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<使える英語>大人気旅館・澤の屋の「単語英語」のおもてなし

2015年02月12日 公開
2023年02月01日 更新

澤功(旅館澤の屋館主)

『THE21』2015年2月号[総力特集:「使える英語」勉強法]より》

外国人に大人気旅館の「単語英語」のおもてなし/仕事で英語を使うなんて全然恐れることじゃない!

 

東京の下町・谷中に、外国人観光客から愛される家族経営の旅館がある。旅館澤の屋だ。宿泊客の9割を外国人が占めている。そう聞けば、「当然、従業員は英語が完璧なのだろう」と思われるかもしれないが、まったくそんなことはない。まさに、正しくはなくても「使える英語」が実践されているのだ。

<取材・構成:林加愛/写真撮影:永井浩>

 

小さな旅館こそ外国人を受け入れるべき

 当館も、昔は商用のビジネスマンや修学旅行の学生など、日本人が利用する旅館でした。しかし、1970年代以降、それでは経営が危うくなってきました。近くにビジネスホテルができたこと、都電の路線が廃止されてアクセスが不便になったことなどが重なり、客足がどんどん遠のいたのです。

 電話料金にも困るようになったとき、外国人客を泊める旅館への路線変更を勧めてくれたのが、当時、新宿で外国人客に好評を得ていた「やしま旅館」の矢島恭館主でした。

 しかし、そのとき私は「とても無理だ」と思いました。その大きな理由が、英語に自信がなかったことです。学生時代に勉強して以来、使ったことがなく、日常会話すらできないのに、お客様として外国人を迎えるなどできないと思ったのです。

 それに、当館の部屋は和室で、浴室やお手洗いも共用。外国人客には不便に違いない、とも思いました。

 その後も苦境は続き、ついに、3日間、お客様ゼロというときがありました。これは、もう躊躇している場合ではない。そこで、やしま旅館に見学に行ってみたところ、大いに驚きました。

 やしま旅館も当館と同じくらいの部屋数で、浴室やお手洗いは共同なのに、大繁盛している。矢島さんの話している英語はと言えば、非常に簡単なもの。自分が要らぬ思い込みに囚われていたことに気づきました。そこで、1982年から、私たちも外国人観光客の受け入れを始めたのです。

 以降、33年間にわたり、88力国、のべ16万人のお客様にご利用いただいてきました。「外国人に大人気の旅館」としてお褒めいただいて、ありがたい限りです。

 昔の私のように、英語を理由にして外国人客の受け入れをしようとしない旅館は、今も多くあります。2008年に総務省が行なったアンケート調査によると、外国人のお客様を泊めたことのない宿は38%にも上るそうです。しかも、そのうち72%が「これからも受け入れる意思はない」と答えています。理由として最も多いのが、「外国語で対応できないから」なのです。

 そうした旅館には、意識を改めていただきたいと思っています。2013年、訪日外国人旅行者の数が1000万人を突破したことが話題になりましたが、欧米・オセアニアからの観光客数を見ると160万人前後で伸びていません。ちなみに、欧米・オセアニアから中国を訪れる観光客は約800万人。タイには約500万人が訪れています。日本ももっと頑張って、外国のお客様を呼び寄せなくてはなりません。

 小さな旅館は食事や買い物を外でしてもらいますから、宿泊客が増えれば周りの街の活性化にもなります。

 それに、私の経験上、「英語の壁」なんて、実は大したものではないのです。

 

文章を作るより単語だけのほうが通じる

 外国人客を受け入れるに当たって、少しは英語を話せないといけないと思い、私なりに準備をしました。当時、中学生だった長男から英語の教科書を借り、旅館で使いそうな文章をいくつも作文して暗記したのです。

 ところが、暗記した文章を口にしても通じない。“What would yor like for breakfast?”と言ってみても、日本語訛りのせいなのか、理解してもらえないのです。困った私は、メニューを英文で書いて壁に貼り、それを指さして“Breakfast?”とひと言だけ発してみました。すると、通じたのです。「一番言いたい単語を発すれば良いのだ」と発見した瞬間でした。

 これまでの経験から、「単語を口にしながら身振り手振りを加えると、たいていのことは通じる」と私は考えています。たとえば、「両替はどこでできるのか?」とよく聞かれます。そうしたら、「マネーチェンジは、バンク。バット、トゥデイはサタデー、クローズ」と答えればわかってくれます。

 単語や表現も、実際に経験を積むうちに、必要なものは身についてきます。出かけるときに「オービーバック」と言うお客様がよくいるのですが、それがどう書くのかはわかりません。でも、「すぐに帰る」という意味であることは、経験からわかりました。

 英語を聴き取る力も、長年の間にかなり向上したと思います。旅館で使われる言葉はだいたい決まっていますから、想像もつきやすいですしね。

 しかし、時にはわからないこともあります。そんな場合、まずはゆっくり話していただく。それでもわからなければ紙を持ってきて文字に書いてもらい、辞書を引きます。それでも無理なら、絵を描いてもらいます。

 あるときインド人のお客様たちが言っていることがわからないので絵を描いてもらうと、細かな点々をたくさん描いて「これがほしい」という身振りをされる。塩を持って行くと「違う」。砂糖を持って行っても「違う」。「あとはこれしかない」と持って行った胡椒が正解でした(笑)。そんなやり取りは、不自由というより、むしろ楽しいものです。

 これでお客様が不快になるかと言えば、そんなことはありません。アンケートを取ると、9割以上の方が「うまくコミュニケーションを取れた」と答えてくださいます。「あなたの英語はクリアでわかりやすい」と言っていただけたこともあります。

 そう考えると、英語は決して難しいものではありません。確かに、正しく流暢に話そうとするなら、高度な英語力が必要でしょう。しかし、本当の目的は「上手に話すこと」ではなく「通じること」「満足していただくこと」にあるはず。そのための英語なら、実際の現場に身を置くことで、誰もが身につけられるものなのです。

<掲載誌紹介>

THE21 2015年2月号2015年2月号

<読みどころ>今月の『THE21』は英語特集。「今年こそは絶対に英語を」と考えている方に向け、英語を学ぶ心構えから実践的な勉強法、その他トピックスまでいろいろな方にお話をうかがいました。正直、それぞれの方の勉強法は十人十色で、ときに正反対のことを言っていることもあります。でも、どの方法も、その方が英語を身につけた「正しい方法」。皆さんに合った方法を選んで、ぜひ実践してみてください。 

 

著者紹介

澤 功(さわ・いさお)

旅館澤の屋館主

1937年、新潟県生まれ。中央大学卒業後、東京相互銀行勤務を経て、1965年より旅館澤の屋館主。1982年より外国人宿泊客の受け入れを開始し、客室稼働率が常時95%に達する人気旅館となる。2003年、国土交通省が選ぶ「観光カリスマ」に認定され、2009年には「ビジット・ジャパン大使」に任命される。

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