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「アベノマスク」の失敗と「こんまり」の成功…明暗を分けた「ナラティブ力」とは

2021年06月17日 公開
2023年02月21日 更新

本田哲也(PRストラテジスト)

 

「ナラティブかどうか?」は世界基準

政治の話に限らず、「ナラティブ力」で日本の分は悪い。アメリカのような国と比べて、多様性のある人々を巻き込む必要がなく、良くも悪くも「以心伝心」である国民性にも関係しているかもしれない。一方、世界を見渡せば「ナラティブかどうか?」は非常に重要な価値基準である。

「物語的な共創構造」は人を巻き込み、人を動かす。そして、政治や企業活動を持続性のある状態へと導いてくれる。このことが、グローバルではしっかりと認識されているのだ。

そして、言うまでもなく世界は多様で複雑だ。民族の違い、文化や宗教の違い、経済格差――こうした違いは、物事に対する異なるリテラシーを生み出す。同じ事象でも白く見えるか黒く見えるか、同じ物語でも受け入れるか受け入れないかにはギャップができる。

つまり、特定のナラティブが受け入れられるかどうかは国やエリアで異なるということになるし、それを逆手に考えれば、海外でビジネスを成功させる突破口にもなりうる。同じ商品やサービスでも、日本で受け入れられたナラティブをそのまま海外に持ち込んでも成功するとは限らない。

その国や地域独自のナラティブスクリプトが必要になる場合の方が多いだろう。さて、2020年時点で、世界で最も有名な日本人の一人となったあの女性の成功を、ナラティブの観点から見てみよう。

 

「こんまり」のナラティブ

2019年、こんまりこと近藤麻理恵氏のドキュメンタリー番組『KonMari~人生がときめく片づけの魔法~(Tidying Up with Marie Kondo)』は、米エミー賞(テレビ番組のアカデミー賞と呼ばれる)で2部門にノミネートされた。

ネットフリックスで世界190カ国に配信された同番組で、「こんまり」は名実ともに世界に知られる「ブランド」となった。

子どもの頃から筋金入りの「片づけマニア」だったという近藤氏の提唱する独自の「こんまりメソッド」は、持ち物ひとつひとつに対峙して、「ときめくか、ときめかないか(英語ではSpark Joyと絶妙に翻訳された)」で手放すかどうかを決めていく。

メソッドをまとめた著書『人生がときめく片づけの魔法』(サンマーク出版)は、1200万部の世界的ベストセラーになり、近藤麻理恵氏は2015年には『TIME』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出された。

ここまで近藤氏が世界で認められるに至ったのは「こんまりメソッド」が、単なる片づけノウハウを超えて「人々の人生を変える(Life Changing)」ものだと認識されたことに尽きる。そして、この一連の成功の背後には、ナラティブ=物語的な共創構造が機能していると僕は思う。

そこにあるナラティブは、「片づけ」の物語ではない。「本来のときめく自分に戻る」というナラティブだ。この物語構造に、世界――とりわけ欧米の人々――は一斉に共感し、世界的な共体験が生み出された。

「そもそもすべては、彼女の純粋な”好き”から始まっているんですよ」と近藤氏の夫でありプロデューサーでもある川原卓巳氏は言う。「その大好きな片づけが、内向きなエネルギーではなく外向きなエネルギーになった。人のため、未来のために役立ちたいという思いです。それが共創構造を生んだのだと思います」。

あらゆるナラティブは創業者や企業の「思い」から始まる。この思いは、やがてこんまりメソッドの「Organize the World(世界を片づける)」というブランドパーパスへと結実した。

この思いが起点となったナラティブは、書籍やテレビ番組とコンテンツの形は変えながらも、人生を変えることができた人々を巻き込んで今も広がり続けている。まさに、現在進行形なのだ。

近藤氏の成功には、世界で通用するナラティブの示唆がつまっている。それは「こんまり」のストーリーではなく、さまざまな文化背景を持つ世界中の人々の「わたしの人生の物語」の集積である。そのナラティブが自分ゴトを語る口コミを発生させ、こんまりメソッドは物語的な構造で広がっていく。

「ナラティブ」を理解することは、すべてのビジネスパーソンにとって――とりわけ、これからの時代を担う次世代リーダー層には――とても重要な意味を持つだろう。

企業にとって「物語的な共創構造」であるナラティブを理解し実践することは、企業価値に直結する。「物語」の力が企業を変革し、その価値を高めていくのだ。

ここ数十年で、企業の「サイロ化」が一気に進んだ。機能特化させ責任を分散させた組織と、そこに紐づく人々。しかし時代の不確実性は増し、ステークホルダーは多様化し、企業はより大きな舞台――社会における「存在意義」を問われている。

それに応えるためには、入り組んだサイロに閉じ込められた知見や暗黙知や思いを再び吸い上げて、大きな価値に集約せねばならない。私が著書『ナラティブカンパニー』で主張したナラティブという概念が、そのひとつの解決策になると信じている。

読者の皆さんは、ナラティブを理解することで次世代型のビジネスパーソンへと成長し、世の中や生活者と物語を紡ぐことができる企業――ナラティブカンパニーを引っ張っていくのだ。

 

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