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野口悠紀雄の「ブロックチェーン」講義 第1回「ブロックチェーンとは何なのか」

2017年01月05日 公開
2023年05月16日 更新

野口悠紀雄(経済学者)

ブロックチェーンとは何か……もっと詳しく

野口 では、説明しましょう。ブロックチェーンというのは、具体的にどういうことを行っている仕組みなのかを。

先ほど申し上げたように、ブロックチェーンとは「電子的な情報を記録する仕組み」です。たとえばビットコインなら、ある10分間に世界中で起きたビットコインの取引データを「ブロック」という一つのまとまりに書き込みます。AさんからBさんに送金、CさんがDさんに送金、EさんからFさんに……という取引を全部書き込むわけです。

その作業は誰がやっているかというと、「P2P」というコンピュータのネットワークです。誰が入っているかわからない、誰でも自由に入れるコンピュータの集まりです。

たとえばAさんがBさんにビットコインを送る場合、AさんはBさんに直接情報を伝えるのではありません。AさんはP2Pに情報を伝える。P2Pを構成するコンピュータたち──これをnode(ノード)といいますが──は、その取引が正しいかどうかチェックする。チェックの仕方は、あらかじめプロトコルというルールに従って行います。

P2Pのメンバーはプロトコルに従って、Aさんがちゃんと送るコインを持っているか、二重払いをしていないかなどをチェックします。nodeの全員が同じデータを管理し、同じチェックを行うことで、不正が行われていないことを監視するのです。

そして、P2P内のすべてのコンピュータが「送金情報が正しい」と同意すると、その10分間の全世界の取引記録がブロックに記録されます。
この作業が延々と行われ、10分間の取引が記録されたブロックが延々とつながっていくのです。

――なるほど、ブロックがチェーンのようにつながっていくから「ブロックチェーン」なのですね。

野口 実は、ここからがさらに難しいのですが……なるべくわかりやすく説明しましょう。

ここで「ハッシュ関数」というものが出てきます。あるデータの集まりをハッシュ関数に通すと、「ハッシュ」というある数が出てくる。とりあえず、そういうものだと理解してください。

ハッシュには2つの特徴があって、第1に、元のデータの集まりが少しでも変わると、出てくるハッシュの値も変わる。もう一つは、ハッシュがわかったとしても、それから元のデータの集まりを計算で見つけるのは非常に難しいということ。

ハッシュ関数がどういうものかをイメージするには、素因数分解を思い出してみるとよいでしょう。素因数分解は、ハッシュ関数によく似ています。

――素因数分解とは、6なら「2×3」、10なら「2×5」というように、ある数を素数に分解していくことですね。

野口 そうです。「正の整数を素数の積の形で表すこと」です。この作業は6や10など桁が少なければ簡単ですが、桁が増えれば増えるほど難しくなります。

ただし、素因数分解した数字から、元の数字を求めるのは簡単です。たとえば、素因数分解した素数の集まりが、「2,2,2,2,2,2,3,3,7,1009,2017」であれば、すべて掛け合わせれば元の数字が出ます。この場合は「8,205,736,896」です。

しかし、「8,205,736,896を素因数分解しなさい」と言われたら、これはかなり大変な作業です。2,3,5,……と順番に素数で割って、割り切れるかどうか確かめていかなくてはいけない。膨大な時間と手間がかかります。

つまり、素因数分解は「ある方向に計算するのは簡単だが、逆方向に計算するのは著しく難しい関数」です。こうした性質を持つ関数を「一方向関数」と呼びます。

ハッシュ関数もまた「一方向関数」なのです。元のデータからハッシュを導くのは簡単。でも、ハッシュから元のデータを導くのはとても難しい。

 

なぜ情報が「書き換え不可能」になるのか?

――これが、どのようにブロックチェーンに応用されているのでしょうか。

野口 先ほど、ブロックには「世界中の10分間の取引」が記録されると言いました。ブロックには他に「前のブロックのハッシュ」と、「ナンス」と呼ばれる数が記録されます。これらの数字を元のデータとして、このブロックのハッシュが出力されます。

ここで、ハッシュが一定の条件を満たすことが要求されます。たとえば、最初からある桁までゼロが並ぶというような条件です。P2Pを構成するコンピュータたちは、ハッシュがこの条件を満たすようなナンスを求める、という作業を一斉に行います。

ところが、先ほども言ったようにハッシュ関数は一方向関数です。ハッシュから、元データの一部であるナンスを計算で導くことはとても難しい。ある式を使えばナンスが求められる、ということはなく、1つずつ数字を当てはめていくしかない。1つ1つ試していって、ハッシュが条件を満たしたら正解が見つかるということです。

この作業にP2Pのすべてのコンピュータが挑戦し、最初に正しいナンスを見つけたコンピュータが「発見した」と宣言する。正しいことが確認されたら、このコンピュータが10分間の取引についての「責任者」となって、「これらの取引は正しい」というタイムスタンプを押す。そして、その報酬として一定のビットコインをもらう。この作業を「マイニング」といいます。
そして、こうした作業が繰り返され、ブロックがつながっていくわけです。

――仕組みについては、なんとなくですが理解できました。でも、それがどういう意味を持つのでしょうか。

野口 それこそが「なぜ、ブロックチェーンのデータは、あたかも石版に彫った文字のように書き換えられないのか」という答えなのです。

ブロックチェーンのデータを管理しているのはP2Pだと言いました。誰でも入れる、どこの誰かもわからないコンピュータの集合です。

この中にXという悪人がいたとします。Xは、AからBへのビットコインの送金を、Aから自分、つまりXに送金するというデータに書き換えてビットコインを盗もうとします。

先ほど言ったように、ブロックチェーンにおいてはデータが一部でも変わると、そこから導き出されるハッシュも変わります。そうなると、ナンスの解も変わるので、計算をし直さねばならない。また延々と数字を当てはめていく膨大な作業が発生します。

それだけではありません。ブロックには、前のブロックのハッシュも記録されていると言いました。書き換えたブロックのハッシュが変わったということは、次のブロックに入力されるハッシュも変わるということ。そこで、次のブロックでもナンスの正解が変わる。これも計算し直さなくてはいけない。さらに、その次のブロックに引き継がれるハッシュも変わるので、またナンスを計算し直す。

この作業を、書き換えたブロックから最新のブロックまで全部やって初めて、データの書き換えが可能になるのです。そんなことは、世界中のコンピュータを全部つなげてもまず不可能です。

――そこまでして不正行為に挑戦するよりも、マイニングに協力して報酬をもらうほうがよほど得です。

野口 そうです。そこが重要なのです。ブロックチェーンは「悪いことが採算に合わない」仕組みなのです。

「悪いことをするのは倫理的によくないからやらない」という性善説ではなく、悪いことをしたら損をするから誰もやらない。悪いことが経済的に不合理な仕組みだから、誰も書き換えない。

こうして、誰がやっているかわからないにもかかわらず、信頼できる仕組みができた。この仕組みをプルーフ・オブ・ワーク(PoW)といいます。

――これまでのような、「相手がAmazonだから信頼できる」とか、「銀行のシステムだから信頼できる」というのとはまるで違う仕組みですね。

野口 従来の仕組みでは、裏切り者が出ると、そのデータが書き換えられてしまう危険性があった。信頼できない者同士が集まって共同作業を行って、それでも裏切り者によって陥れられないためにはどうしたらいいか。これは「ビザンチン将軍問題」と呼ばれ、これまでコンピュータサイエンスで解けないとされていました。ブロックチェーンはこの問題に答えを提出した。

だからビットコインは「信頼できない人がやっているのに信頼できる事業」になっているのです。マウントゴックスの事件は、ビットコインと円など通貨の両替のデータが改竄されたという問題であり、ビットコインの仕組みの問題ではありません。

つまりブロックチェーンは、特定の管理者の信用に頼ることなく、悪意を持って損害を与えようとするものを排除できる仕組みなのです。ここではビットコインで説明しましたが、他のいろいろな事業にも応用できるというわけです。

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著者紹介

野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)

早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問/一橋大学名誉教授

1940年、東京都生まれ。63年、東京大学工学部卒業。64年、大蔵省入省。72年、イェール大学Ph.D(経済学博士号)取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2011年より現職。著書に、『「超」整理法』(中公新書)、『「超」AI整理法』(KADOKAWA)など、ベストセラー多数。

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