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天皇皇后両陛下とパラオ―慰霊のためご訪問される意味とは?

2015年04月08日 公開
2023年02月01日 更新

井上和彦(ジャーナリスト)

日本大使館が猛省すべき理由

 2014年(平成26)9月15日の日米合同ペリリュー戦70周年記念式典は、共に戦った日米両国であったからこそ、式典に参加した米海兵隊太平洋基地司令官のチャールズ・L・ハドソン少将はスピーチで、熾烈なペリリュー戦での日米両軍の尊い犠牲を称え、参列した歴戦の勇士・土田喜代一氏とウィリアム・ダーリング氏に敬意を表したのだった。

 ハドソン少将は、沖縄の在日米軍基地から参加したとのことだった。

 恩讐を超えた友情の表意は心に響く。ペリリュー島での日米合同式典は、これまでも、この70周年と同様にお互いの武勇を称え合い、まさに“昨日の敵は今日の友”というスタンスで執り行なわれてきた。

 そして昨年の70周年記念式典はこうした過去の記念式典に倣ったものであったが、違いは、この記念式典を米海兵隊が主導したことだ。だが式典の司会は米海軍士官が務め、音楽は米海兵隊の音楽隊が担当したが、公式なペリリュー戦70周年記念式典であったことからパラオ共和国のトミー・レメンゲサウ大統領のほか、在パラオ米大使館のトーマス・E・ダレイ代理大使、クニオ・ナカムラ元パラオ共和国大統領などが参加した。

 式典が始まると、日本・アメリカ・パラオの各国旗と米海兵隊旗が会場に入場し、なんと日本国国歌「君が代」が最初に演奏され、これに続いてアメリカ合衆国国歌、パラオ共和国国歌が演奏されたのである。これは米海兵隊の高配だろう。

 ところがまことに残念なことに、これほどの式典でありながら肝心の日本大使館の田尻和宏大使の姿がなかったのだ。本来ならば日本大使が参列し、日本を代表して記念スピーチを行なうべきである。もしやそれが不可能ならば、少なくとも日本大使館から代理人を派遣して代理スピーチぐらいはさせてもらうべきであろう。だがそもそも9月15日は重要な記念日であり、ペリリュー戦記念式典が開催されることはあらかじめわかっているのだから、予定しておくべきではないのだろうか。もっともパラオの日本大使館にとって、この記念式典よりも優先されるべき他用などあるはずがなかろう。

 しかも入場してきた日本国旗「日の丸」の旗竿の竿頭が、日本の神話に基づいた金の玉ではなく米国国旗や海兵隊旗のそれと同じ鏃型のものとなっていたので、あちこちに事情を聞いてみると、どうやらこの日本国旗は日本大使館から借りてきたものだというではないか。旗手も日本人ではなく明らかにパラオ人であった。他国の人に国旗を預けて自らは参加しないとはどういうことなのか。

 日本大使館は猛省すべきである。

 こんなことでは親日国家パラオの人びとはもとより、同盟国日本への配慮をしたアメリカ合衆国および軍関係者の参列者を失望させはしまいか。

 今後は、日本大使は必ずペリリュー戦記念式典には参列し、戦没者への感謝と哀悼の意を述べるとともに日本国のプレゼンスを示していただきたい。また外務省もこのあたりをしっかりと指導してもらいたいものである。

 さらにいえば、今後は自衛隊の高官も参列すべきと考える。というのも、先のガダルカナルからの遺骨帰還輸送を海上自衛隊が行なったように、戦没者への慰霊を自衛官が行なうことの意義はきわめて大きいうえに、この式典には在日米海兵隊の高官のほか、オーストラリア軍も参加しているからである。南太平洋の安全保障に積極的に取り組むオーストラリアまでもが式典に参加しているのであるから、いまや同盟国のように親密な関係を築き上げた日豪両国にとって、この式典は太平洋地域の安全保障について話し合う絶好の機会となろう。

 パラオ共和国は、1994年にアメリカによる国連信託委任統治領を終えて独立し、内政・外交はパラオ共和国政府が行なうが、独自の軍隊は保有せずアメリカ軍がパラオの安全保障を担うことになっていまに至っている。

 なによりアメリカ合衆国がパラオを重要視するのは、この国が中国の太平洋進出目標とする「第二列島線」の南端に位置し、日本列島とオーストラリアを結ぶ線上にある戦略の要衝だからである。加えてパラオは、台湾と外交関係を樹立しており中国とは国交を結んでいない。

 一方、だからこそ中国はパラオへの進出を虎視眈々と狙っているのだ。だが中国の水面下のパラオ侵攻はすでに始まっており、中国資本のホテルが建設中であるほか、多くの中国人観光客がやって来ているという。それだけではなく、“実業家”を名乗る中国人がパラオ諸島南端のアンガウル島の観光開発をエサに島の買収を目論んでいるという情報もあり穏やかではない。

 中国にとっても、パラオは自らの戦略目標たる第二列島線の最南端に位置する戦略要衝であると同時に、台湾を追い込むためにもどうしても籠絡したい国なのである。

 だからこそ、この戦略の要衝パラオに日米豪の安全保障関係者が参集して今後の太平洋地域の安全保障を協議することに意義があり、またそのことが地域の安全保障にとっての大きな抑止力となることはここであらためて論じるまでもなかろう。

 先に紹介したコロール島の日本人墓地の数ある石碑のなかでも「パラオ諸島ニ於ケル(旧)日本陸海軍戦没者鎮魂ノ碑」(1996年10月建立)は人目を引く。その裏側には、こう記されているのだ。

《第十四師団は太平洋戦線の戦局打開のため北満州よりパラオに転進、パラオ諸島守備の任につき、所在陸海軍部隊あわせ米軍と激しい攻防戦の中、終戦となり、この攻防戦で壱萬六千三百五十四名の戦没者を出した。
 尚、浦賀に帰還した復員兵は陛下のお出迎えを受け、陛下より師団に次のようなお言葉を賜った。

陛下のお言葉
「パラオ集団ハ寔ニ善ク統率力徹底シテ立派ニ戦闘シ復員モ善ク出来テ満足ニ思ウ」》

 まさに、これは中川州男大佐が受け取ることのなかった“12回目の御嘉賞”であった。

 そして今次の天皇皇后両陛下の行幸啓とそのお言葉は、この地で散華した日本軍将兵にとって、いわば“13回目”の御嘉賞となって届くことだろう。

 

井上和彦

(いのうえかずひこ)

ジャーナリスト

1963年、滋賀県生まれ。法政大学卒業。軍事、安全保障、外交問題、近現代史を専門とするジャーナリストとして活躍。著書に『日本が戦ってくれて感謝しています』(産経新聞出版)など。最近刊に『パラオはなぜ「世界一の親日国」なのか』(PHP研究所)がある。

 

 

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