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100年先を読んだ「美しい経済人」大原總一郎とは?

2019年05月07日 公開

伊藤正明(クラレ代表取締役社長)×江上剛(作家)

「他人のやれないことをやる」を体現

江上 これだけ数多くのトップシェアの製品を持つ企業に成長できたのは、大原總一郎の功績が大きいのではないでしょうか。

伊藤 そうですね。当社の企業理念である「世のため人のため、他人(ひと)のやれないことをやる」という言葉は、總一郎が社長をしていた頃に多用していた言葉です。
今でも、新たな事業を始めるときには、「それはクラレがやるべきことなのか? やって意味があるのか?」という議論が社内でよくされるのですが、これは「他人のやれないことをやる」という精神がクラレに息づいているから。だから、他社にない製品を数多く生み出せ、シェアも獲得してこられたと思います。

江上 總一郎が「他人のやれないことをやる」を体現して見せたのが、「ビニロン」でしたね。

伊藤 本作でも描かれているように、戦後、製造しやすく汎用性の高いナイロンが一世を風靡するなか、總一郎は、あえてビニロンにこだわった。しかも、原料のポバールからつくろうとしました。通産省からは「糸屋は糸だけにしろ」「ポバールなんかやめとけ」と言われながらも、かたくなに自分の信念を貫き通したわけです。

 

總一郎には、本当に未来が見えていた?

江上 そうやって他人のマネをしなかったことが功を奏し、ビニロンとポバールはクラレ躍進の原動力になりました。

伊藤 ビニロンは水に溶けやすい弱点を克服することで、学生服で使われるようになりましたし、今もトップシェアを持つ光学用ポバールフィルムやエバールも開発できた。エバールは、ポバールと他の原料を組み合わせてできたものです。ビニロンにこだわり、原料から一貫して生産していなかったら、今のクラレはありません。

江上 前社長の伊藤文大さんが、總一郎のことを「百年先が見えた経営者」だと言っていましたが、大げさでなく見えていたのかもしれませんね。そうでなければ、戦後のお金のない時期に、2億5000万円の資本金しかなかった会社が、「法王」と恐れられた日銀の総裁のもとに出向いて、15億円も融資してほしいなどとは言えません。

伊藤 いくら創業家の人間だからといって、会社に対する負担を考えたら、資本金の6倍の融資を求めるなど、普通はできません。それだけ、本気で実現できると信じていたわけですから、その先見性と勇気には驚かされます。

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著者紹介

伊藤正明(いとう・まさあき)

株式会社クラレ 代表取締役社長

1957年、兵庫県出身。大阪大学の基礎工学部を卒業後、クラレに入社。2002年、中国法人の総経理。04年、子会社のクラレトレーディングの経営企画部長。10年、クラレ化学品カンパニーメタアクリル事業部長。12年、執行役員。14年、常務執行役員(経営企画本部、CSR本部担当)。同年、取締役に就任。15年1月、代表取締役社長となる。

江上 剛(えがみ・ごう)

作家

1954年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。77年第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。人事、広報等を経て、築地支店長時代の2002年に『非情銀行』で作家デビュー。03年に同行を退職し、執筆生活に入る。
主な著書に、『会社人生 五十路の壁』『ラストチャンス 再生請負人』『庶務行員 多加賀主水が許さない』『我、弁明せず』『成り上がり』『怪物商人』『翼、ふたたび』『クロカネの道』『奇跡の改革』『住友を破壊した男』『百年先が見えた男』などがある。

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