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孫正義氏が本業を変え続ける理由

2019年10月08日 公開
2023年02月24日 更新

三木雄信(トライオン代表取締役)

 

リストラしないために本業を変える

 そもそも孫社長には、「本業を変える=リストラする」という考えが最初からありません。

 むしろ、「リストラをしないために、次々と本業を変えている」というのが正しいでしょう。

 ソフトバンクが新規事業を始めたら、既存事業の社員はそちらに配置転換します。人を切るのではなく、新規事業に吸収するのです。

 それができるのは、孫社長が3年ごとに「新しい成長セグメント」を追いかけているからです。

 既存事業が縮小段階に入ったとき、受け皿になる別の事業がなければリストラするしかないでしょう。企業が人を切るのは、たいていがこのパターンです。

 でも孫社長は、常に既存事業を上回る成長領域を見つけています。

 昨年末にも、ソフトバンクが通信事業に関わる6,800人の従業員を新規事業に配置転換すると発表しましたが、これだけの人数をクビにすることなく、吸収できる受け皿を用意できる会社が今の日本にどれだけあるでしょうか。

 孫社長がエスカレーターを乗り換えるときは、必ず社員たちも一緒に乗れるスペースを用意しています。

 人を大事にしたいからこそ、成長できる領域を見つけて次々に本業を変えていく必要があるのです。

 

 既存事業が下り坂になったからといって、そのたびに部門や人を切り捨てていったら、その会社は縮小均衡に陥るだけです。経営のバランスはとれるかもしれませんが、企業としての規模は小さくなっていく一方です。

 一時期、「選択と集中」という言葉が流行りましたが、これも結局は縮小均衡という結果を招くだけです。既存事業の中で儲かっているものだけを残し、あとは撤退や売却するわけですから、それだけでは会社がどんどん縮んでいきます。

 まさに下りのエスカレーターに乗って、地下まで一直線に降りていくようなものです。

 もちろん、ピークアウトした既存事業を整理する過程では選択と集中を実践してもいいのですが、同時にもっと儲かる新規事業を見つけ出し、社内のリソースをそちらに乗り換えていくことが必要です。

 常に次の上りのエスカレーターを探すことは、変化の激しい今の時代に組織が生き残るための必須条件と言えるでしょう。

 

テクノロジーのトレンドを読む

 では、孫社長はどうやって次の上りのエスカレーターを見つけているのでしょうか。

 その答えは、「テクノロジーのトレンドを読む」です。

 

 これまでも、ナローバンド、ブロードバンド、ワイヤレスと、テクノロジーのトレンドは次々と変遷してきました。そして次は5Gがやってきます。

 孫社長は、「新しいインフラという土壌ができると、その上にサービスが花開く」とよく言っていました。つまり、ビジネスとしてのトレンドは、「インフラ→サービス」の周期を繰り返すということです。

「ナローバンドのインフラ」の次は「ナローバンドのサービス」が来て、「ブロードバンドのインフラ」の次は「ブロードバンドのサービス」が来る。「ワイヤレスのインフラ」の次は「ワイヤレスのサービス」が来て、「5Gのインフラ」の次は「5Gのサービス」が来る、という具合です。

 そして孫社長は、常にこの波に乗ってきました。

 ナローバンドのインフラが来ると、ISP(インターネット・サービス・プロバイダ)事業に着手し、サービスの周期に入ると米国のYahoo!に投資しました。

 ブロードバンドのインフラが来ると即座にADSLのネットワークを構築し、次に「Yahoo! BB」のサービスを開始。ワイヤレスのインフラが来ると携帯電話の基地局を買い、次にiPhoneをはじめとするスマートフォン端末を使ったサービスの提供を始めます。

 ワイヤレスのインフラの上で花開いたサービスといえば、ライドシェアサービスもその一つです。無線でどこでもスマホが使えるから、必要なときにすぐ車を呼ぶことができます。

 ソフトバンクがUberをはじめ、中国や東南アジアなど世界各国のライドシェアサービスに投資したのは、「ワイヤレスのサービス」の波に乗るためです。

 次の「5Gのインフラ」についても、すでに総務省が携帯電話の各キャリアに電波の割り当てを行い、全国に基地局を設置できる体制が整いました。次の「5Gのサービス」について、ソフトウェアは2020年3月頃までに開始する予定だと発表しています。

 きっと孫社長も、勝てるサービスを準備していることでしょう。

 

 こうした話を聞くと、「スケールが大きすぎて、自分の会社の参考にはならない」と思うかもしれません。しかし、テクノロジーのトレンドを読むことの重要性は、どんな会社にとっても無関係ではありません。

 現在はどんな業界や業種でも、テクノロジーをまったく使っていない企業を探すほうが難しいはずです。職人が一つひとつ手作りするような伝統工芸品や、畑で採れる野菜でさえ、オンラインショップで販売される時代です。

 ワイヤレスのトレンドが来たとき、「パソコンだけでなく、スマホからも利用しやすいサービスにしないといけない」といった対応は、どんな事業でも迫られたはずです。次に5Gが来たら、やはり「今のWEBサービスをどう組み立て直すか」を考える必要が出てくるでしょう。

 孫社長のようにビジネスそのものを乗り換えなくても、今やっている事業の手法や切り口をテクノロジーのトレンドに合わせて変えていくことで、下りのエスカレーターに乗るのを避けられるのです。

 

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著者紹介

三木雄信(みき・たけのぶ)

トライオン〔株〕代表取締役社長

1972年、福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱地所㈱を経て、ソフトバンク㈱に入社。27歳で同社社長室長に就任。孫正義氏の下で「Yahoo!BB事業」など担当する。 英会話は大の苦手だったが、ソフトバンク入社後に猛勉強。仕事に必要な英語だけを集中的に学習する独自のやり方で「通訳なしで交渉ができるレベル」の英語をわずか1年でマスター。2006年にはジャパン・フラッグシップ・プロジェクト㈱を設立し、同社代表取締役社長に就任。同年、子会社のトライオン㈱を設立し、2013年に英会話スクール事業に進出。2015年にはコーチング英会話『TORAIZ(トライズ)』を開始し、日本の英語教育を抜本的に変えていくことを目指している。2017年1月には、『海外経験ゼロでも仕事が忙しくでも 英語は1年でマスターできる』(PHPビジネス新書)を上梓。近著に『孫社長にたたきこまれた すごい「数値化」仕事術』(PHP研究所)がある。

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