっておもしろい。</p>

<p>だから、私は中国に出かけるたびに、必ず市場やスーパーに足を運ぶ（定点観測先として、他に病院と書店にも必ず寄っている。そこから社会が見えるからだ）。</p>

<p>スーパーを歩いていると、野菜でも果物でも、「日本と違うなあ」と感じることが多く、その産地や見た目が気になってしまう。</p>

<p>たとえば、春から夏にかけて出回る柑橘類は、日本ならデコポン、甘夏、夏みかん、はっさくなど、同時期に売られるのは5～6種類くらいだが、中国だと10種類以上は並んでいる。</p>

<p>いつだったか、熊本名物の晩白柚（ばんぺいゆ）みたいな巨大な柚子が、それだけで3種類くらい売られていた。南方でのみ生産されている果物でも、流通事情がよくなったおかげで、全国どこでも食べられるようになった。国土面積の大きさを考えると、それだけでもすごいことだ。</p>

<p>スーパーで印象深かったことといえば、&quot;ひまわり&quot;を見かけたことだ。中国人はピスタチオやピーナッツのように、ひまわりのタネをおやつとして食べる習慣があるが、私が見かけたのはひまわりの花。</p>

<p>ガクから先の花をカットして、ラップに包んで売っていた。持ち帰って家で乾燥させ、花の中心にあるタネを抜き取って食べるのだろう（と推測している）。とても斬新な販売方法だ。</p>

<p>トマトやキュウリなどは枝豆みたいに&quot;枝つき&quot;が基本だ。キュウリは黄色い花が咲いた状態で売られているし、トマトもへたや葉が枝についたままでとてもワイルド。それらが山のように積まれているのは量り売りだからだ。</p>

<p>一斤（500グラム）でいくらと表示されているので、一見すると、日本とどのくらい金額が違うのかよくわからない。慣れてきたらパッと計算できるのだろうけど、慣れないと料金の予測がつかない。</p>

<p>でも、見た目はとても新鮮そうだ。</p>

<p>中国でもポピュラーな野菜、ニラを見かけたときは、ふと最近よく耳にする「割韮菜（グージウツァイ）」という表現を思い出した。本来は「ニラ刈り」の意味だが、ニラは刈っても刈っても生えてくることから「立場が弱い人が強い人に搾取され続けること」を指す。若者のSNSで自虐的に使われたりする。</p>

<p>卵はブランドや種類ごとに分けて売られている。白い卵、茶色い卵、烏骨鶏のグレー色の卵といった感じ。日本のように、Ｓ、Ｍ、Ｌサイズというサイズ分けはなく、パックに入れないで、ビニール袋に入れて売る店もある。</p>

<p>肉や魚も量り売りが多い。魚の一部は水槽に入れてあり、それをすくって取るスタイルの店もある。最近では日本のように、スライスした肉をパックに入れて売る店も増えてきた。中国人も核家族化で、塊肉や魚をまるごと買う人が減ってきたらしい。2026年初め、中国メディアの報道によると、単身世帯が増えた深圳などでは「一人分」というシールを貼った少量パック（80～200グラム入り）の肉や野菜が売り出され、好評だという。</p>

<p>コメ、調味料、菓子、お惣菜もずいぶん充実している。コメは日本のように10キログラム入りの袋もあるが、量り売りもある。黒米、ひえ、粟などの雑穀も売られていて、それぞれ買って、自宅でミックスして使う。</p>

<p>中国の北部では日本と同じく短粒種、南部では長粒種が主に生産されており、両方売っているスーパーもある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本との違いを実感する「調味料コーナー」</h2>

<p>調味料コーナーで日本との違いを実感するのは「油」だ。中華料理はとにかく大量の油を使う。そのため、5リットルの油のボトルを買うのが当たり前だ。しかも、中国では「买送（マイ一イーソン一イー）」（一つ買ったら一つもらえる）という販売方式が多いので、一度に10リットルの油を持って帰ることになる。</p>

<p>400グラム、1000グラムのボトルが主流の日本のサラダ油とは大違いだ。</p>

<p>ちなみに、「日清オイリオ」のサイトによると、日本では計量法により油の量を「グラム・キログラム」などの重量で表すが、海外の多くは「ミリリットル・リットル」などの容量で表す。そのため、表記が異なる。</p>

<p>20年以上前に神戸に留学に来ていた中国人が日本人の家に下宿し、キッチンはその家族と共用だった。その際、「あまりにも油を使いすぎて、キッチンが油まみれになり、下宿を追い出されてしまったんです」というエピソードを聞いたことがあった。それくらい、中国人は料理に油を使う。</p>

<p>大容量のボトルは持ち運ぶことを最初から想定しているのか、中国では全部取っ手がついている。日本でも大きいボトルの場合、取っ手がついているが、中国では日本のように小さいサイズのボトルは売っていない。</p>

<p>とにかく重いので、車がなければ持ち運べないが、今ではそういう買い物はネットで取り寄せる人が多くなった。中国では16～17年頃から、食品に限らず、何でもネットで購入する人が増え、消費行動が大きく変わった。それはそれで便利ではあるが、やはり、日本人の感覚では、スーパーに足を運び、あちこち吟味しながら買うのが楽しいのに、と思ってしまう。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260827Nakajimakei02.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 03 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中島恵（フリージャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「あいつらと我々」 線引きの止まらない社会に哲学者・永井玲衣さんが語る本質  永井玲衣（哲学者,作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14855</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014855</guid>
			<description><![CDATA[「せんそうってプロジェクト」を立ち上げ、哲学対話の場をひらいてきた哲学者の永井玲衣さん。分断の強まる世界にどう向き合えば良いのか。永井さんにお話しをうかがった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="永井玲衣" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260812nagairei01.jpg" width="1200" /></p>

<p>終戦から81年が経った今、国際情勢の変化を受けて、軍事のあり方をめぐる議論が国内でも活発になっています。防衛力を強めるべきだとする意見もあれば、武力に頼らない道を探るべきだとする意見もあり、市民の考え方も大きく分かれつつあります。</p>

<p>日本各地で哲学対話をひらいてきた永井玲衣さんは、写真家の八木咲さんと共に、「せんそう」について語ったり、聞いたり、考えたりする場をひらこうと、「せんそうってプロジェクト」を立ち上げました。7月に刊行された『せんそうって』は、文芸誌『群像』での連載をまとめた一冊です。</p>

<p>意見の異なる相手と、どう向き合えばいいのか――永井さんに、立場の違いの奥にあるものと、対話の可能性について語っていただきました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>一度線を引き始めると止まらなくなる</h2>

<p>――最近は、各所から防衛力の強化について話がよく出てくると思います。市民の中にも、国を守るために軍事力を強めていくべきという意見と、そもそも戦争は嫌で、殺傷能力のある武器も売ったり持ったりしたくないという意見があって、どちらも根底には大切なものを守っていきたいという願いがあると思っています。それなのに、特にネットではそうなりがちですが、右か左か、敵か味方かの激しい二択になってしまう。それについて永井さんが感じることがあれば教えてください。</p>

<p>【永井】激しい二択ですよね。やっぱりみんな怖い、不安というのが大きいと思います。不安を解消するとき、外部に線を引くのが対処法の一つとしてあり得ます。あいつらと我々、とすることで自分自身を確かめられることがある。</p>

<p>ですが、その線を引くことは不安を解消する手立てにはなるものの、不安をより増幅させる要素もあります。一回線を引いてしまうと、外部を作り続けてしまうんです。たとえば「外国人」と「日本人」で分けたら、今度は日本人の中で「帰化人なのか」「愛国者なのか」と線を引き始める。いい日本人、わるい日本人。いい日本人の中でも、国をどれだけ愛しているかで線を引き始める。この線を引く手は止まらない。</p>

<p>自分が線を引かれるかもしれない不安の中にずっと居続けなきゃいけないので、終わらない。激しい二項対立は終わらない恐怖なんです。まさに軍拡競争のようなものだと思います。</p>

<p>私たちはみんな根本的に不安を抱えていて、それを線を引く以外でどう考えられるかというと、体を持って一緒に言葉を聞き合うという、ものすごく原初的なことでしかないと思っています。</p>

<p>対話をすると、二項対立が崩れるんですよね。だってみんな違うから。同じだと思っていたけど全然違う視点なんだ、と。それは悲しい違いではなく、「なるほど」と思える違い、納得のいく違いなんです。そういう背景を持っていたら確かにそういう言葉になるな、という理解が起きる。</p>

<p>対話とはちゃんとバラバラになること。それは個人主義に聞こえてしまうかもしれないですが、そうではなく、その人にはその人の命があって、その人の人格がそこにある、ということです。</p>

<p>敵・味方というラベルではなく、その人なんだ、と気づける。それは自分に対してもそうで、私は私という一人の命なんだ、人間なんだ、と回帰できることが大事です。そのうえで、それぞれの私たちが重なる部分がある、協力できることがたくさんある、そんな手触りを育てていく、そういう対話が本当に必要だと思います。</p>

<p>これは戦争についての対話だけでなく、いろんな対話の場面で、本当に切迫感を持って必要だと言うべきことだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「何発持ったら安心しますか」</h2>

<p>――永井さんは書籍や、インタビューの中で、「分かり合えないからこそ哲学対話が始まる」とおっしゃることが多いと思います。日常的なことであればそれをやりやすいと思うのですが、戦争は大きなテーマですよね。たとえば身近な集まりで「軍拡した方がいい」「核保有すべきだ」などという話で盛り上がる場面に出くわし、自分がそれに反対派だった時、閉ざしたくなる感覚や、絶望的な分かり合えなさを覚えてしまうのではないかと思います。そういうものと出会ったとき、個人としてどう受け止めたらいいでしょう。</p>

<p>【永井】私は知りたいですね。「核兵器をいっぱい持つべきだ、日本は核武装すべきだ」と言われたら、なんでそう思うのかを知りたい。</p>

<p>それで聞いてみると、言った人本人から「怖い」といったシンプルな語りが出てきたりする。その「怖い」感覚はみんな知っている感覚なんです。「怖い」って何だろう、私たちは何を恐れているんだっけ、というところを話したい。軍拡すべきか否かではなく、その言葉の背後にあることについて話し合いたいです。</p>

<p>「核兵器を持つべき」だという人に対して、沖縄の平和学習講師をやられている仲本和さんが尋ねていて良い問いだなと思ったのが「何発持ったら安心しますか」というものです。</p>

<p>それで急に手触りを持ったというか、「確かに何発だっけ」となる。「1発だと不安だけど、1000発だったら安心する気がするのはなんでだろう」と一緒に考えられる。問い詰めることや政策の是非ではなく、一緒に話したり考えたり聞いてみたりしたいなと思います。</p>

<p>――確かに、何発かと問われた瞬間に、急に近くにある話題になっていく感じがします。永井さんは、自分と違う思想を持っている人がいたとしたら、一旦聞いてみる方に向かうのですね。</p>

<p>【永井】本当に興味がありますね、なんでだろうって。「戦争すべきだ」「戦争はしょうがない」「現実を見たらこうだから」と言った、そのときのあなたの、せんそうってどんな姿をしているのかを知りたい。</p>

<p>「戦争はしょうがない」と言うときのせんそうって、どんな姿なんだろう。「現実はこうだから」と言うときの現実って何だろう。私が見ている現実とあなたが見ている現実は違うかもしれないから、すり合わせたい。そんな気持ちになるかもしれません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「本当の気持ち」と「口から出る言葉」はすれ違う</h2>

<p>――一方で、多くの人は自分と違う考え方に出会うと、わかり合うことを諦めてしまうのかもしれません。怖い、聞きたくない、見たくない、という気持ちを少しでも和らげたいとき、永井さんとしてはどんなことをお勧めしたいですか。</p>

<p>【永井】対話の場に来てほしいですね。</p>

<p>自分とは違う立場の人でも、話を聞いていくと原初体験のようなものがあったりします。たとえば「軍拡すべきだ、もっと武装していくべきだ」という人に「なんでそう思うようになったんですか」と聞いていくと、父親にすごく支配されていて、「弱いところを見せたら終わりだ」という環境で育った、といったパーソナルな部分が出てきたりする。</p>

<p>人は、「思っていること」と「口に出すこと」がすれ違うことが多いんです。「核武装すべきだ」と言っているけど、本当はすごく寂しいと言いたいだけということもあったりします。言葉と思いがすれ違っていることは本当にザラなんですよね。私はそういうものに出会ってきたから、立場の違う人の言葉を聞けるのかもしれません。違う意見を怖いと思ってしまう人も、まずは聞いてみてもいいんじゃないですか、と問いかけたいと思います。</p>

<p>――なるほど。自分の心の中にある本音が、武装すべきだという主張になって出てきてしまうパターンもあるのですね。</p>

<p>【永井】ほとんどそうだと思います。戦争反対だと思う人にも、たとえばおばあちゃんがいつも戦争のことを辛そうに話していた、みたいな原体験があったりする。一方で、戦争はしょうがないんだ、と考える人は、実は昔いじめられていて「力こそ正義だ」と思った経験があったりする。</p>

<p>みんな、いきなりそう思うわけではないんです。その本当の気持ちにちゃんと人として出会うことを、もっとしてもいい気がします。その人を変えるために話すのではなく、知るために話す、ということです。</p>

<p>（取材・構成：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260812nagairei01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 03 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[永井玲衣（哲学者,作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>身体圏研究とは何か？ 立命館大学が目指す「次世代研究大学」への道  西山昭彦（立命館大学客員教授）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14967</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014967</guid>
			<description><![CDATA[私立大学の淘汰が進む中、立命館大学は難関事業｢J-PEAKS｣に採択。新施設CVICを拠点に｢身体圏｣研究を推進し、研究・博士・社会実装・財政の好循環による｢次世代研究大学｣しての生き残り策を示す。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="立命館の快進撃" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260825NishiyamaAkihiko01.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年、財務省が公表した｢私立大学250〜400校程度削減資料｣。ただでさえ私立大学の半分弱が定員割れの現状にあって、大学はどうすれば生存できるのか。立命館大学が活路を切り開いた｢次世代研究大学｣のコンセプトと実践を例に、解決策を考える。</p>

<p>※本稿は、西山昭彦著『立命館の快進撃』(PHP研究所)を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>採択率18.7％の文科省事業</h2>

<p>文部科学省の｢地域中核・特色ある研究大学強化促進事業｣(J-PEAKS)の応募数は、令和5年度が69大学、6年度が65大学で、そのうち計25大学が採択され、採択率は18.7％という狭き門であった。</p>

<p>採択25大学のうち、多くは国公立大学で、私立大学は4校にすぎない。しかも、うち2校は医学部を有し、1校は公設民営で、立命館大学は、医学部なしの私立大学である。研究の中身は、大学の強みであるスポーツ健康科学を核とする｢身体圏｣という新学術領域の創生に挑戦するものだ。</p>

<p>滋賀県の立命館大学びわこ・くさつキャンパスにおいて、新施設｢立命館先端クロスバースイノベーションコモンズ｣(通称：CVIC＝シービック)に、多重環境を生み出す設備群と、多重環境介入による生体・心理への影響を測定する計測装置群をそろえて身体圏研究を推進することで、誰もがありたい自己を実現でき、ウェルビーイングを追求できる公平な社会の実現を目指している。</p>

<p>2026年5月15日、このCVICのオープニングセレモニーが小林茂樹文部科学副大臣、浮島智子衆議院議員、三日月大造滋賀県知事、文部科学省局長ら多くの来賓を迎えて開催された。立命館大学はこのJ-PEAKS、CVICで具体的に何を目指しているのか。オープニングセレモニーで基調講演を行った本事業の責任者である伊坂忠夫副学長(兼立命館中学校・高等学校校長)の話を紹介する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>300名を超える博士を出したい</h2>

<p><img alt="伊坂忠夫・立命館大学副学長" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260831NishiyamaAkihiko.jpg" width="1200" />伊坂忠夫・立命館大学副学長</p>

<p>【伊坂】われわれはJ－PEAKSに申請をしたときに、大学として研究力改革、博士力改革、社会実装力改革、財政力改革、この4つを好循環させるモデルをつくり、他の大学にもこれを使っていただくことを考えました。</p>

<p>研究力改革とは、身体圏研究はもちろん、大学全体の研究を紡ぎ上げながら、それぞれの分野で研究成果を高め、加えて総合知を高める研究にもつなげ、次世代研究モデルを発信できるようにするものです。その中で重要になるのは、博士力です。本学の年間の博士号授与は今150名弱ですが、10年後には300名を超える博士を出したい。</p>

<p>その際、学際性、社会実装力、アントレプレナーシップを持った博士として送り出すことが大切です。博士が社会共生価値を生み出しながら、スタートアップや企業の中でいろんな取り組みを行い、大学も支援する。投資ファンドを一定程度入れ、規模が大きくなっていけば、財政力の強化にもつながります。</p>

<p>この好循環を目指した象徴的な試みの1つとして、身体圏研究を大学改革の柱にしました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>多重環境化社会がやってきた</h2>

<p>【伊坂】約20年前の狩猟・採集の時代から、1万年前の農耕時代、そして250年前の工業化。ここまでの地球にはリアルな世界しかありませんでした。ところが、情報化社会が到来してインターネットが盛んになり、仮想空間が使えるようになりました。</p>

<p>多重環境と呼ばれるSociety 5.0の時代には、リアルとサイバーが相互に融合して様々なことが可能になります。マイノリティの方や障害のある方も制約なく社会とつながりができ、新しいサービスが提供できるでしょう。</p>

<p>人類史的に非常に大きな転換点が急速に迫っており、同時に生まれる課題を解決すべき使命を持っている。その中で、われわれは人のあるべき姿として、ウェルビーイングに注目した身体圏研究を進めてきました。</p>

<p>身体圏研究というのは、人の身体と心がリアルやサイバー、人間関係も含めた外部環境においてどのような影響を受けるのか。どんな刺激を与えれば、人間は自分を高められるのか。真ん中にリアルな身体を置きながら、外部環境への介入やオペレーション(操作)の可能性を探ることで、人間の内部についての探究も可能になります。それらを精細に調べるため、このCVICという施設にはMRI(核磁気共鳴画像法)装置や睡眠の状態を調べる計測装置などが備わっています。</p>

<p>つまり、身体を中心に据えて外部環境から内部環境までを一体的に捉えるという意味で、身体圏というネーミングにしたわけです。当然、一大学のみではできませんので、連携・参画機関やその他多くの組織、人々とともに研究を進めたいと考えています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>認知症の予防・改善、防災にも</h2>

<p>基調講演のあと、さらに詳しく聞くため伊坂副学長にいくつか質問してみた。</p>

<p>【西山】J-PEAKSの採択で私立は4大学だけと少なかったわけですが。</p>

<p>【伊坂】理由としては、ほかにも科研費やそれ以外の大型プロジェクトがいくつか採択されており、国に立命館の実績をきちんと見ていただいた、ということがあります。代表的な事例では、センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム採択(10年後を見通した革新的な研究開発課題を特定し、革新的なイノベーションを産学連携で実現するため、基礎研究段階から実用化を目指した産学連携による研究開発を集中的に支援するプログラム)が挙げられます。</p>

<p>立命館大学が真面目に30年、蓄積してきた研究成果を表現でき、単に研究力を高めるだけではなく、社会実装につなげて価値を生み出し、世の中に貢献するという点を目指しました。加えて大学の研究群といいましょうか、J-PEAKSにSがついているのがポイントで、われわれ単独ではなく峰々を形成するため、他大学を巻き込み、その力を日本の研究力を高める起爆剤にしたいという思いがありました。</p>

<p>【西山】5年後の将来イメージで、こんなこともできそうだというものはありますか。</p>

<p>【伊坂】1つは、認知症の予防・改善に向けた取り組みです。シニアの方が、没入体験などの多重環境に置かれた際、普段は得られない刺激が与えられることで、脳の神経活動がより活発になって認知症を遅らせたり、予防・改善につなげたりできれば、これほどいいことはありません。</p>

<p>もう1つは、防災です。バーチャル空間では突如、道に穴ぼこがあくような映像や、非常時の刺激も体験できます。1人ではなく集団で体験できるので、安全な防災訓練も実施可能です。しかも繰り返し同じ状況を再現することができます。</p>

<p>ほかにも子供の発育や発達支援、サイバーを利用した遠距離でのつながりの創成など、いずれも分断や格差でなく、共生や平和に向かう世界の醸成という方向性に持っていきたいと思っています。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/20260825NishiyamaAkihiko01.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 02 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[西山昭彦（立命館大学客員教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>連載小説「報復捜査」 第１回　安東能明  安東能明（小説家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14911</link>
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			<description><![CDATA[連載小説「報復捜査」 第１回。殉職した公安部の刑事が追いかけていた事件に隠された真実とは!?
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="報復捜査" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260824Houfukusousa01.jpg" width="1200" /></p>

<p>殉職した公安部の刑事が追いかけていた事件に隠された真実とは!?</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>プロローグ</h2>

<p>六月五日土曜日の深夜。</p>

<p>伊場恵介（いばけいすけ）の携帯が鳴った。</p>

<p>時計を見ると、午前一時を回っている。</p>

<p>画面には「小暮和孝（こぐれかずたか）」の名前。</p>

<p>中学時代からの親友であり、警視庁公安部外事二課（ソトニ）の刑事だ。</p>

<p>誕生月が同じで、ふた月前、ともに三十三歳になった。</p>

<p>伊場はオンボタンを押した。</p>

<p>「もしもし。おまえ、また飲んでるのか？」</p>

<p>小暮は、よく酔っぱらって伊場に電話をかけてくる。</p>

<p>「......ああ」</p>

<p>電話の向こうで、グラスの氷が鳴った。</p>

<p>「またひとりで飲んでるのか？奥さんは？」</p>

<p>「......もう寝てる」</p>

<p>「そうか」</p>

<p>沈黙。</p>

<p>「おまえこそ、どうなんだよ。彼女は」</p>

<p>「いない」</p>

<p>「マジか」</p>

<p>「マジだ」</p>

<p>伊場は苦笑した。</p>

<p>「相変わらず、仕事ばかりだな」</p>

<p>小暮が笑った。</p>

<p>「おまえもだろ」</p>

<p>沈黙。</p>

<p>やがて、小暮がぽつりと言った。</p>

<p>「なあ、伊場。中学の頃、覚えてるか？」</p>

<p>「どうした、急に」</p>

<p>「おまえとおれ、担任に怒られて、廊下に立たされたこと」</p>

<p>「......ああ、あったな」</p>

<p>たしか、中学二年のときだ。</p>

<p>小暮が不良にからまれている同級生を助けて、伊場も加勢した。</p>

<p>結局、双方が停学処分になりかけて、担任に散々説教された。</p>

<p>「あのとき、おまえ何て言ったか覚えてるか？」</p>

<p>「......さあな」</p>

<p>「『悪い奴を放っておけなかった』って」</p>

<p>小暮の声が、少し笑った。</p>

<p>「馬鹿正直だと思ったよ」</p>

<p>「おまえもだろ」</p>

<p>「まあ、そうだな」</p>

<p>グラスの氷が、また鳴った。</p>

<p>「伊場、おまえは――あのままでいてくれ」</p>

<p>「あのまま？」</p>

<p>「中学の頃の、馬鹿正直な伊場のまま」</p>

<p>小暮は言葉を切った。</p>

<p>「おれみたいに、ならないでくれ」</p>

<p>「おい、どういう意味だ」</p>

<p>「......何でもない」</p>

<p>小暮は、また笑った。</p>

<p>「酔っぱらいの戯言（ざれごと）だ。すまん、こんな時間に」</p>

<p>「小暮――」</p>

<p>電話が切れた。</p>

<p>伊場は携帯を見つめた。</p>

<p>小暮の声には、妙な響きがあった。</p>

<p>何か大切なものを失いかけているような......。</p>

<p>いや、怯えていた？</p>

<p>「おれみたいに、ならないでくれ」</p>

<p>あの言葉は、何を意味していたのか。</p>

<p>伊場は、もう一度電話をかけようかと迷った。</p>

<p>だが、時計は午前一時を回っている。明日、署で会ったときに訊けばいい。</p>

<p>そう思い直して、携帯を置いた。しかし、胸の奥に引っかかるものが残った。</p>

<p>まるで、小暮が何かを告げようとして、言えずにいたような。</p>

<p>その言い残されたものが何だったのか、そのときの伊場は、知るよしもなかった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>１</h2>

<p>吉祥寺署から五百メートルほど離れた雑居ビルの屋上に、伊場恵介巡査部長は立っていた。六月七日月曜日、午後一時三十二分。所属は吉祥寺署刑事組織犯罪対策課、強行犯捜査係。右手に握ったSAKURAM360Jのグリップが、手のひらの汗を吸ってじっとりと重い。銃口の先が、呼吸に合わせてわずかに揺れる。それを、伊場は奥歯を噛んで抑え込んだ。</p>

<p>照準の先、約十五メートル先に、阿久津行夫（あくつゆきお）がいる。歳は五十代半ば。痩せた身体（からだ）に、ワイシャツが汗で張りついている。右手に包丁を握り、左腕で五歳ほどの女児を抱え込んでいる。女児の喉元へ押し当てられた刃が、ぎらりと陽光を撥（は）ね返した。女児の泣き声が、いまにも切れそうな細い糸のように、熱を帯びた屋上を伝っていった。</p>

<p>誰も動けなかった。動けば、刃が落ちる。</p>

<p>受令機から入る音声が、耳の奥を冷たく震わせる。</p>

<p>『――ＳＡＴ、配置完了。各ポイント、スタンバイ』</p>

<p>早い。事件の発生から、まだ三十分と経っていない。それなのに警備部の特殊急襲部隊がもう展開し、向かいのビルの窓には狙撃銃の銃口が鈍く光っていた。六月の陽が、首筋を灼く。伊場はグリップを握り直した。手のひらの汗が、すぐにまた滲んでくる。</p>

<p>ことが動いたのは、一時過ぎだった。朝から管内の連続空き巣の参考人の自宅周辺を張り、いつ同行を求められてもいいように拳銃を携行していた。男は現れず、空振りのまま署へ戻る道だった。耳の受令機に、無線が割り込んだ。</p>

<p>『全署員に告ぐ。留置中の阿久津行夫が逃走。吉祥寺本町二丁目のビルに立てこもり。人質ひとりあり。至急、現場へ集合せよ。繰り返す――』</p>

<p>警邏中のパトカーに飛び乗り、サイレンを鳴らして現場へ向かった。阿久津行夫という名前には、覚えがあった。月はじめに生活安全課保安係が挙げた、不法就労助長の男だ。大久保で人材派遣会社をやり、吉祥寺の中華料理店に中国人留学生を流していたブローカー。事案としては小さい。その男が逃げ、人質まで取る。歯車が一枚、どこかで噛み合っていない。</p>

<p>奇妙だったのは、二週間ほど前から本部の公安部外事二課の刑事が来て、阿久津を単独で取り調べていたことだ。その刑事が、小暮和孝――小学校からの親友だった。先週、留置場で被疑者が暴れたという噂が署内を流れた。あれと、無関係には思えない。</p>

<p>この数日、小暮は伊場を避けていた。廊下ですれ違っても目を合わせない。声をかける隙もなかった。ただ一昨日の深夜、小暮のほうから電話が来た。酔った声で、とりとめのない昔話をした。最後に、ふいに声が沈んだ。</p>

<p>「おれみたいに、ならないでくれ」</p>

<p>あの一言が喉に引っかかったまま、まだ降りていかない。</p>

<p>いまは、考えるな。</p>

<p>現場に着くと、すでに規制線が四方に張られ、野次馬が遠巻きに集まっていた。線をくぐり、ビルへ駆け込む。四階建ての雑居ビルだった。屋上へ続く階段の踊り場に、刑事課の同僚が五人ほど固まっていた。</p>

<p>「伊場、来たか」</p>

<p>刑事組織犯罪対策課長の新井貴弘（あらいたかひろ）警部だった。五十代後半で、伊場の直属の上司にあたる。現場では迷いのない男だ。</p>

<p>「状況は」</p>

<p>「阿久津が女の子を人質に取ってる。五歳。保育園からの帰りを攫われたらしい」</p>

<p>新井の眉が、険しく寄っている。</p>

<p>「どうやって逃げたんです」</p>

<p>「取り調べ中に、いきなり暴れて、取調官を突き飛ばして逃げた」</p>

<p>「取調官は小暮刑事？」</p>

<p>「そうだ。立会いの若いのも一緒だったが、突き飛ばされて止められなかったらしい」</p>

<p>胸の底が、わずかに重くなった。</p>

<p>「本部から来てたんだろう。調べの中身は、ほとんど小暮ひとりで握ってたって話だ」</p>

<p>本部のソトニが、なぜ吉祥寺署の小さなヤマを、ここまで抱え込んでいたのか。所轄の生活安全課は端から外され、調べの中身を握っていたのは小暮ひとりだったという。</p>

<p>「警報ボタンは？」</p>

<p>「押したそうだ。鳴らなかった」</p>

<p>「故障ですか」</p>

<p>「いま調べてる」</p>

<p>新井は、屋上へ続く階段を見上げた。</p>

<p>「とにかく人質の救出が最優先だ。伊場、おまえは屋上の給水塔の陰につけ。阿久津にいちばん近い。いいな」</p>

<p>「了解しました」</p>

<p>腰のホルスターから拳銃を抜く。SAKURAM360J、回転式の五連発だ。柔道で鍛えた肩に、汗で湿ったシャツが張りついた。三十三になっても、体だけは頑丈なままだ。訓練では何度も撃ってきた。生きた人間に向けて引き金を引いたことは、一度もない。</p>

<p align="right">〈つづく〉</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260824Houfukusousa01.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 02 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[安東能明（小説家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「お姫様かよ!」「そうよ」 Xで830万表示、82歳祖母と孫の“面白すぎるLINE”にほっこり  るん（篠原光）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14938</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014938</guid>
			<description><![CDATA[ばあばとのLINEが面白すぎる。芸人のるん（篠原光）さんが、祖母とのくすっと笑えるLINEのやり取りをエッセイに綴る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="篠原光さんとばあば" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru14.jpg" width="1200" /></p>

<p>祖母をハワイに連れていくためにUberで資金を稼ぎ、その投稿がSNSで話題を呼んだ吉本興業所属の芸人・るん（篠原光）さん。ばあばとの出来事や何気ない日常を綴ったエッセイも注目を集めています。本稿では、篠原さんがXで公開した「ばあばとのLINE」をお届けします。ばあばの予想外の返信に、くすっと笑えて心が温まる一篇です。</p>

<p>※本稿は、Xに投稿された記事を転載・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ハワイ楽しみだね？」と送ると、ばあばから返ってきた返信は</h2>

<p>あなたには、いいことがあったり、旅行先でキレイな写真を撮ったときに、共有する相手はいますか？多くの人は親友、恋人、あるいは親かもしれない。だが、僕の場合は82歳になるばあば(祖母)である。理由は単純。「面白いから」だ。</p>

<p>おばあちゃんとのラインが「面白い？」と思うかもしれないが、まずはこのラインを見てほしい。これは以前、僕が145時間Uberをしてばあばをハワイに連れていくという、孫ガチャだったら「UR(ウルトラレア)確定演出」レベルの得を積んだことがある。ハワイ出発が近づき、僕がワクワクしながら「ハワイ楽しみだね？」と送った。それに対する。ばあばの返信がこれだ。</p>

<p><img alt="篠原光さんとばあばのLINE" height="895" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru03.jpg" width="1200" /><br />
BYEスタンプ</p>

<p>意味が分からない。行かないってことなのか？なんなんだこれは。</p>

<p>他にも、僕が145時間Uberをしてばあばをハワイ以下略、ビーチサンダルを買うためにばあばに足のサイズを聞いたら、その足がとても小さく、冗談で「お姫様かよ！」とツッコんだ時の返信がこれだ。</p>

<p><img alt="篠原光さんとばあばのLINE" height="895" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru04.jpg" width="1200" /><br />
そうよ。</p>

<p>うちのばあばはプリンセスだった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>とにかく誤字や送信間違いが多くて面白い</h2>

<p>なかでも一番面白かったラインは、ばあばの誕生日をアフタヌーンティで祝った時のラインだ。僕はプレゼントとして「アフリカの人たちが誕生日を祝ってくれるサービス」をばあばに使ってあげた。屈強なアフリカ人たちが踊りながら「シズエ、タンジョウビオメデトウ！」と名前を呼んで祝ってくれる最高すぎるサービスだ。インターネットありがとう！</p>

<p>その動画を見ているシズエを見て、僕も笑った。だが、後日、ばあばからこんなラインが来た。</p>

<p><img alt="篠原光さんとばあばのLINE" height="308" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru05.jpg" width="1200" /><br />
黒人の写真とか</p>

<p>なんでアフタヌーンティーの写真より、黒人の写真が欲しいんだよ！この通知が来たときは、さすがにめちゃくちゃ笑ってしまった。おばあちゃんの口から「黒人」と出てくるのが面白すぎる。</p>

<p>あと、ばあばのLINEはとにかく誤字が多いし、平気で既読無視してくる。返信を催促した時も「ごめん、忘れてた」と脈無しみたいな返信をしてくる。</p>

<p><img alt="篠原光さんとばあばのLINE" height="498" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru07.jpg" width="1200" /><br />
いぎたいッッ!!</p>

<p>ほぼポーネグリフだ。ロビンがいないと解読できない。</p>

<p>ばあばは送信間違えも多い。</p>

<p>弟がばあばにお寿司をおごるというこれまた、孫ガチャ大当たり行動をした時のことである。その感謝ラインをばあばは、弟ではなく僕に送ってきた。これだけだと、「そういう間違いは誰だってあるよ」と思うかもしれないが、ばあばを舐めてはいけない。僕が、「俺、光だよ。」とミスを指摘した時に返ってきたのがこれだ。</p>

<p><img alt="篠原光さんとばあばのLINE" height="769" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru08.jpg" width="1200" /><br />
そうね。</p>

<p>ばあばは謝らない。そうね！？一瞬、間違えたのは自分かと錯覚するぐらいすがすがしい。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ばあばは自己肯定感も上げてくれる</h2>

<p>ばあばのラインは、面白い以外にも自己肯定感を上げてくれることもある。</p>

<p>僕がフランスに旅行した時にエッフェルタワーとのツーショットを送った時である。その写真に対して「素敵、カッコいいよ、素晴らしいよ。」とばあばはこれでもかと言わんばかりの賞賛を送ってきた。こんなに写真一枚でほめてくれる人がいるだろうか。これは送りがいがある。思わず笑ってしまったので「俺が？笑」と送ったら、こう返ってきた。</p>

<p><img alt="篠原光さんとばあばのLINE" height="1839" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru09.jpg" width="1200" /><br />
すべて（きっとうまくいく)</p>

<p>こんなに自己肯定感をあげてくれるラインがあるだろうか。彼女はきっとジョージよりも優れたメンズコーチになれる。</p>

<p>返信以外にも、ばあばとラインしてると面白いことがある。例えば、ばあばは普通にめちゃくちゃなので、勝手にアルバムに入っている写真を削除したりする。思い出を勝手に消すのである。</p>

<p><img alt="篠原光さんとばあばのLINE" height="2169" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru10.jpg" width="1200" /><br />
メモリークラッシャー静枝</p>

<p>他にも、パスポートを作る際に顔写真が必要なので、「自撮り送って」とお願いすると、誰がどう考えてもいいわけがない自撮りを送ってくる。</p>

<p><img alt="篠原光さんとばあばのLINE" height="840" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru11.jpg" width="1200" /><br />
いいわけがなさすぎる</p>

<p>ばあばとのLINEは、常に予想の斜め上をいく。次はどんなボールが飛んでくるのか。それはまるでガチャガチャを回すようなドキドキ感がある。だから僕は、何かあるたびにばあばに報告してしまうのだ。</p>

<p>あなたも楽しかった思い出をおじいちゃんやばあばに送ってみてはどうだろうか。 意味不明なスタンプや、解読不能なポーネグリフが返ってくるかもしれない。けれど、そのやり取りを通したとき、あなたの思い出は、より愛おしく、素敵なものに変わるかもしれない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【おまけ】ちなみに父親のラインも変である</p>

<p><img alt="篠原光さんとお父さんのLINE" height="382" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru12.jpg" width="1200" /><br />
ある日急に、終盤のアキネーターみたいなラインが来た時</p>

<p><img alt="篠原光さんとお父さんのLINE" height="1200" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru13.jpg" width="586" /><br />
僕が送ったラインをそのまま送ってくる「ラインでリツイート」</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru14.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 02 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[るん（篠原光）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>あらすじで「既にしんどい」と大バズリの恋愛小説 『炭酸水と犬』作者に聞いてみた  Moguru編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14978</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014978</guid>
			<description><![CDATA[あらすじだけで「既にしんどい」とSNSで話題の小説『炭酸水と犬』。本作の執筆の経緯や、SNSでの反応をどう受け止めているのか？ 著者・砂村かいりさんにお話しを聞きました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="本" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/Pixta_bookcoffeeflower.jpg" width="1200" /></p>

<p>「もうひとり、彼女ができたんだ」。付き合って9年、同棲して4年。結婚間近だと思っていた恋人から、ある日そんな言葉を告げられたら――。</p>

<p>砂村かいりさんの恋愛小説『炭酸水と犬』が今、SNS上で注目を集めています。きっかけとなったのは、（＠_zzz88_）さんが本作のあらすじに「既にしんどい」と添えた一つの投稿でした。引用ポストでは「そんな男とは別れろ!!」といった声も相次ぎ、反響が広がっています。</p>

<p>たしかに、設定を知っただけでも心がざわつく本作。では、砂村さんはなぜ、こんなにも&quot;しんどい&quot;恋愛を描いたのでしょうか。お話をうかがいました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「既にしんどい」反響への思い</h2>


<p><img alt="（＠_zzz88_）さんの投稿" height="1868" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260831Sunamurakairi02.jpg" width="1200" /></p>

<p>――SNS上で「既にしんどい」といった反応が寄せられています。こうした反響をどのように受け止めていますか？</p>

<p>【砂村】フィクションだとわかっていても、しんどくなってしまう物語ってありますよね。たとえ仮想現実であっても誰かにつらく理不尽な思いをしてほしくないと感じるのは自然なことだと、自分は思います。対象が自分の属性に近いほど、その傾向は強くなるかもしれません。</p>

<p>SNSで大きく話題にしていただくことはカクヨムでの連載時から時折あって、まだまだ光のあたる機会が少ない身としてはありがたいかぎりです。今年3月にはInstagramで本書を紹介してくださった動画が40万回以上再生され、そのときもAmazon在庫が一時枯渇するなど大きな動きがありました。今回は文庫版の裏表紙のあらすじ部分を写した画像がきっかけとなったようで、それだけ本書のあらすじが未読の方への訴求力が高いものであるという証左かもしれないですね。</p>

<p>ネタバレなしで端的に作品を紹介してくださり、そこに火がつくというのは本当にありがたい流れですし、既読の方がさらに熱意をこめて広げてくださったりもしていて、多方面に感謝しております。つらく苦しいだけの物語であればこんなに何度も話題になってはいないはずなので、どうかそこを信じてぜひ、物語の扉を開いてほしいです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>きっかけは「もうひとり、彼女ができた」と告げられた夢</h2>

<p>――これほど辛い恋愛小説を書こうと思われたきっかけはあったのでしょうか。執筆の経緯を教えてください。</p>

<p>【砂村】きっかけは、あるときに見た夢でした。独身同士で付き合っている設定の夫が夢に出てきて、「もうひとり、彼女ができたんだ」とさらりと告げます。それに対する自分の反応が、泣くでも問い詰めるでもキレ散らかすでもなく「ふーん、そっか」となぜかあっさり受け止めていて。その後、彼は土砂降りの雨の中を傘もささずにその女性のもとへ走ってゆき、自分はひとり静かに泣く、というあたりで夢は終わりました。</p>

<p>なかなか印象的で忘れられない夢だったので、それからしばらくしてweb小説を書いてみようと思いたった際に思いだし、物語として息を吹きこんでみることにしました。雨のシーンで終わらせていれば「胸糞悪い失恋小説」で片づけられていたかもしれませんが、その先を描いてどんどん展開させていったことで、物語がいきいきと脈動したのだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「単なるクズ男」と一蹴できない複雑さ</h2>

<p>――SNSでは主人公に対して「そんな男とは別れろ！！！」という声も見られました。砂村さんご自身はどう思われますか？</p>

<p>【砂村】恋愛に正解はありませんが、「自分を粗雑に扱う人からは距離をおく」というのは人間関係の鉄則なので、それらの反応は正しいと思います。それにしても和佐への呪詛や殺意が凄まじく、いくばくかの申し訳なさとともに楽しく拝見していました。もし実際に我が身に起こったことであれば、自分も八つ裂きにする方向で検討してしまうかもしれません（笑）。</p>

<p>ただ小説って、作者が「自分ならこうするよ」と示すものではなく、あくまで「この人物の場合はこうしました」を描いてゆくものなので、人間が一枚岩ではないことや物事の多面性を感じとっていただければと思います。ただの浮気ともポリアモリーとも異なる独特の苦しみをパートナーに与える関係性、それをいったん受けとめたうえでどのように動いてゆくか、ぜひお読みになって確かめていただきたいです。</p>

<p>なお、「自分が彼氏に言われたことだ」「同じ体験をしたことがある」といったご経験をつぶやかれる方々も時折いらっしゃり、呪詛や殺意より恐ろしいです......。けっしてありえない話ではないんだな、とあらためて実感しています。</p>

<p>――本作は、どのような読者に特に刺さる物語だと思いますか？</p>

<p>【砂村】やはり、まずは苦しい恋愛をした経験のある方に刺さってしまうかと思います。状況は多少異なっても、パートナーが第三者に心を奪われる経験をしたことのある方であれば、ご自身に投影して読み進めるかたちになるかと。ただ、由麻の最初の反応や背景にあるものがおそらく一般的ではないので、「全然共感できない......」という方ももちろんたくさんいらっしゃると思います。それぞれの感性で楽しんでいただければ幸いです。</p>

<p>また、和佐に近い立場になったことのある方にもぜひ読んでいただきたいですね。元来のまじめさゆえに、馬鹿正直にふたりの女性と向き合おうとする彼は、単なるクズ男と一蹴できるものではないと思います。それがこの物語をややこしくしているんですよね。</p>

<p>「誰かと濃密に付き合った経験がないのに我が事のように読んだ」というご感想も印象に残っています。恋愛経験のない方や恋愛をする予定のない方にも、人間同士が魂をぶつけ合う物語としてお読みいただけたらと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>炭酸水やミルクティー...キーアイテムは「飲み物」</h2>

<p>――初めて読む方に、ぜひ注目してほしいモチーフや描写などがあれば教えてください。</p>

<p>【砂村】もしかすると、飲み物がキーアイテムになっているかもしれません。ペリエやウィルキンソンといった炭酸水に、リプトン500のミルクティー。誰がどんなシーンで飲んでいるかに着目すると、物語をより楽しめるような？</p>

<p>また、原作を連載していた2018年当時はまだぎりぎり「恋人同士での本やCDの貸し借り」が不自然でなかったのかも、と読み返していて思いました。本はまだしもCDの貸し借りをする関係性って、近年かなり希少なものになっていますよね。ちなみに「タカツクミヨ」は言うまでもなく、敬愛する大先輩作家のお名前のアナグラムです。</p>

<p>また、湘南界隈の空気を感じてもらえたら嬉しいです。車で国道134号を走り、相模川に架かる湘南大橋を渡る機会がありましたらぜひ、あのドライブのシーンを思いだしてほしいですね。</p>

<p>描写としては......性描写がやや多めなので、苦手な方は気をつけていただければと思います。今現在は、直接的に性愛を描くことはだいぶ少なくなりました（20歳前後の若者たちが主人公の最新刊『飛距離の長い青春』では、また少し多めになっています）。</p>

<p>また、恋愛のみを描いた作品と思われがちかもしれませんが、他にもいくつかテーマがあり、たとえば派遣社員という足場の弱い女性の生きかたなども問題提起の意味で描いたりしています。自身の体験をもとにしていますが、上司は伊佐野さんのような理知的で信頼できる人ではなく、逆に自分の発注ミスを派遣のせいにしたりする人で......あ、怒りが再燃してきました（笑）。</p>

<p>お読みくださった方はぜひ、印象に残っているモチーフや描写を教えていただけると嬉しいです。そして何度でもページを開き、由麻たちに会いに行ってやってくださいね。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/Pixta_bookcoffeeflower.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 01 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[Moguru編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ職場から「報連相」が消えるのか？部下の自己防衛を解く方法  神岡真司（ビジネス心理研究家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14909</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014909</guid>
			<description><![CDATA[｢心理的安全性｣と｢生存者バイアス｣の2つの心理学の視点から、成果を出すチームの作り方と正しい判断力の鍛え方を解説。否定を恐れず挑戦できる環境づくりと、目に見えない失敗に囚われない思考法に迫る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="開けた職場環境" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Meeting02.jpg" width="1200" /></p>

<p>職場や日常生活の中で、そんな生きづらさや伸び悩みを感じたことはありませんか？神岡真司氏は著書『科学でわかったすごい心理法則100｢あの人が自然と動く｣コツ、まとめました』にて、チームの成果を高める｢心理的安全性｣と、判断を誤らせる｢生存者バイアス｣を解説。自発的な行動を引き出す実践知に迫ります。</p>

<p>※本稿は、神岡真司著『科学でわかったすごい心理法則100｢あの人が自然と動く｣コツ、まとめました』(イースト・プレス)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>個人の力を引き出す組織の秘訣</h2>

<p>職場や学校などの集団の中で、否定や反論を恐れずに、｢わからない｣や｢助けて｣などと素直に口にできる、風通しのよい状態を、心理学では｢心理的安全性｣と呼びます。</p>

<p>これは単なる｢仲良しグループ｣や、お互いに顔色をうかがう｢馴れ合い｣とは本質的に異なります。失敗や疑問、あるいは反対意見を恐れずに口にできる、心の土台となるしくみを指しているのです。</p>

<p>例えば、家庭の食卓で子どもが学校での失敗を正直に話せる場面を想像してください。親が頭ごなしに否定せず、まず耳を傾けてくれるとわかっていれば、子どもは隠し事などしないで何でも安心して親に相談できます。しかし何かを言うたびに、｢なぜそんなことをしたの!｣と即座に叱責される環境では、子どもは自分を守るために失敗を隠すようになります。</p>

<p>職場や学校でもこれと同じことが起こります。素直な発言が歓迎される場所では、潜在的な問題や新しいアイデアがスムーズに共有され、大きなトラブルを未然に防ぐことが可能になるのです。｢自分の意見が受け入れられる｣という安心感こそが、個人の持てる力を最大限に引き出し、結果としてチームや組織全体の成長を加速させる最大の原動力となるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢いい人ばかり｣では勝てない！成果を出すチームの共通点</h2>

<p>この｢心理的安全性｣が欠けていると、私たちの脳は｢自己防衛｣に必死になります。｢無知だと思われたくない｣｢無能だと思われたくない｣といった恐怖がブレーキとなり、本来持っている能力を十分に発揮できなくなります。一方で、｢心理的安全性｣がある環境では、誰もが｢ここでは何を聞いてもいいんだ｣｢意見をぶつけ合っても大丈夫だ｣と感じることができ、脳は創造的な活動に集中できるようになります。</p>

<p>新しいチームにおいて、メンバーの1 人が｢今の戦術の意味がわからない｣と正直に口に出せるかどうかで、その後の結果は大きく変わります。もし他のメンバーが｢そんなことも知らないのか」という冷ややかな態度をとれば、その人は二度と質問しなくなり、チームの戦術理解は不完全なままになります。しかし、全員が｢わからないことは聞くのが当たり前｣という雰囲気を持っていれば、課題が即座に解消され、チーム全体の力は確実に底上げされるでしょう。</p>

<p>この心理には注意点もあります。｢心理的安全性｣を｢責任の追及をしない甘い環境｣だと勘違いしてはいけません。目標を達成するために必要な率直な意見を言い合える状態は、高い規律や責任感がセットになって初めて機能します。互いの成長のために、あえて｢耳の痛いこと｣も誠実に伝えられる関係性こそが、本当の意味での｢心理的安全性｣が高い状態です。</p>

<p>【POINT】<br />
意見を出してほしい場面では、まず｢失敗しても責めない｣と伝えておく。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>成功者の影に潜む｢見えない失敗｣</h2>

<p>｢生存者バイアス｣とは、｢成功例｣だけで判断を下し、その影に隠れている｢膨大な失敗｣を無視してしまう心理的な歪みのことです。私たちは、華やかな実績を上げた人の言葉や、巷で存在感を放つ企業の戦略を｢正解｣だと思いがちです。しかし、そこには目に見えない大きな落とし穴が潜んでいます。　</p>

<p>一代で巨万の富を築いた起業家の自伝を読むと、｢大胆なリスクを取ることが成功の鍵だ｣と書かれていることがあります。これを見た人々は、リスクを取れば自分も成功できると信じ込んでしまいがちです。しかし、同じようにリスクを取って破産した人々の存在もあるはずです。</p>

<p>また古い建物やアンティークの家具を見て、｢昔の職人は今よりも丁寧に、丈夫なものを作っていたのだ｣と感心するのも、このバイアスの影響です。実際には、昔作られたものの中でも脆くて質の悪かったものは、すでに壊れたり取り壊されたりしてこの世に残っていません。現在まで残っているのは、たまたま極めて頑丈に作られていた｢生き残り｣だけです。劣悪だった大半の製品が消えてしまった事実を忘れ、現存するものだけで過去全体を評価してしまうのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>本質を見抜いて誤った判断を防ぐ方法</h2>

<p>この現象のルーツは、数学者のアブラハム・ウォールドが第二次世界大戦中に行った軍用機の分析にあります。</p>

<p>軍は帰還した戦闘機の機体を調べ、弾痕が集中している翼や胴体を補強しようと考えました。しかし、ウォールドはこれに強く反対しました。彼は、｢本当に補強すべきなのは、弾痕がまったくない場所(エンジンやコックピット)だ｣と指摘したのです。なぜなら、弾痕のある翼を撃たれてもその機体は無事に帰還できましたが、エンジンを撃たれた機体は墜落して一機も戻ってこなかったからです。戻ってきた｢生存者｣だけを見て判断を下すと、最も致命的な弱点を見逃してしまうという教訓をこのエピソードは伝えています。</p>

<p>現代の日常生活においても、この教訓は非常に重要です。例えば、ダイエットや健康法で｢私はこれで痩せた｣｢このサプリで病気が治った｣という個人の体験談を鵜呑みにするのは危険です。その方法を試して効果が出なかった人の声は、広告やSNS の表面には出てきません。成功した一握りの声だけが目立つため、その方法が誰にでもあてはまる有効な手段という錯覚が生まれてしまうのです。</p>

<p>｢生存者バイアス｣に惑わされないためには、意識的に｢ここには映っていないデータがあるのではないか｣と考える習慣を持つことが大切です。</p>

<p>【POINT】<br />
成功例を見たら、同じ数だけ失敗例も探す。<br />
見えている話だけで判断しない。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 01 Sep 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[神岡真司（ビジネス心理研究家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「今はすごく恵まれている」尾崎世界観さんが危うさを感じる現在地【第4回】  尾崎世界観</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14793</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014793</guid>
			<description><![CDATA[「人と分かり合うのってすごく面倒くさい」クリープハイプの尾崎世界観さんは著書でこのように語る。尾崎さんの人間関係、そして現在置かれている環境に対して思うこととは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="尾崎世界観" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260814ozakisekaikan.jpg" width="1200" /></p>

<p>クリープハイプの尾崎世界観さんは、2001年にバンドを結成し、2012年のメジャーデビューまで長い下積み時代を送ってきたといいます。今の環境を「恵まれている」と話す尾崎さん。読者から寄せられた悩みと正面から向き合った『尾崎世界観のおなやみ天国』の刊行を機に、現在の心境と、悩みを抱える読者へのメッセージを語っていただきました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>分かり合えないから、長く続く関係もある</h2>

<p>――本の中にあった「人と分かり合うのってすごく面倒くさい」、「分かり合えないことを大切に」という言葉が印象的でした。尾崎さんにとって、分かり合えないことを大切にする姿勢とは何だと思いますか？</p>

<p>【尾崎】本当に嫌だなと思ったら関係自体をやめてしまうことが多いので、今でも続いている人には感謝しているんです。</p>

<p>もしかするとそれは、分かり合えないからこそ長く続いているのかもしれない。ちゃんとずれているから、ぶつかり合わずに程よく気持ちのいい関係でいられるのかもしれない。分かり合ってしまったら、相手の思っていることが手に取るように伝わってしまって、そこで嫌になるかもしれないから。そういう意味でも、無理に分かり合わなくてもいいと思います。</p>

<p>でも、これが職場だったらやっぱり難しいですよね。無理してでも付き合わなければいけない。</p>

<p>こういう仕事をしていると、周りが気遣ってくれるし、自分が常に肯定されているような感覚になりがちです。だからこそ、気をつけなければいけないと思っています。</p>

<p>「尾崎世界観」の名前を見て、ある程度こういう人間だというのがわかった上で、悩みを送ってみようとなる。それが、いつでもなくなるような、危うい立場だと理解していないといけない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>今の自分はすごく恵まれている</h2>

<p>――今は負担になるようなことがそこまで多くない状態、ということでしょうか。</p>

<p>【尾崎】嫌なことはいっぱいあるんですけど、全部自分のこととしてやれているから、すごく恵まれているなと思います。その分、自分の名前が出ない、自分のものじゃないところで頑張ってくれている人がいる。事務所のスタッフや、その他にも、周りで仕事をしてくれる方々。そう考えると、しんどいと思うこともあるんですが、とにかく恵まれたこの状況に感謝しなければと思います。</p>

<p>――今、恵まれているというお話がありましたが、その感覚を踏まえて、これからどんな心持ちで生きていきたいと思いますか。</p>

<p>【尾崎】特にここ最近は、いろいろ決められたことをやっているだけで時間が過ぎていってしまうという焦りもあって。かといって、何かを止めて新しいものに向き合おうと思っても、なかなか器用ではないので、その通りにはいかないんですよね。</p>

<p>なんとなく目の前のことに向き合っているだけで、それなりに満足してしまいそうな気がするので、ちょっと怖いですね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>悩みはいろんなところに話す方がいい</h2>

<p>――最後に、どんな人でも何かしらの悩みを抱えながら生きていると思うんですが、そんな読者に向けてメッセージがあれば教えてください。</p>

<p>【尾崎】自分の中でまだ言葉になっていなもの。それを言葉にして確定させることで、悩みがどういうものなのかが見えてくる。だから、まず人に話すということが大事なのかもしれないですね。誰かに話そうと思えば、自然とそのことにも深く向き合えるはずです。</p>

<p>――漠然としたイライラを、「何でイライラしてるんだろう」と解きほぐすことにもなりそうですね。</p>

<p>【尾崎】なるべくいろんなところに話すのがいいと思います。確実に寄り添ってくれるであろう人と、もしかしたら思っているような答えが返ってこないかもしれない人と。解決するつもりで話す、というより、それを確かめるため、確定させるために、悩みの底の部分に触れるようなイメージです。</p>

<p>――寄り添ってくれる人だけでなく、思っている答えをくれない人など、いろんな人に相談した方がいいと思うのはなぜですか？</p>

<p>【尾崎】単純に、相談する回数が多い方がいいと思うんです。同じ答えばかりだとつまらないので。思いも寄らぬ答えが返ってきた時にショックを受けるのは、裏を返せば、自分がすでにどうしたいかわかっているということなんですよね。</p>

<p>違う答えが返ってきてイライラしたり、落ち込んだりするのも、自分の本当の気持ちを確かめるという意味では、大事なことなのかもしれません。はっとしたり、むっとしたりするその反応自体が、答え合わせになっている気がします。</p>

<p>（取材・構成：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260814ozakisekaikan.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 01 Sep 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[尾崎世界観]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>文鳥のメスはファザコンだった　父親に似た歌を歌うオスを好きになる理由とは？  富田園子（編集者・ライター）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14922</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014922</guid>
			<description><![CDATA[文鳥のメスは、父親の歌に似た歌を歌うオスを好きになる傾向があるという。それには合理的な理由があった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="文鳥" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260820buncho06.jpg" width="1200" /></p>

<p>文鳥は豊かな感情や感性をもち、人と心を通わせるコンパニオンバードとして人気が高い小鳥です。</p>

<p>今年5月に刊行された書籍『文鳥のいいぶん。』（日東書院本社）では、文鳥研究の第一人者である相馬雅代さん（北海道大学大学院理学研究院生物科学部門教授）監修のもと、最新研究でわかった文鳥の50のヒミツが、表情豊かで愛らしい写真とともに紹介されています。飼い主なら気になる文鳥の健康についてはもちろん、文鳥の意外な生態や能力、人間のような感情・心理などについて、多角的に解説。</p>

<p>本稿では、『文鳥のいいぶん。』の一部を再編集し、文鳥の「恋」と生存戦略についての考察を紹介します。（画像は全て『文鳥のいいぶん。』より）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>まるで「大きくなったらパパと結婚する」と言う女の子</h2>

<p><img alt="文鳥" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260820buncho04.jpg" width="1200" /></p>

<p>人間の女の子も小さいころは「大きくなったらパパと結婚する」などと言うものですが、文鳥のメスも似たところがあるようです。</p>

<p>まるで知らない歌よりも、自分の父親の歌に似た歌を聴いたときに強く反応することが実験でわかっています。そう、文鳥のメスはファザコンなのです。</p>

<p>これは文鳥に限ったことではなく、近縁種のキンカチョウも同じ。逆も然りで、キンカチョウのオスは母親に似た見た目のメスを好みます。オスはマザコンなのです。</p>

<p>さて、文鳥のメスはなぜ父親似の歌を好むのでしょうか。</p>

<p>文鳥は父親の歌を代々継承するので、一族の歌には共通点が多くあります。父親似の歌をもつオスは自分と同じ地域で暮らし、その地域環境に精通したオスであることを示します。</p>

<p>そうしたオスとペアになることは生存に有利。文鳥は定住性の鳥なので、地の理があるパートナーを選びたいと思うのかもしれません。</p>

<p>ただファザコンだったりマザコンだったりすると、まさに自分の親やきょうだい（親に似た見た目や歌をもつ）をパートナーに選んでしまわないのか気になりますよね。でも近親交配は遺伝病などのリスクが増え、生存には不利になります。</p>

<p>ウズラの実験では、①幼少期に接していた異性、②まったくなじみのない異性、③その中間の少しだけ接したことのある異性がいると、③を選ぶそうです。近すぎず遠すぎないパートナーが最適なのでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>難しい歌を歌えるオスはモテる　メスは単調な歌よりも複雑な歌が好き</h2>

<p><img alt="文鳥" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260820buncho05.jpg" width="1200" /></p>

<p>文鳥のメスは音のレパートリーが多く複雑で長い求愛歌を好むことが実験でわかっています。</p>

<p>優秀なオスは音のレパートリーが広く高度なトリルを出すことができます。また長く歌えるのは体力があることを示します。</p>

<p>つまり難しくて長い歌を歌えるのは優秀なオスのサインということ。メスが好むのも当然ですね。</p>

<p>ちなみに文鳥は孵化後5か月ごろに歌が固定化しますが、そのときとその１年後では１年後のほうが歌が上手になっているそう。１年後の歌は音域が広く、テンポも少し速い高度なものになっているのです。毎日の練習のたまものなのでしょう。</p>

<p>ということは、５か月齢の若い文鳥より1歳過ぎのオスのほうが魅力が増しているのですね。</p>

<p>文鳥は父親の歌を継承するとお伝えしました。もし父親の歌が音のレパートリーが少なくあまり魅力的でない歌だとしたら、その息子も孫も魅力的でない歌を継承し、メスにモテない一族が続いてしまうのでしょうか？　</p>

<p>メスにモテない歌しか歌えなければ、いつかその一族は途絶えてしまうのではと心配になります。</p>

<p>実は、息子は父親の歌を100％継承するわけではありません。</p>

<p>飼育下のジュウシマツでは、10％ほど父親以外の要素が入ることがわかっています。鳴禽（めいきん）は群れで暮らすので、父親以外の歌も聴こえる環境で育ちます。基本は父親の歌を継承しつつも、別のオスの歌の要素を取り入れて自分の歌に完成させることが推測されます。息子は父親の歌にアレンジを加えてオリジナリティーを出すのですね。</p>

<p>ということは、もし父親の歌があまり魅力的でないとしても、努力次第で魅力的な歌にバージョンアップしていけるのかもしれません。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260820buncho06.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 31 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[富田園子（編集者・ライター）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>戦争を語りたがる子どもたち　哲学者・永井玲衣さんが対話を通じて見えてきた“社会の姿”  永井玲衣（哲学者,作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14854</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014854</guid>
			<description><![CDATA[「せんそうってプロジェクト」を立ち上げ、哲学対話の場をひらいてきた哲学者の永井玲衣さん。子どもたちと対話の場を開くと、戦争の話が頻繁に出るようになったという。永井さんにお話しをうかがった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="撮影：八木咲" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260812nagairei02.jpg" width="1200" /></p>

<p>先の大戦が幕を閉じてから81年の年月が経ちました。戦争体験者が年々少なくなっていく現実を前に、同じ過去を繰り返さないため、私たちには何ができるのでしょうか。</p>

<p>日本各地で哲学対話をひらいてきた永井玲衣さんは、写真家の八木咲さんと共に、「せんそう」について語ったり、聞いたり、考えたりする場をひらこうと、「せんそうってプロジェクト」を立ち上げました。7月に刊行された『せんそうって』は、文芸誌『群像』での連載をまとめた一冊です。</p>

<p>今回は永井さんに、人と人が対面で戦争を語り合うことの意味や、対話の場で戦争を語りたがる子どもたちの言葉から見えてきたことについて、教えていただきました。（写真：八木咲）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>戦争論は&ldquo;概念で遊べてしまう&rdquo;危うさがある</h2>

<p>――プロジェクトにあたって、フィールドワークも数多くされていたと思います。広島や沖縄にもよく訪れていたと思いますが、教科書や資料で学ぶことの方が多かったところから、実際に行ってみて得た感触はありましたか。</p>

<p>【永井】体を通すことの重要さですね。本にも書きましたが、陸軍病院の匂いを嗅ぐ。ガマに座ってみる、こんなに歩きづらいんだ、と体を通して考える。</p>

<p>戦争論は概念で遊べてしまうところがすごくあって。それは哲学がはらむ危険性でもあるのですが、頭の中で俯瞰して語れてしまうんです。フィールドワークをして歩いたり、くたくたな体になったり、実際に見たり聞いたり、体を通すことは、今ここに自分がいるということ、ここに誰かがいたということを、ちゃんと思い出す行為だと思います。すごく大事だと思っています。</p>

<p>――今おっしゃった「概念で遊べる」というのは、頭の中だけで完結して語れてしまうということでしょうか。</p>

<p>【永井】まさにそうですね。頭の中だけで考えることは、物事を抽象化して普遍化して語れてしまう部分もあると思うんです。</p>

<p>それが必要な局面ももちろんあります。しかし、たとえば「ウクライナとロシアはとことんやり合った方がいい」と、割と簡単に言えてしまう場合もある。そのとき、ウクライナやロシアはもうただの概念であって、そこに人間がいない。恐ろしい殺し合いが起きていることが捨象されてしまう。「一回喧嘩して、殴り合って、仲良くなるってよくあるじゃないですか、あれみたいなことをロシアとウクライナがしたらいいんですよ」みたいな。</p>

<p>そのときは体がないし、人間がいないし、自分という存在もいないみたいな感じで語れてしまう危うさがあります。あるいは「戦争はしょうがないよね、世界史的にはこういうこともあって&hellip;条約結んでこうなったら終わるからね」と、全部概念の話になってしまう。</p>

<p>それに抗う意味でも、訪れる、体験する、体を通して考えることが必要だと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ネットに言葉を投げること、人が集まって対話をすること</h2>

<p>――我々のメディアは大手ニュースプラットフォームにも記事を出しているのですが、そこでのコメントを読んでいると、大きく出るようなコメントが多いなと感じてしまいます。</p>

<p>【永井】いいですね、「大きく出るようなコメント」という言い方、すごくいい表現です。</p>

<p>――たった一人の個人でありながら、戦争をしている国々のことを概念のように語れてしまう違和感を感じます。何かきっかけがない限り、自分の体で知る大切さに気づけない、ということですよね。</p>

<p>【永井】対話の場も言葉でやりとりしているように見えて、ものすごく&quot;体&quot;なんですよね。もちろん実際に訪れることもすごく大事なのですが、「フィールドワークしないと絶対にだめ」ではないんです。</p>

<p>人々と集って対面で対話すると、そこにある声の震えや、その人が一生懸命喋っている姿に、私たちは動かされるわけです。その人が、たとえば自分の祖父の体験を語り直している瞬間に一緒に立ち会うのは、めちゃくちゃ体の感覚なんです。</p>

<p>仮に、自分自身の喉を通して、&quot;大きく出てしまう&quot;ような語りをしたときに、やっぱりチクっとするわけですよね。「この言い方でいいのかな」「みんなが『うーん』みたいな顔になっている」というように、言葉が逃げていく感じがする。</p>

<p>私たちは場にすごく影響されるので、体を持って今ここの私が語る、ある種の責任を引き受けるようなあり方は、ネットに書き込むのとは全く違う体験だと思います。</p>

<p>――確かにネット上だと相手が見えないから、いくらでも大きく出ることができてしまいますよね。実際に誰かと会って対話することと、ネット上で議論することには差があるということですね。</p>

<p>【永井】全く違うものだと思っています。対面でもSNS的な関わり方はあるのですが、ネットで何かを書き込むことを私は対話とは呼びません。対話の場を作ることとは、全然違うことが起きていると認識しています。</p>

<p>――そう考えると、対話すること自体を、もう少し違う意味で捉え直した方がいい人が結構多いのかなと思いました。</p>

<p>【永井】人が複数人いて、言葉がやりとりされれば対話だと言われてしまうことがあるのですが、私は対話とは「意識的な場」だとよく言っています。いろんなことを目指したり、作ろうとして作られる場だと思うので、ただ言葉がそこに置かれればコミュニケーションだ、対話だ、とはあまり思っていません。</p>

<p>&quot;場&quot;をどう作れるかということにすごく関心があります。ネットの中でぶつけ合ってしまうような言葉も、場がそうさせていることがあると思うんですよね。言っている本人だけが悪いのではなく、冷笑が起こりやすい場、攻撃が起こりやすい場がある。一方で、互いの話をゆっくり聞きやすくなる場もありうる。だから、人を責めるよりも、場を作ることにもっと集中したいと思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>戦争の話をしたがる子どもたち</h2>

<p>――子どもたちと哲学対話の場をひらくと、頻繁に戦争の話が出るようになったとあとがきに書かれていました。子どもたちが戦争の話をしたがる現状を、永井さんはどう受け止めていらっしゃいますか。</p>

<p>【永井】ここまで国際情勢が悪化していて、新たな軍拡競争の時代に入ってきています。軍拡は互いの緊張をエスカレーションするだけだと私は思っているのですが、そういった動きがどんどんニュースでも報じられていて、国際的にも日本政府もそういう動きをしている。それを子どもたちは敏感に感じ取っているんだなと率直に思います。</p>

<p>子どもたちが語る言葉は、今、社会で何が起きているかを鏡のように映すんですよね。これだけ戦争の語りが増えたのは、それだけ今の世界のあり方が戦争に近づいていることの示唆であるし、大人たちが想像している何百倍も、子どもたちは考えているということです。</p>

<p>現場でそういう語りが出るたびに、「こんなに考えさせてしまっていたんだ」と立ち会った大人たちは衝撃を受けています。もっと曖昧な、「爆弾ドカーン」くらいのことだと思っていたのに、ものすごく考えていたんだ、と。それだけ子どもたちに負担を負わせている社会でもあることを、本当に感じなきゃいけないと思います。</p>

<p>――大人たちも驚くことを言うとのことですが、子どもたちは実際にどんなことを言うのでしょうか。</p>

<p>【永井】具体的にロシアがどうだ、アメリカがどうだ、といった話が出ることもあって、「よくそんな細かいこと知ってるね」といったこともあるのですが、もっとも多いのは怒りですね。「戦争はどう考えたって殺し合いなのに、なんでこれがなくならないんだ」「なんでもっと大人たちは&quot;これ&quot;をなくそうと努力しないのか」と、怒りの言葉が出てきます。</p>

<p>大人たちの語りの中では、本にも少し書きましたが「せんそうって兄弟げんかみたいなものですよね」と、戦争を矮小化するような言葉が出てくることが何度かありました。「今日も夫婦喧嘩してきて、まるで戦争でした」みたいな。</p>

<p>でも子どもたちからそういう語りはほぼ出てこなくて、むしろ「戦争と喧嘩って全然違うだろ、喧嘩で殺し合わないじゃないか。兄弟げんかで命を奪い合うなんてことはない。戦争はそういうことが起きてしまう。しかも一部の人が決めたもので、勝手に巻き込まれてしまうことでもあるんじゃないか」と。子どもたちの方が解像度を高く話す場面に、何度か出会ったことがあります。</p>

<p>――今のお話から、子どもたちの方が現実を見ていて、大人たちは目をそらしているのかな、とも受け取れました。</p>

<p>【永井】確かにそうかもしれないですね。対話が始まる前に、親や先生から「家では戦争の話は怖くて泣いてしまって話せない」「戦争はしょうがないと諦めてしまっているので、あまり話さないかもしれません」と引き継ぎをされたことがあったのですが、実際に子どもたちと一緒に場を作って話したら、「考えたい」と元気にのびのびと喋り始めたんですよね。</p>

<p>だから、本当に場があれば人は喋るんだなと、そのときも子どもたちに教えてもらいました。</p>

<p>（取材・構成：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260812nagairei02.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 31 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[永井玲衣（哲学者,作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>145時間Uberをして、ばあば(82歳)をハワイに連れていった　ホテルに着いて思わず笑った第一声  るん（篠原光）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14928</link>
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			<description><![CDATA[「145時間Uberをして、ばあば(82歳)をハワイに連れていった話」――Xで話題を呼んだ篠原光さんのエッセイを特別にお届け。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ハワイにばあばを連れてきた篠原光さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru01.jpg" width="1200" /></p>

<p>「145時間Uberをして、ばあば(82歳)をハワイに連れていった話」&mdash;&mdash;Xに投稿されたそのエッセイは810万インプレッションを超え、大きな話題を呼びました。投稿したのは、吉本興業所属の芸人・るん（篠原光）さん。笑えるのに、家族のことが頭をよぎってうるっとくる。そんな声が多数寄せられました。そんな篠原さんのエッセイを特別にお届けします。</p>

<p>※本稿は、Xに投稿された記事を転載・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>母が亡くなる前に僕に伝えた言葉「ばあばのことを...」</h2>

<p>145時間Uberをしてばあば(82歳）をハワイに連れてった。雨の日も、クリスマスも自転車を5ヶ月間、漕ぎ続けた。ハワイのホテルに着いた、ばあばの第一声は「部屋から海が見えないなんて話にならないわね」だった。</p>

<p>小さい頃から「ばあばっ子」だった僕は、ばあばの家によく遊びに行き、実家に戻ろうとすると泣いていたらしい。よくこのことをばあばはいじってくる。初任給が入った時は両親とばあばに焼肉を奢ってあげた。ばあばはフードファイターの小林尊みたいに水で肉を流し込んでいてすごく嫌な気持ちになったことを覚えている。</p>

<p>誕生日にお寿司を奢ってあげたこともある。ばあばは、そのお返しに僕の誕生日にスーパーで卵１パックを買ってくれた。ばあばは等価交換を知らない。鋼の錬金術師だったら、両腕両足、真理の扉に持っていかれてただろう。家ではいつも、僕がばあばをからかい、ママお（母)が「やめなさい」と笑いながら僕らのやりとりを見ていた。あの明るいリビングの笑い声が、僕の原風景だ。そんな僕にだけ、ママおは亡くなる前こう言った。</p>

<p>「ひかる、ばあばのことを、よろしくね」</p>

<p>その言葉が、ずっと僕の背中に張り付いている。ハワイの話をしないと...</p>

<p>ばあばの誕生日に「旅行でどこでも行けるならどこに行きたい？」とほぼバーソロミュー・くまみたいな聞き方をしたら、「ハワイに行きたいわね」と言ってきた。ハワイは物価が高いと聞くし、2人分はさすがに僕の給料じゃキツイと思った。だけど、ばあばが今みたいに自分の足腰で歩けて楽しめる時間は、そんなに長くないんじゃないかと思い、半年後に無理やりにでもハワイに行くことを決めた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>30万を稼ぐため、Uberで走り回った</h2>

<p>予算は60万（エコノミーでごめん）。毎月5万の貯金に加え、残りの30万をUberで稼ぐことにした。そこから平日18時に仕事を終えて帰宅し、19時から深夜まで自転車を漕ぐ生活が始まった。初めてUberをした感想は、「ごはんをA地点からB地点に運んでお金を稼いだ」という事実が意味不明すぎて笑ってしまった。そして、僕は異常にケチになった。常に「Uber換算」をしてしまうのだ。大好きなハーゲンダッツのバニラ味も「これ配達1回分か」と棚に戻すようになった。</p>

<p>Uberで一番きつかったのは、渋谷のポーカールームに配達した時のことである。エレベーターでお店に上り、扉が開いたら一面ポーカールームだった。エレベーターからUberのバッグを抱えた男が現れた瞬間、店内の全員が一斉にこちらを見て、またゲームに戻った。一刻も早く立ち去りたくなりながら受付の人に「すいませんUberです」と伝えたら、「わからないです」と言われた。「わからないです？」と思いながら、注文した人が名乗り出てくるのを入り口で待った。</p>

<p>そうすると一番近い卓のチャラい男が「だれー？Uber頼んだの」と大きな声を出した。ものすごい嫌な予感がした。「Uber頼んだのお前だろ」と隣のプレイヤーに声をかけはじめ、隣が「誰がUber顔だよ！」と世界で一番つまらない会話が始まった。僕がプロポーカープレイヤーの「世界のヨコサワ」だったら、今この場でポーカーでぼこぼこにできたのにと思ったが、僕は「Uberのシノハラ」なので「へへっ」という惨めな苦笑いを浮かべエレベーターに逃げ込むことしかできなかった。</p>

<p>他にも、人生初の夜勤の肉体労働にも行った。平日働いた後に深夜24時から地下鉄のトンネルに入り除去作業を行った。そのことを自撮り付きでXにあげたら、ゲイの人たちに見つかり、大量にフォローしてもらった。一瞬、OnlyFansで稼ごうかと思ったが、孫がOnlyFansで稼いだお金でハワイに連れていっても、おばあちゃんは嬉しくないと思い、次の日も自転車を漕いだ。（※個人の意見です！僕は裸で稼いだお金でエルメスを買っても、それは努力の結果だと思います！）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「部屋から海が見えないなんて話にならないわね」</h2>

<p><img alt="篠原光さんとばあば" height="1601" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru02.jpg" width="1200" /></p>

<p>12月に「ハワイに連れていくためにUberを始めたこと」をばあばに報告した。孫の優しさに感動して号泣したらどうしようと心配しつつ伝えると、ばあばは肘をつきながら「ハワイもいいけど、温泉にも行きたいのよね」と言ってきた。強欲すぎてめちゃくちゃ笑った。思わずデッキからカードを2枚ドローしかけた。</p>

<p>お金が徐々に貯まっていき、1月に飛行機、2月にホテルを予約した。着実にハワイに近づいていることにワクワクしたのを覚えている。ハワイが近づくにつれ、必然的にばあばとのLINEも増えた。ばあばのLINEはとにかく誤字が多く、平気で既読無視してくる。返信を催促した時も「ごめん、忘れてた」と脈無しみたいな返信をしてくる。でも、ばあばとのLINEは予想外だから楽しい。「ハワイ楽しみだね？」と送ったら「BYE！」というスタンプを送ってきた。意味が分からない。</p>

<p>僕がばあばを好きなのは、その遠慮のなさだ。ハワイのホテルに着いた瞬間の第一声は「部屋から海が見えないなんて話にならないわね」だった。初日の夜には「物価が高い、飯がまずい、ぼったくりだ」とハワイの悪口を並べ立てた。1ドルも払っていないのに。最高だった。</p>

<p>ハワイはかなり物価が高く、チャーハンと海鮮焼きそばで1万円超えたりして、やりたいこと全部はできなかったけど、行けてよかった。最終日のホテルの部屋だけは、オーシャンビューとダイヤモンドヘッドが見える部屋に事前にアップグレードしていたので、ばあばが「ひーちゃん、ありがとね」と話になったのもよかった。射撃場で僕が撃ちまくった服を部屋着として着ていたのも、帰りの飛行機で『TED』のHなシーンを顔を隠しながら笑って見ていたのも、全部が最高だった。</p>

<p>ハワイに着いたら感極まったりするのかと思ったが、意外とそんなことはなかった。実際、こうして文字に起こすのもハワイのことよりその前のプロセスのほうが多い。こういうことは、目標に向かってるときが一番ピークだったりする。「道草を楽しめ。大いにな。欲しいものより大切なものが、きっとそっちに転がってる」ハンターハンターのジンが言ったこの言葉は、僕の人生そのものだ。</p>

<p>ハワイの絶景よりも、深夜の肉体労働、ポーカールームでの屈辱、泥だらけでチャリを漕いだあの無様な道草の中にこそ、思い出が詰まっていた。</p>

<p>ただ、帰りの飛行機で、「楽しかった？」と聞いたら、「幸せだった。」と返ってきて泣いてしまった。</p>

<p>帰国してから思い出すのは、ふとした会話だったり、寝る前のダンスだったり、日本でもできるようなことが多い。けれど、これが旅行の本質だと思う。正直、人生でトップクラスに疲れた。もうばあばに合わせて歩く必要はないし、重いスーツケースを2つ持って移動することもない。</p>

<p>ハワイから帰ってきた次の日、自分の歩幅で歩けることに感動すらした。でも、年に1回ぐらいはまたあの歩幅で歩きたいな。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>ママお！俺はばあばをハワイに連れてったぞ！！</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821shinoharahikaru01.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 28 Aug 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[るん（篠原光）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>言葉が出た時に現実が動いた　史実が示す「言わないこと」の重み  勝浦雅彦（コピーライター・クリエイティブディレクター）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14843</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014843</guid>
			<description><![CDATA[｢タイミングが合わなかった｣と本音を呑み込む人に贈るコラム。歴史の転換点や『日の名残り』の描写から｢言わなかったこと｣の重さを紐解き、一言口にすることで現実や人間関係を動かす方法を解説]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="会話" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_discussion_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>｢言わなくてもいいか｣と飲み込んだ小さな一言の積み重ねが、人間関係や人生の形を静かに決めていきます。歴史の転換点や心理学の視点から、｢言わなかったこと｣が持つ本当の重さを解き明かします。</p>

<p>※本稿は『自分の｢思い｣がすっと伝わる 小さく言葉にする習慣』(勝浦雅彦・著／ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>言葉を出したとき、現実は動き出す</h2>

<p>歴史を振り返ると、世界が大きく動いた瞬間には、常に｢言葉｣がありました。それらは最初から世界を変えようとして放たれたわけではなく、ただ｢書かれた｣｢言われた｣という事実によって事態を動かしていったのです。</p>

<p>1517年、修道士マルティン・ルターが教会の扉に打ちつけた｢九十五箇条の論題｣。それは当初、神学者としての純粋な問題提起にすぎませんでした。しかし、その言葉が印刷され、翻訳され、人々の目に触れたことで、一大学内の議論は宗教改革という歴史的うねりへと姿を変えました。</p>

<p>ルター自身、それが世界を揺るがす発火点になるとは思っていなかったと言われています。しかし、言葉が外に出されたからこそ、時代は動きました。もし彼がその思考を自分の頭の中に留めていたら、歴史は別の形を辿っていたはずです。</p>

<p>1940年、ナチス・ドイツに敗北し、崩壊寸前だったフランス。亡命したシャルル・ド・ゴール将軍は、ラジオを通じて国民にこう呼びかけました。｢フランスは戦争に敗れたわけではない｣。事実だけを見れば、軍も政治も壊滅状態でした。しかし彼は｢終わっていない｣と言葉にした。この一言は、現実を説明したのではなく現実の｢扱い方｣を変えたのです。</p>

<p>言葉は、起きた出来事そのものを変えることはできません。しかし、出来事の｢意味｣を書き換えることはできます。そして意味が変わったとき、人は再び動き出すことができるのです。</p>

<p>中世の修道院では沈黙が美徳とされましたが、同時に一つの解釈が積み上がっていきました。｢語るべきときに語らぬ沈黙は、徳ではない｣という教えです。</p>

<p>沈黙は、争いや罪を避けるための安全策になることもあります。しかし同時に、伝えられるべき真実を消し去ってしまうリスクも内包しています。沈黙している間、現実は固定され、変わる機会を失い続けるからです。</p>

<p>革命、戦争、信仰。場所は違えど、構造は同じです。言葉が出たとき、現実は動き、出なかったとき、現実は固定される。</p>

<p>どんなに拙い言葉であっても、それは言わないことより、はるかに強い力を持ちます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分の感情を後回しにし続けた人が、最後に失うもの</h2>

<p>この｢言葉にしなかったことの代償｣を、歴史のスケールではなく、一人の人間の人生のスケールで描いたのが、カズオ・イシグロの小説『日の名残り』です。この作品は自分の言葉を最後まで後回しにした人の物語だと言ってもいいでしょう。</p>

<p>主人公スティーブンスは、英国貴族に仕える執事です。彼は｢良い執事とは何か｣を徹底的に追求し、自分の感情より職務を優先し続けます。</p>

<p>父が倒れたときも、想いを寄せていたミス・ケントンが他の男性との結婚をほのめかしたときも、主人がナチスに接近していると知らされたときも、彼は自分の感情を｢執事としてふさわしくないもの｣として処理し続けます。</p>

<p>もちろん、それは弱さではありません。むしろ彼は、誠実なのです。自分を守ることに対して、異様なほど真面目だった。だからこそ痛ましい。彼は人生の重要な局面で、自分の本当の気持ちを言葉にすることをいつも後回しにしてしまうのです。その結果、あとになって初めて、自分が失ったものの大きさに気づくことになります。</p>

<p>この物語の真の恐怖は、人生は誤った選択だけでなく、｢自分の言葉を最後まで後回しにしたこと｣の積み重ねによって、取り返しのつかない形に固まってしまうと描いている点です。</p>

<p>心理学には、記憶の質はピーク(感情が最も動いたとき)とエンド(終わり方)で決まる｢ピーク・エンドの法則｣があります。</p>

<p>たとえば卒業式のような人生の節目は、まさに人生における大きなエンドにあたります。多くの人は、押し流されるようにそこを通過してしまいますが、そこで勇気を持って発せられた一言があるかどうかで、その時間の意味は劇的に変わります。</p>

<p>｢君がいないと寂しくなるな｣</p>

<p>｢ほとんど話せなかったけど、いつも尊敬していた｣</p>

<p>こうした言葉は、別に言わなくても問題ありません。言葉にしなくても滞りなく過ぎていくでしょう。でも、言葉にした瞬間、その時間はあなたと相手の記憶に、はっきりとした輪郭を持って刻まれます。</p>

<p>言葉にするという行為は、流動的で単なる｢経過｣にすぎなかった時間に、こうして明確な輪郭を持たせることでもあります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢タイミングが合わなかった｣の正体</h2>

<p>何か大切なことを伝えそびれたとき、私たちはよく｢タイミングが合わなかった｣という言葉を使います。タイミングが合わなかった、勇気が出なかった、だから仕方がなかったのだと。</p>

<p>しかし、この言葉を使っている限り、言えなかったのではなく、勇気を出すコストやリスクを避け、沈黙を選択したという事実から目を逸らし続けることになります。</p>

<p>これからは、その一言を後回しにしないこと。多少言い淀んでもいいから、まず言葉にしてみること。それだけで、周りの人との関係も、人生の充実度も変わっていくでしょう。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_discussion_1.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 28 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[勝浦雅彦（コピーライター・クリエイティブディレクター）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「怒っている人も、奪われているのかも」 尾崎世界観さんが考える感情の居場所【第3回】  尾崎世界観</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14792</link>
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			<description><![CDATA[クリープハイプの尾崎世界観さんは、怒りが表現の根底にあったと語ってきた。しかし、最近の世間の様子から怒りを踏みとどまる瞬間も増えたそう。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="尾崎世界観" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260814ozakisekaikan.jpg" width="1200" /></p>

<p>これまで、怒りが創作活動の根っこにあると話してきたクリープハイプの尾崎世界観さん。しかし最近は、世の中の空気を前に「あまり怒れなくなった」といいます。月刊誌『PHP』でのお悩み相談連載をまとめた『尾崎世界観のおなやみ天国』の刊行を機に、自分の感情の行方や、SNSをあまりやらない背景など、今考えていることを話していただきました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分以上に怒っている人がいっぱいいる</h2>

<p>――尾崎さんはこれまで、「怒りが表現の根底」にあるとおっしゃっていたと思うのですが、昔と今を比べて怒りの内容や向き合い方は変わっていたりしますか？</p>

<p>【尾崎】自分自身は変わっていないと思います。でも、周りが変わったような印象があります。社会の受け止め方が変わったというか。怒りの感情がすぐに伝わって、広く伝わりすぎてしまう。</p>

<p>あと、みんな怒っていますよね、今。単に、自分以上に怒っている人がいるな、という感覚です。だから、あまり怒れなくなった。飲み会で自分より酔っ払っている人を見て酔いが醒めるような感じで、自分より怒っている人を目の当たりにして、あまり怒れなくなった気がします。そういう意味で、昔に比べると最近は穏やかですね。</p>

<p>今は何でも怒りにつながりやすくなっていますよね。ネット上など、それらを可視化しやすい場が溢れている。「こんなに駅で喧嘩している人がいるんだ」と思ったりします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分の感情なのに、奪われていく</h2>

<p>――たしかに、今は多くの人が主にネットを通して怒りに触れやすい状況かもしれません。</p>

<p>【尾崎】なんだか怒りを「取られちゃっている」んですよね。撮影されているという意味の「撮られる」でもあるんですけど、自分のものなのに、渡してしまっているような気がします。</p>

<p>――怒りをとられている。</p>

<p>【尾崎】誰かが何かに感情的になっている映像などを見ると、せっかくここまで感情を高めたのに、あっさりかすめ取られてしまっているな、という印象を受けます。それが嫌だなと思って。たとえ負の感情だとしても、自分のまま、ちゃんと自分のものとして、その気持ちを最後まで持っていたいので。</p>

<p>今は取られやすいですよね、自分の気持ちが。それは怒りだけじゃなくて、ポジティブな気持ちもそう。横から奪われやすい時代だと思います。</p>

<p>何でもすぐに伝わってしまうので。例えば、著名な人が亡くなったことを、発表より先にSNSで言ってしまう人がいるじゃないですか。そういう人とは、絶対に付き合いたくないですよね。その人が亡くなったという事実まで誰かに先取りされてしまうのを見ると、すごく悔しくなるんです。一体何のために言うんだろうと思って。</p>

<p>――一過性の話題のためだったり、大きな流れにすぐ乗ってしまう人はいますよね。</p>

<p>【尾崎】そうやって、いろんなことが他人に持っていかれてしまう。炎上もそうだと思うんですけど、何気なく自分が発信したことが、勝手に横から奪われて、どんどんパスされていって、自分のボールがどこにあるかわからなくなってしまう。</p>

<p>ライブのMCもそう。どう伝えようかじっくり考えた上で話しているのに、それをSNSで書き起こされると、こちらの意図とは違う形に変わってライブに来ていない人の元へ届いてしまう。</p>

<p>大勢に拡散されていく中で、自分の本当の気持ちがどこにあるかがボヤけて、今誰がその気持ちを持っているのかも見えなくなっていく。そんな時代だと思います。だからこそ、自分の感情というものを、ちゃんと最後まで持っていたいですね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>尾崎さんがSNSを積極的にやらない理由</h2>

<p>――尾崎さんはほとんどSNSをされていないと思いますが、それは今のお話も関係しているのでしょうか。</p>

<p>【尾崎】特に意識してというより、単純にSNSに興味がなくなったんです。誰彼構わず、とにかく自分を知ってほしいとは思わなくなった。それより、今は怖さの方が勝ってしまう。</p>

<p>――それは感覚が変化してきた、ということでしょうか。</p>

<p>【尾崎】そうですね。音楽活動でもワンマンライブに来てくれるお客さんがちゃんといるバンドでありたい、というのを強く意識するようになりました。だから、何か発信する時も、本当に告知の時だけになりましたね。</p>

<p>（取材・構成：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260814ozakisekaikan.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 28 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[尾崎世界観]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「戦争を何も知らない」と言うことにも意味がある　哲学者がひらく“対話の場”で始まる戦争との関係  永井玲衣（哲学者,作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14853</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014853</guid>
			<description><![CDATA[「せんそうってプロジェクト」を立ち上げ、哲学対話の場をひらいてきた哲学者の永井玲衣さん。対話の場で参加者はどんな言葉を交わしたのか。永井さんにお話しをうかがった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="永井玲衣" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260812nagairei01.jpg" width="1200" /></p>

<p>日本各地で哲学対話をひらいてきた永井玲衣さんが、写真家の八木咲さんと共に、「せんそう」について語ったり、聞いたり、考えたりする場をつくりたいと立ち上げた「せんそうってプロジェクト」。文芸誌『群像』での連載を経て、このたび一冊の本になりました。</p>

<p>戦争体験者が年々少なくなる中で、その体験を直に聞く機会は確実に失われつつあります。それでも、戦争について考えたい、話したい、聞きたいと願う人たちが集まってきた場では、どんな言葉が交わされてきたのでしょうか。永井さんにうかがいました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自身の言葉が「せんそうってプロジェクト」のきっかけになった</h2>

<p>――早速なのですが、せんそうってプロジェクトを始められた経緯についてお伺いします。あるインタビューで、ウクライナとロシアの戦争をきっかけに「せんそうって」プロジェクトを始められたと拝読しました。今回の書籍の中でも戦争が「遠い」という表現がありましたが、プロジェクトを始める前の永井さんにとって戦争はどのような距離にあったのでしょうか。</p>

<p>【永井】戦争は、遠いというわけではなかったと思います。ただ、本にも書いたように、ロシアによるウクライナへの全面侵攻を受けての集会で、「戦争に反対します」「戦争が嫌です」と口に出したんですよね。遠いとか、よくわからないと思っていたわけではなかったんですが、それにもかかわらず、戦争が嫌なんだと意識的に人前で言ったことがなかった。それに衝撃を受けて、このプロジェクトが始まったのかなと思っています。</p>

<p>――今回、「戦争に自分の言葉で向き合うこと」が哲学対話の一つのテーマだったと思うのですが、どうしてその必要性を感じられたのでしょうか。</p>

<p>【永井】戦争についての語りは非常に限られていると感じています。その一つが、いわゆる大文字の「戦争論」で、それは例えばロシアの在り方や日本の防衛政策、安全保障論といった話になりがちなんです。</p>

<p>戦争論として語られるときによくあるのが、知識がないと話せないというもの。実際にその側面もあって、学ぶことは必要だと思います。ただ、学び始めると、戦争が自分にとってどんなものとして立ち現れているか、人々の周りにどんなふうに訪れているかを言葉にする機会がなくなってしまう。</p>

<p>多くの人は「自分は知らないので語る資格がありません」と最初から閉じてしまう現状があって、そこに抗いたい気持ちがありました。学ぶことも大事だけれど、語り始めることも、もっと私たちの手に取り戻していいんじゃないか、と思うんです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>震えながらも対話の場に集まってきた人たち</h2>

<p>――永井さんは哲学に対して「手のひらサイズの哲学」という言葉をいろいろなところで使われていると思います。世界大戦や今起きている戦争はどうしても大きすぎるテーマだと感じるのですが、それを手のひらサイズに引き寄せて話し合うために、何か工夫されたことはありましたか。</p>

<p>【永井】とにかくまずはうまく語るよりも「あなたの言葉をぜひ聞きたいんだ」と、素直に伝えています。</p>

<p>そのときに出てくる言葉は、常に途上のものなんですね。特に戦争や社会課題についての発言の機会だと、主張や結論を言わなきゃいけない気がして、考え途中のことを言うと「なんでそんなこと言うんだ」と言われるかもしれないと躊躇する人が多いと思うんです。でも、対話の中で出てくる言葉は常に途中のもので、次の人の話を聞いて考えが変わりうる、そういう変容可能性を持った言葉たちです。</p>

<p>だからこそ、そこであなたが発した言葉を結論だとはみなさない、一緒に考える途中の言葉をぜひ教えてほしい、それを聞きたいと思っている、という場作りを心がけました。</p>

<p>――参加者の方々は、「せんそうって」プロジェクトの対話にどんな理由で参加されていたのでしょうか。</p>

<p>【永井】感触として多いなと思うのは、「戦争について話したことがない人たち」です。ずっとこのテーマに興味を持って活動してきた人よりは、ずっと向き合ってこられなくて、でもそこにすごく違和感を覚えていて、話す機会もなかった人が本当に多い印象があります。</p>

<p>なので皆さんすごく緊張して来られるんですよね。震えながら来る人が多くて、よく勇気を出して来てくださるなと、いつも心が震えます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「戦争について何も知らない」から関係が始まる</h2>

<p>――先ほど、戦争は知らないと語れない、軽率なことは言ってはいけないもの的なイメージを持つ人が多いとおっしゃっていましたが、参加者が自分の言葉で語り出してみて、現場で見えた変化や、言葉にする意味を感じた瞬間はありましたか。</p>

<p>【永井】たとえそれが「自分は戦争について何も知らないんです」という語りだったとしても、戦争についての語りだと言えるんです。「何も知らないんです」「そうですか」で終わるのではなく、何も知らないとちゃんと言うことによって、戦争と関係することが始まると思うんです。</p>

<p>震える声で自分がどんなに戦争について知らないか、でも知りたいと思っているか、あるいはこういうことを感じてきたか、それがどんなに微かなものであっても、その人が戦争と向き合おうとして出てきた言葉です。それを責めることでも、「そうなんだね、素敵だね」と雑に認めることでもなく、まずは大切に聞かれることが大事なんだと、改めて現場に教えてもらいました。</p>

<p>もう一つは、「そういえばこんなこと聞いてきたかも」と、人々との語りの中で思い出して回復していく場面に立ち会うことが多かったことです。最初は「何も聞いてきていない、平和教育も受けていない、ニュースにも何も思ってこなかった」人も、誰かの語りを聞いて「あ、そういえばこんなことあった」と思い出す。まさに記憶の回復です。</p>

<p>大事だなと思うのは、そうやって語ると、わからないことが出てくることです。たとえば「うちの祖父は満州にいて&hellip;あれ、本当に満州だったかな」「なんで満州にいたんだろう」と、語りながら自分の中で不思議になってくる。</p>

<p>これまで当たり前のように内面化していたことを、見ず知らずの人の前で語り直すときに、自分の知識の不足や、「そういえばこれって&hellip;」という問いに出会う。そこで「もう少し調べてみよう」「なんでこうなのか考えたくなった」と、その場で閉じないような語りが生まれてくることが、すごく大事だなと思いました。</p>

<p>――本を読ませていただいて、私自身も小学生のころ祖父に体験談を聞いたことを思い出しました。防空壕があったと言っていたけれど、それはどこだったんだろう、と。</p>

<p>【永井】戦争はすごく大きなものなので、どうしても自分は受け身というか、大きなものに押しつぶされてしまい、語れない自分になってしまうと思います。しかし、人前で語ってみることは、自分もこんなふうに関わることができる、思うことができる、と主体性を回復していくような道のりでもあると思うんです。</p>

<p>――過去の大戦については、歴史としてのみ捉える人の方が多いと思うのですが、今回の執筆や活動の発信にあたって、単なる道徳的な反省やきれい事だけで終わらせないために、意識されていたことはありますか。</p>

<p>【永井】戦争を語るとき、私たちは被害の側面、例えば「もう殺されたくない」などと語られることが多いのですが、それはその通りである一方、どちらかというと「加担させられる」方がむしろ多い気がするんです。つまり加害者にさせられてしまう。</p>

<p>ただただ無垢な市民の上に爆弾が落ちてくる、ということだけではなく、もっと構造の中に組み込まれていって、どんどん加担してしまうことの方が大きいと思います。</p>

<p>ある大学で平和についての対話をしたときに、学生さんたちが「若者に平和を語る資格はあるんだろうか」という問いに立ち止まった場面がありました。すごく大事な問いだと思いました。その逡巡は、「若者は戦争を体験していない、そんな自分が語る資格があるんだろうか」という、誠実な躊躇だったんです。</p>

<p>そのとき、同席していた大学の先生が「君たちの年齢は、徴兵される年齢なんだよ。あなたたちは兵士になる側なんだよ」と言って、学生たちが「あ」となったんですね。</p>

<p>「若者に語る資格があるのか」と言っているとき、どこか戦争を他者化しているのですが、私たちの今の状況を考えると、加担してしまう、たとえば徴兵制のようになったときに戦争に行くのは自分たちなわけです。それはつまり巻き込まれることでもあるけれど、加害しなきゃいけない側にもなることで、そうなると誰が無関係なんだろうとも思うわけです。</p>

<p>常に私たちはヒリヒリと関係してしまっている。じゃあどうする、どうしたいの、と共に考えたいです。</p>

<p>（取材・構成：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260812nagairei01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 27 Aug 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[永井玲衣（哲学者,作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>文鳥は恋に落ちやすい?　すぐに好きになって長く添い遂げる特殊な理由  富田園子（編集者・ライター）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14920</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014920</guid>
			<description><![CDATA[文鳥はパートナーを積極的に探し、長く添い遂げる性格があるという。その生存戦略についてひも解く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="文鳥" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260820buncho01.jpg" width="1200" /></p>

<p>文鳥は豊かな感情や感性をもち、人と心を通わせるコンパニオンバードとして人気が高い小鳥です。</p>

<p>今年5月に刊行された書籍『文鳥のいいぶん。』（日東書院本社）では、文鳥研究の第一人者である相馬雅代さん（北海道大学大学院理学研究院生物科学部門教授）監修のもと、最新研究でわかった文鳥の50のヒミツが、表情豊かで愛らしい写真とともに紹介されています。飼い主なら気になる文鳥の健康についてはもちろん、文鳥の意外な生態や能力、人間のような感情・心理などについて、多角的に解説。</p>

<p>本稿では、『文鳥のいいぶん。』の一部を再編集し、文鳥の「恋」と生存戦略についての考察を紹介します。（画像は全て『文鳥のいいぶん。』より）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>文鳥はペアになりたい気持ちが強い</h2>

<p><img alt="文鳥" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260820buncho02.jpg" width="1200" /></p>

<p>文鳥はペアになりたい気持ちが強い鳥です。</p>

<p>ペアになって繁殖し子孫を残したいという目的がもちろんありますが、ペアでいると群れのなかで優位になるというメリットがあるのも大きな理由です。</p>

<p>ですから出会ってすぐにラブラブになることも多々。一度ラブラブになれば長くその相手と添い遂げるので決して気が多いというわけではありません。</p>

<p>近縁種であるキンカチョウの研究では、複数でケージに入れておくと32羽中30羽が7日以内にペアを作り、平均7.3日で巣作りを始め、平均11.6日で卵を産んだそう。スピード婚、かつスピード産卵です。</p>

<p>ちなみに一夫一婦制の小鳥ならみんな惚れっぽいというわけではありません。セイキチョウという鳴禽（めいきん）はなかなか恋に落ちない鳥で、オスとメスを出会わせても盛り上がることが稀。セイキチョウは野生では厳しい環境に生息しており、よほど相性のよい相手でないと繁殖が成功しないため、異性の選り好みが激しいようです。それに比べると文鳥の繁殖はやさしく、多少大雑把にパートナーを選んでも大丈夫なのでしょう。</p>

<p>哺乳類で一夫一婦制の種は10％以下。鳥類は90％以上が一夫一婦制です。鳥はペアが協力して子育てしないとヒナが育ちにくい種が多いため、一夫一婦制が多いのです。文鳥のペアは繁殖期以外もつねに一緒に行動します。仲睦まじい姿はうらやましい限りです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ラブラブは見せびらかしたいし、第三者がいるともっといちゃいちゃする</h2>

<p><img alt="文鳥" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260820buncho03.jpg" width="1200" /></p>

<p>文鳥のペアの挨拶ディスプレイ（お辞儀や羽づくろい、鳴き交わしなどを行って親愛や絆を確認し合う行動）は、そばに第三者がいるとより長く濃密になります。挨拶ディスプレイは「自分たちはペアである」ことをまわりにアピールする社会的シグナルでもあるのです。</p>

<p>文鳥はペアになると群れでの地位が高くなり、エサ場や水場、営巣場所へのアクセスも優位になります。ですからペアであることをまわりにアピールするのでしょう。</p>

<p>近縁種であるルリガシラセイキチョウの実験では、パートナーへの求愛中に他の個体がそばにいると求愛ダンスや歌が増えることがわかっています。しかも異性に見られているときはさらに増えるそう。<br />
オスもメスもパートナーに求愛しながら、実は他の異性の目も気にしているのです。</p>

<p>これはなぜなのでしょう。</p>

<p>「あっちにもカワイイ女の子がいるけど、ボクにはキミだけだよ！」という一途な気持ちのアピールなのか、それとも「かわいい女の子に見られてるな、ボクのかっこいい姿を見せつけちゃおう」という浮気心なのか。どちらも可能性があります。</p>

<p>鳥の90％以上は一夫一婦制ですが、パートナーがいないときにこっそり浮気（つがい外交尾）することがあります。野生のセイキチョウや文鳥に浮気があるのかは不明ですが、飼育下のキンカチョウには浮気があります。</p>

<p>文鳥もラブラブなふりをしながら、他の異性の目を意識しているのかも&hellip;？</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260820buncho01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 27 Aug 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[富田園子（編集者・ライター）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「日本人と中国人ではウケるネタが違う」日中夫婦YouTuberが実感した意外な反応  中島恵（フリージャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14823</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014823</guid>
			<description><![CDATA[日本で働く在日中国人のリアルな日常とは？ メディアでは報じられない「本当の中国」を伝える人気ユーチューバー夫妻の取り組みから、日本人と中国人の関心の違いや日中相互理解のヒントを紐解きます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="日中夫婦  健＆茜さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260810Nakajimakei01.jpg" width="1200" /><br />
（写真提供：日中夫婦 &nbsp;健＆茜さん）</p>

<p>ネガティブな報道で語られがちな「外国人問題」ですが、日本で働く在日中国人の多くは、私たちと変わらない「ごく普通」の日常を過ごしています。メディアでは報じられない故郷の素朴な魅力を届けようと、SNSで発信を続ける「日中夫婦 健＆茜」さんの取り組みからは、相互理解のヒントが見えてきます。</p>

<p>フリージャーナリスト・中島恵さんの書籍『中国人は日本で何をしているのか』より紹介します。</p>

<p>※本稿は中島恵著『中国人は日本で何をしているのか』（日経BP）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本で、日本語を使って働いている</h2>

<p>25年7月の参議院議員選挙の際、「外国人問題」が争点としてクローズアップされた。</p>

<p>むろん、在日外国人すべてに問題があるわけではない。問題を起こし、ニュースになっているのはごく少数だ。</p>

<p>25年12月末現在、約93万人の在日中国人で最も多い在留資格は「永住者」（約35万6000人）、続いて「留学」（約14万8000人）、「技術・人文知識・国際業務」（約11万7000人）で全体のおよそ6割以上を占める。これらの在留資格を持つ人々は、一般企業の会社員や経営者、日本人や中国人の配偶者が多い。</p>

<p>多くの日本人と同じように「ごく普通」に暮らしているので、ニュースとして取り上げられることはほとんどない。</p>

<p>そんな会社員の一人、宋子健さんを紹介しよう。といっても、会社員として働くだけでなく、ユーチューバー「日中夫婦 健＆茜」としての顔も持つ。中国についてネガティブな報道が多い日本で、日本人に「本当の中国を知ってほしい」と、週末に日本人の妻、稲垣茜さんと二人で動画を作成している。</p>

<p>宋さんは96年、内陸部の安徽省で生まれた。天津師範大学日本語学科に在学中、三重大学との交換留学で初めて来日した。子どもの頃から日本のアニメなどサブカルチャーが大好きだったので、大学を卒業後、再び来日。都内の大手化学メーカーに就職、営業担当として働いている。</p>

<p>10年ほど前までなら、中国人は中国語を使う専門部署で働くことが多かったが、最近は日本人と変わりなく仕事をする人が増えている。宋さんも、日本人と変わりなく、仕事で使っているのは主に日本語だ。</p>

<p>23年6月、宋さんはユーチューブを始めた。きっかけはその年の1月に茜さんと結婚したことだ。中国にいる両親や親戚と実家で過ごす場面や、田舎ののどかな風景、結婚式の動画などを撮って公開したところ、「日本のメディアで報道されている中国と全然違うんですね」「中国にはこういう素敵な面もあるんだ」と興味を持つ日本人が増えた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本人が関心を持つのは「素朴でリアルな内容」</h2>

<p><img alt="日中夫婦  健＆茜さん" height="720" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260810Nakajimakei02.jpg" width="1200" /><br />
（写真提供：日中夫婦 &nbsp;健＆茜さん）</p>

<p>宋さんは、中国の情報に関心を持つのは、仕事で関係がある人、中国語を学んでいる人などが多いと思っていた。だが、ごく一般の日本人が自分のユーチューブを見ているのを知り、大手メディアでは報じられない情報を求めていると感じた。</p>

<p>それからは、自分の国や故郷について紹介することにやりがいを感じ、動画制作に力を入れるようになった。会社は副業を認めており、もちろん上司の許可も得ている。</p>

<p>宋さんの目的は収入ではなく、本当の中国を日本人に知ってほしいという純粋な動機だ。</p>

<p>取り扱うテーマは「中国の文化、社会、語学、中華料理、日本のガチ中華、恋愛事情、日中国際結婚」など幅広い。</p>

<p>ユーチューブで情報発信する在日中国人（帰化した人も含む）としては、作家で参議院議員の石平さんや中国の元CCTV（中国国営中央テレビ）の報道記者だった王志安さん、エコノミストの柯隆さん、マイティーポーさん、在日中国人二世の李姉妹、さらには会社員、留学生などがいるが、宋さんによると、全員合わせても数十人程度と、その数は案外多くない、という。</p>

<p>テーマは宋さんのような文化系のほか、中国の政治経済のニュースを解説するタイプ、日中比較文化の紹介などだ。中国の内情を在日中国人向けに中国語で暴露するタイプのチャンネルもある。</p>

<p>現在のように、日中関係が冷え込むと、注目を集めるのは解説系や暴露系だ。文化系や日中友好系は固定のファンはいるものの、視聴者からは中傷コメントが投稿されたりする。一部のユーチューバーは「時節柄、リアルイベントへの出席はとりやめます」という人もいる。</p>

<p>宋さん夫妻はユーチューブのほか、TikTok、インスタグラム、小紅書、抖音（ドウイン）などのアカウントを開設。総フォロワー数は10万人を超えるまでになった。ユーチューブの視聴者の95％は日本人で、20〜30代の女性が多い。中には宋さんたちのような日中夫婦もいる。</p>

<p>宋さんによると、当初はすべてのSNSに同じ動画を出して、日本語と中国語の字幕をつけていた。政治的な内容は翻訳に注意を払い、ネガティブな話はマイルドな表現にするなど気を使っていたが、次第に、日本人を対象にした動画に力を入れていくようになった。</p>

<p>また、日本人と中国人では「ウケるネタ」が違うことにも気がついた。日本人に比較的関心を持たれるのは安徽省の家族とのふれあいなど、素朴でリアルな内容だ。一方で、北京や上海などの大都会を歩く動画は視聴回数が伸びない。宋さんの故郷、安徽省は、日本ではほとんど知られていないので、「紹介し甲斐がある」という。</p>

<p>宋さんたちは刺激的な内容で視聴者を増やそうとは考えていない。自分たちのふだんの生活や帰国時に訪れる店や町を淡々と紹介し、中国の一面を少しでも多くの日本人に知ってほしい、そんな気持ちでやっている。</p>

<p>動画を制作しながら、「自分の故郷のよさを再認識することもある」と話す宋さんは、ユーチューブを始めることによって、新鮮な気持ちで自分の国を見つめられるようになった。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260810Nakajimakei01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 27 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中島恵（フリージャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>頼るのは弱さではない　「まだ大丈夫」と頑張りすぎる人に臨床心理士が伝えたいこと  佐瀬りさ（臨床心理士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14799</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014799</guid>
			<description><![CDATA[「これぐらいなら、まだ大丈夫...」は、SOSのサイン？「頼ることは弱さではない」と語る臨床心理士の佐瀬りささんが、専門家に相談する大切さを解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="佐瀬りさ著『こころの｢安全基地｣のつくりかた』" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityLI/pixta_doctorLI.jpg" width="1200" /></p>

<p>「こころのことで専門家を頼るのは恥ずかしい」――日本では「メンタル不調は自分でなんとかするもので、頼るものじゃない」と考えられがちですが、臨床心理士の佐瀬りささんいわく、「頼ることは弱さではなく、大事なセルフケアの1つ」とのこと。本稿では、相談する大切さや専門家の選ぶ上でのポイントを紹介します。</p>

<p>※本稿は、佐瀬りさ著『こころの｢安全基地｣のつくりかた』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「まだ大丈夫」の中にある、こころの未病</h2>

<p>「私は大丈夫だと思っていました」</p>

<p>「カウンセリングなんて、自分には関係ないと思っていました」</p>

<p>これは、私がこれまで出会ってきた多くの方が口にする言葉です。私たちは、「うまくいかない」「少ししんどい」と感じても、「これくらい普通」「みんな同じ」と、自分に言い聞かせて、気づかないうちに頑張りすぎてしまうことがあります。</p>

<p>たとえば、いきなり熱いお湯に入れば、「熱い」と感じることができますが、少しずつ温度が上がっていくと、その変化にはなかなか気づくことができません。それと同じように、自分の思うようにうまくいかないことや、しんどさを感じていても、次第にその状態に慣れていくと、「まだ大丈夫」と思えてしまうことがあるのです。</p>

<p>でも実は、「まだ大丈夫」と思っているときは、すでに身体やこころからのサインが出ているとき。自分の置かれた環境が快適な状態であれば、当然、「まだ大丈夫」という考えにはいたりません。もしあなたが、日々のなんとなくのつらさを感じながらも、「まだ大丈夫」と思っていたら...。それは、「こころの未病」かもしれません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>1人でなんとかしようと思わない</h2>

<p>こころにたまったものを落とし、休息や睡眠で潤し、「快」で補い、境界線で守っていく。こうしたケアを、日々の中で重ねていくことで、少しずつ「これが自分」という感覚がはっきりしてきます。どう過ごすと自分が心地よいのかがわかり、自分らしい自分が育っていきます。</p>

<p>こころの中の「赤ちゃん」の声（湧きあがる感情や「こうしたい」という気持ち）を受け取り、それが実現できるように「お母さん」（自分の中にある「こうしたい」という欲求と「こうあるべき」という社会的な基準の間でバランスを取る存在）が調整し、支えていく。</p>

<p>そうしたやりとりの中で、自分の内側が安心できる場所になっていきます。それがあるからこそ、私たちは安心して外の世界とつながることができ、何かがあっても「きっと大丈夫」と感じられるようになります。それが、あなたの中の「こころの安全基地」です。</p>

<p>けれど、どれだけ丁寧にケアをしていても、うまくいかないときはあります。スキンケアでは、トラブルがあれば、皮膚科に行きます。今以上によくしたいときには、エステに通ったりもします。こころも、それと同じだと思ってほしいのです。</p>

<p>「いつもは落とせるものが、今日は落とせない」</p>

<p>「眠りの質が、いつもと違う」</p>

<p>「楽しいと感じられない」</p>

<p>「境界線がいつもより緩んでいる気がする」</p>

<p>そんな、小さな違和感を持ったたときや、「さらに整えたい」「もっとよくしたい」と感じるときには、ひとりでなんとかしようとせず、こころの専門家の手を借りる。それが、ここでいう「スペシャルケア」です。</p>

<p>私たちはこころのことになると、「これくらいのこと、自分ひとりでできるはず」「誰かに頼るほどのことじゃない」「もっと大変な人もいるのに」。こんなふうに考えて、ひとりで抱え込こもうとしてしまいます。とくに日本では、「こころのことは自分でなんとかするもの」という考えが、当たり前のものとして根づいているように感じます。</p>

<p>一方で、もしあなたの大切な人が同じようなしんどさを抱えていたら、「1人で頑張りなさい」と言うでしょうか。それとも、「誰かに相談してみたら？」と声をかけるでしょうか。きっと、多くの人が後者を選ぶのではないかと思います。どうか、自分にも同じ言葉をかけてあげてください。</p>

<p>こころのケアは、一人でやり切ることに意味があるわけではありません。あなたのこころが「快」でいられること。それがいちばん大切なことです。ひとりでそれができるなら、もちろんそれでOKです。でも、こころの専門家の力を借りながら、それができるのも、同じようにOKなことです。</p>

<p>誰かの力を借りることは、弱さではありません。自分を大切にするための、大事なセルフケアのひとつです。だからこそ、こころの専門家を頼ることも、もっと気軽に選択肢のひとつに加えてほしいと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>あなたのピッタリを探そう</h2>

<p>こころのケアがうまくいかないとき、「専門家を頼ることが大切」とわかっていても、「では、誰に相談したらいいの？」という疑問が出てくるかもしれません。</p>

<p>実は「カウンセラー」という名前は、誰でも名乗ることができます。大学院で心理学を専門的に学び、実践やトレーニングを重ねてきた人もいれば、短期間の講座で資格を取得して活動している人もいます。だからこそ、「どこに行けばいいんだろう」と迷うのは、とても自然なことです。ここでは、いくつかの見てほしいポイントをお伝えします。</p>

<p>①どんな学びの背景があるか？</p>

<p>カウンセラーといっても、どんな学びをしてきたのかは人それぞれです。これまでどのような学びを積み重ねてきたのかを知ることは、安心して関わるための大切な手がかりになります。</p>

<p>②学びを続けているか？</p>

<p>カウンセリングの技術は、一度学べば終わりというものではありません。その人が、今も学びやトレーニングを続けているかどうかも、ひとつの大切な視点です。</p>

<p>・研修や勉強会に参加しているか</p>

<p>・よりよい関わりのために、指導や助言（スーパービジョン）を受けているか</p>

<p>・自分自身もカウンセリングを受けながら、内面と向き合っているか（教育分析）</p>

<p>こうした積み重ねが、セッションの質にもつながっていきます。</p>

<p>③好感が持てるか？</p>

<p>①②の視点と同時に大切にしてほしいのは「この人となら話してみたい」と感じられるかどうかです。私たちの中には、言葉になる前の感覚があります。「快・不快・好き・苦手」といった感覚は、あなたにとっての大切なサインです。</p>

<p>「なんとなく安心する」</p>

<p>「なんだか緊張する」</p>

<p>そんな感覚も大切な手がかりになりますので、自分の中の小さな感覚を大切にしながら、選んでみてください。</p>

<p>そして、もうひとつ大切なのは「調子のよいとき」「まだ何もないとき」にカウンセラーになってほしい人を探しておくということです。セルフケアのサイクルがうまく回らなくなってから、頼れる人を探そうとするのは、とても大変です。焦って選んでしまい、後悔してしまうこともあるかもしれません。</p>

<p>ただでさえ少ないエネルギーを、カウンセラーを探すために使い切ってしまい、もっとしんどくなってしまうかもしれません。だからこそ、少し余裕があるときに、「もしものときに相談できそうな人」を見つけておくことをおすすめします。もし、気になるカウンセラーがいれば、講演やセミナー、体験相談などに触れておくのも、1つの方法です。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityLI/pixta_doctorLI.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 27 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[佐瀬りさ（臨床心理士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ真面目な人ほど「上司の不正」に加担するのか？心理学で解説  神岡真司（ビジネス心理研究家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14908</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014908</guid>
			<description><![CDATA[人は権威の指示で思考を停止させやすい一方、強制的なアドバイスには反発します。相手を動かすには押し付けず、自発的に選択できる余白を残すことが重要であると解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="相手を厳しく指さし、何かを問い詰めたり、指示を与えたりしている男性のクローズアップ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_iyami.jpg" width="1200" /></p>

<p>権威の言葉に従うあまり思考を止めたり、正論のアドバイスに反発してしまったりした経験はありませんか？神岡真司氏は著書『科学でわかったすごい心理法則100｢あの人が自然と動く｣コツ、まとめました』にて、人の心理メカニズムを解説。相手を無理に動かすのではなく、自発的な行動を引き出すための実践的なコツを解き明かします。</p>

<p>※本稿は、神岡真司著『科学でわかったすごい心理法則100｢あの人が自然と動く｣コツ、まとめました』(イースト・プレス)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>逆らえない｢指示｣が善悪を狂わせる</h2>

<p>私たちは社会の中で、教師や上司、専門家といった｢権威のある人｣の言葉を信じ、それに従うように育ちます。ルールを守り、秩序を保つためには大切なことですが、この心理が行き過ぎると、良心に反するような残酷な命令であっても、つい実行してしまうことがあります。これを心理学で｢ミルグラム効果｣と呼びます。</p>

<p>この現象は、日常生活の至る所で見受けられます。例えば、病院で医師から処方された薬に対して、疑問を感じたとしても｢先生が言うのだから間違いない｣と、自分の直感よりも相手の肩書きを優先して信じ込んでしまうことがあります。また、会社で上司から｢多少のルール違反は当たり前だ｣と指示された際、本来の正義感よりも｢組織の命令｣を優先し、不正に手を染めてしまうといった状況も、この効果が強く働いている例といえます。</p>

<p>人は｢権威｣という看板を目の前にすると、自分の思考を止めてしまい、相手の言葉を絶対的な正解として受け入れてしまう性質を持っているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢いい人｣ほど危ない？個人の道徳心が麻痺する心理の罠</h2>

<p>なぜ一般人が、権威者の指示1つで残酷な行動をとってしまうのでしょうか。</p>

<p>その大きな理由は、自分自身を｢命令を実行するだけの道具｣だと思い込んでしまうことにあります。これを心理学では｢エージェント状態｣と呼びます。本来、自分の行動には自分で責任を持つべきですが、権威者から指示を受けると、その責任をすべて相手に押し付け、｢私はただ言われた通りにやっているだけだ｣と自分を正当化してしまうのです。いわば、自分の心のブレーキを他人に預けてしまう状態であり、これが個人の道徳心を驚くほど簡単に麻痺させてしまいます。</p>

<p>この心理は、現代のビジネスシーンでも巧みに利用されています。テレビ番組や広告で｢大学教授が推奨｣｢専門家が認めた｣といった言葉が多用されるのは、その権威性によって消費者の警戒心をまずは解く効果があります。</p>

<p>また、組織内での不祥事が起こる背景にも、この｢自分は歯車に過ぎない｣という感覚が潜んでいます。</p>

<p>この心理的な罠から身を守るためには、常に｢自分の行動の責任は自分にある｣という意識を持つことが不可欠です。相手がどれほど偉い立場であっても、その指示が自分の価値観や倫理観と照らし合わせて正しいのかを、一度立ち止まって考える冷静さが求められます。</p>

<p>権威というフィルターを通さず、目の前の事実を自分の目で確かめようとする姿勢こそが、集団心理に飲み込まれず、自分らしい誠実な判断を下すための鍵となるでしょう。</p>

<p>【POINT】<br />
自分の言葉だけで弱いときは、実績・肩書き・推薦者の力を借りる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>良かれと思った勧めが逆効果に｢ブーメラン効果｣の正体</h2>

<p>相手のことを思いアドバイスしたり、熱心な勧めが仇となり、結果として相手の意図とは真逆の方向に突き進んでしまう現象があります。これを心理学で｢ブーメラン効果｣と呼びます。</p>

<p>投げたブーメランが自分の方へ戻ってくるように、良かれと思ったアドバイスなどの言葉が、反発という形で跳ね返ってくるさまから、｢ブーメラン効果｣と名付けられました。</p>

<p>子どもが自分から机に向かおうとしていた瞬間に、親から｢いつまで遊んでいるの!早く宿題をしなさい｣と強く叱られると、子どもは急にやる気を失い、｢今やろうと思っていたのに、もうやらない!｣と反抗的な態度をとることがあります。これは、親の指示が子どもの｢自分のタイミングで行動する｣という自由を奪ってしまったために起こる反発です。</p>

<p>また禁煙や禁酒を強く勧め、タバコや酒の害を執拗に説き伏せようとすればするほど、相手は｢自分の生活習慣を否定された｣と感じ、ストレスからかえって喫煙数や酒量が増えてしまうといった事態を招きます。説得する側に正義があり、内容が正しいものであったとしても、｢強制｣として受け取られると、相手の心には分厚い拒絶の壁ができてしまうのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢選ぶ余地｣を与えて相手の防衛本能を解く</h2>

<p>正しいはずの主張が相手に拒絶されてしまうのは、人間が本能的に持っている｢自由への渇望｣にあります。人は誰しも、自分の行動や意思決定は自分で行いたいという欲求を持っています。これを心理学では｢心理的リアクタンス｣といいます。</p>

<p>他人の強い説得によって自分の選択肢が狭められたと感じると、脳はそれを大切な自由への｢侵害｣と見なし、不快感を覚えます。その結果、あえて説得とは反対の道を選ぼうとするのです。この心理は日常生活でもよく見かけます。</p>

<p>例えば、店舗で店員から｢今買わないと絶対に後悔します｣｢今すぐに決めてください｣と強引に畳みかけられると、商品の良し悪しにかかわらず、その場から逃げ出したいような不快感を抱きます。消費者は｢買わされる｣ことを嫌い、｢自分の意志で納得して買った｣という実感を求めているからです。</p>

<p>また、会社の会議などで上司が一方的に結論を押し付け、部下の意見を聞かずに強引に話を進めると、部下は表面上は従っているように見えても、内心では不満を募らせ、実行段階で非協力的な態度をとるようになります。</p>

<p>｢ブーメラン効果｣を回避するためには、相手に｢選ぶ余地｣を与えることが重要です。北風のように強く吹き付けるのではなく、太陽のように相手が自ら上着を脱ぎたくなるようなアプローチを心がけることが、心のブーメランを回避する知恵といえるでしょう。</p>

<p>【POINT】<br />
強く押すほど相手は離れる。<br />
反対されたら、まず一度引いて聞く。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_iyami.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 26 Aug 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[神岡真司（ビジネス心理研究家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>夫婦の問題を二人だけで抱えない　三宅香帆さんが考える「共同体の役割」  三宅香帆（文芸評論家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14807</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014807</guid>
			<description><![CDATA[仕事と家庭の両立はどうしたら実現できるのか? 三宅香帆さんの考えを聞きしました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="三宅香帆さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Miyakekaho02.jpg" width="1200" /></p>

<p>仕事と家庭の両立が求められる一方、夫婦が向き合い、言葉を交わす時間は失われていく――。</p>

<p>文芸評論家・三宅香帆さんの『「夫婦」不在社会』は、小説や漫画、ドラマ、映画などに描かれた家族の姿をたどりながら、現代の夫婦やパートナーシップを考える一冊です。</p>

<p>本書が関係を維持するための糸口の一つとして示すのが、夫婦を二人だけの閉じた関係にせず、「第三者を介入させる」という考えです。インタビュー後編では、三宅さん自身が夫婦生活で意識していることや、悩みを言葉にするうえで感じる男女差、これからの共同体のあり方について聞きました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>夫婦の間で「正解」を決めすぎない</h2>

<p><img alt="「夫婦」不在社会" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260731Miyakekaho.jpg" width="1200" /></p>

<p>――仕事と家庭を両立するうえで、三宅さんが意識していることや、実践していることがあれば教えてください。</p>

<p>【三宅】なかなか「これがコツです」と言えるようなものはないんですよね。むしろ、「これがコツだ」と思い込みすぎないことが大切なのかなと思っています。お互いの仕事の状況や考え方も、そのときどきで変わっていくので、あまり答えを決めすぎないほうがいいのではないでしょうか。</p>

<p>――細かなルールを決めるのではなく、状況に応じて調整しているということですね。</p>

<p>【三宅】家事もルールを決めた方がうまくいく家庭と、決めない方がうまくいく家庭、どちらもありますよね。世間がこれが正解だと言うのは違うのかな、と感じます。</p>

<p>――三宅さんはとても多忙だと思います。仕事と私生活を切り分け、自分の時間や夫婦で過ごす時間を確保するために、意識していることはありますか。</p>

<p>【三宅】ときには諦めたり、割り切ったりするのも大事だと思っています。すべてをきちんとやろうとすると、いくら時間があっても足りませんから。締め切りのある仕事がまったく進んでいなくても、ごはんを食べに行くこともあります...（笑）。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分の内面を言葉にするハードル</h2>

<p><img alt="三宅香帆さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Miyakekaho03.jpg" width="1200" /></p>

<p>――『「夫婦」不在社会』では、夫婦を二人だけの閉じた関係にせず、外部の人の視点や言葉が入り得る状態をつくるという意味で、「第三者を介入させる」ことが提案されています。本書の冒頭で引用されていた『後ハッピーマニア』でいえば、主人公の親友であるフクちゃんが、その第三者にあたるのかなと思いました。</p>

<p>三宅さんにも、フクちゃんのような存在はいらっしゃるのでしょうか。</p>

<p>【三宅】友達をフクちゃんと呼んでいいのか、というところはありますが（笑）、友達の存在は大切だと思っています。ただ、朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』で描かれているように、友人関係のあり方には、男女で違いがあるのかもしれないとも感じています。</p>

<p>――男性は、友人に悩みを打ち明けにくいという話も聞きますね。</p>

<p>【三宅】女性同士のほうが、お互いの悩みを聞き合いやすいのかもしれません。この本についてインタビューを受けるたびに、そう考えるようになりました。悩みを語るハードルのジェンダー差があるのでは、という指摘はいろんな方からいただきますね。</p>

<p>――男性が悩みを言葉にしづらい背景には、何があるのでしょうか。</p>

<p>【三宅】私自身は専門家ではありませんし、十分に理解できているわけでもないので、はっきりしたことは言えません。ただ、以前、編集者さんと話したのは、女性には中学生ぐらいの頃から、なぜかやたらと手紙を書いたり、部活の場で行われる&quot;謎の話し合い&quot;で思いを吐露し合ったりする文化がある一方で、男性にはそうした文化があまりないのではないか、ということでした。</p>

<p>実際のところは分かりませんが、悩みを言葉にして他者に伝える経験には、十数年分の蓄積の差があるのかもしれない、という話をしました。</p>

<p>――女子が手紙を回したり、交換日記をするのは、あるあるですよね。</p>

<p>【三宅】私は交換日記を5冊ぐらいやっていましたよ。連載か、というぐらい（笑）。</p>

<p>ただ、男性も仕事の愚痴はよく話しますよね。上司への愚痴をみんなで言い合うのは、よく見かける光景です。仕事のような公的な話はできても、私的な話はしづらいのかもしれません。</p>

<p>――プライベートな部分を見せること自体に、抵抗があるのかもしれませんね。</p>

<p>【三宅】あくまで自分の経験に引きつけて考えると、男性のほうが、感情を言語化することへのハードルが高い場合もあるのかなと思います。</p>

<p>以前、言語化をテーマにしたワークショップを開いた際、日記や感想を書くことについて、男性の参加者から「自分と向き合っているようで、しんどい」と言われたことがありました。人間関係の問題だけではなく、自分の内面を言葉にすること自体に、ハードルを感じる人も多いのかもしれません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>新しい形の共同体はつくれるか</h2>

<p>――男性の友人関係という観点では、定年後に会社という居場所を失い、家庭以外のつながりがなくなって困る男性がいる、という話もあります。これは、特定の世代に固有の問題なのでしょうか。</p>

<p>【三宅】『イン・ザ・メガチャーチ』を読んでいても、友人の数や関係の築き方には、若い世代でも男女差があるのだと感じます。むしろ上の世代のほうが、社内のサークル活動などを通じて、単なる同僚にとどまらない、友人に近い関係を半ば強制的につくりやすかったかもしれません。</p>

<p>――アメリカでも、個人化が進んだ反動として、共同体回帰が進んでいます。私自身も、年齢を重ねるにつれて、共同体の重要性を感じるようになりました。</p>

<p>【三宅】私も、共同体を見直すこと自体は重要だと思います。ただ、かつての形にそのまま戻るのはどうなのだろう、という思いもあります。昔と同じ形ではない共同体を、どうすればつくれるのか。</p>

<p>日本には、新しい形の共同体を実現しやすい面もあるのではないかと思っています。たとえば、推し活を通じたコミュニティも、うまくつくることができれば、従来の共同体が持っていた悪い部分に巻き込まれずに、人とつながる場になり得るのではないでしょうか。</p>

<p>――こうした共同体のあり方は、最近の物語ではどのように描かれているのでしょうか。</p>

<p>【三宅】最近の物語では、職場でよい人間関係を見つける話が流行っていますよね。瀬尾まいこさんの『夜明けのすべて』では、転職した先で出会った同僚との関係がユートピアっぽい。アニメ『前橋ウィッチーズ』にも、近いものを感じます。</p>

<p>そう考えると、「会社や職場が、安心して人とつながれるユートピアになってほしい」という願望が、最近の物語には強く表れているように思います。</p>

<p><img alt="三宅香帆さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260731Miyakekaho01.jpg" width="1200" /></p>

<p>――最後に、夫婦関係に悩んでいる人へ薦めたい小説や漫画があれば教えてください。</p>

<p>【三宅】本の中でも言及した山本文緒さんの『なぎさ』は、すごくいい小説なので、ぜひ読んでみてほしいなと思います。それから、村上春樹さんの『ねじまき鳥クロニクル』は、歴史の話だと言われがちで、もちろん歴史の話でもあるんですけど、個人的には夫婦の話として読んだほうが面白いと思っています。最初の牛肉とピーマンの炒め物のシーンに注目してみてください（笑）。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Miyakekaho02.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 26 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三宅香帆（文芸評論家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「体験格差」に直面する児童養護施設出身の若者　宮崎を出て初の東京旅行で知った“可能性の大きさ”  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14821</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014821</guid>
			<description><![CDATA[宮崎県の児童養護施設・青島学園で暮らす9人の高校生が、今年6月に東京への卒業旅行を経験した。体験格差という課題をどう克服していくべきか。参加した高校生と、学園の支援を続ける嶋村吉洋さんにうかがった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="青島学園" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260810aoshimagakuen01.jpg" width="1200" /><br />
青島学園の高校3年生9名</p>

<p>宮崎県の児童養護施設・青島学園で暮らす9人の高校生が、今年6月に東京への卒業旅行を経験しました。生まれた家庭や地域の環境によって、子どもが得られる経験の機会に差が生じる「体験格差」。近年注目を集めるこの社会課題に向き合うべく、実業家・投資家・映画プロデューサーとして活躍する嶋村吉洋さんが企画したのが、このプロジェクトです。「子どもたちが社会の広さを実感し、自ら未来を選択できるきっかけをつくりたい」&mdash;&mdash;そんな願いから実現しました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>初めての「県外」へ</h2>

<p><img alt="青島学園　東京旅行" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260810aoshimagakuen02.jpg" width="1200" /></p>

<p>東京タワー、国会議事堂、歌舞伎座&mdash;&mdash;東京の街を巡り、宮崎では見たことのない景色に触れた2日間。青島学園の職員・小山田さんは、子どもたちの様子をこう振り返ります。</p>

<p>「人が多くて、ビルが高いっていうので驚いていました。疲れも見えていましたけど、人混みに入ったりとか、普段はそういった経験もないので、逆にいい体験ができたんじゃないかと思っています」</p>

<p>参加した男子生徒は、ディズニーランドでみんなとアトラクションに乗ったことを一番の思い出として挙げました。旅行後、彼はこんな言葉を口にしました。</p>

<p>「働いてお金を稼いで、今度は一人で東京を観光したい」</p>

<p>そして、また東京を訪れることができたら、秋葉原に行ってみたいとはにかみながら教えてくれました。</p>

<p>一方、別の女子生徒が最も驚いたのは、ホテルでの夕食の場面だったといいます。「外国の方がたくさんいて、英語が飛び交っていたのがとても驚いた」と教えてくれました。今後挑戦したいことを問われると、「いろんな国に旅行してみたい」と語ります。東京のみならず、海外への興味もこの旅行が引き出してくれました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「言葉だけでは、埋められない」</h2>

<p>青島学園では、施設として県外旅行を行ったことがこれまでありませんでした。施設長の大坪さんは、今回のプロジェクトの意義をこう語ります。</p>

<p>「言葉だけではできないし、実際に行ってみないとわからない。体験してみないとわからないことがある。そこはどうしても埋められない部分なんです」</p>

<p>日常の中にも、体験格差の影は潜んでいます。職員の一人は、料理をする場面で野菜の見分けがつかない子どもがいることに触れ、「普通の家庭で生活していたら目にするものや、やることの経験が少ない」と語りました。自立に向けた支援を重ねながらも、「生活の中で気づいて、いかに支援していくかがポイント」と話します。</p>

<p>卒業後に県外へ出る子どもも少なくありません。東京を希望する子もいる中で、電車の改札で立ち止まる場面があったことも、小山田さんは率直に語りました。</p>

<p>「次の電車に乗るために急がないといけない場面で、いろいろ教えることができた。今後、宮崎を出て生活するときに必要な力だと思う」。旅行の何気ない一瞬が自立の練習にもつながっていたことを明かしてくれました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「願望を作るために、見て触れて感じる」</h2>

<p><img alt="青島学園　東京旅行" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260810aoshimagakuen03.jpg" width="1200" /></p>

<p>このプロジェクトを支援したのは、宮崎・青島をこよなく愛するという実業家の嶋村吉洋さんです。サーフィンや仕事で週に一度通ううちに青島学園の存在を知り、施設を訪問。スタッフの誠実な運営姿勢に触れ、支援を決めました。</p>

<p>子どもたちを東京に連れて行くことにこだわった理由を、嶋村氏はこう説明します。</p>

<p>「意志は弱い。しかし願望は強い。その願望を作ったり磨くためには、見て触れて感じることが重要だと思うのです」</p>

<p>東京で子どもたちに特に触れてほしかったものを問われると、答えは一言でした。「人の可能性はとっても大きいということです」。</p>

<p>社会課題への関わり方についても、嶋村さんは慎重な視点を持っています。「支援したいという善意や熱意が逆効果にならぬよう、対象とする団体と十分にコミュニケーションをとることが重要」と語ります。それぞれの施設には、長年培ってきた文化や秩序があります。その歴史を尊重することが、支援の前提にあるといいます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>旅行が残したもの</h2>

<p>大坪施設長は、今回のプロジェクトをこう振り返りました。「ちっちゃい頃からずっと一緒に生活してきた子たちが、一緒に旅行に行けた。家族以上の絆を持つ彼らにとって、本当にいい思い出になったと感じています」。</p>

<p>さらに「『働いてお金を貯めて、もう一度東京に行きたい』という目標ができあがった生徒もいる」&mdash;&mdash;大坪施設長はそう目を細めました。漠然としていた将来に、小さくても確かな灯りがともった2日間でした。</p>

<p>生まれた環境が、子どもの未来を本当に左右してしまうのだろうか。このプロジェクトは、そんな問いを社会に静かに投げかけています。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260810aoshimagakuen01.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 25 Aug 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「言葉が詰まる人」は語彙力が高い？ 会話で頭が真っ白になるのを防ぐ“思考の整理術”  勝浦雅彦（コピーライター・クリエイティブディレクター）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14842</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014842</guid>
			<description><![CDATA[相手の反応を気にしすぎて言葉に詰まるのは、頭の中が配慮で埋まるからです。本記事では、考えすぎる人ほど話せなくなる理由と、そこから抜け出すためのシンプルな考え方を解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="考え込む人" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility2/pixta_ochikomu.jpg" width="1200" /></p>

<p>相手の反応を先読みしすぎて言いたいことが言えないのは、頭の中が｢相手がどう思うか｣で埋め尽くされているからです。本記事では、頭が良いのに言葉が出てこない理由と抜け出す考え方を解説します。</p>

<p>※本稿は『自分の｢思い｣がすっと伝わる 小さく言葉にする習慣』(勝浦雅彦・著／ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>なぜ、考えすぎる人ほど言葉に詰まるのか</h2>

<p>これを言ったら嫌な顔をされるかもしれない、今は機嫌が悪そうだ&hellip;&hellip;。そんなことを考えた瞬間、頭の中からは｢私が｣何を伝えたいかが消え、｢相手が｣どう反応するかのシミュレーションで埋め尽くされてしまいます。そしてたいてい、言葉を飲み込むことになります。</p>

<p>夏目漱石の『こころ』に登場する｢先生｣は、他者の気持ちを読みすぎるあまり、自分の本心を言えなくなっていきます。下宿で一緒に生活しているKからお嬢さんへの恋心を打ち明けられた際、先生も実はお嬢さんを愛していましたが、その場で自分の本心を伝えることができませんでした。</p>

<p>Kの話が一通り済んだ時、私は何ともいう事ができませんでした。こっちも彼の前に同じ意味の自白をしたものだろうか、それとも打ち明けずにいる方が得策だろうか、私はそんな利害を考えて黙っていたのではありません。ただ何事もいえなかったのです。またいう気にもならなかったのです。</p>

<p>先生は、利害を計算して黙っていたわけではありません。Kの気持ちを慮るあまり、言葉そのものが出てこなくなってしまったのです。</p>

<p>言わない、やり過ごす、空気を読む。これは小説の世界に限らず、私たちの日常会話においてもひんぱんに起きることです。｢この人に今これを言ったらどう思われるだろう？｣と想像する力は、人間関係を豊かにもするけれど、時として自分の舌を縛ります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢空気｣を読むことと｢従う｣ことは別物である</h2>

<p>劇作家・演出家の鴻上尚史さんは長く、この日本社会を取り巻く｢空気｣について書いてきました。その説では、空気は確かにあるのに実体がよくわからず、その正体をたどると崩れかけた世間の姿が見えてくる、としています。そして空気は単なる雰囲気ではなく、日本人を息苦しくさせる｢見えない圧力｣として定義されています。</p>

<p>ルールなら、まだわかるんです。｢会社の規定としてワイシャツは必ず白を着用すること｣｢学校の決まりとしてここでは土足禁止です｣。こうした明確なルールならば、従うか従わないかを話し合うことができます。しかし、空気は違います。誰も明文化していません。誰が決めたかもわかりません。なのに、従わないと｢まずい気｣がする。これが厄介なんです。</p>

<p>しかし鴻上さんの考えは、｢空気を読むな｣ではなく、｢空気を読んだうえで、必ずしも従わなくていい｣と整理されています。この考え方は、言葉を外に出すための現実的な指針になります。なぜなら、多くの人が言葉に詰まるのは、空気を読み間違えることを恐れているからではなく、読んだ空気には必ず従わなければならないと思い込んでいるからです。</p>

<p>言葉を扱う立場から言えば、空気とは絶対的なものではありません。その場にいる人たちが無意識のうちにつくり上げている｢今のところの共通認識｣に過ぎません。もし全員が空気に100％従い、一言もズレた言葉を発しなかったら、その場から循環は消え去り、やがて沈黙するしかありません。</p>

<p>つい、一度出来上がった空気を変えられないものとして扱ってしまうこともあるでしょう。しかし実際のところ空気というものは、誰かの一言によって常に書き換えられていく極めて流動的なものです。</p>

<p>だから、空気を読んだうえで、あえて一歩踏み出す一言を選んでみる。そうした小さな選択の積み重ねが、その場の空気そのものを変えていくのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>語彙が豊かな人ほど、実は迷いやすい</h2>

<p>語彙が豊富であることは、それだけ表現の可能性を多く持っているということです。しかし、その豊かさが時として言葉を詰まらせる原因にもなります。</p>

<p>心理学には｢選択のパラドックス｣という考え方があります。選択肢が増えるほど自由になれるはずが、実際には｢選べなくなる｣｢自信がなくなる｣といった現象が起きることを指します。</p>

<p>たとえば、お店に並んでいる服が三着ならすぐ選べるのに、それが三十着、百着と増えるにつれ、選ぶこと自体が苦痛になり、最終的には何も買わずに店を出てしまうような状態です。</p>

<p>言葉もこれと同じです。語彙が少ない人は、持っている数少ない言葉で表現するしかないため、迷いません。しかし、語彙が豊かな人ほど、最適解を探して迷います。そして迷っている間に、会話の鮮度が下がっていってしまうのです。</p>

<p>たとえば、本を読んだときや映画を観たとき、内容は理解できているのに、いざ言葉にしようとした瞬間、思考がフリーズしてしまうことがあるでしょう。あれは頭の中に言葉が溢れすぎていて、最初の一手が決まらないからです。</p>

<p>多くの人は、言葉に最初から高い完成度を求めすぎています。しかし、その場で完璧にまとめられる言葉など、それはもはやスピーチ原稿です。言葉は、言ったあとから育ててもいいんです。</p>

<p>語彙が豊かな人であれば、最初の一言さえ外に出せれば、その響きが呼び水となって次の考えが自然と引き出されていくでしょう。その後のやり取りで、豊富な語彙を使っていくらでも洗練させていけばいいんです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分を後回しにしがちな人へ</h2>

<p>｢先生｣のような思慮深い人に必要なのは、自分を律するブレーキではなく、言葉を外に出すためのほんの少しのアクセルです。</p>

<p>ここで言いたいのは｢もっと図々しくなれ｣ではありません。｢優しさを捨てろ｣でもない。相手の感情を優先しすぎる人に必要なのは、勇気ではなく配分の見直しです。</p>

<p>相手に9割、自分に1割だったものを、せめて7対3、あるいは5対5に戻す。いきなり半分ずつにしなくていい。まずは少しだけ、自分の比重を増やしてみる。それだけで、言葉は変わっていきます。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility2/pixta_ochikomu.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 25 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[勝浦雅彦（コピーライター・クリエイティブディレクター）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「ファン以外の悩みを背負う怖さ」 尾崎世界観さんが知らない人の声と向き合って見えたもの【第2回】  尾崎世界観</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14791</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014791</guid>
			<description><![CDATA[月刊誌『PHP』にてお悩み相談の連載をしてきた尾崎世界観さん。そこでは、ファンに対する言葉の投げかけとは違った感覚があったという。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="尾崎世界観" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260814ozakisekaikan.jpg" width="1200" /></p>

<p>他人と比べてしまったり、コンプレックスに過剰に反応してしまったり&mdash;&mdash;多くの人は何かしらの悩みを抱えながら生きています。クリープハイプの尾崎世界観さんも、自身の悩みと向き合いながら表現を続けてきた一人です。読者から寄せられた悩みと正面から向き合った『尾崎世界観のおなやみ天国』の刊行を機に、お悩み相談を受けながら考えていたことを話していただきました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>何もできない自分だったから</h2>

<p>――書籍の中には、コンプレックスや、誰かと比べてしまうという悩みがいくつか収録されています。尾崎さんご自身も、子どもの頃から周囲との違いを感じてこられたと思うのですが、これまで人と違う感覚とどう向き合ってきましたか。今は、その感覚と何か付き合い方が見えてきましたか。</p>

<p>【尾崎】大きく変わってはいないんですけど、そんな自分でいることが仕事になったのは大きいですね。だからあまり変わりたくない、何かができるようになってしまうと都合が悪い、「できないままでいたいな」という気持ちもあります。</p>

<p>子どもの時の&quot;できない&quot;感覚の自分を使って、何か表現することができるようになったんです。これはインタビューでもずっと言っているんですが、子どもの時はいろんなことができなくて、そんな自分だからこそ今何かを伝えられたり、形にしたりできるようになったんです。色々と矛盾しているんですけど。</p>

<p>土台を変えてしまったら、今作っているものも崩れてしまうかもしれない。ジェンガみたいになっていて、そこを崩さないように作品を創っています。だんだん慣れてくるし、変な部分で器用になってしまうので、そのバランスはすごく気をつけています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>読者に言葉を投げかける怖さ</h2>

<p>――器用になりすぎないように、といいますか。</p>

<p>【尾崎】いろいろと経験もしているし、難しいんですけどね。あまりにもそれを追求しすぎると嘘になってしまうから。本当に難しいです。</p>

<p>これまで長く活動を続けてきましたが、この連載があったことで、改めて自分自身と向き合えました。</p>

<p>掲載できる文字数も限られているため、言いたいことも削ったり、細かい部分にまで手を入れていって。誰かの悩みに答えているのに、こんなに自分の文章を直すのは歪だと思ったし、面白かったですね。本当に自分をいろんな角度から見ることができました。相談してくださった方のおかげですね。</p>

<p>悩みを送ってくださったのは、普段なかなか会うことができないようなタイプの人たちだと思うんです。バンドのファンは、自分を空っぽにしてそこに向き合ってくれる。こちらに全力で寄りかかって、身を預けてくれる。だから直接的なもので繋がっているなと思います。その分、危うさも感じるんですけど。</p>

<p>でも、PHPの読者で相談を寄せてくだる方の文章を読んでいると、やっぱりファンの方とは違う。そもそも入る隙間がそこまでない状態で、自分は何を伝えられるのかと考えました。</p>

<p>――この連載では、読み手にどう伝えるかということに、あらためて向き合うことになったのですね。</p>

<p>【尾崎】やっぱり、相談者を裏切ったり、「わかってないな」と思われたりする可能性もある。元から好きでいてくれたファンではないので。そんな中で、相手に言葉を投げかけていく怖さもありました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>何か見つかるだろうと信じて</h2>

<p>――この書籍には、人と比べてしまうという悩みも多く収録されていますよね。世間では「比べるのは良くないこと」とよく言われますが、尾崎さんから見て、人が何かと自分を比べてしまう時、本質的には何を恐れていたり、何を求めていたりするんでしょうか。</p>

<p>【尾崎】みんなそうですよね。自分が羨ましいと思っている人も、誰かを羨ましいと思っていて、自分は届かないなと思っていたって、そんな自分を羨ましいと思っている人がいるかもしれない。これはキリがないですよね。</p>

<p>毎日いろんな情報が勝手に入ってきて、比べ続けてしまう。これはもう治らないし、しょうがないことです。でも、どうしようもなくて、その中でいいことを探して、嬉しいことを探して、今までやってきたなと思うんです。</p>

<p>インタビューでも、10代後半から20代前半は、お金もなかったし、何も上手くいかなかったと語ることが多いんですけど、よく思い出してみると、その中でも楽しいことや嬉しいことがいっぱいあったんですよね。</p>

<p>人間って、ちゃんとその中で何かにすがるように大事なものを見つけていく生き物だと思うんです。だから、重たい相談も中にはありましたが、自分が相談者の立場になって、きっと何か見つかるはずだと信じて書きました。</p>

<p>――相談してくれた方も、その中で何か見つけてくれるだろう、と信じて連載していた、と。</p>

<p>【尾崎】相談者をあえて突き放す回もあるんですけど、「なんでこんな奴に相談したのか」と悔しくなって腹を立ててもらっていい。人に相談するということは、自分を渡す、預けることだと思うので、それに対してすぐに自分を取り返そうとしてくれてもいい。とにかく、何かエネルギーにしてもらえたら。そんな気持ちで答えていました。</p>

<p>自分にもそういう時が少なからずあります。「この人に言わなきゃよかったな」「時間も無駄になったし、相手にも申し訳ない」と思う時が。でもそんな悔しさこそが力になる場合もあるので。だから、必ずしもいいことを言ってもらわなくてもいいんです。</p>

<p>あえてずれた存在でいようと思う回もあったし、本気で向き合ったのに、結局ずれてしまった回もあるかもしれない。ただ、自分がこれを書いてよかったなと思えるかどうか、これだけは大切にしました。少なくとも自分が&quot;この文章を書けてよかった&quot;と思っていなければ、本当に無駄になってしまうので。</p>

<p>（取材・構成：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 25 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[尾崎世界観]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>実は「同じ怒りのパターン」を繰り返している　あなたの怒りのタイプはどれ？  三凛さとし（ライフコーチ）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14763</link>
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			<description><![CDATA[怒りの感情はその人によって同じパターンを繰り返していることが多いという。ライフコーチの三凛さとしさんが、怒りを観察するワークを解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="怒る" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_shikaru.jpg" width="1200" /></p>

<p>怒りは、多くの人にとって扱うのが難しい感情かもしれません。ライフコーチの三凛さとしさんは、怒りは性格によるものではなく、心が外敵から身を守ろうとする防衛反応だといいます。三凛さんの著書『こころの毒出しノート』では日常的に抱えるモヤモヤを「書く」ことによってうまく付き合えるようになる方法を解説しています。本稿では同書より、怒りのタイプを観察するワークを紹介します。</p>

<p>※本稿は三凛さとし著『こころの毒出しノート』（飛鳥新社）より一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>怒りは、心が反応したという事実にすぎない</h2>

<p>今回扱うのは「怒り」です。</p>

<p>怒りは、多くの人にとっていちばん扱いづらい感情かもしれません。</p>

<p>表出させると後悔し、抑えると疲れる。</p>

<p>気づけば人間関係や自分自身をすり減らしていることもあるでしょう。</p>

<p>怒りっぽい性格で損をしているという人もいると思います。</p>

<p>怒りは性格によるものではなく、心が何かに反応した結果起きている防衛反応です。</p>

<p>今日は怒りを直そうとするのではなく、自分の「怒りの出方を知る」のがテーマです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「アンガーマネジメント」が注目される理由</h2>

<p>近年注目されている「アンガーマネジメント」は、ネガティブ感情のうちとくに怒りに焦点を当て、コントロールするスキルを習得する心理療法プログラムです。アメリカで1970年代に開発されました。</p>

<p>当初はDV の加害者、軽犯罪者に向けたプログラムでしたが、広く一般に取り入れられるようになり、ビジネスパーソンを中心に流行しました。日本にも広がって、企業研修に取り入れられているほか、育児や教育、スポーツの場でも活用され、一般的になってきています。</p>

<p>これほど注目されるのは、怒りとの付き合い方で現実が変わる実感があるからでしょう。</p>

<p>怒りをマネジメントできるようになると、仕事がうまくいって年収が上がり、人間関係が良くなり、人生が良くなるのです。</p>

<p>アンガーマネジメントは、自分の怒りを客観的に見るための考え方に加え、怒りを感じたらその場を離れる、怒りの度合いを数値化するなどさまざまな実践的なテクニックが紹介されているのが特徴の１つです。</p>

<p>とくに怒りを感じやすい人は学んでみてもいいのではないでしょうか。</p>

<p>本書では、アンガーマネジメントのエッセンスを取り入れながら、「書く」ことで怒りを処理していきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>怒りの３つのタイプ</h2>

<p>怒りは、その場その場でランダムに起きているように見えて、実は人によって同じパターンを繰り返していることが多いです。</p>

<p>ここでは、よくある３つの型を見ていきます。</p>

<p>1 我慢型の怒り<br />
頼まれごとを断れずに「誰かがやらなきゃいけないから」と自分を納得させている。気を遣いすぎている。<br />
１つひとつは小さなことのように思っても、「なんで私ばかり&hellip;」というモヤモヤがいつのまにか大きく膨らんでいるのがこのタイプの怒りです。</p>

<p>＜事例＞<br />
Ｔさん（30代・男性）は職場で「頼られやすい人」でした。上司からも同僚からも、よく仕事を振られます。「悪いんだけど、これもお願いできる？」そう言われると、断れません。</p>

<p>その日も、終業時間直前に追加の仕事を頼まれました。本当は予定がありましたが、Ｔさんはこう答えました。<br />
「大丈夫です。やります」<br />
帰宅したのは22時過ぎ。シャワーを浴びながら、ふと強い怒りが湧いてきました。<br />
「なんで俺ばっかり&hellip;」<br />
「当たり前みたいに頼んでくるよな」</p>

<p>でも、職場では何も言えませんでした。</p>

<p>このタイプの怒りは、その場では出ません。飲み込んで、あとから１人の時間で膨らみます。本人は「我慢できている」と思っていますが、実際には怒りが内側に溜まっている状態です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>2 比較型の怒り<br />
他人と比較して「この人だけずるい」と思ったり、「一般的な人」「平均的な人」と比較して、自分が損をしていることに強いフラストレーションを感じたりするのが比較型の怒りです。</p>

<p>＜事例＞<br />
これは、私自身の話です。小学生の頃、父はとても厳しい人でした。平日はもちろん、週末も遊びに行くことはほとんどありませんでした。</p>

<p>ある日、窓の外を見ると、近所の友だちが楽しそうに遊んでいます。そのとき、胸の奥から強い感情が込み上げました。</p>

<p>「なんで俺だけダメなんだ」<br />
「なんであいつらはいいんだ」</p>

<p>今思えば、楽しそうな友だちがうらやましく、混ざりたかったのですが、それを言えなかった私は怒りとして感じていました。</p>

<p>大人になってからも、人と比べてイラッとする場面は、この延長線上にあったように思います。</p>

<p>比較型の怒りの奥には、「本当は自分もそうなりたい」という気持ちがあることが多いのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>3 正義型の怒り<br />
社会の理不尽、職場の不平等、差別、他人の無責任な態度など、自分が正しいと信じるものに反していると感じたときに湧き起こるタイプの怒りがあります。</p>

<p>河原でバーベキューをしてゴミを放置している人がいたら怒りを感じる。いじめのニュースを見て「学校の対応が悪い」「加害者は本当に酷いヤツだ」と憤りを感じる。</p>

<p>「○○であるべきだ」という信念に反しているものに対しては、怒りの感情が出てくるものです。</p>

<p>＜事例＞<br />
Ａさん（40代・女性）は、電車の中で大きな声で電話をしている人を見ると、強い怒りを感じます。</p>

<p>「マナー違反でしょ」<br />
「常識がない」</p>

<p>体が先に反応して、胸がザワザワし、落ち着かなくなります。ある日、思い切って注意したこともありましたが、相手は「うるさいな」と逆ギレし、Ａさんの中には嫌な感情が残りました。<br />
Ａさんが大切にしていたのは、「周りに迷惑をかけないこと」や「場の空気を守ること」です。その価値観が壊されたと感じたとき、怒りが強く出ていました。</p>

<p>正義型の怒りは、自分の中のルールがはっきりしている人ほど起きやすい反応です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>怒りを「観察」する</h2>

<p>怒りを感じたとき、「今、我慢型が出たな」「これは比較型っぽいな」「正義型が反応しているな」と気づくことができれば、怒りに飲み込まれる時間は短くなります。</p>

<p>また、他人の怒りにも距離が取れるようになります。</p>

<p>怒鳴っている人を見たときに「攻撃されている」と感じる代わりに、「この人は今、大切にしている価値観が崩されて困っているんだな」と捉えることができるようになるのです。</p>

<p>それは、あなたが我慢しているからというわけではなく、怒りを「反応」として受け止めることができているからです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分の怒りのタイプ知るワーク</h2>

<p>今日は、あなたが感じた怒りを３タイプに分類してみましょう。</p>

<p>(0)１分・ズボラ瞑想<br />
目を閉じて鼻呼吸をします。</p>

<p>(1)思い出す<br />
最近、印象に残っている「イラッとした出来事」を１つ思い出します。</p>

<p>(2)分類する<br />
その怒りは、我慢型・比較型・正義型のどれにいちばん近いですか。</p>

<p>(3)言葉にする<br />
そのとき、頭の中で何を考えていましたか。一文で書いてください。</p>

<p>今日は、怒りのタイプを知ったことで「私はこういう場面で、こういう怒りが出やすい」ということが分かればOK です。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 25 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三凛さとし（ライフコーチ）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>在日中国人は日本でどのように働いている？ 「商才にすぐれている」印象は本当か  中島恵（フリージャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14825</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014825</guid>
			<description><![CDATA[日本人が知らない在日中国人の独自ビジネスとは？SNSを活用した通訳ネットワークの構築や医療現場での隠れたニーズなど、表からは見えにくい彼らのビジネスの発想と驚きの商才に迫ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="在日中国人" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_peopleG.jpg" width="1200" /></p>

<p>日本国内で中国人を目にする機会は多いものの、彼らがどのように独自の「経済ネットワーク」を築いているかは、日本人からは意外と見えにくいものかもしれません。個人で通訳ネットワークを立ち上げた女性の事例からは、柔軟なビジネスの発想と、意外な需要が見えてきます。フリージャーナリスト・中島恵さんの書籍『中国人は日本で何をしているのか』より紹介します。</p>

<p>※本稿は中島恵著『中国人は日本で何をしているのか』（日経BP）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>独力で立ち上げた通訳ネットワーク</h2>

<p>日本国内で中国人がいない業界はもうほとんどないといっていい。ビジネス界に限らず、地方自治体や病院職員、介護施設のケアマネジャー、私の家がある地区では、新聞販売店の責任者も中国人だ。</p>

<p>日本人が中国人に対して抱くステレオタイプなイメージとして、「商才にすぐれている」「商魂たくましい」というものがある。生まれ育った文化背景が違うので、商売に対する目の付けどころも違って当然なのだが、実際のところはどうなのか。</p>

<p>24年に出版した拙著『日本のなかの中国』で、在日中国人が構築するSNSなどを活用した「経済ネットワーク」を紹介した。例として建築・リフォーム業界、ネット通販業界などを挙げたが、その多くは在日中国人だけで完結するエコシステムとも呼べるものだった。</p>

<p>そして現在、「経済ネットワーク」は日本国内にとどまらない。中国に住む人から仕事の依頼を受け、在日中国人同士で紹介、融通し合っている事例なども数多い。また日本国内向けのビジネスを中国で展開する事例も増えている。</p>

<p>いずれも十数億人という巨大な人口が市場としてあり、その市場と強力なネットワークを結ぶ中国人ならではの国境を越えたビジネスが、中国のSNSというインフラを通して繰り広げられている。ネット空間を利用しているだけに、彼らが何をやっているのか、その過程は日本人からは見えにくく、私たちが内情を知る機会はほとんどない。</p>

<p>そこで本稿では、中国人の独特のビジネスの感覚・才覚を紹介したい。</p>

<p>まずは顧客の要望に合わせて適切な人材を集めて業務にあたるバーチャル・カンパニーのような仕事である。</p>

<p>24年3月、私はある国際交流イベントで、翁さんという女性と知り合った。</p>

<p>翁さんは、福建省福清市で生まれた。福清市は「僑郷（華僑のふるさと）」と呼ばれる地域で、海外に働きに出る人が非常に多い。中国にはそういう場所がいくつかあり、たとえば東北部の延辺朝鮮族自治州に住む少数民族の朝鮮族も、若者のほとんどは日本、韓国など海外に出ていて、地元には高齢者と子どもしかいない。</p>

<p>翁さんは先に来日した親戚を頼って19歳で日本にやって来た。日本在住歴は11年に及ぶ。最初は日本語学校に通いながら、いくつかのアルバイトを経験し、コロナ禍をきっかけに医療通訳の専門学校に通うようになった。取材すると通訳以外の仕事もしているという。</p>

<p>「まずSNSのグループを作り、私のもとへ依頼のあった（通訳の仕事の）内容、条件を記載します。そして、その内容に関心があったり、得意だったりする人から履歴書をもらいます。ひとつの仕事に複数人が応募してきたら、私が審査、選定して指示をする、という流れです。</p>

<p>私はお客さんから直接仕事を請けて、通訳料の8割を発注した通訳に支払います。私がプラットフォームを作り、最適な人に仕事を依頼するので、お客さんとその通訳は（お金の決済や業務内容も含め）直接連絡をしないというのを条件にしています」（翁さん）</p>

<p>翁さん自身も通訳として働いているが、先約があり仕事を受けられないことがあった。だが、同業者のグループを作れば確実に受注できる。顧客、自分、通訳仲間の誰にとってもよい仕組みだと考えた。</p>

<p>翁さんは、誰かに教わったわけではなく、独力でこの仕組みを立ち上げ、すべて一人で運営している。応募してくる通訳は雇用契約ではなく、それぞれ独立している。自分で仕事を取れない人からは感謝され、お互いに仕事を融通し合えるというメリットがある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>断捨離ブームで整理アドバイザーが増加</h2>

<p>中国人の職業ごとのSNSグループでは、「アルバイト募集、時給〇〇円」「明日、〇〇（駅名）付近で緊急に〇〇の作業ができる人いますか」などの照会が毎日のように掲載されている。翁さんの場合は、あたかも自身が通訳会社の社長であるかのようなシステムをSNS上に作り上げているのが特徴だ。</p>

<p>医療通訳に限らず、見本市などの展示会や商談など幅広い分野のビジネス通訳の仕事も受注している。仕事内容は、以前からSNSでつながっている人、また、従来つながりがない人も閲覧できる小紅書でも紹介している。口コミもあり、仕事はどんどん増えている。</p>

<p>「私自身、（中国在住の）常連客の通訳をすることが多いのですが、（日本で開かれる展示会のために）来日するには費用がかかるので、私一人で足を運ぶことがあります。会場で出展者の名刺をもらい、写真やパンフレットを撮影。ブースで日本人担当者から聞いた内容や展示会の様子などをお客さんにレポートします。お客さんは経費と時間の節約になるし、一度にたくさんの情報を得られたり、自分とは異なる目線の情報を手に入れられたり、と好評です」（翁さん）</p>

<p>翁さんはほかにも建築家のアシスタント業、タレントのマネジメントなど、さまざまな仕事を並行して行っている。それも、「見識を深め、人脈を広げるのに役立っている」と楽しんでいる。</p>

<p>また、整理収納アドバイザー業も行っている。中国に住む中国人や在日中国人の間では、ここ数年、やましたひでこさんが提唱した「断捨離」がブームになっている。日本の整理収納アドバイザーの資格を取る中国人も増えている。</p>

<p>翁さんも資格を取得、医療通訳のときと同様、SNSのグループを立ち上げ、整理収納に関するアドバイスを希望する在日中国人の家庭などから仕事を請け、他の資格取得者を募って発注する。顧客宅を訪問する最終チェックは翁さんが自ら行って報酬を受け取り、発注した仲間に翁さんから料金を支払うという仕組みだ。</p>

<p>ほかに、顧客から「1年間、整理収納の相談し放題で20万円」という変わった仕事も請け負ったことがあるという。平日の昼間、いつでも翁さんに電話やメールで相談でき、アドバイスをもらえたと好評だった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>なくてはならない医療通訳</h2>

<p>翁さんは個人で複数のSNSのグループを立ち上げて管理し、社長のように仕事を回している。これも顧客の要望を叶える才覚があるからできることだろうし、SNSがなければ成り立たないビジネスだ。</p>

<p>翁さんによると、医療通訳の資格を持つ中国人は、日本に少なくとも500〜1000人はいるのではないかという。中には「3000人はいるのでは」と話す人もいた。医療通訳は病院関係者以外の人は目にしない仕事なので、日本人はそんなに大勢の中国人がその職業に就いているということに気づきにくい。</p>

<p>彼らは医療通訳の専門学校で免許を取得してフリーランスとなったり、自分の会社を作ったり、日本の医療機関に就職したりして働いている。都内では順天堂大学医学部附属順天堂医院、藤田医科大学病院など、日本を代表する有名な病院の多くに中国人が就職している。</p>

<p>こうした病院では患者の専属通訳を務める場合もあるし、中国の医科大学との提携や交流事業などの業務のため、国際部などに所属する場合もある。フリーランスで、翁さんが主催するようなグループに属さない人は、自ら小紅書などで営業している。</p>

<p>医療通訳の顧客の大半は日本語が話せない国内外の中国人だ。医療ツアーで来日し、人間ドックを受診する人、個人で医療滞在ビザを取得して、在日中国人などを介して高度な治療を受ける人などである。在日歴が長くても、日本語が不自由な中国人も多いため、通院同行の仕事もある。</p>

<p>私の友人の中国人は持病があり、年に1〜2回、突然具合が悪くなるが、妻は日本語ができないため、遠方の友人に依頼して病院に連れていってもらっている。しかし、いつも友人に頼れるとは限らない。そういう人にも医療通訳は必要とされる。</p>

<p>その他、医療に関する国際シンポジウムの同時通訳、逐次通訳など、専門的な医学用語を使う仕事はかなりの需要がある。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_peopleG.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 24 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中島恵（フリージャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>育児をする男性の物語には「母親がいない」？ 三宅香帆さんが少女漫画にみる夫婦像  三宅香帆（文芸評論家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14800</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014800</guid>
			<description><![CDATA[男性が育児をする作品にみられる「母親の不在」。三宅香帆さんが夫婦の視点からみた少女漫画について、話を聞きました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="三宅香帆さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Miyakekaho01.jpg" width="1200" /></p>

<p>忙しい現代に、仕事と家庭をどう両立し、パートナーとどう向き合えばいいのか。</p>

<p>文芸評論家・三宅香帆さんの著書『「夫婦」不在社会』は、昭和から令和までの小説、漫画、ドラマ、映画などを読み解きながら、物語のなかの夫婦や、現代のパートナーシップをめぐる問題を考える一冊です。</p>

<p>本書の冒頭に置かれているのは、安野モヨコさんの『後ハッピーマニア』の一節です。インタビュー中編では、少女漫画が文学に与えた影響や、育児を担う男性の描かれ方、について聞きました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>少女漫画は「女性の一人称文学」</h2>

<p><img alt="「夫婦」不在社会" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260731Miyakekaho.jpg" width="1200" /></p>

<p>――三宅さんは過去のインタビューで、『ママレード・ボーイ』や『カードキャプターさくら』から、多様な家族観を学んだとお話しされていました。少女漫画では、文芸作品とは異なる形で、家族やパートナーが描かれてきたのでしょうか。</p>

<p>【三宅】少女漫画が文学に与えた影響は、とても大きいと思っています。</p>

<p>著書『娘が母を殺すには？』で母娘関係をたどったときに感じたのが、少女漫画で描かれていたテーマが、ある種「輸入」されるような形で、やがて文学でも扱われるようになっていった、ということです。夫婦関係もまた、少女漫画が長く追いかけてきたテーマの一つなのではないかと思いますね。</p>

<p>――少女漫画のほうが、多様な関係性を描きやすかったということでしょうか。</p>

<p>【三宅】そうですね。少女漫画には、女性による一人称文学のような側面が強くあると思っています。特に、若い女性が若い女性に向けて描くというジャンル自体、世界的に見ても珍しいものではないでしょうか。そうした意味でも、女性の視点から、さまざまな関係性を多様な形で描きやすかったのではないかと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「育児を担う男性」の物語には母親が不在になっている</h2>

<p>――『「夫婦」不在社会』では、ドラマ『海のはじまり』が取り上げられていました。同作は、目黒蓮さん演じる主人公が子育てに向き合う物語ですが、男性が育児に奮闘する作品は、少女漫画でもたびたび描かれてきたように思います。例えば、三宅さんが幼少期に読んでいたという『愛してるぜベイベ★★』も、その一つですよね。こうした作品には、「イケメンが育児をする姿を見たい」という女性読者の願望も反映されているのかなと感じました。</p>

<p>【三宅】ひうらさとるさんの『西園寺さんは家事をしない』や羅川真里茂さんの『赤ちゃんと僕』など、育児に振り回される少年や青年を描いた作品は、定期的に登場しますよね。</p>

<p>ただ、そこで難しいと感じるのは、そうした作品の多くで母親が不在であることです。母親が亡くなっていたり、何らかの事情で姿を消していたりする。『愛してるぜベイベ★★』も、母親がいなくなるところから物語が始まります。</p>

<p>つまり、男性がパートナーとともに育児を担うのではなく、母親が不在になって初めて、「育児に振り回されるイケメン」が登場する。その構図は、『SPY&times;FAMILY』にも見られると思います。</p>

<p>そこには女性読者の願望が反映されている一方で、夫婦がともに育児をする物語にはなりにくい。それが、私としては少し切ないな、と。もちろん、時代とともに描かれ方は変化していると思いますが、このテーマは、まさに『「夫婦」不在社会』で描きたかったことの一つです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>『後ハッピーマニア』から学べること</h2>

<p><img alt="三宅香帆さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260731Miyakekaho02.jpg" width="1200" /></p>

<p>――本書の冒頭では、『後ハッピーマニア』の一節が引用されています。三宅さんは、好きな漫画として同作をたびたび挙げていますが、どのような点に魅力を感じていますか。</p>

<p>【三宅】安野モヨコさんの人物描写は、本当にすごいと思っています。「こういう人、いるよな」と感じたり、身近な友人の話を聞いているような感覚で読めたりする。そこが大きな魅力の一つですね。ぜひ『「夫婦」不在社会』とあわせて読んでほしいと思っています。</p>

<p>――『後ハッピー・マニア』を改めて読み返すと、夫婦について考える上で大切なことを学べるように感じました。</p>

<p>【三宅】私が『後ハッピーマニア』を読んでいて感じるのは、パートナーシップを続けることだけが正義ではない、ということなんですよね。作中で登場人物たちが別れを選ぶことも、私は決してアンハッピーエンドではなく、むしろハッピーエンドなのだと思いながら読みました。</p>

<p>『「夫婦」不在社会』では、主にパートナーシップを続けることについて書いたため、十分には触れられなかったのですが、関係を解消することも含めて、一つの選択肢なのだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Miyakekaho01.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 24 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三宅香帆（文芸評論家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「先回りしてしまって苦しい」 人間関係がラクになる“こころの境界線”の引き方  佐瀬りさ（臨床心理士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14798</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014798</guid>
			<description><![CDATA[自分と相手の境界線が曖昧になっていると、こころが疲れてしまう――臨床心理士の佐瀬りささんが、自分も相手も心地よく感じられる「こころの境界線」の引き方を解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="佐瀬りさ著『こころの｢安全基地｣のつくりかた』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_chat.jpg" width="1200" /></p>

<p>相手が不機嫌なのは自分のせいかも――たとえ自分の責任ではなくても、優しい人ほど相手の問題まで背負い込み、こころを疲れさせてしまうことがあります。</p>

<p>そこで大切になるのが「こころの境界線」。臨床心理士の佐瀬りささんは、「自分の境界線を理解して大切にすることで、人間関係やコミュニケーションがずっとラクになる」といいます。本稿では、無理のない人間関係を築くコツを見ていきましょう。</p>

<p>※本稿は、佐瀬りさ著『こころの｢安全基地｣のつくりかた』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分も周囲も大切にする「こころの境界線」</h2>

<p>境界線を「自分」と「相手」を分ける線のようなものだと思ってしまうと、「私は私」「あなたはあなた」と、相手を突き放すような関係をイメージしてしまうかもしれません。そんな線を引いてしまったら、人との関わりがどこか事務的になり、冷たいものになってしまうのではないか。こんなふうに、不安を感じる方もいらっしゃいます。</p>

<p>しかし、「こころの境界線」は、本来そういうものではありません。あなたにはあなたを守る線があり、相手には相手を守る線がある。それは国境と似ています。</p>

<p>そこでまず、あなたという存在を1つの「国」だと想像してみてください。あなたはその国の主人です。その国には領土があり、国境があります。そして、あなたは、その国をよりよく、住み心地のよい場所にしよう、発展させようと整えています。</p>

<p>しかし、もし国境があいまいで、誰でも自由に出入りでき、大切なものが勝手に持ち出されてしまう状態だったらどうなるでしょう。その国は、少しずつ力を失い、やがて荒れてしまうかもしれません。</p>

<p>そうなってしまわないためにも、国境でしっかりと、何を受け入れ、何を受け入れないのかを分けることが必要です。それは、内側の安心や秩序を保ち、発展していくために、とても大切な役割を持っています。</p>

<p>こころにとっての境界線も、それと同じです。それがあることで、あなたの内側は守られ、安心して自分らしさを育てることができるようになります。ですから、境界線は決して誰かを拒み、寄せ付けないための線ではなく、あなたがあなた自身を大切にするための線なのです。</p>

<p>そして、あなたにあなたを守るための線があるように、相手にも相手を守るための線があります。自分の境界線を大切にできるようになると、自然と相手の境界線も尊重できるようになっていきます。それによって、お互いを大切にしながら、安心して関わることができるようになり、人間関係やコミュニケーションもずっとラクになっていくのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>無理なく相手といい関係になれる「責任の境界線」</h2>

<p>ここでは「責任の境界線」について見ていきましょう。これは、「これが誰の問題で、誰が責任を持つものなのか」を見分けるための境界線です。以下の4つのような状況のときは、「責任の境界線」があいまいになっています。</p>

<p>・家庭や職場で問題が起こると「自分がなんとかしなくては」と感じてしまうとき</p>

<p>・自分のことより、相手のことを優先してしまうとき</p>

<p>・誰かが不機嫌だと、「自分のせいかも」と感じて対応しようとしてしまうとき</p>

<p>・困ったことが起こると、「誰かがなんとかしてくれないかな...と思ってしまうとき</p>

<p>「国」のたとえで考えてみると、自分の領土の一部を、誰かに任せきりにしたり、本来その人が管理するはずの領土の世話を、あなたが引き受けていたりするような状態です。</p>

<p>自分の領土を誰かに委ねてしまうと、そこは自分のものでありながら、どこかしっくりこない感覚が残ります。何をしたいのか、何を大切にしたいのかも少しずつわかりにくくなっていきます。そして自分で整えていないため、自分に自信が持てず、誰かに支えてもらわないと不安になることもあります。</p>

<p>一方で、自分が誰かの領土を引き受けてしまうと、本来自分のことに使うはずのエネルギーが知らないうちに外へと流れていきます。気づけば誰かの問題に関わり続けて疲れ果ててしまったり、自分のことが後回しになって、自分の領土が乱れてしまったりすることもあります。</p>

<p>「この人の問題が落ち着いたら」「これが片付いたら」そう思っていても、そのタイミングはなかなかやってきません。そして気づけばどこか満たされないまま、疲れが積み重なっていきます。</p>

<p>この境界線は、特に私たちの文化の中であいまいになりやすいものです。「みんなで責任を持つ」という考え方や、「お母さんだから」「子どもだから」という役割の中で、「引き受けるのが当たり前」と考える傾向があります。それも大切ではありますが、「誰の責任なのか」をわかりにくくしてしまうことがあるのです。</p>

<p>またこの境界線を引こうとすると、「思いやりがないのでは」「冷たいのでは」といった迷いが出てくる人もいます。けれど「責任の境界線」を引くことは、誰かを突き放すことではありません。</p>

<p>むしろ自分の責任は自分で引き受け、相手の責任は相手に委ねることで、お互いが無理なく関われる関係へと少しずつ変わっていきます。自分も相手も「自分でいられる」こと。それが、お互いを尊重できる関係へとつながっていきます。そんな関わり方を取り戻していくことが、「責任の境界線」を引くということなのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ワーク1「責任の仕分けをする」</h2>

<p><img alt="佐瀬りさ著『こころの｢安全基地｣のつくりかた』" height="1714" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260729kokoronoanzenkichinotsukurikata05.jpg" width="1200" /><br />
※イラスト：楠わと</p>

<p>「責任の境界線」を引くためには、「これは誰の責任か？」を見分けることが大切です。この境界線は、関係が遠い相手であれば、比較的簡単に引くことができます。しかし家族や親しい友人、同じ職場の人など、距離が近くなるほどどこまでが自分の責任で、どこからが相手の責任なのかが、わかりにくくなっていきます。</p>

<p>たとえば「忘れ物をする」という場面を考えてみましょう。それがどこかの誰かなら、忘れ物をしたその人の責任で終わりです。けれど、それが家族の場合にはその影響が巡り巡って自分に返ってくることがあります。</p>

<p>「届けてほしいと言われたら、結局自分が行くことになる」</p>

<p>「気づいてあげられなかった私もいけないのかも」</p>

<p>そんなふうに、いつの間にか、自分の責任のように感じられてしまうことがあるのです。このように、関係が近い人との間に「責任の境界線」を引くには、少し練習が必要です。</p>

<p>では、実際にやってみましょう。目の前に2つの箱があるのをイメージしてください。そして、「なんで、これ自分がやってるんだろう？」「本当はあの人がやってくれたらいいのに」「また私がやらなきゃいけないの？」と感じた場面を思い出してみましょう。</p>

<p>その場面が思い浮かんだら、「それは本来誰の責任か」を考えてみてください。そのうえで、相手が本来やることは相手の箱へ、自分が本来やることは自分の箱へそれぞれ入れてみましょう。</p>

<p>ここで大切なのは、「実際に誰がやっているか」ではなく、「本来は誰の責任か」で分けることです。今まであなたがやってきたことでも、本来は相手の責任だったということもあります。</p>

<p>このワークをしていると、どちらの責任の箱にも入れられないものが出てくることがあります。たとえば、天気や社会の状況、環境の影響などです。こうしたものを、無理に分けようとすると、かえって苦しくなってしまいます。そんなときは、もうひとつ、「天の箱」を用意してみてください。自分にも相手にもコントロールできないものとして、そっと置いておきましょう。</p>

<p>いずれにしてもこのワークで大切なのは、まず「分けてみる」ことです。今は、手放せなくてもかまいません。誰の責任なのかを考えることに、少しずつ慣れていくこと。それだけでも、境界線は少しずつ整っていきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ワーク2「相手が行うチャンスをプレゼントする」</h2>

<p>誰の責任かを分ける視点ができてくると、本来は相手の責任だったものを自分が引き受けていたことに気づくかもしれません。けれど気づいたからといって、すぐに「もうやらない」「あの人の問題だから放っておこう」と考えると、自分自身のことを冷たく感じてしまったり、不安や罪悪感が出てきたりすることもあります。</p>

<p>そこでこのワークでは、「相手がする機会をプレゼントする」ととらえてみます。前のワークで、「相手の箱」に入れたものの中から1つだけ選んで、今回は手を出さないと決めてみてください。それが、その機会を相手にプレゼントするということです。</p>

<p>ここで大切なのは、それによって相手がどうするかではなく、あなたの中にどんな気持ちや気づきが出てくるかに、目を向けてみることです。不安や罪悪感が出てくる方もいれば、安心したり少しこころが軽くなったように感じたりする方もいるかもしれません。</p>

<p>また、「先回りしてやっていた」「相手が困る前に手を出していた」。そんな自分のパターンに気づく方もいるかもしれません。このワークを続けていくうちに「相手もできるんだ」「相手とはペースが違っていただけなんだ」と感じられる場面も出てくるでしょう。</p>

<p>相手の責任を、相手に返していくことは、あなたのこころを守り、大切にすると同時に、相手の力を信頼することにも、つながっていきます。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_chat.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 24 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[佐瀬りさ（臨床心理士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>芥川賞・小砂川チトさんを救った、厳しい担当編集の一言「あなたには才能があります」  Moguru編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14952</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014952</guid>
			<description><![CDATA[第175回芥川賞を受賞した小砂川チトさんの『ゾンビ回収婦』。島田雅彦さんの選評と、次作への決意を語った受賞スピーチを紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="小砂川チトさん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Kosagawachito01.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年8月21日、第175回芥川龍之介賞・直木三十五賞の贈呈式が都内で開催されました。芥川龍之介賞を受賞したのは、小砂川チトさんの『ゾンビ回収婦』。贈呈式では、選考委員を代表して島田雅彦さんが選評を述べ、小砂川さんが感謝と今後の創作への思いを語りました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>島田雅彦さん「新しいバーチャル世界における生き方の研究」</h2>

<p><img alt="島田雅彦さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Shimadamasahiko.jpg" width="1200" /></p>

<p>選考委員を代表して登壇した島田雅彦さんは、AIへの依存が広がり、自分の頭で考えることを放棄するような状況に対して、危機感を抱く人が増えていると指摘。文学の世界でも、この問題に作家たちが向き合っていると話しました。</p>

<p>島田さんは『ゾンビ回収婦』について、AIに仕事を奪われた主人公が、夫の熱中していたVRゲームの世界へ入っていく物語だと紹介しました。</p>

<p>異世界を舞台にした作品では、主人公が特別な力を持つ設定も少なくありません。しかし、本作の主人公は、仮想世界の中でNPC（ノンプレイヤーキャラクター）としてエキストラのような立場に身を置きます。そして、誰かに命じられたわけでもないゾンビの回収作業に熱中し、その過程で承認欲求を満たしていきます。</p>

<p>島田さんは、作家は古くから地獄や天国、桃源郷、極楽浄土、夢といった現実とは異なる世界を描き、不愉快な現実から逃れることに創造性を発揮してきたと説明しました。現代では、その対象にゲームや仮想世界も加わっているといいます。</p>

<p>そのうえで、小砂川さんは、そうした文学の伝統に連なる形で「新しいバーチャル世界における生き方の研究」を提示したと評価しました。さらに、作品そのものが一種の文芸批評としても読める点が、受賞を決めるうえでの大きな評価につながったと述べました。</p>

<p>選評の最後には、今後の創作について「茨の道かもしれません」としながらも、作中に見られるマゾヒズムに触れ、「小砂川さんには、さぞ居心地がよろしいかと思います」と冗談を交えて会場の笑いを誘い、受賞を祝いました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>小砂川チトさん「泥臭く愚直に、次の作品に取りかかりたい」</h2>

<p><img alt="左から朝倉かすみさん、小砂川チトさん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Asakurakasumi01.jpg" width="1200" /><br />
左から朝倉かすみさん、小砂川チトさん</p>

<p>続いて登壇した小砂川さんは、「この度は栄えある芥川賞をいただき、誠にありがとうございます」とあいさつしました。</p>

<p>小砂川さんは、デビュー以来、3度にわたって芥川賞候補となりました。しかし今回の候補入りに際しては、「3度目の正直」よりも「2度あることは3度ある」という言葉が頭をよぎり、受賞を期待しないことで自分の心を守ろうとしていたと明かしました。</p>

<p>その一方で、担当編集者や編集長をはじめとする周囲の人々は、一貫して受賞を諦めずにいてくれたといいます。</p>

<p>自身の初稿を「ほとんど怪文書のようなもの」と表現し、打ち合わせでも構想をうまく伝えられないことがあったと振り返った小砂川さん。それでも担当編集者はさじを投げず、作品の完成まで根気強く付き合ってくれたと感謝を伝えました。</p>

<p>特に記憶に残っているのが、2度目の芥川賞候補で受賞を逃したときにかけられた言葉でした。</p>

<p>「めったに褒めてくださらない担当さんが、落ち込む私に『小砂川さんには才能があります』とぼそっと言ってくださったのが、実はとてもうれしかったのを今になって思い出します」</p>

<p>また、今回で芥川龍之介賞の選考委員を退任する小川洋子さんの最後の選考で受賞できたことを「大変光栄」とし、「そのことに恥じない書き手に育っていきたい」と述べました。</p>

<p>受賞という一つの成果を手にした一方で、小砂川さんは、すでに「結果という瞬間の短さ、儚さ」を感じ始めているといいます。今回の結果だけを大切に握りしめるのではなく、それを受けて次に何をするのかが問われていると話しました。</p>

<p>「おめでとう」と言ってもらえる期間は一瞬で過ぎ去り、創作の大半を占めるのは、悩みながら作品を作り、うまく書けずにもがく時間です。しかし小砂川さんは、そうした道中にいるときの自分の方が「圧倒的に好き」なのだと、今回の受賞を通じて改めて気づいたといいます。</p>

<p>「机の前にまた引き返し、泥臭く愚直に、次の作品に取りかかりたいと思っております」</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Kosagawachito01.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 24 Aug 2026 11:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[Moguru編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「今、とても幸せ」直木賞受賞の朝倉かすみさん、憧れの舞台で明かした素直な胸の内  Moguru編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14950</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014950</guid>
			<description><![CDATA[第175回直木賞を受賞した朝倉かすみさんの『けんぐゎい』。桐野夏生さんの選評と、朝倉さんが語った受賞の喜びを紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="朝倉かすみさん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Asakurakasumi02.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年8月21日、第175回芥川龍之介賞・直木三十五賞の贈呈式が都内で開催されました。直木三十五賞を受賞したのは、朝倉かすみさんの『けんぐゎい』（光文社）。贈呈式では、選考委員を代表して桐野夏生さんが選評を述べ、朝倉さんが受賞の喜びと周囲への感謝を語りました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>桐野夏生さん「最後に『けんぐゎい』に出会えて、本当に幸運」</h2>

<p><img alt="桐野夏生さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Kirinonatuo.jpg" width="1200" /></p>

<p>選考委員を代表して登壇した桐野夏生さんは、優れた作品の背後には、作家の才能や筆力だけでなく、周到な準備があると述べました。</p>

<p>『けんぐゎい』は、自由に書かれたような迫力とパワーに満ちている一方、タイトルや作中で使われる言葉、登場人物の造形にも、朝倉さんが蓄えてきた知識が生かされていると述べ、それによって「自由で奔放ながらも、重厚な物語」が生まれたと評価しました。</p>

<p>また、朝倉さんが長年にわたって古文書を学び、江戸時代の刑事事件に関する記録などを読み込んできたことにも言及しました。</p>

<p>朝倉さんが参照した江戸時代の判例には、女性の仕事や女性として生きることを嫌い、男装して各地を遊び歩いた末に窃盗事件を起こした人物が記録されていたといいます。</p>

<p>桐野さんは、当時にも性別によって定められた生き方を嫌う人がいたことに「むしろ安心しました」と述べ、「人間というのは、そんなにいつも変わらないものだと思います」と語りました。</p>

<p>時代を徹底して調べ、そこに生きる人間を真摯に描くことで、現代にも通じる普遍性が生まれると説明。本作について「ファンタジックな作品ではありません。地に足が着いています」と評しました。</p>

<p>選評の最後には、「『けんぐゎい』は周到な準備のもとに自由に書かれた傑作です」と改めて評価。今回をもって直木賞の選考委員を退任する桐野さんは、「最後に『けんぐゎい』のような作品に出会えて、本当に幸運だと思いました」と言葉を結びました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>朝倉かすみさん「今、とても幸せです」</h2>

<p><img alt="左から朝倉かすみさん、小砂川チトさん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Asakurakasumi01.jpg" width="1200" />左から朝倉かすみさん、小砂川チトさん</p>

<p>続いて登壇した朝倉かすみさんは、芥川龍之介賞を受賞した小砂川チトさんのスピーチに触れ、「私が言いたいことは、さっきチトさんが言ったこととほとんど同じです」と話し、会場の笑いを誘いました。</p>

<p>朝倉さんにとって、直木賞は「遠い憧れ」だったといいます。いつしか自分ではない誰かが受賞するものだと考えるようになっていたため、受賞が決まってからも「ずっと、なんとなく驚いています」と率直な心境を明かしました。</p>

<p>直木賞の大きさや重みについては、まだ実感が湧いていないとしながらも、受賞が自分にとって「とてもいいこと」であるのは分かると話しました。</p>

<p>その喜びは、作品を出版するために朝倉さんと組んできた人たちや、これまで作品を読み続けてきた読者にとっても、今回の受賞は「きっとすごくいいこと」だと語りました。</p>

<p>そして、「何を言いたいかというと、今、とても幸せです」と現在の思いを表し、周囲への感謝とともにスピーチを締めくくりました。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260821Asakurakasumi02.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 24 Aug 2026 10:30:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[Moguru編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>尾崎世界観さんが悩みを相談する瞬間「誰かに話すのは、確定させにいくため」【第1回】  尾崎世界観</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14757</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014757</guid>
			<description><![CDATA[月刊誌『PHP』にてお悩み相談の連載をしていた尾崎世界観さん。ご自身も悩みを誰かに相談するとのことだが、それは解決のためではないという。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="尾崎世界観" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260814ozakisekaikan.jpg" width="1200" /></p>

<p>悩みは人に相談するほうだという、クリープハイプの尾崎世界観さん。ただし、それは解決のためではないといいます。月刊誌『PHP』でのお悩み相談連載をまとめた『尾崎世界観のおなやみ天国』を刊行した尾崎さんに、読者の悩みを受け取ってみた感想や、自身が誰かに悩みを打ち明けるときのことを聞きました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>お悩み相談連載をやってみたかった</h2>

<p>――月刊誌『PHP』でのお悩み相談の連載は、尾崎さんの発案とうかがいました。どうしてお悩み相談をやってみようと思ったのですか？</p>

<p>【尾崎】以前からお悩み相談を読むのが好きで、その類の本をよく手に取っていたんです。それで、自分が相談に乗って文章を書いてみたらどうなるかが気になって、連載をやってみようと思いました。</p>

<p>――どうしてお悩み相談を読むのがお好きだったんですか。</p>

<p>【尾崎】お悩みの回答から何かを得ようというよりは、悩みを相談している側と、それに応える側のやりとりを読み物として楽しむ感覚が強かったですね。そこまで答えは出ないんだけど、言葉を交換し合って、読み終わった時に少し気持ちが変わるというか。</p>

<p>だから、悩みは&quot;読者のためにあるもの&quot;という感覚が強くて。悩んでいる方も、それに答える方も、読者のために悩んだり答えたりしている。それを楽しんでいました。</p>

<p>――今回の書籍に収録されたお悩みも、答えを出すというよりは、一緒に考えたり、時には厳しい言葉も投げかけたりしている印象がありました。その辺りは何か意識されたのでしょうか。</p>

<p>【尾崎】そうですね。書いていて、寄り添おうという気持ちは当たり前にあるんですけど、その悩みによって、まだ知らない自分の言葉が引き出されていく瞬間がありました。それも面白かったです。</p>

<p>自分自身、文章をうまく書きたいけど書けないという悩みを抱えていて。読者からのお悩みに応えているようでいて、常にその自分の根本的な悩みにも向き合っていましたね。</p>

<p>――ご自身の文章の悩みに向き合われた、と。</p>

<p>【尾崎】書きたいけど、プロの作家のようなペースでは書けない。ミュージシャンとして本業もやっているので、もどかしさは常に抱えています。その中でどうしたらいいのかをずっと考えていました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>悩みに寄り添いたいし、読者に良くも思われたい</h2>

<p>――お悩みに答え続けてみて、何か影響を受けたことや、変化はありましたか。</p>

<p>【尾崎】だんだん答えていく上での自分の型のようなものができてきて、このあたりでまとめよう、となっていくんです。でも、それが良いのか悪いのかはわかりません。そこで固定されてしまうという悩みもまた生まれてくるので。</p>

<p>――友達に謝ったのに許してくれない、というお悩みに対して、尾崎さんの方からストレートに「それは違う」と言われていたりして、そこまでは寄り添おうとしていたのが、途中から切り込んでいく感じになっていたのが印象的でした。</p>

<p>【尾崎】お悩みを選ぶときにいろいろ考えるんですけど、いざ書き始めると選んだ時の感覚とは全然違ったりもするので難しいです。悩みがずらっと並んでいるのを見ている時の自分と、いざ答えようとする時の自分と、それを書こうとする時の自分がそれぞれ違うので、途中で無理だと思って別の悩みに変えることもありました。</p>

<p>あと連載を通して不思議だったのが、一人のお悩みに答えていても、それを誌面で読む方が何人もいるので、一対一というよりもっと広いところに向けて書いているような、ある種のねじれを感じたことです。</p>

<p>もちろん悩みに寄り添いたいという気持ちはあるんですけど、読者に良く思われたいという気持ちも生まれてきて、葛藤がありましたね。もしかしてこれは、悩んでいる本人以外に向けて書いてしまっているんじゃないか、と書きながらまた考えてしまいました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人に相談することで、悩みを確定させたい</h2>

<p>――ちなみに、尾崎さんご自身は誰かに悩みを相談されますか？</p>

<p>【尾崎】相談をすることもあるんですけど、そんなに考えが変わることはないですね。自分の中で答えは決まっているので。</p>

<p>悩みを解決したい時よりも、悩みをより悩みたいというか、あえてもっと深刻な方に持っていくために相談することが多いです。それを確定させたい、早くそこに触りたいという感覚があるので。悪くなりきった方が、どこまで深刻なのかを知ることができる気がするんです。</p>

<p>40年以上生きていれば、自分の中の器はもう決まっているので、「悩みの大きさはこれぐらいかな」と思ったら早めにそれを確定させたくて、人に相談しながら手伝ってもらう感覚です。</p>

<p>そうやって話すことが自分の中ではすごく大事なんです。何に悩んでいるのか心の中でモヤモヤしたり、傷ついたりするのは、まだ言葉になっていない状態だから。それを組み立てて言葉にすることで、よりはっきりと悩みが見えてくる。</p>

<p>――多くの人は悩み相談というと、解決するためのものというイメージが強いと思うのですが、尾崎さんは言葉にすることに意味を感じているのですね。</p>

<p>【尾崎】心の風邪みたいなものだと思っているので。ある程度いってしまえば、症状はどんどん和らいでいくはずです。</p>

<p>――早めに何の風邪かだけわかっておく、みたいな。</p>

<p>【尾崎】検査するような感覚ですね。何かひどいものじゃないか、一応見てもらう。風邪をひいた時も、病院に行くだけで、あとは不思議と治ってしまうことがありますよね。</p>

<p>――確かに、原因不明よりも。</p>

<p>【尾崎】他人から認めてもらって、正式にそういう病状の自分になれるというか。悩んでいる時も、それを悩んでいることを誰かに打ち明けることで、いよいよ確定する。悩み相談は、そんな風に使っています。</p>

<p>そしてそれは、この連載を通して気づいたことでもあります。</p>

<p>（取材・構成：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260814ozakisekaikan.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 21 Aug 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[尾崎世界観]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜか自分が嫌い...原因は「親の正しさ」にあった? 心の深層をひも解く書くワーク  三凛さとし（ライフコーチ）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14762</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014762</guid>
			<description><![CDATA[親が良い言動をする家庭に育ったことで、大人になってから息苦しく感じる人もいるという。ライフコーチの三凛さとしさんが心の深層をひも解くワークを紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="親の言動を振り返る" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_overthink.jpg" width="1200" /></p>

<p>親の言動がその後の人生に影響を与えていると感じる人は少なくないでしょう。良かった言動も、嫌だった言動も、思わぬ形で自分の中に刷り込まれているものです。ライフコーチの三凛さとしさんは、著書『こころの毒出しノート』にて日常的に抱えるモヤモヤを「書く」ことによってうまく付き合えるようになる方法を解説しています。本稿では同書から、子どもの頃の親の態度を振り返り、自分の中にあるわだかまりをとらえ直すワークをご紹介します。</p>

<p>※本稿は三凛さとし著『こころの毒出しノート』（飛鳥新社）より一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>親の「良かったこと」から受け取ったデメリットを見る</h2>

<p>親がしてくれたこと</p>

<p>守ってくれたこと</p>

<p>支えてくれたこと</p>

<p>当時は「良いことだった」「ありがたかった」と受け取っていた出来事から、その後の人生にどのような影響が残っているかを見ていきます。</p>

<p>ここで扱うのは、感情の是非や感謝の有無ではありません。その出来事が、現在の反応や選択にどのようにつながっているかという点のみを確認します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>良い出来事は基準になりやすい</h2>

<p>親の言動を「良かった」「正しかった」と受け取った場合、それは無意識のうちに基準として残ることがあります。基準が残ると、私たちはどうしても比べてしまうものです。</p>

<p>この比較は、親に対する評価ではなく、自分自身への評価として現れることが多くなります。</p>

<p>たとえば、親同士の関係が安定していた家庭で育った場合。大人になって自分のパートナーシップが思うようにいかないとき、次のような反応が出ることがあります。</p>

<p>自分はうまくやれていないのではないか</p>

<p>同じように築けていない気がする</p>

<p>何かが欠けているように感じる</p>

<p>これは、現在の関係性そのものよりも、過去に形成された「良い関係像」との比較から生じています。</p>

<p>親が努力家であった、学歴や実績があった、責任感が強かった場合も同様です。それを「良いこと」として受け取っていると、</p>

<p>自分はまだ足りない<br />
同じ水準に達していない<br />
別の道を選ぶことに後ろめたさを感じる</p>

<p>といった反応が残ることがあります。</p>

<p>尊敬の感情と、自己否定が同時に存在する状態です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>評価が残ることの影響</h2>

<p>親の言動を「悪い」と評価した場合は、怒りや反発として残りやすくなります。</p>

<p>一方で、「良い」と評価した場合は、比較や罪悪感として残りやすくなります。</p>

<p>どちらの場合も、評価が固定されている限り、人生のどこかで反応が生じます。</p>

<p>今日のワークは、その評価を外すための準備です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>親の「良かった言動」から生じたデメリットを書くワーク</h2>

<p>今日は、親の「良かった」と感じていた言動を１つ選び、そこから生じたデメリットを整理します。直接的な影響だけでなく、その後の展開を経て生じた間接的な影響も含めて書き出します。</p>

<p>(0)１分・ズボラ瞑想<br />
目を閉じ、鼻呼吸を行います。</p>

<p>(1)親の言動を１つ選ぶ<br />
「良かった」と感じていた言葉、態度、雰囲気を１つ選びます。</p>

<p>(2)デメリットを書く<br />
その出来事から生じたデメリットを、直接・間接を問わず20個以上書き出します。<br />
例：他人の期待を基準にしやすい／試行錯誤が苦手／完璧を求めやすい／不安を抱えたまま行動する／休むことに罪悪感がある など</p>

<p>親がしてくれたことは、当時必要なものであった可能性が高いものです。同時に、その環境だからこそ生じたデメリットも確かに存在します。</p>

<p>それらを並べて確認することで、親の言動は「良い・悪い」という評価から離れ、１つの条件として整理されていきます。</p>

<p>次では、親のネガティブだと感じていた言動と同じ構造を、自分自身が再生していた場面を見ていきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>親の言動と同じ言動をしている事実を見る</h2>

<p>親の言動が、あなたのその後の人生にどのような影響を残していたかを見てきました。</p>

<p>今回はさらに一段階踏み込みます。</p>

<p>親のネガティブだと感じていた言動と同じ構造の言動を、自分自身も誰かに対して行っていた場面を拾い出します。</p>

<p>良い・悪いのジャッジをせずに、ただ事実だけを確認しましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>親との無意識の関係</h2>

<p>親の言動に強い感情が残っている場合、その構造は無意識のうちに繰り返されやすくなります。</p>

<p>「自分は親のようにはならない」<br />
「同じことはしない」<br />
「あんなふうにはなりたくない」</p>

<p>そう思っているかどうかは関係なく、人は一度身についた反応の型を立場や相手を変えて再生します。</p>

<p>それは、性格の問題でも、意志の弱さでもありません。慣れた反応を使っているだけです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>かたちは違っても、構造は同じ</h2>

<p>親の言動から得た体験と言葉や立場は変わっても、自分が相手に与えている体験は似ていることがあります。</p>

<p>否定されたと感じていた<br />
&rarr;自分も、相手の話を遮っていた</p>

<p>不安を煽あおられていた<br />
&rarr;自分も、心配という形で制限していた</p>

<p>評価されなかった<br />
&rarr;自分も、結果だけを見ていた</p>

<p>この一致に気づくと、親に対して抱いていた感情の一部が自然とほどけていきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>今日は具体的に書く</h2>

<p>今日のワークでは、「性格」「傾向」「クセ」といった抽象的な表現では書きません。</p>

<p>必ず、次の４つを具体的に書きます。</p>

<p>いつ<br />
どこで<br />
誰に対して<br />
どんな言葉・態度を取ったか</p>

<p>実際に起きた場面を思い出しながら、「たぶんこういうことをしていたと思う」ではなく、「あの場面で、確かにそうしていた」と思い出せるかたちで書いてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>親のネガティブな言動と同じ構造を、自分が再生していた場面を書くワーク</h2>

<p>(0)１分・ズボラ瞑想<br />
目を閉じ、鼻呼吸を行います。</p>

<p>(1)親の言動を書く<br />
親のネガティブだと感じていた言動を１つ思い出し、具体的に書きます。</p>

<p>(2)自分の言動を書く（20個）<br />
それと同じ構造を、自分が誰かに対して行っていた実際の場面を20個書き出します。</p>

<p>20個書き出すと、親と自分を完全に分けて見ていた境界が少し曖昧になります。親だけが特別だったわけではなく、自分も同じ構造の中で反応していたことが理解できるでしょう。</p>

<p>評価が弱まることで、反応も弱まります。それが、このワークの目的です。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 21 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三凛さとし（ライフコーチ）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「ゲームが得意」が仕事になる時代　澤円氏が語る「好き」を仕事にできる人の共通点  澤円（株式会社圓窓代表）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14701</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014701</guid>
			<description><![CDATA[「好きなこと」を仕事にできる人の特徴とは？株式会社圓窓代表である澤円さんが、続けることの大切さを解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="澤円著『思考をアップデートする全技術』" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_succesLIG.jpg" width="1200" /></p>

<p>YouTuber、プロゲーマー...個人でも簡単に発信できるようになった現代において、「好きなこと」を仕事にしている人も多くなりましたが、その一方で「好きなことなのに続かない」という人も多いのではないでしょうか。</p>

<p>本稿では、株式会社圓窓代表である澤円さんの著書『思考をアップデートする全技術』より、好きなことを続けていくために重要な視点について紹介します。</p>

<p>※本稿は、澤円著『思考をアップデートする全技術』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>好きなことや得意なことだけは、絶対に「やめない」</h2>

<p>時々、僕の生き方に触れた人から「澤さんはコンプレックスの取り扱いが上手ですね」と言われることがあります。ただこれは、自分ではわかりません。僕は自己肯定感がとても低い状態で育ち、大人になってからも自己否定をしながら生きてきたからです。だから、自分では挫折やネガティブな体験からのリカバリー力が高いというよりも、驕らないで生きていることのほうが大きい気がします。</p>

<p>「いつだって自分より上がいる。天狗になってはいけない。でも3つ以上を掛け合わせれば僕だって世界一なんだから、まあ、良しとするか」という感じ。落ち込むたびにそうやって体勢を立て直し、自分にとって大切なことや、自分がやる必要があることに立ち戻っていこうとしています。</p>

<p>もちろん、3つを掛け合わせても、努力しなければ世界一にはなれません。得意なことだからといってほったらかしにしていたら、やがて枯れていくからです。自分でも気づかないうちに、静かに欠落していくことでしょう。そこで自己投資の観点からあなたにぜひ伝えたい、最強のアプローチをご紹介しましょう。</p>

<p>それは、「絶対にやめない」こと。やめてしまうと、せっかくのユニークな部分や、あなただけの持ち味がどんどん小さくなっていきます。だからこそ、好きなことや得意なことはやめてはいけないのです。</p>

<p>「やめないこと」は、世の中で結果を出している人たちの多くに共通した資質です。また、「これは仕事、これは遊び」と割り切って考えるのではなく、たとえ苦手な仕事のなかにも自分の得意なことや楽しみをうまく探し出し、それを地道に続けていける人が長期的に成果を上げています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>好きなことを続けるうちに仕事になる可能性もある</h2>

<p>「やめない」人たちの代表が起業家でしょう。あえて乱暴に言えば、バカみたいにずっとそのことばかり考え続けられる人が起業家として成功します。ビル・ゲイツも寝ないでプログラミングばかりやっていたそうですし、マーク・ザッカーバーグも同じような資質を持っていたと言います。</p>

<p>「でもね、その&quot;続ける&quot;ことができないんだよ」</p>

<p>そう思うかもしれません。でも、それが自分の好きなことならどうでしょうか？</p>

<p>たとえば、好きなゲームだったらいくらでも続けられる人はいると思います。でも、「ゲームばかりやって！」と怒られて、一般的にはまるでダメ人間であるかのように扱われるから、早々にゲームの道を諦めてしまうわけです。本当は大好きだったにもかかわらず、ここでも同調圧力が襲ってくるのです。</p>

<p>テクノロジーの進化もあって、現在は何でも続けていくうちに仕事になる可能性が高い時代になりました。もちろん、仕事にならなければいけないわけではありませんが、好きなことを続けていくうちに、逆に世の中が追いついてくるといった展開も十分あり得る時代になっているのです。</p>

<p>日本でもかなり普及してきましたが、ゲームの腕を競う『ｅスポーツ』(エレクトロニック・スポーツ)は、オリンピックの新種目になるのではと話題になるなど、ビジネスのフィールドが整いつつあります。アメリカではプロゲーマーがすでにスポーツ選手として認められており、中国や韓国での市場規模も日本とは桁違い。</p>

<p>でも、古い価値観に縛られている人たちは「あれはスポーツではない」などと言っているわけで、グローバルな流れに思考がまったくついていけていません。従来のスポーツ観に凝り固まっているから、新しい競技が生まれるメカニズムが理解できないのでしょう。「スポーツは勇気づけられるじゃないか」と言うなら、素晴らしいゲームプレイを見て勇気づけられる人は、それこそ世界中にたくさんいます。</p>

<p>つまり、自分はどちらの価値観や考え方を選ぶかということ。そこで、僕は声を大にして言いたいのです。「続けられない」というよくある悩みも、そのほとんどは「それほど興味がない」「本当は好きではない」のが原因だと僕は考えています。ずっと続けないがために成功体験も得ることができず、途中でやめる原因になるのでしょう。</p>

<p>できなかったことができるようになること。このシンプルな喜びこそが成功体験。だからこそ、できるまで続ければいい。そのために、自分が好きなことである必要があるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「いつか」よりも「いつ」で、自分の人生を動かす</h2>

<p>好きなことをして生きるようにすると、一つひとつの物事に集中して取り組めるようになり、日々の幸福感も増していきます。ただ、いくら好きなことといっても「いつか役立つだろう」と思っていると続けにくくなることもある。そもそも、好きなことは役に立たなくても続けられるはずなのに、そんなことを思って途中でやめてしまう人がとても多いようです。そんな人は、まずこのことを心に刻み込んでください。</p>

<p>「&quot;いつか&quot;はこない」</p>

<p>あなたの部屋の押し入れは「いつか」というものが詰まっていませんか？いつか使うかもしれない道具、いつか着るかもしれない服......。「いつかは」と思って残しておいた結果、知らないうちに押し入れがパンパンになってしまうわけです。</p>

<p>「いつかはこない」と思えばほとんどの不要なものは捨てられます。これは自戒の意味も込めて言います。これからは「いつか」というマインドもアップデートする習慣をつけていきましょう。</p>

<p>「&quot;いつか&quot;ではなく、&quot;いつ&quot;するのか？」</p>

<p>大切なのは、「いつか」役に立つだろうとタイミング任せにするのではなく、自分で「いつ」と決めること。そのために「このころにはこんなふうになっているといいな」という大まかなマイルストーン(中間目標点)を立てることをおすすめします。</p>

<p>可能であれば「何歳までにこれを達成する」と明確にゴールを決めて達成できれば素晴らしいですが、僕はそんな人たちを「すごいな」と尊敬しつつも、「自分には難しい」と思って見ています。自分がしんどく感じるアプローチでやっても、続けることが難しくなるからです。</p>

<p>だからゴールではなく、ざっくりしたマイルストーンでいいから考えてみるのです。ゴールを考えることがしんどい人も、慌てる必要はありません。自分なりのペースで進みながら、「いつごろまでにここまでいこう」というマイルストーンを持っているのと、持っていないのとでは雲泥の差があります。</p>

<p>何も考えないでただ好きなことをしているだけでは、どこに向かっているのか自分でもわからず、まったく見当違いの方向に向かってしまうこともあり得るでしょう。数年後のマイルストーンをまず立てて、さらにそこへ至るまでの小さいマイルストーンをざっくり逆算して立てていければ、モチベーションを保ちながらうまく続けることができると思います。</p>

<p>たとえば「今日から勉強して来年はアメリカに1人旅へ行こう」とマイルストーンを立てれば、日常英会話の習得やそのための貯金、休暇の設定など小さいマイルストーンをざっくりと逆算できる。ゆるくマイルストーンを考えるだけでも、アクションプランは立てられます。</p>

<p>そして、アクションプランがあると、やはり行動に移しやすくなるのです。「いつ」は自分で決める。だって自分の人生なのだから、人を傷つけたり理不尽な迷惑をかけたりしない限り、あなたの人生はすべてあなたが決めなければならないのです。</p>

<p>ちなみに、僕自身もそう心がけて毎日を生きているので、自ずと逆算した行動が増えていきます。すると、いろいろな場所で化学反応が起こって、自分で思っていた人生のマイルストーンはほとんど前倒しで達成されていきました。</p>

<p>アウトプットをして、フィードバックを得ることが一番の学びになる。具体的なアクションにもつながります。ですから、僕はいつも「これがしたい」「こうなりたい」と周りに言い続けています。そして、僕ははっきりとこう思います。</p>

<p>「夢は人に伝えよう。そうすれば叶いやすくなる」</p>

<p>夢は、ぼんやり思い浮かべている状態が最も危険です。他者に伝えることで自分のなかで言語化され、また他者からのフィードバックを受けて、どんどん自分の頭で考えられるようにもなるのです。</p>

<p>厳密なゴールを設定しなくても構いません。まずは、目指す方向へマイルストーンを立てることから始めましょう。そして「いつ」と決めることで、人生の舵を取る。これが自分を大きく成長させるために必要な自己投資のマインドなのです。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 21 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[澤円（株式会社圓窓代表）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>乱立する「ガチ中華」ブームでも生き残る名店　日本人客を虜にする&quot;本場の味&quot;  中島恵（フリージャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14824</link>
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			<description><![CDATA[話題の「ガチ中華」はなぜ成功と淘汰が分かれるのか？日本人に愛される名店のこだわりや、SNSを活用した独自の食材調達など、激戦区で生き残る中国人経営者たちの知られざる工夫とビジネスの裏側に迫ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="陳家私菜の「本場四川皇帝よだれ鶏」" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260807Nakajimakei01.jpg" width="1200" /><br />
陳家私菜の「本場四川皇帝よだれ鶏」</p>

<p>空前のブームを見せる「ガチ中華」。激しい競争の中で生き残る店と消えていく店にはどのような違いがあるのでしょうか。日本人を惹きつける名店の試行錯誤や、在日中国人ネットワークを活かした独自の工夫について、書籍『中国人は日本で何をしているのか』より解説します。</p>

<p>※本稿は中島恵著『中国人は日本で何をしているのか』（日経BP）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「元祖ガチ中華」の経営者</h2>

<p><img alt="陳家私菜" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260807Nakajimakei04.jpg" width="1200" /></p>

<p>コロナ禍以後、日本風にアレンジしていない本場中国の料理「ガチ中華」が流行している。中国発チェーンのフランチャイズのほか、日本で独自に開業した在日中国人向けの店もある。関係者は「専門知識がなくても始められる。大きな商いではないが、毎日キャッシュが入ってくるので生き延びやすい」と説明する。</p>

<p>「ガチ中華」の幅は広く、完全な「中国人向け」から「日本人も対象」と思われる店もある。中国人向けの店は東京の池袋、上野、高田馬場、新宿付近に多く、日本人も対象の店はそれ以外の場所にも広がる。最近では中国人が多い埼玉県、千葉県、神奈川県にもガチ中華料理店は拡大している。</p>

<p>近年、日本に移住してきた中国人の中には、在留資格の維持のため手っ取り早い手段として飲食業に乗り出す人がいる。業界では「誰も彼もがガチ中華に参入したので、全体の質が落ちた」との批判もあり、開店2〜3年以内に消える店も少なくない。</p>

<p>そんな中、「元祖ガチ中華」として高く評価されている店がある。30年以上にわたる人気店「陳家私菜（ちんかしさい）」だ。25年末現在、東京の銀座、新宿などで8店舗を展開している同店の経営者、陳龐湧（ちんばんゆう）さんに話を聞いた。</p>

<p>陳さんは62年、上海生まれ。父親は上海から近い江蘇省の寧波出身で、祖父は寧波で有名な財閥の一人であり美食家でもあった。幼い頃から祖父に可愛がられて育った陳さんも食に関心があり、料理の道へ。上海の老舗ホテルで中華料理の基礎を学んだ。</p>

<p>「80年代、上海からは欧米に留学する人が多かったのですが、映画『男はつらいよ』に感動した私は日本に行きたかった。88年の来日時には両親がお金とコメ、鍋、ふとんなどを持たせてくれました」</p>

<p>家賃3万円のアパートに住み、工事現場や清掃のアルバイトをしながら日本語学校に通った。日本語がある程度話せるようになってからは高輪プリンスホテル（現在のグランドプリンスホテル新高輪）などで皿洗いをしつつ、中華料理を学んだ。</p>

<p>「総料理長が作ってくれた賄い料理が美味しくて、自分もいつか立派な中華料理人になろうと決意しました。ホテルで捨てられていたパンの耳をかじってがんばりました」（陳さん）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本人も受け入れる本場の味を目指す</h2>

<p>陳龐湧さんは95年、東京・赤坂に中華料理店「湧（ゆう）の台所」をオープン。当時、四川料理と謳ったわけではなかったが、日本にわずかしかなかった「本場の味」にこだわった。</p>

<p>その頃、日本では四川省出身の陳建民さんが日本人向けにアレンジした料理が浸透しつつあった。中国では葉にんにくと豚肉、豆板醬などを使う回鍋肉だが、葉にんにくが手に入りにくい日本ではキャベツを代用したり、現地で食べる「汁なし担々麵」ではなく、日本人向けに「汁あり担々麵」が供されていた。</p>

<p>しかし、陳龐湧さんは本場の中華料理を日本人に知ってほしいとの思いからメニューを考案し、日本で最初に四川料理の「よだれ鶏」や山西省名物の「刀削麵」などを中国現地と同じ調理法で提供した。</p>

<p>今では日本の中華料理店の定番になっている「刀削麵」だが、時期が早すぎたのか、当時の日本人には受け入れられなかった。しかし、辛くて痺れる「麻辣刀削麵」を提供すると、これが大ヒット。かん水を入れない生麵を使用し、もちもち感を出す工夫をした。「本場の味」を意識しつつ、日本人に受け入れられるよう試行錯誤を重ねた。</p>

<p>「食材は日本のいちばんいいものを使いますが、香辛料は四川省産のものがよいと思い、現地の食品工場と提携しました。1年に何回か四川省に行き、自分自身で品質チェックと仕入れを行っています」（陳さん）</p>

<p>「陳家私菜」にはメニュー名に「元祖」とつく料理がある。「頂天石焼麻婆豆腐」「本場四川　皇帝よだれ鶏」「痺れる麻辣刀削麵」「頂天石焼麻婆刀削麵」「汁なし麻辣坦々刀削麵」「鉄鍋胡麻棒餃子」の6つだ。本場の製法や香辛料に独自のアレンジを加え、「ガチ」でありながら日本人にも受け入れられる味を追求している。</p>

<p>8店舗ある陳家私菜はチェーン店と誤解されるが、陳さんは、「店名が同じでもチェーン店ではありません。面接と実技テストをして採用したコックがそれぞれの店で調理しています。四川省出身者もいるし、他の地域の出身者もいます。キャリアが長いから腕がいいとは限らない。センスと努力、その両方がないと料理人としては失格です。料理人がよくなければお客さんは離れていくので、採用は厳しく行っています」という。</p>

<p>店が長く続いた理由は「顧客第一」だと陳さんはいう。</p>

<p>「お客さんが喜んでいる顔を見たい、美味しかったというシンプルな言葉がいちばんうれしい。以前、もっと手広く展開しないかという声がかかりましたが、私は断りました。中国人はお金儲けばかり考えていると思われがちですが、お客さんの期待を裏切らない料理作りをしてきたことが、店が長く続いた理由だと思っています」（陳さん）</p>

<p>「ガチ中華」ながら、顧客の9割は日本人。地道な努力が受け入れられたと考える陳さんは、「これからは日本に恩返ししたい」と何度も語った。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>料理の地方が限定されない「創作アジアン」店</h2>

<p><img alt="東京・末広町の中華「創作アジアン 琥珀」" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260807Nakajimakei02.jpg" width="1200" /><br />
東京・末広町の中華「創作アジアン 琥珀」</p>

<p>東京・末広町の中華「創作アジアン 琥珀」の社長は祁倩さんという女性だ。知人に紹介され、何度か食べに行くうちに人懐っこい祁さんの身の上話を聞く機会があったが、改めて時間を取ってもらった。</p>

<p>チェーンや大型店ではなく、町中華でもなく、激辛のガチ中華でもないこの店は、東京メトロ銀座線の末広町駅から徒歩30秒の場所にある。内装はシックで、いわゆる中華料理店のイメージとは異なり洗練されている。</p>

<p>祁さんは上海生まれ、上海育ち。02年に来日した。12年に会社を設立し、13年からフランチャイズの中華料理店を東京・霞が関に開いた。80席ある店で10年近く繁盛したが、コロナ禍で状況が変わり閉店した。</p>

<p>現在の店は21年末に物件を紹介され、22年7月にオープン。当初、香港出身のコックがいたため、焼き鴨、叉焼など広東料理のほか、自身の出身地である上海料理、さらに日本人が好きな麻婆豆腐、エビチリ、小龍包もメニューに加えた。現在、コックはハルビン、上海、大連出身者がいて、さまざまな地方の料理を提供できる。</p>

<p>一つの地方料理に限定せず、創作料理もあるという意味で「創作アジアン」、オープンしたのが寅年で、自身も寅年生まれ、料理は琥珀色が多いことなどから、風水師の先生が「琥珀」と命名してくれた。</p>

<p>日本にはさまざまな中華料理があるといっても、同店は私たちがイメージする「何でも中華」とは一線を画す高いクオリティを誇る。その日、最も新鮮な魚や野菜を仕入れ、オリジナルメニューや新しい料理にも挑戦している。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>SNSを活用して食材を調達する</h2>

<p><img alt="琥珀の名物料理のひとつ、ワンタン" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260807Nakajimakei03.jpg" width="1200" /><br />
琥珀の名物料理のひとつ、ワンタン</p>

<p>祁さんの店で私は、「今日のおすすめは?」「今日入荷した野菜は何? それはどういう調理法で食べるのがいちばんいい?」といつも聞くようにしている。昔住んでいた香港のレストランで、店員とコミュニケーションを取りながら料理を決めていくスタイルが好きだったからだが、日本では気軽に「その日の食材」などを聞ける雰囲気の店が少なかった。</p>

<p>メニューが決まっているので融通は利きにくいし、その日のメンバーの好みや体調に合わせて店員や店長とメニューを決めていくというスタイルに店側が慣れていないのが理由だ。</p>

<p>だが、祁さんの店ではそれが可能だ。</p>

<p>祁さんは関東や関西などにある中国人経営の農場で育てられた中国野菜を仕入れて、それを中国のSNSで紹介している。中間業者が存在せず、流通コストがかからない分、安くて新鮮な食材が手に入る。イノシシや鹿、熊の手などのジビエも知り合いの紹介で猟師などから購入する。在日中国人の経済ネットワークが日本国内に確立されていて、祁さんの店でも活用しているのだ。</p>

<p>鶏毛菜、茎レタス、紅油菜、菜心など、他の中華料理店ではあまり目にしない中国野菜もある。以前、私が食べた水餃子に入っていたナズナは祁さんが自ら畑で収穫したものだった。手作りワンタンも名物料理のひとつだ。<br />
祁さんによると、オープンした当初は苦労が絶えなかった。</p>

<p>「いちばん大変だったのは従業員とのコミュニケーション。社長としての力量不足を感じました。コックを入れ替えるなど試行錯誤を繰り返すうちに、次第にお得意様が増えていきました。最近は中国人だけでなく、日本人のお客さんも増えています。距離が近い秋葉原からIT企業のお客さんが来てくださり、上野に近いという場所柄か、欧米人などインバウンドのお客さんも増えています。だから英語も勉強中です」（祁さん）</p>

<p>努力の甲斐あって24年頃から経営が軌道に乗り、顧客がついてきた。祁さんは「お客さんの要望に応えること、お客さんを大事にすることが商売の基本」と話す。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 20 Aug 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中島恵（フリージャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>村上春樹は夫婦を描き続けてきた　三宅香帆さんが思う「男性がパスタをゆでる」だけじゃない側面  三宅香帆（文芸評論家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14640</link>
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			<description><![CDATA[三宅香帆さんが、村上春樹作品を「夫婦」という視点から読み解いて得た気づきとは？ そして最新作『夏帆─The Tale of KAHO─』を読んだ率直な感想についてお聞きしました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="三宅香帆さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/260821Miyakekaho01.jpg" width="1200" /></p>

<p>文芸評論家・三宅香帆さんの新刊『「夫婦」不在社会』が刊行されました。忙しい現代において、「仕事」と「家庭」をどう両立すればよいのか。昭和から令和にかけてヒットした小説、ドラマ、映画を分析しながら、物語を通して家族の形やこれからのパートナーシップを考える一冊です。</p>

<p>本書は、村上春樹さんの作品を「夫婦」の視点から読み解く、村上春樹論としての側面も持っています。インタビュー前編では、村上作品に描かれた夫婦像の変化や、最新作『夏帆─The Tale of KAHO─』について、三宅さんにお話を聞きました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本の作品は「パートナーシップ」を描くことが少ない</h2>

<p><img alt="「夫婦」不在社会" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260731Miyakekaho.jpg" width="1200" /></p>

<p>――なぜ「夫婦」というテーマで執筆されたのでしょうか。</p>

<p>【三宅】日本の作品は、海外作品に比べて、パートナーシップを描くことが少ないと思っていました。一方で、意外にも村上春樹さんの作品にはパートナーシップを描いているものが多いんです。その二つを組み合わせて書けないかな、と思ったのがきっかけですね。</p>

<p>――三宅さんは以前、『娘が母を殺すには？』という母娘問題をテーマとした書籍を執筆されています。『「夫婦」不在社会』は、その延長線上にあるのでしょうか。</p>

<p>【三宅】そうですね。やはり母娘問題が起きる原因には、「夫が家に不在であること」が大きく関わっているのだと思います。本来は夫婦でケアし合うべきところを、娘が負担を強いられている。その構造に気づいたとき、では、なぜ夫婦の間でケアがなされないのだろうということを、きちんと書いてみたかったんです。</p>

<p>――本書では、現代の親子関係が以前よりも密になっていることが指摘されています。その点も課題として捉えられていたのでしょうか。</p>

<p>【三宅】課題とするかどうかは、少し難しいと思っています。親子仲がいいこと自体は悪いことではありません。ただ一方で、やはり夫婦の話は少なく、同時に、親子の話が多いとも感じていた、ということですね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>村上春樹作品が描いた、多様な「夫婦」の姿</h2>

<p>――今回、村上春樹さんの作品を「夫婦」という視点から読み解いてみて、新しい発見や気づきはありましたか。</p>

<p>【三宅】本を刊行してから、「村上春樹がこれほど多く&quot;夫婦&quot;について書いていたとは気づかなかった」という反響をたくさんいただきました。そこに意外性があるのだなと感じています。また、ひと口に夫婦の物語といっても、その描かれ方は多様であることにも、改めて気づかされました。</p>

<p>――本書では、『風の歌を聴け』から『ねじまき鳥クロニクル』までをたどると、夫婦像や男性像の描かれ方にも変化が見られると指摘されていました。『風の歌を聴け』では、パートナーと対話せず「黙る男性」が描かれる一方、『ねじまき鳥クロニクル』では、「夫婦の対話を試みる男性」が登場します。その意味では、一歩前進したようにも読めます。こうした変化には、当時の社会状況が反映されていたのでしょうか。</p>

<p>【三宅】村上さんが社会の変化を意識し、それを作品に反映させていたかどうかは、判断の難しいところだと思います。むしろ、社会が変化するよりも先に、村上さんの作品のなかで変化が起きていたのではないでしょうか。『ねじまき鳥クロニクル』も、すでに30年以上前の作品ですから、そう考えると非常に早かったと思います。そして、社会の側でも変化が進んできた今だからこそ、改めて読み直す価値があるのではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「独身男性がパスタをゆでる話」として見立てられてきた？</h2>

<p><img alt="三宅香帆さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260731Miyakekaho01.jpg" width="1200" /></p>

<p>――本書では、『TVピープル』に収録されている短編「眠り」にも言及されています。突然眠れなくなった主婦を描いた作品ですが、そこでは、「息子」のままであろうとする夫に対して、主人公が抱く嫌悪感が描かれています。1980年代に、男性作家が女性の内面をここまで踏み込んで描いていたことに驚きました。</p>

<p>一方で、村上さんのこうした一面は、これまであまり広く認識されてこなかったようにも思います。それはなぜなのでしょうか。</p>

<p>【三宅】すごく売れているものは、同時に誤解されているものなのかな、とも思います。もしかしたら、村上春樹さんという作家を、そういうふうに見立てたい人たちがいたのかもしれません。</p>

<p>要するに、村上作品を「独身男性がパスタをゆでている話」として見立てたかった。そのほうが面白いと思うメディアや、文章を書きやすい人たちがいたのではないでしょうか。</p>

<p>――なるほど。ミーム的に扱ううえでも、そのイメージのほうが分かりやすかったかもしれませんね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>『夏帆─The Tale of KAHO─』をどう読んだか</h2>

<p>――『「夫婦」不在社会』の刊行直前には、村上春樹さんの最新作『夏帆─The Tale of KAHO─』も発売されました。『「夫婦」不在社会』を読んだあとに『夏帆』を読むと、「眠り」との関連性が見えたり、中盤からは「母殺し」の物語のように感じられました。率直に、どのように読みましたか。</p>

<p>【三宅】やはり面白かったですね。私は『新潮』に掲載されていた時期から読んでいたのですが、途中から「母殺し」の話になって、びっくりしました。</p>

<p>同時に、どこか「村上さんにとって物語とは何か」という問いにもつながっているように感じました。物語論を女性の視点から描いている点も含めて、非常に興味深かったです。「眠り」に連なる系譜の作品だと思いますし、私自身の関心とも重なる部分がありました。</p>

<p>また、村上さんの作品には、これまで母親という存在がほとんど登場してこなかったんです。登場したとしても、どこか恋人的なイメージを持つ、いわゆる母親像とは異なるキャラクターとして描かれていました。その意味でも、今回の作品はとても珍しいと思います。村上作品には、このまま母親が登場しないのではないかと思っていたので、一読者として驚きましたね。</p>

<p>――なぜ、このタイミングで母親を描いたのだと思われますか。</p>

<p>【三宅】作者自身がどのように考えていたのかは分かりません。ただ、読んでいて感じたのは、物語と対峙していくと、やがて自分のルーツである親との関係に行き着くのではないか、ということです。</p>

<p>物語の世界に深く入り込んでいくなかで、夫婦の問題に突き当たったり、親子の問題に突き当たったりする。これは、村上さん自身の物語でもあるような気がしています。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/260821Miyakekaho01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 20 Aug 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三宅香帆（文芸評論家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>60代以上に多い「一晩に何度も目が覚める」　中途覚醒を予防する方法  保坂隆（精神科医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12386</link>
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			<description><![CDATA[眠れない夜はどう過ごすべき？ 精神科医の保坂隆氏が解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sleepingWoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>眠るのに時間がかかる、深夜や早朝に起きてしまう、熟睡ができない...。60歳以上の3人に1人が「不眠に悩む」といわれ、睡眠のストレスを抱えるシニアが増えています。本稿では、書籍『精神科医が教える 毎日がスッキリする「老後の快眠術」』より、&quot;中途覚醒&quot;を改善する方法についてご紹介します。</p>

<p>※本稿は、保坂隆著『精神科医が教える 毎日がスッキリする「老後の快眠術」』（PHP文庫）より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>一晩に何度も目が覚める「中途覚醒」の悩みを抱える人</h2>

<p>「夜中に何度も目が覚めて、いったん目が覚めると今度は寝つけなくなってしまう」という中高年の人はきっと多いでしょう。</p>

<p>このようなタイプの睡眠障害は「中途覚醒」と呼ばれています。60歳以上の人の2割は一晩に数回起きるといわれていますが、目覚める回数が2回以上の場合は、中途覚醒を疑ってみてもいいかもしれません。</p>

<p>睡眠の相談に来る人にも、「夜中に目が覚めて朝までぐっすり眠れない」という症状が増えており、日本人では、高齢者のうち1～2割の人が中途覚醒を経験しているといいます。</p>

<p>「寝ている間に何度も起きると睡眠のリズムが狂い、脳や体の疲労が回復しないまま朝を迎えたり、頭がぼんやりして、スッキリと起きることができなかったり」というのが悩みです。</p>

<p>おそらく、睡眠が十分とれていないために、昼間眠くて居眠りしてしまったり、仕事や家事に支障をきたすこともあるでしょう。</p>

<p>高齢者の場合、若い頃よりトイレに行く回数が増えることもあるので、中途覚醒の症状を自覚しにくい場合もあります。しかし、尿意がないのに目覚めてしまったり、一度目覚めたら熟睡できなくなったり、一晩に3回も4回も目が覚めるようなら、睡眠障害の可能性が高いといっていいでしょう。</p>

<p>毎晩のように中途覚醒が続くと、「今日も夜中に目が覚めるかもしれない」という不安がつきまとって、大きなストレスを抱えることにもなりかねません。</p>

<p>私たちは、レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返す約九十分間のサイクルを、一晩に3～5回繰り返して眠っています。中途覚醒が起こるのは眠りの浅いレム睡眠のときに限られていて、ノンレム睡眠で起こることはまれです。</p>

<p>眠りの浅いレム睡眠のときには、ほんの少しの物音や刺激でも目が覚めてしまい、一度目が覚めるともう一度眠るまでに時間がかかります。そのため、睡眠のリズムそのものが狂ってしまうのです。</p>

<p>レム睡眠時以外でも中途覚醒は起こりますが、その場合は、自律神経の乱れや日中の強いストレスが原因になっていることが多いようです。</p>

<p>とくに、最近は就寝直前までテレビやパソコン、スマートフォンなどの電子機器を使う人が多く、機器から出る強い光や音が神経を高ぶらせるのも、中途覚醒の要因になります。</p>

<p>そして、生活スタイルが夜型になり、夜遅い飲食が増えたことや、コーヒーなどカフェイン系の刺激物を摂って交感神経が活発になることも、睡眠を妨げる原因になっています。</p>

<p>さらに、寝つきをよくするつもりで、夜にアルコールを飲む人も多いようですが、寝る前のアルコールは中途覚醒を招くリスクを伴います。</p>

<p>なぜなら、アルコールが分解されるときに発生する「アセトアルデヒド」には、交感神経を刺激する働きがあり、それによって脳が覚醒して眠気を遠ざけてしまうからです。</p>

<p>このように、自律神経が乱れやすい生活習慣を続けていると、睡眠障害を招く可能性が高まりますが、これらを見直して改善すれば、中途覚醒の予防につながります。</p>

<p>また、ちょっと意外かもしれませんが、枕や布団、マットレスなどの劣化によって寝具が体にフィットしなくなり、余計な負担が体にかかるのも、眠りを妨げる原因になります。</p>

<p>「低反発がいい」「高反発こそ最良」といった宣伝文句を鵜呑みにせず、自分に最も適した寝具を選ぶことも大切です。なかなかいい中途覚醒の予防策が見つからなければ、一度寝具を見直してみるのもいいでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「夜間頻尿」の改善は快眠につながる　自己流で対処しない</h2>

<p>高齢者の中途覚醒については、夜間の尿意も大きな要因になっています。「トイレに行きたくなって、何度も目が覚めてしまう」というのはよく聞く話です。</p>

<p>寝つきには問題がないのに、眠っている夜中に尿意を催して、トイレに行くために何度も目が覚めてしまうという人も多いでしょう。この状態を「夜間頻尿」と呼びます。</p>

<p>頻尿の一番の原因は、膀胱の筋肉が衰えて敏感に尿意を感じるようになるためですが、「早めにトイレに行かなければ......」という精神的プレッシャーも多分に影響しています。</p>

<p>男性が圧倒的に多いように思われる夜間頻尿ですが、実際にはそれほど極端な男女差は見られません。</p>

<p>しかし、加齢による頻尿の増加は顕著で、40歳を過ぎると頻尿症状は急激に増え、高齢になるほどさらに増えていきます。泌尿器科学会の調査では、40歳以上の7割近くが夜間頻尿を経験しているということですから、これはもう他人事といってはいられません。</p>

<p>夜間頻尿の定義は一応、「夜中に一回以上トイレに行くこと」とされているのですが、一回のトイレで頻尿と呼ぶのはちょっと当たらない気がします。</p>

<p>というのも、男性の場合、70代以上では一晩に3回以上トイレに起きる人も珍しくなく、それだけ高齢者にとって夜間頻尿はとても身近な問題なのです。</p>

<p>ただ、もし何度かトイレに起きても、そのまますぐ眠れるならとくに問題はありません。しかし、多くの人は一度目が覚めると、なかなか眠りを継続できないという悩みを抱えており、頻尿によって睡眠時間が削られて、同時に眠りの質も悪くなってしまうのがつらいのです。</p>

<p>こうした悩みを解消するためには、さまざまな対策が考えられますが、一般に次のようなものがあります。</p>

<p>●尿の量が多い場合は、寝る1時間以上前から水分を控えること。とくにアルコールやカフェインの多い飲み物は避けます。</p>

<p>●下肢のむくみを取ること。寝る数時間前からふくらはぎのマッサージをしたり、足を上にあげながら、ぬるめのお風呂に入ります。</p>

<p>●腰や足先を温めること。冷えも頻尿の症状を悪化させる原因になりますから、夏でもなるべく冷やさないようにしましょう。</p>

<p>●喉が渇かないように、塩分の多い食事は見直すこと。</p>

<p>●薬を服用している人は、かかりつけの病院に相談してみること。高血圧の薬には利尿によう効果のあるものも少なくありません。</p>

<p>どんな対策をとるにしても、最初は医者と話し合うことが最優先です。</p>

<p>そのほか、男女それぞれに最近注目されている頻尿の理由があります。</p>

<p>男性の場合は「前立腺肥大症」という病気で、一般に50代男性の半数、60代では60％の人が発症するといわれている男性特有の病です。</p>

<p>前立腺は精液の一部を分泌する臓器で、男性ホルモンによってコントロールされています。ところが、40代以降は肥大症を患う人が増え、高齢化とともに患者も右肩上がりで増加しています。この病気がある場合は、夜中の頻尿も自己流で対処せず、医者と相談のうえで対策を考えたほうがいいでしょう。</p>

<p>一方、女性に多いのが、最近話題の「過活動膀胱」です。</p>

<p>膀胱は本来、尿がしっかり溜められるように筋肉が伸び縮みする仕組みになっているのですが、過活動膀胱の場合は、少ししか尿が溜まっていなくても膀胱が過剰に収縮して頻繁にトイレに行きたくなるのです。</p>

<p>膀胱の異常な収縮から急に強い尿意を感じる過活動膀胱は、中途覚醒を起こさせる要因にもなりますから、できるだけ早く治療を始めましょう。</p>

<p>それには、肛門や尿道に力を入れて尿が漏れないようにする膀胱訓練がとても効果的なので、試してみるといいと思います。</p>

<p>ただし、夜間頻尿の中には深刻な症状が隠されているケースもあるため、注意深くチェックすることも大切です。とくに、心不全による夜間頻尿には要注意。下肢のむくみがあって、夜間頻尿になる場合、心臓が弱っている可能性があるのです。</p>

<p>一見、無関係に見える頻尿と心不全がリンクしていたという例も多いので、この点はよく覚えておいてください。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sleepingWoman.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 20 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[保坂隆（精神科医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>｢言語化疲れ｣の正体　発信のプレッシャーから脱出する思考法  勝浦雅彦（コピーライター・クリエイティブディレクター）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14794</link>
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			<description><![CDATA[SNS時代の過剰なリスク計算や完璧主義が生む「言語化疲れ」の正体を分析。評価欲を手放し、粗削りでも感じたままに言葉の「輪郭」を出すことで、自分らしい表現を取り戻すアプローチをお伝えします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="スマートフォン" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility/keitai202001.jpg" width="1200" /></p>

<p>下書きフォルダに眠る、出せなかった言葉はありませんか？過剰なリスク計算や「完璧さ」への執着は、私たちを「言語化疲れ」へと追い込みます。なぜ言葉は止まってしまうのか。その背景を解き明かし、自分らしい表現を取り戻すシンプルな処方箋を届けます。</p>

<p>※本稿は『自分の｢思い｣がすっと伝わる 小さく言葉にする習慣』(勝浦雅彦・著／ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>下書きフォルダに溜まっていく、私たちの｢本音｣</h2>

<p>SNSやメールの下書きフォルダを開いてみてください。投稿しなかった文章、送らなかったメッセージ、書きかけたままのメモが溜まっていないでしょうか。</p>

<p>今の時代、言葉にできる環境は完璧に整っています。いつでもメモできる。いつでも連絡できる。いつでも発信できる。なのに、言葉は内側にとどまっている。</p>

<p>これはなぜでしょうか。もしかしたら、｢言わない｣という選択のほうが、今の私たちにとって安全に見えているのかもしれません。</p>

<p>私はずっと言葉は｢資産｣であり｢投資｣だと考えてきました。これだけ発信力が問われる時代になったことで、言葉を使いこなせる人の優位性は高まり続け、その差は可視化されています。</p>

<p>しかし同時に、一瞬でリスクに変わり得るともいえます。少しでもズレたことを言おうものなら、SNSに晒され、スクリーンショットを撮られ、デジタルタトゥーとして残り続けるかもしれない。だから私たちは過剰なリスク計算をしてしまうのです。</p>

<p>そしてそれは、画面の外であっても変わりはありません。いつ、どこで、誰に、自分の言葉がジャッジされるかわからない。そのような状態では、言葉にする前に考えすぎてしまうのは当然のことです。</p>

<p>この表現は誤解されないだろうか。この主張は浅く見えないだろうか。この立場で言っていいのだろうか。そのチェック機能は優秀です。でも、優秀すぎるとも言えます。言葉選び、話す順番、場の空気、どこまで言うか、言わないか。そうしたことまで考えてしまって、何も言えなくなる。そして、最適化しすぎた結果止まってしまう。言わないことが正解になってしまうわけです。これが、多くの人を消耗させている｢言語化疲れ｣の正体です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>感動を与える言葉は、｢少し危うい｣</h2>

<p>あなたが最後に感動した言葉を覚えていますか？それは整っていましたか？美しく、よどみなく、芸術的でしたか？たいていは違うでしょう。少し粗い。少し個人的。少し危うい。だから響く。</p>

<p>私たちはいま、安全な言葉を大量に生み出しています。でも、安全な言葉はだいたい忘れられてしまいます。一方、粗削りでも自分の内側から出た言葉は人の記憶に残ります。そうして個人の中から発せられた言葉はやがてパーソナリティと結びつき、その人の存在そのものを濃いものにしていきます。</p>

<p>心理学者のマズローが言うように、人は｢生理・安全｣という個の存在が確立されたら、次は｢所属と愛の欲求｣を求めます。他者とつながりたい、理解してもらいたいと願うのは人間の本能なのです。しかし、わかってもらいたいのに、評価されたいのだと錯覚してしまう人がいる。ここを間違えると、言葉は苦しくなります。ただ自分の考えを伝えたいだけなのに、いつの間にか｢どう見られるか｣という意識にすり替わってしまう。この｢どう見られるか｣への意識こそが、言語化疲れを深める大きな要因のひとつです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢言語化疲れ｣から脱け出す、たったひとつのシンプルな方法</h2>

<p>では、この｢言語化疲れ｣から抜け出すには、どうすればいいのでしょうか。答えは、意外とシンプルです。それは、｢感じること｣です。</p>

<p>多くの人は、｢どう言えばいいか｣から考えます。でも本当は、｢何を感じたか｣から始めなければなりません。感じる前に、整えようとする。ここで順番がひっくり返ってしまうのです。</p>

<p>すでに立派な材料は持っています。経験、怒り、違和感、喜び。それなのに、レシピから探して、整った完成系に落とし込もうとする。だから、止まってしまうのです。</p>

<p>本当は、いま浮かんだ一言でいいんです。｢うまく言えないんですが｣からでも、｢そうですねぇ｣からでもいいんです。</p>

<p>いまの社会は、｢完璧にしてから出せ｣と言います。ですが、完璧なんて幻想です。完璧にしてから出そうとすると、永遠に言葉を探す作業は終わりません。</p>

<p>あなたがいま止まっているのは、失敗を恐れているからではありません。輪郭を出すことが怖いからです。輪郭が出ると、誰かに触れられる。触れられると、痛むかもしれない。傷つくかもしれない。でも、触れられなければ、それは存在しないのと同じことです。</p>

<p>輪郭を出すのに、勇気なんて大げさなものはいりません。ただ、心を捉えた一瞬のことだけを、一言だけ外に出してみる。それだけで、止まっていた言葉は動き出します。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility/keitai202001.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 19 Aug 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[勝浦雅彦（コピーライター・クリエイティブディレクター）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>負の感情を溜め込まない　臨床心理士が教える「朝・昼・夜」の休息習慣  佐瀬りさ（臨床心理士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14797</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014797</guid>
			<description><![CDATA[「こころの不調」には、睡眠不足が大きく影響する――そう語る臨床心理士の佐瀬りささんが、こころの健康を保つ休息方法を解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="佐瀬りさ著『こころの｢安全基地｣のつくりかた』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sleep.jpg" width="1200" /></p>

<p>睡眠不足の日にいつもよりイライラしたり、モヤモヤしたりした経験はありませんか？睡眠不足が続くと、緊張のスイッチが入り続けた状態となってしまい、些細なことでも悲しんだり、人の言葉がきつく感じたりすることがあると、臨床心理士の佐瀬りささんはいいます。本稿では、今日・明日からでも実践できる「こころを整える休息方法」について見ていきましょう。</p>

<p>※本稿は、佐瀬りさ著『こころの｢安全基地｣のつくりかた』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>睡眠や休息がこころを回復させる</h2>

<p>睡眠や休息が脳とこころを回復させる仕組みは、近年の研究によって少しずつ明らかになってきています。ちゃんと眠りちゃんと休むことで、脳は静かに、そして確実に回復の作業を始めます。</p>

<p>眠っている間も、脳は止まっているわけではありません。とくに「レム睡眠」と呼ばれる時間には、その日経験した出来事や感情が、ゆっくりと整理され、記憶として落ち着いていくのです。</p>

<p>また近年の研究では、睡眠中に脳の老廃物を洗い流す「グリンパティック・システム」という仕組みが活発に働くこともわかってきました。起きているときと比べて、より効率よく脳の老廃物が排出されると考えられています。つまり、睡眠は脳にとっての「お掃除時間」でもあるのです。</p>

<p>さらに休息しているときの脳も、実はとても大切な働きをしています。何もしていないように見える時間にも、脳は経験を振り返り意味づけをし、自分自身を整え直しています。この働きは「デフォルトモードネットワーク（DMN）」と呼ばれ、ぼんやりしているときや、静かに考え事をしているときによく働きます。</p>

<p>また、休息を取ることで、身体は緊張モード（交感神経優位）からリラックスモード（副交感神経優位）へと切り替わります。神経のバランスが整い、「司令塔」である前頭前野も回復していきます。</p>

<p>このように、脳とこころの回復は、睡眠と休息によって、ゆっくりと進んでいきます。しっかりと「潤す」ことで、私たちの中に備わっている整う力が、自然と働きはじめるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>夜のワーク「お疲れさまタッチング」</h2>

<p>ここでは「夜のワーク」「朝のワーク」「日中のワーク」の順にご紹介していきます。夜のワークは、神経を安心モードへと切り替えていくためのものです。朝や日中のワークは、自分の「乾き」に気づきながら、その都度「潤い」を足していくためのものです。</p>

<p>&lt;お疲れさまタッチング&gt;</p>

<p>布団に入る前や、布団の中で、身体全体に意識を向けてみましょう。今日いちばん疲れている部分はどこでしょうか？緊張が残っていたり、こわばりを感じたりする部分はありませんか？その部分に、やさしく手を触れて、ゆっくりと呼吸をしてみます。</p>

<p>「今日もよく頑張ったね」</p>

<p>「今日1日、お疲れさま」</p>

<p>こんなふうに、声をかけてみるのもよいでしょう。どんな感じがするでしょうか？</p>

<p>こころや身体の変化を感じてみてください。触れることや、声をかけることによって、ふわっと緩む感覚があれば、それで十分です。はじめはうまく感じられなくても大丈夫です。毎日継続してみてください。</p>

<p>このように、自分自身に優しさや思いやりを向けることは「セルフコンパッション」と呼ばれています。温かい手で自分に触れることは、脳や神経をリラックスさせる効果があります。また、ねぎらいの言葉は、こころと身体を安心させ、明日への回復力を高めてくれます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>朝のワーク「カラダスキャン＆あなたへの処方箋」</h2>

<p>目が覚めたら、今日の自分の「乾き具合」を感じてみましょう。身体とこころ、両方の状態を感じてみるカラダスキャンがおすすめです。</p>

<p>まずは身体に意識を向けます。</p>

<p>「どこか気になるところはないかな？」</p>

<p>「疲れは溜まっていないかな？ 」</p>

<p>こんなふうに問いかけてみて、今日の体調を5段階で表してみましょう。</p>

<p>次に、こころに意識を向けます。「どんより」「イライラ」「フラット」「ウキウキ」「たかぶっている感じ」など、今の気持ちを感じてみてください。そのまま言葉で表してもよいですし、こころの重さとして5段階で表してみるのもよいでしょう。</p>

<p>朝は何かと忙しく、動き出すとやらなければいけないことで頭の中がいっぱいになり、身体やこころの感覚を感じにくくなってしまいます。できれば布団の中で感じてみましょう。</p>

<p>カラダスキャンで気になるところがあったら、「もし、大切な人が同じ状態だったら」と、想像してみてください。あなたはその人に、何をしてあげたいと感じますか。どんな言葉をかけてあげたくなるでしょうか。それを、今日の自分にもしてあげてください。それが、今日のあなたを潤すための「処方箋」になります。</p>

<p>大切な人を扱うように、自分自身を大切に扱っていくことで、こころと身体は少しずつ潤いを取り戻していきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日中のワーク「休息の練習」</h2>

<p><img alt="佐瀬りさ著『こころの｢安全基地｣のつくりかた』" height="1714" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260729kokoronoanzenkichinotsukurikata03.jpg" width="1200" /><br />
※イラスト：楠わと</p>

<p>休むことは、練習によって少しずつ上手になっていきます。繰り返すことで、神経は安心モードにつながりやすくなります。短い時間でも大丈夫です。気づいたときに、少しだけやってみましょう。</p>

<p>「頭の中を少しぼんやりさせる」ことができれば、どんな方法でもかまいません。休息リストのような小さな休息を、意識して取り入れてみましょう。やってみて、あなたの身体やこころがどう変わったかにも目を向けてください。</p>

<p>「少し緩んだ」「呼吸が深くなった」「疲れが取れた」そんな「潤う感じ」があるものを、少しずつ集めていきましょう。休む練習を重ねるほど、神経は安心モードへ戻りやすくなります。</p>

<p>ここで日中のワークにおすすめの休息方法を2つご紹介します。どちらも気軽にいつでもできるので、身体やこころを潤したいときに活用してみてください。</p>

<p>・呼吸に気づく（マインドフルネス）　</p>

<p>マインドフルネスとは、「今、この瞬間」に意識を向ける練習です。頭の中が過去の後悔や未来の不安でいっぱいになっていると、身体は休んでいても、こころは働き続け消耗してしまいます。そんなときは、今の呼吸に意識を向けてみましょう。</p>

<p>息を吸う。吐く。ただ、それを感じてみます。呼吸を変えようとしたり、深くしようとしたりする必要はありません。ただ「吸っているな」「吐いているな」と感じてみます。「過去や未来のことを考えていたな」と気づいたら、また呼吸に戻ります。こうして、「今」に戻ることで、神経は少しずつ落ち着いていきます。忙しいときでも、1分ほど取り入れるだけで、こころと身体の休息につながります。</p>

<p>・重さと温かさを感じる（自律訓練法）</p>

<p>自律訓練法は、身体をリラックスした状態に導く方法です。本来は決まった手順で行う方法ですが、ここでは気軽に試せる形でご紹介します。</p>

<p>まず、ラクな姿勢で椅子に座り、手を腿の上に置きます。そして両手に意識を向けながら、こころの中で、「手が重たい」「手が温かい」とゆっくり繰り返します。はじめは何も感じなくても大丈夫です。ただ、両手の感覚を眺めていてください。無理に重くしよう、温かくしようとする必要もありません。繰り返していくうちに、なんとなく、重さや温かさが感じられることがあります。重さや温かさは、身体がリラックスしているときに現れやすい感覚です。</p>

<p>私たちはつい、頭で「落ち着こう」としがちですが、自律訓練法はその逆です。リラックスの身体の状態を先につくることで、こころや頭も自然と落ち着きやすくなるのです。仕事の合間や移動中の電車の中でもできるので、気軽に試してみてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>潤いのログワーク</h2>

<p><img alt="佐瀬りさ著『こころの｢安全基地｣のつくりかた』" height="1714" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260729kokoronoanzenkichinotsukurikata04.jpg" width="1200" /></p>

<p>「潤す」行動を取り入れたら、ぜひおすすめしたいことがあります。それは「ログをとる」ということです。</p>

<p>私たちはつい「やる」ことに意識が向きやすく、「やったあとにどうだったか」を見落としてしまいがちです。やっただけで満足してしまい、やったあとを感じていなかったり、やっても変化がないと、「自分がおかしいのでは？」と責めてしまったりします。</p>

<p>でも、私たちは一人ひとりが違っています。だから誰かにとってよい方法が、あなたにも同じように合うとは限りません。合うこともあれば、合わないこともある。それでいいのです。</p>

<p>あなたに合う方法を見つけるために、ログを活用してみましょう。「潤す」行動を取り入れたら、どんなことを感じたか、どれくらい回復したか（充電できたか）を記録してみてください。とくに潤すステップで大切な睡眠は、一般的によいと言われていることが、そのまま当てはまらないこともよくあります。</p>

<p>寝る時間や睡眠時間、寝る前の過ごし方、部屋の明るさや温度、着るものの心地よさ。どれも人によって違います。だからこそ、自分の睡眠を振り返り、どんな「潤す」行動が翌朝の充電につながるのかをログで確かめてみましょう。</p>

<p>大切なのは、あなたを、あなたの真ん中にしっかりと置いて、あなたが少し緩むこと。あなたが回復できるやり方を見つけていくことです。正解を探すのではなく「自分に合うこと」を宝探しをするように集めていきましょう。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sleep.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 19 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[佐瀬りさ（臨床心理士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>女子高生のSNS特定で不審者が続出　盗撮被害を生んだ｢特定班｣の恐怖  斉藤章佳(精神保健福祉士･社会福祉士)</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14778</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014778</guid>
			<description><![CDATA[SNSの動画から学校が特定されたり、AIで写真が悪用されたり…。今、子どもたちが狙われるネット被害が急増しています。特別なことではなく身近に潜む最新の危険と、ご家庭でできる対策をわかりやすく伝えます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="試験を受ける高校生" height="840" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/nobico/28638257pixta.jpg" width="1200" /></p>

<p>SNSへの投稿やAI技術の進化により、子どもたちが思いがけない性被害に巻き込まれるケースが急増しています。斉藤章佳氏の著書『校内盗撮』にて、｢特定班｣や｢ディープフェイク｣など、身近に潜む最新のネット被害と家庭での対策を解説していきます。今回は、そんな興味深い研究結果を同書よりご紹介します。</p>

<p>※本稿は、斉藤章佳著『校内盗撮』(集英社インターナショナル)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>｢特定班｣がもたらす恐怖</h2>

<p>盗撮被害がさらに深刻になるのは、盗撮の画像や動画がインターネット上に拡散されたときです。ひとたび情報がネットの海で拡散されれば、もはや個人の力で制御できません。不特定多数の人々に性的に消費され、デジタル空間に半永久的に残り続ける｢デジタルタトゥー｣と化し、被害者は終わりのない恐怖と苦しみを抱えることになります。</p>

<p>近年、さらなる脅威となっているのが、｢特定班｣と呼ばれる存在です。窓の外の景色や電柱の看板、わずかに映り込んだ背景から、個人の生活圏や撮影された場所を割り出す人たちです。</p>

<p>過去には、こんな事例がありました。TikTokで女子高生が制服姿でダンスする動画を投稿したところ、ほんの数秒間、下着が映り込んでしまいました。投稿者本人は気づいていなかったものの、SNS上では、下着が映り込んだ瞬間だけを切り取った｢切り抜き動画｣が拡散。また、投稿者が身につけていた制服から高校が特定されてしまいました。</p>

<p>ある日、このダンス動画を投稿した女子生徒は、通学中に見知らぬ中年男性から｢パンツ売ってくれるんでしょ?｣と話しかけられたといいます。この動画自体は、盗撮とはいえないものの、同意なき性的な画像・動画の拡散は性暴力になることを物語っています。</p>

<p>2025年12月には、｢制服がかわいい｣とTikTok内で評判になった神奈川県内の高校近辺に不審者が続出し、40代の弁護士など計4名が撮影罪などの疑いで任意捜査されています。この学校の最寄り駅では、それ以前から盗撮被害が多発し、同年1月から11月までの間で、計9名が書類送検されています。</p>

<p>もちろん、TikTokなどのSNSへの投稿が、即座に身の危険につながるわけではありません。しかし、個人や学校などの所属先がネット上で拡散されてしまうと、それを｢なかったこと｣にするのは不可能ですし、盗撮やストーカーといった性犯罪者の呼び水となる危険性は否めません。</p>

<p>性犯罪者に悪用されるおそれのある画像・動画を自ら拡散しないためにも、家庭では｢学校内や、制服を着用しての撮影は禁止する｣｢通学路や最寄り駅など、学校や自宅の特定につながる場所での撮影も避ける｣｢顔は出さずに楽しむ｣など、SNSを楽しむためのルールを設けておくことは欠かせません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>写真が悪用される時代へ　広がる性的ディープフェイク</h2>

<p>近年、生成AI技術のすさまじい進化によって、デジタル空間での性被害は新たな段階に入っています。なかでも問題視されているのが｢性的ディープフェイク｣です。生成AIサイトや画像加工アプリを使って、実在する人物の画像・動画を性的に加工し、悪用する行為です。</p>

<p>この性的ディープフェイクの問題は、名古屋市で発覚した教員グループによる盗撮事件でも発覚しています。加害者のひとりが、教え子の写真を用いた性的ディープフェイクを所持していたのです。彼は手元にあった児童の画像を、性的ディープフェイクに加工する業者に送り、画像の生成を依頼。業者から受け取った画像を教員グループに投稿したとして、児童買春・ポルノ禁止法違反などの罪に問われています。AIが生成した画像を｢児童ポルノ｣として罪に問う裁判は、これが国内初の事例です。</p>

<p>ひと昔前は、性的ディープフェイクの主なターゲットは芸能人やアスリートでした。しかし近年、被害の裾野は一般の子どもたちにまで広がっています。</p>

<p>警察庁の統計によると、2025年に全国の警察に寄せられた相談や申告は合計114件。被害者の約9割を中高生が占め、加害者が同級生や同じ学校の生徒だったケースは、最多の65件です。（図4 -1)</p>

<p><img alt="未成年を標的にした性的ディープフェイクの被害者と加害者　グラフ" height="880" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260728SaitouAkiyoshi03.jpg" width="1200" /></p>

<p>男子高校生がクラスメイトの画像をもとに、有料で性的画像を生成するよう専門業者に依頼。作成された画像が、今度は業者によってSNS上に公開、拡散されたという事案も報告されています。</p>

<p>盗撮は、そこに｢いる｣だけで被害に遭う性犯罪ですが、｢何もしなくても｣被害に遭ってしまう。それが、性的ディープフェイク問題のおそろしさです。</p>

<p>卒業アルバムの写真が、誰かに悪用されているかもしれない。身近なクラスメイトが自分を盗撮し、それをもとに性的ディープフェイクを生成しているかもしれない。こうした不安感や緊張感のなかで、今の子どもたちは学校生活を送っているのです。</p>

<p>なお、性的ディープフェイクによる被害は、世界規模の課題となっています。ユニセフ(国際児童基金)などが11か国を対象にした共同調査によれば、過去1年間に少なくとも120万人の子どもが、自身の画像を性的に加工される被害に遭っています。日本の15歳未満の子どもの数は約1300万人ですから、11人に1人の子どもが被害に遭っている計算になります。ユニセフはこの状況に｢ディープフェイクであろうと、虐待は虐待だ｣と警鐘を鳴らしています。</p>

<p>現在、日本国内では、性的ディープフェイクを包括的に取り締まる法律は未整備で、政府は対策の検討を急いでいます。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/nobico/28638257pixta.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 18 Aug 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[斉藤章佳(精神保健福祉士･社会福祉士)]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「あの辛い経験にも意味があった」と思える日は来るか？ どん底の記憶を“財産”に変える5つの視点  三凛さとし（ライフコーチ）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14761</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014761</guid>
			<description><![CDATA[悲しい出来事に価値を感じられたら、少しばかり生きやすくなるかもしれない。ライフコーチの三凛さとしさんが書くワークを紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="悲しむ男性" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_kanashimu.jpg" width="1200" /></p>

<p>思い通りにいかなかった出来事は事実でしかなく、そこに意味を与えているのは「解釈」である――。ライフコーチの三凛さとしさんは、悲しい出来事も視点を変えれば&quot;ギフト&quot;として受け取れるようになるといいます。三凛さんが推奨する「書くワーク」をまとめた一冊『こころの毒出しノート』より、過去の出来事からメリットが感じられるようになる方法を紹介します。</p>

<p>※本稿は三凛さとし著『こころの毒出しノート』（飛鳥新社）より一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>視点を変える「ギフトのワーク」</h2>

<p>今日は、出来事を別の角度から「事実として」見直すことをしましょう。</p>

<p>これを、ここでは「ギフトのワーク」と呼びます。</p>

<p>私たちは、思い通りにいかなかった出来事をこう語りがちです。</p>

<p>「あの出来事のせいで傷ついた」</p>

<p>「あの失敗のせいで、時間を無駄にした」</p>

<p>「あいつのせいで、人生が狂った」</p>

<p>たしかに、そのときはつらかったし、悲しかった。納得できなかったのです。その事実を否定する必要はありません。</p>

<p>ただ、ここで出来事そのものは良いも悪いもないということを思い出してください。</p>

<p>出来事は、ただ起きただけです。</p>

<p>そこに意味を与えているのは、私たちの「解釈」です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>同じ出来事でも、人生は分かれる</h2>

<p>「失恋したおかげで、もっと大切にしてくれる人に出会えた」</p>

<p>そう考えることができれば、失恋という悲しい出来事はギフトになりますよね。これはよく聞く話かもしれません。</p>

<p>では、こんな出来事の場合はどうでしょう。</p>

<p>詐欺にあって財産を失った<br />
重い病気で入院した<br />
長年頑張った仕事を失った</p>

<p>とてもつらい出来事です。一見すると、「ギフトなんてない」と思えるかもしれません。でも、時間をおいて事実を整理していくと、多くの人がこう口にします。</p>

<p>「 あの出来事がなかったら、もっと深刻な状況に巻き込まれていた」<br />
「 あれがきっかけで、人生の進路が変わった」</p>

<p>このように言う人は、強がっているわけではありません。本心で言っています。渦中にいるときはなかなかそう思えなくても、あとから振り返ればやはりそこにギフトを感じることができるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>物語は書き換えることができる</h2>

<p>悲しい出来事を、「かわいそうな私」という物語で終わらせるか、「あれがあったから、今がある」という物語に変えるか。私たちは選ぶことができます。どちらを選ぶかで、人生の質が大きく変わることがお分かりでしょう。</p>

<p>これは、無理に感謝しろという話ではありません。事実の並び替えの話です。その並び替えは、自分で行うことができます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>なぜ「20個」書き出すのか</h2>

<p>今日のワークでは、過去の悲しい出来事から得たギフトを最低20個書き出します。</p>

<p>「そんなに出ない」と思いますか？</p>

<p>それが普通です。</p>

<p>最初の3～5個は、比較的すぐに出てくるでしょう。でも、６個目あたりから、頭の中でこういう声が聞こえてきます。</p>

<p>「やっぱり、あれは悪い出来事だった」</p>

<p>「無理やり意味をつけているだけだ」</p>

<p>そこからが本番です。</p>

<p>数を出すことで、１つの出来事に貼りついていた&quot;悲しみ一択のラベル&quot;が剥がれ始めます。次にお伝えする「ギフトを見つける４つの視点」を参考にしながら、ちょっと無理やりにでもとにかく書くことに挑戦してみてください。</p>

<p>20個書き終えた頃、多くの人がこう感じます。</p>

<p>「たしかに、あれは必要なプロセスだったかもしれない」</p>

<p>その感覚が生まれたら、このワークは成功です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ギフトを見つける「５つの視点」</h2>

<p>20個のギフトを見つけるために、次の５つの視点で考えてみてください。</p>

<p>1.直接的メリット（時間・お金・環境）</p>

<p>その出来事によって、実際に生活や環境がどう変わったか。<br />
例：プロジェクト中止&rarr;残業が減り、睡眠時間が確保できた</p>

<p>2.間接的メリット（連鎖して起きた変化）</p>

<p>その出来事を発端として、あとから連鎖して起きた変化や、別の道が開けた経験。「あの出来事があったから、その後の○○につながった」と振り返って言えるもの。<br />
例：プロジェクト中止&rarr;空いた時間で資格を取った&rarr;その資格が転職に役立ち、年収が上がった</p>

<p>3.知識・スキル・経験値のメリット</p>

<p>学びとして、確実に身についたもの。<br />
例：病気&rarr;健康や保険の知識が増えた</p>

<p>4.人間関係のメリット</p>

<p>実際に変化した関係性。<br />
例：左遷させん&rarr;嫌な上司と距離ができ、新しい縁が生まれた</p>

<p>5.回避のメリット（重要）</p>

<p>その出来事があったからこそ、実際に起きずに済んだトラブル・苦労・消耗。<br />
例： 採用されなかったおかげで、ブラックな職場に長年縛られずに済んだ。<br />
恋人と別れたことで、金銭トラブルや精神的消耗を回避できた。<br />
中止になったことで、大きな赤字や責任問題を背負わずに済んだ。<br />
※「避けられたかもしれない」ではなく「確実に避けられた」と言えることだけを書くようにします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>過去の悲しい出来事から得られたギフトを書き出すワーク</h2>

<p>さあ、実践です。</p>

<p>過去の悲しい出来事を１つだけ選び、ギフトを見つけましょう。</p>

<p>(0)１分・ズボラ瞑想<br />
目を閉じて鼻呼吸をし、心と体を落ち着かせます。</p>

<p>(1)&nbsp;選ぶ<br />
強い悲しみ・悔しさ・喪失感を感じた出来事を１つ選びます。</p>

<p>(2)&nbsp;書き出す（最低20個）<br />
その出来事があったことで、結果的に得られたギフトを書き出します。先ほどの５つの視点を行き来しながら、「あの出来事のおかげで&hellip;」というかたちで、最低20個を目指してください。</p>

<p>５つの視点</p>

<p>①直接的メリット（時間・お金・環境）：その出来事によって、実際に生活や環境がどう変わったか<br />
②間接的メリット（連鎖して起きた変化）：その出来事を発端として、あとから連鎖して起きた変化や、別の道が開けた経験。「あの出来事があったから、その後の○○につながった」と振り返って言えるもの<br />
③知識・スキル・経験値のメリット：学びとして、確実に身についたもの<br />
④人間関係のメリット：実際に変化した関係性<br />
⑤回避のメリット（重要）：その出来事があったからこそ、実際に起きずに済んだトラブル・苦労・消耗</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ワークを終えたあなたへ</h2>

<p>20個書き終えた今、その出来事をもう一度思い出してみてください。</p>

<p>以前のような、胸が締めつけられる感覚、重たい感じは少し変化していませんか。</p>

<p>もし、「まあ、あれはあれで自分にとって必要なプロセスだったな」と思えたなら、あなたはすでに過去との関係を変えることに成功しています。</p>

<p>過去の出来事を変えることはできませんが、あなたの中での位置づけは確実に変わったのです。</p>

<p>明日からは、この新しい視点を使って、怒りという感情を扱っていきます。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_kanashimu.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 18 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三凛さとし（ライフコーチ）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>『虐幸のくるちゃん』が描く「優しさ」と「簡単には終われない現実」担当編集者が語る作品の魅力  木陰ひな田(漫画家)</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14735</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014735</guid>
			<description><![CDATA[『虐幸のくるちゃん』(木陰ひな田／講談社)の担当編集者にインタビュー。従来の「毒親漫画」の枠に留まらない作品の魅力、木陰さんの描く親子関係のすごさについて、担当編集者の視点から語っていただきました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="(C)木陰ひな田／講談社（『虐幸のくるちゃん』より）" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/2607kurucyan27.jpg" /></p>

<p>漫画『虐幸のくるちゃん』(木陰ひな田／講談社)は、母親に認められたい、愛されたいと願い続ける少女・くるみの姿を描いた作品です。</p>

<p>「毒親」をテーマにしながらも、親を単純な悪者として描くのではなく、子どもと親、それぞれが抱える苦しさや、簡単には断ち切れない親子の関係を丁寧に描いています。</p>

<p>今回は、本作を担当する編集者にインタビュー。担当編集者の視点から見た、作品の魅力や木陰さんの描く親子関係のすごさについて伺いました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「優しさ」と「簡単には終われない現実」の両方が描かれている</h2>

<p><img alt="(C)木陰ひな田／講談社（『虐幸のくるちゃん』より）" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/2607kurucyan28.jpg" /></p>

<p>──『虐幸のくるちゃん』を担当されていて、改めて感じる作品の魅力を教えてください。</p>

<p>【担当編集】今回、木陰さんのお話を聞きながら改めて感じたんですけど、木陰さん自身がくるちゃんやお母さんに向けている視線って、ずっと優しいんですよね。</p>

<p>ただ、優しいだけではなくて、解像度が高いからこそ、そこにある苦しさもしっかり分かった上で描いているんだなというのを感じます。</p>

<p>だから、親を単純な悪役として描かない一方で、「でも現実はそんなに簡単じゃない」ということも、同じくらい力強く描き続けている。</p>

<p>親子関係って、周りから見ると「離れればいい」と思ってしまうこともあると思うんです。でも、実際にはそんなに簡単ではない。</p>

<p>その両方が描かれているところが、作家さんとしてすごいところだなと思います。</p>

<p>──優しさが根底にある作品という感じがしますよね。</p>

<p>【担当編集】そうですね。優しさもあるし、同時に「簡単には終われない」というシリアスさや、ヒリヒリする部分もある。</p>

<p>その両方を描けているところが、本当にすごいなと思います。</p>

<p>すみません、もう読者みたいな感想になっていますけど（笑）。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「毒親漫画」だけでは終わらない作品の魅力</h2>

<p><img alt="(C)木陰ひな田／講談社（『虐幸のくるちゃん』より）" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/2607kurucyan26.jpg" /></p>

<p>──「毒親」を扱った作品というと、怖さやホラー的な要素が強く描かれることも多いと思います。その中で、『虐幸のくるちゃん』ならではの魅力はどこにあると感じますか。</p>

<p>【担当編集】怖さだけではないところが魅力だと思います。</p>

<p>木陰さんが以前からファンだったということもあって、2巻の帯には湊かなえさんからコメントをいただいたんです。</p>

<p>そのコメントが本当にすごくて。</p>

<p>「気づけ、気づけ、気づけ、と祈るしかない。<br />
『くるちゃんは私だ』ではなく、<br />
『くるちゃんのお母さんは私だ』と。」<br />
という言葉をいただきました。</p>

<p>短い言葉の中で、作品に込められているものをすごく正確に捉えてくださっていて。本当に解像度の高い、すごいコメントだなと思いました。</p>

<p>──すごいですね。鳥肌が立ちます。</p>

<p>【担当編集】本当に、何度聞いても嬉しい言葉です。</p>

<p>木陰さんが作品に込めているメッセージを、まさに理解してくださっているというか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>これからさらに広がっていく作品へ</h2>

<p><img alt="(C)木陰ひな田／講談社（『虐幸のくるちゃん』より）" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/2607kurucyan23.jpg" /></p>

<p>──今後『虐幸のくるちゃん』がどのような作品になっていくのか、楽しみにしている読者も多いと思います。</p>

<p>【担当編集】本当に多くの方に届いてほしい作品だと思っています。</p>

<p>親子関係って、誰にとっても簡単に答えが出るものではないと思うんです。</p>

<p>この作品を読んで「自分だけじゃなかった」と感じたり、自分自身の過去や家族との関係について考えるきっかけになったりしたらうれしいですね。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/2607kurucyan27.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 17 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[木陰ひな田(漫画家)]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>会社の肩書きに人格を依存するとどうなる?　「自分の本当の価値を高める」1つの方法  澤円（株式会社圓窓代表）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14700</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014700</guid>
			<description><![CDATA[肩書きと自分のプライドを依存させるのはリスクがある。そう語る株式会社圓窓代表の澤円さんが、肩書きに固執しない価値の高め方を解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="澤円著『思考をアップデートする全技術』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smileman.jpg" width="1200" /></p>

<p>「部長」「課長」「リーダー」――会社で働く中で、前述のような肩書きが与えられた人がいるかもしれません。「肩書きが与えられた＝功績が認められた」ということではありますが、「肩書きに自分の人格とプライドを依存させるのは危険」だと、株式会社圓窓代表の澤円さんはいいます。</p>

<p>本稿では、肩書き抜きでも自分の持つ価値を高められる1つの方法を見ていきましょう。</p>

<p>※本稿は、澤円著『思考をアップデートする全技術』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>肩書きをプライドにするのは不幸の始まり</h2>

<p>自分をより深く理解するには「他者から与えられたもの」に振り回されていないか、そこに注目することが大切です。そして、他者から与えられたものの1つが「肩書き」です。その意味で、僕は肩書きというものにほとんど興味がありません。</p>

<p>日本では高い役職名がつくと、とてもポジティブに受け取ってもらえて、お祝いの言葉をもらえます。すると、称号にプライドが芽生えやすくなります。僕は、所属していた企業から割と高い肩書きを与えられたこともありましたが、そこに自分のプライドを合わせていませんでした。本質的に役職というものは、「企業の顔としての自覚をより一層持ちましょうね」という意識を起こすための称号だと捉えていたからです。</p>

<p>僕がやってきた仕事が会社に認められ、仕事ぶりを評価してくれる人たちが会議などで推薦してくれて、承認するプロセスがあってこそ肩書きは付与されました。ですから、僕のために時間を割いてくれた人がいたことに対してとても感謝しています。喜んでくれる人が周囲にたくさんいることも、僕にとっては嬉しいことでした。</p>

<p>それでも、僕にとって肩書き自体は自分の本質とは別の存在だったのです。周囲の人が喜んでくれていることに対しては、心から感謝して「ありがとう」と言います。でも、僕としては「名刺に追記するものが増えた」という受け取り方をしていただけでした。</p>

<p>肩書きがついて周囲の人が喜ぶ出来事を経験したときに「日本人は本当に肩書きが大切だと思っているんだ」とあらためて肌で感じました。でも、肩書きって「与えられたもの」に過ぎませんよね？</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>肩書きとプライドを一致させる必要はない</h2>

<p>会社から与えられた肩書きは、時として「君はこの肩書きに合わせた状態で動きなさい」という指令のようなもので、これもある意味では同調圧力かもしれない。だって、肩書きとその人物の重要性はまったく相関しないのだから。また、肩書きというのは組織のあり方次第でなくなってしまうこともあるような、頼りない存在だったりします。</p>

<p>それなのに役職的に高い肩書きを与えられると、そこに自分のプライドを合わせてしまう人が本当にたくさんいます。それこそが不幸の始まりです。その肩書きがなくなった途端にプライドごと「自分」がなくなってしまうからです。「あったもの」がなくなることに人は強く抵抗するものですが、やはりそれは、肩書きという与えられたものに自分のプライドを寄せてしまった自業自得に過ぎないのだと思います。</p>

<p>このことをある大企業の社長と語ったことがあります。僕は彼のことが大好きで、個人的にも親しくさせてもらっていました。実は、彼は何度も肩書きを「ゼロリセット」されたことがあるそうです。若くしてある企業の日本支社長などを経験しましたが、その後、転職したときに平社員に逆戻りしたこともあったそうです。それでも、今はまた社長にまで上り詰めました。</p>

<p>彼は上昇志向が極端に強かったり、他者を蹴落としてでも上に行こうとしたりする利己的なタイプではありません。むしろ、社内政治のような世界からは距離を置き、独自路線を貫くタイプだと僕は見ています。そして、そんな彼と話していて深く賛同したのが、まさに「肩書きと自分の人間としてのプライドを合わせる必要はない」ということでした。</p>

<p>年功序列と終身雇用によって1つの会社で一生を終えることが前提になっていたかつての日本では、少しの肩書きの違いにこだわったり、社内で肩書きをつけて呼び合ったりするカルチャーがありました。それが残る会社は今でもたくさんあります。</p>

<p>ある商談のときに、若手の営業担当が製品説明をしていると、商談相手から「君、わかってる？私は部長だよ？」と言われたという話もあります。その人は、「部長である自分には無条件に価値がある」と、肩書きとプライドを一致させてしまったのでしょう。そうなると、異動や定年などでいずれその肩書きがなくなったときに、アイデンティティ・クライシスまっしぐらです。</p>

<p>自分の業績を認められたら、それにプライドを持つのは悪いことではありません。ただ、与えられた肩書きに人格とプライドを依存させるのは極めてリスクがあり、もっと言えばカッコ悪い生き方ではないかなと僕は思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>副業ではなく「複業」で自分の価値を強める</h2>

<p>では、僕が考えるカッコいい生き方とは何か？それは、次のような生き方です。</p>

<p>「自分のプライドを、自分でつくり出す生き方」</p>

<p>だからこそ、僕たちは「外のものさし」を持つ必要があるのです。「外のものさし」をしっかり持っていれば、外の世界で通用しない肩書きなんて必要ありません。「外のものさし」に晒されることは、アウェーで価値が問われることだからです。</p>

<p>自分には価値があるということを外の世界で知るためにも、僕は組織で働く人に対して「複業」を強く勧めています。僕は「副業」ではなく、あえて「複業」という字を使います。その理由は、本業あってのサブの仕事という意味ではなく「どれも本気で取り組む同じ重みを持つ複数の仕事」であることを表現したいからです。</p>

<p>僕はマイクロソフトにいたとき、複数の肩書きを持っていました。マイクロソフトの肩書きと同時に、琉球大学の客員教授や複数のスタートアップ企業の顧問、NPOのメンターなどさまざまな顔を持っていました。すると、異なる組織の人間と関わることになり、その組織によって自分を評価して頼りにしてくれる人はまったく違うものになりました。</p>

<p>もちろん、そんな場所では所属企業の名刺は使いませんでしたし、使う必要もありませんでした。自分単体のバリューで勝負するし、また役に立とうとしたからです。すると自然と「肩書き抜きで自分はどうすれば役に立つことができるのか？」という考え方、つまり「外のものさし」を持つことができました。自分の得意分野や貢献できるものを客観視できるようになったのです。</p>

<p>このような豊かな経験を組織に還元できる人間は、その組織でも大いに力を発揮できることになります。複業することが、自分にとっても組織にとっても良い循環になっていくというわけです。</p>

<p>「そんなの、うちの会社では還元できないよ......」</p>

<p>そう感じたら、それは「転職＝職業をアップデート」するチャンスかもしれません。適性が合わないところで働いている、何よりの証拠だからです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smileman.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 17 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[澤円（株式会社圓窓代表）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>良質な睡眠に欠かせないホルモン「メラトニン」分泌を妨げる悪習慣とは？  保坂隆（精神科医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12383</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012383</guid>
			<description><![CDATA[年齢とともに減少する睡眠ホルモン「メラトニン」を増やすには？ 精神科医の保坂隆氏が解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="メラトニン" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_woman_room.jpg" width="1200" /></p>

<p>眠るのに時間がかかる、深夜や早朝に起きてしまう、熟睡ができない...。60歳以上の3人に1人が「不眠に悩む」といわれ、睡眠のストレスを抱えるシニアが増えています。本稿では、書籍『精神科医が教える 毎日がスッキリする「老後の快眠術」』より、体内時計を調整する「メラトニン」の増やし方についてご紹介します。</p>

<p>※本稿は、保坂隆著『精神科医が教える 毎日がスッキリする「老後の快眠術」』（PHP文庫）より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>体内時計を調整する「メラトニン」が睡眠障害に有効</h2>

<p>「メラトニンが不眠に効くらしい」「メラトニンで免疫力が上がる」といった噂が伝わり始めたのは、20年ほど前からです。そして、1993年、メラトニンを飲んだ人の眠りが深くなるというデータが公表されると、「天然の睡眠薬」として一躍有名になりました。</p>

<p>簡単に説明すると、メラトニンは人の体内時計と連動して、夜眠る頃に自然に分泌される脳内物質で、「睡眠ホルモン」とも呼ばれています。昼間明るい状態ではあまり出ませんが、夜暗くなると分泌量がどんどん増えて、体に睡眠の準備をさせるのです。</p>

<p>この分泌量が減ると、体内時計や自律神経が乱れ、不眠症などの睡眠障害を引き起こす可能性まであります。</p>

<p>ところが、残念なことに、メラトニンの分泌量がピークを迎えるのは十代なのです。一生のうちで幼児期に最も多く分泌され、成長期を頂点として、どんどん分泌量が減っていきます。実は、子どもがよく眠るのも、加齢とともに人の睡眠時間が短くなるのも、この分泌量が関係しています。</p>

<p>すなわち、良質な睡眠をとるのに欠かせないメラトニンは、年齢を重ねるにしたがって減り続け、反対に睡眠障害のリスクは上がるというわけです。</p>

<p>不規則な生活習慣や太陽光を浴びないのも体内時計を乱れさせ、メラトニンを減少させる原因になります。そして、うまく分泌できないと、寝る時間になっても寝つけなかったり熟睡できなくなってしまうわけです。</p>

<p>また、メラトニンには生活リズムを調節する作用があることから、時差ボケの治療に利用されることもあります。この時差ボケの解消法は欧米ではよく知られており、国際線のパイロットや客室乗務員の間では、メラトニンによる時差ボケ解消は広く行なわれているようです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>年齢とともに減少する睡眠ホルモン「メラトニン」を増やそう</h2>

<p>メラトニンは睡眠の質や生活リズムを調整するだけでなく、細胞の老化や酸化を防いで病気の予防までしてくれる貴重なホルモンですから、ぜひとも増やしておきたいものです。</p>

<p>年齢とともに減少するので、意識的にその分を増やす努力をしなければなりません。作るには材料が必要ですが、その材料となるのは脳内の神経伝達物質「セロトニン」です。</p>

<p>セロトニンの不足は、うつ病の主な原因としても知られており、最近とくに注目されています。うつ病の人の多くに、メラトニンとセロトニンの不足が見られることから、ますますその重要性が認められるようになってきました。</p>

<p>セロトニンとメラトニンは、それぞれ自律神経系の働きに連動しています。昼間、交感神経が働いている時間はセロトニンが優位に活動し、夜になって副交感神経が優位になるとメラトニンの分泌が増加するなど、昼と夜で交互に活性化されます。</p>

<p>つまり、昼はセロトニンが正常に機能することで、夜は睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌が促進され、両方の分泌がよくなると、よく眠れるようになるわけです。反対に、セロトニンが不足するとメラトニンの分泌量も減り、不眠症などの睡眠障害やうつ病にかかりやすくなるとも考えられています。</p>

<p>この両者の関係を考えると、メラトニンを増やすには、セロトニンも増やす必要があるということになりますね。</p>

<p>さらに、セロトニンを作る材料は「トリプトファン」という必須アミノ酸なので、なるべく欠かさないように摂ったほうがいいでしょう。というのも、トリプトファンは体内で合成できず、食品で補給するしかないからです。</p>

<p>トリプトファンの多い食品としては、牛乳やヨーグルトなどの乳製品、豆腐や味噌などの大豆製品、カツオやマグロなどの魚類、アーモンドなどのナッツ類が挙げられます。また、トリプトファン以外でも、セロトニンはビタミンやマグネシウム、ナイアシンから合成されます。</p>

<p>しかし、一生懸命にセロトニンを作っていても、メラトニンの分泌を妨げる習慣を取り入れていたのでは意味がありません。そこで、メラトニンの分泌を妨げる習慣も挙げておきますので参考にしてください。</p>

<p>まず、メラトニンは目の網膜から入る光の刺激によって影響を受けるため、睡眠前にまぶしい光を見るのはタブーです。</p>

<p>とくにスマホやパソコンなどの電子機器からは、ブルーライトといって脳を覚醒させる働きのある光が出ています。眠る前にこのような電子機器のブルーライトを目に入れると、メラトニンの分泌が妨げられる可能性があります。</p>

<p>そして、意外に気づかないのが室内のLED照明です。種類によってはブルーライトを多く発するものもあり、一度チェックしたほうがいいでしょう。電球や蛍光管を直接見るのも避けたいので、夜の室内照明はできるだけ「間接照明」を取り入れるといいでしょう。</p>

<p>また、お風呂好きの人の中には「熱いお湯でなければ入った気がしない」という人もいると思います。しかし、安眠という視点からは、眠る直前のあまり熱いお湯はおすすめできません。</p>

<p>ただし、お風呂に入っていったん体温を上げて、眠るときに急速に下がるよう計画的に行動して、眠りやすくするという方法もあります。</p>

<p>さらに、コーヒーや緑茶などに含まれるカフェインの覚醒作用が持続している間はメラトニンの分泌が抑制されるので、寝る時間から逆算して3時間はカフェインの摂取を控えるようにしましょう。</p>

<p>交感神経を興奮させるような行動も控えたほうが無難です。たとえば、夜中に激しい運動をしたり、お酒を飲んだり、ゲームに夢中になるといった行動は交感神経を刺激してメラトニンの分泌を妨げてしまいます。</p>

<p>もちろん、昼間に十分太陽の光を浴びたり、軽くウォーキングをしてストレスを解消するのも大事なことです。日頃からヨガやストレッチ、瞑想などで心身をリラックスさせれば、自律神経も整ってきますから、相乗効果で眠りの質も上がります。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 17 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[保坂隆（精神科医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>もう人間関係で疲弊しない！「いい人」をやめる心の境界線の引き方  下村志保美 (時間×片づけコンサルタント、ファイナンシャル・プランナー、家計アドバイザー)</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14830</link>
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			<description><![CDATA[職場や身近な人との付き合いで「疲れる」と感じる原因は、他人に合わせすぎてしまう「いい人」の姿勢にあるのかもしれません。「心の境界線」を引いて自分を守り、人間関係を楽にする方法を解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smilewoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>あまり気が進まないけど、なんとなく参加している集まりがある。「感じ悪い」と思われそうで、自分の都合を後回しにしがち。本当は必要なくても、親切にされると断れない...そうやって疲れをためているあなたに必要なのは、思い切って「いい人」をやめてみること。本記事では、「心の境界線」の引き方を分かりやすく解説。周囲に振り回されるのをやめ、自分を守りながら良好な人間関係を築くためのヒントをお届けします。</p>

<p>※本稿は、下村志保美著『人生が整うノート』（扶桑社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>一緒にいて「疲れる人」と「元気になれる人」</h2>

<p>つきあう相手を、どう選んでいくか。わかりやすいのは、一緒にいて疲れる人か、元気になれるかという視点です。</p>

<p>あなたの周りに、会うとどっと疲れが押し寄せてくるような人はいますか？ 一緒にいて「自分の話を横取りする（もしくは話を聞いていない）」「愚痴ばかり吐き出される」「否定ばっかりされる気がする」と感じる相手とは、なるべく顔を合わせたくないですよね。</p>

<p>一方で、「話しているといろんなアイデアが湧いてくる」「ありのままでいられる」「帰り道に気分が軽くなる」ような人たちとは、大事に絆を深めていきたいもの。エネルギーをもらえるぶん、こちらからも惜しみなくエネルギーを渡したくなります。</p>

<p>疲れる人と元気になれる人、どちらの人と過ごす時間が多いかで、毎日の質がまったく変わってきます。</p>

<p>ただし、気が進まない人間関係をなんでも切り捨てればいいということではありません。ママ友つきあいなど、子どものことを考えると避けられないような場合も当然あります。</p>

<p>そういうときは、「何のための人間関係か」を明確にするといいかもしれません。そもそもママ友とは子どものための人間関係であり、主役は自分ではないですよね。子育ての一環と思えば、向き合い方も変わってくるはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>周囲の目を気にするのは「他人軸」で生きているから</h2>

<p>誰にでも好かれる人、どこに行っても人気者になれる人って憧れますよね。私自身は、人前に出る仕事をしているので「社交的な人」と思われやすいのですが、実はどの場所でもソツなく振る舞えるタイプではありません。仕事なら平気なのですが、初対面の人が集まるパーティーなどは、いつも心細くなってしまいます。</p>

<p>そんな自分をわかっているからこそ、人づきあいでは周りに合わせすぎず、己の器を超えた「いい人」をやらないようにしています。</p>

<p>私の娘は中学・高校時代に、全国各地への遠征がある部活に入っていました。保護者同士の絆も強く、子どもたちがどこかへ行くとなれば、保護者同士で約束して移動することが多かったです。</p>

<p>あるとき、大阪で大会がありました。みんなでスケジュールを合わせて新幹線で移動しよう！ と盛り上がっていたのですが、私はほかのお世話や予定の都合もあって、1人で飛行機で向かうことにしました。</p>

<p>感じが悪い人と思われてしまったら...そう心配しないわけでもなかったのですが、結果的には何の問題もありませんでした。同時に、単独行動をしている保護者の方はほかにもいることに気づきました。</p>

<p>周囲の目を気にして「好かれる人」「いい人」でいようとするのは、他人軸での生き方です。思いきってやめてみると、新しい世界が見えてくるかもしれません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人間関係にも「固定費」がある</h2>

<p>実は人づきあいにも固定費があります。「積極的に参加したいわけではないが、なんとなく続いているつきあい」のことです。</p>

<p>● 特に深い話はしないけど、毎月集まっている友人グループ<br />
● 本当は苦手なのに、距離を置けない職場の人間関係<br />
● SNSでつながっているけど、もう実際には会わない人<br />
● あまり親しくない親戚の集まり<br />
など、思い当たる節はありますか？</p>

<p>これらは、かつては大切な関係だったかもしれません。でも時間が経てば、関係性は変わっていきます。今の自分にとって時間とエネルギーを取るだけの関係であれば、それは重たい固定費です。</p>

<p>私の場合、夫の転勤の都合もあり、何年かに一度は強制的にご近所づきあいが変わってしまっていたのと、過去の人間関係にあまり執着しないほうなので、「ここから一生抜け出せない！」「苦しい！」という悩みは少ないほうかもしれません。それでも、人づきあいの見直しを定期的にするようにしています。</p>

<p>人間関係の固定費を見直すことは、心のスペースをつくることでもあります。連絡の頻度を減らす、LINEグループの通知をオフにする、たまには参加をスキップするなど、適切な距離をとることが大事です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「境界線」は健全に関わり続けるためにある</h2>

<p>あなたは精神的な「境界線」の概念を知っていますか？ 心理学では「バウンダリー」と呼ばれ、自分と他人の間にある境目を指します。</p>

<p>心の境界線がしっかりしている人は、自分と相手の感情を分けて考えられます。一方で境界線が薄い人は、相手の感情と自分の感情が混ざりがちになります。</p>

<p>共感力が高いのは悪いことではありませんが、「できること」と「できないこと」、自己と他者を切り分けることが大切です。</p>

<p>人間関係について悩みを抱える方の話を聞いていると、意外と「身近な親切な人」に悩んでいたりします。たとえば、「同じマンションに住んでいる人が、子ども服のおさがりを譲ってくれる。本当は必要ないけど、断ると申し訳ないので受け取ってしまう」「義実家から野菜が大量に送られてくる。食べきれなくて腐らせてしまい、申し訳ない気持ちになる」などのケースです。</p>

<p>相手の気持ちを重視しすぎて疲弊することは、不健康な状態です。もし断ることが難しいなら、いったんは受け取っていい。ですが、贈り物は受け取った瞬間にその役目は終了しています。善意はありがたく受け取り、ものは処分したっていいのです。</p>

<p>境界線は、相手を拒絶するためではなく、「自分を守りながら、健全に関わり続けるため」にあります。</p>

<p><img alt="［ワーク］人間関係の「固定費」を見直す" height="1200" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260804jinseinote02.jpg" width="771" /></p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 14 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[下村志保美 (時間×片づけコンサルタント、ファイナンシャル・プランナー、家計アドバイザー)]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>座りっぱなしは喫煙と同じ？産業医が警告する「３大やめとけ」あの行動が健康リスクに！  栗原大智 (総監修) </title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14783</link>
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			<description><![CDATA[ビジネスパーソンがやりがちな行動で、健康リスクとなる可能性のある3つの「やめておいたほうがいいこと＝やめとけ」を産業医が解説。健康に働き続けるための「3大やっとけ」も紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="長時間の「座りっぱなし」は心身に影響を与えるリスクがあるという" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_hirou.jpg" width="1200" /></p>

<p>診察室で医師が患者さんによく語っている「それ、やめといた方がいいですよ」。ストレス等で体調を崩してしまわないために「やらないほうがいいことと」は一体なんでしょうか？産業医のドクターU先生が、働きすぎのビジネスパーソンに向けて警告する「３大やめとけ」、そして心身の健康を保つために、すぐに実行できる「3大やっとけ」を解説します。</p>

<p>※本稿は、栗原大智総監修『＃3大やめとけ』（高橋書店）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「休みの日に仕事の連絡を確認」は&ldquo;やめとけ&rdquo;&rarr;脳が休まらず、燃え尽き症候群・睡眠の質低下に</h2>

<p>ついつい仕事用のメールやチャットを、休日や寝る前にもつい確認してしまう人もいるでしょう。<br />
「ちょっと見るだけ」のつもりでも、仕事の連絡を常に気にしている状態では、脳が十分に休息モードに切り替わりません。<br />
実際、メールやチャットにすぐ返信しなければならないという心理的プレッシャーは、仕事から心理的に切り離すことができず、バーンアウト（燃え尽き症候群）や睡眠の質の低下と関連することが報告されています。</p>

<p>そのため、仕事が終わった後に「仕事のことを考えない時間」を持つことはとても重要です。仕事が終わった後に仕事のことを考えずに過ごす「心理的離脱」は、ストレスからの回復や心身の健康と関連することが示されています。</p>

<p>働き続けるためには、しっかり休むことも仕事の一部です。休みの日や寝る前は仕事の連絡を見ない時間を意識してみてください。スマートフォンの通知をオフにするだけでも、脳は想像以上に休まります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「座りっぱなし」を&ldquo;やめとけ&rdquo;&rarr;病気のリスクの他、気分の落ち込みの原因に</h2>

<p>就労時間が長い日本では、座っている時間も世界的に長いとされています。成人の平均座位時間は約7時間とも報告されており、長時間座り続ける生活が当たり前になっています。こうした状況について、アメリカの非常に有名な医療機関Mayo Clinicの研究者であるJames A. Levineは、「Sitting is the new smoking.（座りすぎは新しい喫煙だ）」という言葉で警鐘を鳴らしています。</p>

<p>座っている状態では下半身の筋肉がほとんど使われないため、血流や代謝が低下しやすくなります。その結果、肥満、糖尿病、心血管疾患などのリスクが高くなると報告されています。また、長時間の座位は身体面だけでなく、気分の落ち込みや幸福感の低下など、メンタル面にも影響する可能性が指摘されています。</p>

<p>近年では「座りすぎ」自体が独立した健康リスクとして注目されており、こまめに立ち上がったり体を動かしたりすることの重要性が指摘されています。でも、仕事や作業に集中していると、気づけば何時間も座りっぱなしということも少なくありません。</p>

<p>可能であれば立って作業する時間を取り入れ、難しい場合でも15～30分に一度は立ち上がって体を動かすことを意識しましょう。つい忘れてしまう場合は、立ち上がるタイミングを知らせてくれるアプリを活用するのも一つの方法です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「社内のストレスやハラスメントの放置」を&ldquo;やめとけ&rdquo;&rarr;頭の中のモヤモヤは毎日「書いて」吐き出す</h2>

<p>仕事にストレスはつきものです。適度な緊張やプレッシャーは集中力を高めたり、成長のきっかけになることもあります。一方で、強すぎたり長く続いたりするストレスは、心身に大きな負担を与えることがあります。</p>

<p>実際、働く人の約7割（68.3％）が仕事や職業生活の中で強い不安や悩み、ストレスを感じているとされています。ストレスを放置するとメンタル不調につながり、休職に至るケースも少なくありません。</p>

<p>そこでおすすめしたいのが「ジャーナリング」です。これは頭の中のモヤモヤを紙やスマートフォンのメモに書き出す方法です。James W.Pennebakerらの研究では、感情的な出来事を15〜20分ほど書き出す作業を数日間行ったところ、気分や健康指標の改善が報告されています。</p>

<p>例えば「今日イラっとしたこと」「なぜ気になったのか」などを短く書くだけでも構いません。感情を言葉にすることで思考が整理され、ストレスを客観的に捉えやすくなります。<br />
まずは1日3分、今日あった出来事をメモに書くところから始めてみましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>産業医が教える&ldquo;3大やっとけ&rdquo;</h2>

<p>■有給休暇を「体調管理」に使う<br />
有給休暇は単なるリフレッシュのためだけの制度ではありません。健康診断で異常を指摘された際の二次受診や通院など、自分の健康を守る時間として活用することも大切です。疲労をためたまま働き続けると、集中力や判断力が低下し、体調不良や事故のリスクも高まります。働き続けるためにも、計画的に休みを取りましょう。</p>

<p>■会議は「立って」やる<br />
長時間座り続ける生活は健康リスクを高めることが知られています。最近では立って行う「スタンディングミーティング」を取り入れる職場も増えています。立った状態の会議は時間が短くなる傾向があり、座りすぎの予防にもつながります。デスクワーク中心の人ほど、体を動かす機会を意識的に作ることが大切です。</p>

<p>■会社以外の居場所を作る<br />
「仕事がすべて」という状態になっている方は少し注意が必要です。仕事だけに生活の軸を置くと、職場でうまくいかないときに精神的な負担が大きくなりがちです。趣味やサークル、地域活動など、仕事以外にも居場所を持つことは心理的な安定につながります。</p>

<p>【答えてくれた先生】<br />
ドクターU<br />
大手不動産企業専属産業医および中小企業の顧問医・嘱託産業医として首都圏で活動<br />
※所属は2026年4月現在</p>
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						<pubDate>Fri, 14 Aug 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[栗原大智 (総監修) ]]></dc:creator>			
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