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中野信子 なぜ「他人の不幸」は快楽なのか?



2018年04月17日 公開

中野信子(脳科学者)

「コミュニケーション能力」の本当の意味

「余計なことを言わないように大人しくしている」という沈黙戦略は、シャーデンフロイデによる攻撃を避けるには有効だ。とはいえ、問題がないわけではない。

「みんながその戦略をとってしまうのは、組織や社会全体としては必ずしもいいことではないでしょう。制度疲労を招き、共同体そのものが滅びる要因になるおそれもあります。

最近、企業や団体の不祥事が内部告発によって明らかになる事例が増えていますが、残念ながら、声を上げた人から叩かれる、潰されるという事案が見られます。逆に、問題を隠しておく人、黙り通した人は功労者として重用される風潮があります。

組織の問題点を『ここが良くない』『この点は改善すべきだ』と指摘した人がバッシングされたり、引きずり下ろされたり、冷遇されたりすることが続くと、どうなるでしょうか。力にすり寄るイエスマンばかりが残り、新しいことをやろうとする人はどこかへ消えていなくなるでしょう。

近年、日本の大学、企業などがアジア1位の座を奪われています。メーカーの優れた技術者が、どんどん中国企業に流出しているという話も聞きます。これは、沈黙戦略の弊害が出ているということかもしれません」

もちろん、ただ黙って大人しくして、自分の身さえ守れればいい、という人ばかりではないだろう。だからこそ、攻撃を避けながら言うべきことを言うために、それなりの備えが必要だ。

「声を上げたり、新しいことを始めようとしてもなかなかうまくいかない。その際に足りないのは、実力や勇気などではありません。準備です。より具体的に言うと、組織の中で何か新しいことを言うときには、大きな反発にあっても大丈夫なだけの力――たとえば後ろ盾など――が必要です。抵抗にあっても問題ないように戦略を練り、準備しておく必要があるのです。

もちろん力のある人に話をつけておくのもいいでしょうし、『自分を外すとあの得意先との取引が回らなくなるよ』といったことをさり気なくアピールしていくのもいいでしょう。

ビジネスマンのスキルとして重視されるコミュニケーション能力の根幹は、実はここにあると私は考えます。つまり、周囲からの攻撃を回避するためのスキルです。飲み会を盛り上げたり、商談で話を弾ませたりすることは、間接的には役に立つかもしれませんが、攻撃を回避するためのスキルとして必ずしも機能するものではないでしょう」

 

「幸せホルモン」が嫉妬の原因だった!?

終身雇用の社会ではなくなったとはいえ、日本では人材の流動性はまだまだ低い。実力よりも空気を乱さない人であることが重視されるのも仕方がない、と中野氏は言う。
こうしてみると、シャーデンフロイデとはいたって日本的な感情のように思えるが、実際は国や文化を問わない普遍的な感情でもある。

「シャーデンフロイデの根幹には、オキシトシンという脳内物質が関わっています。一般には、オキシトシンはリラックスをもたらす『幸せホルモン』、あるいは人と人との愛着を形成する『愛情ホルモン』として知られています。脳科学でオキシトシンに言及している論文でも、その多くはオキシトシンのリラックス効果などに注目しています。

しかし、オキシトシンにはネガティブエフェクトもあります。妬みを強くしたり、不公平を許せない、制裁を加えたいという感情を強化したり、さらには排外的な行動を誘発することもわかっています。

では、オキシトシンのネガティブエフェクトはよくないものなのかというと、そうではありません。たしかに、妬みという感情は私たちにとってイヤなものではありますが、生存のための行動を誘発するのに必要だから存在するのです。オキシトシンが妬みを強くする効果も、共同体を守るためには必要なものです。だからこそ、オキシトシンなどホルモンの量は増えすぎないようにできているのです。ポジティブな効果しかなければ、どんどん分泌させればいいのですから。

ビジネス心理学の本によく登場する『やる気ホルモン』のドーパミンは、その働きを活性化する薬物が統合失調症に似た幻覚や妄想を引き起こすことがあります。ストレスを和らげるセロトニンも、多すぎれば頭痛の原因になる。心理学や脳科学の知見に触れるときには、何事も両面の効果がある、ということを忘れないようにしたほうがいいでしょう」

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著者紹介

中野信子(なかの・のぶこ)

脳科学者

1975年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所にて、博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに、研究や執筆を精力的に行なう。東日本国際大学教授。

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発売日:2020年08月07日
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