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		<title>PHPオンライン</title>
		<link>https://shuchi.php.co.jp/</link>
		<description>PHP研究所が運営する「悩み、不安、心理」がテーマのWEBメディア。著名人のインタビューや専門家のアドバイスなどから、「無理なく生きる」ヒントを紹介。</description>
		<dc:language>ja</dc:language>
				<copyright>Copyright PHP研究所　All rights reserved.</copyright>
		
				<pubDate>Thu, 02 Jul 2026 18:15:00 +0900</pubDate>
						
				<item>
			<title>「失恋は自分を知るための仕組み」又吉直樹×たなかみさきが語る、マッチングアプリ時代の恋愛  又吉直樹（お笑い芸人）,たなかみさき（イラストレーター）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14385</link>
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			<description><![CDATA[又吉直樹さんとたなかみさきさんが、共著で失恋を詠ったカルタを刊行。お二人に恋愛にまつわる話をうかがった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="たなかみさき　又吉直樹" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260603tanakamisakimatayoshi02.jpg" width="1200" /></p>

<p>マッチングアプリの台頭、若い世代の恋愛離れ......恋愛を取り巻く環境は変化しつつあるなかで、人の悩みに多いのは今も昔も恋愛のこと。</p>

<p>お笑い芸人で芥川賞作家の又吉直樹さんと、人気イラストレーターのたなかみさきさんによる初の共著『失恋カルタ』の発売を機に、昨今の恋愛をめぐる風潮や、恋愛から生まれる負の感情との向き合い方をお二人にお聞きしました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>振り返ってみると、失恋が創作に活きていた</h2>

<p>――まず、失恋に対するお二人のイメージをお聞きしたいです。</p>

<p>【又吉】普通に生きていたら、失恋は結構あるものだなと思っていて。自分から進んで失恋したいとは思わないんですけど、結果的に失恋をして、それが学びになったとか、その後の生活の仕方や創作に活かせてしまったということはありますね。</p>

<p>もちろん創作のために失恋しているわけじゃないし、できれば無いに越したことはないんですけど。</p>

<p>振り返った時に全く無駄だったとは思わないというか、やはり自分の人生には必要なものだったような、今の自分を作っている要素として、失恋の経験はあるのかなと思いますね。</p>

<p>――『失恋カルタ』の読み札も、ご自身の実体験から？</p>

<p>【又吉】そうですね。自分でも自覚しているような部分を相手側の視点から指摘したものや、一致する体験はないけれど、これに近いようなシチュエーションがあったなというものを創作で作ったものを混ぜています。</p>

<p>――たなかさんはいかがでしょうか。失恋が創作に活きる、という感覚はありますか。</p>

<p>【たなか】完全に活きていますし、染みついてしまっているというのもあるんですけど、やはり相手ありきのものなので、失恋って。なかなか一言では難しいですが、傷つけられたし傷つけてしまった結果、お互いに対等だなと思えれば、それが一番かなと。</p>

<p>失恋することによってお互いがフラットに戻れたらいいですよね。パートナー同士が対等じゃなかったことで起こる失恋はあると思うので。別れて関係性が良くなるのが理想かなと思います。</p>

<p>――たなかさんは、別れて関係性が良くなることはよくあったのですか？</p>

<p>【たなか】半々ぐらいですね。別れる時に「結婚するかビジネスパートナーになるか選んでください」という別れ方をしたことがあって、結果的にビジネスパートナーとして続いている関係があるんです。そういうこともできるんだという発見がありました。</p>

<p>――元恋人がビジネスパートナーに。</p>

<p>【たなか】お互いのできること、できないことを一番知っているから、ビジネスパートナーになれるんですよね。有難いことだと思っています。</p>

<p>【又吉】なかなか珍しいと思いますけどね。たしかに恋愛で二人で作り上げていった関係性とか、相互に知ってしまったことを、何かに活かせるなら活かせた方がいいですよね。</p>

<p>【たなか】物書きや作家じゃなくても、活かせる場所はあると思います。ただ、その目的が逆転してしまうととんでもない人間になりそうですけど。恋愛のためだけに恋愛があるわけじゃないと思います。人間同士ですから。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「恋愛を持ち込まない誠実さ」を錯覚するようになった？</h2>

<p>――お二人とも失恋が創作につながった実感もあるとのことですが、最近は&quot;恋愛離れ&quot;が起きているとも言われますし、出会いにおけるマッチングアプリが当たり前にもなりましたね。そんな中、恋愛経験は何をもたらしてくれると思いますか。</p>

<p>【又吉】恋愛を経験することで、自分のことが具体的にわかる部分はあると思います。いい部分だけじゃなく悪い部分でもそうで、自己嫌悪に陥る人もいると思うんですよ。自分の弱点がわかるし、相手に指摘してもらうことで長所も掴めたりとか、自分だけではわからないものを知れる。</p>

<p>ただ、恋愛を経験していなければ自己肯定感がもっと高いままだったのに、ということもあると思うので、一長一短、必ずしもポジティブな影響とは限らないですね。相手に指摘されて自分をより知れるという仕組みとして働くことはあるのかなと思います。</p>

<p>【たなか】マッチングアプリは相手をカテゴリー分けして、ラベリングしてしまうことがあると思うんですよね。肩書きとか数字で相手を見てしまうような。</p>

<p>現代の風潮として、予測不能なことにどんどん弱くなってきている感覚があります。自分一人でさえ人生は予測不能なのに、二人以上になるとさらに何倍も予測不能なことが起こる。本来、恋愛はそれをどう乗り越えていくかなのかな、と思うんです。</p>

<p>【又吉】相手のステータスを先に考えるんじゃなくて、好きだなという人がたまたまどういう人だったかという順番で、好きになった人が仕事で成功を収めたからより好きになるとか、うまくいかなかったから嫌いになるというのは、本来はあまりないんじゃないかなと思うんです。</p>

<p>私たちには生き物として、お互いの関係性を築いていける能力が備わっているはずですけど、最初に年収だったり数字みたいなもので提示された時に、ちょっと大事なものを失っているのかなという気はしますね。失敗はしにくいんでしょうけど。</p>

<p>【たなか】やはり恋愛の目的はそこじゃないという印象があります。結婚となるとその辺は重要なのはわかる気はするんですけど。</p>

<p>私自身は&quot;面白い人生を送りたい&quot;が優先されてしまうので、むしろあまり共感してもらえないこともあるんですが。</p>

<p>――マッチングアプリがあることで、最近はリアルで出会ったとしても恋愛対象として見えづらいような空気感がある気がします。</p>

<p>【又吉】マッチングアプリだとお互い恋愛を始めるつもりでスタートするから、安全性も高いかもしれないですよね。</p>

<p>友達や仲間と趣味などの話をしていて「気が合うな」から恋愛が始まるのも、きっと減ってきているということなんでしょうね。</p>

<p>【たなか】他者に対して、「こういう人でこういうところが素敵なんだろうな」と予測したら上手くいかない気がするんです。違ったらがっかりしてしまう。相手を見たいように見ないということも大事かもしれないですね。相手をそのままに見ておかないと、齟齬が起きた時に心が揺さぶられてしまう。</p>

<p>【又吉】もちろんマッチングアプリを否定するつもりはないですが、ここ最近はマッチングアプリというものを、悪いものじゃないと社会全体で受け入れた雰囲気があるじゃないですか。となると、恋愛はそこでできるなら、職場や趣味の場所などは恋愛とセパレートした方が、その場所の純粋性が高まるみたいな、恋愛を持ち込まないことの誠実さみたいなものへの錯覚が生まれていると思うんです。そういう雰囲気の中で色気を出したりすると相手がすごく驚いて引いてしまうということはどんどん起こるでしょうね。</p>

<p>――かつては職場内恋愛も盛んでしたが、今は職場でそういう色恋っぽい雰囲気があることも少なくなったような...。</p>

<p>【たなか】えー、そうなんですね！私には通う職場がないので、オフィスラブに夢がありすぎて。向かいのデスクの人と内緒で付き合ってるとか....想像は膨らむんですけどね(笑)。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>恋愛が引き起こす&ldquo;負の感情&rdquo;との向き合い方</h2>

<p>――恋愛って負の感情を伴うことの方がどちらかというと多いと思います。嫉妬だったり、恨みだったり。お二人はそういった感情とどう向き合ってきましたか。</p>

<p>【又吉】基本的に僕は自立しているという自覚があるので、恋愛がうまくいかなかった時に相手を恨むということはあまりないですね。例えばコンビの活動において、仕事がうまくいかなかった時に相方のせいだと思わないとか、仮に売れなかったとして、相方にちゃんとしてほしいとあんまり思いません。</p>

<p>自分にもっとできたことがあったんじゃないかと考えたいし、別れたとしても自分一人でもちゃんと何かができるという気持ちでいたい。一時的に腹立つことはあると思いますけど、時間が経てばそれぞれ事情があるしなという感情になりますかね。</p>

<p>――あまり引きずらないんですね。</p>

<p>【又吉】自分の人生を生きているわけですから。自分事としてこの日常を送りたいという気持ちの方が強いですかね。</p>

<p>いろんなケースがあると思うんですけど、例えばパートナーにすごく時間を捧げたとか、金銭的なバックアップをしていたとか、それが別れて戻ってこないとか、非対称な関係性だった場合に恨みが残りやすい。だから付き合っている時にできるだけそういうことがないように、お互いフラットな関係性の方がいいのかなと思いますけどね。</p>

<p>【たなか】大事ですね。言い聞かせにも近いんですけど、私はひどい別れ方をしたとしても、無駄じゃないって思うことが大事だなと思います。</p>

<p>楽しかった時を思い出したりとか、これがあったから今があるとか、失恋にフォーカスするより、もっと広い人生の中の大事な一場面として捉えると、乗り越えられるかなと思います。相手だけを見ていると乗り越えるのが大変かもしれない。自分を見つめてみたり、人生について考えてみるといいかもしれません。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 02 Jul 2026 18:15:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[又吉直樹（お笑い芸人）,たなかみさき（イラストレーター）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>センサー式ライトで虫を捕獲する頭脳派も　投稿者に聞いたタヌキ動画がバズり続ける理由  樫尾キネ（福島県産シニアVtuber）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14524</link>
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			<description><![CDATA[思わず笑ってしまうほど愛らしいタヌキのポンポコエピソード。タヌキ投稿が話題の福島県産シニアVtuber・樫尾キネさんに話をうかがった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="タヌキ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260717tanuki01.jpg" width="1200" /><br />
写真：丸くて可愛らしく、紅花のように有名になって愛されるようにという願いを込めて「べにまる」と名付けられた（写真提供：河北町児童動物園）</p>

<p>「大型動物用の罠にかかったたぬき、たぬきなら出られるくらい隙間があるのに『たぬきはもうおしまいです......』という顔で、ずっと檻の中にいた。檻を開けても『もうおしまいだからほっておいて......』とでも言いそうな哀愁を帯びたまま、なかなか出てこず、抱っこで出された。」</p>

<p>――9千650万表示、27万いいね、約3万リポストという数字を叩き出したこのポスト。投稿したのは福島県を活動拠点とするVtuber樫尾キネさんです。ＸやYouTubeで地元の魅力を発信する一方、日常的に出会うタヌキについて度々投稿しています。タヌキとの関係、なぜ人々はタヌキに魅了されるのか？　そしてタヌキの賢さが垣間見えるエピソードとは......『タヌキまるごとBOOK』に掲載された樫尾キネさんのインタビューを増補・再編集してお届けします。（画像は全て『タヌキまるごとBOOK』より）</p>

<p>※前後編の後編です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>タヌキがソリを一生懸命運んでいた</h2>

<p>――タヌキがここまでバズると思いましたか？</p>

<p>私にとっては、タヌキがいるのは「日常」だったので、こんなに反響があるとは思わず、とても驚きました。今はタヌキを物語や画面の向こうでしか見たことがない方が多いことにもびっくり。タヌキエピソードをきっかけに、タヌキとはどんな存在で、どうように生きているのか、知ってもらえたら嬉しいです。</p>

<p>――なぜこんなにも反響が大きいのでしょう？</p>

<p>昨今のインターネットでは、見たくない争いや、マイナスな話題が多く、疲弊してしまいます。そんな時に、タヌキのちょっとポンコツでポンポコな話が流れてきたら、なんだか嬉しいかもしれない。きっと、タヌキエピソードを喜んでくださる皆さまも、同じような気持ちなのでは？ と思っています。</p>

<p>―― 初出しのポンポコエピソードがあれば教えてください。</p>

<p>孫たちを連れて、近くの運動公園に雪遊びによく行っていました。ソリ遊び、雪合戦、かまくらや雪だるま作り、様々なことで遊びます。雪だるまの顔のために、葉っぱや枝を探しに少し離れた時でした。近くに置いていたはずの、小さい子ども用ソリがなくなっていたんです。雪にはしっかり、ソリを引いた跡があり、それをたどってみると、2匹のタヌキがソリを一生懸命運んでいたんです。</p>

<p>孫が「タヌキだあー！」と声を出すと1匹はすぐに逃げたのですが、もう1匹はヨイショヨイショと頑張って、まだソリをあきらめていなかった。</p>

<p>どうしようと思っていると、逃げて行ったタヌキが飛んできて、ソリをひっぱり続けるタヌキに体当たりし、そのまま2匹で逃げて行きました。そんなに欲しかったの？　という、印象的なエピソードです。</p>

<p>また、最近は庭や軒先のセンサー式のライトをわざと光らせて、そこに集まる虫を食べている姿を見たことがあります。ライトの仕組みを理解して活用する賢いタヌキでした。虫を捕まえようとする姿が踊っているみたいでしたが、実は真剣な食事というギャップが面白かったです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>タヌキに会いに行くには</h2>

<p><img alt="タヌキ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260717tanuki02.jpg" width="1200" /><br />
アクアマリンふくしまのタヌキ（撮影：樫尾キネ）</p>

<p>――「ほんもののタヌキを見たい！」と思ったらどうすればいいでしょうか？</p>

<p>ぜひ動物園などで飼育されているタヌキに会いに行ってみてください！　でも野生のタヌキを見かけても、触ったり餌をあげたりしないでくださいね。タヌキは&quot;野生動物&quot;です。だいじなこと。私は畑を守るために自然と関わり、その中で見たタヌキの一部をお話ししています。かわいいだけじゃ済まない現実もあります、適切な距離で暮らしましょう。</p>

<p>そして、じつは&quot;水族館&quot;にもタヌキがいるんです！　私の地元、福島県には「アクアマリンふくしま」という水族館があります。入館してすぐのエリアに「わくわく・はじまりの森」という、福島県浜通りの里山、自然環境を再現した体験エリアがあります。その入り口の目の前にホンドタヌキがいます。</p>

<p>エリア全体を通して自然環境を学び、タヌキや野生動物、生態系がどのように形作られるか、学ぶことができます。「ためフン」のレプリカも必見。タヌキがお出迎えしてくれる水族館、みなさんもぜひ行ってみてくださいね。</p>

<p>――会いにける推しタヌキはいますか？</p>

<p>私は親戚のさくらんぼの手伝いで、よく山形県に行きます。その際に立ち寄るのが河北町児童動物園です。山形県の野生鳥獣救護所にも指定されており、怪我をした動物の保護も行っています。そこで暮らしている「べにまる」というタヌキさんが、数年前に旅立った愛犬にそっくりで、ひとめぼれしました。ごはんを食べている姿を見るだけでなんだか、もう、嬉しくって。近くに行ったら必ず立ち寄ります。</p>

<p>―― タヌキストに興味を持ちはじめた皆さんにメッセージをお願いします。</p>

<p>最近、タヌキに注目してくださる方が増えていて、とっても嬉しいなと思います。昔からタヌキたちが必死に生きている姿を見てきました。畑の大根を守るためににらみ合ったこともあります。それでも、愛すべき隣人であると思っています。</p>

<p>昔から、タヌキは人に愛されてきたとも感じます。焼き物や物語、様々なタヌキが活躍しています。きっと昔から身近な動物だったのだと思います。ですが、最近は「死んでいる姿しか見たことがない」なんて言われることもありました。</p>

<p>タヌキがかわいいと思ってくださった皆さん！　心身に余裕がある時でかまいませんので、そのかわいさの奥を、タヌキや野生動物たちの生きる今を、動物園や様々な場所で、知っていただけたら嬉しいです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260717tanuki01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 02 Jul 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[樫尾キネ（福島県産シニアVtuber）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>話が面白い人は何が違う？ 話し上手が使う「2つの簡単なテクニック」  岡崎かつひろ（作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14473</link>
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			<description><![CDATA[話がわかりにくい、面白く伝えられない人へ。PREP法とストーリーテリングで人を惹きつける話し方を解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="面白い話し方" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_talking.jpg" width="1200" /></p>

<p>「話がわかりにくい」「面白く伝えられない」と感じたことはありませんか。人を惹きつける話し方には、伝え方の型があります。結論から話す「PREP法」と、聞き手の感情を動かす「ストーリーテリング」を意識するだけで、会話や説明はぐっと伝わりやすくなります。</p>

<p>本記事では、書籍『すぐできるのに99％の人はやっていない「好かれる人」になる55のコツ』より、話し上手になるための実践的な方法を紹介します。</p>

<p>※本稿は、岡崎かつひろ著『すぐできるのに99％の人はやっていない「好かれる人」になる55のコツ』（三笠書房）より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>話の順序にこだわるだけで話し上手になれる</h2>

<p>●起承転結で話さない</p>

<p>話がわかりやすい人ほど好かれる。これはもう、語る必要がないほどに当たり前ですね。</p>

<p>では、ここで問題です。はたして、Ｂさんの話はいかがでしょうか？</p>

<p>Ａさん「おい、Ｚ社に出す資料、いつになりそう？」<br />
Ｂさん「はい、Ｃ部長から『なるはやで頼む』と言われたものがあって......」</p>

<p>Ａさんが「いつになるのか？」を尋ねているのに、Ｂさんは自分の事情から話しているせいで、「結論が見えない......」と感じたことと思います。</p>

<p>こういったまわりくどい話し方をしてしまうことには、原因があります。</p>

<p>それは、起承転結で話そうとしてしまうこと。起承転結の由来は、中国の漢詩における代表的な詩型の一つである「絶句」というものです。</p>

<p>あなたも学生のときに、漢文を日本の文章に直したことがあったでしょう。レ点とかつけましたよね。ひっくり返さないと日本の文章にならないのです。</p>

<p>つまり、そもそも日本の文法と合っていないし、日本人的に面白い文章ではありません。しかし、多くの方は「起承転結で話しなさい」と教わります。それでは、話が面白くならないのは当然です。</p>

<p>話の順序を変えるだけで、面白い話をする人もしくは、わかりやすい話をする人に変わることができます。</p>

<p>たとえば「事件です!」から伝えられたら、興味を持ちますよね。ことの起こりを先に言われても退屈です。</p>

<p>・ビジネスでわかりやすい話し方をするなら「結」から話してみる<br />
・面白い話し方をするなら「転」から話してみる</p>

<p>こんな工夫をしてみましょう。多くの方があなたの話に興味を持つようになります。</p>

<p>冒頭の例を見てみましょう。Ｂさんの話はおそらく「Ｚ社への資料は1日2日ではできません」が結論でしょう。その「起」になる部分、「Ｃ部長から言われたときの状況」を丁寧に話したところで、Ａさんは結論が見えず、イライラするだけです。</p>

<p>好かれる話し方の第一歩は、起承転結を疑うことから始めましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>わかりやすく話せるPREP法</h2>

<p>ビジネスの世界では「結論から話せ」とよく言われます。とくに日本語は結論が最後にくる言語なので、何を言いたいのか途中ではわからないことも多いです。だから結論から話して、わかりやすく伝えることを意識する必要があります。</p>

<p>わかりやすく伝えるために、おすすめの話し方はPREP法と言われる手法です。</p>

<p>結論・要点（Point）&rarr; 理由・根拠（Reason）&rarr; 具体例（Example）&rarr; 結論・要点（Point）という順番で話します。</p>

<p>結論：好かれたいなら笑顔でいなさい。<br />
理由：なぜなら、笑顔の人と一緒にいるとポジティブになることができ、多くの人はポジティブでいたいと考えているからです。<br />
具体例：たとえば、みんなに好かれている〇〇さんはいつも笑顔ですよね。<br />
結論：だから好かれたいなら、笑顔でいることが大切なのです。</p>

<p>こういった具合です。とくに理由や具体例はたくさんあればあるほど説得力が増し、わかりやすくなりますよ。PREP法、使っていきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人を惹きつける! ストーリーテリング</h2>

<p>人を惹きつける話し方をする人ほど、ストーリーで伝えることが上手です。事実という無機質な情報では記憶に残らなかったものが、ストーリーでイメージさせることによって相手の右脳に働きかけ、記憶に残りやすくなるのです。</p>

<p>実際、心理学とマーケティングを研究するスタンフォード大学ジェニファー・アーカー教授は、このように言っています。</p>

<p>「人間は論理的な事実に比べて、物語のほうが22倍も記憶に残りやすい」</p>

<p>しかし、面白いストーリーもあれば、つまらないストーリーもあります。一番つまらないストーリーは「時系列で話す」という方法。聞いている人は退屈してしまいます。</p>

<p>面白い話ができる人は「起承転結」で言えば「転」から話すことが多い。「転」はつかみのようなものと考えておけばいいでしょう。「この前、びっくりすることがあったんだけど」「夢みたいなことが起こったんだよね」などと話し出します。すると、その先が気になり、最後にオチまでつけば話は完璧です。</p>

<p>「いやいや、そんな簡単にできないよ」と、こんな声が聞こえてきそうですね。たしかに簡単ではありません。だから最初は漫才などを参考にしてみて、なんならパクらせてもらいましょう。それで稼ぐわけではないですから問題ありません。</p>

<p>私の尊敬するスピーカーの方は、古舘伊知郎さんが一人舞台で披露した「薬局ドリンク売り」を一言一句までコピーして、話す練習をしたとおっしゃっていました。</p>

<p>そうやって真似をして何度か話すうちに、面白い話の構成もわかってくるはずです。あなたの好きな芸人さんでよいので、コピーしてみましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_talking.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 02 Jul 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[岡崎かつひろ（作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>三島由紀夫賞に『はくしむるち』 豊永浩平さんが戦後80年で向き合った「沖縄と救済」  Moguru編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14589</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014589</guid>
			<description><![CDATA[三島由紀夫賞を受賞した豊永浩平さん『はくしむるち』。贈呈式で語られた戦後80年、沖縄への思いについてレポートします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="豊永浩平さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260629Miashimayukio01.jpg" width="1200" /><br />
豊永浩平さん</p>

<p>2026年6月26日、第39回三島由紀夫賞の贈呈式が行われました。三島由紀夫賞は、小説、評論、詩歌、戯曲を対象に「文学の前途を拓く新鋭の作品一篇」に贈られる賞で、受賞作は豊永浩平さんの『はくしむるち』（講談社）です。</p>

<p>『はくしむるち』は、沖縄を舞台にした長編小説です。現代の沖縄を生きる少年少女たちと、80年前の戦場を生きた少年兵たちの物語が交錯し、現在と戦中・戦後の時代を行き来して描かれる作品です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「22世紀になっても小説を書いてください」</h2>

<p><img alt="高橋源一郎さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260629Miashimayukio02.jpg" width="1200" /><br />
高橋源一郎さん</p>

<p>選考委員を代表して選評を述べた高橋源一郎さんは、まず最終候補作5作がそれぞれに魅力を持っていたと説明しました。そのうえで、最終的に間宮改衣さんの『弔いのひ』と、豊永さんの『はくしむるち』の2作が残り、選考委員の間で意見が分かれ、白熱した議論が展開されたものの、受賞作は『はくしむるち』に決定しました。</p>

<p>高橋さんは、豊永さんについて「23歳だそうです。なのにこんなに上手に小説が書けてどうするのですか」と述べ、さらにデビュー作『月ぬ走いや、馬ぬ走い』（講談社）で群像新人文学賞と野間文芸新人賞を受賞していることにも触れ、「やりすぎです」とユーモアを交えて紹介。</p>

<p>『はくしむるち』の生と死の境界が揺らぐ世界観の魅力に触れつつ、そのうえで、「豊永さんの素晴らしいところは書きたいことがあるところです」と語り、さらに「その書きたいことが世界の重要な何かに繋がっている」と評しました。</p>

<p>選評の最後に高橋さんは、豊永さんが2101年にもまだ98歳であることに触れ、「22世紀になっても小説を書いてください」と呼びかけ、祝意を伝えました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「救済はいつやってくるのか」を考えた</h2>

<p><img alt="左から、川端康成賞を受賞した古川真人さん、山本周五郎賞を受賞した蝉谷めぐ実さん、豊永浩平さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260626yamamotoshugoro03.jpg" width="1200" /><br />
左から、川端康成賞を受賞した古川真人さん、山本周五郎賞を受賞した蝉谷めぐ実さん、豊永浩平さん</p>

<p>続いて登壇した豊永さんは、東京に来て1年になると話し、『はくしむるち』は沖縄と東京を行き来しながら書いた作品だと説明しました。戦後80年という節目が近づくなかで意識していたのは、前作『月ぬ走いや、馬ぬ走い』のラストシーンを希望が見えるような形に再考したいということでした。</p>

<p>そこで注目したのが、沖縄で広く知られる「命どぅ宝（命こそ宝）」という言葉です。その出典として、山里永吉さんの戯曲『首里城明け渡し』にある「いくさ世もしまち みろく世もやがて 嘆くなよ臣下 命どぅ宝」という一節を挙げ、豊永さんは「命どぅ宝」の前に置かれた「みろく世」という言葉に目を向けたと語りました。</p>

<p>「みろく世」とは、弥勒が現れて人々を救済する世を指す言葉です。「救済はいつやってくるのか、もし今やってくるのだとしたら、どのような形で現れるのか」、その問いについて考えながら、作品を書き進めたと述べました。</p>

<p>また豊永さんは、6月23日の慰霊の日を初めて東京で過ごしたことにも触れました。その日、自身の小説の読者と出会ったといいます。その読者は、もともと沖縄に強い関心を持っていたわけではなかったものの、近年の文学賞受賞作などを読むなかで豊永さんの作品にたどり着いたそうです。その経験について、豊永さんは「全くの外部に、自分の小説も届くことができたんだ」という感動を抱いたと語りました。</p>

<p>スピーチの後半では、『はくしむるち』の重要なモチーフとして登場するウルトラマンにも言及。沖縄出身で『ウルトラマン』の脚本家を務めた金城哲夫さんについて、&quot;日本と沖縄の架け橋になりたい&quot;と語っていた人物として紹介しました。</p>

<p>自身が金城さんの名を出して語ることは「おこがましい」と前置きしつつ、ウルトラマンをモチーフに小説を書き、その作品を通じて外部の読者と出会えたことについて、「本当にこの作品を書いてよかった」と話し、スピーチを締めくくりました。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260629Miashimayukio01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 02 Jul 2026 11:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[Moguru編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>山本周五郎賞が「すごく欲しかった」　蝉谷めぐ実さん『見えるか保己一』受賞で喜び語る  Moguru編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14578</link>
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			<description><![CDATA[山本周五郎賞を受賞した蝉谷めぐ実さん『見えるか保己一』。贈呈式での蝉谷さんの喜びの言葉と、選考委員・伊坂幸太郎さんによる選評をレポートします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="蝉谷めぐ実さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260626yamamotoshugoro01.jpg" width="1200" /><br />
蝉谷めぐ実さん</p>

<p>第39回山本周五郎賞の贈呈式が、2026年6月26日に開催されました。山本周五郎賞は、すぐれた物語性を有する新しい文芸作品に贈られる賞です。今回の受賞作は、蝉谷めぐ実さんの『見えるか保己一』（KADOKAWA）です。本稿では贈呈式の様子をレポートします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「強い個性と創造力」が発揮された作品</h2>

<p><img alt="伊坂幸太郎さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260626yamamotoshugoro02.jpg" width="1200" /><br />
伊坂幸太郎さん</p>

<p>受賞作『見えるか保己一』は、江戸時代後期に活躍した全盲の国学者・塙保己一を主人公とする長編小説です。幼少期に失明しながらも学問を志し、やがて『群書類従』の編纂という大事業に取り組んだ人物を描いています。</p>

<p>選考委員を代表して選評を述べた伊坂幸太郎さんは、本作に強い個性と創造力を感じたと語りました。当初は実在の人物を扱うことで作者の個性が出にくい作品かもしれないと考えていたものの、実際には「読んでいてドキドキする」小説だったと、伊坂さんは振り返りました。</p>

<p>さらに本作について「他の作家が書いたら多分こうはならない」と述べ、史実を題材にしながらも、蝉谷さんならではの小説として成立している点を評価しました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「小説家になって良かったと心底思う」</h2>

<p><img alt="左から、川端康成賞を受賞した古川真人さん、蝉谷めぐ実さん、三島由紀夫賞を受賞した豊永浩平さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260626yamamotoshugoro03.jpg" width="1200" /><br />
左から、川端康成賞を受賞した古川真人さん、蝉谷めぐ実さん、三島由紀夫賞を受賞した豊永浩平さん</p>

<p>続いて登壇した蝉谷さんは、山本周五郎賞への思いを率直に語りました。</p>

<p>自身が候補に挙がっていない時でも、選評を読み込んできた賞だったと明かし、「すごくすごく欲しかった賞だったので、こうして候補に挙げていただいて頂戴できたこと、心から嬉しく思います」と喜びを述べました。</p>

<p>また、伊坂さんの選評をその場で聞けたことについて、蝉谷さんは「小説家になって良かったなと心底思う」と話しました。</p>

<p>蝉谷さんは、本作『見えるか保己一』で、実在の人物を主人公にすることに大きな覚悟が必要だったと述べました。人物の一生を小説として描くためには、どうしても再構成する部分が生じます。その行為が失礼にあたるのではないかという迷いを抱えながらも、保己一に向き合ったといいます。</p>

<p>さらに、全盲の人物を描くことについても、慎重に取り組んだと話します。自分に都合のよい形で解釈していないかを考えながら、全盲の文化人類学者である広瀬浩二郎さんに取材を重ねて執筆。完成した作品について広瀬さんから肯定的な言葉をもらえたことを、蝉谷さんは「大切にしたい言葉」として受け止めていると明かしました。</p>

<p>最後に「小説は薬にも毒にもなる」という認識のもと、「この一文が人を傷つけるかもしれないし、でも同時に救うかもしれない。だからこそ今後も覚悟と責任を持って書き続けていきたい」とスピーチを締めくくりました。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260626yamamotoshugoro01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 02 Jul 2026 10:45:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[Moguru編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「雨」を表す言葉は1200種類?　雨を「天気」ではなく「風景」として愛でる日本人の感性  ノダカズキ（ネイチャーガイド）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14596</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014596</guid>
			<description><![CDATA[ネイチャーガイドのノダカズキさんが、日本人による「雨」の捉え方について解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="雨" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_rainy_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>ネイチャーガイドとして活動し、ポッドキャスト番組「ミモリラジオ」などを通じて日常に潜む自然の魅力を発信し続けているノダカズキ氏。</p>

<p>同氏の著書『自然はすごい いつもの道が美しく見える5つの視点』（ディスカヴァー・トゥエンティワン）では、都会の片隅や日々の食卓にある「自然のサイン」を読み解く新しい視点が紹介されています。</p>

<p>せっかくの休日が雨だと、つい「あいにくの天気だ」と残念に思ってしまいがちです。しかし、古来、日本人は雨を単なる気象現象としてではなく、情緒豊かな「風景」や「気配」として捉えてきました。</p>

<p>日本語に存在する1200種類もの雨の表現から、私たちの毎日を美しく変える「ものの見方」を紐解きます。</p>

<p>※本稿は、ノダカズキ著『自然はすごい いつもの道が美しく見える5つの視点』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>傘の所持数世界一。日本は「雨の国」である</h2>

<p>日本は、雨の国です。台風、梅雨前線、秋雨前線と、雨を降らせる気象現象がたくさんあります。しかも、それが春夏秋冬すべての季節に分散して現れる。桜にも、梅雨にも、紅葉にも、雪の合間にも、どの季節にも雨が顔を出してきます。つまり、日本の雨は年中行事みたいなものです。</p>

<p>世界の平均降水量が約800mmのところ、日本はなんと約1700mm。約２倍です。沖縄に至っては、年間降水量が多いときには約3000mmにも達し、世界の平均の約４倍という驚異的な雨量を誇ります。</p>

<p>2014年にウェザーニューズが行った調査では、世界35ヶ国の傘の所持本数の平均が2.4本に対し、日本は一人あたり3.3本。堂々の世界一でした。</p>

<p>これだけ降れば、そりゃ傘も増えますし、雨との付き合い方だって自然とうまくなるわけです。そして、この豊かな雨が言葉や思考にまで影響を与えています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「雨に関する言葉」は1200種類。日本人の豊かな感性</h2>

<p>たとえば、「雨に関する言葉」。日本語には、これがなんと約1200種類もあると言われています。これはもう、正気の沙汰とは思えません。雨の言葉だけでつくられた辞典もあるそうです。日本の&quot;雨好きっぷり&quot;がよくわかります。</p>

<p>英語にも「rain」「drizzle（ 霧雨 ）」「shower（ にわか雨 ）」「pouring rain（ 土砂降り ）」などいくつかの表現はありますが、日本語のそれは質も量も次元が違います。</p>

<p>「五月雨（さみだれ）」 &hellip; 陰暦の五月に降る雨&nbsp;<br />
「緑雨（りょくう）」 &hellip; 新緑のころに降る雨&nbsp;<br />
「慈雨（じう）」 &hellip; 日照り続きの時に降る雨&nbsp;<br />
「地雨（じあめ）」 &hellip; 同じほどの強さで長い間降り続ける雨</p>

<p>まるで詩のタイトルのようなこれらの言葉、それぞれ異なるシーンや感情、風景を指します。昔の人は、雨を天気としてではなく、風景や気配として感じ取っていたのでしょう。</p>

<p>地域ごとの違いもあります。たとえば沖縄では、梅雨のことを「すーまんぼーすー」と呼ぶと聞いたことがあります。私が実際に沖縄出身の友人たちに聞いてみたところ、全員が「うんうん、知ってる」と頷いていました。本州の人にはまったくなじみのない響きですよね。音の響き自体に、その土地の湿度や空気が含まれているような感覚があります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>言葉は世界を切り取る「レンズ」</h2>

<p>ここで改めて思うのは、言葉はただの音や記号じゃないということです。言葉は、世界をどう切り取るか、どう感じるか、どこに意味を見出すかの「レンズ」です。</p>

<p>私たちが雨をどう感じるか。それは、自然環境だけでなく、そこに寄り添ってきた言葉の数だけ多様化していく。ざんざんと降る雨に心が沈むときもあれば、静かに降る雨に癒やされる夜もある。</p>

<p>雨は、日本の風景の一部であり、恵みの雨として土を潤し、作物を育ててくれる存在です。それと同時に、私たちの精神風土の一部でもあります。日本語の雨の語彙は、その多面的な雨の姿を映し出しています。</p>

<p>日本列島に降り注いできた多様な雨は、私たちの言葉の中にも、静かに、でも確かに降り積もってきたのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_rainy_1.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 02 Jul 2026 07:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ノダカズキ（ネイチャーガイド）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>認知症リスクを高める「果物の食べ方」とは？　糖質の摂りすぎに潜む盲点  下村健寿（福島県立医大主任教授/医師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14528</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014528</guid>
			<description><![CDATA[脳に悪影響を与える糖質。日々の食事の中で気を付けるべきこととは？医師の下村健寿さんに解説いただく。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="果物は体にいいは本当？" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_eatfruits.jpg" width="1200" /></p>

<p>糖を摂りすぎると脳の認知機能が低下し、アルツハイマー病などの認知症につながる――近年の研究から、糖質が脳に与える影響が注目されています。</p>

<p>日本人の食事は糖質過多になりがちだと、元オックスフォード大学研究員で脳と糖の専門家である下村健寿さんは指摘します。糖質とうまく付き合いながら健康的な食事を摂る工夫とは？</p>

<p>※本稿は、下村健寿著『糖毒脳』(ダイヤモンド社)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>糖質の「完全排除」は禁物</h2>

<p>インスリン抵抗性の予防のために注意すべき食事の内容について説明していきます。</p>

<p>ここでも重要なのは、血糖値を上げすぎないことです。朝、昼、晩の食事をとる度に高血糖になってしまっては意味がありません。それぞれの食事をとったときに、膵臓が必要な適正量のインスリンをきちんと分泌できるようにする必要があります。</p>

<p>では、一体何をどのように食べれば良いのかについて考えてみましょう。まず大前提となるのは、バランスのいい食事が大事ということです。現代日本の食事は、どうしても糖質過多になりがちです。まずは、摂りすぎている糖質を適切な量に戻すことを目標にしましょう。とはいえ、極端な糖質制限は絶対にしてはいけません。</p>

<p>脳は全身で最も糖をエネルギー源として使う臓器です。脳に糖がきちんと供給されないと、パフォーマンスが低下してしまいます。脳に適切なエネルギーを供給するためにも、糖の摂取は絶対に必要です。</p>

<p>また、糖質制限ダイエットのなかには、糖質の摂取をほぼゼロにする代わりに、脂質とタンパク質はいくらでも摂ってよいとするものもあります。ですが、これは非常に危険な考え方です。脂質とタンパク質を過剰に摂りすぎてしまった場合、腎臓への負荷が高まります。実際、動物実験で極端な糖質制限を課すと、実験動物の腎臓が腫大（異常に大きくなること）することが確認されています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>甘くない「隠れ糖質」に要注意</h2>

<p>どうすれば、摂取している糖の量を適切にできるのでしょうか。まず大事なのが、「糖」と意識しないで摂取している「糖質を含む食べ物」を避けることです。</p>

<p>たとえば、糖尿病の患者さんを診ていると、たまに「せんべいはしょっぱいから糖じゃないですよね？」と聞かれることがあります。ですが、せんべいはもち米からできています。残念ながら、米は糖質の塊です。「糖」というと甘いものを連想しがちですが、甘くなくても糖を含んでいる食べ物はたくさんあるのです。</p>

<p>そもそも、舌の甘味受容体は「単体の糖」しか感知することができません。私の知り合いにグルメを自称する人がいますが、彼と高級なお店に食事に出かけると、じっくりとご飯を味わいながら「さすが国産米は、米本来の甘さを感じる」などと言います。</p>

<p>もちろん、国産米であることは関係ありません。お米に含まれる糖が舌の上の甘味受容体で感知されて、脳に「甘い」というシグナルが送られただけです。お米などの中では単体の糖が鎖のように長くつながって存在しているため、本来はお米を食べるだけでは「甘い」と感じません。ですが米が口の中に入ると、米の中で鎖のようにつながっていた糖分が唾液の中の酵素によって分解され、口の中で単体の糖になるため、舌の上で「甘さ」として感じられるのです。</p>

<p>つまり「甘い」と感じられるのは、口の中で単体に分解される糖を食べたときだけなのです。</p>

<p>一方で、舌より奥にある胃腸で「単体の糖」に分解されるような食物もあります。そういったものを食べた場合、糖を摂取したことには変わりありませんが、甘さは感じないのです。</p>

<p>米だけではなく、ジャガイモなども含めて、主食となる穀物類には甘さに関係なく糖がたくさん含まれています。それらの「甘さを感じない糖」が、ジワジワと身体に蓄積していることもあるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>糖を摂るときは「順番」に気をつける</h2>

<p>インスリンは糖に反応して最も分泌されますから、まずは摂取する糖の量を控えめにすることが大事です。</p>

<p>ただ、そうは言っても、米やパンなどの主食は私たちの生活には欠かせません。大変おいしく感じますし、食べたいと感じるのは当然です。それならせめて、糖を摂るときは「順番」に気をつけてください。</p>

<p>「食べる順序を変えると血糖値が上がりにくい」。こんな話を聞いたことがないでしょうか。よく言われるのが、野菜を最初に食べて、次におかずを、そして最後にお米（主食）を食べるという方法です。確かにこの方法なら、血糖値が上がりにくいというのは事実です。実際に私も、この方法を推奨しています。ですがそこには、もう１つ別の意味があります。</p>

<p>それは、「おかわり対策」です。食事をしている人の様子を観察すると、米の味を楽しんでいるというより、おかずと一緒にご飯をかき込んでいる場合がほとんどです。おかずの味をリセットする「口直し」としてご飯を合間に挟んでいる人も少なくないでしょう。これだと、意識せずに大量の米を摂取してしまいます。さらに「おかわり」までしてしまうことも。でも、この「おかわり」は本当に必要なのでしょうか？</p>

<p>おかずを先に食べきってしまい、最後にお米だけ食べてもらう。私は患者さんたちに、そのようにアドバイスしています。すると、おかずがないということもあって、少量のお米でも満足してもらえます。それに、おかわりをすることも減ります。おかずを食べるために「おかわり」したご飯は、本来、体にとって必ずしも必要ではなかったということです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「果物は体にいい」という誤解</h2>

<p>次に気をつけたいのは果物です。果物は体にいいというイメージがあります。健康のために積極的に果物を食べるよう心がけている人もいるのではないでしょうか。</p>

<p>「果物の甘さは血糖に関係ない」「果物は糖尿病や高血圧を改善してくれる」という話を聞いた人もいると思います。しかし残念ながら、これは誤解です。</p>

<p>確かに、果物の甘さの素の一つである果糖は、そのままでは血糖にはなりません。ですが肝臓などで代謝されると、結局は糖になります。また、果物には果糖以外にも通常の糖（ブドウ糖）とショ糖（スクロース）が含まれています。ブドウ糖は食べればそのまま血糖になりますし、ショ糖も、果糖とブドウ糖が結合しただけの物質です。体の中に入れば速やかに果糖とブドウ糖に分解されます。</p>

<p>つまり果物を食べた場合、果物にもともと含まれている糖と、ショ糖から分解された糖が速やかに血糖値を上昇させます。「果物は血糖値を上げない」ということはないのです。</p>

<p>「果物にはミネラルやビタミンなどの重要な栄養素が含まれているから食べた方がいいのではないか」。そんな意見もあります。確かにそのとおりですが、ビタミンやミネラルといった栄養素は、普通に食事をとっていれば十分な量を摂取することができます。</p>

<p>つまり果物は、健康のために積極的に摂取するほどの食材ではありません。むしろ「おいしいから」という理由でこそ召し上がってください。週に１〜２回ほど、楽しむために食べる「嗜好品」だと考えるとちょうどいいのではないでしょうか。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_eatfruits.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 01 Jul 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[下村健寿（福島県立医大主任教授/医師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>50代の人間関係は「手放す」が9割！疲れる相手は〈自然減〉でいい  ワタナベ薫(メンタルコーチ) </title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14522</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014522</guid>
			<description><![CDATA[50代以降は、体力も気力も低下していく年代。エネルギーを無駄遣いしないため、疲れる人間関係は「お片付け」しましょう。ワタナベ薫さんが、角を立てずに「フェードアウト」する技術を紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ワタナベ薫さんは50代以降「人間関係の贅肉」は落とすべきと説きます" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_oceanlady.jpg" width="1200" /></p>

<p>年齢を重ねると、人間関係も変化していくものです。「昔は仲が良かったけれど、今は一緒にいてもあまり楽しくない」――そんな人が周りにいないでしょうか。限られた時間を有効に使うため、毎日を気分よく過ごすため、疲れる人との関係は、賢く「フェードアウト」してしまいましょう。ワタナベ薫さんが、人間関係の整理術をワーク形式で紹介します。</p>

<p>※本稿は、ワタナベ薫著『おひとりさまの生存戦略 人生100年時代をご機嫌に生きるスキル』（扶桑社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「気を使う相手」に使う時間がもったいない</h2>

<p>「誘われると断れないけれど、帰宅するとドッと疲れる」「昔は仲が良かったけれど、今は会っても愚痴ばかりで楽しくない」</p>

<p>もし、あなたの手帳にそんな予定が一つでも入っているなら、それは不要な人間関係の贅肉かもしれません。体力や気力が少しずつ低下していく50代・60代において、最も無駄遣いしてはいけないもの。それは「気を使わなければならない相手に使う時間」です。</p>

<p>ここでは、人生を身軽にするための「人間関係のお片付け」と、そこから空いたスペースに入れるべき「新しい居場所」の見つけ方について、具体的なワーク形式でお伝えします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>■ステップ１　「会った後の自分」をモニタリングする</h2>

<p>まずは、現在の人間関係の棚卸しです。基準はたった一つ。「その人と会った後、元気になっているか、疲れているか」です。<br />
Aさん：会うと「私も頑張ろう！」と明るい気持ちになれる。<br />
Bさん：会っている時は普通だが、別れた後になんか疲れている。いちいちモヤモヤする。<br />
Cさん：会う前から「着ていく服を考えるの面倒だな」「行きたくないな」と気が重い。</p>

<p>この場合、BさんとCさんは、今のあなたにとって「そろそろ手放した方がいい関係」かもしれません。「昔からの付き合いだから」「悪い人ではないから」という情はもう捨ててもいいです。あなたの前半の人生は、とことんその修行をし続けてきたのですから。冷たいように聞こえるかもしれませんが、あなたの残り時間は、あなたを笑顔にしてくれる人のためだけにあるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>■ステップ2　角を立てずに「フェードアウト」する技術</h2>

<p>「人間関係のお片付け」といっても、関係性がそんなに深くない相手に、わざわざ「あなたとはもう会いません」と宣言する必要はありません。大人のお片付けは、静かに、緩やかに距離を置くのがマナーです。</p>

<p>最も使える魔法の言葉は、「最近、ちょっと新しい勉強を始めて（あるいは仕事が忙しくて）、バタバタしているの。落ち着いたらこちらから連絡するね」です。</p>

<p>ポイントは「こちらから連絡する」と主導権を握ってしまうこと。これで相手からの誘いをブロックできます。また、年賀状やお中元といった虚礼も、「宣言」せずに「自然減」させていきましょう。個人的に「今年で最後にします」と書くと角が立ちますが、「自分からは送らない（返さない）」、あるいは「メールやLINEで短く済ませる」ように変えていくことができます。</p>

<p>もしくは、最近、SNSにてよく見かける方法ですが、「今年で年賀状から卒業します」のような不特定多数への宣言なら、お相手も自分だけではないのだな、と思うことでしょう。</p>

<p>最初は気が引けるかもしれませんが、数回繰り返せば、相手も自然と察してくれます。「冷たいかな？」と心配する必要はありません。本当につながっていたい相手なら、形式的なやり取りがなくなっても、関係は続くものです。</p>

<p>最初は勇気がいりますが、やってみると驚くほど心が軽くなります。空白ができたスケジュール帳は、自由の証です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>■ステップ3　新しい居場所（サードプレイス）の見つけ方</h2>

<p>人間関係を整理してスペースが空いたら、そこに「新しい風」を入れましょう。ただし、ここで「親友を作ろう」と意気込まないことが重要です。探すべきは、親友ではなく「活動を共有する仲間」です。</p>

<p>【おすすめの場所】<br />
1.「単発」のボランティアやワークショップ<br />
毎週必ず行く義務がある場所は、新たな「縛り」になります。「一日完結」や「気が向いた時だけ参加OK」のボランティア（地域の清掃、子供食堂の裏方など）から始めてみましょう。</p>

<p>2.利害関係のない「学び」の場<br />
仕事に直結しない、純粋な趣味の教室。ポイントは「先生との相性」より「生徒の雰囲気」です。一度見学に行き、一人で参加している人が多い場所を選びましょう。群れているグループがいる場所は避けるのが無難です。</p>

<p>この「利害関係のない」というのがとても重要です。私は以前、仕事のお相手から商品を買ってくださいとか、講座に来てください、とか誘われることが多く、断れない性格だったゆえに、言われるままに「お付き合いで」購入していました。私が買えば、相手もまた「お付き合いで」買う。そうするとまた私も......のエンドレス。ある時、私はそうしたお付き合いで何かをしてあげるという義理の関係をきっぱりとやめました。純粋に「欲しいから買う」。そこには「だから私のも買ってよね？」という見返りを一切求めない。これからの時代は、そういう風通しの良い関係が大切なのです。</p>

<p>コミュニティの良し悪しの見分け方は、そこに集まる人たちが「お互いのプライベートを詮索しないかどうか」です。それが、大人の私たちにとって居心地の良い「第3の居場所」です。そうしているうちに、本当に気が合う人を見つけられるものです。気軽に参加してみて、違和感を感じたらすぐに行くのをやめてもいいので、まずは覗いてみる、というのも手ですね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>まとめ</h2>

<p>「会った後に疲れる関係」は手放すサイン。人間関係の贅肉をお片付けして空いたスペースには、親友ではなく「活動仲間」を探しましょう。プライベートに踏み込まない風通しの良い場所が、新しい居場所の正解です。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_oceanlady.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 01 Jul 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ワタナベ薫(メンタルコーチ) ]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜポルトガルは「もっと」を求めない？　効率社会の日本を離れて気づいた“忘れていた価値観”  乾祐綺（フォトジャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14495</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014495</guid>
			<description><![CDATA[時間に追われる日本と、時間通りに進まないのが当たり前のポルトガル。2拠点で活動する乾祐綺さんが「ポルトガル人が大切にする考え方」を紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="乾祐綺著『西の果てで見つけた ポルトガル人のほどよい生きかた』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_magichour.jpg" width="1200" /></p>

<p>効率や生産性を追い求める現代。そんな時代だからこそ、「私たち日本人は、人間らしさを忘れているのではないか？」と、ポルトガルと日本を拠点に活動するフォトジャーナリストの乾祐綺さんはいいます。</p>

<p>ポルトガルで暮らすことで、忘れていた&quot;豊かさ&quot;に気づいたと語る、乾さん。本稿では、ポルトガル人が大切にしている考え方について紹介します。</p>

<p>※本稿は、乾祐綺著『西の果てで見つけた ポルトガル人のほどよい生きかた』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>急がない、働きすぎない、でもちゃんと生きている</h2>

<p>たとえば時間に対する感覚。バスはよく遅れるし、カフェの店員は誰も急がない。でも、不思議とみんなイライラする様子はない。「人間だから」「しょうがない」と、笑って済ませているような空気感がある。ゆるやかな赦しの文化。敬虔なカトリックの国であることも大きく関係してはいるのだろうが、相手の都合や流れを尊重する感覚が、社会全体に根づいている。いや、大航海時代当時のまま、今も残っているのかも？</p>

<p>日本が分単位、秒単位で動く国なら、ポルトガルは&quot;人の都合&quot;&quot;風まかせ&quot;で動く国なのかもしれない。けれど、どちらが人間らしいかと問われれば、答えに迷う。どちらも正しい。でも、今の日本へのヒントになりそうなものが、ここにはあるのではないかと直感が言う。</p>

<p>もうひとつは働くということへの姿勢。ポルトガルの人々は、本当にまじめで、ちゃんと働く。けれど、働きすぎない。少し余談だが、友人の経営者なんかは、ポルトガル人を雇わない！と決めている人が幾人かいる。理由は「すぐチル(Chill ／くつろぐ)しちゃうから」だそう。でも、それってすごく人間らしくてよくないか？</p>

<p>この国の人は仕事が終われば家族や友人と集い、週末はきちんと休む。海に行ったり、公園で友人の子どもの誕生パーティをみんなでしたり。仕事と生活を分けることが、社会の当たり前として成り立っている。誰も「自分を失ってまで稼ごう」とは思っていないのではないかと感じさせる。そのゆるやかな線引きが、社会全体の健やかさを保っているように見える。</p>

<p>日本のようにがんばり続けることを美徳とせず、休むことを罪とも思わない。そうやって日常に&quot;遊び&quot;を持たせる。そこに、500年前から続く、この国の人間中心の世界観が見える。</p>

<p>【制度よりも、人が社会をつくる】</p>

<p>なによりも印象的なのが関係性の濃さだ。近所づきあい、家族、友人、みんながどこかで繋がっている。カフェの店主やスタッフは客の顔を覚えているし、スーパーではレジ係と客が、会計の列が連なっていようが関係なく、世間話をはじめる。</p>

<p>赤の他人同士だって、ぺちゃくちゃと喋り合う。どこか、国全体が大きな家族のような感じがする。そしてそれがすごく心地いい。社会の安心感は、制度ではなく人との関係で成り立っているんだ、そういう仮説が立った。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>完璧の代わりに、なにを置き忘れたのか</h2>

<p>ふと、日本のことを考える。僕らはいつのまにか、完璧を目指すあまり、人間らしさを後回しにしていないだろうか。効率や生産性を上げることは得意になった。けれど、つかれを癒す時間、立ち止まる余白、語り合う場を、どこかに置き忘れてしまったのかも。ワークライフバランスや、ウェルビーイング、サードプレイスといったワードが、声こわだか高に叫ばれている現状こそ、それを表しているだろう。</p>

<p>一方、ポルトガルの人たちはどうだろう。彼らは間違うことを恐れない。役所の窓口なんかでも、毎回担当者によって話が異なることもしばしば。会話の途中で沈黙しても、誰も気まずくならない。「そのままでいい」と受け止める包容力がある。きっとそれは、長い歴史の中で、多くの喪失を経験してきたからなのかもしれない。</p>

<p>未知の冒険を続けた大航海時代、移民としてブラジルをはじめ未開の地へと渡った近世。ポルトガルに残った人たちは、待つ、悲しみ、という感覚をはるかに超えた境地に至っただろう。独裁政権も経験し、その後には革命も。経済破綻間際になったことも大きいだろう。でも、大きな喪失を乗り越えるたびに、人は優しくなった。</p>

<p>この国の人たちを見ていると、生きるということが、もっとシンプルでいいのだと思えてくる。食べる、働く、笑う、話す。それだけで、1日は十分に満ちている。だから、ここでは「もっと」があまり聞こえてこない。</p>

<p>余談だが、昔、ピカソに「20世紀最後の巨匠」と称えられたフランスの画家・バルテュスの妻であり、自身も画家である節子さんが、気候変動に関するイベントでご一緒した際に教えてくれた言葉が、今も忘れられない。</p>

<p>「いい暮らしの敵ってなんだと思う？&quot;もっと&quot;いい暮らしよ」</p>

<p>現状に満足せず、「もっと」を求めることを認めてしまう社会は、大事なものをなくしてしまうのでは？ポルトガルに来て、その言葉の意味を改めて考える。もっといい生活を、よりよい未来を――と願うのではなく、ポルトガル人は今をよく味わうことに心を向けているのではないのだろうか。言い換えれば、これって究極のマインドフルネスでは。</p>

<p>500年前、ポルトガル人が日本に未知の世界を見たように、今度は僕たち日本人が、この国に&quot;忘れていた世界&quot;を見つけようとしているのではないか。そして、その発見は、どこか懐かしい感じがする。</p>

<p>急がなくても、比べなくても、ちゃんと生きていける。世界の西の果てには、そんなあたりまえが、ちゃんと残っている。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 30 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[乾祐綺（フォトジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「なぜか好かれる人」が無意識にやっていること　心理学に基づく“陰褒め”の効果  岡崎かつひろ（作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14472</link>
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			<description><![CDATA[昔話や自慢話は嫌われる原因に。心理学に基づく「陰褒め」など、周囲に好かれる人になる会話術を書籍『すぐできるのに99％の人はやっていない「好かれる人」になる55のコツ』より解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="陰口を言う人" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_talkingman.jpg" width="1200" /></p>

<p>昔話や自慢話を、つい無意識にしていませんか。何気ない会話でも、嫌われる原因になってしまいます。周囲から好かれる人になるには、陰口を避けるだけでなく、本人のいないところで相手を褒める「陰褒め」が有効です。本記事では、書籍『すぐできるのに99％の人はやっていない「好かれる人」になる55のコツ』をもとに、心理学の知見を交えながら、人間関係が自然とうまくいく会話のコツを解説します。</p>

<p>※本稿は、岡崎かつひろ著『すぐできるのに99％の人はやっていない「好かれる人」になる55のコツ』（三笠書房）より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>無意識にやって嫌われる？ 昔話は誰も聞きたくない</h2>

<p>●悲劇のヒロインは嫌われる</p>

<p>不幸自慢で盛り上がっている人の輪に入ってしまったときに、いつも思うことがあります。</p>

<p>なぜ、こんなにイキイキと不幸自慢するんだろう？</p>

<p>不幸自慢って、不幸な話をしているはずなのに、とっても楽しそうなんですよね。これにはちゃんと理由があるのです。</p>

<p>私たちの心には「承認のコップ」と呼ばれるものがあります。このコップは2種類の承認で満たされます。「他人からの承認」と「自分自身の承認」です。</p>

<p>たとえば、自分の頑張りが認められたときに、心が満たされる感覚がありますよね。これは「承認のコップ」が「他人からの承認」で満たされたというわけです。</p>

<p>逆に、満たされていないと、欠乏感を覚えてしまうわけです。とくに、自分で自分を承認できていないとき、人は他人からの承認を多く求めてしまいます。</p>

<p>じつは不幸自慢をしてしまう原因は、自分で自分を満たせていないからです。自分で満たせないから、他人から満たしてもらいたい。でも、人に賞賛されるほどの結果を作れていないため、自分の不幸自慢をするのです。そうすることで、「かわいそう」「よく頑張ったね」「あなたは悪くないよ」と認めてもらおうとします。</p>

<p>悲劇のヒロインを演じると、手っ取り早く承認を得ることができてしまいますが、問題はこのやり方は長く続かないということ。</p>

<p>いっときは慰めてくれたり、励ましてくれたり、認めてもらえます。でも繰り返していると、「面倒なやつだな」と思われてしまうわけです。不幸自慢で認めてもらうことから卒業して、自分で自分を満たせる人になりましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自慢話は嫌われる</h2>

<p>誰でも自分の「承認のコップ」を満たしていたいもの。心が満足している状態ほど、幸せなことはありません。そこで、ついついやってしまいがちなもう一つの満たし方、それが自慢話です。</p>

<p>自慢話って気持ちがいいですよね。他人の自慢話は聞きたくないけれど、自分の自慢話はしたくなってしまいます。</p>

<p>先日もある方とお会いしていたとき、延々と自慢話を聞かせてもらいました。「若いときはモテた」「昔から自分の取り柄はコミュニケーション上手だ」「〇〇という賞を受賞したときはこんなことがあった」などなど。</p>

<p>自慢話をするほうは気持ちがいいですから、もしあなたが聞き手の場合だったら、思いっきり自慢話を聞いてあげるのもいいでしょう。しかし、よっぽど役に立つ話でない限り、多くの人は自慢話を聞かされても喜びません。</p>

<p>ある人が「過去は生ゴミだ」と言っていました。</p>

<p>昔話は結局のところ、昔すごかっただけ。いまの魅力とは関係ありません。あなたが好かれる人であるために大事なのは「現在の自分」です。いま頑張っていることや、これから成し遂げていこうとしていることは、ワクワクするし、面白いものです。</p>

<p>もし自分の自慢話を聞いてほしいと思ったら、ひと言許可をとるといいでしょう。</p>

<p>「自慢話になっちゃうんだけど、聞いてもらっていい？」</p>

<p>このひと言だけで相手からの心象はよくなりますし、またその話が本当に自慢に値するものなら、相手から一目置かれることになります。</p>

<p>いまの自分を好きになってほしいなら、自慢話はほどほどに。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「陰褒め」で人間関係が良好! プライミング効果を活用する</h2>

<p>●プライミング効果とは？</p>

<p>「言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから」（マザー・テレサ）</p>

<p>古来、言葉には不思議な力が宿ると考えられていました。言霊（ことだま）ともいいますが、これは脳科学的にも証明されています。これを「プライミング効果」といいます。</p>

<p>ニューヨーク大学の研究で、事前に「邪魔する」などの悪い言葉を聞いた学生と「感謝する」などのいい言葉を聞いた学生では、行動の変化があるのかという実験がありました。</p>

<p>相手の会話を遮る行動に出るかどうかを調べましたが、悪い言葉を聞いた学生のほとんどが５分と持たずに相手の会話を遮ったのに対し、いい言葉を聞いた学生の82％は話が終わるのを10分以上待つことができたといいます。</p>

<p>このように、行動と言葉には密接な関係があります。いい言葉がその人を忍耐強くさせたのです。</p>

<p>だから、一番やってはいけないのは陰口・悪口です。人の悪口を言っているとき、その言葉を一番聞いているのは自分です。そして、脳は人の悪口でさえも、自分に向けられた言葉だと思ってしまいます。悪口を話しているとき、一番その影響を受けるのは自分なのです。</p>

<p>また、あなたが悪口を言ったり、悪口につき合ったりしているとき、あなたのまわりにいる人はあなたに対して、「悪口を言う人だ」というレッテルを貼ります。当然、いい印象は持たれません。</p>

<p>陰口や悪口は「百害あって一利なし」と考えたほうがいいでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>陰褒め最高！</h2>

<p>代わりに言ったほうがいいのは「陰褒め」です。つまり、陰口の反対で、陰で褒めるという意味で、陰口の逆効果が現れます。</p>

<p>本人の前では恥ずかしくて言えないことも、いないところでいっぱい褒めましょう。すると、まわりの印象もあなたは人のいいところを見る人だと思いますし、あなたの脳もいいところを見る癖がつきます。「陰褒め最高」って覚えましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>陰に感謝するから「お陰様」</h2>

<p>陰つながりでもう一つ。あなたは陰に感謝していますか？</p>

<p>日本語には素晴らしい言葉がたくさんあります。その中でも、私が特別好きな言葉が「お陰様」。ありがとうの表現の一つですが、よくこの言葉を見ると陰に「お」と「様」までつけています。むちゃくちゃ丁寧語。家を「お家様」というようなもの。シャツを「おシャツ様」というようなもの。</p>

<p>そこまで丁寧に陰を扱って、「感謝」という意味をつけている。なぜでしょうか？</p>

<p>陰とは目に見えない、気づかれない存在を指します。つまり、気づけていないものに感謝しているのです。</p>

<p>「気づけてなくてごめんね。でも、あなたのおかげでうまくいっています、ありがとう！」という気持ちがお陰様なのです。</p>

<p>よく見ると感謝という言葉は、謝るを感じると書きますね。</p>

<p>これはありがとうと思うとき、気づけていないことに謝る気持ちをセットに持つことが大事だ、ということではないでしょうか。</p>

<p>たとえば、営業の仕事をしている人は、営業事務の担当者に感謝していますか？</p>

<p>社長も、自分の会社がうまくいっているのは自分のおかげと思っているかもしれませんが、働いてくれている社員や仲間に感謝していますか？</p>

<p>「気づけていない部分もあるよな、ごめんね」という気持ちを持つと、見え方が変わりますよ。そうやって気づけていないものにまで感謝しようとする人は、誰からも好かれる人になれます。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 30 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[岡崎かつひろ（作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>読書家でも陥りがち？ 本を読む上でいちばん「気をつけなければいけないこと」  西岡壱誠（著作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14299</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014299</guid>
			<description><![CDATA[本の内容を素早く深く理解するカギは、本文ではなく「装丁」にあった。付箋を使った「装丁読み」の具体的な手順を解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="読書" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_book2.jpg" width="1200" /></p>

<p>本を手に取ったとき、あなたはどこから読み始めますか？実は多くの人が見過ごしているある部分に、読書の質を大きく左右するヒントが凝縮されています。書籍『「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書』より解説します。</p>

<p>※本稿は、西岡壱誠著『「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書』（新潮社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>本の装丁は「一を聞いて十を知る」ができる言葉ばかり</h2>

<p>ほとんどの読者は書店で、はじめに本の装丁を見ます。カバーや帯に何が書いてあるのかを見て、購入するかしないかを決定します。いわば、本と読者との初対面の場が「装丁」なわけです。</p>

<p>その「初対面」の場で、読者に興味を持ってもらえなければ、本は買ってもらえません。なので、ほとんどの本は装丁に多くの情報を詰め込んでいるのです。とはいえ、文字が多いと読者が読みたがりませんから、少なめの文字の中にたくさんの情報を詰め込んでいるんです。つまりは、「一を聞いて十を知る」が可能な言葉が装丁にたくさん書かれるのです。</p>

<p>まだピンと来ないかもしれませんが、そういう人は自分の持っている本のタイトルに注目してみてください。<br />
どんな本でも、タイトルからは多くの情報が得られるはずです。</p>

<p>だってみなさん、よく考えてみてください。1冊の本の内容を、タイトルは一言で言い表しているんですよ?&nbsp;<br />
たとえばこの本の文字数は10万字程度です。それに対して、タイトルの『「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく東大読書』は24文字です。たったの24文字で、10万字の内容を言い表しているんです。このタイトルは、もちろん「一を聞いて十を知る」ことができる言葉になっているのです。</p>

<p>こんな風に、どんな本でもタイトルから多くの情報が得られます。そして、このタイトルが本の内容を一言で言い表しているわけですから、逆にタイトルから情報を多く引き出しておけば、本を読む上でとても大きなヒントになるわけです。</p>

<p>同じように、タイトル以外の言葉にも、少ない文字数の中にその本の内容がたくさん盛り込まれているのです。少しでも読者に興味を持ってもらえるように、「この本はこういう本ですよ!」と紹介してくれているわけです。<br />
読み進める上でこんなにヒントになる情報は他にありません。ここからヒントを引き出せば、文章が格段に読みやすくなるのです!&nbsp;</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「装丁読み」の手順</h2>

<p>では具体的に、「装丁読み」の手順を紹介していきます。</p>

<p>①タイトルから、どういう情報が引き出せそうか考えてみる</p>

<p>「『東大読書』というタイトルから得られる情報は何だろう?」と、しっかり考えてみましょう。</p>

<p>②引き出した情報を、付箋に1枚ずつ書いてみる</p>

<p>「東大生がみんなやっている読書術」「東大生並みの読解力が身につく読書習慣」といった風に、1枚の付箋に1つの情報を書いていきましょう。目標は3つ以上です。</p>

<p>③帯の両面を読み、得られる情報を付箋に1枚ずつ書いてみる</p>

<p>「精神疾患・精神分析・異常心理学......これ1冊で心理学のすべてがわかる!」と書いてあるならば、「精神疾患についてわかる」「精神分析がわかる」「異常心理学が載っている」「その他、心理学について多くのことがわかる」&nbsp;と、1枚の付箋に1つの情報を書きましょう。</p>

<p>④著者のプロフィールを読み、どういうバックグラウンドの人なのかを確認して、得られる情報を付箋に1枚ずつ書いてみる</p>

<p>「偏差値35から2浪で東大に入った現役東大生」と書いてあったら、「元偏差値35」「2浪」「現役東大生」と付箋に書いていきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>●ここでワンポイント!</p>

<p>著者の別の著作のタイトルもチェックしておきましょう。その著者が他にどういう本を出しているかは、本を読み進める上で意外なヒントになります。</p>

<p>たとえば『東京消滅』という本を読んだときに、その著者が他に『地方消滅』という本を出していることがわかれば、「このままでは地方も東京も、日本全体が大変だと著者は考えている」というヒントが得られます。この情報があったほうが、その本は格段に読みやすいはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>①～④の作業を通して、だいたい10枚以上の付箋が用意できれば問題ないと思います。</p>

<p>しかし、これで終わりではありません。書き出すだけではなく、集めた付箋をヒントとして活用するのが「装丁読み」です。なので、</p>

<p>⑤「①～④」で集めた付箋は表紙裏や見返しに貼って取っておき、読み進める中で頻繁に見直してみる</p>

<p>ということを実践しましょう。「見返し」とは、本の表紙をめくったときに現れる、通常は何も印刷していない紙です。この本では、巻末に、「『東大読書』マル秘テクニック！」というページを用意しました。</p>

<p>書いた付箋はここに貼っておいて、たとえば読書を中断したタイミングや、理解するのが難しい文章が出てきたときに見直してみましょう。読解の上で大きなヒントになるはずです。</p>

<p>また、1章ごとに見直して、「今の章で読んだのは、『装丁読み』で得た情報の中のここの部分かな?」と考え直してみるのもオススメです。一度読んだ内容を咀嚼して理解を深めることができます。</p>

<p>情報は、できるだけ多いほうがいいです。装丁から、なるべく多くの情報を得るようにしましょう。</p>

<p>その分「この情報は本当に正しいかな?」「ちょっと飛躍させすぎちゃったかも......」というようなものも出てくるかもしれませんが、そういう場合は付箋の最後に「?」と書いておきましょう。本を読み進めてみて、付箋の内容が正しければ「?」を消して、間違っていれば付箋を取ればいいのです。なので、思いついたらすぐに付箋に書いていきましょう!</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_book2.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 30 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[西岡壱誠（著作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>2026年上半期のビジネス書は何が読まれた？ ベスト10から見えたビジネスパーソンの本音  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14552</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014552</guid>
			<description><![CDATA[本の要約サービス・フライヤーが「2025年ビジネス書ランキング」ベスト10を紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260623flier01.jpg" width="1200" /></p>

<p>本の要約サービス「flier（フライヤー）」を運営する株式会社フライヤーは、2026年上半期（集計期間：2025年12月1日～2026年5月15日）におけるビジネス書の人気ランキングを発表しました。累計会員数が131万人を突破した同サービスの閲覧数をベースにしたこのランキングは、まさにいま、ビジネスパーソンが何を学び、何に悩んでいるのかをリアルに映し出す鏡といえます。</p>

<p>今回のランキングから見えてきたのは、AI時代だからこそ際立つ「コミュニケーション力」の重要性と、現代ビジネスパーソンの「疲れやストレスへの葛藤」でした。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>2026年 最も読まれたビジネス書ランキング</h2>

<p>本ランキングは、flierの有料会員を対象に、スマホアプリおよびウェブのアクセス数（紹介書籍の要約閲覧数）を合算し順位付けしたものです。集計期間は、2025年12月1日～2026年5月15日です。</p>

<p>【順位：『書籍名』（著者名／出版社名）】</p>

<p>1位：『頭のいい人が話す前に考えていること』（安達裕哉／ダイヤモンド社／2023年）<br />
2位：『体力おばけへの道』（澤木一貴、國本充洋（監修）／KADOKAWA／2025年）<br />
3位：『24時間が変わる朝の30分』（吉武麻子／大和書房／2025年）<br />
4位：『コミュ力が高い人が話しながら意識していること』（安達裕哉／日本実業出版社／2026年）<br />
5位：『考えてはいけないことリスト』（堀田秀吾／フォレスト出版／2026年）<br />
6位：『すぐやる人の小さな習慣』（大平信孝、大平朝子／三笠書房／2025年）<br />
7位：『億までの人 億からの人』（田中渓／徳間書店／2024年）<br />
8位：『脳科学でわかった 仕事のストレスをなくす本』（西剛志／アスコム／2025年）<br />
9位：『面倒な仕事が一瞬で片付く　生成AIタスク爆速大全』（宮崎学／かんき出版／2025年）<br />
10位：『頼るのがうまい人がやっていること』（有川真由美／秀和システム新社／2025年）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>1位『頭のいい人が話す前に考えていること』の著者・安達裕哉さんのコメント</h2>

<p><img alt="安達裕哉さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251204flier03.jpg" width="1200" /></p>

<p>フライヤー上半期ランキング1位という嬉しい知らせをいただき、ありがとうございます。昨年に続いての受賞ということで、驚きと感謝の気持ちでいっぱいです。</p>

<p>本書で伝えたかったのは、「賢く見せる話し方」ではなく、「話す前にきちんと考える」というシンプルな姿勢です。一呼吸おいて自分の言葉を、相手の目線で選ぶことの価値は、ますます高まっているように感じています。</p>

<p>本書に触れ、そこから「もっと深く読みたい」と思ってくださった方が一人でもいらっしゃるなら、著者としてこれ以上の喜びはありません。読者の皆さま、フライヤーの皆さまに心より感謝申し上げます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>フライヤー編集部による「ビジネス書」「著者」ランキング総評</h2>

<p>フライヤー（flier）で、2026年上半期に圧倒的に読まれたのは、なんと昨年にひきつづき『頭のいい人が話す前に考えていること』でした! 4位『コミュ力が高い人が話しながら意識していること』もベストセラーかつロングセラー著者となった安達裕哉さんの売行き良好書。</p>

<p>人間相手のコミュニケーションでは、ニュアンスのちょっとしたズレが大きな誤解につながることも少なくありません。話しているだけで「なんだかうまく頭が整理される」「話がうまく進む」というタイプの人ではそういうことが起きにくいですし、ビジネス現場でも重宝されます。話し上手ということではなく、話す前からの準備、話すときの姿勢を考え抜くことが、ビジネスにおけるコミュニケーション力につながるのです。こうしたことは、生成AIと相対するだけでは鍛えられないスキルでしょう。</p>

<p>また、人間相手の仕事では、気づかぬところでストレスを受けがちです。これも、一度リモート状況を経由したからこそ、より生々しく感じるようになったのではないでしょうか。ランキングには、人間的な解放感を求める声があらわれているように感じます。</p>

<p>2位の『体力おばけへの道』は、そもそも疲れにくい頭・身体になってしまいたいというニーズに応えたものですし、部屋トレにはじまるフィットネス再燃の波にもハマっています。5位『考えてはいけないことリスト』、8位『脳科学でわかった 仕事のストレスをなくす本』は、もとから脳にストレスを溜めないための具体的な方法を指南してくれます。</p>

<p>3位『24時間が変わる朝の30分』、6位『すぐやる人の小さな習慣』、9位『面倒な仕事が一瞬で片付く　生成AIタスク爆速大全』、10位『頼るのがうまい人がやっていること』といった本は、ストレスから解放された「自分時間」を豊かに過ごすために、いかに「忙しい」という気分から解放されるかを教えてくれるでしょう。</p>

<p>「読者が選ぶビジネス書グランプリ2026」で総合グランプリと経済・マネー部門賞に輝いた『億までの人 億からの人』は7位にランクイン。ある意味、「頭のいい人」「体力おばけ」「ストレスレスな考え方」「小さな習慣の積み上げ」といった、今回のランキングの詰め合わせのような内容ともいえそうです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260623flier01.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 30 Jun 2026 07:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>鬼は本当に悪なのか？ 加賀谷きよいさん『朱天の都』が日本ファンタジーノベル大賞2026を受賞  Moguru編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14554</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014554</guid>
			<description><![CDATA[日本ファンタジーノベル大賞2026授賞式をレポート！大賞に輝いた加賀谷きよいさんの『酒天の都』。選考委員の森見登美彦氏が絶賛した鬼の魅力や、作意に込められた現代社会へのメッセージを詳しくお届けします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="加賀谷きよいさん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260624Kagayakiyoi02.jpg" width="1200" /><br />
加賀谷きよいさん</p>

<p>2026年6月23日、優れたファンタジー小説の書き手を発掘してきた「日本ファンタジーノベル大賞2026」の贈呈式が開催されました。本賞の選考委員は、作家の恩田陸さん、森見登美彦さん、漫画家・文筆家・画家のヤマザキマリさんの3名です。受賞作には、加賀谷きよいさんの『朱天の都』が選ばれました。本稿では、贈呈式の様子をレポートします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>鬼を魅力的に描いた『朱天の都』</h2>

<p><img alt="『朱天の都』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260624Kagayakiyoi01.jpg" width="1200" /></p>

<p>選考委員を代表して講評を行った森見登美彦さんは、まず本作の舞台について説明しました。</p>

<p>物語の舞台は、疫病の流行や武士の台頭により、貴族社会が揺らぎつつある平安時代中期。そうした不安定な時代を背景に、人間と敵対しながらも、都のあちこちに鬼たちが姿を見せる世界が描かれています。</p>

<p>選考会で特に評価された点は、鬼のキャラクター造形。なかでも重要な存在である、酒呑童子をモチーフにした「朱天童子」について、一般的に想像される恐ろしい鬼の姿とは異なり、男性のようでも女性のようでもあり、恐ろしくも美しく、傷ついた子どものようにも描かれていると語りました。</p>

<p>森見さんは「鬼の側にも人間のようなところがあり、人間の側にも鬼のようなところがある」と述べ、善悪を単純には分けられない構造に、本作の読みどころがあるとしました。そのうえで「キャラクターの魅力とストーリーの面白さで引っ張っていってくれる小説」と評し、講評を締めくくりました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>加賀谷きよいさん「物語の力が持つ可能性と、鬼に込めた思い」</h2>

<p><img alt="左から加賀谷きよいさん、恩田陸さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260624Kagayakiyoi03.jpg" width="1200" /><br />
左から加賀谷きよいさん、恩田陸さん</p>

<p>続いて壇上に立った加賀谷さんは、受賞について「感無量で胸がいっぱい」と喜びを語りました。</p>

<p>創作の原点として振り返ったのは、子ども時代の読書体験です。読書好きだった母親の本棚に親しみ、本や漫画を読みながら空想を広げていたといいます。</p>

<p>「本と漫画に囲まれて、空想の中でどこにでも行けて、何にでもなれた」<br />
加賀谷さんは、そうした幼少期の原体験が、現在のファンタジー創作の根底にあると話しました。</p>

<p>酒呑童子を題材に選んだのは、岡山を訪れた際、桃太郎伝説ゆかりの神社で目にした絵馬がきっかけ。そこに描かれた鬼の姿に「恋をしてしまった」という加賀谷さんは、帰りの新幹線の中で物語の構想を膨らませていったといいます。</p>

<p>酒呑童子伝説では、源頼光が毒を盛って酒呑童子を倒す場面があります。加賀谷さんは、酒呑童子が最期に「鬼に横道なきものを（鬼は嘘をつかないのに、騙したのか）」という言葉を残すことに触れ、そこに「鬼よりも人の方が卑怯だ」という書き手の視点を読み取ったと語りました。</p>

<p>そこで本作では、鬼を一方的な悪として描くのではなく、人間と鬼の立場が変われば善悪がまるごと入れ替わってしまうような、多角的な視点を描きたかったといいます。</p>

<p>「人が過剰に排他的になる理由の一つには、知らないことからくる恐怖心があるのではないかと思います。そこで本作では、鬼にその恐怖心を重ねて書いてみました」</p>

<p>差別やいじめ、身の回りにある軋轢も、悪意以前に「正体がわからなくて怖い」という意識から起きているのではないか。加賀谷さんは、そうした視点を意識しながら執筆したといいます。</p>

<p>最後に「今後も現代社会や未来につながるさまざまなテーマを書き続けていきたい」と決意を語りました。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 29 Jun 2026 15:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[Moguru編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>マーガリンで同居解消？ 50代女性の憧れ「友人とシェアハウス」が難しい理由  ワタナベ薫(メンタルコーチ) </title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14521</link>
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			<description><![CDATA[「老後は友人とシェアハウスで暮らしたい」と考える女性が増えています。しかし実際は破綻してしまう例が多いそう。独居に不安を抱える「おひとりさま」に向け、ワタナベ薫さんが理想的な住まい方を提案します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="「大人のシェアハウス」は失敗する例が多いという" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_house.jpg" width="1200" /></p>

<p>「老後は女友達とシェアハウスで暮らしたい」――そんな理想を思い描いている女性が多いようです。<br />
気の合う友人同士なら、協力し合って楽しく暮らしていけそうなイメージがありますが、「9割方うまくいかない」とのこと。なぜ、大人のシェアハウスは破綻してしまうのでしょうか。メンタルコーチのワタナベ薫さんが、自身の経験をひも解きながら、独居に不安を感じている「おひとりさま」へ、ストレスの少ない「近居」のスタイルを提案します。</p>

<p>※本稿は、ワタナベ薫著『おひとりさまの生存戦略 人生100年時代をご機嫌に生きるスキル』（扶桑社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>憧れだけで突っ走ると火傷する</h2>

<p>「老後は気の合う女友達と、大きな家を借りて楽しく暮らしたい」「美味しいご飯を一緒に食べて、何かあったら助け合って......」そんな妄想をしている女性たちも多いようです。</p>

<p>最近は「孤独死」という言葉をニュースで頻繁に耳にするようになり、その恐れからか、私の周りの50代、60代の女性たちからもこうした声をよく聞くようになりました。テレビドラマや映画で描かれるような、楽しそうな共同生活への憧れもあるのでしょう。</p>

<p>でも、あえて現実を申し上げますと、「友人との同居（シェアハウス）」は、９割方うまくいきません。今回は、憧れだけで突っ走ると火傷をする「大人のシェアハウス」の現実と、私たちが本当に目指すべき「スープの冷めない距離」についてお話しします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大人だからこそ、「生活のリズム」は譲れない</h2>

<p>学生時代ならいざ知らず、私たちはもう何十年も「自分流の生活スタイル」を確立してきてしまいました。<br />
・朝はカーテンを全開にしたい派vs遮光カーテンで昼まで寝たい派<br />
・トイレの蓋は閉める派vs開けっ放しでも気にしない派<br />
・お風呂の湯加減、冷蔵庫の中身、テレビの音量......<br />
・マーガリンは、上から削っていく派vs掘っていく派（笑）</p>

<p>昔、私の気の合う友人二人が、家賃を節約するために一緒に住み始めました。最初はとても楽しそうだったのですが、ある日、なんと「マーガリンの使い方」がきっかけで大ゲンカになり、それぞれから「同居を解消したい」と相談されたことがあります（上から綺麗に削っていくタイプか、真ん中から無造作に掘っていくタイプかの違いで！笑）。冗談のような本当の話ですが、マーガリンはただのトリガーだっただけで、それをきっかけにお互いの我慢していたことが一気に爆発してしまったのです。「そんな細かいこと？」と思われるかもしれませんが、他人の些細な生活音が、毎日積み重なると巨大なストレスになります。</p>

<p>私自身の経験ですが、離婚してから数年間、自由に暮らしていたのですが、その後、付き合っていた彼と同棲したことがありました。彼が私の家に住む形になりましたが、彼の生活音やリズム、部屋を散らかすことなどの細かいことが気になってしまい、同棲解消をお願いしたのは私の方です。無理でした。色々と......（笑）。</p>

<p>私にとって家は「完全なるサンクチュアリ（聖域）」。玄関を開けた瞬間、誰かの気配を感じて「おかえり」と言われる温かさもそれはそれで素敵ですが、それ以上に「誰にも気兼ねなく、ヨレヨレの部屋着でソファに寝っ転がる自由」こそが、私にとっての最高の贅沢なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「仲が良い」と「一緒に住める」は別次元</h2>

<p>以前、友人とこんな話になりました。「旅行は最高に楽しいけれど、誰かとの旅行は１週間が限界よね」と。なんかわかる！（笑）</p>

<p>実は弊社では、お客様を海外にお連れするツアー業（研修）もしていますが、その時改めて感じました。素晴らしい仲間たちと共有する感動体験は何物にも代えがたい。しかし、ホテルの部屋に戻って一人になれる時間があるからこそ、翌日もまた笑顔で会えるのです。</p>

<p>友人とのお喋りは、カフェで２時間会うから楽しいのです。「また会いたいな」と名残惜しく別れるくらいが、人間関係の鮮度を保つ秘訣です（ここ重要！）。これが、キッチンの流しの汚れを指摘し合う関係になった瞬間、長年温めた友情があっけなく壊れてしまう。そんな悲しいケースをいくつも見てきました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>目指すべきは「同居」ではなく「近居」</h2>

<p>では、私たちは孤独に耐えるしかないのでしょうか？いいえ、違います。私が提案したい最強の解決策は、シェアハウスではなく「スープの冷めない距離の近居（きんきょ）」です。<br />
シェアハウスのように「同じ屋根の下」に住むのではなく、<br />
・同じマンションの別の階<br />
・歩いて５分以内の近所<br />
この距離感こそが、大人の最も望ましい着地点です。これなら、生活リズムの違いで揉めることはありません。プライバシーは完全に守られます。でも、「熱が出た」「醤油買い忘れた」「作りすぎた煮物をお裾分けしたい」という時には、すぐに駆けつけられる。</p>

<p>何かあれば助け合える安心感がありながら、干渉はしない。鍵はかけ合うけれど、心は開いておく。これこそが、自立した大人の女性が目指すべき、真のセーフティネット！</p>

<p>実際のところ、お客様から「ワタナベさん、マンションを1棟買って、独身女性専用の住居を作ってくださいよ！」とよく言われます。それくらい将来に不安を抱えている女性が多いということですが、大人の関係において何より大切なのは「プライバシーが完全に守られること」です。同じマンションで階や部屋が違う「近居」であれば、それを実現することは十分に可能かもしれませんね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>友情を長続きさせるための「賢い距離感」</h2>

<p>私たち世代に必要なのは、ドラマのようなベタベタした共同生活ではなく、お互いの「個」を尊重した上での連帯です。</p>

<p>もし今、将来の不安から「誰かと住みたい」と考えているなら、一度立ち止まってみてください。その不安は、同居でしか解消できないものでしょうか？近くに住んで、たまにお茶を飲み、困った時だけ助け合う。そんな「スープの冷めない距離」の友人を一人でも作っておくことの方が、無理に他人と暮らすよりも、ずっと豊かで永続的な安心をくれるはずです。</p>

<p>大人の友情を守るのは、近すぎない距離感。自立した私たちだからこそ選べる、賢い選択をしていきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>まとめ</h2>

<p>生活リズムが確立した大人同士の「同居（シェアハウス）」は、些細なストレスから関係が破綻しがちです。目指すべきは、プライバシーを守りつつ助け合える「スープの冷めない距離での近居」。近すぎない距離感こそが、友情を長続きさせる秘訣です。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 29 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ワタナベ薫(メンタルコーチ) ]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>数学者はロマンチスト？藤原正彦が中原中也の詩に見た「未練がましさ」  藤原正彦（数学者） </title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14514</link>
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			<description><![CDATA[「学生の頃から中原中也が好きだった」と語る数学者の藤原正彦氏。中也の詩『月夜の浜辺』で描かれる「拾ったボタンをすてられない心情」に共感する藤原氏は「数学者は未練がましいもの」と語る。その真意とは？]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="中原中也の詩『月夜の浜辺』では「拾ったボタンを捨てられない心情」が描かれる" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_minamo.jpg" width="1200" /></p>

<p>ゆかりの場所に足を運ぶほど中原中也が好きだった、と語る数学者の藤原正彦氏。拾ったボタンを捨てられない心情が描かれる『月夜の浜辺』に共感し、藤原氏にとっての&quot;ボタン&quot;は何であったかと述懐します。「数学者というのは本来、未練がましいもの」と語るその真意は――？</p>

<p>※本稿は、藤原正彦著『静かな夜はあの歌と 一曲一曲に刻まれた、六十二篇の回想録』(PHP文庫)から一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ガラクタとともに夢が</h2>

<p>学生の頃から中原中也が好きだった。彼が生まれ育った山口県の湯田温泉、亡くなる前に暮らしていた鎌倉の寿福寺内の住まい、荼毘に付された逗子の火葬場の誠行社など、ゆかりの場所に足を運んだこともある。</p>

<p>中也は明治40年の生まれで、私の父と5歳しか違わない。それなのに昔の人のように感じてしまうのは、中也が早世しているためであろう。中也は幼い頃から神童と言われていた。8歳の時、3つ下の弟が死んだのをきっかけに詩を作り始めたといわれる。</p>

<p>26歳で結婚して、翌年に男の子が生まれ文也と名づけて可愛がったが、文也は2歳の誕生日を過ぎてまもなく小児結核で他界した。結核は当時、死亡率の高い病だった。文也の死の翌年、昭和12年（1937）には中也自身が結核性脳膜炎にかかり30歳で逝去した。</p>

<p>『月夜の浜辺』は、中也の死から半年後に刊行された詩集『在りし日の歌』に収められた詩である。そのため、この詩は中也が亡くなった文也を偲んで書いたものと解釈する人々もいるが、私は文也が死ぬ以前に書かれた詩と確信している。</p>

<p>この詩は、月夜の晩にふと拾ったボタンへのしみじみとした愛しさを歌ったものである。そんな繊細でロマンティックな感情は、子供を失うという怒濤のような悲しみの中では生まれ得ない。月夜の晩に浜辺でふと拾った、何の役にも立たないボタンへの愛しさ、何の理由もない愛しさ、それを歌っているからこそ、この詩は素晴らしい。</p>

<p>【月夜の浜辺】（中原中也）<br />
月夜の晩に、ボタンが1つ<br />
波打際に、落ちてゐた。</p>

<p>それを拾つて、役立てようと<br />
僕は思つたわけでもないが<br />
なぜだがそれを捨てるに忍びず<br />
僕はそれを、袂に入れた。</p>

<p>月夜の晩に、ボタンが1つ<br />
波打際に、落ちてゐた。</p>

<p>それを拾つて役立てようと<br />
僕は思つたわけでもないが<br />
月に向つてそれは抛（ほう）れず<br />
浪に向つてそれは抛れず<br />
僕はそれを、袂に入れた。</p>

<p>月夜の晩に、拾つたボタンは<br />
指先に沁み、心に沁みた。</p>

<p>月夜の晩に、拾つたボタンは<br />
どうしてそれが、<br />
捨てられようか？</p>

<p>ふと拾ったものを捨てられなくなる。そういう気持ちは誰にでもある。特に男の子の場合はそうで、ポケットにいろいろなものを入れている。子供の頃の私のポケットにも、道端で拾った錆びた釘やビー玉、きれいな石ころなどが入っていたりした。私がアメリカの大学で教えていた1970年代、&quot;女の子のスカートにもポケットをつけろ&quot;という運動があった。男性に比べ社会で活躍する女性が少ない原因のひとつは、女の子のスカートにポケットがないからだというのである。男の子のポケットの中には、いろいろなガラクタとともに夢が入っていて夢を育んでいる。そのポケットが女の子のスカートにないのは男女差別というのである。ガールフレンドの大学院生イレーヌもそんなことを言っていた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>インスピレーションで数学の論文は書けない</h2>

<p>この詩で印象的なのは〈指先に沁み、心に沁みた〉という一節である。〈心に沁みた〉というのは常套句だが、〈指先に沁み〉というのは非凡な表現である。小さなボタンが指先に沁みたと表現することで、ボタンに対するしみじみとした愛しさが胸に迫ってくる。</p>

<p>「アイラブユー」という言葉でも、大声でなく小さな声でささやかなければ伝わらない。中也は天才だから、計算したわけでもなく、そうした表現が自然に出てきたのだろう。18世紀のフランスの思想家ジャン・ジャック・ルソーは「生きるとは感ずること」という意味のことを言ったらしいが、詩人はまさに感じることで生きている。</p>

<p>私にとっての&quot;ボタン&quot;は何だったかと、改めて振り返ってみると、それは数学の美しい定理であったり、胸に迫った歌や詩であったり、会っただけでしびれた女性や、会っていないのに勝手にしびれた女性だったりした。この『月夜の浜辺』という詩だって、読んだ瞬間に私の拾った&quot;ボタン&quot;となった。小さな&quot;ボタン&quot;であるが、広大な宇宙の中のその時その場で私が奇跡的にめぐりあった、愛しい存在なのだ。</p>

<p>ふと拾ったけれど捨てられなくなるというのは、その出逢いに運命を感じてしまうからだろう。ボタンに出逢ったのは運命であり、『月夜の浜辺』を偶然に読んだのも運命、あの女性と出逢ったのも運命だった。そんな風に思うと、いよいよ捨てられなくなる。私にはそんな中原中也的な性向が多分にあるから、女房はしばしば、昔の思い出にいつまでもこだわる私を「未練がましい」と決めつける。</p>

<p>だが、数学者というのは本来、未練がましいものなのだ。アイルランドの大数学者ウィリアム・ハミルトンは、19歳の時に18歳の女性キャサリンに恋をした。男子学生との恋に陥った娘を心配したキャサリンの父親が、彼女を資産家の牧師と結婚させてしまい、若い2人の恋は悲恋に終わった。ところがこの26年後、40代半ばのハミルトンは彼女と初めて会った家を訪ねた。すでに廃屋となったその家に入ると、キャサリンの立っていた場所にちょうど天窓から月の光があたっていた。ハミルトンは思わずそこにひざまずいて床に口づけをした。</p>

<p>この未練がましさや情緒がないと、数学はできない。数学の論文を書くということは、世界中の天才、秀才が気づかなかった真理を発見したり、解けなかった難問を解いたりするわけで、瞬間的なインスピレーションだけではなかなか成し得ない。1年、2年、3年と、日夜頑張って考え続ける必要がある。5年、10年かけても解けず、20年ずっと考え続けるということも稀である。1つの大問題を続け、ほとんど何の仕事もできず一生を終えた数学者もいる。</p>

<p>数学者にとって、26年前の悲恋に執着するハミルトンの気持ちはよく分かるし、キャサリンの足下にあった床に接吻する気持ちもよく分かる。浜辺で拾ったボタンを捨てられない詩人の思いも自らのものなのだ。だから「未練がましい」と中傷されても、「当たり前だよ」と心の中でつぶやいている。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_minamo.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 29 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[藤原正彦（数学者） ]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>まばたきでウソがわかる？　心理学が示す「意外な見抜き方」  内藤誼人（心理学者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14445</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014445</guid>
			<description><![CDATA[研究によればウソをついている人にはわかりやすい傾向があるという。心理学者の内藤誼人さんがウソの見抜き方を解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="心の読み方" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_businessman.jpg" width="1200" /></p>

<p>良好な人間関係を築くためにあると効果的なのが「人の心を読む力」。心理学者の内藤誼人さんは著書『10秒で本音を見抜く心理術』にて、ウソをついている人の態度について言及しています。その意外な見極め方について、同書よりご紹介します。</p>

<p>※本稿は、内藤誼人著『10秒で本音を見抜く心理術』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ウソは「まばたき」に出る</h2>

<p>こちらが何らかの質問をしたとき、もし相手のまばたきがピタッと止まるなら、それはウソをついているサインかもしれません。</p>

<p>たとえば、「消費税だけでもおまけしてくださるわけにはいきませんか？」と質問したとき、相手がまばたきを止めて、「うう～ん、難しいと思いますね。うちの会社では、基本的に値下げには絶対に応じないようにと上からキツくお達しが出ていますから......」などと答えるようなら、絶対にムリというわけではないのかもしれないな、と考えられるわけです。</p>

<p>英ポーツマス大学のシャロン・リールは、26名の実験参加者を集め、13名には自分のことや仕事に関して本当のことだけを話してもらい、残りの13名にはウソの話をデッチ上げて話をしてもらいました。その場面をビデオに録画させてもらい、まばたきを測定してみると面白いことがわかりました。</p>

<p>一般に、ウソをつくとき、人間はパチパチとまばたきを増やすと思われておりますが、リールの実験では、ウソをついているときには「まばたきをしない」という逆の結果が得られたのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ウソをつくと、人は一瞬「無反応」になる</h2>

<p>ウソをつくときには、インチキな話を急いで頭の中で作り上げなければなりません。意識を集中し、頭をフル回転させなければならず、まばたきも止まるのです。そして、ウソの話が終わった瞬間から、またまばたきの回数は元通りになります。</p>

<p>したがって、相手がウソをついているのかどうかを知りたいのであれば、相手が話す言葉の内容ではなく、まばたきのほうに注意を向けましょう。「ちょっとあなた、浮気してない？」と質問をぶつけたとき、相手のまばたきが止まり、それから返答するようなら、おそらくは浮気をしています。必死に頭の中で作り話をこしらえているのでしょう。</p>

<p>だいたい普通の人なら、５秒に１回くらい、まばたきをするものです。したがって、これよりも大幅にまばたきが減っているように感じられるのなら、おそらくはデッチ上げの話をしている可能性があります。</p>

<p>相手の話の内容に注目してしまうと、事実を話しているのか、ウソなのかを見抜くのは難しくなってしまいます。まんまと相手に騙されてしまうこともあるでしょう。したがって、話の内容がウソかホントか知りたかったら、ただ相手の目を見つめてまばたきの回数に注目したほうがよいのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>やたらと饒舌になる人ほど、信用してはいけない</h2>

<p>ウソをつく人は、しどろもどろになってうまく話せなくなる。読者のみなさんは、そんなふうに思っているのではないでしょうか。</p>

<p>けれども、事実は逆。むしろウソをつく人は、「立て板に水」のように、スラスラとよどみなく話すようになります。</p>

<p>詐欺師の人がそうですね。警察官や税務署員などの「なりすまし詐欺」の実際の音声テープを流しているニュース番組を見ると（ネットでも動画を見つけることができます）、よどみなく話しています。「宮城県警○○課の○○と申します、本日、お電話させていただいたのは、あなたの銀行口座が犯罪に不正利用されていることがわかりまして......」とペラペラとよくしゃべっていることがわかるはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ウソをつく人ほど、よくしゃべる</h2>

<p>ウソをつく人は、とにかくしゃべりまくります。英ポーツマス大学のアルダート・フライは、73名の看護学生に、看護の仕事の内容について、本当のこととウソのことを話してもらい、そのときの話す単語数を測定してみました。</p>

<p>その結果、本当のことを話すときには平均130.23語だったのに対して、ウソを話すときには142.11語となりました。単語数が増えたのです。</p>

<p>ウソを話す人は、ウソだと思われないように、「たくさん話しすぎてしまう」傾向があると言えるでしょう。よりリアリティのある話をデッチ上げようとするため、どうでもいいような話を付け加えてしまうのです。</p>

<p>ちなみに、ウソをつく人は、話すスピードも速くなります。おそらくは頭の中にある作り話を一気に口に出したいと思うからでしょう。演技の素人が、覚えたセリフを一気にしゃべろうとするのと同じです。したがって、そういう点に注目しても、ウソをついているかどうかを見抜くことができます。</p>

<p>こちらが何も聞いていないのに、聞いていないことまでペラペラと話すような人は、やはりウソをついている可能性が高いと言えるでしょう。</p>

<p>販売や営業に携わる人は、感心するほどにペラペラとよくしゃべりますが、そういう人ほど胡散臭い感じがします。お客さまのほうも、饒舌な販売員ほど警戒しますので、本当はもっとゆっくりと話したほうがいいのではないでしょうか。「ウソっぽい」と思われたくないのなら、「立て板に水」のような話し方はやめておいたほうがいいのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_businessman.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 29 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[内藤誼人（心理学者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ポルトガルで学んだ「ほどよく生きる知恵」　今日から実践できる9つの習慣  乾祐綺（フォトジャーナリスト）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14494</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014494</guid>
			<description><![CDATA[ポルトガル人が大切にしている小さな習慣とは――ポルトガルでも活動する乾祐綺さんが9つの習慣を紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="乾祐綺著『西の果てで見つけた ポルトガル人のほどよい生きかた』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_danceWoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>「ポルトガルで暮らして学んだのは、人生を変える方法ではなく、人生を急がせない技術だった」――ポルトガルと日本の2拠点で活動するフォトジャーナリストの乾祐綺さんは、ポルトガルの人々と日々関わる中で、&quot;ほどよい生き方&quot;を見つけることができたといいます。</p>

<p>本稿では、乾さんが人生のさまざまなフェーズで心のよりどころにしているという「ポルトガル式の小さな習慣9つ」を見ていきましょう。</p>

<p>※本稿は、乾祐綺著『西の果てで見つけた ポルトガル人のほどよい生きかた』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>結果だけでなく、過程にも目を向ける</h2>

<p>①目の前の人を、いちばん大事にする</p>

<p>ポルトガルで暮らしていると、&quot;今ここにいる人&quot;を最優先する場面に何度も出会う。バスの運転手さんが車を降りてわざわざ道案内をする。レジに長蛇の列があっても、困っている人がいたらみんなで解決する。効率は確実に落ちる。でも、その瞬間、人と人の関係は確実に濃くなる。</p>

<p>日本では、時間を守ること、流れを止めないことが美徳とされやすい。だから「あとでね」「急いでいるから」が自然に選ばれているように感じる。一方で、ポルトガルは、目の前の人に全力で関わることを、迷いなく選ぶ社会だ。後先を、そして周りを考えることもとても大事なこと。でも、今この瞬間、自分の周りにいる人に向き合うこと以上に、実は大事なことはそれほどないのではないかとも、ポルトガルでは思わされる。</p>

<p>だってそんな光景が、社会を少ししなやかにし、居合わせた人の心もほんのりと温めているのを目の当たりにしてきたから。ここにいると、未来は今を、そして周囲の人を大事にすることから始まる気がする。目の前の人を、そして今を大事に。結果、世界が少しずつ慈愛に満ちていく。自分にも自信が持てるようになっていく。</p>

<p>②不便も、前向きに捉えてみる</p>

<p>日曜に店は閉まる。エレベーターはよく壊れる。エスカレーターも同様。思いどおりにいかないことが本当に多い。でも、その不便が、人を苛立たせるよりも助け合いを生む場面を、ポルトガルでは何度も見てきた。</p>

<p>誰かが待つ。誰かが手を貸す。誰かが声をかける。ポルトガルでは、不便は関係が生まれる余白として残されている。思いどおりにいかない時間、場面を受け入れてみること。不便は、必ずしも敵ではない。そこから獲得できる、新しい自分に出会うチャンスかもしれないから。</p>

<p>③正解より、過程を引き受ける</p>

<p>例えばこの国を代表するバカリャウ(塩漬けして乾燥させた干し鱈)料理は、調理に非常に時間がかかる。塩抜きには何日も必要で、しかもその塩梅はとても微妙で、失敗も多いという。それでもポルトガル人は、この料理を愛してやまない。効率的ではない。でも、手間を含めて味だと知っている。完成品だけを評価しない。そこに至る過程も、ちゃんと味わっている。</p>

<p>日本では、結果が先に問われることが多い。だがポルトガルでは、どうやってそこに辿り着いたか、が大切にされている。遠回りの時間を肯定する視点として。これまでの過程に誇りを持っていいという再評価として。正解は大事。でも、過程を楽しめるようになると、毎日は明らかに輝くようになる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>上手くいかない時もチャンスだと捉える</h2>

<p>④予定どおりに進まないことを、前提にする</p>

<p>ポルトガルでは、物事はだいたい予定どおりに進まない。バスは遅れる。工事は伸びる。約束の時間も前後する。最初は戸惑う。が、やがて気づく。この社会は、もともと&quot;ズレる前提&quot;で設計されているのだと。だから、少しの遅れでは関係が壊れない。完璧に揃わなくても、生活は続く。</p>

<p>日本では、予定どおりであることが信頼に繋がる。だが、ポルトガルでは、ズレても関係が続くことが信頼になる。20代、30代には、コントロールできない状況への耐性として。40代、50代には、人生の誤差を責めなくていいという視点として。予定どおりにいかないことは、価値観を変えるチャンス。大事なのは、きっとその先に。</p>

<p>⑤なにかを理由に諦めない</p>

<p>「ア・アヴォ・ヴェイウ・トラバリャル(A Av&oacute; Veio Trabalhar ／おばあちゃんが働きに来た)」という社会プロジェクトのおばあちゃんたちと過ごしていて何度も感じたのは、彼女たちがほとんど&quot;やらない理由&quot;を口にしないということだ。</p>

<p>年齢の話をしないわけではない。体が痛い日もあるし、つかれる日もある。それでも、その言葉は「だからやらない」には繋がらない。刺繍をする。人前に立つ。知らない世代と話す。どれも「今さら」「若い人のほうが向いている」という理由で手放すことは簡単なはずだ。けれど彼女たちは、決してそうはしない。完成度や評価で自分を測らず、関わっているかどうかだけを大事にしているように見える。</p>

<p>彼女たちは、理由が揃ってから動くのではなく、まずは動く。動きながら理由を探している。いや、理由すらなくてもいいのだろう。なにかを理由になにかを諦めないというのは、無理をすることではない。人生を条件付きにしない、という態度であり、自由な生き方そのものだ。僕が大好きなポルトガルのおばあちゃんたちは、そのことを言葉ではなく、生き方そのもので示している。</p>

<p>⑥喪失も含めて人生だと理解する</p>

<p>ポルトガルにしかない言葉であり、感覚であるとされる「サウダーデ(Saudade)」。懐かしさ、郷愁、切なさ――どれも近いが、どれも少し違う。サウダーデとは、失ったものを忘れずに生きるための感覚。過去を手放すことでも、前向きに整理することでもない。失われたまま、それでも今を生きる。その未完了な状態を、そのまま抱えて進む態度だ。</p>

<p>ポルトガルの人々は、喪失を急いで乗り越えようとしない。亡くなった家族、戻れない場所、終わった関係――それらを人生から切り離さず、日常の中に静かに置いている。サウダーデが教えてくれるのは、生き方、そして人生というものの捉えかただろう。</p>

<p>無理に終わらせなくていい。忘れなくていい。完成しなくていい。途中のままでいい。生きていていい。戻っていい。諦められなくていい。サウダーデは、どんな人生も肯定していいのだと教えてくれる、ポルトガルならではの教えなのだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分へのご褒美も忘れずに</h2>

<p>⑦人生を更新し続けなくていい</p>

<p>常に新しく、常に変わり続けることが良しとされる時代。スキル、情報、価値観。アップデートを止めることは、取り残されることのように感じられる。でもポルトガルでは、変わらないものを持つことも大切にされている。</p>

<p>同じ店に通い、同じ道を歩き、同じ人と話す。その繰り返しが、生活の土台になる。変わらないことは、停滞ではなく、安心の源。20代、30代にとっては、「流行を追いかけなくていい」という救いに。40代、50代にとっては、「もう十分積み重ねてきた」という肯定に。人生は、更新し続けなくても、自然と深まっていく。</p>

<p>⑧甘いものを、ちゃんと食べて自分にご褒美を与える</p>

<p>ポルトガルでは、甘いものは特別な日のご褒美ではない。仕事の合間や昼食のあと、理由もなくケーキを食べ、コーヒーを飲み、会話をする。甘いものは、頑張った自分を甘やかすためではなく、立ち止まるきっかけとして日常に置かれている。それはルーティンのようにさえ思える。</p>

<p>もちろん、無頓着に食べているわけではない。甘いものを楽しむ一方で、人々はよく歩き、階段を使い、身体を動かす。食事全体のバランスや量にも、自然と気を配っている。好きなものを我慢するのではなく、好きでい続けるための工夫を暮らしの中に組み込んでいるのだ。</p>

<p>効率を重んじる社会では、ご褒美は成果の後に与えられる。だがここでは、成果の前にも途中にも、小さなご褒美＝甘さが差し込まれる。それは自分を律するためではなく、無理をしすぎないための調整なのかも。</p>

<p>甘いものを食べることは、健康を軽視する行為ではない。むしろ、心と身体の声に正直に生きること。すべてを管理し、抑制するのではなく、楽しみながら続けていく。そのバランス感覚こそが、大事なのだ。</p>

<p>⑨挨拶をする。隣の人に、ひと声かけてみる</p>

<p>ポルトガルでは、知らない人同士でも、自然に挨拶が交わされる。エレベーターの中、カフェのカウンター、バス停の列。「ボン・ディーア(Bom dia ／おはよう)」の一言に、特別な理由はいらない。</p>

<p>挨拶は、相手と深く関わるためのものではない。むしろ、「あなたの存在をちゃんと見ています」という合図だ。名前も知らない相手に、敵意がないことを伝える、最小限の社会的な礼儀のような、サインのような。</p>

<p>忙しい社会では、人に話しかけることは、ときにリスクのように扱われる。無駄な時間が増えるかもしれないし、反応が返ってこない可能性もある。だがポルトガルでは、「ボン・ディーア」はスイッチのようなもので、その一言で関係が始まり、その一瞬のやり取りの積み重ねによって、街の空気が確実にやわらかくなっている。</p>

<p>そして知らない人に挨拶することは、世界と繋がるための最初の一歩だ。当たり前だが、社会的な評価や肩書きを持たなくても、人と会話することができるし、友達にだってなれる。実際、僕はポルトガルで、たった一言の挨拶から、さまざまな国の人たちと友達になってきた。</p>

<p>まずは「おはよう」から。いや、軽い会釈からでもいい。自然なウインクができるようになったら最高だ！ポルトガル人は挨拶の代わりにウインクをする人も結構いるのだけど、それがとてもかっこよくてうらやましい。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 26 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[乾祐綺（フォトジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「せっかくだから」と何でも楽しんでみる　作家が心惹かれた友人の生き方  有川真由美（作家/写真家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14461</link>
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			<description><![CDATA[作家の有川真由美さんが魅力を感じた友人の特徴とは？有川さんが心惹かれた生き方や言葉を紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="有川真由美著『一緒にいると楽しい人、疲れる人』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smailWoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>いつも笑顔の人、ひたむきに努力している人――「魅力的な人といえば？」と聞かれば、人によってさまざまな答えがあるでしょう。「友人の生き方に魅力を感じている」と語る作家の有川真由美さんに、実際に心惹かれた友人の考え方を紹介していただきます。</p>

<p>※本稿は、有川真由美著『一緒にいると楽しい人、疲れる人』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>楽しいことに目を向ける人には魅力がある</h2>

<p>近所に住んでいた幼なじみのMちゃんは、20代前半でお見合い結婚。相手に初めて会ったのがお見合いの席。2回目に会ったのが結納。3回目は結婚式というおそるべきスピード婚で、遠い街へと嫁いでいきました。Mちゃんは「だって、相手もいい人そうだし〜」と言っていたけれど、まるでポンと新車を買うような決断に、私は「気の迷いなのでは？」と心配したものです。</p>

<p>あれから30年。孫も生まれて、同じパートの仕事を20数年続けながら、楽しそうに生きているＭちゃん。会うたびに、貫禄というか、安心感のようなやわらかな魅力が備わって、Ｍちゃんの大切なものを守り続けていく力にはあっぱれ、と敬意を感じるのです。</p>

<p>始めるのは簡単でも、続けていくのは、ほんとうにむずかしい。そこにあるしんどさよりも、「楽しさ」や「よろこび」に目を向けなければ、続けることはできないからです。</p>

<p>それとは別な次元の話ではありますが、私も本を書いていて、つくづく思います。締め切りに追われ、しんどい状態で書き続けていると、きっと自滅してしまうと。だから、いつまでも書くことを楽しんでいたい。大好きな本を繰り返し読んだり、興味のあるテーマを追いかけたり、ときには読者の方たちと交流したり......。そんな書くための&quot;工夫&quot;をあれこれしながら「楽しさ」や「面白さ」を保つようにしています。</p>

<p>その根底にあるのは、「せっかく書く役割をいただいたのだから」というシンプルな初心かもしれません。「せっかくだから」という言葉は、後ろ向きになりそうな心を、前に向けてくれます。大切なことを大切にしよう、少しでもいいものにしようというときに有効です。</p>

<p>「せっかく家族をもてたのだから」</p>

<p>「せっかく望んだ仕事につけたのだから」</p>

<p>「せっかくこの場所に住んでいるのだから」</p>

<p>そして、究極は「せっかく命をいただいたのだから」。「せっかく」とは滅多に得られない恵まれた状況に感謝し、大切にする気持ちを表します。小さなことにも、私は魔法の呪文みたいに「せっかくだから」とつぶやきます。</p>

<p>「せっかく天気がいいから、散歩に出かけよう」</p>

<p>「せっかく料理をつくるから、おいしいものにしよう」</p>

<p>「せっかく出かけるのだから、ちょっとおしゃれしよう」というように。</p>

<p>そんなふうに一つひとつの機会を大切にして「なんでも楽しんでしまおう」とすることが、自分とまわりの人を楽しくする一歩だと、私は信じているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「忙しい」と言わない人には魅力がある</h2>

<p>忙しいのに、「忙しい」と言わない人は魅力的です。ほとんどの人は、「忙しい」と言っている人よりも、実際はそうであっても口に出さない人とつき合いたいし、一緒にいて楽しいと思うのではないでしょうか。それは、時間の問題ではなく、心の余裕があるかないかの問題だと感じるからです。</p>

<p>早朝から夜まで分刻みで働く女医の友人がこんなふうに言ったことがありました。</p>

<p>「忙しいって言うのは、恥ずかしいこと。みんな忙しいのはあたりまえだし、それで&quot;なにかができない&quot;って理由にはならないでしょう？」</p>

<p>仕事と子育てをしながら、語学やスポーツ、旅行......と、やりたいことをつぎつぎに実現してきた彼女の姿からは、いつもエネルギーをもらうのです。賢い人は、「忙しい」とは、文字通り、心を亡くすとわかっています。それを口にするほど自分を追い立てて、焦りやイライラがさらによくない状況を引き起こすことや、人を遠ざけたり、傷つけたりしてしまうことを、わかっています。</p>

<p>心の余裕をキープするのは、とても重要なことなのです。心に余裕があれば、一つひとつのことを楽しむことができます。自分の都合を押し付けずに、人の話を聞いたり、人にやさしくできたりします。心の余裕をもつためには、「『忙しい』と言わないこと」のほかに、つぎのことをクセづけてはいかがでしょう。</p>

<p>①1日1回、自分のためだけの時間をもつこと</p>

<p>人と接して、だらだらと忙しくするのではなく、15分でも素の自分に戻ったり、好きなことをやったりする時間を意識的に確保することで、心の余裕が生まれます。</p>

<p>②5分でやれることは、すぐにすること</p>

<p>物事を放置したり、先送りしたりしていると、「まだあれができていない」と気が重くなってきます。小さなことを一つひとつ片づけることが心の余裕につながっていきます。</p>

<p>③やらなくてもいいことはやらないこと</p>

<p>「忙しい」と言う人は、たいてい、多くの「やるべきこと」を自分に課しています。客観的に見て「やらなくてもいいこと」は手放す、ハードルを下げることが大事です。</p>

<p>焦ると呼吸が浅くなります。忙しいと感じたら、まずは深く呼吸をするクセをつけるのもいいでしょう。心の余裕が最大のパフォーマンスを生むと頭に置いていてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「自分の言葉で表現」ができる人には魅力がある</h2>

<p>「自分の言葉で表現」ができる人は魅力的です。たとえば、誕生日メッセージをSNSで送り合うとき、「お誕生日おめでとう」「素敵な1年になりますように」といった、いわゆる&quot;定型文&quot;が並んでいるなかで、「ん？」と目がひきつけられるのは、やはり「その人なりの表現」です。</p>

<p>私が感動したのは「お誕生日おめでとう！」と、言葉はいたって普通でも、それを書いたプラカードを友人2人が笑顔でもっている写真のメッセージ。それから「生まれてから一度も心臓が止まってないなんて、心臓ってえらいね。何度か心臓が止まりそうになったことはあったけどね」という私の黒歴史を知る友人からのメッセージにも吹きだしそうになりました。そんなふうに自分の言葉で伝えられる人は魅力的。心が通い合っていると感じます。</p>

<p>「自分の言葉」「自分なりの表現」といっても、むずかしく考える必要はありません。気のきいた言葉、ウィットに富んだ表現が必要なわけでもありません。会話、メッセージ、スピーチ......。どんな表現でも、自分の言葉で伝えるための基本はつぎの3つです。</p>

<p>①「伝える」と「伝わる」は別モノと考える</p>

<p>ただ言葉を「伝えた」だけで、自分の気持ちが「伝わった」わけではありません。「どんなふうに言ったら相手に伝わるのか？」、相手の立場で考えることが大事。</p>

<p>②「ちょっと楽しくなってもらうには？」と考えるクセをつける</p>

<p>大切なのは、借りてきた言葉よりも「気持ち」を届けること。たとえば、仕事メールの冒頭で「お世話になっています」だけでは、単なる形式としてスルーしてしまいます。「今日はいい天気ですね」という言葉を添えるだけで、ほっと心が和みます。</p>

<p>なにかのメッセージを伝えるのに「ちょっと楽しくなってもらうには？」は1つの基準。「それに見あう言葉は？表現は？」と考える心がけをもつだけで表現方法はぐんと広がります。</p>

<p>③素直な「感情」「気持ち」を伝える</p>

<p>たとえば、感謝を伝えるなら、「ありがとう」だけでなく、「ほんとうにうれしかった」「あなたがいてくれてよかった」と、感情をひと言添えるだけでもいいのです。仕事の帰りも、「お疲れさまでした」だけでなく、「今日は忙しかったけど、だいぶ片づきましたね」などと気持ちを伝える人には、親近感がわきます。</p>

<p>「自分の言葉」で表現できると、周囲のあなたを見る目は確実に変わるはずです。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 26 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[有川真由美（作家/写真家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>漫画の実写化「なぜ設定を変える？」 『税金で買った本』原作者がハッとした裏事情  ずいの（漫画家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14384</link>
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			<description><![CDATA[『税金で買った本』原作者・ずいの先生インタビュー最終回！ドラマ化・アニメ化を控える本作の映像化への思いを直撃。「なぜ実写化でキャラ設定や性別が変わるのか」制作陣から明かされた驚きの裏舞台に迫る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="税金で買った本" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260603zuino01.jpg" width="1200" /></p>

<p>講談社『週刊ヤングマガジン』で連載中の大人気図書館お仕事漫画『税金で買った本』（ヤンマガWeb）。ヤンキー高校生の主人公・石平（いしだいら）くんが図書館でのアルバイトを通じて成長していく姿を圧倒的なリアリティで描き、多くのファンを魅了しています。そんな本作が、テレビドラマ化とアニメ化されることが決定しました！</p>

<p>原作者であり、元図書館職員でもあるずいの先生へのインタビュー最終回となる今回は、ファン待望の映像化企画を初めて聞いた時の率直な心境や、実写ドラマ化にあたってハッとさせられたという映像制作の舞台裏についてお聞きしました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>原作者としてハッとした、映像化の裏事情</h2>

<p><img alt="税金で買った本" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260603zuino02.jpg" width="1200" /></p>

<p>――本作『税金で買った本』は、テレビドラマ化とアニメ化決定という、ファンにとっても非常に嬉しいニュースが発表されました。この映像化の企画を最初に聞いた時の、率直な心境を教えてください。</p>

<p>【ずいの】めちゃくちゃ嬉しかったです！ 漫画家として、自分の作品が「映像化されること」を大きな目標として掲げて連載を頑張ってきたので、お話をいただいた時は本当に嬉しかったですね。</p>

<p>――実写ドラマとアニメ、それぞれの制作陣と脚本や設定の確認といったコミュニケーションを取る中で、何か新しい発見はありましたか？</p>

<p>【ずいの】アニメに関しては、漫画の表現やテンポ感とかなり近いアプローチができるので、原作の話からそれほど大きな変更はないかと思います。</p>

<p>ただ、実写ドラマに関しては、実際の撮影場所の制約や「生身の人間が演じる」という違いがあって、話の構成や設定が漫画とは大きく変わる部分があります。最初にその違いに直面した時は、「漫画とかなり差が大きいな」と思ったのですが、制作の方のお話を聞くうちに、なるほどなと納得させられる発見がたくさんありました。</p>

<p>――例えば、どのような理由で設定が変更されるのでしょうか？</p>

<p>【ずいの】漫画であれば、キャラクターの髪型やトーンの色を変えることで、読者に「これは全く別のキャラクターだよ」と伝えることができます。でも実写の場合、同じくらいの背格好の役者さんが私服や似たようなエプロン姿で演じていると、視聴者がパッと見た時に「どの人がどのキャラクターなのか、見分けがつかなくなってしまう」という問題が起こります。</p>

<p>特に『税金で買った本』は、20代〜30代の女性キャラクターが多いので、画面上に同じ世代の女性が何人も並ぶと視聴者が混乱してしまう、と。実際には原作漫画から設定を大きく変えるようなことは行わなかったのですが、当初は性別を変えるなどの思い切った変更についてご相談をいただいたこともありました。</p>

<p>私自身、いち視聴者だった頃は「なんで漫画の実写化って設定を変えるんだろう？」と不思議に思っていたのですが、いざ自分が当事者として理由を知ると「なるほどな」と合点がいきました。</p>

<p>――実写ならではのキャスティングや、漫画とは違うアプローチでどう描かれるのか、今から楽しみです。最後に、映像化をきっかけに新しく原作を手に取る読者や、これから作品に触れる未来のファンに向けて、「こういう視点で読んだら面白いですよ！」というようなメッセージなどありましたらお願いします。</p>

<p>【ずいの】キャラクターたちの掛け合いに注目していただいてもいいですし、図書館というちょっと特殊な業務の裏側に興味を持っていただいても、本当にどんな視点でも自由に楽しんでいただければ幸いです。</p>

<p>原作漫画には、映像化には収まり切らなかった変なエピソードや、1話完結のお話がたくさん詰まっています。映像化される範囲は、長い連載の中のほんの一部に過ぎませんので、実写ドラマやアニメをきっかけに作品を知ってくださった方にも楽しんでいただけるのではと思います！</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 26 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ずいの（漫画家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ずるい人に振り回されない方法。他人の言動に反応せず“よい人生”を選べ  加藤諦三（早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14379</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014379</guid>
			<description><![CDATA[他人を恨むだけの人生から脱却する心理学。ずるい人に迎合する弱さと向き合い、「戦う心（ファイティング・スピリット）」を持つ重要性を解説。他人の言動に反応せず、能動的に「よい人生」を選ぶためのヒントを提示。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="加藤諦三氏は、よい人生を望むなら、ずるい人を拒絶するべきと説く。" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_meiro.jpg" width="1200" /></p>

<p>「あんなにしてあげたのに......」と、不誠実な人に対して怒りや恨みを抱え続けていないでしょうか。<br />
ずるい人を恨み続けることは、あなたが費やした時間やお金、そしてエネルギーをすべて無駄にし、自身の成長を止めてしまうことになります。<br />
本記事では、過酷な逆境を乗り越えた少女シーボンの「やり返せ（You can fight back.）」という言葉の本質をひも解き、他人に振り回される「反応的な生き方」から、自らよい人生を切り開く「能動的な生き方」へとシフトするための心理学的なアプローチを解説します。</p>

<p>※本稿は、加藤諦三著『「なんとなく不安」が消える本』（PHP文庫）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ファイティング・スピリットこそ「よい人生」のカギ</h2>

<p>弱い人、つまり愛情飢餓感の強い人は、すぐに相手を恨む。そして相手を恨むことで、今までの自分の苦労を水の泡にしてしまう。<br />
こういう人たちは、自分の人生は困難に満ちていると思っている。<br />
それは間違いである。<br />
自分の弱さが困難を招き、自分で自分の首をしめて「苦しい、苦しい」と言っているに過ぎない。</p>

<p>直面すべき困難とは、自分の内なる愛情飢餓感である。<br />
人を恨んでいる人に必要なのは何よりも戦う心、ファイティング・スピリットである。</p>

<p>何よりも、レジリエンスのある人の心に学ばなければならない。ファイティング・スピリットを育成しなければならない。<br />
自動車にたとえれば、エンジンが故障しているのである。エンジンの故障がすなわちファイティング・スピリットの欠如である。</p>

<p>小さい頃から虐待に耐えて立ち上がった少女シーボンの言葉がある。<br />
You can fight back.（やり返せ）。</p>

<p>ずるい人は、シーボンのような人には近寄らない。<br />
母親からいつも拒絶され、「お前は腐っている、馬鹿だ」と言われても、母親の言葉を信じなかったシーボンなら、そんなずるい人に迎合してお金を出さない。質の悪い人に騙されない。<br />
シーボンなら、ずるい人が寄ってきても「こんな人たちに気に入られても嬉しくない」と思ったであろう。迎合しなかったろう。<br />
こういうずるい人たちに次々にかかわってしまう「私」に問題がある。</p>

<p>長年にわたって騙され続けてきた人たちは、自分の弱点に気がついていない。いつも人を恨んでいる人たちは、自分の弱点に気がついていない。</p>

<p>いいように人から利用され続けてきた人たち、苛められ続けてきた人たち、そういう人に必要なのは、シーボンの言葉である。<br />
You can fight back.<br />
さらにもう一つ、次の言葉が必要である。同じくシーボンの言ったことである。<br />
The resilient want a good life.（よい人生を望む）。</p>

<p>よい人生を望むなら、ずるい人を拒絶することである。善人の仮面を被ったずるい人を拒絶することなしに、死ぬほど努力しても意味はない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>相手が見えないから自分の弱さも分からない</h2>

<p>ずるい人も、恨まれていると分かれば、それまでは心の底で少しは持っていた「申し訳ないなあ」という感情さえ、跡形もなく消える。<br />
こちらが相手を恨んでしまえば、そのずるい人と同じレベルになってしまう。</p>

<p>その時に「自分はこれだけの心労と大金と時間を彼のために使った。そしてこの結果を得た。もしこの結果から自分が何も得ないなら、まさにこれまでの心労と大金と時間は全て無駄になる」と考えることができたら、次から事態は変わってくる。<br />
そのように考えた時には、悔しいけれども自分の弱さが見えてくるはずである。<br />
まず、ファイティング・スピリットの欠如に気づくだろう。その他にもいろいろと分かってくる。</p>

<p>たとえば、あんなずるい人から好意を期待した自分の愚かさ、卑しさ。<br />
相手をずるい人と見抜けない自分の観察眼のなさ。<br />
自分のことも相手のことも、全く分かっていなかった。<br />
自分に深刻な劣等感があるから相手が見えないのである。<br />
さらに、自分がこの人生で何をしたいのかも分かっていない。<br />
自己喪失である。<br />
相手を見ないでお金を貸してしまう、自分の判断力のなさである。</p>

<p>もし愛情からお金を貸したのならば、後で結果がどうであれ、そんなに人を恨むことはない。<br />
人を助けることは喜びをもたらすはずである。心の癒しになる、心の励みになる。<br />
それなのに喜びを感じないとすれば、「助けること」のどこかに本質的に間違っているものがある。</p>

<p>本来、人を助けることで心は癒される。助けた後でその人を恨むとすれば、こちらが相手から何かを期待していたのである。その期待したものが返ってこないから、恨むのである。</p>

<p>自分を見つめて見えてくるものは、たとえば心のこもっていない口先だけのお世辞を喜ぶ自分の愚かさかもしれない。<br />
嫌われることを恐れて行動してしまう自分の弱さ、浅はかさかもしれない。そのような自分の愚かさ、卑しさをずるい人間から突かれたのである。</p>

<p>それに、相手に何かを求めてしまうと相手が見えない。つまり相手のずるさが見えない。<br />
そして期待されたことをしないと、相手から責められるような錯覚に陥る。<br />
責められていないのに責められているという「被責妄想」に陥る人は、甘えの欲求が満たされていないのである。<br />
甘えたいのに甘えられないから、何でもない言葉や行動に対して、責められていると錯覚するのである。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人を恨むことは損にしかならない</h2>

<p>相手を恨んでしまえば、それまでの苦労や使ったお金やエネルギーが活きないばかりではなく、自分の心理的成長もない。<br />
自分はそこまでいろいろな問題を解決して生きてきた。本当はこれが自信につながるはずなのである。<br />
まさにレジリエンスとは、成長のために困難を切り抜けることである。そして成長し続けることである。</p>

<p>人は困難に打ち勝ってこそ自信がつく。<br />
ところが嫌われるのが怖くて行動してきた時は、自信につながらない。なぜならこの行動は、成長のための行動ではないからである。</p>

<p>レジリエンスのある人と、単なる生存者との違いはそこである。<br />
単に生き延びただけの人と違い、レジリエンスのある人は、情緒的に苦しい経験を切り抜けて、情緒的均衡を危機一髪のところで維持してきたということである。心の安定を失わなかったのである（註1）。</p>

<p>嫌われることを恐れて行動してきた人は逆である。<br />
その経験の後で心の安定を失っている。</p>

<p>考えてみれば、これまで例に挙げた人たちも、それだけの人生の荷物を解決したのである。「よく解決した」と考えれば自信につながる。</p>

<p>「私が自分から解決した」と考えるのが、レジリエンスのある人である。<br />
あの人がこういう態度を取るから悔しいという気持ちに振り回されない。相手がこういう態度を取るから、ということに影響されない。<br />
レジリエンスのある人は、人の言動に反応しない。<br />
反応しないで「私はこうする」という態度で生きる。リアクティブでない。プロアクティブである。</p>

<p>「あんなにしてあげたのに」と恨めば、人生の重荷を解決したことが自信につながらない。<br />
本人が「自分が解決した」と考えていないで、相手を恨んでいるから、解決したという実感を味わえない。</p>

<p>解決したという実感を味わえない時は、自分の「積極性、自発性、能動性」の欠如を反省することである。<br />
自分は単に、人から気にいられたいために動いていただけだった。「なんでここまで愚かになってしまったのか」と自分を反省する。この反省が「体験から意味を獲得する」ということである。</p>

<p>レジリエンスのある人は辛い体験をした時、そこから積極的な意味を獲得する（註2）。<br />
しかし、辛い体験から積極的な意味を獲得しないで人を恨んでいる人は、また同じように誰か他の人から騙されてお金を使う。<br />
一生無駄にお金を使う。<br />
そのお金が、「自信のある人生」という本来お金で買えないものをもたらすはずなのに、台無しにする。<br />
そして苦労して得たお金を一生浪費し続ける。<br />
この態度がレジリエンスのない人である。</p>

<p>（註1）&ldquo;Unlike the term survivor, resilient emphasizes that people do more than merely get through difficult emotional experiences, hanging on to inner equilibrium by a thread.&rdquo;Gina O&rsquo;Connell Higgins, Resilient Adults-Overcoming a Cruel Past, Jossey-Bass Publishers&nbsp;San Francisco, 1994, p1.<br />
（註2） &ldquo;I also found that they tend to negotiate an abundance&nbsp;of&nbsp;emotionally hazardous experiences, proactively rather than reactively, thus solving problems flexibly; they make positive meanings out of emotional disappointments; they effectively recruit other people.&rdquo;同前、p20.</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 26 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[加藤諦三（早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>脳トレや日記は認知症予防として正解なのか？　研究が示す意外な結論  下村健寿（福島県立医大主任教授/医師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14527</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014527</guid>
			<description><![CDATA[脳トレや日記は意味があるのか？認知症予防として本当に効果のある習慣について、医師の下村健寿さんが解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="脳トレは効果がある？" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smartphone_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>糖を摂りすぎると脳の認知機能が低下し、アルツハイマー病などの認知症につながる――近年の研究から、糖分が脳に与える影響が注目されています。</p>

<p>福島県立医大主任教授の下村健寿さんは著書『糖毒脳』にて、脳に悪い習慣と、脳を守るための方法を解説しています。</p>

<p>本稿では、かつてブームとなった「脳トレ」の真実と、脳に良い「書く」習慣についてご紹介します。</p>

<p>※本稿は、下村健寿著『糖毒脳』(ダイヤモンド社)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>脳トレは「トレーニング」にならない？</h2>

<p>いまから20年ほど前、「脳を鍛える方法」として日本中で一大ブームを巻き起こした「脳トレ」。携帯ゲーム機や雑誌などで取り上げられた簡単な計算、読解問題、パズルゲームといった「脳トレ」に真剣な表情で取り組む人々を、バスや電車の中、病院の待合室などでよく見かけました（いまでも見かけます）。</p>

<p>開発者からは「脳トレをすれば脳が活性化する」という力強いメッセージが発せられ、具体的な研究成果として、思考や判断、感情、創造性を司る脳の司令塔である「前頭前野」の血流が増加するという報告もありました。</p>

<p>認知症患者は前頭前野が萎縮して人格変化や異常行動を来すと考えられていますから、これはまさに「救世主」の登場かと思われました。</p>

<p>さらに、「脳年齢テストで61歳と判定された女性が脳トレを続けた結果、脳年齢が20歳にまで改善した」という驚くべき報告も示され、脳トレは「脳の若返りにも有効」とまで言われました。ついに画期的な「脳を鍛える方法」が発見された、誰もがそう信じました。</p>

<p>しかし、この脳トレブームの直後から、世界中の脳科学者、研究者、医師といった多数の専門家たちから、その効果を疑問視する声が次々と上がりました。専門家たちが指摘したのは、脳トレを続けることで向上するゲームの「スコア」が、必ずしも脳全体の持つ認知機能の改善を反映していないのではないか、という点です。</p>

<p>イギリス公共放送のBBCが1万人以上を対象として行った大規模研究では、参加者に６週間にわたって推論、記憶、計画性、視空間認知、注意などの脳トレ同様の認知課題を訓練させました。</p>

<p>その結果、訓練した特定の認知課題においては、確かにパフォーマンスが向上することが確認されました。しかし、それとはまったく異なる、訓練していない課題に対しては、残念ながら改善が見られなかったのです。</p>

<p>つまり、脳トレによってスコアが向上するのは、特定の課題に繰り返し取り組むことで、その「ゲームのコツ」や「攻略法」を習得した結果に過ぎません。それが脳の一般的な認知機能の向上や、他の領域での認知能力の全体的な改善に直接つながるわけではない、というのが現在の専門家の共通認識です。いくら熱心に脳トレに取り組んでも、期待するような効果は得られない可能性が高いと言えるでしょう。</p>

<p>ただ、完全に無効というわけでもなさそうです。バージニア大学で加齢と認知機能に関して専門的に研究をしているティモシー・サルソウス博士は「やって楽しいならやればいいんじゃないだろうか。別に有害という報告はないし」と語っています。</p>

<p>つまり......脳トレは無理をしてまでやる価値は、残念ながらなさそうです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「スマホ脳」がもたらす恐ろしい現実</h2>

<p>最近では、スマホ（スマートフォン）のアプリゲームを「脳トレ」として楽しんでいる人も多いようです。ですが、その効果が限定的であることは、先ほどお伝えさせていただきました。</p>

<p>そしてさらにお伝えしたいのが、スマホアプリに過度に依存することは、効果がないどころか、脳に多大な悪影響をもたらすという事実についてです。</p>

<p>現代社会においてスマホはなくてはならない存在ですが、その便利さと引き換えに、私たちの脳では人類史上かつてない「異変」が起き始めています。</p>

<p>それが、「スマホ脳」と呼ばれる状態です。知性の司令塔である前頭前野や記憶の守護神である海馬が、絶え間なく流れ込む通知や終わりのないスクロールによって過重労働に追い込まれている状態を指します。</p>

<p>単なる「使いすぎの戒め」ではなく、この疲弊した状態の先に「認知症」という深刻なリスクが潜んでいる可能性を指摘する科学者もいます。</p>

<p>具体的には、集中力がなくなったり、数秒前に何をしようとしていたかを忘れてしまう「物忘れ」が増えたり、理由のない不安やイライラといった感情の不安定さが目立ってきたりするのがスマホ脳のサインです。</p>

<p>脳が常に新しい情報を追い求め、深い思考を放棄して表面的な刺激だけに反応するようになり、情報の海に溺れ、注意力が散漫になる「情報過多シンドローム」とも呼ぶべき状態になった結果です。</p>

<p>この脳の疲弊に拍車をかけているのが、スマホのアプリ、とくにゲームに組み込まれた巧みな中毒性です。</p>

<p>多くの無料ゲームやSNSは、行動経済学や心理学を駆使し、脳の報酬系を過剰に刺激するように設計されています。それはオンラインギャンブルのようなもので、予測できない報酬（ガチャやランダムな演出）が与えられるたびに、脳内では快楽物質であるドーパミンが大量に放出されます。</p>

<p>この過剰な刺激に慣れきった脳は、日常の穏やかな喜びを感じにくくなり、より強い刺激を求めてスマホを手放せなくなる依存のループに陥ってしまいます。</p>

<p>実際、「長時間のスマホ使用が脳の海馬の体積を減少させる」という衝撃的な報告もあります。これはアルツハイマー型認知症の初期変化と驚くほど共通しています。</p>

<p>その背景には、スマホがもたらす過剰な刺激によって分泌され続けるストレスホルモン「コルチゾール」が、デリケートな神経細胞を傷つけ、脳内に小さな炎症の火種を撒き散らしている実態があると報告されています。</p>

<p>また、詳しくは後述しますが、認知症の要因の１つに、脳内に溜まる「アミロイド&beta;（ベータ）」という老廃物の存在があります。本来、私たちの脳は睡眠中に、この老廃物を洗い流す「大掃除」をするのですが、その機能さえもスマホは妨げてしまいます。</p>

<p>つまりスマホアプリは「脳トレ」どころか、かえって私たちの認知機能を崩壊へと導いているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「日記をつける」より、脳にとって良いこと</h2>

<p>「日記をつけたり自分史を書いたりするのは、脳の活性化に良い」。これもよく耳にする言葉です。認知症予防のために、文章を書くことを日課にしている人も多いと聞きます。その日に起きた出来事を日記に書いたり、仕事を引退して時間に余裕のある人であれば、自身の半生を「自分史」として後世に残そうと執筆したりしている人もいるでしょう。</p>

<p>文章を書くことは確かに頭を使います。認知症予防という観点から考えると、日記や自分史のような「過去を振り返る活動」は、記憶の想起という点で一定の効果があるとされています。</p>

<p>ですが日記や自分史は、主に焦点が当たるのは「執筆者自身の過去の記憶」であり、多くの場合、そこには「読者」の存在が薄い。つまり執筆者の中で完結しがちな活動であるという点が共通しています。じつは脳の活性化につながる、もっと強力なアプローチが存在します。</p>

<p>「創造的な文章」を書くことです。単なる過去の記録に留まらず、想像力を最大限に引き出し、新しいアイデアや世界観を生み出す執筆のことです。</p>

<p>近年の認知症予防研究では、他者との関わりや、新しい情報を処理し、未来を想像する「創造的な思考」を促す活動が、より脳の様々な領域を刺激し、活性化につながることが示されています。</p>

<p>具体的には、次のような執筆活動が脳の多岐にわたる領域を刺激し、認知機能の維持・向上に役立つと考えられています。</p>

<p>●未来の計画や目標を具体的に、細部まで想像しながら記述する<br />
●仮想の物語や魅力的な登場人物を創造し、その複雑な世界観を構築する<br />
●詩や俳句など、言葉を自由に紡ぎ出す創造的な活動に取り組む<br />
●テーマを多様な視点から深く考察し、論理的で説得力のある文章を書く</p>

<p>どうせ書くのであれば、認知症予防に最も効果があるこれらの「書き方」を実践したいものです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smartphone_1.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 25 Jun 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[下村健寿（福島県立医大主任教授/医師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>駅伝のケニア人留学生にまつわる謎とは？ 大宅賞に泉秀一さん『アフリカから来たランナーたち』  Moguru編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14565</link>
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			<description><![CDATA[第57回大宅壮一ノンフィクションに輝いた泉秀一さん『アフリカから来たランナーたち』。授賞式での泉さんのスピーチと、選考委員の佐藤優さんによる選評をレポートします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="泉秀一さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260625ooyasouichi01.jpg" width="1200" />泉秀一さん</p>

<p>すぐれたノンフィクション作品を広く世に紹介することを目的に制定された、第57回大宅壮一ノンフィクション賞の贈呈式が、2026年6月24日に開催されました。第57回の授賞作は、泉秀一さんの『アフリカから来たランナーたち　箱根駅伝のケニア人留学生』（文春新書）です。本稿では贈呈式の様子をレポートします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>複数の思惑が重なり合う「一種のミステリー」</h2>

<p><img alt="佐藤優さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260625ooyasouichi02.jpg" width="1200" /><br />
佐藤優さん</p>

<p>選考委員の佐藤優さんが選評を述べました。佐藤さんは、本作をすでに23冊も購入し、自身が教える学生たちに配っていると明かしました。本作を「素晴らしいノンフィクション」と評したうえで、「実はものすごく怪しい話」だと紹介します。</p>

<p>『アフリカから来たランナーたち　箱根駅伝のケニア人留学生』は、箱根駅伝を走るケニア人留学生たちを追ったノンフィクション作品です。来日の動機や故郷について十分に知られていない選手たちですが、取材を重ねると、実はどの留学生もケニアの&quot;ガル高校出身&quot;であることが判明します。</p>

<p>作者の泉秀一さんはガル高校を調査するため、現地ケニアに飛びますが、実はそのような高校は存在しないという事実に驚かされます。真相を辿るうちに、留学生を送り出す側、受け容れる側など、複数の立場の人物の思惑が複雑に交差する現実が明らかになっていきます。</p>

<p>「本当に悪いやつもいないんだけども、本当にいいやつも一人もいない」<br />
佐藤さんはそう述べ、取材によって見えてくる事実の重なりを「一種のミステリー」と表現しました。</p>

<p>佐藤さんは最後に、緻密な取材によって人間を多面的に描き出す泉さんの力に触れ、「このようなノンフィクション作家が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したことを、選考委員の一人として、また作家の一人としてとても嬉しく思います」と述べ、選評を締めくくりました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>取材を通して消化された「モヤモヤ」</h2>

<p><img alt="『アフリカから来たランナーたち　箱根駅伝のケニア人留学生』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260625ooyasouichi03.jpg" width="1200" /></p>

<p>泉秀一さんは、受賞の知らせを受けたときに「父親との記憶」を思い出したと明かします。</p>

<p>父親が昔から陸上が好きだったため、泉さんも小学生や中学生のころには家の周りを走らされていたといいます。当時はその時間が嫌だったと振り返りながらも、その記憶がのちに箱根駅伝への関心、そして取材テーマへとつながっていきました。</p>

<p>「陸上が取材テーマになり、一冊の本になり、そしてこういった素晴らしい賞をいただくことになったことで、自分の中でずっとモヤモヤしていたものが一つ消化されたような、そんな気持ちになりました」</p>

<p>そして受賞の喜びだけでなく、今後の課題にも触れました。書き手として独立してから刊行した本はまだ一作であり、今回の本についても「もっとこうした方が良かった」と感じる部分があるといいます。</p>

<p>「自分の甘さを痛感した部分もありますが、そういったものも糧にしながら、また自分が知りたいことを調べて本に残していきたいです」</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260625ooyasouichi01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 25 Jun 2026 17:45:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[Moguru編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>森山世衣さん『ひなたの中継点』が松本清張賞に　女子駅伝を瑞々しく描いた長編小説  Moguru編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14557</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014557</guid>
			<description><![CDATA[第33回松本清張賞を授賞した森山世衣さん『ひなたの中継点』。贈呈式で語られた森山さんのスピーチと、選考委員の森見登美彦さんによる選評をレポートします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260624seicho01.jpg" width="1200" />森山世衣さん</p>

<p>2026年6月24日、長編エンターテインメント小説を対象とした「松本清張賞」の贈呈式が行われました。第33回授賞作は、森山世衣さんの『ひなたの中継点』。女子高校駅伝をテーマに、競技の喜びと過酷さを描いた長編小説です。本稿では贈呈式の様子をレポートします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「走ることの楽しさを伝えてくれる小説」</h2>

<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260624seicho02.jpg" width="1200" /><br />
森見登美彦さん</p>

<p>選考委員を代表して登壇した作家の森見登美彦さんは、自身が「走ることが大嫌い」であると言及して会場の笑いを誘いつつ、本作を「走る楽しさを伝えてくれる小説」と評しました。</p>

<p>森見さんは、ランナーの世界に馴染みがなかったものの、読後には「走るのもいいかもしれない」と感じたと振り返ります。読者が主人公とともに走っているような感覚を味わえる点に、小説としての力を感じたと語りました。</p>

<p>また森見さんは、今回の候補作全体を振り返り、現代を描く小説では戦争や差別、抑圧など、重い題材が扱われる傾向があると指摘。そのような題材を支えるには、その題材に拮抗する「主人公のエネルギー」が必要だと述べました。</p>

<p>その点で『ひなたの中継点』は、駅伝の負の側面を逃げずに描きながら、それでも競技を楽しく実りあるものにしていこうとする主人公の気持ちが、作品を支えていると評価しました。</p>

<p>森見さんは最後に、「青春の瑞々しさ、あるいは青春が終わった後もどうやってエネルギーのある人生を送っていけるか、ということを書くのがすごくお上手だと思う。それを忘れないように、これからも書いていただきたい」と今後への期待を述べました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>森山世衣さん「しがみついて書いていきたい」</h2>

<p>森山さんは選考に関わった人たちへ感謝を伝えたうえで、『ひなたの中継点』創作の出発点について、自身が女子陸上を経験したことから「女性がスポーツをするということの過酷さを物語で描いてみたい」と考えたと明かしました。</p>

<p>しかし、それだけでなく「走ることが本当に好き」という思いから、競技の魅力もあわせて伝えたかったといいます。その結果、本作は、さまざまなジャンルや空気感が混ざり合う作品になったと説明しました。</p>

<p>読み手にどう受け取られるかという不安もあったと率直に明かした森山さんですが、松本清張賞に対して「器の広い賞」という印象を持っていたことから、思い切って応募を決めたといいます。</p>

<p>スピーチ後半では、今この時代に性別や出自を問わず作家を目指せる環境について言及しながら、書き続けることへの思いをこう締めくくりました。</p>

<p>「自分が書く理由や、どう書いていくかということを探求しながら、面白いと読んでいただけるうちは、しがみついて必死に書き続けられるように精進してまいりたいです」</p>

<p>『ひなたの中継点』は、2026年9月下旬に刊行される予定です。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260624seicho01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 25 Jun 2026 17:30:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[Moguru編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>本を素早く正確に読む「東大読書」とは何か？  効果を最大限にする事前準備  西岡壱誠（著作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14294</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014294</guid>
			<description><![CDATA[本が読めない・内容が頭に入らない原因は読解力ではなかった。東大生も実践する、読む前のたった一手間で理解度が劇的に変わる方法とは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="東大読書" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_reading.jpg" width="1200" /></p>

<p>「読解力がないから本が読めない」と思っていませんか？ 実は、文章が読めるかどうかは才能や読み方の問題ではなく、読む前の段階に大きな秘密があります。書籍『「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書』より解説します。</p>

<p>※本稿は、西岡壱誠著『「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書』（新潮社）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>読めない原因の9割は「準備不足」</h2>

<p>たとえばみなさんの中には、「本の内容がなかなか頭に入ってこない」とか、「文章を読むのが遅い」という人も多いと思います。そういう人の多くは、「自分の読み方が悪いのではないか?」「自分には読解力がないのではないか?」と考えていると思いますが、実は違います。</p>

<p>「本や文章が読めない問題」の原因の9割は、「準備不足」なんです!&nbsp;</p>

<p>「準備不足」ということを証明するために、1つ文章を用意しました。</p>

<p>この文章を読んで、「これを書いた人が何を言いたいのか」を考えてみてください。</p>

<p>----------------</p>

<p>昨今はLINEによるコミュニケーションが主流になり、若者はみなLINEをするようになりました。指1本、タップ1つで自分の感情を表現できるようになったのです。笑いも怒りも、彼らはタップ1つで表現します。<br />
コミュニケーションというのは元来、ボディーランゲージやフェイシャル・エクスプレッション、語気や雰囲気も全部含めてコミュニケーションだったはずです。それがタップ1つで表現できるというのは、良いことなのでしょうか? 悪いことなのでしょうか?</p>

<p>----------------</p>

<p>いかがでしょう。ちょっとわかりづらいですよね? 「ボディーランゲージ」とか「フェイシャル・エクスプレッション」とか、よくわからないカタカナ語が使われていて、なかなか内容が頭に入って来にくいです。&nbsp;</p>

<p>また、「良いことなのでしょうか? 悪いことなのでしょうか?」で終わっているので、結局これを書いた人がLINEに対してどういう想いを持っているのか、ちょっとよくわからないですよね。</p>

<p>これは、良い読み方をする人だろうが悪い読み方をする人だろうが、読解力があろうがなかろうが関係なく、何が言いたいのか理解しにくい文章だと思います。理解しにくいから当然、読むスピードも遅くなります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「準備」をすれば、いっきに簡単に読めるようになる!</h2>

<p>しかし、もしこの文章に「最近の若者はなぜ、コミュニケーションが不得手なのか」というタイトルがつけられていたらどうでしょうか? またはこの文章が書いてある本の帯に、「徹底解説! なぜ最近の若者はコミュニケーションが下手なのか?」と書かれていたらどうでしょうか?&nbsp;</p>

<p>「あ! これを書いている人は、最近の若者がコミュニケーションが不得意になった理由の1つが、LINEだと考えているんだな!」とすぐにわかりますよね? どんなに難しい言葉が使われていようが、「良いことなのでしょうか?　悪いことなのでしょうか?」と書いてあろうが、「LINEは悪いものだと考えているに違いない」と一瞬で理解できるはずです。</p>

<p>ただ、「タイトルを読んでいるかどうか」。</p>

<p>ただ、「本のカバーや帯の言葉をきちんと読んでいたかどうか」。</p>

<p>そんな些細なことで、この文章が「読みやすいかどうか」が分かれてしまうのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>東大生は「読解力」があるわけではない</h2>

<p>「東大生はみんな地頭が良くて読解力があるから、文章がきちんと読めるのだろう」<br />
「文章がきちんと読めるかどうかって、才能だよね」</p>

<p>そんな言葉をよく耳にしますが、実はこれはまったくの間違いです。</p>

<p>たとえば東大生はたしかに、他の学生よりも国語の入試問題で高得点を取ることができます。しかしこれは、単に才能があるから読めるとか、地頭が良いから読めるということではないんです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>東大生は、「読解力」ではなく「ヒントを探す力」がある</h2>

<p>東大生の多くは、国語の長文読解問題が出題されたら、長文には目もくれず、まず真っ先に「問題文」を見ます。なぜなら、問題文の中にはその長文の内容を問う問題がずらっと並んでいるので、ここからその長文の内容をおおよそ把握することができるからです。</p>

<p>また、東大生はみな、文章を読む前に文章のリード文や文章のタイトルなどもチェックします。</p>

<p>こうして「文章の外のヒント」を吸収しておけば、文章のおおよその内容を想像することができます。ある程度本を読んでいれば、「ああ、これと同じような内容を他の文章で読んだことがあるな」「このテーマについて書かれた文章なら前に読んだことがあるぞ!」と、まったく新しい文章であっても、過去に読んだ文章の内容と関連させることができます。</p>

<p>こうして、東大生は多くのヒントがある状態で文章を読み始めます。どういう内容が文章の中に盛り込まれているのかをあらかじめ理解できている状態で文章を読んでいるのですから、素速く、かつ正しく読解できないはずがないのです。</p>

<p>「読み方」や「読解力」以前の問題で、「文章の外からヒントを得る力」が理解度とスピードを左右するのです!&nbsp;</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「読解力」と「ヒント探し」の力を試す実験</h2>

<p>まだ信じられないという人は、書店に行って、こういう実験をしてみてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>1. 表紙もタイトルも何も見ないで、1冊本を選んでみる<br />
2. その本のページをペラペラめくって、真ん中あたりのページを適当に開く<br />
3. そのページの内容が理解できるかどうかをチェックする<br />
4.&nbsp;&nbsp;3で理解できなかったら、カバーや帯に書いてある文を読んだ上でもう一度そのページを読み直してみて、理解できるかどうかをチェックする</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>この実験、ほとんどの人は「3」の段階ではまったく理解できないと思います。</p>

<p>東大生にも同じ実験をしてもらいましたが、実験に協力してくれた東大生は全員、3の段階では「理解できなかった」と答えました。しかし、彼らに「4」と同じことをしてもらうために「その本のカバーと帯を見てもいいよ」と言ったところ、ほとんど全員が「今度は理解できた」と言いました。</p>

<p>このように、東大生が文章を素速く、かつ正しく読解できるのは、「読む力」が優れているのではなく、「文章の外からヒントを得る力」があるからなんです。</p>

<p>その本の内容を素速く、かつ正しく理解できるか理解できないかは、「どうやって読むのか」という「3」の段階が重要なのではなく、「その本を読むためのヒントが適切に得られるか」という「4」の段階が重要なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_reading.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 25 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[西岡壱誠（著作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>『国家の品格』の原点。藤原正彦が宮沢賢治『永訣の朝』に誓った覚悟  藤原正彦(数学者) </title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14509</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014509</guid>
			<description><![CDATA[父・新田次郎氏が直木賞を受賞し、裕福になることへの危機感を抱いた若き日の藤原正彦氏。宮沢賢治の詩『永訣の朝』に出会い、心に誓ったこととは？『国家の品格』へとつながる藤原氏の「決意」が綴られます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="宮沢賢治の詩『永訣の朝』は死を目前にした妹への絶唱である" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_snoweda.jpg" width="1200" /></p>

<p>父・新田次郎氏が直木賞を受賞したことで、「人間のクズになる」と危機感を抱いた10代の藤原正彦氏。彼は、その反動によって多くの小説や詩を読んだ。その中で出合った宮沢賢治の詩に感極まり、「あること」を心に誓う。のちにベストセラー『国家の品格』の原点となるその決意とは？</p>

<p>※本稿は、藤原正彦著『静かな夜はあの歌と 一曲一曲に刻まれた、六十二篇の回想録』(PHP文庫)から一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>幸せな状況に溺れたら、大切なものを失ってしまう</h2>

<p>私が小学6年生の時に父は直木賞を受賞し作家として一人前となった。家計は少しずつ改善されていった。高校時代にはお金に困らない生活を送れるようになった。10代の私は、そこに危機感を抱いたのである。自分は今、幸せだが、この状況に溺れてしまっていたら、人間にとって最も大切な惻隠（そくいん）を失ってしまう。人間のクズとなる。そう思った。</p>

<p>裕福になった私は、その反動のごとく「弱者」や「不幸」を追い求めた。小林多喜二の『蟹工船』などのプロレタリア文学や、哀しみを描いた詩や小説を手当たり次第に読んだ。</p>

<p>そんな頃に出会ったのが、宮沢賢治の詩『永訣の朝』である。賢治には2歳年下のトシという妹がいた。日本女子大を出てから花巻高女で教えていたトシと賢治とは、お互いを深く理解し精神的に支えあう兄妹だった。ところがトシは結核に罹り、24歳で死の床についてしまう。『永訣の朝』は死を目前にした妹への絶唱である。</p>

<p>〈Ora Orade Shitori egumo〉</p>

<p>おらは一人で死んでいく─妹の言葉を、ここだけローマ字にしたのは、哀しみが大きすぎて日本語では記せなかったのだろう。</p>

<p>〈あめゆじゆとてちてけんじや〉</p>

<p>妹トシは、〈はげしいはげしい熱やあへぎのあひだ〉から「雨雪（みぞれ）を取ってきてちょうだい」と賢治に頼む。賢治は、幼い頃から自分や妹が使ってきた〈欠けた茶椀〉を手に、〈てつぱうだまのやうに〉庭へ飛び出し、〈松のえだ〉のみぞれを掬う。<br />
ここには妹の優しさが隠れている。死に行く自分に、兄は「自分が何もしてやれなかった」と悔いるだろう。そう思わせないために、妹は兄に〈あめゆじゆ〉をねだったのである。<br />
賢治にもそれが分かっている。</p>

<p>【永訣の朝】（宮沢賢治）<br />
けふのうちに<br />
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ<br />
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ<br />
（あめゆじゆとてちてけんじや）<br />
うすあかくいつそう陰惨な雲から<br />
みぞれはびちよびちよふつてくる<br />
（あめゆじゆとてちてけんじや）<br />
青い蓴菜（じゅんさい）のもやうのついた<br />
これらふたつのかけた陶椀に<br />
おまへがたべるあめゆきをとらうとして<br />
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに<br />
このくらいみぞれのなかに飛びだした<br />
（あめゆじゆとてちてけんじや）<br />
蒼鉛いろの暗い雲から<br />
みぞれはびちよびちよ沈んでくる<br />
ああとし子<br />
死ぬといふいまごろになつて<br />
わたくしをいつしやうあかるくするために<br />
こんなさつぱりした雪のひとわんを<br />
おまへはわたくしにたのんだのだ<br />
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ<br />
わたくしもまつすぐにすすんでいくから<br />
（あめゆじゆとてちてけんじや）<br />
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから<br />
おまへはわたくしにたのんだのだ<br />
銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの<br />
そらからおちた雪のさいごのひとわんを......<br />
......ふたきれのみかげせきざいに<br />
みぞれはさびしくたまつてゐる<br />
わたくしはそのうへにあぶなくたち<br />
雪と水とのまつしろな二相系をたもち<br />
すきとほるつめたい雫にみちた<br />
このつややかな松のえだから<br />
わたくしのやさしいいもうとの<br />
さいごのたべものをもらつていかう<br />
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ<br />
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも<br />
もうけふおまへはわかれてしまふ<br />
(Ora Orade Shitori egumo)<br />
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ<br />
あああのとざされた病室の<br />
くらいびやうぶやかやのなかに<br />
やさしくあをじろく燃えてゐる<br />
わたくしのけなげないもうとよ<br />
この雪はどこをえらばうにも<br />
あんまりどこもまつしろなのだ<br />
あんなおそろしいみだれたそらから<br />
このうつくしい雪がきたのだ<br />
（うまれでくるたて<br />
こんどはこたにわりやのごとばかりで<br />
くるしまなあよにうまれてくる）<br />
おまへがたべるこのふたわんのゆきに<br />
わたくしいまこころからいのる<br />
どうかこれが天上のアイスクリームになつて<br />
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに<br />
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>『国家の品格』で罵詈雑言を浴びたが...</h2>

<p>〈うまれでくるたて／こんどはこたにわりやのごとばかりで／くるしまなあよにうまれてくる〉</p>

<p>今度生まれてくる時は、こんなに自分のことばかりで苦しむのでなく、他人のために苦しむ人間になりたい。トシの最期の言葉だ。何と美しい人だろう。</p>

<p>〈ありがたうわたくしのけなげないもうとよ／わたくしもまつすぐにすすんでいくから〉</p>

<p>まっすぐ─この素朴な言葉に、10代の私は感極まった。<br />
24歳の若さで逝くトシのために、賢治は「人生をまっすぐに進む」と誓ったのだ。</p>

<p>この言葉は、私の心の芯の芯に響いた。自分もこれから、どんなことがあってもまっすぐに進もう。どんなに損を被ったとしても、周囲の人々から孤立することになろうと、曲がったことはすまい。正しいと信ずる道をまっすぐに進もう。私もトシに誓ったのだ。</p>

<p>『国家の品格』で民主主義の本質的欠陥を指摘し、論理より情緒、自由平等よりも惻隠の情、と断言したことで、多くの人から罵詈雑言を浴び、英訳を読んだインド人の友人からは「不愉快な本だ」と絶交された。<br />
こんな時は『永訣の朝』を思い起こした。まっすぐに進むことをこの詩は教えてくれ、トシが力強く支えてくれた。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_snoweda.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 25 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[藤原正彦(数学者) ]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>9650万表示「タヌキはもうおしまいです...」の投稿者に聞く　飼い犬とタヌキの不思議な関係  樫尾キネ（福島県産シニアVtuber）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14523</link>
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			<description><![CDATA[9650万表示された「タヌキはもうおしまいです...」投稿。タヌキはどうしてSNSで人気なのか。投稿者に話を聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="タヌキ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260717tanuki03.jpg" width="1200" /></p>

<p>「大型動物用の罠にかかったたぬき、たぬきなら出られるくらい隙間があるのに『たぬきはもうおしまいです......』という顔で、ずっと檻の中にいた。檻を開けても『もうおしまいだからほっておいて......』とでも言いそうな哀愁を帯びたまま、なかなか出てこず、抱っこで出された。」</p>

<p>――9千650万表示、27万いいね、約3万リポストという数字を叩き出したこのポスト。投稿したのは福島県を活動拠点とするVtuber樫尾キネさんです。ＸやYouTubeで地元の魅力を発信する一方、日常的に出会うタヌキについて度々投稿しています。タヌキとの関係、なぜ人々はタヌキに魅了されるのか？　そして庭先に現れたタヌキの驚きの行動とは......『タヌキまるごとBOOK』に掲載された樫尾キネさんのインタビューを増補・再編集してお届けします。（画像は全て『タヌキまるごとBOOK』より）</p>

<p>※前後編の前編です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>箱罠に入っていたタヌキに猟師さんは...</h2>

<p>――タヌキとはいつからの付き合いでしょうか？</p>

<p>私が暮らす福島県福島市は、盆地の中にあります。山が多い環境で畑や果樹の世話をしており、野生動物や自然と近い生活をしています。物心ついたころには、身の回りにタヌキがいましたね。70年くらいの付き合いでしょうか。</p>

<p>昔はもっとたくさんのタヌキを見たように思います。柵やビニールハウスなどの対策も今ほど進んでいなかったので、果樹の周りでタヌキの喧嘩をよく見ました。木に登れた子と下で待っている子が、言い争いのようなことをするんです。喧嘩ではなく、会話だったのかも？</p>

<p>――最近出会ったタヌキはいますか？</p>

<p>タヌキたちはよくゴミ捨て場に来るのですが、最近はカラス対策で鍵付きや箱型のゴミ捨て場に変わりました。タヌキでは太刀打ちできない立派なものですから、ちょっと離れた場所から「いいなあ」とでも言いそうな顔でゴミを眺めています。&nbsp;</p>

<p>――「タヌキはもうおしまいです......」の投稿について詳しく教えてください。</p>

<p>私の身の回りには結構クマが出ます、なので箱罠を何ヵ所かに設置しているんです。それを猟師さんと見回りしていたら、クマ用の罠にタヌキが入っていました。しかも、罠は作動しておらず、入口は開いているのに、タヌキは「おしまいです......」と固まっていました。</p>

<p>箱罠の檻も、タヌキなら普通に出られるんですよ、なのにもうあきらめていた。クマ被害でみんな荒んでいたので、猟師さんたちと「全部タヌキだったらいいのにね」「タヌキたまにしか悪さしねえからなあ」「タヌキよう、クマさ伝言してくれねか～」と言いながら、動物用の網でタヌキをキャッチし、山にリリースしました。</p>

<p>――猟師の方々は、タヌキのことをどのように見ていらっしゃいますか？&nbsp;</p>

<p>山で、物音が近い、動物がいる！となるとやはり危機を感じるものですが、タヌキは「ああ、タヌキか、よかった」と思うそうです。</p>

<p>――タヌキは農作物の食べ方も遠慮がちと聞きます。他の動物（イノシシやアライグマ）などと比較するとどうでしょうか？</p>

<p>タヌキはアライグマのようにスムーズに木登りできず、細い枝先の果実をとろうとして落っこちていました。また、全てを掘り返すイノシシと違い、一生懸命穴を掘っても上手くいかず、サツマイモを見つける前に疲れて諦めていたり......。上手い個体もいるのですが、私の身の回りではこんな姿をよく見かけます。代わりに葉牡丹や食用菊などは元気よく食べまくっていて困りました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>セントバーナードを大きいタヌキだと思っていた？</h2>

<p>――「タヌキはもうおしまいです...」のほかにも反響の大きかった投稿はありますか？</p>

<p>「近所のたぬき達、山の麓に暮らしていたセントバーナードを、なぜかボスのように慕っており、子だぬきを見せにきたり、食べ物を運んできていた。うちの黒柴にも挨拶にくることがあり、おそらく、たぬき仲間だと思っていた。」</p>

<p>「補足 とても大人しく賢いセントバーナードだったので、たぬきは無害と判断し、自分の縄張りに入ってきても、吠えたりせずにただ見つめていました。お顔の模様も結構たぬきでした。我が家の黒柴も特にたぬきには吠えませんでした。体型がたぬきでした。」</p>

<p>「近所の親戚宅、セントバーナードちゃんがいたころは、あみあみのフェンスに、タヌキが複数で鼻つっこんで、覗きに来ていた。たまに、エサのようなものを置いて行ったこともある。でも、犬ちゃんが旅立ってからは、来ていない。犬ちゃんを、とっても大きなタヌキだと思っていたのかもしれない。」</p>

<p>という一連の投稿も反響がありました。我が家の先代犬はちょっとタヌキに似た柴犬で、河川敷を散歩していると「おや？仲間では？」という顔で、タヌキの親子が顔を出すことがありました。一定の距離を保ってお互い見つめるだけで、特に関わることはなかったのですが、なにか縁のようなものを感じました。</p>

<p>セントバーナードちゃんは、親戚の家にいた大きくて穏やかな子です。たしかに顔の模様や色合いは巨大なタヌキに見えなくもない、そんな雰囲気でした。この時もタヌキは遠くから眺めたり、子タヌキを連れてきて一緒に眺めたり、不思議な関係でした。イヌとタヌキが会話していたなら、ちょっと聞いてみたいなと思ってしまいますね。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 24 Jun 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[樫尾キネ（福島県産シニアVtuber）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>仕事も人間関係もうまくいく人がやっている「小さな習慣」とは？  岡崎かつひろ（作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14471</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014471</guid>
			<description><![CDATA[好かれる人が自然に実践している習慣とは？人間関係がうまくいく人の共通点を、書籍『すぐできるのに99％の人はやっていない「好かれる人」になる55のコツ』から解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="好かれる人の習慣" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_middleaged.jpg" width="1200" /></p>

<p>なぜか周囲に好かれ、仕事も人間関係も自然とうまくいく人がいます。一方で、努力しているのに空回りしてしまう人も。その違いは、才能や性格ではなく、日々のちょっとした振る舞いにあるのかもしれません。書籍『すぐできるのに99％の人はやっていない「好かれる人」になる55のコツ』より、好かれる人が実践している習慣を解説します。</p>

<p>※本稿は、岡崎かつひろ著『すぐできるのに99％の人はやっていない「好かれる人」になる55のコツ』（三笠書房）より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>好かれる人は皆、自分から好きになる</h2>

<p>「返報性の原理」を知っていますか？</p>

<p>「返報性の原理」とは、簡単に言えば、いいことも悪いことも「やったことはやり返される」という法則です。</p>

<p>たとえば悪口を言われたら、あなたも悪口を言いたくなりませんか？ 逆に褒められたら、自分からも褒めたくなるし、優しくされたら、優しくしたくなるものです。</p>

<p>だから、好かれたいと思う人は、自分から好きになることが大事。あなたが好きになった分だけ、まわりからあなたは好かれることになります。</p>

<p>では、どうしたら人を好きになれるのか？</p>

<p>その一番いい方法は、「人のいいところを見る」ということでしょう。</p>

<p>私たちは気づくと、マイナスばかりを気にしてしまうものです。</p>

<p>たとえば、服にシミがついていたら、シミばかり気にします。どんなに素晴らしいお店でも、汚れや嫌な接客が一つでもあると、そればかり気になります。人に対しても意識していないと、悪いところばかり目についてしまうのです。</p>

<p>だから、意識して人のいいところを見るようにしましょう。どんな些細なことでもいいのです。声が明るいとか、笑い方が素敵とか、食事のマナーが美しいとか、服のセンスがいいとか、なんでもかまいません。もしかしたら、自分から見たら素晴らしく見えなくても、他の人からしたら素晴らしく思えることもあります。</p>

<p>自分の価値観に固執せずに、人のいいところを探してみて、好きになる努力をしてみましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>些細なことでも褒める</h2>

<p>相手のいいところを見つけたら、相手の自尊心を上げることも考えましょう。</p>

<p>好かれる人の特徴は、自尊心を上げてくれる人です。自尊心とは自分を尊いと思う心。誰だって自分は特別な人でいたいし、尊い人として扱ってもらいたいもの。だから、まわりの自尊心を上げる人は好かれるのです。</p>

<p>ではどうしたら、まわりの自尊心を上げることができるのか？</p>

<p>一番いい方法は、些細なことでも褒める習慣を身につけることです。</p>

<p>たとえば、何を言ってもまずは認めてくれて、そしていいところを褒めてくれる。そんな人に出会ったら、あなたは「この人、素敵だな」と思うのではないでしょうか？</p>

<p>つまり人は認めてほしいし、褒められたい生き物なのです。好かれる人はいつも人のいいところを見て、褒めるようにしています。些細なことでも褒めるのです。</p>

<p>「そのネクタイ素敵ですね」<br />
「笑顔がとっても気持ちいいですね」<br />
「あなたみたいな人と一緒に仕事をしたい」</p>

<p>そんなことをいつもいつも口にしています。</p>

<p>実際、私が以前メンターにしていた方は、人へのメールの送り方、挨拶の仕方、服装など何でも褒めていました。どうしても褒めるところがなければ、「耳たぶを褒めろ」なんて言うほど。</p>

<p>どこか褒めるところがないかとアンテナを張ると、人の見え方が変わってきます。人のいいとこ探しをして、たとえ些細なことでも褒めまくりましょう。褒めることができる人は好かれますよ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>うまくいく人には子供らしさ、可愛らしさがある</h2>

<p>●いつまでも無邪気な子供心を持つ</p>

<p>ある勉強会でのこと。</p>

<p>私たちは4人で勉強会をおこなっていましたが、場所はそのうちのお一人のご自宅でした。ただ自宅といっても、実業家の方だけあって、海の見える風光明媚な立地に建つ相当な豪邸です。</p>

<p>私と主催者のほかのメンバーは、書道家の先生と絵本作家の方でした。食事は、主催者の奥様の手料理。こだわったパンと野菜、さらに手作りのハンバーグを間に挟んだハンバーガー。</p>

<p>私が「うまい！いくらでも食べられますね」と食事に一生懸命になっていると、書道家の先生が急に席を立ちました。</p>

<p>「どうしたんだろう？」</p>

<p>皆、先生に視線を向けます。</p>

<p>走っていった先はキッチンでした。嬉しそうな顔をして戻ってこられると、「本当においしくて、この気持ちをすぐに伝えたかった」と、奥様に感想を伝えに行ったと言うのです。</p>

<p>子供のように自分の気持ちに正直で、すぐに行動する。それを見て私は「素敵な人だな」と思いました。案の定、食事の後に奥様と話をすると、「先生が走って来てくれて嬉しかった」と話されていました。</p>

<p>大人になると、気持ちよりも世間体とか正しさを優先してしまいますね。でも、これでは可愛くないでしょう。好かれる人は可愛いのです。</p>

<p>いつまでも、子供心を持って無邪気に過ごせる人こそ可愛いし、可愛がられる人なのです。</p>

<p>書道家の先生のように、気持ちを素直に表現して、行動できる人になりましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「可愛い」を褒め言葉ととらえる</h2>

<p>ある経営者の方からも、好かれる秘訣を教えていただきました。</p>

<p>「好かれる人になりたかったら、可愛がられるって大事なんだよ。人懐っこい子犬みたいに、明るく、楽しそうに人と接してみるといいね」</p>

<p>子犬って可愛いですよね。子犬くらい可愛いやつだと思われたら勝ちです。</p>

<p>ただ一部の方（とくに男性）は「可愛い」を褒め言葉と思っていないことがあります。なめられているとか、からかわれているような感覚なのかもしれませんね。</p>

<p>もしかしたら、英語圏の影響もあるのでしょうか？ 大人の女性に向かってcuteというと怒られます。子供っぽいという意味が含まれてしまうそうです。</p>

<p>私が思うに、書道家の先生のように、うまくいっている人ほど子供っぽさがあったりするものです。無邪気に遊んでいたり、いたずら心があったり。子供心があったほうが新しい発想ができていいことだっていっぱいあります。いいじゃないですか、子供っぽい一面があったって。</p>

<p>どうしたら可愛がられるか？<br />
どうしたら可愛くなれるか？</p>

<p>男性も女性も、どうしたら可愛くなるかを考えてみても損はないですよ。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_middleaged.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 24 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[岡崎かつひろ（作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>上機嫌でいるほど「人の心が読める」　心理学が解明する意外なメカニズム  内藤誼人（心理学者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14444</link>
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			<description><![CDATA[人の心を読むのに長けている人はどんな条件がそろっているのか。心理学者の内藤誼人さんが解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="人の心を読む" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_talking.jpg" width="1200" /></p>

<p>人の心を読む力に長けていると、相手が求めることを先回りできたり、嫌がることを避けられたりと、人間関係の構築に役立ちます。心理学者の内藤誼人さんは著書『10秒で本音を見抜く心理術』にて、心を読む能力は後からでも身につけられると述べています。</p>

<p>本稿では同書より、心を読むための条件について解説された一節をご紹介します。</p>

<p>※本稿は、内藤誼人著『10秒で本音を見抜く心理術』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>上機嫌な人ほど「人の心を読める」</h2>

<p>人の心を読みたいのなら、どんなときでも上機嫌でいなければなりません。というのも、ハッピーな気分でいるときのほうが、相手の感情や気持ちを見抜く能力がアップするからです。人の心に対する私たちの読解能力というものは、そのときどきの心理状態に大きく左右されるのです。</p>

<p>ハーバード大学のナリニ・アンバディは、35名の大学生を３つに分け、それぞれに気分を変える操作を行いました。具体的には次の３つです。</p>

<p>①ハッピー条件　ロビン・ウィリアムズ主演のコメディ映画を見てもらう<br />
②悲しみ条件　『チャンプ』という涙を誘う映画を見てもらう<br />
③比較条件　自然のドキュメンタリー映画を見てもらう</p>

<p>映画を見てもらう時間は、どの条件も10分間でした。</p>

<p>次にアンバディは、13人の先生が講義をしているビデオを見せ、それぞれの先生の教え方のうまさを推測してもらいました。その推測が、それぞれの先生の講義を実際に受けた学生の評価とどれくらい一致するのかを調べてみたわけです。</p>

<p>その結果、ハッピー条件ほど先生の教え方のうまさを正しく見抜くことができることがわかりました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>気分がいいほど、視野は広がる</h2>

<p>一番見抜けなかったのは、悲しみ条件でした。ウキウキした気分のときには、私たちの視野が大きく広がります。そのため、細かいところにも目が向くようになります。</p>

<p>逆に、落ち込んだ気分のときには、私たちの視野は狭まる傾向があります。悲しい気分のときに道を歩いていて、小さな段差があることに気づかず、つまずいて転んだりしてしまうのは、そのためです。</p>

<p>いつでも上機嫌でいるようにすると、視野が広くなりますので、相手の微妙な表情の変化にも気づくことができます。そのため、人の心を読むのもうまくなるのです。人の心を読みたいのなら、どんなときでも幸せな気分でいなければなりません。</p>

<p>気分が落ち込んだり、うつな気分になったりしているときには、あまり人の心が読めません。こういう状況のときには、自分が相手に迷惑をかけていることに気づかなかったりもしますから、あまり人に会わないほうがよいでしょう。</p>

<p>仕事で大切なクライアントに会わなければならないときには、できるだけ人生で楽しかったことを思い出してみたり、自分の大好物を食べたりして、ハッピーな気分になっておきましょう。そういう準備をしておくと、相手がどんな感情なのかを敏感に感じとることができます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人の心は「顔」にすべて出る</h2>

<p>顔にまつわることわざや慣用句は、非常にたくさんあります。「顔は心の鏡」という表現もありますし、「顔は心の窓」とも言います。「目は口ほどに物を言う」という表現もありますね。どうして顔にまつわる表現がたくさんあるのかというと、実際に私たちの心や感情は顔に表れやすいから。</p>

<p>「顔は心の鏡」というのは単なる比喩ではなく、本当に心を映す鏡としての働きをしているのです。したがって、相手の心を知りたいのなら、相手の顔をよく見ることが大切です。人の心を読むための特別な勉強をしていなくとも、相手の顔をしっかり見ていれば、相手がどんな気持ちなのかはけっこうわかるものです。</p>

<p>スウェーデンにあるウプサラ大学のパトリク・ジャスリンは、顔や声の手がかりから、どれくらい正しく感情を識別できるのかの研究を総覧し、顔の表情での正答率が60％から95％なのに対し、声の手がかりからの感情識別の正答率は54％から70％という結論を得ています。</p>

<p>声を手がかりにしても相手の感情はそれなりにわかりますが、顔の表情ほどではありません。本書では、声や振る舞いなど、さまざまな手がかりからも人の心を読む方法を紹介しておりますが、とにかく顔に注目するのが一番、ということは覚えておきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>顔が、最も正確な手がかりである</h2>

<p>相手の顔をしっかり見ることには、相手の感情を正しく読み取るということの他に、&quot;おまけ&quot;の効果もあります。人に会うときに相手の顔をしっかり見つめるように心がけると、自然と相手とのアイコンタクトも増えますよね。</p>

<p>アイコンタクトが増えると相手も気分がよくなり、こちらに対して好意を抱いてくれます。私たちは、自分の顔をしっかり見つめてくれる人が大好きですから。</p>

<p>自分の顔にまったく視線を向けてくれず、ずっとそっぽを向かれていると、私たちは悲しくなったり、不愉快になったりします。「私にまったく興味がないのだな」という相手の気持ちがわかってしまうからです。</p>

<p>相手の顔を見つめるようにすると、相手の感情を見抜くことができ、しかも相手には好意を持ってもらえるという、一石二鳥の効果があります。相手にプレッシャーを与えすぎないよう、たまには相手の顔から視線をはずしてもかまいませんが、基本的にはできるだけ相手の顔を見つめるように心がけましょう。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_talking.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 24 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[内藤誼人（心理学者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>いつかピクニックでサンドイッチを　体が不自由な私が二人の子どもに作りたいお弁当  はらだまさこ</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14430</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014430</guid>
			<description><![CDATA[2023年にALSと診断された、喫茶店店主のはらだまさこさん。子どもたち2人にいつか食べさせてあげたいお弁当について教えてくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="はらだまさこ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260608haradamasako03.jpg" width="1200" /></p>

<p>福岡県で喫茶店「Sounds Food Sounds Good」を家族と営むはらだまさこさんは、2023年頃、国の指定難病であるALSと診断されました。筋肉を動かすための神経が障害を受け、だんだんと身体が動かなくなっていく病気です。</p>

<p>はらださんには二人のお子さんがいます。著書『もしもキッチンに立てたなら』では、いつの日かお子さんたちに作ってあげたいお弁当など、料理を介した将来への願いが綴られています。</p>

<p>※本稿は、はらだまさこ著『もしもキッチンに立てたなら』(徳間書店)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>息子に作りたいお弁当</h2>

<p>わたしの病気が良くなって、この手でもう一度キッチンに立てるとしたら──その朝、わたしが一番に作るのは、タカラのお弁当です。</p>

<p>わたしにしか作れない、わたしらしいひと箱を、胸を張って持たせてあげたい。まだ家の空気が眠っているうちから、そっと支度を始めます。土鍋で米をとぎ、お湯を沸かし、卵焼きを巻くことから。子どもたちがまだ起きないように気を付けながら、トントントンと包丁で野菜を切る。家族が起きてくる頃には、だいたい仕上げておきたいです。</p>

<p>タカラがお弁当を食べるタイミングはほとんどサッカーの前後なので、がっつりすぎてもよくない、でも栄養バランスはしっかり保ちたい。まずはタンパク質をしっかり入れて、野菜との彩りもよく、そして運動後でも食欲が落ちないような味つけにします。男の子だからスポーツバッグの中でお弁当の中身がぐちゃぐちゃになっちゃうかもしれない。おかず同士が混ざってしまっても、それはそれで美味しく食べられるように組み合わせを考えるようにしています。</p>

<p>「美味しかったよ」なんて素直に言ってはくれませんが、いつもきれいに食べてくれるのが何よりの返事だと思っています。</p>

<p>わたしはお弁当を詰める時間が特に好きなんです。赤や緑、茶色と白とをバランスよく組み合わせていく、絵画を描くようなイメージでおかずを詰めていきます。</p>

<p>お弁当は「宝箱」みたいですよね。見た目でワクワクさせて、食べれば心と体まで整えてくれる。こんなに愛情のかたまりみたいな贈り物、ほかになかなかありません。</p>

<p>実は、息子の名前「タカラ」には「わたしの宝物」という意味を込めています。この名前は、高校生の頃から心の中でずっと温めていたんです。未来のどこかで、この子にお弁当を作っている自分の姿までなんとなく想像していたのかもしれません。</p>

<p>「タカラ、今日も全力で頑張れるといいな」「美味しく食べてくれるかな」そんな風に息子を想いながら作るお弁当作りは、たまらなく愛おしい時間です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>娘に食べさせたいピクニック弁当</h2>

<p>タカラとは違って、娘のリンには、わたしの手でお弁当を作ってあげられたことがありません。山や海へのピクニックにも、まだ連れて行けていないのです。</p>

<p>だから、病気がよくなったら最初にリンに作ってあげたいのが、ピクニックに持って行く「リンの好きなサンドイッチのお弁当」。</p>

<p>わが家の食事は和食が中心。だからなのか、リンは時々パンが食べたくなるようです。「パン作りの絵本」を読んで、妹と一緒にパンをこねていたことがありました。よほど楽しかったのでしょうか、それ以来、何かあるたびに「サンドイッチ!」と言うようになりました。そのリクエストに、ちゃんと応えてあげたいと思っています。</p>

<p>お手製のフォカッチャに、グリルした色とりどりの野菜を挟む。ちょっと手間のかかるパテ・ド・カンパーニュも、前日から仕込んでおいてサンドウィッチにしようかな。鶏と豚を生ハムで巻いた、少し大人の味だけれど、リンならきっと大丈夫。</p>

<p>2種類のサンドウィッチに季節のフルーツ、きのこのキッシュも添えたら──どれから食べよう、と迷ってくれるかもしれません。</p>

<p>青空の下でお弁当箱を開けた瞬間、わたしを見て満面の笑みを浮かべるリンを思い浮かべると、必ず叶えてみせよう、と元気が湧いてきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>いつかの晩酌</h2>

<p>わたしはお酒が好きです。とは言いますが、どちらかというとお酒そのものより「料理と合わせてどう楽しむか」を考える方が好きで、おつまみ作りはちょっとしたクリエイティブ作業のようなもの。</p>

<p>以前、テレビで俳優の中尾彬さんのお品書きディナーが紹介されていました。奥さまの池波志乃さんが10品ほどのメニューを書き出し、中尾さんがそこから食べたいものを選んで、順番に作っていくとのこと。まるでおうちが小料理屋の厨房になったようで、「なんて楽しそう!」と、見ていてワクワクしました。すぐに真似して、わたしもそのスタイルにはまったのでした。</p>

<p>いつかタカラと一緒にお酒を飲める日が来たら、どんなお品書きを作ろうかしらといまから想像しています。最初の一杯は何にしよう。大人になったタカラはビールを選ぶのか、ワインの香りを楽しむのか、それとも九州らしく焼酎を飲んで「この酒、うまいね～」なんて言い始めるのか。その瞬間を思い浮かべるだけで、心がじわりと温かくなります。</p>

<p>息子の好みやお酒の種類を考えながら酒の肴を作るまで、あと7年くらい。同じテーブルに息子とわたしのグラスが並んで、とりあえずの乾杯を──わたしにとって、人生のごほうびみたいな時間になる気がしています。</p>

<p>そのときまでに、思い出の梅酒を漬けておくことは決めてあるのです。子どもの頃、祖母は梅仕事が得意でした。祖母の台所のシンクの下には年季の入った梅酒が並んでいました。とても綺麗な琥珀色で、梅の香りがふわっと鼻をくすぐる、大人な飲み物。いつか大人になったら、あんな梅酒を自分でも作ろうと思っていました。</p>

<p>わたしらしく、氷砂糖と焼酎ではなく、はちみつとラム酒で作る梅酒は、お菓子に入れても美味しいのです。祖母から引き継いだわたしの梅酒を、きっとタカラも気に入ってくれると思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>一緒に台所に</h2>

<p>リンとは、いつか一緒に台所に立ちたい──そんな小さな夢があります。妹のみっちゃんが料理を始めると、リンはキッチンをうろうろしながら興味津々。食べるだけじゃなく、作ることも好きになるはずだと密かに期待しています。</p>

<p>実は、お腹の中にいたリンが女の子だとわかった瞬間から、考えていたことがあるんです。「小学生になるまでに、ひとりでホールケーキを焼けるように育てたい」という、ちょっと欲張りで、でも料理好きな母としてはワクワクする目標。小学生でホールケーキを作れる子なんて、そうそういませんよね。</p>

<p>......とはいえ、今のところはわたしが教えられなくて、リンはすっかり食べる専門。いまこの瞬間も、隣でケーキを食べています。大きな口をあけて、本当に美味しそうに頬ばる姿がまたかわいい。口についたクリームを取ってあげたいです。</p>

<p>それから、台所道具の使い方も少しずつ伝えていきたいと思っています。野菜を蒸す木の蒸篭、ご飯がつやつやに炊ける土鍋、胡麻のすり鉢など。ほかにも、梅干しを漬けたり味噌を仕込んだりと、「季節を愛しむ仕事」の楽しさも知ってほしい。わたしが慈しんできた台所と季節のリズムを、いつか見せて聞かせてあげられたらと思っています。</p>

<p>小学校の高学年になったら一緒にお弁当作りをして、中学生になった頃にはひとりでお弁当を作れるようになってもらうのが理想です。習い事も部活も、お友達との時間もきっと忙しくなるけれど、ごはんの時間も大事にして欲しい。自分の身体を自分で整えられる力は、リンの長い人生の支えになる「生きるためのスキル」になると信じています。</p>

<p>そのうち、わたしよりずっと料理上手になるかもしれません。いつか、リンが「ママ、お誕生日おめでとう」なんて言いながら、バースデーごはんやケーキを作ってくれたら......。それだけで胸がいっぱいになるほど嬉しいだろうな、と想像してしまうのです。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 24 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[はらだまさこ]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>囲碁も将棋も敗北。藤原正彦に数学者への道を決意させた室生犀星の詩  藤原正彦（数学者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14503</link>
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			<description><![CDATA[囲碁も将棋も絶対の自信を持っていた若き日の藤原正彦氏。彼が「三度の飯より好き」だったこれらと決別し、数学者を志した理由とは？その頃の情景と重なる室生犀星の詩とともに振り返る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="数学者の藤原正彦氏は、囲碁の腕前に絶対的な自信を持っていたが…" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/PIXTA_igo2.jpg" width="1200" /></p>

<p>どの世界にも上には上がいるもの。ベストセラー『国家の品格』で知られる数学者の藤原正彦氏も、若き日にはいくつかの挫折を経験し、悔しい思いをしてきました。そのとき、彼が思い出したのは室生犀星の「小景異情 その2」。どんなに辛くても故郷には帰らない、そう著者に思わせたエピソードとは。</p>

<p>※本稿は、藤原正彦著『静かな夜はあの歌と 一曲一曲に刻まれた、六十二篇の回想録』(PHP文庫)から一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ふるさとは遠きにありて思ふもの</h2>

<p>大学に入った当時、私は囲碁と将棋の才能に溢れていると信じていた。4月、早速、囲碁部の門を敲（たた）いた。</p>

<p>すると副主将の2年生が出てきて、「碁会所でどのくらいで打っていますか」と聞いてくる。胸を張り「1、2級で打っています」と答えた。アマチュアで1級といえば一応は実力者である。ところが副主将は事も無げに言った。</p>

<p>「では星目で始めましょう」</p>

<p>これにはカチンと来た。碁盤には「星目」といって、盤面の要所に9つの黒い点がある。力量に大差がある場合、劣る方の者が、この星目に予め自分の石を9個置いてから始める。ハンディとしてである。両者にそれほど差のない場合は2個だったり4個だったりする。</p>

<p>1つ先輩とはいえ、初対面の私に対し無礼な奴だ。コテンパンにしてやろうと思った。まったく歯が立たなかった。三段で、卒業後にアマチュアの全国大会の県代表にもなった男だった。<br />
その先輩が、対局中にしきりに何かを唱えている。</p>

<p>〈ふるさとは遠きにありて思ふもの／そして悲しくうたふもの〉</p>

<p>室生犀星の詩集『抒情小曲集』の冒頭を飾る「小景異情」であった。私はこの詩集を持っていた。</p>

<p>【小景異情 その2】（室生犀星）<br />
ふるさとは遠きにありて思ふもの<br />
そして悲しくうたふもの<br />
よしや<br />
うらぶれて異土の乞食となるとても<br />
帰るところにあるまじや<br />
ひとり都のゆふぐれに<br />
ふるさとおもひ涙ぐむ<br />
そのこころもて<br />
遠きみやこにかへらばや<br />
遠きみやこにかへらばや</p>

<p>〈ふるさとは〉から〈帰るところにあるまじや〉までの有名な一節は、耳に残っていたがややうろ覚えであった。先輩は、この詩を最初から最後まで対局中に諳んじながら私を負かした。あしらった。<br />
残念どころの話ではない。囲碁で打ちのめされ、文学的素養でも圧倒されたのである。帰宅するや「小景異情」を改めて読み直した。</p>

<p>〈うらぶれて異土の乞食となるとても／帰るところにあるまじや〉</p>

<p>異国の地で、落ちぶれて惨めになってしまっても、故郷は帰る場所ではない。〈ひとり都のゆふぐれに／ふるさとおもひ涙ぐむ〉しか他にないというのである。先輩に手もなくひねられた惨めな気持ちと、犀星のそれが重なった。囲碁部への入部は止めた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>男児志を立てて郷関を出づ</h2>

<p>大正、昭和を生きた室生犀星は、複雑な幼少期を送っている。</p>

<p>実父は加賀藩の足軽で、その女中との間に生まれたのが、犀星だった。望まれた子ではなく、生後すぐに外に出された。出された先が金沢の真言宗の寺、雨宝院の、住職の内縁の妻のところだった。犀星はこの女性の私生児として届けられ、7歳の時に住職の養子となった。実父、実母の顔は見たことがなかった。小さい頃は「妾の子」とからかわれた。犀星はふるさとに自分の居場所はないと都会へ飛び出したが、結局は落ちぶれて何度も帰郷せざるを得ない状況に追い込まれたのだった。</p>

<p>当時はまだ立身出世の気概が残っていた。</p>

<p>〈男児志を立てて郷関を出づ／学若し成らずんば死すとも還らず〉</p>

<p>男子たるもの故郷を出たら、立身出世を遂げるまでは死んでも帰らない。「末は博士か大臣か」とは明治期の言葉だが、犀星のこの詩の中にはこうした気概や焦りも含まれているような気がする。</p>

<p>犀星は昭和に入ってから小説に重きを置くようになり、昭和15年（1940）には菊池寛賞を受賞した。その後も『杏つ子』など数々の名作を世に送り出し、立身出世を成し遂げたのである。昭和16年（1941）から亡くなる昭和37年（1962）までの21年間、犀星は1度も故郷に足を踏み入れなかったと言われる。そのかわり、彼の書斎に故郷・犀川の写真を飾り懐かしんでいたという。養父母にもお金の仕送りをしていた。</p>

<p>私は金沢大学で学会があった折、雨宝院を見学に行った。</p>

<p>〈うつくしき川は流れたり／そのほとりに我は住みぬ〉（「犀川」）</p>

<p>と犀星はうたっているが、実際、雨宝院から美しい犀川の流れが見えた。犀川の西岸に住んでいたから犀西、転じて犀星としたのだろう。筆名の付け方にも故郷への思いが垣間見える。</p>

<p>この詩は、〈ふるさとは遠きにありて〉からの5行があまりにも有名で、他を覚えていないという人も多い。私もそうだ。ここに犀星の思いが凝縮されているのだから、それでいいのだろう。『抒情小曲集』は、犀星の詩集の中で私の一番好きなものである。これが読みたくてアメリカ留学の時も持参した。</p>

<p>将棋のほうは、大学1年の冬に学内将棋大会に出場し準優勝を飾った。決勝では、将棋部主将と2時間を超える熱戦を繰り繰り広げた。「これはいける」と、私は東京・千駄ヶ谷にある日本将棋連盟の将棋会館を訪ねた。そこで実力を見せつけようと考えたのである。係に指定された相手は小学4年生くらいの坊やだった。こんな小僧、ひねり潰してやると積極的に攻めたら、逆にひねり潰された。奨励会5級といったからプロの卵だった。</p>

<p>囲碁、将棋、麻雀......と勝負事は3度の飯より好きだったが、私は大学1年の秋までにこれらに見切りをつけ、きっぱり捨てた。</p>

<p>詩では犀星に敵わない。碁では星目で蹴散らされる。最も得意の将棋では小学生に敵わない。私はこれを機にすべての愉しみを捨てて、数学一本に絞ったのであった。ついでに女もきっぱり捨てた。愚妻はこの最後のものについて、「単にモテなかっただけでしょう」と言う。なぜか腹が立つ。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 23 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[藤原正彦（数学者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「ほどほど」「いい加減」でいい　気にしない人ほどうまくいく理由  有川真由美（作家/写真家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14459</link>
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			<description><![CDATA[周りの人の目や評価が気になって落ち込んでしまう。そんな人に知ってほしい考え方を作家の有川真由美さんが解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="有川真由美著『一緒にいると楽しい人、疲れる人』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_womanwork.jpg" width="1200" /></p>

<p>「周りの人がどう思うか」より「自分がどうしたいか」を大切にする――作家の有川真由美さんは、そんな考え方を持つ人を「気にしない人」と呼んでおり、気にしない人ほど人生を謳歌し、一緒にいて楽しいといいます。本稿では、人付き合いをラクにする考え方やコツを紐解いていきましょう。</p>

<p>※本稿は、有川真由美著『一緒にいると楽しい人、疲れる人』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>他人からの評価は受けとめるのではなく、受け流す</h2>

<p>気にしない人は、他人の評価に流されません。私は20代のころ、「こんなに一所懸命にがんばって、社内でそこそこ結果を出しているのだから、もう少し評価されてもいいのではないか」と、いつも不満に思っていました。しかし、あるとき、こんな考え方は危険だと思うようになったのです。</p>

<p>人から認められればよろこび、認められなければ落ちこむ......。そんな繰り返しをしていたら、つねに不安と不満がつきまとい、心はどんどん病んでいきます。自分のやりたいことからも、どんどん遠ざかっていきます。</p>

<p>「これからは、どう評価されてもいい。やりたいこと、やっていることを楽しもう」そう決めてから、面白いほど仕事も人間関係もうまくいくようになり、評価されるようになりました。やりたいことを夢中でやっていれば自然に力もわいてくるし、成長もできます。そして、だれからなにを言われたわけでもなかったのに、自分を苦しめていたのは自分であったことに気づいたのです。</p>

<p>他人の評価というものは、他人が勝手に判断することであって、自分の期待通りにはいきません。たとえば、自分では「よくがんばった」と満足していても、まわりからまったく評価されないこともあれば、逆に、意外なことで高評価を得ることもあるでしょう。ほめられても、偉くなったように思うこともないし、批判されて、がっかりすることもありません。人の評価は、いちいち受けとめるのではなく、受け流してしまいましょう。</p>

<p>とはいえ、「人の評価を気にしない」ということはなかなかむずかしいものです。生きている以上、なにかしら評価はついてまわり、大事なことを気づかせてくれるのも事実です。が、優先するべきは「自分の道を進むこと」なのです。他人の評価が道しるべになってしまうと、本来の道がわからなくなって、迷ったり、挫折したりしかねません。</p>

<p>評価はあとからついてくるもの。そこから得られるものがあれば、自分の気づきや成長のために取りこんでいけばいいし、そうでなければ、「他人はそう思うのか」と受け流せばいいのです。本当に気にするべきは、他人の目ではなく、自分のやりたいことを、じゅうぶんにやっていないことです。</p>

<p>自分を満足させる生き方をしていれば、まわりの人にも、自然とやさしくなれるし、一緒にいて楽しいと思ってくれる人が集まってきます。遠回りであっても人の評価はついてくると、私はつくづく実感しているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ほどほど」「いい加減」が楽しさを生む</h2>

<p>気にしない人は、「いい加減」な人でもあります。ずいぶん昔、「5時から男」というCMが流行ったことがありました。仕事中はやる気がないのに、終業時間の5時になるとがぜん元気になって、生き生きと遊ぶサラリーマンは、まさにいい加減を売りにしたそのタレントのキャラクターにぴったりで、魅力的に見えたものです。こうした力の抜けた男性は、年齢問わず、愛嬌やユーモアがあって、憎めないものです。</p>

<p>女性でも仕事や家庭だけでなく、適度に遊んでいたり、趣味に熱中していたりする人とつき合うのは楽しいものです。「いい加減」というとよくない意味に聞こえますが、仕事も遊びも「良い加減」で気を抜いているから、ユーモアがあったり、話題が豊富だったり、相手の話を聞く余裕があったりします。</p>

<p>とくに育児や介護など、たいへんな状態にいる人こそ、いい加減にやらなきゃ身がもたない。「いい加減」の大切さをわかっていれば、笑顔で余裕をもって続けられるのです。私たちは、仕事や家庭において、つねに真面目で、ベストを尽くすことを求められているように感じるものですが、真面目すぎては自分を追いこんでしまいます。</p>

<p>生真面目すぎて、心が病んでしまった。ほかの大事なことが見えなくなった。つまらない毎日のような気がする......。そんな人はいませんか？</p>

<p>私たちの人生は、私たちに真面目に生きることよりも、楽しく幸せに生きることを求めているのではないでしょうか。自分に対しては、60点ぐらいでよしとしませんか？</p>

<p>「いい加減な人」というのは、ものごとを複雑にせず、シンプルに、楽観的に考えている人でもあります。小さなことに惑わされず、本質を知っている人でもあります。だから、仕事でも、「簡単、簡単」と人のやりたがらないことをやったり、「なんとかできるでしょう」と大胆な提案をしたり。結果的に、ほどほどいい加減にやっている人のほうが、仕事も人間関係も続いていくものです。</p>

<p>仕事や家庭以外に自分のコミュニティをもつことも大切です。そんな場所ができれば、自分がいかに狭い世界で悩んでいたかがわかり、意外にあっさりと割り切ることもできます。自分の居場所がそこだけに感じられるから、狭い人間関係にこだわってしまうのです。</p>

<p>悩みそうになったら、「ほどほどに」が合い言葉。ほんとうに大切なこと以外は良い加減であることを心がけると、まわりの人もほっとします。息を抜きながら、生き抜いていきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人への気遣いも、ほどほどでいい</h2>

<p>人の家を訪問して「居心地がいい」「またここに来たい」と思うのは、たいてい、お客に対してあまり気を使わない家です。</p>

<p>以前、1週間ほどホームステイした家は、リビングに子ども服が脱ぎ散らかしてあるし、掃除も適当。私は、いつもどおりの家族の夕食に参加して、お腹が空いたら、勝手にお茶をいれて、勝手に冷蔵庫にあるものを食べる......。そんな放置され加減がちょうどよく、家族みんなと仲良くなって、「もうしばらくいたい」と思ったほどでした。</p>

<p>反対に、あれこれ気を使ってもてなしてくれる家は、たいへん有り難いものの、少々気疲れします。「準備がたいへんだったかも......」と心苦しくなってしまいます。</p>

<p>同僚や友人でも、心地よく、長くつき合えるのは、お互いに気を使わないで会えたり、ざっくばらんに話せたりできる人たちです。そして、彼らのほとんどは、先天的に「気を使わない人」ではなく、相手に気を使わせないために、意図的に気を使いすぎないようにしている人だとも感じます。</p>

<p>「自分は気を使われているな」と感じさせると、相手側にも気を使わせてしまう。もちろん、自分でも疲れてしまう。だから、「気を使いすぎないこと」はとても重要で、お互いにとってリラックスできて、いい距離感になれると知っているのです。</p>

<p>しかし、「気を使ってヘトヘト」「人づき合いが面倒」という人もいるのでは？</p>

<p>気疲れの要因になっているのは、「相手をよろこばせたい」「相手に不安や恐れを感じている」などいろいろあるでしょうが、ほとんどは「自分がよく思われたい」「自分が〜だと思われたくない」という、自分を守ろうとする心のクセ。つまり、自分らしくないことを自分で要求して疲れたり苦しかったりする......という一人相撲をしているようなものです。</p>

<p>気を使いすぎてしんどいと感じるときは、「ストップ！疲れるほど気を使わなくてもいいでしょう」とブレーキをかけるサイン。接し方や、人間関係を見直すときです。「自分のままで大丈夫」と開き直ってみましょう。</p>

<p>自分らしく振る舞えるようになると、人間関係はいい方向へ流れていきます。「どうして、いままであんなに気を使っていたのだろう」と思うはずです。もし、肩の力が抜けないなら、距離をとってつき合うべき相手かもしれません。とにかく、自分が楽であることがいちばん。笑顔で楽しくつき合える関係を目指しましょう。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 23 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[有川真由美（作家/写真家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ真面目な人ほど搾取される？「舐められやすい人」の共通点と対策  加藤諦三（早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14374</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014374</guid>
			<description><![CDATA[他人に尽くしても搾取され、舐められてしまう人の心理を解説。原因は孤独や劣等感、嫌われることを恐れる「弱さ」にある。被害者意識を捨てて戦う「決意」こそが地獄から抜け出す鍵だと説く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="加藤諦三氏は、軽視される人には、深刻な劣等感があると説く" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_man_sky_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>真面目に生き、他人のために尽くしているのに、なぜかいつも騙されたり利用されたりしてしまう。<br />
「こんなに頑張っているのに、報われないのはどうしてなのか」――その原因は、心の中に潜む「弱さ」や「劣等感」にあるのかもしれません。<br />
本記事では、過酷な環境を生き抜いた「レジリエンス（逆境を乗り越える力）」を持つ人々の言葉を手がかりに、ずるい人に搾取され続けるループから抜け出すためのアプローチと、人生を変える「決意」の重要性について解説します。</p>

<p>※本稿は、加藤諦三著『「なんとなく不安」が消える本』（PHP文庫）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「受け身の人」の人生はなぜうまくいかないのか</h2>

<p>「自分はこんなに被害を受けた」と言ってばかりいる人がいる。<br />
しかし、もしそれが本当なら、その被害を乗り越えて、自分が今日あることを誇れるはずである。<br />
それだけの困難を乗り越えて今日、自分があるのは、その人の素晴らしい力の証明なのである。</p>

<p>そのように自分の過去を誇れないで、被害を受けたことばかり言っている人がいる。その人はもしかすると、実際にはそれほど被害にあっていないのかもしれない。<br />
いつまでも文句をいう人は、単に神経症的愛情要求が強いから、被害にあったように思い込んでいるというだけのことかもしれない。</p>

<p>もう一つの可能性がある。<br />
受け身の人である。<br />
相手との関係を常に被害者意識で解釈する。<br />
そうでなければ、周囲の人から受けたひどい仕打ちを思いだしながらも、「それを乗り切った私」に対する誇りがあっていい。</p>

<p>人生にはいろいろなトラブルがある。問題は、そこから何を学ぶかということである。<br />
「あの人からこんなひどい仕打ちを受けた」ことから、「自分は何を学んだか」ということである。</p>

<p>レジリエンスのある人は、どのような経験であれ、自分の経験から多くの情緒的なものを獲得する（註1）。</p>

<p>ヒギンズは「レジリエンスのある人は、少ないガソリンで走行距離が長い」と言っている。ガソリンが体験である。<br />
いつまでも文句を言っている人は、ガソリンが満タンなのに走らない車みたいなものである。エンジンが故障している。</p>

<p>ヒギンズの著作に出てくる少女シーボンは、いつも母親から「お前は腐っている、お前は馬鹿だ」と言われていた（註2）。<br />
でもシーボンは、いつも聞こえてくるその声を信じなかった。</p>

<p>ある日本人女性は、母親に「お前は学年一のブスだ」と言われて立ち上がれないほど傷ついた。そしてそのひどい母親の支配から逃れられなかった。</p>

<p>シーボンは、そこがすごい。<br />
普通の人は、その破壊的メッセージで生涯を苦渋に満ちたものにしてしまう。<br />
おそらく、本当にひどい親だから「信じなかった」のであろう。<br />
恩着せがましい親なら、先ず自分は素晴らしい親だと子どもに思い込ませて、その上で「お前のために、私は苦労している」という。</p>

<p>父親の性的虐待が始まってからも、「私はいつも私の人生を計画していた。私はいつもそこから出ようとしていた。もっとよいところに行こうとしていた」と言う（註3）。<br />
シーボンは、7歳になる時には「どこかもっとよいところがあると知っていた」という（註4）。</p>

<p>健康な人は、環境の勝利者である。働き、愛し、遊び、そして生じてくる問題を効果的に解決する（註5）。<br />
レジリエンスのある人は、自分は過去に犠牲者であったと認識しながらも、同時に自分を今は犠牲者と見ていない。<br />
むしろ、それよりも自分は幸せのエージェント「agent＝代表者」であると信じている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>過酷な環境を生き残った者の誇り</h2>

<p>「私は自分を犠牲者と見ない。私は生存者だ。<br />
最善を尽くして困難と戦い、栄えたもの以上の存在である」</p>

<p>これはシーボン同様、ヒギンズの著作にたびたび出てくる少年ダンの言葉である（註6）。<br />
ダンは父親の殴打が怖かった。殺されると思った。<br />
その過酷な環境で生き延びたダンは、「私は成功者だ、犠牲者ではない」という（註7）。<br />
「犠牲者とは、過酷な逆境の中で立ち上がれない人である。痛みと苦しみに閉じ込められている人である。私の人生に起きたことではない（註8）」</p>

<p>全てを吞み込む洪水のような残酷さの中で、彼は殺されるよりも強くなることを選択し、生き残った。<br />
そして彼は自分に誇りを持った。<br />
ダンは「私はどのようなことでも向き合える」と言っている（註9）。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>逆境から逃げる人の末路</h2>

<p>私は以前、『人生の重荷をプラスにする人、マイナスにする人』（PHP文庫）という本を書いた。<br />
その本に書いたことの一部を、レジリエンスという視点から考えてみたいと思う。</p>

<p>すべての人が周囲の人からひどい仕打ちを受けているわけではない。<br />
自分がひどい仕打ちを受けてしまうのは、もしかしたら自分の側にも何か問題があるからかもしれないという反省が必要である。<br />
その反省がなければ、いつまでも同じようなひどい仕打ちを受け続けることになる。</p>

<p>確かに世の中には、一生懸命働いても一向に経済的に楽にならない人が沢山いる。<br />
真面目に生きていながらも、なぜか不幸が続いてしまう人も多い。</p>

<p>贅沢もしないでただただ真面目に働き、節約して貯めたお金を、誰かに騙されて吸い上げられてしまうような人がいる。<br />
コツコツと働き、毎月几帳面に貯金をし、貯まったところで、親戚から「お金を貸してくれ」と頼まれて貸してしまう。そしてその後、お金は返ってこない。</p>

<p>またコツコツと生真面目に働いて努力してお金を貯める。<br />
しかし今度は、事業に失敗した兄から頼まれて貯金をはたいてしまう。貸したくないのだが断われない。<br />
一生真面目に働きながらも、財産といえるようなものはない。しかもそれだけ人のために尽くしながら、誰からも感謝されない。</p>

<p>親戚の人に会っても、彼らは「有難う」一ついわない。<br />
兄に会っても「迷惑をかけたな」という言葉一つない。<br />
こんな時に「あんなにしてあげたのに、有難う一つ言わない」とその親戚の人や兄を恨んでいても、事態は一向に改善されない。<br />
おそらくまた同じような何かが起きる。</p>

<p>たとえば娘の夫が仕事を始めるに当たって、借金の連帯保証人になってくれと頼まれる。<br />
「絶対にお父さんには迷惑をかけません」と言われて、よく調べもしないでハンコを押す。<br />
そして結果はどうなるか。<br />
たいていは自分たちが住んでいる家屋敷まで、借金のカタに取られてしまう。</p>

<p>一生真面目に働き、何も悪いことをしないで、人のためにお金を使い、その上で周囲の人に舐められて、軽く見られている人は多い。<br />
コツコツ働いたお金を全て、人に吸い上げられて、それでいながら誰からも尊敬も感謝もされないという人がたくさんいる。</p>

<p>離婚した親戚の子どもの養育費を、毎月送りながら生活していた人がいる。真面目で正直で努力家である。自分は飲みたい酒も飲まないで節約しながら、姪をせめて高校だけは卒業させてあげなければと、頑張って仕送りをしていた。</p>

<p>それだけ日々人のために努力しながらも、姪は卒業しても感謝を表さない。<br />
会ってもやはり「有難う」を言わない。<br />
その母親も「有難う」を言わない。それどころか、高校を卒業してから仕送りを止めたことを不服にさえ思っている様子である。</p>

<p>この人はどこかで「自分の生き方に問題があるのではないか」という反省をしなければ、またこのひどい仕打ちは繰り返される。<br />
死ぬまで働いて、死ぬまで搾取され続ける。</p>

<p>先に挙げた少女シーボンは、搾取され続ける側から抜け出すために大切なことを述べている。</p>

<p>「私の持っているものの中で最大のものは、決意である（註10）」</p>

<p>死ぬまで働いて、死ぬまで騙され続ける人には、この決意がない。</p>

<p>今、述べたような真面目な人で、働き続けて騙され続けて、その上に周りの人から馬鹿にされ続けてしまうのは決意がないからである。</p>

<p>「やり返そう」ともせず、被害者意識で物事を解釈している人は、もともと自分が正面から直面しなければならない困難と戦わなかった。<br />
逆境を乗り越えたのではなく、むしろ逆境から逃げた。自分が周囲の人に気に入られたいから、無意識のどこかに自分から、ずるい人を引き寄せた部分があったに違いない。</p>

<p>経済的に利用されてしまう人、心理的に虐待される人、すぐに騙される人、それらの人にはやっぱりどこか弱さがある。その弱さに、ずるい人から付け込まれるのである。</p>

<p>まさに、ずるさは弱さに敏感である。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>戦わない人は舐められる</h2>

<p>世の中にはずるい人は沢山いる。<br />
ずるい人は皆、弱い人を食い物にして生きていこうとしている。</p>

<p>弱い人は、基本的には淋しい人なのかもしれない。<br />
そこで相手の好意が欲しくて、ついつい失礼な要求にも「いい顔」をしてしまう。断わって「冷たい人」とか「利己的な人」と言われるのが怖い。</p>

<p>戦わないでいると、自分が舐められていることに気がつかない。嫌われることが怖くて、他のことは考えられない。<br />
ただ「好かれよう」とばかりして、相手を見る心のゆとりがない。</p>

<p>淋しいから誰とでもいい関係でいたい。<br />
そういう人は自我の確立がなくて、孤独に弱い。<br />
アメリカの心理学者ダン・カイリーは「孤独は商業主義のカモである」と言うが、「孤独は商業主義のカモ」であるだけではない。「全てのずるい人のカモ」である。</p>

<p>たとえばこうして長年、人から利用されてばかりいる人が、<br />
「自分は愛情飢餓感に苦しめられているのだ」<br />
「自分は心理的成長に躓いている」<br />
などと気がつかないかぎり、また同じように誰かに利用される。</p>

<p>これらの事態は、レジリエンスのある人が成長する過程で乗り越えなければならない逆境とは違う。<br />
むしろ本当に直面しなければならないことは、自分はこれらの人々に軽く見られているという現実である。</p>

<p>困難を乗り越えるということは、人から嫌われたくない、気に入られたいという自分の弱さに直面して、それを乗り越えるということである。自分について熟知している人が、困難な環境を乗り切れる。厳しい状況を切り抜ける。</p>

<p>淋しい人は「お金では感謝も尊敬も得られない」ということが分からない。感謝や尊敬が欲しくて、それを求めてお金を使ってしまう。<br />
「頭を下げても感謝も尊敬も得られない」ということが分からない。<br />
今、述べているような人と、レジリエンスのある人とどこが違うかというと、それは劣等感があるかないかである。</p>

<p>いつも騙される人、いつも軽視される人には、深刻な劣等感がある。だから、相手のそれらの行動を許してしまう。</p>

<p>全ての行動はその劣等感を癒すための行動である。<br />
その点に気がつき、レジリエンスのある人に学ばなければ、地獄から抜け出すことは出来ない。</p>

<p>カモにされて利用されていることを、仲間から頼られていると解釈する。感謝や尊敬が欲しくて、やたらに頭を下げてしまう。<br />
周りに集まってくるのは質の悪い人ばかりである。<br />
だからお金を使っても使っても、皆から軽く見られるのである。頭を下げても下げても、皆から心の中では侮辱されるのである。</p>

<p>ずるい人にとって、弱い人間は決して尊敬や感謝の対象にはならない。どんなことをしてあげても尊敬や感謝の対象にはならない。固有の人間として扱われない。利用の対象にしかならない。</p>

<p>（註1） &ldquo;In fact, the resilient get unusually good emotional mileage out of virtually any experience they encounter.&rdquo;Gina O&rsquo;Connell Higgins, Resilient Adults-Overcoming a Cruel Past, Jossey-Bass Publishers San Francisco, 1994, p20.<br />
（註2）&ldquo;You are rotten, or you are stupid.&rdquo; 同前、p40.<br />
（註3） 同前、p40.<br />
（註4）&ldquo;anywhere is a better place to be.&rdquo; 同前、p42.<br />
（註5）&ldquo;the healthy should be masters of environment-able to work, love, play, and be efficient in problem solving.&rdquo; 同前、p55.<br />
（註6）&ldquo;I don&rsquo;t see myself as a victim. I see myself as a survivor, who&rsquo;s done more than just make the best of a difficult situation-someone who&rsquo;s really thrived.&rdquo; 同前、p59.<br />
（註7） 同前、p59.<br />
（註8）&ldquo;I see myself as a successful person, not a victim. I think of a victim as someone who&rsquo;sexperienced great difficulty and has never been able to rise above it but has remained locked in the pain and suffering. To me, that&rsquo;s victim, and I&rsquo;m not a victim at all. That&rsquo;s not happened to me in my life.&rdquo; 同前、p59.<br />
（註9）&ldquo;I can face almost anything.&rdquo; 同前、p61.<br />
（註10）&ldquo;I guess the biggest things is the determination that I have.&rdquo; 同前、p43.</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 23 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[加藤諦三（早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>インスタントでもOK！「無糖コーヒー」が血糖値や肝臓を整える理由  歌島大輔（整形外科医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14406</link>
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			<description><![CDATA[コーヒーに含まれる血糖調整や肝機能改善の効果を解説。インスタントでもカフェインレスでもOK。ただし無糖であることや飲む時間帯など、体にいい飲み方を医師が提案。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="コーヒーに含まれるポリフェノールが、血糖のコントロールや肝臓の働きの改善に関係すると考えられているという" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_coffeebreak.jpg" width="1200" /></p>

<p>近年の研究によると、普段コーヒーを飲む人ほど、心血管疾患による死亡リスクが低い傾向にあることが分かってきました。コーヒーに含まれるポリフェノールが、血糖のコントロールや肝臓の働きの改善に関係していると考えられています。<br />
本記事では、医学論文に基づいた情報発信を積極的に行っている歌島大輔氏が、コーヒーが持つ健康効果について分かりやすく解説。手軽な取り入れ方から、飲む時間帯、効果を台無しにしないための「鉄則」まで、ご提案します。</p>

<p>※本稿は、歌島大輔著『科学的に証明された 突然死を招く習慣・長生きする習慣』（高橋書店）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>コーヒーを飲む人ほど死亡率が低い</h2>

<p>「コーヒーって体にいいの？」――これも患者さんからよく受ける質問です。<br />
結論からいうと、砂糖を入れないコーヒーは、長い目で見ると体の味方になりやすいのです。ただし、繰り返しになりますが「砂糖を入れない」コーヒーです。<br />
甘いカフェラテやシロップたっぷりのコーヒーを「コーヒーだから体に良い」と思ってしまうと、逆にリスクになります。おすすめしたいのは、ブラックか無糖ミルク（無糖の牛乳・豆乳）を加えたコーヒーです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>血糖を調整し、肝臓の働きを良くする</h2>

<p>コーヒーにはカフェインだけでなく、クロロゲン酸などのポリフェノールが含まれています。これらは体のダメージ（酸化）や炎症に関わる反応に影響し、血糖のコントロールや肝臓の働きの改善にも関係していると考えられています。<br />
実際、コーヒーの摂取が健康に与える影響をまとめた論文では、コーヒーは多くの健康指標において、害よりも益があるとされています。とくに全死亡率や心血管疾患による死亡率では、コーヒーを多く飲む人ほどリスクが低い傾向にあります。［1］別の論文でも、コーヒーを飲む人は、飲まない人に比べて同様の傾向にあると報告されています。［2］</p>

<p>ただし、これらは観察研究が中心なので、対象者の生活習慣そのものが影響している可能性があります。それでも「無糖のコーヒーが害になる理由」はあまり見当たりません。</p>

<p>とはいえ、「1日3〜4杯飲みましょう」とはいいません。大切なのは「最適な量」よりも「続く量」。1日1杯であれば、睡眠や胃腸への影響を確認しながら、無理なく習慣化できます。長生きには、こうした小さな積み重ねが大切です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>甘みの代わりに香りを変える</h2>

<p>コーヒーの量はマグカップ1杯（150〜200㎖くらい）を目安にしてください。豆から淹れても、ドリップパックでも、インスタントでもかまいません。まずは「続けること」を最優先にしてください。<br />
もし、ブラックが苦手なら、無糖のミルクを少し入れてもかまいません。</p>

<p>ここで大切なのは「砂糖を入れない」こと。甘い缶コーヒーや加糖のカフェドリンクは、コーヒーというよりも「甘い飲み物」です。これらにはコーヒーを飲みやすくするためにかなりの量の砂糖が加えられています。ゆえに、当然、血糖コントロールに悪影響が出ます。<br />
それを無糖コーヒーに替えるだけで、体はかなり楽になります。</p>

<p>どうしても甘みが欲しいときはコーヒーの香りを変えてみてください。シナモンを少量入れる、バニラの香りをつける、深煎りにする――甘さではなく香りで満足度を上げると、習慣が崩れにくくなります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>飲む時間帯は午前中がおすすめ</h2>

<p>コーヒーを飲む時間帯は午前中、遅くても昼過ぎまでです。とくに便秘がちな人は、朝のコーヒーを「1日のスタートスイッチ」にすると、生活のリズムがととのいやすくなります。</p>

<p>逆に（カフェインの効き方は人によって違いますが）夕方以降に飲むと、眠りが浅くなる人もいます。このように、睡眠が乱れると、血圧や食欲も不安定になりやすく、健康への悪影響が増してしまうことがあるので、飲む時間帯には注意してください。<br />
ましてや、眠気覚ましとしてコーヒーに頼るのは逆効果です。コーヒーは体を起こすためのものではなく、生活リズムをととのえるきっかけと考えましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>苦手な人はカフェインレスで</h2>

<p>コーヒーを飲むと胃が痛くなるという人は、空腹時に飲まない、薄めにする、量を半分にするなど、調整してください。また、飲むとドキドキする、手が震える――そう感じたら量を減らすか、カフェインレスに切り替えましょう。<br />
コーヒーがどうしても苦手という方も、カフェインレスコーヒーを選ぶといいでしょう。コーヒーの「良さ」はカフェイン以外のポリフェノールなどにあるので、カフェインレスでも続ける価値はあります。［1］</p>

<p>コレステロールが高い人は「淹れ方」に注意してください。<br />
紙フィルターを通さないコーヒー（ボイル、フレンチプレスなど）は、豆に含まれる成分がより残り、LDL（悪玉）コレステロールを上げる方向に働く可能性があります。［3］<br />
多く飲む人ほど、フィルターコーヒーを基本にしたほうが安心です。<br />
また、妊娠中にコーヒーを多く摂取すると、体調を崩す危険があるので注意が必要です。［1］</p>

<p>［１］ Poole R, et al. BMJ. 2017;359:j5024.<br />
［２］ Crippa A, et al. Am J Epidemiol. 2014;180:763-775.<br />
［３］ Urgert R, Katan MB. Annu Rev Nutr. 1997;17:305-324.</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 22 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[歌島大輔（整形外科医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>『税金で買った本』は眼鏡キャラが「表面張力ギリギリ」まで出てくる！ 原作者のこだわり  ずいの（漫画家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14383</link>
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			<description><![CDATA[『税金で買った本』ずいの先生にインタビュー！作品の芯にある「自分で調べる楽しさ」の原体験や、先生が考える「理想の図書館像」を直撃。さらにドラマ化・アニメ化での実写化ならではの裏舞台も公開。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』1巻「わくわく☆しりたい　どうぶつのなぞ」より）" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260609Zuino05.jpg" width="1200" /><br />
(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』1巻「わくわく☆しりたい　どうぶつのなぞ」より）</p>

<p>図書館のリアルな裏側をユーモアを交えて描き、待望のドラマ化・アニメ化という同時映像化でも話題沸騰中の『税金で買った本』（ヤンマガWeb）。そんな本作の主人公・ヤンキー高校生の石平紀一くんは好奇心旺盛なキャラクターで、読者に「調べることの楽しさ」を教えてくれます。</p>

<p>インタビュー第3回となる本稿では、作品の芯にあるメッセージ、そして原作者・ずいのさんのキャラクター設定へのこだわりについてお話を聞きました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「自分で調べる楽しさ」を描く理由</h2>

<p><img alt="『税金で買った本』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260603zuino12.jpg" width="1200" /></p>

<p>――『税金で買った本』のストーリーを通じて、読者には「自分で調べることの楽しさ」や「知的好奇心を持つことの大切さ」が一貫して伝わってきます。ずいのさんご自身が、このようなテーマを作品の芯に据えた理由はあるのでしょうか？</p>

<p>【ずいの】もともと自分自身が、日常の中で知らない単語や気になることを見つけると、とことん調べてしまうタチなんです。好きな漫画やゲームに出てくるキャラクターの元ネタになった歴史上の武将や伝説があれば、それについて調べるのが昔からの趣味でした。大学時代も、講義の空き時間や暇なときは、いつも大学の図書館にこもって色々な資料を引っ張り出しては調べ物をしていました。</p>

<p>――なるほど、ずいのさんの「知りたがり」のエッセンスが、主人公である石平くんのキャラクターや、物語の根底にあるメッセージにそのまま繋がっているのですね。今はAIを使えば何でもすぐに答えが返ってくる時代ですが、だからこそ自分で資料を探し、正解に辿り着くという「図書館ならではの調べる魅力」を発信することには、大きな意義があるなと感じます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>石平くんの社会人編はある？ 気になる「物語の今後の展開」</h2>

<p><img alt="(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』5巻「公務員白書　１年版」より）" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260609Zuino03.jpg" width="1200" /><br />
(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』5巻「公務員白書　１年版」より）</p>

<p>――物語の今後の展開についても少し伺いたいです。石平くんは作中で無事に大学生になりましたが、今後はさらにステップアップして「社会人編」へと突入していく予定はあるのでしょうか？</p>

<p>【ずいの】そこは今、まさに悩んでいるポイントなんです（笑）。漫画の連載として考えると、あまり登場キャラクターを一気に入れ替えない方が、ずっと応援してくださっている読者の方々のためにも良いんですよね。高校生から大学生になるだけであれば、舞台となる図書館のメンバーは固定のままで、大学の新しい友達や先生という形でキャラクターを少しずつ増やしていけるので問題ありませんでした。</p>

<p>ただ、これがもし「社会人編」になってしまうと、石平の環境が激変して、これまで築いてきた周囲の登場キャラクターたちとの関係性や配置をガラッと変えざるを得なくなってしまうので...。</p>

<p>――それぞれのキャラクターに思い入れのある読者の方はきっと多いでしょうからね。でも、社会人として働く石平くんの姿を見てみたい気持ちはあります。</p>

<p>【ずいの】ありがとうございます。そのあたりをどうバランスを取っていくかは慎重に考えていきたいと思っています。</p>

<p>――そしてもう一点、気になることが。強烈な個性を放っている正規職員のキャラクター・茉莉野さんですが、彼女が今後、改心したり人間的に成長したりすることはあり得るでしょうか？（笑）。</p>

<p>【ずいの】茉莉野ですか...どうなんでしょうね。物語としては少しは良い方向に変化させた方がいいのかな、という気もするのですが、そもそも彼女には「あんまり人の心がないしな......」とも思っているので（笑）。</p>

<p>――なるほど（笑）。あのままのキャラクターで、ブレずに突き進んでいってほしいという気もします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「表面張力ギリギリまで」メガネキャラを詰め込む理由</h2>

<p><img alt="(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』1巻「わくわく☆しりたい　どうぶつのなぞ」より）" height="729" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260610Zuino02.jpg" width="1200" /><br />
(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』1巻「わくわく☆しりたい　どうぶつのなぞ」より）</p>

<p>――キャラクターデザインについても伺いたいです。以前のインタビュー記事で、「この漫画には表面張力ギリギリまでメガネキャラを入れたい」と仰っていましたが、その理由を教えてください。</p>

<p>【ずいの】メガネキャラってそこまで優遇されないというか、一部のコアなファンにしかウケない印象で、漫画やアニメにあまり多く入れられない傾向があると思うんです。でも、自分の周りのオタク友達や、以前勤めていた図書館ではメガネをかけている人が多いんです（笑）。そんな理由で、メガネをかけている人に対する好感度が高いので、「じゃあ限界まで入れてやろう」と。</p>

<p>――ずいのさんのリアルな人間関係が反映されていたとは！驚きです。ちなみに、一番お気に入りのキャラクターは誰ですか？</p>

<p>【ずいの】お気に入りはやっぱり石平ですね。一番動かしていて面白いんです。読者投票を行ったときも、第1位が石平だったので、原作者としてはホッとしました（笑）。ただ、今村まひろや朝野亜沙子も根強い人気があります。</p>

<p>――それは納得の順位です。また、図書館員のファッションについてのエピソード（『税金で買った本』8巻収録「ライブラリアンのためのスタイリング超入門」）もありましたが、キャラクターのファッションにもこだわりがあるのでしょうか？</p>

<p>【ずいの】キャラクターのファッションに関しては、作画の系山冏先生が本当に細かく描いてくださっています。私の方から「こういうイメージのキャラクターです」と大まかなラフをお渡しするのですが、系山先生が「このキャラはきっとこのブランドの服をよく着るはず」と、毎回おしゃれなスタイリングに仕上げてくださるんです。</p>

<p>――ファッションにも注目ですね！その他、実はこだわっているポイントはありますか？</p>

<p>作中に登場する本の背ラベルの分類番号は、「この本だからこの数字」とわかる範囲で調べて描かれているので大きな間違いはないはずです（笑）。よろしければ見てみてください。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 22 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ずいの（漫画家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ伝えたいことが伝わらないのか　考えを具体化する「3ステップ」で解決する  川岸宏司（株式会社DIL 共同創業者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14365</link>
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			<description><![CDATA[文章でもスピーチでも、伝えたいことがうまく伝わらない決定的な原因があるという。川岸宏司さんが言葉を具体化する方法を解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="なぜ、あの人の言葉は心に響くのか" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_speech01.jpg" width="1200" /></p>

<p>文章や話す内容が伝わらないのはなぜなのか。それには決定的な理由があると、起業家の川岸宏司さんは語ります。川岸さんの著書『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』では、具体的に物事が伝えられるようになる3つのステップが紹介されています。本稿では、「具体の階段」と呼ばれるその内容をお届けします。</p>

<p>※本稿は、川岸宏司著『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>同じ内容でも、動きたくなる言葉がある</h2>

<p><img alt="3つのフロアを下りていく" height="1866" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260528kawagishikoji01.jpg" width="1200" /></p>

<p>「コミュニケーションが大事」と言われて、明日から何をしますか？　何もしなければおそらく何も変わりません。</p>

<p>では「朝、出社したら最初に会った人の目を見て、笑顔で名前を呼んで『おはようございます』と言ってください」と言われたら。行動できそうな気がしませんか？</p>

<p>言っていることは同じ。でも、片方は空気のように通り過ぎ、もう片方は身体が動く。この差が「具体の階数」です。</p>

<p>私、実は10000本以上の投稿を裏側として書いてきた経験があります。同時に、自身のアカウントで何千本と投稿をつくり、多くの人に共感のお声をいただいてきました。</p>

<p>文章を書いてきて、「伝わらない文章」に共通する特徴は1つだけです。書いている本人は地上にいるつもりなのに、言葉がビルの屋上から降りてきていない。本人の頭の中では映像が再生されているのに、読み手の頭には何も映らないのです。</p>

<p>私はこの技術を「具体の階段」と呼んでいます。上図のように具体の階段には3つのフロアがあり、多くの人は3階に住んでいます。頭の中では1階の映像が再生されているのに、言葉にするときに3階から投げ落とす。エレベーターで降ろさずに、屋上から叫んでいる。だから届きません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>階段を降りる「3ステップ変換法」</h2>

<p>この「具体の階段」、文章だけの話だと思っていませんか？　実は、会議での発言、部下への指示、プレゼン、日常会話......すべてに使えます。「伝わらない」と感じる場面のほとんどは、言葉が3階にいるだけです。</p>

<p>では、どうやって1階まで降りるのか。私が実際に使っている方法をフレームワークにしました。3つのステップを踏むだけで、誰でも「3階の言葉」を「1階の映像」に変換できます。</p>

<p>ステップ1：概念を書き出す</p>

<p>まず、伝えたいことを1文で書いてください。「思いやりを持つ」「日々改善する」「信頼が大事」......抽象的で構いません。ここでのポイントは、「自分が本当に言いたいことは何か」を1文に絞ること。多くの人は、伝えたいことが5つも6つもある状態で話し始めます。だから散らかる。まずは1文。たった1文でいい。これが階段を降りるための「出発点」になります。</p>

<p>ステップ2：「誰が、いつ、どこで、何を」に変換する</p>

<p>書き出した1文に、4つのＷを当てはめてください。Who（誰が）、When（いつ）、Where（どこで）、What（何を）</p>

<p>たとえば「思いやりを持つ」という概念。これに4Ｗを当てると「雨の日に、玄関で、相手の傘を受け取る」になります。3階にいた言葉が、2階まで降りてきた感覚がありませんか？</p>

<p>このステップで大事なのは、「動詞」を入れること。「思いやり」という名詞は映像になりません。でも「受け取る」という動詞が入った瞬間、身体が動き始めます。概念を行動に変える。それがステップ2の役割です。</p>

<p>ステップ3：五感を1つだけ足す</p>

<p>ここが最後の仕上げです。ステップ2で作った行動文に、「音」「温度」「匂い」「表情」「触感」のどれかを1つだけ足してください。</p>

<p>「雨の日、玄関先で、びしょ濡れの傘を受け取りながら、タオルをそっと差し出す」</p>

<p>「びしょ濡れの」で触感が入り、「そっと」で動作の温度が入りました。たった数文字を足しただけなのに、読み手の頭に映像が流れ始めます。</p>

<p>注意点として、五感は「1つだけ」で十分だということです。全部盛りにすると、文章がくどくなります。匂いだけ、音だけ、温度だけ。1つあれば、読み手の脳が勝手に残りの感覚を補完してくれます。</p>

<p>実際にもう少し変換してみます。</p>

<p>「信頼が大事」（&larr;3階）<br />
・ステップ2：「約束を守る」（&larr;2階。まだぼんやり）<br />
・ステップ3：「会議の5分前に資料を開いて、最初の一言を声に出して練習してから部屋に入る」（&larr;1階）</p>

<p>「成長し続けよう」（&larr;3階）<br />
・ステップ2：「毎日学んだことを記録する」（&larr;2階）<br />
・ステップ3：「寝る前に枕元にあるノートを開いて、今日学んだことを3行だけ走り書きして眠る」（&larr;1階）</p>

<p>どうですか？　3階にいた言葉が1階まで降りてくる感覚、わかるはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「伝わらない」の正体は情報量じゃない</h2>

<p>以前、ある経営者のスピーチ原稿を書いたときの話です。最初にいただいた原稿はデータと数字がびっしり。売上推移、前年比、市場規模。情報としては完璧です。でも、聞いている社員の目が死んでいました。なので書き直したのは1か所だけです。</p>

<p>冒頭に「昨年の4月、新入社員の○○さんが緊張で声を震わせながら自己紹介していたのを覚えていますか」と入れただけ。会場の空気が変わったそうです。全員が「あのときの映像」を再生したからです。</p>

<p>具体の階段を降りるとは、情報を増やすことではなく、映像を1つ置くことです。データは3階の住人。映像は1階の住人です。</p>

<p>自分の言葉が何階にいるか確認する方法を1つご紹介します。書いた文章に対して、こう問いかけてください。「この言葉を聞いた相手は、頭の中に絵を描けるか？」描けるなら1階。描けないなら、174ページの3ステップ変換法で降ろしてください。</p>

<p>ただし「降りすぎ問題」もあります。地下に潜って「昨日の14時23分に、会議室Ｂで......」と延々描写する。理想は3階と1階を自在に行き来できることです。つまり、相手の理解度に応じて切り替えられる状態です。</p>

<p>私は、「言葉に階数がある」と書きました。でも本当は、階数があるのは言葉じゃなくて、あなたの想像力です。相手がどこまで見えているか。上から叫ぶのではなく、相手のいるフロアまで降りていく。隣に立って、同じ景色を見せる。それが「具体の階段を降りる」という技術の本質です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「それって具体的には？」は最強の質問</h2>

<p>会議でこんな場面に出くわしたこと、ありませんか？「もっとユーザー目線で考えましょう」「全員が当事者意識を持つことが大事です」「スピード感を持って対応しましょう」。言っていることは正しい。でも、会議が終わったあと、誰も行動しません。なぜか。「何をすればいいのか」がわからないからです。</p>

<p>こういうとき、たった一言で空気を変える質問があります。必殺技です。「それって具体的には？」</p>

<p>この一言だけで、相手の脳が動き始めます。私はこの質問を、自分自身にも使っています。文章を書いているとき、投稿をつくっているとき、必ず一度は自分に問いかけます。「この部分、具体的には？」と。</p>

<p>なぜ「それって具体的には？」がこれほど強いのか。理由は3つあります。</p>

<p>1つ目、相手を否定しない。「それ違うんじゃないですか」や「もう少し考えて」は、相手の意見を否定しています。でも「それって具体的には？」は、相手の考えを認めた上で、進化を促している。だから相手も構えずに考え始められます。</p>

<p>2つ目、答えを強制する。「どう思いますか？」だと、「いいんじゃないですか」と逃げられます。でも「具体的には？」には、具体で答えるしかない。抽象で返すと、また「具体的には？」と返るだけですから。</p>

<p>3つ目、自分にも使える。これが一番大きい。他人に向けるだけでなく、自分の思考にも向けられる。「もっと頑張ろう」と思ったら、「具体的には？」。「生活を変えたい」と思ったら、「具体的には？」。この質問を繰り返すだけで、思考は勝手に階段を降りていきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>抽象的だったものが勝手に動き出す</h2>

<p>試しに、次の抽象的な言葉に「それって具体的には？」をぶつけてみてください。</p>

<p>「チームワークを大事にしたい」&rarr;具体的には？&rarr;「毎朝の朝会で、1人ずつ『昨日助けられたこと』を発表する」</p>

<p>「お客様満足度を上げたい」&rarr;具体的には？&rarr;「購入後3日以内に、お礼メールを送る」</p>

<p>「健康に気をつけたい」&rarr;具体的には？&rarr;「夜10時以降はスマホをリビングに置いて寝室に持ち込まない」</p>

<p>「具体的には？」と問うだけで、抽象的だったものが勝手に行動になります。</p>

<p>一方で注意点があります。それは、この質問は「攻撃」にも使えてしまうということ。何度も繰り返すと、相手は詰められているように感じます。だからこそ、使うのは1回だけ。そのたった1回で、相手の脳が動き出せば十分です。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_speech01.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 22 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[川岸宏司（株式会社DIL 共同創業者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「忙しくても時間にゆとりがある人」がやっている7つの習慣  中島美鈴（公認心理師、臨床心理士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14474</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014474</guid>
			<description><![CDATA[仕事や家事に忙しくてもゆとりがある人は何が違うのか。公認心理師の中島美鈴さんがゆとりを感じられるようになる習慣を紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ゆとりのある人" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bouquet.jpg" width="1200" /></p>

<p>仕事や家事に追われて過ごす中で、ゆとりのある生活をあきらめている人も多いかもしれません。公認心理師の中島美鈴さんが、忙しくても、心に余裕を感じられるようになるための方法をお伝えします。</p>

<p>※本稿は、『PHPスペシャル』2026年7月号より内容を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>おだやかな時間を取り戻そう</h2>

<p>１人１台はスマホを持っているのが当たり前になり、「暇さえあればスマホを見てしまう」という人も少なくないのではないでしょうか。とくに近年、AIの発達によってスマホでできる作業が増えたことで、私たちの隙間時間はスマホの使用に埋め尽くされていると言っても過言ではありません。</p>

<p>さらに現代は、世の中全体が効率重視になり、隙間時間を埋めるほど良いとされる傾向があります。そのため多くの人が、自分の体験や気持ちを心の中でかみ砕き、じっくりと味わう時間を削ってまで、情報のすばやいインプットやアウトプットに励んでいるのです。１人でゆったりと心を整理する時間が無意識のうちに減り、それが「忙しい」という感覚につながっていると言えるでしょう。</p>

<p>また、仕事や家事などが立て込んでいて、「時間がない」＝「自分のために使える時間がない」という可能性もあります。</p>

<p>この場合、１日24時間という限られた時間のうち、１分でもいいので自分の幸せのために時間を使う工夫をしましょう。ほんの少しでも「自分のために動けた」と思えることで、心に余裕が生まれ、自己肯定感もアップするはずです。</p>

<p>また、「どんな暮らしをしたいか」「どんな自分になりたいか」を明確にしておくことも大切です。それはつまり、人生における優先順位をはっきりさせるということ。１日の中で今ある「やるべきこと」以外に１つか２つ、行動をプラスできるなら何をしたいか、自分の中で考えてみてください。そうすれば、優先順位が低いことに時間を割いてしまったり、あれもこれもと欲張ってすべてが中途半端になったりするのを防げます。</p>

<p>毎日をおだやかに過ごすためには、日頃から自分の気持ちと向き合っておくことが大切なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>時間の捉え方</h2>

<p>時間に対する価値観は、人によってさまざま。ここでは、「ゆとりがある人」と「ゆとりがない人」という切り口で分けて、時間の捉え方の違いを見てみます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【忙しくても「ゆとりがある人」にとって時間とは】</p>

<p>・分単位または秒単位に分解して考えるもの</p>

<p>・自分の行動や考え方を工夫すれば、コントロールできるもの</p>

<p>・目的から逆算することで、見積もれるもの</p>

<p>・不足した場合は、何らかのかたちで補えるもの</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【忙しくて「ゆとりがない人」にとって時間とは】</p>

<p>・「午前・午後」「１日」「１週間」「１カ月」など、大枠でくくって考えるもの</p>

<p>・その時々の作業が終わるまで使えるもの</p>

<p>・目に見えず、見積もることが難しいもの</p>

<p>・常に足りていないもの</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>みなさんは、どちらのタイプでしたか？　次からは、現時点で「ゆとりがない人」でも「ゆとりがある人」に変われる習慣術をご紹介します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>時間のゆとりを作る7つの習慣</h2>

<p>今日から始められる習慣を厳選しました。できることから取り入れてみてください。</p>

<p>①5分でできる趣味を持つ</p>

<p>時間ができたら何をしたいですか？　そう聞かれて、映画鑑賞や旅行をイメージした人も多いのではないでしょうか。でも実際、そこまで長い自由時間はなかなか取れないものです。私たちが普段の生活の中で得られる自由時間のほとんどが、隙間時間。そのため、短時間でできる「やりたいこと」を事前に考えておきましょう。たとえ5分でも、自分のために動けば心に余裕が生まれます。</p>

<p>意識しておきたいのは、時間ができてから考えるのでは遅いということ。隙間時間は突然現れたかと思えば、ものすごい勢いで去っていくからです。温かいお茶を飲む、顔のパックをする、好きな音楽を聴くなど、リストを作るのがおすすめです。</p>

<p>②季節の移ろいを味わう</p>

<p>忙しくて心に余裕がないと、季節の変化に目を留めなくなりがちです。できる範囲で意識的に季節を味わってみることで、「余裕がある自分」を演出しましょう。</p>

<p>近所の公園に花を見に行ったり、旬のものを食べたりするのはもちろん、季節の花を１輪買って部屋の好きな場所に飾るだけでも、気持ちにゆとりが生まれるはずです。また、その季節をイメージさせるような色や柄の服を着るのも◎。たとえば、春はミモザ色のセーター、夏はマリン柄のスカート、といった具合です。「私は季節をちゃんと味わっている」と思えることが、日々の充実感につながります。</p>

<p>③「べき思考」をやめる</p>

<p>完璧主義な人ほど、無意識のうちに時間を犠牲にしている傾向があります。「人からの連絡にはすぐに返信すべき」と決めているせいで作業が中断されて長引いたり、「忙しくても自炊すべき」と手作りにこだわって夕食が遅くなったり......。「べき思考」をゆるめ、時には例外を作ることで、時間をコントロールできるようになるはずです。</p>

<p>④睡眠時間を削らない</p>

<p>時間がないからと、夜遅くまで作業をする人がいますが、これは逆効果。睡眠時間が足りていないと頭がぼんやりして日中の作業効率が落ちてしまうだけでなく、ミスも発生しやすくなります。その結果、謝罪など、本来なら不要な作業に時間を費やすことに。どんなに忙しくても、睡眠時間はきちんと確保するようにしてください。</p>

<p>⑤不満はその場で伝える</p>

<p>人とのコミュニケーションの中で引っかかることがあれば、その場で気持ちを伝えるようにしましょう。言われたことを根に持ってクヨクヨしたり、悪口や愚痴を言ったりするのに時間を使うのは、とてももったいないことだからです。</p>

<p>ただし、一方的に気持ちを伝えるのはＮＧ。「どうしたら違和感を解消できるか」という未来志向で会話を進めることが大切です。</p>

<p>⑥「いつやるか」を明確に</p>

<p>普段から「やるべきことが多い」と感じている人ほど、予定を組むときは「いつまでに」だけでなく、「いつやるか」をセットで決めるようにしてみてください。その際、大体ではなく、日時まで細かく設定するようにしましょう。作業を完了させたい日だけでなく、作業日を明確にすることで、用事がたまっていくのを防げます。</p>

<p>⑦予定を色分けする</p>

<p>家族や友人、職場の同僚に振り回されることが多く、時間をコントロールできないという人は、手帳に予定を書き込むときに色分けをすると◎。具体的には、人のための予定は青、自分のための予定は緑、体調不良による予定（通院など）は赤で書き込むのがおすすめです。</p>

<p>1週間ごとに青と緑のバランスを調整し、最低でも週に3つは緑の予定がある状態を目指してください。また、赤が出現するのは自分の体が出しているSOSのサインととらえ、赤の予定のあとは緑の予定を多めにするなど、工夫しましょう。この手帳術は、自分の時間の使い方を振り返る際にも便利です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>仕事や家事がはかどる！「スープモだ」時間管理術</h2>

<p>ここからは、「やるべきこと」をスムーズに進めるための時間管理術を、4つのSTEPに分けて伝授します。各STEPの頭文字をとって、「スープモだ」と覚えましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【STEP1：スタート】ハードルは下げて検討を！</p>

<p>何事においても、できるだけハードルを下げておくことが大切です。</p>

<p>たとえば子供の誕生日会を検討する場合、「両家の親を招いて、ごはんを手作りして部屋の飾りつけをして......」と、完璧な理想像を思い描いてしまうと、作業に取りかかるまでのハードルが高くなり、準備はギリギリに。逆に、「ケーキだけは必ず用意しよう」など、始めの段階で最低限やるべきことを決めて、その手配さえしてしまえば、余った時間を自由に使えます。献立を考える余裕なども生まれるでしょう。</p>

<p>仕事でも、「完璧を目指して頑張る」のではなく、「許されるギリギリのレベルを超えるために頑張る」と決めて、そこからプラスアルファの工夫や提案をすると、独りよがりの頑張りが減るはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【STEP2：プラン】作業を小分けにして考える</p>

<p>いざ計画を立てる際は、まず作業の全体像を紙に書き出すなどして見える化しましょう。その後、作業を細かく区切り、作業ごとに「いつまでに終えるのか」や「どんなペースで進めたら、求められている期日までに終わるのか」を確認してください。</p>

<p>「この作業は○日には終わる」とわかるだけで安心できて、心に余裕が生まれます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【STEP3：モニタリング】「時間と体力は有限」と自覚して</p>

<p>STEP2で細分化した作業が終わるたびに、時間や日にちを確認するようにしましょう。計画とのズレがあった場合は、作業の仕方を見直す必要があるからです。</p>

<p>たとえば「カレーを何時までに作る」と決めて、工程ごとに大体の時間を確保していたはずが、「せっかくなら玉ねぎを飴色にしたい」などと思い立ち、必要以上に時間がかかっている場合も。作業を楽しむのは良いことですが、時間が限られているなら、潔く切り上げましょう。</p>

<p>仕事についても同様です。必要以上にこだわって頑張りすぎた結果、体調を崩すと元も子もありません。私たちの時間と体力は有限であることを、肝に銘じてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【STEP4：だっせん防止】原因に応じて工夫しよう</p>

<p>作業中にほかのことに気を取られてしまう原因は、2つあります。1つは誘惑によるもの、もう1つは心配からくるものです。</p>

<p>前者は、スマホや甘いものなどが挙げられます。たとえば読書に集中したいときはネット環境のない場所に行くなど作業に合わせて環境を変える、ご褒美タイムをあらかじめ決めておく、といった工夫をしてみてください。</p>

<p>後者の場合、たとえばAという仕事の作業中に、ほかのBとCの仕事の進捗が気になってしまうという人は、BとCの進め方の詳細が決まっていないことが原因である可能性が高いです。BとCの計画を見直すところから始めましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【中島美鈴（なかしま・みすず）】</p>

<p>心理学博士。成人期のADHDの認知行動療法・時間管理・集団認知行動療法を専門に、研究活動やコラム執筆、時間管理に関するグループレッスンなどを行なう。『なぜあの人は時間を守れないのか』（PHP新書）など著書多数。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 22 Jun 2026 07:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中島美鈴（公認心理師、臨床心理士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ALSで料理ができなくなった喫茶店店主　「わたしの味」を家族に届けるための工夫  はらだまさこ</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14429</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014429</guid>
			<description><![CDATA[2023年にALSと診断された、喫茶店店主のはらだまさこさん。母の味を子どもたちに残すため、スマホにレシピを書き綴っているという。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="はらだまさこ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260608haradamasako02.jpg" width="1200" /></p>

<p>福岡県で喫茶店「Sounds Food Sounds Good」を家族と営むはらだまさこさんは、2023年頃、国の指定難病であるALSと診断されました。筋肉を動かすための神経が障害を受け、だんだんと身体が動かなくなっていく病気です。</p>

<p>著書『もしもキッチンに立てたなら』には、はらださんのエッセイとレシピが収録されています。日に日に病が進行し、キッチンに立つことができなくなってからも、自身の味を家族に食べてもらいたいと、レシピを書き綴っているといいます。</p>

<p>※本稿は、はらだまさこ著『もしもキッチンに立てたなら』(徳間書店)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「台所に立ちたい」という願い</h2>

<p>ついこの前まで当たり前だったことが、だんだんできなくなる。その状態になって、2年以上が過ぎました。</p>

<p>手に力が入らなくなる感覚は、ただ不便というレベルではなく、自分の一部がふっと消えていくような、どうにも説明しがたい喪失感があるのです。</p>

<p>どうしても受け入れられず、病気が進行し始めた当初は、息苦しさで押しつぶされそうでした。</p>

<p>病気がわかってしまって、ずっと泣いていたある日のこと。「なんで、わたしはこんなに泣いてばかりいるんだろう」と考えました。そして、「できなくなったことの中で、一番つらいのは何だろう?」そう自分に問いかけてみたのです。</p>

<p>歩けなくって自由が失われたことか、子どもの髪を乾かしてあげられなくなったことか。時間をかけるまでもなく、答えはすぐに浮かびました。</p>

<p>「キッチンに立てなくなったことだ」</p>

<p>もう一度、キッチンに立ちたい。この手で子どもたちのお弁当を作りたい。お客様の笑顔が見たい。そんな当たり前だった時間が、どれほど奇跡的で、どれほど貴重だったのか。改めて「わたしの日常」の尊さを思い知ったのです。</p>

<p>このシンプルな思いは、どれだけ諦めようとしても、心の奥でゆっくりと燃え続けているのだと気づきました。歩けなくても、話せなくても、この手で料理さえできれば、きっと受け止め方は違っていたと思うのです。</p>

<p>料理はわたしの自己表現そのものでした。高校時代に重ねた油絵の色、専門学校で学んだグラフィックデザイン、通信制大学で学んだ陶芸の土の手ざわり、海外で美味しいものを求めて歩いた時間──これまで経験してきたすべてのことが、料理へとつながっているのです。</p>

<p>だからこそ、病によってその「生き方」が突然閉ざされたとき、わたしは自分の「生きる理由」をどこに置けばいいのかわからなくなってしまいました。まぎれもなくわたしの生きがいで、わたしらしさそのものだったのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>最後のキッチン</h2>

<p>2023年8月。すでに車椅子生活ではありましたが、なんとかお店には出るようにしていました。その日はいつも通り、ケーキを焼いていました。</p>

<p>ところが、オーブンから天板を取り出そうとした瞬間、腕に力が入らず震えてしまい、どうしても持ち上げられない。横に移動しようとしても、少しの段差が越えられない。</p>

<p>「ああ、これがお店のシェフとしての最後の日なのね」</p>

<p>と、静かに理解しました。常連のお子さんのためのケーキを作りながら、涙がとめどなくこぼれました。わたしたち夫婦で作り、大切に育ててきた喫茶店。訪れる人たちの笑顔。「ありがとう」と「悔しい」という思いが混ざって、胸がいっぱいになり、その夜は眠れませんでした。</p>

<p>お店での料理が難しくなっても「家族のごはんだけは」と思い、ギリギリまで台所に立ち続けようと思っていました。体力的に可能そうなレシピを選び、キッチンに手すりを取り付け、家族に助けてもらいながら鍋を火にかける毎日。しかし、その日はあっけなくやってきたのです。包丁を握る、鍋を持ち上げる、そのすべてが難しくなり、ついに料理を諦めざるを得なくなってしまったのでした。</p>

<p>2023年11月、訪問ヘルパーさんに料理をお願いすることを決めました。ほかに選択肢はありませんでした。</p>

<p>ですが、問題は、わが家が自然派仕様であること。電子レンジなし、炊飯器もなし。蒸すには木の蒸篭、ご飯は土鍋。申し訳なくなるほど、独特な台所です。</p>

<p>そして、もちろん作っていただけるのはありがたいけれど、味の組み立て方、素材の扱い方、火の入れ方、何もかも、わたしが積み重ねてきた「わたしの味」とは違う。当然と言えば当然です。きちんと美味しいものを作ってくださるのですが、どうしても味覚が受け入れてくれないのです。</p>

<p>「やっぱりわたしの料理が食べたい。家族にも食べさせたい」</p>

<p>その思いがふつふつと湧き上がり、ひとつの結論にたどり着きました。</p>

<p>「わたしがレシピを書けばいいんだ」</p>

<p>お店でも家でも分量を量らないわたしが、頭の中のイメージを文字にし、家族やヘルパーさんに作ってもらい、わたしが味の最終チェックをする。そんな新しい「わが家だけの料理の形」が生まれたのです。それを見つけた瞬間、心が少しだけ軽くなりました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>スマホで綴るレシピと、祈り</h2>

<p>レシピはすべてスマホに書き込んでいます。レシピを書くと思い立った当初は指が動き、スイスイと入力できました。でも、日が経つごとに力が入らなくなり、小さなサプリメントさえつまめなくなった頃、「進行している」とさらに強く実感するようになりました。</p>

<p>指先で画面を押すのが辛く、第二関節で操作します。ALSになってわかったのですが、手の指って、まっすぐ伸ばすのにも筋力が必要。身体の筋力がなくなっていくわたしの体は、指が曲がったままになり、伸ばしにくくなりました。</p>

<p>疲れる日は音声入力に切り替えていたのですが、喉と呼吸する筋力が衰えてきてからは声が小さいせいで認識されづらくになってしまい、何度も歯がゆい思いをしました。悔しさのあまりスマホを投げてしまうことも。でも、投げたスマホを自分で拾うこともできず、情けない思いをする、の繰り返しです。</p>

<p>それでも、わたしはスマホに向かうことをやめられませんでした。「このお弁当を作ってあげたい」「このスイーツを食べさせたい」そんな思いが、わたしの毎日の原動力でした。指が動かなくなっても、声が出にくくなっても、レシピを書き続けさせてくれるのです。</p>

<p>レシピを考えているときの頭の中は、病気になる前と何ひとつ変わっていませんでした。いつの日か、タカラやリンがこのレシピを手に、料理をしてくれる日が来るかもしれない。そのときにわたしが側にいなくても、味や記憶を思い出しながら、わたしの「母の味」を再現してくれるかもしれない。</p>

<p>夢中で書きためたレシピは、気づけば100を超えていました。この本に収めているレシピも、このなかから選び出したものです。</p>

<p>もし病気がよくなったら、積もったレシピたちを見ながら、思いきり料理をしたい。子どもたちと一緒にキッチンに立ちたいです。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Sun, 21 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[はらだまさこ]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>人間関係で疲れないための方法は?　「正直な想いを伝える」ストレスフリーな習慣  竹下綾美（セルフブランディング講師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12401</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012401</guid>
			<description><![CDATA[セルフブランディング講師の竹下綾美さんが、疲れた心を休ませ、軽やかに生きていくためのヒントを教えてくれます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="心をラクにする習慣術" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_friends.jpg" width="1200" /></p>

<p>素直な気持ちを相手に伝えられず、人間関係でモヤモヤすることはありませんか。セルフブランディング講師の竹下綾美さんに、疲れた心を休ませ、軽やかに生きていくためのヒントを教えていただきました。</p>

<p>※本稿は、『PHPスペシャル』2025年5月号より、内容を抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>相手のことを思いながら、口に出すことが大切</h2>

<p>人間関係が原因で心がモヤモヤして、疲れてしまうことはありませんか？人間関係で疲れないためには、日頃から正直な想いをためこまず、口に出すことが大切です。</p>

<p>とはいえ、ここで強調しておきたいのは、「想いをためこまない」=「遠慮なく想いをぶつける」ではない、ということです。コミュニケーションにおいて、相手への配慮は必要不可欠。</p>

<p>目の前にいる相手に不満を伝えるときはもちろん、相手とは直接関係のない物事に対する愚痴を言うときも同様だと心得てください。</p>

<p>相手に配慮しつつ自分の想いを伝える。そのために、ネガティブな内容を話す際は、相手に抱いているポジティブな感情や、物事に対してネガティブな気持ちになった理由などを、あわせて伝えましょう。</p>

<p>たとえば、「あなたのことは好きだけど、この行為は良くないと思う」「あのお店に期待していたからこそ、悲しかった」といった具合です。そうすることで、相手にかかる負担が軽減し、自分自身にとっても、心の中にあるポジティブな要素に気づくヒントになります。</p>

<p>また、相手と自分の意見が異なるときは、すぐに反論しないようにしましょう。</p>

<p>それぞれが置かれている立場や環境によって、見えている景色や抱いている価値観は違うものです。まずは、なぜそう思うのか、何を求めているのかなどを相手にヒアリングしてください。自分の意見を伝えるのは、それからでも遅くありません。</p>

<p>私は職業柄、言いにくいことを目上の人に伝えざるをえないシーンによく遭遇します。それでも良好な人間関係を築けているのは、こちらが話すだけでなく、相手の話にも、しっかりと耳を傾けるようにしているからだと思います。</p>

<p>相手の言い分を理解しようとする姿勢が、結果として自分の考えを受け入れてもらうきっかけになることが、じつはとても多いのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【竹下綾美(たけした・あやみ)】</p>

<p>株式会社Bright Muse代表取締役。「全ての人の才能を開花させ、人生を輝かせる」ことを使命に、コンサルティング事業のほか、色や香りに関する知見を活かした天然石ジュエリーの制作やアロマブレンド、手帳などの商品プロデュースを手掛ける。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_friends.jpg" />
						
						<pubDate>Sat, 20 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[竹下綾美（セルフブランディング講師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「社交的」か「内向的」かは一目でわかる？ 心理学者が解説する判断基準  内藤誼人（心理学者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14443</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014443</guid>
			<description><![CDATA[外交的か内向的かを見た目で判断するための基準とは？心理学者の内藤誼人さんが解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="人間関係" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_chatting.jpg" width="1200" /></p>

<p>心を読む能力が高いほど、人間関係はうまくいく――。心理学者の内藤誼人さんは、著書『10秒で本音を見抜く心理術』にて過去の研究結果をもとに、人の心を読むことのメリットを解説しています。</p>

<p>本稿では同書より、見た目から相手の本質を見抜く方法をご紹介します。</p>

<p>※本稿は、内藤誼人著『10秒で本音を見抜く心理術』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>なぜ「おしゃれな人」は社交的なのか？</h2>

<p>その人の性格が、社交的なのかどうかは、その人の着ている服装を見れば、あっという間に見抜くことができます。</p>

<p>おしゃれで流行を取り入れた服なのであれば、社交的だと考えて間違いないでしょう。ファッション雑誌のモデルが着ているような服だと言えば、わかりやすいでしょうか。そういう服を着ている人は、男性でも女性でも社交的な人です。</p>

<p>ドイツにあるグーテンベルク大学のサラ・ハーシュミューラーは、20名の男性と36名の女性に自己紹介をしてもらい、その場面をビデオに録画させてもらいました。また、社交性を測定する心理テストも受けてもらいました。</p>

<p>次に、そのビデオを別の判定者に見せ、「どのくらい社交的な人だと思いますか？」と尋ね、しかもどういう手がかりでそう判断したのかも教えてもらいました。</p>

<p>その結果、判定者が社交的な人なのかどうかを判断するときの手がかりの１位は、服装でした。ファッショナブルな服を着ている人ほど「社交的」と判断されやすく、実際にそういう人は心理テストでも社交性が高かったのです。これは男性でも女性でもそうでした。自己紹介で話した内容とか、元気な声で話すかどうかということでも社交的かどうかは判断できましたが、最もてっとり早く、しかも正確に見抜きたいのであれば、服装に注目すればいいのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>社交性は、服装に出る</h2>

<p>なお、性格的に内気な人が好む服装は、社交的な人とは反対です。内気な人は、出かけるにしても一人で外出することが多いので、おしゃれをする必要がありません。だれかに見せる必要がないので、おしゃれでなくともかまわないのです。流行の服も着ることはありません。地味で、あまり目立たない服装を好みます。性格的に、他の人の注目を浴びそうな服は慎重に避けます。</p>

<p>相手の内面や性格を見抜くのは、相当に親しくならないとわかりませんが、服装なら見てすぐに判断できます。パッと見ただけで、「ああ、社交的な人なのね」ということが一瞬でわかります。ファッション雑誌のモデルがそのまま現実に出てきたような印象を受けるのなら、社交的な人と見なしても外れることはないでしょう。</p>

<p>同じようにして、「この人は、たぶん内気な人」ということも、服装を見れば見抜くことができます。言葉が悪いのですが、失礼を承知で申し上げますと、内向的な人は男性も女性も、「ダサい」のです。「うわっ、ダサいな......！」と感じるのなら、おそらくは性格も内向的な人だと考えてよいのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>第一印象は、驚くほど正確である</h2>

<p>読者のみなさんは、相手の人柄や感情を見抜くには、その人とじっくりと深く付き合う必要があると思っているかもしれません。「わずかな時間で知らない人の心を読むなんて絶対にムリ」と思っているのではないでしょうか。</p>

<p>しかし、人を見抜くのにそんなに時間をかける必要はありません。何か月も、何年も付き合ってみないと相手の人柄や感情が見抜けないというわけでもないのです。さすがに、どんなことも10秒で見抜くことができる、というわけにはいきませんが。</p>

<p>ドイツにあるビーレフェルト大学のピーター・ボルケナウは、男女50名ずつに性格テストや知能テストを受けてもらい、次に、部屋に入って椅子に座り、天気予報の文章を声に出して読み上げて部屋から出ていく、という作業をしてもらいました。その場面はビデオで録画させてもらいました。だいたい約90秒のビデオです。</p>

<p>そのビデオを別の人に見せ、どのような人物なのかを推測してもらいました。すると、わずか90秒ほどのビデオを見ただけなのに、その人が社交的な人なのかどうか、知能が高いのか低いのか、といったことは正しく推測できることがわかったのです。わずか１分半でも、相手がどんな人なのかはだいたいわかるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人柄は、短時間でも見抜ける</h2>

<p>もっと驚くべきことに、「１分もいらない」ということを示す研究もあります。ハーバード大学のナリニ・アンバディは、13人の先生が講義をしているビデオを、30秒間だけ学生に見せて、その先生の授業のうまさや人柄（温かさ）などを推測してもらいました。</p>

<p>その推測を、実際にその先生の講義を受けた学生の評価と比べてみると、かなり一致することがわかりました。30秒でも、その先生がどんな先生なのかを見抜くことはできてしまうのです。</p>

<p>どうしてそんな芸当ができるのでしょうか。その理由は、私たち人類は、知らない人がどんな人なのかを正しく見抜く能力を進化させてきたからです。</p>

<p>見知らぬ人と出会ったとき、その人が信用できる人なのかどうか、こちらに害意を持っているのかどうかを正しく見抜けないと、危害を加えられてしまう可能性があります。そのため人類は、相手がどんな人なのかをできるだけ一瞬のうちに察知できるような能力を進化させてきたのです。現代に生きる私たちにも、そういう能力が受け継がれてきたと考えることができるのです。</p>

<p>「私は相手の感情なんてさっぱり読むことができない」という人もいるかもしれませんが、そういう人は例外と言ってよく、たいていの人はわずかな時間でも相手を正しく見抜くことができるものなのです。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 19 Jun 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[内藤誼人（心理学者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>36年間で初めて相方に心配された　前説芸人はりけ〜んずが語る「ついにプレーヤーになった日」  はりけ～んず（芸人）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14533</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014533</guid>
			<description><![CDATA[結成36年お笑いコンビ・はりけ～んずが初の自伝本を出版。出版を記念した取材会で、これまでの芸人人生やザ・セカンドでベスト4入りしたときのことを振り返る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="はりけ～んず" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260619harikenzu.jpg" width="1200" /></p>

<p>はりけ〜んず（前田登、新井義幸）が6月19日、初の自伝本『前説芸人　主役になれなくてもこの場所で生きていく』（6月26日発売、ヨシモトブックス）の出版を記念した合同取材会に出席しました。後輩芸人・タケトの進行のもと、36年のコンビ歴を振り返りながら本書への思いを語ってくれました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>吉本東京支社の「草創期」を支えた二人</h2>

<p>前田さんが吉本興業に入ったのは、大阪・心斎橋二丁目劇場のオーディションに合格した高校2年生のとき。同じオーディションで通ったのが、のちに新喜劇の顔となる島田珠代さんでした。その後、東京へ渡り、まだ社員が3人ほど、芸人も20組ほどしかいなかった東京支社時代を経験します。</p>

<p>「レンタルハウスみたいな地下の場所で、舞台の木材を一階から運んで、照明も音響も自分たちでやって、チケットもぎりだけ吉本の社員さんがやってくださるという状況でした」（前田さん）</p>

<p>まさに手作りの劇場から始まった東京吉本。</p>

<p>前田さんと相方・新井さんの出会いも、この時代にさかのぼります。バイト先の喫茶店に「関西弁の役者志望」として入ってきた新井さんに声をかけてコンビを結成したのが1990年のこと。「ブラックレインを見て俳優を目指していた」という新井さんを、タケトが「顔だけアップで撮っておいてください」と笑いを誘うひと幕もありました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>M-1に出られなかったからこそ、「前説のプロ」になった</h2>

<p>はりけ〜んずとM-1グランプリの関係は、少し複雑です。M-1が第1回大会を開催した2001年、二人はすでに結成11年目。出場資格の「結成10年以内」をわずか1年オーバーしていたのです。</p>

<p>「M-1を立ち上げる時に、紳助さんから『お前ら売れるチャンスも辞めるチャンスもなくなったな』と言われましてね。また普通に前説やっとけっていう話で（笑）」（前田さん）</p>

<p>こうして出場の道が閉ざされる一方で、二人にはMC経験があった。「M-1に出られないのが僕らだけだから、空いてるのが僕らだけだった」という流れで、M-1予選のMCを任されるようになります。</p>

<p>以来20年以上にわたり、無数の芸人の人生が変わる瞬間を袖から見届けてきた二人。その経験から生まれた「前説の極意」は、後輩MCたちにも受け継がれています。</p>

<p>「お客さんが疲れてきた時間帯には、あくびと伸びタイムを作ったんです。審査員に聞こえるように『お客さん、朝から8時間経ってますよ』と言って、後半に出る芸人さんへの配慮を促す。これは僕らが自分たちで決めた制約でした」（前田さん）</p>

<p>芸名が変わった芸人をいじらない、時事ネタをMCで先に言わない──そうした細かな配慮の積み重ねがプロの誇りとなり、今ではM-1予選会場のMCはバインダー持参が定番に。「あれはりけ～んずさんの老眼対策が広まったんです」とタケトが明かすと、会場に笑いが広がりました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>THE SECONDで初めて「プレーヤー」になった</h2>

<p>転機は2023年、15年以上のキャリアを持つベテランが出場できる漫才大会「THE SECOND」の創設です。しかし、エントリーを決めるまでの道のりも一筋縄ではいきませんでした。</p>

<p>「メッセンジャーとか矢野・兵動とか、同年代の人らが出るのかどうか様子見てたんです。誰も出ないから、前日ギリギリにエントリーした。出たら恥ずかしいかなって気持ちが正直ありましたから」（前田さん）</p>

<p>初めて「プレーヤー」として予選会場に立った時の心境をこう振り返ります。「自分がプレーヤーなのに、プレーヤーの気持ちになれなかった。会場全体を見渡すMCの目線が染みついていて」と前田さん。さらに、密着カメラが来るたびに体が反応してよけてしまっていたことも告白。「ハンドマイクを持っていないことへの違和感がすごくて」という言葉に、長年の「前説芸人」としての感覚がにじみ出ていました。</p>

<p>3年目、新井さんのコロナ感染のためギリギリの状況で臨んだ予選。「このネタで落ちたら来年から出ない、と二人とも決めていた」という覚悟で挑んだ漫才は、会場を沸かせ、ついにベスト4進出を果たします。</p>

<p>決勝の舞台袖では、緊張からいつもと違う行動に出たことも明かしてくれました。</p>

<p>「囲碁将棋の根建が、舞台袖で『あ〜あ〜』ってやってて。聞いたら、それをやると噛まないんですって。だから僕も舞台袖で『あ〜あ〜』ってやってたら、新井が心配して『大丈夫か？』って声をかけてきた。36年間で初めて、僕が壊れてると思ったんでしょうね」（前田さん）</p>

<p>「決勝のセットを、僕は21年間M-1に関わってきて一度も見たことがなかった。敗者復活戦はずっと外の別会場でやってたから。自分が出るって決まってからも、違和感しかなかったですね」（前田さん）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「MCだけで、家族を養い、家を買った」</h2>

<p>記者からは、20年以上にわたるM-1予選MCとしての「印象に残る場面」を問う質問も飛びました。前田さんが挙げたのは、アマチュア時代から見守り続けた芸人たちの姿です。</p>

<p>「ザ・たっちはアマチュアで事務所にも所属していないのに、M-1の準決勝まで行ったんですよ。それで大会後にそのまま事務所に声をかけてもらって、翌年から所属になって。そういう瞬間を間近で見てきました」（前田さん）</p>

<p>さらに、今俳優として活躍するまえだまえだについてのエピソードも。「当時まだ小学生で、M-1の準決勝まで行ったんですよ。敗者復活戦の楽屋で兄弟喧嘩してたのを僕が止めて。止めた僕も前田、止められたのもまえだまえだ、お母さんも横にいたのに止めへんから、その場では俺が父親みたいになってました」と話し、会場を沸かせました。</p>

<p>「前説ばっかりやってる芸人さんがいるけど、番組の前説だけが前説じゃない。M-1の予選MCだって前説みたいなもんで、腐らずにそれをやり続けてたら、知らん間にネタが膨らんでる。急に大会に出ようってなった時にネタがあったのは、そのおかげだと思っています」（前田さん）</p>

<p>本書の帯には「主役を輝かせるためのMCだけで、家族を養い、家を買った」というコピーが記されています。お二人は「恥ずかしい」「失礼な！」と苦笑いしながらも、本書を読んでほしい相手として、同じような立場で舞台に立ち続けている後輩芸人たちを挙げました。</p>

<p>新井さんも「こんな自伝本を出すなんて、うちの母はいまだに嘘だろって言ってる。これを送りつけて本当だぞと証明したいです」と笑顔で締めくくりました。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 19 Jun 2026 16:35:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[はりけ～んず（芸人）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>一緒にいると「なぜか疲れる人」の3つの特徴  有川真由美（作家/写真家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14458</link>
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			<description><![CDATA[一緒にいると楽しい人と疲れる人の違いはどこにあるのか――作家の有川真由美さんが、疲れる人の特徴と対処法を紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="有川真由美著『一緒にいると楽しい人、疲れる人』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_thinkingwoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>親切のつもりが相手に気を遣わせたり、人目を気にするあまり身近な人をイライラさせたり――悪気のない行動であっても、知らず知らずのうちに相手を疲れさせることがあると、作家の有川真由美さんは語ります。</p>

<p>では、相手を疲弊させてしまう人には、どのような特徴があるのか。本稿では、疲れる人の3つの特徴に加え、疲れる人にならないためのポイントや対処法を紹介します。</p>

<p>※本稿は、有川真由美著『一緒にいると楽しい人、疲れる人』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>疲れる人――お節介な人</h2>

<p>世の中には世話好きや親切な人がいるもので、私もそんな人に助けられながら生きてきました。しかし、一見、親切な人のなかに、ときどき頭を抱えたくなるような「ありがた迷惑」ともいうべき、&quot;お節介な人&quot;が混じっていることがあります。</p>

<p>たとえば、仕事やプライベートにあれこれ首を突っこんでアドバイスしたり、相手が必要としていないことを押し付けたり......。こんな的外れな人が身近にいると、結構、うっとうしい存在になります。受け取る側が「それはちょっと......」「そこまでしなくてもいいですよ」などと難色を示そうものなら、「よかれと思ってやっているのに、人の気持ちがわからない人だ」などと言って怒りだしたり、不機嫌になったりします。</p>

<p>お節介が過ぎる人は、主観でしか物事を見られないので、相手を正そうとするのです。そんな人には、相手に対する思いやりはありません。&quot;自分本位&quot;のナルシスト的な親切であり、感謝されることを期待しているのです。自分では気づいていないでしょうが。</p>

<p>一方、本当に親切な人の行為は、単純に「相手がよろこんでくれたら、うれしい」という&quot;相手本位&quot;の親切心ですから、「それは要らないですよ」と言われても、「あら、それは余計なことだったね、ごめんごめん」などと自分のほうを正そうとします。</p>

<p>では、お節介な人には、どう接したらいいでしょう。いちばんいいのは、お節介な人にとって、&quot;扱いにくい人&quot;になるということです。</p>

<p>お節介な人は、お節介が許されるターゲットを見つけるのが上手いものですが、「私は〜の理由で、こうします」と自己主張をハッキリすると、相手にされにくいものです。相手が目上の人であれば、感謝を示して、相手の自尊心を満たしつつ、「もう大丈夫。なにも必要ないです」とクギを刺したり、相手に余計な情報を与えないことも大事でしょう。</p>

<p>【もしも、あなたがお節介ぎみだったら】</p>

<p>世話好きで愛されている人たちが、よく言う口グセは、「必要なかったら、言ってね」。相手が断ったときは、「OK、じゃあ、また今度」とあっさり引っこめましょう。</p>

<p>もう一つの口グセは、「(自分が)好きでやっていることだから」。親切上手な人は、&quot;気軽さ&quot;をまとっているので、相手も気軽に甘えられます。「あなたがよろこんでくれたら、私もうれしい」という気持ちの交流があるとき、自分も相手も幸せになれて、そこにやさしさの輪が広がっていくのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>疲れる人――人目を気にしすぎる人</h2>

<p>じつは、私はかつて、人の目を気にしてばかりいる性格でした。自分に自信がなかったからかもしれないし、幼児期の生活環境や体験がなにかしら影響していたのかもしれません。</p>

<p>「こんなことを言ったら、嫌われるのでは？」「こんなことをしたら、迷惑がられるのでは？」と萎縮してなにもできなかったり、人の顔色を窺って言いたいことが言えなかったり。同僚に「ランチはどこに行く？」と聞かれると、本当はオフィスで済ませたいのに、「私はどこでも。みんなが行きたいところで」なんて答えてしまう自分のなさ......。</p>

<p>そんな私に、まわりもイライラし、面倒くさく感じていたのでしょう。「&quot;あなた&quot;は、なにがいいの？」「&quot;あなた&quot;はなにがしたいの？」と、よく言われていたものです。</p>

<p>友人に、言いたいことを、あっけらかんと言う人がいます。彼女を見ていると、つくづく「この人は、人を信じているんだろうな」と思うのです。心の奥で「自分を出しても大丈夫」と自分も人も信頼しているから、自由に振る舞えるのです。結果、まわりにも「そんな人だから」と扱ってもらえ、裏表がないから信頼されます。</p>

<p>【もしも、あなたが人目を気にする人だったら】</p>

<p>私はある時期に、「人にどう思われてもいいから、自分に正直に生きよう」と開き直ってから、物事がうまくいくようになりました。自分の幸せに責任があるのは唯一自分だけだと気づいたからです。人に大きな迷惑がかからない範囲で言いたいことを言い、やりたいことをやるようになりました。</p>

<p>そうしてわかったことは、「自分が思うほど、人は自分のことなど気にしていない」ということ。一瞬、嫌味を言われても、つぎの瞬間には、他人のことなど考えてはいません。「人が自分のことを気にしている」と考えるのは、&quot;思い過ごし&quot;なのです。</p>

<p>そして、もう一つ。「自分がどうしたら好かれるか？」と我が身を心配するよりも、「相手をどう好きになるか？」と人のいい部分を見ようとするほうが、よっぽど関係性はよくなります。どんな人にも、いいところがあるもの。相手の悪いところではなく「いいところ」を探して、好きになろうとすれば、ほとんどの人間関係はうまくいくのです。</p>

<p>人の目ばかりを気にして窮屈な思いをしている人は、自分が好かれようとする前に、まず自分から相手を好きになる努力をしてください。どうしても好きになれない相手なら、「嫌いにならない」程度に心の距離感を保ちましょう。心地よさとは、きっとそんなところから生まれてくると思うのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>疲れる人――悪口好きの人</h2>

<p>人の悪口というのは、ちょっとしたガス抜きでもあります。かつてパワハラ上司のもとで働いていたとき、ランチの時間に同僚たちが「あのブタ、ひどいと思わない？」「管理職のみんな、死んじゃえばいいのに」などと悪口で盛り上がる習慣がありました。「私たちはひどい仕打ちを受けている。だからこれぐらい言っても許されていいはずだ」と、だれもが悪口を正当化していたのかもしれません。</p>

<p>しかし、貴重な昼休みの1時間がそんな会話だけで終わってしまうと、苦々しさや虚しさが胸に残ります。「あーあ。本でも読んでいたほうがよかったかな」などと思ってしまうのです。</p>

<p>悪口は職場だけでなく、家族や友人、ママ友など、どんな人間関係にもはびこるものですが、言っているときはだれもが「自分は正しい」「相手が悪い」と思っています。嫉妬や劣等感などを共感する人がいると、集団エゴイズムから悪口は広がっていきます。</p>

<p>悪口を言うときは、まるで正義の使者のように相手を裁こうとしますが、その正義というのもあやしいもので、言ってしまえば悪口は「負け犬の遠吠え」。勝ち目のない相手に直接言えず、陰で吠えてストレスを発散しているようなものです。賢い人が悪口の輪に加わろうとしないのは、マイナスの言葉からプラスの現実はやってこないと知っているから。同じ土俵で闘おうとすること自体、「くだらない」と思っているのです。</p>

<p>【もしも、あなたが悪口を言ってしまいそうになるときは】</p>

<p>悪口や噂話をしているときは、その嫌な相手のために時間を使っていることになります。悪口を言われた相手は、ご機嫌にゲラゲラ笑っているかもしれないというのに。</p>

<p>「今日が人生最後の一日だったら？」と考えてみるといいでしょう。その貴重な時間を、悪口を言うことに使うでしょうか。できるだけ楽しい話をして過ごそう、まわりの人によろこばれる言葉を使おうと思うはずです。</p>

<p>悪口をだらだらと言っているのは、ヒマな証拠。自分の目的をもって楽しく過ごしていたら、人のことはどうでもよくなるでしょう。悪口を言う言わないは、相手の問題ではありません。相手に悪意やわだかまりをもつかどうか、それを表現するかどうかの、私たち自身の問題なのです。</p>

<p>また悪口を言われても「すべての人に好かれなくても仕方がない」と考えると、さほど気にならなくなります。いい時間を過ごそうと思うなら、いい言葉、いい気分で過ごすことです。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 19 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[有川真由美（作家/写真家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>誘いを断った後もモヤモヤが続く　罪悪感を引きずらない「上手な断り方」  三上ナナエ（研修講師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14364</link>
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			<description><![CDATA[人からの頼みや誘いを断った後のモヤモヤを解決する方法とは？企業の研修講師などを務める三上ナナエが、思考法や断り方を紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="三上ナナエ著『控えめでも存在感のある人がしていること』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayamiwoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>人に何かを頼まれたり、ご飯や遊びのお誘いを受けたりした時に上手く断れない。断ることに苦手意識を持つ人は少なくないでしょう。企業の研修講師などを務める三上ナナエさんも断るのが苦手だったそうですが、今ではずいぶんラクになったとのこと。本稿では、断った後に後悔しないための考え方や断り方を紹介します。</p>

<p>※本稿は、三上ナナエ著『控えめでも存在感のある人がしていること』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>後悔しやすい思考のパターンを知っておく</h2>

<p>◎まずは、自分の思考に気づくことから</p>

<p>断って話は終わったはずなのに、頭の中では「反省会」がはじまってしまう。そんな状況に陥りやすい思考の流れを、まず整理してみましょう。</p>

<p>【具体例1】依頼を受けるとき</p>

<p>あなたの思考：相手はどんな事情？断ったら困るかな？私にどんな期待を？</p>

<p>整理するポイント：想像力は大切。でも思考が「相手側」になっている状態</p>

<p>【具体例2】引き受けたあとの負担を想像するとき</p>

<p>あなたの思考：時間がそもそも足りない。気力が持つかな？中途半端にならないかな？</p>

<p>整理するポイント：ここで断る判断は実は妥当</p>

<p>【具体例3】断る決断をしたとき</p>

<p>あなたの思考：理由を整理、角が立たない表現を探す</p>

<p>整理するポイント：エネルギーは使うが、関係性は維持できる</p>

<p>【具体例4】断った直後</p>

<p>あなたの思考：一瞬の安堵、「ひとまず言えた！」という安心感</p>

<p>整理するポイント：ここで終わることができれば問題なし！</p>

<p>【具体例5】相手の反応を想像し始める</p>

<p>あなたの思考：他に頼る人はいるのかな、がっかりしてもう頼んでくれないかな</p>

<p>整理するポイント：現実ではなく「想像」を膨らませてしまっている</p>

<p>【具体例6】判断の再審議</p>

<p>あなたの思考：少し頑張ればできたかも......。断るほどでもなかったのかな......。</p>

<p>整理するポイント：答えを出したのに、もう一度判断を裁き直しはじめている</p>

<p>【具体例7】公開と自己評価の低下</p>

<p>あなたの思考：成長の機会だったかもしれない......。私の逃げだったのかな？</p>

<p>整理するポイント：思考が止まらないループ状態に陥っている</p>

<p>問題は、【具体例5】以降の流れです。この後悔は断ったから起きているわけではなく、相手の立場に立つ思考のスイッチがオフにならない状態が続いているため、また選択しなかった未来の想像が止まらないために起きています。まずは、この構造を知るだけでも「あ、また後悔してる」「いつもの思考パターンだ」と気づきに変わります。</p>

<p>◎決めたのは「今の私」ではなく「あのときの私」</p>

<p>断ったあとに「やっぱり引き受けたほうが良かったのかな......」という考えが浮かんできたら、自分にこう言ってあげてください。</p>

<p>「あのときの私は、あのときの条件で決めた」</p>

<p>この一言は後悔を無理に消すためではなく、判断を「今の自分」で裁き直さないための区切りです。時間が経って視野が広がるほど「できたかもしれない理由」を見つけるのがうまくなります。でもそうではなく、あの瞬間の自分の判断を尊重すること。その選択をした自分をあとから追い込まないことが大切です。「断る」という判断をしてその返事をしたのなら、いったん区切る。それでいいのです。</p>

<p>＜POINT＞</p>

<p>「控えめな人」は自分の「判断」を「後悔」ではなくベストだったと思っていい</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「判断」を最初に伝える</h2>

<p>◎「弱い印象」は勘違いを生みやすい</p>

<p>控えめな人ほど、断るときに自分の気持ちを先に伝えようとします。</p>

<p>「本当はやりたい気持ちはあるんですが......」</p>

<p>「できれば協力したいのですが......」</p>

<p>これはビジネスマナーとしてもよく使われるクッション言葉であり、礼儀正しい表現です。言葉そのものに問題があるわけではありません。問題が起こりやすいのは、控えめな人がこの言い回しを使うときです。</p>

<p>相手の反応を気にしすぎたり、断ったあとの空気を想像しすぎたりしたとき。それを気にするあまり、表情が弱々しくなったり、声が小さくなったり、語尾がすぼんでしまうことがあります。それが、言葉以上に「迷っている」「申し訳なさでいっぱい」という印象として前に出てしまうのです。</p>

<p>それを見た相手は以下のように受け取ります。</p>

<p>「断っているけど、本当はやりたいのかも」</p>

<p>「もう一押しすれば可能性はあるかも」</p>

<p>「条件を変えれば引き受けてもらえるかな」</p>

<p>つまりこの前置きが「再交渉の入り口」として聞こえやすくなってしまうのです。結果として...</p>

<p>・引き止められる</p>

<p>・再提案が来る</p>

<p>・「じゃあここだけお願い」と依頼される</p>

<p>と話が続いてしまい、さらに断るエネルギーを使うことになります。言葉と裏腹にそう見えてしまうのなら、伝え方にもう少し工夫が必要です。</p>

<p>◎「クッション言葉」「気持ち」は最後に</p>

<p>控えめな人が断る際には、「①判断」&rarr;「②気持ち」。実はこの順番が合うのです。</p>

<p>①判断：「検討しましたが、今回は引き受けることができません」</p>

<p>②気持ち：「声をかけていただき嬉しく思っています」「お力になれず恐縮ですが、ご相談くださりありがたいです」</p>

<p>判断が先に来ると、声も姿勢も安定します。最初に明確な判断を伝えることは、相手の期待を無駄に引き延ばさないという、控えめな人にとっての「誠実さ」の形と言えます。先に結論を述べることで、あなたの意思は「交渉の余地」ではなく「確定した事実」として相手に届きやすくなるのです。そして、その後に添える感謝の言葉こそが、本来の温かい気遣いとして純粋に響くのです。</p>

<p>つい最初に口にしたくなる「クッション言葉」や「気持ち」は、判断のあとに伝えるよう自分に言い聞かせてみましょう。それだけでも、行き違いのなくなる「断り方」になるでしょう。</p>

<p>最初は勇気がいるかもしれませんが、一度この順番を試してみてください。無用な押し問答が減り、あなた自身も「正しく伝えられた」という安堵感に変わっていくはずですよ。</p>

<p>＜POINT＞</p>

<p>「控えめな人」はクッション言葉の使い方ひとつで自信のなさを相手に感じさせてしまうので注意</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>余計な一言は足さない</h2>

<p>◎「また誘ってください」は言うべき？</p>

<p>たとえば、誘いなどを断る場面、「相手をがっかりさせたくない」「冷たい人だと思われたくない」「できれば場の空気を壊さずに終えたい」という想いが無意識に浮かびます。その気持ちから、ついこんな言葉を添えてしまいます。</p>

<p>「また誘ってください」</p>

<p>「行きたい気持ちはあるのですが、その日はたまたま予定があって」</p>

<p>本当はあまり興味がない誘いでも、完全に否定するのは心苦しい。その優しさゆえの一言です。</p>

<p>これらの表現は、決して間違いではありません。むしろ、相手を思いやる気持ちがにじむ丁寧な言葉です。ただ、控えめな弱々しい雰囲気で使ってしまうと、意図しない形で伝わってしまうことがあります。</p>

<p>「今回は都合が合わなかっただけなんだな」</p>

<p>「また次も声をかけよう」</p>

<p>相手が悪いわけではありません。言葉どおり、素直に理解しているだけです。</p>

<p>◎ポイントは、自分のスタンスを添えること</p>

<p>その結果、日程を変えて再び誘われたり、別の機会の話が出てきたりします。そのたびに、また説明を考え、また気を遣う......。この繰り返しに疲れていきます。この負担を減らすために大切なのは、強くなることでも、冷たくなることでもなく、必要なのは「気持ち」と「判断」を切り分けることです。</p>

<p>気持ち：「誘ってもらえたことは嬉しい」</p>

<p>判断：「でも、参加はしない」</p>

<p>この2つは同時に存在していいものです。ただ曖昧にしないこと。伝えるときには「判断」の部分を大事にします。自分のスタンスを添えて、伝えてみるといいでしょう。</p>

<p>「こういった場は得意ではないので、普段参加していないんです」</p>

<p>「〇〇の集まりは少し緊張してしまうので、遠慮しますね」</p>

<p>これは相手を否定する言葉ではありません。自分の選択を伝えているだけ。断ったあと、「あの言い方で大丈夫だったかな」「冷たく聞こえたかな」と心が揺れることもあるでしょう。でも、相手の感情や受け取り方は、相手のものです。あなたは誠実に伝えた事実まで、その先を引き受ける必要はありません。</p>

<p>控えめな人に必要なのは、優しさを減らすことではありません。その優しさを、相手だけでなく自分にも向けること。余計な一言を手放すことは、関係を断つためではなく、自分をすり減らさないための選択です。自分の境界線を守る言葉を持つことは、控えめな人にとって、大切なコミュニケーションの力なのです。</p>

<p>＜POINT＞</p>

<p>「控えめな人」が断るときは「気持ち」と「判断」を切り分ける</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayamiwoman.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 19 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三上ナナエ（研修講師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>あか抜けないファッションから脱却するには？ プロが教える“NGなアイテム”  池上陽子（ファッションコンサルタント）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14411</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014411</guid>
			<description><![CDATA[ファッションにはこだわっているつもりなのに、あか抜けない印象から脱却できない...そんな悩みを解決する方法を、ファッションコンサルタントの池上陽子さんが解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_womanwork.jpg" width="1200" /></p>

<p>コーディネート全体はまとまっているのに、なぜかあか抜けない印象になってしまう......その原因は、意外なアイテムにあるかもしれません。写真や動画でも好印象を与えたい今の時代、「着映えしない服」や「細部の傷み」が思わぬ落とし穴になっていることも。ファッションコンサルタントの池上陽子さんによる書籍『服を味方にする「わたし」の魅せ方』より解説します。</p>

<p>※本稿は、池上陽子著『服を味方にする「わたし」の魅せ方』(三笠書房)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>映え魅せを狙うなら「ニット」「ビーズアクセサリー」をやめる</h2>

<p>カシミアなどのラグジュアリーなニットは、つややかで美しい光沢があり、着心地もふんわり柔らか......。</p>

<p>ただ、自分では「どこへ着て行っても恥ずかしくない」と考えがちですが、どんなに高級なものでも、ニットには手仕事のほっこり感がどことなく漂ってしまい、グッとカジュアル度が増してしまいます。</p>

<p>しかも、良質な素材ほど毛玉ができやすく、着映えするとはいえないのも残念なところです。</p>

<p>かろうじて、編み地が細かいハイゲージニットなら、ビジネスでもOKといわれています。でも、それでもほかのアイテムと比べて&quot;きちんと感&quot;が出にくいのがデメリットです。</p>

<p>ニットの生命線である「素材のよさ」は、実際に目の前で見ないと伝わりにくいため、写真や動画には不向きです。そのため、オンライン会議やSNS投稿でも着映えしません。</p>

<p>「自分を印象に残したい場面では、ニットは避ける」と覚えておきましょう。</p>

<p>また、ビーズアクセサリーなどの手作り系のアイテムも、できれば避けたいアイテムです。</p>

<p>いろいろなデザインがあるので、全部が全部そうではないと思いますが、どうしても「あか抜けない印象」になることが多いもの。全体的なコーディネートは悪くないのに、手作り系アクセサリーのせいで野暮ったく見えてしまう方を、これまでたくさん見てきました。</p>

<p>リーズナブルでも、洗練された印象のアクセサリーはたくさんあるので、ぜひコーデを引き立て、あなたの魅力を引き出してくれるものを選びましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>バッグの印象は細部に宿る</h2>

<p>時折、トレンドを意識した素敵なファッションに身を包んでいるのに、バッグだけやけに古びている女性を見かけることがあります。高価なブランドバッグということはわかるのですが、レザーには傷が目立ち、ツヤもありません。</p>

<p>よく「レザーは経年変化して味が出る」といわれます。</p>

<p>しかし、それはきちんと汚れを落として、クリームやオイルを塗って、ていねいにからぶきをする、というメンテナンスをしていることが前提です。</p>

<p>単に、使い古せば味が出るというわけではありません。</p>

<p>自分では「ちょっとした汚れ」「小さな傷」と思っていても、他人の目から見ると思いのほか目立つものです。</p>

<p>バッグの印象は、そうした細部に左右されます。</p>

<p>あなたの輝きを曇らせてしまわないよう、次にあげる傷みや汚れが見つかったら、早めに買い替えましょう。</p>

<p>□ バッグ本体に傷や汚れはないか<br />
□ パーツが取れていないか<br />
□ 角やフチが擦り切れていないか<br />
□ 持ち手やショルダー部分に傷みや汚れはないか<br />
□ 縫い目がほつれていないか<br />
□ ファスナーはスムーズに開閉できるか<br />
□ バッグの内側の布が破れていないか</p>

<p>いかがでしょう。</p>

<p>「まあいいかな」と見過ごしていた箇所はありませんでしたか？</p>

<p>その見過ごしが結果的に命取りにならないように、バッグをチェックするときは細部にまで目をこらすことを、ぜひ今後の習慣にしてみてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>こなれ感が出せる「ヴィンテージ」をおすすめしない理由</h2>

<p>最近のトレンドの一つが「ヴィンテージ」です。</p>

<p>ハイブランドの古着や年代物のヴィンテージを扱う、大人の女性向けショップも増えています。</p>

<p>ヴィンテージは1点もので、誰ともかぶらないのが魅力です。トレンドということもあって、取り入れたくもなるでしょう。</p>

<p>ただし、おしゃれ初心者の方にはおすすめしません。理由は、コーデの組み方がとても難しいからです。</p>

<p>よくあるのが、かっちりしがちなコンサバファッションに、ヴィンテージアイテムをプラスして、抜け感やこなれ感を出す......というもの。</p>

<p>でも、これはプロのスタイリストだからこそ、レトロな雰囲気を上手にミックスできるのであって、じつはかなりテクニックが必要なのです。</p>

<p>見よう見まねで取り入れられるものではありません。</p>

<p>大ヒットした韓国ドラマ『涙の女王』に、まさにそんな一場面を象徴するようなシーンがあります。</p>

<p>財閥の令嬢だということを隠して、平社員として勤務している女性が、高価なヴィンテージものの服を着ていました。ところが、ファッションに疎い同僚の男性から「破れたTシャツを着ているから貧乏だ」と勘違いされてしまうのです。</p>

<p>うっかりおしゃれのつもりでヴィンテージを着ると、ドラマと同じようなことが起きないとも限りません。自分では違和感なく着こなしているつもりでも、まわりからは自分の意に反した印象を持たれやすいのです。</p>

<p>素敵なアイテムも多いので残念ではありますが、おしゃれに着こなす自信がない人は避けておいたほうが無難です。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_womanwork.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 18 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[池上陽子（ファッションコンサルタント）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>大事なことは『ネウロ』で学んだ？ 『税金で買った本』原作者・ずいのが影響を受けた２冊のマンガ  ずいの（漫画家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14382</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014382</guid>
			<description><![CDATA[『税金で買った本』原作者・ずいの先生インタビュー第2回。司書から漫画原作の道へ進んだ転機、話題の「図書館情報学」やガチな参考文献の選定基準、さらにメガネ・服装への並々ならぬフェチとこだわりを激白。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』1巻「恩讐の彼方に」より）" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260609Zuino04.jpg" width="1200" /><br />
(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』1巻「恩讐の彼方に」より）</p>

<p>ヤンキー高校生・石平（いしだいら）くんの成長とともに、図書館のリアルな日常やディープな裏事情をコミカルに描き出す漫画『税金で買った本』（ヤンマガWeb）。実写ドラマ化・アニメ化が決定し、さらなる盛り上がりを見せています。</p>

<p>インタビュー第2回となる今回は、原作者・ずいのさんのクリエイティブの核心を深掘りします。図書館員を目指したきっかけから漫画家の道へと進んだ経歴、そして本作に込められたこだわりについてたっぷりとお話を伺いました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「自分には向いてない」から始まった図書館員時代</h2>

<p><img alt="『税金で買った本』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260603zuino12.jpg" width="1200" /></p>

<p>――ずいのさんご自身のご経歴について伺いたいのですが、そもそもなぜ図書館員になられたのでしょうか？</p>

<p>【ずいの】実は、子供の頃からぼんやりと「将来は漫画家になりたい」という気持ちがあったんです。でも、特に行動を起こさないまま大学生になってしまって。「しっかり地に足のついた仕事を考えよう」と思った時に、もともと本や図書館が好きだったこともあって、図書館司書の資格を取る勉強を始めました。</p>

<p>ただ、勉強を進めていくうちに「あ、これ絶対に自分には向いてないな...」と気づきました（笑）。そのまま進路が決まらないまま卒業間際になってしまい、これはまずいぞと思っていたら、たまたま近くで非正規の図書館員の募集を見つけたんです。そこに応募したら運よく採用されたという、行き当たりばったりのスタートでした。</p>

<p>――勉強されている段階で「向いてない」と感じられたのはなぜだったのですか？</p>

<p>【ずいの】図書館の仕事って、実はコミュニケーションが主軸になるのですが、私はそれが苦手だったんです（笑）。</p>

<p>――作中で、図書館に職場体験にやってくる女の子が「司書はコミュニケーションを取らなきゃいけない仕事なんだよ」と諭されるエピソードがありましたよね。（『税金で買った本』3巻収録「図書館概論」）</p>

<p>【ずいの】やっぱり多くの学生さんが「本が好きだから」という憧れで図書館に入ってくるんです。でも、勉強していくうちに「想像と違うぞ...」となってしまう。学生さんの中にも「好きだけど自分には向いてないかも」と悩んでいる方は多かったですね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>『税金で買った本』に影響を及ぼした２作品</h2>

<p>――子ども時代から、本や漫画が好きだったとのことですが、どのような作品を読まれていたのでしょうか？</p>

<p>【ずいの】小学生の頃は、個人の家を開放して本を貸し出してくれる「家庭文庫」に通っていて、そこにあった青い鳥文庫の『パソコン通信探偵団事件ノート（パスワード）シリーズ』（松原秀行著、講談社）や『名探偵夢水清志郎事件ノートシリーズ』（はやみねかおる著、講談社）といったミステリー作品を読み漁っていました。</p>

<p>ただ、中高生になると活字の本はあまり読まなくなって、週刊少年ジャンプの『魔人探偵脳噛ネウロ』（松井優征作、集英社）という漫画にどっぷりはまりました。今『逃げ上手の若君』を描かれている松井優征先生の初期作ですが、ものすごく緻密に計算されて作られている漫画なんです。</p>

<p>例えば、「右側のページに大きなコマを配置して読者をびっくりさせる」といった、どうすれば面白い漫画になるかというネームの構成やテクニックは『ネウロ』から影響を受けています。</p>

<p>――なんと、当時読んだ漫画が『税金で買った本』にも影響を与えているんですね！</p>

<p>【ずいの】そうですね。また、『夜明けの図書館』（埜納タオ作、双葉社）という作品は、漫画を描く前から読んでいて、一つの基準になっている作品です。図書館のあり方や、本を貸し出すだけでなく「レファレンスサービス（利用者の疑問や情報探しを支援する業務）」にスポットを当てて、超リアルかつ理想的に描かれている素晴らしい漫画なんです。</p>

<p>非正規雇用の問題についても丁寧に取材して描かれていて、自分自身が漫画を作る上での目標であり、ライバルであり、常に意識している大切な作品です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>『図書館情報学概論』はまだ読み切れていない</h2>

<p><img alt="(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』13巻「ビブリオバトルガイドブック３」より）" height="1126" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260609Zuino01.jpg" width="1200" /><br />
(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』13巻「ビブリオバトルガイドブック３」より）</p>

<p>――本作は必ず巻末に参考文献リストがついていますよね。毎巻、参考文献を見るのを楽しみにしているのですが、たまにがっつりとビジネス書が入っているので驚きました。</p>

<p>【ずいの】『会議は長いのになぜ何も決まらないのか』（別所栄吾著、日本経済新聞出版）は、「選書会議」のエピソード（『税金で買った本』13巻収録「ビブリオバトルガイドブック」）で、キャラクターたちが会議を有利に進めるための根回しや、会議内の話を進めるにあたってどういう作戦を立てるかということを参考にしました。</p>

<p>また、『公務員の「係長」の教科書』は、公務員と民間企業で働く人には考え方に違いがあると思ったので、公務員を上手く描くために参考にしました。</p>

<p>民間企業は利益が最優先なので、マナーの悪い客は「出禁」にした方が最終的な利益に繋がります。しかし、公務員である図書館職員は「すべての人に平等にサービスを提供する」という考え方なので、どんなに厄介な利用者であっても、犯罪レベルにいかない限りは粘り強く対応しなければならない。そういった民間と公務員の意識の違いについて、漫画の中に反映できたらと参考にしたんです。</p>

<p>――参考文献と言えば、YouTubeチャンネルの「ゆる言語学ラジオ」で本作が取り上げられた際、「この漫画は『図書館情報学』をベースに作られている」というお話がでていましたが...（笑）。これは本当ですか？</p>

<p>【ずいの】実は、あの動画を見てから「そんな本があるんだ」と思って、慌てて『図書館情報学概論』の書籍を買ったのですが、まだ全部読み切れていません（笑）。</p>

<p>本作は、司書課程で習った「図書館のあるべき姿」や「こういう風にサービスを提供していった方がいいよね」という司書としての基本的な共通認識に則って漫画を描いているので、結果的にその内容が『図書館情報学』の学問的な内容と一致したのかな、と捉えています。</p>

<p>――参考文献だけでなく、作中には様々な書籍が登場します。選書の基準はあるのでしょうか？</p>

<p>【ずいの】作中に出てくる本は、私自身が「特定のニッチな分野に興味を持って、深く調べている人の本」が好きなので、そういう本を選びがちです。</p>

<p>例えば、ビブリオバトルの回には（『税金で買った本』13巻収録「ビブリオバトルガイドブック」）、『タイの地獄寺』（椋橋彩香著、青弓社）や、『バッタを倒しにアフリカへ』（前野ウルド浩太郎著、光文社）、『ヤクザときどきピアノ』（鈴木智彦著、 CEメディアハウス）などが登場しています。</p>

<p>――『ヤクザときどきピアノ』は気になって、ほしいものリストに入れました！（笑）。</p>

<p>これはライターの鈴木智彦さんが50歳を過ぎてからピアノを習うお話なのですが、基本はエッセイなのに、途中から急にピアノの歴史の話が食い込んできたりして面白いんです（笑）。そういう「ちゃんと調べて書かれている本」が好きで、作中にも出しがちですね。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 18 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ずいの（漫画家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>即決できる人にあって優柔不断な人に足りないものは?　自分の判断基準がわかる5つの項目  川岸宏司（株式会社DIL 共同創業者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14363</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014363</guid>
			<description><![CDATA[すぐ決められる人と迷って決められない人。違いはどこにあるのか。川岸宏司さんは自分の取扱説明書をつくることで、決断が速くなると語る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="なぜ、あの人の言葉は心に響くのか" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/250227thinkingwoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>会議で振られて即答できる人と、頭が真っ白になって答えられない人...。この違いは語彙力ではないと、起業家の川岸宏司さんは語ります。</p>

<p>著書『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』では、川岸さんの実体験も交えて言語化のメゾットを紹介しています。その中から決断を早くする「自分の取扱説明書」について解説した一節をお届けします。</p>

<p>※本稿は、川岸宏司著『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>0.1秒で言葉が出る人の頭の中</h2>

<p>会議で突然「どう思う？」と振られた瞬間、頭が真っ白になったことがある。大切な人に「ありがとう」を伝えたいのに、喉の奥で言葉が詰まったことがある。日記には書けるのに、いざ今日あったことを誰かに話そうとすると「まあ、いろいろ......」で終わってしまう。</p>

<p>これは私の結論として、語彙がないからではありません。言葉の「在庫」はあるのに、必要な瞬間に「棚から取り出す速度」が追いついていないからだと思っています。</p>

<p>たとえば、倉庫にはたくさんの工具が詰まっているのに、どの引き出しに何が入っているか整理されていない状態。ドライバーが必要な瞬間に金槌を掴んでしまったり、あるいは、引き出しを開けるのに時間がかかりすぎて、手ぶらのまま立ち尽くしてしまう......そんな状態です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>決断が鬼速な人の「自分の取扱説明書」</h2>

<p>ランチのメニューを選ぶのに5分かかる人がいます。一方で、新しい挑戦のような大きな決断を、驚くほどあっさり下す人がいます。この差は、頭のよさでも度胸の大きさでもありません。「自分の判断基準が言語化されているかどうか」です。</p>

<p>たとえば私の場合、判断に迷ったときの最終基準は「カッコいいか、カッコ悪いか」です。損得でも正誤でもなく、自分がその選択を10年後に振り返ったときに胸を張れるかどうか。これが言語化されてからは、判断のスピードが劇的に変わりました。</p>

<p>逆に、この基準がなかった20代の頃は悲惨でした。新しい事業をやるかどうかで何ヶ月も悩み、その間に3人の友人、2人の先輩、1人の経営者仲間に相談し、結局「もう少し考えます」で終わる。</p>

<p>決められない人の頭の中には、5人の住人がいます。具体的に言うと、「まだ情報が足りない」と永遠に調査を続ける完璧主義の自分、「失敗したらどうしよう」と怯える8歳児の自分、「普通はどうするんだろう」とSNSを漁る比較の自分、「今のままでよくない？」と現状維持を囁く怠け者の自分、「どっちを選んでも後悔する」と呪いをかける予言者の自分......。この5人が同時に喋るから、頭がパンクして「まあ、いろいろ......」で終わっているのだと思います。</p>

<p>多くの人は、判断基準を持ちすぎています。だからこそ、判断基準をひとつに限定できる人は違います。5人が騒ぎ始めた瞬間に、「で、それはカッコいいのか？」の一言で全員が黙る。基準が1つあるだけで、脳内会議が一瞬で終わる。そんなイメージです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>5つの判断基準から理想の自分像が見えてくる</h2>

<p>では、どうやって判断基準を言語化するのか。私がおすすめしているのは「自分の取扱説明書」をつくることです。書くのは5つだけ。</p>

<p>①判断の軸：何を基準に決めるか</p>

<p>私の場合は「カッコいいか、カッコ悪いか」です。ちなみにこれ、正解はありません。自分にしっくりくる一言を見つける、それだけでいいですし、変わってもいいです。</p>

<p>②人間関係のスタンス：人とどう関わるか</p>

<p>私の場合は「来るもの拒まず、でも迎合せず。好きなときに好きな言葉を投げられない関係性なら維持しない」です。これが言語化されてから、人付き合いのストレスが激減しました。</p>

<p>③失敗への向き合い方：うまくいかないとき、どうするか</p>

<p>私の場合は「失敗をまずは惰性か全力かで判断し、前者は自分を許さない。後者は認める。また、失敗を笑う外野は許さない」です。きれいに取り繕わず、素直に言葉にしてみてください。</p>

<p>④時間の優先順位：何に時間を使うか</p>

<p>私の場合は「自分と家族、友人、社員を優先。他者の人生は生きない」です。ここは特に世間の「正しい」に目を向けず、自分の理想に目を向けてください。</p>

<p>⑤絶対にNOと言うこと：これだけは譲らない</p>

<p>最後に、私の場合は「誰かの人生を生きること。生殺与奪の権利を握られること」です。絶対に嫌な自分を言語化してみてください。</p>

<p>この5項目が埋まった瞬間、あなたの脳内に超最適で理想の自分像が生まれます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>理由が明確だから、信用に繋がる</h2>

<p>取扱説明書の最大のメリットは、判断に迷わなくなることではありません。「なんとなく」が消えることです。なんとなくコーヒーを選び、なんとなくその服を着る。この「なんとなく」は、判断基準が言語化されていないために起きます。</p>

<p>取扱説明書が完成すると、すべての選択に「理由」が生まれます。</p>

<p>「なぜこの仕事を引き受けたのか」&rarr;家族に話せる仕事だから<br />
「なぜこの誘いを断ったのか」&rarr;他者の人生を生きることになるから<br />
「なぜこの失敗を許せるのか」&rarr;全力でやった結果だから</p>

<p>理由がある選択は、後悔しません。そして、理由を言語化できる人は、他人にも自分の判断を説明できます。説明できるから信頼される。信頼されるから、さらに大きな決断を任される。この好循環が回り始めます。</p>

<p>1つだけ注意点があります。この取扱説明書は「完成品」ではなく「メモ」です。20代の自分と40代の自分では、判断基準が変わっていて当然です。半年に1回くらい見返して、「これ、まだ自分にフィットしてるかな」と確認してみてください。合わなくなっていたら書き換える。それ自体が、感情の言語化のトレーニングになります。</p>

<p>取扱説明書は、自分という複雑な人間を、自分自身が扱いやすくするための翻訳作業です。翻訳が終われば、0.1秒の判断は自然とついてきます。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/250227thinkingwoman.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 18 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[川岸宏司（株式会社DIL 共同創業者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>体が自分のものじゃなくなっていく　ALSを患った私の心に明かりが灯った瞬間  はらだまさこ</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14428</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014428</guid>
			<description><![CDATA[ALSを患い、大好きなキッチンに立てなくなった――。福岡で喫茶店を営むはらだまさこさんが、病が発覚してから現在までの心境を綴る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="はらだまさこ" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260608haradamasako01.jpg" width="1200" /></p>

<p>福岡県で喫茶店「Sounds Food Sounds Good」を家族と営むはらだまさこさんは、2023年頃、国の指定難病であるALSと診断されました。筋肉を動かすための神経が障害を受け、だんだんと身体が動かなくなっていく病気です。</p>

<p>食べることと、料理をすることが好きなはらださんにとって、キッチンに立てなくなってしまったことは、大きな悲しみだったといいます。著書『もしもキッチンに立てたなら』には、はらださんのエッセイと、スマホに書き残していたレシピが収録されています。同書より、ALSと診断されてから受け入れるまでの心境が綴られた一節をご紹介します。</p>

<p>※本稿は、はらだまさこ著『もしもキッチンに立てたなら』(徳間書店)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ALSってしんどいよ</h2>

<p>正直に言います。ALSって、本当にしんどいです。</p>

<p>ときどき足がつる程度のときは、まだ我慢できていました。それがいつの間にか、「毎晩」「同じ場所が」「必ずつる」という状態に変わっていったのです。</p>

<p>次第に歩きづらさが増し、やがて歩行困難となり、診断が下りる頃には、車椅子が主な移動手段になっていました。</p>

<p>ぐっすり眠ることもできません。体が強張ってしまい寝る体勢が安定せず、途中で何度も目が覚めてしまうのです。睡眠時間は続けて眠れて1時間、トータルで4時間いくかどうか。これを、毎日です。</p>

<p>まだ自分で動かせる部分が少しあるからこそ、「動かしたい」という気持ちが勝って、どうにかしたくなってしまう。そのせいで眠れなくなるのです。</p>

<p>「すべてを諦めてしまったら、もっと眠れるのかもしれない」</p>

<p>そんな風に思うときもありますが、諦めてしまったら、この病気に心まで持っていかれてしまいそうで。それだけは、なんとしても許したくないのです。</p>

<p>これはわたしの実感ですが、ALSは「体が少しずつ、自分のものじゃなくなっていく病気」です。今日は動かせていても、明日は動かせなくなるかもしれない。自分の意思で体を操ることができなくなるかも。寝る前、毎晩こう考えています。</p>

<p>とても怖いし、悔しいし、しんどい。</p>

<p>家族にも迷惑をかけています。わたしに合わせて夜も起こしてしまうので、体も心も限界、と思える瞬間も少なくないと思います。</p>

<p>「このまま生きていていいのかな」</p>

<p>と思ってしまうことも、もちろんあります。元気なときのわたしじゃ浮かびもしないような考えが頭をよぎるのです。</p>

<p>それでも、こうやって自分の心を言葉にして書いていくと、「まだ、大丈夫。わたしはわたしだ」と確かめられている気がします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>名前のない恐怖</h2>

<p>ALSだと診断を受ける数か月前、先生の手元にある自分のカルテがちらりと見えてしまったことがあります。そこには「神経の異常」と書かれていました。</p>

<p>全身から血の気が引くようでした。体調不良の原因をいろいろと調べていて、「ALSが神経の病気である」という知識があったからです。</p>

<p>それ以来、不安を抑えきれずに、来る日も来る日もインターネットで自分の症状に合う神経の病気を検索しました。「ALSしかない」という諦めと、「どうか違っていてほしい」という願いがせめぎ合い、心が限界に近づいているのを感じていました。</p>

<p>思い返せば、確定診断がつくまでが、いちばんつらい時期だったかもしれません。自分が何の病気なのかわからないまま、足だけがどんどん動かなくなっていく。どうしたらいいのかわからず、朝から晩まで不安で胸がいっぱいでした。</p>

<p>怖くて眠れず、やっと眠れたと思っても夜中にふっと目が覚めるのです。暗い天井を見つめていたら、ワッと涙があふれてくる。泣いても、状況は変わらない。</p>

<p>その頃の記憶はなんだか曖昧で、ただ苦しかったことだけを覚えています。こんなに食べるのが大好きなわたしの、あの頃食べたごはんの記憶がありません。頭からすとんと抜け落ちてしまったようなのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>病を受け入れるまで</h2>

<p>元来アクティブなわたしですが、ALSになって以降、全く外に出ることができなくなりました。</p>

<p>元気だった頃を知っている人に会うと、車椅子のわたしを見て「どうしたの?」と聞かれます。心配してくれているのだとわかっていても、その一言さえ、胸に刺さりました。泣いてしまって心配をかけるのも嫌だし、変わってしまった姿を見られることも恥ずかしい。自然と外に出る回数は減っていきました。</p>

<p>「きっとまた歩けるようになるかもしれない」と思いたかった。でも、どんな医学書を読んでも「ALSの有効な治療法はまだ見つかっていない」とあるばかり。</p>

<p>そんな中、インターネットで検索を続けているうちに「ALSリバーサル」という言葉に出会いました。ALSの進行が止まったり、症状が軽くなったりすることを「ALSリバーサル」というそうです。そうした回復例が、世界にほんの少しだけある、ということでした。</p>

<p>アメリカには自然療法や機能性医学を取り入れてALSリバーサルを目指す団体があり、英語のサイトや論文、症例報告がいくつも出てきました。すべて英語だったので、翻訳アプリとにらめっこしながら、夢中で読み進めました。</p>

<p>もちろん、ほんのわずかな症例です。同じことをすれば必ず治る、というわけではないとわかっています。発症の理由も、体質も、環境も、人それぞれ。それでも、「世界のどこかに回復した人がいる」という事実が、わたしの心に小さな明かりを灯してくれました。</p>

<p>──わたしもALSリバーサルにかけて、生きてみよう。</p>

<p>そう思いました。</p>

<p>落ち込む日も、もちろんあります。病気を「完全に受け入れました」と胸を張って言えるわけでもありません。でも、病気を受け入れることと、ただ諦めることは、きっと違う。それに、もう泣くことに飽きたんです。時間がもったいない。下を向いて歩くより、前を向いて歩いたほうが結果もいいに決まってる。</p>

<p>「どんな小さな希望でも、わたしは信じるほうを選ぶ。わたしの病気は治る」</p>

<p>そう口にするだけで、体の奥からエネルギーが湧いてくる気がしました。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260608haradamasako01.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 17 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[はらだまさこ]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>缶詰や刺身でOK！週2回の「魚の日」が中性脂肪を減らし死亡リスクを下げる  歌島大輔 (整形外科医)</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14404</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014404</guid>
			<description><![CDATA[中性脂肪減少や血管の炎症抑制など、青魚に含まれる効果を解説。「缶詰や刺身でOK」「週2回食べる日を決める」など、忙しい人でも無理なく「魚の日」を作って健康を守るコツを医師が提案します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="研究では、魚をよく食べる人ほど心血管疾患による死亡リスクが低下するという" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_saba.jpg" width="1200" /></p>

<p>近年の研究では、魚をよく食べる人ほど心血管疾患による死亡リスクが低いことが分かってきました。青魚に含まれるEPAやDHAには、中性脂肪を減らし、血管の「サビ」や「詰まり」を起こしにくくする効果が期待できるからです。本記事では、整形外科医として診療に携わりつつ、医学論文に基づいた情報発信を積極的に行っている歌島大輔氏が、青魚がもたらす健康効果をデータとともに解説。忙しい人でも実践できる「魚習慣」のコツを提案します。</p>

<p>※本稿は、歌島大輔著『科学的に証明された 突然死を招く習慣・長生きする習慣』（高橋書店）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>中性脂肪を減らし、血管の炎症・血栓リスクを抑える</h2>

<p>「体にいいから魚を食べましょう」といわれても、毎日食べるのはなかなか難しいですよね。よって、私は目標をぐっと現実的にして「週に2回」をすすめています。週2回程度なら、なんとかねじ込めるからです。そして、これだけでも体の中の「材料」が変わっていきます。</p>

<p>青魚には、EPAやDHAといったn-3系（オメガ3）の脂が多く入っています。脂と聞くと「悪」に思えるかもしれませんが、これらは血管や脳の細胞膜の材料にもなる「良質」な脂。中性脂肪を減らし、血管の炎症や血栓ができやすくなる反応を抑える効果が期待されています。<br />
いいかえれば、血管の「サビ」と「詰まり」を少しでも起こしにくい体質に寄せる、というイメージです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>魚をよく食べる人ほど心血管疾患による死亡が低い</h2>

<p>血液中のオメガ3の量と死亡リスクの関連性についての研究では、血中のEPA・DHAが高い人ほど、全死亡（すべての原因による死亡）のリスクが低いことが示されました。［1］</p>

<p>さらに、魚の摂取量と死亡リスクの関連性についての研究でも、魚をよく食べる人ほど心血管疾患による死亡が低いと示されています。［2］<br />
青魚を食べる価値は、まさにここにあります。</p>

<p>もちろん、「魚を食べたら絶対に死亡リスクが低くなる」とまではいい切れません。それでも「青魚を食べる」ことは、費用対効果が高く続けやすい習慣だと考えられます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>食べる曜日を決めておく</h2>

<p>私がおすすめするのは、あらかじめ「魚の日」を決めてしまう方法です。たとえば火曜と金曜を魚の日にして、冷蔵庫や冷凍庫に「焼くだけ」「出すだけ」の材料を用意しておきます。</p>

<p>「1回」の目安は、切り身なら手のひらサイズを1枚（80〜100ｇくらい）。刺身なら1パック、缶詰なら1缶でOKです。焼き魚なら塩サバ、サンマ、イワシ、アジ。煮ものならサバみそやイワシの梅煮といったものです。<br />
魚は揚げもの（フライや天ぷら）しか食べない、という人もいますが、揚げると油と塩分が増えてメリットが相殺されやすいので、できれば焼き・煮もの・刺身のいずれかにしてください。</p>

<p>どうしても揚げものがいいのなら、魚を食べる日を週3回にして、1回だけ揚げものにする――そんな「現実的な折り合い」でも十分です。<br />
味付けも、しょう油よりもレモンや大根おろし、だしのうま味を使うと「減塩」につながります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>筋肉を構成するたんぱく質もとれる</h2>

<p>50～60代になると、長生きのポイントは血管だけでなく「筋肉」にも広がっていきます。外来でも、体重は増えていないのに、疲れやすくなったり転びやすくなったりするという患者さんが少なくありません。</p>

<p>青魚はオメガ3だけでなく、筋肉を構成するたんぱく質も同時にとれます。<br />
ご飯を少なくして、魚と野菜を増やす――これだけで、体の立て直しが始まります。<br />
とはいえ、缶詰や干物には塩分が多いものもあります。血圧が気になる方は、汁を切る・薄味を選ぶ・野菜や汁物でカリウムを足して帳尻を合わせるなどすると安心です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>青魚が苦手な人は、ほかの魚介類でも</h2>

<p>魚が苦手、アレルギーがある、家族が食べない――そんなときでもゼロにしないでください。</p>

<p>植物性のオメガ3（えごま油、亜麻仁油、くるみ）を使うという案もありますが、先ほどの研究では、植物由来のALA（オメガ3系脂肪酸）には死亡リスクとの明確な関連が見られませんでした。［1］つまり、これらで魚を完全に置き換えるのは難しいかもしれません。</p>

<p>現実的な落としどころとして、青魚が難しい場合は「魚介類を週2回食べる」という方法があります。サバやイワシなどが苦手でも、マグロ（ツナ）やサーモンなら食べられるという人も多くいます。これらにも青魚ほどでないにしろ、EPA・DHAが含まれます。</p>

<p>［１］Harris WS,Tintle NL,Imamura F,et al.Nat Commun.2021;12:2329.<br />
［２］Jayedi A,Shab-Bidar S,Eimeri S,Djafarian K.Public Health Nutr.2018;21:1297-1306.</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 17 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[歌島大輔 (整形外科医)]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ「心が折れやすい」のか？逆境に強い人が持つ、自己肯定感の育て方  加藤諦三（早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14377</link>
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			<description><![CDATA[逆境に強い人が持つ「レジリエンス」の正体を心理学的に解説。自分に嘘をつかない「自我の統合性」が自己肯定感を生む理由や、意識の矛先を変えて劣等感を克服する「注意の転換」の具体例をわかりやすく紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="加藤諦三氏は、自分に噓をついていると自己肯定感が持てないと説く。" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_heartpunch.jpg" width="1200" /></p>

<p>つらい現実に直面したとき、心が折れてしまう人と、自己肯定感を失わず、前に進める人がいます。その違いはどこにあるのでしょうか？<br />
心理学の世界で注目される「レジリエンス（逆境から立ち直る力）」の正体は、生まれつきの才能ではありません。<br />
本書では、過酷な環境を生き抜いた人々の事例をもとに、自己肯定感を生み出す「自我の統合性」の重要性と、劣等感にとりつかれた自分を変えるための「注意の転換」という具体的なアプローチについて解説します。</p>

<p>※本稿は、加藤諦三著『「なんとなく不安」が消える本』（PHP文庫）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分に噓をつかない人の強さ</h2>

<p>レジリエンス研究者のヒギンズの著作にたびたび出てくる、ダンという少年とシーボンという少女がいる。<br />
二人とも、ひどい親にあたってしまった子どもである。</p>

<p>ヒギンズはダンに「あなたは自分に誇りを持っているか」と問う（註1）。<br />
彼は誇りを持っていると言う。<br />
ダンはよりよい人生に向かって、自分は戦っていると分かっている。<br />
ダンは虐待に苦しめられる。父親の殴打が怖かった。<br />
ダンは殺されると思った。4歳くらいの頃である。<br />
ベッドの下に隠れた。<br />
小さかったので発見されなかった（註2）。</p>

<p>大切なことは、ダンもシーボンも「真実は自分たちを解放してくれる」と信じていた。自分には「もっとよい場所がある」と信じていた（註3）。<br />
彼らの状況は極限まで厳しい。しかし二人とも、戦っている自分に誇りを持っている。<br />
そこが犠牲者に甘んじて、悩んでいる人と違うところである。</p>

<p>ダンは極限まで厳しい状況の中で、人生を頑張って生きている。<br />
そして「僕は勝っても負けても、成功しても、失敗しても、その対処の仕方で自己肯定感を持てる」と言っている(註4)。<br />
ダンにとって大切なのは「かたち」でなく「こころ」である。<br />
そして、この「かたち」でなく「こころ」を大切にする態度から自己肯定感が生じている（註5）。</p>

<p>彼らが誇りを持てるのは、「自我の統合性」が確立しているからである。つまり自分に噓をついていない。<br />
「意識と無意識の乖離」がない。</p>

<p>そしてその「自我の統合性」は、自然と生じて来るものではなく、「達成された」ものである。<br />
自分の存在をしっかりと感じることは、レジリエンスのある人の生きる態度から来るものである。</p>

<p>「自我の統合性」が確立していない人、自分に噓をついている人の例である。<br />
夫が愛人のもとへ行ってしまった女性がいる。<br />
彼女は、「夫を信じて待っています」と言っている。<br />
辛い現実に対する、このような対処の仕方が問題なのである。<br />
無意識では夫に怒っている。<br />
だから、彼女の中には「意識と無意識の乖離」がある。<br />
この対処の仕方では、彼女は自己肯定感が持てない。<br />
自分の存在を確かなものと感じることはできない。<br />
彼女は「自我の統合性」が確立できない。</p>

<p>「私はこういう男と結婚した」、これが「人とは違った私固有の人生」である。<br />
そう決意して、「夫を愛人に奪われた」という現実に対処する。<br />
そして前に進む。</p>

<p>しかし彼女はそうしなかった。<br />
現実から目を背けた。<br />
「私は、妻を捨てて愛人のところに行ってしまうような、無責任な男と結婚した」という現実を認めなかった。<br />
彼女の場合は、ダンやシーボンと違って「自我の統合」が失われている。<br />
自分の存在感が確かでない。<br />
甘えた姿勢で「あれも欲しい、これも欲しい」と言っている人は、死ぬまで生きがいを感じることはない。</p>

<p>愛することではなく、愛されることを求め続ける人は、自分の人生に意味を感じることはない。<br />
ダンを恐ろしい虐待から救ったのは何であったか。恐ろしい虐待を癒してくれたのは何であったか。<br />
ヒギンズによれば、それは愛他主義である。</p>

<p>愛他主義は人を変える偉大な力を持っている。それは癒しにとって本質的なものであるのだろう（註6）。<br />
ダンはさまざまな困難に遭遇する。<br />
そして最後には、大洪水のような残虐さに打ち勝つことが、ダンを異常に強くした（註7）。<br />
誰もがこんなに強くなれるものではない。<br />
誰の心にもこんな強力なレジリエンスが育成されているのではない。<br />
しかし何が自分を強くするかという点を間違ってはいけない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>注意を向ける対象を変えると自分が変わる</h2>

<p>アメリカの心理学者シーベリーは『問題は解決できる』という本で、第二次大戦中のイギリスの女性消防隊長の話を紹介している（註8）。</p>

<p>彼女は生まれつきおとなしくて、困難に立ち向かう気力など全くなかった。家に閉じこもり、劣等感にとりつかれ、自分の存在に負い目を感じていた。<br />
そして自分の性格を嫌がり、容姿のことで悩み、考え方には自信が持てず、話をする時にはためらいがちであった。<br />
彼女はまるで、現代の日本の引きこもりの若者のようであった。</p>

<p>しかし戦いの火ぶたが切られ、イギリスに恐ろしい空襲が始まる。<br />
すると彼女は勇敢な消防士になる。<br />
爆撃されたビルから犠牲者を救い出す。</p>

<p>声は強く、目は輝き、彼女は揺るぎない自信に満ちていた。<br />
この奇跡はどうして起こったのか。<br />
いろいろなものを恐れてばかりいる彼女を、勇敢にしたものは何であったか。</p>

<p>「それは、今まで自分自身のことばかり気にしていた心を、自分を委ねた職務の方へ向けたことです。つまり注意を向ける対象の転換をはかったのです。自分自身の精神的、肉体的力を少しずつ目覚めさせ、それらの力を積極的な仕事へと投じたのです」<br />
とシーベリーは説いている。</p>

<p>（註1）&ldquo;This will either kill you or it will make you very strong.&rdquo;Gina O&rsquo;Connell Higgins, Resilient Adults-Overcoming a Cruel Past, Jossey-Bass Publishers San Francisco, 1994, p61.<br />
（註2）同前、p48.<br />
（註3）&ldquo;Both Dan and Shibvon certainly believe that the truth shall set you free. There is a better place to be.&rdquo;同前、p49.<br />
（註4）&ldquo;Whether I win or lose in whatever the situation is, I just feel good about the style in which I approach it.&rdquo; 同前、p62.<br />
（註5）&ldquo;He has achieved a highly differentiated and integrated sense of self.&rdquo; 同前、p62.<br />
（註6）&ldquo;Thus altruism holds great transformative potency and may be essential to one&rsquo;s healing from horrific abuse.&rdquo; 同前、p64.<br />
（註7）&ldquo;Finally, Dan feels that surmounting such potentially cataclysmic cruelty has rendered him unusually strong.&rdquo;同前、p64.<br />
（註8）David Seabury, Stop Being Afraid, Science of Mind Publications, Los Angeles,1965, 加藤諦三訳『問題は解決できる』1984年、三笠書房</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 17 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[加藤諦三（早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「独身税」と呼ばれる「子ども・子育て支援金」を正しく理解　国民全体へのメリットを考える  馬場順也（社会保険労務士）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14424</link>
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			<description><![CDATA[新制度「子ども・子育て支援金」の中身とは？社会保険労務士の馬場順也さんが解説してくれた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="子ども・子育て支援金とは" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizmoney.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年4月にスタートした「子ども・子育て金支援制度」。SNSなど一部では「独身税」と批判・揶揄されているこの制度によって、具体的に何がどのように変わったのでしょうか？大槻経営労務管理事務所の社会保険労務士、馬場順也氏に解説いただきました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「子ども・子育て支援金制度」とは</h2>

<p>2026年4月、新たな少子化対策の柱となる「子ども・子育て支援金制度」が動き出しました。これは「こども未来戦略（加速化プラン）」に基づいた制度です。2025年の出生数は約70万人と過去最低水準に落ち込みました。想定を上回るスピードで少子化が進むなか、人口減少を食い止めるには「2030年までがラストチャンス」とされています。今回の新制度は、まさにその少子化トレンドを反転させるためプロジェクトの財源を確保するものです。</p>

<p>「支援金」という名前から「子どもがいる家庭にお金が配られる制度」とイメージされるかもしれません。しかし、実態はむしろその逆です。子育て施策を拡充するため、私たち国民が広く負担を分かち合う仕組みです。国民は支援金として毎月一定の拠出金を納めることになります。</p>

<p>SNSやネット上では「子どもは社会全体で育てるものだ」と制度に理解を示す声がある一方、「独身税ではないか」「手取りが減るステルス増税だ」という厳しい声もやみません。さらに、この負担は従業員個人から徴収するだけではなく、雇用主である企業にも労使折半で同額の負担が求められるため、経営の現場からも大きな関心が向けられています。</p>

<p>この支援金制度は、実際に誰がどの程度負担するものなのでしょうか。そして、誰がどのような形で恩恵を受けるものでしょうか。本記事では、その全体像と実務的な影響を解説していきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>&ldquo;支援金&rdquo;なのに引かれる？名前が生む誤解</h2>

<p>支援金を「もらえるお金」だと思った人も多いのではないでしょうか。実際、この制度が誤解されやすい最大の理由はそのネーミングにあります。</p>

<p>これまでよく耳にしてきた「支援金」は、国や自治体から困ったときに振り込まれるお金を指してきました。たとえば、地震や台風などの自然災害で住宅が全壊するなど、大きな被害を受けたときに支給される「被災者生活再建支援金」です。最近の物価高騰の影響を受け、住民や企業に対して「物価高騰対策支援金」などの名前でお金を配るケースもありました。こうした背景があるため、今回もお金がもらえるのでは、と感じるのも自然な反応です。</p>

<p>しかし、今回の「子ども・子育て支援金制度」は性質が大きく異なります。現役世代から高齢者までの幅広い世代、そして企業から、社会全体で子育て世帯を支えるため、新しく拠出金（出し合うお金）を納付する仕組みです。</p>

<p>この支援金は健康保険料に上乗せするかたちで徴収されます。多くの会社の給与明細では、社会保険料の欄に子ども・子育て支援金という新しく控除項目が追加されているはずです。給与明細を見て、身に覚えのない新しい項目でお金が控除されていれば「ステルス増税」「手取りが減った」と批判の声が上がるのも無理はありません。一方で、この子ども・子育て支援金がどのような影響を及ぼすのか、何が変わるのか、制度の中身を具体的に見ていきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>払うだけじゃない。支援金はどう還元されるのか</h2>

<p>この制度は、子どもがいても、子ども・子育て支援金という名前のお金が直接振り込まれる仕組みではありません。そのため、この事実だけを聞くと、多くの人が「払うだけで何も戻ってこないのでは」と感じてしまうことも無理はありません。しかし、実際には、特定の個人に直接配るのではなく、子育てに関する施策を通じて私たちの生活に還元される設計になっています。</p>

<p>最も恩恵を実感しやすいのは、既存の手当や給付の拡充です。たとえば、子育て世帯の家計の応援として児童手当が支給されていますが、所得制限が撤廃され、支給対象も高校生の年代までに延長されました。これにより、多くの子育て世帯が継続的に支援を受けられるように見直されています。</p>

<p>共働き世帯への支援も手厚くなっています。育児休業中の所得を補償する育児休業給付金は、両親がともに14日以上の育児休業を取得したときには、給付率が80%へと引き上げられます。社会保険料の免除や、給付金の非課税措置を考慮すると、条件によっては休業中の手取り100%相当が保証される計算です。</p>

<p>さらに、子どもが2歳になるまで時短勤務を選択した際、賃金の10%相当が支給される時短就業給付も新設されました。</p>

<p>妊娠届出時や出産届出時に一定額が支給される出産・子育て応援交付金などの仕組みが整備されています。他にも、親の就業条件を問わずに保育を利用できる「こども誰でも通園制度」の開始など、支援金は負担の大きい子育て世帯の負担を減らすために使われています。これらは、支援金を財源の一部として、子育て世代を社会全体で支えるための重要な施策です。</p>

<p>毎月の負担は給与明細ではっきりと見える一方で、これらの恩恵は一定の条件に当てはまったときに受けられるため、実感が湧きにくいことが難点です。しかし、支援金は給与から引かれるだけのものではなく、制度のなかで確実に還元されています。</p>

<p>大切なのは、拡充された手当や新設されたサービスを、必要なタイミングで確実に活用していくことです。制度の中身を正しく理解して、自身のライフステージに合わせて制度を把握しておくことが重要です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>全世代で分かち合う未来のコスト。支援金の負担と還元。</h2>

<p>この支援金の特徴は、子育て世代や現役世代だけではなく、社会全体で負担を分かち合う点にあります。自営業やフリーランスが加入する国民健康保険、75歳以上の後期高齢者医療制度の加入者に至るまで、医療保険に加入しているほぼすべての国民が、健康保険料とあわせて支援金を拠出する仕組みになっています。</p>

<p>現役世代が加入する被用者保険の場合は、令和8年度の支援金率は0.23%とされています。標準報酬月額や標準賞与額にこの料率をかけて負担額が決まります。ただし、従業員個人と雇用主である企業で労使折半となるため、従業員個人の負担率はその半分の0.115%となります。</p>

<p>具体的に、標準報酬月額が30万円の従業員を例に挙げると、負担額は以下の通りとなります。<br />
300,000円&times;0.115%＝月額345円</p>

<p>なお、支援金率は令和10年まで段階的に引き上げられる計画であり、企業側も同額を負担していく点には、経営の観点からも注意が必要です。</p>

<p>前章で触れたとおり、この制度は社会全体で子育てを支えるという仕組みです。そのため、独身世帯や子どもがいない家庭にとっては、目に見える形で直接的な現金還元はありません。SNSなどで「独身税」といった厳しい声が上がる背景には、このような構造があるといえます。</p>

<p>しかし、この制度は月数百円の損得だけで評価できるものでもありません。この制度が成功して日本全体で子どもが増えることになれば、長期的な視点から恩恵を受けることもできます。</p>

<p>日本の公的年金制度は、現役世代が現在の年金受給者を支える「賦課方式」をとっています。次世代の人口が増えるということは、将来私たちが年金を受給する際の担い手を確保し、社会保障制度を安定させることに直結します。</p>

<p>また、深刻な労働力不足の解消や、人口減少に歯止めがかかることで、日本経済全体を維持・発展させる可能性を考えると、間接的に大きな恩恵を受けることになります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>制度の是非より正しく理解することが重要</h2>

<p>子ども・子育て支援金については、その実効性や公平性をめぐり、今後も様々な議論が続いていくでしょう。実際に、負担の在り方や制度設計に対しては賛否が分かれているのも事実です。</p>

<p>一方で、制度の是非とは別に、すでにこの仕組みが始まっている以上、私たち一人ひとりがその内容を正しく理解しておくことには意味があります。負担の仕組みや、還元されてくるルートを正確に把握することは、自分自身の生活を守るための第一歩と言えます。</p>

<p>まずは正しく知ることが、出発点になっていくのではないでしょうか。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 16 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[馬場順也（社会保険労務士）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「一緒にいて気持ちいい人」と「しんどい人」の違い　その差は「正直さ」だった  有川真由美（作家/写真家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14457</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014457</guid>
			<description><![CDATA[一緒にいて気持ちいい人には、相手から信頼される特徴がある――気持ちいい人が持つ3つの特徴を作家の有川真由美さんが解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="有川真由美著『一緒にいると楽しい人、疲れる人』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_couple.jpg" width="1200" /></p>

<p>一緒にいるだけで疲れてくる人もいれば、安心したり、元気にしてくれたりする「気持ちいい人」もいる。そんな一緒にいたくなる人には共通点があると、作家の有川真由美さんはいいます。</p>

<p>では、どのような特徴を持つ人が、人から信頼されて傍にいたくなるのか――本稿では、その共通点を紐解いていきます。</p>

<p>※本稿は、有川真由美著『一緒にいると楽しい人、疲れる人』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大切な人と話をするときは、スマホのことは忘れよう</h2>

<p>「あの人といると気持ちがいい」と思う人は、自分のことを大切に扱ってくれる人です。友人は、食事中は家族全員、スマートフォンとテレビを見ないルールを実践しています。</p>

<p>私も何度か一緒に食事をしたことがありますが、それまでスマホを見たり、音楽を聴いたりしていた高校生の娘たちも、食事中はみんなの会話に入って、とても賑やか。友人は「食事は家族にとって大切な時間なのに、料理をちゃんと味わわなかったり、人の話を聞かなかったりして、ほかのことをするのは失礼でしょう？」と言うのです。</p>

<p>そんなルールは、相手を尊重する普段の行動にもつながっているようです。あたりまえの礼儀が、家族や親しい友人など身近な関係では、つい疎かになってしまいがちです。身近な関係だから許してもらえると、つい甘えてしまうのです。</p>

<p>こんな人はいませんか？</p>

<p>仕事関係者と会うときはスマホを見ることはないのに、友達と会うときはスマホをいじっている。新しい友人とはマメに連絡をとるのに、家族やお世話になった人、古い友人には連絡をしない。形式的なつき合いは大事にして、そばにいる人を大事にしない......。</p>

<p>本当は、いちばん身近にいる人ほど、気を配り、大切にするべきなのです。自分を大切にしてくれる相手には、同じように大切にしようと思います。私たちが、話を聞いてほしいとき、困ったとき、助けてほしいときなど、支えてくれるのは、遠い関係の人ではなく、やはり、身近にいる人たちです。</p>

<p>小さなことでいいのです。約束や時間を守る。疎遠になっていた恩のある人に連絡をする。相手がよろこびそうなものを贈る。困っていそうなときは声をかける......というように。身近にいる人が、なにもせずに大切な人になるわけではありません。草木を育てるように、心を配り、手間をかけていく時間が積み重なって、相手はかけがえのない人になるのです。</p>

<p>「相手に少しでもよろこんでほしい」「少しでもよくなってほしい」「少しでも安心してほしい」......。そんな思いやりを注ぐことは、相手だけでなく、自分の心をほかほかと温めてくれます。</p>

<p>一緒にいて気持ちのいい人は、ちょっとした心遣いを忘れない人です。まずは身近な人と話すとき、ほかのことをしないで、ちゃんと話を楽しんでみませんか？</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>相手の返事が鈍くなったら「ストップ！」の合図</h2>

<p>気持ちのいい人とは、お互いの距離感が自然にわかってつき合える人です。相手を自分の都合に無理に巻きこまないし、相手を尊重して見守り、求められたときや困ったときに、そっと手を差し伸べてくれます。相手のことを大切に思っているから、「ここから先に踏みこんだら、関係がこじれやすい」という境界線をわかっているものです。</p>

<p>古い友人などに、自分の関わっている仕事の商品を勧められたり、なにかの組織に勧誘をされたりすると、少し複雑な気持ちになります。「自分がいいと思うものを相手に勧めたい。だってあなたのためにもぜったい、いいことだから」という気持ちはわかります。</p>

<p>でも、おいしいお店を薦めるのとはわけが違う。「あなたのために」と言われて、素直に受け取る人もいるけれど、「結局、そっちの利益のためでしょう」と思う人もいるはずです。安心して生きていける、心の&quot;パーソナルスペース&quot;ともいえる領域を保ってあげるのが、礼儀というもの。そこに人が土足でずかずかと入っていくと、心の安全を脅かされ、相手は居心地の悪さや圧迫感を覚えてしまうのです。</p>

<p>トラブルの原因は、この領域を侵してしまったからということが多いものです。頼ったり頼られたりするのはいいことですが、お互いに気持ちのいい範囲が大切です。</p>

<p>お金の貸し借りをしない。または借りてもすぐに返す。身近な人であっても勝手に引き出しやメールなどプライベートのものを見ない。相手の恋人や家族、人の生き方について意見しないなど、相手の安心できる領域を侵さないよう気をつけたいことがあります。入ってきてほしくない領域は、人それぞれ。初対面でも意気投合して近い距離になることもあれば、長い間つき合っても距離感があることもあります。</p>

<p>会話をしていて、「うーん......」と返答が鈍くなったり、表情が曇ったりしたら「ストップ！」という合図。さっと引っこめたり、話題を変えたりするのがお互いのため。いきなり距離を縮めるのではなく、少しずつ親しくなっていくのが、安心できるプロセスです。</p>

<p>ただ、相手に合わせようとしすぎて緊張したり、ギクシャクした振る舞いになっては疲れてしまいます。あまり難しく考えず、自分らしくコミュニケーションをとりながら、お互いに笑顔で話せる距離感を見つけていくといいのではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>信頼されるためには&quot;正直&quot;に</h2>

<p>私たちは、正直な人と会うと、気持ちがいいと思うものです。「正直者はバカをみる」「バカ正直」なんて言葉があり、噓をついてでもうまく立ち回ったほうが賢く、得をしていて、正直な人は損をしているように言われます。</p>

<p>しかし、正直な人は、一瞬は損することがあっても、人生を通じては、かなり得をしているのではないでしょうか。なぜなら、正直な人は信頼できるため、安心して、一緒にいられるからです。人間は、無意識に、自分にとって「危険なのか、安心できるのか」を感じ取っています。</p>

<p>長年、保険のトップ営業をしている友人が、こんなことを言っていました。</p>

<p>「商品によって、相手にとってのメリットだけでなく、デメリットになる点も、正直に説明すると、相手は安心して、話を聞いてくれるようになる」</p>

<p>都合の悪い点は、言わなかったり、適当にごまかしたりするよりも、正直に伝えたほうが気持ちよく感じられ、信頼もできます。まさに「正直は最善の策」です。また、「ほんとう？」と勘繰ってしまう自慢話をする人や、建前しか言わない人よりも、うまくいかなかったことや、恥ずかしいことなども、本音で語ってくれる正直な人のほうが、たいてい、話が面白く、好感がもてるものです。</p>

<p>正直な人は、言葉と行動が一致して矛盾がないので、コミュニケーションがスムーズ。「そのままの自分でいい」というオープンな姿勢なので、堂々と人と接します。あとで噓やごまかしがバレて対人関係がギクシャクしたり、噓によるストレスを抱えたりすることもありません。噓をつかないほうが、気がラクなのです。</p>

<p>西洋のことわざに、「1日だけ幸せでいたいなら、床屋に行け。(中略)1か月だけ幸せでいたいなら、結婚をしろ。(中略)一生幸せでいたいなら、正直でいることだ」とあります。正直な人は、良好な人間関係だけでなく、平穏な心や自尊心も手に入れられるのです。</p>

<p>ただし、「噓も方便」ということわざもあります。私は、人を傷つけないための噓と、あとに引きずらない噓なら、必要なときはOKということにしています。正直に伝えすぎると、人に心配をかけてしまうこともありますから。</p>

<p>気持ちのいい正直さとは、人と自分を信頼しているから、自然に生まれるもの。正直な人は自然体であり、肩の力が抜けているので、接する人も気持ちいいのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_couple.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 16 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[有川真由美（作家/写真家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「迷惑かも」「きっと忙しいから」 遠慮がちな人が他人を頼るときのコツ  三上ナナエ（研修講師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14361</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014361</guid>
			<description><![CDATA[「頼る＝迷惑」と考えがちですが、お願いする選択肢を持つことで心がラクになることも。三上ナナエさんが人を頼るメリットを解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="三上ナナエ著『控えめでも存在感のある人がしていること』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizMTG.jpg" width="1200" /></p>

<p>「きっと忙しいだろうから、自分1人で解決しよう」――相手に相談する前から自分だけで抱え込んでしまい、心が疲弊してしまったという経験はありませんか？</p>

<p>数多くの研修講師を務める三上ナナエさんは「頼らない＝気遣い」と考えていたそうですが、とある経験をして「お願いできる選択肢を持つこと」の大切さを実感したとのこと。本稿では、その経験で得た気づきやお願いする時のコツを紹介していただきます。</p>

<p>※本稿は、三上ナナエ著『控えめでも存在感のある人がしていること』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「お願いする」という選択肢を持つ</h2>

<p>◎お願いすることでうまくいく</p>

<p>控えめな人は、頼めないから困っているわけではありません。頼めないままでも仕事はこなせますし、人間関係も壊しません。むしろ周囲からは「自分でコツコツ進めることができる人」と評価されることもあります。</p>

<p>それでも、どこかで疲れがたまっていきます。言わずに引き受け、察して動き、調整を続けるうちに、「本当は少し助けてほしかった......」という気持ちが置き去りになるからです。実は、控えめな人にとって「お願いすること」は、ただ単に楽をするための手段ではありません。関係性の中で、自分の存在を正直に出す行為です。</p>

<p>では「お願いができない」とはどのような状態なのでしょう。それは、「私はここまでなら大丈夫です」「ここから先は一人では難しいです」その線引きを、相手に伝えていない状態です。</p>

<p>線引きが共有されないまま関係が続くと、相手にとってあなたは「この人は何も言わない人」になり、あなたにとって相手は「わかってもらえない人」になっていきます。悪意はなくても、このすれ違いの溝は少しずつ広がってしまうのです。</p>

<p>◎手札のカードを1枚増やすイメージ　</p>

<p>お願いは、そのすれ違いを防ぐための静かな合図です。</p>

<p>「ここから先は、あなたの力と判断を借りたい」</p>

<p>そう伝えることで、関係性は一方通行ではなくなります。「困っているから頼む」ではなく「一緒にやったらもっと良くなるかも」というスタンスです。お願いすることは、無理に強くなる方法でも、遠慮をやめる訓練でもありません。</p>

<p>遠慮がちで控えめな人が本来持っている、</p>

<p>・相手を尊重する力</p>

<p>・関係を壊さない感覚</p>

<p>・慎重に言葉を選ぶ知性</p>

<p>それらを土台にしたまま、「お願い」というカードを選択肢として持つこと。そのカードの正しい使い方さえマスターすれば、仕事がよりスムーズに進んだり、相手との関係性が向上したり、今よりももう少し違う景色が見えるはずです。</p>

<p>上手なお願いができるようになると、心の中で期待しながら仕事を抱え込むのではなく、人と協力しながら仕事を分け合って進めることができるようになります。遠慮がちで控えめな人がお願いできるようになることは、弱さを見せることではありません。関係性を、少しだけ対等に整えることです。</p>

<p>＜POINT＞</p>

<p>「控えめな人」の「お願い」は関係性を対等にするための手段でもある</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>相手の負担を、勝手に想像しすぎない</h2>

<p>◎「忙しいかも」「迷惑かも」は、ただの仮定</p>

<p>お願いごとをする前に、まず相手の立場を思い浮かべてしまいませんか？</p>

<p>「忙しいかもしれない」</p>

<p>「迷惑に感じるかもしれない」</p>

<p>「断りづらい状況にさせたら申し訳ない」</p>

<p>その想像力自体は、とても尊いものです。ただ、この想像が行きすぎると、お願いをする前に、自分の中で話を完結させてしまうことがあります。</p>

<p>実は私自身も、お願いをするのがとても苦手でした。</p>

<p>「きっと忙しいだろうから」</p>

<p>「きっと迷惑に感じるだろうから」</p>

<p>そう考えて、相手に確認する前に、自分で結論を出してしまっていたのです。当時の私は、それを「気遣い」だと思っていました。相手の負担を増やさないために、自分が我慢すればいい。そうやって、お願いを飲み込むことを選んでいました。</p>

<p>あるとき、仕事で資料作成に行き詰まったことがありました。ほんの少し、経験のある人に意見をもらえれば前に進めそうな状況でしたが、「今は忙しそう」「声をかけるタイミングではない」と、頭の中で相手の状況を勝手に組み立て、結局誰にも相談せずに進めてしまいました。</p>

<p>結果は、遠回り。時間もかかり、仕上がりにも自信が持てませんでした。後日、その相手に何気なくその話をすると「それくらいなら言ってくれればよかったのに」と、あっさり言われたのです。責められることもなく、むしろ少し残念そうな表情でした。そのとき初めて、「私は相手を思いやっていたつもりで、相手の気持ちを決めつけていたのかもしれない」と気づきました。</p>

<p>◎「お願いするかどうか」より「お願いの仕方」がカギ</p>

<p>遠慮がちで控えめな人は、想像力が豊かです。相手の立場に立つのが自然にできる分、「きっとこう感じるはずだ」という結論に早くたどり着きます。でも、その結論は、あくまで自分の中の「仮説」にすぎません。本当の負担かどうか、本当に困るかどうかを決められるのは、相手本人です。</p>

<p>お願いをすることは、相手に負担を押しつけることではありません。お願いを出すことで初めて、相手は「今は難しい」「その条件ならできる」「少しなら手伝える」と判断ができます。つまりお願いとは、相手に選択肢を渡す行為でもあるのです。</p>

<p>この視点に気づいてから、私はお願いの仕方を少し変えました。すると不思議なことに、断られても納得できますし、引き受けてもらえたときは、相手の意思で選んでもらえたという安心感が残ったのです。</p>

<p>遠慮がちで控えめな人の優しさは、「言わない」ことで完成するわけではありません。相手を信じて伝え、判断を委ねるところまで含めて、配慮です。「きっとこうだろうから」と決めてしまう前に、一度だけ相手に委ねてみる。その小さな一歩が、お願いをぐっと軽くしてくれます。</p>

<p>＜POINT＞</p>

<p>「控えめな人」の「思いやり」はときに相手への「決めつけ」にもつながるので注意</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>これでもう迷わない！「お願いの仕方」</h2>

<p>◎お願いは「最小単位」で渡す</p>

<p>お願いが苦手な人ほど「どう言うか」を考えすぎて、言葉が長くなったり、逆に言えなくなったりします。でも実は、お願いが通りやすい人は、特別な話術を使っているわけではありません。使っているのは、シンプルな「言葉の枠」です。</p>

<p>この枠があると、お願いはぐっと軽くなります。なぜなら、相手が「どう受け取ればいいか」を迷わなくなるので、相手の負担が減るからです。ポイントは、次の2つです。</p>

<p>①「用件」を小さく区切る</p>

<p>遠慮がちで控えめな人は、お願いをひとつの「大きな塊」として差し出しがちです。「ちゃんと説明しなければ」「理由も理解してもらわなければ」と考えすぎて、結果的に相手の負担を大きく見せてしまいがちです。そこで意識したいのが、お願いを「最小単位」にする（見せる）ことです。</p>

<p>&times;「重要な案件についてご相談があって、まずは私から全体を説明させていただきたく......そのうえで見ていただきたいのですが......」</p>

<p>〇「ご相談なのですが、まずこの資料の1ページ目だけ見ていただくことはできますか。出だしが重要なのでぜひご意見をいただきたいです」</p>

<p>お願いは、最初から広げて見せると相手は構えてしまいます。「どこまで求められるのかわからないお願い」は、それだけでハードルが上がります。ですので、入口は最小単位で。お願いは、相談次第であとから広げることもできるので、最初に大きく見せるのは避けましょう。</p>

<p>②相手に「判断基準」を渡す</p>

<p>お願いが通りやすい人は、相手に丸投げをしません。その代わり、判断しやすい材料を一緒に渡します。たとえば...</p>

<p>「5分程度で構いません」</p>

<p>「今日難しければ、明日でも」</p>

<p>これは「遠慮」ではなく「配慮」です。相手は「引き受けるかどうか」だけでなく、「どの条件なら引き受けられるか」を考えられるようになります。遠慮がちで控えめな人ほど「断られたらどうしよう」と考えますが、実際に多いのは「ただ条件が合わなかっただけ」のケースです。判断基準を渡すことで「断り＝拒否」になりにくくなります。</p>

<p>◎「遠慮がちで控えめ」と「曖昧」を混同しない</p>

<p>小さく頼むこと。そして、判断基準を添えること。お願いが通りやすくなる「言葉の枠」を少し意識してみましょう。たったこれだけで、お願いする内容は同じでも、相手に考えてもらえる率が上がります。その際に注意したいのは、控えめな聞き方でもいいから、内容は「曖昧」にしないこと。</p>

<p>「失礼します、この企画書のタイトル案だけ『わかりやすさ』の観点で一言いただけると助かります。来週の会議前までで大丈夫です」</p>

<p>控えめですが、曖昧ではありません。遠慮がちで控えめな人にとって大切なのは、「うまくお願いしよう」とすることではなく、曖昧な部分を減らし、相手が判断しやすい形に整えることなのです。</p>

<p>＜POINT＞</p>

<p>「控えめな人」がお願いするときは「具体的」だと相手も引き受けやすくなる</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 16 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三上ナナエ（研修講師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>成果を出す人ほど「自分にはできない」とあっさり認める理由  三上美幸（おうち起業コンサルタント）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12390</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012390</guid>
			<description><![CDATA[「自分にはできない」と認めることが、「すぐやる人」になるためのステップ。すぐやることの重要性を説く三上美幸さんに教えていただきます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="すぐやる人" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizman50.jpg" width="1200" /></p>

<p>完璧主義者に多い、先延ばしの常習化。おうち起業コンサルタントの三上美幸さんは「すぐやること」の重要性を著書『結局、「すぐやる人」がうまくいく』にて力説してます。</p>

<p>すぐやる人になるための第一歩として、「自分にはできないこと」を認めることだと語りますが、それは何故でしょうか？同書より紹介します。</p>

<p>※本稿は、三上美幸著『結局、「すぐやる人」がうまくいく』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人の力を借りれば、成果が最大化する</h2>

<p><img alt="自分ができないことを認めると成果が上がる仕組み" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250520mikamimiyuki01.jpg" width="1200" /></p>

<p>「すぐやる人」になるためには、完璧主義から抜け出すことが重要です。</p>

<p>完璧主義から抜け出すには、「自分にはできないことがある」と認めることです。自分は万能な人間ではないと自覚することが重要です。</p>

<p>多くの人は完璧でなければならないという考えに縛られ、できない自分を許せずに苦しんでしまいます。自分の限界を受け入れ、「非力であること」を認めることができれば、気持ちがラクになります。</p>

<p>自分が「得意でない」「できない」作業や仕事を認めることは、実は強みになります。「自分は事務作業が苦手」と認め、「得意な人に頼ろう」と思えるようになれば、こっちのもの。無理にすべてを自分で抱え込まなくなることで、物事がスムーズに進むようになるからです（図表参照）。</p>

<p>自分ができない仕事を認めることは、負けることではありません。適切に人の力を借りることで成果を最大化する知恵です。</p>

<p>私も以前は「自分ですべてやらなければならない」という思いが強く、完璧を求めてしまう傾向がありました。すると、自分の能力を超えたことや苦手なことに取り組む際に苦しくなるばかり。仕事はなかなか進みませんでした。</p>

<p>あるとき、「自分は非力である」と認めたことで、他の人への協力を素直に求められるようになりました。その結果、仕事の進み方がスピードアップし、効率化でき、成果も出せるようになったのです。</p>

<p>自分の得意・不得意を理解し、不得意なことに固執せずに適切な判断をすることが大切です。完璧を目指すよりも、適切に役割を分担し、必要なところでサポートを受けることで、無駄なストレスを減らしながら成果を出しましょう。</p>

<p>また、「自分ができないこと」を認識すると、次のようなメリットもあります。</p>

<p>【「できないこと」を認識する４つのメリット】</p>

<p>①自己成長の機会を得られる<br />
「できない」部分を把握することで、伸ばせばいいポイントが明確になる。成長のために必要なスキルを学びやすくなる。</p>

<p>②心理的な負担が軽くなる<br />
何もかも完璧にこなそうとするプレッシャーから解放され、ストレスが軽減される。</p>

<p>③謙虚になるため、信頼を得やすくなる<br />
できないことを認める姿勢そのものによって、周囲からの信頼を得やすくなる。</p>

<p>④新しい視点やアイデアを受け入れやすくなる<br />
「自分にはできないことがある」と認識することで、他人の意見や新しいアイデアに耳を傾けやすくなる。</p>

<p>「自分にはできない」「自分は非力だ」と認めることで完璧主義から抜け出せる上、多くのメリットがあります。周囲の力を借りて、柔軟に物事を進められるようになるため、すぐに行動に移せる力が身につき、より多くのチャンスをつかめるようになるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ひとりで何もかもできる」と思うのはおこがましい</h2>

<p><img alt="人の手を借りる一例" height="1655" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250520mikamimiyuki02.jpg" width="1200" /></p>

<p>「自分は学生時代、成績も悪かったし、ひとりでビジネスをやるなんておこがましい」。これは、私が起業したときにブログに書いた一文です。</p>

<p>起業時は、最初から「人の手を借りる」ことが前提で、知人と2人でスタートしました。</p>

<p>この考えのベースはいまも変わりません。人の手を借りることが、ビジネスや日常生活において非常に重要だと考えています。自分の苦手なことや時間を取られる業務を他者に任せることで、より動きやすくなります。</p>

<p>すべてを自分でやろうとすると、結局、時間が足りなくなったり、ストレスを抱えたりすることが多くなります。起業となれば、なおさらです。</p>

<p>自分ひとりでこなせる仕事量には限界があります。他者の力を借りれば、自分は得意なこと、やりたいことに集中でき、事業の成長を加速できます。</p>

<p>会社員時代の私は「振られた仕事は自分ひとりでやるのが当然」と考えていました。その結果、「抱え込みすぎ」で、仕事以外の悩みもあり、負のスパイラルに入って、うつ病を発症したのです。</p>

<p>その経験から学んだのは、自分ひとりの力には限界があるということ。そこで、起業後は抱え込みに注意し、積極的に人の手を借りることにしました。結果として、ビジネスがスムーズに進むようになりました。</p>

<p>私が実際に人の手を借りてきた例を上の図表にまとめました。あくまで私の例ではありますが、考え方自体、どんなことにも応用が効きます。ぜひ、ご自身の環境に照らして、人の力を借りるコツを身につけてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ただし、アドバイスをくれる人の時間を奪わない</h2>

<p>すばやく行動し、仕事を円滑に進めるために、自分で解決できないことは適切に他者を頼るべきだと私は考えています。行き詰まったときは、途中でもアドバイスを求めるのが効果的です。</p>

<p>ただし、相手の時間は尊重します。何でも聞いていては、相手の仕事を中断させたり、その人の時間を奪うことになります。配慮が必要です。まずは自分で調べ、それでも解決しない場合に相談します。</p>

<p>たとえば、Excelの計算方法がわからないとき、ネット検索をしても解決しなければ、その段階ではじめて人に聞きましょう。</p>

<p>事前に「少し質問してもいいですか？」と伝えると、相手の負担を減らせます。</p>

<p>また、頼ったあとには必ず「おかげさまで、わかりました！」「ここまでできました」と、事後報告をするとともに感謝を示します。簡単なお礼を伝えるだけでもいいのです。良好な人間関係を築けます。</p>

<p>私のコンサル受講生の中には、助けてもらった際にお菓子を渡して感謝を伝える方もいて、ちょっとしたお礼が助け合いにつながっています。</p>

<p>まずは自力で問題を解決するために、検索スキルを磨くことも重要です。私はそんなにパソコンが得意ではありませんが、検索ワードを工夫し、問題解決する努力をしています。たとえば、パソコンのメーカー名が思い出せないとき、「パソコンロゴ四角」と検索すると、必要な情報が見つかることがあります。</p>

<p>思いついたキーワードを入れて検索すると、ヒントになりそうなホームページが見つかります。そこからキーワードを拾って検索する。これを3回繰り返して、わからないときには、誰かに聞くようにしています。</p>

<p>無闇に質問せず、自分で調べる努力をし、相手の時間を尊重することが大切です。このバランスを意識すると良好な人間関係を築け、円滑な業務遂行ができます。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 16 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三上美幸（おうち起業コンサルタント）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>学校を休みたがる小1娘...共働きで仕事優先になる罪悪感（働く女性のための相談室）  藤井雅子</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12400</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012400</guid>
			<description><![CDATA[月刊誌『PHPスペシャル』の連載「働く女性のための相談室」より。言葉遣いの悪い上司と働く方より寄せられた悩みに、公認心理師の藤井雅子さんがアドバイスします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="働く女性のための相談室" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_confusion.jpg" width="1200" /></p>

<p>月刊誌『PHPスペシャル』での連載「働く女性のための相談室」に寄せられた、娘より仕事を優先しているのではないかと不安な方からのお悩み。公認心理師の藤井雅子さんがアドバイスします。</p>

<p>※本記事は月刊誌『PHPスペシャル』2024年5月号より抜粋・編集したものです<br />
※記事内の写真はすべてイメージです</p>

<p>【回答者・藤井雅子（ふじい・まさこ）】<br />
&nbsp;公認心理師。女性のためのカウンセリングルーム 「メンタルエステ ココロの部屋」 主宰。感情のコントロール、コミュニケーション、アダルトチルドレンのサポートがライフワーク。著書 に「ココロを軽くする考え方のレシピ」 (清流出版)などがある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>Q　【相談】娘より仕事を優先してしまう</h2>

<p>小学1年生の娘が学校を休みたがる日が続き、困っています。理由を訊いても話してくれず、泣いて嫌がる娘を無理やり送り出す日々。娘の気持ちを尊重し、休ませてあげたい気持ちは山々なのですが、共働きかつ実家が遠く、学童は放課後だけという今の環境では難しいです。ベビーシッターを雇う金銭的な余裕もなく......。自分が娘よりも仕事を優先しているようで、悲しくなります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>A　【回答】夫との協力体制を強化＆子供の安心を確保して</h2>

<p>仕事か子供か。悩ましいですよね。特に日本では女性に負担がかたよりやすいので、親の協力が得られない共働きの場合は、本当に大変だと思います。そうした状況はよくわかるので、なんとかお力になりたいのですが、残念ながら私は子供の心理には詳しくなく、今回は複数の専門家から得た情報をお伝えします。</p>

<p>共通していたのは、子供が学校に行きたがらないのは「最終段階のSOS」なので、無理に行かせるのは危険だということ、すぐに理由を聞くのは本人を追いつめてしまうということでした。たしかにこれが大人なら、私も受診や休職を勧めます。</p>

<p>子供に問題行動があるとき、親はその子に問題があると思いがちですが、そうでない場合も多く、心理療法の中には「家族間の問題が、一番弱い子供に症状として現れる」という考え方もあります。</p>

<p>実際、夫婦関係は子供の精神状態に大きく影響します。まずは夫との協力体制を強化し、子供の安心を確保しましょう。</p>

<p>大事なのは、親が子の安全基地であること。子供が好きなことにつきあったり、ほめてあげたりして、いつでも話せるような安心できる雰囲気づくりを心がけ、もし話しはじめたら、子供のペースに合わせて辛抱強く聞いてあげましょう。小学1年生ではまだうまく説明できなくて当然なので、原因探しは急かさずに、ゆっくりと。</p>

<p>最近の傾向として、子供に発達などの問題があって、周りになじめていなかったり、いじめられていたりすることも考えられます。</p>

<p>いずれにしても、ぜひ担任の先生やスクールカウンセラーなどに相談し、利用できる制度やサービスなどがないか尋ねてみましょう。学校が頼りにならなければ、ご自身でもいろいろ調べてみてください。勤務先に使える制度があるかもしれません。</p>

<p>今は、親子ともにいちばん苦しいときだと思います。だからこそ、関係者全員で知恵を絞って、チーム体制で協力し合いましょう。どうぞ、ご自身のケアも忘れずに。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_confusion.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 16 Jun 2026 07:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[藤井雅子]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>『税金で買った本』が描く容赦ないリアル 「図書館の本に手紙を挟まれたら困る！」  ずいの（漫画家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14312</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014312</guid>
			<description><![CDATA[ドラマ・アニメ化で話題の漫画『税金で買った本』原作者・ずいのさんにインタビュー！元図書館職員だからこそ描ける、知られざる現場のリアルとヤンマガ連載の舞台裏に迫る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』7巻「むらさきのスカートの女」より）" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260609Zuino02.jpg" width="1200" /><br />
(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』7巻「むらさきのスカートの女」より）</p>

<p>『週刊ヤングマガジン』で連載中の『税金で買った本』（ヤンマガWeb）は、ヤンキー高校生の主人公がひょんなことから図書館で働くようになり、個性豊かな職員や図書館の利用者と触れ合いながら成長していく姿を描いた、今大注目の図書館お仕事漫画です。実写ドラマ化・アニメ化も決定し、さらなる盛り上がりを見せています。</p>

<p>本作の大きな魅力といえば、読者をハッとさせるような圧倒的なリアリティ。今回は元図書館職員でもある、本作の原作者・ずいのさんにインタビューを行いました。作品の誕生秘話や、作中で描かれる「図書館のリアルな描写」の裏側に迫ります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自治体ごとに異なる細かなルール<img alt="『税金で買った本』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260603zuino12.jpg" width="1200" /></h2>

<p>――『税金で買った本』では、図書館のディープな内部事情まで描かれていますが、図書館関係者からの反響はいかがでしたか？</p>

<p>【ずいの】深く共感してくださる方もいれば、「うちの図書館ではちょっと事情が違うよ」という感想をいただくこともありました。自分が図書館に勤めていた当時の経験をベースに描いている部分が多いのですが、漫画として世に出て色々な方に読んでいただくと、図書館ごとの違いが見えてきたんです。</p>

<p>――具体的にはどのような違いがありましたか？</p>

<p>【ずいの】例えば、借りた本の「延長手続き」のルール一つとっても、全国一律ではないんです。私の勤めていた図書館や、普段利用している図書館では、延長手続きをした本を再度延長したい場合、次に予約している人がいなくても「一旦返却する」というルールだったんです。</p>

<p>でも、「次に予約している人がいないなら、何回でも続けて延長できる」という対応をとっている図書館もあると知って驚きました。図書館によって細かなルールが違うので、もっと他の図書館の取材もしないといけないなと感じています。</p>

<p>――作中では、正規職員と非正規職員の待遇格差についても描かれています。『税金で買った本 公式ファンブック』では、「非正規職員が全体の77％を占める」というデータが載っていて衝撃を受けたのですが、こういったシビアなテーマを踏み込んで書くことに、ためらいなどはなかったのでしょうか？</p>

<p>【ずいの】ためらいはなかったですね。私自身、非正規雇用の問題に関しては「どうしても変わってほしい」という強い気持ちがあったので、漫画の中でしっかりと描くべきだという使命感を持っていたんです。</p>

<p>――本作を読んで初めて、この現状について知る読者は多いかと思います。圧倒的なリアリティで描かれている本作ですが、『週刊ヤングマガジン』という、一見すると毛色が異なるようにも思える媒体で連載されています。ヤンマガ読者の皆さんからはどのような反応が届いていますか？</p>

<p>【ずいの】最初は「ヤンマガの読者層に受け入れられるかな」という不安もありましたが、皆さん非常に温かく読んでくださっています。基本的には1話完結のスタイルなので、さらっと気軽に読めるのが良いのかもしれません。</p>

<p>しかし、夏休みの読書感想文をテーマにした回（『税金で買った本』11巻収録「読書感想文の書き方」）のように、何話か連続して続くエピソードの時は「来週はどうなるんだろう？」というワクワク感や引きが強くなるのか、反響が良かったりもするんです。</p>

<p>――なるほど！ 週刊連載だからこその読まれ方があるんですね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>フィクションと現実のギャップ</h2>

<p><img alt="(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』7巻「むらさきのスカートの女」より）" height="1187" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260610Zuino01.jpg" width="1200" /><br />
(C)ずいの・系山冏／講談社（『税金で買った本』7巻「むらさきのスカートの女」より）</p>

<p>――以前、ずいのさんがX（旧Twitter）で「図書館のファンタジーな面ばかりが取り上げられることに複雑な思いがある」といった趣旨の発言をされていました。これはやはり、ご自身が図書館員だった時代から抱えていた思いだったのですか？</p>

<p>【ずいの】そうですね。喫茶店も同じような扱われ方をされる舞台だと思うのですが、フィクションにおける図書館って「現実の経営や大変な業務は置いておいて、人と人が出会うロマンチックな場所」として扱われがちなんです。</p>

<p>図書館の本に古い手紙が挟まっていて、そこから物語が始まる...といった展開もありますが、現実の職員からすると「本に物を挟まれたら困る！」と思ってしまう。そういったリアルな思いを反映して描いたのが、本に挟まった怪しい手紙に対処するエピソード（『税金で買った本』7巻収録「むらさきのスカートの女」）ですね。</p>

<p>――あのエピソードの出発点がそんな切実な思いにあったとは...！</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>究極の「理想の図書館像」とは？</h2>

<p>――ずいのさんが考える「理想の図書館像」とはどのようなものでしょうか？</p>

<p>【ずいの】図書館が扱うべき本質的な対象は、「情報」や「資料」のはずなんです。ですから、電子図書館はもちろん、CDやDVDといった本以外のものも網羅されている場所が理想だと思います。ただ、これは現実の自治体の予算やさまざまな制約をぶち抜いた、かなり理想の高い話ですね...。</p>

<p>――図書館の方は、リアルな紙の本を充実させたいのではないかと勝手に思っていたのですが、「デジタル化を進めていくべき」という意識を持たれている方は多いのでしょうか。</p>

<p>【ずいの】本は圧倒的な情報量を持っていますから、紙の書籍の保存や収集という役割も当然なくてはならないものです。ただ同時に、今はインターネットやAIといった新しい情報収集の方法もありますし、デジタルの領域にもサービスを広げていくことが、これからの図書館にとって良いことだという考え方はあると思います。</p>

<p>最近では国立国会図書館を中心にデジタル化やアーカイブ化が進んでいるので、すごく良い方向に進んでいるなとポジティブに捉えています。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260609Zuino02.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 15 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ずいの（漫画家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>仕事で信頼される人は「足元」が違う　できる人感が出るファッションの秘訣  池上陽子（ファッションコンサルタント）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14410</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014410</guid>
			<description><![CDATA[&quot;仕事ができそう&quot;な人感を出す「ファッションの秘訣」とは？ ファッションコンサルタントの池上陽子さんが解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityLI/pixta_WorkingWomanLI.jpg" width="1200" /></p>

<p>実力も実績も十分なのに、なぜかあの人のほうが「仕事ができそう」に見えてしまう......そんな悔しい思いをしたことはありませんか？ じつは信頼される印象は、話す前からある程度、見た目で決まっているといいます。</p>

<p>そして見落としがちな足元こそ、その印象を大きく左右する重要なポイントだと、ファッションコンサルタントの池上陽子さんは語ります。書籍『服を味方にする「わたし」の魅せ方』より解説します。</p>

<p>※本稿は、池上陽子著『服を味方にする「わたし」の魅せ方』(三笠書房)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>プレゼンなどの「勝負時」の服はこう選ぶ</h2>

<p><img alt="信頼される人が服で「できる人感」を出すテクニック" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260604Ikegamiyouko01.jpg" width="1200" /><br />
（C）うはらきさ</p>

<p>パッと見ただけで「この人、仕事できそうだな」「この人に任せてみたい」という人っていませんか？</p>

<p>実力も実績も自分のほうがあるのに、自分以上に&quot;しごでき感&quot;の雰囲気をまとった人に負けてしまうのは避けたいですよね。</p>

<p>じつは信頼される人というのは、話す前からある程度、見た目で決まっています。</p>

<p>服で「できる人感」を演出するのは可能なのです。</p>

<p>むしろ、できる雰囲気は、アイテムや簡単なテクニックで作るものと心得ておきましょう。話す前から信頼される人になるためのコツを紹介するので、ぜひ取り入れてみてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>靴は安価でも「新しく美しいもの」をどんどん履き替える</h2>

<p>突然ですが、次の項目にあなたはいくつ当てはまりますか？</p>

<p>□ 高価な靴が捨てられない<br />
□ ボロボロになった靴を履いている<br />
□ 1足履きつぶすまで次の靴は買わない<br />
□ 靴はデザイン性より歩きやすさ重視で選ぶ<br />
□ ヒールのある靴を持っていない</p>

<p>もし一つでも当てはまってしまったら、周囲から「おしゃれな人」とは思われていないこと確定です。足元のおしゃれをサボってはいけません。</p>

<p>外見ブランディングにおいて、靴はかなり重要なアイテムです。せっかく服で信頼感を演出しているのに、靴がボロボロだったり、服に合っていなかったりしたら意味がありません。</p>

<p>靴で「残念な人」認定されるのを防ぐコツは明確。</p>

<p>それは「新しさ」と「美しいデザイン」の2つを兼ね備えた靴を、どんどん履き替える習慣を持つことです。</p>

<p>「新しさ」が重要なのは、靴は服よりも傷みが早いから。高価でボロボロの靴を履き続けるより、新しいものを次々と履き替えていくほうが好印象です。</p>

<p>また、靴はコーデの印象を左右する重要なアイテムなので、「美しいデザイン」であることも必須。とことん見た目重視でOKなのです。</p>

<p>買い替えのタイミングは、つま先の擦れや汚れ、ヒールのすり減りなどが目立つようになったら。とくに白の靴は清潔感が命なので、早めに買い替えて。</p>

<p>ただし、早めに買い替えるからといって、ヒール靴のかかとのゴムを取れたままにしておくのはNGです。</p>

<p>メンテナンスは気づいたときに即おこないましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>靴はどう選んで、どう履き回していけばいいの？</h2>

<p>「新しくて美しいデザインの靴を買いに行こう」</p>

<p>そう張り切ってショップに行ったのはいいけれど、結局、またいつもと同じ定番の黒パンプスを買ってしまった......なんて人もいるのでは？</p>

<p>そんな人のために、ここでは具体的に、靴を買って履き回すときの3つのポイントを紹介します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【ポイント1】自分の足に合うブランドを3つ知っておく</p>

<p>デザイン重視で選ぶとはいえ、あまりに履きにくい靴は履かなくなってしまいますよね。</p>

<p>履きやすいと感じる靴は、人それぞれです。自分好みのデザインのブランドの中から、自分の足に合うブランドを3つほど見つけておきましょう。</p>

<p>1つのブランドに決めてしまうと、テイストが固定されてしまいます。さまざまなデザインの靴をそろえるためにも、3つのブランドが必要なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【ポイント2】黒ばかりでなく「シルバー」や「グレー」を選ぶ</p>

<p>「靴は何にでも合う黒に決めている」という人も多いのですが、たしかに黒はコーデを引き締めシャープに見せてくれる効果があります。ただし、黒ばかりだと「いつも同じ」になりがちで、コーデによっては重たい印象になりがち。</p>

<p>黒の代わりにおすすめなのが、白よりも汚れが目立たず、おしゃれ見えするシルバーやグレー。どんなコーデにもなじみやすく、軽やかな抜け感を出してくれます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【ポイント3】1シーズンで3～5足程度をローテーションする</p>

<p>同じ靴ばかり履くとコーデがマンネリ化しますし、靴の傷みも早くなります。ワードローブチェックでコーデを考えながら、3～5足程度の靴をローテーションしながら履くことを基本に考えましょう。</p>

<p>たとえば、ベーシックなヒール靴とスニーカー、トレンドの靴といった3足をベースに、ブーツやサンダル、ミュールなどの季節ものが加わるイメージです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityLI/pixta_WorkingWomanLI.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 15 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[池上陽子（ファッションコンサルタント）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>語彙力より“観察力”が大事だった　言語化が上手くなる「観察の3段活用」  川岸宏司（株式会社DIL 共同創業者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14362</link>
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			<description><![CDATA[語彙力が高くても言語化はうまくならない。川岸宏司さんが考えを伝えるために求められる「観察」の磨き方を解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="なぜ、あの人の言葉は心に響くのか" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_discommunication.jpg" width="1200" /></p>

<p>言語化が苦手なのは語彙力が足りないからなのでしょうか。起業家の川岸宏司さんは、年間300冊以上の本を読んで語彙を増やしても言語化は得意にならなかったと振り返ります。</p>

<p>川岸さんは著書『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』にて、感じたことを上手く言葉にするには「観察の3段活用」が必要だと話します。その中身について同書よりご紹介していきます。</p>

<p>※本稿は、川岸宏司著『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大事な気づきを腐らせてはいけない</h2>

<p>思考力も観察力も言語化力も、すべて筋肉と同じです。使わなければ衰え、繰り返せば太くなる。そして重要なのは「正しい負荷」をかけること。</p>

<p>ここで登場するのが、私が最も伝えたいコンセプト、「思考のバネ」です。</p>

<p>バネは、圧縮されたときだけ力を発揮します。毎日同じ電車に乗り、同じ人と話し、同じ感想を抱く。この「同じ」の連続の中では、思考のバネは一切圧縮されません。つまり、言語化のエネルギーが生まれない。</p>

<p>バネを圧縮するものは何かと考えると、答えは「非日常」です。利き手と逆の手で歯を磨く。いつも降りない駅で降りる。絶対に読まないジャンルの本を開く。苦手な人をランチに誘う。こうした小さな非日常が、思考のバネにグッと圧力をかけます。脳はいつものショートカットが使えなくなり、否応なく「考える」ことを強いられるからです。</p>

<p>この不快な圧縮こそが、バネにエネルギーを蓄える唯一の方法です。そして十分に圧縮されたバネから手を離すと、言葉が勢いよく飛び出します。日常に浸かったままでは絶対に出てこなかった言葉が、非日常の圧力でポンと弾け出る。これが「思考のバネ」の正体です。</p>

<p>では、どうやって日常の中で思考のバネに圧力をかけるのか。その技術を、本稿では伝えていきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>観察の3段活用</h2>

<p>最初の訓練に入る前に、1つだけ告白させてください。私はずっと、「言語化がうまくいかないのは語彙が足りないから」と思っていました。だから本を読みました。年間300冊以上。語彙は増えました。でも、いざ自分の気持ちを伝えようとすると、やっぱり「えーと......なんて言えばいいんだろう」と固まる。</p>

<p>語彙が足りないから言語化できないのではなかったのか。なのに、語彙を増やしても言語化できない。この矛盾に何年も悩んで、ようやく気づいたことがあります。</p>

<p>問題は、「言葉を知らないこと」ではなく「見ていないこと」でした。正確に言い直します。見ているのに、観ていない。毎朝同じ電車に乗り、同じ景色を眺め、同じ人とすれ違い、同じ感想を抱いている。目には映っているけれど、脳はそれを「処理する価値なし」と判断して、自動的にスルーしている。この「見ているつもりで観ていない」状態が続く限り、どんなに語彙を増やしても、言語化の原料が手に入りません。</p>

<p>ここで、1つの公式を紹介します。</p>

<p>言語化力＝ボキャブラリー&times;パターン&times;心が動いた数</p>

<p>語彙は、掛け算の1つの項にすぎません。「パターン」とは、物事の構造を見抜く力。なぜあの人の話は刺さるのか、なぜこの文章は読みやすいのか、その裏にある「型」を見つけ出す力です。「心が動いた数」とは、日常で「あっ、今、何か感じた」と足を止めた回数のこと。</p>

<p>この3つは掛け算ですから、どれか1つがゼロなら、答えはゼロ。語彙が10万語あっても、心が動いた数がゼロなら、言語化力はゼロです。</p>

<p>では、「パターン」と「心が動いた数」を同時に増やすには、どうすればいいのか。私はこれを、次のような「観察の3段活用」と呼んでいます。</p>

<p>第1段：知ろうとする（観察）<br />
第2段：要素に分ける（分解）<br />
3段：パターンを見つける（抽象化）</p>

<p>ここからは、この3段活用を「毎日使える道具」として磨いていきます。</p>

<p>まず、第1段の「知ろうとする」こと。これは、脳の自動運転モードを意識的に切ることです。人間の脳は省エネの天才で、一度覚えたパターンは自動処理に回します。通勤ルートを&quot;考えなくても&quot;歩けるのは、脳がオートパイロットに入っているからです。効率的ですが、この自動運転中には、観察は一切起きません。</p>

<p>スイッチを切る方法は、たった1つの問いです。「なぜ？」</p>

<p>今日のランチ、なぜその店を選んだ？　あの企画書、なぜその順番で書いた？　さっきの会議で、なぜあの一言にだけ心がザワついた？「なぜ？」を1回挟むだけで、脳は自動運転から手動運転に切り替わります。この切り替えの瞬間に、初めて「心が動く」準備が整います。</p>

<p>次に、第2段の「要素に分ける」こと。手動運転に切り替えたら、今度は漠然とした印象を「部品」にバラしていきます。たとえば、「あの人のプレゼン、なんかよかった」。この「なんか」を放置しないでください。何がよかったのか。声のトーンか、間の取り方か、スライドの構成か、それとも最後の30秒で個人的な失敗談を入れたところか。</p>

<p>ここで使う問いは3つです。</p>

<p>What：何が自分の心を動かしたのか<br />
How：それはどんな構造で効いたのか<br />
Why：なぜそれが自分に刺さったのか</p>

<p>この3つのフィルターを通すと、「なんかよかった」は「最後に自分の弱さを見せたから、聴衆の共感スイッチが入った」という、解像度の高い理解に変わります。</p>

<p>そして、第3段「パターンを見つける」こと。分解した部品を蓄積していくと、あるとき「あっ、これ前にも見たぞ」という瞬間が訪れます。</p>

<p>「心を動かすプレゼンには、必ず最後に個人的な物語が入っている」「自分がイラッとするときは、いつも自分の存在を軽く扱われたと感じたときだ」</p>

<p>こうした自分だけの法則が浮かび上がる。これが抽象化です。個別の出来事から枝葉を落として幹だけを取り出す作業です。パターンを1つ手に入れるたびに、あなたの言語化力には「再現性」が加わります。新しい状況に出くわしても、「あっ、これはあのパターンだ」と瞬時にフレームを当てはめることができるから、言葉が速い。言葉が正確。言葉が、人の心に届きます。</p>

<p>この3段活用の威力を、もう1つだけ具体的に示させてください。私は毎朝、Voicyで音声配信をしています。これまで800回以上続けてきました。最初の頃は、ネタ探しに苦労していました。ですが、この3段活用を習慣にしてから、ネタに困ることがなくなりました。</p>

<p>駅のホームで電車を待っている3分間に、目の前の人のカバンの持ち方が気になる（第1段：知ろうとする）。右肩にだけかけていて、身体が傾いている。自分も同じだなと気づく（第2段：要素に分ける）。「人は無意識に、利き手側に偏る。思考も同じで、得意な型ばかりに頼ると、発想が傾く」（第3段：パターンを見つける）。これで、翌朝の配信ネタが1本できあがります。</p>

<p>たった3分です。特別な場所にも、特別な体験にも、頼っていません。逆に、観察さえあれば、語彙はあとからついてきます。心が動き、部品に分かれ、パターンが見えたとき、それを表現する言葉は自然と探しに行くようになるからです。</p>

<p>まずは今日、1つだけ試してみてください。帰り道、イヤホンを外して歩く。半径5メートルの世界を「観る」こと。心が少しでも動いたら、スマホに1行だけメモする。書くのは「何に気づいたか」ではなく、「なぜ自分はそれに気づいたのか」です。その1行が、あなたの「観察の3段活用」の第一歩です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>いつもの景色を入れ替える</h2>

<p>前項で、「観察の3段活用」という道具を手に入れました。ただし、この道具には弱点が1つあります。それは、毎日同じ場所で同じ景色を観ていると、見つかるパターンが頭打ちになること。パターンの在庫を増やすには、景色そのものを入れ替える必要があります。つまり、「非日常」を自分に注入すること。</p>

<p>人は、放っておくと同じパターンに回帰します。昨日と同じ朝食、同じ通勤路、同じ話し相手。快適ですが、快適の代償は「観察の停止」です。</p>

<p>思考のバネを圧縮するのは非日常。ただし、非日常にもレベルがあります。弱すぎればバネは動かず、強すぎれば壊れます。だから、圧力は段階的に上げていく。私は、揺さぶる対象で3段階に分けています。</p>

<p>初級：身体を揺さぶる<br />
中級：価値観を揺さぶる<br />
上級：自分自身を揺さぶる</p>

<p>初級の「身体を揺さぶる」は、コンフォートゾーンの境界線をほんの少しだけ踏むことです。利き手と逆の手で歯を磨く。知らない駅で降りる。通勤ルートを変えてみる。やることは些細ですが、脳にとっては大事件です。逆の手で箸を持つだけで前頭前野が活性化するという研究があるくらい、脳は身体の違和感に敏感にできています。この小さな不自由が、省エネモードを強制解除してくれます。</p>

<p>ここでの訓練は、その違和感を言葉にすること。「ぎこちない」で終わらせず、「力の加減がわからなくて歯茎に当たる角度が毎回ズレる」まで分解する。身体は、「観察の3段活用」の最も手軽な練習台です。</p>

<p>私自身、たまに朝起きて片足立ちでトレーニングをすることがあるのですが、あるとき左足だけ異様にぐらつくことに気づきました。利き足。利き手。利き脳。人は自分が思っている以上に、偏りに無自覚です。この「偏り」に気づけるのが、身体を揺さぶる最大の収穫です。</p>

<p>中級の「価値観を揺さぶる」は、「食わず嫌い」への突撃です。絶対に読まないジャンルの本を買う。苦手な人をランチに誘う。興味ゼロの勉強会に顔を出す。私たちは無意識に「自分はこういう人間だ」という枠をつくっています。これは「偏見」という名の思考のショートカットです。中級では、これを意図的に壊しに行きます。</p>

<p>私は以前、経営者仲間に勧められて、まったく興味のなかった哲学書を読みました。正直、最初の30ページは苦痛でしたが、読み進めるうちに、「この著者の問いの立て方は、ビジネスの課題設定とまったく同じ構造な気がする」と気づく瞬間がありました。食わず嫌いが崩れた音を、今でも覚えています。</p>

<p>大事なのは、偏見が崩れる瞬間を見逃さないこと。「意外と面白い」と感じたその一瞬が、新しいパターンの入り口です。その「意外」を、前項の3段活用で分解してみてください。</p>

<p>What：何に驚いたのか<br />
How：その驚きはどんな構造で起きたのか<br />
Why：なぜ自分はそれを食わず嫌いしていたのか</p>

<p>3つのフィルターを通すと、偏見の裏側に隠れていた価値観が浮かび上がります。</p>

<p>そして最後に、上級の「自分自身を揺さぶる」は、アイデンティティ・クライシスの意図的な発生です。自分と正反対の思想の本を読む。自分が絶対に正しいと思っていた信念に、自分で反論してみる。</p>

<p>初級・中級が日常の外側に出る訓練だったのに対し、上級は自分の内側を揺さぶります。これが最も不快で、最も言葉が生まれる段階です。なぜなら、信念が揺らぐとき、人は全力で言語化しようとするから。「自分は間違っていない、なぜなら......」と、脳が猛スピードで理由を探し始める。この「揺らぎの実況中継」こそが、言語化力を最も鍛える負荷です。</p>

<p>やり方はシンプル。「今、自分の中で何が起きているか」をリアルタイムで書き出すこと。反発、動揺、怒り、ときおり忍び込む「たしかに」という感覚。すべてメモしてください。</p>

<p>思い返してみると、私も、ある信念を揺さぶられたことがあります。ずっと「本は紙で読むべきだ」と思っていたのですが、電子書籍の利点を徹底的に論じられて、自分の反論を必死に言語化しようとしました。そのとき気づいたのは、私が紙の書籍に固執していた理由は合理性ではなく、本棚に背表紙が並ぶ風景への愛着だったということです。信念が揺らいだからこそ、その裏にあった感情に初めて言葉が届きました。</p>

<p>3段階に共通するルールは1つ。「やったこと」ではなく「感じたこと」を記録することです。「左手で歯を磨いた」は日記。「左手で歯を磨いたら、自分の手なのに他人の手みたいで怖かった」は観察記録。言語化を鍛えるのは、後者だけです。</p>

<p>まずは今日から1つ、いつもの反対をやってみてください。そして、不自由の中で生まれた感情をスマホに1行だけ書き残してください。初級に慣れたら中級へ。中級で手応えを感じたら上級へ。段階を上げるたびに、思考のバネはより深く圧縮され、より強い言葉が飛び出すようになります。</p>

<p>非日常は、探しに行くものではなく、つくるものです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_discommunication.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 15 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[川岸宏司（株式会社DIL 共同創業者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>会話がはずむ人は何が違う？　「また話したい」と思われる雑談のコツ  有川真由美（作家/写真家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14456</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014456</guid>
			<description><![CDATA[話していても会話が続かない人と話がはずむ人の違いは何か？作家の有川真由美さんが、会話をはずませるコツを紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="有川真由美著『一緒にいると楽しい人、疲れる人』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_meetingWoman.jpg" width="1200" />一緒にいるとなぜか楽しい人。盛り上がってついつい話し込んでしまう人――普段親しくしている友人や同僚の中に、そんな人はいませんか。そうした一緒にいると楽しくて話がはずむ人には特徴があると、作家の有川真由美さんはいいます。</p>

<p>「会話がはずむ人になるにはコツがある」と語る有川さん。本稿では、話すのが苦手な人でも実践できる雑談術を紹介します。</p>

<p>※本稿は、有川真由美著『一緒にいると楽しい人、疲れる人』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>会話のきっかけは、あたりさわりのないことからでいい</h2>

<p>「会話がはずむ人」は、話の切りだし方がうまいものです。でも、初対面の人、よく知らない人に話しかけるのは苦手、という人は多いのではないでしょうか。</p>

<p>相手がなにが好きで、なにに興味があるのか、どんな仕事をしているのか、見当もつかない。情報がないからといって、いきなり「ご趣味は？」とか「なんの仕事をされているんですか？」と訊ねるのも不躾な気がします。</p>

<p>または、上司や同僚であっても、飲み会や移動で一緒になったときに、「どう話しかけていいかわからない」という人もいるでしょう。仕事の話も堅苦しいし、プライベートの話題も、なんとなく気が引ける......ということもあるものです。</p>

<p>そんなに難しく考えることはありません。気のきいた話、中身のある話をしないといけない、ということもありません。話のきっかけは、だれもがするような、あたりさわりのないことでいいのです。</p>

<p>いちばん手っ取り早いのは、天気や季節の話です。ただし、さりげなく「自分の話」や「相手に振る質問」を織り交ぜるのがポイントです。「今日は冷えますね。私、南国育ちなので、寒いのが苦手で......」なんて言うと、「私も苦手なんですよ。だから、寒さ対策をバッチリしています」とのってきたり、「へー。南国育ちって、どこの出身ですか？」と質問してくれたりするものです。</p>

<p>「ここに来るとき、桜が咲いているのを見たんですよ。この時期に珍しいですよね」と言うと、「へー。めずらしい。桜といえば......」と、話をふくらませてくれるかもしれません。話のきっかけを探っているのは、相手も同じ。世間話をするように、気楽に話を提供すると、相手もほっとして応えてくれるはずです。</p>

<p>「視界に入ってきたもの」から思いついたことを言ってみるのもいいでしょう。「この会場、素敵ですね。食事もおいしいし、ランチにも使えそうですね」「ブルーのシャツがお似合いですね。私もその色、好きなんです」というように。「電車のなかで見かけたこと」「今朝、ニュースで聞いたこと」「その場の雰囲気から感じたこと」「相手を見て素敵だと思ったこと」など、自分が見たり、聞いたり、感じたりしたことを素直に話すことで、自分についても知ってもらえるはずです。</p>

<p>会話の始まりは、小さな勇気と自己開示から。「あなたと話したい」という気持ちが伝われば、じゅうぶんです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>話が途切れたときは「て・き・に・ち・か・し」でリスタート</h2>

<p>うまく話が続かず、気まずい空気が流れてしまうとき、さりげなく話題を提供して、会話をふくらませられる人になりたいものです。そこで、ピンチのときに役立つ6つのキーワードが、「て・き・に・ち・か・し(敵に近し)」です(とくに深い意味はありませんが、たとえ敵に見えても近しい関係なれると覚えて)。</p>

<p>「て」(天気・季節)&rarr;「 明日から雨になるようですね。今週はぐずつくみたいです」</p>

<p>「き」(近況)&rarr;「先週、お休みをもらって京都に行ってきたんですよ」</p>

<p>「に」(ニュース)&rarr;「ニュースによると、若者の海離れが顕著で海水浴客はここ20年で4分の1以下になっているそうです」</p>

<p>「ち」(地域・まわり)&rarr;「 駅前にきれいなイルミネーションができていましたね」</p>

<p>「か」(体・健康)&rarr;「 いつもお元気ですが、健康に気をつけていることはありますか」</p>

<p>「し」(趣味・仕事)&rarr;「最近は、山登りはしていらっしゃいますか」</p>

<p>このように、「て・き・に・ち・か・し」と順番に話を進めていくか、このなかから、よさそうな話題を選んで振ると、あっという間に時間が経ってしまいます。間が空いたときの話しはじめは、「そういえば......」とか、「あ、そうだ。......」とか、「ところで......」と、ふと思いついた感じでOK。自然にリスタートできます。</p>

<p>「そういえば、この間、こんなことがあったんですよ」というように。さらに、「〇〇さんは、こんなとき、どうされますか？」なんて振って、相手が発した単語から、「〇〇といえば......」と、連想ゲームのように新たな話題につなげればいいのです。</p>

<p>いろいろある雑談のネタのなかでも、聞き手がいちばん引きこまれるネタは、「こんなことがあった」「こんなものを見た」という、本人が実体験したことです。もっともリアルで鮮明に伝えられるので、相手も興味を示し、話がはずみます。</p>

<p>雑談のネタをストックするためには、積極的になにかと関わるクセをつけることです。小さなことでいいのです。たとえば、タクシーに乗ったら、運転手さんと話してみる。新しいショップができたら、なんだろう？と覗いてみるというように。すると、「タクシーの運転手さんが面白い人で......」「1階のカフェのドリアがめちゃおいしくて......」というように、「言わずにはいられない！」というネタが自然に集まってきます。</p>

<p>「相手に少しでも楽しんでもらおう」というサービス精神で、会話を盛り上げてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>声をかけてもらえない人が、声をかけられるようになる方法</h2>

<p>中学、高校のとき、遊びに誘われたり、学級委員に推薦されたり、グループ分けで「一緒にやらない？」と声をかけられる人といったら、ちょっと目立っていて、みんなから人気のある子、興味をもたれる子だったのではないでしょうか。</p>

<p>私はまったく目立つ要素がないために、なかなか声をかけてもらえず、しかも引っこみ思案で、自分から「仲間に入れて」とも言えない。そんな状態にひっそり傷つくこともありました。でも、声をかけてもらえない私が、声をかけてもらえるように心がけていたことが2つあります。</p>

<p>①だれに対しても、挨拶だけはきちんとする</p>

<p>好き嫌いの分け隔てなく、広く挨拶をしていたら、ひょんなところで会話がはずむことがあります。笑顔で挨拶をするだけで、声をかけてもらえる確率はぐんと高まります。</p>

<p>②声をかけてくれた人には、精一杯の感謝を示す</p>

<p>声をかけてもらったら感謝をこめて、相手のためにできることをします。簡単なことでいえば、会話のなかで、相手の興味のある情報を提供することなどです。</p>

<p>つまり、最初の声をかけてもらう努力をするより、声をかけてくれた人が&quot;ふたたび&quot;声をかけてくれるように努力をするということです。お店でいえば、新規顧客を獲得する努力をするよりも、やってきてくれたお客さんに満足してもらう努力をする、リピート率100％を目指すということ。これは、いまもまったく変わらないスタンスです。</p>

<p>仕事がなかったフリーライターのころ、声をかけてくれた編集者には、「相手がなにを求めているのか？」をとことん考えて、自分のできるかぎりの最高の記事を書くことを目指してきました。その結果、多くは、ありがたいことに長いつき合いになりました。</p>

<p>「声をかけてもらえない」と嘆いている人、ちょうどいいではありませんか。1人でいるときに、できることもあります。焦らずに、それを楽しみましょう。でも、もし声をかけてくれた人がいたら、感謝すること、その人のためにできることをしてください。たとえ、小さくても。そして、一緒にいる時間を楽しんでください。</p>

<p>そんなふうに相手を大切にしようとするところから、ほんとうのつながりができていきます。何度も声をかけあえる関係は、人生の財産の1つだと思うのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_meetingWoman.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 12 Jun 2026 17:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[有川真由美（作家/写真家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>8000歩で死亡リスク激減！「横断歩道をちょっと早歩き」からの新習慣  歌島大輔 (整形外科医)</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14403</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014403</guid>
			<description><![CDATA[歩数と死亡リスクの関係をデータをもとに医師が解説。いきなり高い目標を掲げるのではなく、「今の平均＋1000歩」を目指し、「横断歩道をちょっと早歩き」など、日常の移動を運動に変えて無理なく健康を守る習慣術を提案。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="1日の歩数が7000〜8000歩前後に達すると、死亡リスクが大幅に下がるという" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_WalkingShoes.jpg" width="1200" /></p>

<p>「健康のために運動しなきゃ」と思いつつ、仕事や家事に追われてまとまった時間が取れない、という人は多いのではないでしょうか。しかし、いきなりランニングや筋トレなどのハードな運動を始める必要はありません。1日の歩数が7000〜8000歩前後に達すると、死亡リスクが大幅に下がることが分かってきました。必要なのは、日常の動きを少しだけ増やすこと。本記事では、整形外科医として診療に携わりつつ、医学論文に基づいた情報発信を積極的に行っている歌島大輔氏が、歩数と長寿の関係をデータをもとに解説。時間がなくても無理なく歩数を伸ばすステップを提案します。</p>

<p>※本稿は、歌島大輔著『科学的に証明された 突然死を招く習慣・長生きする習慣』（高橋書店）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>まずは歩数を数えること</h2>

<p>「運動しなきゃと思っているけど、なかなか続かないんです」――こうした声を、私は何度も聞いてきました。<br />
そこで私が提案するのが、まずは歩数を数えること。そして、ランニングや筋トレを始めるより前に、歩くこと。これがもっとも再現性の高い長寿戦略です。</p>

<p>近年は、スマートフォンや加速度計で、歩数を客観的に追えるようになりました。アメリカで行われた加速度計による追跡調査では、1日の歩数が多い人ほど死亡率が低いことがわかっています。とくに、8000歩に達すると、死亡リスクが大きく下がっています。［1］</p>

<p>また、別の研究では7000歩前後を境に死亡リスクが大きく下がると報告されています。［2］<br />
これは、いわば「健康の分岐点」です。<br />
特別な才能も道具もいりません。必要なのは、日常の動きを少しだけ増やすという発想です。<br />
歩くことは、心臓や血管、さらには脳の働きにも効果的です。歩いてふくらはぎが動けば、足の静脈の血液を心臓へ押し戻す「筋ポンプ」が働き、血流のよどみが減ります。<br />
座りっぱなしが長い現代人にとって、歩行は血流をリセットするもっとも手軽な方法です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>最初は「プラス1000歩」を目標に</h2>

<p>スマートフォンのヘルスケア機能や歩数計アプリで、直近1週間の平均歩数を見てください。それがもし4000歩なら、いきなり7000歩をめざすより、まずは5000歩を目標にする――こうした「現実的なステップ」を踏むことが、続けられる人に共通する特徴です。</p>

<p>私の外来ではよく、「まずは今の平均プラス1000歩」を合言葉にしています。<br />
1000歩は、だいたい10分前後歩くことに相当します。これなら仕事の合間やちょっとした移動でできますし、体への負担も小さくすみます。<br />
これを2週間〜1か月続けたら、さらに500〜1000歩プラスします。こうして段階的に7000歩に近づいていくのが安全で確実です。</p>

<p>次に、私がよくおすすめするのは、食後に歩くこと。<br />
朝・昼・晩の1回で良いので、食べたあとに近所を一周する――これだけで血流が上がり、1日の歩数も安定して増えます。平日が難しければ、週末に少し長めの散歩を取り入れることで、週全体の歩数が底上げされます。</p>

<p>また、歩数は、運動の時間をわざわざ確保するよりも、移動そのものを運動として取り入れたほうが増えやすいというのもあります。<br />
たとえば、最寄り駅の一つ手前で降りてみる、エスカレーターではなく階段を使う、通常より5分ほど遠回りして帰る――こうしたちょっとの工夫です。さらに、音楽やラジオを聴きながら行うと、習慣になりやすくなります。</p>

<p>実際に、通勤や移動を、歩いたり自転車に乗ったりといったものに変えると、車や電車、バスだけよりも、将来的に心臓や血管の病気になるリスクや死亡のリスクが低くなることがわかっています。［3］</p>

<p>どうしても時間が取れない人は、「歩きに強弱をつける」という方法もあります。<br />
たとえば、横断歩道を渡るときだけ少し早歩きする、散歩や帰宅の際に最後の坂道だけペースを落とさずに進む――そんなちょっとしたスピードアップです。<br />
こうした工夫で心肺への刺激が増え、短時間でも達成感を得られます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>無理せず「ゼロを一歩に変える工夫」を</h2>

<p>ひざや腰が痛い、持病があって歩行が不安、という方もいるでしょう。その場合は歩数にこだわらず、主治医やリハビリの専門家と相談しながら、負担の少ない運動に置き換えてください。<br />
たとえば、エアロバイクや水中歩行は、関節への衝撃を減らしつつ心肺を動かせます。また、靴を見直してみたり、痛みがある日は歩く距離を減らしたりなど、体の声も大切にしてください。</p>

<p>「今日は歩けなかった」と落ち込む必要もありません。7000歩は毎日のノルマではなく、長く生きるための目安です。雨の日は室内で足踏みを3分&times;数回行う、買い物ついでに店内を一周多く回ってみるなど、まずは「ゼロを一歩に変える工夫」から始めましょう。<br />
なお、歩行中に胸の痛み、強い息切れ、めまい、冷や汗などが出る場合は、無理をせず中止し、医療機関に相談してください。安全に続けることが、結局はいちばんの近道です。</p>

<p>［１］ Saint-Maurice PF, et al. JAMA. 2020;323:1151-1160.<br />
［２］ Paluch AE, et al. JAMA Netw Open. 2021;4:e2124516.<br />
［３］ Celis-Morales CA, et al. BMJ. 2017;357:j1456.</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 12 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[歌島大輔 (整形外科医)]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「正論なのに傷つけてしまう」のはなぜ？　相手に誤解されない「伝え方」の技術  三上ナナエ（研修講師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14360</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014360</guid>
			<description><![CDATA[口数が少なめな控えめの人が話す時に気を付けたいこととは――研修講師を務める三上ナナエさんが、2つのポイントを紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="三上ナナエ著『控えめでも存在感のある人がしていること』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizmeeting.jpg" width="1200" /></p>

<p>相手のことを想って事実を伝えたのに、なぜか心の距離が開いてしまった――普段口数が少ない人の中には、そんな経験をしたことがある人もいるかもしれません。</p>

<p>たとえ事実や正論であっても、相手が責められたと感じることがあるため、「言葉に体温を持たせることが大切」だと語る、研修講師の三上ナナエさん。本稿では、三上さんに誤解を与えない話し方のコツを紹介していただきます。</p>

<p>※本稿は、三上ナナエ著『控えめでも存在感のある人がしていること』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「責めない言い方」の魔法の法則</h2>

<p>◎「事実だけ」では勘違いされやすい</p>

<p>控えめな性格の方は、コミュニケーションにおいて、とても素敵な強みを持っています。それは、冷静に「何が起きているか」という事実（ファクト）を見つめる力です。激しい言葉で相手を圧倒するのではなく、客観的な視点を持って淡々と語る。その知的で穏やかな姿勢は、本来、周囲に安心感を与える大きな武器になります。</p>

<p>けれど、こんなふうに悩んだことはありませんか？</p>

<p>・相手のために伝えているはずなのに、なぜか相手がムッとしている......</p>

<p>・正しいことなのに、心の距離が開いてしまう気がする......</p>

<p>それは、あなたが伝えた「正しい事実」がとても正確だったからこそ、体温の通わない「無機質なもの」として相手に届いてしまったからかもしれません。そこで提案したいのが、「事実という骨組み」に「自分の意思という体温」を通わせるという魔法です。</p>

<p>感情をぶつけるのではなく、今の気持ちを説明する。「体温を通わせる」といっても、無理に情熱的に振る舞ったり、感情をむき出しにしなくても大丈夫です。大切なのは、今あなたが心の中で感じていることを、ひとつの「大切な情報」として、事実にそっと添えてあげることです。</p>

<p>◎「アイ・メッセージ」で温もりをプラス</p>

<p>たとえば、何度も締め切りを守れない同僚に、声をかける場面を想像してみてください。</p>

<p>「期限が3日過ぎています。至急提出をお願いします」</p>

<p>これは間違いのない事実です。でも、これだけだと相手は「責められた！」と感じて、心を閉ざす可能性があります。ここに、あなたの「体温」をほんの少し混ぜてみます。</p>

<p>【具体例1】感じていることに、柔らかい「思い」を乗せる</p>

<p>【事実】期限を三日過ぎています。</p>

<p>【体温】このままだと、他のメンバーに負担がかかってしまわないか、（私は）少し心配です。今日中に進捗を教えてもらえますか？</p>

<p>【具体例2】言葉に血を通わせる</p>

<p>【事実】期限から3日が経ちました。</p>

<p>【体温】もしかして、1人で抱え込んでいることはないかな、と気になっています。状況を教えてもらえたら、一緒に調整を考えたいです</p>

<p>「心配している」「困っている」「本当は助けたいと思っている」、そんなあなたの内側にある柔らかな想いを、「私（I）」を主語にして伝えてみてください。これが、相手の心に届く「アイ・メッセージ」の力です。</p>

<p>全部を完璧に言おうとすると、最初は難しいかもしれません。そんなときは、一言、「抱え込んでいるかなと思って」「忙しいのかなと思って」など「〜かなと思って」を付け加えるだけで、言葉に血が通います。控えめな人が事実を大切にするのは、相手に対して誠実でありたい、嘘のない言葉を届けたいという「優しさ」があるからです。その温かな根っこを、事実の裏側に隠してしまうのはもったいないことです。</p>

<p>「事実」という鋭い刃をそのまま手渡すのではなく、あなたの「想い」という柔らかい布で包んで、手渡してあげてください。「私はこう願って、この事実を伝えているんだよ」という体温が伝わったとき、あなたの言葉は、相手の心を動かす本当の力を持ちはじめます。</p>

<p>＜POINT＞</p>

<p>「控えめな人」が「〜かなと思って」を加えることは相手が一歩踏み出す弾みになる</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「だと思います」を言い換える</h2>

<p>◎「遠慮がちで控えめすぎ」に注意</p>

<p>プロフェッショナルとして、あなたはこれまで真摯に知識を蓄え、経験を積み上げてこられたはずです。目の前の課題に対して、深く、慎重に考えを巡らせている。それにもかかわらず、意見を交わす場で自分の意見がすんなりと通らなかったり、周囲から本来の意図とは裏腹に「頼りない」と受け取られたりしてしまう......</p>

<p>原因は、ただ、あなたの話し方が「遠慮がちで控えめすぎる」のかもしれません。周囲の状況を察する能力に長けている分、「自分の意見を押し付けたくない」「相手に不快な思いをさせたくない」、そんな気持ちが先に働いてしまいます。</p>

<p>そのため、無意識のうちに言葉のトーンを落としたり、断定を避ける話し方を選んでしまうことがあります。しかし、この配慮が、ビジネスというスピード感のある現場では、ときとして「自信のなさ」や、「責任の回避」という形に、「誤解」されてしまうことがあるのです。</p>

<p>相手に自信のなさとして伝わってしまう言葉として、代表的なものは「〜だと思います」という言葉です。あなたが配慮として添えたこの言葉が、聞き手の耳には「確信が持てていない」という不安材料として届いてしまう。これは、誠実に仕事に向き合っているあなたにとって、もったいない損失です。</p>

<p>厄介なのは、この言葉は「無意識」のうちに口から出やすいということ。私自身、話し方の練習をしていたときに、録音した音声を聞くと、「思います」という言葉を、想像以上に使っていることに驚きました。</p>

<p>◎断定できないときの伝え方</p>

<p>とはいえ、ビジネスには、どうしても現時点では断定できない不確定要素がつきものです。そんなとき、逃げに聞こえる言葉を使う代わりに、「確信の度合いを具体化する」という手法があります。ポイントは3つです。</p>

<p>①確率や条件を添えて言い切る</p>

<p>曖昧な表現を使う代わりに、条件を明確にして言い切ります。</p>

<p>「来週には終わるかと思います」ではなく、「現時点の進捗率から逆算すると、来週中に完了する見込みです」「不測の事態がなければ、来週月曜日に納品できます」</p>

<p>②「わからないこと」を言い切る</p>

<p>「はっきりとはわからないですが、たぶん......だと思います」と濁すのが、一番信頼を損ないます。わからないときは、わからないという「事実」を言い切ります。</p>

<p>「その点については、現時点では確実な回答を持ち合わせておりません。確認し、改めてご報告します」</p>

<p>③それでも不安なら、言い切ったあとに相手に返す</p>

<p>「......です。いかがでしょうか？」</p>

<p>これで相手の反応を確認することができます。明日から急にすべての語尾を変えようとしなくて大丈夫。まずは、会話の中で、自分が「思います」と言ったときに、「あ、今、自分は『思います』と言ったな」と自覚するところからはじめてみてください。もし、「思います」と言ってしまったら、その後に一言だけ事実を付け加えてみましょう。</p>

<p>「......と思います。理由は、〇〇だからです」</p>

<p>その練習をしておくと、どうして言い切れなかったのかが自分でも明確になってきます。でもまずは、無意識に使っていた言葉に意識を向けるだけでも一歩前進です。</p>

<p>＜POINT＞</p>

<p>「控えめな人」が断定できないときは「理由」をつけると言い切りやすくなる</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 12 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三上ナナエ（研修講師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>パリで学んだ“ちょうどいい人間関係”　どんなに親しくても疲れたら距離を置く  小栗きくこ（暮らしのコンサルタント）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14296</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014296</guid>
			<description><![CDATA[仲が良くても距離を置きたければ距離を置くというフランス人の人間関係。心地よい人付き合いをするためのコツを、パリ在住の小栗きくこさんが解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_paris02.jpg" width="1200" /></p>

<p>仕事終わりにみんなで飲みにいく習慣がほとんどないというフランス。パリで20年近く生活するコンサルタントの小栗きくこさんは、「フランスでは無理のない人間関係を築けるから、自分を大切にできる」といいます。</p>

<p>「これ！」といった確固たる正解がなく、難しい問題でもある人付き合い。本稿では、小栗さんが実際にパリで暮らして感じた、人間関係が心地よい理由について紹介していただきます。</p>

<p>※本稿は、小栗きくこ著『パリ時間』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>その日、その気分で距離感を選ぶ。広く浅くではない、ちょうどよさ</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="1600" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko14.jpg" width="1200" /><br />
自然と寄り添う、ちょうどいい距離。</p>

<p>私がパリに来て最初に驚いたのは、「人との距離の取り方がとても軽やか」ということでした。学校でも職場でも、「誰かとずっと一緒にいないといけない」という空気はありません。</p>

<p>仲良し同士でも、挨拶を交わしたあとは、それぞれ好きな場所へ戻っていきます。子供の学校での過ごし方を見ていても、長女は「昨日は○○ちゃんと遊んだけど、今日は別の子だったよ！」と、その日その日の気分で自然に関わる相手が替わります。</p>

<p>私が日本で過ごした幼少期には（特に女子は）、小さなグループで過ごすことが多かった記憶があるのですが、こちらでは、その自由さがとても新鮮でした。もちろん、フランスにも「親友といつも一緒」というタイプの子はいます。次女はそういうタイプでしたし、どちらが正しいわけでもありません。ただ、パリでは人との距離の取り方にはいくつもの形があって、それぞれが尊重されているように思うのです。</p>

<p>大人の世界でも同じで、日本でよく見られるような「固定のママ友グループ」はこちらではあまり見かけません。「今日はこの人たち」「次はまた別の人たち」と、そのときの自分の気持ちに合わせて心地いい距離を選べる自由さがあります。</p>

<p>職場でも、仕事のあとにみんなで飲みに行く習慣はほとんどありません。フランスでは仕事が人生の中心ではなく、「自分の時間を大切にするための手段」という考え方が根づいていて、そのゆるさが人付き合いにもそのまま表れているのです。「無理に誰かに合わせず、仕事とプライベートの境界をきちんと守る」という考え方が上下関係を薄くし、フラットな関係を生んでいます。</p>

<p>人と距離を置くことが、自分を尊重するひとつの方法として受け入れられているからこそ、必要以上に気を張ったり、「うまく合わせなくちゃ」と頑張りすぎたりすることが少ないのだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>距離を置きたいときは距離を置いて、またつながればいい</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="1600" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko15.jpg" width="1200" /><br />
仲良くしたいときは思い切り仲良く。</p>

<p>人との距離は、近づくこともあれば少し離れることもあるように、一度決めたら変えられないものではありません。環境や立場、日々のリズムが変われば、自然と距離の取り方も変わっていくものです。私の身近には、そう気づかせてくれた人がいます。</p>

<p>その人とは、フランスに来たばかりの頃に知り合った、母のような年齢のフランス人マダム。マダムは、学生だった私にフランス語を一から教えてくれました。私が結婚して娘を出産して、住む場所も少し離れたことで、以前のように頻繁に会うことはなくなりましたが、どちらかがふと思い出して電話をすると、まるで昨日の続きのように会話が始まります。</p>

<p>昔の話を繰り返すわけでも、無理に近況を埋め合うわけでもなく、関係が薄れたようには感じません。むしろ、必要なときに思い出し、そのまま声をかけ合う関係が続いていることを心から嬉しく思います。急に連絡をしても、驚かれたり理由を聞かれたり、間が空いたことを気にされたりすることはありませんし、こちらも気負わずに連絡することができます。距離が近いことだけが、いい関係の証ではないのです。</p>

<p>パリで人と接する中で、頻繁に会わなくても関係は続くものだと感じるようになりました。距離を置くことは、関係を断つこととは限りません。付き合いを続けることも続けないことも、その人に近づくことも離れることも、その時々の選択として行き来していい。今の距離がちょうどいいと感じられるなら、それで十分なのかもしれません。</p>

<p>そして、いつかその距離感を変えたくなっても、自然なことなのだと思います。人との関係は、固定されるものではなく選び続けていくもの。パリに住んで、その選び方は、そのときの自分の感覚に委ねていいのだと感じるようになりました。</p>

<p>就職や結婚、出産など、人生にはさまざまな変化がありますよね。どんなに親しい関係でも、少し距離ができる時期があるのは自然なことなのかもしれません。そのときの自分にとって、無理のない距離を選びながら関係を続けていくことも、またひとつの在あり方なのだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>お誘いを断るのに、理由はいらない。答えは、oui（はい）かnon（いいえ）だけ</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="1600" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko16.jpg" width="1200" /><br />
パン屋に立ち寄るひとり時間。お誘いを断る日があってもいい。</p>

<p>あるとき、パリに来て間もない頃に知り合った日本人の友人から、「今度、一緒にランチどう？」と誘われました。けれどその日、私は日帰りでひとり旅に出かける予定を入れていたので、いつものように「忙しいから」「余裕がなくて」などと理由を伝えようとして、ふと「本当に、そこに説明が必要だろうか」と、立ち止まりました。</p>

<p>そして私は友人に、ただ「その日はひとりで過ごすつもりなの」とだけ伝えたのです。伝えたあと、友人に何か詮索されるのではないかと少し身構えていましたが、何も聞かれません。自分の中に残ったのは、罪悪感ではなく、思っていたよりも静かな軽さでした。</p>

<p>パリに来て感じたのは、「今は忙しくて」「余裕がなくて」といった説明をしなくても、空気が重くならないということでした。誰かの誘いを断るときに、理由を細かく説明する人がほとんどいません。ひとりでいたいなら、そのままひとりでいるだけで、距離を置きたいときも、理由を探さなくていい。「ひとりでいたい」という気持ちは、ちゃんとした理由として扱われているように感じています。</p>

<p>先ほどもお伝えしたように、パリでは、「距離を置く」ことが、「相手を避けている」と受け取られることがほとんどありません。何かを説明しなくても、関係が急にぎくしゃくしたり、空気が重くなったりすることがないのです。</p>

<p>それは、放っておかれているということではなく、「何も言われないけれど、無関心でもない」という感じで、ただ、それぞれが相手の選択を自然に尊重し合っているような距離感です。このような感覚に慣れてくると、「理由を説明しない」ということが、冷たい態度でもわがままでもないのだと、少しずつ理解できるようになりました。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_paris02.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 12 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[小栗きくこ（暮らしのコンサルタント）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「昔の病気」ではなかった...いま結核が増えている”他人事ではない”理由  武井智昭,吉澤恵理</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14462</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014462</guid>
			<description><![CDATA[日本では今も毎年1万人以上が発症する結核。「昔の病気」ではない実態と、注意すべき症状を医師が解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="体調不良" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/86077576px.jpg" width="1200" /></p>

<p>結核というと「昔の病気」というイメージを持つ人も少なくありません。しかし現在でも、日本では毎年1万人以上が新たに発症しており、およそ1,500人が亡くなっています。長引く咳の陰に結核が隠れている可能性もゼロではありません。今回は、高座渋谷つばさクリニック院長の武井智昭医師に、結核の現状と注意すべき症状について話を聞きました。（文・吉澤恵理）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>結核は「過去の病気」ではない</h2>

<p>福岡県では、2024年12月29日から2025年5月17日までの結核患者の累計は286人で、前年同時期より24人増加しているという報告がありました。</p>

<p>一方、SNSでは、「咳だけがずっと続く」「コロナでもインフルでもない」「熱はないのにだるい」といった、謎の体調不良を訴える声も広がっています。もちろん、その多くは一般的な感染症と考えられます。しかし、こうした長引く咳の陰に、結核が隠れている可能性もゼロではありません。</p>

<p>ただ、結核について実はよく分からないという人も多いのではないでしょうか。</p>

<p>武井医師は次のように説明します。</p>

<p>――結核は過去の病気ではないと考えるべきでしょうか？</p>

<p>「そうですね。多くの方が、昔の病気という印象を持っていると思います。実際、戦後しばらくの日本では、結核は国民病と呼ばれていました。1951年頃には年間およそ59万人以上の患者がいたとされ、死亡者数も年間10万人を超えていた時代があります。当時は若い世代の死亡原因としても非常に多く、不治の病と思われていました」</p>

<p>「大きな転機になったのが、抗結核薬の登場です。1940年代後半に現在の治療の中心となる薬が次々に登場しました。さらに、栄養状態の改善、衛生環境の向上、BCGワクチンの普及、定期健診や胸部レントゲン検査などによって、日本の結核患者数は大きく減少していきました。その結果、日本は2021年にWHO基準で『結核低まん延国』となりました」</p>

<p>――2021年というと最近ですね。低まん延国とは、まだ感染はあるということですね？</p>

<p>「はい、&quot;ゼロになった&quot;わけではありません。現在でも毎年1万人以上が発症していますし、特に高齢者では、若い頃に感染して体内に潜んでいた結核菌が、加齢や免疫低下をきっかけに再活性化するケースがあります。つまり結核は、昔流行した病気ではあるけれど、終わった病気ではない。古くて新しい病気と言えます」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>風邪と似た初期症状、特に注意すべきサインとは</h2>

<p>――結核の症状とはどういった症状ですか？</p>

<p>「結核の初期症状は、咳・痰・微熱・倦怠感など、一般的な風邪と非常によく似ています。そのため、最初は『風邪かな』『気管支炎だろう』と考えられ、別の診断で治療されているケースも少なくありません」</p>

<p>「結核で特に注意してほしいのは、『2週間以上咳が続く』という点です。さらに、体重減少・血痰・寝汗・食欲低下などがみられる場合には、結核の可能性も考える必要があります」</p>

<p>――最近では、結核を診察したことがない医師も増えていると言われますが、実際にはどうですか？</p>

<p>「はい。特に若い世代の医師では、教科書で学んでも実際に結核患者の診察を経験していないケースは珍しくありません。一時期、日本では結核患者がかなり減少しましたから、診察する機会自体が少なくなっています。そのため、『まず結核を疑う』という経験値が少ないこともあります。ただ、だからこそ重要なのが、長引く咳を軽く見ないことです」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>診断から治療まで――結核はすぐに確定できない</h2>

<p>――結核が疑われた場合は、どのように診断していくのでしょうか？</p>

<p>「まず胸部X線検査を行います。そのうえで、CT検査・喀痰検査・PCR検査・IGRA（T-SPOT、QFTなど）を組み合わせて診断していきます。ただし、結核はその場ですぐ確定診断できる病気ではありません。喀痰検査では菌が検出されるまで時間がかかることもあります。そのため、結核かもしれないと考えて検査につなげること自体がとても重要です」</p>

<p>――結核を発症した場合、必ず抗菌薬の治療が必要なのでしょうか？</p>

<p>「はい。基本的に、活動性結核を発症した場合は、抗結核薬による治療が必要になります。放置すると重症化したり、周囲へ感染を広げたりするリスクがあります。また、途中で自己判断で薬をやめてしまうと、再発や薬剤耐性の原因になることがあります」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>感染力とBCGワクチンの効果</h2>

<p>――結核は、どのくらい感染力があるのでしょうか？</p>

<p>「結核は、空気感染する病気です。患者さんが咳やくしゃみをした際に、空気中に結核菌が広がり、それを吸い込むことで感染します。ただ、インフルエンザや新型コロナのように、短時間で次々に感染するというタイプとは少し違います。一般的には、長時間同じ空間にいる、換気が悪い、家族や職場など濃厚な接触、こうした環境で感染リスクが高くなります」</p>

<p>――多くの人がBCGの予防接種を受けていますが、効果はあるのでしょうか？</p>

<p>「はい、BCGワクチンには一定の効果があります。特に、結核性髄膜炎や粟粒結核など、乳幼児の重症結核を防ぐ効果が重要とされています。ただ、BCGは感染そのものを完全に防ぐワクチンではありません。そのため、『BCGを受けているから絶対に大丈夫』とは言い切れません」</p>

<p>――予防接種を受けていれば、感染しても軽症や自然治癒することもあるのでしょうか？</p>

<p>「感染しても発症しない人は多くいます。ただし、BCGを打っているから自然治癒する、必ず軽症で済むとは言い切れません。特に高齢者や免疫が低下している方では、潜んでいた結核菌が再び活動を始めることがあります」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「謎風邪」の陰に結核が隠れている可能性は？</h2>

<p>――SNSで広がる謎風邪の陰に、結核が隠れている可能性はあるのでしょうか？</p>

<p>「可能性としては、あるといえますが、謎風邪と呼ばれている症状の多くは一般的な風邪だと思われます。ただ、結核も初期症状は非常に風邪に似ていますので、咳が2週間以上続く、体重減少、血痰、こうした症状がある場合は、一度医療機関を受診してほしいと思います。結核は、早期発見・早期治療が非常に大切な病気です」</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 11 Jun 2026 17:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[武井智昭,吉澤恵理]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>コンサルに言われた「準備は3割」の真理　成果が出ない人に共通する完璧主義  三上美幸（おうち起業コンサルタント）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12387</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012387</guid>
			<description><![CDATA[完璧を目指し過ぎて、動き出しが遅くなっていませんか？三上美幸さんは「準備は3割」でいいと語ります。その理由とは？]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="すぐやる人" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizmtg3.jpg" width="1200" /></p>

<p>「完璧を目指すあまり、失敗が怖くて行動できない」「自分に自信が持てない」...このような悩みを抱える人は、先送りグセの持ち主かもしれません。</p>

<p>おうち起業コンサルタントの三上美幸さんもかつてはその一人でした。しかし「すぐやる」ことを心がけてきた結果、充実した人生を送ることができてきたと振り返ります。</p>

<p>三上さんが実践してきた「すぐやる」ためのコツがまとめられた著書『結局、「すぐやる人」がうまくいく』より、完璧主義から抜け出す効能についてご紹介します。</p>

<p>※本稿は、三上美幸著『結局、「すぐやる人」がうまくいく』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>料理の腕が上がるのを待っていたら、いつまでも彼にご馳走できない　</h2>

<p>何かを始めるときに、つい完璧を目指して準備に時間をかけていませんか。</p>

<p>多くの人が「もう少し準備ができてから」「もっと知識がついてから」と考えがちです。実はその思考が「すぐやる」ことの妨げになります。準備をしすぎると、結局動き出せずに時間ばかり過ぎてしまうのです。</p>

<p>私はもともと慎重なタイプで、「完璧にできるようになってからやろう」と考える完璧主義でした。完璧主義になった背景には、過去の経験が影響しています。</p>

<p>実は、小中高時代にいじめにあっていました。当時の私は「勉強もできない」「運動もできない」子でした。そうか、私は「何もできない」からいじめにあっているんだ。すべてできるようになれば、こんなひどい目にあわないはず。私はすべてできる人（＝完璧にできる人）にならなければいけない......。</p>

<p>いつしかそんな風に考えるようになりました。社会人になってから、その考えが如実に表れていたのです。</p>

<p>完璧主義偏重の考えに変化が訪れたのは、起業がきっかけです。物事がなかなか前に進まないという現実にぶつかりました。</p>

<p>「あれもできていない。これもできていない。だから、次のステップに進められない。いったい、どうしたらいいんだろう」</p>

<p>考えあぐねていたところ、あるコンサルタントにこう言われました。</p>

<p>「準備は3割でいいんです」</p>

<p>えっ、そうなんだ。子どもの頃のいじめの影響もあり、何もできない自分にコンプレックスを感じていたので目からウロコでした。その目の覚めるようなひとことで、思い込みによる呪縛が解け、考えを変えていきました。</p>

<p>言われてみれば、その通りだと腑に落ちたからです。</p>

<p>思い出したのは、かつて、つきあっていた人に手料理を食べてもらおうと思ったときのことです。当時は、「つくってあげたいけどまだ下手だし、もっとおいしくつくれるようになってから披露しよう」と考えすぎてしまったのです。</p>

<p>ただそれだと、なかなか料理の腕は上がらないし、どの段階なら「おいしい」と喜んでもらえるのかゴールもわかりません。結局、いつまで経っても実現できず、料理を振る舞う機会を逃してしまいました。</p>

<p>起業においても全く同じことが起こったのです。準備ばかりで行動に移せず、収入につながらない。しかし、コンサルタントのひとことで、完璧主義をやめ、準備3割で動き出すと、徐々に成果が出るようになったのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>頭では「準備3割」と思っても、実際には7割できていることが多い</h2>

<p>先ほどお伝えした「準備3割」。それはどのくらいの準備の量でしょうか。</p>

<p>イメージとしては、自分では「まだ準備が足りていない」と感じる程度が準備3割の量です。これが、すぐやる人の「準備に対する基準」となります。</p>

<p>私自身、最初にイベントの日時が決まってから動き出すことが多く、時には0割の状態からでもスタートします。</p>

<p>「まだ準備が足りない」という状態でスタートしていい理由は、「準備３割」といっても、たいていの場合、私から見れば「7割くらいできている」ことが多いからです。</p>

<p>自分の視点と客観的視点に差があり、自分では「まだ準備が足りない」と感じる段階であっても、実際には十分にスタートできる状態である（準備が3割以上はできている）ことが多いということです。特に日本人は真面目なので、自分ではできていないと思っていても他人からはできていると思われるものが多いと思います。</p>

<p>私はイベントの企画・運営なども行っていますが、一番最初にリアルイベントを開催したとき、決まっていたのはイベント名と場所だけでした。詳細な運営方法やルールは未確定だったのです。</p>

<p>それでも出店者と対話しながら調整し、イベントを形にできました。結果として、出店者や来場者に喜んでもらえ、次の開催につながりました。</p>

<p>あらゆる準備をしてからイベントの場所や日程を決めていたのでは、どんどん開催が遅れるばかりか、開催そのものが危ぶまれる場合もあるでしょう。</p>

<p>特にイベントは、参加者の人数や天候、交通の遅れなど予測できない要素がつきものです。予測できない要素が多いものほど、細かい計画を立てすぎるより、動きながら改善していくほうが正解です。</p>

<p>最初の段階では完璧を求めず、ある程度の方向性を決めたら、実践しながら修正を加えていくことが成功のポイントになります。</p>

<p>ただし、準備不足でスタートしていいとはいえ、何もかも無計画に進めていいわけではありません「締め切り」と「最低限の譲れない目標」の2つはしっかりと設定しておくといいでしょう。</p>

<p>たとえば、イベントを開催する場合、開催日（締め切り）が決まれば、それに向けて準備を進めていかなくてはなりません。出店者の募集、チラシの作成、告知などをスケジュールに組み込めば、自然とやるべきことが明確になります。</p>

<p>どんなプロジェクトでも同じです。「いつまでに何をするか」（○月&times;日にイベントを開催する）が明確になると、自然と行動は加速していきます。</p>

<p>2つ目の「最低限の譲れない目標」も大切な要素です。たとえば、料理の練習をするとき、「子どもの誕生日までに野菜がゴロゴロ入ったカレーをつくれるようになる」と決めれば、締め切りと具体的な目標が設定されます。</p>

<p>同じように、ダイエットをするなら「7月には女ともだちとプールに行くから6月末までに3kg減らす」と決めることで、行動が具体的になります。周りの人を関わらせた目標設定にするのがポイントです。</p>

<p>締め切りが決まると、やるべきことが明確になり、優先順位がつけやすくなります。そして、完璧ではなくとも、まずは走り出すことができるのです。</p>

<p>もし「まだ準備が足りない」と感じて、なかなか行動に移せないなら、自分が思っているよりも早くスタートして大丈夫だと考えてみてください。 「準備３割で進める」どころか、「まだ０割かも」と思う状態でも、走り出してしまえば、実は十分だったと気づくことも多いのです。</p>

<p>いきなり準備３割といわれても、と思うなら、小さなことから始めてみましょう。小さな成功体験をすることで、「準備３割でも全然OK」であることがわかってきます。</p>
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						<pubDate>Thu, 11 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三上美幸（おうち起業コンサルタント）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>着てみたら「安っぽい服」を避けるには？ 高見えする服を選ぶ１つのポイント  池上陽子（ファッションコンサルタント）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14409</link>
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			<description><![CDATA[デザインで服を選んでいるのに、なぜか安っぽく見えてしまう...その原因は？ 高見えする素材を選ぶ秘訣を、ファッションコンサルタントの池上陽子さんが解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_womanfashion.jpg" width="1200" /></p>

<p>忙しい朝、鏡の前で「今日は何を着よう」と迷った末に、結局いつもと同じ服を選んでしまう......そんな経験はありませんか？じつは「時短なのにおしゃれに見える人」には、ある共通の法則があります。さらに大人のファッションを格上げする鍵は、デザインよりも意外なところに隠されていました。ファッションコンサルタントの池上陽子さんによる書籍『服を味方にする「わたし」の魅せ方』より解説します。</p>

<p>※本稿は、池上陽子著『服を味方にする「わたし」の魅せ方』(三笠書房)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>迷ったときの王道コーディネートとは？</h2>

<p>忙しい朝、着る服にあれこれ迷って、焦った経験はありませんか？どうしても時間がないときに、「これさえ着ておけば！」という王道コーデを決めておくと安心です。</p>

<p>おすすめなのが、ワンピースをメインにしたコーデ。</p>

<p>1枚でもサマになりますし、アレンジ次第で着回しもきくワンピースは、時短コーデの救世主です。</p>

<p>&nbsp;・ 本当に時間がないときは、着映えする柄ワンピをさらりと1枚で。<br />
&nbsp;・ 会議や打ち合わせがあるときは、ジャケットを羽織ってかっちりした雰囲気に。<br />
&nbsp;・ 帰りに友だちと会うときは、おしゃれ見えするよう無地ワンピに、アクセントカラーの小物を足して。<br />
&nbsp;・ スタイルアップして見せたいときは、ベルトでウエストマークを。</p>

<p>こんなふうに、いくつかシチュエーション別のワンピースコーデを用意しておきましょう。きっと「忙しいはずなのに、いつもちゃんとおしゃれしている人」という印象が作れます。</p>

<p>なお、ワンピースは3着持っておくと用途ごとに着回しできて便利です。</p>

<p>まずはデイリー用の1着。普段着として使えるジャージ素材のものがおすすめ。次にきれいめの1着。AラインやIラインを意識したシンプルなものを。最後に、華やかな1着。写真映えを考えた勝負服として使えるものです。アクセサリーなどの小物も追加して、合わせながらコーディネートを楽しんでください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「高見えするかどうか」を基準に素材をチェック</h2>

<p>服を選ぶとき、デザインだけに注目していませんか？</p>

<p>若いころは、ペラペラの素材の服でも、デザインがよければそれなりにおしゃれに見えます。肌そのものにハリやツヤがあって、ボディラインにもメリハリがあるからです。</p>

<p>でも、肌の質感や体型が変化してくる大人はそうはいきません。いくらデザインが素敵でも、ペラペラでテカテカ光る安っぽい素材は、大人の肌をくすませ、体型もだらしなく見せてしまいます。</p>

<p>あなた自身の価値を下げてしまわないためにも、肌をきれいに見せてくれ、ボディラインを拾いすぎない素材を選ぶことが必要になってきます。</p>

<p>一方で、質のよい素材はお値段もそれなりなので、無理に全身そろえる必要はありません。インナーはプチプラでOK。</p>

<p>その代わり、長く着られるシャツやパンツ、カーディガンなどのベーシックアイテムは、ラグジュアリーな素材のものを選びましょう。</p>

<p>ざっくり分けると、次の3つが代表的な素材です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>① 天然繊維</p>

<p>ウール、シルク、綿、麻など。光を吸い込むので、落ち着いたシックな色合いになるのが特徴。</p>

<p>② 化学繊維</p>

<p>ポリエステル、ナイロン、アクリルなど。光を反射して、キラキラしたツヤを発するのが特徴。</p>

<p>③ 再生繊維</p>

<p>レーヨン、キュプラ、テンセルなど。自然の原料を化学処理したもの。とろみや落ち感があるのが特徴。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>一般的には、天然繊維が最も高価で高級感がある素材です。</p>

<p>しかし、最近では「シルクライク」「リネンライク」「ウールライク」と呼ばれる化学繊維や再生繊維など、&quot;高見え&quot;するものが続々と登場しています。また、天然繊維は毛玉やシワができやすいものもあるため、&quot;安見え&quot;してしまうこともあります。そのため、天然素材を基本にしながらも、「高見えするかどうか」を基準に素材をチェックしてみましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>高見えする素材を選ぶポイント</h2>

<p>&quot;高見え&quot;する素材を選ぶポイントは、次の5つです。</p>

<p>①ツヤやとろみのある素材を選ぶ</p>

<p>光があたったときにテカテカ安っぽく光らない、テロンとしたとろみのある素材は高見えします。</p>

<p>②レースやシフォンはプチプラを避ける<br />
繊細なレースやシフォンは、質の差が表れやすい素材。プチプラアイテムは避けるのが無難です。</p>

<p>③柄物より無地のシンプルなものを選ぶ</p>

<p>柄の緻密さや色数などの細部に安物感が出てしまう柄物アイテムよりも、シンプルで色がたくさん使われていないアイテムを選ぶようにしましょう。</p>

<p>④透けていないものを選ぶ</p>

<p>インナーが透けてしまうような薄くてペラペラした生地は、チープに見えるので避けましょう。</p>

<p>⑤シワになりにくい素材を選ぶ</p>

<p>マメにケアできる人には天然素材がおすすめですが、お手入れが苦手ならポリエステルや、ポリエステル混の素材もおすすめです。光があたったときに安っぽく見えないかどうかチェックしましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 11 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[池上陽子（ファッションコンサルタント）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>忙しい日本を離れ、英国のガーデナーに転身...イギリスで見つけた「本当の豊かさ」  加藤栞（ガーデナー）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12391</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012391</guid>
			<description><![CDATA[イギリス在住の加藤栞さんが、移住、そしてガーデナーの仕事について語ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p dir="auto"><img alt="イングリッシュガーデン" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250520Katoushiori02.jpg" width="1200" /></p>

<p dir="auto">皆さんは「庭」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか？</p>

<p dir="auto">花が咲き誇る癒やしの空間でしょうか？縁側から望む小さな森林のような空間でしょうか？それとも家の片隅にある小さなスペースでしょうか？</p>

<p dir="auto">私は日本を離れ、イギリスで&quot;庭をつくる人&quot;として生活しています。連載1回目となる本記事では、なぜ私がこの道を選んだのか、イギリスでの暮らしや庭文化についてお話ししたいと思います。</p>

<p dir="auto">&nbsp;</p>

<h2 dir="auto">なぜ私はイギリスで「庭をつくる人」になったのか</h2>

<p dir="auto">大学を卒業した私は、就職活動を熱心にするわけでもなく、ただ「実家を出たい」という衝動で就職先を探していました。唯一内定をもらったのが、お花と植物を扱う会社。その頃は特にお花に興味があったわけではありません。</p>

<p dir="auto">しかし、あるフラワーアーティストとの出会いが私の人生を大きく変えました。</p>

<p dir="auto">職場に月に数回、デザイン指導に来てくれていた彼は、ただ目の前の注文をこなしていた私に、お花そのものをじっくり観察し、それぞれの花が持つ個性をどう活かし、魅せていくかを教えてくれました。</p>

<p dir="auto">「命あるお花を扱っているからこそ、その命と真摯に向き合う覚悟が必要」</p>

<p dir="auto">そんなお花への情熱が、私の心を打ちました。そして「私もこの道を極めたい」と決意したのです。「なんとなく10年続ければプロになれる」と信じて。</p>

<p dir="auto">会社では、お花の配達からギフトの制作、観葉植物の納品やメンテナンス、店舗運営まで、植物に関するあらゆる仕事を経験しました。特にギフト制作では、花束やアレンジメント、生け込みなど、フローリストとしての基本を徹底的に叩き込みました。</p>

<p dir="auto">数年が経ち、私も「自分でお花をデザインしたい」という思いが募り、転職を決意しました。転職先では空間装飾やウエディング、イベントの花を手がけるように。5つ星ホテルのアトリエでは、毎日が分刻み。朝は市場へ仕入れ、日中は打ち合わせや制作、夜は発注・請求業務......。気づけば終電、あるいはそれを逃すこともしばしば。</p>

<p dir="auto">「自分の好きなことで食べているし、やりがいはある。でも、これが本当の豊かさなのか？」そんな疑問が心に芽生えていきました。正直、働いている時はそんなことを考える暇さえなかったですが。</p>

<p dir="auto">そのきっかけは、周囲の仲間たちの変化でした。自分は心も体も丈夫だったので乗り切れていたのですが、先輩や後輩、同僚たちが次々と精神的に病み、突然職場を離れていくのが&quot;当たり前の光景&quot;になっていました。 「みんな好きで始めた仕事なのに、それで自分を壊してしまうなんて...」 その現実がとてもやりきれず、「働き方」や「生き方」そのものを見直したいと思うようになったのです。</p>

<p dir="auto">&nbsp;</p>

<h2 dir="auto">そして、イギリスへ</h2>

<p dir="auto"><img alt="イングリッシュガーデン" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250520Katoushiori01.jpg" width="1200" /></p>

<p dir="auto">もともとイギリスには漠然とした憧れがありました。グラフィックデザインや音楽など、私の「好き」はなぜかイギリスに繋がっていたのです。</p>

<p dir="auto">そして、「切り花」だけでなく「生きた植物」ともっと深く関わりたいという思いが芽生え、ガーデナーという新たな道を選びました。切られた花を生かす世界から、これから咲こうとする植物を育てる世界へ。</p>

<p dir="auto">イギリスは、ガーデニング文化が根付いた国。多くのガーデナーがこの地で経験を積んでいました。私もその土を踏み、イギリス人の&quot;庭と共にある暮らし&quot;に触れたいと思ったのです。</p>

<p dir="auto">実際に住んでみて驚いたのは、ほとんどの家に庭があるということ。ロンドンのような都市部でも、家と庭はセット。「庭がないなんて考えられない」と言うボスの家には、実は庭がないのだけれど（笑）。</p>

<p dir="auto">イギリスでは、庭は生活の一部。晴れた日には庭で子どもが遊び、大人が読書や日光浴を楽しみ、BBQやパーティーが開かれる。ライフステージに合わせて庭も姿を変えていきます。</p>

<p dir="auto">この&quot;時間を愛する&quot;ような暮らしぶりは、かつて東京で忙しく働いていた私にはとても新鮮でした。</p>

<p dir="auto">&nbsp;</p>

<h2 dir="auto">ガーデナーという仕事</h2>

<p dir="auto">現在私はロンドン郊外で、プロのガーデナーとして働いています。朝7時にボスと集合し、契約先のガーデンへ。剪定、除草、植栽、水やり、清掃など、日々の手入れを通して植物と向き合います。</p>

<p dir="auto">ある日、何年も放置されていた茂みの手入れ中に、大きな鹿の頭蓋骨を見つけました。命の営みを間近に感じて、植物だけではなく生き物たちとの共生もこの仕事の魅力だと改めて実感しました。</p>

<p dir="auto">また、お客様の庭で季節ごとに違う花が咲くのを見届ける喜びもあります。一週間経てば、一週間前に咲いていた花は枯れ、また違う花が満開になっている。日々、お庭の表情や色も変わっていくのです。</p>

<p dir="auto">大規模な邸宅と呼ばれるお家では、広大な庭に無数の動物が共生し、池や川、林や、果物の木々、温室まであります。そんな&quot;自然を切り取ったような庭&quot;を管理するのも私たちの仕事です。</p>

<p dir="auto">仕事の時間は基本的に日中のみ。夜まで働くことはありません。週に一度はチームでパブへ行き、ボスはいつもアサヒビール、私はギネス。そんな風に心と身体に余白のある暮らしを楽しんでいます。</p>

<p dir="auto">庭で過ごす時間は、ただの趣味や装飾以上の意味を持っています。植物と向き合うことで、忙しい日常の中に&quot;ゆとり&quot;や&quot;本当の豊かさ&quot;を見つけられるのです。</p>

<p dir="auto">この連載では、イギリスでの経験を通して、イギリス式のガーデニング、フローリスト目線のお花の楽しみ方、そして日本とイギリスの働き方や文化の違いなど、私だからこそ伝えられることを発信していきたいと思っています。</p>

<p dir="auto">お花は特別な日を彩る「装飾」だけではなく、日常から隣にあるような「共に生きるもの」。植物と過ごす時間は、物質だけでは得られない本当の豊かさを教えてくれます。</p>

<p dir="auto">&nbsp;</p>

<p dir="auto">【加藤栞（かとう・しおり）】<br />
日本ではフローリストとして、5つ星ホテルのウェディング装飾やブティック・イベント・撮影現場での装花、ギフト制作などに携わる。2024年よりイギリスへ拠点を移し、ロンドン郊外でガーデナーとして活動中。</p>

<p dir="auto">&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 10 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[加藤栞（ガーデナー）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「なんとなく」は思考停止のサイン　本音を言語化するセルフワーク  川岸宏司（株式会社DIL 共同創業者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14359</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014359</guid>
			<description><![CDATA[「なんとなく」は言語化から逃げる合理的な理由。思考停止から抜け出し、本音を伝えるためのワークを川岸宏司さんが紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="なぜ、あの人の言葉は心に響くのか" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayamiwoman_2.jpg" width="1200" /></p>

<p>自身の行為に対して理由を聞かれたら「なんとなく」と答えてしまう人は少なくありません。起業家の川岸宏司さんは著書『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』にて、「なんとなく」は言語化から逃げる最も合理的な理由だと説明します。</p>

<p>同書より、内側にある本音を「なんとなく」で片づけないためのワークを紹介します。</p>

<p>※本稿は、川岸宏司著『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「なんとなく」の理由を言語化する</h2>

<p>本稿の言葉のタネは「なんとなく」です。</p>

<p>服を買いに行ったとき、その服を選んだのはなぜですか？ランチで、なぜそのお店に入りましたか？　なぜ、電車でその席に座ったのですか？</p>

<p>おそらく、9割の人がこう答えるはずです。「え？　特に理由は......なんとなく」。</p>

<p>この「なんとなく」という言葉、一見、謙虚で無害な言葉に聞こえますが、言語化においてこれほど危険な言葉はありません。前回の記事でも説明した「ヤバい」が思考停止のスタンプだとしたら、「なんとなく」は「言語化から逃げる最も合理的な理由」です。</p>

<p>私たちが「なんとなく」と言うとき、頭の中では必ずなんらかの感情が動いています。ちなみに、その大半はネガティブな感情です。その感情があまりにネガティブだったり、認めたくないほど情けなかったりするからこそ、脳が無意識に蓋をして「なんとなく」というラベルで封印してしまう。この封印を解くには、それなりの「努力」が必要です。</p>

<p>脳が隠し、言葉では抽象化したがる不都合な真実を、あえて掘り起こす作業なので、痛みも伴います。でも、その痛みと向き合う努力の先にしか見つからない、極上の「言葉のタネ」があるということも覚えておいてください。</p>

<p>「なんとなく」の蓋を開けると、ドロドロとした人間臭い感情が詰まっています。</p>

<p>表面：「なんとなくこの服にした（地味な色の服）」<br />
&rarr;裏側：【不安】「自信がないから、目立ちたくない。失敗しない色に逃げたい」</p>

<p>表面：「なんとなくこの店に入った（チェーン店）」<br />
&rarr;裏側：【恐怖】「知らない店に入って、店員と会話するのが怖い。1人で浮くのが怖い」</p>

<p>表面：「なんとなくあの人を避けた」<br />
&rarr;裏側：【怒り】「前回の会議で否定されたことを、まだ根に持っている」</p>

<p>表面：「なんとなくタスクを後回しにした」<br />
&rarr;裏側：【恐怖】「手をつけた瞬間に『できない自分』が露呈するのが怖い」</p>

<p>心当たりは、ありませんか？　これらを見ないふりをして通り過ぎることは簡単です。しかし、それでは永遠に自分の感情を掴むことはできません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「尋問テクニック」で感情を引きずり出す</h2>

<p>では、どうすれば言葉のタネにするための素直な本音を掻き出せるのか。私が行った対策は「選んだ理由」の可決視点ではなく、「選ばなかった理由」の否決・却下視点で問うことです。</p>

<p>次の3段階の尋問フローを見てください。今日の「服選び」を例にします。</p>

<p>ステップ1：自白させる 問：「今日、なぜそれを選んだ？」&rarr;答：「なんとなく、この黒いシャツを選びました」&rarr;まだ本音は出ません。</p>

<p>ステップ2：逃げ道を塞ぐ 問：「ほかにも選択肢はあったよね？」&rarr;答：「ええ、白いシャツもあったし、紺色のジャケットもありました」&rarr;事実を認識させます。</p>

<p>ステップ3：感情を吐かせる 問：「なぜ、白や紺を却下して、黒にした？」&rarr;答：「......白だと汚れが気になるし、紺だと気合が入っていると思われそうで。今日は誰にも会いたくなかったし、空気のように目立ちたくなかったんです」&rarr;確保！これが本音（言語化のタネ）です。</p>

<p>「なぜ選んだか」を問うと、人は建前を語ります。一方で「なぜほかを捨てたか」を問うと、そこには必ず「避けたい痛み」や「隠したい欲望」が隠れています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>無意識の選択に隠れる「4つの感情パターン」</h2>

<p>私の経験上ですが、この尋問で出てくる感情は、大きく4つのパターンに分類できます。まずは入口として参考にしてみてください。</p>

<p>①【快】（接近&times;自分軸）<br />
&rarr;理由：「好きだから」「心地いいから」 例：「このカフェ、ＢＧＭが好きだから選んだ」</p>

<p>②【承認欲求】（接近&times;他人軸）<br />
&rarr;理由：「褒められたい」「すごいと思われたい」 例：「センスがいいと言われたくて、この服を選んだ」</p>

<p>③【不安】（回避&times;自分軸）<br />
&rarr;理由：「失敗したくない」「面倒を避けたい」 例：「午後眠くなるのが嫌で、ラーメンではなく蕎麦にした」</p>

<p>④【恐怖】（回避&times;他人軸）<br />
&rarr;理由：「嫌われたくない」「浮きたくない」「否定されたくない」 例：「Ａさんに否定されるのが怖くて、Ｂさんに話しかけた」</p>

<p>驚くべきことに、私たちの「なんとなく」の多くは、③の不安や④の恐怖といった「回避（逃げ）」の感情からきています。</p>

<p>恥を忍んでですが、私の「自白録」を公開します。些細な行動の裏に、どれほど情けない感情が隠れているか、笑ってやってください。</p>

<p>ケース1：カフェの席選び</p>

<p>表面：「なんとなく窓際の席にした」</p>

<p>尋問：「なぜ奥のソファ席を却下した？」</p>

<p>発掘された感情（不安・恐怖）：「背後に人がいると落ち着かない。何かあったときにすぐ店を出られる位置じゃないと怖い」</p>

<p>気づき：私は常に「逃げ道」を確保しないと安心できない、「臆病で警戒心の強い人間」だった。</p>

<p>ケース2：SNSの「いいね」</p>

<p>表面：「なんとなく『いいね』を押した」 尋問：「なぜその投稿？　他にも流れてきたよね？」</p>

<p>発掘された感情（承認欲求・不安）：「この人に『見てるよ』と伝えておかないと、関係が切れるのが怖い。次会ったときに気まずくなりたくない」</p>

<p>気づき：私の「いいね」は共感ではなく、単なる「人間関係の維持コスト」だった。</p>

<p>ケース3：タスクの後回し</p>

<p>表面：「なんとなく明日やろうと思った」</p>

<p>尋問：「なぜ今日やらなかった？　時間はあったよね？」</p>

<p>発掘された感情（恐怖）：「手をつけた瞬間に、うまくできない自分が露呈しそうで怖い。明日になれば魔法のように能力が上がっていると期待したい（そんなわけないのに）」</p>

<p>気づき：先延ばしの正体は、怠惰ではなく「無能さがバレる恐怖」だった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分の中の「人間味」を掘り起こしていく</h2>

<p>見てわかる通り、自分の本音を知ることは、最初は痛みを伴います。「自分はこんなにも臆病で、見栄っ張りで、計算高い人間だったのか」と、直視するのが嫌になるかもしれません。</p>

<p>だからこそ、脳は「なんとなく」というオブラートで包んで、あなたを守ろうとします。そして気づくと言葉で蓋をし、感情の言語化が下手になる。</p>

<p>でも、オブラートを剥がす「努力」を放棄しないでください。美しい言葉や、人の心を打つ言葉は、自分の中にある、目を背けたくなるような「弱さ」や「ズルさ」を、汗をかいて掘り起こした先にしか見つからないからです。</p>

<p>だからこそ、今日から、寝る前の1分間だけでいいので、自分への尋問を行ってみてください。「なぜ、ほかの選択肢を却下したのか？」その問いと向き合う泥臭い努力こそが、あなたの言葉に圧倒的な「人間味」を宿らせてくれると思っています。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 10 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[川岸宏司（株式会社DIL 共同創業者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>プロが教える「ファッションが楽しくなる」習慣　無難な服ばかり着ていない？  池上陽子（ファッションコンサルタント）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14408</link>
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			<description><![CDATA[年を重ねるごとに失われがちな「おしゃれを楽しむ気持ち」を思い出すには？ ファッションコンサルタントの池上陽子さんが解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smilewoman02.jpg" width="1200" /></p>

<p>着る服がない、年相応の無難な服ばかり選んでしまう......そんな悩みを抱えていませんか？</p>

<p>じつは多くの働く女性が、ファッションへのときめきやワクワク感をいつの間にか忘れてしまっているといいます。おしゃれ心を取り戻す最初の一歩は、意外なほどシンプルなところにありました。ファッションコンサルタントの池上陽子さんによる書籍『服を味方にする「わたし」の魅せ方』より解説します。</p>

<p>※本稿は、池上陽子著『服を味方にする「わたし」の魅せ方』(三笠書房)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>まずはファッションを「楽しむ」気持ちを思い出して</h2>

<p>「服はたくさんあるのに、着る服がない」<br />
「年相応の無難な服ばかり選んでしまう」<br />
「おしゃれ度が低いせいで、正当に評価されていない気がする」</p>

<p>こんなふうに悩んでいませんか？でも安心してください。全部解決できますから！</p>

<p>ただ、自分の魅せ方のテクニックをいろいろお話しする前に、みなさんに一つお願いがあります。</p>

<p>それは、ファッションを「楽しむ」気持ちを思い出すこと。</p>

<p>ファッションコンサルタントとして、多くの女性経営者や働く女性とお話ししていると、「この服かわいい♡」というトキメキや、「早くこれを着て出かけたい！」というワクワク感を忘れてしまっている人がとても多いのです。</p>

<p>もちろん、それは決して悪いことではありません。</p>

<p>一人の働く女性として、母親として、職業や役割にふさわしい自分を優先させてきたことのあかしでもあるからです。</p>

<p>でも、あなたはもう十分すぎるほどがんばってきました。</p>

<p>だからこそ今日から、仕事や家族のために二の次にしてきた「本来の自分の好み」や「おしゃれ心」を思い出してほしいのです。</p>

<p>私の場合で言えば、小学生のとき年上のいとこのお姉さんたちから、おさがりを山のようにもらっていました。ダンボールを開けて、自分でコーディネートを作って着てみたときのワクワク感は今でも忘れられません。</p>

<p>高校も、制服がかわいいという理由だけで決めました（笑）。</p>

<p>初めて袖を通したときの気持ちや、かわいく見せようとあれこれアレンジを加えたこと......そのすべてが、今の私のおしゃれを楽しむ気持ちにつながっています。</p>

<p>外見ブランディングというのは、ただマニュアルどおりの服を着て、おしゃれに見えればOKというものではありません。</p>

<p>人は、「なりたい自分」を「自分が好きなファッション」で表現するからこそ、魅力的に輝いて見えるのです。</p>

<p>まずは仕事での立場や、妻やママとしての自分をいったん忘れてください。</p>

<p>一人の女性として、鏡の前でああでもないこうでもないと考えたり、似合うものが見つかったりしたときの気持ちを思い出してみませんか？</p>

<p>それがすべての始まりです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>気軽に立ち寄れる「リアルのお店」に行ってみよう</h2>

<p>とはいえ、「ファッションを楽しむ心を思い出せって言われても......」と、戸惑ってしまう人もいるかもしれませんね。</p>

<p>でも、じつはおしゃれ心を取り戻すのは、とっても簡単！</p>

<p>まずは気が向いたときに、ふらりとアパレルショップに立ち寄ってみるところから始めてください。</p>

<p>ただ、ここでネックになるのが、「最近はネットでばかり服を買っているから、百貨店で高い服を買うのはハードルが高い」「店員さんに話しかけられるのが怖い」という気持ちでしょう。</p>

<p>お店の前までは行ってみるものの、</p>

<p>店員さんに話しかけられる<br />
　　　&darr;<br />
　試着する<br />
　　　&darr;<br />
高い服を買わなくてはいけない</p>

<p>というプレッシャーを感じて、結局お店に入れなかったという声もよく聞きます。</p>

<p>ここで足が止まってしまう人は、ZARAやH＆M、ユニクロやGUといったファストファッションのリアル店舗に行くところから始めればOKです。</p>

<p>ファストファッションのお店は、店員さんが話しかけてくることが滅多にありません。気楽に入れて、自由にいろいろな服を試着することができるので、おしゃれ心を取り戻す「最初の一歩」にぴったりです。</p>

<p>「買わなくちゃいけないのかな」「店員さんと話さなくちゃ」と身構える必要はありません。まずは気軽に立ち寄れるリアル店舗に、足を運ぶところから始めていきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>とにかくいっぱい、服を着るところから</h2>

<p>リアル店舗に足をふみ入れたら、とにかくたくさんの服を試着してみてください。</p>

<p>試着をするときのポイントは「似合う」「似合わない」を気にしないこと。</p>

<p>服選びのときに、じつは「自分の目」ほどあてにならないものはありません。「こういうデザインや色は似合わない」というのは、ほぼ100％思い込みです。新たな自分に出会うためにも、片っ端から試着していきましょう。</p>

<p>ネットでの買い物に慣れていると、試着が面倒に感じるかもしれません。</p>

<p>でも、試着しないで服を選ぼうとすると、「ぽっちゃり下半身が目立たない、お尻が隠れるチュニック丈にしよう」「明るい色は派手だからネイビーにしよう」と、今までどおりの無難なデザインや色を選びがち。</p>

<p>そのため、新たなチャレンジがしづらくなってしまうのです。</p>

<p>おしゃれを楽しむドキドキ、ワクワク感は、「新しい自分」と出会うことでよみがえってくるものです。鏡の前でこれまで着たことのない服を着てみたら、「意外によかった！」ということはたくさんあります。</p>

<p>私も、クライアントさんと一緒にお店に行く機会がよくあります。</p>

<p>最初は「私に似合う服なんかあるはずがない」と不安な顔をしている人が多いのですが、いろんな服を試すうちに、表情がどんどん輝き始めるのがわかります。</p>

<p>あれこれ試着をしていくうちに、お店でキラキラした服たちを目で見て、生地の質感を手で触って感じ、実際に着てみるときの心が浮き立つ気持ちは何ともいえないものですよね。</p>

<p>クローゼットをいくら眺めても、「着られる服がない」と感じるのはなぜでしょうか？</p>

<p>きっと、そこにある服が「高かったから」「必要だから」「悪目立ちしないから」という理由で残してあるだけで、&quot;今&quot;の自分を素敵に見せてくれる服ではないから。</p>

<p>ぜひ、いろんな服を試着しながら、今の自分をときめかせ、素敵に見せてくれる色やデザインはどれかを整理していきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 09 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[池上陽子（ファッションコンサルタント）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>朝食抜き×遅い食事は突然死リスク増！血管を守る「バナナ1本」からの新習慣  歌島大輔 (整形外科医)</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14389</link>
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			<description><![CDATA[朝食抜きや夜遅い食事のリスクを医学研究データを元に解説。血管をボロボロにし突然死を招く生活習慣から体を守るため、「バナナと牛乳」など5分でできる簡単な朝食の工夫や、遅い夕食の現実的な対策を提案します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="歌島大輔医師は、朝食抜きと夜遅い食事が血管に悪影響を及ぼすと説く" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_yogurt.jpg" width="1200" /></p>

<p>「忙しくて朝食を抜きがち」「帰りが遅くて、夕食も遅い時間に食べている」という人は多いのではないでしょうか。しかし、心臓や血管の健康を考えた場合、その習慣には恐ろしいリスクが隠されています。<br />
本記事では、整形外科医として診療に携わる一方で、医学論文に基づいた情報発信を積極的に行っている歌島大輔氏が、「朝食抜き」や「遅い夕食」がなぜ血管をボロボロにしてしまうのか、そのメカニズムについて医学研究データを元に解説。あわせて、「バナナと牛乳だけ」など、忙しい朝でも実践できる、体内時計と代謝のスイッチを入れる食習慣を提案します。</p>

<p>※本稿は、歌島大輔著『科学的に証明された 突然死を招く習慣・長生きする習慣』（高橋書店）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「朝食をまったくとらない人」は、心血管疾患による死亡リスクが1.9倍</h2>

<p>心臓と血管の観点から見ると、「朝食を抜く」という習慣は、想像以上に大きなリスクをはらんでいます。<br />
スペインの銀行員、約4000人を対象にした研究では、1日のエネルギーを朝食でほとんどとらない（朝食抜きに近い）人は、しっかりとる人に比べて、動脈硬化が起こる割合が2倍以上だったと報告されています。［2］</p>

<p>また、アメリカ在住の40〜75歳の男女6550人を、最大で23年間追跡した研究では、「朝食をまったくとらない人」は「毎日とる人」よりも、心血管疾患で亡くなるリスクが、約1.9倍高いことが示されています。［3］<br />
さらに、世界の約240万人をまとめた研究では、「朝食を抜く人」は「きちんと食べる人」よりも、心血管疾患全体のリスクが約1.2倍、心筋梗塞や脳卒中などによる死亡リスクも有意に高いと報告されています。［1］</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>朝食抜きから「血管を痛める生活」が始まる</h2>

<p>なぜ、朝食を抜くだけでここまで血管にダメージがたまるのでしょうか。</p>

<p>一つは、「体内時計」とのズレです。<br />
本来、朝日を浴びて朝食をとることで、「1日のスタートスイッチ」が入り、血糖や血圧、ホルモン分泌のリズムがととのいます。<br />
ところが、朝食を抜くと、このスイッチが入らないまま、夜遅くまで食べ続けやすい――すると、血糖値や中性脂肪が大きく乱高下し、インスリンの働きが鈍くなったり全身の（慢性）炎症が進んだりし、血管の内側（内皮）が傷つきやすくなります。</p>

<p>もう一つは、ほかの不健康な生活習慣とセットになっていること。<br />
朝食を抜く人ほど喫煙・飲酒が多く、身体活動量が少なく、しかも夜更かしをしがち、という傾向が、多くの研究で報告されています。［2］［3］</p>

<p>そして、見逃せないのが「夜遅い時間の夕食」と組み合わさっていること。<br />
日本在住の約8万人を対象とした調査では、夕食が20時以降、あるいは時間がバラバラな人ほど、脳卒中など心血管疾患で亡くなるリスクが高いと報告されています。［4］</p>

<p>とくに、これらの人は朝食を抜くことが多く、「夜遅くドカ食い&rarr;朝食抜き」という流れは、血管にとって最悪のコンビネーションだといえます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「朝食を抜けば、摂取カロリーが減ってやせる」の間違い</h2>

<p>「朝食を抜くことでカロリーを減らしてやせたい」という人もいると思います。<br />
たしかに、短期的には体重が減るというデータもあります。ただし、その裏では動脈硬化の原因となるLDL（悪玉）コレステロールの上昇が、示されています。［5］<br />
つまり、血管という観点からみると、かえって危険なのです。</p>

<p>また、朝食を抜いても、1日の総摂取カロリーが変わらないか、むしろ増えてしまうことも多々あります。空腹の反動で、昼食・夕食の量や甘い飲み物・お菓子が増えるためです。<br />
結果的に、血糖値や中性脂肪が一気に上がる「ドカ食い」に近いパターンが増え、動脈硬化の進行を加速させます。［1］［3］</p>

<p>「夜遅い食事」も同様に、血管に悪影響を及ぼします。<br />
寝る直前に食事をすると、高血糖の状態で横になることになります。<br />
本来、睡眠中は胃腸と代謝活動を休ませますが、そのタイミングでフルに働かせることになり、結果、血管の炎症や酸化ストレスが高まりやすくなるのです。［4］</p>

<p>つまり、「朝食を抜く」「夕食が遅い・不規則」「ドカ食いする」という三つの要素で、血管はボロボロになっていくと考えてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「少量でも口に入れる習慣」で突然死を防ぐ&nbsp;</h2>

<p>とはいえ、「朝は食欲がない・時間がない」「どうしても夕食が遅くなる」という現実も......。そこでのポイントは、「完璧な朝食」や「理想的な時間」にこだわりすぎず、できる範囲で「血管を守る最低ライン」をつくることです。<br />
まずは、「ひと口朝食」からやってみましょう。<br />
たとえば、<br />
　・バナナ1本＋牛乳または豆乳（無調整）<br />
　・小さめのおにぎり1個＋みそ汁（インスタントでも可）<br />
　・ヨーグルト＋ナッツひとつかみ<br />
　・オートミール＋牛乳<br />
など、5分もあれば食べられる組み合わせを決めてしまいましょう。<br />
量は少なくても、「朝に固形物を口に入れる」ことで、体内時計と代謝のスイッチが入ります。</p>

<p>それには「前夜に朝食を用意しておく」ことも有効です。<br />
前晩におにぎりをつくって冷蔵庫に入れておく、皿に入れたオートミールをテーブルに準備しておいて、朝、牛乳を注ぐだけ、といった工夫で、「朝に迷わない」状態をつくると続きやすくなります。</p>

<p>また、夕食が遅くなる場合は、「分割して食べる」というのが現実的です。<br />
たとえば、18〜19時ごろに主食とたんぱく質をある程度食べ、あとはスープやサラダ、少量の主食にとどめる――つまり、寝る2〜3時間前までに「メインの食事」を終えておくイメージです。</p>

<p>とはいっても、どうしても遅い時間にしっかり食べざるを得ないときもあるでしょう。<br />
その場合は、<br />
　・脂っこいものを避ける<br />
　・炭水化物は「腹8分目」にとどめる<br />
　・アルコールを飲まない<br />
だけでも血管へのダメージはかなり減らせます。</p>

<p>最後に、これだけは意識してください。<br />
　・週のうち3日だけでも、なにかしらの朝食をとる<br />
　・寝る直前に食事をとることを減らす<br />
ひと口の朝食と、早めの夕食が心筋梗塞や脳卒中を防ぎます。</p>

<p>［１］ Zhang H, et al. Front Cardiovasc Med. 2025;12:1565806<br />
［２］ Uzhova I, et al. J Am Coll Cardiol. 2017;70(15):1833-1842.<br />
［３］ Rong S, et al. J Am Coll Cardiol. 2019;73(16):2025-2032.<br />
［４］ Tang J, et al. Nutrients. 2021;13(10):3389.<br />
［５］ Zhang L, et al. Front Endocrinol. 2023;14:1256899.</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 09 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[歌島大輔 (整形外科医)]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>控えめな人が会話でやりがちなミス　互いに疲れない「聞き方」の工夫  三上ナナエ（研修講師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14357</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014357</guid>
			<description><![CDATA[相槌が多いと逆効果？相手に共感しすぎると自分も辛くなる？心を疲れさせないための聞き方を、研修講師を務める三上ナナエさんが解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="三上ナナエ著『控えめでも存在感のある人がしていること』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_danran.jpg" width="1200" /></p>

<p>相手が話している時にたくさん相槌したり、相手に共感しすぎて心が疲れてしまったり。思いやりがある優しくて控えめな人ほど、話をする時にそんな経験があるかもしれません。</p>

<p>では、控えめな人が持つ「相手を深く理解しようとする聞く力」をどのように活かせばよいのか――企業研修などの講師を多数手がける三上ナナエさんが、信頼を勝ち得るための聞き方を紹介します。</p>

<p>※本稿は、三上ナナエ著『控えめでも存在感のある人がしていること』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>相槌は「あえて減らす」</h2>

<p>◎多すぎると、かえって話しづらい</p>

<p>相槌は多いほど良い、と思われがちです。「うんうん」「なるほど」「そうなんですね」、会話の合間にこれらの言葉がリズミカルに返ってくると、一見、会話が盛り上がっているように感じます。特に、自分を出すのが苦手で遠慮がちで控えめなタイプの人ほど、「相手を不快にさせてはいけない」「ちゃんと聞いていることを証明しなきゃ」というプレッシャーから、つい相槌の回数を増やしてしまいがちです。</p>

<p>しかし、この「安心させたい」という親切心が、皮肉にも相手の「話したい意欲」を削いでしまうことがあります。テンポが良すぎると、話し手は「自分の言葉が咀嚼される前に流されている？」と感じてしまいます。そして、矢継ぎ早の相槌は急かされているような印象を与え、相手が言葉を選ぶ間を奪ってしまうのです。</p>

<p>私がある研修に参加者として伺ったときのこと。「聞き方」のトレーニングをしているときに、「相槌が少し多くて、話し手のペースに合っていないかもしれませんね」と言われたことがあります。そのことに自分ではまったく気づいていなかったので、ハッとしたのと同時に、指摘してもらえてありがたい気持ちになりました。</p>

<p>話し手のペースと合わない相槌は、無意識のうちに「話しづらさ」を生み出します。まだ言葉を探している途中なのに「はいはい」と入れられたり、気持ちが高まる前に「わかります！」と先回りされたり、そんな経験はありませんか？</p>

<p>「今そこじゃないんだけどな......」と心の中でブレーキをかけてしまいますよね。「聞いてもらえている」というより「作業的に相槌を返されている」、そんな印象になってしまうのはもったいないことです。</p>

<p>◎「1秒待つ」「1つ減らす」まずはここから</p>

<p>相槌には、いくつかのコツがあるので、そのポイントを紹介します。</p>

<p>①声の代わりに、黙ってうなずく</p>

<p>声に出す相槌は相手の会話を妨げてしまうことがあります。それを減らすには、まず「無言でうなずく」に切り替えるのが近道です。その際には、表情、視線、姿勢で「聞いています」を伝えること。すると、言葉の相槌は自然と減らせます。沈黙＝無関心ではありません。むしろ「ちゃんと考えながら聞いてくれているんだな」という安心感を届けることができます。</p>

<p>②相槌は「リズム」ではなく「意味」で入れる</p>

<p>相槌が多い人は、話の区切りではなく、自分の癖で入れてしまっていることが多くあります。そうならないために、相槌のルールをつくるのがひとつです。「感情が変化したとき」「結論っぽい一言が出たとき」こういったタイミングで相槌を入れると決めるのです。それ以外は、心の中で「今は待ち」と唱えましょう。</p>

<p>③相槌は「量」より「間」が大事</p>

<p>最大のコツはこれです。相手の話に被せるのではなく、ひと呼吸置いてから反応しましょう。すぐに「はい」「ええ」と返さず、できれば「1秒待つ」こと。この「間」があるだけで相槌の数は適正になります。</p>

<p>この3つのポイントはどれも大切ですが、一度に全部やろうとすると相手の話よりも自分の相槌のほうが気になってしまいます。それでは本末転倒なので、まずはひとつずつ。「今日は相槌をひとつ減らしてみよう」くらいがちょうどいいかもしれません。</p>

<p>＜POINT＞</p>

<p>「控えめな人」は「安心させたい」と思うあまり、相手の「話したい意欲」を奪うこともある</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ポイントは「評価」も「解決」もしないこと</h2>

<p>◎自分の心も疲れない「共感の仕方」</p>

<p>誰かの話を聞くときに、「相手と同じ気持ちにならなければ」と一生懸命心を寄せてしまうことがあります。相手が悲しんでいれば自分も胸が締め付けられ、相手が怒っていれば「それはひどいね」「許せないね」と感情を増幅させてしまう。これは共感しているようで、実は「同化」している状態です。</p>

<p>そうやって相手の感情を自分のようになぞり寄り添う姿は、一見すると理想的な聞き手に見えるかもしれません。しかし、話し手が本当に求めていることは「同化」ではないことが多いのです。</p>

<p>大切なのは、「あなたの話を受け止めています」を伝えることです。その際のポイントは、「評価」も「解決」もしないこと。たとえば、「辛かったんですね」と、相手の気持ちをそのまま繰り返して伝えてみましょう。そして、その後に、「かなり我慢されたのが伝わりました」など、少しだけ感情を具体化して返します。</p>

<p>評価も解決もせず、ただ「私はちゃんと受け止めました」と言葉で示すのです。感情をなぞりすぎない聞き方は、相手を突き放しているように見えるかもしれませんが、そうではありません。話し手が自分の感情を客観視し、気持ちを整理するきっかけを与えることにつながります。</p>

<p>◎大事なのは、相手との「境界線」</p>

<p>そして何より、感情をなぞりすぎないことはあなた自身が長く「聞き手」であり続けるために不可欠です。控えめな人は空気を読み、小さな変化に気づく繊細なセンサーを持っています。そのセンサーを全開にして相手の感情をなぞり続けてしまうと、あっという間にあなたの心はオーバーヒートしてしまいます。</p>

<p>話を聞いたあとにどっと疲れてしまった経験がある方は、話を聞くとき、心の中でこんな線引きをしてみてください。</p>

<p>・これは相手の感情</p>

<p>・私が感じているのは「理解しようとする感覚」</p>

<p>この一歩引いた視点があるだけで、心の消耗の度合いは大きく変わります。また、聞き終わった後におすすめなのが、「私は今、何に反応していたのかな？」と振り返ることです。</p>

<p>・「助けなきゃ！」と思った</p>

<p>・「怒り」に引っ張られた</p>

<p>明確な答えを出す必要はありません。ただ言語化するだけで、絡まった感情は自然と手放されていきます。</p>

<p>「ここまでは聞く、ここから先は背負わない」</p>

<p>控えめな人にとってのセルフケアは、感情の境界線を確認することなのです。相手が「私が悪いんですよね......どうしたらいいんだろう......」、こんな言葉を発した場合、正解を出さなきゃ、助けなきゃと思うと、自分に負荷をかけてしまいます。</p>

<p>線を引くには、「自分を責めてしまう気持ちが強くなっているんですね」と受け止め、「いくつか選択肢はありそうですが、まず整理をしたい事はどんな事ですか？」など、主導権を相手に返します。</p>

<p>評価も解決もしない、助けすぎないことが、相手の自立も、あなたの心も守っていきます。この境界線を持てるようになると、「聞く力」を長く安定して発揮できるようになります。</p>

<p>＜POINT＞</p>

<p>「控えめな人」は「共感」を越え、相手と「同化」し疲れてしまうことがある</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「自分の考え」は「質問」へ変換しよう</h2>

<p>◎「何て返せばいいんだろう......」と悩みがち</p>

<p>控えめな人は、話を聞いているときほど、心の中が騒がしくなります。</p>

<p>「何か返したほうがいいのかな」</p>

<p>「聞かせてもらったのだから役に立たないと......」</p>

<p>そんな思いが浮かんできます。それは、でしゃばりたいからではなく、せっかく話してくれた相手に誠実でありたいという思いからです。ただ、話を聞く場面で、その気持ちが強く出ると、相手の思考を先回りしてしまうことがあります。</p>

<p>「それは困りますよね」</p>

<p>「あなたは間違ってないですよ」</p>

<p>こうした発言は相手を思うからこそ口にしたくなるものです。けれど同時に「助ける側」と「助けられる側」を無意識のうちに分けてしまうことがあります。すると、相手との決まりきった関係性の中で会話をしないといけなくなるので、相手も自分もだんだん窮屈に感じてしまいます。</p>

<p>そうならないために、自分の気持ちはいったん、心の中に留めておきましょう。役に立ちたい気持ちは消さずに、まずは「今、私は役に立ちたくなっているな」と心の中で気づくことです。その気持ちは言葉で伝えずに、一度横に置いておきます。</p>

<p>◎「もう少し教えてもらえますか？」と伝えよう</p>

<p>そして、役に立ちたい気持ちを「質問」に変えてみてください。「答え」を与えるのではなく、「考えを支える問い」を与えるのです。たとえば...</p>

<p>・「それは困りますよね」と言いたくなったら、「その中で、特に引っかかっているのはどの部分ですか？」と聞いてみる。</p>

<p>・「あなたは間違っていない」と伝えたくなったら、「ご自身では、どこが一番悩ましかったですか？」と問いかけてみる。</p>

<p>質問に変えることで、相手は考える主体でい続けられます。相手の思考を一歩前に進めることができるのです。</p>

<p>質問は、相手の力を信じているという、静かなメッセージでもあります。ただ、良い質問をしようと構える必要はまったくありません。</p>

<p>「もう少し教えてもらえますか？」</p>

<p>「そのとき、何を一番大事にしていましたか？」</p>

<p>そんな素朴な問いで十分です。大切なのは、「理解しようとする姿勢」です。役に立ちたい気持ちは、抑え込むものでも、否定するものでもありません。形を変えれば、相手の考える力を引き出す支えになります。</p>

<p>控えめな人が差し出すひとつの質問は、場を動かす言葉ではなく、思考が深まる余白をつくる言葉です。聞くこと、待つこと、問いを添えること。それだけで、控えめな人はもう十分に、役に立っているのです。</p>

<p>＜POINT＞</p>

<p>「控えめな人」の質問は場を動かす言葉ではなく思考が深まるきっかけになる</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_danran.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 09 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三上ナナエ（研修講師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「新卒一括採用は悪」は本当か？ 日本の就活システムが持つ意外な強み  大賀康史（フライヤーCEO）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14399</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014399</guid>
			<description><![CDATA[問題視されがちな「新卒一括採用」は本当に問題なのか？ 客観的なデータと著者の経験に基づく主観的な意見から新卒一括採用の全容を解説した書籍『日本の就活 ――新卒一括採用は「悪」なのか』を紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="大賀康史氏" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2022/2022A/220705OogaYasushi03.jpg" width="1200" /></p>

<p>ビジネス書を中心に1冊10分で読める本の要約をお届けしているサービス「flier（フライヤー）」（https://www.flierinc.com/）。こちらで紹介している本の中から、特にワンランク上のビジネスパーソンを目指す方に読んでほしい一冊を、CEOの大賀康史がチョイスします。</p>

<p>今回、紹介するのは『日本の就活 ――新卒一括採用は「悪」なのか』（常見 陽平著、岩波新書）。この本がビジネスパーソンにとってどう重要なのか。何を学ぶべきなのか。詳細に解説する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本の就活は問題なのか</h2>

<p><img alt="日本の就活──新卒一括採用は「悪」なのか (岩波新書 新赤版 2088) " height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260601Oogayasushi01.jpg" width="1200" /></p>

<p>人生において思うようにならないことは多いものです。学生の間でも、友人、恋愛、学業、部活動、受験、など次々と人生の難題がふりかかってきます。誰もがその一つ、あるいはいくつかで大きな失敗経験があるのではないでしょうか。</p>

<p>そして、学生生活の最後の砦として立ちはだかるのが、本書のテーマである就活です。内定難易度ランキングのような記事は大量にあり、好待遇で知名度の高い優良企業の少ない椅子をかけて、激戦が繰り広げられます。もはやそれこそが、偏差値教育のなれの果てとでも言うべきものに見えます。</p>

<p>求める人材像についても、コミュニケーション能力、主体的思考力、リーダーシップ力などから始まり多様な側面に及びます。そのような人物だったら即社長ではないか、と感じる人も私だけではないはずです。さらに応募者により自分こそがその希少な人材です、というアピールを繰り広げられます。</p>

<p>もうそのような就活はやめにしよう、という意見がメディアで繰り返されるのもわからなくはないでしょう。しかし、本当に日本の新卒一括採用という仕組みは悪いことばかりなのかというと、そうとは言い切れなさそうです。本書はそのような就活を総合的に俯瞰できる一冊と言えるでしょう。新卒一括採用とは何を表すのか、という原点から本書の内容に触れていきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>新卒一括採用</h2>

<p>厚生労働省が設置した今後の若年者雇用に関する研究会によると、新卒一括採用は次のように定義されるといいます。</p>

<p>「企業が計画的・継続的に、卒業予定の学生・生徒に対象を限定し（近年は概ね既卒3年以内の者を対象に含む場合も多いもの）募集・選考を行い、卒業時（通常春季）に一括して採用を行う慣行。大企業を中心とした、基幹人材を基本的にこうした新卒採用及びその計画的養成により賄う人事方針（中途採用等は新卒採用の未充足、見込を上回る転職等が発生した場合のあくまで補充的位置づけ）としての側面を指す場合も多いもの。」</p>

<p>これはたしかに私たちが認識している新卒一括採用だと言えるものです。卒業予定の学生・生徒に限定した募集・選考があるということは、これから仕事を探そうという人にとっては便利な側面もあります。日本の若年失業率は世界の各国と比較して低く抑えられており、このシステムは未経験者の就業機会をなかば強制的に提供できる仕組みとして有効とも言えそうです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>4つのマッチング手段</h2>

<p>実際に人を採用する役割になってみると、内定企業のレベル分けなどの議論がいかに本質とは離れているか、ということに気づかされます。適切な学校の選択が重要である以上に、会社こそ多様な存在でその個人に合っているかどうかが大事です。ほぼ均一に定義された人材像であることを演じるのではなく、生身の人間として等身大の姿を面接で見せ、アピールすべきことはしっかり伝えることが大事です。そのスタンスで臨み会社に合っていると言われるようなところがその人に合った会社なのだと思いますし、面接をする人は飾られた姿ではなく求職者の真の姿を見る目が必要でしょう。</p>

<p>今の就活には4つに分類されるアプローチがあって、それぞれ本書で紹介されています。就職ナビに代表される「メディア」、中途採用同様の「エージェント」、公開した自分のプロフィールに対して企業側からアプローチがある「スカウト」、社員の紹介からの採用である「リファラル」の4つが該当します。</p>

<p>その中でも「スカウト」や「リファラル」は近年発達してきた手法で、会社側の視点からも知名度に頼らず個々の会社の魅力を具体的に伝えられる点で特長のあるものです。スタートアップ企業など特色ある会社の個性と求職者の個性を結びつけるためにも、幅広いアプローチを駆使していくことも重要と言えます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>一般的な就活の姿</h2>

<p>インスタグラムやXなどのSNS上ではいわゆる有名大学出身者が有名企業に内定していく様子がポストされ、メディアでも取り上げられていきます。ただ、就活生の大多数は違った景色を見ています。著者の常見氏は一貫して採用領域に関わってきた後に中堅の大学の教員として就活の支援も担われています。</p>

<p>就活の現場では、大学3年になる前後から複数のインターンシップを経験し、多数の会社説明会に参加するような学生はむしろ珍しいといいます。何から始めたらいいかわからず、きめ細やかなサポートが必要な学生も多いそうです。他にはやりたいことが見つからない、というのも就活生の共通の悩みのようです。</p>

<p>これは社会人に聞いても実際は同じようなものかもしれません。今は転職も一般化していることに加え、自己研鑽という観点でも本や新聞などに限らず、有料・無料の動画やサービスを活用すれば、あらゆることが学べる時代です。つまり、その人次第という自由度がある一方で、その人次第という残酷なまでに自己責任の時代でもあります。そこで輝かしいキャリアを歩めるかどうかという点で、はじめに入る会社は大事な一歩です。理想通りとはならなくても、少なくとも自分自身が納得して自分で決めたというプロセスはしっかり提供してあげたいものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>新卒一括採用の是非</h2>

<p>新卒の就職者は、直近5年間において年間45万人弱にもおよぶと本書でも言及されています。海外の就職のように経験者を優遇する仕組みになると、若年層の失業率にも悪影響があるかもしれません。加えて、今は生成AIの時代です。今まで求められた事務作業、分析作業、議事録作成などの社会人としての基礎力を習得できる機会は減っていくでしょう。だからこそ未経験者とキャリアの接続点は大事になってきます。</p>

<p>すでに一部の職種では、未経験者よりも上位の経験者を今まで以上に優遇する動きは始まっています。そのような社会の変化から、新卒一括採用の大枠の仕組みは残し、個々の課題は対策をしていくべきだとも感じます。</p>

<p>本書で語られていて印象的だったのは、企業が求める価値観・志向・職種の多様性と採用プロセスの多様性を区別せず、新卒では定まったプロセスがあることを理由に、日本の人材に多様性が生まれないとする乱暴な議論はすべきでない、ということです。多様性の優れた人材獲得と採用プロセスの活用はうまく組み合わせられるもので、採用する側も批評する側も解像度の高い議論が求められます。</p>

<p>本書は、客観的なデータと著者の経験に基づく主観的な意見のバランスが優れ、新卒一括採用の全容を理解できる頼りになる作品です。経営層や人事、就活生に限らず、子供を持つ親やただ就活への理解を深めたい方など、幅広い人にお薦めできます。気になる方はぜひ手に取ってみて下さい。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2022/2022A/220705OogaYasushi03.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 08 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大賀康史（フライヤーCEO）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>パリジェンヌは安さで選ばない？　価格より「納得感」を重視する理由  小栗きくこ（暮らしのコンサルタント）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14295</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014295</guid>
			<description><![CDATA[パリの人々が買い物をする時に大切にする価値観とは？暮らしのコンサルタント長年パリに住む小栗きくこさんが解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_paris01.jpg" width="1200" /></p>

<p>「○○％引き」「今だけ○○円！」セールのときにお得さにつられて、ついつい爆買いをしてしまう。そんな経験をしたことがある方は少なくないはずです。ところが、パリの人々はそうしたセールのときでも価格に振り回されないと、パリ在住の小栗きくこさんはいいます。本稿では、パリの人々が大切にする「お金に対する価値観」を紐解いていきましょう。</p>

<p>※本稿は、小栗きくこ著『パリ時間』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>働いてお金を稼ぐのは、「自由」を守るため</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="1600" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko11.jpg" width="1200" /><br />
雨上がりの空にやわらかな虹を見て立ち止まります。</p>

<p>この国で暮らし始めて、私は「お金の話があまり話題に上らない」ということに気づきました。もちろんフランス人も、将来のためにお金を貯めることは大切にしていますが、それは、ただ安心するためというより、「自分が大切にしたい時間を守るため」。私の周りにいるフランス人も、バカンスに家族で旅行へ出かけたり、友人と食事をしたりと、大切にしたい時間にお金を使っています。</p>

<p>つまり、お金とは、好きなことをしたり、家族や友人とゆっくり過ごしたりするためにあるもの。そんな位置づけに近いように感じています。ここでは、「暮らしの中でお金をどう使うか」よりも、「どんな時間を過ごしているか」「その時間のためにお金をどう使うか」といったことが大切にされているように感じます。</p>

<p>そして、働くこともその延長線上にあるようです。大事なのは、忙しさで1日を埋めるより、立ち止まる時間をちゃんと持つこと。何かを我慢して得る未来より、今この瞬間を大切にすること。同じテーブルを囲み、たわいない話をして笑い合うような、家族や友人とゆっくり過ごす時間を優先すること。そんな考え方が、お金の使い方にも自然と表れているように思うのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ブラックフライデーは、「お得さ」より「納得」</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="1600" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko12.jpg" width="1200" /><br />
気に入った物を納得して選びます。</p>

<p>ブラックフライデー（秋の大型セール）の時期になると、パリは一気に賑わいます。ショーウィンドウには大きな割引表示が並び、人の流れも増える中で、「安くなるから、今がチャンス！」という空気もありますが、 実際は、「とにかくお得だから買う」「まとめて買わないと損」という熱気とは少し違います。フランス人は、セールであっても、やはり必要な物だけを選びます。つまり、「自分の中で、買う理由をきちんと説明できる物」だけを選び取っているのです。</p>

<p>私自身も、パリで暮らすうちに、自然と「安くなっている」からではなく、「今の自分の暮らしに必要かどうか」を基準に考えるようになり、ブラックフライデーの時期に何かを買うとしても、前から必要だと思っていた物だけ。割引を理由にいくつものお店を見て回ることはなくなりました。</p>

<p>日本では、年始の福袋のように、中身が見えなくても「安いから」「お得だから」と買う楽しみ方がありますが、パリでは、こうした買い方はあまり一般的ではありません。パリの人たちは、「セールはきっかけになっても、買う決め手にはならない」と考え、うまくお金と付き合っているように感じます。これは、「お得を嫌っている」というよりも、先ほどお話ししたように「なぜこれを選ぶのか」を大切にしているからだと思います。</p>

<p>買い物の基準は、値段の前に「理由」。つまり、「今の自分の暮らしに合っているか」「本当に使うイメージが持てるか」「流行っているからではなく、長く付き合いたいと思えるか」といったことです。</p>

<p>たとえば、私の友人のマリーズさんは、アンティークショップが好きで、週末になるとパートナーと一緒に小さなアンティークショップを巡るのが楽しみのひとつです。セールの時期でも「安いから」という理由では購入しません。部屋の空気に合うか、長く使いたいと思えるかといったことを基準に、古い木の椅子や小さな器などをゆっくり選びます。</p>

<p>「今の暮らしの中で自然に使い続けられるか」ということが、彼女にとっての「自分に合う」という感覚なのだと思います。高価な物を買うときほど、その基準が明確。その背景や質、作り手の姿勢に納得できるかどうかも大切にしているようです。</p>

<p>つまり、「これは私に必要か」という問いに、自分なりの答えを持っているのです。こうした感覚は、お金との付き合い方にも通じていて、パリの人たちは、経験や学びになること、自分の世界を広げたり心を満たしたりすることにお金を使うといった「納得のある選択」をしています。</p>

<p>私がフランスに移り住んだのは20代の頃で、当時は、安さやお得さを意識して、お金はできるだけ減らさないようにと考えていました。けれどここでの暮らしを重ねる中で、お金を見る視点が少しずつ変わり、お金とは、「減らさないために抱え込むもの」というより、「人生の中で、自分と向き合い、その都度選び直すためのもの」だと捉えるようになりました。</p>

<p>安さを楽しむ文化を否定しているわけではありません。ただ、選び方が違うのです。価格よりも、理由。お得さよりも、納得。そんな基準があるからこそ、お金は振り回されるものではなく、暮らしを支える味方として存在するのだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>少し傷がついていても、手入れをしながら使い続ける</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="2135" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko13.jpg" width="1200" /><br />
でこぼこでも、色あせてても、世界に1つだけの宝物。</p>

<p>パリの人たちは、物を選ぶときに「理由」を大切にしています。そしてそれは、買ったあとにも続いていきます。</p>

<p>パリの人にとって、物は「自分自身を主張するもの」というより、暮らしにそっと寄り添う存在として扱われているように感じます。そのため、新しい物を次々と買い替えるよりも、気に入った物を手入れしながら長く使い、少し傷がついていても、それを「味」として受け入れているのです。</p>

<p>たとえば、縁が少し欠けたお皿も丁寧に使い続けていたり、祖母の代から受け継いだ器を特別な日のためだけでなく日常で使っていたり......。そうして選ばれた物は、手に取るたびに気負うこともなく、雑に扱うわけでもなく、生活のリズムの中に少しずつ溶け込んでいきます。</p>

<p>そこには、「いい物を持つ＝豊か」ではなく、「自分の暮らしに合った物と、どう付き合っていくか」という考え方があります。そして、その根底には「背伸びをしない距離感」があると思うのです。この「背伸びをしない」というのは、「今の自分の身の丈を知り、その中で心地よく選ぶ」ということ。物に振り回されず、物を通して自分を大きく見せようともしません。</p>

<p>それは、物だけではなく、建物にも当てはまります。パリの建物の多くは、新しく建て替えるよりも、外観を残し、内装を手入れしながら大切に使われています。有名なオルセー美術館も昔は駅舎でしたし、石造りの建物や古いアパルトマンも、その姿を保ちつつ暮らしに合わせて手入れされています。住む人は入れ替わっても、建物は、風景を守りながら長い時間を受け継いでいくのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_paris01.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 08 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[小栗きくこ（暮らしのコンサルタント）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ大人にヤングアダルト小説が人気？ YA作家・福木はるさんが語る「癒しの力」  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14156</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014156</guid>
			<description><![CDATA[YAはなぜ大人にも響くのか。福木はるが語る“祈りのような物語”の力と、社会を映すテーマ、そして次回作への展望。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ピーチとチョコレート" height="826" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260501Fukugiharu06.jpg" width="1200" /><br />
装画：WAKICO</p>

<p>最新作『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』の著者・福木はるさんは、元小学校教員という経歴を持ちます。なぜ、大人向けの小説ではなく「YA（ヤングアダルト）」というジャンルで執筆を始めたのでしょうか。そして、創作の根っこにある想いとは。年齢を問わず、心が疲れたすべての人に届いてほしい、YA小説の持つ「癒やし」の力について語ってもらいました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>児童書の作家は、「君たちを幸せにしたい」という祈りのような魂で書いている</h2>

<p><img alt="『女の子がハッピーに生きるための３つのこと』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260428Fukugiharu01.jpg" width="1200" /></p>

<p>――福木さんはもともと、小学校の教員だったそうですね。YA小説の作家になられたきっかけは何だったのでしょうか？</p>

<p>【福木】教員をしていた頃、体調を崩してしまって。もう何もできないと思って、閉じこもっていた時期がありました。このままではいけないと思って選んだリハビリの場所が、図書館だったんです。子どもの頃から通っていた地元の図書館へ、車を走らせて向かいました。</p>

<p>つらい時期って、細かい字を追うのが難しくなるんですよね。長い小説にも没頭できなくて、「せっかく来たのに読めないな」と思いながら児童書を手に取ってみたら、不思議とするっと読めたんです。そこから週に2、3回通って読み続けるうちに、児童書の持つ力の大きさに気づかされました。</p>

<p>児童書やYAを書いている大人たちは、「子どもたちを幸せにしたい」という思いを込めて書いているのではないかと感じています。優しくてふわふわとしたものだけが児童書ではありません。暗くて重たいものを、子どもを侮ることなく手渡す。そうした大人たちからの信頼もまた子どもにとっての幸せだと思います。とにかく、その祈りのようなものが伝わってきて、「自分はこのまま生きていてもいいんだ」と思えた。そうやって本に救われた経験がありました。</p>

<p>ずっと読んでいたら、頭の中で誰かが語りかけてくるような感覚になってきて、「このままにしておくとまずい」と思い、言葉を一気に書き出したんです。そして、「これが物語を書くということなのかもしれない」と気づきました。ちょうど読んでいた作家さんの多くが講談社児童文学新人賞の出身だったこともあり、自分も応募してみようと思い立った、というのがきっかけです。</p>

<p>年齢的には少し遠回りをしたかもしれない、という思いもあります。それでも、教員時代に「目の前の子どもたちを幸せにしたい」と願いながら向き合ってきた日々は、今の自分の根っこになっている。そう考えると、あの時間は決して無駄ではなかったのだと、今は感じています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>YA小説を書くことの意味</h2>

<p>――大人向けではなく、YA小説を書かれていることに理由はあるのですか？</p>

<p>【福木】一般小説にも青春小説はありますよね。それとYA小説の違いは、大人に向けて書かれているのか、それとも当事者である世代の読者に向けて書かれているのか、という点にあるのかなと思っています。</p>

<p>YA世代のティーンの子たちは、物語の中に自分を投影したり、ロールモデルを探したりしながら読んでいる部分がある。だからこそ、その子たちに直接届く形で書きたいという思いが強いです。これまで子どもたちと関わってきた経験もあって、彼らを大切にしたいという気持ちが、自分の中にずっとあるんです。</p>

<p>昔は、テレビをつければ子ども向けの番組がたくさんあって、夜の7時台でも子どもが楽しめるコンテンツが普通に流れていましたよね。コンプライアンスの面では社会は大きくアップデートされたと思いますが、その一方で、「子どもを楽しませたい」という空気そのものは、少し弱くなっているのではないかと感じています。</p>

<p>その影響もあってか、最近言われる「漫画離れ」のような現象も起きているのではないかと感じていて。子どもたちが、大人たちからその存在をまるごと祝福されながら成長できる社会が健全だと思うのですが、今は少し違う方向に進んでいるのではないか、という感覚があります。もちろん、少子化の影響もあって、商業的には大人向けの方が成立しやすいという現実も理解しているのですが...。</p>

<p>――よく考えてみると、話題のアニメや漫画も大人向けなものが多いですね...。</p>

<p>【福木】かつては子ども向けの作品を大人も一緒に楽しむという構図が多かったと思いますが、今は大人向けのコンテンツを子どもが共有している、という逆転した状況も生まれているように感じます。だからこそ、子どもたちに向けた作品をしっかりと作り続けることに意味があると思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大人にとってもYA小説が果たす役割は大きい</h2>

<p><img alt="『ピーチとチョコレート』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260428Fukugiharu02.jpg" width="1200" /></p>

<p>――私も以前より『ピーチとチョコレート』を拝読していましたが、YAの読者は大人にも広がっていると言われています。その理由はどのようにお考えですか？</p>

<p>【福木】先ほども少しお話ししましたが、私自身、大人になってからYAに強く励まされた経験があります。YAって、「子どもたちを幸せにしたい」という祈りのような思いが詰め込まれている作品が多いと思うんです。</p>

<p>そのまっすぐさが、しんどい時に大人の心にも届くことがある。あるいは、過去に置き去りにしてきた子どもの頃の小さな傷と向き合うきっかけになったり、それが癒やされたりすることもある。そういう意味で、YAは大人にとっても大きな役割を持っているのではないかと感じています。</p>

<p>もともとは子どもたちのための物語として書いていますが、大人が読んでも得るものは大きいと思いますし、実際に私自身も読み続けています。だからこそ、年齢に関係なく、もっと多くの人に手に取ってもらえたらうれしいですね。</p>

<p>――仕事で疲れているときなど、長い文章を読むのがつらい場面もありますし、そういう意味でも児童書の役割は大きいと感じます。YAのテーマには、トレンドや変化のようなものはありますか？</p>

<p>【福木】はっきりと「昔はこうで、今はこう」というふうに整理できるわけではないのですが、今の社会を反映した作品は多いのかもしれませんね。セクシュアルマイノリティの問題だったり、『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』で書いたような子どもの貧困だったり、社会の課題がリアルタイムで物語に刻まれている。</p>

<p>子どもたちは大人の影響をダイレクトに受ける存在なので、自然とそうしたテーマが浮かび上がってくるからではないかと思います。</p>

<p>YAを読む時期というのは、それまでの「自分中心の世界」から少し外に出て、他者もまた自分と同じように大切な存在だと気づき始めるタイミングでもあります。そこから、人との関わりや、さらに広い社会との関係へと視野が広がっていく。だからこそ、その時代の社会が物語に反映されやすいのだと思います。</p>

<p>――今後もYAを書かれる予定ですか？ 今から次回作が楽しみなのですが、構想はあったら教えてください。</p>

<p>【福木】YAも引き続き書いていきたいですし、もう少し低い年齢に向けた物語にも挑戦してみたいと考えています。これまでは女の子を主人公にした作品が続いたので、次は男の子が主人公の物語を書きたいと思っています。</p>

<p>対象年齢に関わらず、読み終えたときに「ああ、楽しかった」と思ってもらえること。そして、読んでいる途中に、親が「ご飯だよー！」と声をかけても「もう少しだけ読ませて！」と思ってもらえるような、夢中になれる物語を届けていきたいです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260501Fukugiharu06.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 08 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>黒く沈んだ部分が際立たせる光　アルコールインクアートが映した感情の均衡（連載「描き屑の瞬き」第2話）  いのうえまりこ（画家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14386</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014386</guid>
			<description><![CDATA[画家・いのうえまりこさんの連載「描き屑の瞬き」では、いのうえさんがその時々に抱いたあれこれを絵とエッセイで綴ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="いのうえまりこ　アルコールインクアート" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260601inouemariko02.jpg" width="1200" /></p>

<p>画家のいのうえまりこさんは、アルコールインクを主な画材に、自分の内側にあるものと向き合いながら作品を描いています。</p>

<p>アルコールインクアートとは、インクと無水エタノールを紙に垂らし、ドライヤーなどの風や紙の傾きでインクを広げていく抽象的なアート。</p>

<p>本連載「描き屑の瞬き(かきくずのまたたき)」では、いのうえさんがその時々に抱いたあれこれを、絵とエッセイで綴ります。第2話も前回と同じく、担当編集との対話のなかで描きあげられた絵と、そのときの言葉や感情をもとにしたエッセイです。</p>

<p>悲しみ、怒り、恐怖――。つい押し込めてしまいがちな感情を、いのうえさんはどう受け止めているのでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>虹の反対側を見つけた日</h2>

<p>空に、大きな虹がかかっていた。</p>

<p>誰もが夢中で見上げていた。</p>

<p>振り向くとその反対側で、雲間の晴れ空と濡れた地面が静かにキラキラしていた。</p>

<p>誰も見ていない景色が、いつもよりきれいに見えた。</p>

<p>そんな日だった。</p>

<p><img alt="いのうえまりこ　アルコールインクアート" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260601inouemariko01.jpg" width="1200" /></p>

<p>編集の方との対談は前回から続いている。</p>

<p>また新しい絵を描いている。</p>

<p>今度の絵は、少し意図的に色を動かしてみた。画面上で色を混ぜるように動かした。</p>

<p>色の基本原理に「減法混色(げんぽうこんしょく)」というものがある。感覚的にもわかることだけれど、いろいろな色を混ぜれば混ぜるほど、やがて黒に近づいていく。</p>

<p>手元の画面にも黒が生まれ、どこか重力を帯びていた。気づけば、対談の内容もまた、重たいものになっていた。</p>

<p>あまりにも大きなテーマで軽々しく語れるものではないけれど、世界情勢についての話にもなった。</p>

<p>編集の方は、戦争のことを考えると怖い。怖いのにずっと情報を追ってしまい、それでまた怖くなる。そんな胸の内を吐露してくれた。</p>

<p>私は申し訳ないくらいニュースを見ない生活をしていて、同じ感覚を返すことはできなかったけれど、「怖さ」などの負の感情について絶えず考える日々ではあった。</p>

<p>世界の出来事と並べるにはあまりに個人的で恐縮だけれど、日常の中で、ふいに心が痛むことが最近よくあった。悲しみや怒り、理解できない怖さ。いろんな感情が噴き出して止まらない時期があった。</p>

<p>数々の自己内省系の本を読んできた身としては、「起きていることにはすべて意味がある」と、どこかで知っているつもりでいた。それでも、頭で分かっていても、この感情をどう扱えばいいのかわからなくなることがよくあった。</p>

<p>絵の中の色は、混ぜれば混ぜるほど黒に近づいていく。現実の感情もまた、向き合えば向き合うほど重くなっていくように思えた。</p>

<p>けれど、ちょうど頭の片隅に引っかかっていた言葉があった。対談のほんの2日前、ふと浮かんできた考えだった。</p>

<p>「もしかしたら、増えているのは不安じゃなくて、受け止める皿のほうなのかもしれない。」</p>

<p>対談の中で、怖さや悲しみについて話しているうちに、その言葉がもう一度浮かび上がってきた。</p>

<p>嫌な出来事が増えているのではなく、受け取れる量が広がっているだけなのかもしれない。</p>

<p>「幸」と「不幸」の感情は対極に並んでいるものではなく、体でいうなら右腕と左腕のようなもので、良いことがあれば右腕がぐっと伸び、嫌なことがあれば左腕もまた遠くまで伸びていく。</p>

<p>片腕だけでは何かを抱えることはできない。両腕を大きく広げられるようになったからこそ、いずれやってくる幸福も、こぼさずに抱きしめられるのかもしれない。</p>

<p>対談の中で、自分が話すその言葉に触れているうちに、内側の景色が少しずつ動いていくのを感じた。</p>

<p><img alt="いのうえまりこ　アルコールインクアート" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260601inouemariko03.jpg" width="1200" /></p>

<p>後日、もう一度、描いていた絵を眺めてみた。</p>

<p>混ざり合った色の中には黒く沈んでしまった場所もある。その沈んだ場所があるからこそ、周りの色はいっそう強く光って見えた。暗さが、明るさを照らしているようだった。</p>

<p>色彩論を学んでいた頃、印象に残っている話がある。私たちの目は、色よりも&quot;明るさの差&quot;に強く反応するらしい。明暗を感じる桿体細胞(かんたいさいぼう)のほうが、色を感じる錐体細胞(すいたいさいぼう)よりもずっと多いのだという。</p>

<p>どれだけ多くの色があっても、目は自然と光と影の境界へ引き寄せられていく。コントラストの強い場所に、気づかないうちに視線を向けている。</p>

<p>影があるから光は輪郭を持つし、暗さがあるから、キラキラと揺れているものの美しさに気づける。</p>

<p>それはきっと、絵だけの話ではないのだと思った。</p>

<p>　</p>

<p>誰もが虹を見上げていたあの日。<br />
幸福の象徴をたくさんの人が夢中で写真に収めていた。</p>

<p>その反対側で、雲の亀裂から差し込む青空と、静かに濡れた地面を見つけた。</p>

<p>誰も見ていない、黒く濡れたアスファルトだった。そこに雲間の光がうっすらと反射していた。</p>

<p>ただそれだけだった。</p>

<p>虹の反対側、影の景色に<br />
こんなにも静かな美しさがあることを<br />
見つけられてよかったと思った。</p>

<p>空いっぱいに、両腕を広げてみたくなった。そんな日だった。</p>

<p><img alt="いのうえまりこ　アルコールインクアート" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260601inouemariko04.jpg" width="1200" /></p>

<p>今回使用した画材：アルコールインク</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260601inouemariko02.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 05 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[いのうえまりこ（画家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>疲れ果てた心が回復する習慣とは？ 専門家が勧める「やったことリスト」の書き方  佐野創太（退職学（R）研究家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14276</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014276</guid>
			<description><![CDATA[やる気が出ない、何も感じない——そんな状態から抜け出すヒントは「習慣」にあります。感情が止まったときの、無理なく動き出すための具体的な方法を紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="習慣" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_woman_looftop.jpg" width="1200" /></p>

<p>やる気が出ない、何も感じない...そんな状態から抜け出すヒントは「習慣」にあると、退職学(R)を研究する佐野創太さんは語ります。感情が止まったときの、無理なく動き出すための具体的な方法を、紹介書籍『70％で働く　「もっと頑張る」から脱出する働き方の思考法』より解説します。</p>

<p>※本稿は佐野創太著『70％で働く　「もっと頑張る」から脱出する働き方の思考法』（日経BP）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>感情が止まっているときは、「習慣」を動かす</h2>

<p>「悩みすら出てこない」<br />
「もう何も感じない」</p>

<p>そんな状態に追い込まれるときも、あるかと思います。働くことだけでも大変なのに、そこに子育てやら介護やら心身の不調やらが乗っかってくるわけですから。</p>

<p>相談者のVさんは、「基本的人権が守られる暮らしがいいですね」と真顔で言っていました。それくらい感情が止まっているとき、最初は落ち着きを感じるかもしれません。</p>

<p>でも実際には、冷蔵庫の電源が抜けたような状態であることがほとんどです。</p>

<p>音はしないけれど、中身は少しずつ傷んでいく。<br />
考える気力が湧かない。<br />
眠っても疲れが抜けない。<br />
以前は好きだったものにも、ときめかない。</p>

<p>こんなときこそ、「考えよう」「前向きになろう」「もっと頑張ろう」と自分を鼓舞しないでください。</p>

<p>私たちは０％、つまり「戻って来れない状態」になるわけにはいかないのです。守るものがあります。だからこそ、10％でも5％でも「戻って来れる余地」を残すための休み方を知っていただきたいのです。</p>

<p>まず必要なのは、「考えること」ではなく、「休むこと」です。</p>

<p>休み方も再設計しましょう。休みにも種類があるのです。</p>

<p>ひとつは、消極的な休み。休めばやすむほど「もっと休みたい」と動けなくなります。私は無職になったとき、この状態でした。</p>

<p>もうひとつは、積極的な休み。自分からリフレッシュする休み方です。休めばやすむほど「よし、やろう」と充電された状態になります。</p>

<p>問題は消極的な休みです。休みを取れば取るほど動けなくなるわけですから、何か工夫が必要です。</p>

<p>そんなときに役に立つのが、感情ではなく「習慣だけを動かす」ことです。ここで言う習慣とは、筋トレや朝活など、頑張る系の習慣ではありません。「頑張れないとき」を想定したものなので、むしろ、こんなレベルです。</p>

<p>●パジャマのままでもいいから、30秒だけ外に出る<br />
● コンビニで雑誌を手に取る（買わなくていい）<br />
● 朝ごはんを、パンひと口だけかじる</p>

<p>つまり、「これ、意味ある？」と思うくらいが、ちょうどいいのです。</p>

<p>なぜなら、意味を感じないことのほうが、実行のハードルが下がるからです。</p>

<p>「脳は変化を嫌い、行動の繰り返しを好む」という私たちの怠け者な性質を生かした習慣術を紹介する『小さな習慣』（スティーヴン・ガイズ著、田口未和訳、ダイヤモンド社）では、「小さ過ぎて失敗しようがない」行動が推奨されています。</p>

<p>だからこそ、やる気に頼らず、ほとんど負荷のない行動から入る。この設計が、マイナスにまで落ち込まないためにはとても有効です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「やったことリスト」が回復の道しるべになる</h2>

<p>「意味があるか」「これで足りるか」を判断するのは頭です。</p>

<p>でも、感情が止まっているとき、頭はうまく働いてくれません。むしろ、「意味ないじゃん」「これじゃ足りない」と、さらに自分を責めがちです。</p>

<p>だからこの時期は、「やった感覚」よりも、「やれた事実」を大切にします。ここでおすすめなのが、「やったことリスト」です。</p>

<p>ノートでも、スマホでも構いません。書くのは、本当に小さなことだけ。</p>

<p>私自身、先が見えず、気持ちが落ちきっていた時期のリストは、こんな内容でした。</p>

<p>「朝、起きれた」<br />
「パジャマを着替えた」<br />
「コンビニに行けた」<br />
「メモを1行書けた」</p>

<p>これだけです。</p>

<p>しかし、これを積み重ねていくと、ある日ふと、「もう少し何かできるかも」と思える瞬間がきます。それが、止まっていた感情が、動き始めた合図です。</p>

<p>感情は、無理に動かそうとすると、かえって動きません。頭と心が別方向に動くと、アクセルとブレーキを同時に踏む状態になり、エンストします。</p>

<p>だからこそ、エンジンがかかるまで「待つ時間」が必要です。</p>

<p>しかし、ただ「待つだけ」は、かえってもどかしく苦しくなるかもしれません。</p>

<p>「やったことリスト」を書くくらいの負荷をかけてみてください。このリストがあれば、どんなに落ち込んでいても、「ここから始められること」が目に見える状態になるので、休むことへの罪悪感を軽減できます。小さな行動を積み重ねるたびに、リストにチェックが増えていくので、それを見返すだけで、「自分は何もできていないわけではない」と実感できます。</p>

<p>感情が止まっていても、ここから少しずつ動き出せるような回復のスタートラインがはっきりわかる場所として、リストをつくるのです。</p>

<p>そうすると、「何もしていない日」なんてなかったことに気づきます。あるのは、「何もしない日を選んだ日」だけです。その記録が、回復の道しるべになります。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_woman_looftop.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 05 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[佐野創太（退職学（R）研究家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「母子家庭の子はヤンキーになる」と言われ　“ギャルママと娘”を描いた物語が抗う偏見  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14191</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014191</guid>
			<description><![CDATA[福木はる最新作『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』刊行インタビュー。シングルマザーや貧困への偏見をどう乗り越えるか。当事者が自分を肯定できる結末にこだわる理由と、著者を支えた映画の存在を語ります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="821" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260501fukugiharu01.jpg" width="1200" /><br />
装画：しらこ</p>

<p>最新作『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』で、シングルマザーの家庭や貧困、思春期の葛藤を真っ正面から描いた福木はるさん。</p>

<p>前作『ピーチとチョコレート』での「容姿への悩み」に続き、今作でも「周囲の目」や「属性による偏見」に縛られ、息苦しさを抱える子どもたちが登場します。なぜ福木さんは、厳しい現実を抱えた主人公たちを描き、そして「ハッピーな結末」にこだわるのでしょうか。</p>

<p>その背景には、福木さんご自身の経験がありました。生きづらさを抱える子どもたち、そしてかつて子どもだった大人たちへ贈る、YA小説の持つ可能性について伺いました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>当事者がエンパワーメントされる結末で描きたい</h2>

<p><img alt="『ピーチとチョコレート』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260428Fukugiharu02.jpg" width="1200" /></p>

<p>――『ピーチとチョコレート』では体型に悩む萌々ちゃん、『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』では貧困の母子家庭に育ち、ギャルのママを恥ずかしいと感じているかふうちゃんが主人公です。2作品に共通して、周囲の目を気にする思春期の葛藤が描かれていますが、どのような思いでこのテーマを書かれたのでしょうか？</p>

<p>【福木】ティーンの時期って、それまで自分が世界の中心にいるような感覚で過ごしてきたのが、急に周りが見え始めて、「あれ、自分って大丈夫かな」と不安になる時期だと思うんです。</p>

<p>私も小学生の頃までは自然体でいられたのに、中学校に入ってからは「自分はここでどんな役割を求められているんだろう」と考えてしまうようになりました。でも、これは特別な体験ではなくて、一見明るく見える子たちも、それぞれに緊張感を抱えながら生きているはずなんですよね。だからこそ、その息苦しさを少しでもやわらげるような物語が必要だと思って書いています。</p>

<p>――『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』には、スナックのママやギャルのシングルマザーなど、偏見を持たれがちな大人たちも登場します。これにはどのような意図があるのですか？</p>

<p>【福木】これは自分の中にずっとある問題意識です。私も子どもの頃、「母子家庭の子はヤンキーになるんでしょ」といった言葉を投げかけられたことがあって。人はどうしても、見えている情報だけで他者を判断してしまう。その前提に揺さぶりをかけたいという思いがあります。</p>

<p>例えば『ピーチとチョコレート』の萌々のキャラクターでいえば、「太っている子」は内気か、あるいは自虐的に明るいか、というようにイメージが固定化されがちですよね。こうしたイメージは、メディアや物語の中で繰り返し再生産されてきた側面があると思いますし、その蓄積が当事者を傷つけてしまうことも少なくないと感じています。</p>

<p>特に若いシングルマザーに対するSNS上の言葉は厳しいものが多くて、その背景には映画などで描かれてきたイメージの影響もあるのではないかと思います。また、若いシングルマザーが登場する作品では、ラストが悲劇的に描かれることも多いですよね。ティーンの時期は、物語の中に自分の未来のヒントやロールモデルを見つけようとする時期でもあるので、「この環境に生まれた人はこういう結末になる」と無意識に刷り込まれてしまうと、とても息苦しくなる。</p>

<p>だからこそ、そうではない物語を、自分の手で少しずつ増やしていきたいんです。愛ちゃんのようなお母さんも、かふうのような子どもも、『ピーチとチョコレート』に登場するブラックミックスの莉愛のような子も、当事者が自分自身を肯定できるような結末で描きたい。そういう思いで書いています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>息苦しさを、物語を通して少しでもほぐしてあげられたら</h2>

<p><img alt="『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260428Fukugiharu01.jpg" width="1200" /></p>

<p>――『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』には、理想的な家族のもとで暮らす杏ちゃんも登場します。一方で、彼女は中学受験のプレッシャーを抱え、「家族ガチャに失敗した」といった発言もしています。とても現代的な悩みだと感じましたが、今の子どもたちを取り巻く社会について、どのように見ていますか？</p>

<p>【福木】一度コースから外れたら取り返しがつかない、という感覚を、常に突きつけられているような気がしています。そのプレッシャーが、子どもにも親にも大きな負担になっているんじゃないかと思うんです。</p>

<p>多様性については、社会全体として少しずつアップデートされて、人に対しては寛容になってきているはずですが、その分、自分自身に対しては厳しくなっているのではないか、とも思います。</p>

<p>例えば、歌やダンスで成功したいなら、有名なチームに入らないとプロにはなれない、と子どもが考えてしまう。私は子どもの頃、安室奈美恵さんに憧れて家でずっと踊っていたんです（笑）。当時は、「誰でも夢を持っていいし、もしかしたら叶うかもしれない」という、どこか開かれた感覚がありました。</p>

<p>でも今は、SNSなどによって情報が可視化されすぎている分、現実的な条件が先に見えてしまい、以前よりも自由に夢を描きにくくなっているのではないかと感じています。</p>

<p>そうした息苦しさを、物語を通して少しでもやわらげることができたらと思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ハッピーに生きるための「映画」</h2>

<p>――『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』では、「ハッピーに生きるための３つのこと」の一つに「映画を見ること」が挙げられていますね。なぜ映画なのでしょう？</p>

<p>【福木】私も、母子家庭で育って、姉たちとも年齢が離れていたので、『女の子～』のかふうのように、遅くまで一人で家にいる時間が長かったんです。ビデオテープに録画した映画を、セリフを覚えるくらい何度も繰り返し見ていました。振り返ると、あの時間が自分を支えてくれていたんだと気づきました。</p>

<p>映画の中のちょっとした一言や、そこで味わった感情が、ふとした瞬間に自分を救ってくれることがある。小説に限らず、ドラマでも映画でもアニメでもバラエティでも、現実から少し離れて別の世界に没頭できる時間はとても大切で、その中で自分にとって意味のあるものに出会える。そういう実感があったので、「映画を見ること」は必ず入れたいと思いました。</p>

<p>――具体的にはどんな映画を見ていたのですか？</p>

<p>【福木】ティーンの頃に一番好きだったのは、ドリュー・バリモア主演の『25年目のキス』です。少し前のラブコメですが、主人公は新聞記者で、中学時代は見た目が冴えず、一軍のクラスのイケてる子たちにいじめられていた女性なんです。大人になっても思うようにいかない中で、上司から「イケている高校生の生活を潜入取材してこい」と命じられる。</p>

<p>「冴えなかった自分でも主人公になっていい」「見た目が魅力的だから愛されるわけではない」ということを、その作品から教えてもらった気がします。当時は、きれいな女の子が主人公になる作品が多かったので、すごく衝撃的でした。その感覚は、『ピーチとチョコレート』にも少なからず影響していると思います。</p>

<p>――『25年目のキス』、観てみます！ 他にも作中では様々な映画が登場しますが、その選定基準も教えてください。</p>

<p>【福木】『ローラーガールズ・ダイアリー』や『ハートストッパー』など、ティーンの子たちが楽しめて、共感できそうな作品を選びました。『旅するジーンズと16歳の夏』は、もともとYA小説が原作で、揺れ動く気持ちをそのまま体感できる作品です。</p>

<p>それに加えて、母と娘のすれ違いを描いた作品も入れています。本作のテーマと重ね合わせながら、リストを組み立てていきました。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260501fukugiharu02.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 05 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ハーバード大で授業より価値があった「寮生活」　隣部屋にStripe創業者、ノーベル平和賞候補...  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14107</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014107</guid>
			<description><![CDATA[なぜ今、リアルな「カレッジ」が必要なのか。HLAB代表・小林亮介氏がハーバードでの原体験をもとに、日本における居住型教育の可能性とSHIMOKITA COLLEGEの挑戦を語る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya10.jpg" width="1200" /></p>

<p>2026年4月5日、東京・下北沢の「SHIMOKITA COLLEGE（シモキタカレッジ）」にて、ケンブリッジ大学・飯田史也教授の新刊『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』の刊行記念イベントが開催されました。</p>

<p>会場となったSHIMOKITA COLLEGEは、本イベントの登壇者である小林亮介氏が代表を務めるHLABが運営する、日本初の「居住型教育施設（カレッジ）」です。高校生、大学生、そして社会人という異なる世代が寝食を共にし、日常的な対話や共同生活を通じて互いに学び合う「多世代共生」のコミュニティです。</p>

<p>なぜデジタル化が進む今、あえて「リアルな場」を共にするカレッジが必要なのか。本稿では、小林氏が語ったカレッジの重要性についてレポートします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>なぜ今、カレッジなのか</h2>

<p>「なぜデジタル化がこれだけ進んでいる世の中で、カレッジが今必要なのか」「それが日本で実現可能なのか」「我々がどういう形でそれを実現しようとしているのか」という三点をお話しします。</p>

<p>簡単に自己紹介をすると、私は19歳の時に現在の会社を立ち上げ、全寮制の教育とカレッジをどう作るかということを専門に取り組んできました。</p>

<p>そもそものきっかけは、ハーバード大学に留学した時の経験でした。学びの多くは授業の中ではなく、寮の中にあったのです。</p>

<p>すごいなと思った同級生が二人いました。一人は、寮で隣の部屋に住んでいたジョン・コリソン。決済企業Stripeを創業した人物です。1年生の頃から何かを作っているなとは思っていたのですが、2年生になっても戻ってこず、私たちが卒業する頃にはStripeがビリオンダラーカンパニーになっていました。</p>

<p>もう一人は、アマンダ・グエンという友人です。彼女は在学中に性暴力の被害に遭い、その経験から法律の問題に向き合い、NPOを立ち上げ、27歳でノーベル平和賞候補に挙げられました。</p>

<p>こういう人たちが身近にいると、良い意味での焦りが生まれます。遠い存在ではなく、同じ食堂でご飯を食べて、同じ授業で苦労していた仲間。そのような近い距離感にいる人が、自分の学びやモチベーションに大きな影響を与えるのです。これはハーバードだから起きることではなく、本来どこでも起き得ることだと思っています。</p>

<p>寮での体験、友人との関係...それらが大学に通った中で最も大きな価値だったと感じています。「なぜこれが日本にないのか」「どうすれば実現できるのか」という問いが、今の仕事につながっています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大学という場で得られる体験の価値</h2>

<p>全世界の教育テクノロジーへの投資額は、2020年のコロナ禍を境に大きく増加しました。2022年頃からは世界中の大学の授業がオンラインで無料公開され始め、情報がタダに近づいていく流れが加速しました。</p>

<p>デュオリンゴやカーンアカデミーのAI家庭教師、edX、Coursera、YouTube――今や専門的な学びはほぼ無料でできる時代になっています。これ自体は、非常に良いことです。</p>

<p>一方で、「アンバンドリング」という言葉があります。これまで大学にひとまとめにされていた機能――例えば、学位というシグナリング、授業などのコンテンツ、家庭教師的な指導補助など...が学校から切り離されてスマホで提供されていく中で、「学びのプロセスや体験そのものや、そこで出会う人のコミュニティに教育の一番の価値があるのではないか」という議論が生まれています。</p>

<p>ディズニーランドはYouTubeで見ても、体験したことにはなりません。それと同じように、大学という場で得られる体験やコミュニティの価値が改めて問い直されているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ハーバードが「居住型教育」を重視した理由</h2>

<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya05.jpg" width="1200" /></p>

<p>2012年、私がまだハーバードに在籍していた頃、大学は授業をオンラインで公開するという取り組みを始めました。</p>

<p dir="ltr">もともと大学は「知の拠点」でした。しかし活版印刷の発展によって書籍が広まり、図書館が知の拠点となったようにり、情報が安くなるにつれて、ついには授業そのものまでオンライン化されるようになりました。</p>

<p>こうした流れを受けて、ハーバード大学は「デジタル」と「レジデンシャル（全寮型）」という2つを柱に据え、ビジョンとミッションを書き換えました。</p>

<p>ビジョンには「居住型のリベラルアーツ教育における世界的なスタンダードをつくる」と掲げ、ミッションには「多様な住環境の中で、異なる背景を持つ学生が集まり、アイデンティティを成長させながら知的変容を起こし、社会の変革につなげていく」と記されています。</p>

<p>これは、カレッジの機能そのものを明確に定義したという意味で、非常に大きな転換でした。</p>

<p>これまでの教育は、何を学ぶべきかがあらかじめ与えられている「Known Unknown」の世界でした。数学Ⅲのように、学ぶべき内容が定まっている世界です。そうした学びはデジタルでも効率的に実現できます。</p>

<p dir="ltr">しかし「何のために生きるのか」「どんな問いを解くのか」といった、そもそも問い自体が定まっていない「Unknown Unknown」の世界は、デジタルだけでは対応しきれません。何を探せばよいのかもわかっていないからです。人と人とが向き合い、対話を重ねる中でこそ出会える世界や生まれるものがあると思っています。</p>

<p>今、世界に目を向けると、ハーバードに限らず日本や欧州の大学でも、全寮制教育を重視する動きが広まっています。学生同士が同じ時間を共有することで生まれる価値、「出自や関心、経験が異なる互いから学び合う」経験が、改めて見直されているからです。</p>

<p>「うちの学生には無理です」「日本人にはできません」と言われることも少なくありませんでした。</p>

<p dir="ltr">しかし実は、アメリカでもカレッジ型教育は最初からあったわけではありません。当初はドイツ型の研究大学をモデルに作ったものの、学生同士が互いを知らないために授業への出席が減り、学ぶ意欲が失われていった。そこで1900年代頃に入り、イギリスのカレッジ制度を取り入れたのが始まりです。後から移植された文化が、今や世界中に広がっています。日本にも、慶應義塾や松下村塾のように、師匠と学生が共に学ぶ伝統は深く根付いています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本でカレッジをどう実装するか</h2>

<p>しかし日本では、学校、塾、部活で時間がほぼ埋まっています。その中でカレッジ的なものを入れようとしても、場所が残されていません。</p>

<p>そこで私たちは、夏休みという時間に着目し、サマースクールという形で始めました。</p>

<p>2011年以来、毎年夏、全国各地で世界中の大学生を集め、日本の高校生と共に短期間を過ごすプログラムを実施しています。</p>

<p dir="ltr">最初は、私がハーバードの同級生20人を日本に連れてきて、「ハーバード生と枕投げしましょう」と声をかけて集まった高校生と一緒にと自分の高校の後輩と一緒に泊まり込むという形で始まりました。わずか1週間のプログラムですが、参加した高校生たちがその後、一緒に過ごした海外の大学生の寮に押しかけて宿泊するということをやり始めたんです。こうして日本からた海外大学への進学の動きが加速したことを受け、奨学金制度も設立しました。</p>

<p dir="ltr">柳井正さんが初年度のサマースクールにスピーカーとして来てくださったことがあり、それが柳井正財団の海外奨学金の設立と300名近い学生を海外のトップ大学に送り出すこととの提携にもつながっています。</p>

<p dir="ltr">今後は、SHIMOKITA COLLEGEを皮切りに、全国でカレッジを増やしていく活動を続けていきます。自社で全国に10〜15拠点というレベルで展開できれば、「ただの寮」ではなく「学びのための場所とソフト」を作ろうという意識が、社会に広がり、日本の大学が全寮化したり、一般的な学生マンションが学びの場になったり、カレッジが広がっていくのではないかと思っています。</p>

<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya09.jpg" width="1200" /></p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya10.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 05 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>出会ってすぐ「真面目ですね」と決めつけられる理不尽　だって実は僕は（なかむたの「絶望型平和主義」第1話）  なかむた（お笑い芸人）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14387</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014387</guid>
			<description><![CDATA[芸人・なかむたさんの連載「絶望型平和主義」第1話。なかむたさんが出会って間もない人に「真面目」だと言われることに対するモヤモヤを綴っていただきました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="なかむた" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260601nakamuta01.jpg" width="1200" /></p>

<p>「どうせ死ぬよ！」をはじめ、SNS上にアップしているコント動画で人気を集めるお笑い芸人のなかむたさん。穏やかに生きたいがゆえに、ささいなことで考えすぎしまう。その結果、日常に絶望することも少なくないそうです。</p>

<p>連載「絶望型平和主義」では、なかむたさんが生活のなかで考えてしまうこと、人間関係のモヤモヤなど、その頭のなかをエッセイとして綴っていただきます。</p>

<p>第1話は、会って間もない人に「真面目」と言われることへの、なかむたさんの言い分です。</p>

<p>*毎月1回更新予定です</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「真面目ですね」に引っかかる</h2>

<p>「なかむたさんって、真面目ですね」<br />
「なかむたって、真面目だなあ」</p>

<p>知人や仕事相手から、その言葉を言われるたびに「芸人なのに真面目だと思われたということは、貴方つまんないですね、という烙印を押されてしまったんじゃないか？」と心の中で思ってしまう。</p>

<p>そう、僕は一応、吉本興業でお笑い芸人をやっている。自分を面白いと信じて福岡から上京して13年経ったが、芸人として信じられないぐらい結果が出てない。学生時代、勉強や運動がいまいちの僕にとって、たまに言われる「面白い」が命綱だった。そんな命綱を引っ提げて上京してきたが、吉本の養成所の授業でスベりまくり、相方のおかげでウケた時もあったが、自分の力ではひと笑いも取ってないので命綱を捨てた。そこから面白さを諦めて、アボカドと自撮りをして、浅はかな人気を狙ったりしていたら、アボカドと一緒に芸人として腐っていった。</p>

<p>芸歴5年目の時に当時の相方と解散して、ピン芸人になり、人生で初めて自分と真剣に向き合った。すると自分が芸人として、どれだけ崖っぷちのところにいるのかを思い知り「お前はこの5年間で芸人として何をした？言ってみろ.........アボカドと自撮り？.........芸人を辞めたらどうなんだ...！」と、イマジナリー船越英一郎に詰められる夜もあった。</p>

<p>そこから自分なりに「面白い」をたくさん考えた。考えれば考えるほど周りから「真面目」と言われることが増えた。</p>

<p>振り返れば、昔からずっとそうだった。前述した通り学生時代は勉強、運動がいまいちで、真面目に授業に取り組んでも良い点が取れず、野球部で真面目に素振りをしても誰よりも打てなかった。僕の人生における「真面目」とは、常に成果の出ない惨めさとセットだったことを思い出した。</p>

<p>となると、芸人になった今も「真面目」と言われるということは成果が出ないんじゃないか、努力は報われないんじゃないか、芸人のくせに「真面目」が漏れ出てるのは良くないんじゃないか、そんなことになるならもう一度アボカドと自撮りした方がいいんじゃないかと再度血迷いそうになったが、アボカドもそんなこと望んでない、自撮りなんかせずに早く調理してあげて、サラダやポキ丼として食べた方がいいと判断したので、どうにか持ち堪えた。</p>

<p>自分には「真面目な面」、「不真面目な面」、それ以外にも『ライオンのごきげんよう』のあのサイコロぐらい、いやそれ以上に色んな面があると思っている。てか人間全員色んな側面がある。だから「真面目ですね」という言葉に引っかかるし、言い切らずにもっと時間をかけて判断してほしいなと思ってしまう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>「真面目ですね」という言葉は関係が浅い人に言われることが多い。数年前に仕事で共演した初対面のタレントさんに本番前挨拶をした。</p>

<p>「ご挨拶失礼します。吉本興業のピン芸人なかむたと言います。本日はよろしくお願いします。」</p>

<p>するとそのタレントさんは目バキバキでこう返してきた。</p>

<p>「〇〇です。よろしくお願いします。芸人さん？何か凄い雰囲気が真面目ですね。芸人さんなら本番はふざけてくださいね。真面目にやられても困るので。」</p>

<p>&nbsp;</p>

<p><img alt="なかむた" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260601nakamuta02.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>

<p>嫌いになった。</p>

<p>「真面目ですね」って言った後の、芸人なのに真面目なんだみたいな少し引き攣り気味のあの顔が脳裏にこべりついて取れない。</p>

<p>きっとその人にとって芸人は常に元気にボケて、ツッコんで、1発ギャグを振ったら全力でやって、振ったくせに後処理をしない優しくない人にも全力で「ちょっと待ってくださいよ〜！！」と言って、舞台衣装は蝶ネクタイに半ズボンで、六畳一間の木造アパートでゴツ盛りをオリジナルブランドの発泡酒で流し込み、ユニットバスはカビだらけ、洗濯表示を見ずに洗濯して、しわくちゃになった生乾きの洗濯物を統一性のないハンガーで部屋干ししてるみたいなイメージをいまだに持っているだろうから、僕みたいな、「無害そうな澄ました顔」で、「妙にハキハキとした受け答え」で、「一切ボケようとせずに佇む姿」を見たら「真面目だな」と思っても仕方のないことだと思うし、言った側も悪気はないと思う。</p>

<p>でも僕みたいに「真面目ですね」と言われて気にしてしまう人もいる。もしいつかまた、表面上の情報だけで決めつけて「真面目ですね」という言葉が僕に向かって放たれたら「誠実ですねと決めつけたその言葉は不誠実ですね」とゼロ距離で言いたいと頭の中で何度も思い描いている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>僕のなかにある「真面目」と「不真面目」</h2>

<p><img alt="なかむた" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260601nakamuta03.jpg" width="1200" /><br />
「何かポーズとってください」とお願いすると渋々ピースをしてくれました</p>

<p>自分で思う「真面目な面」は、できるだけ遅刻をしない、3分程度の遅刻でも相手にLINEをする、期限を守る、などの「欠けたら縁切る3セット」ぐらいなもの。</p>

<p>よく知りもしない人に見えている僕の「真面目な面」の「無害そうな澄ました顔」は、この顔でこの星に生まれたんだからどうしようもないので、もし文句があるなら、タイムマシーン開発して僕の両親が愛し合った日々に乗り込んで僕が生まれてくるのを阻むしかないよと言いたいし、「妙にハキハキとした受け答え」は、ボソボソ喋るよりこの喋り方のほうが相手も気持ちいいだろうなで喋ってるし、その結果過去に初対面の女性に「芸人さんなのに新人のアナウンサーみたいですね」と無垢な顔で残酷な言葉を言われたことがあるけれど変える気はないし、「一切ボケようとせずに佇む姿」に関しては、やる時はやるから放っといてほしい。</p>

<p>そして「不真面目な面」も勿論ある。アルバイトを5つ飛んできたり、消費者金融3社から借金して首が回らなくなって関係が浅い人にお金を借りようとして怒られたこともあるし、どうしようもなくて、みっともない色恋沙汰だってあったし、マッチングアプリで少しでも多くマッチしようとプロフィールに俳優の卵ですと嘘をついてみたり、僕のことを良くしてくれていたバイトリーダーに貧乏漫談を披露して冷蔵庫を奢ってもらったり、お金が無さすぎてファンの方から頂いた差し入れを売って生活費にしたり、すみません「不真面目な面」っていうマイルドな言い方してたんですけど、僕カスなんです。根っこがカスなんです。だから表面上の情報だけで僕を「真面目」な人間と判断するのは危険ですと言いたいんです。何かしらの犯罪に引っかからないでくださいねと言いたいんです。</p>

<p>前述したカスな過ちの、ほとんどが十数年以上前の出来事です。でもやってしまったことは取り返せないし、迷惑をかけてきた人もたくさんいるので、ここ数年は「禊の人生」だと思って生きるようにしました。すると、「芸人なのに真面目ですね」と言われることが増えたというわけです。</p>

<p>過去のカスを必死に隠そうと「禊」に励んだ結果、「真面目」と思われる。僕は、いつの間にか手作りの地獄を作り上げていました。</p>

<p>居心地が良いとは言えないが、人生は好転している気がするので、今後もここに住んで苦しみながら生活を送ろうと思います。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260601nakamuta01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 04 Jun 2026 17:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[なかむた（お笑い芸人）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>感動しても困っても「ヤバい」しか言えない　怠けた脳をほぐす二つのコツ  川岸宏司（株式会社DIL 共同創業者）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14358</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014358</guid>
			<description><![CDATA[便利な「ヤバい」「すごい」といった言葉。あまり多用すると思考が徐々に浅くなっていくかもしれません。川岸宏司さんが、怠けた脳をほぐすコツを紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="なぜ、あの人の言葉は心に響くのか" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_discussion_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>会話のなかで「ヤバい」や「すごい」をつい多用していませんか。これらの言葉は万能である一方、物事をとらえるための思考は徐々に浅くなってしまいます。</p>

<p>かつては「ヤバい」を多用していたと振り返る起業家の川岸宏司さんは、著書『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』にて「ヤバい」に束ねられた感情をひもとく2つの武器を紹介しています。</p>

<p>※本稿は、川岸宏司著『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ヤバい」「すごい」が出た瞬間こそチャンス</h2>

<p>「このラーメン、マジでヤバい」「あの映画、すごかったよね」「推しが尊すぎてヤバい」。私たちは日常的に、この便利な言葉たちに救われています。</p>

<p>「ヤバい」や「すごい」は、いわば会話における「万能調味料」です。美味しくても、不味くても、驚いても、引いても、とりあえずこれを掛けておけば会話という料理は成立してしまう。だからこそ、脳はこのコストのかからない言葉が大好き。そして、人の思考は徐々にゆっくりと浅くなっていく。</p>

<p>ただし、最初に補足しておきたいのですが、私はこの言葉を日常から完全に排除すべきだ、と言っているわけではありません。むしろ、「ヤバい」は人間関係を育むための「必要悪」でもあります。説明を尽くした論理的で丁寧な言葉は間違いなく伝わりますが、どこか他人行儀です。一方で、「これヤバいね！」「わかる、ヤバい！」といった直情的で文脈に依存した言葉は、お互いの感情をダイレクトに繋ぐ、素直で強力な接着剤になります。</p>

<p>ただし、ここには笑えない落とし穴があるからこそ、伝えたいことがあります。</p>

<p>「ヤバい」しか言えない人の周りには、得てして「何がヤバいのか気づかない人」しか集まりません。互いに「ヤバいね」とうなずき合うだけで、その「ヤバい状況」の本質には誰も気づけず、問題は永久に解消されない......という地獄のようなループが生まれます（笑）。</p>

<p>居酒屋で友人と盛り上がる分には、そのループは心底楽しい。ですが、ビジネスや人生の重要な局面でそれをやってしまうと、あなたは「思考を省略してしまった人」と認定され、結果としてあなた自身が周囲から「ヤバい人」扱いとなります。</p>

<p>重要なのはTPOに合わせて「言葉の解像度」をスイッチできるかではないでしょうか。友人と笑い合うときは「ヤバい」という接着剤を使い、思考を深めるときは解像度を上げてメスを入れる。</p>

<p>言語化力を鍛えたいと願うなら、まずは無意識に口をついて出る万能調味料の使用を「禁止」してください。つまり、「ヤバい」という言葉で思考を完結させることを禁止する、という意味です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>そのとき、脳内で何が起きているか</h2>

<p>正直に告白すると、私自身が「ヤバい」という言葉に脳を汚染されていた人間でした。感動しても「ヤバい」を使い、困っても「ヤバい」と伝える。語彙の貧しさは、思考の貧しさそのものです。</p>

<p>だからこそ、なぜ自分がこれほどまでに思考停止してしまうのか、自分の脳内を徹底的に解剖すると、私の脳内では、次の3ステップで思考が停止していました。</p>

<p>ステップ1：心が動く</p>

<p>美味しい、美しい、恐ろしい、感動、驚き......。外界からの刺激を受け、たしかに私の心は動いています。ここまでは正常。</p>

<p>ステップ2：脳が処理をサボる</p>

<p>ここで脳の悪癖が出ます。「分析するのがめんどくさい」と判断し、詳細な処理をすっ飛ばして、手元にある一番手軽な「スタンプ」を押しにかかります。</p>

<p>ステップ3：出力</p>

<p>「ヤバい」「すごい」。結果として、口から出るのは手垢のついた言葉だけ。これでは何も伝わらないし、誰とも差別化できない。最悪の場合、自分が本当は何を感じたのか、その感情すら忘れてしまいます。</p>

<p>ここまで聞くと絶望的に感じるかもしれません。ですが、「ヤバい」と言いたくなった瞬間は、実はチャンスだと思っています。それは、脳内で「まだ言語化されていないレアな感情」が見つかった合図だから。思考停止ワードが出たということは、裏を返せば「既存の言葉では処理しきれないほど心が大きく動いた」という証拠。そこには必ず、あなただけの言葉のタネが埋まっています。</p>

<p>では、どうやってそのタネを掘り起こすのか。「ヤバい」という圧縮された感情を解凍するための、2つの武器をお渡しします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>武器①：「ヤバい」を分解する4つのレンズ</h2>

<p>私がイメージしつつ実践しているのは、カメラのレンズをカチャカチャと切り替える作業です。「どの部分」が「どう」ヤバいのか？　これらを自問するためのレンズは、経験上4つしかありません。わかりやすく、先ほどの「ヤバいラーメン」を例に、1つの対象を4つのレンズでたとえてみます。</p>

<p>レンズ①：期待とのズレを見る</p>

<p>レンズを通すなら、まずは、真っ先に「何が想像と違ったのか？」を脳に聞いてください。人間が感動するのは、予想通りだったときではなく、いい意味で予想を裏切られたときだけだからです。</p>

<p>（脳内の言語化）「店構えは油でギトギトの床、頑固そうな店主。どう見てもこってりした男飯が出てきそうなのに、出てきたスープが透き通るように繊細で、料亭のお吸い物みたいだった。このギャップがヤバい」&rarr;「意外性」に言葉のタネがある。</p>

<p>レンズ②：細部のこだわりを見る</p>

<p>次にズームレンズを使います。「具体的にどこのパーツが効いているのか？」と問うイメージです。なぜなら必ず心を撃ち抜いた「特定のパーツ」があるはずだからです。</p>

<p>（脳内の言語化）「スープもすごいけど、よく見るとチャーシューが違う。煮豚じゃなくて、低温調理されたローストポーク。しかも、スープの熱で火が通りすぎないように、丼の縁に避難させて盛り付けられている。この配慮がヤバい」&rarr;「構成要素」に言葉のタネがある。</p>

<p>レンズ③：変化の度合いを見る</p>

<p>今度は時間軸のレンズです。「BeforeとAfterで何が変わったのか？」を見てください。</p>

<p>（脳内の言語化）「半年前にも来たけど、あのときはもっと麺が太かった気がする。スープの繊細さを際立たせるために、あえて麺を細く、しなやかなものに変えたんだ。現状維持を選ばない進化がヤバい」&rarr;「成長幅」に言葉のタネがある。</p>

<p>レンズ④：背景や文脈を見る</p>

<p>そして、最後は広角レンズ。「なぜ今のタイミングでこれなのか？」を俯瞰して問います。目の前の現象だけでなく、その背後にある「意図」や「時代の流れ」を読み解く視点です。</p>

<p>（脳内の言語化）「このエリアは最近、若者向けの『二郎系』や『家系』の出店ラッシュで飽和している。そんな中で、あえてターゲットを少し上の世代にずらした『淡麗系』で勝負に出た戦略がヤバい」&rarr;「背景・意図」に言葉のタネがある。</p>

<p>「ヤバい！」と思ったら、すぐにこの4つのレンズのどれかに当てはめてみてください。「あっ、私はこの店の『戦略』に反応したんだ」と気づくだけで、言葉は一気に具体的になります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>武器②：感情の解凍語彙マップ</h2>

<p><img alt="感情の解凍語彙マップ" height="1810" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260528kawagishihikoji02.jpg" width="1200" /></p>

<p>4つのレンズを使っても、まだ言葉が出てこないこともあります。というより、そんなことばかりだと思いますので、自分の感情を「逆探知」する必殺技も添えておきます。</p>

<p>ゼロから言葉をひねり出すのは難しいですが、並べられた言葉から「選ぶ」ことなら脳は抵抗なくできます。上図は、私がいつも脳内に貼っている「感情の解凍語彙マップ」です。「あっ、これに近いかも」というタグを選ぶことで、思考を強制的に起動させます。</p>

<p>使い方は簡単です。「このデザイン、ヤバい！」と思ったら、「この表があったな」と思い出してみてください。「『緻密』かな？　いや、もっと目に焼き付く感じだから『鮮烈』に近いかも」。そうやって選ぶ過程で、あなたの感情の輪郭は驚くほどはっきりしてくるはず。</p>

<p>人は言葉の中でしか思考を深めることはできません。だからこそ、言葉を見ることで逆探知し、思考を深めることができると思っています。</p>

<p>思考停止ワードを飲み込んで、レンズを当て、タグを選ぶ。まずはここから始めてみてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>痛みや違和感こそ、「宝の山」</h2>

<p>「承知いたしました。精一杯やらせていただきます」</p>

<p>あなたは上司の目を見て、爽やかな笑顔でそう答えます。脳内では「ここで仕事を引き受ければ評価が上がる」「断る理由もない」と、完璧な計算が弾き出されているはず。</p>

<p>しかし、その言葉を口にした瞬間、ズン、と胃が重くなる感覚がありませんか？あるいは、喉の奥がキュッと締まり、呼吸が浅くなるような感覚。口は笑い、脳は納得しているのに、なぜか内臓だけが強烈に拒絶している。</p>

<p>このとき、正しいのは言葉と身体のどちらでしょうか？言うまでもなく、正しいのは「身体」です。</p>

<p>前項で、脳は平気でサボり、嘘をつくとお伝えしました。対して、身体は決して嘘をつきません。驚くほど素直で、無垢で、脳が論理で言葉を繕うよりも早く、身体は本音を検知し、痛みや違和感としてアラートを鳴らしてくれます。</p>

<p>多くの人は、このアラートを「体調不良」や「気のせい」だと無視してしまいます。一方で、言語化が得意な人は、この痛みを「宝の山」だと捉えているケースが多い。なぜなら、そのズキズキする痛みの中にこそ、今の状況を正しく認識するための「2つの言語化のタネ」が埋まっているからです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_discussion_1.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 04 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[川岸宏司（株式会社DIL 共同創業者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「控えめな性格の人」に対する誤解　意外な二つの強み  三上ナナエ（研修講師）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14356</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014356</guid>
			<description><![CDATA[マイナスな性格だと考えがちな「控えめな性格」を持つ人の強みとは。研修講師を務める三上ナナエさんが解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="三上ナナエ著『控えめでも存在感のある人がしていること』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_thinkingwoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>自分を強く主張するのではなく、一見すると「遠慮がち」に映る――いわゆる「控えめな人」は、積極的に前に出ないことから、自分でもその性格をマイナスに捉えがちですが、「控えめな人ほど周囲から頼りにされる」と、企業研修などで講師を務める三上ナナエさんはいいます。</p>

<p>では、控えめな人はどのような強みを持っているのか。三上さんに解説していただきます。</p>

<p>※本稿は、三上ナナエ著『控えめでも存在感のある人がしていること』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「遠慮がちで控えめ」は、ポジション選択のひとつ</h2>

<p>◎「周囲を見る」「察知する」能力に長けている</p>

<p>控えめな人は自分を前に出すよりも「場を見る」ことに自然に意識が向いています。発言のタイミングを探ったり、空気を読んで周囲の反応を確かめたり。その姿は一見目立ちません。しかし、周りの人が見落としがちな変化を細やかに拾い上げています。</p>

<p>たとえば、相手の声のトーンが少し下がった、いつもより言葉が短い、目線が合いにくいなど、こうした細かな変化は、場をリードしようと前に出ている人には気づきにくいものです。一方で、静かに周りを見渡すことができる人は、「相手が今どういう状態か」に注意が向いているので、変化の兆しを敏感に察知できるのです。自分では無意識であっても、その感度の高さは周囲にとって、大きな支えになっています。</p>

<p>CAの頃、チームの中に「誰よりも早くメンバーの変化に気づく人」がいました。体調が万全ではない様子、いつもより口数が少ないこと、動きのリズムが微妙に違うこと。本人が言葉にする前のほんの小さなサインを見逃さない人でした。</p>

<p>そして決して大袈裟な聞き方をしません。「大丈夫なの？」と詰め寄ることもなく、自然なトーンで声をかけ、さりげなく状況を確認します。相手が話しやすい空気をつくるのがとても上手で、結果として本音や実情を聞き出して、共有してくれるのです。</p>

<p>「今日のフライト時間、長いね」と雑談の形をとって、「実は朝起きたときから若干頭が重くて......」と状況を引き出したり、「さっきよりペースを少し落としてる？」など、評価や心配を全面に出さなかったり、「見えた事実」だけそっと置く言い方なのです。共通しているのは心配以上に配慮が勝っているということ。</p>

<p>そして得た情報は変に広めず、必要な形に整えて上司に伝えます。「今日は疲れが出ているようで朝食も進まなかったようです」「喉の調子からはアナウンス担当は避けたほうが良いかもしれません」と判断材料として伝える情報を簡潔に共有するのです。感情的な評価や憶測は添えません。</p>

<p>その方の配慮のおかげで、人員配置を考える際の精度が上がり、チーム全体が無理なく動けるようになっていきました。目立つ役割ではありませんが、現場が安定する存在。前に出ないからこそ、全体を支える力を発揮していた人でした。</p>

<p>◎周りを支える静かで大きな力</p>

<p>こうした行動は成果として数値化されにくく説明しづらいものです。そのため控えめな人ほど「自分は何もしていないかも......」と感じがちです。しかし、実際には周囲が安心して動ける土台を静かに支え続けています。</p>

<p>前に出ないことは消極性ではありません。むしろ、周囲に目を配り、変化を感じ取り、必要なときにそっと手を差し伸べるための「ポジション選択」です。控えめな人が放っている安心感は空気のように目には見えませんが、空気と同じようになくてはならない存在です。</p>

<p>そのポジションを担っているということ。何もしていないのではなく、前に出ないからこそできていることが確かにあるのです。</p>

<p>&lt;POINT&gt;</p>

<p>「控えめな人」は無理なアピールより周囲が&quot;安心して動ける&quot;土台づくりを選んでいる</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>選び抜いた言葉を、最善の場で使う</h2>

<p>◎「言葉選び」のプロフェッショナル</p>

<p>控えめな人は話し上手という印象はあまりないかもしれません。けれど「どんな言葉を使うか」にはとても慎重です。思ったことを勢いで口にする前に、「この言い方で相手はどう感じるだろうか」と一度立ち止まることができるからです。そのワンクッションが周囲との関係性を確実に守っています。</p>

<p>たとえば、誰かのミスに気づいたとき、相手によっては「それ間違ってますよ」と伝えることももちろんあるでしょう。でも控えめな人は相手を見ながら「念のため確認してもいいですか」「私の理解が違っていたらすみませんが」と言葉を添えられます。内容は同じでも受け取る側の衝撃を和らげることができます。相手は「責められた」というより「助けてもらった」と受け止めやすくなるのです。</p>

<p>こうした言葉選びは優しさというより「配慮の技術」に近いと言えます。相手のプライドや立場、今の心理状態を読み取り「必要以上に傷つけない表現」を選んでいます。</p>

<p>興味深いのは、配慮の技術が高いこの人が、決して何も言わない人ではないという点です。選び抜いた言葉で、言うべきことはきちんと言う。「あの人の言葉はキツくないけれどなぜか納得できる」「指摘されても嫌な気持ちを引きずらない」そんな印象を持たれる人は、組織の中でとても重宝されていきます。</p>

<p>◎場所とタイミングも絶妙</p>

<p>その選び抜いた言葉を、どこで使うか、その使う場所やタイミングにも敏感です。</p>

<p>CA時代のチーフ昇格研修のときのことです。私はその研修を受ける立場でした。事前提出が必要な書類があったのですが、しかしながらその存在自体をすっかり忘れていました。気持ちだけは前向きで「よし！　今日からしっかり学ぶぞ」と意気揚々と会場に入り席につきました。</p>

<p>そのとき、サブのトレーナーの方がそっと私の横に来て、周囲には聞こえないように耳打ちでそっと告げました。「〇〇の書類は今持ってきていますか？」と。その一言で「しまった」と私は気づきました。けれど不思議と大きなショックはありませんでした。皆の前で指摘することなく、「確認」という、こちらの状況を察しながら最小限の言葉で要点を届けてくれた、その配慮が瞬時に伝わってきたからです。</p>

<p>もしここで「提出書類を忘れたんですか？」とみんなの前で言われていたら、おそらく私は、恥ずかしい気持ちと自分を責める気持ちでいっぱいになり、その後の研修内容なんて聞ける状態ではなくなっていたと思います。サブトレーナーの方はさらに「大丈夫ですよ、用紙は用意するので休憩時間に書きましょうか」と解決策まで提示してくれました。</p>

<p>この出来事から言えるのは、選んだ言葉を適切な場所で使うこと、それもスキルのひとつなのだということ。「伝えにくい」と思うからこそ、最善と思う場所とタイミングを選択して伝えることができる。空気に敏感な人だけができる技なのだと感じました。</p>

<p>ちなみに、事例に登場したサブトレーナーの方は、その後20年もかからずに、異例のスピードで会社の役員に昇格されました。言葉を選ぶこと、場所やタイミングを選ぶことは、ときに遠回りに見えるかもしれません。しかし、かえってその時間が、事をスムーズに進める大きなカギになっていることも多くあります。</p>

<p>控えめな人は、当たり前のことをしているだけだと感じるでしょう。でも無駄に人を傷つけないように選択することは、簡単なようで簡単ではありません。その配慮こそが評価と信頼を同時に積み上げている、確かな強みなのです。</p>

<p>&lt;POINT&gt;</p>

<p>「控えめな人」は「ワンクッション」によって、無駄に人を傷つけない</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_thinkingwoman.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 04 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三上ナナエ（研修講師）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>認知症の親を施設へ　家での介護は「もう限界」と感じた時の伝え方  繁田雅弘（精神科医、認知症専門医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14247</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014247</guid>
			<description><![CDATA[認知症の人、そしてそのご家族に寄り添いながら診療を続けてこられた精神科医で認知症専門医の繁田雅弘氏に「施設への入所」について解説して頂きます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="施設、どうする" height="744" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility/kaigoimg201805.jpg" width="1200" /></p>

<p>今、振り返ると、かつての認知症医療には、本人の気持ちが置き去りにされていたところがありました。「話してもわからないだろう」「どうせ忘れてしまうだろう」と考えられていたからです。</p>

<p>そう語るのは、認知症の人、そしてそのご家族に寄り添いながら診療を続けてきた精神科医で認知症専門医の繁田雅弘氏です。本稿では、そんな繁田氏に「施設への入所」について解説して頂きます。</p>

<p>※本稿は、繁田雅弘著『認知症になって幸せな人、不幸せな人』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「僕たちのため」「母のため」両方の想いを話したらいい</h2>

<p>今、何時かがわからない。この場所がどこかもわからない。<br />
認知症の人の心理は、「安心安全」が保ちにくい状況です。<br />
認知症の人、そして家族が互いに「安心安全」を保てなくなってきたとき、考えるのが、施設への入所です。<br />
認知症の人を抱える家族が、切実に悩まれる問題でしょう。</p>

<p>アルツハイマー型認知症と診断された85歳の女性は、外出を勧めると「家にいたい。おっくうだ、人と話すのは嫌」と繰り返し、日に日に悲観的な言動が増えていきました。介護をしていた息子さん夫婦は共働きのため、なかなか散歩や運動につき合ってあげられないなど葛藤を抱え、かなり疲弊していました。</p>

<p>私は息子さんと本人それぞれに、「施設入所も選択肢の一つではないか」と伝えました。その時は二人とも黙って私の話を聞いていました。</p>

<p>このとき息子さんは、「母の性格からすると、精神的に落ち着いているときなら、『僕たちのために入ってくれる？』と説得すれば受け入れてくれるような気がします」と語ったうえで、「『僕たちの余裕がなくなってきちゃって、これ以上、対応できないんだ』とお願いしたほうがいいのか」「それとも、お母さんが安心して暮らすために入ったほうがいい」なのかと、語り口を悩んでいました。<br />
私は「両方話せばいい」と、背中を押しました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「家族にだまされた」なんて思ったら、その後生きてくのが大変</h2>

<p>入所を考えるとき、「きっと施設に入りたくないだろう」と家族は勝手に気をまわして、本人と話をしなくなってしまいます。<br />
でも「家族の正直な気持ちを伝えること」には意味があります。<br />
家族と本人の関係は、その後もずっと続いていくからです。<br />
仮に施設に入った後は「会いに行くつもりがない」家族であっても、その後ずっと、心の中で引きずっていくことになるでしょう。</p>

<p>認知症の人だって、相手が本当のことを言っているかどうかくらい、わかります。<br />
ちゃんとした説明がなく施設に連れていかれた人は、「裏切られた」と思うでしょう。「だまされた」と。</p>

<p>だますと、わかるのです。<br />
本当の絶望でしょう。「認知症」と診断されることより、はるかに深い絶望なのではないでしょうか。だって、家族を失って「孤独」になるのですから。<br />
家族に、「見捨てられてしまう」わけですから─。<br />
「家族にだまされたなんて思ったら、その後生きてくのが大変」と、先の息子さんは語りました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>妄想ではない。家族の「真意」を見抜いている</h2>

<p>ある方も、親を施設に「1週間だけのショートステイだから」と噓をついて入れてしまったそうです。施設で親は、2階から飛び降りようとしたり、「帰る！ここは私の居場所じゃない」と言って暴れたといいます。「知っている人がいない、怖い、眠れない」と。</p>

<p>「『暴れるのは認知症特有の症状』と考えていたけれど、先生に『認知症の人もわかっている』と教えてもらってから、自分が親の立場だったら、『見捨てられた』と思ってパニックになるだろう、暴れるだろう、と理解できるようになった」とお話しされていました。</p>

<p>よく、認知症の方に対して「見捨てられ妄想がある」と言いますが、全部が全部、妄想ではないと思うのです。<br />
家族の真意を、本人が直感していると思えることもあります。<br />
家族への迷惑を考えて施設に入ろうと思った本人の気持ちも、施設に入ったらさみしくなってやっぱり帰りたいと思った気持ちも、両方わかってあげてほしいと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>施設に入っても「わからない」のではないか</h2>

<p>65歳のアルツハイマー型認知症の母をもつ娘さんは、お母さんの認知障害が高度に進行して言葉をほとんど発しなくなったとき、施設への入所を考え始めました。</p>

<p>娘さんは「家で頑張ればまた戻るんじゃないか」と期待しており、「施設に預けるのは、本人のそういう可能性を諦めることではないか」と、その判断にかなり悩んでいました。<br />
しかも、お母さんがまだ元気なときに、「施設には絶対に入らない！」と話していたことを記憶していたそうです。</p>

<p>一方で、「これだけ物事がわからなくなってしまった母なら、施設に入っても『わからない』のではないか。また、家族のために生きてきた母なら、『家族のために』入ってくれるのではないか」との想いも抱いていました。</p>

<p>私は「わかるか、わからないかはわからない。でも、お母さまはわかっていると考えて話したほうがいい」と伝えました。<br />
「意思表示ができなくても、感じていることがあるはず」と。</p>

<p>家族が本人の気持ちを推し量って代理で判断する場合、「家族に迷惑をかけるようなら施設に入ったほうがいい」と考えるだろうという推測ではなく、まずは「自分らしく暮らすためには、どの環境が合っていると考えるだろう」と考えてほしいのです。<br />
決して簡単なことではありません。だけど本人にとっても家族にとっても大切な決断を下すには、それが適切なやり方のように思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>すべて「わかっている」</h2>

<p>すぐに施設入所というわけにはいかなくても、「家族が出かけてしまって、お父さんが家で一人になっちゃうから、お泊りの練習だけしておかない？」などと、練習する機会を少しずつ増やしていった家族がいました。まず一泊、次に二泊、三泊と。</p>

<p>そのことも本人は「わかっていない」のではなく「わかっていて」、受け入れていくのだと思いました。<br />
「申し訳ない、少しずつ諦めていってほしい」という気持ちです。</p>

<p>今の日本の社会では、認知症の人が一人で暮らすことはとても難しいことです。その悲しさ、孤独、絶望を、ちゃんと周りが理解することが大切です。<br />
日本の医療は認知症患者さんに多くを背負わせています。現状では、デイケアも、施設も、十二分に個人を尊重する環境を用意してあげられないのは、どうしようもありません。</p>

<p>「ごめんなさい。本当にどうしようもなくて」という気持ちで本人にアプローチをすることができたら、本人の気持ちも違ってくるのではないでしょうか。</p>

<p>もしかしたら「そうなの、仕方ないね、わかったよ」「あなたがそう言うなら、私がつらいこともわかってくれているなら」と言ってくれるかもしれません。</p>

<p>本人は全部わかっていて、折り合いをつけたのだと、周りは思っていたほうがいい。泣く泣く、いろいろな可能性を諦めて、自分自身が折れて折り合いをつけたというふうに理解することが大切です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「父のためを思って」</h2>

<p>72歳のアルツハイマー型認知症の父親を抱える家族は、排泄の失敗などが続き、自宅での介護に限界を感じていました。施設への入所を考え始めるも、なかなか本人に切り出せずにいました。<br />
家族は私に「日中は一人なので何か起こったらいけないと心配だし、本人のためと思って」と言いました。</p>

<p>私は「お父さまをいかに納得させるかということより、あなたたちの正直な気持ちをお父さまに伝えることのほうが大切だと思います。一見して穏やかに事が進んだように見えたご家族でも、よくよくみると本人が諦めて入所していることが多いから」と家族に伝えました。</p>

<p>もしかしたら家族が父親を心配する気持ちより、父親が家族を心配する気持ちのほうが強いのではと思ったのです。父親自身も、「お父さんのため」などと家族から言われるより、「子どものため」と考えて自分で決断するほうが、後々、自分自身を保てると思われました。<br />
それは父親としての尊厳と言えます。</p>

<p>後日、子どもたちが意を決して施設入所について父親に話そうと思ったとき、父親から「そろそろ施設に入ろうかと思う」と言われたそうです。<br />
子どもたちは、自分たちが取り越し苦労をしたと思ったでしょうか。</p>

<p>私は父親のことを真剣に心配し話し合った子どもたちの想いが、父親の前でその態度に現れていたのではないかと思いました。そしてそれを感じとった父親は、自ら入所を切りだしたのではないでしょうか。</p>

<p>--------------------------------------------------------------------------<br />
施設の入所を説得するときには、<br />
家族の想いを正直に伝えてほしい。<br />
その真意はすべて、見抜かれています。<br />
「だまされた」という気持ちを抱えて生きるのは大変です。<br />
--------------------------------------------------------------------------</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility/kaigoimg201805.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 04 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[繁田雅弘（精神科医、認知症専門医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「余計なものがあると思考の邪魔になる」写真家・上田優紀さんが苛酷な自然で培った習慣  上田優紀（ネイチャーフォトグラファー）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14302</link>
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			<description><![CDATA[ネイチャーフォトグラファーの上田優紀さんは、人がなかなか行くことができない風景を写真に収め、届けている。そんな上田さんにメンタル面の保ち方や、やりたいことへ突き進む方法についてうかがった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="撮影：上田優紀" height="800" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260519uedayuki06.jpg" width="1200" /><br />
撮影：上田優紀(ネパール アマ・ダブラム 2018)</p>

<p>ネイチャーフォトグラファーとして、ほとんどの人が足を踏み入れることのできない世界の絶景を撮り続ける上田優紀さん。2026年6月には、10年間の活動で撮影した約100点を収録した写真集『ARCA』を出版します。</p>

<p>人間関係も持ち物も必要最小限にし、「悩みはない」と言い切る上田さんが、やりたいことへ真っすぐ進み続けられる理由とは。写真を届けることで人々にもたらしたい&quot;心の豊かさ&quot;についてもうかがいました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>肋骨を骨折した状態でアマ・ダブラム登山</h2>

<p><img alt="上田優紀" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260519uedayuki02.jpg" width="1200" /></p>

<p>――過去に書かれていたエッセイで読んだのですが、ヒマラヤ山脈のアマ・ダブラムで肋骨を骨折された状態で登り続けたとのこと。その時はどうやって足を前に進められたのでしょうか。</p>

<p>【上田】その時は割と冷静でした。滑落して肋骨を折ってしまったんですが、息を吸うとこれぐらい痛い、歩くとこれぐらい痛い、という痛みの度合いを確認して、自分の体力も含めていけると判断しただけです。</p>

<p>肋骨が折れたからといって心が折れているわけじゃない。絶対に登りたかったから。病院まではヘリコプターで行くしかない場所だったので、手持ちの道具でどう調整できるかを全部やって、こういう歩き方、こういう呼吸の仕方だったら頂上まで行ける可能性があると思ったんです。</p>

<p>しかも一度、頂上まで300mというところまで行っていたんですよ。天気が悪くなって、これは登ったら死ぬと判断して一回下まで降りて、その途中で怪我をしました。頂上が見えるところまで行けたから、この痛みだったらいけるかもしれないと思って、じゃあ行こうと。</p>

<p>成功率は30～50%ぐらいかなと思っていましたが、途中でどうしてもダメとなったら自分の足で下りれる範囲で引き返すつもりでいました。痛みで歩けなくなったらやめるけど、痛くても足が進むのにやめる、という考えはなかったですね。</p>

<p>――山では持ち物やできることも限られているから、より合理的な判断ができるのかもしれないですね。</p>

<p>【上田】そうかもしれないです。シンプルにしていくことが重要なんだと思います。余計なものがあると、いろんなことを考えてしまって思考の邪魔になる。山や苛酷な自然環境では特に、判断がシンプルになるから決断も早いし、できることをやるという思考になりやすい。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>やりたいことはやる。余計なものは周りに置かない</h2>

<p><img alt="撮影：上田優紀" height="800" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260519uedayuki07.jpg" width="1200" /><br />
撮影：上田優紀(ネパール　エベレスト 2021)</p>

<p>――日常の中で何かに悩んだりすることは......日頃、過酷な環境に身を置いていらっしゃるので、個人的な印象ではあまり悩むことはないのではと思ってしまいました。</p>

<p>【上田】悩まないですね。逆に何か悩みがあるんですか？</p>

<p>――やっぱり悩みがちなのは人間関係などでしょうか。</p>

<p>【上田】友達と呼べる存在が2人ぐらいしかいないので、悩まないんですよ。余計なものを周りに置きたくないんです。人でも物でも。多いことが好きじゃないというか、周りにたくさんある状態が居心地悪く感じるので。友達も多い必要はないと思っているし、仕事も一人でやっているし、人間関係の悩みがない。</p>

<p>――人からどう見られるかもあまり気にならない、と以前インタビューのなかで答えていらっしゃいましたね。</p>

<p>【上田】気になりませんね。僕は自分に対して正直で、やりたいことはやる、やりたくないことはやらない、置きたくないものは置かない。</p>

<p>そういう生き方をしているので、自分を良く思っていない人もいると思うけど、変えられないじゃないですか、自分の生き方は。変えようとも思っていないし。だから、この生き方を肯定してくれる人、写真を見て喜んでくれる人の方を向く方が建設的だし、他人の評価を気にしても自分の生き方が良くなるわけでもない。</p>

<p>こういうアートの世界って、他人の評価が直結することもあるんですけど、それを気にしていたら新しいものは作れない。こういう写真の方が売れるからこういう写真にしようとか、そういう雑音を入れたくない。自分の生き方に墨のように黒いものをポタっと一滴でも落としたくないから、周りの目を気にしないのはそこからきています。</p>

<p>――そのような生き方に至るまでに、参考にされてきた人物はいますか？</p>

<p>【上田】あまりいないんですけど、父親が割とそういう人でした。考古学者で、もう亡くなったんですが、本当に自分の好きなことしかやらない人で。子どもがいるのに1年のほとんどを海外に行って発掘調査をして、たまに2週間ぐらい帰って、また半年行く、といったことをずっとやっていた。</p>

<p>子どもながらに、それだけ好きなことがある人はかっこいいなと思っていました。親としては失格だなとも思っていましたけど、生き方は人としてかっこいいなと。もしかしたらその影響を受けているかもしれないですね。</p>

<p>――もしも読者から「考えすぎてしんどい」という悩みを受けたら、何と言葉をかけますか？</p>

<p>【上田】難しいですよね。考えなきゃいいじゃん、とは簡単に言えない。僕はこうだけど、この生き方が全員に当てはまるとは思っていない。人それぞれベストの回答があるのが人生だから、こうしなさいとはなかなか言えない。</p>

<p>強いて言えば、自分がいいと思う人生を進むために必要なことは何か、を掘り下げてみることじゃないかと思います。</p>

<p>どう生きたいか、死ぬ時に後悔しないためには今何をしなきゃいけないか。その前提の中で、周りからの声にどうアクションするか。無視するのか、受け入れるのか、従うのか。どれを選ぶかは人それぞれですが、今自分の周りにある手段の中からシンプルに選んで考えていくことなのかなと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>見たことのない風景が心を豊かにしてくれる</h2>

<p><img alt="撮影：上田優紀" height="800" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260519uedayuki08.jpg" width="1200" /><br />
撮影：上田優紀(トンガ ババウ島 2024)</p>

<p>――世界一周中に撮った写真を他国の人に見せたら反応がすごく印象的だったと過去におっしゃっていましたが、それが原体験として今に直結しているということでしょうか。</p>

<p>【上田】その経験がそのまま今に直結しています。この地球の隅っこの方にある美しい風景を誰かが知る、ということが何かの喜びになってくれればいいなと思っているし、それを写真というものを通じてやっていきたい。ラッキーだったのは、まだ何者にもなれる時期にそれと出会えたこと。あの経験があって、今があります。</p>

<p>――「見たことのない風景が心を豊かにしてくれる」とよくおっしゃっていますが、その「豊かさ」をどう定義されますか？</p>

<p>【上田】僕が届けている風景は、多くの人が行くことができない場所、出会うことが難しい現象や動物、エベレストのように一生見ることなく過ごしていくような風景です。</p>

<p>生きていく分には必要がない風景なんですよ。でも、こういう想像もできないものと出会った時に、人の心に好奇心や想像力が生まれると思うんです。その好奇心を持ったり、ちょっと挑戦してみようかなという気持ちになっていることって、心が豊かになっているということの一つなんじゃないかと。</p>

<p>しかもこれって、人間の原始の部分に近い感情だと思っています。僕たちの祖先がアフリカで誕生して、ヨーロッパへ、北米へ、南米まで「グレートジャーニー」を歩いて今の人間になっているわけですが、わざわざ危険な場所を旅し続けたのって、好奇心なんじゃないかと思うんです。</p>

<p>未知への憧れや好奇心は、みんなが原始から持っている感情で、それを刺激した時にドキドキする。それは豊かになっている瞬間じゃないかと。そういうことを写真から感じ取ってもらいたいなと思っています。</p>

<p>（取材・執筆・撮影：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260519uedayuki06.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 03 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[上田優紀（ネイチャーフォトグラファー）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>無駄を避けていた私がパリで痛感した「目的のない時間」の大切さ  小栗きくこ（暮らしのコンサルタント）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14290</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014290</guid>
			<description><![CDATA[何かと効率を求めがちな現代。パリ在住の小栗きくこさんが、「急がない」が根底に根付く土地で暮らして得た「かけがえのない豊かさ」について解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="パリ時間" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_hourglass.jpg" width="1200" /></p>

<p>旅行先でも何もしない時間を作るなど、ゆったりと過ごす時間を大切にするというフランス人。長年パリで暮らしている小栗きくこさんは「パリに住んでから何かしないと...！という気持ちがなくなった」といいます。</p>

<p>小栗さんが「かけがえのない豊かさを手に入れた」というパリでの暮らし。本稿では、その暮らしの一部や感じたことを紹介していただきます。</p>

<p>※本稿は、小栗きくこ著『パリ時間』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>旅のプランは、「どうしたい？」「何を食べたい？」と自問して決める</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="870" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko08.jpg" width="1200" /><br />
その土地の食材で旅の食卓を彩ります。</p>

<p>フランスでは、1年を通してバカンスが何度もやってきます。学校は6週間通うと2週間の休み。夏は2ヶ月の長い休暇になり、夏休みの宿題もありません。大人も3週間ほど休むことは珍しくなく、小さなお店が1ヶ月閉まることもあります。</p>

<p>こんなふうに、暮らしの中に「休む時間」が組み込まれているのです。そしてフランス人のバカンスは、予定を詰め込まないことから始まります。「今日は何しよう？」ではなく、「今日はどう過ごしたい？」と、そのときの気分に任せるのです。そのゆるさが、旅の豊かさにつながっています。</p>

<p>私がフランスで家族旅行をするときは、よくホテルではなくキッチン付きのアパートメントを借ります。以前、フランスの田舎にあるホームステイ式の宿に泊まったときのこと。その宿は、「退職後に好きな料理で人を迎えたい」という夢を叶えた、フランス人とロシア人夫婦の自宅でした。</p>

<p>到着した日の夕方、「今日はよく煮込んだすね肉があるよ」と、ご主人が嬉しそうに鍋の蓋を開けて見せてくれたのです。前菜、メイン、デザートまで、家庭的でありながら季節の素材を使ったフランスの伝統を感じる料理。「アペロだけ一緒にしよう。ゆっくり食べてね」と言われたものの、会話が盛り上がって、ご夫婦は結局、最後までテーブルに残ってくれました。宿泊者と時間を分かち合うことを当たり前のように大切にする、その場にいる人との時間をゆっくり味わう。そんな「予定を作らない豊かさ」こそ、フランスのバカンスの魅力なのです。</p>

<p>また、フランス人は観光地を巡るよりも「その場所でどう過ごすか」ということを大切にしています。たとえば、ビーチで本を読みながら一日中寝そべって過ごす。家族や友人とゆっくり話す。ハイキングをしたり、サイクリングに行ったり、自然の中でのんびり過ごす人もいます。</p>

<p>以前の私は、旅先でも「いかに効率よく動くか」ということに意識を向けていたのですが、フランスの人たちには、「せっかく来たから、あれもこれも見なきゃ」という焦りがありません。そんな人たちを見ていて、私も「予定を詰め込まないほうが、心に残る旅になる」と気づきました。</p>

<p>私も夫も日本人で、夫婦で約20年前からパリで暮らしています。私たち夫婦の間では、「ただ日々のために作る食事」とは少し違う、その土地ならではの食材を使った料理を楽しむことが、旅での大切な儀式になっています。マルシェで買った旬の野菜や地元のチーズ、パン屋の焼きたてバゲット。時には現地で購入したお惣菜も取り入れながら、「今日は何を食べる？」といった会話で、旅の時間をふだんの自分たちの生活リズムに戻していきます。</p>

<p>夕方のひとときに料理をしながら、フライパンの音やオーブンの熱、窓の外から聞こえてくる街の気配や、地元のパリとはちょっと違う教会の鐘の音に、耳を澄ませて過ごす。そんな「暮らすように過ごす時間」のひとときに、自然と心がほぐれていきます。</p>

<p>旅先で、ずっと外食続きだと、どうしても「あらかじめ決めた予定」の中で食事をしてしまいがちですが、 こんな「ゆるさ」のある旅をすることで、その土地の空気や人との温度感がじんわりと伝わってくるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「待つ」ひとときに、思いがけない会話が生まれる</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="1600" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko09.jpg" width="1200" /><br />
夏のリュクサンブール公園で子供のヨットを眺める、のんびりした時間。</p>

<p>パリでは、スーパーのレジの列が長く、役所の事務手続きも日本より時間がかかるので、日常のあちこちに「待つ時間」があります。けれど、その「ゆっくりさ」は不思議と心を急かしません。</p>

<p>スーパーのレジでは、店員さんとお客さんが雑談することも。たとえば、レジの前で待っているときも、誰かが困っていれば助けようと手を伸ばし、子供がぐずれば「かわいいわね」と微笑む。こんなふうに見知らぬ人同士でも自然と声をかけ合っています。はじめは「まだかなぁ。早く進まないかなぁ」とモヤモヤしていましたが、今では、そのやわらかな空気がなんとも心地よく感じるようになりました。</p>

<p>ある日、よく行く靴の修理屋さんに靴を持って訪ねたとき、修理屋のムッシューが作業の手を止めて「今日はどんな1日だった？」と私に声をかけてくれました。そこから自然と会話が広がり、ムッシューの息子さんが東京で働いていること、日本の食べ物が好きだということまで楽しそうに話してくれました。</p>

<p>その会話を聞いていた隣のお店のマダムが横から「私も去年日本に行ったのよ。とても楽しかった！素敵な旅だったわ！」と笑顔で話しかけてくれ、近くにいた人たちも次々と会話に加わって、店先がまるでカフェのテラス席のように賑わったのです。ただ靴の修理に訪れただけなのに、店を出る頃には心があたたかくなっていました。</p>

<p>こんなふうに、思いがけない出会いや会話が生まれることが、パリでは珍しくありません。「急がなくていい」という捉え方が根底にあり、「待つ時間＝無駄な時間」とは誰も考えないのです。</p>

<p>あるとき、近所のパン屋の帰り道のこと。焼きたてのバゲットを抱えてふと顔を上げると、街の建物に反射した夕陽が驚くほど美しく、その思いがけない景色に、つい足を止めてしまいました。私自身、フランスに来るまで、「効率よく動くこと」「無駄な時間を作らないこと」が何より大事だと思っていました。</p>

<p>でも今は、待つ時間の中にある静けさや偶然の出会い、誰かとのささやかなやりとりを、とても豊かなものに感じています。スーパーのレジを待つ数分のやりとりも靴の修理屋さんでの会話も、帰り道に見た夕陽も、どれも急いでいたら気づけなかったことばかり。</p>

<p>「待つ」ことや「足を止める」ことは不便ではなく、むしろ心をほぐすための小さな合図のようです。「時間を効率よく使う」のではなく、「時間に身を委ねる」という考え方が、この国の人たちのゆったりした雰囲気を作っているのだと思いました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>土曜の午後は、「何もしない時間」を、あえて作る</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="675" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko10.jpg" width="1200" /><br />
セーヌ川のこの場所は私のお気に入り。</p>

<p>日本で暮らしていた頃の私は、忙しく過ごすことが当たり前のように感じていました。でも、パリに住んで、生活のリズムの違いに気づき、私の中にいくつかのルールができたのです。</p>

<p>そのひとつが、「土曜日の午後にあえて予定を入れない」というもの。週の終わりで、少しだけ気持ちがゆるむこの時間に、家族は思い思いに過ごし、私は部屋のソファに腰をおろして、ゆっくりとお気に入りの本を開きます。</p>

<p>窓の外では、近所の教会の鐘の音がやわらかく響き、キッチンからはお湯の沸く音が聞こえる。寒い冬の日には、あたたかい飲み物を片手に、雨が窓を叩く音をただ静かに聞いて過ごす。そんな何気ない音が、心の奥から緊張をほどいてくれます。</p>

<p>また、夏になると、パリでは街を歩く時間が増えます。土曜の午後には、活気のある通りを散歩したり、テラスで友人や家族とたわいない話をしたりすることも増え、夜9時を過ぎても空が明るく、つい時間を忘れてしまうこともあります。のんびりしすぎて夕食の時間が遅くなるのも、夏を感じるひとときです。</p>

<p>パリに来る前の私は、常に「何かしていなければいけない」という気持ちがどこかにあり、ただ座っていることにさえも罪悪感がありました。でも、ここでは誰もが当たり前のようにくつろぐ時間を楽しんでいます。カフェでも公園でも、ベンチに座ってただ空の移り変わりを眺めている人たちがいて、彼らを見ているうちに私の中にあった小さな罪悪感はいつの間にか薄れていきました。</p>

<p>さらに、パリに来て習慣になったのが、目的のない散歩です。私は、気持ちが少しざわつくときは、決まって外に出ます。セーヌ川沿いを歩き、川のほとりで本を読む。橋の欄干に寄りかかりながら、観光船が行き来するのをぼんやり眺める。カフェのテラスから聞こえてくる笑い声と、石畳を踏むブーツのリズム。通りすがりの人たちの会話が、風に乗って響くのをただ感じる。そのどれもが、ただそっと寄り添うように心を静かに整えてくれるのです。</p>

<p>このような時間があることで、急ぎ足では気づけなかった美しい景色があるのだと知りました。何かを成し遂げるためではなく、ただ、今の自分の状態に戻るための時間が気分を落ち着かせてくれるということ。その感覚を知ってから、私はひとりで過ごす静かなひとときを、以前よりずっと大切にするようになりました。</p>

<p>フランスでは「誰かと一緒にいなければならない」という空気はありません。それぞれが自立しているからこそ、家族であってもお互いを尊重し、ひとりの時間を持つことが自然に受け入れられています。「家族全員が集まる食卓を大切にしつつ、それ以外の時間は自由に過ごす」という距離感がパリらしさであるように思うのです。</p>

<p>何もしない午後。静かな散歩。雨音を聞くだけのひととき。心が疲れたときこそ、何も予定を入れず、ゆっくりと流れる時間に身を委ねる。そんな贅沢が、パリでは日常の中にそっと息づいています。私にとって、「何もしない時間」を大切にすることは、ここに来て手に入れた、かけがえのない豊かさです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_hourglass.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 03 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[小栗きくこ（暮らしのコンサルタント）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>年収300万円でも「満足」な人がいる理由　給与明細に載らない本当の報酬  佐野創太（退職学（R）研究家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14279</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014279</guid>
			<description><![CDATA[年収に不満があるのに転職に踏み切れない、なぜか報われない気がする——その正体を「体感年収」という概念で整理する、仕事の満足度を可視化する思考法。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_woman_drinking2.jpg" width="1200" /></p>

<p>給与明細を見て、なんとなく損をしている気がしたことはありませんか。でも本当に「もらっているもの」は、数字だけには表れていないかもしれません。あなたの働き方の価値を、まったく新しい視点で見直す方法があります。書籍『70％で働く　「もっと頑張る」から脱出する働き方の思考法』より解説します。</p>

<p>※本稿は佐野創太著『70％で働く　「もっと頑張る」から脱出する働き方の思考法』（日経BP）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>働き方の満足度を「体感年収」で測る</h2>

<p>「年収、もっともらってもいいんじゃないかな?」<br />
「こんなに頑張っているのに、なぜか報われない気がする」</p>

<p>そんなふうに感じたことがある方に知ってほしい考え方があります。</p>

<p>それは「体感年収」です。</p>

<p>体感年収とは、給与の金額だけでなく、人間関係や成長機会、働き方の自由度など、自分にとって価値のあるものをすべて合わせた年収のことです。</p>

<p>私たちはつい「年収＝金額」と考えがちですが、実際にはまったく同じ金額でも、人によって感じ方は違います。</p>

<p>たとえば、年収300万円を「生活がギリギリ」と感じる人もいれば、「ありがたい」と思う人もいます。</p>

<p>相談者のJさんは、デザイナーとして働きながらこう悩んでいました。</p>

<p>「給与だけを見ると少し物足りないけれど、仕事や環境には満足しています。だから、自分にとって本当に価値のあるものを整理して、数字にしてみたいんです」</p>

<p>Jさんの月の手取りは20万円ですが、給与以外の価値について話を整理していくと、こんな数字になりました。</p>

<p>● 職場の人間関係の良さ：月10万円相当<br />
● 上流工程の経験が積める：月5万円相当<br />
● リモートワーク勤務：月5万円相当</p>

<p>合計で月20万円分の「精神的報酬」。手取りと合わせると月40万円、年換算では約480万円の体感年収になります。給与明細には書かれていない報酬が、確かに存在していたのです。</p>

<p>体感年収は、自分にとって本当に価値のあるもの（＝プラス）を数値化し、逆に負担となっているもの（＝マイナス）を自覚させてくれます。そのため、自分が大切にしているものは何かも見つけやすくなるのです。</p>

<p>ここでの数字は、客観的に評価されたものではありません。</p>

<p>あくまで自分が「これがあると嬉しい」と感じる価値を、お金に換算したものです。たとえば、もし今、「明日、この1万円で自分が一番喜ぶことをしなさい」と言われて受け取ったお金があったら、どう使いますか? ぜひ、ちょっと考えてみてください！</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>（考えていただく時間を確保するために、ここに余白を設けますね）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「自分が幸せを感じること」を、お金に換算してみる</h2>

<p>いかがでしょうか? たとえば、次のように、いろんなことが想像できたかと思います。</p>

<p>● ライブや映画に行く<br />
● 本を何冊かまとめて買う<br />
● 美味しいランチを贅沢に楽しむ<br />
● ずっと欲しかったシャツを買う<br />
● 1日中、スパでのんびり......など</p>

<p>体感年収は、このように、ただただ「自分が幸せを感じること」を、お金に換算してみるのです。難しく考える必要はなく、感覚で十分です。</p>

<p>つまり、体感年収の数字は、「自分自身の幸せ換算」で決まります。</p>

<p>大切なのは、他人と比べることではなく、「自分にとって何が価値か?」を見える化することです。まずはこの感覚で、あなた自身の体感年収を書き出してみてください。</p>

<p>給与だけでなく、「職場の人間関係」「やりがい」「自由度」など、自分が幸せを感じるものをすべて月収として金額換算してみると、今の働き方の価値が驚くほどクリアに見えてきます。</p>

<p>その一方で、体感年収は、マイナスにも働きます。</p>

<p>終わりの見えない残業、先延ばしにされる約束、慢性的な人手不足、意味を見出せない日々のタスクなど、こうした要素は、体感年収を大きく下げます。終わりの見えない負担は、とくにエネルギーを奪うからです。</p>

<p>「いい会社のはずなのにつらい」<br />
「大きな不満はないのに、辞めたい気持ちが強い」</p>

<p>その違和感の正体は、体感年収の低下かもしれません。</p>

<p>体感年収に目を向け、「いま、自分はどこにマイナスを抱えているのか」に気づくことは、次の一歩を考え、行動に移すための力になります。</p>

<p>自分にとって価値があるものは何か。<br />
それはどれくらいの価値なのか。<br />
反対に、価値を感じにくいものは何か。</p>

<p>体感年収がはっきりするだけで、「今の会社にとどまるべきかどうか」「働き方を変えるかどうか」といった深い悩みにも自分の答えが出せるようになります。</p>

<p>給与明細だけでは見えない、自分にとって大切な価値を確認すること、それが「体感年収」を意識する意味です。</p>

<p>今の働き方や環境で、何がプラスで、何がマイナスかを書き出すだけでも、次の行動への道筋が見えてきます。</p>

<p>そして、そのプラスとマイナスのバランスを見ながら、「どの要素を増やし、どの要素を手放せば、自分にとっての体感年収が最大化されるか」を具体的に検討すると、今のあなたにとってちょうどいい働き方が見えてきます。今のあなたは、本当は張り詰めた糸を緩めるように70％で働きたいのかもしれない。反対に、120％に振りきりたいのかもしれない。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_woman_drinking2.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 03 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[佐野創太（退職学（R）研究家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>第25回「R-18文学賞」大賞・水登マヤさん「小説家になることを疑っていなかった」  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14405</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014405</guid>
			<description><![CDATA[窪美澄さんや宮島未奈さんらを輩出した「R-18文学賞」の第25回授賞式が開催。1052作品から選ばれた大賞・水登マヤさんと友近賞・白木凛さんが、創作への覚悟を語ったスピーチを詳報！]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="左から白木凛さん、水登マヤさん、窪美澄さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260601R1801.jpg" width="1200" /><br />
左から白木凛さん、水登マヤさん、窪美澄さん</p>

<p>第25回「女による女のためのR-18文学賞」の授賞式が、2026年6月1日に開催されました。</p>

<p>本賞は、これまでに窪美澄さん、町田そのこさん、宮島未奈さんなど、現在の文芸界を牽引する多くの人気作家を輩出してきたことで知られています。</p>

<p>第25回となる今回は、1052作品にのぼる応募が寄せられました。厳正な選考の結果、大賞には水登マヤ（みと・まや）さんの「水を得にゆく魚」、友近賞には白木凛（しろき・りん）さんの「曇る母へ」が選出されました。</p>

<p>選考は、新潮社の女性社員による一次〜三次選考を経た後、選考委員を務める窪美澄さんと東村アキコさんが最終候補作品の中から受賞作を決定。また、タレントの友近さんが単独で選考する「友近賞」も設けられています。</p>

<p>本稿では、大賞・友近賞を受賞したお二人のスピーチを紹介します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>受賞作品のあらすじ</h2>

<p>大賞を受賞した水登マヤさんの「水を得にゆく魚」は、市役所で働く女性・真由子と、二人の外国籍女性との関わりが描かれます。住民税滞納で口座を差し押さえられ、市役所で真由子に窮状を訴える女性・ラン。真由子の叔父の妻で、フィリピンへの帰省を間近に控えるリカ。二人の行き場のない苦悩に触れた真由子は――。</p>

<p>友近賞を受賞した白木凛さんの「曇る母へ」は、28歳の皐月と母の物語です。母は、離婚や別れた父の死去、パート先の退職を経て、徐々に心身ともに衰弱してゆきます。明るく、太陽のようだった母の変化は、皐月には抱えきれないほど重く......。「母と娘」という永遠のテーマに真正面から対峙しています。</p>

<p>（出典：株式会社新潮社プレスリリースより）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>水登マヤさん「覚悟を持って書かなきゃいけない」</h2>

<p><img alt="水登マヤさん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260602R1803.jpg" width="1200" /></p>

<p>水登さんはまず、授賞式のスピーチを準備していた際のエピソードを披露。「スピーチで面白いことを言った方がいいですか」と担当編集者に聞くと、「そういうのは大丈夫です」と食い気味に返されたといい、「今日は落ち着いて、厳かにお話したいと思います」と語って、会場を笑わせました。</p>

<p>本賞への応募に至るまでの経緯については、幼い頃から小説家になることを「なぜか疑っていなかった」と振り返りつつ、本気で小説を書き始めたのは約4年前だと明かしました。以来、本賞に応募を続け「こうして今年拾っていただけて、本当にありがとうございます」と感謝を述べました。</p>

<p>小説に対する思いについては、「あらゆる表現方法の中で一番、人間の肉体に近いもので、その分ごまかしの効かないものだと思っています」と語りました。受賞によって書き続ける場を得たことへの責任と怖さを感じながらも、「どんどん書きたいことが出てきている状態なので、覚悟を持って書かなければいけないと思っています」と力強く述べました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>白木凛さん「この年齢でも夢を叶えられる、夢がある世界」</h2>

<p><img alt="白木凛さん" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260602R1804.jpg" width="1200" /></p>

<p>続いて登壇した白木凛さんは、現在37歳で、小説家を志したのは35歳頃だったと明かしました。今回の受賞については、「この年になってもまだ夢を叶えることができるんだ」と驚きを語るとともに、「すごく夢がある世界だなと思いました」と喜びをにじませました。</p>

<p>また、受賞作「曇る母へ」が実体験を下敷きにした作品であることにも触れ、「見たことのない景色を母とも一緒に見ることができて、感無量です」と思いを語りました。</p>

<p>白木さんは終始穏やかな表情を浮かべながら、「感謝の気持ちを忘れず、いい作品を紡いでいけるように精進してまいります」と締めくくりました。</p>

<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260602R1801.jpg" width="1200" /></p>

<p>受賞作、受賞のことば、ならびに選考委員による選評は、「小説新潮」5月号に掲載されています。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260601R1801.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 02 Jun 2026 13:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>沖縄発の児童書が描く“本土とは違う日常” 「教科書に電車が出てくるのが不思議だった」  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14190</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014190</guid>
			<description><![CDATA[福木はるさんの最新作『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』。デビュー作『ピーチとチョコレート』に続き、沖縄のリアルな日常を舞台に紡がれる物語。執筆に込めた想いを伺いました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="装画：しらこ" height="821" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260501fukugiharu01.jpg" width="1200" /><br />
装画：しらこ</p>

<p>YA（ヤングアダルト）小説作家・福木はるさんの最新作『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』が刊行されました。</p>

<p>デビュー作の『ピーチとチョコレート』は、容姿に悩みを抱える女の子がヒップホップに出会う物語。続く今作では、シングルマザーの愛海（らぶみ）と娘のかふうが、二人三脚で「車の免許」を取るために奮闘する姿が描かれています。</p>

<p>どちらの作品も舞台は沖縄。戦闘機の音が響き、車がないと生活がままならない、この土地ならではの「日常」を描いています。なぜ沖縄を舞台に書き続けるのか。作品の背景にある思いを、福木さんにたっぷり伺いました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ヒップホップと沖縄の文化はシンクロする</h2>

<p><img alt="『ピーチとチョコレート』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260428Fukugiharu02.jpg" width="1200" /></p>

<p>――『ピーチとチョコレート』はヒップホップを題材にされています。児童書では非常に斬新だと思いましたが、なぜでしょう？</p>

<p>【福木】最初からヒップホップの話を書きたいと思っていたわけではありません。当時はまだコロナ禍の名残がある時期で、頭の中に、女の子同士がマスクをつけたまま向き合っているシーンがポンと浮かんだのです。そこから「この子たちが最後にマスクをえいっと外して、お互いに向き合えたら素敵な話になりそうだな」と思って。</p>

<p>じゃあ、何をきっかけにマスクを外すんだろうと考えた時に、「ラップかもしれない」と思いました。私はヒップホップに詳しいわけではないのですが、同じ中学校にラッパーがいたりして、親しみがあったことから題材にしました。</p>

<p>――沖縄出身のラッパーは多い印象があるのですが、地域の文化と関係しているのでしょうか？</p>

<p>【福木】そうかもしれません。沖縄にはアメリカ文化が根づいていることもあって、ヒップホップに対する親しみが他の地域に比べるとある方なのかもしれません。加えて、ヒップホップには「地元をレペゼンする（代表する、象徴するといった意味）」という文化がありますよね。自分たちのルーツや土地を大切にする感覚が、沖縄の文化を大事にしたいという意識と重なる部分がある。だから沖縄は、歴史的にも文化的にもヒップホップと相性がいい地域なのではないかと感じています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>沖縄の子どもたちの日常を、物語の中にちゃんと残しておきたい</h2>

<p>――『ピーチとチョコレート』そして『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』両作品とも沖縄が舞台になっていますが、沖縄を舞台にしている意味、そして物語への影響を教えてください。</p>

<p>【福木】沖縄で生まれ育ってきたので、何を書いても自然と沖縄の話になる、というのはありますが...（笑）。</p>

<p>子どもの頃、教科書を読んだときに、「全然知らないことが書かれているな」と思うことが多かったんです。例えば教科書には電車や駅が当たり前のように出てきますが、沖縄にはありません。なので私にとって、日本の児童書や小説を読む感覚は、海外文学を読むときの驚きや新鮮さに近いものがありました。</p>

<p>ということは逆に、本土の子どもたちから見ると、沖縄の何気ない暮らしを描くこと自体が、新しい発見になるかもしれないと思ったんです。異文化としての違いの面白さがありつつ、同じ年代として共感できるところもある。その両方を描けるのが、沖縄を舞台にする面白さだと思っています。</p>

<p>さらに、沖縄の子どもたちにとっても、「これは自分のための物語だ」と思える作品がもっとあった方がいい。そういう思いも、強くあります。</p>

<p>――今作では愛ちゃんとかふうの母子が協力して、免許取得にチャレンジするという物語です。免許がないと仕事に就くのも難しいという話は、地域差を感じさせますね。</p>

<p>【福木】私は、2年前に千葉県に引っ越してきたのですが、その際、沖縄で使っていた車を2台手放したんです。「車がなくてやっていけるかな」と思っていたのですが、問題なく生活できてしまって、それがとても驚きでした。同じ国内でも、これほど暮らし方が違うのかと実感しましたし、そうした生活の違いを覗ける面白さも、物語の魅力だと思っています。</p>

<p>――作中には基地や戦闘機の描写が登場します。これは子どもたちに歴史を知ってほしいという意図でしょうか？</p>

<p>【福木】それもありますし、私にとっては基地も戦闘機も生活の一部なんです。本土で電車が走っているのと同じように、沖縄では戦闘機が日常的に飛んでいる。日々起きていることを、あえて物語から排除するのは違うと考えました。</p>

<p>私は、宜野湾市で育ちました。宜野湾市をドーナツで例えると、真ん中の穴の部分に基地がどーんとあって、深夜まで轟音が鳴り響いているんです。こうした風景は、県外の人だけでなく、同じ沖縄の中でも、基地の近くで暮らしていないと実感しにくいものだと思います。だからこそ、その場所で暮らす子どもたちが見ている日常を、物語の中にきちんと残しておきたい。そういう思いで書いています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>子どもを大切にする価値観</h2>

<p><img alt="『女の子がハッピーに生きるための３つのこと』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260428Fukugiharu01.jpg" width="1200" /></p>

<p>――『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』には、ギャルママの愛（らぶ）ちゃんや、スナックの昭恵ママなど、インパクトのあるキャラが沢山登場していますが、これは沖縄の人らしさが反映されたキャラクターなのでしょうか？</p>

<p>【福木】沖縄っぽさは特に意識しているわけではないのですが、愛ちゃんも昭恵ママも、スナックのみんなも、登場人物たちの根底には「子どもをとても大切にする」という感覚があると思います。</p>

<p>沖縄で子どもを連れて歩いていると、知らない人からよく話しかけられるんです。エレベーターで乗り合わせても、お互い無言でいることの方が珍しくて、「可愛いですね、何ヶ月ですか？」といった声かけが自然に生まれる。おじいちゃんおばあちゃんだけでなく、若い世代も含めて、気軽に声をかけ合う文化があります。</p>

<p>子どもが困っていたら、周りで助けるのが当たり前、子どもは宝という感覚ですね。こうした価値観は、凄惨な戦争の歴史を背景に育まれてきたものなのかもしれません。一方で、貧困や暴力の問題などもあるので、一概に言えるものではないとも思っているのですが。そして、それもまた戦争や基地の問題と根っこで繋がっていると思います。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260501fukugiharu02.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 02 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>デート中もショート動画を見てしまう　専門家が警告する「スマホ依存」の実態  マルク・ティッヘラー（認知心理学者）, オスカル・デ・ボス（生産性・集中力向上の実務家）,児島修（訳）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14275</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014275</guid>
			<description><![CDATA[スマホを頻繁にチェックしてしまうのは、意志が弱いからではない? 専門家は「スマホは現代の鎮痛剤」と指摘します。スマホ依存が睡眠・人間関係・仕事に与える悪影響と、今すぐ実践できる5つの対策を具体的に紹介します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="スマホ依存" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smartphone_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>気づけばスマホを手に取っている...そんな瞬間、あなたの脳では何が起きているのでしょうか。現代人がスマホに支配されてしまうメカニズムと、今日から使える実践的な対策を、書籍『脳をオフにせよ　仕事も人間関係もうまくいく集中術』より解説します。</p>

<p>※本稿はマルク・ティッヘラー,オスカル・デ・ボス[著],児島修[訳]『脳をオフにせよ　仕事も人間関係もうまくいく集中術』（日経BP）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>スマホは大人のおしゃぶり</h2>

<p>ほかの依存症と同じく、頻繁にスマホをチェックすることは、短期的には快楽を味わえても、長期的には健康に悪影響を及ぼします。他人とのつながりが薄れ、セックスの回数が減り、睡眠が浅くなり、仕事が捗らなくなります。スマホの過度の使用とうつ病を関連付ける研究もあります。こうした副作用があるにもかかわらず、私たちは頻繁にスマホを手に取っているのです。</p>

<p>「スマホを頻繁に使うのは、本質的に一種の鎮痛剤のようなものであり、心の状態を変える方法です」と、様々な依存症の治療を専門とする心理学者のアン・シボンは語っています。</p>

<p>彼女は近年、依存症のために心理学の知見に基づく助けを求める人の数が急増しているのを目の当たりにしてきました。</p>

<p>「現代の人々は、退屈や沈黙などの不快な感情を避けるために、無意識にスマホに手を伸ばします。こうした感情に対処する彼らの能力は、低下しているのです。その結果、私たちは人生につきものの、日常的なつまずきに対して脆くなっています」</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>スマホ依存を和らげるための5つのコツ</h2>

<p>悪しき人間関係を絶つのが難しいように、スマホとの依存的な関係を絶つのも簡単ではありません。しかし、思い切って実行すれば、楽になれます。役立つヒントをいくつか紹介します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>1. スマホを引き出しに入れておく</p>

<p>私たちは、すぐに手に取れるように、スマホを近くに置いておきがちです。その結果、ついそれを手に取ってしまいます。スマホを物理的に遠くに置けば、誘惑に負けにくくなります。たとえば私は帰宅後、スマホをキッチンテーブルの上に置くことが多いです。仕事中は、デスクの引き出しにしまい込んでいます。必要なときには取り出せますが、すぐには手が届きにくくなると、無意識にスマホに触れることが少なくなります。こうすることで、つい覗きたくなるという強い誘惑に抗いやすくなるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>2. 頻繁に見てしまうアプリを非表示にする</p>

<p>中毒性の高いアプリをホーム画面に表示するのではなく、離れたフォルダーに隠すことも、スマホを使いにくくするための効果的な方法になります。アプリは、できるだけ開くのに手間がかかるようにしましょう。定期的にアプリの場所をランダムに動かして、どこにあるかがわかりにくくするのもいいでしょう。アイコンが視界に入らないようにしておくと、ほかのことをしようとしてついそのアプリを開くといったことがなくなります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>3. デートのときはスマホを見ない</p>

<p>デート中にスマホばかり見ているカップルがいます。私は個人的に、そんなことは絶対にしたくありません。ガールフレンドと食事に行くときは、どちらか一方だけが（緊急用に）スマホを持ち、着信音の設定をオンにしてバッグに入れておきましょう。友人と食事に行くときも、全員のスマホを一カ所に集めておくのはいかがでしょうか。途中でスマホを見た人がいたら、その人がすべての飲み物代を支払うというルールを決めてもいいかもしれません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>4. デジタル・デトックスを実践する</p>

<p>私は休暇旅行に行くときは、よくネット断ちをします。いわゆるデジタル・デトックスです。そうやって、メールやSNS、ニュース、メッセージなどから解放されます。休暇中なら実施しやすいので、まずは3日間続けてみることをお勧めします。ただし、家族や友人にはデジタル・デトックスをしていることを事前に伝えておきましょう。そうしないと、2日間経ってもあなたから返信がないことを心配して、警察に捜索願が出されてしまうかもしれません。私もこの初歩的なミスを犯したことがあります。ママ、ごめんなさい。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>5. ブロッカーアプリを使う</p>

<p>ふとしたはずみに、ついアクセスしてしまうお気に入りのアプリがある人もいるでしょう。そんなアプリを使うときは、5分のつもりが簡単に20分ほど経ってしまいます。意志の力だけに頼って自分を抑えるのは至難の業です。使いたくないアプリをブロックしてくれる、ブロッカーアプリを使うほうが、ずっと効果的です。ブロッカーアプリを使うと、つい時間を奪われてしまうアプリやサイトに費やす時間を正確に決められます。</p>

<p>たとえば、フェイスブックの利用時間を1日20分に制限できます。20分を過ぎると、フェイスブックは一時的にブロックされます。もちろんブロックは解除できますが、これには手間がかかるので、集中力を妨げられにくくなります。個人的なおすすめは、「Stay Focusd （Chrome）」です。「Waste No Time （Safari）」や「Cold Turkey Blocker（Windows）」なども代表的です。iPhoneユーザーは「設定」の「スクリーンタイム」セクションから、アプリの使用時間を制限するオプションを選択できます。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smartphone_1.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 02 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[マルク・ティッヘラー（認知心理学者）, オスカル・デ・ボス（生産性・集中力向上の実務家）,児島修（訳）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ケンブリッジ大教授は「大学不要論」をどう考える？ カレッジが存在する意義  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14099</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014099</guid>
			<description><![CDATA[飯田教授・小林氏・原田氏の鼎談。「学びが止まる瞬間」をチームで支えるケンブリッジの実践と、シモキタカレッジ6年間の現場から見えてきた、他者との対話が可能性を開く瞬間とは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya08.jpg" width="1200" /><br />
左から篠田真貴子氏、飯田史也教授、原田遼太郎氏、小林亮介氏</p>

<p>2026年4月5日、東京・世田谷区下北沢の居住型教育施設「SHIMOKITA COLLEGE（シモキタカレッジ）」にて開催されたケンブリッジ大学・飯田史也教授の新刊『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』（日経BP）刊行記念イベント。</p>

<p>イベント後半では、飯田教授、HLAB代表の小林亮介氏、HLABでカレッジ運営に携わる原田遼太郎氏、そしてモデレーターの篠田真貴子氏が、「学びにつながるコミュニケーション」をテーマに語り合いました。ケンブリッジの実践と、開業6年目を迎えるSHIMOKITA COLLEGEの現場から見えてきたものとは何か。セッションの模様をレポートします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>いかにケンブリッジの源流に近い形で実践できるか</h2>

<p>【篠田】原田さんは、ここまで飯田先生のお話を聞かれていかがでしたか？HLABで日々見ていることと紐づくところ、あるいは「ここは違うな」と感じたところはありますか。</p>

<p>【原田】HLABではもともと、海外の大学の寮をコンセプトにしながら、日本でどのように実践できるかを模索してきました。文化の違いもありますし、日本では3年生の後半から就職活動が始まるといったシステムの違いもある。そうした環境の中で、いかにケンブリッジの源流に近い形を実践できるか。それは常に問われていることです。</p>

<p>一番大きな違いは「伝統」だと感じています。100年単位で積み重なった歴史から生まれる一貫性のようなものが、ケンブリッジにはある。SHIMOKITA COLLEGEはようやく6年目を迎えたところで、歴史の厚みをひしひしと感じながら、今日のお話を聞いていました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>運営する側も「学ぶ側」でなければならない</h2>

<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya12.jpg" width="1200" /></p>

<p>【篠田】飯田先生、今の原田さんのお話を聞かれていかがですか。</p>

<p>【飯田】ケンブリッジには恵まれた点がたくさんあって、学生も教員も優秀だったりするわけですが、実は何より大変なのは、運営チームを機能させることなんですよね。</p>

<p>学生は「学ぶつもり」で来ているからいい。でも、教えている人、運営している人自身の学びにもなっていないと学びは回っていかないんです。</p>

<p>企業で「学びの文化を作りたい」という話もよく聞くのですが、プロフェッショナルとして働いている人も、本来は学び続けなければいけない。でもどうしても、サービスを提供する側で終わってしまいがちです。運営する人が学ばなければ、そこにいる人たちも学び続けることはなかなかできない。ケンブリッジはその点にとても気を遣っています。</p>

<p>【篠田】「学びが回る」というお話は、言葉としては理解できるのですが、経験したことがないとイメージしにくい。経験のない私たちにも伝わるように、もう少し具体的に話していただけますか。</p>

<p>【飯田】「学びが回る」とは何かから入ると、かえってわかりにくくなるので、逆に「学びがどこで止まるか」を考えるほうがイメージしやすいと思います。</p>

<p>私は毎年、だいたい10人ほどの学生を担当しているんですが、10人いると必ず、4年間のどこかで誰かの学びが止まるんです。障害はさまざまです。恋愛のこともあれば、これまでとはまったく異なる考え方が求められる場面に出会ってつまずくこともある。たとえば理系の学生が文系的な思考を必要とする科目に直面して、急に壁にぶつかるといったケースです。ケンブリッジはエリートが集まる場所なので、それまでほとんど失敗を経験してこなかった学生が、ちょっとしたきっかけで挫折してしまうことがあるのです。</p>

<p>健康問題、不眠、経済的な悩み、友人関係、恋愛...本当に人それぞれ、どこかにぶつかります。教員は、それら全てを「学びの障害」として捉え、対処しなければならない。私一人では対応できないので、男性だけでなく女性のスーパーバイザーを必ずチームに加えたり、看護師や医師に相談できる体制を整えたり。</p>

<p>そしてケンブリッジで特徴的なのは、牧師さんが必ずチームにいることです。精神的に不調をきたしたり、人間関係がうまくいかなくなったりした時に、最後はコミュニケーションでどう支えるか。本当に手間がかかります。本にはその全てを書き切れなかったんですが、実際にはそういうことが裏側で起きているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「蓋をされた可能性」が開く瞬間</h2>

<p>【原田】飯田先生のお話を踏まえると、私たちは「コミュニケーションの中で可能性が引き出される瞬間」と「可能性に蓋がされる瞬間」があると捉えています。</p>

<p>たとえば高校生が親元で暮らしていると、「学校に行くのが当たり前」「親が勧める進路を目指すのが当たり前」という前提の中にいます。それが、親元を離れてSHIMOKITA COLLEGEに入ると、身近にいる人たちの属性が一気に変わる。大学生や社会人という、親でも同世代の友人でもない「斜めの関係にある存在」が現れる。</p>

<p>そういう人たちは、その学生の人生の前提を知らないがゆえに、無邪気に「それって自分で決めつけているだけじゃない？」「自分の限界を自分で決めているだけじゃない？」と声をかけてくれる。そこで、それまで蓋をされていたものがあふれ出してくることがある。</p>

<p>日常的なコミュニケーションによって、自分の可能性がどんどん広がって、チャレンジへとつながっていくんです。</p>

<p>【篠田】具体的に、SHIMOKITA COLLEGEでのエピソードがあれば教えていただけますか。</p>

<p>【原田】私自身の話をすると、私はもともと陸上・駅伝を10年間続けてきました。SHIMOKITA COLLEGEに入って、さまざまな経験を持つ人たちと出会い、話すたびに自分の無知を痛感して、少し気後れしてしまうことがありました。</p>

<p>でも、あるとき食堂で一人の学生が話しかけてくれて、「あなたが運営の中で毎日コツコツ取り組んだり、長い目で人の変化を見続けたりできるのは、もしかしたら駅伝を10年間やってきたことによるものかもしれないね」と言ってくれたんです。その一言で、自分がこれまで積み重ねてきた経験の見え方が一気に変わりました。過去の経験を、新しい文脈の中で「経験し直す」ことができたんです。</p>

<p>それをきっかけに、自分はどういうことができる人間なのか、それを日々の運営にどう生かしていくかを考えるようになりました。</p>

<p>【篠田】教える側・運営する側である原田さん自身が学んでいる、という一例でもありましたね。日本の旧来の文脈では「年上が教え、年下が学ぶ」という枠組みに捉えられがちなところを、とても自然に超えていらっしゃるお話だと感じました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大学不要論について</h2>

<p>【会場からの質問】「『頭が良い人は自習できるし、そうでない人に大学は不要だ』という大学不要論についてどうお考えでしょうか。</p>

<p>【飯田】本来、人間にとって「学ぶ」ことは自然な行為です。放っておいても人は学びますし、特に学ぶのが上手な、いわゆる「頭が良い人」にとって、学位を取るためだけなら大学は不要かもしれません。</p>

<p>しかし、それでも大学という場所が必要な理由は、一人では到達できない「学びの加速」にあります。</p>

<p>コツコツと個人で成長するスピードに対し、大学やSHIMOKITA COLLEGEのようなコミュニティに身を置くことで、桁違いの速度で、かつ全く異なる視点から一気に学びが深まる瞬間がある。これは一人では絶対に不可能です。</p>

<p>単なる「学位を与えるだけの機関」であれば大学不要論も一理ありますが、そこでの対話や環境によって成長がグワーッと加速する。その爆発的な成長の場を作ることこそが、我々大学の教員や、このSHIMOKITA COLLEGEが担っている価値なのだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「学びにつながるコミュニケーション」とは何か</h2>

<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya09.jpg" width="1200" /></p>

<p>【篠田】最後にあらためて、「学びにつながるコミュニケーション」とはどういうものか、お二人それぞれからお聞きしたいと思います。</p>

<p>【飯田】私にとってはシンプルに「その人を知る」ということだと思っています。</p>

<p>大学では教員と学生の関係は一対多になりがちで、1年生が入ってきても、学生側は教員に話しかけにくいし、こちらも学生が何を考えているかわからず話せない。その壁をどうやって乗り越えて「その人を知る」か。自分の子供のように知るには、どうすればいいか。</p>

<p>実際、真剣に向き合えば、学生を自分の子供以上に深く知ることができる可能性があります。時間的な制約もあるのでバランスは必要ですが、担当する全ての学生が自分の子供のような存在になっていく。それが、ケンブリッジで行われているコミュニケーションです。</p>

<p>他の大学で教えていた時は、ただたくさんいる学生を採点して卒業させる、という話で終わっていた。それと比べると、全ての学生が自分の子供のようになっていくというのが、本当の「学びにつながるコミュニケーション」だと感じています。</p>

<p>【原田】私は、「経験できる領域を広げる」ということだと思っています。自分が直接体験できることには、どうしても限界があります。でも、コミュニケーションを通してその人の人生に触れ、その人を知ることで、自分が体験してこなかったことを「追体験」できる。それがコミュニケーションを通じた学びの、最も象徴的な側面だと感じています。</p>

<p>よく「社会人は何のためにカレッジに住んでいるんですか」と聞かれます。知識を持った社会人が教え、高校生が教わる、という構図に見えてしまうんです。でも、一人ひとりに固有の体験があります。社会人であれ高校生であれ、それぞれがまったく異なる経験をしている。他者とのコミュニケーションを通じて、自分が当事者として関われる領域を広げていく...それが「コミュニケーションを通じた学び」だと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya08.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 02 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>毛利元就「三本の矢」も折れるはず？ 今村翔吾さん『戦国武将伝』が示す新解釈  今村翔吾（作家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14228</link>
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			<description><![CDATA[直木賞作家・今村翔吾さんの意欲作『戦国武将伝』はどう生まれた？ 『東日本編』、『西日本編』それぞれに収録されたエピソードへのこだわりについて話を聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="今村翔吾" height="744" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260430Imamurashougo01.jpg" width="1200" /><br />
（写真撮影：SHIRO KOMATSU）</p>

<p>デビューして以来、刊行される作品が次々と話題となり、吉川英治文学新人賞をはじめとする数々の文学賞を受賞。30代にして直木賞作家となり、今まさに波に乗っている今村翔吾氏。メディアにも多数出演するなど、その活躍は小説だけに留まらない今村氏だが、原点にあるのは「大衆文学」だという。このたび、意欲作「戦国武将伝」が文庫化されるにあたり、歴史小説への思いを伺った。（取材・文：末國善己）</p>

<p>※本稿は、『文蔵』2026年4月号より、内容を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>歴史小説をショートショートに</h2>

<p><img alt="イクサガミ" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260430Imamurashougo03.jpg" width="1200" /></p>

<p>──今村さんは、Netflixで「イクサガミ」が映像化されて話題を呼び、〈羽州ぼろ鳶組〉シリーズもアニメ化されました。作品の映像化が続いて、環境が変わりましたか。</p>

<p>【今村】変わりました。単純に言うと、今村翔吾原作の作品の空きを求める人が増えました（笑）。映像化の問い合わせがこれまでの5倍くらいに増えているので、そのうちの一つでも二つでも決まって欲しいですね。</p>

<p>直木賞受賞後に宮城谷昌光先生に、「直木賞はとるよりも看板を降ろす方が難しいですよ」というお言葉をいただきました。受賞後は&quot;直木賞作家 今村翔吾&quot;と呼ばれていましたが、映像化が続いたことで直木賞作家の看板が少し下ろせて、『イクサガミ』の今村翔吾と言われるようになりました。</p>

<p>ただ、これは看板の掛け替えに過ぎない。東野圭吾先生を誰も&quot;直木賞作家 東野圭吾&quot;とは呼んでいませんよね。これからも何度か看板を掛け替えないと、「ただの今村翔吾」になれないと分かり、宮城谷先生の言葉の重さを実感しています。</p>

<p><img alt="〈羽州ぼろ鳶組〉シリーズ" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260430Imamurashougo04.jpg" width="1200" /></p>

<p>──『戦国武将伝　東日本編』、『戦国武将伝　西日本編』が文庫化されました。47都道府県から戦国武将一人ずつを選んでショートショート（掌編小説）集を作るというアイデアは、どのように思い付かれたのですか。</p>

<p>【今村】月刊「歴史街道」への連載だったので、一回の枚数が原稿用紙15枚くらいでした。それなら長編の連載より、一回ごとの読切がいいと考えました。僕は筒井康隆先生や星新一先生が好きなのですが、歴史小説にはショートショートがありませんでした。それで挑戦として、歴史小説のショートショートを書いてみようと思ったのが最初です。</p>

<p>──「戦国武将伝」というタイトルや、物語の最後に典拠にした史料を引用するところは、海音寺潮五郎『武将列伝』を思わせます。ただ『武将列伝』はフィクションを排した史伝ですが、今村さんは小説にしています。小説だからこそできることは何だとお考えですか。</p>

<p>【今村】小説だからできることは、読者の方が共感を覚えたり情緒に浸ってもらえることではないでしょうか。僕も海音寺先生の『悪人列伝』などの史伝は全部読んできましたが、こんな武将がいた、こんな人物がいたという知識を得る喜びが大きかったです。それに対して僕は、武将の一生は説明できないけれど、一部を切り取ることで、読者の方にその喜びを感じてもらえたらいいなと思って書きました。</p>

<p>──掌編を書く難しさはありましたか。</p>

<p>【今村】難しさしかなかったです（笑）。ただ、北方謙三先生に、たまに短い小説を書くと文章がよくなる、引き締まると聞かされていたので、いい機会だと思っていました。ショートショートはワンアイデアで勝負する必要があります。どの武将の、どのエピソードを引っ張ってくるのかという材料選びでほぼ9割が決まりますから、そこも難しかったです。</p>

<p>──北条氏政の汁かけ飯、毛利元就の三本の矢などよく知られたエピソードに捻りを加えるのと、あまり知られていないエピソードを掘り起こすのでは、どちらが大変でしたか。</p>

<p>【今村】やはり有名な方が難しかったですね。毛利や北条はよく知られているだけに、もう一歩踏み込んで物語に奥行きを作るとか、ちょっと戯れを入れるとかしなければならないので大変でした。</p>

<p>一方で、よく知られてないエピソードは、題材を見つけてしまえば誰も書いていないので料理はしやすかったです。僕の中で、よく知られていないものを巧く小説にできたと考えているのは、尼子経久の「謀聖の贄」と宇喜多直家の「宇喜多の双弾」ですね。</p>

<p><img alt="『戦国武将伝　東日本編』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260430Imamurashougo02.jpg" width="1200" /></p>

<p>──連載の時は、次にどの県の武将にするか籖引きで決めていたと聞いたのですが、事前に史料の調査などができないので大変ではなかったですか。</p>

<p>【今村】最後は長野県で締めたかったので、この県だけは抜いてもらいました（笑）。大変でしたが、小中高で歴史小説、歴史の研究書、「歴史読本」などを読んできたので、今回ほどたくさん本を読んでいて良かったと思ったことはないですね。籤である県が決まれば、すぐにそこの出身の武将が何人か思い浮かびます。武将さえ決まれば、何個かエピソードが出てくる状態にはなっていました。ただ、今思えば「誰にもできないことをやっていたな」と感じています。</p>

<p>──各都道府県で取り上げる武将を選んだ基準と、武将を探すのが難しかった都道府県を教えてください。</p>

<p>【今村】僕がデビューした直前の頃から2020年くらいの間は、小説の世界ではマイナーな武将に注目が集まりました。僕は大衆小説家なので、メジャーな武将の方が歴史小説に親しんでもらえると考えています。自分の県の番になったら喜んでもらえる武将、全国的な知名度が高い武将を選びました。その中で最も難しかったのが栃木県の宇都宮国綱、その次が秋田県の矢島満安ですね。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑は出身地なら全員が愛知県なので、秀吉は大阪、家康は東京にするなど意図的に散らしたところもあります。</p>

<p>──武将のどのエピソードを取り上げるのかは、どのように決めたのですか。</p>

<p>【今村】有名な武将であればあるほどエピソードの数は多いので、信長であれば10個くらい思い付いたものを書いて、その中から小説にできそうなのはどれかといった形で選んでいました。</p>

<p>逆に、マイナーな武将はエピソードも少ないので、埼玉県の太田資正を主人公にした「武州を駆けろ」で犬の話を書いたように、最も有名な逸話を持ってくるようにしました。元就の三本の矢や、石田三成の三杯の茶など有名なものは、解釈を変えて読者に楽しんでもらえるようにしています。</p>

<p>──有名なエピソードの解釈を変えるのは、難易度が高いように思えますが。</p>

<p>【今村】誰もが知っているエピソードには胡散臭いものも多くて、そんなに巧くいくかなと自分は思ってしまうんです。毛利元就は三本の矢は折れないと言いますが、吉川元春なら折ってしまいそうじゃないですか（笑）。それで、どんどん矢の数を増やしていく話にしました。石田三成の「四杯目の茶」も、秀吉に四杯目が飲みたいといわれたらどうするのかを考えました。ツッコミを入れる遊び心で書いたので、難しいというより楽しかったです。</p>

<p>──全体を通して読んでみると、家康の「竹千代の値」が青春小説、父の氏康を氏政と兄弟たちが罠にかけようとする「汁かけ飯の戦い」がミステリー、里見義弘の「青に恋して」が恋愛小説になっているなど様々なジャンルがありました。これは、意図的にジャンルを変えようと思われたのですか。</p>

<p>【今村】それぞれがどれだけミステリーになっているか、どれだけ恋愛小説になっているかは分かりませんが、毎回、ひと工夫しようとは考えていました。「義元の影」はホラーのテイストがあり、「十五本の矢」や島津義弘の「怪しく陽気な者たちと」はコメディになっていると思います。</p>

<p>僕は放っておくと書くもの全部が&quot;今村翔吾風&quot;になってしまう。そこは変えるように意識しましたね。今村翔吾風が強い掌編は、武田信玄の「暮天の正将」や上杉謙信の「蒼天の代将」で、僕の中の王道です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>関西人ならではのこだわり</h2>

<p><img alt="『戦国武将伝　西日本編』" height="1199" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260430Imamurashougo01_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>──今年の大河ドラマ「豊臣兄弟！」が放映されていますが、東日本編から秀吉が顔を覗かせ、西日本編では「大阪府」で主人公になったのを始め、秀吉が登場する作品が増えています。秀吉をどのような人物ととらえられていますか。</p>

<p>【今村】僕は関西人なので、秀吉は好きか嫌いかで言えば、好きですね。秀吉は晩節を汚したといわれているので、大河ドラマもどのように描くか興味はあります。</p>

<p>日本史上でも珍しく出自不明から出世した秀吉という人間の上げ幅は、昭和的価値観かもしれませんが、ロマンを感じますね。令和的に言うなら、たった一人だった秀吉がチームを作って駆け上がった、それは相当なコミュニケーション能力がなければ達成できなかったはずです。その意味でも秀吉は異質です。</p>

<p>──残る三英傑の信長と家康では、どちらがお好きですか。</p>

<p>【今村】それは断然、信長です。なぜなら家康が苦手だから（笑）。言い方を変えると、一番憧れるのが信長で、一番親しみが持てるのが秀吉、一番実力があるのが家康ですね。家康は人物としては一番上だとは思いますが、豊臣贔屓を刷り込まれている関西人としては、家康は実力はあるが好きになれない（笑）。</p>

<p>──そこは大阪出身で豊臣贔屓だった司馬遼太郎の作家としての遺伝子を受け継いでいるのかもしれませんね。</p>

<p>【今村】僕は作家としては池波正太郎先生リスペクトなんですが、精神は司馬遼太郎先生なんです（笑）。最近、読者の方にも「家康嫌いでしょう」「千利休嫌いでしょう」とか言われるのですが、書き手によって違いがあっても、好き嫌いが出てもいいと思っています。小説は歴史上の人物の一面を切り取っているだけなので、僕は家康を憎らしいけど凄い奴と思っています。ほかの作家が違う家康を書いてもいいし、読者がどちらの家康を好きになってもいいと考えています。</p>

<p>──掌編で取り上げた武将の中に、長編にしてみたい人物はいましたか。</p>

<p>【今村】謙信と伊達政宗は書きたいです。政宗は、昨年お亡くなりになった上田秀人先生がお書きになっていますが、作品はそれほど多くありません。謙信の小説も意外と少なく、あってもひねってあるので、正面から書いてみたいです。</p>

<p>僕は家康が尊敬していた信玄も家康っぽくて苦手なので、どちらかと聞かれれば、やはり謙信です。マイナー武将のブームがあって王道が空いているというのがあるので、今後は僕も含め王道に挑戦する作家が増えてくると思います。まずは信長で、この時代に信長を書くという無謀に挑んでみたいです。</p>

<p>──小説に書く信長のイメージはできているのですか。</p>

<p>【今村】ある程度はできています。僕は45歳までに坂本龍馬を書くと言っているのですが、その前に信長ですね。僕はキャリアが長いと思われていますが、まだデビュー9年なんです。そう考えるとデビュー20年になった頃には、大物ばかりを書いて、司馬先生に挑めるようになればいいと思っています。</p>

<p>──有名な歴史上の人物や、大物作家が取り上げた人物を書くのはプレッシャーも大きいのではないですか。</p>

<p>【今村】歴史小説の王道的な人物を書くのにプレッシャーはありますが、これは諸先輩方も同じだったと思うんです。僕は西村寿行先生が「自分は大衆作家なので、この部数を割ったら作家を辞める」とおっしゃっていたのがかっこよくて、多くの方に楽しんでいただきたいという思いが強いです。</p>

<p>売れたいというよりも、読者に喜んでいただきたい、ワクワクしていただきたいという想いが強くなっていて、その期待を裏切れないというプレッシャーの方が大きいですね。</p>

<p>──最後に読者の方にメッセージがありましたらお願いします。</p>

<p>【今村】この本は、文庫になったときに真の価値が出ると思っていました。電車の一駅二駅で一編が読めるので、気軽に読み始めて、気軽に本を閉じて欲しいです。広島に行くときに広島の話を読むなどして楽しんでいただくのが、僕のお勧めです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 01 Jun 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[今村翔吾（作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>職場での「言いたいけど言えない」を卒業　空気を壊さずに本音を伝える「翻訳」の技術  黒田悠介（コミュニティ研究家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14263</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014263</guid>
			<description><![CDATA[職場において、言いたいことを飲み込んでしまう場面は多い。しかし建前ばかりではイノベーションは生まれず、組織の成長も望めない。本記事では、相手が受け取りやすくする「本音翻訳」のアプローチを解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="職場で言いたいことをうまく伝える「本音翻訳」のアプローチを解説" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_meeting03G.jpg" width="1200" /></p>

<p>「本当はこう思うけれど、空気を壊したくない」「反対意見を言ったら評価が下がるかも......」。<br />
日常生活において私たちは「建前」という鎧をまといがちです。職場では特にそうでしょう。しかし、建前ばかりの企業にイノベーションは生まれません。では、どうすれば相手の気分を損ねたり、自身の評価を下げることなく本音を伝えることができるでしょうか。ディスカッションパートナーとして3000人ものビジネスパーソンと向き合ってきた黒田悠介氏が、「本音翻訳」で相手が消化しやすい形に言葉を調理する方法を伝授します。</p>

<p>※本稿は、黒田悠介著『自分の本音を言葉にできる。モヤモヤを「伝わる」に整える、言葉のレッスン』（インプレス）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>職場という舞台装置</h2>

<p>月曜日の朝9時。会議室のドアを開けると、すでに何人かが席についています。<br />
「おはようございます」と挨拶を交わしながら、あなたは心の中で別のことを考えています。</p>

<p>「今日の午後のプレゼン、チームで合意したものの本当にこの方向性でいいのだろうか......」<br />
「そういえばこの会議、もっと効率的にできるよなあ......」</p>

<p>でも、こうした本音は、なかなか口に出せません。周りを見渡すと、皆が真剣な表情でプレゼン資料に目を通しています。ここで異を唱えたら「協調性がない」と思われるかもしれない。そんな不安が、あなたの本音に蓋をしてしまいます。<br />
職場で本音を伝えることは、なぜ難しいのでしょうか。そして、どうすれば本音を相手に受け取ってもらえるのでしょうか。</p>

<p>職場は、働く人々が多くの時間を過ごす、独特な力学が作用する空間です。</p>

<p>職場での人間関係を説明する概念として「心理的契約」があります。もともとは組織理論家のクリス・アージリスが提唱し、その後、組織心理学者エドガー・シャインらによって、職場での人間関係を理解するための土台となる考え方として定義・普及してきた考え方です。心理的契約は、給与や労働時間といった書面上の雇用契約とは別に、従業員と組織の間で交わされる暗黙の期待や相互の義務のことです。たとえば「組織は公正な評価をしてくれるはずだ」「従業員は期待以上の貢献をすべきだ」といった、言葉にされない約束事が私たちの行動を規定しています。</p>

<p>この暗黙の了解が、本音を伝える上で大きな心理的障壁となります。なぜなら、空気を読まずに本音を言うことで、この見えない契約に違反してしまうかもしれないからです。</p>

<p>加えて、職場では常に「評価」が行われています。日々の発言や行動の一つひとつが、昇進や処遇、重要な仕事へのアサイン、周囲からの信頼といったキャリアに影響を及ぼす可能性があります。そのため、本音を率直に伝えることにはリスクが伴うと感じ、波風を立てない「無難な建前」を選択しがちになります。</p>

<p>しかし、ここに職場の大きなジレンマがあります。組織の成長にとって、実は本音こそが必要不可欠なのです。なぜなら、建前だけの表面的な合意ばかりでは、イノベーションの創出や、本質的な問題解決は望めないからです。<br />
では、どうすればこのジレンマを乗り越えることができるのでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>本音を伝える「本音翻訳」アプローチ</h2>

<p>職場での本音を円滑に伝えるため、「本音翻訳」というアプローチをご紹介します。</p>

<p>異なる言語を話す人同士が会話をする時に翻訳が必要なように、職場での本音も、そのまま相手に投げつけるだけではうまく伝わりません。むしろ誤解を生んだり、関係を悪化させたりすることさえあります。</p>

<p>そこで必要なのが、心の中にある「生の本音」を、相手が受け取りやすい形に「翻訳」することです。これは決して嘘をつくことではありません。いわば、本音という素材を、相手が消化しやすいように調理するようなものです。同じ内容でも、伝え方次第で相手の受け取り方はガラッと変わるのです。<br />
では、具体的な場面でどう使うのか、見ていきましょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>【１】上司に本音を伝える「建設的な提案」</h2>

<p>ある外資系企業で働く山田さん（仮名）のエピソードをご紹介しましょう。<br />
山田さんは、新しく赴任してきた上司の方針に強い違和感を抱いていました。「効率重視」を掲げる上司は、これまでチームが大切にしてきた顧客との丁寧なコミュニケーションを「無駄」と切り捨てようとしていたのです。山田さんの本音は「このままでは、長期的に見て顧客からの信頼を失ってしまう」というものでした。</p>

<p>しかし、新任の上司に真っ向から異を唱えるのは、キャリアにとってリスクが大きすぎます。そこで山田さんは、「建設的な提案」という本音翻訳を使うことにしました。<br />
具体的には、こんな本音翻訳アプローチです。</p>

<p>まず、上司の価値観を理解し、共感を示すところから始めました。<br />
「部長のおっしゃる通り、業務効率化は私たちの最重要課題だと思います。実際、無駄な作業を削減することで、より価値の高い仕事に時間を使えるようになりますよね」</p>

<p>次に、データと事実を用いて、現状の課題を客観的に提示しました。<br />
「ただ、以前の顧客満足度調査の結果を分析していて気づいたことがあります。実は、私たちのチームが高評価を得ている最大の理由が『丁寧な対応』だったんです。この強みを活かしながら効率化する方法があれば、競合との差別化にもなると思うのですが......」</p>

<p>そして最後に、具体的な代替案を提案しました。<br />
「そこで提案なのですが、まず3カ月間、顧客を『重要度』で分類して、それぞれに最適化したコミュニケーション戦略を試してみるのはいかがでしょうか。重要顧客には従来通り丁寧に、それ以外は効率化する。これならリスクを最小限に抑えながら、データを収集できると思います」</p>

<p>結果、上司は山田さんの提案を前向きに受け入れ、「君の視点は面白い。ぜひ試してみよう」と言ってくれたそうです。</p>

<p>ここでのポイントは、本音を「上司への不満」ではなく、「チームの成功への貢献」として位置づけ直したことです。上司も部下も、結局は「よい成果を出したい」という共通の願いを持っています。その共通点に立って本音翻訳をすれば、すんなりと受け取ってもらえるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>【２】同僚に本音を伝える「相談」</h2>

<p>次は、同僚との関係を考えてみましょう。</p>

<p>IT企業でエンジニアとして働く佐藤さん（仮名）は、チームメイトの仕事の進め方に内心イライラしていました。その同僚は優秀なのですが、すべてを一人で抱え込む傾向があり、結果的にプロジェクト全体の進捗が遅れることが頻繁にあったのです。</p>

<p>同僚への本音は、上司とはまた違った難しさがあります。それは「対等な関係」だからこそ、アドバイスや指摘が「上から目線」に聞こえやすいという問題です。「お前に言われたくない」という反発を招きかねません。</p>

<p>そこで有効なのが、「相談」という形をとる本音翻訳アプローチです。人は不思議なもので、「教えてあげる」と言われると身構えますが、「相談がある」と言われると心を開きやすくなります。これは心理学でいう「ベンジャミン・フランクリン効果」で説明できます。人は誰かに親切をする（頼みごとを聞き入れる）と、その相手に対してより好意を抱きやすくなるという心理的な効果を指します。助けたという自身の行動と相手への感情を一致させようと、無意識に心が調整するためとされています。</p>

<p>さて、佐藤さんは、こんなふうに切り出しました。<br />
「ちょっと相談があるんだけど、最近タスクの優先順位付けで悩んでてさ。○○さんはどうやって管理してる？　いつも手際よくこなしているように見えるけど、実は大変だったりする？」<br />
すると同僚は、「実は......」と自分の悩みを打ち明け始めました。「全部自分でやらないと不安で......。でも、正直キャパオーバーになってきたんだ」と。</p>

<p>そこで佐藤さんは、「実は僕も昔、同じ失敗をしたことがあって」と自己開示をしながら、「もしよかったら、今度のプロジェクトで分担方法を一緒に考えてみない？」と提案しました。<br />
重要なのは「あなたが問題だ」ではなく、「あなたと解決したい」というメッセージを伝えることです。同僚という横の関係だからこそ、「共に悩み、共に成長する仲間」という立ち位置が重要なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>【３】部下に本音を伝える「成長への期待」</h2>

<p>管理職の方なら、部下への本音の伝え方にも頭を悩ませることでしょう。</p>

<p>金融機関でチームリーダーを務める加藤さん（仮名）は、ある若手社員の仕事の質に課題を感じていました。締め切りは守るものの、成果物のクオリティが期待に届かない。でも「パワハラ」と受け取られることを恐れて、曖昧なフィードバックに終始していました。</p>

<p>現代の職場では、ハラスメントへの意識が高まっています。それ自体は素晴らしいことですが、一方で、必要な指導まで躊躇してしまうフィードバック恐怖症とでも呼ぶべき現象も生まれています。</p>

<p>ここで活用したいのが、「成長への期待」という翻訳です。これは、本音を「現状への不満」としてではなく、「将来への可能性」として伝える方法です。</p>

<p>加藤さんはこんな本音翻訳アプローチを取りました。<br />
まず、部下の強みをしっかりと認めることから始めます。<br />
「○○さんの時間管理能力は本当に素晴らしいと思っています。締め切りを守る意識は、チームの中でもトップクラスです」</p>

<p>次に、成長の可能性を「次のステージ」として提示します。<br />
「そして、○○さんにはもっと成長できるポテンシャルがあると感じているんです。次のステージとして、『質』の部分にもこだわってみませんか」</p>

<p>そして、具体的かつ建設的なアドバイスを提供します。<br />
「たとえば、資料作成では『読み手の視点』をもう少し意識すると、格段にレベルアップすると思います」</p>

<p>最後に、サポートの姿勢を明確に示します。<br />
「もちろん、私もサポートします。週に一度、30分ほど1on1の時間を作って、一緒に成長戦略を考えていきましょう」</p>

<p>この方法の素晴らしさは、部下が「批判された」と感じるのではなく、「期待されている」「投資されている」と感じることです。人は批判されると防御的になりますが、期待されると前向きになれるものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>【４】会議で本音を伝える「素朴な疑問」</h2>

<p>最後に、会議での本音の伝え方を考えてみましょう。</p>

<p>会議は職場の中でも特に本音を言いにくい場面です。多くの人の前で発言し、その内容が議事録に残り、後々まで影響を与える可能性がある。だからこそ、皆が当たり障りのない意見に終始しがちです。<br />
しかし、チームの生産性を最も高める要因は「心理的安全性」、つまり本音を言える環境です。では、どうすれば会議で本音を伝えられるでしょうか。</p>

<p>ここで威力を発揮するのが、「素朴な疑問」という本音翻訳です。これは自分の立場を低くすることで、相手が防御的にならずに済む問いかけです。</p>

<p>たとえば、明らかに非現実的な計画が提案された時、「この計画は現実的ではありません」と言うと、会議の空気が凍りつくかもしれません。代わりにこう言い換えてみるのです。<br />
「素朴な疑問なのですが、リソースの観点から実現可能性はどの程度でしょうか？　もし課題があれば、今のうちに対策を考えておいたほうがいいかもしれません」</p>

<p>あるいは、「ちょっと理解が追いついていないかもしれないのですが......」という前置きも効果的です。これも相手のメンツを保ちながら、本質的な問題を指摘する伝え方です。</p>

<p>実は私も、ディスカッションで「素朴な疑問」をよく使います。「素朴な疑問なのですが、この戦略は御社のビジョンの実現にどう寄与するでしょうか？」この一言が、時に経営戦略の根本的な見直しにつながることもあります。もちろん、クライアントが気を悪くすることはありません。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 01 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[黒田悠介（コミュニティ研究家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>認知症の薬は飲むべき？　専門医が語る「無理に飲ませない」という選択肢  繁田雅弘（精神科医、認知症専門医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14233</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014233</guid>
			<description><![CDATA[認知症の人、そしてそのご家族に寄り添いながら診療を続けてこられた精神科医で認知症専門医の繁田雅弘氏に、認知症の薬にどう向き合うべきか解説して頂きます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="認知症の薬は飲むべき？" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility/190410doctor.jpg" width="1200" /></p>

<p>「私は日本の精神科医のなかでも、かなり長い時間をかけて認知症の人の話を聴いてきた一人ではないかと思います。」<br />
認知症の人、そしてそのご家族に寄り添いながら診療を続けてこられた精神科医で認知症専門医の繁田雅弘氏に、認知症の薬とどう向き合うべきかについて解説して頂きます。</p>

<p>※本稿は、繁田雅弘著『認知症になって幸せな人、不幸せな人』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>より長く「その人らしい生活」を続けられる</h2>

<p>よく「薬の効果」について、質問を受けます。<br />
端的に言うと、進行を遅らせる効果に関しては、薬にまさる治療はありません。リハビリや、認知機能のトレーニングなどのデータは、エビデンスの観点から、量的にも質的にも、薬にはかないません。</p>

<p>一方で「服薬しなければこのように進行すると予想される」と説明できればよいのですが、それは難しいことです。<br />
進行のスピードは、個人によって大きく異なります。また、アルツハイマー型認知症と診断されても、別の認知症の可能性を完全には否定できないことも、説明を難しくしています（診断は100％確実ではないからです）。</p>

<p>わかっているのは、薬での治療を始めても、飲み薬や貼り薬の場合で、うまくいってもスピードを１割遅らせられるかどうか、ということ。<br />
もちろん進行を遅らせることができれば、より長く「その人らしい生活」を続けることができ、新たな不便に直面するまでの期間は長くなります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「後悔」は、一つでも減らしたい</h2>

<p>たしかに、本人や家族にとっては効果を実感することが難しいし、「脳に作用する薬」ということで、抵抗やとまどいを示す方も少なくありません。「認知症の人」とみなされる不安もあるでしょう。アルツハイマー型認知症ということは認めても、「薬を飲むほど、私はぼけていない！」と訴える人もいます。</p>

<p>「だめでもともと。副作用が出ない限り、ある意味『サプリ感覚』で、気持ちのためにも飲んでみるのもいいですね」と、ハードルを下げたこともありました。<br />
もちろん、人によっては下痢や食欲の低下、眠気などの副作用がでるので、「いつやめてもいい」「様子を見ながら飲んでみる」ことが大前提です。服用を辞める方も2、3割います。一方で、服薬が体に合っていて、次の診療時には晴れ晴れとした表情で来られる方もいます。そういう方にはぜひ、服用を続けてほしいと思います。</p>

<p>認知症が進むと、本人のとまどいや混乱はもとより、家族が後悔に苛まれる姿をたくさん見てきました。<br />
「もっとなにかできたんじゃないか」と苦しむくらいなら、「やるだけのことはやった」と思えることを一つでも増やしておきたい。</p>

<p>飲み薬は、軽度でも中度でも、高度でもどの段階でも（言い方を変えれば亡くなるまで）、飲むことができます（貼り薬も同様に）。後悔しないように、一度は試しておくことをお勧めします。</p>

<p>一方で最新の治療薬である点滴薬は、進行を遅らせるスピードは２割から４割です。こちらは認知症の一歩手前、グレーゾーンの状態（軽度認知障害）や、軽度アルツハイマー型認知症の人が受けられる治療です。もの忘れはあるものの、日常生活はほぼ自立できているため、点滴薬の治療を受けながら、現役で仕事をされている方もいます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「薬を飲まなきゃ！」と叱るのでは、逆効果</h2>

<p>ここで念押ししたいのは、薬は「飲まなくてはいけないもの」ではないということです。<br />
やみくもに「忘れずに薬を飲まなきゃ」と本人をせっついたり、叱ったりするのは、マイナスの影響しかありません。</p>

<p>飲み薬ならば「1割程度遅らせることができる」と記しました。<br />
言い換えれば「9割ほどは進んでいく」ということで、元の病気のスピードが大きく変わるわけではありません。<br />
長い目でみたら、やはり「進行はしてしまう」ということです。</p>

<p>最新の点滴薬に関しても、2週間、あるいは4週間に1回、点滴をするために病院に通う必要があります。そこに家族が同伴しなければならないケースも往々にしてあります。加えて点滴薬には、脳の出血やむくみなどのリスク（副作用）があることも忘れてはいけません。自覚症状が無いため、2、3カ月に一度、MRIで脳を確認する必要もあります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「治療をしない選択」もあります</h2>

<p>治療した場合より進行は早まりますが、「その時間がもったいないから、薬での治療はせずに、自由に暮らそう」という選択肢も、その一方でもちろん私はありだと思います。</p>

<p>「自分が認知症になったら、点滴薬で治療するだろうか？」と考えることもありますが、定年前の現役の間は迷わず治療するでしょう。今は「半現役」になったので、じっくり考えたいところです。通院の時間をとられるぐらいなら、自分の好きに暮らしたいという気持ちもないわけではない。</p>

<p>「効果がその程度なら薬はいらない」と、治療に伴う負担を考えて判断する人もいます。いい意味で「自分自身で考える」ようになってきたのかもしれません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「医学」を持ち出し過ぎてはいないか？</h2>

<p>薬での治療は、より症状が軽い段階から始めたほうがよいでしょう。遅いからといって効かなくなるわけではないですが、進行を軽い段階から遅らせることで、その分長く、さまざまな「本人らしい暮らし」ができるでしょう。</p>

<p>しかし私が問題だと思うのは、多くの人の頭から、その「本人らしい暮らし」が飛んでしまっていることです。<br />
「自分らしく」というタイトルで講座を依頼されてお話しすることも多いのですが、講座の最後に、みんなで揃って体操したり脳トレをしたりして、「自分らしい暮らしって、今、言ったばっかりじゃない」と、笑ってしまいます。</p>

<p>家でも、認知症の人は「お薬を忘れずに飲みなさいよ」「夜は何時に寝てるの。そんなに夜更かししていたら体に悪いですよ」と、ガミガミ言われます。<br />
夜更かしをしてまで見たかったテレビが、本人にとってどんな価値があったかなんて、考えていないんです。</p>

<p>全部、「医学」になってしまう。<br />
だから私は「医学を生活より優先しないで」と言いたい。<br />
医学は自分らしい生活をするための、手段のはずです。</p>

<p>なんでその花を育てているのか。<br />
「その花が咲くまで元気でいたいね」というのだったら、多分、意味はある。<br />
だけど、「リハビリ的に『よい』と言われているから、園芸療法をやります」というのは、多分、違う。その人らしくない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「治療をするか、しないか」は、本人に尋ねたい</h2>

<p>私は「薬での治療をするか、しないか」ということにおいても、本人に決めてほしいと思っています。本人が決められなくても、本人の気持ちを十分に踏まえて決めてほしいと思います。<br />
そのためには、本人と病気や薬に対する思いを理解することなく、医学的な理屈を押し付けてはいけません。</p>

<p>私自身、過去には何度も、本人と話をすることなく処方していました。<br />
しかし今は、本人と、家族と一緒に、「本人にとっての薬の価値」について考えたい。本人が自ら必要性を感じて、考えて、治療を受けるかどうかを決断してほしいと思っています。</p>

<p>--------------------------------------------------------------------------<br />
大切なことは、「本人らしい暮らし」を<br />
少しでも長く続けること。<br />
そのために、薬での治療をするか、しないか、<br />
本人が決断してほしい。<br />
--------------------------------------------------------------------------</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 01 Jun 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[繁田雅弘（精神科医、認知症専門医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「誰に食わせてもらっている!」夫の要望で仕事を辞めたのに怒鳴られる妻...一つの打開策とは  片田珠美（精神科医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12327</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012327</guid>
			<description><![CDATA[世に蔓延するマンウントを取りたがる人、ここでは「誰に食わせてもらっていると思ってるんだ！」と言い放つ人を実例に挙げながら、その対処法について精神科医の片田珠美先生に解説して頂く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="マウントを取らずにはいられない人" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility/pixta_danjyo.jpg" width="1200" /></p>

<p>われわれは他人に対して自分がどの位置にいるのかを無意識のうちに測定しており、折に触れて自身の優位性を誇示する。その根底には、他人を自分より下位に置きたいという欲望が潜んでおり、この欲望は程度の差はあれ誰の胸中にも潜んでいて、それが強い人ほどマウントを取りたがるという。</p>

<p>世に蔓延するマウントを取りたがる人、ここでは「誰に食わせてもらっていると思ってるんだ！」と言い放つ人を実例に挙げながら、その対処法について精神科医の片田珠美先生に解説して頂く。</p>

<p>※本稿は、片田珠美著『マウントを取らずにはいられない人』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>たった一度夫の帰宅に気づかずに寝ていただけで</h2>

<p>30代の専業主婦の女性は、ある日の晩、子どもを寝かしつけたまま眠ってしまった。いつもは夫が帰ってくる時間に合わせて、あたたかい夕食を用意しておくのだが、その日は寝てしまったので、夫が帰ってきたのに気づかなかった。</p>

<p>すると、帰宅した夫は寝ている妻を叩き起こし、「何で寝てるんだよ！　いいよな、お前は毎日ヒマで。俺は外で働いてるんだぞ！　誰に食わせてもらっていると思ってるんだ！」と怒鳴りつけた。</p>

<p>妻はその場では言い返さなかった。一日置いてから、「私は家のことをきちんとしているし、ヒマじゃない。仕事を辞めるときも悩んだけど、この子のために決断したんだよ。あなたも、わかってくれていると思ってた」と話した。</p>

<p>それに対して、夫は謝るどころか「俺のせいにするの？　それなら俺は仕事を辞めるから、お前が働いてよ」と言い放った。結婚前は、「君のする仕事を尊敬している」と夫はいつも言っていたはずなのに、なぜこんなに変わってしまったのかと、妻は悲しい気持ちになったという。</p>

<p>この妻の気持ちを理解するには、これまでの経緯を振り返る必要がある。</p>

<p>妻は、20代の頃は仕事に情熱を燃やすバリバリのキャリアウーマンで、大企業に勤める男性と10年近くに及ぶ恋愛の末、結婚した。</p>

<p>1年後、妻が妊娠したことをきっかけに、夫は「子育てに専念してほしいから仕事を辞めてほしい」と頼んだ。妻は、キャリアを捨てることに悩み、何度も夫にその思いを打ち明けたが、子どもの頃に鍵っ子で寂しい思いをしたという夫の生い立ちを聞いて、最後は納得して専業主婦になったそうだ。</p>

<p>それまでは仕事一筋だった妻が、家事や子育ての楽しさに目覚め、毎日手の込んだ料理を作り、家の中を整え、子育ても一生懸命やった。にもかかわらず、自分の頑張りを認めてもらえず、たった一度夫の帰宅に気づかずに寝ていただけで、夫から暴言を吐かれたことによって、妻は自分の存在価値を否定されたように感じた。</p>

<p>さらに、「夫の希望に沿って仕事を辞めたが、それは本当に正しかったのか」「そもそも、この夫と結婚したこと自体が間違いだったのではないか」などと悶々と思い悩み、夜眠れなくなって心療内科を受診した。</p>

<p>この夫は、「子育てに専念してほしいから仕事を辞めてほしい」と妻に頼んだということだが、支配欲求がかなり強そうだ。外で働き稼いでくる夫と、その夫を支える専業主婦の妻という組み合わせが主流だった昭和の時代とは違い、令和の時代の現在は共働きの家庭のほうが多い。</p>

<p>にもかかわらず、夫はバリバリのキャリアウーマンだった妻に仕事を辞めるよう頼んだのだから、何らかの思惑があったのではないかと疑いたくなる。</p>

<p>実際、妻が退職して専業主婦になれば経済的自立が困難になるので、経済力のある妻のように夫に逆らうわけにはいかないだろう。</p>

<p>私の外来に通院中の子持ちの専業主婦からよく聞くのは、「本当は離婚したいけれど、私には経済力がないので、離婚したら子どもに惨めな思いをさせることになる。子どものために我慢しているが、つらい」という言葉である。</p>

<p>たしかに、夫から理不尽な扱いを受けても暴言を吐かれても、専業主婦のほうが共働きの女性よりも我慢するであろうことは容易に想像がつく。その分、夫が妻を支配しやすい素地ができるわけで、この夫がそれを狙っていた可能性も否定できない。　</p>

<p>この夫の支配欲求が如実に表れたように見えるのが、自分が帰宅したことに気づかず寝ていた妻を怒鳴りつけたうえ、妻に謝るどころか、「俺は仕事を辞めるから、お前が働いてよ」と言い放ったエピソードである。</p>

<p>こんな言葉を投げつけたのは、一度キャリアを捨てた妻が退職前と同じように働いて高収入を得るのは無理だと高を括っているからだろう。「できるならやってみろ。今のお前には到底できないだろう」という意味合いも込められているようにさえ聞こえる。</p>

<p>私の読みが正しければ、夫の食わせてやっているマウントはこの先もずっと続くのではないだろうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>実は、妻が稼ぐことを望んでいない？</h2>

<p>ここで取り上げた夫に限らず、妻が稼ぐことを内心では望んでいない夫は相当数いるように見受けられる。たとえば、次のような話を聞いたことがある。</p>

<p>最近でこそ履歴書の送付はインターネットでも可能になったが、以前は郵送に限られていた。当時30代だった妻は出産を機に仕事を辞めていたものの、一人娘が小学校に入学したので、また働きたいと考え、履歴書や企画書などの必要書類を準備した。</p>

<p>そして、朝の出勤時に駅前の郵便ポストに入れてくれるよう夫に軽い気持ちで頼んだ。早朝に駅前のポストに投函してもらったほうが、自分が家事を終えて昼頃に自宅近くのポストに投函するよりも早く到着するのではないかと考えたからだ。</p>

<p>それだけ、応募書類を送った会社への再就職に期するところがあったのだろう。</p>

<p>ところが、待てど暮らせど面接の通知が届かなかった。不安になった妻が会社に問い合わせたところ、書類は締め切りを3週間以上過ぎてから到着したとのことだった。書類が締め切りに間に合わなかった以上、書類審査の対象にならない。だから、次の段階の面接に進めないのは当然だろう。</p>

<p>だが、割り切れない気持ちが強かった妻は、夫に事情を尋ねた。すると、「（投函するのを）忘れていた。ある日カバンに入っていた封筒に気づいて急いでポストに入れた」という言葉が返ってきた。</p>

<p>一見、&quot;出し忘れ&quot;という誰でもしてしまう単純なミスに見えるかもしれない。だが、このような錯誤行為に「意味がある」ことにフロイトは気づいた。</p>

<p>そして、「錯誤行為は2つの意図の衝突によって生じる心的行為である」と述べている（『精神分析入門（上）』）。</p>

<p>錯誤行為は、「2つの相異なった意向が干渉しあう結果」起きるというわけだが、それでは2つの意向とは何か。フロイトによれば、「一方は妨害する意向、他方は妨害を受ける意向」である（同書）。</p>

<p>この夫の&quot;出し忘れ&quot;について分析すれば、「妨害を受ける意向」とは、妻の再就職をサポートしたいという気持ちだろう。子どもにそれほど手がかからなくなったのだから、妻も働くようになれば、その分家計に余裕ができるわけで、妻の再就職を応援したい気持ちがなかったわけではないと考えられる。</p>

<p>だが、同時に「妨害する意向」も夫の胸中に潜んでいた可能性が高い。共働きになれば、妻が家事に費やせる時間が減るので、料理が手抜きになるのではないかとか、洗濯や掃除がおろそかになるのではないかとかいった危惧を夫が抱いたとしても不思議ではない。</p>

<p>さらに、妻が稼ぐようになれば、唯一の稼ぎ手としての自身の優位性が失われ、これまでのように自分が威張っていられなくなって、家事の分担を押しつけられるのではないかと危惧した可能性も否定できない。</p>

<p>とくに夫が高収入の場合、自分の収入だけで家族を十分養えるので、妻に稼いでもらう必要はない。だから、妻がバリバリ稼ぐようになることを、むしろ脅威と感じたり、嫉妬を覚えたりする夫もいる。</p>

<p>妻の面接の前日に飲みに行って帰宅が遅くなる、あるいは面接の直前に電話してきて狼狽させるようなことを言う夫であれば、実は妻に稼いでほしくないと思っている可能性が高い。</p>

<p>少なくとも、自分の収入を上回るほどには稼いでほしくないと考えているのではないだろうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>対処法...とにかく経済力をつける</h2>

<p>夫の食わせてやっているマウントが続き、妻がそれに耐えられなければ、経済力をつけるしかない。夫の収入に依存するしかない状態が続けば、「誰に食わせてもらっていると思ってるんだ！」と夫から暴言を吐かれても、言い返せないからである。</p>

<p>冒頭で紹介した女性はかつてバリバリのキャリアウーマンだったのだから、能力は相当高いはずだ。しかも、最近はどこも人手不足で困っているそうなので、腹を括って再就職のための準備をすべきだろう。</p>

<p>必ずしも正社員にこだわる必要はない。最初はパートやアルバイト、あるいは派遣社員や契約社員でもいい。人手不足の影響で、有能な非正規社員を正規社員に引き上げる動きが加速しているので、ステップアップできる見込みは十分ある。</p>

<p>妻の再就職に対して、夫が文句を言ったり妨害したりするようなことがあれば、夫の暴言を逆手に取って「あなたが『俺は仕事を辞めるから、お前が働いてよ』とおっしゃったので、お言葉通りにしようと思いました。万一あなたが仕事をお辞めになるような事態になっても困らないように、働きます」と言い返せばいい。</p>

<p>とにかく、経済力をつけることだ。そうしなければ、夫からなめられたままで、暴言を吐かれても、黙って耐えるしかない。場合によっては、離婚して女手一つで子どもを育てる覚悟も必要になるかもしれない。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utility/pixta_danjyo.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 29 May 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[片田珠美（精神科医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>世界の一流は「朝食のメニュー」を固定化する？ 決断疲れを防ぐルーティンの効果  マルク・ティッヘラー（認知心理学者）, オスカル・デ・ボス（生産性・集中力向上の実務家）,児島修（訳）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14274</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014274</guid>
			<description><![CDATA[スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグが実践した日々のルーティンの力と、「脳オフにする習慣」について解説します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="yogurt" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_yogurt.jpg" width="1200" /></p>

<p>毎日の小さな選択が、あなたの思考力を徐々に奪っています。何を食べるか、何を着るか...こうした些細な決断の積み重ねが、本当に大切なことを考えるエネルギーを削り取っているのです。世界のトップリーダーたちが実践してきた「決断を減らす技術」と、脳科学が示すルーティンの効果を、書籍『脳をオフにせよ　仕事も人間関係もうまくいく集中術より解説します。</p>

<p>※本稿はマルク・ティッヘラー,オスカル・デ・ボス[著],児島修[訳]『脳をオフにせよ　仕事も人間関係もうまくいく集中術』（日経BP）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ルーティンを使って決断疲れと戦う</h2>

<p>人間（正確に言えば、特に男性）は、歩いているときに質問をされると、思わず立ち止まってしまうことが多いのをご存じでしょうか? 私はいつも、これはとても面白い現象だと思っています──特に、自分自身がまさにこれに当てはまるので。質問をされて一時的に脳に大きな負担がかかることで、私たちは足を止めてしまうのです。その質問について深く考える必要があればあるほど、&quot;歩く&quot;といった基本的な行動を取るための脳の余力が減ってしまうのです（※）。</p>

<p>（※これは交通事故が起きたときに、そばを通過する車のドライバーが事故現場を覗こうとして、交通渋滞が起こる原因でもあります。ドライバーたちは、いったい何が起きたのかがとても気になり、窓の外を覗かずにはいられなくなります。目から情報が入ると、脳はそれを処理しなければなりません。そのため、一瞬ペースが落ちてしまうのです。）</p>

<p>思考にはエネルギーが必要です。長く考え続けると疲れてしまい、クリアに考える能力が失われてしまいます。そのため、私たちが1日にできる意識的な意思決定の数には限りがあります。数が多くなればなるほど、良い決定ができなくなります。この現象は「決断疲れ」と呼ばれています。</p>

<p>スーパーのレジ付近で甘いお菓子が売られていることが多いのはそのためです。スーパー側は、レジに来るまでのあいだに「低脂肪ヨーグルトにするか全脂肪ヨーグルトにするか」「今晩はライスにするかパスタにするか」「20種類もあるパスタソースの中でどれが一番いいか」を決めてきた買い物客の脳が疲れ、甘い物の誘惑に弱くなっていることを知っているのです。</p>

<p>だからこそ成功者の多くは、日常的な決定を悩まずに行うことを習慣にしています。スティーブ・ジョブズは毎日同じセーターとジーンズを着ていましたし、バラク・オバマも毎日同じメニューの朝食を食べることで知られています。これは理にかなっています。ジョブズと同じく毎日同じ服を着ていることで有名なフェイスブック（現メタ）の共同創業者マーク・ザッカーバーグは、そのことを次のように説明しています。</p>

<p>「生活はできる限りシンプルにして、フェイスブックに最大限の貢献をするため以外の決断は極力減らしたい。くだらないことやつまらないことにエネルギーを使っていると、自分がすべき仕事をしていないような気がしてしまうんだ（※1）」</p>

<p>脳の観点からは、日常的な事柄について考える時間はできるだけ少なくするのが賢明です。些細なことを考えれば考えるほど、重要なことについて考えるための思考力が減ってしまうからです。だからこそ、ルーティンに価値があるのです。いつものルーティンに従っていれば、余計な頭を使わずにすむため、思考力を温存できます。</p>

<p>ルーティンは分散認知の一形態です。私たちが毎日同じことを繰り返しているとき、脳の前側（前頭前皮質など）は活性化されず、脳の後ろ側がそれを管理しています。この領域は主に大脳基底核細胞で構成されています。この細胞は、ある作業を何回か繰り返すと活性化し、以降は特に注意を払うことなく同じことを行えるようになります。</p>

<p>私たちが靴紐を結びながら他人と話ができるのは、この細胞のおかげなのです。大脳基底核細胞が靴紐を結ぶ作業を引き継ぐことで、私たちが誰かと会話するための脳のスペースを確保できます。熟練のドラマーが4本の手足を使って異なるリズムを刻むことができるのも、同様の理由です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>（※1）Saul, H. &ldquo;Why Mark Zuckerberg Wears the Same Clothes to Work Everyday,&rdquo; Independent, January 26 (2016), https://www.independent.co.uk/news/people/why-mark-zuckerberg-wears-the-same-clothes-to-work-everyday-a6834161.html</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>朝の儀式を確立する</h2>

<p>私にはたくさんのルーティンがありますが、「朝の儀式」と呼ぶべきお決まりの習慣が特に効果的だと感じています。目が覚めたら、まず冷たいシャワーを浴び、着替え、5分間瞑想し、レモンジュースを飲み、朝食をとってから仕事に向かいます。これが私の平日の朝のルーティンです。</p>

<p>前の晩のうちに翌日に何を着るか決めておき、3パターンのシンプルな朝食をローテーションで食べています。1日目はシリアル入り低脂肪ヨーグルト。2日目は野菜オムレツ。3日目はグリーンスムージー（※2）。</p>

<p>前日にグリーンスムージーを飲んでいたら、今日はシリアル入り低脂肪ヨーグルト。迷うことはありません。このシンプルさがとても気に入っています。些細なことをあまり考えずに、この本の執筆のような重要なことに集中できるからです。</p>

<p>私はできる限り、日常的な行動を何も考えずに行えるようにルーティン化しています。いつも決まった時間に昼食をとり、毎月同じ金額を自動的に貯蓄し、決まった曜日にジムに行き、集中したいときはSpotifyで同じプレイリストを聴き、決まった時間にメールをチェックします。こう書くと、何事もきっちりとこなしていく人間のように思えるかもしれませんが、友人たちに言わせれば、私はそれとはまるっきり正反対の人間です。</p>

<p>私は時々、物事の収拾がつかずにドタバタしてしまうことがあります。だからこそ、ルーティンをつくることでそうした事態に陥るのを避けようとしているのです。あらかじめルールを決めておけば、深く考えずに行動できます。いちいちどうすべきかを考えてから行動に移すよりも、はるかに楽です。考えることは時間と同じく、有限の資源です。それは、今この瞬間に一度しか費やせません。だからこそ、慎重に使うべきなのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>（※2）De Leth, R. Oersterk in 6 weken. Netherlands: De Leth Uitgevers, 2019.</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_yogurt.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 29 May 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[マルク・ティッヘラー（認知心理学者）, オスカル・デ・ボス（生産性・集中力向上の実務家）,児島修（訳）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>失恋した学生を教授が支える？ ケンブリッジ大学が800年守り続ける「学びの仕組み」  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14097</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014097</guid>
			<description><![CDATA[ケンブリッジ大学・飯田史也教授が語る「学びの本質」。フォーマルディナーに宿る800年の知恵、チームで学生に伴走する仕組み、そしてAIにも代替できない人間同士の学び合いとは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="飯田史也教授" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya02.jpg" width="1200" /><br />
飯田史也教授</p>

<p>2026年4月5日、東京・下北沢の居住型教育施設「SHIMOKITA COLLEGE（シモキタカレッジ）」にて、ケンブリッジ大学・飯田史也教授の新刊『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』（日経BP）の刊行記念イベントが開催されました。</p>

<p>会場となったSHIMOKITA COLLEGEは、登壇者の一人である小林亮介氏が代表を務めるHLABが運営する、日本初のレジデンシャル・カレッジです。高校生・大学生・社会人という異なる世代が寝食を共にし、日常の対話から学び合う「コミュニケーションを通した学び」を実践する場となっています。</p>

<p>本イベントでは、飯田教授、小林氏、そしてモデレーターに篠田真貴子氏を迎え、800年の歴史を持つケンブリッジの知恵と、これからの時代に必要な「学び」のあり方を語り合いました。</p>

<p>本稿では、ケンブリッジの伝統的なフォーマルディナーについて詳細に語られた、セッションの模様をレポートします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ケンブリッジ800年の歴史に「自分が入っていける」という感動</h2>

<p>【飯田】ケンブリッジ大学に入ってまず驚かされたのは、800年という歴史の重みです。800年前は、日本でいうと鎌倉時代。その頃から続く学びの形が、現代に受け継がれていることが驚きでした。</p>

<p>800年の歴史の中で、ニュートン、ダーウィン、ケインズ、マックスウェル......。教科書に登場するような偉人がたくさん生まれた。その歴史の中に自分も入っていけるということが、ケンブリッジのすごいところだと思います。</p>

<p>では、ケンブリッジでは具体的にどのような教育をしているのか。実は特別なことをしているわけではなく、「人と人との関わり合い」でそれぞれの学びを深めているのです。</p>

<p>今日、皆さんに一つだけ覚えて帰っていただきたいことがあります。それは、「学びを一人でやらない」ということです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>フォーマルディナーの「暗黙のルール」</h2>

<p><img alt="ケンブリッジ大学「フォーマルディナー」の様子" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya04.jpg" width="1200" /></p>

<p>【飯田】ケンブリッジでは、大学に一歩入った瞬間から、全員が互いの学びに協力し合う仕組みになっています。中でも重要なのが「フォーマルディナー」です。学生が、大学に入って最初に習うことが、正装をしてホールでみんな一緒にご飯を食べるということなのです。日本流に言うと「同じ釜の飯を食う」に近い発想かもしれません。</p>

<p>同じご飯を食べることでコミュニティが生まれますし、学生は自分は一人ではないということを最初に知ります。そしてこの場で最も重要なのが自己紹介です。全く知らない相手に「自分は何者なのか」を話さなければいけません。</p>

<p>見知らぬ相手と自己紹介を交わし、対話を掘り下げていくことで学びは深まります。相手を知り、自分を知ってもらう。自己紹介をきっかけとして、学びを深めるのがポイントです。</p>

<p>【篠田】 そのディナーには、学びを加速させる具体的な「ルール」があるそうですね。</p>

<p>【飯田】フォーマルディナーは外交の食事会に近い厳格なマナーが存在します。フランス料理でスリープレートのメニューの場合、前菜とメインでお皿が変わる瞬間に、話す相手を変えなければいけないという暗黙のルールがあります。ファイブプレートなら5回変える必要があります。これにより、強制的に未知の相手との関係を強めていくという仕掛けになっているのです。</p>

<p>また、カレッジごとにローカルな仕来りも存在します。ワインを飲む時は時計回りに注がなければいけないとか、蝶ネクタイには黒と白があって......というような、半分ジョークのようなものも。しかしこういった仕来りが、コミュニティに帰属することの特権意識や帰属意識を生んでいるのでしょう。</p>

<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya11.jpg" width="1200" /><br />
フォーマルディナーを体験するワークショップが行われた</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>&nbsp;「学びが止まる瞬間」をチームで支える</h2>

<p><img alt="篠田真貴子氏" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya06.jpg" width="1200" /><br />
篠田真貴子氏</p>

<p>【篠田】具体的に、コミュニケーションはどのように学生のモチベーションを支えているのでしょうか。</p>

<p>【飯田】 ケンブリッジの特徴は、一日の密度が極めて高いことにあります。通常の大学が一日かけて教える内容をわずか半日で終え、午後は徹底的に宿題や読書に充てる。夜まで予定を詰め込み、土日も休むことはありません。教員側も休養を許されておらず、限界まで詰め込む環境です。</p>

<p>この過酷なスケジュールを乗り切るために、教員は学生に付きっきりでアドバイスを行います。学業の相談はもちろん、「部活動をどう予定に組み込むか」といった相談にまで踏み込みます。教員だけでなく先輩たちも加わり、チームで学生に伴走する仕組みができているのです。</p>

<p>例えば、課題にどうしても時間がかかってしまう学生がいたとします。そんな時、「なぜ時間がかかるのか」を教員は考えます。単なる学力不足か、集中力の問題か、あるいは表には出てこない慢性的な寝不足が原因なのか。</p>

<p>本人の口からはなかなか出てこない悩みも、友人に話を聞いたりして、「最近、彼はいつも眠そうだ」といった情報を仕入れたりすることで原因を可視化し、チームで対応にあたります。</p>

<p>以前、8週間の学期の真っ只中に、彼女と別れてしまった学生がいました。本人は何も言いませんが、周囲からは情報が入ってきます。案の定、2週間にわたってパフォーマンスが下がってしまいました。学期の4分の1に相当するこの2週間は、学生にとって非常に大きなロスです。しかし、彼女と別れたらやっぱり勉強なんてできないですよね（笑）。</p>

<p>そんな時は他の教員とも連携し、2週間は大目に見る。その代わり、その後の遅れをどう取り戻すかのバックアッププランを共に立てます。</p>

<p>このように、学生が抱える多様な悩みにチームで対応していく。これこそが、ケンブリッジがコミュニケーションを通じて学びをサポートしている実例です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>AIでは代替できない理由</h2>

<p><img alt="飯田史也教授" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya03.jpg" width="1200" /></p>

<p>【会場からの質問】生成AIが浸透している中で、生身の人間が介在する意義とは何でしょうか。</p>

<p>【飯田】AIは今までの教材やツールと比べて格段に進化した学習ツールになることは間違いありません。</p>

<p>ただ、生身の人間を超えられるかというと、まだ相当先だと思います。なぜかというと、教える側と学ぶ側でコミュニケーションのループを作ることが学びを加速させる上で重要なのですが、そのループの相手としてAIは物足りない。</p>

<p>たとえば彼女と別れた学生が目の前にいた時、人間味のある対応をしなければいけません。友達に声をかけて面倒を見てもらうとか、他の先生に「今こういう問題を抱えているから厳しくしないで」と頼むとか、裏でいろんな手配をするわけです。そういった対応は、きっとAIにはできないですよね。</p>

<p>人間と人間との付き合いは、ケンブリッジであろうと他の大学であろうと、根本的に大切な要素です。</p>

<p>最初にお話ししたように、一人で学ばない。周囲を巻き込む。それが学びの本質なのかなと思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260410Iidafumiya02.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 29 May 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>パリの友人宅で感じた心地よさの正体　「飾らない部屋づくり」が教えてくれたこと  小栗きくこ（暮らしのコンサルタント）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14287</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014287</guid>
			<description><![CDATA[部屋は自分がリラックスできることが第一で、見せるものではない。パリ在住の小栗きくこさんが、パリの人々から学んだ部屋づくりについて紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_dryflower.jpg" width="1200" /></p>

<p>パリで暮らす人の家は洗練されていて、まさに映画に出てくるような空間――そんなイメージを持っている方もいると思います。ところが、「実際に家にお邪魔すると、イメージしていた部屋と違っていた」と、20年近くパリで暮らす小栗きくこさんはいいます。</p>

<p>では、パリで暮らす人々は部屋を作る上で、何を大切にしているのか。パリ在住の小栗さんが紹介します。</p>

<p>※本稿は、小栗きくこ著『パリ時間』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>視線が忙しくなる部屋ではなく、落ち着きのある部屋がいい</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="1600" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko04.jpg" width="1200" /><br />
夜の灯りもシンプルで、視線が忙しくなりません。</p>

<p>パリに住む友人の家にはじめて招かれたとき、正直に言って、少し拍子抜けしてしまいました。というのも、洗練されたインテリアや、映画に出てくるような「絵になる部屋」をどこかで想像していたからです。</p>

<p>実際に目にした部屋は、こちらが身構えていたほど「完成された空間」という感じではありませんでした。といっても何もない部屋というわけでもなく、適度に飾られていて、壁や棚のあちこちに住む人の気配が静かに残っています。それでも、なぜか視線が忙しくなることがありません。ただ不思議と、とても落ち着く場所だったのです。</p>

<p>まさにそれは、「飾らない」部屋。「見て、見て」と主張する物が少なく、部屋の空気がどこか静かでした。当時の私は、「飾らない」という言葉を少し勘違いしていたようです。パリの人の家にお邪魔して、「飾らない」とは、何も置かないということではなく、「増やしすぎない」ということに近いのだと気づかされました。</p>

<p>置いた物同士がぶつからないように、自然と距離が取られている。だから部屋には、ちゃんと表情があるのに、ごちゃごちゃしているように見えなかったのです。それはきっと、自分の中の「好き」という感覚を知っているからできることなのだと思いました。好きな物がわかっている人は、たくさん物を並べなくても、どこか満たされていますよね。何かを足して、「それっぽく見せる」よりも、余分な物を置かずに好きな物が息をできる工夫をしている。パリの部屋に、そんな印象を受けました。</p>

<p>私がお邪魔したその家の人は、部屋について積極的に語るわけではありませんでしたが、こちらが尋ねると、どこでその家具や雑貨を見つけ、なぜそれを選んだのかを楽しそうに話してくれました。部屋とは、住む人が自分の心地よさを基準にしている場所。そして、構えなくてもいい場所なのですね。だからなのか、そんな部屋に入ると、自然と肩の力が抜けていきます。</p>

<p>不思議なことに、自分が心地いいと感じる場所を大切にしている人は、その「心地よさ」を何気なく周りにいる人にも手渡しています。「どう？素敵でしょう？」と言葉にしなくても、背伸びせずにいられる空気や、そのままでいいと思える安心感が伝わってきて、こちらの呼吸が少しずつ整っていくという感じです。</p>

<p>それは、言い換えると、その人の持つ「静かな自信」。パリの部屋にあるのは、「華やかさ」というよりも、「静かな自信」のようなものなのかもしれません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>部屋は「見せるもの」「ちゃんとすべきもの」ではない</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="1600" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko05.jpg" width="1200" /><br />
部屋は「見せるために整理する」ものでなくてもいい。</p>

<p>パリでは多くの人が、家に人を招くことを楽しんでいます。いわゆる「ホームパーティー」と呼ばれる集まりも、「パーティーのために整えて用意する場」というより、「集まった人たちと一緒に時間を過ごすためのもの」という印象があります。</p>

<p>約束した時間に家を訪ねても、まだ何も準備が始まっておらず、テーブルの上もキッチンもふだんのまま、ということもしばしば。けれど、誰もそれを気にすることはなく、まずはシャンパンを開けて、立ったまま乾杯が始まります。話しながらグラスを傾け、アペロ（軽いおつまみ）を口にし、その流れで家主がキッチンに立ちます。そして料理をしながら、また会話が続いていくのです。</p>

<p>そこでは、「部屋は人に見せるもの」「人が来るから部屋を整えなければいけない」という発想があまり感じられませんでした。もっと言うと、完璧に準備が整ってからゲストを迎えるのではなく、料理をし、その場ができていく過程も含めて、一緒に楽しんでいるようなのです。「部屋」という空間は、誰かに見せるための舞台でも写真に撮るための素材でもなく、まるで「その時間を支える場所」として存在しているようでした。</p>

<p>パリに来て間もない頃、私は「誰かを部屋に招くために、ちゃんと整えなきゃ」と思い込んでいました。けれど、ここで過ごすにつれて、「自分の部屋は、誰のための場所なんだろう」とあらためて考えるようになったのです。</p>

<p>自分の部屋とは、そもそも他人に見せるためのものではないはず。外出先から帰ってきて力を抜くための場所であって、その延長に人を迎える時間がある。だから、自分がリラックスできる空間が一番。少しずつ、そんな感覚へと変わっていきました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「暗いな」と感じる空間に、ゆるやかな時間が流れる</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="2135" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko06.jpg" width="1200" /><br />
少し暗いくらいが、ちょうどいい。</p>

<p>日本では、部屋の照明は昼夜問わず、ずっと明るいものですよね。一方、パリでは日本のように天井の照明が空間全体をくっきりと照らしているような部屋はあまり見られません。</p>

<p>パリでは、スタンドライトや小さなランプをいくつか灯し、必要な場所だけにやわらかな光を落とすため、その光のやわらかさが、部屋に落ち着いた空気をもたらします。それは、明るさで部屋を満たすというより、光の居場所を作るような感覚です。夜になると、スタンドの灯りや間接照明だけで過ごしている部屋も珍しくないのですが、私自身、ここに来たばかりの頃は、このような明るさを落とした照明に少し戸惑いました。</p>

<p>でも、しばらくそんな空間に身を置いていると、「暗くて困る」という感覚がなくなり、次第に慣れていったのです。むしろ、目が疲れにくく、時間が少しゆるやかに流れるように感じられました。</p>

<p>実際に、パリの人たちの部屋でテーブルの上に置かれたキャンドルの灯りで食事をしたときのこと。光が少ない分、手元のお皿に視線が移るため、余計な物が目に入ることなく、自分の周りだけがやさしく浮かび上がってくるようでした。照明を明るくしすぎないことで、料理の色や向かい合う人の表情までも不思議と穏やかに見えてくるのです。壁も床もテーブルの上も、何かを置くためではなく、視線を休ませる場所になっています。</p>

<p>あなたも、たまには照明を落として過ごしてみませんか？素敵な発見があるかもしれません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>花を飾る瞬間、部屋にふわっと季節が訪れる</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="1600" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko07.jpg" width="1200" /><br />
マルシェでは季節を先取りしたお花が並びます。</p>

<p>その季節に出回り始めた花をマルシェ（市場）で買って、部屋にそっと置くだけで、新しい季節の気配が入り込んできます。「花」という物は増えているのに、不思議と空気が軽くなるこの瞬間、部屋の中が一気に切り替わったように感じられるのです。</p>

<p>何かを足したり引いたりしなくても、窓の外の光や空気の匂いに合わせて、自然と過ごし方が変わっていく。その変化を無理にコントロールしようとしない。私はパリに住んでいて、こんなふうに、「部屋をどう変えるか」よりも、「今の季節をどう受け止めるか」に意識を向けることがあります。</p>

<p>夏時間が終わる頃には、冬の始まりを感じます。時計の針が1時間戻るだけなのに、朝の空気や光の入り方に季節が動いたことを知らされます。1日の始まりが少し静かになり、夜の時間に重さが増していき、1日のリズムがゆっくりと変わっていくようです。</p>

<p>冬から春にかけては、マルシェに鮮やかなミモザが並びます。春から初夏には、ふんわりと香る芍しゃく薬やく。そして夏の終わりから秋にかけては、やわらかな色合いの紫あじさい陽花が花屋に並びます。同じ部屋でも、花が変わるだけで空気が少しずつ移ろい、季節の流れを静かに知らせてくれるように感じます。</p>

<p>こんなふうに、何かを変えなくても、暮らしが先に季節を教えてくれ、それに合わせて部屋の中で過ごす時間も自然と切り替わっていきます。物を動かさなくても、部屋はちゃんと変わっていくのですね。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_dryflower.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 29 May 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[小栗きくこ（暮らしのコンサルタント）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>標高6500mで生死の境に立っても心は折れなかった　写真家・上田優紀さんが決めた生きる意味  上田優紀（ネイチャーフォトグラファー）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14298</link>
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			<description><![CDATA[ネイチャーフォトグラファーの上田優紀さんは、人がなかなか行くことができない風景を写真に収め、届けている。そんな上田さんに撮影や旅への向き合い方を聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="撮影：上田優紀" height="800" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260519uedayuki04.jpg" width="1200" /><br />
撮影：上田優紀（ボリビア ウユニ塩湖 2016）</p>

<p>ネイチャーフォトグラファーの上田優紀さんは、ヒマラヤや南極、クジラが泳ぐ海中まで、ほとんどの人が足を踏み入れることのできない世界の絶景を撮り続けています。2026年6月には、10年間の活動で撮影した約100点を収録した写真集『ARCA』を出版。その発売を前に、活動への向き合い方や、過酷な旅の中での心持ちをうかがいました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>地球の誕生になぞらえた一冊</h2>

<p><img alt="上田優紀" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260519uedayuki01.jpg" /></p>

<p>――今回新しくフォトエッセイが発売されるということで、まずは見どころをお聞かせいただけますか。</p>

<p>【上田】ネイチャーフォトグラファーとして10年ほど活動してきたんですが、この写真集にはその10年間の全ての写真が入っています。ネイチャーフォトって、山岳写真家は山の専門、動物写真家は動物だけ、水中写真家は海の中、といろんなジャンルがあるんですけど、僕はその全部を撮っているという意味で、世界でも自分一人しかやっていないようなことをしています。</p>

<p>この写真集のタイトルは「ARCA」といって、ラテン語で方舟という意味です。今の人たち、未来の子どもたちに、この地球上にある海から山まで、多くの人が行くことができない風景を伝えられるような写真集になっています。</p>

<p>――10年間ということは、今までのご活動の集大成とも言えるのでしょうか。</p>

<p>【上田】そうですね。27、8歳で独立してこの活動をはじめて、今38なので、ちょうど10年目、11年目ぐらいですね。この10年間で撮ってきた写真と、少しテキストも書いています。</p>

<p>地球の誕生になぞらえて、海から始まって、大地ができて、生物が生まれて、山ができて、宇宙まで行く、というストーリーで構成されています。クジラなど水中の写真から始まり、南極、アイスランド、ウユニ塩湖で40日間テントを張って撮影したもの、希少な動物のセクション、北極のシロクマから南極のペンギン、ゴリラなど。最後は人工衛星のカメラで撮影した宇宙の映像で締めくくっています。</p>

<p>――実在しているとは思えないほどの風景ばかりです。</p>

<p>【上田】そういう風景が、この地球にはまだまだ溢れていて、ほとんどの人がそこに行くことはできない。でも僕はたまたまそこに行ける体を持っているので、行って写真で撮って、行くことができない人、知らずに終わる人たちに、こういう風景が広がっていることを伝えることで、見た人の心が少しでも豊かになればいいなと思いながら活動しています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>写真家になるとき、生きる意味を決めた</h2>

<p><img alt="撮影：上田優紀" height="800" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260519uedayuki05.jpg" width="1200" /><br />
撮影：上田優紀（カナダ ブリティッシュ・コロンビア 2024）</p>

<p>――なかなか見ることができない風景を見に行く衝動、意欲はどこから来るんですか？</p>

<p>【上田】決めちゃったんです。僕が生きる意味をこれにしようと。この人生で生きている理由を、写真を人に届けて誰かの心を少しでも豊かにすることにしよう、と。写真家になると決めた時に、そう決めてしまったので。</p>

<p>――それを主軸とされているのですね。</p>

<p>【上田】多くの人が会社に行くのと同じような感覚でやっていると思います。命をかけるのが当たり前というか、これのために全部生活している、これが中心の生活なんです。</p>

<p>――動物たちを間近で見る恐怖だったり、自然の中で不安を感じたりすることはありますか？</p>

<p>【上田】動物は怖くないですね。できるだけ彼らとの距離感を守り、ストレスを与えないように。クマの写真もありますが、餌がたくさんある時期に行ったり。表情を見ていると何となくわかるんですよ、イライラしているなとか、距離を詰めてはいけないなとか。言葉は通じないけどコミュニケーションは取れる。それを守っていれば、動物は怖いと思ったことは一回もないです。</p>

<p>ただ、山はコントロールできないところがとても多い。実力として登れる山でも、天気が悪ければ死んでしまう。怖いから、死ぬかもしれないから行かない、ではなく、死なないための最大限のトレーニングと準備をするけど、それでもどうしようもないのが自然。人間が太刀打ちできない時は何もできない。だからこそ美しくもあります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>40日間ウユニ塩湖から帰れなかった</h2>

<p><img alt="撮影：上田優紀" height="800" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260519uedayuki03.jpg" width="1200" /><br />
撮影：上田優紀（ボリビア ウユニ塩湖 2016）</p>

<p>――旅は一人で行かれるのですか？</p>

<p>【上田】基本的には一人です。ヒマラヤ登山は山岳ガイドをしてくれるシェルパ族の人と二人だったり、先住民の許可がないと入れない森はガイドと一緒に入りますが。クジラの撮影も船を出してもらう必要があるので、現地の漁師さんにお願いします。でも5、6人でパーティーを組んで行くようなことはありません。</p>

<p>――一人の時間が長いと思うのですが、移動中や宿泊時、どんなことを考えながら旅しているのでしょう？</p>

<p>【上田】雲を見たり、風景を見たり。自然を感じながら旅をします。風の音を聞いたりとか。それが楽しいので。</p>

<p>自然の中に入っていくことは、風景を届けるためにもすごく大切だと思っています。空気がどうだったか、風がどうだったか、香りがどうだったか、そういう要素も伝えなきゃいけないと思っているし、自分自身もそういう自然の中にいることがとても好きなので。難しいことを考えるわけではなく、ただその中で過ごすことが幸せな時間です。</p>

<p>――孤独や寂しさは感じませんか？</p>

<p>【上田】基本的にはないです。ただ、ウユニ塩湖に40日滞在した時はさすがに孤独を感じました。あれは独立してから一番最初の撮影で、自然の中で撮影することがどういうことかもわかっていない頃でした。</p>

<p>40日間誰とも話さないことが20数年の人生にはなかったので。孤独感というか、ここで死んでも誰にも見つからないで終わるんだろうな、という感覚はありましたね。</p>

<p>――ウユニ塩湖の周りには遮るものも何もなさそうですね。</p>

<p>【上田】広いんですよ。秋田県ぐらいはある。観光客が行くのはその端っこなんですが、僕は誰も見たことがないウユニ塩湖を撮るために、もっと真ん中の方に行かないといけないと思って、周囲何十kmも誰もいないような場所でテントを張って撮影していました。食料と水も40日分持ち込んで。</p>

<p>――40日間...極限ですね。</p>

<p>【上田】正直、もう一回やるとなれば嫌ですね(笑)。最初の2週間は雨が降らなくて、ずっと待ちの状態が続いたんですが、ようやく雨が降ってくれて撮影ができました。待ってて良かったと思いました。</p>

<p>というか、40日経つまで帰れなかったんですよ。</p>

<p>ウユニ村で偶然声をかけてきたボリビア人に、塩湖の中心部まで車で送ってもらい、「40日後に迎えに来てくれたらお金を払う」と約束していたんです。</p>

<p>最終日の朝は、「忘れてるかもな、名前しか知らないけど大丈夫かな」とさすがにドキドキしました。でも、暇だったのか、ちゃんと来てくれましたね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>生死にかかわる状況で、どんなことを考えるのか</h2>

<p>――旅のなかで何か予想外のことが起こった時、不安やパニックになることはありませんか？</p>

<p>【上田】不安もパニックもないですね。その状況を受け入れて、どう乗り越えるかが一番大事だと思います。</p>

<p>エベレストを登っている途中で天候が悪くなって、標高6500mでビバーク※せざるを得なくなったことがあります。登れないし下りれないし、救助も来れない。10日間天気が悪ければ死んでいただろうという状況で5日間過ごしました。</p>

<p>そういう時に怖いとかはなくて、どうこなすか、そのために何をしなきゃいけないかを考える。食料を1日これぐらいに抑えよう、体力を使わないために余計なことを考えるのもやめよう。思いつくことを全部やって、それでダメならしょうがない。</p>

<p>――考えることも体力を使うからやめるという発想が新鮮です。</p>

<p>【上田】科学的に正しいかどうかはわかりません。その時そう思っていただけです。考えすぎてメンタルがマイナスになると足が進まなくなる。身体を支えているのはメンタルだし、メンタルを支えているのは身体で、どちらかが前を向いていると意外と足は進んでくれる。だからネガティブなことをあまり考えないようにしている部分はありますね。</p>

<p>――心が折れそうになる瞬間はありますか？</p>

<p>【上田】ほとんどないですね。天気が悪くなって突っ込んだら死ぬと判断して撤退したことは何回もありますが、気持ちが向かないからやめたことは一回もない。山だけじゃなく、何においても。</p>

<p>先ほどお話ししたように、自分の生きる意味は&quot;写真を届けること&quot;で、そこが根っこにあるからずっと前を向いていられる。メンタルを安定させているのは、多分そこだと思います。</p>

<p>※ビバーク＝緊急の露営。予定外の場所での宿泊を余儀なくされること。</p>

<p>（取材・執筆・撮影：PHPオンライン編集部 片平奈々子）</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260519uedayuki04.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 28 May 2026 12:01:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[上田優紀（ネイチャーフォトグラファー）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「世界一幸せな国」フィンランドの食卓へ　自然が育む、知られざる美食の世界  PHPオンライン編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14376</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014376</guid>
			<description><![CDATA[フィンランド政府観光局・Visit Finlandは、公式テイスティング体験「Finland&#039;s Official Tasting Table」の開催を発表。４日間の特別プログラムの内容とは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="フィンランド" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260527visitfinland01.jpg" width="1200" /></p>

<p>国連の「世界幸福度報告書」で9年連続首位に輝いたフィンランド。その幸せの背景には、豊かな自然との深いつながりがあると言われています。</p>

<p>しかしフィンランドには、まだ世界にほとんど知られていない一面があります。それが、「食」の豊かさです。</p>

<p>フィンランド政府観光局・Visit Finlandは2026年5月、史上初となる公式テイスティング体験「Finland&#39;s Official Tasting Table」の開催を発表しました。世界から16名を招き、フィンランドの食文化をその土地の風景ごと体感してもらうという、4日間限定の特別な企画です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>北の大地が育む、純粋な食材たち</h2>

<p><img alt="フィンランド" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260527visitfinland02.jpg" width="1200" /></p>

<p>フィンランドの食文化を語るうえで欠かせないのが、その圧倒的な自然環境です。清澄な湖や広大な森が国土の大部分を占めるこの国では、新鮮な魚介類や野生肉、森で採れるベリー類など、自然の恵みがそのまま食卓に届きます。人工的に整えすぎない、素材本来の味を活かした料理スタイルは、フィンランドならではのものといえるでしょう。</p>

<p>Visit Finlandの国際マーケティング担当シニアディレクター、ヘリ・ヒメネス氏はこう語っています。「フィンランド料理は、自然とのつながりとシンプルさ、そして食材のルーツへの深い敬意に根ざしています」。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「無人島の食卓」と「北極圏のダイニング」</h2>

<p>今回のテイスティング体験の舞台は、フィンランドの沿岸部・群島エリアとラップランドの2か所。海に点在する無人島や、北極圏の大自然の中に食卓が設けられます。風景そのものが料理の一部となるような、没入型のダイニング体験です。</p>

<p>メニューを手がけるのは、いずれもフィンランドを代表するシェフたちです。「沿岸部・群島」を担当するエリック・マンシッカ氏は、2013年の「フィンランド年間最優秀シェフ」受賞者であり、ミシュラン一つ星とグリーンスターの両方を持つ実力派。一方、ラップランドを担当するジョエル・マンニネン氏は、若手シェフの世界大会で銀メダルを獲得したばかりの新星です。地域の食材と風土を知り尽くした二人が、フィンランドの味を一皿に凝縮します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>応募は2026年6月9日まで</h2>

<p>参加希望者は、InstagramまたはTikTokでの動画投稿と、キャンペーンサイト上の応募フォームへのエントリーで応募できます。「なぜ『Have Some Finnish』を体験したいのか」を動画で伝え、ハッシュタグ「#HaveSomeFinnish」をつけて投稿するのが条件です。</p>

<p>応募期間は2026年6月9日（火）17時59分（日本時間）まで。当選者の発表は6月29日を予定しています。</p>

<p>詳細・応募はこちら：HaveSomeFinnish.com</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260527visitfinland01.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 28 May 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[PHPオンライン編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>頑張って働く意味を見失ったら...会社との「ちょうどいい距離感」の見つけ方  佐野創太（退職学（R）研究家）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14278</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014278</guid>
			<description><![CDATA[会社のノルマや目標に疲れを感じたとき、どう向き合えばいいか。「会社の目標70％＋自分の目標30％」という発想で、仕事のモチベーションを取り戻す方法を解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_man_bridge.jpg" width="1200" /></p>

<p>会社の目標を懸命に追いかけていたはずなのに、気づいたら「何のために働いているのかわからない」...そう感じたことがある人は、少なくないはずです。目標に押しつぶされずに、仕事に自分らしさを取り戻す考え方があります。書籍『70％で働く　「もっと頑張る」から脱出する働き方の思考法』より解説します。</p>

<p>※本稿は佐野創太著『70％で働く　「もっと頑張る」から脱出する働き方の思考法』（日経BP）より一部を抜粋・再構成したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「会社の目標」と「自分の目標」を分ける</h2>

<p>目の前には、会社から与えられた目標がある。だけど、その目標と自分が本当に大事にしたいものが、噛み合っていない気がする。</p>

<p>そんなモヤモヤが出てきたらどうするのか。ここでは会社の目標という100％揺らがなそうなものを、70％に差し引いて考えてみます。</p>

<p>相談者のLさんは、営業職として働き続けてきた方で、役員になる話も出ていました。成績もよく、信頼もされていたのですが、あるとき転職を決意されました。</p>

<p>「疲れてしまったんです。売上を上げても、また次の数字が課されて、終わりがない。なんのために頑張ってるのか、だんだんわからなくなって......」</p>

<p>来期に役員になる。それくらい認められていた方でも疲れるのです。けれど、転職先もまた営業会社でした。</p>

<p>「それでよかったんですか?」と尋ねると、返ってきたのはこんな言葉でした。</p>

<p>「ノルマの捉え方を変えたんです。会社の目標とは別に、自分の目標を持つことにしました」</p>

<p>Lさんは、こう続けました。</p>

<p>「月に20人と会うと決めて、そのうち2人と&quot;友だちになる&quot;。これを目標にしたんです」</p>

<p>営業の本来の目的からは少し外れているように思えます。しかし実際には、「友だちになりたい」と思いながらコミュニケーションをとると、関係性を築きやすく、結果として数字もついてきたと言います。</p>

<p>「SNSでつながったり、おすすめの映画を教えあったり。そういう関係のなかで仕事も一緒にやる。そっちのほうが、私には合ってました」</p>

<p>この話を聞いて思ったのは、会社の目標は、あくまで「外から与えられたものにすぎない」ということです。もちろん、会社の目標に沿って働くことは重要です。でも、それだけに振り回されていると、自分の気持ちや人生の方向性を見失います。</p>

<p>そもそもの「会社の目標達成のために頑張る」もおろそかになってしまうことがあります。</p>

<p>そこで大事なのが、「自分なりの目的」を持つことです。</p>

<p>会社の目標を100％従うものという考え方から引いた30％分を、自分の目標にしてみる。そうすると、会社の目標は70％でも、自分の目標も30％できます。自分から設けた目標は、わくわくするゴールテープになります。</p>

<p>順番としてはこうです。</p>

<p>1. 会社の目標を100％ではなく「70％くらいの余白があるもの」と捉え直す<br />
2. 差し引いた30％で自分の目標を考える<br />
3. 会社の目標を達成できてもできなくても、一喜一憂せずに自分の目標のために頑張れる</p>

<p>この順序を意識するだけで、同じ仕事でも「押しつぶされる働き方」から「自分で動ける働き方」に変わります。</p>

<p>自分の目標は、数字や勝ち負け以外の指標でも構いません。</p>

<p>たとえば、次のようなことです。</p>

<p>「誰かの役に立てたか」<br />
「笑顔を引き出せたか」<br />
「心が動いたか」</p>

<p>こうした自分基準の目標は、会社の数字には残らなくても、あなたの人生には確実に残ります。</p>

<p>「会社からの目標は無視しよう」と思うのはもちろん違います。それは20％のやり方です。大事なのは、「会社の目標を踏み台にして、自分の目標を上に積み重ねる」という考え方です。</p>

<p>相談者のMさんは「会社の目標なんてほとんど忘れてるよ。別に目標を達成するために入社したわけじゃないし。僕は、娘の誕生日会に人をいっぱい呼びたくてね。その友だちづくりのために営業してるんだよ」と話していました。</p>

<p>ここまでいかなくとも、きっとあなたのちょうどいい会社の目標との距離感が見つかります。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 28 May 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[佐野創太（退職学（R）研究家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「疲れてから休む」では足りない　脳を効率よく休養させる3つのポイント  名郷根修（株式会社ハイパフォーマンス代表取締役）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14196</link>
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			<description><![CDATA[家事や仕事などが終わったご褒美として休憩するは間違い？疲れを回復させるための休養方法を、名郷根修さんが解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="名郷根修著『瞬動力』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_smileWoman.jpg" width="1200" /></p>

<p>疲れているけど、仕事が全部終わってから休もう――急ぎの仕事などがあると、ついつい休養を後回しにしがちですが、必要な時に休まないことで先延ばしが増えることになると、コーチングの情報などを発信し続けている株式会社ハイパフォーマンス代表取締役の名郷根修さんはいいます。</p>

<p>では、どのような休養方法が効果的なのか。本稿では、科学的にも効果が確認されている休養のコツ3選を紹介します。</p>

<p>※本稿は、名郷根修著『瞬動力』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>休養が疲れた脳を回復させる</h2>

<p>瞬動力を高める要素の1つは「休養」です。「休む＝疲れたときに取るもの、がんばったあとのご褒美」と捉えている人も多いのですが、脳科学の視点では、この考え方こそが、先延ばしを生む原因になり得ます。</p>

<p>ここでいう休養とは、夜の睡眠だけを指すのではありません。日中の短いオフタイムや、質の高い休憩も含めた脳の回復行為全般を意味します。本当に大切なのは、疲れ切ってから休むことではなく、脳が動ける状態を保つために休むことです。</p>

<p>休養は、サボりでも甘えでもありません。行動できる脳を維持するための戦略です。「動きが弱まった脳を回復させるために、能動的に休む必要がある」と考えると良いでしょう。</p>

<p>では、なぜ休養が足りないと、動けなくなるのでしょうか？これも脳の集中・判断・着手を担う前頭前野が影響しています。前頭前野は、脳の中でも最もエネルギーを消費する部位です。そして、長時間の集中、判断の連続、情報過多などによって、疲れやすいという特徴があります。</p>

<p>疲労やストレスが重なると、脳は「これ以上無理をさせないほうが良い」と判断し、行動をコントロールする司令塔の働きを一時的に弱めます。その代わりに優位になるのが、不安や回避反応を担当する、より原始的な脳の回路です。</p>

<p>この切り替わりによって、集中できない、判断が鈍る、先延ばしが増える、簡単な作業に逃げたくなる、といった、動けない状態を引き起こします。つまり、休養不足で脳の司令塔がオフになり、動けなくなってしまうのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「動ける脳」を回復させる休養の役割</h2>

<p>休養の大切さは理解してもらえたでしょうか。ただし、ここで言う「休養」は、ゴロゴロすることでも、長時間寝ることでもありません。前頭前野の負荷を下げるために、休養の取り方にもコツがあります。科学的に効果が確認されている3つのポイントを紹介します。</p>

<p>①短時間の完全オフが前頭前野を回復させる</p>

<p>脳は「何もしない時間」に回復します。意識的な課題や判断から解放されたとき、脳は自動的に「情報の整理」「感情のリセット」「疲労回復」というモードに入るのです。3分程度でも良いので、一日の中で脳を完全にオフにする時間をつくってみましょう。</p>

<p>【3分でできる「脳の完全オフ」行動】</p>

<p>・目を閉じて座る</p>

<p>・窓の外をぼんやり眺める</p>

<p>・呼吸だけに意識を向ける</p>

<p>ポイントは、「うまくやろう」としないことです。思考が浮かんでも、追いかけず、ただ呼吸に戻る。それだけで十分です。短時間でも意識的に脳をオフにする時間を挟むことで、前頭前野の負荷が軽減され、再び行動に向かいやすい状態が整います。</p>

<p>②睡眠は「量」と「質」の両輪――脳を再起動する仕組み</p>

<p>睡眠は、最も強力な脳の回復手段です。眠っている間、脳の中では余分な老廃物が除去され、感情が整えられ、実行機能が回復する、といったメンテナンスが行われています。このメンテナンスによって脳の疲労がリセットされ、翌朝スッキリと起きることができるのです。睡眠不足の翌日に先延ばしが増えるのは、脳が怠けているのではなく、睡眠の質が悪くて回復できていないから、と言えます。</p>

<p>睡眠の質を上げるためには、寝る直前まで情報を入れたり、判断や仕事をしたりしないことです。脳をしっかりオフモードに切り替えることが大切です。寝る前についスマホを見てしまう、ベッドに入ると明日の仕事が気になって眠れない......という人も多いと思いますが、それでは脳を完全にオフにすることはできません。寝る前は「スマホを見ない・考え事をしない・判断をしない」を心がけましょう。</p>

<p>どうしてもすぐに寝つけないという人は、スマホを見るのではなく、読書がおすすめです。また、考え事をしてしまうという人は、ネガティブなことではなく、「今日一日の中で感謝したいこと」など、気持ちが穏やかになることに意識を向けましょう。脳にストレスがかからず、リラックスできれば脳が徐々にオフモードに切り替わっていきます。</p>

<p>また、寝不足や疲れの蓄積で、日中眠気に襲われてボーっとする、集中できない、という日もたまにはあると思います。そういうときは、短時間だけ仮眠をとる。パワーナップ(積極的仮眠)が効果的です。</p>

<p>ポイントは寝すぎないこと。長時間寝てしまうと夜の睡眠に影響するので、タイマーをセットして仮眠は20分程度にとどめましょう。また、ベッドに横になると深く眠り込みやすいため、椅子に座ったままなど、本格的な睡眠に入りにくい体勢を選ぶことも大切です。</p>

<p>③「回復する休憩」と「疲れる休憩」は別物</p>

<p>休憩についてはすでに触れましたが、重要なので改めて整理しておきます。</p>

<p>たとえば、長めの会議の合間に「5分休憩しましょう」と言われたら、あなたはどうやって過ごしますか？　おそらく多くの人が、スマホでSNSを見たり、メールをチェックしたり、ネットニュースに目を通したりといった過ごし方をするのではないでしょうか。</p>

<p>これらの行動は一見休憩しているように思えますが、実際は脳の前頭前野を酷使している状態。休憩と言いつつ、脳が回復するような行動にはなっていません。脳が本当に回復するのは、①判断がいらない、②情報が少ない、③目的がない、この3つが揃った時間です。景色を眺めたり、ただぼんやりしたり、呼吸だけに意識を向けるような時間こそが、「動ける脳」を回復させる休養方法といえます。</p>

<p>これら3つのポイントを意識して休養をとることで、集中が戻り、着手が軽くなり、先延ばしが減る、という変化がはっきりと現れます。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 28 May 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[名郷根修（株式会社ハイパフォーマンス代表取締役）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「前の職場では、こんなことしてなかった」前職に固執する嫌な人の攻略法  片田珠美（精神科医）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/12326</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012326</guid>
			<description><![CDATA[世に蔓延するマンウントを取りたがる人、ここでは前職に固執する人を実例に挙げながら、その対処法について精神科医の片田珠美先生に解説して頂く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="マウントを取らずにはいられない人" height="743" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_nayamimanG.jpg" width="1200" /></p>

<p>われわれは他人に対して自分がどの位置にいるのかを無意識のうちに測定しており、折に触れて自身の優位性を誇示する。その根底には、他人を自分より下位に置きたいという欲望が潜んでおり、この欲望は程度の差はあれ誰の胸中にも潜んでいて、それが強い人ほどマウントを取りたがるという。</p>

<p>世に蔓延するマウントを取りたがる人、ここでは前職に固執する人を実例に挙げながら、その対処法について精神科医の片田珠美先生に解説して頂く。</p>

<p>※本稿は、片田珠美著『マウントを取らずにはいられない人』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「大学病院では...」強い未練が引き起こす負の連鎖</h2>

<p>総合病院の某診療科の部長に就任した四十代の男性医師は、それまで大学病院に勤務していたことが自慢らしく、「大学病院ではこうやっていた」としきりに言い、大学病院の手法を導入しようとした。</p>

<p>しかし、大学病院のように医師や看護師がたくさんいるわけではないので、うまくいかず、「これまでのやり方でうまく回っていたのに、なぜ大学病院のやり方をわざわざ導入しようとするのか」という不満の声があがるようになった。</p>

<p>それだけではない。この部長は大学病院にいた頃、一般にはほとんど知られていない珍しい病気の研究と臨床に携わっていたようで、部下の医師たちにも「これこれの症状があったら、その病気を疑え」と指示し、チェックリストまで作って渡した。</p>

<p>しかし、この病院は、ごく普通の病院であり、専門病院ではないので、部長が研究対象にしていたような病気の患者はめったに来院しなかった。</p>

<p>すると、部長は「ちゃんと患者を診ているのか」と部下を叱責し、「大学病院には面白い患者がいたが、ここは面白くない」と愚痴をこぼし始めた。</p>

<p>一方、部長の外来に回された初診患者から「多くの検査を受けさせられて大変だった。でも、何の異常もなかった。本当に必要な検査だったんですか」という苦情が病院に寄せられるようになった。</p>

<p>おそらく、部長は自分の研究対象である珍しい病気を疑って患者に検査を受けさせたものの、ほとんどの患者に異常が見つからなかったのだろう。</p>

<p>この部長が大学病院の手法、そしてそこで自分が研究していた珍しい病気に固執するのは、やはり大学病院で研究と臨床を続けたかったという思いが強いからだと考えられる。大学病院に残ることができず、関連病院に出ざるを得なかった彼には、未練が残っていたように見える。</p>

<p>実は、部下の医師の一人が大学病院に残っている同期の医師から聞いた話によれば、この部長は教授から「患者がほんの少ししかいない病気ばかり診ていないで、もっと視野を広げてはどうか」と助言されていたが、聞く耳を持たなかったという。</p>

<p>その結果、不本意ながら関連病院に出されることになったのだとすれば、部長の大学病院に対する未練が相当強くても不思議ではない。</p>

<p>自分がかつて所属していた組織に権威やブランド力がある場合、その組織への未練はどうしても強くなりがちだ。</p>

<p>そのため、必然的に前職マウントを取る人が多くなる。よくあるのは、大企業に勤務していた社員が、出世競争に敗れて出向させられた子会社の中小企業で取る前職マウントである。</p>

<p>「大企業ではこうしていた」「大企業ではこんな杜撰なことはしなかった」などと、しきりに親会社の大企業を持ち出し、子会社の中小企業よりも優れている点を列挙する。</p>

<p>先ほど取り上げた部長が大学病院の手法を導入しようとしたのと同様に、大企業のやり方を押しつけようとすることもあるが、規模も人材も違うので、たいていの場合うまくいかない。</p>

<p>元々関連病院にせよ子会社にせよ、片道切符で出されることが多いのだが、本人だけは往復切符と思っているのか、それとも前職への未練が強すぎるのか、大学病院や大企業の話を持ち出さずにはいられない。とくに、現在の職場への不満が強いほど、前職マウントに拍車がかかるように見受けられる。</p>

<p>もっとも、それを聞いた周囲の胸中に反感や敵意をかき立てると、どうしてもモチベーションの低下を招く。それに嫌気が差して、本人の前職マウントがさらにエスカレートするという負の連鎖につながりかねない。</p>

<p>こうして悪循環に陥ると、強い未練の対象である自分が元いた職場に戻ることは到底叶わなくなる。たとえ関連病院や子会社に渋々勤務することになったとしても、そこで実績を積み上げれば、大学病院や大企業に戻れる可能性も必ずしもゼロではなかっただろう。</p>

<p>だが、前職マウントによってその可能性を自らつぶしてしまい、片道切符が決定的になることもありうる。そうなると、まさに自業自得としかいえない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>定年後、移住後もある前職マウント</h2>

<p>定年後であっても前職マウントを取る人は一定数いる。私が定期的に面談を行っている金融機関の某支店に、定年後再雇用の60代の男性が二人いた。しかも、同じ部署で机を並べていたのだが、マウント合戦が始まった。</p>

<p>「自分のほうが出世していた」「いや、自分のほうが偉かった」などとマウントを取り合って、互いに譲らず、険悪な雰囲気が部署全体に漂うようになった。</p>

<p>面談の際も、一方が「向こうが自慢ばかりして、マウントを取ってくるので、ストレスが溜まる」と訴えれば、もう一方も「あいつは偉そうにしているが、実はそんなに出世していない。口も利きたくない」と訴える始末。</p>

<p>やがて、二人は毎日顔を合わせていたにもかかわらず、話もせず目も合わせない事態になった。そのため支店長が配慮して一人を別の支店に異動させた。異動先の支店で面談した際、彼は「マウントばかり取ってくるあいつの顔を見なくてよくなったので、せいせいしています」と話した。</p>

<p>定年まで無事に勤め上げ、定年後も雇用を継続してもらえたのだから、それまで自分が就いていた役職のことなど忘れて、目の前の仕事に淡々と取り組めばよさそうなものだが、そうはいかないようだ。</p>

<p>給与が大幅に下がったうえ、与えられる仕事が平社員と同じという現実を受け入れられないので、定年前まで自分がどれだけ偉かったかを誇示するのかもしれない。</p>

<p>同様のことは、田舎に移住した定年退職者の間でもあるらしい。</p>

<p>都会で定年まで勤め上げた人が、余生を田舎で静かに過ごそうと移住したはずなのに、移住者同士の間で前職マウントが始まる。外資系企業でバリバリ働いていたとか、大企業で管理職を務めていたとか、互いにマウントを取り合うので、人間関係に疲れ果てるという。</p>

<p>あげくの果てに、一度は移住したものの、マウント合戦に嫌気が差して、都会に舞い戻った知り合いもいる。</p>

<p>この知り合いは、それなりの財産があったので、田舎の家が売れなくても、都会のマンションを購入することができたが、それだけの財力がなかったら、移住先で前職マウントに疲弊しながら余生を過ごすしかなかっただろう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>対処法...「言わせておけばいい」</h2>

<p>前職マウントを取る人はどこにでもいるが、とくに現在の職場で充実感を得られず、承認欲求も満たされていない人に多い印象を受ける。現在の職場で自分の働きが認められ、十分稼げていたら、前の職場を持ち出す必要などないはずだ。</p>

<p>そうではないからこそ、前の職場をしきりに持ち出し、いかにすばらしかったかを強調する。うがった見方をすれば、現在の職場で鬱屈しているがゆえに、前職マウントによって自分を底上げせずにはいられないともいえる。</p>

<p>この辺りの心理を理解したうえで、前職マウントを取る人には「言わせておけばいい」というスタンスで対峙するのが賢明である。</p>

<p>ただし、前の職場の手法を無理矢理導入しようとする相手に対しては、「ここは規模も小さいし人員も少ないので、前にいらっしゃったような立派なところと同じようにやるのは難しいと思います」と伝えるべきだろう。</p>

<p>一人ではなく複数人で、そして前職マウントを取る人がかつて所属していた組織をほめて持ち上げることを忘れずに。</p>

<p>前職マウントに辟易していたら、もう少し覚悟を決めて、「そんなに前の職場がよかったのなら、ずっといらっしゃればよかったのに」と少々意地悪く言ってみてはどうか。</p>

<p>すると、向こうは絶句するはずだ。本人としては、前の職場でずっと働き続けたかったのに、それが叶わず現在の職場に来ざるを得なかったという場合が多いだろうから。</p>

<p>かなり勇気が要るが、それを実際にやった人がいる。例の総合病院の部長の部下の一人だった30代の男性医師は、部長がいつものように前職マウントを始めたとき、「そんなに大学病院がよかったのなら、戻られたらいかがですか」と思わず言ってしまった。</p>

<p>その場では部長は何も言えなかったようだが、しばらくしてから医局で「教授に言いつけて、あいつを飛ばしてやる」と息巻いていたとか。</p>

<p>30代の医師は、そういうことも想定したうえで、以前から開業の準備を進めていた。ほどなくして開業したところ、この医師が総合病院で担当していた患者のほとんどがクリニックに来院してくれて、大盛況らしい。</p>

<p>前職マウントに本気で対抗するには、それなりの力をつけ、十分な準備をしておく必要がある。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 27 May 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[片田珠美（精神科医）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>47都道府県の代表が競う「本の甲子園」 今村翔吾さん発案の新たな文学賞とは？  「文蔵」編集部</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14308</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014308</guid>
			<description><![CDATA[作家・今村翔吾氏が代表を務める一般社団法人ホンミライと、日本出版販売株式会社、株式会社図書館流通センターが設立した、新たな文学賞「本の甲子園」とは？ ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="「本の甲子園」記者発表にて" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260515Imamurashougo.jpg" width="1200" /><br />
「本の甲子園」記者発表にて</p>

<p>直木賞を受賞した際にはお礼のために全国の書店を回る「まつり旅」を、月刊誌『歴史街道』の連載では、各都道府県で戦国武将を一人ずつ選んで47の掌編小説とした今村翔吾氏。</p>

<p>次の全国規模での挑戦は、「本の甲子園」である。</p>

<p>※本稿は、『文蔵』2026年4月号より、内容を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>新たな文学賞「本の甲子園」とは？</h2>

<p>昨年の夏、今村翔吾氏がX上で全国の作家に向けて、「（問）現在、お住まいの都道府県を公開されていますか? もしくはしても構わないとお考えですか?」と質問する投稿を行なった。</p>

<p>これこそが「本の甲子園」の第一歩だった。</p>

<p>「本の甲子園」は、今村氏が代表を務める一般社団法人ホンミライと、日本出版販売株式会社、株式会社図書館流通センターが設立した、新たな文学賞。</p>

<p>その目的は、書店と図書館の連携と、作家と地域の結びつきの強化である。</p>

<p>まずは、作家が自分の小説作品を、在住する都道府県の代表とするべくエントリー（2024年10月〜2025年9月に発刊した作品。同期間に最新刊が出たシリーズは第一作をエントリー可能。文庫の場合は文庫オリジナル作品のみ）。</p>

<p>選考するのは選考委員にエントリーした、公共図書館に勤める図書館員で、それぞれの都道府県の地元代表を決定する。</p>

<p>そして、2026年7月から10月にかけて、各都道府県の代表となった作品で、トーナメント戦が行なわれるのである。まさに「甲子園」だ。</p>

<p>しかもその勝敗は、エントリーした図書館員からランダムに選ばれた5名による投票で決まる。「本との出会いは縁である」との考えに基づき、単なる多数決ではない形にしたのだという。</p>

<p>大賞作が決定したら、地元の図書館と書店と作家が連携して、図書館や書店におけるトークイベント、講演会、サイン会、さらには図書館での展示やSNSでの発信などを行なっていく。</p>

<p>「本の甲子園」――。この新しい取り組みが、出版文化の未来を盛り上げることを期待したい。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 27 May 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[「文蔵」編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「美しさは人と比べるものではない」　パリジェンヌに学ぶ、自分だけの美意識  小栗きくこ（暮らしのコンサルタント）</title>
			<link>https://shuchi.php.co.jp/article/14284</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014284</guid>
			<description><![CDATA[自分の美しさを誰かと比較する必要はない――長年パリで暮らす小栗きくこさんがパリジェンヌから学んだ美意識について紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="741" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_paris01.jpg" width="1200" /></p>

<p>「みんなが着ている流行りの服だから」――服や家具などを選ぶとき、自分の&quot;美意識&quot;よりも流行を意識する。そんな経験をしたことがある人は多いかもしれません。ところが、パリの人々は流行に振り回されず、誰かの基準で考えることは少ないと、暮らしのコンサルタントである小栗きくこさんはいいます。</p>

<p>パリジェンヌのはどんな美意識を持ち、その意識はどのように磨かれていくのか。長年パリに住んでいる小栗さんに紹介していただきます。</p>

<p>※本稿は、小栗きくこ著『パリ時間』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>心地よさは、日常の「しっくりくる」の積み重ね</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="1600" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko01.jpg" width="1200" /><br />
眠る前、自分にぴったりの本を開く静かな時間。</p>

<p>パリで暮らすようになって、私は、「美しさ」とは、誰かと比べるものではなく、「毎日の積み重ね」の中にそっと宿るものだということに気づきました。</p>

<p>たとえば、白髪を染めない女性。パリでは、白髪が目立ってきても、あえて染めない女性をよく見かけます。しわも「人生の軌跡」として自然に受け止められていて、鏡の前で「欠点」を探すのではなく、メイクも洋服も、今の自分と向き合いながら「今日はどれが一番しっくりくるかな」と一番合うものを選び取ります。</p>

<p>こうした姿勢は、どこか「物を片付ける」ときのプロセスと似ています。物を片付けるときも、大切なのは「理想像のイメージに合わせること」ではなく、「今の私は何を心地いいと感じている？」と自分の状態を観察することだからです。さらに、パリの人たちは、流行りに振り回されることがほとんどありません。なぜなら、誰かの言葉より自分の感覚を信じているからです。</p>

<p>石畳の多い街だからこそ、無理にヒールを履かないのもそのひとつです。無理をして背伸びをするより、自然体で軽やかに歩けるものを選んでいるのです。その選択には「これでいい」ではなく「これが今の私らしい」という静かな確信があります。そして、こうした「選ぶ姿勢」そのものが、美しさの根っこなのだと思います。</p>

<p>年齢を重ねる美しさも、暮らしの中で生まれる美しさも、特別なことをしなくても自分を大切に扱い、観察し続けることで育まれていく。美しさとは、「今の自分に寄り添う小さな選択の積み重ね」。そんなパリの人たちの美意識は「自分を丁寧に扱うこと」と、どこか通じるものがあると感じています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>芸術が身近にあるから、「美しさを見つけるセンサー」が磨かれる</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="1600" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko02.jpg" width="1200" /><br />
美術館を貸し切って、子供たちの遠足へ。</p>

<p>パリで暮らしていて驚くのは、当たり前のように「美術館」や「映画」が、子供たちの日常に組み込まれていることです。私の娘たちが通っていた小学校では遠足の行き先がルーブル美術館やオルセー美術館だったのですが、遠足当日は私のほうがワクワクしていました。</p>

<p>休館日でさえ、学校のために特別開館する美術館もあり、子供たちは静かな館内でガイドの説明を聞きながら、本物の絵画や彫刻をじっくり鑑賞します。大人でも特別に感じる体験が、「日常」として存在しているのです。</p>

<p>また、パリでは映画鑑賞も遠足として扱われ、作品を観るだけではなく「どこに心が動いた？」とクラスで感想を共有し合う時間が設けられています。鑑賞とは「正解を探すこと」ではなく、「自分が何を感じたかに気づくこと」。その感覚を、子供たちは小さな頃から自然に身につけていくのです。</p>

<p>美術館での遠足には、親参加型のものもあり、私自身も少人数でガイドと巡る美術鑑賞を体験しました。ゆったりとした空間の中で静かに作品と向き合う時間は、大人の私にとっても贅沢そのものでした。子供たちは作品の前で、ただ「きれいだね」「すごいね」と言うだけではなく、立ち止まり、比べ、気づき、また戻ってくる......そんなふうに鑑賞していました。</p>

<p>そして、家に帰って娘と夕食の準備をしながら、「あの絵のどの色が好きだった？」「どうしてあそこに立ち止まっていたの？」と話す時間は、私にとっても新たな気づきをもらえる大切なひととき。子供の視点を借りることで、私自身も、もう一度作品を味わい直すような感覚になりました。</p>

<p>芸術を特別視しない文化で育つ子供たちにとって、「美しさは遠い場所にあるもの」ではなく、「日常の中に見つけるもの」。美術館が身近にあり、心の動くものに素直に立ち止まる経験を重ねることで、「美しさを見つける目」はゆっくり磨かれていくのだと思います。</p>

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<h2>街全体に、ちょっとした「暮らしへの美意識」があふれている</h2>

<p><img alt="小栗きくこ著『パリ時間』" height="2135" src="https://shuchi.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260514OguriKikuko03.jpg" width="1200" /><br />
街の中に自然と溶け込むカフェの一角。</p>

<p>パリの建物には小さなバルコニーがついているものが多く、鉄の手すりに花の鉢が並んでいます。通りを歩いていると自然と目線が上に向き、窓辺やバルコニーに揺れる花が、通りの景色をやわらかく彩っています。同時に古い建物の連なりや、広い空、整えられた景観に意識が向くことも。それらが、暮らす人たちのものの見方や感じ方までも育てているように思います。</p>

<p>パリでは、歴史的建造物の周辺だけでなく、街全体が歴史と調和するように設計されていて、ノートルダム大聖堂やエッフェル塔、凱旋門の周辺では建物の高さが制限され、空の広さや街の景観が守られています。「街の美しさを大切にしたい」という想いが、暮らしの背景に静かに息づいているのです。</p>

<p>洗濯物を外に干せないのも景観を乱さないため。地区によっては、建物の外観を守るために、窓枠にアルミやプラスチックなどの素材を使えず、木枠で作ることが義務づけられている場所もあります。さらに、エアコンの室外機を外に設置できない建物も多く、歴史ある街並みを壊さないためのルールが今も受け継がれているのです。</p>

<p>そして、パリのアパルトマンには今も「昔の形」が残されています。1階の入り口が驚くほど大きい建物もあり、かつては馬に乗ったまま出入りしていたと語られることも。こんなふうに「街を美しく保つ」という考え方が、住む人のふだんの暮らしに自然に溶け込んでいて、パリの街並みは、「美しさは作り込むものではなく、受け継いでいくもの」と教えてくれているようです。</p>

<p>この街で暮らしていると、建物だけでなく、人々の装いにもパリらしい美意識がさりげなくにじみ出ていることに気づきます。特に私が好きなのは、幼稚園や学校の先生たちが自分たちのためにおしゃれを楽しんでいる姿です。</p>

<p>たとえば、小さなゴールドのピアスに深い緑のストールを合わせる、淡いベージュのニットにそっと揺れるシルバーのイヤリングを合わせる。控えめだけれど上品な組み合わせに、「自分が心地いいと思うかどうか」で選んでいる、さりげない美意識が垣間見えます。</p>

<p>街の景観を守るルールも人の身だしなみも、「誰かに評価されるための美しさ」ではなく、「自分たちの暮らしをより心地よくするためのもの」。散歩道、色褪せた石壁、同じ高さで連なる屋根......何気ない風景の中の小さな工夫でさえ、自然と美意識の土台を形作っているのだと感じます。</p>
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						<pubDate>Wed, 27 May 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[小栗きくこ（暮らしのコンサルタント）]]></dc:creator>			
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