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問題社員を一掃し社内を一変させた「経営理念」のパワー

2020年01月24日 公開
2023年05月16日 更新

山元浩二 (日本人事経営研究室代表取締役)

業務の効率化より大切なこととは

働き方改革のもと、各企業は生産性を向上させるために、様々な改革に取り組んでいます。

たとえば、ITやAIを活用した業務の効率化、テレワークの導入や休日の充実による労働環境の整備など、すでに取り組みが始まっているという方も多いことでしょう。

ただし、私は、この生産性向上のためにもっとも効果的な対策が、「経営理念」の明確化とその浸透だと考えています。

「経営理念」とは自社の存在意義を明確にしたもので、事業活動を通じて追求し続ける最終目的地です。

私は、この企業にとっていちばん重要な位置づけにある「経営理念」に向け、社員がベクトルを合わせて成長することで、組織が発展し続ける仕組みづくりを約19年間行っています。

具体的には、経営理念を実現するために「経営計画」で目標や戦略を明確にし、社員全員で共有したうえで「人事評価制度」に落とし込んで浸透、実行させ、理念を実現できる人材づくりを推進していく「ビジョン実現型人事評価制度」というものです。

 

営業部長が突如退社。その意外な理由とは

多くの方は「経営理念が大事なのはわかるが、それが生産性向上にどうつながるのか」と考えるかもしれません。

そこで、社員数25名ほどのある中小企業で起こったできごとをご紹介しましょう。

その会社では、「事業を広げていくことで社会に貢献していく」という理念を掲げ、約1年がかりで社長、幹部社員と一緒に「経営計画」と「評価基準」を作成しました。

「評価基準」とは、会社の戦略を推進し、経営理念を実現するためには何を目標にどう行動したらよいのかを社員に明示するための行動基準です。社員全員が理解、実践できるように部署ごとに作成し、説明会を行い導入、運用を始めました。

ところが、運用がスタートして1年足らずで想定外のできごとが起こったのです。

営業部門を統括する幹部社員から、社長へ辞表が提出されたのです。退職の意思は固く、そのままその幹部は会社を去りました。

その後、その幹部が担当していた取引先を社長が訪問し、引継ぎや対応をしていたところ、とんでもないことが発覚しました。なんと、会社を去った幹部が取引先の売上の一部を自分の懐に入れていたのです。会社を支える営業部門のトップが、まさに会社が目指すべきベクトルとはまったく逆のことを行っていたことになります。

 

ピンチをチャンスに変え、売上も生産性も向上

こうして不正が明るみになったとはいえ、営業トップが去った影響で半年間は15%ほど売上が落ち込みました。

しかし、彼が去ることで営業部門の2人の部下のモチベーションが上がり、活き活きと前向きに仕事に取り組むようになった結果、顧客からの支持もアップし、次の期は前年度を約20%上回る売上を実現したのです。今では2人は営業部長と課長となり、会社の成長を支える原動力となっています。

後からわかったのですが、不正をしていた幹部は、会社が経営理念を明確化したことにより、その理念に背いた自分の行為が表沙汰になることを恐れ、会社を去ったのでした。

このように、「経営理念」を明確にすることで、問題社員が排除され、社内のモチベーションも生産性も大いに向上することになったのです

 

目標は同じなのに、その方法が全く違っていた

ここまで露骨な例ではなくとも、経営理念を明確化することで、会社が求めるベクトルとは違う方向を向いて仕事をしている社員があぶりだされることは多いものです。

コンサルティングに携わった社員約40名の営業系の会社でこんなことがありました。

その会社では、以前から事業計画を策定、数値目標を明確にし、その達成に向けて営業活動を展開していました。しかし、毎回目標は未達の連続。業績の結果を社員の賃金に反映する明確な仕組みがないことが原因だと判断した社長が、弊社を頼ってきたのです。

ただ、賃金制度を明確にしたいという社長に対し、理念や会社の考え方を示し、社員の行動に落とし込む方が優先だということを理解してもらい、経営理念の策定から取り組みました。

社長が掲げた経営理念は、「自社の商品・サービスを通じて、地域の人々の生活を豊かにする」。そして、この理念の実現のために、いきなり地域全体に営業活動を展開するのではなく、まず既存の顧客を大事にし、継続して繰り返し利用してもらうことで満足度を高めながら自社のサービスを広げていくという戦略を明確にしました。

この考え方にもとづいて、現状の営業社員のこれまでの活動を分析したところ、実は「既存客との関係性を深める」という方向性とはまったく逆の行動をしていた営業マンが多いことが判明したのです。営業の部門長が数字を達成するために、部下へ新規獲得を優先するように指示を出していたため、新規客獲得に営業時間のほとんどを使っているという状況だったのです。

「目標の達成」という結果に対して、社長と営業トップの意思は一致していましたが、その実現に向けてとるべき行動については、まったく逆の考え方だったのです。

その後、「既存客との関係性を徹底して深めることで、売上、利益を向上させる」という戦略を明確に打ち出し、「評価基準」で社員の行動にも落とし込みました。これを実践していった結果、掲げた売上、利益目標とも達成。生産性も大いに向上したのです。

 

「経営理念」に向けて全社員のベクトルがそろい、これを実現していく戦略を共有、実践していく仕組みがあれば、大きく生産性を上げ、企業価値を高めることができる。これらの事例から、そのことをお分かりいただけたのではないでしょうか。

このことに一人でも多くの経営者やリーダーが気づき、動いていただくことが、本当の意味で日本の生産性の底上げにつながると確信しています。

著者紹介

山元浩二(やまもと・こうじ)

日本人事経営研究室代表取締役

1966 年、福岡県生まれ。10 年間を費やし、1000 社以上の人事制度を研究。理念とビジョンを実現するための人材を育成する「ビジョン実現型経営計画」を開発、独自の理論をコンサルティングで展開する。「経営計画」と「人事評価制度」の設計・導入から運用まで支援するスタイルが特徴で、社員の納得度が9 割を超えるなど、経営者と社員双方の満足度が極めて高いコンサルティングを実現。その驚異的な運用実績が評判を呼び、人材育成や組織づくりに悩む中小企業からオファーが殺到、530社超のコンサルティング導入実績を誇る。
著書に、『小さな会社の〈人を育てる〉賃金制度のつくり方 「やる気のある社員」が辞めない給与・賞与の決め方・変え方』、『なぜか女性が辞めない 小さな会社の人事評価の仕組み』どがある。

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