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「鉄道好き」ではないからこそ、世界に誇る列車が生まれた

2016年08月15日 公開
2021年02月18日 更新

唐池恒二(JR九州会長)

観光という言葉が好きではない理由


ななつ星in九州(写真提供:JR九州)

外食時代に学んだサービスの重要性を折に触れて説くという唐池氏。中でも重要なのは「気づく力」だという。

「私はよく『気づきには三段階ある』と言っています。最初は、存在に気づくこと。たとえばレストランの入り口に人が来たら『いらっしゃいませ』と言う。たったそれだけのことですが、できていない店が多い。お客様は無視されることを何よりも嫌います。だから私は駅では必ず挨拶をするように、それも目の前に来たときではなく、駅の一角に入った瞬間に挨拶をしろと言っています。
次が『行動』に気づくこと。ホテルに大きな荷物を持って入ってきたお客様がいたら、スタッフは荷物を預かりに行きます。同様に、券売機の前でうろうろしているお客様がいたら、『切符の買い方がわからないのかな』と気づき、聞かれる前に案内する。行動というシグナルにいかに気づくかが大事なのです」

そして最後が「気持ち」に気づくことだが、これが最も大変だという。

「お客様が何も言わなくても、その心中を推し量ってサービスをする。一見、大変そうですが、相手の気持ちになって考えれば難しくはないはずです。この点、見事なのが、『ななつ星』を始めとしたJR九州の大半の車両をデザインしてもらっている水戸岡鋭治さん。列車に乗る人が何を望んでいて、どこに何があれば嬉しいか。それを事前に察知した心遣いが車両に溢れています。今、全国にいわゆる『観光列車』が数多くありますが、外見は真似できても、こうした心配りまでできているものはほとんどありません」

実は唐池氏、「観光列車」という言葉が好きではないのだという。

「そもそも『観光』という言葉が嫌い。先日も仕事でニューヨークに行った際、少し時間ができたので『セントラルステーションに観光に行きますか?』と誘われたのですが、『私は鉄道も好きじゃないが、観光はもっと嫌い。鉄道駅に観光なんてとんでもない』と断わりました(笑)。
観光というのは中国の故事から来た言葉で、『光を観に来る』ということ。他から人に来てもらうことばかりが強調されて、双方向になっていない気がするのです」

 

アジアからの観光客は「ストーリー」を求め始めた


はやとの風(写真提供:JR九州)

JR九州ではこうした列車を「D&S列車」(デザイン&ストーリー列車)と呼んでいる。

「列車に限らず、あらゆるものにはストーリーが必要です。たとえば、鹿児島県を走る特急『はやとの風』のボディは、有名な『島津の退き口』の際の、漆黒の鎧に身を包んで疾走する島津軍をイメージしています。古くから伝わる神話や昔話をモチーフにした特急『海幸山幸』『指宿のたまて箱』もそう。観光列車と『D&S列車』の大きな違いは、こうしたストーリーがあるかどうかなのです」

日本には今、多くの外国人観光客、とくにアジアからの観光客が押し寄せている。彼らが今、敏感に反応するのもこの「ストーリー」だという。

「6年ほど前から上海に事務所を置いているのですが、九州に新幹線ができたと売り込んでも、見向きもしてくれません。今や中国には1万キロを超える高速鉄道網があるのですから、当然です。そもそも彼らは九州を『揚州』や『蘇州』のように、中国の地名だと思っている。
ただ、そんな彼らもD&S列車には『ぜひ乗ってみたい』と関心を示すのです。欧米人と同じく、今や中国やアジアの観光客も、単なる物見遊山から歴史や文化を楽しむ段階に入っているのです。とくに、水戸岡さんのデザインには、日本独自の心が入っている。だからこそ彼らを惹きつけるのでしょう」

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「指宿のたまて箱」がまちづくりの核に >

著者紹介

唐池恒二(からいけ・こうじ)

九州旅客鉄道株式会社(JR九州)代表取締役会長

1953年生まれ。77年、京都大学法学部を卒業後、日本国有鉄道(国鉄)入社。87年、国鉄分割民営化に伴い、新たにスタートした九州旅客鉄道( JR九州)において、「ゆふいんの森」「あそぼーい!」をはじめとするD&S(デザイン&ストーリー)列車運行、博多~韓国・釜山間を結ぶ高速船「ビートル」就航に尽力する。また、大幅な赤字を計上していた外食事業を黒字に転換させ、別会社化したJR九州フードサービスの社長に就任。2002年には、同社で自らプロデュースした料理店「うまや」の東京進出を果たし、大きな話題を呼んだ。09年、JR九州代表取締役社長に就任。11年には、九州新幹線全線開業、国内最大級の駅ビル型複合施設「JR博多シティ」をオープン。13年10月に運行を開始し、世界的な注目を集めたクルーズトレイン「ななつ星in九州」は、企画立案から自ら陣頭指揮を執った。

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