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トランプ氏に勝利をもたらした「説明力」

2016年11月24日 公開
2016年11月24日 更新

小野展克(嘉悦大学教授)

なぜ、メディアに叩かれ続けた男が「大統領」に選ばれたのか

米大統領選は、大方の予想を裏切って、共和党の不動産王ドナルド・トランプ氏が勝利を収め、世界に衝撃を与えた。

トランプ氏のこれまでの発言は移民排斥、女性蔑視にとどまらない。日米関係も含めた他国との同盟関係に亀裂が入る懸念を生み、極端な孤立主義は、世界経済の先行きの不確実性を高めかねない。大統領選を通してトランプ氏の発言に、世界は揺さぶられ続けたといってよいだろう。

そんなトランプ氏が、なぜ米大統領選で勝利したのか。『修羅場の説明力』(PHPビジネス新書)の著者・小野展克氏が、トランプ氏の言葉を分析し、説明力の観点からその背景と今後の課題について解説した。

 

舌禍と失言のオンパレード

たとえば、トランプ氏は今年2016年6月に大統領選への出馬表明の際に、こんな発言をしている(By Sally Kohn, CNN Political Commentator,“Trump's outrageous Mexico remarks”日本語訳は筆者)。

「メキシコが送り込んでくる人々は、麻薬や犯罪を持ち込む。彼らは強姦魔だ」

「私は南の国境(メキシコとの国境)に巨大な壁を作り、その費用はメキシコに支払わせる」

また、日本との関連では9月のテレビ討論会で、こんな発言をしている(10月6日付『日本経済新聞』)。

「我々は日本、ドイツ、韓国、サウジアラビアなど多くの国を守っているが、彼らは対価を支払っていない」

「自動車を売りさばいてくる巨大な日本を守ることはできない」

さらに、2005年に出演したテレビ番組の待ち時間に、男性司会者と雑談したテープが、流出。

「スターなら女性は何でもさせてくれる」

などと発言していたことが、今年10月、米メディアで一斉に報じられた。

人種的な偏見や事実誤認の連続。おまけに品位すら欠く、舌禍と失言のオンパレード――。有力政党の大統領候補として、まともな発信力を持っているとは、とても考えられない。 

「米現代史上で最悪な主要政党の候補」

米有力紙『ニューヨーク・タイムズ』(電子版9月24日付)は、トランプ氏を、こう断じた。ニューヨーク・タイムズは、もともと民主党寄りのメディアだが、その舌鋒は厳しく、その後も激しいトランプ批判を繰り返した。ニューヨーク・タイムズだけでなく、アメリカの主力メディアがトランプ批判に向けて雪崩を打ち、世界中のメディアがトランプ氏の言葉を、こぞって取り上げ、眉をひそめた。

メディアへの説明力という切り口でみれば、トランプ氏の言動は完全に失敗だと考えてよいだろう。しかし、既存メディアの人々への波及力が衰え、SNSなどの様々なルートで、トランプの言動が直接届く時代に入ったこともあり、従来のメディア論の常識を超えた反応が有権者から出てくることになった。

 

政治のプロに徹したクリントン候補

一方の民主党の大統領候補ヒラリー・クリントン氏の「説明力」はどうだろう。

10月9日のテレビ討論会で、「米国の分断を修復する大統領になれるか」と問われたクリントン氏はこう答えている(10月12日付『日本経済新聞』)。

「私はこれまで生涯を通じ、子どもや家族を支えるためにできることをしようとしてきた。トランプ氏は30年間の私の公職時代についてよく話すが、私はそれにとても誇りを持っている。民主党員、共和党員、無党派、国中のすべての皆さん。私に1票を投じなくとも、私はあなたがたの大統領になりたい」

良く考え抜かれたスマートな言葉だ。こうした発言なら少なくとも主力メディアに叩かれることはない。

こうした説明力はクリントン氏の言動のすべてに貫かれている。テレビ出演や演説の際のファッションから、話し方、笑顔の作り方まで、すべてが計算し尽くされている印象だ。

一流のスピーチライターやアドバイザーが多数集い、彼らによってクリントン氏の一挙手一投足に至るまで磨きがかけられ、クリントン氏自身が、それを完璧に演じきろうとしてことがうかがえる。

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著者紹介

小野展克(おの・のぶかつ)

嘉悦大学教授

嘉悦大学教授・ビジネス創造学部長、博士(経営管理)。
1965年、北海道生まれ。慶應義塾大学文学部社会学専攻卒。共同通信社で記者として財務省、金融庁、経済産業省、大手銀行、航空業界などを担当、日本銀行キャップ、経済部次長を歴任。
著書に『黒田日銀 最後の賭け』(文春新書)、『JAL 虚構の再生』(講談社文庫)、『企業復活』(講談社)、小野一起のペンネームで小説『マネー喰い』(文春文庫)などがある。

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