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ボルボ・カー・ジャパン「5年で販売台数4割増を実現した『プレミアム戦略』」

2020年03月07日 公開
2022年10月25日 更新

【経営トップに聞く】木村隆之(ボルボ・カー・ジャパン前社長)

 

販売店を「売る」だけでなく「体験する」場所に

木村隆之

 

 ――これまでの成長を振り返って、いかがでしょうか?

木村 日本カー・オブ・ザ・イヤーを2年連続でいただけたことは望外の喜びですが、それ以外は、社長就任当初から考えていたことを着実に進めてきた結果だと思います。

 ――そもそも、社長に就任したときの想いとは、どのようなものだったのでしょう?

木村 ドイツブランドは、先ほどもお話ししたように、「走る・曲がる・止まる」技術の高さによって、世界のトップブランドになりました。しかし、今やどんなクルマでも、技術はかなり高くなっています。ですから、21世紀のプレミアムブランドは、もはや技術を中心としたものではなくなる。そして、「このクルマを買うとライフスタイルが変わるかもしれない」という夢を売るものになります。例えばコンパクトSUVなら、広い野原や河原までドライブをして、ハッチバックを開けるとワンちゃんが飛び出してくる、というようなライフスタイルです。

 一般的なクルマは「子供が生まれた」などのライフステージに合わせて買うものですが、プレミアムブランドのクルマは違うわけです。

 こうしたことはレクサスでも考えていましたが、この点でボルボは良いものを持っているなと思いました。

 一方で、これも先ほどお話ししたように、ブランドとして中途半端な位置にあったので、プレミアムなブランドに変えなければならないと思いました。我々がやっているのは「クルマ屋」ではなくブランドビジネスであって、販売業ではなくサービス業であって、ビジネスの中心はクルマのオーナーであると、社長就任当初から言い続けています。

 社員もディーラーもボルボが好きな人ばかりで、「ボルボは上質・安全・頑丈でやってきたんだから、プレミアムなんてやりたくない」という反発もありましたが、そうしないと生き残れません。

 ――これからのさらなる成長のためには、どんな施策が必要だと思われますか?

木村 自動車業界ではCASEが話題ですが、販売の面では、特にS(Shared)が脅威になり得ます。クルマを所有せず、シェアする時代になれば、販売台数が減りますから。

 そこで、『CASE革命』(日本経済新聞出版社)を書かれた中西孝樹さんと一緒に検討したところ、2030~2040年は、公共交通機関のMaaSは進むけれども、オーナーカーの状況はあまり変わらないだろうという結論に達しました。

 また、A(Autonomous)、つまり自動運転についても、オーナーカーについては30~50年かかるだろうということです。

 ですから、CASEについては、順次対応していけば問題ないでしょう。

 それよりも恐いのは小売業界の変化です。以前は、メディアで商品を認知し、関心を持ったお客様が、いくつかの店舗をまわって購入するのが普通でした。しかし今は、オンラインで商品を購入するのが一般的になりました。ですから、店舗でお客様をお待ちしていたら、オンラインに負けてしまうのです。

 ただ、オンラインショッピングは、どんどんつまらなくなっていきます。過去の購入履歴からお勧めの商品を表示してくれますが、それを見ていると視野が狭くなっていく一方だからです。いつもオンラインショッピングをしている方が、たまに実際に商品が並んでいる売り場に足を運ぶと、すごく楽しいでしょう。そこに、これからの店舗の役割があります。

 つまり、店舗は商品を買うだけの場所ではなく、体験をしていただく場所になるのです。Appleが世界の一等地にApple Storeを開いている理由は、まさにここにあると思います。

 クルマのオンラインでの購入はまだ一般化していませんが、「店舗は体験をする場所だ」という時代になれば、ボルボの販売店にも、お客様は体験を求めて来られるでしょう。そこで2017年に作ったのが「ボルボスタジオ青山」です。クルマも買えますが、ボルボのストーリーや、スウェーデンの文化など、ボルボの背景にあるものをお客様に体験していただく店舗です。

 ボルボスタジオ青山には、商品について語れるのは当然のこととして、ボルボの歴史やスウェーデンの文化についても語れるブランドアンバサダーや、試乗するお客様の運転のクセを指摘できるくらい安全運転に習熟したドライビングマスター、また、最適な購入方法をアドバイスするファイナンシャルプランナーがいます。

 中古車については既にやっているのですが、各販売店が持っている新車の在庫をすべてオンラインで見られるようにして、お客様が見たい色のクルマをディーラーが取り寄せられるようにもします。実際の色を確認することは店舗でお客様が求めている体験ですが、ディーラーは在庫を抱えたくないので、展示車はよく売れる白、黒、シルバーが多くなってしまう、という課題を解決するためのシステムです。

 店舗で流す音楽や音響機器についても基準を作ろうとしているところですし、一部の販売店では独自に調合した北欧の森の香りを感じていただけるようにしています。これらも店舗の付加価値を高めるための施策です。

 ――こうした施策は、まず直営店から?

木村 直営店を持っている理由の第一は、そこですから。

 ――最後に、クルマ好きである木村社長の、ボルボの好きなところを教えてください。

木村 ボルボは人に優しいんですよ。馴染むというか。癒されると言う方もいますね。それは、お乗りになられたら絶対にわかると思います。ジャーナリストの方に「欧州から帰国したときに、空港でXC60が待っていると思うとホッとする」と言っていただいたこともあります。

 シートの座り心地が良いのはもちろん、細かいところを言うと、車線を外れたときに鳴る警告音も優しい。人がどう感じるかを徹底的に研究しているブランドだからこそですね。

 

《写真撮影:まるやゆういち》

著者紹介

木村隆之(きむら・たかゆき)

ボルボ・カー・ジャパン〔株〕前代表取締役社長

1965年生まれ。87年、大阪大学工学部卒業。同年、トヨタ自動車〔株〕へ入社。海外の商品企画を担当し、トヨタに勤めた20年のうち16年間は海外営業を中心に活躍。2003年にはノースカロライナ大学でMBA(経営学修士)を取得。のちにレクサス国内営業部に移籍。07年、〔株〕ファーストリテイリングに入社。ユニクロの営業副本部長を務める。08年、日産自動車〔株〕入社。翌年、インドネシア日産で代表取締役社長を務める。その後、アジア・パシフィック日産自動車会社、タイ日産自動車会社の代表取締役社長を務め、14年にボルボ・カー・ジャパン〔株〕の代表取締役社長に就任。20年3月2日付で退任。

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