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ビジネスを自然に戻せば、仕事はもっと楽しくなる

2018年02月24日 公開

井上 聡(THE INOUE BROTHERS…)

「成功の先」の景色は想像とは違っていた


2月8日(木)20:30~、原宿のインターナショナルギャラリービームスにて、ザ・イノウエ・ブラザーズ初の書籍の発売記念イベントが行われた

ただ、最初からそうした発想を持っていたわけではない。

「むしろ最初はエゴ丸出しで、いずれトップに、世界一に上り詰めてやろうと思っていました。僕はデザインの世界で、弟の清史はヘアデザイナーの世界で。

幸いにして比較的早く世の中に認めてもらうことができ、有名ブランドとの仕事が次々実現していきました。ただ、あるとき、ふと気づいたのです。名声が高まれば高まるほど、交渉や契約書のやり取りにかかる時間ばかりが増え、やりたい仕事に取り組む時間がどんどん失われていっている、と。

一方、弟の清史は世界屈指のヘアサロンであるイギリスのヴィダルサスーンにて、最年少アートディレクターにまで上りつめていました。ただ、ヴィダルサスーンが、あるプロダクト企業に買収されることになった。今までのようにクリエイティブな活動に専念できるのか、雲行きが怪しくなってきたのです。

お互い、同じタイミングで、これまで上を目指してきたことに対して疑問を持つようになった。必死に努力して、求めていた地位を手に入れたけど、全然幸せになれない。このままさらに上を目指していったところで、いつまでたっても幸せにはなれないんじゃないか。
ならば、本当にやりたい仕事を一緒にやろうじゃないか。これが独立のきっかけです」

 

「瞬間、瞬間の勝負」を楽しむ


「アルパカニット」は日本でも大人気。後ろには彼らの「ロゴ」も見える。(写真:Yohei Wakamoto)

何をすべきかを話し合う中で、「社会起業家」のムーブメントに出合い、自分たちがやりたいのはまさにこれだと確信。「ザ・イノウエ・ブラザーズ」というシンプルな名前にしたのには、ある覚悟があるという。

「コメディアンのような名前ですよね(笑)。もちろん、もっとカッコいい名前にしてもよかった。でも、自分たちの名前を出してしまったら、もう逃げ場がない。だからこそ成功すれば心から喜べるし、失敗したら反省もする。そんな覚悟を持ってやっていこうと、半ば自分に言い聞かせるように選んだのです。

ロゴに関してもあるチャレンジをしました。自分で作らずに、自分たちが好きな人に作ってもらうことにしたのです。

僕ら二人はマーサ・クーパーというアメリカ人写真家の大ファンで、この人はヒップホップやグラフィティといった七〇年代のストリートカルチャーを最初に見出したことでも知られています。

彼女がたまたま、本の出版イベントでデンマークに来ると知った。そこで清史がそのサイン会の列に並んで、『僕たちのロゴを書いてください』とその場で頼んだのです。彼女もとても喜んでくれて、その場で書いてくれたのが今のロゴです」

入念な準備をするというよりも、むしろ「走りながら考える」ことが多かった。アルパカのニットと出合えたのも、そんな瞬間の出会いを大事にしたからだった。

「走りながら考える、瞬間的に挑戦する、ということは、僕たちが憧れるストリートカルチャーの影響かもしれません。たとえばヒップホップには『ラップバトル』というものがあり、お互い即興で相手のことをののしり合っていく。相手の言葉に瞬時に反応しなくてはなりませんから、準備なんてできません。まさに瞬間、瞬間の勝負。こうした瞬間の勝負というのは、うまくいかないととても苦しいけれど、うまくいくと最高に楽しい。仕事も本当はそうだと思うのです。

瞬間、瞬間の勝負を楽しむ。そんな時間が一番充実している。仕事をしている時間は家族と過ごす時間よりずっと長い。ならば、後悔しないような使い方をしたいのです」

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著者紹介

THE INOUE BROTHERS…(ザ・イノウエ・ブラザーズ)

デザイナー

デンマークで生まれ育った日系二世兄弟、井上聡(1978年生まれ)と清史(1980年生まれ)によるファッションブランド。2004年のブランド設立以来、生産過程で地球環境に大きな負荷をかけない、生産者に不当な労働を強いない"エシカル(倫理的な)ファッション"を信条とし、春夏は東日本大震災で被災した縫製工場で生産したTシャツ、秋冬は南米アンデス地方の貧しい先住民たちと一緒につくったニットウェアを中心に展開する。ふたつの文化–—日本の繊細さと北欧のシンプルさへの愛情を基本とするデザインを特徴とし、自らのプロジェクトを通して、さまざまな国や地域の伝統文化や手工芸の技術を継承するコミュニティと絆を深め、世の中に責任ある生産方法に対する関心を生み出すことを目標にしている。聡はコペンハーゲンを拠点にグラフィックデザイナーとして、清史はロンドンでヘアデザイナーとしても活躍。そこで得た収入のほとんどを「ザ・イノウエ・ブラザーズ」の活動に費やす。
写真:Robert Lawrence

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