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李登輝&魏徳聖 KANO精神と八田與一

2015年01月23日 公開
2022年12月15日 更新

李登輝(元台湾総統),魏徳聖(映画監督)

 

総統府の周りを50万人のデモが囲んだ日、運動の象徴となったヒマワリを手に集まった参加者たち。2014年3月30日撮影(写真提供:片倉佳史)

 

立法院で特別上映される

 2014年3月、台湾で東アジアを揺るがす大事件が起きました。「太陽花学運(ヒマワリ学生運動)」です。学生たちが占拠していた立法院(日本の国会議事堂に相当)で、『KANO』が特別上映されたそうですね。学生たちにどのようなメッセージを送ったのですか。

 何か特別に言葉を伝えたわけではありません。太陽花学運が起きたとき、学生たちによる立法院の占拠はいつまで続くのか、そもそもなぜこの運動が起きたのか、社会は理解できていないと感じました。私自身、学生たちにいうべき言葉が見つからなかった。私は映画人です。だから、自分の映画をみてもらうのがいいと思いました。『KANO』をみてもらうことで、球児たちの不屈の精神に学んでほしかった。自分たちの信念を貫け、と。

 立法院での上映後、期せずして「台湾加油(台湾ガンバレ)」という声が巻き上がったそうですね。涙を流した女学生もいたとか。学生たちが占拠していた立法院から退去して数週間後のことです。私は学生たちの希望に応えて、立法院内のレストランで今後の台湾に必要なことについて話をしました。その一つが先の「新しい時代の台湾人」というコンセプトです。台湾に来た時代や時期、エスニック・グループにとらわれることなく、民主台湾の建設に進む重要性をあらためて強調しました。

 私の周りには、以前のように、外省人や本省人という区別をしている人は少ないように思います。誰でも「自分は台湾人である」といいます。

 じつは日本統治時代を経験した高齢の日本語世代は、「自分は台湾人である」という意識をもつ人がほとんどです。民主化以降の台湾で育った人も同様です。しかし、戦後に中国大陸から渡ってきた人間のなかには、自分は中国人であるという意識を捨てきれない人がいまだにいるのが事実です。日本人にとって、自分は日本人であることは自明ですが、台湾はこの認同(アイデンティティ)の問題を解決しきれていません。

 

日本への思いは「片思い」

 『KANO』は、日本人が台湾との絆を考える1つのきっかけを与えるでしょう。私は日本に対して、とても残念に思っていることがあります。東日本大震災のとき、われわれは交流協会台北事務所(正式な外交関係がない日本と台湾において、大使館の役割を果たす窓口となる)を通じて、すぐに救助隊の派遣を申し出ました。民間のNGO組織、中華民国捜救総隊です。1999年の台湾大地震の際も、倒壊した建物のなかに危険を顧みずに突入し、生存者の救援活動を行なうなど、まさに台湾精神を代表する義の男たちです。

 ところが、同隊の被災地派遣に関して日本側はすぐに承諾しようとしなかった。日本政府の協力が得られなかったため、同隊は日本のNPOと連携して、自力で被災地に向かうしかありませんでした。なぜ、当時の日本政府は台湾からの民間救助隊の即時受け入れを躊躇したのか。日本の報道によれば、「台湾は中国の一部」とする中国共産党の意向を気にした、とされます。人道的な援助というものは、政治やイデオロギーによって判断するものではない。台湾人としてこれ以上の屈辱、悲しみはありません。

 李元総統がお感じになった心の痛みは、よく理解できます。私にも似たような経験があります。香港で開かれたある映画祭に招かれたときのことです。会場には中国人や香港人、台湾人、日本人など、大勢のアジア人がいた。日本の代表者が演壇に立ち、東日本大震災の支援に関する感謝を述べたのですが、台湾への言葉はありませんでした。私は聞いていて、とても腹が立ちました。東日本大震災のとき、台湾からの援助は巨額で世界一だったともいわれます。私はその日本人の代表者に抗議しようとする気持ちを抑えるのに必死でした。

 2001年、持病の心臓病の治療のために訪日した際のことです。中国の意向を気にした当時の外相や外務省の反対で、なかなかビザが下りないということがありました。それ以外にも、日本政府の対応について我慢しなければならないことが多くありました。私の日本びいきは度が過ぎていると、台湾ではしばしば批判の対象になっているのに、これではまったく割に合わない(笑)。『海角七号』は、戦後約60年ぶりに日本人男性から台湾人女性にラブレターが届くという物語でしたね。しかし、私たち台湾人から日本へのラブレターはいっこうに届かない時代が長く続いた。私はよくいうのです。戦後、日本に対する私たちの思いはずっと「片思い」だったと。ただ、安倍政権が誕生して以来、ようやく日台関係は対等の関係になりつつあると感じており、安倍首相にはこれからも期待しています。

 

東日本大震災の被災者救援のため、雪中を急ぐ中華民国捜救総隊。李登輝元総統いわく、「台湾精神を代表する義の男たち」(写真提供:中華民国捜救総隊)

 

日本人よ、歴史に学べ

 『KANO』を通じて私が日本人に知ってほしいのは、台湾というところは、いろんなエスニック(民族)が集まってできている社会ということ。そして、かつて多くの日本人がこの台湾に住み、共に同じ時代を生きていたということです。日本統治時代の台湾には、よいことも、悪いことも、たくさんあった。日本人と台湾人の衝突もありました。しかし歴史的にみて、われわれの提携は、見事に成功したではないですか。いま振り返っても、それは素晴らしいことだったと思います。甲子園をめざした嘉農の球児たちは、その象徴です。

 私は、台湾に対する世界からの差別にとても心を痛めています。私はなにも日本に対して、台湾とグルになってくれという気持ちはありません。台湾はほんとうに小さな国なのです。一方、いまの日本は台湾からみれば大国です。なのに、なぜ日本は台湾を国として公平に扱ってくれないのか。日本はどこかの国の属国なんですか。どこかの国に管理でもされているんですか。繰り返しますが、われわれ台湾人と日本人は、同じ土地で、同じ時代を生きた経験がある。どうしてそれを日本人はわかろうとはしてくれないのか。私がいま述べたことは、少し過激すぎたかもしれませんが。

 現在の台湾は、れっきとした民主国家です。私はその実現のために、全身全霊で取り組んできました。もちろんこれからも、台湾のために尽くします。でも、魏さん、これからは、あなたのような若い人たちの時代だ。あなたの映画はどれも「台湾人の主体性」をうまく描いていると思います。自分の道を信じて、これからも突き進みなさい。

 最後に日本人にいいたいのは、台湾の民主改革は、日本の明治精神、あるいは戦後の改革に学んだものである、ということです。『KANO』をみたあと、私は映画館の外で待っていた記者たちにこういいました。「台湾人はこの映画をみるべきだ」。これと同じように、日本人にいいたいと思います。「日本人はこの映画をみるべきだ。そして歴史に学びなさい」と。(通訳:張文芳)

 


<掲載誌紹介>

2015年2月号

 2015年は戦後70年の節目の年。6月23日は沖縄戦終結から70年、8月6日は広島原爆投下、9日は長崎原爆投下、15日は70回目の終戦の日である。今年は本誌でもさまざまなかたちで先の大戦と戦後を考えてみたい。
 その第一弾が、2月号総力特集「戦後70年 日本の言い分」。産経新聞の古森義久氏とジャーナリストのマイケル・ヨン氏は、慰安婦問題の裏には日米韓の関係を切り裂こうとする中国の姿が浮かび上がると喝破する。山本七平賞を受賞した石平氏は、「中国は7月7日の『盧溝橋事件記念日』、8月15日の日本敗戦の日、そして9月3日という中国が決めた『抗日戦争勝利の日』を最大限利用して、全国規模の反日キャンペーンを盛り上げていく」と予測する。日本の外交が試される1年になりそうだ。
 第二特集は、経済、財政、安全保障、政局というテーマから「新安倍政権に問う」ことで、日本の抱える問題を浮き彫りにした。「景気回復、この道でOK?」と題した有識者・エコノミスト4名によるバトル座談会は、消費増税の延期、アベノミクスの出口戦略など、日本経済の根本問題を忌憚なく論じていて、思わず唸ってしまう。
 巻頭の対談では、1月24日公開予定の台湾映画『KANO』について、プロデューサーの魏徳聖氏と李登輝元台湾総統が語り合った。

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発売日:2024年03月06日
価格(税込):880円

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