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プライドに訴える「伝え方」が首相を動かした

2015年08月03日 公開
2015年08月03日 更新

土井香苗(弁護士/ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表)

安倍首相の「プライド」に働きかける

権限を持つ人に働きかける際の、もう一つのキーワードが「プライド」だ。

「相手のプライドに働きかけ、『あなたはこういうことができる』と訴えるのも、人を動かすうえで役立つ話し方です。たとえば、世界中で憂慮されている問題に対して日本が積極的に関わり、成果を上げることができたら、日本の評価は大きくアップすることでしょう。現在、日本はビジネス面において、中国をはじめとするアジアの新興国に押されがちです。そのことは、政界や財界の方々に強い閉塞感をもたらしています。人権問題で存在感を発揮することは、その状況を打破することにもつながるはず。これは『プライド回復』の契機である――というメッセージを伝えます」

その手法が功を奏した一例がある。2012年、土井氏は安倍晋三現首相にプレゼンする機会を得、北朝鮮の最高指導者・金正恩氏の国際法廷への訴追を目指すというアイデアを提案した。

「オランダのハーグに、戦争犯罪や人道に対する罪などを行なった指導者を裁く『国際刑事裁判所』という機関があります。その法廷に金氏を呼び出し得る、と国連に訴えかけてはどうか、とプレゼンをしました。北朝鮮の人権の現状は非常に劣悪で、政治犯の人々は、強制収容所内で極めて非人道的な扱いを受けています。もちろん、日本人拉致問題も著しい人権侵害です。それを国際的な場で取り上げることで、手づまり状態の拉致問題にも風穴が開くのでは、と提案したところ、安倍氏は首相就任後に、それを実行に移してくださいました。国連安保理も現在、訴追に向けて動き始めています」

 

「日本の強み」は、もっと声高に訴えていい

この成功は、聞き手であった安倍氏の高い問題意識に負うところが大きい、と振り返るが、「日本の可能性」を強調した点も功を奏した、と語る。

「政治家や外交官の方々にしばしば見受けられるのが、『日本の立場でそこまで強く出られるのか?』といった自信のなさです。しかし私は、その認識に異を唱えます。なぜなら日本は経済大国であるだけでなく、人権が尊重されていることに関しては、アジア随一の国だからです。人々は安心して自分の考えを述べられますし、非人道的な物事に対しては市民もマスコミも声を上げます。このように、『日本には強みがある、必ずできる』と強調することが、私の主張を正しく伝えて相手を動かすための重要なポイントになったと感じています」

相手の反論を予測して、それを解決するための「方法」を具体的に示すことも効果的だ。

「たとえば、現在トライしているのが、国内の『乳児院』の問題です。乳児院ではベビーベッドを何台も並べ、ひとまとめで世話をするのですが、これは子供の『家庭を持つ権利』に反する環境です。とはいえ、廃止して養子縁組・里親委託するとなれば、『職員が仕事を失う』などの反対意見が出ます。

そこで我々は、乳児院を里親の支援機関へと切り替える、という方法を提案しています。養子縁組や子育てによる社会貢献を望む夫婦に、養親や里親になってもらい、乳児院はその子育てをフォローする役割へと衣替えする。そうすれば赤ちゃんの権利は守られ、里親夫婦の望みが叶い、施設職員には継続して働いてもらえる。皆が良い着地点を得られるわけです」

さまざまな角度から聞き手の心に訴え、道筋を示し、達成地点でのイメージを描き出す。

「聞き手によって働きかけ方は違いますが、それぞれが思い描きやすいイメージをわかりやすく伝えていく、という点は同じです。また、何より重要なのは、社会を良くしたいという熱意と、真摯な態度で仕事に臨む姿勢を感じ取ってもらうこと。協力するか否か、その最後の決め手になるのは、語り手自身への信頼感だからです」

(『THE21』2015年6月号より)

<写真撮影:まるやゆういち 取材・構成:林 加愛>

著者紹介

土井香苗(どい・かなえ)

ヒューマン・ライツ・ウォッチ 日本代表

1975年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒。96年に司法試験に合格後、大学4年生の時、アフリカで一番新しい独立国・エリトリアに赴き、1年間、エリトリア法務省で法律作りのお手伝いのボランティア。その後、98年大学卒業、2000年司法研修所終了。00年から16年3月まで弁護士(日本)。普段の業務の傍ら、日本にいる難民の法的支援や難民認定法の改正のロビーイングやキャンペーンにかかわる。06年米国ニューヨーク大学ロースクール修士課程終了(国際法)。07年以来、米国ニューヨーク州弁護士。 06年から、国際NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチのューヨーク本部のフェロー。07年から日本駐在員。08年9月から日本代表。

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