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「孫子の言葉」が経営者に求められ続ける理由とは?

2015年08月15日 公開
2023年05月16日 更新

守屋淳(作家/中国文学者)

 

朝の気は鋭〈えい〉、昼の気は惰〈だ〉
暮れの気は帰〈き〉

(軍争篇)

直訳すると、「人の気力は、朝は旺盛だが、昼になるとダレ、夕方には休息を求める」という意味です。

この言葉が伝えようとしているのは、「人の士気や組織の勢いは盛衰する」ということ。つまり、勢いは長続きしにくく、また、無理に長続きさせようとすれば、人や組織を壊しかねない。したがって、勝負に勝ったりビジネスで成果を出すためには、勢いの波を見極めて、ここぞというタイミングに勢いのピークを合わせることが重要だということです。

スポーツの試合で考えるとわかりやすいでしょう。サッカーのワールドカップにおいて、日本代表が期待されながら予選リーグで敗退したことが過去に2度ありました。共通するのは、予選前の練習試合では絶好調だったこと。つまり、勢いのピークが本戦前に来てしまったのです。

こうした波は、自分たちで意図的に操作するのは簡単ではありません。ただ、大事なタイミングより早くピークを迎えてしまった場合は、勢いに乗り切らずに、抑え気味にして勢いを維持することを考えるのも一つの手でしょう。

もう1つ、人の手ではどうすることもできない波が、景気の波です。景気は良いときもあれば、悪いときもあります。景気の良いときは、いずれ悪くなることを見越して準備を怠らず、景気が悪くなったら、回復したときのために手を打っておく。一歩先の判断ができる企業は、これまでも景気の波にかかわらず生き残っています。

 

将とは、
智、信、仁、勇、厳なり。

(始計篇)

「将軍には、知略、信用、思いやり、勇気、厳しさの五つの条件が必要だ」という意味です。

以前、エコノミストのロバート・アラン・フェルドマン氏に取材したとき、「この5つの条件は掛け算なので、1つでもゼロやマイナスなら、すべてゼロやマイナスになる」と言われました。厳しい言葉だと思いましたが、その後、多くの経営者と話すうち、確かにそのとおりだと思うようになりました。実際、勝負ごとに強い人や成功する人は、5つの要素をバランスよく持っています。逆に、バランスの悪い人は一時的に成功しても、長続きしません。

また、荻生徂徠という江戸時代の学者が、この5つの条件は「それぞれ矛盾する」と言っています。たとえば、智と勇。頭のいい人は実行力に欠けやすく、実行力に抜きん出た人は、思慮不足になりやすい。また、思いやりと厳しさも矛盾します。このように矛盾したものを抱え込める人が、優れたリーダーであるというのが彼の主張です。

私もこれには同感です。卓越した経営者ほど矛盾したものを抱え込み、かつ必要なときに必要な要素を引っ張り出しています。そうやって5つの要素のバランスを取っているのでしょう。

読者のみなさんも、自分に不足している要素は何か、チェックしてみてはどうでしょう。弱い要素があるなら、それを身につける努力をする。あるいは、それを強みとして持つ人と組み、チームとして成果を上げることを考えてみてください。

 

孫子(孫武)とは?


『孫子』の著者は、中国の春秋時代末期に活躍した兵法家・孫武だといわれている。斉国の出身だが、呉国に移り、おそらく今の『孫子』の原型となる13篇の兵法書を呉王闔閭(こうりょ)に献上した。孫武の実力を認め、彼を将軍に取り立てた呉は、西は強国楚を破って都の郢(えい)を攻略し、北は斉、晋を脅かして諸侯の間に名を高めた。

孫武の時代は戦乱の世であり、戦争とは「負ければ国が滅びかねない一発勝負」であるというのが、『孫子』全篇を貫く戦争認識である。しかも、楚、斉、晋など「春秋十二列国」と呼ばれる強国が覇を競い合っている。そのような過酷な状況の中、自国が生き残るための原理原則を説いたのが、『孫子』である。

(『THE21』2015年6月号より/取材構成:前田はるみ 写真撮影:まるやゆういち)

著者紹介

守屋 淳(もりや・あつし)

作家、中国古典研究家

1965年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大手書店勤務を経て、現在は中国古典、主に『孫子』『論語』『老子』『韓非子』などの知恵や、渋沢栄一の思想を現代にどのように活かすかをテーマとした執筆や、企業での研修・講演を行なう。主な著書に『最高の戦略教科書 孫子』(日本経済新聞出版社)など。

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