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文系ミドルの人生を一変させる「統計知識」

2022年04月05日 公開
2022年04月07日 更新

冨山和彦(経営共創基盤[IGPI]グループ会長/日本共創プラットフォーム[JPiX]代表取締役社長)

 

データの分析結果をもとに意思決定するときの注意点

――「現場の文系ミドルに意思決定の権限を委譲すればいい」という簡単な話でもなさそうです。

【冨山】現場に意思決定の権限を委譲したとしても、文系ミドルは意思決定の訓練を受けていません。日本のミドルは、キーマンに根回しをしてコンセンサスを醸成する「組織としての意思決定」は得意ですが、アジャイル経営では、それをやっている時間はありません。

自分で決めて自ら実行する「独断専行」が求められるのですが、残念ながら文系ミドルの多くが、これが苦手です。

日本企業の多くは報告大好き文化で、報告を受けた人は、その上司に報告をし、その人がまたその上司に報告をする。伝言ゲームのように報告が連鎖していき、役員会の議題に上がる頃には、膨大な報告資料ができあがっています。私に言わせれば、壮大なムダです。

こうした日本企業に長く在籍していると、アジャイルとは真逆の能力が磨かれてしまいます。

――文系ミドルが現場とデータの分析結果を見てアジャイルに意思決定する際に、注意すべき点は何でしょうか。

【冨山】まずは分析結果をノンバイアスで見ることでしょう。人間は感情の動物ですから、好き嫌いや立場など、様々なバイアスがかかります。こうしたバイアスを取り除いて、ファクトをありのままに見ることが何よりも大切です。

また、データ一つひとつは個別事象ですが、統計はこれら個別事象の集まりから何らかの抽象的、普遍的事実を導き出すものです。

「君の言っていることは抽象的だね」と言うとネガティブな意味にとられますが、英語で抽象的を意味する「abstract」には「要約」の意味もあり、本質を見出すことを表しています。

リンゴが木から落ちるのを見て、オレンジも落ちるよね、果物以外も落ちるよねと思考の対象を広げていって、何か共通の力が働いているのではないかと考えることで、万有引力の法則が見出されるわけです。データの分析結果からビジネスのストーリーを紡ぎ出すのも、思考プロセスは同じです。

 

データから一般を導き出すそれが文系ミドルの生きる道

――大量のデータを分析することで、個々の現象の背景にある原理原則を見つけることが大事ですね。

【冨山】そのためには「なぜだろう」「そもそも何でだろう」としつこく考え抜くことが大事です。こうした思考は、試験で高得点がとれる頭の良さとは関係ありません。

むしろ試験が得意ではなかった人のほうが、こうしたそもそも論を考えるのは得意なのではないでしょうか。アインシュタインは試験の点数が悪かったと言われていますし。

――そもそも論を考えられる人の価値が上がっているという冒頭の話ともつながります。

【冨山】工業化社会モデルが行くところまで行き着いたために、パラダイム変換の時期を迎えており、これまで当たり前だった前提が破壊されるような現象が起きています。それに対して、前提を元通りに修復するのも一つの方法ですが、大前提に立ち返って考えて、前提自体を新たにつくり出す方法もあります。

データの分析結果に基づいて色々なことを変えていくというのは、後者の思考法に近い。具体から抽象へ。固有から一般へ。データは具体であり固有です。そこから抽象、一般を導き出すのが人間の役割であり、文系ミドルの生きる道なのではないでしょうか。

 

専門人材と仕事をするうえで大切な2つのこと

――あらゆる場面で当たり前になれば、データ分析の専門人材やデータを専門に扱う部署に対して指示を出すことも増えてきます。

【冨山】データ分析の専門人材などと仕事をするうえで大切なことは二つあります。

一つは、これまで述べてきた通り、最低限の統計知識を習得すること。これにより分析結果にだまされることなく、意思決定できます。また、最低限の知識があれば、専門家とのコミュニケーションも円滑になり、よりアジャイルに手を打つことが可能になるでしょう。

もう一つは、データ活用の可能性と限界を理解しておくこと。可能性がわかっていないと、データ活用を積極的に駆使しようという行動につながりません。

だからと言って、何でもかんでもデータ活用で課題解決、問題解決ができるかと言えば、そんなことはありません。当然ですが、データ活用が効力を発揮できない分野や領域もあり、その威力や能力は無限ではないのです。

このデータ活用の限界をわかっていないと、データ分析の専門人材に無理を強いることになり、いわゆる「ブラック化」してしまいます。

データマイニングという言葉は本質を突いていて、鉱山から微細な貴金属を掘り出すのと同じなのです。多くのデータは無用であり、そこから有用な原理原則を掘り出す(マイニングする)のは非常に難易度が高いことなのだということを、データの分析結果を活用する際には思い出して欲しいと思います。

【冨山和彦(とやま・かずひこ)】1960年生まれ。ボストン コンサルティング グループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、産業再生機構COOに就任。カネボウなどを再建。解散後の2007年、IGPIを設立し代表取締役社長に就任。数多くの企業の経営改革や成長支援に携わる。20年10月より会長に就任。同年12月、地方創生を目的とした投資・事業経営会社「日本共創プラットフォーム(JPiX)」設立を発表、代表取締役社長に就任。近著に『リーダーの「挫折力」』(PHP研究所)など、著書多数。

(※『THE21』2022年5月号特集「文系ミドルだからできるデータ分析・活用術」より)

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